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マイ・ブルーベリー・ナイツ(2007)

MY BLUEBERRY NIGHTS

メディア映画
上映時間95分
製作国香港/中国/フランス
公開情報劇場公開(アスミック・エース)
初公開年月2008/03/22
ジャンルロマンス/ドラマ
ニューヨークから5.603マイル
あなたのブルーベリー・パイが恋しい
マイ・ブルーベリー・ナイツ スペシャル・プライス [Blu-ray]
参考価格:¥ 1,944
価格:¥ 1,349
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【解説】
 「花様年華」「2046」のウォン・カーウァイ監督が、自身初の英語作品に挑んだラブ・ストーリー。これが映画デビューとなるノラ・ジョーンズを主演に迎え、愛に傷ついたヒロインの心の彷徨を優しく見つめる。共演にジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、デヴィッド・ストラザーン、レイチェル・ワイズ。
 ニューヨークのとあるカフェ。失恋したエリザベスは、この店のオーナー、ジェレミーが焼くブルーベリー・パイを食べ少しだけ心癒やされる。それでも、なかなか別れた恋人のことが忘れられない彼女は、ついに宛のない旅に出る。仕事をしながらメンフィス、ラスベガスとアメリカを横断していくエリザベス。彼女はその先々で、それぞれに愛を求め愛に傷つく人々と出会い、彼らと束の間の時間を共有していく中で新たな自分を見いだしていく。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
961 6.78
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【ユーザーコメント】
投稿者:uptail投稿日:2014-05-23 09:21:29
演出:5
演技:6
脚本:5
音響:6
投稿者:ピースケ投稿日:2014-03-16 13:43:25
シャレオツっぽい雰囲気が漂っていたので、
そんな気分の時に手を出してみたが、ぜんぜんお洒落でもなんでもなかった。
THE 退屈映画。
投稿者:scissors投稿日:2012-07-15 16:34:30
出来の悪い少女漫画みたいな
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2011-07-27 22:37:37
 まず基本的に相も変わらずウォン・カーウァイのルックなのが嬉しい。『夢二』のテーマ(ハーモニカバージョン)まで流れるのだから恐れ入る。撮影者もダリウス・コンジという当代一の斜光の名手を招き豊かな光と色彩を獲得している。ただ、本作では美術・衣装のウィリアム・チャンが編集も担当しており、もしかしたら、カーウァイのルックの肝はウィリアム・チャンなのかも知れない、と思ってしまった。本作も高速度撮影とそのカッティングの決まりようは比類ないものがある。とにかく格好いい!

 主演のノラ・ジョーンズは確かに上手いと思わせる演技は全くない。例えば、「フィールズ・ライク・ホーム」の表現力を過剰に期待すると幻滅してしまうのも納得できる。しかし、それでも悪くないのだ。映画においては上手い演技など不要だ。デヴィッド・ストラザーンやレイチェル・ワイズやナタリー・ポートマンが映画俳優らしい、ある種模範的・類型的な(でもそのオーラは矢張りとっても格好いい)演技をする横で、単に困惑した顔をさらけ出すノラ・ジョーンズには「演技ロボット」ではない生身の人間性を暴露する映画的な存在感がある。登場シーンから続くジュード・ロウとのやりとりの硬い表情が、ベガスのシーンのポートマンとやりとり、病院前でもカー・ディーラーの場面でも、とってもいい顔になっている、という映画内成長が見られるところもいい。
投稿者:kuro投稿日:2010-12-24 13:11:41
出だしは日本の青年向けコミックを実写版にしたような感じ。
具体的に言えば、描かれているカフェは漫画チックで現実感が乏しいです。
ロードムービーぽくっなってからは映画らしくなったが・・・
女は気まぐれを許してくれて、それでも暖かく迎え入れてくれる港が欲しいということを言いたいだけですね。
完全に女性をターゲットにした映画です。
投稿者:william投稿日:2010-06-17 16:36:40
至って凡庸なロード・ムービーで、取り立てて惹かれる部分も無く終わってしまった気がした。
ノラ・ジョーンズも女優にしたら普通の人だなあ、という感じ。
投稿者:あくび★投稿日:2009-09-21 11:48:39
最近やたらスタチャンで放映しまくってる。
毎回「今回は最後までちゃんと観よう」と思うものの
なんせもう面白無さ過ぎてギブアップ。
ノラ・ジョーンズはキャスティングミスだろ、下手すぎて観てるこっちがこっぱずかしい。
失恋して旅に出た、まぁ私はそんなことしないけど
そう言う気分になる人もいるだろうからそれはいいとしても、
ジュード・ロウが恋しくなるほどそんなに親密になってたっけ?
ついでに言えば夜押しかけてきてパイ食って、
辛気臭い女、コレ普通だったら追い出されるでしょ。
ブルーベリーパイも毎日ホールごと残るならいい加減作るの辞めねーカ?普通・・・。
商売してるってのにすごく暢気なのね、道楽なのかな。
自分も商売してるから変なところが気になったけど、
なんか「はぁ???」な部分が多すぎて。

・・・なんとなくおしゃれチックに撮影編集して
ストーリーが薄っぺら。

バカみたいに1日おきくらいに放送してるんで
目障りなんだけど今後はもう観ねぇ。
投稿者:ジーナ投稿日:2009-05-05 16:35:29
ロードムービーとしてもラブストーリーとしても響いてこない。
失恋も新しい恋もほとんどの女性が経験している事なので「自分探しの旅」は別物にしたほうが共感を得られたでしょうね。
だって、失恋直後に新しい恋の予感があるにも関わらず自分探しの旅に出るような女が本当にいると思いますか?!(笑)
ラブに関してもロマンチックだと思ってやっている事がチョット気持ち悪かったりイマイチ監督の思惑通りには作品に入り込めませんでしたね。
口のまわりにクリームつけて眠る女なんて食いしん坊の小汚い子供しか連想できませんから(爆)

ノラ・ジョーンズは可愛かった♪
でも、演技は微妙だった(爆)
ジュード・ロウもカフェのオーナーなんて言う「カッコイイ」の代名詞のような設定でしたが、魅力的には見えなかった(笑)
ナタリー・ポートマンも少女的な雰囲気が邪魔してミスキャストになっちゃってたかな・・・。
じゃあ誰がこの映画を持って行ったか・・・
それは間違いなくレイチェル・ワイズでしょう。
あの小悪魔的魅力にメロクラドキッでした(笑)

構図、気だるい雰囲気、色調、音楽は素晴らしいと思います。
ウォン・カーウァイ監督っぽさはきちんと出ている作品だと思いますが、ストーリーにメリハリや盛り上がりがないので飽きてしまう可能性は高いですね。
本編よりもエピソードの一つであるレイチェル・ワイズとデヴィッド・ストラザーンの夫婦のストーリーのほうが深みも重みもありました。
投稿者:aaf投稿日:2009-01-03 16:23:39
あまりに退屈で死にそうになりました。
どこが面白いのかよくわかんない。
こういうのを芸術って言うのですか?
理解できません。
投稿者:ghost-fox投稿日:2008-12-07 22:11:44
野郎にゃ向かねぇ
投稿者:三葉十四郎投稿日:2008-08-12 18:20:32
【ネタバレ注意】

「マイ・ブルーベリー・ナイツ」はムーディーさ一本で勝負した映画だ。 前半部の高架下のダイナーの雰囲気をエリザベスがニューヨークから離れて後も引っ張ってるから、終始このダイナーに居てムードを楽しんでる様なものだ。 だからかライ・クーダーの音楽も掛かりっぱなし。 それにねえ、やっぱりブルーベリーパイを定食屋で喰っても美味かないでしょ。 

彼氏にフられたかして、ダイナーに現れては鍵を預けていったり持って帰ったりするエリザベス(ノラ・ジョーンズ)に主人ジェレミー(ジュード・ロウ)はブルーベリーパイを勧める。 何でか?、ブルーベリーパイはいつも選ばれずに売れ残る。 何の落ち度も無いのに、でも食べてみると美味しい。 ね、まんまエリザベスの事なんだ。 ノラ・ジョーンズも印象今一つでも食べてみると美味しいんだよ、きっと。 

何を言ってんだか…、ジュード・ロウも一人の店番が人恋しさ感じさせた。 僕もウォン・カーウァイに余り好きな作品無いのだけど、彼のスタイリッシュに長けた部分と、脚本のローレンス・ブロックがクライム・ノベルで培ってきた人物の雰囲気が今回は幸せな結婚してる様に見えるな。 
エリザベスが通りを渡ってジェレミーの元へ行く、その前の過去の精算として、大切だった人に別れをどう告げるか分からない、ので遠回りすると決めてどんどんNYを離れていくのは、現実にはこんな人はいないかも知れないが、簡単に違う男に乗り換えちゃう様じゃすぐ別れてしまうだろうから、映画的にはこれでいいのだ。 

最初はメンフィスで昼夜を問わずに働き、次はラスベガスの方、と日が経つにつれてNYから遠くなっていくが、不眠症だからって理由付けあったし、目的が車を買う為で、車は一気にジェレミーの所へ戻れるアイテムとの位置づけを本人がしてるらしいのも何となく納得出来るかな。 
メンフィスのバーでは毎晩今日が最後と言いながら、愛妻との離婚を引きずって酒を煽るアーニーと別れても彼に縛られていたスー・リン。 彼が死んで街を離れるとなると、愛に束縛されていた女だったスー・リンは自分のそうした存在が無くなってしまう。 
カジノで巡り会う女ギャンブラー、レスリー。 人を疑う事が生業になっていて、やはり支配的だったか依存されていたか、で父親を遠ざけていた彼女。 しかし結局、人も愛も信じない、と言ってもそれは無理だった。 ショートヘアにミニスカ姿のナタリー・ポートマン、正直かなりそそられた。 その場にいたらもう俺の体ごと賭けちゃうね、勝負受けてくれ。 

で、まあそう言った事をエリザベスは学ぶ。 自分が街を離れる事はどうなのか、ジェレミーを信じて頼る事がどうなのかってところだよね。 こうした教訓ぽい箇所はウォン・カーウァイだけで映画を創ったら絶対出てこなかっただろう。 ここでお金貯まらなかったら更に先の話が有ったかも知れないがエリザベスはレスリーと言うギャンブラーに賭けて、アーニーのアドバイス通りに、警官に職質されたりしないクラスの車を買ってNYへ戻る。 

別れを告げに元カレの家に行くとそこは空き家、で通りを渡ってダイナーに行くとジェレミーも彼女も作らず空き家で残ってて良かったネ。 帽子を被ったままモノ食べるのは行儀が悪いが、オナカ一杯でカウンターでうたた寝しちゃた、その口元のクリームはなるほど男として是非とも拭いてあげたくなる。 けど女の子は得だよな、俺が同じ事やったって女の店員は店長呼んでつまみ出されるのがオチだものな。

投稿者:NYY投稿日:2008-07-27 19:34:33
【ネタバレ注意】

名画座で見てきた。
ポスター等から、もっとスイーツな映画なのかと思ってたら、違
ったみたいw。
要するに、ウォン・カーウェイの意味不明映画にアメリカ人が出
てるだけですな。
 
ウォン・カーウェイの映画は、思わせぶりな台詞とか、置いてっ
た鍵とか、元夫のツケとか、お父さんから盗んできたジャガーと
かの意図を、見るこっちの方で、想像したり理解するように努力
しないと、味わうことができなくて・・・
そーゆーのは、ボクは嫌いではないんだけど、なんか既視感を感
じちゃったな〜。
 
「恋する惑星」等を見てる人なら既視感を感じるし、見てない人
は意味不明に感じるんじゃないかと思う。
何れにせよ、イマイチな作品という結論になるかw。
このへんが、この監督の限界なのかもね。
 
ノラ・ジョーンズが、変な人達に会って「人を信用する」本来の
自分を取り戻すっていう、ワザとらしいロードムービーに、ジュ
ード・ロウとのスイーツを足したんだろうけど・・・
映画全体が、不自然で嘘臭いのが難。
特に前半のノラとレイチェルがとても嘘臭いんだ。
あんなに猫みたいにギャーギャー泣き喚くのは、シナの女だけで、
アメリカ人ではないと思うよ。
デビッド・ストライザーンだって、奥さんに逃げられたから自殺
するアメリカ人なんているか?
アメリカ人ってのは、もっと無神経で鈍感な生き物なんだよw。
 
ナタリーも不自然なアバズレさだったけど・・・
あれは下手なだけで、監督のせいじゃないと思うw。
 
ところで、ノラの、男に手紙を一方的に送りつけるやり方、あれ
は反則だよ。
遠くにいて手が届かないから、どーしても愛しくなっちゃう。
この娘、性格は良さそうだが、とんでもない魔性の女かもw。
 
こーゆー気障な映画って、アメリカ人は嫌いでしょ?
喜ぶ可能性があるのは、フランス人と日本人くらいじゃないの?
ま、ボクは少し喜んだ日本人なんだけど・・・
ちょっと不満が残ったな〜。
これ、そーとー狭いストライクゾーンで勝負しようとしてる映画
だと思う。
 
ま、2本立てで、少し安い値段で見るくらいの価値はあったんじ
ゃないかな。
 
        (σ_ ̄) ホジホジ
 

投稿者:ケラヒロミ。投稿日:2008-06-19 15:57:31
確かに主演二人のエピソードより脇の内容のが強く残ってる。
レイチェル綺麗だなぁ。ナタリーもちょっと新鮮さを感じました。
投稿者:幻巌堂投稿日:2008-04-05 09:49:13
 映画のラストを飾る、カウンターに臥せったままのキスシーン。多分にエロティックでありながらも、そのエロスはほどよく乾いており、見ているこちらには心地良い気分があふれてくる。この絵は実に映画的で、印象に残るカットであることは疑いない。たぶん、ウォン・カーワイは、このシーンを撮るためにというか、撮りたかったがゆえに、このストーリーを作り上げたのだろうし、ノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウというコンビもこのシーンのために選び抜いたキャスティングだったに違いない。
 ただし、ラストシーンがよかったからといって、この作品全体が素晴らしいというわけではない。恋人に裏切られたエリザベスが、唐突にジェレミーのカフェに現れるのは別に悪くない。でも、その後はとりとめもなく現れるため、彼女の未練がましさだけがしつこいくらいに描かれるだけで、ジェレミーがどうして彼女に愛情を感じるようになるのかは、スクリーンからはほとんど読み取ることができない。
 そして、エリザベスはなぜかニューヨークからメンフィス、さらにラスベガスへ。日にちと距離が示されても、そこに意味を見いだすことは難しい。なぜメンフィスなのかラスベガスなのかというのも同じこと。まさかオーティスやルース・ブラウンを聴かせたかったわけじゃないだろう。それぞれの街で出会う夫婦や女性ギャンブラーの話がつまらないわけではない。それでも、描かれる内容はその場限りのものでしかなく、旅を続けるエリザベスの中に刻み込まれることもない。描かれる話に奥行きや深みがほとんどないからだ。たぶん、ウォン・カーワイはここでも従来と同じ手法、すなわち、シナリオをきっちり固めることなく、シテュエイションの組み立てに重きを置いてアドリブ的な台詞による演出を試みたのではないか。それが、ストーリーをリアリズムからほど遠いものにしてしまったように思える。
 結局、ウォン・カーワイって、「恋する惑星」から何一つ進化してないってのが、この映画で明らかになったというか、アメリカまでやって来てとうとう馬脚を現してしまったなというのが私の正直な感想だ。
 本編とは関係ないが、「どうしてここに来たのかわからない…」とノラ・ジョーンズが歌う主題歌「the story」がいいのだが、字幕スーパーはまったく無視。この曲はもちろん、オーティスの「トライ・ア・リトルテンダネス」だって、シーンに見合った歌詞なのに、あまりにサービスが足りないんじゃない松浦さん。 http://blog.kansai.com/gengendo
投稿者:Longisland投稿日:2008-03-24 21:29:16
マジに王家衛にやられました!  警官・高架橋下のカフェ(食堂?)・遠くへ旅立つ女・勝負する女・本職は歌手が女主人公・スローの多様・美しすぎる映像・鋭い音楽(ライ・クーダーなんだ!)… 名画「恋する惑星」を髣髴させるアイコンの数々が映画ファン、特に「恋する惑星」ファンにはたまらない。
昨年のカンヌオープニングの報に触れてから超期待。唯一の不安は撮影がクリストファー・ドイルでなくダリウス・コンジだったこと。 確かにドイルの浮遊感溢れる映像に比べれば若干の薄さは否めないものの、ガラス越しや覗き見るような映像、ラスベガスの荒涼たる砂漠風景もなんか亜細亜風の湿度を感じる映像に仕上げているところは流石。夜のNYの電車を映した映画は数あるも本作の映像の美しさは秀逸。
ノラ・ジョーンズ(不勉強で全然知らなかった)は決して美人ではないものの(フェイ・ウォンも美人じゃなかったな)実に愛おしく感じてくるのはカーウァイマジックなのか。
交差する時間軸、サイドストーリーに登場する面々も素晴らしい。
D・ストラザーンの中年アル中警官、失ってから愛に気がつくR・ワイズの切なさ、気丈に勝負するも脆い女性を演じるN・ポートマンの可憐さ…人物描写は近年の洋画・邦画の中では出色としか言いようが無い。

最後に言わせてもらえば、疲れて眠ってしまったノラ・ジョーンズの唇に付いたクリームを舐めとるキスシーン(本作のキービジュアル)は映画史に残るキスシーン。今後100年(今の倍)経っても色あせないだろう素晴らしいシネフィル泣かせのシーンに出会うだけでも劇場で観る価値はある。

米国ではブルーベリーパイってそんなに人気が無いんだ。

追記 09.01.05
08年洋画 マイベスト4 
投稿者:ジョー樋口2世投稿日:2008-03-24 12:19:31
「恋する惑星」や「天使の涙」をハリウッドで作ると
なんてことない普通の映画になるってことなんだね。
ノラジョーンズはかわいかったし、ジュードロウも良かったよ。
音楽はなんかイマイチだったような。
投稿者:ローランド投稿日:2008-03-24 07:49:41
 ライ・クーダーが音楽担当ならそれだけでもいいかと観にいった
のだけど、まさに爐修譴世鵜瓩留撚茲任靴拭C砲判のいざこざに、
酒、ギャンブル、それに、車を手に入れるためのきつい労働と、
ブルースの歌詞を映画にしたのかという観かたもできないわけでな
いけど、それにしては描き方が何もかも半端で底が浅く、音楽と
シンクロした見せ場もなし。興行成績を狙って俗に堕ちたわけで
もなく、逆に猜厳欹酩吻瓩鮖屬靴親いさえある。この監督の作品
を観るのが初めてなんだけど、センスがこの程度ってこと
なのでしょうか。

 酒場で流れるオーティス・レティングの様な曲(半分眠っていたの
でよくわからないがオーティス本人?)がいいし、編集して10分くら
いのミュージックビデオにしたらちょうどいいかもしれない。
投稿者:黒美君彦投稿日:2008-01-15 23:25:13
【ネタバレ注意】

スタイリッシュな映像、豪華なキャスト、そして音楽。香港からハリウッドへ。英語圏で初めての映画制作は、彼の作品が好きな人ならきっと魅入られる、のだろう。そんな人はこの後のコメントは読まない方がいいかも(苦笑)。

さて、私にとって鬼門のウォン・カーウァイ監督作品。『花様年華』『2046』で、私は彼の空疎な作風にすっかり嫌気がさしたのだが、この作品でもミュージッククリップのようなざらついた画面が“いかにもスタイリッシュ”を強調しているかのようでげんなり。
登場人物が何せ美男美女ばかり。ノラ・ジョーンズが迷い込むカフェのオーナーがジュード・ロウ(ちっとも仕事している様子がないが…苦笑)。メンフィスで知り合うデイヴィッド・ストラザーンとレイチェル・ワイズ。ラスベガスではナタリー・ポートマン。これだけ揃えば、彼らを撮っているだけで十分“スタイリッシュ”。写真雑誌から出てきたようなアップもふんだんに登場する。
彼らは殆どワンショットで表情を撮影されている。二人で会話するシーンですら、カメラをパンさせることなく、切り返しであくまでワンショットにこだわる。だからこの作品の登場人物は関係性を持っているはずなのに、なぜかひとり芝居のようにみえる。そもそもこの作品のダイアローグが内側へと向かう独白のようなものなのだからそれでもいいのかも知れないが。
であっても、少なくとも『2046』よりマシだと思えたのは、役者たちの演技が『2046』より自由に見えたからか。それは英語が得意でない監督の細かな指示が行き届かなかったせいでマシだったのかも(苦笑)。ライ・クーダーの音楽も助けてくれた。
ウォン・カーウァイはどこへ行っても王家衛のままである、ということを改めて感じさせる作品だった。やっぱり私は彼の作品とは相性が悪いようだ(あくまで個人的意見ですので悪しからず)。

【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ パルム・ドールウォン・カーウァイ 
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