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チェンジリング(2008)

CHANGELING

メディア映画
上映時間142分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(東宝東和)
初公開年月2009/02/20
ジャンルミステリー/ドラマ
映倫PG-12
どれだけ祈れば、
あの子は帰ってくるの──?
チェンジリング [Blu-ray]
参考価格:¥ 2,037
価格:¥ 1,000
USED価格:¥ 3,000
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【解説】
 クリント・イーストウッド監督がアンジェリーナ・ジョリーを主演に迎えた感動のミステリー・ドラマ。1920年代のロサンゼルスで実際に起きた事件を映画化。5ヶ月の失踪ののち保護され帰ってきた幼い息子が別人だったことから、本物の我が子を取り戻すため、捜査ミスを犯した警察の非道な圧力に屈することなく真実を追求していくシングルマザーの長きに渡る孤独な闘いを綴る。
 1928年、ロサンゼルス。シングルマザーのクリスティン・コリンズは、9歳の息子ウォルターを女手一つで育てる傍ら電話会社に勤め、せわしない日々を送っていた。そんな彼女はある日、休暇を返上してウォルターをひとり家に残したまま出勤する羽目に。やがて夕方、彼女が急いで帰宅すると、ウォルターは忽然と姿を消していた。警察に通報し、翌日から捜査が始まる一方、自らも懸命に息子の消息を探るクリスティン。しかし、有力な手掛かりが何一つ掴めず、非情で虚しい時間がただ過ぎていくばかり。それから5ヶ月後、ウォルターがイリノイ州で見つかったという朗報が入る。そして、ロス市警の大仰な演出によって報道陣も集まる中、再会の喜びを噛みしめながら列車で帰ってくる我が子を駅に出迎えるクリスティン。だが、列車から降りてきたのは、ウォルターとは別人の全く見知らぬ少年だった…。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
14117 8.36
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【ユーザーコメント】
投稿者:こめ投稿日:2016-04-10 01:55:57
【ネタバレ注意】

よく言えば、監督がいかにアンジェリーナ・ジョリーという女優のパフォーマンスに信頼を置いてるかがよくわかる作品です。悪く言えば、アンジー頼りな作品、とも言えるかもしれません。
ただ成り行きで「悪く言えば」と書きましたが、このことは決して作品の評価を下げる要因ではなく、要するにアンジーの熱演もあってこの作品は非常なる佳作に成り得たのだ、ということです。
 
さまざまな「組織」に翻弄される寂しさと弱さ、同時に翻弄されつつも芯のところではブレない強さ、このあたりをスケールの大きな演技で表現するアンジーのすばらしさ。こういうのはアジア圏ではちょっとみられないですねぇ。なんだかんだいってもやはりハリウッドでトップグループに居る人はスゴいな、と思わされました。
 
「トップグループに居る人はスゴいな」ってのは監督:イーストウッドにも言えることで、単なる善玉悪玉の二極ではなく、また「強いヒロイン」ものにも収まらず、救いがあるようで無いような筋立てだったり、また余計な説明をせず「あとは自分で考えてね!」というような観客への投げ方などはまさに「巨匠の仕事」ですね。

投稿者:nedved投稿日:2015-11-05 20:41:56
アンジェリーナ・ジョリー/マイケル・ケリー
投稿者:きらきら投稿日:2015-02-18 15:45:22
ヘンリー・ミラーが書いていた「いい作品というものは、要約できないものだ」という好例でしょうか。
告発物だけでもなく、母物だけでもなく、謎解きだけでもなく、さまざまな面が多角的に描かれていくポリリックな作品です。
ちょっと簡単に「感動した」などというのがはばかれるくらい、
なにか残る作品です。

ほかの方も書いていますが、この作品のアンジェリーナ・ジョリーはたしかにすばらしい!
最後のほうで、抱き合う親子の姿を見てつーっと頬のうえを流れる涙。
そして「Hope(希望)」という一言。
ぞくっとしました。
ジョン・マルコヴィッチの存在もなんだかいかがわしさと強さをうろうろする感じもとてもいいです。

※最後にヒロインをじっと見守りながら、やっとこデートの約束をこぎつけた男。あれからデートに行けたんでしょうか?
投稿者:jb投稿日:2013-04-12 12:33:24
はずさない作品だと思う。
投稿者:funkay投稿日:2011-05-24 20:37:00
これは傑作!
展開にこれだけ引き込まれ、時間の経過を忘れさせる演出とアンジーの壮絶な演技力に完敗。イーストウッド作品は個人的にあまり観る気がなかったのだが、本作で見方が変わった。他の作品も観てみようと思う。

ラストシーンが途轍もなく切ないが、「希望」というものの本質を感じさせてくれる。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2011-02-11 16:40:51
たとえイーストウッド監督であろうと、こんな凡百な感動ドラマを誉めそやすわけにもいくまい。
母親の苦悩がメインだけども、そこに警察の腐敗告発や異常大量殺人のミステリーが絡み合い、どっちつかずになってるのが痛い。シナリオの問題だろうが、最終的にはやはり監督がその責を負わねばならん。ま、退屈はしないけどね。
それよりも、本作が「アイガーサンクション」で喧嘩別れして以来のユニバーサル配給イーストウッド監督作というのが興味深い。それは結局、本作が元々ハワードの監督作として予定されていて彼の会社「イマジンエンターテイメント」とユニバーサルとの契約があったからということになる。イマジン社はTV「24」シリーズなどでも有名だが、今では準メジャーともいえるほどの規模を持ったプロダクションなのだ。ハワードは子役出身でイーストウッドの師匠格ドンシーゲル「ラストシューティスト」にも出てたが、その後監督として出世し、しかもプロデューサーとしても並々ならぬ実力を持った人だったりする。
演技陣。ジョリーはスターとしてのオーラが派手すぎて悲哀が感じられない。犯人役のハーナーがうまかった。
投稿者:Bill McCreary投稿日:2011-01-16 17:34:57
息子の生存を信じ続けて亡くなったという主人公の女性の姿が、なんだか北朝鮮による拉致問題で日本に子どもたちが帰ってくることができない拉致被害者の親たちにだぶって仕方ありませんでした。

それにしても、いまならDNA鑑定などでかんたんに決着がつきますけど、これも時代の産物ですね。http://blog.goo.ne.jp/mccreary
投稿者:江川良名投稿日:2011-01-13 23:41:13
【ネタバレ注意】

昔観たフランス映画にそっくりなプロットなのに驚いた。両作品に共通するのは、突然失踪した息子が、過日戻ってくるが全くの別人であり、実の息子は変質者の犠牲となっていた点、偽物がなぜ嘘をついて他人の息子になりすましたかという理由について触れられていない点、しかも実話であるというところも同じ。作品の性格は異なるが、別の国で似たようなあり得ない事件が起こった事実に驚かないではいられない。両作品とも佳作である点も同じである。

投稿者:BLADE投稿日:2010-12-19 17:08:27
世界恐慌が起こるころの時代、アメリカでこんな事件があることを始めて知った。
映画であるから、実際のことと創作が混ざっているのであれだけど、映画では息子が生きていることを信じ、あらゆる権力に負けずに行く主人公。
これをアンジェリーナ・ジョリーが演じているんだもんな。
さすがです。
改めて彼女これだけ素晴らしいものを見せれるのだから、あまり変な映画に出てほしくないのだが・・・ww

息子が見つかったと知ったときの感動の表情、失うものなどないと言い切る姿、ずっと来るものがあった。
クリント・イーストウッドは現代の映画界の巨匠だと思ってるけど、今回も素晴らしい映画を作ってくれた。
ストーリーの作りもいいのだろうけど、見るものを引き寄せる演出力は、今回も健在です。

日本語版のウィキペディアの情報だけだと少なく、英語版のウィキペディアに、あの事件の詳細が書かれていた。
映画では出てこなかったが、実際には犯人の母親も大きく関与し、また性的なことも行っていたらしい。
殺人を手伝わされたというサンフォードの証言によると、実は犯人のゴードンは、コリンズ親子が買い物に行っていたスーパーマーケットで働いていたことがあったという。
ゴードンがウォルター・コリンズを誘うとき、「僕の牧場に来て、ポニーに乗ってみないかい?」と言ったらしい。
ウォルターはゴードンのことを知っていたから、口封じに殺そうと母親がゴードンに言ったという。

映画に犯人の母親が出てこなかったのは、テーマの関係上話がまた膨れてしまうので、仕方がなかったのでしょうね。
英語版のウィキの情報によるものですが、なので映画のラストの部分は創作であるのは確かなのでしょうが、実際のクリスティン・コリンズも、見つかった骨のどれが息子であることを証明することができなかったため、最後まで息子が生きてることを信じ、1964年に亡くなったとのこと。

息子を失い、必死に探すも阻まれた日々を送るも、希望を持って生きてきたであろう彼女に、もう80年以上も前の事件であるけれど、気の毒に感じるし、母親として良く頑張ったと思う。
亡くなった後、愛する息子に無事会えた事を願いたい。
投稿者:ノブ投稿日:2010-10-14 00:37:03
【ネタバレ注意】

「チェンジリング」(監督:クリント・イーストウッド)
話の内容は、誘拐された子供の代わりに別の子供をあてがわた女の話。
アンジェリーナ・ジョリーが電話交換手で、女達が電話を取り次いでいる交換機の後ろをローラースケートで走る仕事というのがカッコ良かった。
家にやって来た、警察から送られてきた医者がムカついた(人の良さそうな外見とは裏腹に最初からアンジェリーナ・ジョリーの話なんて聞く気が無い。本当の子供より背が低いのも何でも無理矢理自分達の都合のいいように解釈する。という感じ。)
現場の責任者の警部が、記者達の前で「息子ではない」と言ったアンジェリーナ・ジョリーを口汚く罵るシーンは、人の言う事は聞かず自分達(警察)は絶対に正しいと思い込んでいる人に良くありがちな過ちを指摘された時のヒステリックな反応を上手く描いていた。さらにそれでも「自分の子供でない」と主張するアンジェリーナ・ジョリーを問答無用で精神病院(1920〜30年代頃の精神病院は今よりも治療はムチャクチャ・患者の人権保護の思想もほとんどない時代の「コワイ」病院)に入院させるという演出がエグかった。
全裸でホースで水をぶっかけられる・鉄格子・梅毒検査で股を開かされるなど精神病院の「ヒドイ」感じも良く出ていた。医者を殴って「電気ショック治療行き」も怖かった(ホントにムチャクチャ)。
精神病院のブルドックに似ている受付のおばちゃん看護婦・元娼婦の患者などがいい味を出していた。
病院の院長もとってもヤナ野郎だった。警察のいいなり。ヤバクなってくると退院をエサに「警察と病院に一切責任が無い」というサインをアンジェリーナ・ジョリーに迫る演出もヤナ感じだった。
市長と本部長は、まだ殺された子供達の遺体の確認ができていないのに、これ以上失態を犯さない為に息子を死んだ事にしようと話し合う(息子が生きていると見つかるまで又マスコミに「警察は息子を見つけ出せない」と叩かれるのを恐れた為)演出がヘドが出た(息子の安否や母親に息子を返すという気持ちが皆無で、自分達の事だけしか
考えていないから)。
裁判で警察の責任が追及されていき、精神病院行き制度(警察が勝手に精神病院に監禁できる)も改善されていく所は観ていてスカッとした(ちなみに最後のテロップで市長も再選を断念したというのもスカッとした)。
死刑執行前、少年連続誘拐殺人魔に会って「あなたが私の息子を殺したの?」と胸倉を掴んで詰め寄る演技と犯人の首吊り死刑執行シーンを冷酷に見つめる演技のアンジェリーナ・ジョリーが良かった(犯人に息子を殺した憎しみをぶつける感じがとても良く出ていた)。
最後に息子が生きてるかもしれないと知ってアンジェリーナ・ジョリーが「希望が持てた」と言って終わるエンディングは、警察に脅されたり、精神病院に入れられたり、息子が連続誘拐殺人魔に捕まったと分ったりと色々あった中で、最初から最後まで息子が生きて帰ってくる事だけを願っている母親の一貫性が強調されていてとても良かった(それだけに最後テロップで「息子は見つからず、主人公は一生息子を捜し続けた」と出てくるというオチは悲しかった)。
全般的に
シーン的に特にこれというものは無いが、警察の過ちを認めないで自己正当化ばかりするヒドさ(自分達は絶対に正しいと思い人の意見を聞かない所も含む)や、1930年代の精神病院のコワさ(人権無視の患者の取り扱い・ムチャクチャな治療)がとても良く描かれており、裁判で警察や病院の責任が追及されて行く所は前半の警察のヒドさ・病院のコワさがとても良く描かれている分、なおさらスカッとした爽快感が強まり、観ていてスッキリする。
アンジェリーナ・ジョリーがどんな状況になろうとも「子供が生きている事だけを願う母親」を見事に演じていたのも良かった。
キャストも全般的に良かった。連続誘拐殺人魔のアンバランスな感じ・ブルドッグに似た受付のおばさん看護婦・元娼婦の患者・チョットハゲのいい刑事役の人達なんかがボク的には特に良かった。母親の愛と組織の酷さが良く描かれたかなりの傑作。http://mamaduke.at.webry.info/

投稿者:has42120投稿日:2010-10-13 16:21:48
アンジェリーナ・ジョリー
投稿者:nightwing投稿日:2010-07-26 10:58:43
本物のミステリードラマとはこうあるべきか・・・・!

この映画のポイントは実話であるという点である。
詳しい事実はわからないが、実話だから・・・って思うと
正直、あまり面白くない展開になるのが普通だが、この作品は
本当に実話なの!?って思う位にドラマティックに進んでいく・・・。
非情な警察と現実に翻弄されつつも、ひたすら息子を捜し求める母親を
アンジーがこれまたリアルなまでに好演。
まったく時間を感じさせずに、流れるように画面に吸い込まれて
しまう演出も実に見事である。
さすがは噂に聞く、イーストウッド御大の力量とはこの事か・・・・。







思い切り余談だがジョージCスコットの「チェンジリング」もDVD化して欲しい・・・・・。
投稿者:こじか投稿日:2010-03-28 04:55:00
映画を見始めて以来、
"イーストウッド"ブランドに距離を置き10年が経過。
勝手なイメージによる食わず嫌いを続けた結果だが、
こんな監督に今更ながら出会えるとは…。
硫黄島鑑賞後、イーストウッド作品を立て続けに鑑賞している。

10代の頃に映画を観て感じていたような、
腹の底にズドンとえぐり込む感覚。
それに似た感覚を20代後半でも味わえるような作品群。
当作品も、いつもの如く予備知識シャットダウンの中で鑑賞。
事実を基にした劇的過ぎる物語を、最高クラスの演出で
見事に映画として仕立てている。
21世紀初頭でここまで完璧な作品を提供し続ける監督…、
他にいるだろうか。
神がかっている。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2010-03-20 15:13:36
【ネタバレ注意】

の息子で有るが故に贋物が名乗り出る理由が何なんだ?って思ってしまう…
これが遺産目当てとかなら、先ず複数が名乗り出たり、その中に本物がいなくても納得する…警察もね。
後、迎えに行ったアンジーが記憶&母親の直感で誰?と思う気持ちと、私が変なのかしら?って思う気持ち〜それ程までにそっくりな子供が名乗り出たっつー事がほぼ有り得ない気がする。ただ、この心理的な描写は面白いです。シリアルキラーな男の犯行は、まぁ異常者ですから理由は何でも有り得ますが(彼は天使だ!か…)。

下に寄せられたコメント達を読んでも、ほぼ全て納得できる観方&評価で、実は僕もコメントタイトルは「HOPE」にしようかと思ってた…ってのが、この映画に入り込んで、奇怪なサスペンス(誘拐事件と犯人)、権力の犠牲になる人(実はコード12のみならずあの警部もそうだ…)や、それでも捨てきれない愛に己が命すら投げ出すかの人間の姿を観てきた僕らが、ラストに哀しいとか嬉しいとかそんな感情とは関係なく、このアンジーのセリフで何故か思わず涙が流れてしまう…そんな演出だからだ。

下の方で、自らの子供と一緒に届いた「責任」に逃げ出したって父親が、実は犯罪者として服役されていたとか書かれてますね。精神病院においてアンジーの味方になって罵られ、手を上げて「ルーム18」で処置される女性の職業も同じ意味を持っている気がします。ここではありとあらゆるどんな態度も治癒すべき「症状」と受け取られる。自分の為か子供の為か???〜弱者には権力を守る為の罠から逃れる希望は見えず、下手に逆らうと廃人化され、逆らわなくても怪しい薬を服用させられる。恐らくなんとかマトモな状態でいる為の手段(知恵)でしょう。なので、あの入所時の言質で追い詰める医師の邪悪?な才能が効いてるわけ。それでも逆らう…それこそが自らの真実…愛の証明に他ならない。


怒涛?の展開と静謐な紫煙?が共存する天下無敵の名作ラブコメ「或る夜の出来事」の受賞で喜ぶアンジーのシーンは良いね。「私が驕るわ」って答えた電話の向うは新たに判明した事実…それは誇らしくもある反面、羨ましくもある事柄。

この監督らしい素晴らしい映像と群像劇〜そして何が人間として大事なのかを語る社会派的?なクライムヒューマンドラマ。状況によって変化する細かい表情/所作から迫力の詰問まで、アンジェリーナ・ジョリーのポテンシャルが結構な所までほぼ全開〜素晴らしいです。

投稿者:陸将投稿日:2010-03-02 15:47:06
【ネタバレ注意】

クリント・イーストウッドという男に果たして限界はあるのだろうか。70歳を過ぎてから大傑作を世に送り出し続けている。本作も例外ではない。イーストウッドは今まで善悪という単純な二項対立では片づけられない複雑なテーマを描いてきた。その点から見ると、本作は母親(善)VS警察(悪)という基本軸がしっかりと出来上がっており、彼の作品としては極めて異例な構造でストーリーは進んでいく。しかし、始まってから15分たってからラストまで、瞬きもできないほど観る者を惹きつけていく。なんといってもアンジェリーナ・ジョリー扮するヒロイン像が素晴らしい。間違いなく彼女のベスト演技であり、オスカーをあげてもよいくらいの大熱演だ。終始一貫して“子供への愛”を貫く母親。この軸が全くブレない。たとえどんな厳しい状況に置かれようとも、嫌がらせやバッシングを受けても“希望”を失わないその強さ。演出が全くブレないからこそ、一歩間違えればオーバーアクトと言われても仕方がないジョリーの演技にも真実味が持てる。またジョリー自身もプライベートで母親になったことで、母親としての優しさ、そして威厳や信念のようなものがスクリーン上から溢れ出してくる。またラストシーンも素晴らしい。警察側が敗訴する場面、あるいは容疑者が死刑になる場面で本作を終わらせることも十分可能だったにもかかわらず、ヒロインがわが子はまだ生きていると信じて“hope”というセリフで終わらせたところがまた憎い。一貫して本作には希望が貫かれているのだ。細かいところに目を向けても、例えば冒頭、壁で子供の身長を測るシーンが後の伏線となったり、暗いトーンで撮影することで、ジョリーの口紅の赤色を強調させ、母性を視覚的に際立たせたりと演出が冴えに冴えまくっている。ホントに無駄なシーンが1つもない。もちろん他の俳優陣も素晴らしい。特に悪警官役のジェフリー・ドノヴァンの人間味を感じさせない冷たさ、そして精神病棟の患者役のエイミー・ライアンが病棟から出所できた際に、ヒロインと目を合わせるシーンなどは巧みである。本作は変化球など1球もない。直球で観る者の心を押しまくる。まさに魂の映画だ。そしてイーストウッドは21世紀で最も偉大な監督としての地位を本作でより一層固めることに成功した。

投稿者:dadada投稿日:2010-01-26 11:56:03
行方不明になった息子が、発見されて戻ってくれば別人だった...てな程度の予備知識しかなく観始めたので、ヒロインが精神病棟へ放り込まれる辺りからの怒濤の展開にはただただ唖然。
色々な怖さや痛々しさが連べ打ちの映画。
最後のヒロインの“希望”は、本当に“希望”だったのか...最後の最後まで痛々しさの残る映画。
監督はイーストウッド...老いを感じさせない勢いある演出ぶりに改めて感心。
事件の傷も癒え笑顔の戻ったヒロインに思いもよらず電話のベルが鳴る...って、ホラー映画のクライマックスみたいな終盤の演出には笑ったけど。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2010-01-24 04:00:04
アンジェリーナの熱演には感心するが、傑作とコメントするのに躊躇する曖昧さが(彼が手掛けた音楽も)あるのが、彼の「痛みに満ちた」監督作の弱点かな。母の無償の愛の崇高さを謳ったのだろうけど、通しで観ると言いたい事が解りにくい。無償で活躍する弁護士は大岡越前みたい。
投稿者:りちゃちゃ投稿日:2010-01-20 12:42:14
ジョリーの顔が恐すぎた。
投稿者:bond投稿日:2010-01-19 09:24:59
【ネタバレ注意】

御大健在ぶりを示す見事な作品。クリント独特の重厚感があり、ヘヴィーで観るものの心にズッシリと響く。多分少年は殺害されたのだろうけど、母親の愛情は尽きる事ない。マルコヴィッチがヒーローに見えたのは初めて。でも、誘拐殺人の動機はなんだったのか。

投稿者:ジーナ投稿日:2010-01-19 02:45:51
まずは、居なくなった息子が家出なのか失踪なのか誘拐なのかで興味を引き、、
その後は息子が本物かどうか、、、生きているのか死んでいるのか・・・と段階を踏んで集中を切らさせない工夫がある脚本&構成でした。

シングルマザーでキャリアウーマン的な主人公が1920年代でありふれた母親像だとは思えないので、警察に対する疑問や子供に対する不明な点などを徹底的に調べ明らかにしようとする姿に『普通の母親が悪徳な警察組織とたたかう』って感じはしなかったですね。
演じたのがアンジェリーナ・ジョリーという事もあってか、一目見た時から「やってくれそうだな」って思っちゃったので、慎ましやかな母親が事件をキッカケに立ち上がる!という大それた感はなかったです。
時代を再現したメイクだったのかもしれませんが、もう少し薄化粧だと印象も大きく変わったでしょうね。
それはそれは大変なショックを受けた事は分かりますが、キレイに着飾ってヘアメイクもバッチリ整えている母親に悲壮感を見るのはなかなか難しかったカナ・・・。

腐った警察組織や女性軽視もさることながら、息子の安否を捜査終了後も警察に尋ね続け最後まで諦めずにNO!と言い続けた母親をサポートする形で唯一味方になっていた教会側のラジオでの働きかけなども興味深かったです。

心情描写に関しては、セリフ少なでアンジーの演技のみに任せきっています。
静かなタッチで描いているからこそ、アンジーのどっしり落ち着いた演技が心で深く感じられたのでしょう。
アンジー自身が、この役柄に並々ならぬ熱意や意欲を注いでいたのが伝わってきましたね。
彼女だけではなく、他のキャスト一人ひとり、、子役のコすべてがこの作品を引き立てているのも事実。
ジェフリー・ドノヴァンやジョン・マルコヴィッチ、コルム・フィオールぐらいしか有名どころは居ませんが、キャスティングされた全員が見事な演技を見せてくれました。

時代に合った衣装・小道具・舞台装置の数々、映像の風合いや音楽など隅々まで注意の行き届いた作品づくりには感服いたしました。
クリント・イーストウッド監督は撮れば撮るほど、演出力がUPし映画の出来ばえを優れさせていますね。
実話と言う重みを評価に入れなくても、緊張感のあるサスペンス性と素晴らしいドラマ性で見応えのある作品に仕上がっています。
感情移入もしやすいですし、2時間超えの作品でも全く飽きさせない力がありました。
鑑賞後、明るい気分になれるような作品ではありませんが見落としていたら損ですよ。

追記;警察よりも殺人鬼よりもリアルに鳥肌が立ったのは、偽者の子供。
投稿者:namurisu投稿日:2010-01-14 16:09:22
実話だって?ヒドイ話だ。女優さんは見事。
投稿者:なちら投稿日:2010-01-06 23:24:56
サンフォード少年を演じたE・アルダーソン君はちょっと印象に残る子だなと思う。
片棒を担いだ事に対する恐怖や、涙ながらに謝罪する姿はなかなか。
彼の作品はこの他に『帰らない日々』しか見ていないが、クリントさんの作品に出演した事は大きいと思う。
今後が気になる少年です。

いやしかしコレが実話とは恐ろしいね!
絶望的な出来事が降り掛かっても、こんな風に強く生きられるかな?
守るべき人をここまで諦めずに求められるかな?…自分を試されるね。
投稿者:クリモフ投稿日:2009-09-26 03:17:44
主演アンジェリーナ・ジョリーってことでどうなんだろうなぁ、と思ってたんですが流石イーストウッド監督、まったくぶれません。いやいや別にジョリーが嫌いというわけではなく「17歳のカルテ」以降、アクションでしか目立っていない気がしてちょっと心配だったんですが見事ですね、彼女も流石。
本当にここ最近のイーストウッドは一貫して事件そのものの是非よりそれによって人間がどう動くか、ということを描きますね。この作品でも腐敗した官僚主義や警察組織を凶弾する題材にもかかわらず、社会派にはせずに母親としての子に対する愛情を軸にしてドラマにする。もっと突っ込むとやっぱりどういう風に生きていくかというところに当たるんだと思います。良い悪い、善悪で判断できない生き方に決着をつけるっていうのが最近の御大の作品には共通している気がする。
イーストウッドは俳優業は「グラン・トリノ」で引退みたいだけど、監督は続けていろんな人を主演に撮って欲しいものです。まさに人間ドラマ、重厚ですが重くない良い映画でした。ただ、観た後やや印象が薄れていくってのもイーストウッド作品に共通するところなんだよなぁ。
投稿者:ピザボーイ投稿日:2009-08-30 11:03:48
列車から「降り」てくる偽の子供、掘る子供と見守る大人を「真上から」見つめる視線、意味もなく二階で捕まる犯人(ここ鳥肌)、死刑台から堕ちる死刑囚、これらのショットが重なり、画面が重低音をもって迫ってくる。これがイーストウッドなのだ・・・


アンジーの最後の一瞥は、僕にはなんだか神との「決別」に見える。彼女は降りて行き、下で子供を捜す。もう一生聖書なんて読まないんじゃないだろうか。
投稿者:kopi投稿日:2009-08-16 17:52:25
 今ならちょっと考えられないほどの警察の対応・・・でもその時代(日本でなら大正から昭和になるあたり)に実際に起こった事件というからびっくりです。初めから自分の息子じゃないと言っているのに「でも(面倒だから)この子でいいでしょ」って、それはないだろう。警察が、というより社会が世界恐慌やらで正気を逸していたのでしょう。
 その時代の教会の社会的位置、働いているシングルマザーの社会的評価、交換手という仕事の社会的地位等がこの映画にどう影響しているかが分かればもっと堪能できたと思いつつ、母親の子に対する思いはいつの時代も変わらないということを再認識しました。
投稿者:イドの怪物投稿日:2009-08-14 17:20:29
アンジェリーナ・ジョリーってこんな名優だとは思わなかった。
期待はずれの面白さで、殆ど一人芝居の様な映画であった。
ノースコット事件が断片的にしか描かれなことや、警察腐敗の告発とかの大きな軸があるにも関らずに、ひたすら一人芝居にしたのは監督の意図なのかな?
少しもの足りなさを感じるが、イーストウッド監督はハズレの無い人になった。
投稿者:メカゴジラ投稿日:2009-08-03 22:58:21
 
DVDにて鑑賞。予備知識なしで観たもんで途中からの展開には唖然としたが、よくできた映画で最後まで引き込まれた。
失礼ながらA.ジョリーってこんなすごい女優さんだったのね。おみそれしました。

気になったのは、警察や精神病院の描写がカリカチュアされすぎているように感じた点。ニセ息子もそう。
実話ベースの話だから「いや本当にこうだったんですけど?」と言われれば一言もないんだが、正直「未来世紀ブラジル」みたいで、実際に人間が言ったこと・やったことという現実味が感じられない。
最後に主人公が勝つ筋立てだから悪役はわかりやすい方が盛り上がるんだけど、この事件は当時の世情やら組織やらいろいろな背景があって起きたはずで、単にこいつとこいつが悪党だったから、と見えてしまうのはマイナスだと感じる。

イーストウッドの作品を見るたびに「凄いなあ」とは思うんだけど、なんというか好きにはなれない。DVDを買って手元に置こうと思わない。
馬鹿ハッピーエンドを求めているわけじゃないんだけどさ。
なんかこう、意地悪な爺さんが孫たちに怖い話を聞かせて、陰でニンマリしているような姿を想像してしまう。
投稿者:uptail投稿日:2009-08-02 21:21:08
アンジェリーナ・ジョリー
投稿者:circa投稿日:2009-07-30 17:26:09
元となる事件を一切知らず映画館で一人見だったので、衝撃度はかなり大きかったです。
満点にしたかったのですが、残酷な描写が(直接見えなくても)耐え難かったので、この点数にしました。

ただ、前にどなかかが書かれた
>クリスティンが警察や医者を怒らせないように受け答えするシーン、見ているこちらまで息苦しくなるほど胸が痛みました。

の、『怒らせないように』というのはちょっと違うんじゃないかと思い、どうしても気になったので書かせて頂きました。

クリスティンがあの場面で自分の感情を押し殺したのは、
警察や医者を『怒らせないように』する為などという単純な感情では語れないと思います。

彼女にとっての一番の目的は「無事に息子を捜し出す事」であり、
その為には、今この場面で自分がどういった対応・受け答えをするのが一番効果的なのか、
頭がおかしくなりそうに動転している感情を、死に物狂いで押し殺している場面だと思います。
冷静に事情を正確に伝える(←警察での場面)のが子供を助けるのに最善の手段であると、
あのような感情の中でも判断するのが親というものではないでしょうか。

私はその押し殺した演技に、母親としてのリアリティを一番強く感じました。
初めに「息子が居なくなった」と告げる言い方や、上ずった声で家の周囲を探し回る場面も同じです。
感情を爆発させるシーンだけがリアリティのある感情表現ではないですよね。

すみません。決してその方の感想を全否定しているという事ではないので(他の部分は同感です)、
もしこれを読んでおられて不快な思いをされましたら大変申し訳ないです。
ただ、息子への母の思いというのは、本当に姥捨て山のお話にもある通り、
他に喩えようがないくらいに深いものだと思います。子供を失う以上の「恐怖」はそうそう存在しません。
ですから警察や医者を前に、はらわた煮えくり返るような感情を抑えたのは、自身ではなく、紛れもなく息子の為でしかない訳です。
投稿者:幸村和投稿日:2009-07-27 23:40:42
いくつかのテーマが絡み合っていますね。
まずやっぱり警察の腐敗ぶり、堕落ぶり。そして長老派と警察の対立。長老派はクリスティンの力になるんだけれど、純粋な気持ちからではなく警察を糾弾するため、ひいては長老派の力を強くするために、警察は警察でイメージアップのために、どちらもクリスティンを利用しようとしているんですよね。
ここで利用される側としてクリスティンという哀れなシングルマザーがクローズアップされます。
利用されるクリスティンはしかしブレることなく息子を見つけ出すことだけを一途に求めます。その過程で、当時の男性中心社会とそれに伴う女性に対する抑圧の凄まじさも浮き彫りになってきます。これがこの映画のもうひとつのテーマだと思います。
クリスティンが警察や医者を怒らせないように受け答えするシーン、見ているこちらまで息苦しくなるほど胸が痛みました。
本来もっとも論理的であるはずの裁判でも、いかにもでかい声を出したもん勝ち、論理よりも力で人をねじ伏せるというマッチョな時代を感じさせて、その辺の描写もこの事件が起きる背景としてより整合性があり、リアリティを感じました。弁護士と警部が怒鳴り合ってるところなんか、こういうオッサンおるよなあ…といやあな気持ちになってしまいました。
そして皆さんが指摘するようになんといってもアンジェリーナ・ジョリーの熱演が素晴らしかったです。

追記↑の方が、
>警察や医者を怒らせないように受け答え
の文章を「単純な感情によっての行為」とご自分で解釈し、しかも何を根拠にかその自分の解釈が正しい、と決めてかかり「それは違う」とおっしゃってます。

更に
>マッチョな時代を感じさせて…リアリティを感じました。
の文章をもしかして、「感情を爆発させるシーンだけがリアリティのある感情表現」と私が述べていると、これまたご自分で変換してるのでしょうか。

更に「『はらわた煮えくり返るような感情を抑えたのは、自身のため』ではなく子どものため」ともおっしゃってますが、この『はらわた煮えくり返るような感情を抑えたのは、自身のため』に至っては一体どこからの引用なのか皆目見当も付かないのですが、どうもそれも私が述べたとして、それに対し、「そうじゃない」ともおっしゃています。

しかもそうした上で「決してその方の感想を全否定しているという事ではないので」ともおっしゃていますが、すでにこの方が対象にしているコメントはこの方が勝手に創作したコメントで私の感想とは別物なのに何をおしゃっているのでしょうか。
ここまでくると不快を通り越して不可解です。

私がクリスティンが
>警察や医者を怒らせないように受け答え
したのは、警察や医者を怒らせると息子を捜すのに尽力してもらえない、退院させてもらえない=息子を捜す手段が絶たれる、という判断に依るものと思い、その必死の姿が痛ましく、観ているこちらも息苦しくなり、胸が痛んだのでそうコメントしました。

>マッチョな時代を感じさせて…リアリティを感じました。
と言う文章は、事件が起きる背景として整合性を感じてリアリティを感じたのです。
背景として、です。もっと詳しく言うなら、この事件が起きたのはこういうマッチョな時代の産物である側面がある、と言う意味です。事件が起きる背景にリアリティがある、と言っているのです。

そこまで書かないとそんな解釈をする人がいるのかとただただ驚くばかりです。

映画に対する解釈も感想も当然ながら人それぞれで自由です。ここはそういう場ですから。
それでも人のコメントに対し(良くも悪くも)一言述べたくなる気持ちもわかります。
しかし、人のコメントに自分の解釈を加えたり、勝手に人の文章を変換したり、挙げ句に人が述べてもいないコメントを述べたかのようにして、それらに対しコメントするのもご勘弁頂きたいですね。
人のコメントに一言述べるなら確実に書かれてある文章に対してだけされるのが筋なのではないでしょうか。
投稿者:藤本周平、投稿日:2009-07-23 21:44:24
いやぁやっとDVDが出たので早速観たんだけど、とてつもない傑作だった。まず驚かされるのが、シンプルなストーリーなのに一瞬たりとも飽きない構成力。ちょっと前に劇場でグラン・トリノを観た時も思ったんだけどホントに凄いよこの構成力は。約2時間20分が嘘のように短かった。イーストウッド爺、アンタすごいよ。あと凄いのがアンジーの演技力。アクションをしてるアンジーしか観たことなかったけど、まさかこんな凄い女優になるとは・・・今年観た映画の中じゃあ今のところコレが一番。あぁ〜次のイーストウッド爺の作品を早く観たい。
投稿者:ghost-fox投稿日:2009-07-20 22:28:30
シンプル
投稿者:三葉十四郎投稿日:2009-04-10 14:51:10
【ネタバレ注意】

1928年の事件と年代こそ違うが、世相はジェイムズ・エルロイが50年代暗黒のLA 4部作に書いたものと殆ど変わらないので、ああした警察の腐敗ぶりは誇張でも何でもない事が改めて認識出来た、と先ずは物語と別な余談な感興。 

映画への導入は脱色した様な街並の画に色調が着いてくる事で、物語は往時が蘇る史実である事、話に入っての日常風景も銀残しの撮影で陰影を強調して、暗い内容、暗い時代である事をあからさまにした、トーンの統一に配慮がなされた作劇。 
禁酒法の頃のはずだが全く触れてないのは意外だった。 酒でも飲まなきゃやってられなそうな人達ばかり映るというのに。 

攫われた息子を探す、その取っ掛かりから苦心惨憺しなければならないクリスティン・コリンズ夫人のところへ現れるのは嘘吐きばかり、彼らはそのウソを彼女に飲み込ませようと責め立ててくる。 
急先鋒に立つのが市警青少年課のジョーンズ警部、近年ここまで観客の憎しみを駆り立てたキャラクタはちょっと居ない。 何しろ実在した人物なのだ。 
ジェフリー・ドノヴァンのパーソナリティがピタリと嵌っていた。 自分のミスは決して認めず、俺に面倒かけるのか?、と相手を威圧する。 こんなタイプは身近に居る、ことに今の日本には多い。 責任問題、不正や偽装問題などでTVで頭を下げている人々の中に少なくないはずだ。 

警部はクリスティンに、自分が間違っていた、と自らを偽らせようと圧力をかけてくるが、クリスティン自身は警察と対立するよりも先ず、息子ウォルターを警部に探して欲しい願いを持っているので何より立場が辛い。 アンジェリーナ・ジョリーはこの前半部で顔を哀れさに歪めて見せてあざとくならず、話が進むにつれて強くなっていく、なっていかざるを得ない女性像を創りあげて、映画は憎まれ役と共に演者の優れた演技で観客の気持ちをガッチリ掴んだ。
 
クリスティンは更なる強力な嘘吐きと対決せねばならない。 ウォルターを名乗る少年は、本当の息子に帰ってきて欲しいと哀願するクリスティンに気持ちを動かした様子が無い。 目的はハリウッドスターに会いたかったからだが、こんな末恐ろしい子がやはり本当に居たのだ。 
精神病院の医師スティールは誘導ぶりが怖かった。 ジョーンズにより強制入院させられて動揺した事で、さぞ混乱したでしょうね、と話掛けておいてから、混乱はいつもあるのですか?、と問うてくる。 感情は何を見せても精神病と診断され、感情隠さず怒りを持って抵抗すると電気ショック、こんな所では本当に廃人にさせられてしまう。 

そして稀代の誘拐殺人犯ゴードン・ノーススコット、クリスティンは彼の謂う事とも立向かう。 死刑宣告を受けたゴードンから告白したい旨を伝えられた彼女が訪れると、彼は懺悔を済ませたから嘘は話したくない、と言い出す。 ゴードンが伝えたい事が、自分はウォルターは手にかけてない、と言う事なら喜んでそう言えば良い。 懺悔をした後で出来ない様な話だから拒否しているのである。 クリスティンは詰め寄り、お前は地獄へ堕ちる、となじる。 
絞首刑の場面では平素ヘラヘラした態度のゴードンは散散に脅えてみせるが、思うに、彼と云う人間は力の弱い子供を殺す事で自分の生を実感している、だから内実はよっぽど死にたくない人間なのだ。 この殺人鬼の人物描写も思いのほか優れていた。 

事件に関わる人物が全て断罪されて、普段の生活を再開してもなお、彼女はウォルターの捜索を申し込んでいる。 彼女を救ったグスタヴ牧師でさえも事件を忘れて人生をやり直す事を薦めているのにだ。 
クリスティンはウォルターの死を認めるべきなのか、捨てきれない希望に心を託すのが本当なのか、つまり今度は自分の内なる嘘と戦うのが、この終盤だったはずだが、ここが気持ち描写不足だったか。 もう少し葛藤が描かれていれば、生存していた別の子供の報に、確かなものを掴みました、と言うクリスティンの微笑みを一層深く出来たに違いない。
 
希望を持って生きる、それは確かに尊いが、辛気臭い生き方かも判らない。 この映画では真実を語ると云う事がとても重かった。 ウソに逃げた方が余程に楽だ、なんて人生の折々で僕は思ったりするのですが、まあそうだとすると僕も世間も間違っているのでしょうね。 何をやってしまったとしても本当の方がラクなんだよ、となる世の中にならなければ。 
う、何だか説教臭い〆になってしまった。

投稿者:にゃんにゃん投稿日:2009-04-05 02:08:21
アンジェリーナ・ジョリーのキャリアベストの演技だと思う。
特に息子が帰ってきたと知ったときの演技は演技に見えない。
その後の女としての強さと弱さの出し方も上手い。

映画は息子を探す母親を追うかたわらで、ロス警察との戦いも描く。
そして母親と警察のバトルが激化していくと映画は少し違った面を見せる。
実はあらすじから想像する筋とは違った主軸がもう1つ存在するのだ。
それは「ミリオンダラー・ベイビー」でいう「尊厳死」のテーマと一緒で、
今回もそのバランス感覚が難しいところ。
子供を探す母親の横でやるにしては少々激しすぎる警察の描き方。
海外で賛否あるというのはこういった部分なのだろう。

とは言っても、最初から最後まで感情移入をさせ、最後に大きな感動を与えるのは
やはり見せ方が上手いからだろう。

実を言うと映画を見ていてこれほど泣きそうになったのは初めて。
いつもはどんな感動作でも無表情を保てたのに。
投稿者:verkhovensky投稿日:2009-03-30 02:42:30
【ネタバレ注意】

こんなに凄い・にはかには信じがたい・呆れて物もいへない話は、まづはノンフィクションとして出版され、それを映画化するのが通例でした。今や映画の脚本は、事実の調査においてもライターに先んじるやうになつたわけです。
近年はこのやうに、実話を素材にした作品が増え、名作も多々生まれてゐます。「バットマン」のやうな映画ももちろん結構なのですが、フィクションによる奇抜な筋、あつと驚く展開は、もうやりつくされ、限界に来てゐると痛感することが少なくありません。脚本家はこれからますます、小説より奇なるものを求めて資料を渉猟することでせう。

また、1920年代後半から30年代前半にかけての大恐慌時代の米ロサンゼルス市が、経済情勢とは別の視点から、丁寧に再現されてゐます。路面電車や車、電話交換主任の履くローラースケート、ラジオから聞える「或る夜の出来事」(有名な喜劇です。今でも面白がる人はゐるでせう。私もDVDを持つてゐます)のアカデミー賞受賞といつた風俗から、警察の人権概念、精神病院の非人道的処置、絞首刑の一部始終などに至るまでのすべての描写が、時代の常識と精神を伝へてゐます。
これは大事なことで、当の母親が「息子ではない」と主張し、歯医者や教師も裏付ける証言をしてゐるのに、警察が無視するどころかあれほどの暴挙に出ることは、マスメディアに訴へるのも容易な現代では考へられません。しかしこの時代なら起こりえたのだと、観客に体感させ納得させなければならないからです。そしてその点は十分に成功してゐると思ひます。

以下はネタバレですが、子供の失踪と別の子供の登場、警察の腐敗、さらに突如明るみに出る犯罪ーー3つの出来事が絡まりあつた恐ろしい話です。予告編で、偽の子供が現れるところまでは分かるでせう。それだけでも十分異様ですが、その後思ひもかけぬ大事件に発展し、唖然とすること請け合ひです。ぜひご覧あれ。

なほ絞首刑をすべて描写した作劇上の理由は、息子の生死の情報を得ることを母が最後まで諦めなかつたから、といふことを、下の方のコメントに対し申し添へておきます。

投稿者:はこまる投稿日:2009-03-29 10:03:21
至福の2時間22分。心の底から堪能した。映画とはかくも厳密なものなのか。アンジェリーナ・ジョリーを襲う受難の数々。サディズムが優しく噛み砕かれ、やがてドラマツルギーという名の喜悦へと変わる瞬間。観終わってしばしの間動けなくなるくらい感動した。
正義、真実、そして希望。イーストウッド映画のモチーフである一度死んだ男(幽霊)をめぐるお話ですが、その眼差しの向こう側には、前人未到の映画の領域が起立しています。今の時代、これほどの作品と出会えたことに感謝します。ありがとうイーストウッド。

次回作『グラントリノ』ではいよいよ御大自らが主演。なんだか今から発狂しそうな予感。期待して待ちましょう。
投稿者:フラーティ投稿日:2009-03-18 00:36:45
【ネタバレ注意】

ゴードン・ノースコットが主に「監禁者」のイメージで描かれていることに注目すべきだろう。物理的に危害を加えているシーンは巧妙にボカされ、恐怖によって相手の精神を支配し、人間性を破壊していく様が強調される。

本作において養鶏場と精神病院は、「監獄」という意味で同等なのである。


ラストで、この「監獄」=システムに反逆した「ヒーロー」がもう1人いたことが分かる。図らずも悪徳警部の「似たもの親子だな」という悪態が逆の意味で的中したことになり、見事なまでに感動的である。

投稿者:たまきち投稿日:2009-03-17 14:30:20
まず、自らの運命を切り開いていった強い女性達に脱帽。
このような映画を作ったイーストウッドに脱帽。
そして、子を思う母の愛を深く演じきったアンジェリーナさんに脱帽です。
警察組織にたてつく怖さを諭す牧師に向かって、「失う物は何もないわ」と言った彼女の顔を思い出すだけで、今でも涙が出てきそうです。
母が子を失う事がどれ程つらいか、子のためならいかに強くなれるか、多くの人に分かってほしいです。
そして、あらゆる犯罪・戦争行為に子供が巻き込まれる事のない様ただ祈るばかりです。
投稿者:paris1895投稿日:2009-03-12 05:35:26
例えば、ゴダールが『映画史』の中でRKOのロゴの映像を使うのと、あの愚かなデヴィッド・フィンチャーが『ゾディアック』でワーナーのロゴ映像を当時のものを使うのとでは、純然たる違いがある様に思う。
 謙虚な敬意と傲慢な敬意の違い、とでも言おうか。
 ではこの『チェンジリング』ではどうか。
私としては、前者であると答えたいのだが、それが何故か、と問われたらそれに対する答えは、ない。
 暴力的なまでの謙虚な敬意、と言う他ない。
 この映画で描かれる警察の暴力的な悪徳や、犯人の非道な暴力性、アンジェリーナ・ジョリーの暴力的なまでの無心の愛よりも、イーストウッドの映画への敬意の方が暴力的だと確信せずにはおれない。

それは劇中のあるシーンにおいても顕著だ。
 アンジェリーナ・ジョリーがアカデミー賞の作品賞を予想するそのシーン。
勿論、われわれは1934年のアカデミー賞は『クレオパトラ』や『白い蘭』などにではなく、フランク・キャプラによるあの作品に捧げられたことは知っている。
 そして当然、アンジェリーナ・ジョリー演ずる母親もまた、『クレオパトラ』などが作品賞を受賞するなどとは予想しない。
 問題なのは、そこではない。この何でもないワンシーンに注意をひきつけられたわれわれは銀幕に視線をおくりつづけ、そして孤独な浮遊感を味わうことになる。映って当然のそれが映らないことによる、その浮遊感はいずれ途方もない孤独感になってわれわれに襲いかかり、映画の終幕までわれわれの瞼をこじ開け続ける。

 やがて映画が終わるシーンを迎えたときに、われわれは孤独でなかったことを知る。イーストウッドはわれわれを一人になどはしない。
 そのシーンの街並には映画館があり、その映画館には『或る夜の出来事』のポスターがかかっている。
 この事柄だけを取っても、フィンチャーの愚かしさなどは言うに及ばず、イーストウッドの暴力的なまでの映画への謙虚な敬意を感じれずにはおれない。
投稿者:replicant投稿日:2009-03-08 00:56:50
【ネタバレ注意】

巷の評判はきわめて宜しいようなんですが、オイラはイマイチだったなぁ・・・。とにかく中盤(アンジェリーナ・ジョリーが精神病院に入れられるまで)までは予告編で想像出来るそのままの展開で(まぁ、展開が読めても面白い映画がたくさんあるんですけどね)、「アンジーは上手いなぁ・・・」とか思いながらも眠たくなってしまいました。で、物語が動く中盤以降に期待したんですが・・・登場してくるキャラもストーリーの流れも全くのステレオタイプで(イーストウッドらしいですけどね)、ぶっちゃけ、TRUE STORYじゃなかったら、観たのを後悔するところでした。『グラン・トリノ』に期待だなぁ・・・。

投稿者:黒美君彦投稿日:2009-03-04 00:19:37
C・イーストウッド監督作品は晦渋なものが多い印象があるが、古稀を迎えて以降は次第にわかりやすい、ある意味シンプルな作品が増えているように思う。この作品はその最たるものといえるかも知れない。
物語そのものは重苦しさに包まれているが、悲劇の主人公に向けられる視線はそこはかとなく温かく、人間の強さを信頼しようとする(それは犯人の卑劣さと対になってさらに強調される)。その構図はそこここに見出され、たとえばLAPDの描き方は確かに類型的ではあるが、そこにレスター・ヤバラ刑事(マイケル・ケリー)を配することによって、事件解決の希望が見えてくる。

アンジェリーナ・ジョリーが見事な役者ぶりを披露し、新たな境地を見出したのも収穫。悪役刑事を演じたジェフリー・ドノヴァンも好演。
監督自身による音楽もどこか優しく、再現された20年代のLAにマッチしていた。
娯楽性を十分備えた社会派作品。80歳近くなってこれだけの力作を生み出すC・イーストウッド監督に脱帽。
投稿者:FFF投稿日:2009-03-03 16:41:15
人間は絶望を受け入れるようには出来ていないとゆー事が一切無駄のない演出によって表現されていると思いました。
投稿者:quiet man投稿日:2009-03-02 21:44:27
観終わっても体が強張ってしばらく席を立てなかった。もう少し映画が続けば良いのにな〜とも思った。「ミリオンダラー・ベイビー」にも感じた胸にドーンとくる衝撃波。こういう映画を最近観ていない。暗いストーリーでも
決して後味は悪くない。これが80歳になる人の作品と聞くと、底力というか
人間力というかアメリカの凄さを感じた。A・ジョリーの見事さ、音楽と撮影の素晴らしさはいつまでも記憶に残るだろう。
投稿者:ビリジョ投稿日:2009-03-02 16:37:54
【ネタバレ注意】

 しかしイーストウッドも多作ですね。もう80歳近いのに、このエネルギーはどこから来るのだろう。もっと、見終わった後でほっとするような、ほのぼのとするような映画だって作れるだろうに、何でこんな心がチリチリする映画ばかり撮り続けるのかこの人は。
 連続殺人鬼そのものではなく、母親の一人と、警察の腐敗の方にスポットを当てた脚本が憎い。アンジェリーナ・ジョリーはどんどん大女優になっていくが、先行き不安はないのだろか。余計なお世話か。

 ところでイーストウッドは、政治の方にはもう関心がないのだろうか。

投稿者:はまま投稿日:2009-03-01 16:43:19
イーストウッド作品独特の通奏低音が、本作では特に強く響いていて心地よい。彼自身が登場しない場合、その通奏低音は短調に強く響き、重い話がさらに暗くなるのだが、アンジェリーナ・ジョリーが彼自身に代わるキャラクターとして、頑なな意志と物事を判断する力を表現してくれた。
イーストウッドの通奏低音を言葉で表現することはなかなか難しい。彼の映画でしか味わえない。映画の時間と空間を自在に操り、物語の世界にぐいぐい引っ張り込む妙技とあいまって、彼の映画を見ると私はいつも「答え」を迫られるような気分になってしまうのだ。そんな映画作家は、古今東西彼だけだ。
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2009-02-28 20:22:53
 本当にすべてのシーンが驚きの連続、ハッとさせるディレクションに満ちている。端役の演者においてさえ、所作、表情、台詞の間合い等がほとんど完璧にコントロールされていると感じる。或いはプロットの連携においても見事に統制の取れた演出だ。イーストウッドは前人未踏の域、人類史上最高の映画監督の位置に近付きつつある。

 本作がオスカーからアンジェリーナ・ジョリーやトム・スターンら一部を除いて無視されたのは、こゝまでLAPDを馬鹿にしたからだろうか。全く徹底したリバタリアニズムの表明なのだが、まあちょっとやり過ぎの感もあり、LAPDや精神病院の描き方は単純化され過ぎている、ということも指摘しておかねばならないだろう。例えば無抵抗の犯罪者達をマシンガンで撃ち殺すイメージ・シーン(フラッシュバック)に違和感を覚えないか。或いはジョン・マルコヴィッチのキャラクター造形について言っても、私は登場シーンを見た途端、余りに極端な物云いなので、てっきり「LAPDこき下ろし」とバランスを取るために配置された、偽善者の牧師として描かれるのだろうと思ってしまった。

 ただ、これらのある種類型化された作劇上の「幼さ」に抗して、イーストウッドのディレクションは途方もなく「大人」である。例えばLAPDの警部についても、精神病院の医師についてもその演技演出の充実は驚くべき達成度だ。いや大袈裟な物云いでなくすべての登場人物において、いや画面の果ての果てまでも、演出家の聡明さが定着しているように思えるのだ。本作も例によって決して全方位から称揚される映画ではないだろうが、フィルムに定着したイーストウッドの聡明さがフィルムを愛する全ての人を圧倒するだろう。本作のこの圧倒感は彼のフィルモグラフィーの中でも突出している。 http://cinema.intercritique.com/user.cgi?u=3449
投稿者:リEガン投稿日:2009-02-28 09:24:16
クリント・イーストウッドという映画人の凄さをあらためて認識した一編。1928年のロサンゼルスで実際にあった事件を題材にしているそうだが、国家権力、特に警察や裁判所が一般市民に対して決して自らのミスを認めないのは、現在の日本でも未だに珍しいことではない。『ここまでひどくはないだろう』と思いがちなエピソードも、実際にはもっとひどいことさえ行われているのが現実だ。だからこそ、事件の真相や裁判の行方に重きをおかず、権力の“面子”によって生じた悲劇を、弱者がどのように咀嚼して、それを凌駕し、かすかでも希望を見出していくかを描いたところに、イーストウッドの映画作りに対する矜持を感じた。個人的には特に熱狂的な信者でないにもかかわらず、70年代以降ほとんどの主演・監督作品を観ているのは、そんな気概に魅了されているからだろう。次回作「グラン・トリノ」も楽しみだ。
投稿者:ケラヒロミ。投稿日:2009-02-25 15:25:16
アンジーの演技は見事、感服です。
観ていて本当に苦しかった。
これが実話だなんて信じられないし辛すぎる。
投稿者:glamfreak投稿日:2009-02-24 21:18:13
行方不明の我が子と称する他人が現われて、誰も自分を信じてくれない。
そんな不穏な話、息子を持つ母としては気になって仕方がないではないか。
気づいたら私は、公開初日の劇場にいた。

オスカーで振るわなかったのは、
さほど目新しいことをやっていないからだろう。だが、
「壮大なセットを背景に、風化しつつある暗部をあぶりだす」という、
近年のイーストウッドやハワードの流れを危なげなく貫いている傑作だ。
そもそも今どき、安心して観ていられる映画は
イーストウッド作品くらいである。「まさか、ここで終わらないよね」
「まさか、あのままにしないよね」と思っていたら、
やはり、いいラストへと導いてくれた。

ただ、公式サイトにも載っている、当時の新聞記事を読んでみると、
史実とは、かなり異なる内容であるのに気づく。
とりわけ、ウォルター少年の父が実際には強盗の罪で
長期にわたり服役中だったのが、やがては世間の同情を遠ざけ、
よって事件が風化しやすかったのではないかと邪推したくなる。

では、クリスティンが上品な働くシングルマザーである場合と、
極道の妻である場合とで、親子の価値や痛みは変わるのだろうか。
映画は、そう問いかけているようにも感じる。
エイミー・ライアンを配したのは、日本劇場未公開の秀作
『ゴーン・ベイビー・ゴーン』へのオマージュなのかもしれない。
あの映画でライアンは、行方不明の我が子を待つ、
“体裁の悪い”母親を演じているからだ。

『チェンジリング』は、事件から7年後、
フィクションと思われる人物の登場をきっかけにして幕を閉じる。
ウォルターは16歳になっている計算だ。
9歳から16歳といえば、家に居ようが居まいが、
男の子は女親にとって、何かと悩みのタネとなる。
そんな時、母は、見えない未来に希望を託してひたすら待つ。
その、待てる同志に、私は会いたくて劇場に足を運んだのかもしれない。
投稿者:NYY投稿日:2009-02-23 19:53:40
【ネタバレ注意】

うーん、素晴らしい作品だった。
何と言うか、厳しい現実というものを描き切ってますね。
 
国家権力を信用するな。どんなに追い込まれても、自分の感覚だけ
を信じて、売られた喧嘩は徹底的に戦え。
ってのがイーストウッドからのメッセージなのかな。この人、ダー
ティハリーの頃から、全然ブレてないね。男の中の男。
 
人権が対国家の概念であるように、国家権力は、気の触れたチンケ
な犯罪者なんかよりも数段怖い存在だから、そっちの方に比重を大
きく取ってある点は良いバランスだったんじゃないかと思う。
権力者に都合の悪いことを言うような者は病人扱いして、精神病院
に隔離・・・。
権力が堕落すると直ぐに、北●鮮みたいな状態になると。
アメリカでは警察が信用されてないとは聞いてたけど、ここまで分
かり易いとはね。
 
ブラピんちの母ちゃんは喧嘩には勝ったけど、子供は・・・。
しかし、この人は自分の人生というものにはキッチリと勝利したと
言えるでしょう。
不幸なことに巻き込まれた人は、その不幸自体は回復できないとし
ても、国家等には頼らずに、自分の内側から湧き上がってくるよう
な力で立ち上がって生きていく。
人間とは、かくあるべきだ。って感じかな。
 
マルコビッチが、なんかカッコ良かった。
「世界で最も無能なロス市警は、今日も汚職に励んでます」って、
笑えるw。
         (^∀^)
 
ストレスで身長が縮んだって? あのデブ、本当に医者か?
 
チ●コの皮が違ったとは、やっぱそこらへんには個体差ってもんが
あるんだね。

投稿者:ローランド投稿日:2009-02-22 09:20:40
  暖かく柔らかいはずのフリューゲルホーンの音色が冷たく聴こえ
る沈鬱な音楽に、荒んだ感じさえ与えられる色彩の画像。 
画家が絵の具を陽に当てて退色させたり画布を荒らしたりしてまで
テーマにあったトーンを出そうとするように、イーストウッドも聴覚視覚
に工夫を凝らしている。  あの、額のシワの続きのような細い目の
顔、たいした才能を秘めてますね。

   でも、「カッコウの巣の上で」なんかがそうだけど、作品としては
上質でよかったけど、いま一度観ようかという気になかなかなれない
重い映画、これもその中に入ってしまいます。  悪人どもに鉄槌のく
だる法廷劇のカタルシスをエンディングにしてたら受けも良かろうと
思うのだけど、イーストウッドはあいも変らず観客に媚びようとしな
い ・・・というよりも、期待を逆手にとるかのような感じさえ与え
られる。 権力の悪を際立たせるためなんだろうけど、殺人犯に
比重を多くかけたせいか、牋瓩分散してしまった感じがします。

   それにしてもアンジェリーナ・ジョリー、先だって観た
「ウォンテッド」でのサイボーグ的パワフル女と、この映画での、母性
に突き動かされ強大な権力に立ち向かう強いところもあるけれど、
憔悴しやつれ果てた痛々しい様子の女、個性的な顔をしているか
ら同じ女優だと分かるけど、よくもまあ、これほどまでまったく違う
人格を、それもなりきって演じられるものです。 役者魂を思い知ら
されました。 
投稿者:投稿日:2009-02-21 18:03:51
『フェイクシティ』のレイトショーの12時間後に土曜日の初回でみた。その間、DVDで『三つ数えろ』を。偶然だが、いずれもロサンゼルスが舞台だ。何人の人が殺されただろう。
それは、ともかく。
すばらしいキャスティング、俳優、演技演出、音楽美術、衣裳、そして撮影。おそろしくハイレベルな作品。ストーリーのナラティブも植物の茎が伸び葉が出て繁茂するように間断なく展開し、2時間半近い上映時間も瞬く間。
だがしかし、最後のシークエンスに物語上致命的な欠陥があり、残念であった。
内容は、書けない。
投稿者:OGさん投稿日:2009-02-21 04:24:39
【ネタバレ注意】

こいうことなのだろうか。

最後の30分頃からが、とにかく辛かった。

このころには、自分も映画の中の一人の人物−それもクリスティンにとても近しい存在−である気持になっていた。

アンジーやマルコヴィッチ、ドノヴァンなどの役者陣の働き、イーストウッド監督が作り出した、生を感じさせる古典な映像が、私をそうさせたのだ。

この事件の展開や結末を全く知らなかった私だったが、ハッピーエンドには成らぬことが、頭に何度もよぎり、居たたまれなかった。

それでも「大丈夫なんだ」と、手を強く握り、首は死後硬直の如く強張り(こわば)、体を座席にこれでもかと押しつけた。

物語のその後の語る字幕が現れ、それからエンドロールに入っていく中、小さく早い溜息を、何度も発していた。

※過剰表現に見られるかもしれませんが、マジっっっす

シネコンのポイントカードの有効期限が迫っているからと、就活の休みとして観ましたが、生涯に残る作品に出会えました。

投稿者:ASH投稿日:2009-02-21 00:16:50
【ネタバレ注意】

 ここ最近のイーストウッド御大の映画は厭世観丸出しの作風で、心には響くんだけど、どんよりとした重たい気分に陥ることが多かったのでこの映画でもある程度の覚悟を決めて鑑賞に臨んだんだけど…。

 突然、息子がいなくなり5ヵ月後に帰ってくるんだけど、それはまったくの別人だった。じゃあ本物の息子はどこに?、という単純な子供捜しのミステリーなのかと思ったら、その当時の警察組織の腐敗ぶりをかなり露骨に描いて浮き彫りにしている。警察の初動捜査が適切だったらば、クリスティンの言葉を真摯に受け止めてくれていれば、そういった苛立を観客にもダイレクトに伝えているのね。

 LAPDはかねてから汚職まみれでいい評判ではなかったから、ウォルター失踪事件を円満解決させてなんとかその汚名を返上したいという焦りがあり、捏造という形で事件解決を行う。クリスティンは正しいことを言っているのに、事件担当のジョーンズ警部は「もう解決したことだ」の一点張りで執りあってくれないもんだから、おのずと観客も警察への不信感を募らせてゆく仕組み。

 警察の非道な隠蔽工作の実態や、失踪事件の恐るべき真実が次第に明かされてゆくのだが、そんな中でも自分の信念を貫き闘い続けたクリスティンの母としての強さが観る者に訴えかけてくる。初めはウォルターがいなくなりうろたえていただけのクリスティンが、だんだんと気丈な女性へと変わってゆく。御大が描きたかったのは警察の腐敗なんかよりも、ソッチの方だったというのは中盤過ぎ辺りから分る。

 実話の映画化ということで事実に基づいてああいう結末なんだろうけど、どこかしら希望を与えているような〆方になっているのはよかった。「ミスティック〜」や「MDB」に顕著だった厭世観は、今回はどちらかといえば希薄。御大も喜寿をとうに越えたので、老成円熟(?)の域に達したのでこういう結末を素直に持ってきたのかしら、なんてことを考えちまった。

 それにしても、ジョーンズ警部の憎たらしいこと! 捜査のミスを認めずに一方的にクリスティンに非があるように仕向けて強制入院させちゃうなんて。病院にはクリスティン以外にも警察権力に歯向かった女性たちがいっぱい収容されていて、中には廃人のようになってしまった人までいる。こんな不当で恐ろしいことがまかり通っていたとは…。

 切実に息子を捜すクリスティンに、牧師を初めとして彼女の味方になってくれる人たちが次々と現れてくるのが感動的だった。クリスティンに手をさしのべるのが長老教会の牧師だというのも、なんだか意味がありそうね。「警察はこんなに悪いことをしてるんですよ〜」とラジオで演説していたとはねぇ(今でもしてるのかな?)。

 さて、渾身の演技で映画を最後まで引っ張ったアンジー。昨年観た「ウォンテッド」の時とはまるで別人のようで、彼女の熱演のお陰で比較的長尺の映画なのにグイグイと引き込まれて目が離せなくなる。失踪した息子を懸命に捜す母の姿にはグッときたね。ノースコットと刑務所での対峙シーンが特にすごかった。こりゃオスカーは射程内とみたね(他の候補者、観とらんけど)。

 誘拐殺人犯の死刑執行の場面は、もしかすると御大なりの死刑制度への在り方を提示したのでしょうかね? 事実に基づき最初から脚本にあったのかもしれんが、悪い奴はキッチリと制裁を受けるべきで、それを見せることで誰もが暴力的な感情を心に持っているということを伝えたかったのかも。

 製作にブライアン・グレイザーとロン・ハワードが名を連ねているけど、もしかすると御大は雇われ監督で、当初はロン・ハワードが監督する予定の映画だったのかも。でも、御大はジャジーなスコアまで手掛けているから、どこをどう取ってもイーストウッド監督作になっているけど。

 どうでもいい話。「MNIE」のケニーことグレッグ・ビンクリーが陪審員のひとりで出ていることに気付いた。

投稿者:Stingr@y投稿日:2009-02-13 06:31:41
 ミステリー・サスペンスでありながら、感動のドラマにまで昇華させることに成功した傑作である。何と言ってもアンジェリーナ・ジョリーのすばらしい演技に見ほれる。以下↓同文(ただしダブル受賞のくだりは除く)。ジョーンズ警部役のJ・ドノヴァンの演技も賞賛に値する。本当に殴ってやりたいと思わせる“嫌なヤツ”を見事に演じている。精神病院の看護婦さんたちも、昔のサスペンス映画やスパイ映画を髣髴とさせるキャスティングで“グゥ〜”です。

 「事実は小説よりも奇なり」を地で行く物語。「もし真実の話でなければ、ものすごいフィクションだ」とはイーストウッド監督の言葉。腐敗・不正があれば、それを正す正義もあるのがイーストウッド流のアメリカ。一本芯の通った骨太作品とはこの作品のこと。それにしても、昔のLAの風景、どこまでがCGなんだか…。
投稿者:guch63投稿日:2009-02-07 09:34:28
”グラントリノ”に続き監督作品2本がロードショー中、しかもどちらも甲乙つけ難い秀作だ。演出、構成、脚本、撮影、セット、、、そして何よりもアンジーの真に迫る演技。自身6人の子持ちなのだからその心情を表現する事にかけては誰にも負けていない。単にブラピ婦人としてセレブだ、美形ナンバーワンだ、、などの風評はキレイにすっ飛んでしまった。22日のオスカーもご主人とのダブル受賞だって充分に考えられる。
それにしても今更だがイーストウッド氏の力量には脱帽、リアルなアメリカを撮らせたら右に出る人はいないだろう。しかも制作から作曲までこの歳で幅広い活躍を続けられる情熱は一体何処から出て来るのであろう。
観戦中は消去法よろしくその映画の+−を克明に記憶しメモに残すのだがこの映画に関しては早々と最初の40分で降参、どっぷり画面に浸かり2時間20分がまたたく間に終わってしまった。淀川さんや水野さんの評価を是非聞いてみたい。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 主演女優賞アンジェリーナ・ジョリー 
 □ 撮影賞トム・スターン 
 □ 美術賞Gary Fettis 
  ジェームズ・J・ムラカミ 
□ パルム・ドールクリント・イーストウッド 
□ 女優賞(ドラマ)アンジェリーナ・ジョリー 
 □ 音楽賞クリント・イーストウッド 
□ 主演女優賞アンジェリーナ・ジョリー 
 □ 監督賞クリント・イーストウッド 
 □ 脚本賞J・マイケル・ストラジンスキー 
 □ 撮影賞トム・スターン 
 □ 美術賞Gary Fettis 
  ジェームズ・J・ムラカミ 
 □ 衣装デザイン賞デボラ・ホッパー 
 □ 編集賞ゲイリー・ローチ 
  ジョエル・コックス 
 □ 音響賞John T. Reitz 
  Alan Robert Murray 
  Walt Martin 
  Gregg Rudloff 
□ 作品賞 
 □ 主演女優賞アンジェリーナ・ジョリー 
 □ 音楽賞クリント・イーストウッド 
□ 外国作品賞 
【ニュース】
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第35回サターン賞、受賞結果2009/06/25
DVDリリース情報:「チェンジリング」「ワルキューレ」「20世紀少年<第2章>」etc.2009/05/20
サターン賞、ノミネーション発表2009/03/11
アカデミー賞作品賞は「スラムドッグ$ミリオネア」に、日本勢もW受賞の快挙!2009/02/23
映画俳優組合(SAG)賞結果発表2009/01/26
アカデミー賞ノミネーション発表!日本からも「おくりびと」と「つみきのいえ」が候補に2009/01/22
ゴールデングローブ賞結果発表2009/01/12
注目の放送映画批評家協会賞は「スラムドッグ$ミリオネア」に!2009/01/09
映画俳優組合(SAG)賞、ノミネーション発表2008/12/19
ゴールデングローブ賞ノミネーション発表2008/12/12
放送映画批評家協会賞、ノミネーション発表2008/12/10
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞結果発表2008/12/05
全米興行成績、「ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー」がV22008/11/03
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C・イーストウッド監督「The Changeling」、C・オーウェン主演「The International」他予告編2008/09/16
C・イーストウッド監督&A・ジョリー主演「The Changeling」、スチール2007/12/28
C・イーストウッド監督&A・ジョリー主演「The Changeling」、撮影風景2007/10/18
クリント・イーストウッド、アンジェリーナ・ジョリー主演作を監督か2007/03/12
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