allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

ダウト 〜あるカトリック学校で〜(2008)

DOUBT

メディア映画
上映時間105分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(ディズニー)
初公開年月2009/03/07
ジャンルドラマ/ミステリー
神聖なはずのカトリック学校で、
何が起こったのか?
トニー賞&ピュリッツァー賞W受賞の舞台劇、
衝撃の映画化。
ダウト/あるカトリック学校で [Blu-ray]
参考価格:¥ 2,571
価格:¥ 4,629
USED価格:¥ 2,780
amazon.co.jpへ

 Photos
ダウト 〜あるカトリック学校で〜

【解説】
 劇作家ジョン・パトリック・シャンリィが9.11の衝撃とその余波が大きな影となって人々の心を覆ってしまった世情を背景に書き上げ、2005年のトニー賞、ピュリッツァー賞をダブルで受賞した名作戯曲『ダウト 疑いをめぐる寓話』を、シャンリィ自らメガフォンをとり、実力派俳優陣の豪華競演で映画化した心理ドラマ。60年代のカトリック学校を舞台に、少年に対する性的虐待の疑いを掛けられた進歩的な男性聖職者と、心証のみで彼を執拗なまでに追いつめていく厳格な女性校長の息詰まる言葉の攻防がスリリングに展開していく。主演は「プラダを着た悪魔」のメリル・ストリープと「カポーティ」のフィリップ・シーモア・ホフマン、共演にエイミー・アダムス、ヴィオラ・デイヴィス。
 前年のケネディ大統領の暗殺や公民権運動の高まりなど激動と変革の真っ只中にある1964年。ニューヨークのブロンクスにあるカトリック学校でも、厳格な校長シスター・アロイシアスに対し、進歩的で生徒の人望も篤いフリン神父はより開かれた校風にしていくべきとの持論を展開していた。そんなある日、新人教師のシスター・ジェイムズは学校で唯一の黒人生徒ドナルドを呼び出したフリン神父の不可解な行動に不審を抱きシスター・アロイシアスに相談する。シスター・アロイシアスは2人が“不適切な関係”にあるのではと疑い、フリン神父を厳しく問い詰める。一方シスター・ジェイムズのほうはきっぱりと否定したフリン神父の説明に納得し、反対になおも頑迷にフリン神父への疑惑を深めていくシスター・アロイシアスの態度にこそ違和感を覚え始めるが…。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
534 6.80
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:遊乃舞寧夢投稿日:2013-04-18 21:59:34
の表情で想像した、まさにその通りの内容でした(笑)。

メリル・ストリープが上手いのはよくわかっていることで、むしろ、
カワイコちゃん女優の印象が強いエイミー・アダムス(魔法にかけられて、ナイト・
ミュージアム2の二本しか見てないもので)が、このストリープを相手にどんな演技
をするのか?という興味をもって鑑賞。

なるほど、これはもうキャスティングの時点で大成功。
いかめしい堅物修道女になりきったストリープと、いかにも純真で可愛らしい
アダムスの対比だけで、もう作品が成立したかのようです。と、同時に、アダムスは
演技でも健闘しており、助演女優賞ノミネート、納得でした。

内容的には、人間の猜疑心を描いた作品として、61年のW・ワイラー作「噂の二人」
によく似てると感じました。女学校の教師二人(オードリー・ヘプバーン&シャーリー・
マクレーン)が、問題児童の父兄への告げ口で、当時まったく市民権を得てなかった
同性愛疑惑を持たれ、閉校にまで追い込まれてしまう物語・・・。

その作品で、激しい思い込みと猜疑心の塊と化す生徒の祖母を演じたフェイ・べインター
というオスカー女優の演技がまさに”ダウト”!・・・ストリープと重なります。

50年以上前の作品ですが、戯曲を原作とする当作品以上に、人間心理を描いて
見ごたえのある作品でした。

ストリープの七変化以上に、疑惑の児童を必死で庇う母親を演じたヴィオラ・デイヴィスの
リアリティも印象的で、この二人の絡みでは、ストリープの演技がステレオタイプに見えて
しまうほどでした。

とにかく気に入らない!・・・まずはそうした感情があり、理屈は後から。
多くの場合、人間の行動なんて、そんなものかもしれません。

いずれ、ストリープにはマクベス夫人を演じてほしいですね。
そのとき、マクベスを演じるのは!?わぁ、考えるだけで楽しみ。
投稿者:nabeさん投稿日:2013-01-12 02:11:48
名優同士による息詰まるような心理ドラマである。
厳格な老シスター役のM.ストリープと、進歩的な神父役のP.S.ホフマンとくると、これは演技合戦になるな、と期待は高まるが、果たしてこのハリウッドきっての名優コンビは、予想通り火花を散らすような迫真の演技を魅せる。証拠が無い中で神父を辞任に追い込んでゆくシスターと、全否定する神父のどちらが正しいのか最後まで解らない点は、観終わってスッキリしないが、そんな筋書きはどうでもいいと思えるくらい二人の演技は凄い!
神父の疑惑の対象になる黒人少年の母親役で登場するV.デイビスが、M.ストリープ相手に素晴らしい演技を魅せる。若いシスター役のA.アダムスも、理知的な美しさが印象的だ。


投稿者:has42120投稿日:2010-12-31 23:05:35
メリル・ストリープ
投稿者:nedved投稿日:2010-11-14 23:24:15
メリル・ストリープ フィリップ・シーモア・ホフマン エイミー・アダムス ヴィオラ・デイヴィス
投稿者:uptail投稿日:2010-09-04 09:30:14
エイミー・アダムス
投稿者:ジーナ投稿日:2010-06-08 03:17:18
メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンの共演は期待を裏切らなかったです。
校長室での二人のせめぎ合いは緊迫感があってかなりスリリングでした。
サスペンス風味のドラマという事ですが、ストーリー的にはサスペンス?って感じなので二人の演技がサスペンス風味だったのでしょうね(笑)

時代感やカトリック学校の雰囲気などセットや衣装なども素晴らしかったです。
大部分が学校の敷地内で展開しているので舞台変化に乏しいですが、気温をリアルに感じられそうな映像作りなど満足度高しですね。

教会のスキャンダルを下敷きに優しい眼差しで少年を見守る神父と不審に思う校長(ベテランシスター)がストーリーのメインです。
世俗的でありながら穏やかな神父、ルールに対し厳格で規範となるシスター、神にも人間にも素直に接する新米シスターが主な登場人物ですかね。
疑われる側と疑う側、その時々でどちらの側にもつく中立の視点という3人の角度から一つのストーリーを見れたのは面白い発想だったと思います。
ただ、もう一超えの展開があると深みが増したカナ・・・。
疑われている側を信じてみる気持ちは表現されていたのに、疑っている側を信じない気持ちがあまり描かれていなかったのが残念でした。
他のシスターたちが一切この疑念に絡んで来ないのも小じんまりしてて勿体なかったですね。

神学校始まって以来の黒人生徒が抱える問題と家族のエピソードは効果的だったと思います。
人物像の掘り下げは極浅いものの、ここもそれを語る母親の存在のおかげで助かった感じですね。

確たる証拠は無いままに自分を固く信じて疑わない校長に言い訳や反論をしようものなら一瞥されて終了。
これはメリル・ストリープの貫禄と演技力の成せる技ですが、思わず息を止めてしまうほど思わず背中がピンとしてしまうほど緊張感がありました。
「疑わしい人物像」にハマりすぎているシーモア・ホフマンも見事ですけどね(笑)
エイミー・アダムスも純真なシスターという役柄にピッタリ合っていたと思います。
短い時間ながら記憶に残る演技を見せてくれたヴィオラ・デイヴィスにも拍手ですね。
人物背景はほとんど描かれていませんが、心の機微を表現できる演者さんが揃っているおかげで物足りなさを払拭できました。

厚みのあるドラマだと思っていたので、予想していたストーリーとはチョット違っていましたが、、教訓と風刺を織り込んだ物語としてそれなりに鑑賞できましたし、何より作品のマイナス点を補う役者陣に見応えがあってGOOD
しかし、曖昧なままラストを迎えるのでモヤモヤ感は残ります。
答えがきっちり出ない作品が苦手な方には不向きだでしょうね。
投稿者:bond投稿日:2010-05-23 13:14:00
結局、事の真偽はどっちなんだ。あくまでも自分の感を信じる刑事の如き校長。でもカトリック学校ではよくある話なんだろうなー。
投稿者:なちら投稿日:2009-12-24 22:36:25
【ネタバレ注意】

進歩的な神父は暖かそうな部屋で冗談を交わしながら食事を取るが、保守的な校長は寒々しい部屋で無言のまま。
同じ物を口にしても、きっと味は違う。
食事でも疑惑でも、心象が違うと別物になる。誰でもそうだろうね。

校長のカマ掛けによって神父の前歴は疑わしい方へ向いたが、それを暴いて何になるっていうんだ?
少年の心の支えである事の方が重要。強く訴えかける母が印象的だった。

沸き起こる猜疑心を告白し嗚咽する姿に校長の人としての弱さを見た気がする。

投稿者:verkhovensky投稿日:2009-12-18 11:03:54
フリン神父は冒頭、難破した船乗りが救命船で故郷を目指すが、空には星すら見えず、果たして自分は正しい針路をとつてゐるのかと、疑ひや不安に捉はれながら、海路を辿らなければならない。そのやうな危ふさが、信仰の難しさであり人生の難しさである、と説きました。

I have doubtsといふ結末の台詞は、この説教に対応してゐます。

シスター・アロイシスは何の証拠もなしに、フリン神父と対決した。前任地に「電話をかけた」といふ嘘をついた。そんな神の道から外れるまねまでして、到頭フリン神父を追ひ出した。純真素朴なシスター・ジェームズには軽い揶揄を籠めて、確乎たる信念を羨まれるのですが、それは上辺だけのことで、実はシスター・アロイシスは、内心の葛藤と戦つてゐたのだといふことを示してゐます。同性愛の告白などではありません。さう解釈した方は、日本語字幕に引きずられたのか、言葉の意味を取り違へてゐるのです。

この作劇の優れてゐる所は、観客にも最後まで客観的な真実が明かされない点です。シスター・アロイシスの言ふとほり、神父の有罪を裏付けてゐるのは、彼が教会を去つた事実だけです。シスター・アロイシスの上位者は信じず、シスター・ジェームズも神父の言に説得され、潔白だと思つてゐました。作者は、観客が簡単に善と悪を判断できないやうに、シスター・アロイシスとともに救命船の一員として、doubtsを抱き続けるやうにたくらんでゐるのです。
投稿者:karr投稿日:2009-10-08 10:14:51
【ネタバレ注意】

思いやりのある不寛容と思いやりのない寛容の対比。
一方は、自らはもちろん他人に対しても、潔癖なまでに規律に従うべきと考え、厳しく導こうとする。
もう一方は、寛容こそが大事と考え、他人に対して極力優しくあろうとするが、その愛は見境が無くなり、やがて自分に対しての甘えにもつながり自らをおとしめてしまった。
しかし、様々な意図や思惑を含んだ人間の行為、それに対しどこまでが正しくてどこからが間違っているなんて厳密に線を引くことは難しい。
結局死ぬまで苦悩し続けるしかないのである。

最初に語られた「疑い」「迷い」というフリン神父の説話が物語の一つのテーマとなり、河口であるエンディングへ向かい、火砕流となって流れてゆく。そしてエンディングのメリルストリープの一世一代の泣きの演技によって流された涙と共に、広大な海に流出してゆく。
どうあがいても、人を、物事を、疑うことから逃れることは出来ないのだ。彼女も迷える子ひつじなのである。疑り深い女なのである。
彼女の唯一の支えである神、その神に仕える教団のやり方さえも疑ってしまったのだ。
ついには自分の存在価値まで分からなくなってしまったのではないだろうか。
それだけではない。
立派な人間に育てたい、その一心で、自分がなんと言われようが思われようが、厳しい目で生徒を育ててきた。守ってきた。愛を込めて。
本当は愛に満ちた女性なのだ。本当は心の優しい女性なのだ。だが、立場は校長である。しかも人間を見極められるという自負心がある。だからこそ自分が厳しく生徒と接しなければならない。だから、子供に嫌われようがなにしようが、心を鬼にして小言を言い続けなければならない。つらかったのである。
そのつらさも、最後の涙に集約されている。まさに、キリストのごとく我が身を投げ捨てて、教育という過酷な現場で戦い続けてきたのだ。それを感じた時、私の瞳の蛇口は開け放たれてしまった。
まさに、非の打ち所のない、完璧な演技とはこのことか。
メリルだけではない、フィリップもエイミーもヴィオラも素晴らしい。

また、もう一つ感じたのは、校長のフリン神父に対する疑惑が当たっていたのは、たまたまだった、のかもしれないということ。
いくら人間を見る目が鋭いと言っても、完璧な人間などいないのだ。間違えることもある。過信ほど怖いものはない。例の一つとしてイラク戦争をあえて取り上げたくも無いが、しかし、疑惑が過信になることの恐ろしさも忘れてはならない。
メリルの最後の大泣きも、彼女自身、過信という過ちを犯してるのではないかという恐怖と戦っていたからこそなのではないか、という気もしてくる。過信という大罪を理解しつつも、わき起こる疑惑を抑える事ができないのだ。もしかしたら、フリン神父に対して抱いた疑惑、その疑惑をさえも今は疑い始めているのかもしれない。疑いだせばキリがない。
この映画でも、もし神父が、今回は実際にはそういった行為には至っていなくて、疑われざるを得ない過去を含めた自分の行為に対して責任を感じ、移転願い(辞表?)を出したと考えれば、これまた見方も変わってきてしまう。校長との関係を修復するのも難しいだろうし。信頼を取り戻すことの難しさを考えればうなずけなくもない。かなりこじつけ気味ではあるが。
しかし、そういった様々な見方を提示するのもこの映画の意図するところなのではないか。明白な、分かりやすい結論を出す映画もいいが、それだけが映画じゃない。

今から述べるのは、あくまで個人的な問題で、単なる思いつきだと言うことを先に申告しておきます。
それは、裏表のある役を演じることの比較的多いフィリップの起用について。
いくら名演技をしてくれても、見てる私が「なんか裏があるんじゃないか」という疑惑の念を捨てきれなかった事実から、ふと思ったのは、この役を悪のイメージのほとんど無い役者が演じてたらどうだったかな、ということ。
たとえば、グレゴリーペックやゲイリークーパー。最近で言えば、ロバートレッドフォード、トムハンクス、ロビンウイリアムス、ラッセルクロウ、クリントイーストウッド、などなど(人によって各役者に対するイメージは様々なので個人的な選出にすぎませんが)。
要するに、どんでん返しの効果をアップする意味を込めてなんですが。かなり興味あるところです。
ですから、これはあくまで余談です。

メリルストリープさま。胸をえぐる感動を、ありがとう。

投稿者:ghost-fox投稿日:2009-08-22 22:28:40
むらむらもやもや
投稿者:Stingr@y投稿日:2009-08-15 01:22:44
 性的潔癖症のシスター・アロイシアスに巣喰った性的な妄想。彼女は、性的に潔癖であるからこそ、かえって他人の性的な事柄に敏感なのである。彼女は自身の性的妄想癖を隠すために、無意識に、そして容赦なく他人の非を咎めだてる。

 この物語は、シスター・アロイシアスの性的妄想癖が縦糸で、フリン神父の同性愛が横糸になっている。
  〜〜〜
 黒人少年「(将来)ぼくは神父様になりたい」
 フリン神父「君なら良い神父になれるよ」
  〜〜〜
 フリン神父「男の子は女の子にダンスを申し込む権利があって、女の子には断る権利がある」
 男の子「じゃあ、女の子みんなに断られたら?」
 フリン神父「私のように神父になればいい」
  〜〜〜
これで、フリン神父が黒人少年ドナルドと同様な性癖を抱えて神父になったことが解る。

 最後に、フリン神父は現任地に居場所を無くすが別の教区に“栄転”する。取りようによっては、フリン神父を、彼の同性愛癖も含めて、理解・擁護する人々が教会内部にいることを暗示している。

 それに引き換え、シスター・アロイシアスは再び自身の性的潔癖症と向き合うことになる。そして、シスター・ジェイムズに涙しながら“疑惑”を告白した時点で我々は気付く。いや、気付かなければならない。シスター・アロイシアスもまたシスター・ジェイムズに対して同性愛的な愛情を持っているのだと…。

 “疑惑”を告白する前では、シスター・アロイシアスは自身の信仰に何ら疑念を持っていない。シスター・ジェイムズに「嘘をついた」となじられても、「一時的に神から遠ざかることもある」と平然と言ってのけるほどだ。シスター・ジェイムズの不在と再会で顕現化した“疑惑”。その意味するところは自明である。つまり、「私は同性愛の疑惑がある」。

 この作品は、(キリスト教的)モラルを問うものではなく、人間が持つ個別の性質を問題にしている。人間はなぜ個別の性質を持って生まれてくるのか、そして特定の性質を持つ人間を排除する宗教的モラルとは一体何なのかと。冒頭の難破した船乗りの説教は、排除される側にいる自分の性質に気付いた人間の例えである。端的に言えば、フリン神父がかつて直面した問題であり、シスター・アロイシアスがいま現在直面している問題のことである。フリン神父は信仰を棄てなかった。では、いま同じ問題に直面しているシスター・アロイシアスはどうするのか…?

 性的潔癖症で厳格な役のストリープ、自分の性癖を人に気付かれたくなくて冗談口をたたく役のホフマン、シスターに憧れる天真な性格が途中から人を疑うようになるアダムス。replicantさんの言うとおり、本当に火花が散るような演技だ。そして、ボディブローのように効いてくるこのストーリーの盛り上げ方は、人の秘密を暴くことの罪悪感を表していてとても素晴らしい。
投稿者:三葉十四郎投稿日:2009-03-27 19:18:35
【ネタバレ注意】

トランプゲームのダウトで一番楽しいのは、自分が同じ数字のカードを4枚押さえている時に相手がどんな顔をして手札を切るかを拝む瞬間にある。 
この映画では、真顔でも胡散臭さが滲んで隠し切れないフィリップ・シーモア・ホフマンに、"知らん顔"をさせたら当代随一のメリル・ストリープが揃い踏みしているので、「マンマ・ミーア!」みたく作り笑顔ばかりしてようものならダウトの一つ二つもしてやろう、ぐらいなつもりで鑑賞したのですが、結果は巧く切りきられた感じ。 これはしてやられたな。 

フリン神父(ホフマン)が粛々として進める礼拝で、シスター・ジェイムス(エイミー・アダムズ)が可愛くクシャミなどしている中、居眠りをしている子の傍らに立って横倒しに顔を現したシスター・アロイシアス(ストリープ)のいかめしい表情に思わずのけぞってしまいそうになる。 
このカトリックスクールの校長は、人を見たら悪人と思え、と絶えず目を光らせて、暇があれば小言ばかり、一緒の食事も聞こえてくるのは冬の風の音ばかりでメシも一層マズそうだ。 メリル・ストリープ真骨頂の役柄で、特に誰が見ても"狂信"を感じさせるのがタイプとして巧い。 

神父に呼ばれた黒人少年ドナルドの異変を察したジェイムズがアロイシス相談した事で事態は児童淫行問題へと深刻化するが、げにも怖ろしきは女の勘である。 ウブな女性ジェイムズが持った疑惑はかなり感覚的で、それ故にアロイシスに判断を託したのだ。 
話はこのフィリップ・シーモア・ホフマンを信じて良いかが焦点になる。 見てくれだけなら有罪だけど、基本良い人としてオスカー俳優の格も付いていて、これも観客の猜疑心を誘う巧い配役。 
二人はフリン神父に説明を求めて詰め寄るが、フリンがドナルドの落ち度を庇っていた、との答えにジェイムズは安心するがアロイシスは疑惑を確信として追求の手を緩めない。 
(ここから思い切りネタバレ書いちゃいますよ) 

果たしてフリンへの疑惑は事実であった。 やや濁した説明の仕方になっているが、そうでないと話が成立しない。 何だかんだ言ってアロイシスは正しかったのだ。 
そこで、僕はもう一度本作をストリープを正義の側として判りきった観点から再見したのですが、これがやはり面白かった。 
小うるさいのも裏を返せば生徒らへ目配せが行き届いていればこそだし、強い猜疑心や厳格さも、辞任に追い込んだはずのフリンが次の赴任先で地位が上がったと聞けば、こうした姿勢を持っていないと男尊女卑な教会のシステムの中で自分達の身を守れないのだろう。 
事情を聞くためドナルドの母親と面会すると、そこには息子の苦境を必死に庇おうとする痛ましい姿が見えるが、アロイシスは問題はそこじゃ無い、とキッパリ言いきる。 事情や愛情がどうであれ神父の立場で生徒に手をだして良い理由なんかある訳が無い。 

この直後にアロイシスが木枯らしに吹かれる描写があるが、映画の背景では時代の変革の風が吹いていて、フリンも教会もまた変革しなくてはと説く。 彼女はその向かい風に立って向かい、フリンは風に吹かれて去っていくのだ。 
またフリンがステンドグラスに描かれた目を凝視する場面があるが、これも彼が人目を気にする事をしているのを示唆していて、こうした演出の小技が利いていた。 
本作はカトリック学校を舞台にしていながらかなりエゲツない部分、愛は大切だ、と"愛"を語ったりする言葉の危うさにも切り込んでいて、僕はそこを買うのですが、原作者でもある監督はこの映画をシスター・ジェイムスのモデルになった人へ献じているから尼僧に同情するところが大きかったのじゃないかな。 

ラスト、アロイシスは雪景色の中庭でジェイムズと会い、悪よりも知恵を働かせる為に嘘も吐いたと説明し、その責のために自分の告解をジェイムズにする。 
自分にも"疑惑"があるのだ、と。 
ここで言う疑惑とは、自分も同性愛指向の人間だ、と言う事。 もっと有り体に言えばジェイムズが好きだ、と打ち明けていて、ここにフリンへ向けた疑惑の確信の源がある。 同じ性愛を内に抱えていながらに、禁欲を守らず節度を欠いたフリンをアロイシスが嫌うのはもっともな話だ。 
告解は告白に変わるが、アロイシスは"あなたが好きだ"と言わずに、疑惑が拭えない、と慎み深く煩悶していて、そこにも確かな人間像が窺えた。 

しかし映画に出てくる聖職者ってナマグサが多いよなあ。

投稿者:ビリジョ投稿日:2009-03-17 02:31:29
【ネタバレ注意】

 観客にゆだねるにしても、もう少しヒントが欲しいところ。
 シスター・アロイシスも、小さなウソをついている。目の不自由なシスターに関する場面で。この辺の設定は心憎い。
 両名優の演技は素晴らしいの一言なのだが、んー、尻切れトンボの尻が切れ過ぎているのではないか。それを楽しむ映画、ということか。

 ミラー夫人役のヴィオラ・デイビスも凄い。

投稿者:replicant投稿日:2009-03-12 01:22:41
【ネタバレ注意】

トニー賞とピュリッツァー賞をダブル受賞した大ヒット舞台劇の映画化だそうです。監督は本作の原作者でもあるジョン・パトリック・シャンリィ。シャンリィは87年の『月の輝く夜に』でアカデミー脚本賞を受賞しているように元々は脚本家なんですね。とにかくメリル・ストリープ、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムスの3人が凄い!火花が散るような演技に圧倒されます。人に向けた“疑い”と自分に向けた“疑い”、その狭間で揺れ動く心理合戦は一見の価値があります。だけんどもしかし!シャンリィは元はと言えば脚本家ですから映画文法がお世辞にも上手いとは言えません。ストーリーの運び方はスムーズじゃないですし、盛り上げ方も下手です。もっと手馴れた監督が作っていたら傑作になっていただけに惜しまれます。全体にまとまりに欠ける印象が残りました。ただ、こういうテーマの映画は大好きです!メリルは今までで一番のハマリ役じゃないですか?

【ニュース】
エイミー・アダムス主演ラブコメ「Leap Year」、予告編2009/11/13
DVDリリース情報:「ダウト あるカトリック学校で」「未来を写した子どもたち」etc.2009/05/14
アカデミー賞作品賞は「スラムドッグ$ミリオネア」に、日本勢もW受賞の快挙!2009/02/23
アメリカ脚本家組合(WGA)賞結果発表2009/02/09
映画俳優組合(SAG)賞結果発表2009/01/26
アカデミー賞ノミネーション発表!日本からも「おくりびと」と「つみきのいえ」が候補に2009/01/22
ゴールデングローブ賞結果発表2009/01/12
注目の放送映画批評家協会賞は「スラムドッグ$ミリオネア」に!2009/01/09
アメリカ脚本家組合(WGA)賞、ノミネーション発表2009/01/08
全米興行成績、感動愛犬コメディ「マーリー」がV2達成2009/01/05
全米興行成績、犬本ベストセラー映画版「マーリー」が好スタート2008/12/29
全米興行成績、ジム・キャリーがウィル・スミスとの2強対決を制し初登場首位2008/12/22
映画俳優組合(SAG)賞、ノミネーション発表2008/12/19
ゴールデングローブ賞ノミネーション発表2008/12/12
ピーター・トラヴァース選定2008年ベスト10発表2008/12/11
LA映画批評家協会賞発表2008/12/10
放送映画批評家協会賞、ノミネーション発表2008/12/10
ロジャー・エバート氏選出、2008年ベスト202008/12/09
メリル・ストリープ&フィリップ・シーモア・ホフマン主演「Doubt」、予告編2008/09/16
【レンタル】
 【Blu-ray】ダウト 〜あるカトリック学校で〜レンタル有り
 【DVD】ダウト 〜あるカトリック学校で〜レンタル有り
【書籍】
■原作
【単行本】 ダウト―疑いをめぐる寓話
新品:
1新品:¥ 1,944より   7中古品¥ 1,382より 

【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION