allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

ケンタとジュンとカヨちゃんの国(2009)

メディア映画
上映時間131分
製作国日本
公開情報劇場公開(リトルモア)
初公開年月2010/06/12
ジャンル青春/ドラマ
映倫G
三人なら、生きられる。
ケンタとジュンとカヨちゃんの国 [DVD]
参考価格:¥ 5,076
USED価格:¥ 2,490
amazon.co.jpへ

 Photos

【解説】
 「ゲルマニウムの夜」でデビューを飾った大森立嗣監督が、居場所もなく閉塞感を抱えた3人の若者の逃避行を描いた青春ロード・ムービー。出演は「ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ」の松田翔太、「ボックス!」の高良健吾、「愛のむきだし」の安藤サクラ。
 同じ施設で兄弟のように育ったケンタとジュンは、工事現場でひたすら壁を壊す“はつり”と呼ばれる仕事をしている。低賃金と劣悪な労働条件に加え、職場の先輩・裕也からの理不尽ないじめに苦しめられていた。ある日、2人は街でブスな女の子のカヨちゃんと出会う。以来、ジュンの部屋に転がり込むカヨちゃん。そんな中、ケンタとジュンは日頃の怨みを晴らすべく、裕也の愛車を破壊し、逃亡する。そして、カヨちゃんも連れ3人で、ケンタの兄・カズのいる網走へと旅立つのだが…。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
216 8.00
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:黒美君彦投稿日:2019-03-06 17:45:22
【ネタバレ注意】

何とも救いのない人生を生きる救いのない若者たち。児童養護施設で兄弟のように育ってきたケンタ(松田翔太)とジュン(高良健吾)、彼らを使う解体業の男裕也(新井浩文)のいじめにケンタはついに切れ、ジュンとともに網走刑務所にいる兄カズ(宮崎将)に会いに行く。ジュンにつきまとうカヨちゃん(安藤サクラ)を連れて…。
大森立嗣監督の二作目のオリジナル作品は実に苦いものだった。
「壊す」ことにしか意義を見出せないケンタとジュン。ケンタの「世の中には二種類の人間がいる。一つは人生を自分で選べる人。もう一つは選べない人。おれたちは選べない人…」という独白がすべてといえるかも知れない。
愛されたいという理由で、誰とでも性交渉をするカヨちゃんは、自ら「ブスとわかっている」。
登場人物はどれも共感を抱きにくいが、一方で切り捨てるにはあまりに爽やかで美しい。それは若さが持つ傲慢な一面か。
当事者にはどうしようもない格差。生きる目的を持たなかった彼らは、ほとんど「素」の人間に近いのかもしれない。虚飾を剥ぎ取った「素」の人間。そこには暴力性しか残らないのか。
そんなどん詰まりのケンタとジュンを救う役回りが、けたたましいカヨちゃんだ。
彼女のウザい感じは嫌悪感が大きいけれど、一方で眠っている彼女の太腿や二の腕に触れるケンタの甘えたような表情がいい。そこには彼の失われた母親が束の間投影されているかのようだ。

そうした救いのない物語の中で唯一ケンタとジュンが満面の笑みを浮かべて人と交わる場面がある。幼馴染の洋輔(柄本佑)に誘われ、知的障害者施設から作業所に向かうバスに同乗し、入所者と交流する場面だ。そこには「素」の人間のピュアな姿が垣間見える。学歴も格差も関係なく、笑みを交わす関係。しかしそこでも「こいつらどこにも行き場がない」連中なのだ、と洋輔は言う。
さて、そこで出てくるのが最初から最後までケンタのフレーズとして出てくる「壊す」意味だ。壊せば何か光が見えると信じているケンタだが、刑務所の兄は「そんなことしたって何もない」と突き放す。
閉塞感を突破すれば自由が得られると思ったら大間違い。新たな壁があるだけ。

物語はところどころ先読みできてしまうのが難ではある(船の上でカヨちゃんに再会するとは思わなかったけど)。
飼い主を食ってしまった闘犬を飼う小林薫のシーンなどは読めすぎて、このエピソードは不要だったのではないかと思うほど。
しかし主演の3人が眩しくて痛々しい演技を見事にこなしている点は感心。
そして安藤サクラの表情からの阿部芙蓉美のエンディング「私たちの望むものは」(岡林信康作曲作詞)。「♪私たちの望むものは/あなたと生きることではなく/私たちの望むものは/あなたを殺すことなのだ」という絶望的な歌が、この映画には確かに相応しい。大友良英の音楽もなかなか良かった。
救いなき世界、救いなき国。ケンタとジュンとカヨちゃんにとっての国とは何だったのだろうか。

投稿者:ちゃぷりん投稿日:2011-09-30 08:19:11
【ネタバレ注意】

後半の刑務所での面会シーンが一番の見所で、宮崎将の絶望の眼差しと台詞が松田翔太や高良健吾を食っていた(妹も本当は明るいタイプじゃないし)。ディティールは杜撰な所もあり、キャラクターは観念的。柄本明、人食い闘犬、アメリカのロードムービーに出てそうな格好をした小林薫、多部未華子(彼女が出てるから観た)は何の為に出したのか解らない。一番おかしいのは新井と翔太が相打ちにしか見えなかった点で、その後の展開は完全な蛇足。火を囲んで三人が喋るシーンは前にもあった(後の方は他人のキャンプファイヤー)のでフラッシュバックかと思った。星二つ半。

投稿者:ghost-fox投稿日:2011-07-06 22:28:45
Where Do We Go
投稿者:陸将投稿日:2010-11-08 22:49:14
【ネタバレ注意】

青年期は情緒不安定になる。
アイデンティティがぐらつき、社会などの縛りに歯向かおうとする。
そして自分探しの旅をしたくなる。
そんな不安や理想と現実とのギャップ、子供と大人との狭間で苦しむ姿を描いたのが本作である。

孤児院の時からの友人であるケンタとジュンは10年来の付き合い。
2人はコンクリートの壁を毎日破壊する仕事をしている。
そんな2人がナンパして出会ったのがカヨである。

3人とも行くところも帰るところもない。
社会的に微妙な立場にある彼らは、不安を抱えている。
両親もいない、故郷もない。
だから仕方なく関わっている。

自他共にブスだと認識していながらナンパしたカヨに代表されるように、その消去法的な人間付き合いは、現代社会の歪みを表現している。
一見仲良く見える3人が「ケンタ君」「ジュン君」「カヨちゃん」と、名前に敬称をつけて呼び合っていることが、互いの微妙な距離感を効果的に表している。

そんな3人は現状に満足していない。
そして、仕事同様に自分たちの周囲の“壁”をぶっ壊していく。
自分たちを扱き使う職場、ムカつく先輩の車。
普段溜まった鬱憤を、力任せにぶつけていく。
怖いもの知らずに現状を打破しようとする。

そして3人でひたすら北を目指していく。
ただ、その先に何があるのかも分からない。
何も見つからないかもしれない。
それでも構わず、当てもなくひたすら前に進んでいく。
何かがあることを信じて、出口を求めて突き進む。

だが、3人の中でその逃避行の位置づけも微妙に違うところが面白い。
網走にいる兄に会おうという明確な目標があるケンタ。
そんなケンタの隣にしか自分の居場所がないジュン。
そしてジュンを愛しているからこそ離れたくないカヨ。
優越感のようなものが見え隠れした3人の言動が、ただの親友や友人や恋人という単純な枠に収められない微妙な関係性を的確に捉えている。

「自分にはもうお前しかいない」くらいの人間とさえ正直に付き合えない。
自分を偽り、強がり、突き放してしまう。
海や女を目の前にするとテンションを上げるケンタとジュン。
しかしその後は沈黙が続く。
形式的で偽りの姿を象徴した場面である。

そんな3人がラストで北海道の地で手にするもの。
そこには何もない。
希望もない。
それどころか、壊したはずの“壁”に跳ね返され、逆襲される。

けれども、それでいいのだろうか。
問題提起だけで、何の解決もない。
それが日本の現実かもしれない。
ただ、それをわざわざ映画にする必要があるのだろうか。
台詞やナレーションも明らかに説明過多な感が否めない。

本作は作品のレベルとしては間違いなく一級品である。
しかし、その結末はどうも受け入れ難い。
映画の意義をもう一度問いたくなる。

投稿者:AQUA3投稿日:2010-06-24 19:49:39
ラストまでは傑作か、と思える展開で引き込まれて観たが、結局、馬鹿は馬鹿、ブスはブス、貧乏人は貧乏人のままで何も変わらない、ということが最終的に明らかになってひどく失望。そんなのもったいぶって2時間もかけて言ってくれなくてよい。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 新人奨励賞高良健吾 
 ■ ベスト10第7位
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
 【DVD】ケンタとジュンとカヨちゃんの国2011/01/19\4,700amazon.co.jpへ
【レンタル】
 【DVD】ケンタとジュンとカヨちゃんの国レンタル有り
【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION