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明日、ママがいない(2014)

メディアTV
放映日2014/01/15〜2014/03/12
放映時間22:00〜22:54
放映曜日水曜日
放映局日本テレビ/よみうりテレビ
製作国日本
ジャンルドラマ

【クレジット】
演出:猪股隆一
長沼誠
鈴木勇馬
チーフプロデュー
サー:
伊藤響
プロデューサー:福井雄太
難波利昭
脚本:松田沙也
脚本監修:野島伸司
音楽:羽毛田丈史
主題歌:コトリンゴ
『誰か私を』
出演:芦田愛菜ポスト
鈴木梨央ドンキ
渡邉このみボンビ
桜田ひよりピア美
三浦翔平ロッカー
木村文乃水沢叶
城田優東條祐樹
大後寿々花オツボネ
藤本哉汰
五十嵐陽向
阪本光希
阪本颯希
大塚寧々美鈴
松重豊川島
鈴木砂羽佐々木香織
三上博史佐々木友則
ゲスト出演:櫻井淳子
(第1話)
西村和彦
(第1話)
池津祥子
(第1話)
店長松本
(第1話)
萩原利映
(第1話)
金澤美穂
(第1話)
加藤仁志
(第1話)
田中奏生
(第1話)
住田萌乃
(第1話)
酒井美紀
(第1,9話)
江口のりこ
(第2話)
長谷川朝晴
(第2話)
優希美青
(第3話)
西尾まり
(第3話)
犬山イヌコ
(第3話)
神尾佑
(第3,4話)
遠山景織子
(第4話)
別所哲也
(第5,8話)
高橋ひとみ
(第5,6,8,9話)
高橋かおり
(第5話)
川村陽介
(第5,8話)
松林慎司
(第5話)
とよた真帆
(第6話)
伊藤明賢
(第6話)
内田慈
(第6話)
安達祐実
(第7,8,9話)
吉沢悠
(第7,8,9話)
中島陽子
(第8話)
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【ユーザーコメント】
投稿者:流氷一滴投稿日:2015-11-08 18:05:02
【ネタバレ注意】

先日、ある新聞に「近頃のドラマは原作ものが多い。オリジナル脚本だと思いもよらぬものになる恐れがある。」という記事を見て、オリジナル脚本で痛い目にあったこの作品を思い出した。

制作サイドが児童養護施設を取材していない。きちっと取材していたらこのようなドラマにはならないという意見は多数あった。しかし、このドラマのテーマのひとつは「こどもが親を選ぶ」ということだから、まじめに取材すればするほどできたドラマと取材結果は異なるものになる。それこそ取材先に失礼というものだ。

このドラマを最初見たとき感じたのは「木に竹を接いだような違和感」だった。細かなところはよくできているのだが、全体通してみると何かストーリーが一貫していないように見えるのだ。明らかに不適切なシーンが混じっている。
たとえば序盤の魔王(施設長)の恫喝。「お前たちはペットショップの犬と同じ。飼い主はかわいさでペットを選ぶ。うまく泣けたものから飯をくってよい。」放送モラルの問題は置いておいても、最後には魔王は「よい人」になることはわかっているから、どうやって矛を収めるのだ。
案の定、中盤以降でいきなり人をなぐったロッカー(施設職員)をこどもたちが追い出そうとするとき、魔王がみなを集め、「本当にあいつは悪いやつか。一度だってお前たちに乱暴をしたか。なぜあいつを庇おうとしない。臭いものに蓋をしてそれでいいというのか。いいか、胸にクッションを持て。起こっていることを一度胸に受けて、なぜそうなったか考えろ。お前たちは本当にかわいそうか。うんざりだろう、上から目線でそんなことを言われて。かわいそうと思う方がかわいそうなのだ。お前たちは傷つけられたのではない。磨かれたのだ。」と言った。確かに名言。しかし、いつも「ペットショップの犬」と言われているこどもたちが率直に聞くだろうか。ここでは、ロッカーのノート(こどもたちの一人一人のことが詳細に書かれている)が助け船になっているが・・・

もっとわからないのは、ドンキ(母親が鈍器で恋人をなぐって逮捕され施設に入所)の突然のブラック化。ロッカーの暴力が妊娠している人をDVから助けるためと言わず、里親候補から「もしも心に傷があるなら私たちが直します。両手一杯に抱えきれないほどの包帯は準備しています。」とドアの外から盗み聞きして泣き崩れる。しかし、その後にこども同士のけんかに薄笑いを浮かべる。結局「神経性胃炎」で病院に運ばれ、帰り道にポスト(このドラマのヒロイン)に「責めているのではない。理由を知りたい。ともだちだから。」と言われ、「里親候補を好きになった。もういらないと言われたくない。」と言って、ロッカーの背中で号泣する。気持ちはわかる。でもそうなら、ドンキのブラック化ももう少し手加減をするべきだった。

反面、ポストの描き方は巧いと思う。特に中盤以降。ロッカーを一度も疑わずずっと寄り添い、ロッカーが父親殺しの真実を知って打ちのめされたとき(母親が自分の身代わりになったと信じ、それから一言も話さなくなった。母親は亡くなる直前に自分がトドメをさしたことを告白する)こう言う。「ロッカーはまた誤解しようとしている。ママの言いたかったのは『神様、この子をお守りください。ひとりぼっちになるこの子を。』」このドラマの隠れた名場面ではないか。

無理解な里親候補からパチ(ポストになついている幼稚園児)を命懸けで守り、自分の娘の幸せのためそっと姿を消そうとしているピア美の父親を引き止め、ドンキが「一度自分を捨てた母親ならもう一度捨てても耐えられる」という消極的な理由から実母についていこうとするのを、魔王を動かして正しい選択(里親候補を選ばせる)をさせたのも、すべてポストがやったこと。こんな小学生はドラマだから存在できるのだが、いくら演技指導があったとはいえ全く違和感なく演じたこの子役はすごい。

もし、制作サイドに「ドラマ全体をみてつくりあげる力」がもう少しあれば、たとえ多数のクレームはあったとしても説得性のあるドラマになったであろう。

ラストシーンは最後までこのドラマをみてくれた視聴者に対する制作サイドのプレゼントだと思う。二人でとったプリクラには、魔王の代わりにパパ、ポストのかわりに本名が書かれていた。

投稿者:hayate9投稿日:2014-03-14 20:27:36
変な方で話題になってしまったドラマですが・・・。
第1話
びっくりするほど美味しい料理が食べられる。
施設の部屋の中で子供たちはのびのびしている。
ラーメン屋さんから逃げてきた子は魔王の後ろで服をつかんですがりついている。
まぁ他にもあるけれど、ここら辺でもそれほどひどい施設ではないことがわかります。
クレームをつけたいならどうぞ・・・ってとこですが、演者のファンサイトに
実在する団体が「演者が悪い。」と閉鎖を要求したり、自傷行為をドラマのせいにしたりするのはどうなんでしょう。
なんか言ったもん勝ちみたいな、のっかとけみたいな、いや〜な感じですね・・・。
投稿者:真壁 六郎太投稿日:2014-01-18 17:38:32
事の発端は慈恵病院の人が「ポスト」という表現がいじめの助長につながると抗議したことから始まる。それに対して局側が長い目で見て欲しいとコメント。その後BPOに提訴すると病院側が表明、という流れ。私の考えは…病院側の勇み足。コレ、ドラマなんです。架空の話であって特定のモデルがいるわけでも、ドキュメンタリーでもないんです。例えドラマの内容に傷つく人がいたとしてもそれは致し方ない。そこまでの保護はできないと思うんです。ハッキリ言えば病院の行動は過保護です。もっと積極的に言えば世の中に出れば、ゆりかごに預けられた遺児が「ポストちゃん」と言っていじめられることはあると思います。そんなことは世の中においてはゴマンとあることなんです。それに対し実際的には続けられるはずもない保護をしようとするのか。そういうことがこの先待ち構えているかもしれないよ、それに対抗しうる強さを持ちなさいと突き放すかの違いだと思うのです。私はこのドラマを見ましたが些かの悪意も感じられませんでした。それより逞しく生きてねというエールを感じました。見るに堪えないという人には、チャンネルを変えるという選択肢があることを思い出してほしいですね。それと…クレームをつけてる人たちは子役の心が傷つかないとでも思ってるんですかね?
【エピソード】
第1話2014/01/15
 
第2話2014/01/22
 
第3話2014/01/29
 
第4話2014/02/05
 
第5話2014/02/12
 
第6話2014/02/19
 
第7話2014/02/26
 
第8話2014/03/05
 
第9話(終)2014/03/12
 
【ミュージック】
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