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岬の兄妹(2018)

メディア映画
上映時間89分
製作国日本
公開情報劇場公開(プレシディオ)
初公開年月2019/03/01
ジャンルドラマ/コメディ
映倫R15+
ふるえながら生きていけ

岬の兄妹

(C)


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岬の兄妹

【解説】
 これが長編デビューとなる片山慎三監督が、社会の底辺に生きる兄妹の過酷な運命を妥協のない筆致で描き切った衝撃の問題作。生活のために売春に手を染めた障碍をもつ兄妹のたくましくも不器用な生き様と2人の強い絆を、ユーモアを織り交ぜつつ赤裸々に綴る。主演は「ローリング」「少女邂逅」の松浦祐也と「菊とギロチン」の和田光沙。共演に北山雅康。とある地方の港町。足に障碍を抱え、リストラされたばかりの兄・良夫は、自閉症の妹・真理子と2人暮らし。妹の失踪癖に手を焼いていた良夫だったが、ある日、夜になっても帰ってこなかった妹が、町の男に体を許し1万円をもらっていたことを知る。すると良夫は、罪の意識を持ちながらも生活のためにと、妹に売春をさせ、自ら客の斡旋を始めるのだったが…。
<allcinema>
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【ユーザーコメント】
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2019-03-23 00:13:29
 冒頭から第一感、ずいぶんと紋切型の表現が続くな、と思ったが、確かに全編に亘って、特に新しさを志向することなく、王道のスペクタクルを目指しているように感じられた。 南京錠とドアのカットから始まる手持ちのシェイキーな移動撮影。クレジットバックはきちんと構図を意識した堤防のカットで、監督名のインポーズ時にカモメを出現させる。そして、タイトル文字が赤文字でデカデカと出る。よく考えられているが、古めかしくもある。

 古めかしいというか、王道、ということで云うと、題材からの要請という面はあるが、ドアと窓がいっぱい使われている。上に書いた、ファーストカットが既にそうだが、ドアや窓を挟んだ2つの空間が、抜き差しならない異空間である、という演出がいっぱいあるのだ。例えば、兄妹の居所のドアや窓で云うと、取り立て屋や電力会社の訪問者の場面もそうだが、特に、妹・和田光沙の初仕事(二人組のヤクザとのシーン)の後、マクドで買ってきたものを食べまくる部分に続いて、兄・松浦祐也が、なんだか開き直って、窓に貼っていた段ボールを外し、外光を入れる場面なんて象徴的だと思う。
 あるいは、訪問先の家・部屋(トラックも)の戸やドアはことごとく、兄が入ることのできない境界線となるのだが、高校のプール横の、更衣室(?)の場面で使われる窓外からのカット(すりガラスの向こうで手をつくのが見えるカット)なんかも見事だ。
 そして、馴染みになり、度々呼ばれる中村祐太郎の部屋だけが、妹を連れ帰えるために、兄が侵入することを許されるのだが(というか、侵入せざるをえない状況となりドキドキするのだが)、だからこそ、ラスト近くでの、この部屋のドアと窓の扱いが余計に感慨深く思われる。

 ただし、違和感のある演出もいくつかある。例えば、二人組のヤクザとのホテルのシーン(『時計じかけのオレンジ』みたい)で使われるズーミング(わざとらしいズームは全編でこゝだけだが)。高校のプールの場面は、その導入部からして既に汚らしい画面でイヤ。(でも、だから余計に「海の匂い」のクダリの清涼感との落差が際立つけれど。)あるいは、高校のプールの場面もそうなのだが、花を持って道を歩くお爺さんのカットが唐突に挿入される、だとか、後半、車を運転する造船所の社長(?)のカットがいきなり繋がれる、といったシーン繋ぎも、この監督の好みなんだろうが、好悪が分かれるところだろう。いずれにしても、とても自覚的によく考えられていることは確かだし、力強い造型であることも間違いない。

#私は「チェンジいや」が一番クスリとさせられた。
http://www.page.sannet.ne.jp/egi/
投稿者:黒美君彦投稿日:2019-03-11 10:55:00
【ネタバレ注意】

言葉を失ってしまう作品ではある。決して万人受けするとは思えない。けれどそこに本音の「人間」が描かれている。安易な解決などない徹底して荒廃した人間が。そしてその姿に時として聖性を感じてしまう。生きているということのずしり、とした重みが聖性につながっているのだろうか。
足に障害を持つ道原良夫(松浦祐也)は、妹で知的障害のある真理子(和田光沙)と母の死後二人で暮らしている。しかし造船所の仕事をクビになって、電気まで止められた良夫は、真理子に売春をさせて生計を立てようと考える…。
どうしようもない貧困、というものがある。富の格差は確実にある。
自己責任論が当然、という風潮のなか、調子に乗った政権与党の議員は「生産性」だけで人間や学問の価値を判断し、「金を生まない」高齢者や障碍者は不要である、という本音を隠そうとしない。突き詰めれば、彼らは子どもすら不要と考えているに違いない。教育や成長に必要な金は個人で負担すべきであり、子どもを増やし税金を払うまで養育するのが国民の務め。あとは国家のために命を投げ出す扱いやすい国民になってくれればそれでいい。それが彼らの多くの恐らく本音なのだ。
港の兄妹の2ショットなど、どきっとするほどシャープな映像が出てくるかと思うと、久しぶりの食事に貪りつく兄妹の姿は手持ちカメラ。セミドキュメンタリー的な要素と、映画としての美を感じさせるシーンがそれぞれ印象深い。
解決だの結論だのはない。
売春をするうちに真理子は小人症の男が好きになる。それは多分初めての感情だったに違いない。だが、窓に新聞紙を貼りつけ引きこもっている彼は「好きじゃない」と良夫にはっきりと言う。自分だったら受け容れると思ったのか、とも。
その後、路上で地団太を踏む真理子は、怒りを兄に向ける。その怒りは兄だけに向けられたものではない。理不尽な運命に対して、社会に対して、世界に対する彼女の怒りがそこにはある。

そんな重苦しい物語なのに、ところどころコミカルなシーンもあって思わず笑ってしまう。童貞を失った高校生?がことを終えたときのひと言。金を奪われそうになった良夫が抵抗に使った「武器」。それぞれ笑ってしまうけれど、笑った後にその嗤いが自分に返ってくる感じもする。
日本の映画では障碍者はタブーとされているかのように映画で取り上げられることは滅多にない(もちろん例外はあるがとにかく少ない)。この作品がデビュー作となった片山慎三監督は、韓国のポン・ジュノ監督の下で『母なる証明』などの助監督を務めたという。韓国映画では障碍者が主人公の映画は決して少なくなく、さらに支持されている作品も少なくない。
この作品では知的障碍者の性欲と半端ではない貧困、浮かび上がれない社会システムを扱いながら、この世界の片隅に現存する苛酷な実態を見事に描いている。
主演ふたりが素晴らしいのは勿論だけど、和田光沙の演技はとにかく凄まじい。
しんどい作品だけど、ずしんと重量級の見応えだ。

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