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眠る村(2018)

メディア映画
上映時間96分
製作国日本
公開情報劇場公開(東海テレビ放送)
初公開年月2019/02/02
ジャンルドキュメンタリー
本件、
未だ解決を見ず――

2019年2月2日(土)より東京・ポレポレ東中野にて公開ほか全国順次

眠る村

(c)東海テレビ放送


 Photos

【クレジット】
監督:齊藤潤一
鎌田麗香
プロデューサー:阿武野勝彦
撮影:坂井洋紀
編集:奥田繁
音響効果:柴田勇也
音楽:本多俊之
音楽プロデューサ
ー:
岡田こずえ
ナレーション:仲代達矢
【解説】
 昭和36年に三重と奈良にまたがる小さな村で起きた“名張毒ぶどう酒事件”。村の懇親会でぶどう酒を飲んだ女性5人が中毒死し、奥西勝が逮捕された。奥西は取り調べで犯行を自供するも、公判では“自白は強要されたもの”と、一転して無罪を主張。一審では無罪となるが、二審では逆転死刑判決となり、上告も棄却されて死刑が確定。奥西は獄中から再審を求め続けるも、平成27年10月、89歳で獄死する。本作は、映画「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」「ふたりの死刑囚」をはじめ長年にわたってこの事件を追い続けてきた東海テレビが、今なお多くの謎が残る事件の真相に迫るとともに、頑なに再審を拒み続ける裁判所の姿勢を通して、再審をめぐる制度の問題点も明らかにしていくドキュメンタリー。ナレーションは「約束」で奥西勝を演じた仲代達矢が担当。
<allcinema>
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【ユーザーコメント】
投稿者:黒美君彦投稿日:2019-02-13 14:19:21
【ネタバレ注意】

<あらすじ>1961年3月、三重県名張市と奈良県山添村にまたがる葛尾。名張市側の公民館で催された懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した。世にいう「名張毒ぶどう酒事件」である。発生6日後、35歳の奥西勝が自白する。「妻と愛人との三角関係を清算するためだった」という自白内容に符合するように、村人たちは次々証言を変えていく。初公判以降、奥西は一転無罪を主張し、自白は「強要されたものだ」と訴え、一審は無罪。しかし二審では一転して死刑が言い渡された。そして最高裁は上告を棄却し、1977年、奥西は確定死刑囚となった。奥西は再審を求め続け、2005年ついに再審開始決定を勝ち取る。しかし翌年決定は取り消され、2015年、奥西被告は89歳で獄死した…。

東海テレビではこの事件について1978年から取材を始め、1987年以降7本のドキュメンタリー番組を製作、映画化はこれが三本目になる。この事件をめぐっては、物証に乏しく、捜査段階での自白の信用性が常に争われてきた。
男女関係についてはおおらかだった事件当時「三角関係の清算」という動機そのものが疑わしいものだったが、自白偏重主義の裁判所は、一審でこそ無罪を言い渡したものの、それ以降は冤罪を認めようとはしない。
映画では事件の原点である葛尾村を取材し直す。
無罪を信じ続けた奥西被告の亡くなった母親タツノ。兄の死後、再審請求を続ける妹の岡美代子。
村ではしかし、「奥西じゃないなら誰が犯人ね。奥西しかおらん」と多くの人が語る。
会長だった奥村楢雄、ぶどう酒を飲んで生死の境をさ迷った神谷すゞ子。姉を亡くした神谷武。証言を変えた石原利一。
彼らはみな、事件後人生が大きく変わった。それもこれも奥西勝が無罪を訴えたからだ。
村の論理では、誰でもいいから犯人となり、死んでくれたらそれで事件は解決だ。残された家族は村八分にされ、やがて忘れ去られてくれたらそれでいいと考えている。

一方、一度は名古屋高裁で再審決定をしながら、新証拠には目もくれず、ただひたすら当初の自白にしがみつく裁判所は、どうしようもなく劣化している。彼らは基本的に「冤罪はない」「裁判は完璧」という無謬性に基づいて日々の判決を言い渡している。それを覆すような新証拠の存在を認めるわけにはいかないのだ。
「裁判所は眠ったままだ」と仲代達也のナレーションは言い棄てる。
そして、葛尾もまた同じく「眠る村」だ。被告が死んだのに、いつまで事件を引きずるのか、とでもいうように、平穏な日々を追い求める村人たち。彼らは「御上」の言うままに証言したに過ぎない。奥西は妻と愛人とでいい思いをしていたのだ、そのくらいのバチは当然だ、とまで思っているかどうかはわからないが、被告への同情は感じられない。「わからない」「忘れた」と異口同音に彼らは語り、事件を知る人もひとりまたひとりと亡くなっていく。

長期の取材はそうした人々の姿を映し出していく。2017年12月、名古屋高裁は新証拠を見ようともせず「自白は信用できる」のひと言で第10次再審請求を棄却した。妹で米寿を過ぎた岡美代子は、「裁判所も私が死ぬのを待っている」と言う。他に縁者はいないからだ。長男は既に62歳で亡くなっているし、長女の行方は詳細は分からない。
村もまたその狭い共同体の中で「眠って」いる。
奥西家の墓は村の墓地からも追い出された…。
長期取材、口の堅い村落での証言、スタッフの長期間にわたる労苦には頭が下がる。
自白偏重を正そうともしない裁判所のありようも含めて、何とも救いのない現実が、そこにはある。

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