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泳ぐひと(1968)

THE SWIMMER

メディア映画
上映時間94分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(COL)
初公開年月1969/09/09
ジャンルドラマ/アート

【解説】
 日曜日の午後、高級住宅地に水泳パンツひとつの姿で現れた会社重役ネッド。彼は近隣のプールを順々に泳ぎながら我が家へ帰りつこうとする。だが、彼が出会う人々の態度は次第に奇異なものとなり、ネッド自身も人生への疑問を抱くようになる……。主人公の眼を通してアメリカ上流階級を痛烈に皮肉る作品になっているが、“プールを泳いで家に帰る”というストーリーからも判るように、徹底した不条理劇であり、最後にようやく辿り着いた我が家のオチなど、もはやSFの域に達していると言ってもよいだろう。ジョン・チーバーの短編小説を基に、才人F・ペリーが映画化したニューシネマの異色作(脚色は夫人のエレノア)。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
1064 6.40
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【ユーザーコメント】
投稿者:アリョーシャ投稿日:2018-04-11 20:46:20
CSの「ザ・シネマ」で放映されたのを観ました。確かに普通の視点で観ると、辻褄の合わない、理解できない点が多く、変な映画という気がします。故に「不条理劇」というように言われているようですが、「不条理劇」というよりは「現代劇の姿を借りたおとぎ話」という見方をすると、すっと腑に落ちる感じがします。
「おとぎ話」として観れば、主人公が海パン一枚で突然現れたのも、人様の家のプールを次々に泳いで家に帰ろうとするのも、主人公と彼を巡る人々との会話の齟齬の具合も違和感なく観ることができ、ラストシーンにも納得ができます。
本来おとぎ話というものは人間の残酷な運命を描いたものが多く、その点でも合点が行きます。ただ、スローモーションで描かれるシーンが多く、全体的にやや冗長な感じがするのも否めませんね。
投稿者:bond投稿日:2018-04-08 00:55:32
序盤は不思議な始まりだが、徐々に主役の立場、環境が解ってくる。斬新な映画。
投稿者:ASH投稿日:2016-05-12 23:52:32
 「深読み」ってもんを一切しないで観ると、スゲェ、ハタ迷惑な人。
投稿者:sachi823投稿日:2015-11-23 13:55:49
ジョン・チーバーの短編「泳ぐひと」の映画化。
確認できませんが、原作者もどこかで出演しているそうですね。
公開当時、随分評価が高かったようで、それは富と繁栄に酔いしれ
未来を疑うことも無かった上流階級へ冷水を浴びせるような内容で、
格差社会に批判的な知識階級の支持を受けたためかもしれません。
ある社会的にも成功して順風満帆に思えた男が、何かの理由で
事業に行き詰まりやがて破産し、家庭崩壊する真実のようです。
映画では本人の姿は変わらず、周囲は恐ろしいほどのスピードで
時間が過ぎていき、ついには消失しますが、
それが不気味な雰囲気になっております。
ランカスターの立派な躰と根拠のない自信と
慟哭が印象に残りました。
投稿者:クリモフ投稿日:2012-02-11 02:03:21
1968年という制作年度がネックなんでしょうね。いきなり素っ裸の主人公が出てきて、どういう訳か泳ぐという決断をする。例によって深読み可能映画で、いろんな憶測が可能ですが、やはり時代の映画かなぁ、と思います。
確かに、不条理ながら、リアルな恐怖を感じることも出来そうですが、演出が意味不明(スローモーションでジャンプとか)なため断片的ない印象。また単に不条理劇を楽しめるかというと、そっちも中途半端で作品の持つ凄さみたいなもんは感じられず。
その断片を取り上げて褒めるくらいなら、もっとわかりやすく良い作品があると思うし、この作品でなければならない長所が見当たらないのが一番の問題か。
同時代の空気も感じられない今では後追いは難しいと思います。ラストも割と序盤で大体の予想はつくし、それ自体も驚きはありません。ひょっとして、ニューシネマやら不条理というので評価しにくくなっているだけで、あまり上手くないだけかも、とも思ったりする作品でした。
投稿者:uptail投稿日:2012-01-03 00:29:13
ジャネット・ランドガード
投稿者:Ikeda投稿日:2011-07-15 11:09:45
どこかともなく現れた海水パンツ姿のバート・ランカスターが友人の家のプールで泳ぎ、これから旧友の家のプールで泳ぎながら家に戻ろうと決める。最初の家では新設のプールを自慢されます。今は知りませんが、この時代のアメリカ中流家庭以上では、まず庭にプールを設ける事が夢で、次いでヨットを持つのが最後の望みだったようですから、良く解りますし、この映画は有産階級の批判をしているのかと思いましたが、そうでもないことが解って来ます。
ある家では母親に息子の見舞いにも来ないでと追い出され、彼を憧憬していた昔の子守だった若い女性が付いて来るが逃げ出されたり、両親が不在で子供が留守番をしている家のプールは空っぽだったりして旅を続けるが、次第に彼が破産したことが解って来るという話になっています。
ストーリーの構成はデュヴィヴィエの名作「舞踏会の手帳」に似ているものの、とても、そのようなレベルの作品ではありません。これは一日に起こった事ではないので、その間、寝食をどうしていたのか解らず、エンディングを見てもニューシネマだからとか、不条理とか言ってしまえばそれまでですが、作者の意図がピンとこない映画でした。亡霊が海水パンツをはいて現れたとでも思えば解りやすい作品かも知れません。
投稿者:マジャール投稿日:2009-09-21 04:06:38
【ネタバレ注意】

プールの水面に輝く陽光、ランカスターの青い瞳の中を駆けてくる馬、少女の金髪を包み込む午後の光の柔らかさ・・・・マーヴィン・ハムリッシュの鮮烈なスコアともども映像表現も又、いかにも当時のニューシネマっぽいユニークさ。
ニューシネマの異色作といわれれば成程、発想といい題材といい相当変わってて面白い。でも、これ、かなり怖いです。
映画の初め、姿が無いのに、木の枝が揺れたり、葉っぱがざわついたり、又何物かの気配を察知した野生の鹿や兎が逃げるというシーンがあって、その後、突然海パン一丁のB・ランカスターが走り出てくるという、それだけで、この主人公がまともな人間じゃないな、というのを予感させます。何故か噛み合わない会話、主人公の男を見る訝しそうな視線。ラストは、もう思いっきりホラーですからね。(2001年、と同じ年の製作です)(さらに同年はジーラ博士が大活躍の年)
不気味さ、切なさ、苦味、みたいなものが観終わった後も残る、こんな映画もわたしは好きです。
B・ランカスターの満面の笑顔がまたコワイ!!
(主人公の身辺の事情が曖昧ながらも徐々に明かされていくサスペンス劇は、近代ホラーの朦朧体といった手法でしょうか?)
(7点か6点か、迷ったけど)

投稿者:シネマの風投稿日:2006-07-17 16:23:55
映画「泳ぐひと」はジョン・チーバーの観念小説「ザ・スウィマー」をアメリカ・ニューシネマの俊英フランク・ペリーが映画化した問題作です。まずこの映画を読み解く鍵はこの映画が公開された1968年という年の社会状況を抜きにしては考えられません。
映画はある意味、時代の産物・申し子で有り、その時代の社会状況・人々の精神の有りようを敏感に色濃く投影したもので有り、いわばその時代の合わせ鏡的な性格をもっています。
この1968年という年のアメリカを振り返ってみますと、映画「いちご白書」のモデルともなったコロンビア大学の学園紛争、キング牧師暗殺事件に端を発した一連の過激な黒人暴動の多発、首都ワシントンで非常事態が宣言された有名な「貧者の行進」
と言われた黒人による10万人規模の抗議の為の大集会、そして、ヴェトナム反戦運動のうねりが最高潮に達した----そんな混沌とした激動の年でした。
翌年にはアメリカ・ニューシネマの傑作・秀作と評価の高い「真夜中のカーボーイ」「明日に向って撃て!」「イージー・ライダー」「アリスのレストラン」等の映画が立て続けに公開された、そういう社会風潮の時代でした。
映画「泳ぐひと」を読み解くもう一つの鍵は、この映画の題名を「泳ぐひとと泳がないひと」という対立図式の題名に置き換えてみると、この映画の主題がずっとわかり易くなると思います。
この映画は名優バート・ランカスター扮する主人公ネッドがある日の午後、草むらの中から何と海水パンツ一枚の姿で不意にとある上流階級の友人夫婦宅に出現するという意表を付いた仕掛けで幕を開けます(この最初の仕掛けに気付かないと最後までこの映画の作者が意図した狙いを読み違えてしまいます)。
ネッドはさかんに友人夫婦に一緒に泳ごうと誘い水を向けますが、彼らは前日飲みすぎて疲れた等の言い訳をして全く泳ごうとはしません。冒頭からこの「泳ぐひとと泳がないひと」という作品のテーマが作者によって強く暗示的に表現された見事な出だしです。
そしてネッドは愛する妻子の待つ我が家へ友人・隣人達の家のプールを泳いで帰ろうとする、ある意味、小さな人生の旅に出発するという第二の仕掛けが用意されています。その小さな旅の途中でネッドが出逢う様々な上流階級の家族・夫婦・親子・隣人達といった、いわば社会の基本的な構成単位の人々との接触を通して、彼らが一様に人生に疲れ、もはや人生の目的意識を喪失し、うわべだけの虚栄の中で惰性的に生きている精神的に荒廃した姿がすかし絵のように浮かび上がってきます。
かつてのアメリカは荒々しくも猛々しいフロンティア精神に満ち溢れた人々によってこの繁栄した社会が築かれ、その中での人々の人生の大きな目的・夢は緑をたたえた芝生とプールが付いた家を持つ事でした。ここでプールという存在が彼ら上流階級の人々の夢の象徴、ある種の到達点としての暗示的な役割を担っています。彼らはネッドのように自ら積極的に泳ごうとはしません。
ここでのプールは彼らが主催するパーティーの為の会場としての意味しかなく、この映画の作者はアメリカ社会の精神の荒廃・疲弊・衰弱といった社会状況をプールに仮託し、ピュアな精神構造をもつネッドに合わせ鏡としての役割をもたせて表現し、しだいにネッドの心が深く傷付いていく過程を丁寧に積み重ねていく事で、出口の全く見えない、アメリカ社会の危機的状況を暗示的に描いていきます。しかし、絶望的な描写が続いていく中、この映画の作者はその小さな旅の過程でネッドが二人の重要な人物に出逢うというエピソードを用意しています。
あたかも、絶望の中である種の救いを求めるかのように----。
一人はかつてネッド家でベビーシッターを経験した事の有るジュリーという若い女性との出逢いです。もう一人はプール付きの豪邸にメイドと二人で住んでいるケヴィンという孤独な少年との出逢いです。しかし、この映画の作者はこの二人とのエピソードを通して、本来、希望に満ちた輝かしい未来に向けて、真剣な愛や大きな理想・夢をもっている筈の若い世代へのやり場のない不信感と既に若くして老成した精神の有りようを絶望的で救いようのない現実として暗示を込めて描いています。そして問題のラストシーンになります。ネッドはようやく愛する妻子が待つであろう我が家へ帰って来ます。ところがそこは現実のものとは思えない程、荒れ果て朽ち果てた廃屋があるのみです。ネッドは愕然として廃屋のドアの前であたかもシェークスピアの悲劇の主人公の如く、容赦なく降り注ぐ雨に打ちひしがれながら激しくむせび泣いてしまう----という衝撃的なラストシーンで幕を閉じます。我々観客はこの衝撃的なラストシーンを観る事でこの映画の作者が用意した最後の仕掛けに気付くという事になります。つまり、この映画の主人公ネッドは実存主義的存在の実体の有る生身の人間ではなく、作者のイマジネーションによって創り出されたアメリカ人の有るべき理想像の具現化としての架空の実体のない抽象的概念で有った訳です。そしてネッドが辿り着いた廃屋はかつての古き良きアメリカ人達が営々として築き上げてきた繁栄と虚妄の救いようのない現実認識の象徴として批判的に描かれているのです。
投稿者:GRASSROOTS投稿日:2004-09-08 03:25:52
ああ、期待外れ・・・
感情移入できる人物が誰一人としていない。
「不条理劇」なんてもっともらしいいい方しなくても、
何らかの精神病理的な視点を持ったほうが適当だろう。
批判も風刺も感じることはできない。
病んだアメリカ社会だサバービアだスノッブだなどと言わずとも
主人公への眼差しは場所をどこに置き換えても同様だろう。
主人公の苦悩らしきものも実存的とか哲学的というより
敢えて言えば精神病理の範疇だろう。
穿った見方をすればこのような映画を「不条理劇」だとかいろいろと
能書きをつけて称揚しているスノッブを制作側は舞台の裏でほくそえみながら
覗き見ているのかもしれない(苦笑)
投稿者:nehane215投稿日:2004-08-11 06:05:10
アリとキリギリスの
アリにもキリギリスにもなれなかった不憫な男の物語だと感じました。
むしろ今の世の中の方が、そういった人たちで溢れかえっている気がします。

眠れない真夏の夜にはぴったりの
珍奇でアンニュイな納涼ムービー(けっこうさぶい)でした。
投稿者:Stingr@y投稿日:2004-08-06 14:20:11
 この作品を「不条理」と呼ぶのは,常人には,「近隣の家々のプールを順々に泳ぎながら自分の家に帰り着こうとする」ネッドの意図が判らないから。そこで,「何故か知らんが彼はそういう妄念に取り付かれたのだ」と自分に納得させながら作品を観る必要がある。不条理劇は,取りあえず不条理を受け入れて作品に付いて行かなければならない。

 各家々は上流階級の溜まり場で,ネッドを良く思う人も,疎(うと)んじる人もいる。この作品は,これらネッドが出会う人々との交流を通して,彼を描こうとする。そして最後,ネッドが自分の家に辿り着いた時,作品の全てが明らかになる(※)。「プールを順々に泳ぐ」というのはネッドの生きてきた足跡(そくせき)を象徴しているのだ。

 つまり,「プール」とは彼が人生の成功者になるために泳ぎ切って来た幾つもの社会の荒波である。彼は身1つしかない裸の姿で競争社会に飛び出した。1つのステージを克服するたびに,向こうにはさらなるステージがあり,そこに辿り着くには競争社会の荒波を上手く乗り切らねばならない。彼は競争社会に打ち勝ち,遂に上流階級の仲間入りを果たした。そして,最後に彼を待っていたものは……。

 ということで,「妄念」とは「常人が抱く“成功者”になろうとする想い」。「不条理」とは「何故あなたは“成功者”になろうとするのか,“成功者”の意味も分からぬままで……」。分かりやすいテーマだろ!「昔“見た”杵柄」で注釈しておく。無理な人もいるだろうが,映画といえども,見たものを即物的に判断せずに,頭で考えて「観る」べきだ。この類(たぐい)の映画はそのように作られているのだから。最後に作品の意図が解かる,そこでもう一度,今度は作品の意図が解かった上で見たくならないかい?細かな動作や台詞が全て納得できるようになる。

(※)ここで作品が分からなかった人は,アクション物,ヒーロー物,恐怖物などの頭を使わない映画が向いています……多分。
投稿者:一番星投稿日:2004-08-05 06:10:33
海パン一丁で次々と金持ちの家を渡りゆくバート・ランカスターのワケの分からなさと
いったら無いのだが、次第に泳げ、泳げ、もっと泳げ!と思ってしまう自分がいる。

これを後味が悪い、変だ、で片付けてしまう人はさぞかし幸せな人生を送っているんだろう。
投稿者:回春剤投稿日:2004-02-22 16:58:02
どうして、この作品が”変”の一言で片付けられてしまうのでしょうか。
その”変”の向こう側にあるものが観えたら、不条理な台詞の奥にあるものが聞こえたら、粛々たる気持ちにならざるを得ないと思うのですが。
エンターテインメントでないものは斬って棄てるような逆差別の時代なんですかね。
投稿者:のり投稿日:2003-08-24 17:12:57
【ネタバレ注意】

実は昔、原作を読もうと思って、探してみたことがあります。原作はジョン・チーバーという人なんですが、アメリカ文学界では超大物です。郊外小説というジャンルの創設者的な存在で、代表的短編がこの「泳ぐひと」ということで探してみたのですが、その時には見つからずにいつしか忘れ去っていました。映画化されたとはまったく知らず、このたびNHK−BS2が放送した機会に初めて知り、これは観なければと思ったわけです。

不条理な部分は、この海パン一丁のおじさんがどうやって最初の家に現れたか、というところ以外は別に感じず、単なる経済破綻して家族にも見捨てられた男が錯乱した物語として見れます。脚本としてはとてもよくできていて、知り合いのプールを伝って泳いで家に帰ろうとする主人公に対して、家から比較的遠くの家では、主人公の陥った最近の状況を知っていても、当たらず触らずの微温的な対応をするのですが、家に近づくにつれて近所の人たちの対応もしだいに厳しくなっていって行く様子がとてもよく描けています。最後の方に出てくる公営プールでは、いるのは金持ちではなくただの一般庶民ですから、まったくなんの遠慮もない口の利き方になり、率直に借金の返済を迫る、という所がいい(笑)。

男が破産していることは、次第に分かってくるのですが、そうすると最初の方の、あのさわやかで健康的で、長年の郊外生活で習い覚えたらしいそつのない挨拶を交わす主人公の姿を思い出して、ぞっとします。

実はσ(^_^;の会社がいまリストラ真っ最中で、残った社員にも実力主義という名の評価制度でやたらプレッシャーをかけてくるので、こういう経済破綻による日常の崩壊というテーマには自分の身を削られるような気がして、怖くて冷静に見ていられませんでした(^_^;。

しかし、どうもお話としてまとまりすぎているような気がして、もしかしたら映画化されたときに、整合性が取れるように主人公の経済的破綻などの背景なんかは付け加えられたのではないか、いう気もしています。いつか原作を読む機会があれば、確認できるでしょう。

それにしても本当に、最初の家にはどうやって行ったのでしょう?(笑)

投稿者:投稿日:2003-08-19 10:43:59
【ネタバレ注意】

上流社会では家にお邪魔されるのはいいことなので
知った人のプールを無断で泳ぐというのは多分そんなに変な事じゃないんだけど(特に昔はね)
プールを泳ぎ渡るって、それだけで主人公がどんな人かわかるよね
すごい自信家で社交家で、わがまましても周りに許されるような人
すでに破綻してるのもわかる
その年と不釣り合いの体と陽気さが怖い
ランカスターの笑顔が怖い
でも見入っちゃう
家の旦那がこのタイプなんだ〜〜
陽気で人を巻き込むタイプ
そんでもって、精神的には弱いの
見てて、いやだったけど、目が離せなかったよ・・

ただ、最後にもう一ひねり欲しかった
奥さんがプランド女で娘からバカにされてた話だけじゃねぇ
幸せに見えたころも、心は荒れ果てて今の現実と変わらんかったとか
なんかもう一つ。
でも、バートランカスターはよかったよ、とっても

上の“コメント”はちょっと変だよね
徹底した不条理劇って、ただ経済的にも社会的にも、精神的にも破綻した男の話だよね
まあ、その男が会う人達を通して 上流階級の変さを見せてるけど。
辿り着いた我が家のオチなんてのも、途中でだいたい分かちゃうしね
オチじゃなくて予定調和だよ、調和しすぎてツマランくらい

投稿者:batabata投稿日:2003-08-19 04:28:53
タイトルを見たときに余り興味が湧かなかったが、海パンひとつのB.Lancasterが、時も時、当時はやったバカラック調のBGに乗って(実際はバカラックではありません)何をするのか興味深々で最後まで見てしまった。不条理といってしまえばそれ以外の何ものでもないが、なんとなく今昔物語を連想して(強引かな)しまうような雰囲気もあるや思った。が、自分の都合で現実と非現実を行き来している主人公の設定に、単に痴呆症のおやじの物語じゃないかと思わせる不自然さも否めずこの不自然さをどう評価するかが、この映画の評価が分かれる点だと思われる。
登場人物の不自然さもさることながら、シークェンスの設定も徹底的に不自然なため、前半を過ぎた頃より見ていて不快感を催してくるが、これが監督の意図だったらブラックな真夏のホラーかも。(そんなことないか!)
投稿者:as291投稿日:2003-08-19 01:43:04
現代人のいわゆる孤独を描きたかったんでしょうね。それも思い切り象徴的にね。
当時のニューシネマ台頭の波の中でランカスターが単なるアクションスターで
はないのを見せたかったのもあるんでしょうね。その後のヴィスコンティ作品出
演にもその意欲が出ていますからね。
しかし、これは失敗作ですね。すべてが空回りです。水泳パンツ一丁で高級住宅街
を走り回り、無断でそれぞれの家のプールで泳ぐなんて、普通の感覚から言えば
単に変態のおじさん、それも住居不法侵入の犯罪です。まったく感情移入できな
いおじさんです。しかも、相当の妄想に犯されているようで。かなり怖いですね。
話が進めば進むほどランカスターの苦悩が深まるのですが、うーんですね。
行き着いた温かい家庭のあるはずの豪邸は廃墟。いったい、パンツ一丁でどこ
に住み、どこから来たんでしょうね。意味ありげなだけの空虚な映画でした。
ただ、この撮影の頃、ランカスターは50代半ば。引き締まった体をしています。こ
の体を見せたかったのかも。映画の主人公としては水泳パンツ1枚、安上がりです。
30年ぶりぐらいにBSで再見。当時は小難しそうな映画は誉め、エンタテインメント
映画は貶す屈折した評論家でこの映画を誉めているのいましたね。まあ、現在でも
その手の評論家などはいますがね。
投稿者:J.T.投稿日:2003-08-19 01:33:26
上の解説にある通り、アメリカンニューシネマの異色作だってことは聞いてました。それで期待してBSで観たんだけど・・・・これ、下の人の感想通り、すっごく変!! 褒めているのでもなんでもなく、単純に変!! 確かに「不条理劇」なんだろうけど映画でこういうのやってもねえ・・・。当時の知識人には受けたんだろうね。いまとなっては全編、これナンセンス。寓話なら寓話でもっと肩の力を抜いて描写すりゃあいいのに、マンガでいうと「劇画タッチ」な力の入った表現なんだよな。ランカスターも大真面目だし。そんなこんなで本当にあきれてしまいます。いま、リメイクするんだったら、ジム・キャリーあたりでコメディタッチで作り変えたらいいのかも。でも刺激に慣れた、わがままな現代の客相手じゃ、くそみそにいわれるのがオチだろうな。昔はこんな映画がちやほやされたことがあったのね。
だけどこういう微妙な映画(かつて名作と呼ばれ、いまは忘れ去られた作品)を放送してくれるNHKってほんとありがたい!!
投稿者:どんちゃん投稿日:2000-09-28 17:05:47
レンタルビデオ店でタイトルに惹かれ、思わず手に取った作品。絶対に面白くないんだろうなって思って借りなかったんだけど、何年もの間頭から離れなかった。ある日勇気を出して借りてみたら...なんとまあ、よくもまあこんなアホらしいストーリー考え付くなって感心してしまった。

ストーリーの詳細は書かないけど、ある目的を達成するために様々な方法や難関やラブ・ロマンスがあるわけで、その基幹的な部分は問題なし。しかしその難関たるやお粗末にも程がある。例えばプールに入りたいが入場料を持ってなかったり、道路を渡ろうとするが車がひっきりなしに通ったり、そういうのが最大の難関であり、それをスリリングに描こうと頑張ってる。そもそもこの主人公、水パン1枚でどっから出てきたんだ?
こんなアホらしい映画も珍しいから、最後まで観ちゃったよ。もしかしたらこれが監督の狙い?ラストシーンも期待通りのアホらしさ!
ビデオとか廃盤になってるみたいだから、どれぐらいアホらしいか確認したい人はお早めに。世の中、これ程までにアホらしい映画が存在するんだって、勉強になると思うよ。

ちょっと酷評過ぎたかな?古い映画だから、昔はこれでも面白かったのかも。
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