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赤い河(1948)

RED RIVER

メディア映画
上映時間133分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(UA=松竹洋画部)
初公開年月1952/01/05
ジャンル西部劇
赤い河 [Blu-ray]
参考価格:¥ 2,057
価格:¥ 991
USED価格:¥ 2,000
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【解説】
 南北戦争前後を舞台に、広大な牧場を持った開拓者とその養子が、新たな商機への道行きの中で様々な局面に遭遇し、衝突しながら苦難を乗り越えていく姿を描いた西部劇。
 南部に広大な牧場を持つダンスンは、養子のマシュウらと共に、東部へのビッグ・トレイルを敢行した。だが、道は険しく、ダンスンのいらだちは次第に募っていく。やがて、レッド・リバーのほとりにさしかかったとき、牧童の三人が逃亡するという事件が起こった。厳しい処置をとろうとするダンスンに対して、マシュウは牧童の味方をし、ダンスンを脅してその場に置き去りにする。怒りに燃えたダンスンは、マシュウを殺すことを誓うが……。言わずもがなのホークス傑作ウェスタン。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
855 6.88
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【ユーザーコメント】
投稿者:黒美君彦投稿日:2016-07-11 14:19:42
【ネタバレ注意】

西部劇に精通していない私には、ジョン・フォード監督とハワード・ホークス監督の西部劇の捉え方など理解しようがないのだが、本来の意味での「カウボーイ」たちの冒険とはかくのごとく苛酷であったかと思う。
1851年、ダンソン(ジョン・ウェイン)とグルート(ウォルター・ブレナン)がカリフォルニアへ向かう荷馬車隊から外れる。自らの牧場を持とうと言うのだ。そこに家族を失ったマシューが加わり、あっという間に14年。1万頭にまで増えた牛を金に変えるため、市場のあるミズーリに向かうことを決意するダンソン…。
苦難の旅を続けるダンソンらと雇われた男たちだったが、独裁者のごとく振舞うダンソンとマシュー(モンゴメリー・クリフト)はついに決裂してしまう…。
とにかく牛たちの群れがすごい迫力。ダン(ハリ・ケリーJr)が巻き込まれて死んでしまうスタンピード(群れの暴走)は怖い(笑)。
旅の途中、牛たちの餌はどうしたんだろうとか不思議に思うところもあるけれど。それにしてもこうやって大移動したり、牛泥棒や先住民から守るために銃が不可欠であり、銃の腕が自らの拠って立つところだったというのもよくわかる。
ラストは思い切り殴り合って和解、というのが悪役になりきれないジョン・ウェインの西部劇らしいけれど、徹頭徹尾カウボーイたちの生態に寄り添ったカメラが見事。
チザム交易路がこうして完成していったのかと感慨深いものもあった。
西部劇の古典の傑作とされるのも頷ける作品。個人的には途中で少しダレたところもあったけど…。
それにしても肩を矢で射抜かれても平然としているテス・ミラリー(ジョーン・ドルー)、西部の女は強いなあ。

投稿者:緑茶投稿日:2013-12-28 15:45:51
ハワード・ホークスがジョン・フォードばりの大作西部劇を本格的に目指した作品ということだが凄い迫力だ。フォードのようなセンチメンタリズムはなくあくまで「男の仕事」の世界にこだわっているのがかっこいい。一人の牧童のミスによってスタンピードを引き起こしてしまい、ムチで処罰しようとするシーンに特にそのこだわりが感じられる。ジョン・ウェインは狂気すれすれの冷酷なリーダーという役どころだが私にはそれほど冷酷には思えなかったが。それに対応する形で一見西部劇に似つかわしくない都会的なモンゴメリー・クリフトが出てくるがこれがとてもいい。クールであるが平和主義者でナイーブな面も覗かされ、腕力だけではないカウボーイを描くことによって新しい時代の到来を予感させている。途中ジョアン・ドリューが出てくるあたりの展開が唐突で戸惑ってしまったが。牛の大群の撮影は笑ってしまうくらい凄い。そしてジョン・ウェインは周りの人間すべてがチビに見えるくらい本当に大男だと痛感した。
投稿者:bond投稿日:2013-04-19 08:38:20
骨太、男の西部劇。本来のカウボーイという職業の地道な苦労がよくわかった。ストイックな演技が渋い。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-04-09 19:10:28
この映画のキ−ワ−ドは「心にささったナイフ」であり、キ−となる小道具は「腕輪」である。それが明らかになるのは、マットを追ってきたダンスンと、彼を名指して自分のテントに招き入れたテス・マレ−(アイアランド)との会話からである。マットを愛するようになっていたマレ−はダンスンの復讐を押しとどめようとするのだが、話している内にかつて自分が幌馬車隊に置き去りにした女とマレ−を重ね合わせて、ダンスンは決して忘れたことのない「心にささったナイフ」という、遙か昔別れ際に失った恋人が発した言葉を、マレ−の心を推し量るために“・・・のようだったか?”と発するのである。そして、マレ−の腕輪に目を止める。それはダンスンが別れ際に恋人に、必ず迎えに来るという証に与えた母親の形見であり、格闘のすえに殺したインディアンの腕にそれを見つけて彼女の死を知り、養子としたマットに与えたモノであった。“それをどうしたんだ?”と訊ねるダンスンに、マレ−はこともなげに“盗んだのよ”と言い放つ。そしてマレ−はその腕輪と「心にささったナイフ」という言葉によって、ダンスンの深く心に潜めた悲劇を悟り、その心の葛藤を理解するのである。そして、マレ−という鉄火な女の強さは、ダンスンとマットを繋ぐ悲劇の連鎖を断ち切るために、マットを追うダンスンに同行を、かつてダンスンの恋人がなし得なかったチャ−ジを申し入れるのである。腕を吊った三角巾に潜めたマレ−のデリンジャ−とテ−ブルの下で構えるダンスンのリボルバーに象徴される丁々発止のやりとりが、二人の役者の力とホ−クスの演出によって、見応えのあるいかにも映画的なシーンを形成したのだった。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:seisakuiinkai投稿日:2012-10-27 05:13:53
単純だけど牛すごい。www.seisakuiinkai.com
投稿者:古井武士投稿日:2011-09-02 11:47:27
39年の『駅馬車』でA級スターの仲間入りをしたデューク(ウェイン)だったが、トップスターへの道のりはまだまだ険しかった。
もし、この年の興収3位の大ヒットとなった本作がなければ、デュークは『ドル箱スターベストテン』にランクインすることもなく、たんなる大柄な西部劇のスターで終わった可能性もある。
当時は第二次大戦から『本物の英雄』たちが続々と帰還しており、下手をするとB級へ逆戻りしかねない状況だった(事実、ジョン・ペインのようにトップスターたちが出征している間にスターとなった者の多くがあっさりと転落した)。
しかも当時在籍していたのはメジャーとは比べものにならないほど貧弱(はっきり言えばB級西部劇専門)なリパブリック社とあって、デュークは『駅馬車』のような超ヒット作を渇望していた。
そんなときに大監督ホークスからのオファーがあったのだから、デュークが喜び勇んで難役に挑んだのも当然だったが、それ以上に幸運なことは、ホークスがデュークにとってウマの合う友人となったことだった。
本作の撮影中、二人はキャストやスタッフを交えて毎晩ポーカーをし、バーボンを呷っては馬鹿話に花を咲かせた(この現場に馴染めなかった都会派のモンゴメリー・クリフトは疎外感を味わい、以後西部劇に出演することはなかった)。
本番となってもそれは変わらず、現場の全員が飲み仲間というくつろいだ雰囲気の中でホークスはデュークに演技をつけ、ジョン・フォードのようにねちっこくいびることなどなかった。
「『赤い河』に出るまでオレは自分のことを、フォードの言うとおり、ウスノロのデクの棒だと思い込んでいた。 ホークスの映画で初めて、俳優としての自信を持ったんだ」
のちにそう回想したデュークは、翌年の『ドル箱スターベストテン』に初めてランクインしたとき、冗談めかしてホークスに尋ねた。
「なんでもっと早くオレを使ってくれなかったんだ? そうすりゃ、若いうちから大スターになれたのに」
「デューク、お前さんがジジイになるのを待ってたんだよ」
恐るべき慧眼の持ち主であったホークスは、デュークの魅力は頑固親爺を演じたときに発揮されることを見抜いていた(ホークスによってデュークの真価に気付かされたフォードは翌年、『黄色いリボン』でデュークに退役間近の老軍人役を演じさせた)。
デュークは以後、尊敬する監督を訊かれると必ず、フォードではなくホークスの名を挙げた。
ジョン・ヒューストンとハンフリー・ボガートの幸運な出会い(ボギーも40を超えてからトップスターとなった)に優るとも劣らない二人の幸運な邂逅だった。
投稿者:ノブ投稿日:2011-03-13 01:23:00
【ネタバレ注意】

「赤い河」(監督:ハワード・ホークス 133分)
話の内容は「牛追い」の話。
インディアンの襲撃シーンで火の矢が飛んできて幌馬車の幌にささるシーンや向かってくるインディアンを銃で撃ってインディアンが走りながら倒れるシーンや馬で来るインディアンを銃で撃って倒すシーンやジョン・ウェインとインディアンが取っ組み合いになるシーンやインディアンがジョン・ウェインの恋人にあげた腕輪をつけていた事でジョン・ウェインの恋人が殺された事を暗示する演出などが良かった。
牧場をデカくしていくシーンの説明(「苛酷な労働もいとわない」とか)と壮大な牛追いシーンが良かった。
若いカウボーイ二人が缶を銃で撃ち合い、銃の腕前を競い合うシーンが良かった。
ポーカーでウォルター・ブレナンが入れ歯を「二つアゴ」の異名をとるインディアンにとられるのがコミカルだった(食べている時以外は入れ歯をインディアンにとられているというギャグも面白かった。)。
約9000頭の牛追いのシーンは壮大で迫力があった。。
カウボーイの一人が砂糖を盗み舐めしようとして料理道具を落とし、その音で牛の群れが一斉に暴走するシーンは迫力があった(牛の群れの暴走が波のように置いてある幌馬車をぶち壊すとかカウボーイ達は馬に乗って走りながら拳銃で威嚇射撃して暴走を抑え込もうとするシーンは大迫力だった)。
暴走を止めようとして死んだカウボーイの墓で聖書を読んでいる時に、後ろの山に雲の影がかかるシーンがボク的には良かった。
仲間割れが起こり、ジョン・ウェインがウオルター・ブレナンの投げたライフルで仲間割れした三人を一瞬で打ち倒す演出が良かった(自分で殺しておいて、死んだ仲間の墓を作り、聖書を読むジョン・ウェインが良かった)。
牛の群れが「赤い河」を渡るシーンは大迫力だった(牛の群れだけでなく、デッカイ幌馬車や馬の群れも川を渡る所も良かった。牛の列が画面手前の川岸から画面奥の川岸まで列が連なっているシーンも良かった)。
中央の馬車の集まり(馬車を砦代わりにしている)の周囲を、インディアンの馬達がライフルを撃ちながら、グルグル走り回って襲っているシーンが良かった。
チャキチャキのオネェちゃん(ジョーン・ドルー)が、馬車の影からライフルでインディアンを撃ったり、矢が肩にささっても強気でしゃべったり、失神する前に自分を助けてくれた男をビンタしたり(モンゴメリー・クリフトがオネェちゃんを娼婦と勘違いしたから)、テーブルでマッチを擦ってタバコを吸ったり、吊り手の包帯の中に銃を隠していたりするのがミリキ的だった。
牛の群れを引き連れ、ついに鉄道を見つけるシーン(牛の群れが線路を横断するのを黒煙を吐きながら止まって待っている汽車のシーンなど)が良かった。
街にたくさんの牛の群れが入ってくるシーンは迫力があった。
モンゴメリー・クリフトとジョン・ウェインの最後の対決が面白かった(途中で止めようとする若いガンマンをジョン・ウェインが容赦なく打ち倒して進んでくる・モンゴメリー・クリフトには、当てないが、銃を向けてバンバン撃つジョン・ウェイン・銃を捨てモンゴメリー・クリフトを一方的に殴るジョン・ウェイン・モンゴメリー・クリフトが反撃して取っ組み合いの殴り合いを始める二人・最後にチャキチャキのオネェちゃんが拳銃を撃って二人のケンカを止める演出などとてもよく出来ていた。最後の話合いで焼印に二人の名前のイニシャルを入れるとジョン・ウェインが砂に書いて説明する「牧場を作る時に焼印の図を砂に描いて説明するシーンが前にある」オチもとても良かった)。
全般的に
せっかく大画面で大迫力の牛追いのシーンを堪能しようと思ったら、クラッシックのDVDシリーズの為か、ワイド画面の横が切れていてスタンダードサイズでしか映らず、しかも画像も古いからなのか粗く、最初観た時はかなりがっかりしたが、しかし広大なアメリカ西部での牛追いシーンは画面が切られていてもナカナカ大迫力で、観ている内に画面の事も気にならなくなるぐらい壮大で良かった。
キャストが良い。ミズーリに行く事に執念を燃やし仲間にどんどん厳しくなっていくジョン・ウェイン、若くてキレ者な感じがよく出ていたモンゴメリー・クリフト、コミカルなウォルター・ブレナン、チャキチャキな感じを上手く演じていたジョーン・ドルーなんかが特に良かった。
エピソードも興味深いエピソードを積み重ねて、133分と長いけれど、ボク的には最後まで飽きずに観れた。
アメリカ西部の広大さやキャストの魅力も楽しめる、ガンファイトよりカウボーイのタイヘンな仕事(牛追い)がメインという西部劇の大傑作。http://mamaduke.at.webry.info/

投稿者:TNO投稿日:2009-10-29 20:22:25
【ネタバレ注意】

ハワード・ホークスによる渾身の西部劇。ホークス監督が当時西部劇の第一人者だったジョン・フォード監督に触発され、作った西部劇と言えるだろう。フォードには、フォード一家と呼ばれるアイルランド系俳優を自作に繰り返し起用していた。本作でも、フォード一家の面々が顔を連ねる。牧童のリーダー格シムズ役のハンク・ウォーデン、ダンソン(ジョン・ウェインス)に可愛がられる若手牧童でスタンピード(牛の暴走)で牛に踏み殺されるダン役のハリー・ケリー・Jr、キャトルドライブに雇われるが途中で脱走しウェインに射殺されるトム・タイラー、また、サイレント時代に永年フォードとコンビを組んで怒涛の如く西部劇を量産したハリー・ケリーも牛をアビリーンで買い取るメルビル氏役で出演している。Jrとの親子出演だ。ホークスにとっては、ジョン・フォードからの"借り物"のような意識でこれらの俳優を使ったのではないだろうか。ホークスの自伝によると、この作品を作った後にホークスはフォードに、美しい西部劇を撮ったと自慢したとのこと。2人の主人公ダンソンとマシュー・ガース(モンゴメリー・クリフト)は、擬似親子であり、師匠と弟子であり、仕事のパートナーであり、ライバルだ。敢えて言えば、疑似愛人関係でもある。最後に2人の決闘に割って入るテス・ミラリー(ジョーン・ドルー)は、明らかに二人に嫉妬しているのである。ダンソン(ウェイン)は、一度自分が言ったことは、変更しないという信念を持っているが、度を過ぎて硬直的になってしまう。感謝や親愛の情を伝えることもできない。必然的に部下からの反発を食らうことになる。一か所だけ、他人への優しさを見せる場面がある。ダン(ハリ・ケリー・Jr)が事故死した後に、未亡人へ報酬の全額に加え、夫人の欲しがっているものをプレゼントするようマット(クリフト)へ指示する箇所だ。根は優しい性格だということを示しているのであろう。しかし、部下との関係が悪くなる後半には、拳銃を寝ている間も手放せず、最後には夜も全く寝ることができなくなってしまうのだ。性格も残虐になってゆく。グルート役のウォルター・ブレナンは、本作には必要不可欠な存在だ。この作品に深みを与えた。何度も生死の境を潜り抜けてきた経験に裏付けられた知恵の持ち主で、ダンソンとは、ツーカーの仲。キャトルドライブ出発前にチェロキー・インディアンであるクオ(チーフ・ヨーラチー)にポーカーで入れ歯を巻き上げられてしまい、食事の度に貸してもらっている。ダンソンの傷口をウィスキーで消毒する時には、痛がるのを面白がって何度もウィスキーを引っかける。ジョーン・ドルーは、西部の鉄火女の典型で、泣いても怒鳴っても、後味が爽やかだ。この後にジョン・フォード作品にも"黄色いリボン"等で登場することになる。チェリー・バランス役のジョン・アイアランドは、最も頼りになる牧童の切り札的存在で、山っ気もありそうであったが、最後にウェインに土手っ腹を撃たれて倒れてしまう。おそらく死んではいないと思うが、少し最後は消化不良ぎみだ。ちなみに、本作の2年前、フォード監督の"荒野の決闘"では、クラントン一家の一員としてブレナンと親子の役を演じていた。チーフ・ヨーラチーは、ダンソンに使われているが、威厳あるインディアンを演じていた。この人、アンソニー・マンの"ウィンチェスター銃’73"にも射撃大会の場面で出演していた。ティーラー役のポール・フィックスは、ダンソンから一度は逃亡するが、チェリーに捕まり縛り首になりそうな所をマットに救われる役。この人は、ウェインに歩き方を指導したことで知られる。シェリー・ウインタースもセリフなしの端役で出てくるが、女性の登場場面は限られているので、顔を知っている人ならすぐに分かるであろう。デミトリー・ティオムキンの音楽は、登場人物の仕草に合わせて音付けしている場面があったり、スタンピードの場面の音楽など、過剰感あり。最後に、20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン株式会社の「赤い河オリジナル・バージョン」の字幕の間違いが2か所あるので言及しておく。いずれも、英文日記の字幕で、タイトルロール終了直後の「1851年、トム・ダンソンは、わたしグルートと −」の「わたし」は不要である。グルートは、契約書のサインを「×」としていることから、明らかに文盲であり、日記が付けられるはずがなく、もちろん原文にも「わたし」に相当する文言はない。もう一か所は、アビリーンに到着した時の日記の年号が1865年が正しいのだが字幕では、1885年になっている。字幕だけを追っていた私は、1851年プラス14年=1865年のはずなのに、この20年の経過は何を意味するのか、真剣に考えてしまった。

投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 12:51:56
モンゴメリー・クリフト
投稿者:gapper投稿日:2009-02-24 00:46:14
 雄大な牛追い、インディアンとの戦い、ガンファイト、親密な友情、仲間と裏切り、復讐などジョン・ウエインの後の作品の全てが詰まっている感じの作品。 主題歌のメロディは、リオブラボーでディーン・マーチンが歌う”ライフルと愛馬”と同じで、この作品では”セトル・ダウン”というらしい。まさか、”ライフルと愛馬”が再利用の作品とは知りませんでした。 ブレナンは、最初はまだ若い感じがしたが結局はなじみの愛すべき老いぼれ役で、リオブラボーのスタンピーと同じ感じ。 クリフトも若々しく実直な感じで、いつも通りだ。有名な割りに作品が少ないので疑問に思っていたが、彼は舞台を中心に活躍していたとのことで、少ないことに納得。 ジョン・ウエインは、この作品ではいつもと少し異なり”意固地過ぎ”で”強引過ぎ”、不正義な部分があり個人的には新鮮だった。 戦後間もない時期のせいか、暗い雰囲気をベースに感じる。 ただ、”赤い河D”を描いた作品といわれても赤い河Dが何なのか知らない者には詰まってしまう。終わりの方でも「初めて”チザムの牛の道”が開けた」と出てくるが、チザムが’70作品のチザム?という私にはピンと来ない。アメリカ人なら当然知っていることなのだろうが、それが前提では日本人の私にはキツイ。こういった問題点はあるもののこの作品はそれを超える魅力がある。DVDに、こういった部分を補足するものがあれば問題ないのだが、私の見たものには何もなかった。映画は、時代を追うもであるので時代による変化は仕方のないものであるので、それをぜひとも供給をする側は補足して欲しいものである。
投稿者:ロビーJ投稿日:2008-01-01 01:44:36
西部劇にはあまり興味がない私ですが、前から父にジョン・ウェインの作品だけは少し見ておけと言われてきたので数本ネットで今回鑑賞してました。この作品はまぁまぁ面白かったですが、私にはちょっと時間が長くも残念ながら感じてしまいましたね。でもウェインは結構カッコよかったし、何よりモンゴメリー・クリフトの登場が嬉しかったです。素敵でカッコもよかったですからね。後、クリフトの相手役を演じてたジョーン・ドルーも綺麗でした。
内容的にはハワード・ホークスが監督という事もあって、私でも一応は楽しめる作品に仕上がってたし、ウエスタン映画としてはかなり良い出来だと思います。なのでやっとたまには西部劇も良いかなと思い始めてきました。それにウェインの作品も少しずつ見ていこうと思います。
投稿者:ピンクガンスモーキン投稿日:2007-08-22 15:20:27
【ネタバレ注意】

あくまで牛は小道具である。
「不動産」じゃないんだから、「大道具」ではない。「小」道具の大群を目の当たりにしたからといって、いちいち感銘を受けても仕方がないさ、とまで私が断言すると、多数の鑑賞者の反感を買いそうなのだが、実際、そういう風に見えた(スタジオ撮影との混合なのだし)。

むしろ、適切なのは、経済的な観点である。
自分の力で、1万頭にまで繁殖させながら、過疎地テキサスでは、牛がまったく売り物にならず、食肉需要のあるミズーリまで移動し、資産価値を一気に500倍へ上昇させようとする中年男の執念を理解しておくこと。
その証拠に、具体的な数字(金額)が、ポンポンと、セリフのなかに現れる(月給は10ドル、移動成功の暁には、月給は3倍増。移動中の「大事故」で失われた牛が400頭、渡河中に失われた牛が40頭。期待される売却価格は1頭15ドルなど)。
とにかく、こうした視点がなければ、さほど面白くもない緩慢な長旅の物語に終始しかねない。

ついでに、カウボーイの恰好良さばかりを求めてしまうのも、若干、的外れな態度である。空き缶を、腕試しに、見事な銃さばきで、撥ねあげては吹き飛ばす、この作品随一の爽快なシーン。たしかに、最高のシーンだ。
ところが、そんなものは他にはほとんど描かれていない(ラストに壮絶な銃撃戦が待っているわけでもない)。
だから、無理矢理、他の多くのシーンを忘却する態度をとらないよう、「経済学的」に見て欲しい。

映画は、のっけから、緩慢な隊列の移動シーンから始まり、ナレーションではなく英文筆記体の日誌の映像を挟みながら(読みづらい)、各シーンを繋いでいく、いわば「テンポの遅さ」が特徴である。
しかし、資産を増やすためには、根気が必要なのだ。

ところが、雇用契約関係において過度に厳格な姿勢(私刑=死刑)をとりつづけたジョン・ウェインは、若く美しい青年(モンゴメリー・クリフト)にリーダーシップを奪われ、資産を剥奪され、追放されてしまう。
もちろん、執念深い中年男は、この美男子の殺害および私財奪還を目論むわけだが、自分に相続人がいないことも気にかかっていた……

さて、あとは実物を自分の目で、確かめてもらおう。上記「経済学的」観点から鑑賞すれば、間違いなく面白い作品である。

投稿者:さち投稿日:2007-08-09 22:59:22
すばらしい
投稿者:3本立を1日3館投稿日:2006-06-03 22:51:32
古典西部劇の代表作と思います。デューク・ウェインの味が良く出ています。55年前の当時の予告編のタイトルに『幌馬車』『シマロン』『赤い河』と出ていた。本当に待ち遠しかった。親父に泣いて頼んで連れて行ってもらった。親父も興奮したのか珍しく吾妻橋の袂のビヤホールにより佃煮で生を飲んでいた。心持ちその横顔がトム・ダンスン(ウエイン)に似ていたっけ。あれから10年後『リオブラボー』ヲ見ていて仰天した。ディーン・マーティンが『ライフルと愛馬』を歌っているではないか!この曲こそ『赤い河』のタイトルバックの曲だ。あの浅草から帰宅する時に親父と口ずさんだ曲だから。
投稿者:Ikeda投稿日:2004-03-11 13:24:29
幌馬車タイプの西部劇としては、ベスト5に入る傑作だと思います。ジョン・ウエインが執念深いリーダー役で、前半は、少々残酷な所がありますが、2次大戦が終わって間もなくの映画だと言うこともあると思います。自分で殺しておいて弔うのは良いとしても、インディアンの場合は「禿げ鷹に始末させる」などと言うのは非道すぎると思いますし、インディアンの襲撃のシーンなどは戦争映画を思いだします。但しハワード・ホークスだけあって、スタンピードの場面を含めて、幌馬車隊の移動シーンは素晴らしいです。モンゴメリー・クリフトが得な役割で出ていますが好演ですし、ハリー・ケリーが親子で出ているのも楽しいです。なお、売り出し中のシェリー・ウインタースが、旅芸人一座のダンサーとして、少し顔を見せています。
投稿者:o.o投稿日:2003-12-22 09:16:13
 「武装した社会は礼儀正しい」。本作品を見て、この、以前読んだ何かの小説の一節を思い出しました。銃に手をかけた者は容赦なく射殺するが、殺した相手がたとえ土地を奪いに来た者や裏切り者であっても、十字架を立て、聖書を読んで弔う、その倫理感にしびれます。やると決めたら万難を排してそれを達成し、戦うべき時には絶対に逃げない。そんな開拓者魂を描いているのだと思います。
 大量の牛を延々と移動させる映像が圧巻で、特に牛の暴走シーンは迫力です。また、旅立ちの際、カーボーイ達が雄たけびを挙げるシーンや、インディアンによる襲撃シーンも心に残りました。
 女々しいところが一切ない、気持ちの良い映画だという感想です。
投稿者:Katsumi Egi投稿日:2001-01-03 09:15:05
 冒頭の時間経過の表現の見事さ!牧童たちが叫び合う旅立ちシーンのスペ
クタクル。まさに奇跡的としか言えない葬儀シーンの雲。ホークスは雲の形
まで演出できるのだ。しかし、この映画の本当の見せ場はラストの対決だろ
う。つまり、ダンスン(ウェイン)とマシュー(クリフト)が別れてからが
断然いい。特に、アビリーンの朝のシーン。ダンスンが線路を越え牛をかき
わけやってくるのと、マシューが待つ姿とがカットバックされる部分。
 ホークスの前ではフィルムがこれ程までに透明になるのだ。

【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 原案賞ボーデン・チェイス 
 □ 編集賞Christian Nyby 
■ 新規登録作品 
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