allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

気狂いピエロ(1965)

PIERROT LE FOU

ピエロ・ル・フ(JSB)

メディア映画
上映時間109分
製作国フランス/イタリア
公開情報劇場公開(ヘラルド)
初公開年月1967/07/07
リバイバル→フランス映画社-83.4→アミューズ-98.10
ジャンルドラマ/アート
ジャン=リュック・ゴタール ベストバリューBlu-rayセット
参考価格:¥ 4,104
価格:¥ 3,012
amazon.co.jpへ

 Photos
気狂いピエロ

【解説】
 ジャン=リュック・ゴダールの描く、「勝手にしやがれ」と並ぶヌーヴェル・ヴァーグの代表的作品。映画的文法に基づいたストーリーというものはなく、既成の様々な映画の要素を混ぜ合わせ、光・色・音等を交差させて、引用で組み立てられた作品。「勝手にしやがれ」のジャン=ポール・ベルモンドを主演にして、ただただ破滅へと向かってゆく主人公の姿を描いた本作は、今にしてなおファンの間では“伝説”とされる、最も過激で刹那的なアナーキー映画である。主人公が顔中にダイナマイトを巻き付けて自爆するラストシーンは圧巻であり、同時に“美しい”映画史に残る名場面。原作はライオネル・ホワイトの『十一時の悪魔』。
<allcinema>
評価
【関連作品】
勝手にしやがれ(1959)
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A勝手にしやがれ (1959)
[002]Aアルファヴィル (1965)
[003]Aはなればなれに (1964)
[004]A軽蔑 (1963)
[005]A女と男のいる舗道 (1962)
[006]A時計じかけのオレンジ (1971)
[007]A小さな兵隊 (1960)
[008]A地下鉄のザジ (1960)
[009]A突然炎のごとく (1961)
[010]Aチャイナタウン (1974)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
26201 7.73
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:呑気呆亭投稿日:2014-10-12 12:39:30
若い頃に映画館で見たときはラストのピエロの爆死シ−ンしか記憶に残らなかった。以来ゴダ−ルの映画は敬遠してきたのだが、今回見直してみて前半のアンナとの破滅に向かっての道行きは台詞も洒落ていてナカナカだなと思えたのだった。しかしそれが、恐らくはゴダ−ルが最初に思いついたと思われる主人公の自爆シ−ンにかこつけるためのドタバタの挿入が不自然で、トリュフォ−の「ピアニストを撃て」に見られたようなユ−モラスなギャグもなく、唯一、崖の上で軽い“ボン”という音で爆死するシ−ンのあっけなさにゴダ−ルのギャグを感じたのだった。そのラスト・シ−ンに被されるランボ−の「地獄の一季節」の“また見つかった、なにが、永遠が・・・”の詩句は余計な飾りではなかったかと思った。その詩句も原文とは違っていたようだが、仏語に明るくないので断言は出来ない。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:世ノ介投稿日:2013-05-01 01:32:19
 アメリカの犯罪小説とゴダールの映画術との幸福な出会いとでもいうべき作品。
ライオネル・ホワイトのギャング小説の骨格を、美術、文学、詩、哲学、音楽、映画、漫画などからの直接・間接のおびただしい引用とそのパロディ、に加えてmot(言葉)に手書きで rを加えて mort(死)にするなどの言葉の遊戯のインサートなど、のモザイク模様の衣で被った、という趣がある。J=P・ベルモンドがベラスケス論をバスタブで朗読するのに始まり、ダイナマイトを顔に巻き付け爆死したあとランボーの詩が流れるラストまで、意表を突く編集と先読みのできない映像的展開で、公開当時観た時その才気に圧倒された。約50年前のこの映画を時おりDVDで見ているが、いまだにそのディテールの新しい意味を発見することがある。
投稿者:jlcg投稿日:2011-09-16 22:38:41
ゴダールの最高傑作。というよりも世界の最高傑作。何度でも見たい。素晴らしすぎる。日本では絶対に撮れない。撮れる国は唯一フランスだけだ。
なぜ素晴らしい映画が撮れる監督なのに、二十年も沈黙したのか?映画史における損失だ。
投稿者:uptail投稿日:2011-08-23 14:12:07
アンナ・カリーナ
投稿者:こじか投稿日:2010-10-09 23:35:21
未見だった当時、
「どうせおもしろいしな」なんて軽はずみに
勝手にしやがれと同時にDVDを購入。
が!…苦しいほどに退屈過ぎて衝撃でした…。

それが数年寝かせて再見すると驚くほどにおもしろい!
こんなにも違うモンかとびっくりしました。
この作品、わたしと似たような感覚を持たれた方も
多いのではないのでしょうか。
もちろんその逆で傑作→幻滅パターンしかり。
わたしはそれ以来、もう一度観る気が起きません。
ぜひ一度、いえ二度でも三度でもお試しあれ。
投稿者:きらきら投稿日:2010-09-27 22:34:25
ひさしぶりに見たら、翻訳の情報量がごっそり減ってるような気が……。
やっぱり最後は

また見つかった、
なにが、永遠が、
海と溶け合う太陽が。

で終わってくれないとな。
投稿者:MADMAN投稿日:2010-08-19 01:30:04
 パーティーのシーンでのトリコロールの色彩。夜のドライブのシーンでの赤と緑の色彩。車に舞台用のライトを回転させて当ててるだけなんだろうけどハッとさせらるほどに美しい。ストーリーはよく分からないけど、5年に一回くらいのペースで繰り返しみたい。「勝手にしやがれ」より面白かった。ベルモントは本当にカッコイイ。
投稿者:TNO投稿日:2009-12-30 23:30:47
【ネタバレ注意】

フェルディナン(ジャン・ポール・ベルモンド)とマリアンヌ(アンナ・カリーナ)の恋の逃避行。と言ってしまえば、簡単なのだが。犯罪映画なのか、コメディなのか、ミュージカルなのか、悲劇なのか。そんな定義も、そもそも無意味で、どんな映画かは、実際に観てもらうしかない。ピエ・ニクレの漫画、ピカソの絵、ランボーやボードレールやフォークナーの詩。殺人、失踪、詐欺、置引、爆破。パーティー、寸劇、ドライブ、クルーズ。狂人、ギャング、映画監督、武器商人、亡命貴族。原色に彩られた自然や乗り物、建造物。そういったものがごった煮のように登場するのだが、何故か簡単に消えてゆく。殆どのものは、ストーリーに直接関係ないのだ。賑やかなわりには、淡泊な映画だ。2人は、ギャングや警官に追われているのは、分かるのだが、実際の追跡劇は、省略される。2人の、性交渉場面も出てきそうで殆ど皆無。ジャン・リュック・ゴダール監督が、当時妻であったカリーナのラブシーンを嫌ったわけでもないだろう。主人公達が、あまりにも無軌道で無邪気で現実離れしているので、最後に死が訪れても悲壮感はみじんもない。監督が描きたかったのは、この監督の普遍的なテーマと思える、"愛とは不可解なもの"ということなのであろう。刺身のツマとして、ベトナム戦争批判や芸術としての映画の優位性(文学や詩や絵画と比較して)といった、監督の主張がさりげなく表現される。ゴダールは、何作かまとめて観ると、同じテーマが繰り返し語られていて、理解が深まるように思う。(理解するのに骨が折れるというのも、どうかと思うが。)米国映画監督サミュエル・フラーが、資本力を背景とした商業主義映画の象徴として登場。コメディアンのレイモン・ドボスが、港の音楽に取りつかれた狂人役で、印象に残る。よくドイツ軍人役で出てくるハンス・メイヤーが2人組ギャングの一人として登場、途中でマリアンヌの射的ゲームの餌食になっていた。ジャン・ピエール・レオも、劇場の場面で少し顔を見せている。

投稿者:西門投稿日:2009-11-10 17:40:24
映画史をよくわかっておらず、ゴダールの受賞歴の事実確認もろくに出来ないオヤジの印象批評は、勘弁して欲しい。
ぐだぐだ訳の分からない理由を付けてこき下ろすよりは単純に「嫌い」「理解不能」とするほうがよほど自分に誠実ではないのか?

私にとってはアンナ・カリーナの出演している映画は基本的に良い映画です。
投稿者:Ikeda投稿日:2009-11-04 12:33:38
この映画の平均的評価はかなり高いようですが、実際には平均点の評価をする人は少なく、高いか低いかにはっきり分かれるのではないかと思います。この映画を評価出来る人は、それなりの感性を乗っているのだと思いますが、私はヌーベルバーグなるもが解らない方なので後者の方です。感情もなく人を殺すかと思えば、自分も殺され、その相手も自殺してしまうという進行に何も感じる所がありませんでした。
この映画が何を言わんとしているかが解らず、無理に解釈すれば、どうにでもなりますが、それでは映画を見る意味がないと思います。映画の内容も殆どがメモや台詞またはモノローグで進行していて、後は映像テクニックだけに頼っている作品で、やたらに映画、作家、詩人などが引き合いに出されるのも、それで場を持たせているだけの感じです。
投稿者:gapper投稿日:2009-08-23 19:28:58
【ネタバレ注意】

 この作品は、山場というものがない、落ちはあるものの形式的な結末で意味合いがあるように思えない、そもそもこの映画には意味が内容に思う。こうすると、ボーイズラブに代表される”やおい”と同じといえる。
 ヌーヴェル・ヴァーグは’67年に終わったというのが主流のようだが、拡散して薄まる形で息づいてていると思う。意味のない作品や、結末のない作品、山場のない作品は今でも時々見かける。ただ、商業的に成功したといえるものや賞を取るようなものはどれ程あるだろう。
 ゴダール自身もこの作品以降、商業的には苦しいものばかりではないだろうか。アメリカでは、特別賞などは得ているが作品自体では得ていない。
 そもそもが、非常に”個”的な感性を扱っていて、大衆をターゲットとする映画には向かないものだ。ヨーロッパでは評価されるというのもゴダールに近いという部分が大きいからだろう。つまり今後も、大作や大ヒットする作品は生まれないだろう。’40〜’50年のお説教のような風潮の反動でヌーヴェル・ヴァーグは盛り上がったため商業的に成功した作品も多いが、以降ないのは必然だろう。

 いい悪いではなく、多額の金と配給のシステムを必要とする映画では仕方のないところ。ネット時代に入ったので、アンダーな世界で再度盛り上がるかもしれない。
 作品の中で、”ベトコンが115名死亡というのは意味がない”という台詞がある。一人ひとりにいろんな事情や状況があるのに・・・というのだが。これがこの作品を物語っているようで、言うまでもないが実際は個人個人の情報を流すことはプライバシーの侵害になるし、だからといって何も伝えなければ死亡したことが分からなくなってしまう。つまり社会性や共通性を無視しているので、商業的に成功したのは時代が作り上げたものとしかいえなし、常に狭い範囲の人しか感動させられないだろう。

 実際のこの作品では、色彩がとてもきれいであるがヌーヴェル・ヴァーグとは関係ない。ラストの爆破も、ヌーヴェル・ヴァーグと関係のない注目が混在している。このあたりは、気をつけるべきだろう。

投稿者:時空争奪投稿日:2008-09-23 15:16:53
原色をふんだんに使った色彩、
そして音楽、文字の洪水。
ベルモンドとカリーナの逃避行。
映画に嵌まるキッカケになった作品で、
自分にとっても特別な映画。
投稿者:クリモフ投稿日:2008-09-09 19:04:45
この映画、色彩やらセリフやらでおしゃれ映画として認知されている部分もありますが、やはりこれは今までにない新しい映画を作ろうと、既存の概念をひっくり返したアナーキーなパンク映画だと思います。つながらない編集や、登場人物の奇妙な落ち着き、観客に向かってしゃべらせたり、衝撃のラスト。映画に対する挑戦ですね。
もはや物語を理解する必要なし、かといって酔いしれるのでもない、振り落とされないようにただただ必死にしがみつくのみ!
ゴダールはこの作品で間違いなく映画界に風穴をあけました。
投稿者:J.J.投稿日:2007-06-25 18:11:53
画面に出てくる色彩とかは好き。あと映画の常識を無視したような展開とか観るとやっぱりゴダールってただものではないと思わされました。ただ、個人的な好みとしてこの映画が好きか嫌いかという話になると嫌いな映画です。映画史上に残る大傑作だということは認めざるをえないとは思いますが、どうしても好きになれません。なんでだろう。
投稿者:ミッチェル五郎投稿日:2007-05-16 22:37:47
詩的、文学的、まるで美術の世界。
投稿者:なちら投稿日:2007-02-27 00:23:23
いまいち。好みじゃなかった。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2006-08-06 22:32:38
【ネタバレ注意】

散りばめられたピース達は、笑わせ、考えさせ、怖がらせ、理解させ、不思議な気分にさせる。
普通の小説は、ただ読んでゆけば、そこに書いてある事は、そのまま頭に入ってくる。…じゃあ詩集を開いてみた事は?〜まぁそういう映画。(初めて観ただけなので、実の所、これが隅々まで解る程、ペダンティックな人間じゃない。登場人物同士が解ってない/理解し合えてない〜感情を綴る言葉は難しい)
映像/演技は素晴らしく(ここが重要!〜訳の解らない、かつ何故か酷い映像/演技の作品はカルトに過ぎる)、男と女が交互に交わす言葉(連想ゲーム?)、突然セリフが唄になり、音楽は…不自然に途切れる。
想像が現実となり、夢の様に進行するかのよう(通常の現実には理性が働き、ぶっとんだ結末には至らない事が多い〜中には極端に物語(映画)的な人生も?)で、殺人すら実に非現実的。
何か、気の利いたセリフや、雰囲気や、言葉の面白さを楽しめば良いような。
そう、ひとつのピースに、様々な解釈が宿り、感情〜世界を動かすパワーをも持つ言葉、それが詩というものではないか?〜絵画、音楽も然り。故に芸術は、時に難解で、奥深く、訳が解らないのだが感情を揺さぶる、(そして美しく/また醜い)そういうものなのだ。
…ただ、楽しい仕事にも体力がいるので〜気力充実時の鑑賞がお勧めかと?

投稿者:藤本周平。投稿日:2006-01-11 23:01:39
DVD買ってよかった
投稿者:ferdinan投稿日:2005-11-12 19:20:43
これは文学だ。
字幕を追うだけでも素敵。
女は男をピエロと呼び、男は違うフェルディナンだと答える。
なんてシニカルな男女の会話だろう。
男は女に本気で会話をしようと提案するシーン、結局わかりあえない二人。
会話の成立しない二人。
投稿者:jlg投稿日:2005-08-15 09:02:00
「言いたかったのは、空の青さや、君(マリアンヌ)と僕(フェルディナン)との関係だ。」
と劇中の後半にフェルディナンは唐突に語る。なんのことはない、ゴダールは言いたかったのはこのことだ。物事をあるがままに見つめるということや、感情(音楽)で見つめることと理性(言葉)で物事を見極めるということ、その関係性についての映画である。
そして映画を見るということは、究極的に言えば、それは投影される光を見るということだ。
劇中の後半フェルディナンが映画館で映画をみているシーンがある。(ゴダールの映画では主人公が映画を見るシーンが頻出する)スクリーンに映し出されているカメラを覗いている女性がこう語る。
「虚像を捨てて本来の姿を取り戻すのはいつのことかしら。それが本当にあるとしてだけど。」
映画の本来の姿、それは光である。
「みつかった!何が?永遠が!海に融けこむ太陽が!」
ラストでパンしていくカメラに太陽の光がスクリーンに充満し映画は本来のあるべき姿に戻っていく。すべては光の戯れにすぎない。
「僕らは夢でできている」とフェルディナンは言う。


投稿者:古木はスター投稿日:2005-06-11 12:54:23
極めて単純な男と女の恋の逃避行、いわゆるロードムービーで、
ストーリー的は破綻な後期ゴダールに比較すれば殆ど無い。
しかし、圧倒的なパワーのある映画。傑作でしょう。
ベルモンドが浴槽でベラスケス論を読み耽る導入部から、
青い空にランボーの詩が重なるラストまで、一気に見せてくれる。
投稿者:ぶくろう投稿日:2005-04-07 22:22:29
なんでかわからないが、見ていて楽しい。色がキレイだし。
投稿者:kanata 投稿日:2004-12-15 00:19:21
『勝手にしやがれ』と『男性・女性』を見て、
ゴダールは空気を捕みこめる人だと思いました。
湿気や光の透ける感じ、そこで肌に触れている空気の感じ。
平面の内に空間を生み出せるんです。
理解するのは到底出来ない、それがこの人のカッコ良さ、
スケールの大きさをかもしだす。(つまり、センス。才能!)
スタイリッシュというか…スマートというか…それでいてクール…
絶対私には言い表せませんね!
そしてこの作品、色感。
衣装の赤が、海の青が、太陽の黄色が、影の黒が、
その原色の世界が強烈に焼き付く。

一言言うとしたら『何か考えてみちゃだめ!!』
ただこの作品から、パワーとインプレッション(印象)と
人の持つどこか虚無的な要素を少しだけ、
感じたらそれでいいと思いました。

とにかく、ゴダールかっこいいんです!!!!!!
投稿者:azusa投稿日:2004-10-23 01:25:11
解説でネタバレはルール違反!!!!!!!!!!!
ふざけんな!!!!!!!!!!!!!!
投稿者:さち投稿日:2004-07-15 10:17:24
おしゃっれ
投稿者:ご飯投稿日:2004-05-30 08:55:40
ゴダールの映画ってストーリー展開が順序良く行かないので、それが面白いといえば面白いと言えるのだろうが、私はまったく乗れない。ゴダール信者の文章を読んでも何が良いのかさっぱり理解できません。他の魅力を感じない監督を賛辞している文章を読んだら、そういう気持ちも理解できないことでは無いなと思うのに、ゴダールだけはさっぱりだ。よっぽどゴダールとは相性が合わないようだ。でもこの作品と「勝手にしやがれ」のジャン・ポール・ベルモンドのかっこ良さったらないね。他の監督作品に出るベルモンドよりはるかに良いんだから、これにはまいった。ゴダールはベルモンドの魅力を百%引き出した監督としての力量を感じさせる作家なのよ。
投稿者:エスボ投稿日:2004-05-30 07:58:45
高校時代に見て衝撃を受けた作品。とにかく前編通じてちりばめられた青白赤のトリコロール色の美しさに悶絶。そしてベルモンドにほれました。
そして主人公ベルモンド越しに注がれるゴダールの元妻アンナカリーナへの愛。その後の政治色の濃い映画への傾倒を見ると、最後のベルモンドの爆死シーンは、アンナカリーナへの愛に生きたゴダールの人生の一節のピリオド、というようにも見れるなーとか思いました。
投稿者:田子の月投稿日:2003-12-18 02:59:12
ゴダールって、こんなのばかりだな。

ベルモンドがラストで「こんな死に方いやだ」っていうの、すごい共感できる。
散り際の美しさを求めたり、死ぬ間際の往生際の悪さ。

パーティーで流行りモノの話をしている人達の前を、タバコの煙をふかして通り過ぎるベルモンドが皮肉いっぱいでよかった。

投稿者:ジョジョ投稿日:2003-11-14 22:12:01
一度目は「?」。しばらく月日を置いてから二度目を見た。面白い。
南フランスの暖かい映像と、そこで交わされるわけのわからない言葉の数々。脈絡があるようなないような言葉・・・それが何故かカタルシスのような気持ちよさを生み出す。グイグイ引きこまれる。
しかし、後半は映画を終わらせなければならないためか、途端に物語性を感じてしまう。それまでの気持ちよさが全て消えた。面白くなくなった。それを吹き飛ばしたのがラストシーンなのだが、今思うと顔中にダイナマイトを巻きつけたJ・P・ベルモントは恐怖であり、一瞬正気に戻った直後の自爆は虚無であり、その後に映し出される海は美だ。3つが絡み合いながら迎える終幕は、とても清々しい。
投稿者:パリデレモン投稿日:2003-07-18 09:07:06
夏、休日の午前11時に何となく見てしまいたい映画。裏切りを可憐に演じるアンナカリーナ。女って残酷だけど、アパートで気まぐれに歌を歌う彼女に恋する気持ちのはとても分かる。
投稿者:J.T.投稿日:2003-03-18 21:44:42
 難解な映画でも理解できる自信があったのですが、この映画、まったくわかりませんでした。というか、見てれば筋はわかるんですが、どこを面白く感じたらいいのかわからなかったわけで・・・
 「勝手にしやがれ」は素敵な映画だ、と思ったのですが、この映画はまったく興味が持てないんです。なんか外国語の映画を字幕なしで見ている感じ。ゴダールさんとは縁がまったくないようです。
 僕って馬鹿?
投稿者:ヤース投稿日:2003-03-18 02:51:54
これは、すごく好きになった女性に情けなくも裏切られてしまい、顔面真っ青になって大声で咆哮しつつ自爆を遂げるベルモンド的男性のお話です。全編110分のうち、70分くらいが、南フランスで楽しく過ごす幸福な男女の姿をラウル・クタールのカメラが美しく捉えています。それがこの映画の華であり核であり、それだけで明るく暖かい南仏に旅行したような気分を味わえます。確かに普通の映画とは違う作風、素っ気無い語り(説明の不足・不測)、分かりにくいかもしれん、だがよーく観ると、猛烈な絶望を、明るい太陽に照らして図画工作のように並べて、披露してみせた名作です。素直にゴダールを観ると、発見は多いです。実は単純なのです。
投稿者:Clash1977投稿日:2002-10-18 03:39:26
これ以上にカルチャー・ショックを受けた映画はまだありません。ゴダールの名前や事前情報は多かったにも関わらず、期待をはるかに超えた、映画以上の何物かとしか言いようがありません。ただし、”ウイークエンド”、”万事快調””中国女”あたりまでのゴダールが私の限界で、”東風”になると、ちょっとついていけないものがあり、その後の”ヒア&ゼア”もまるで何が何だかという感じでした。ジガ・ベルトフ集団時代の作品も見たいとも思いません。商業路線に復帰してからの”パッション”、”名前・カルメン”等から現在までの作品も惰性のように見続けてますが、”ヌーベルバーグ”には妙に感動したものの、自分の映画を見る姿勢が20代の頃の溌剌さを失ってしまったことを痛感するのみです。リバイバル上映された”MADE IN USA”、”女は女である”は相変わらず素晴らしいと思えるのですが、(特にMADE IN USAは、タランティーノとかの100倍は素晴らしい、というか、比較対照にならない、MADE IN USAが映画だとするとタランティーノは映画を作ったことなどないと言い切れると思います)、ハリウッド映画しか見なくなった今では、現在のゴダールは、映画鑑賞ではなく、映画をみて現実逃避したり、感動したり、社会や人生について考えさせられたりする生活全体を考え直すという奇妙な経験を与えるものとなっています。とはいっても、積極的にではなく、惰性で見に行くというところが、我ながら情けないと思います。
投稿者:ノリオ投稿日:2002-10-10 13:55:46
まるで自由律の詩のように軽やかに破滅にむかう二人の道行。ラストシーンは爽快ささえ感じる映画の中に最も詩的な死。(石井輝男監督の某作品を思い出したが、こいつは話が逆ですね。)
投稿者:JJ投稿日:2002-06-25 10:42:15
ゴダールを見るには、まだ10年早かった・・・。と痛感させられる映画だった。とにかく、詩的。
妙に印象に残ったのは、やたらと出てくる「ねえ、ピエロ。」「違う、フィルディナントだ!」というセリフ。
投稿者:黒いチュウリップ投稿日:2001-10-06 11:28:54
この作品は、監督・ゴダールの「自画像」である。
「芸術は爆発だ」
映像がピカソの絵に限りなく近づいた作品である。

本当はよく分からい。俺には。。。
投稿者:るるる投稿日:2001-09-20 11:14:27
わかるとかわからんとかそういう価値基準をぶっとばしてくれた、ぼくのなかでメルクマールになっている作品です。
ダイナマイトに火を着けたあとで一瞬だけ正気に戻る滑稽さと悲しさ。
「そんな馬鹿な、こんな死が・・・」
格好いい。

でも決してストーリーを破壊はしてないと思います。
「こういうのもストーリーだろ?」って
つくった人は言ってるのですね。
投稿者:kn2投稿日:2001-08-02 10:33:05
 青い空と白い雲といえば、この映画で多用されるがシーン終わりの風景へのパン。つまり、人物が登場するシーンの終わりに空舞台の(人がいない)風景へとカメラが動く。これが何を意味するのかは天才ゴダールにしかわからないことかもしれないが、単純に感じるのは「いい間」を作るということ。単純にシーンとシーンをつないでいくタイミングとは異なったタイミングを作り出すことができるのではないだろうか? しかも、一ヶ所だけそのパン終わりを裏切るところがあります。人物から風景にパンして終わりかと思ったらまた人が映る。
 となると、このシーンをやりたかったがために繰り返しパン終わりをやったのかとも思えるのです。そこはゴダール、はかり知れません。http://cinema-today.hoops.ne.jp/
投稿者:河崎投稿日:2001-07-24 07:13:50
すみません。途中で眠ってしまい、一部見ていませんが、全部見ても多分分からなかったと思います。
投稿者:タルチュフ投稿日:2001-07-10 01:29:25
映画文法とかはわからないけど、すごくカッコイイ映画だった.
特に深いものは感じなかったけど、映画の一つの到達点だと思う.
意外とコメント少ないのね.
投稿者:N゜1投稿日:2001-05-15 01:33:56
芸術に携わる
全ての人間に
向かって
発信されている


それは
創作すること
に対し
常に
勇気を
与えてくれる
投稿者:スラッシュ投稿日:2000-10-06 18:42:19
意味が分からないと思う自分はまともな精神の持ち主であると思います。意味が分からなくても良い映画です。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 新鋭評論家賞ジャン=リュック・ゴダール 
□ 男優賞(国外)ジャン=ポール・ベルモンド 
【その他のおすすめ】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION