禁じられた遊び(1952)JEUX INTERDITS | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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【クレジット】
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【解説】
1940年6月、南仏の田舎。機銃掃射で両親を失い、さまよっていた5歳の少女ポーレットは、少年ミシェルと出会い彼の家に連れていってもらう。ポーレットのために死んだ子犬の墓を作るミシェルから、死んだものはこうやって葬る事を教わったポーレットはミシェルといっしょに次々とお墓造りをしていった……。90分足らずのモノクロ・フィルムにこめられた、美しく悲しい反戦への静かな訴え。ナルシソ・イエペスの切々と鳴り渡るギターのメロディも涙腺を緩ませる大きな力だ。


【ユーザー評価】
| 投票数 | 合計 | 平均点 |
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観ているあいだじゅうムズムズさせられる作品というのも珍しい。念のために言っておくが、涙腺はほとんど関係の「無い」映画である。第一、泣かせるテンポではないので(速過ぎる)。
むしろ、やたらエロい赤ちゃんが、ガサツな農家にやって来たぜ、どうすんだよ!という話。
まさかのルイス・ブニュエルばりのド迫力、ドイツ軍の空襲などドーでもイイわい、むしろ隣家とのいがみあいに明け暮れるドアホ家族(『ロミオとジュリエット』のブス・バージョン)を、シュールなほどのパワー&猛スピードで描いた作品で、これはたしかに上手い、もうそれしか言いようがない。
(蓮実重彦がルネ・クレマンに決して言及しようとしないのは、政治的なものだと分かる。)
序盤、空襲のさなか、左輪が外れた無人の馬車が、猛りながら画面を横切りつづける狂気の味わい。新たに走り出した1頭の牛が、はぐれた赤ちゃんの前で止まり、巨大な顔をぬっと近づける不気味さ(焦点の定まらない牛の眼球)。
先の荒馬にはねられて「痛ぇ、痛ぇ」と騒いでいた頭の悪そうな農家の青年が、やがてボロ家のベッドで死んで行くさまを、どこか薄気味悪そうに眺めている頭の弱そうな家族一同。
その他、グダグダな教会内部での懺悔の様子や、終盤で、マジの殴り合いを見せる両家のジジイたちも、イカれている。
「奇怪」と呼びたくなるようなブニュエル的光景が沢山ある。
そうした違和感満載のなか(しかし「リアルだ」と感じる)、妙なエロさで少年を誘惑しつづける赤ちゃん(B・フォッセー)の存在と演技力に瞠目、感心しながら終始面白く鑑賞することができた。
ちなみに、悪役扱いのドイツ人にとってはタブーに近い映画か。Wikipediaには『禁じられた遊び』のドイツ語のページが無い。たぶん、誰も観ないことになっているのだろう。
ラストシーンがあまりにも悲しいですね。。
ただ、下の方で宗教批判に関して言ってる人がいるけど、この見方は鋭いと思う。
十字架の解釈は色々あるんだろうけど、確かに観直してみたら、執拗に宗教(具体的にはカトリック)を取り上げてるあたりが興味深い。クレマンのここまでの作品歴や、この映画が同時代的にアメリカ系のメディアで大きく喧伝された点から見ても、彼はひょっとするとフリーメイソンだったりして?一時期は「フランス映画最高の監督」だったのに、今あまり取り上げられないのは惜しい人だと思う。
とミシェルが引き裂かれるラストには、「リアルの悲しみ」がある。ここは、すごくリアルだ(子役のレベルにしては高過ぎる)。両親を戦争で失
い、孤児院に連れて行かれては、親友のミシェルとも会えなくなる。戦争が
もたらしたポーレットの悲しい運命。「ミシェルに会いたい!」それと同じ
感情は観る側にも抱かせる。また彷徨い歩くポーレットに涙するのは至極当
然だ。心の中で「ミシェール!ミシェール!」と叫ぶはず。
不朽の名作と言われる作品は、話はいたって単純なのに、それに短いのに、
圧倒的なパワーを感じるのはなぜなんだ。映画って、面白い。
この映画の評価は「反戦映画の傑作」とどうも子供心に、刷り込まれていましたが。
最近DVDで見てみたら・・・。
テーマは幼い子供の純愛でした。「ロメオとジュリエット」と言う評も下のほうでありました。でも、もっと似ている作品は神山征二郎監督のデビュー作「鯉のいる村」(ちょっとマニアックかな?)です。
作品としては悪くはないと思いますが、反戦映画の傑作ではないでしょう。
狙いはわかるのだが、どうも‘ピントの甘さ‘が感じられてイマイチだ。音楽を流しすぎだし、もう少し子供たちをじっくりと追うべきだったと思う。
演技陣。ブリジッドはかわいいが浮いた感じもある。
この映画が反戦映画だという意見が多いようですが、私はそう思いません。勿論、機銃掃射で両親が亡くなくなる事はありますが、これは交通事故であってもストーリーは成立すると思います。戦争の原因は、もっと深い所にあるもので、家族間の諍いにしても、戦争中でなかったら、もっとひどくなっていたかも知れません。
戦争を起こす人間の邪悪な心。その心とは正反対の子供達の持つ純粋な心が、いかに戦争が無情で無意味なことであるかを教えてくれる。
映画史としてだけでなく歴史上に、そして世界中の全ての人々の心に残すべき真の名画といえよう。
おそらくこの映画のポイントは主人公の少女が決して自分の名前を言わない、あるいは思い出せない、というところにあるのだと思います。証拠はありませんが、十字架を見たことはあるが、その意味を知らないというのも、親に教わらなかった、という事ではたぶんなく、自分の悲劇を受け入れられない象徴ではないでしょうか。ラスト近く、少女を引き取りに来た警官が、「記憶喪失だな」と断定する場面がありますが、これは、子供の気持ちを理解できない大人の言葉というのではなしに、そんな子供をさんざん見てきた人の真実の言葉だというのが、自分の解釈です。
秘密の「墓場」作りを含む、一時の素朴な農民との生活は、少女が人の「死」を受け入れる過程であり、それまで飼い犬の死を悲しんでも、両親の死についてはほとんど何も語らなかった少女が、ラスト シーンでついに一言だけ母親を呼んだ事実が、彼女にとっての本当の悲劇の始まりを予感させて、痛切でした。
たぶんもう会うこともない少年と少女のその後の人生、特に、過酷な人生が待っているだろう少女の行く末を思い、深い余韻が残ります。
蛇足だが、ラストでもまだ解っていないと思う。自分もまた(人間は)…であることを。英雄と狂人、“無知”な訳はないが…
※関係ないが“遊び”には秘密の妖しさがある。幼くても…は…。僕は、艶歌を妖しく唄いこなす幼児に感心したことはない。
で、ミシェルのポーレットを想ってこその何気ない戯れが、家族同士の憎悪に火をつけることになる。いつの時代の戦争も教科書どおりじゃなく、発端は案外これと似たもんかもしれない。いったい、具体的に何が発端なのか?というか、争いに明確な原因、はっきりした始まりなんてあるのか?みたいな。「禁じられた遊び」、原作者、粋ですね。戦うのは人間だからという悲哀がひしひしです。
意を決して(ビデオが安かったとも言う)見てみた。
見といて良かった。すごい作品だ・・。
でももう見る事はないかも。
なんというか、もう見るのいやです。
しかし、ただ悲しいだけではないんだね。
おかしなシーンも多々あった。
墓穴で殴り合うシーンも楽しい。あのいがみ合う二つの家族は、
ただ憎みあってるだけではない。長い間苦楽を分かち合ってきたんだ。
お互いそれぞれ家族の誰かを失っていることも知っているし、
お互いが苦しい生活をしているのも知っている。
おそらくあのあと娘と息子が結婚をし、二つの家族は支えあうことに
なるだろう。相変わらず親父たちは喧嘩ばかりかもしれないけど。
きっと助け合って戦争をなんとか乗り越えようとするだろう。
しかしその輪の中にポーレットはいないのだなぁ。
それもまた現実だ。ポーレットにはもう家族はいないのだ。
ミッシェルが川に十字架を投げるシーンはすばらしい。
みごととしか言い様がない。
物語、演出、演技とも素晴らしい。
みごとな作品だった。
まぁまた別の所でもしあったら、ご指導、よろしくお願いします。
私、第二次世界大戦の原因が宗教問題だなんて初めて聞いた.
少なくとも、ドイツがフランスに侵攻した原因が宗教問題にあるとは思えないけど.
それに、十字架をしたシスターって書いてるけど、最後に十字架をした人なんて出てこないわよ.あの女の人、赤十字の看護婦って感じね.
残りは、何が言いたいのか分からない.
そんな事よりね、ラストシーンで、ミシェルは泣きながらフクロウの脇にボーレットの首飾りをかける.ボーレットは涙は流していないけれど、涙の溢れ出る寸前の表情で、ミシェルと叫びながら人込みの中へ駆け出す.
この二人の子供の悲しみを素直に受け取って、それを元にして映画全体を捉える、これが一番大切なことだと思うけど.
反戦の意味なら、戦死という設定にすれば、元気で帰って来た
隣の男と姉のカップルにも戦争という影付くし、
葬儀での隣とのケンカとかもかなりそっちで重たくなる。
宗教が元で戦争が多いが、宗教をわざと使って戦争をするのもある。
でこの映画、よーく考えてみたら、宗教批判と思えるシーンが多い。
でその兄が亡くなるシーン。少年がしていた事は、神への祈り。
最後少女がはぐれてしまうのが、十字架をしたシスター。
少年の最後のシーンは、十字架を捨てている。
葬儀に起こる争い。早い段階で孤児の少女に出会うが、ノンキな神父。
盗んだ十字架は、お金で計算される。
映画でまったく無能として描かれていませんか、宗教が。どうでしょう?
(かなり昔のかなり曖昧な記憶)
確かテレビで、淀川先生がこの映画のラストの別案があって
それは、少女が教会のてっぺんにある十字架が欲しいと少年に言い
十字架を盗りに上った少年が、転落死する。というラスト案もあった。と
かなり曖昧なので、自信無い。です。
ボーレットとミシェルの別れは、生き別れ.ミシェルと一緒に居たい、好きという感情をボーレットが自覚したとき、それは生きるということを理解したといえる.
ボーレットと両親とは死に別れ.両親と一緒に居たかった、両親を好きという感情をボーレットが自覚したとき、それは死を理解したといえる.
つまり、ボーレットは生と死、相反することを同時に理解したと言うことができ、そして、生、死、それを理解する要因が、共に大人のもつエゴイズムで共通していて、この点が、相反することを同時に理解する出来事を、証明している.
なんで、戦争は禁止してへんねん。
という宗教批判が本当のテーマ。
ボーレットは犬を追って飛び出し、そのボーレットを守るために飛び出した両親は、機銃掃射によって死んだ.何が起こったのか全く理解できないボーレットは、薄い笑みを浮かべながら母親の頬をなでる.私は、ふーっと、この子が両親を殺したのではないか、こんな感情を抱いたのだけど.けれども両親を撃ち殺したのは戦闘機であり、そして、ボーレットが犬を追って飛び出す契機を作ったのは、避難民が先を争い車を突き落としたからに他ならない.
同じことが馬にけられて死んだミシェルの兄にも言える.馬は戦闘機の爆音に驚いて兄をけったのであり、この馬がなぜ逃げ出してきたかと言えば、爆撃の恐怖におびえたからである.
行き着くところ、戦争とは、この様に全く無意味に人を死に追いやるものなのだ.クレマンの言いたかったのは、ここにあるのでは.
ミシェルが、霊柩車の十字架を盗んだことを懴悔に行ったついで、教会の祭壇の十字架を盗もうとしたことがエゴイズムであると、私は下に書いている.この点は、姉の懴悔も全く同じで、一つの見方から言えば、懴悔は次に悪事を働く言い訳、この様に受け取れる.この映画がフランスで嫌われたのは、敬虔なカトリックの国のフランスでは、懴悔の行為の侮辱、こう受け取られたからなのでは.
それはさて置き、人って分かっていながら過ちを犯すもの.クレマンの言いたかったのは単にこれだけの事と思う.
警察が来た時のミシェルと母親のやり取りから.
「十字架を返して、皆に謝る.あの子を教会や学校にやる」、これはミシェル.
「そして結婚かい」、これは母親.
ミシェルは十字架を盗んだことがいけないことを充分承知している.母親もミシェルのボーレットに対する気持ちを分かっているのね.
水車小屋のフクロウ、ミシェルとボーレット(の首飾り)を静かに優しく見守る眼差しは、平和を願う心.
ボーレットとミシェルの好き合う心は、恋人同士であれ、夫婦であれ、その恋愛感情の最も純真な部分を想い起こさせるのではないでしょうか.私は見合い結婚だけど、と言われる方もそれは同じ.一緒に居たい、離れたくないと思うことが、好きだということ.一緒に暮らして互いに互いの幸せを願うこと、こうした心は、すべての男女に変わらない心なのですね.
恋人同士の幸せを願う心、家族の幸せを願う心で、世界の平和を、幸せを願い、考えて欲しい.
(下にレモンスカッシュと書いたけど、カフェ・オレの間違い.御免なさい)
まぁー恋愛してとらえた方が、ドラマチックやよな。ロミオとジュリエット。
俺が恋愛として観なかったのは、
ミシェルの親、兄弟は二人を恋愛している男女とは思っていない。
つまり愛し合ってる二人を引き裂いたなんて意識は無いハズ。
それに二人は別れはしたが、サヨナラをしたわけでない。
引越し先の住所ちゃんと聞いてて、文通からはじまって、
十字架の前で今度は愛を語り、今ごろ孫に囲まれているかも。
ラストシーンは二人の愛が終わったから悲しいシーン
ではないとおれは思っている。
反戦映画の意味合いよりも。と書いたのは、反戦も含むという意味です。
ゴキブリの死の話はどの部分から来てるかよくわからん。。。
人それぞれ意見があると思うが、自分の意見を他の人に
押し付けると「エゴ」になるので、止めときましょう。おわり。
ミシェルのボーレットに対する気持ち.ボーレットがおやすみのキスを皆にするのを観て、自分にもっとしろと焼きもちをやいた.それに、この子、姉と隣の家の男との逢い引きの手助けをしたのね.ミシェルは大人の恋愛感情をちゃんと理解できる子と言える.
ボーレット、ミシェル、互いに好き.立派な恋愛ではないかしら.付け加えれば、男と女、どんな理由で好きになろうと、他人からとやかく言われる筋合いはない.男女の恋愛に干渉することを下衆と言うのよ.
冒頭の爆撃シーンに始まり、映画全体に背景として戦争が描かれる.ボーレットの両親の死はもちろんのこと、隣の家の息子は戦地からとんずらしてきて、女の子といちゃついている.反戦映画でもあるはず.
本来、映画から離れたことを書くのは嫌なのだけど、お引っ越しについて書いておきましょう.
幼稚園でも、小学校でも、大人でも同じ.仲の良い子、好きな子と別れるのは嫌.一緒に居たい子と別れるのは嫌なのね.反対に、嫌いな子、学校でいじめられてた子と、年が変わってクラスが別々になれば、嬉しく思うでしょう.こうした感情って、大人も子供も性別も関係ない、皆同じのはず.
一緒に居たいから、離れ離れになるのが嫌.誰にでも分かることね.
私はゴキブリが嫌い、少なくとも好きではありません.これくさいんだ、とか言っているから、ミシェルも多分嫌いなのでしょう.
多くの方が、おそらくゴキブリを殺してもなんとも思わないはず.つまり、嫌いなものの死は、悲しいともなんとも思わないのです.嫌いなものの死に対して、むしろ逆の感情を抱くことが有る、と言わなければならないでしょうか.
もう一度書いておきます.ミシェルは爆弾投下のまねをしながら、嫌いなゴキブリを殺した.これは、好きなものの死を悲しいと言うけれど、戦争になれば敵を嫌い嫌いと思い込み、殺してもなんとも思わない、そうするのが当然と思い込む、人間のエゴを表しているのです.蝶々は好き、蛾は嫌い、好き嫌いの感情なんていいかげんなもの.付け加えれば、人間それではいけないのだ、と言っているのがこの映画なのだけど.
ボーレットの両親との死別、ボーレットとミシェルの別れ、そこにある悲しみは同じものであり、その悲しみを作り出した要因も同じものである.あるいは、その要因に共通して見出される感情がエゴイズムであり、エゴイズムとはどう言うものか、ミシェルとボーレットの純真な心に対比させて、映画全体に描かれている、ということなのですね.
小さな例をもう一例上ておけば、納屋の中でミシェルがリンゴを渡したら、ボーレットはレモン・スカッシュを欲しいと言った.わがまま、もエゴ.
一緒に居たいと思うことが、好きだということ.逆に、一緒に居たくないと思うことが、嫌いだということ.この点では年齢、男女の性別は関係ありません.
そして男女の愛も、親子の愛も、一緒に居たいと思う心で同じもの.だから、ミシェルとの別れによって、両親との死別がボーレットに理解されるのです.
モグラの死、ひよこの死は省略して、フクロウとネズミに触れておきましょう.
順序は逆だけど先にネズミから.
やはりネズミは嫌われ者.この点ではゴキブリと同じ.だけど、ネズミって可愛い、この映画に描かれたネズミも可愛いと思うけれど.
このフクロウ、100年生きているそう.本当か嘘かは別にして、100年とは子供にとって永遠に等しい時間.
お墓を作るということは、いつまでも生きていて欲しかった、という気持ちの表れ.お墓参りをするということは、心の中で死んだ人に会いに行くこと、つまり、今でも一緒に居たい、一緒に居たかったという心なのね.
友情のほうがこの二人には合っているかな。
まぁ「禁じられた恋愛ごっこ」とも思えるが。
例えば設定を少女じゃなく、少年に置き換えても
本質的な部分は変わらないハズ。映画的には少女の方が良いが。
「お引越し」という別れが幼子には解らないが
園児や小学生になると嫌がる。それに男女は関係ない。
最後のシーン少女は孤独(一人ぼっち)を初めて経験するにも思える。
「死んだから悲しい」や「彼氏と別れて悲しい」
でない、悲しみを描いているのがこの映画。と思うんですけど。。。
クレマンは、当時、死をとことん考えていたらしい.描かれた死を、順に観ていきましょう.
両親の死、子供をかばって撃たれたように思えなくもないけど、だったらもっとその様に描きようがあるはず.戦争で死んだ、という事実のみが描かれたと考えるのですが.
犬の死、銃撃によるショック死だと思えるけどよく分からない.
兄の死、馬にけられて死んだ.つまり無価値.
ゴキブリの死、?????
死、共通していることは、生きているとき価値があるものか無いものか、それは別にして、全てが無価値になること.これは、これだけで終わりましょう.
問題はゴキブリの死、生き物をむやみに殺してはいけない、という議論は、別の機会にしてください.ようは単に、別れ、では、この死を説明できません.
別れ、これをもう少し詳しく考えてみましょう.
別れとは、会いたくても会えなくなること、あるいは、一緒に居たくても、一緒に居ることができなくなること、なのですね.
ゴキブリと一緒に居たい人は、ゴキブリの死を悲しいと思われるでしょう.逆に言えば、見知らぬ他人が死んでも、悲しいともなんとも思わないのが、一般的と言って良いのではないでしょうか.
仲の悪い二軒の農家は、互いの顔をみたくない、会いたくない、一緒に居たくない関係と言ってよく、それぞれの家の好き合った男女は、言うまでもなくその逆.
この二軒の農家、単に仲が悪く描かれました.仲の悪い理由は無く、エゴイズムと言ってよいはず.そして、会いたい、会いたくない関係で捉えれば、エゴイズムとは、愛と相反する感情と言えます.
故障した車を突き落とした.邪魔、つまり一緒に居たくないこと.
荷車の上の妻は、もう一杯だよ、と夫に文句を言う.やはり邪魔.少なくともボーレットと一緒に居たいという顔はしなかったのです.
死による悲しみ、それは、一緒に居たい、いつまでも一緒に居たいと思う心.(そうできない悲しみ)
ミシェルとボーレット、あるいは、姉と隣の家の男との愛、男女の愛は、会いたい、一緒に居たい、いつまでも一緒に居たいと思う心.
それに対してエゴイズムを、会いたくない、一緒に居たくない心を、映画全体に対比させて描いているのですが、愛を引き裂くものがエゴイズムであり、エゴイズムは愛とは切り離せないもの、と、言わなければなりません.
エゴイズムとは、会いたくない、一緒に居たくないと思うことであり、更に言えば邪魔、居なくなって欲しいと思うこと、人を殺してもなんとも思わないことに繋がるのですね.そして、その結果は、好き合った男女の仲を、家族の幸せを引き裂くことになるのです.
もう一度、書いておこう.
例えば親のエゴで(理由が何であろうと)好き合った男女を引き裂く行為は、テロであろうと、戦争であろうと、人を殺す行為となんら変わりません.
少年との別れと両親との死別を同時に理解するシーン。
葬式は別れの儀式であり、十字架は別れの儀式に使う神聖な道具。
親に「禁じられた恋」でも「別れない二人」
親が死んだ少女と兄が死んだ少年であるが
人との別れの悲しみを理解できない二人。が
ラストに初めて別れの悲しさを知る。
その悲しみを子供の目線で撮り
子供にも別れの悲しさが伝わる(理解できる)のがこの映画凄い所。
死んだから悲しい。では無い所が。
俺には「反戦」より、「別れ」の映画の意味合いのほうが強く思える。
だって兄は馬蹴られて死んじゃうですもんねー
1.冒頭に描かれる戦争のシーン、戦争は人間のエゴによるもの
2.避難民が先を争い、故障した車を落とす
3.荷車の夫婦、夫を急かす、荷車の上の妻
4.仲の悪い、隣り合った二軒の農家
5.互いに家同士が仲が悪いからと言って、好き合った男女を引き裂こうとする
6.「順序が逆だと言われた」懴悔に行きながら、この会話を交す男女
7.霊柩車の十字架を盗んだ懴悔の後、祭壇の十字架を盗もうとしたミシェルはおまけ
8.ミシェルを騙し、十字架のありかを聞き出した後、ボーレットを警察に引き渡した両親、
ざっと上ただけで、八つほど.
私は主人公の少女があまりにも幼すぎる、その演技をどう理解して良いか、迷いました.けれども、ルネ・クレマンは、子供を含めた、人が、人の死をどの様に受け取るのか、きちんと捉えた上で、この映画を描いているのが分かりました.
大人でも近親者の死、それをきちんと受け止めるのは難しいもの、例えばお酒を飲んで、和らげながら受け止めるものなのです.
さて、子供の場合は.それは、この映画に描かれたとおり、最初は全く理解できない、理解しようとしないものなのです.どうするかというと、身近な他の悲しみに置き換える、まず愛犬の死に置き換えました.それを契機に、お祈りを覚え、様々な動物のお墓を作る.それらは、子供の心の中で、両親の死が置き変わったものなのです.
そして、ラストシーン.
「ミシェル、ミシェル」
「ママ、ママ」
「ミシェル、ミシェル・・・・・」
これは、描かれたとおりに受け取るべきだと思います.ミシェルとの別れによって、ボーレットは両親の死を理解したのです.
言い換えれば、幼い子供同士であろうとも、男女の仲を引き裂くこと、そこにある悲しみ、苦しみは、人の死、両親の死による悲しみ、苦しみと同じものなのだ.この映画の主題はここにあると思います.
戦争による死の悲しみも、男女の仲を引き裂く事による悲しみも、同じもの.
戦争は、家族を、あるいは好き合った恋人同士を引き裂く、家同士のエゴで、好き合った男女を引き裂くのも、それは当然、同じことなのですね.
我が敬愛するルネ.クレマン作品 永遠なれ!!
ブリジット.フォッセイの無技巧の所作が脳裏に焼き付き今だ消失せず。