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羅生門(1950)

メディア映画
上映時間88分
製作国日本
初公開年月1950/08/26
ジャンル時代劇/ドラマ
映倫G
黒澤明 Blu-ray BOX (限定生産)
参考価格:¥ 19,740
価格:¥ 15,580
USED価格:¥ 9,080
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【クレジット】
監督:黒澤明
製作:箕浦甚吾
企画:本木荘二郎
原作:芥川龍之介
『藪の中』
脚本:黒澤明
橋本忍
撮影:宮川一夫
美術:松山崇
音楽:早坂文雄
装置:松本春造
出演:三船敏郎多襄丸
京マチ子真砂
志村喬杣売
森雅之金沢武弘
千秋実旅法師
本間文子巫女
上田吉二郎下人
加東大介放免
【解説】
 芥川龍之介の短編『藪の中』をもとに映像化。都にほど近い山中で、貴族の女性と供回りの侍が山賊に襲われた。そして侍は死亡、事件は検非違使によって吟味される事になった。だが山賊と貴族の女性の言い分は真っ向から対立する。検非違使は霊媒師の口寄せによって侍の霊を呼び出し証言を得るが、その言葉もまた、二人の言い分とは異なっていた……。ヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞した、黒澤明の出世作。
<allcinema>
【関連作品】
暴行(1963)
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A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A生きる (1952)
[002]A隠し砦の三悪人 (1958)
[003]A椿三十郎 (1962)
[004]A七人の侍 (1954)
[005]A赤ひげ (1965)
[006]A天国と地獄 (1963)
[007]A醉いどれ天使 (1948)
[008]A野良犬 (1949)
[009]A用心棒 (1961)
[010]A蜘蛛巣城 (1957)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
26225 8.65
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【ユーザーコメント】
投稿者:sachi823投稿日:2013-12-24 16:52:27
この作品が海外で受けた理由の一つに「ラショーモン」
という発音があったと言われています。
まだ若い黒澤は周囲に「今度面白い作品を撮る」と漏らしていたとか。
見る者の知的好奇心を刺激する内容で、それが成功した原因かと思います。
陽光がきらめく中で人の欲望と放漫が入り乱れる様を
高い撮影技術でしっかりした作品に仕上げています。
ラストは人の善意を見せつけ観客の良心に問いかける。
よくできた構成の作品です。
投稿者:ピースケ投稿日:2013-10-05 20:19:51
1つの事件に対して証言が食い違うという見せ方は素晴らしいけど、
正直観ていて退屈してしまいました。
投稿者:bond投稿日:2012-10-01 08:35:21
ミステリー時代劇。後の、この手の映画の御手本。
投稿者:jb投稿日:2012-09-15 12:25:36
魅せる感じか。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2012-09-09 20:41:04
先ず冒頭のまるで縄文の三内丸山の巨大遺跡を思わせるような巨木(その傍らにうずくまる志村喬)を使って造り上げた羅生門の廃墟(セットとは呼びたくない)に驚かされる。そしてラベルのボレロというおよそこの平安という舞台にはそぐわぬながら極めて効果的な音楽。革新的でありまた魔術的なキャメラ。美術:松山崇42歳。音楽:早坂文雄36歳。キャメラ:宮川一夫42歳。監督:黒澤明40歳。脚本:橋本忍32歳。三船敏郎30歳。京マチ子26歳。森雅之39歳。志村喬45歳。千秋実33歳。上田吉二郎46歳。製作の箕浦甚吾の年齢は不詳。敗戦後五年目の若き才能の蝟集。
ラベルが1928年に作曲したボレロを使ってモ−リス・ベジャ−ルが、映画「愛と哀しみのボレロ」でジョルジュ・ドンに異色のバレー・ボレロを振り付けたのが、この「羅生門」から31年後のことだった。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:いまそのとき投稿日:2011-11-30 12:10:54
この映画には、驚くべき趣向が凝らされている。一つは脚本。多層に亘る骨組みが解明不能の真理となっている。そして、美術。この時代の極めて日本的な背景を実に端的に創造している。そして、撮影。風が揺らぐ様。光と影。モノクロ技術の鮮やかさはカラー以上に独自の陰影を映し出している。こういった技術水準の高さは当時としても最先端だが、60年以上経過してなおかつ日本映画の代表作たる威光を放っている。
投稿者:Normandie投稿日:2011-06-06 23:41:19
これは当時の日本人の英知を結集した賜物でしょう。
また復元を決断した映画会社の意気込みを感じる。
羅生門 デジタル完全版 [Blu-ray]での鑑賞は素晴らしい。
映像を見ているだけで自分の中にゆったりとした時間の流れを感じる。
とても贅沢に癒される。おすすめします。
投稿者:こじか投稿日:2010-11-23 14:09:06
90分の無駄のないシナリオと演出が素晴らしい。
このような作品を黒澤に撮らせ且つ評価した当時の世相に感謝します。
投稿者:Kircheis投稿日:2010-09-06 02:05:13
黒澤映画の中では余り楽しめなかった部類である。
しかし白黒ながらはっとさせられる明暗の使い分けや躍動感ある移動シーンなど、カメラワークは絶品!

それだけで無くストーリーも好きだし、登場人物もそれぞれ味がある。

でも余りはまれなかったのは、セリフの聞き辛さに原因があると思う。
俺には1/3くらい聞き取れなかった。
同じく聞き取りづらい七人の侍は字幕付きで見たので楽しめたんだけどね…
投稿者:william投稿日:2010-06-06 11:18:22
正直に言ってしまうと、黒澤作品の中では然程面白いというストーリーの作品では無いと思う。

但し、この時代に究極ともいえるカメラワークと映像美で撮影された世界観は天下一品だ。
投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 10:36:50
森雅之
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2009-04-11 16:23:53
云わずと知れた黒澤のアート系列の代表作。検非違使のシ−クエンスに特徴的だが、シンプルな様式に貫かれており寓話性が強い。
本作の白眉が宮川の超絶的キャメラにあることは言うまでもなく、そして松山の見事な羅生門セットに早坂のスコアもいいし、橋本のシナリオもなかなか。
しかし、要の黒澤のいかにもな‘力み‘がどうにも気になることもまた確かなのだ・・・
演技陣。三船が「七人の侍」菊千代の原点的キャラを熱演。台詞回しの悪さもこういう役柄ならそれほど気にならない。京・森・志村らもやはりエネルギッシュな三船の前ではかすみがちか。それでも上田は印象的だった。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2009-03-07 22:39:55
見所の多い作品。カメラワークと編集、美術セットは最高。
投稿者:バナナミルク投稿日:2009-03-07 21:49:58
 黒澤明監督と言えば、娯楽性に富んだ作品が多いが、本作は娯楽作としては失敗作だ。大衆が好みそうな要素、レイプ、オカルト、チャンバラと、いろいろ盛り込んだのはいいが、いかんせん物語が面白くない。面白くない理由は、主人公と呼べる登場人物がいないからだ。誰にも感情移入できない。もっともその点が革新的だったということで評価された可能性はある。
投稿者:ローランド投稿日:2008-12-13 10:22:09
 これだけ名高い作品なのに、ずっと昔にお喋りしながらザッと
見ただけなんで、一度はしっかりと観なければいけないとレンタルし
ましたが、結果、この作品を悪く言うのは勇気がいるのだけど、
爛凜Д優船国際映画祭グランプリ瓠,海龍盍波弔なかったら、は
たしてここまでもてはやされたのかなって、ファンに怒られそうな感想
がチラと思い浮かんだのでした。

   ほとんどの黒澤作品に対して感じてしまうことなんだけど、
観念的で舞台劇のような台詞回しにオーバーアクション、それに、とっ
てつけたようなヒューマニズムに人生観、どうも私とは相性が悪いよう
で、この作品がイタリアの地の審査員にいちばん受けたのは、
狃の魔性瓩鯢舛い辛分なのではないのかな?だなんて、穿った
・・・・というよりは、ヘソ曲り的な思いまでしてしまったのであります。 
 
   評判高いモノクロの映像美には、なるほどなって納得で、のちの
ジム・ジャームッシュの「ダウン・バイ・ロー」なども、この流れにあるの
かなって気にさせられました。

   以上、へその曲がった人間の率直な感想ということで、ファンの
皆さん、気を悪くしないでください。
投稿者:4531731投稿日:2008-11-19 02:59:46
人々が裁かれますが、それぞれの証言は食い違い、一致することがないがそれは当然です。
なぜなら、何も起きていないのです。彼らはみな、自分の心の奥に秘められた願望を見たのです。
強姦、不貞、浮気、殺人、泥棒、という禁忌に触れ、その罪の念に苦しんでいるだけなのです。
農民、坊主、多情丸は、馬にのる貴族の女と男を見、2人は多情丸を見た。それだけなのだ。

志村喬が藪の中を進む時の光と影のコントラストがアブストラクト絵画のようで美しい。
光と影が織り成す、藪の中に反映された人々の幻想。風がそよいで枝葉が揺れるたびに
キラキラと変わるコントラストのように、夢は現れては消える。
自身の追及。何かを理解するにはまず自分のことを理解できていないと何もわからない。
ということで、藪の中の事件の真相を知ろうとする行為はすなわち己を知るところとなるのだ。
「羅生門」が脚本家デビューというだけで、ぼくは橋本忍を敬愛しているのだが、
黒澤と橋本という日本の知性が世界に与えた影響は計りしれない。
投稿者:Ikeda投稿日:2008-04-12 15:03:45
黒澤明の映画は戦争中の「姿三四郎」と戦後の「野良犬」を見ただけで、この映画を見たのは公開後2年経ってからでした。当時、芥川は好きだったので良く読みましたが、この映画には、あまり興味がなかったので、ヴェネチアで賞を取って、有名になって再上映されたので見た作品です。
「羅生門」のなかに「藪の中」を包み込んだ形の構成になっていますが、確かに、こうしないと映画として面白くないかと思います。この映画が世界的に有名になったのは、黒沢の演出や撮影が良いこともありますが、戦後は、このような心霊現象が共感を持って迎えられたのではないかと思います。
私は京マチ子という女優が、余り好きではなかったのが、公開されてすぐ見なかった理由の一つですが、この映画での彼女は名演だと思います。三船敏郎も良いと思いますが、脇役ながら、やはり志村喬が、いつものうまさを出していると思いました。
投稿者:o.o投稿日:2006-05-01 01:56:36
男の話 (男自身の証言「死体を発見した、短刀は無かった」 + 坊主の証言「夫婦を見て、その後死体を発見した」 + 盗賊の証言「俺が殺した、短刀のことは忘れていた」)
坊主の話 (妻の証言「私が短刀で殺した。短刀は刺したままだった」)
坊主の話 (死んだ夫 (= いたこ) の証言「短刀で自殺した、死ぬ間際に誰かが短刀を引き抜いた」)
男の話 (男自身の証言「さっきの証言は嘘で、妻が二人をけしかけ、結果的に盗賊が夫を殺したのを見た」)

いったいどうなっているのでしょうか。もちろん分からないわけですが、単に矛盾した証言を並べるだけでなく、証言自体が、聞き手 (下人) が聞いた伝聞となっているところが作品を面白くしていると思います。

豪雨に煙る羅生門の映像が素晴らしく、重厚な映像とはまさにこれかという感じです。不満としては、盗賊が何かと「ワーハッハ」という感じで笑うのがあまり好きになれませんでした。また、いかにも「伴奏音楽」という BGM が自分には邪魔に思えます。もっとも、気づかぬうちに、いつの間にか鳴り止んでいたのですが。

結局なにが起こったのか、どうして三人は自分がやったと言うのか、あの女は実際のところどんな女なのか、金はちゃんと振り込まれたのか。世の中なんて結局みな、『羅生門』みたいなものだという感想です。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2006-01-02 13:16:51
【ネタバレ注意】

…わたしは昨日の午少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子に、牟子の垂絹が上がったものですから、ちらりと女の顔が見えたのです。ちらりと、-----見えたと思う瞬間には、もう見えなくなったのですが、一つにはその為もあったのでしょう、わたしにはあの女の顔が、女菩薩のように見えたのです。わたしはその咄嗟の間に、たとい男は殺しても、女は奪おうと決心しました。(多襄丸の白状[藪の中/芥川龍之介]より)
原作(藪の中)にない付け足し(羅生門)が、本作に一応の結末を与え、訳の解らないアートから大衆が爆笑出来る超絶娯楽作に引き上げていると思う。実に素晴らしい。
豪雨の中、崩れかけた羅生門。木漏れ日、藪を走る男、カメラは実に美しく、ラベルのボレロのようなアラビア・メロディーがまた格好良い。
螺鈿細工の短刀は何処へ行ったのか?原作は結末のない唯、人間の虚栄心、防御本能の身勝手さ、結局は誰も信じられないものなのさ的思想を語る…
本作も、本格推理的な結末は明かされるが、結局、木樵りの男が誠実な男か、どうかなど藪の中である〜が実に笑えるね。
まぁ役者の演技から判断する直感は、それ程、悪い男には思えないが。
実は、呆然とする国府の侍に駆け寄ったが、己の命を断つ根性もない男に「殺してくれ」と頼まれて近くに落ちていた短刀で刺し殺したのかも。そして慌てて逃げたが血に塗れた短刀がその手に握られている事に気づき、岩清水で洗った。その短刀には毒が塗りこまれおり…結局は“藪の中”か…

投稿者:Bava44投稿日:2005-11-11 20:58:17
本作に対する一般的な評価は、『人間の心理を映画的な構成で上手く表現しているところが
良い』というものだと思うが、それは脚本段階で作ることの出来るものであり、また一人一人の
独白で作られている原作に負うところが大きい。
しかし、あくまで『読者』を想定した原作は、そのまま映像化すればまとまりに欠けるものになる。
それを上手くまとめた(脚本の大部分を手がけた)橋本忍はもっと評価されるべきだと思う。

もちろん、そのような脚本を下手な社会派監督が撮っていたのであれば恐らく退屈な話の
繰り返しになっていただろう。
各人の言い分が出る毎に「あれっ違うぞ」と思わせ、楽しませてくれる黒澤演出の良さと、
それを支えた俳優&宮川&大映美術の良さが日本映画黄金時代を感じさせてくれる名作。

国内では不評だったものの、ヴェネチアグランプリというのは当時の日本映画界にとって物凄い
衝撃的な出来事で、「羅生門のおかげで世界に胸が張れる」とか「(外貨獲得の)羅生門が開拓した市場」
等喜んでいました(『浮かれていた』とも言うが)。
日本映画界の眼が世界を向くという良い面もありましたが、同時に外国の評価ばかり気にするように
なるという弊害ももたらしました。


***橋本氏の話の引用***
『初めは「藪の中」だけだったのですが、黒澤さんはそれだけでは短い。どうしようかというので、
偶然、なんとも思わず「羅生門」をくっつけようかということになり、第二稿で二つをくっつけたのです。』

ちなみに第一稿は3日くらいで書いたとか・・・。
投稿者:篭瀬山投稿日:2005-10-26 22:47:30
【ネタバレ注意】

 一人だけまったく嘘をつかない男がいる。豪雨を突いて羅生門の下に逃れてきた、やけに事情通の中年男(上田吉二郎)である。彼は、それまで真相を黙して語らなかった木こり(志村喬)にすべてを語らせると、それでも木こりが隠し通そうとした嘘については自分の手で暴いてみせる。そして、すべての嘘を暴くという(映画の上での)役目を終えると、降って沸いたように突如現れた赤子のまとう高価な着物(=もはや用無しになった虚構)を剥ぎ取り、立ち去ってしまう。

 だが彼は、肌着だけは残してくれた。そこで木こり=黒沢は、肌着にすがりついたのだ。これでまた安心して嘘がつける。彼が肌着を奪い取るはずはなかった。

 ちなみにこの肌着、俗にヒューマニズムという名前で呼ばれている。

 私がこの映画につけらるのは、7点までだなあ。

投稿者:Ki-Adi-Mundi投稿日:2005-08-17 00:06:21
芥川の「薮の中」と映画「羅生門」との最大の違いは語り手を置いたという点にあるかもしれません。この映画の構造を分析することはとてもおもしろい。
映画の草創期から「編集」というテクニックは使われてきました。グリフィスに至りそれは複雑化し、「発明」とでも言えるべき技巧を生み出します。それは世界中に伝播し、さらに多様化、「思想」にまで昇華します。
その系譜において金字塔とでも呼ぶべき、驚くべき作品が登場する。
「羅生門」です。
映画の構成・編集において、新たな可能性を切り開いたのです。まさに映画的。これこそが映画でしょう。
この作品は、様々な切り口で分析・評価することが可能だという点でも驚異的です。


芥川龍之介は「羅生門」という短編も書いています。人間のエゴを描いた作品だと言われています。短編「羅生門」のエピソードは直接的にはほぼ映画には出てきません。ただ、ある男が羅生門の下で雨宿りをしているという箇所は共通しています。橋本忍と黒沢が短編「羅生門」を意識していたのは間違いないと言えるのではないでしょうか。しかし、タイトルの決定は映画会社の意向もあるだろうから、興行的な意図もあったかもしれません。

芥川の「羅生門」「薮の中」は共に、彼の100パーセントオリジナル作品ではありません。
それらは今昔物語集にあるエピソードを脚色したものです。しかし、特に「薮の中」で彼がおこなった構成編集脚色は驚嘆ものですね。

今昔物語、「薮の中」「羅生門」、映画「羅生門」と順に読んで行けば、さらに作品を楽しめます。
投稿者:野島回投稿日:2005-06-25 21:25:42
ラストシーンなんかで思いつくのが、ソフィストvsソクラテスの構図。芥川もやっぱりプラトンとか読んでたんだろうなぁと察しが付いたしだい。さすがだなぁ。
投稿者:Tom投稿日:2005-03-13 06:07:46
原作にはない木こりの証言とラストの感動的なヒューマニズムは必要ないと今でも主張する奴は大勢いるだろう。自分もそうだ。それだけ3人のエピソードが素晴らしすぎるからだ。女の魔性をテーマにした芥川の原作が天才的ゆえにこれより他のエピソードを付け加える必要がなかったんだ・・・・。たとえF・ラングのいう敗北主義的なストーリーであったとしても。
それでもこの映画の世界の作家たちへの影響は計り知れないものがある。アラン・レネの『去年マリエンバートで』は完璧なまでにその影響下にある作品。
投稿者:あきつ投稿日:2004-10-07 14:59:49
どうしてタイトルが羅生門なのですか
芥川作品を知らない人は誤解してしまいますよ

どなたかこのタイトルになったいきさつ知っている方
教えて下さい

投稿者:さち投稿日:2004-06-20 10:33:31
世界に誇れる日本映画
三人のプライドと強がりがぶつかりあった 見事
投稿者:ルミちゃん投稿日:2004-06-11 17:17:55
【ネタバレ注意】

人は誰でも自分が正しいものとして考える.これは私も同じなのですが、でも、皆が皆正しいことは絶対にあり得ない.言い換えれば、自分が正しいと言う考え方は、絶対に間違っていると言えます.

ゾラが居酒屋で示した芸術の考え方、芸術としての手法は、結果として自分を正しいものとせずに、正しいものを現すことになるのですが、芸術家の物の考え方は、いかに自分を正しいものとせずに、正しいものを現すか、その考え方にあると言って良いでしょう.論理的に物事を考える、こう言っても良いのですが.
さて、芥川龍之介の薮の中を考えてみると、作品の中に芥川龍之介が自分が正しいとする主張が何も無い.夫と妻と盗賊、三人三様、それぞれ一人づつ話を聞けばもっともらしいけれど、三人の話を合せると見事に何も分からなくなる.
この、分からないが、薮の中が持つ芸術性であり、なぜ分からないのかと考える事、それが芸術の理解.なぜ何も分からないのか、それは、三人それぞれが、自分に都合がよいように嘘をついた結果であり、少し言い換えれば、自分の都合が良いように努力して嘘をついたせい、つまり、本当の事を言うように努力しなければいけないのだ、と言うことになります.(一生懸命、努力して嘘をついている人が、いっぱいいますね.私が思うには、映画の世界が一番ひどいのではないのか)
芸術の一つの形として、薮の中は、非常に分かりやすい作品で、ゾラが居酒屋で示した考え方が見事に当てはまります.芸術とは、受け手にある感情を与えて、その感情で物事を考えさせるもの、つまり、芸術とは感じるものなのです.薮の中で言えば、分からない、なぜ分からないのか、受け手がそう考える所に価値がる、そう考えさせるのが芸術であると言えます.(補足すれば、描かれた分からないことが、誰にでも分かる形で意味を持つ、そこに芸術性があると言える.誰にでも分かる形、その共通性を示したのがゾラです)
人は誰でも自分が正しいと考える、その考え方と無縁なほど芸術性が高い.薮の中は、分からない、分からないものが意味を持ち、何一つ正しいものが描かれていない、この点に、非常に次元の高い芸術性があると言わなければなりません.

以上、芥川龍之介の薮の中の話です.

投稿者:wao投稿日:2004-06-11 00:57:09
この作品は,クロサワの代表作のように言われており,その評判があるだけに,実際に見てしまうと「そうか?」と思わず首をかしげてしまう。そういうパラドックスも含めて,逆説的な映画といえるのかもしれない。古典に様式美を持ち込む溝口の手法などと比較すれば,舞台設定は古典ながら,アヴァンギャルド精神に満ち溢れたクロサワのスタイルが見えてくる。溝口と同じ宮川一夫のカメラでありながら,有名な太陽の逆光ショットはブニュエルの「アンダルシアの犬」にインスパイアされたものとのこと。「あのギラギラした感じが出したかった」とか。早坂文夫の音楽もボレロ風で,時代設定からは逸脱していたが,シーンとの折り合いはよく,混沌とした内面に踏み込んでいくかのような印象を受けた。。
投稿者:nehane215投稿日:2004-04-07 04:21:30
「もはや鬼さえも恐れるのが人間」か…。

これから人間はどこまで最恐の存在となるのか?

観て損はしません。
投稿者:さとう茶投稿日:2004-01-04 22:20:28
大映の怪奇趣味、娯楽路線に黒澤の情熱がうまく乗った、そんな映画でしょうか。もちろん芥川の原作短編が素晴らしいのはもちろんですが。
宮川一夫のカメラはやっぱり凄いと思いますよ。当時はかなり斬新だったわけでね。クレーンカメラやコンピュータ制御なんてない時代によくやったもの。人物の心理描写を撮りたいのだからアップが多いのはリーズナブル。引いたら観客も冷静に見る。観客を力ずくで引きずりこむやり方でね。
聞き役の上田吉次郎は、何をやっても憎らしいですなあ。後に「ケンちゃん」シリーズでケンちゃんのお爺さん役をやってましたが、ちょいと凄みのあるおじいちゃんでした。
投稿者:parole投稿日:2004-01-04 02:37:51
黒澤明ファンの怒りを買うことを覚悟で書きますが、なんともひどい作品だと思います。
いや、これがよくできた娯楽映画だとか
マキノ正博のようにはっきりと大衆受けを狙った作品であると意図され、
そう言った評価が成されているのなら別になにも言う気はないのですが、
「芸術」だとか「史上どうのこうの」だとか言われると鼻白んでしまいます。

「主題」を強調するための「感情の発露」と
そこから呼び起こされる「心理的な興奮状態」を見るものに与えんとする、
表現を表現するためのアップシーンの多用。
大きな動作(演技)と大振りで結果としてはひどく大味なカメラワークによって
「動」を表現しようとする姿勢。
そして象徴として用いられる意味深げなインサートシーン。
これらはテレビドラマで標準的な「フォーマット」として用いられている手法や規範であり、
そういう意味ではテレビ的な世界を黒澤明が準備したとも言るのですが、
しかし、そのことは同時に「映画的な感性」や「映画的な感動」とを後退させることと裏腹となっており、
事実「羅生門」には映画的な繊細さや感受性がひどく欠けていると言わざるを得ません。
三船敏郎の狂気をも感じさせようと言う演技も、
それが演劇的で表現しようとする過剰な意図がある分だけ
映画的なものを後退させる「効果」を成しているとしか思えません。

黒澤神話にはいい加減に終止符を打ち、
「大衆芸能」作家黒澤明として「正当」な評価と位置づけを与えるべきなのではないでしょうか?
投稿者:黒美君彦投稿日:2003-07-20 10:32:16
最早多くの言葉を要しない珠玉の作品。
木漏れ陽(もちろん意図的に)を効果的に用い、人間の狂気を鮮やかに描いている。宮川一夫のカメラはもちろん、松山崇の美術、早坂文雄のボレロ等々、スタッフの並々ならぬ技量と、それをまとめあげた黒澤の力量を感じる。
さらに三船敏郎、森雅之、京マチ子、志村喬、千秋実、それぞれが個性ある役を演じ分け、深みのある作品に仕上がっている。
ただ、黒澤といえば黒澤らしいともいえるラストのエピソードについては評価が分かれるところではないか。
投稿者:ロスマク投稿日:2003-07-19 04:33:23
西欧に“ラショウモン”という言葉が生まれた。それだけ西洋人には画期的かつ共感を得られる心理哲学だったってこと!

日本人というより、芥川龍之介の心理洞察力が凄いんだがね。
投稿者:トレマー図投稿日:2003-04-07 19:17:13
すごい!けど回想シーンが長くて退屈。
投稿者:KOU投稿日:2003-02-05 10:43:47
今となっては、聞き取りにくい台詞があるのが気になる程度。http://face.ruru.ne.jp/harekura/
投稿者:ssesshu投稿日:2003-01-02 03:36:56
ケチのつけようが無い。
投稿者:ひでと投稿日:2002-11-15 02:50:15
もしかしたら映画史上最高の実験映画といえるかもしれない
投稿者:さだじ投稿日:2002-03-26 22:59:24
 実におもしろい作品。人が己を偽ることがある限り、この作品のよさは簡単には色褪せまい。

 各々食い違う証言がまず観る者の興味を引き付けるし、上映時間の短さが何よりいい。そしてお話もさることながら、映画の「画」としての魅力たっぷり。オープニングの豪雨と羅生門のカットからもう釘付け。カメラワーク、構図も実によく考えられているし、陽と陰のコンストラクションも素晴らしい。また劇中にあるチャンバラシーンは、数あるチャンバラの中でも白眉ものだと思う。

 多少音楽はやかましいことが欠点かも。それにラストにバランスを壊してまで救いをいれているあたり(原作にはあんなのないっすよ)、ここがなんとも黒澤さんらしいやーね。

 ↓師匠のHPhttp://www.cinemanc.com/
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 美術監督・装置賞(白黒)松山崇美術
  松本春造装置
■ 名誉賞 (1951年度最優秀外国語映画)
■ サン・マルコ金獅子賞黒澤明 
 ■ イタリア批評家賞黒澤明 
□ 作品賞(総合) 
■ 脚本賞黒澤明 
  橋本忍 
【レンタル】
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