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砂漠の流れ者(1970)

THE BALLAD OF CABLE HOGUE

砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード(ビデオ)
ケーブル・ホーグのバラード(リバイバル)

メディア映画
上映時間122分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(WB)
初公開年月1970/10/24
ジャンル西部劇/ドラマ/コメディ
「ワイルドバンチ」の巨匠サム・ペキンパーが、開けゆく大西部を舞台に フロンティアスマン豪快な心意気を詩情ゆたかに描いた意欲的西部劇巨篇!
砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード 特別版 [DVD]
参考価格:¥ 1,543
価格:¥ 1,300
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【解説】
 近年、原題直訳の邦題で再公開された、ペキンパーの古き良き西部への寓話的挽歌。長いこと幻の名作扱いされ(名画座で観る機会もほとんどなかった)ていたが、結論から言うと、そこまでの映画か?--という気がする。最後の西部劇作家と言われたペキンパーだが、個人的には、そのスピリットを現代アクションに活かした作品(「ゲッタウェイ」「ガルシアの首」)の方が面白いと思う。この、世紀の移り目に時代に取り残されていく男(J・ロバーズ)の風流な復讐劇--砂漠の真ん中に駅馬車の駅を作り、仇の現れるのを待ち構えるという悠長な設定で、通いの娼婦(S・スティーヴンス)とすっかり夫婦気取りで暮らすのだ!--は感傷的で、穏やかで、優しくありすぎるのだ。本当の西部劇の幕引きとなったのは、あの血糊の洪水「ワイルドバンチ」ではなく、この映画。だから、ケーブルよ、君を好きで嫌いだ。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
762 8.86
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【ユーザーコメント】
投稿者:uptail投稿日:2013-11-08 13:24:05
サム・ペキンパー
投稿者:sachi823投稿日:2013-04-28 23:09:00
ペキンパー作品というと暴力描写というイメージがあります。
それが観客の好みに合ったときは、傑作と評価され、
そうでないときは珍作扱いされるときもあります。
本作はそのようなイメージから離れ、
距離を置いて人間を眺め、
余裕をもってつくっているように感じました。
薄汚れたジェーソン・ロバーツの西部男を
2時間も見ていると、
なぜかこの人物に惹かれてしまいます。
善なのか悪なのかよくわからない複雑な人間で、
牧師の最後の説教がそれをあらわしています。
西部劇といわれる作品は、アメリカの良心を感じ、
人生の教科書のようなところがあり、
随分楽しみ学ばせてもらいましたが、
何度も死を免れた男が銃ではなく、
自動車に圧死するというラストは、
その終焉を感じさせます。
投稿者:gapper投稿日:2011-06-21 21:18:31
 サム・ペキンパーの西部劇。

 西部劇の終焉を思わせる作りだが、もちろん終焉ではなくサム・ペキンパー自身「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯(1973)」を作っている。
 血なまぐさいアクションで有名なペキンパーだが、この作品でなぜ封じたか分からない。
 「ワイルドバンチ(1969)」で有名になったもののひょっとして本意ではなかったのかもしれないと思う。
 脚本家でもあり、血なまぐさいアクションだけがとりえと思われたくなかったとしても不思議ではない。

 ”ケーブル・ホーグのバラード”の題名どおりバラードが何度も歌われジェイソン・ロバーズのよさを引き立てている。
 ペキンパーの作品としてみるよりジェイソン・ロバーズの作品としてみた方が楽しめそうだ。
投稿者:いまそのとき投稿日:2011-04-19 11:18:55
この間。40年以上経過したこの映画。乗るには少し遅く語るには緩い。それを承知で好きになれたらこっちのもの。砂漠の流れ者というよりケーブル(LE)・ホークのバラードだよね。昔気質の親父と対話しているよう。
投稿者:Ikeda投稿日:2010-08-06 11:58:18
この時代になるとコメディックな西部劇が多くなっていますが、これもそうで、舞台は西部になっていますが、むしろドラマといった方が当たっていると思います。確かに最後に復讐のシーンはあるのの、中枢はジェイソン・ロバーズとステラ・スティーヴンスのロマンスで、それにデイヴィッド・ワーナーとスーザン・オコンネルのつき合いが絡んでいるので、西部劇の積もりで見ると面白くもありません。それでもワーナーがスーザンの部屋に入ってから慌て出したり、最後の弔辞のシーンなど面白い所はあって、気楽に見れば楽しい映画です。
駅馬車の停車場で料理を出すが材料がガラガラ蛇、リス、ヒキガエル、バッタも使っていると聞いた客が気持ち悪くなって馬車に戻ってしまうのも面白いですが、この時残って食べている少年は監督ペキンパーの息子マシューで、「ワイルドバンチ」に続く2本目の出演です。
投稿者:ジャスパー投稿日:2010-08-04 14:40:01
サム・ペキンパーといえば、「ワイルドバンチ」で西部劇に革命をもたらした監督で、ゲッタウェイ」「わらの犬」等々の暴力描写で有名ですが、この作品はマメリカではペキンパーの代表作の一つに数えられ、地味ですが映画通の玄人好みの隠れた人気作です。
この映画が作られた70年代頃は、従来の勧善懲悪ものの西部劇が終わり、主人公の死で終わるもはや西部の挽歌とも言うべき作品が数多く作られましたが、この作品も「ワイルドバンチ」とは違った手法ながら、従来の西部劇の常識をパロディ的になし崩しに描いて西部劇の終末を描き、従来の西部劇に詳しい人ならより楽しめる細かいネタもちりばめています。西部のよき時代は終わり、駅馬車から自動車の時代へと変化する中、時代に取り残されたような中年親父ケーブル・ホーグは、砂漠の真ん中に今では無用な駅馬車の駅を作ってしまう・・オープニングからどこか可笑しくも悲しいホーグのバラードがのんびりと展開します。娼婦役のステラ・スティーブンス(ポセイドン・アドベンチャーで、アーネストボーグナインといい仲になるも死んでしまう)も良い味出してます。
投稿者:TNO投稿日:2009-10-30 02:38:54
【ネタバレ注意】

サム・ペキンパは、ワイルドバンチ撮影終了後わずか半年後からこの映画の撮影を開始した。一方は、バイオレンスを全面に出した作品で、本作はコメディ風で途中ミュージカルまがいの場面まである寓話である。ペキンパ作品としては、変り種だ。更に宗教色が色濃い作品だ。デビッド・ワーナー扮するエセっぽい牧師は主要登場人物であり、所々に神の視点のようなアングルが出てくる。そもそも、この物語のモチーフは、新約聖書(ローマ人への手紙・第12章第19節)にある「復讐するは我にあり」だそうだ。要は復讐するのは神に任せろということだ。ジェーソン・ロバーズは、復讐を自らの手で行ったために、天罰が下ってしまうのだ。日本人が洋画を観る場合の弱みは、キリスト教と同性愛だという。この映画がペキンパの宗教観を示していることは、解説を聞くまで全く私は気付かなかった。最後に主要登場人物がほぼ全て集まるのは、演劇的でもある。最初にロバーズがステラ・スティーブンスと会った時に胸の谷間を何度も強調する場面や、資金を調達したロバーズが娼婦役のスティーブンスを買いに行く時、札に印刷されたインディアンがにやける場面などコミカルな場面が多い。ペキンパは、俳優を威嚇したり、どなりりつけたりといったことを日常的に行っていたようだ。そのため、一般的には、ペキンパは怖くて人間嫌いの監督だといわれることもある。このような言動は、俳優の演技を引き出すためとも言われる。また、実は、彼は人間好きなはずであり、人間嫌いが、あのような映画の演出を出来るはずがないとも言う人がいる。しかし、人付き合いが下手で、接し方がぞんざいであったとしても、監督としての力量は並外れている。ストロザー・マーチンとL・Q・ジョーンズは、ワイルドバンチに引き続きコンビで登場。特にマーチンの演技は、素晴らしい。ジョーンズはロバーズに"復讐"されてしまう。ワーナーは、神父役が多い印象。それも偽善的な。オーメンを思い出してしまう。(オーメンでは、彼は衝撃的な最期を遂げるが)スリム・ピケンズやR・G・アームストロング等もペキンパ常連だが、今回は親切な役柄だ。

投稿者:ghost-fox投稿日:2008-11-04 22:31:27
挽歌
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2007-09-14 20:17:45
後半になってケーブル・ホークが憎き二人組と再会する所まではペキンパーのプライベート・フィルムという意匠で、かなり退屈だったが、復讐なるかというスリルと、突如として現れる「馬の無い車」から予想外の結末まで、個人的にはとてもいい余韻が残る映画だった。
ペキンパーのドキュメントを作るとしたら、エンドクレジットで本作の牧師の弔辞を流すといいかも。ペキンパー自身も自分には幸福な死を迎える事は出来ないという予感があったかもしれない。だからこそ最高の伴侶も求めてた事だろう。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2007-05-19 19:06:16
この「超」は本當の超だ。

ステラ・スティーヴンス(雰囲気、釈由美子…で性格が最強に魅力的)のセクシーな胸元〜が、本当に帰って来るなんて!

オープニングからエンディングまで、普通の一般人が釘付けで楽しめる作品(一応、西部劇)。

ラストは、人(観客が感情移入してる筈の)が死んでゆく…のだが、このむっちゃ楽しい気分は何なんだ?

「通いの娼婦」なんていません。君も只だろ?ってのは、この男の思想的に本心とは思えない言葉なので、結構良い奴だった牧師だが「お前のせいで〜」って思ったのだが、まぁ扉を蹴破る根性のある女の子には、別に何も影響を与えていなかった様で…(言っておくが、人の言葉ひとつで人間性が判る訳ではないのだよ)

まぁ映像は巨匠らしく素晴らしく、ストーリーは下世話にエンターテイメント。まず、コレクションして損のない作品ではなかろーかと。(僕は買ったBOXに入ってたから、観たのだけどね…)
投稿者:さち投稿日:2007-03-07 20:19:35
よかtt
投稿者:シネラマン投稿日:2006-11-02 18:00:44
ペキンパーといえばブラッドバレエ(血の舞踊)と呼ばれる独特のスローモーションによる時間軸を無視した編集を思い出す。とにかくペキンパーは血まみれバイオレンスの第一人者として有名で、自分もワイルドバンチやゲッタウェイのバイオレンス描写にしびれたものだ。そしてペキンパー映画では、バイオレンス描写の合間に描かれる主人公の優しさやさりげない愛情描写を入れることを意図してやっている。これは死に赴く男たちの情感をより高める効果を発揮するとともに凡百の暴力映画との明確な違いを際立たせる。そんな男気あふれる作風が好きでひと通りペキンパーの作品を見まくった後にこの映画みてびっくらこいた。バイオレンスシーンはないし同じ監督が作ったとは思えないくらいコメディしている。スローモーションは全然なくかわりに早回しを使ったユーモラスなショット。ケイブルの復讐を描いていくのかと思えば、あれよあれよと話は横道にそれ、いつの間にか復讐はどこえやら。ケイブルとその仲間たちを慈しむ視線でカメラを回して、全編にわたりのほほんとした雰囲気が漂う詩のような映画。登場人物もみんなチャーミング。これを見てペキンパーの西部劇に対する惜別の情を、感じぜずにはいられない。最高傑作ワイルドバンチの後に撮ったこの映画はペキンパーの私小説のような映画だ。後に弟子のジェームズ・コバーンが「ペキンパーはケイブルホーグになりたかったのさ」とコメントしてるのを見たことがある。ペキンパーがますます好きになってしまった。
投稿者:RRMN投稿日:2006-09-07 21:11:02
この「超」はホントの「超」!
投稿者:skull & rose投稿日:2004-09-18 05:31:59
ペキンパーが西部劇にとどめを刺したのは翌69年の『ワイルドバンチ』というのが定説であるが、それは映画史の定説であってペキンパーのフィルモグラフィにおいては、この一風変わった復讐の西部劇がとどめの一作だったと言えるのかもしれない。復讐に燃える男の激烈な想いはここでは描かれていないし、あのスローモーションも見られない。その意味ではペキンパーらしからぬ作品かもしれないが、私は好きだ。それはあまりにも甘く切なく、終わりゆく西部劇への感傷が滲んでおり、そして何ともなごやかで微笑ましい、まるでベルトルッチのように自身の憧れや感傷を恥ずかしげもなく晒しだしているその姿勢なのだ。時代の流れに抗って華々しくブラッディ・ポーチで死ぬ男たちと違い、愛する女や友人に囲まれて静かに、幸せに死んでゆく偏屈な男。しっかりと墓碑を刻まれて、何もない荒野の真ん中に眠り続ける彼のもとを去ってゆく人々。決して西部劇は蔑まれるように終焉を迎えたのではない、自身の映画に対して誇りとこの上ない幸福をもって終わりを迎えたのだ、と言うラストが私はたまらなく好きなのだ。間違っても『ワイルドバンチ』のように評価されることがないのは分かっているが、私は好きだ。
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