allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

投稿されたユーザーコメント
 
 「篭瀬山」さんのコメント一覧 登録数(719件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[301]アメリカン・ビューティー
 美美を見た!篭瀬山2005-07-12
 
 わが国では亜米利加と当て米国と略すが、他の漢字圏国では亜美利加とでも記すのか、美国と称すところが多い。”アメリカン・ビューティ”はさしずめ美国の美、つまり美美。  ・・・
続きを読む
 わが国では亜米利加と当て米国と略すが、他の漢字圏国では亜美利加とでも記すのか、美国と称すところが多い。”アメリカン・ビューティ”はさしずめ美国の美、つまり美美。  という訳で、幸福とは、偽りのない自分自身でいられること、だとすれば、誰でも簡単に幸せになれそうなものだが、なかなかそう簡単にはいかない。演じることを知らない人生もまた不幸だが、人生は演じなければいけない場面にあふれ、つい演じることが習性になりがちだからだ。  そんな主人公の不遇を変えるきっかけを与えたのは、美、だが、すぐに幸せへとは向かわない。彼は、また別の”偽りの自分”を演じることに邁進する。あの毒々しいまでに赤い薔薇絨毯は、彼の見た美、それまでの彼が見出し、脳内で作り上げた美の表現だから、実は精確で的確な演出だ。それがわかるのに、どれだけ映画を見ればいいのか、俺は知らん。でも、初めて見て、わかる人もいただろう。  映画ってそういうものだから、回り道の末たどり着いた彼の境地が、永続とは程遠かったとしても、素晴らしい、と思えればそれでいい。9
隠す
  
 
[302]宇宙戦争
 グラビア篭瀬山2005-07-09
 
大迫力! ではあるが、話がつまらん。とにかく逃げるっきゃないという緊迫感は凄まじい(これだけで見る価値あり)が、そこでさらけ出される人間の醜悪さは、きちんと醜悪なも・・・
続きを読む
大迫力! ではあるが、話がつまらん。とにかく逃げるっきゃないという緊迫感は凄まじい(これだけで見る価値あり)が、そこでさらけ出される人間の醜悪さは、きちんと醜悪なものとして描くのでないと、描く意味がない(描かないという選択肢もあるんだし)。まるで家族愛?みたいなものを本当は描きたかったかの様に思えてしまう。でも、これ見て「うわー、家族愛って素晴らしいですね!」とか思ってしまう人って、絶対いると思うんだけど(・・・そっちの方が恐ろしい)。6
隠す
  
 
[303]馬鹿まるだし
 笑いのハードル篭瀬山2005-07-06
 
人間、毎日笑って暮らそうと思えば、笑いのハードルを低くしとかなきゃいけない。だがそうやって笑っているうちに、自ずとハードルが高くなるから難しい。私には、この映画の笑・・・
続きを読む
人間、毎日笑って暮らそうと思えば、笑いのハードルを低くしとかなきゃいけない。だがそうやって笑っているうちに、自ずとハードルが高くなるから難しい。私には、この映画の笑いどころは、ことごとく予想の範囲内で、まったく白けた。まあ、ドタバタではないんだが、そこだけ演技が不真面目になるのよ。わかる? 細かなエピソードを積み重ねる構成も、安吉(ハナ肇)という人物の馬鹿さ加減を浮き彫りにするというよりは(やっぱりあり得ねえとしか思えないので)、ご新造さん(桑野美幸)のキャラクターに実感を授けるのに貢献していたと思う。桑野美幸(みゆき)は尋常じゃなく綺麗だった。4 
隠す
  
 
[304]幸福の黄色いハンカチ
 簡単篭瀬山2005-07-04
 【ネタバレ注意】
肩肘張らずに楽しく気軽、それだけで映画ってこんなに面白く撮れるんだ!という見本みたいな作品ですね。映画って簡単で面白いのが一番だと思います(私ン中では『バック・トゥ・・・
続きを読む
肩肘張らずに楽しく気軽、それだけで映画ってこんなに面白く撮れるんだ!という見本みたいな作品ですね。映画って簡単で面白いのが一番だと思います(私ン中では『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と双璧)。確かに初めて見たときは、ラスト・シーンの武田鉄矢が桃井かおりにキスするところ、汚い絵ヅラだなと思いました。それをラストに持ってくるセンスにも疑いを感じましたが、でも物語の締めとしては、若い二人の恋の成就へ繋げているわけで、完璧だと思いました。今回ひさびさに見直しましたが、少なくともこの映画の武田鉄矢の中では、最もカッコイイ武田鉄矢でしたよ。もし映画に対して優しい気持ちを持っているなら、その違いを見分けてあげてほしいなと思います。それから、黄色ってのは春の色ですよ。8
隠す
  
 
[305]ザ・リング2
 蓋をしても篭瀬山2005-07-03
 
前作の物語の背後にはこういう事実があったのか、なるほどね、とは思えるのだが、これって恐怖とはだいぶ違う感覚。まあ、ロジカルな脚本は嫌いじゃないので、説明のクドさは割・・・
続きを読む
前作の物語の背後にはこういう事実があったのか、なるほどね、とは思えるのだが、これって恐怖とはだいぶ違う感覚。まあ、ロジカルな脚本は嫌いじゃないので、説明のクドさは割り引いてもそこそこ楽しめた。だが、見なければいいのに見てしまう「恐怖」、見ることによって喚起される「恐怖」を描いていた(と思われた)前作と比べると、米映画で一般的な、逃げても逃げても追いかけてくる「恐怖」の方を描いていたように思う。でもって、その点に関しての怖さ度は標準的なレベルでしかなかったし、それ以上に、これじゃもはや鈴木光司原作の「リング」ではないんじゃないか、と感じた。6
隠す
  
 
[306]バットマン ビギンズ
 立ち向かう篭瀬山2005-07-02
 【ネタバレ注意】
原作に描かれてない部分を、原作のリアルなテイストを損なわず、いかに理詰めに構築するか。「バットマン」の映画化って、そういうことへの挑戦のように思える。こういうロジカ・・・
続きを読む
原作に描かれてない部分を、原作のリアルなテイストを損なわず、いかに理詰めに構築するか。「バットマン」の映画化って、そういうことへの挑戦のように思える。こういうロジカルな脚本って基本的に僕好み(好み、で言うと、正義のなんたるかを説く女性検事補《ケイティ・ホームズ》もヨカッタ)。最大の弱点は、水を気化するという「破壊行為」が、絵的にちっとも冴えないってことじゃなかったかな。あと、モノレールが脱線してビルの駐車場へ突っ込むシーンは見ててちょっと辛かった。7
隠す
  
 
[307]花と蛇
 可愛い篭瀬山2005-06-30
 
痛そうだし苦しそうだし、それを我慢しているようには見えても、快楽に悶えているようには見えない。杉本彩ってチャレンジ精神の旺盛な人ですね。あと、さほど根拠はないけど、・・・
続きを読む
痛そうだし苦しそうだし、それを我慢しているようには見えても、快楽に悶えているようには見えない。杉本彩ってチャレンジ精神の旺盛な人ですね。あと、さほど根拠はないけど、彼女って運動神経はあまりよくないんじゃないかな。いわゆる、愛(う)い奴よのう、という感じ。僕より年上だとは思うけれど。4
隠す
  
 
[308]父ありき
 父(かく)あるべし篭瀬山2005-06-30
 
小津作品のアベレージかも知らんが、人物の描き込みが丁寧で、一人一人のキャラクターが実感を持って迫ってくる。だがこの父は、あまりに父親としての理想像を追い求めすぎで、・・・
続きを読む
小津作品のアベレージかも知らんが、人物の描き込みが丁寧で、一人一人のキャラクターが実感を持って迫ってくる。だがこの父は、あまりに父親としての理想像を追い求めすぎで、子供を顧みることが少ない、つまり愛情が足りないように私には見えた。そのわりに、というか、どっちがどっちとは言えないのだが、息子が良い子すぎる。むろん、父が息子の前では厳格さを演じたがるのと同様、息子も父の前では良い子でありたいのだが。7
隠す
  
 
[309]極道VSまむし
 社是篭瀬山2005-06-26
 
「極道」も「まむし」も初めて見るので、人間関係の綾とか細かいギャグ(と思われるもの)に置いてけぼりを食らう感じは確かにあるけど、それよりも、この手の類型的なキャラク・・・
続きを読む
「極道」も「まむし」も初めて見るので、人間関係の綾とか細かいギャグ(と思われるもの)に置いてけぼりを食らう感じは確かにあるけど、それよりも、この手の類型的なキャラクターからもはや新しい物語は生まれないという徒労感がありあり。スタッフや役者陣が工夫を凝らして頑張っているのは分かるんだけど、そういう問題じゃないんだよね。せめて極道とまむしが全面的に対決してくれたら・・・と思わないでもない。4
隠す
  
 
[310]トラック野郎 天下御免
 推薦の辞篭瀬山2005-06-26
 
冒頭から運子・おしっこ系の下ネタ満載で、「くだらない」の一言で片付けておきたいものの、どうも憎みきれない愛嬌があるというのがこのシリーズの特徴で、映画としての完成度・・・
続きを読む
冒頭から運子・おしっこ系の下ネタ満載で、「くだらない」の一言で片付けておきたいものの、どうも憎みきれない愛嬌があるというのがこのシリーズの特徴で、映画としての完成度とか物語としての一貫性とかいうものとは無縁の世界に存在すると思っていたが、この『天下御免』は充分「面白い作品」として人にお薦めできる(下品は下品なのだけれど)。ほとんど強引と思える人物やエピソードの繋がりが、物語の拡散を防ぐという点で有効に機能しており、大勘違い野郎で猪突猛進な桃次郎のキャラクター(によってこのシリーズは成立しているのだが)が、ここぞというときには男女の恋愛事情を敏感に察知する繊細さを有するという矛盾をうまく説明している。これもひとえに「昔桃太郎、今桃次郎」と宣伝文句にあるごとく、桃次郎の精神的な出自である桃太郎伝説の、これまた発祥の地である吉備の国(岡山県)を舞台に選んだことから地の霊が守護したためである、と勝手に妄想して一人悦に入る今日この頃であった。7
隠す
  
 
[311]ザ・インタープリター
 可愛けりゃ篭瀬山2005-06-23
 
一言で言うなら、ニコール・キッドマンがとにかく可愛い映画でした。もう少し詳しく言うと、ニコール・キッドマンが今年38歳とは思えないほど、とにかく可愛い映画でした。更・・・
続きを読む
一言で言うなら、ニコール・キッドマンがとにかく可愛い映画でした。もう少し詳しく言うと、ニコール・キッドマンが今年38歳とは思えないほど、とにかく可愛い映画でした。更に言うなら、ここ数年、美しいとは思えても、可愛いとは感じなかったニコール・キッドマンが、ちょっと見たことないくらいにとにかく可愛い映画でした。え、話?いや、ありましたよ、ちゃんと。6
隠す
  
 
[312]トーチソング・トリロジー
 ねえ、篭瀬山2005-06-23
 
 と声を掛けられ振り向いた時に、相手が遠くにいたら引くだろうし、近すぎるとギョッとするだけだろうが、人を「相手」と認めるにふさわしい距離というものがあって、拒否でき・・・
続きを読む
 と声を掛けられ振り向いた時に、相手が遠くにいたら引くだろうし、近すぎるとギョッとするだけだろうが、人を「相手」と認めるにふさわしい距離というものがあって、拒否できない距離から声を掛けられると、どうしていいかわからなくなるときがある。・・・と思う間もなく映画は進行するので、いつの間にか物語世界を受け入れざるを得なくなっており、実際に受け入れている。このあたりの処理は、舞台(演劇)のスタッフが作ったとは思えないほど、見事なもんだった。  さて、15年ぶりくらいに見直したのは、果たして普通の家庭と子育ての仕方において違いでもあったのか、あらかじめ注意してみれば手掛かりが得られるのではないかと考えてのことだったわけだが、前述のような理由でアッという間に話に引き込まれたため、それはかなわなかった。  だが見終えて一つ気づいたのは、アン・バンクロフト(ご冥福をお祈りします)が演じたユダヤ系マザーとでも言うべきキャラクターが、一昨年見た『キッシング・ジェシカ』のお母さんとまったく同じタイプだったことだ。ユダヤは女系相続(継承)らしいのだが、そのせいかどうか、母親が一家を完全に掌握している。それも母だから(だと思うのだが)、力ではなく言葉によって。具体的に言うとのべつ喋り続けている。  おそらくそれで、子供は自分の居場所を見つけににくくなる、か、母の言葉の届かないところ(例えば母自身の秘密の場所)へ居所を見つけるようになったのではないか。抑圧するモノに対する幼いながらの抵抗だったのだ、と。  全然違うかもね。9
隠す
  
 
[313]ミリオンダラー・ベイビー
 タオル篭瀬山2005-06-20
 【ネタバレ注意】
話そのものよりも、話の構成の美しさに打たれた。一つの物語を追いかけていると、突如話が方向転換するのだが、別の物語を語り出すのではなく、それまでの話を包み込んでもっと・・・
続きを読む
話そのものよりも、話の構成の美しさに打たれた。一つの物語を追いかけていると、突如話が方向転換するのだが、別の物語を語り出すのではなく、それまでの話を包み込んでもっと広い視野を持った話へと転化する。こういう体験は小説なんかも含めて初めてだなあ。してみると禁じ手みたいなもんかもしれん。役者陣の抑制的な演技、静謐な画像、感情を静かに掻き立てるイーストウッド作曲の音楽、等々の総合力も効果絶大。8
隠す
  
 
[314]クローサー
 磨き上げた糞篭瀬山2005-06-20
 
会話が不自然。こんな観念的なことばっかり言ってる人間はいません(「ばっかり」でなければいます)。こういう、人に内面というものがあることを無視した上っ面な台詞のオンパ・・・
続きを読む
会話が不自然。こんな観念的なことばっかり言ってる人間はいません(「ばっかり」でなければいます)。こういう、人に内面というものがあることを無視した上っ面な台詞のオンパレードを聞かされると、怒りを通り越して悲しみに沈んでしまいます。役者陣も、暗記した台詞を口にするだけなので、台詞の間の取り方がまったく一緒で辟易します。ジュード・ロウが指にこぼしたビールを舐めるシーンがあるのですが、つい運古を舐めたように見えてしまいました。あ〜、もったいない。3
隠す
  
 
[315]点と線
 テツコの部屋篭瀬山2005-06-19
 
 なんとなく途中からサスペンスを追っかけるのを止めてしまって、映像世界に浸ってました。フィルムの保存状態が必ずしもよくなくて、雨あられの場面も多かったのですが、それ・・・
続きを読む
 なんとなく途中からサスペンスを追っかけるのを止めてしまって、映像世界に浸ってました。フィルムの保存状態が必ずしもよくなくて、雨あられの場面も多かったのですが、それでも発色の鮮やかさが感じられました。詳しい方によると、これはネガにアグファカラーというものを使っていて(松竹の小津が使ったのと同じものですね)、日本のカラー映画の初期で、海外から技術者を招聘し細心の注意を払って撮影していたためだそうで、むしろしばらく後より初期の頃の方が色彩がきれいに残っているのだそうです。  ですからこれは見た後に考えたことですが、殺人のためにトリックを考えついたというよりは、トリックを考えた人がそれを実現するために殺人を犯しちゃったという印象を拭いがたいですね。6
隠す
  
 
[316]美の祭典
 発見篭瀬山2005-06-19
 
こちらは陸上競技以外の競技が詰め込まれています。一番驚いたのは「体操」が屋外で演技されていること。今の体操選手は隆々とした筋肉のわりに生っ白くて不健全な感じがします・・・
続きを読む
こちらは陸上競技以外の競技が詰め込まれています。一番驚いたのは「体操」が屋外で演技されていること。今の体操選手は隆々とした筋肉のわりに生っ白くて不健全な感じがしますが、この頃は(白黒なので肌の色までは分かりませんけど)まさに絵に描いた健全って感じ。太陽が眩しい◆オリンピックの代表になるような人は、努力を積み重ねたスポーツ・エリートであって、われわれ一般人を代表しているわけではないでしょう。でも、日の丸を見つけるとやっぱり嬉しい。馬術の西大尉、とか階級で呼ばれるのも面白い。6
隠す
  
 
[317]民族の祭典
 貴重篭瀬山2005-06-19
 
今の普通のスポーツ・ドキュメンタリーの方で、過去の偉大な名作を模倣しているという側面があるのでしょうが、映像としてはさほど斬新さを感じません。むろん一般的な意味での・・・
続きを読む
今の普通のスポーツ・ドキュメンタリーの方で、過去の偉大な名作を模倣しているという側面があるのでしょうが、映像としてはさほど斬新さを感じません。むろん一般的な意味での躍動感はあるのだけれど◆それよりも、競技の進め方、スコアの掲示の仕方、観客の”熱狂”の表し方、ベルリン郊外の風景など、その時代にあった物、生きていた人々の姿が、そのまま記録されていることに対して感じる貴重さの方が大きい◆開会式で入場してくる各国選手団が、それぞれの方式で開催国元首(ヒトラー)に対し敬意を表わしていて印象に残ります。6
隠す
  
 
[318]黒の試走車(テストカー)
 負け戦篭瀬山2005-06-19
 
企業間の知られざる情報戦をエモーショナルに描いた傑作。忠誠の対象が国家から利潤へ変わっただけで、やってることは一緒だったりするが、その真剣さは身につまされる。サラリ・・・
続きを読む
企業間の知られざる情報戦をエモーショナルに描いた傑作。忠誠の対象が国家から利潤へ変わっただけで、やってることは一緒だったりするが、その真剣さは身につまされる。サラリーマン経験者ならなおさらだ。ただ、朝比奈(田宮二郎)のたどり着いた決断こそ、(理想論としてでなく)本当の勝利だと私には思える。企業イメージの払拭は、理屈ではなく、時間が勝負だから、小野田部長(高松英郎)のとった手法は負け戦を戦っているようにしか思えない(その証拠に、さらにスキャンダルを起こしている)し、そもそもそういう戦いを仕掛けてきた特務機関出身者たちは、負けた戦争を徒に繰り返しているだけ。日本の戦後において、最も罪深いのは彼奴らじゃないか。8
隠す
  
 
[319]害虫
 適合篭瀬山2005-06-16
 
 基本的につまんない映画でしたが、いろいろ考えさせられました。少なくとも、下手クソな映画ではなかった。  すぐ思い出したのは、(小津シンポジウムで)ペドロ・コスタが・・・
続きを読む
 基本的につまんない映画でしたが、いろいろ考えさせられました。少なくとも、下手クソな映画ではなかった。  すぐ思い出したのは、(小津シンポジウムで)ペドロ・コスタが言ってた、今の時代、映画を撮ることはどんどん難しくなっている、というような台詞です。語り口に適合した映像手法というものを、自分独りで見つけて行かなければいけないという絶対的な孤独感(陳腐な表現ですが)。そしてその労を厭うものは、映画作家にはなれないのでしょう。小津と比べたくなるのも分かるというか、小津がやってきたのはこういうことかと、かえって合点のいく感じがしました。もちろん小津は遥かに洗練された手法を獲得していたわけですけど。逆に言えば、われわれ(というより、私)が見た小津は円熟期以降だったとも言えます。塩田明彦はよくやっていたと、言えると思いました。  ただし、ここで塩田が見せた技法は、完成の域には程遠く、かつ今後年月を経るにしたがって洗練されていくもの、にも見えませんでした。この中途半端さのまま、試行錯誤を繰り返す人だろう彼は。その意味で、今の世の中に広く行き渡る”生きにくさ”をテーマに選んだ彼の狙いは、(宮台真司風の言い回しですが)最適解かな、とは思いました。  彼に才能を感じたところは、少女を描く美しさですね。これは(あまり声高に言うのははばかられますが)それだけのものがありますよ。5
隠す
  
 
[320]雨月物語
 のろい篭瀬山2005-06-09
 【ネタバレ注意】
 この作品の男たちは、女の願望を実現する道具と化している。分かりやすいのは阿浜(水戸光子)と藤兵衛(小沢栄太郎)の夫婦。藤兵衛が侍を志したのは、女房に認めてほしかっ・・・
続きを読む
 この作品の男たちは、女の願望を実現する道具と化している。分かりやすいのは阿浜(水戸光子)と藤兵衛(小沢栄太郎)の夫婦。藤兵衛が侍を志したのは、女房に認めてほしかったから。つまり阿浜がそう仕向けたと言える。だから彼は、自分の武勲がちっとも阿浜を幸せにしないと分かると、武士を辞めてしまう。農作業に従事するだけのしがない自分を、阿浜がそのまま受け入れてくれるのであれば、それでよかったのだ。阿浜は、自ら苦界に身を落とすことで、自分の欲望が強すぎたことを知ったのだ。  次は若狭(京マチ子)。もともと高貴な生まれでありながら、信長に一族を滅ぼされ、夫婦の幸せを知らずに「はかのうな」ってしまった若狭。せめてただ一度、女らしい喜びを知りたいとさまよい出てまいった彼女の思いが、源十郎(森雅之)を無理やり見初め、強引に契りを結んで遂げられたことは、侍女の右近(亡霊)も認めている。いずれ死者と生者の生活が続くはずもなく、静かに身を引くべきだったのだが、欲望に固執したため斯様な結末となった。いい迷惑はすっからかんになった源十郎だ。ちなみに「妻子ある身でなぜ騙した」と責めるのは、源十郎の肌に呪文(?)が書いてあって、霊である彼女らには近寄れないと分かってからである。  もっとも複雑なのは宮木(田中絹代)で、結論だけ言うと、口では夫に側にいてと言いつつ、実は内心で裕福を夢見た彼女は、その欲望の在り方の邪さゆえに命を失う。死んで初めて、本当に夫が側にいてくれるだけでよかったのだと悟る。  言ってる事は分かるし、それを言うにはそれだけのテンポと時間を要したことも分かるのだが、やっぱりのろい。のろすぎる。4
隠す
  
 
[321]新諸国物語 笛吹童子 第三部 満月城の凱歌
 将軍ノ娘篭瀬山2005-06-07
 
役者陣も出揃い、あとは大団円へ向けて一直線に・・・進めばいいと思うのだが、捨て置けないエピソードがあるようで、そちらを拾いに寄り道する。要は、どこを捨てどこを拾うか・・・
続きを読む
役者陣も出揃い、あとは大団円へ向けて一直線に・・・進めばいいと思うのだが、捨て置けないエピソードがあるようで、そちらを拾いに寄り道する。要は、どこを捨てどこを拾うかという選択基準が、私の体験則と合致しないってことだけど。エイ、エイ、オウという掛け声(鬨の声?)は、久しく聞いてなかったものだ。4
隠す
  
 
[322]新諸国物語 笛吹童子 第二部 妖術の闘争
 カタジケナイ篭瀬山2005-06-07
 
第二部では、正義の側(主人公とは限らない)が困難に陥り、それを潜り抜けるというエピソードが、より鮮明な形で繰り返される。潜り抜けそのものはあっさりしてて笑えたりする・・・
続きを読む
第二部では、正義の側(主人公とは限らない)が困難に陥り、それを潜り抜けるというエピソードが、より鮮明な形で繰り返される。潜り抜けそのものはあっさりしてて笑えたりするが、この繰り返しが退屈だ。前作の最後に登場し、話題のすべてをさらって行った霧の小次郎=大友柳太郎のキャラがちょっと魅力的。4
隠す
  
 
[323]新諸国物語 笛吹童子 第一部 どくろの旗
 にくのごんた篭瀬山2005-06-07
 
台詞はまあ速いし、場面から場面への転換などは相当に激しいのだが、一つのシーケンスの中における物の見せ方(特に台詞のないシーン)がスローモーなため、真面目に見ようとす・・・
続きを読む
台詞はまあ速いし、場面から場面への転換などは相当に激しいのだが、一つのシーケンスの中における物の見せ方(特に台詞のないシーン)がスローモーなため、真面目に見ようとするとどうしても眠気に襲われる。純粋に物語世界を楽しむには努力が要るだろう。この第一部での白眉は、『十戒』にも出てきたあのイメージだ。4
隠す
  
 
[324]浮草
 大集合篭瀬山2005-05-31
 
 大映の豪華役者陣が小津作品に大集合!というような、単純な喜びを感じます。  通常小津の作品は、対象から距離を置いた冷徹な視線を感じることが多いのですが、本作からは・・・
続きを読む
 大映の豪華役者陣が小津作品に大集合!というような、単純な喜びを感じます。  通常小津の作品は、対象から距離を置いた冷徹な視線を感じることが多いのですが、本作からは、役者の懐に入り込んだ親密さを感じました。映画というメディアのごく当たり前の特徴ではありますが、小津作品には珍しい感じがしました。もう一つ気づいたのは、BGMがほとんど流れていなかったことです。これらのせいか、ストーリーはむしろ普段よりドラマチックなのですが、中盤、退屈を覚えました。やはり小津作品は、厳格な構図が生む緊張感こそが、見者の目を画面に釘付けにするのだと、改めて思った次第です。7
隠す
  
 
[325]オペレッタ狸御殿
 狸の宝籤篭瀬山2005-05-29
 
別に、狸が人に化けようが、人が狸を演じようが、人が狸を恋しようが、狸が人の子を宿そう(そんな話はなかったです)が、映画なんだから、そういうもんだとして描いといてくれ・・・
続きを読む
別に、狸が人に化けようが、人が狸を演じようが、人が狸を恋しようが、狸が人の子を宿そう(そんな話はなかったです)が、映画なんだから、そういうもんだとして描いといてくれれば、すべてそのまま受け入れますって(基本的には)。良きにつけ悪しきにつけ、興奮というものをまったく覚えなかった。このいかがわしさはちょうどマツケン・サンバを思い出させたが、無条件にウキウキする感覚がこっちにはないんだよ。なぜだろう、と考える気も起きないので。1
隠す
  
 
[326]椿三十郎
 ご登場篭瀬山2005-05-29
 
最後、物語の世界からスッと姿を消すところは前作と一緒だが、こちらは登場の仕方までスムーズだ。なにしろわれわれ観客(の視点)の方が、彼(三十郎)のテリトリーに入ってい・・・
続きを読む
最後、物語の世界からスッと姿を消すところは前作と一緒だが、こちらは登場の仕方までスムーズだ。なにしろわれわれ観客(の視点)の方が、彼(三十郎)のテリトリーに入っていくのだから。そして、「こいついったい何を考えているのだろう」というような、誤った方向へのサスペンスを持たせることもなく、主人公を手こずらせるエピソードのために、主人公の性格付けを不明瞭にしてしまうようなこともない。たんたんと手際よく話が進行する。つまり、前作は、「用心棒」という用語を借りて江戸時代日本に徘徊していた(かもしれない)素浪人という存在に実体を与えるストーリーだったのに対し、今作は、まさに「三十郎」というキャラクターをこそ形づくるストーリーと化しており、その点に関して無駄がない。8
隠す
  
 
[327]タイタニック
 神の許し篭瀬山2005-05-26
 【ネタバレ注意】
 見直してみてあらためて気づいたのは、このアメリカ人男性(監督のJ・キャメロンさんのことです)と自分との間で、人間というものの捉え方がまるで違う。例えば、ジャック(・・・
続きを読む
 見直してみてあらためて気づいたのは、このアメリカ人男性(監督のJ・キャメロンさんのことです)と自分との間で、人間というものの捉え方がまるで違う。例えば、ジャック(ディカプリオ)は、死ぬ間際、自分の生命は諦めつつも、愛する女には「何があっても生きろ」と言い続ける。自分の胸に手を当てて率直に考れば、やはりこのシーンは美しいと感じざるを得ない。が、同時に、やがて言葉少なになり、呻き声だけが漏れるようになり、恨み辛みを口にしたりするのが実際の人の姿ではないかと思うし、そうなったとして、誰に批難ができようか、とも思うのだ。  いやそれ以上に、死んだ恋人の手を振り解き、死人の唇から呼び笛を抜き取って助けを呼ぶローズ(K・ウィンスレット)の立場に、もし自分がなったなら、残りの一生を罪の意識に苛まれながら生きていくことになるだろう、と思う。あのとき私は生きてよかったのだろうか、生き残る資格があったのだろうかと。少なくとも、この体験を、優しく甘美な想い出話として人前で披露できるとは思えない。いや、そもそも、生きるか死ぬかの瀬戸際で、愛なんてものが如何ほどの効力を持ちうるのだろう?  だがローズ(グロリア・スチュワート)は、「神の許しだけは来なかった」とも語っていた。この映画は、表象のイメージとは裏腹に、神の許しの来なかった物語として語られている、と考えた方が自分にはしっくりきた。9
隠す
  
 
[328]一番美しく
 青春の一頁篭瀬山2005-05-17
 【ネタバレ注意】
お、なんだ戦時中の女工員といっても、目標の割当量に不満があると、仕事をサボってあっちでペチャクチャ、こっちでソワソワ、なんて光景が普通にあったんだ、意外と現代的だな・・・
続きを読む
お、なんだ戦時中の女工員といっても、目標の割当量に不満があると、仕事をサボってあっちでペチャクチャ、こっちでソワソワ、なんて光景が普通にあったんだ、意外と現代的だな、とか思いつ見始めたら、これが黒澤の策略で、男子工員に比べ割当量が少なすぎるのに不満がある、と言い出すのだから恐れ入る。おそらく当時の観客も、あら、わりと居ずまいを正さず見ていられる映画ね、拾い物だわと見始めたら、やっぱり活を入れられ腹の中で舌打ちしてたり、なんて想像しながら見るのも楽しい。目標に向って一途にひたむきに打ち込む姿は、時代を越えて美しいと思いました。9
隠す
  
 
[329]東京暮色
 強情篭瀬山2005-05-15
 【ネタバレ注意】
 次女がまだ幼いとき、家庭を捨て逃げていった母。次女は、母の淫らな血が自分にも流れていると思い悩む。対照的に、堅物とも言える、寛大ではあるがいつも正しい父。次女にと・・・
続きを読む
 次女がまだ幼いとき、家庭を捨て逃げていった母。次女は、母の淫らな血が自分にも流れていると思い悩む。対照的に、堅物とも言える、寛大ではあるがいつも正しい父。次女にとって、自分は父の実の子ではないと考えることが、心の支えになっていく。彼女がどう考えるかとは別に、一人で問題を抱え、悩み、一人で答えを見つけていく、その在り方が、まさに父から受け継いだものと傍目には見える。親子関係のこのような描き方は、なんとも皮肉めいている。というより、これでは見る者に伝わらない可能性も高い。  長女は母を憎んでいる。決して母を許さない自分を嘆き反省する気持ちもあるが、それでも彼女の関心は、母を許すという方向には向わない。それは、彼女が憎む本当の対象は父だからだ。母の出奔後、父は、まだ幼い次女に寂しい思いだけはさせまいと、長女が僻むことを危惧しつつも、次女へ一方的に愛情を注いだ。長女が本当に許せなかったのはこのことだ。それは、次女の生前、次女にもっと優しくしろと父へ無理な要求をする姿にも現れているし、自分(長女)の娘が父なし子になることを危惧し、夫の元へ戻る決意をするところにも現れている。それと同時に、彼女は父を憐れんでもいる。女房に逃げられた情けない男と、父を憐れんでいる。母の浮気相手を、背が高く、頼もしく、面白くて、みんなに好かれていたと率直に告白するところからも、それは分かる。  だから彼女は、本当は妹をも許せなかったはずだ。喪服を着ていたから、葬儀の後、その足でということだと思うが、雀荘で住み込みをしている母の元へ赴き、次女の死を母に告げる。狼狽する母に、冷たく、「お母さんのせいです」と言い放つ。本当は、妹が死んだのは自分のせいだと思っていたはずなのだが・・・  父は、家族の間のそれらの思いを、分かってなかったわけではないと思うが、一人でそれらを受け止めると、黙ってまた日常へ戻っていく。  それにしても日本人のこの強情さはどこから来たのだろう。8
隠す
  
 
[330]青春の殺人者
 問答有用篭瀬山2005-05-15
 【ネタバレ注意】
 父殺しの現場に母が戻ってきて、そこから母殺しに至るまでのシーケンスが絶品ですね。もちろんアクションとしても見せるのですが、芥川の『羅生門』みたいな二転三転する心理・・・
続きを読む
 父殺しの現場に母が戻ってきて、そこから母殺しに至るまでのシーケンスが絶品ですね。もちろんアクションとしても見せるのですが、芥川の『羅生門』みたいな二転三転する心理劇が、二人の会話によって演出されていく。水谷の台詞が所々棒読み風だったり、市原の台詞が舞台劇調(感情の高ぶりから早口になってるのに、口跡はやけにはっきりしてたりとか)だったりしますが、まったく気になりません。その中に、父と母の出会いから親子の関係、息子の彼女への憎悪などみんな込められているのですから、こんなことってあるのかなという感じです。  後半は、原田三枝子が相手の感情を先読みした台詞をしきりに吐き胸を衝くのですが、肉体という感性の言語を武器にした(なんのこっちゃ)感情豊かな女の子という感じがよく出てて、よかったです。長谷川和彦は『太陽を盗んだ男』も世評が高いようですが、こちらの方がはるかにいいですね。7
隠す
  
 
前へ 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16次へ
 
 



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION