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 「呑気呆亭」さんのコメント一覧 登録数(728件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[331]捜索者
 夕焼けの光線呑気呆亭 (Mail)2014-02-04
 
南北戦争に従軍したイ−サンが家に帰らず戦後3年間も放浪してきたことの訳がさりげなく描写されるプロロ−グが心に染みる映像で語られる。兄嫁への思慕に耐えられなくなったこと・・・
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南北戦争に従軍したイ−サンが家に帰らず戦後3年間も放浪してきたことの訳がさりげなく描写されるプロロ−グが心に染みる映像で語られる。兄嫁への思慕に耐えられなくなったことがイ−サンの家出の原因だったのであろう。その思慕を兄嫁のマ−サも感じていて、帰郷したイ−サンの外套を抱きしめるシ−ンにさりげなく暗示されている。この兄ア−ロンの家での家族と帰郷した弟イ−サンと家族の一員の混血の青年と、ウオ−ド・ボンドに率いられた自警団の一隊が入り乱れるプロロ−グの描写の見事さは、小津安二郎の「麦秋」の朝のシ−ンに匹敵するものである。そのプロロ−グはインディアンの襲撃を暗示する不気味な夕焼けの光線に彩られて幕を閉じる。イ−サンの執拗な復讐行はこのプロロ−グあってこそ観客の共感を得るのである。因みに、ウエインが度々見せる左手で右肘を触る動作は、本作にも出演しているハリ−・ケリ−Jrの父であるハリ−・ケリ−へのオマ−ジュだということである。
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[332]地下水道
 (無題)呑気呆亭 (Mail)2014-01-27
 
ほぼ全編が薄暗い地下水道の中の映像であるので、画面が暗く非常に見づらいシ−ンが続く。物語も地下水道並みに筋が枝分かれしているので中々難解なのだが、映像の力がリアルな・・・
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ほぼ全編が薄暗い地下水道の中の映像であるので、画面が暗く非常に見づらいシ−ンが続く。物語も地下水道並みに筋が枝分かれしているので中々難解なのだが、映像の力がリアルなので最後まで引きつけられて見てしまったのだった。地下水道の中の暗さと時に注がれる出口の光の対比が鮮やかで、しかもその光が必ずしも希望を暗示しないという苦しい矛盾に引き裂かれるレジスタンスたちの、下半身を浸す泥水の冷たさと臭さが見る者の身に迫ってくるような思いに駆られる作品であった。
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[333]大運河(グランカナル)
 アルヌ−ルの下唇呑気呆亭 (Mail)2014-01-27
 
アルヌ−ルの下唇のセクシ−さが堪らない。ベッド・シ−ツの下に男とふたりで潜って悪戯っぽい微笑を浮かべるアルヌ−ルの妖しさは、撮影の調光の妙と相まって、こんな女なら何もか・・・
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アルヌ−ルの下唇のセクシ−さが堪らない。ベッド・シ−ツの下に男とふたりで潜って悪戯っぽい微笑を浮かべるアルヌ−ルの妖しさは、撮影の調光の妙と相まって、こんな女なら何もかも捨てても良いと思わせるシ−ンでありました。彼女を囲む男たちもそれぞれに存在感があって、いかにもフランス映画らしい愉しみを与えてくれた。
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[334]
 訳の分からなさ呑気呆亭 (Mail)2014-01-22
 
筋が錯綜していて訳の分からない映画である。だが、その訳の分からなさは戦中・戦後のポ−ランドを覆っていた訳の分からなさだと思えばこの作品の難解さはうなずけるのだが、筋・・・
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筋が錯綜していて訳の分からない映画である。だが、その訳の分からなさは戦中・戦後のポ−ランドを覆っていた訳の分からなさだと思えばこの作品の難解さはうなずけるのだが、筋立てがややご都合主義なので今一感情移入して見ることが出来なかった。医師クニーシが戦中に遭遇した同士討ちの事件にしても、策戦が大まかで裏切り者につけ込まれても仕方がないと思えてしまうので、その裏切り者に振り回される人々の運命に悲劇性が感じられないのである。
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[335]十兵衛暗殺剣
 大休・美鶴・篠呑気呆亭 (Mail)2014-01-20
 
さすがにこの映画の設定では「原作:五味康祐」とするには無理と思ったのであろう、原作は紙屋五平ということになっている。この人のことは知らないが、どうも架空の作者名なの・・・
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さすがにこの映画の設定では「原作:五味康祐」とするには無理と思ったのであろう、原作は紙屋五平ということになっている。この人のことは知らないが、どうも架空の作者名なのではないかと思われる。 それはさておき、このシリ−ズでは最後の作品となったが、これが一番の傑作であろう。何よりも敵役の幕屋大休を演じた大友柳太郎の柄が良い。新影流正統を名のる幕屋大休の強さは圧倒的で、小太刀をもって立ち向かう大休の剣に太刀を折られたりしてさすがの十兵衛もタジタジで、琵琶湖・竹生島での湖賊と大休の連合軍との決闘では、その無策故に率いた門人たちを皆殺しにされ、散々な目にあいながら漸く大休を討ち取り柳生の名を守ることが出来たのだった。これ以前のシリ−ズでは女優さんたちの扱い方が噴飯物であったが、この作品の湖賊の頭領の娘美鶴を演じた宗方奈美はいかにも野性的な魅力に満ちていたし、十兵衛を助ける村の女を演じた岡田千代もまた、その目の光で男たちの凄まじい殺戮戦の直中にあって存在感を放っていたのだった。
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[336]柳生武芸帳 片目の忍者
 (無題)呑気呆亭 (Mail)2014-01-20
 
奪われた二千五百挺の銃が連発銃であったという設定が噴飯物で、その連発銃を持って砦に立て籠もった岩倉刑部(東)の陰謀を、柳生一門60名のみに任せて処理させようとする幕閣・・・
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奪われた二千五百挺の銃が連発銃であったという設定が噴飯物で、その連発銃を持って砦に立て籠もった岩倉刑部(東)の陰謀を、柳生一門60名のみに任せて処理させようとする幕閣の無策ぶりも噴飯物であった。“柳生魂を見せろ”と門人を励まして玉砕させ、自らも泥と煙硝にまみれて、新宮の小五郎(松方)の働きで滅びた砦を後にする十兵衛の後ろ姿に、何の怒りも見られないのが不審であった。
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[337]柳生武芸帳 剣豪乱れ雲
 無刀取り?呑気呆亭 (Mail)2014-01-20
 
この作の松方弘樹は公卿飛鳥井時光を演じて、その柄が合って颯爽とした武者ぶりが中々好い。”一葉浮水の構え”を父から受け継いで御前試合にも出場する藤純子も健気さがあって良・・・
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この作の松方弘樹は公卿飛鳥井時光を演じて、その柄が合って颯爽とした武者ぶりが中々好い。”一葉浮水の構え”を父から受け継いで御前試合にも出場する藤純子も健気さがあって良かった。その一方で“寒夜に霜を聞く太刀”の山田浮月斎(山形勲)が余り格好良くなくて、十兵衛の“無刀取り”との対決も、刀を両断する山田浮月斎の剣に対して鍛えた鉄扇で対抗するというラストが、理が勝ちすぎて余り面白いモノではなかった。
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[338]柳生武芸帳 片目水月の剣
 桜町弘子呑気呆亭 (Mail)2014-01-20
 
彩りとしては必要なのかも知れないが、このシリ−ズでの女優陣の扱いはどうしても馴染めないモノがある。いっそ男優陣だけの徹底的な党争劇にした方が良かったのではないだろう・・・
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彩りとしては必要なのかも知れないが、このシリ−ズでの女優陣の扱いはどうしても馴染めないモノがある。いっそ男優陣だけの徹底的な党争劇にした方が良かったのではないだろうか。桜町弘子は島津藩の江戸家老の娘として登場のだが、これまた中途半端な役どころで、父に従って薩摩への旅に同行し、その命で武芸帳を手にした隼人正に近づき武芸帳に島津の名が記されているかどうかを探るという重要な役目を託されるのだが、なんとしたことかその課程で隼人正に抱かれてしまうのである。桜町弘子フアンとしてはこんな手軽に隼人正になびいてしまうのは許せない思いであった。そんな思いで見ていただけに、十兵衛の使命がどうなろうと知ったことかと、例によって孤軍奮闘のさまを見ながら白けてしまったのだった。
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[339]柳生武芸帳 片目の十兵衛
 逆手切り呑気呆亭 (Mail)2014-01-20
 
近衛十四郎の息子の松方弘樹がこのシリ−ズでは色々な役柄で出演しているのが愛嬌ではある。この作では千四郎に扮するのだが、その軽さに比べて兄の多三郎を演じる品川隆二の本・・・
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近衛十四郎の息子の松方弘樹がこのシリ−ズでは色々な役柄で出演しているのが愛嬌ではある。この作では千四郎に扮するのだが、その軽さに比べて兄の多三郎を演じる品川隆二の本気さが逆に気の毒になってしまう。千四郎と柳生の娘とのエピソ−ドもどこか付けたりめいていて、十兵衛が常に使う逆手切りの構えと共に違和感を覚えてしまう。
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[340]誇り高き男
 撃鉄の音呑気呆亭 (Mail)2014-01-15
 
この傑作異色西部劇の仕掛けは四つの撃鉄の音である。保安官キャス(ライアン)を丸腰の父親を撃ち殺した仇と思いこんでいる若者サッド(ハンタ−)は、殺し屋チコを後から撃ち・・・
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この傑作異色西部劇の仕掛けは四つの撃鉄の音である。保安官キャス(ライアン)を丸腰の父親を撃ち殺した仇と思いこんでいる若者サッド(ハンタ−)は、殺し屋チコを後から撃ち殺したキャスを非難する。しかし倒れ伏したチコの手には拳銃が握られていた。キャスはチコが懐に隠した拳銃の撃鉄を起こす音を聞いて撃ったのだった。二度目は牢番のジェイク(ブレナン)がキャスの反応を試すために悪戯で起こした撃鉄の音。三度目は悪党一味との納屋での決闘の際に、一時的に視力を失ったキャスを背後から窓越しに狙った男の撃鉄を起こす音。キャスはその音に向けて銃弾を放つ。四度目は、サリ−(メイヨ)とともに町を出ることを決意したキャスに変わって保安官となったサッドが、ボスのバレットと酒場で対決するシ−ン。サッドはだまし撃ちにしようとするバレットの懐に秘めた拳銃の撃鉄を起こす音に冷静に反応し、ためらうことなく背後からバレットを撃ち殺す。サッドはついに、かつてキャスと父親の間に起こった事態を理解したのだった。
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[341]抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-
 おっさん三人呑気呆亭 (Mail)2014-01-14
 
前期高齢者のおっさん二人と視聴。殆ど収容所内の監房の描写に終始する地味なドラマであるので、お二人が開始早々から無言になってしまったので、眠ってしまったのかなとおもっ・・・
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前期高齢者のおっさん二人と視聴。殆ど収容所内の監房の描写に終始する地味なドラマであるので、お二人が開始早々から無言になってしまったので、眠ってしまったのかなとおもったのだがさにあらず。二人とも画面に釘付けになって見入っていたのだった。映画は護送車から脱走して捕らえられ拷問を受けたレジスタンスの青年フォンテ−ヌがそれでも抵抗精神を失わずに監房からの脱走を企てる様々な試みを克明に描く。ステンレスのスプ−ンを手に入れ、その把手を研磨してノミを作り、そのノミを使ってドアの羽目板を削って分離し外せるように細工を施す。監房から外に出ることは出来たが、脱獄のためには収容所の壁を越えるためのロ−プと鉤索を作らなくてはならない。フォンテ−ヌは朝の洗面時と汚物の投棄作業時に同じ収容所の仲間と連絡を取り、脱獄の打ち合わせをする。フォンテ−ヌより先に脱獄を試みて失敗して殺された仲間から鉤索の作り方を教わり、ベッドのスプリングの針金を外して布きれに織り込んで堅固なロ−プを作って着々と準備を整えて行く。その過程がリアルな説得力をもって見る者に伝わって来る。我々三人のおっさんは職種は違うがそれぞれに現場での労働体験を持つ。それだけにこのフォンテ−ヌの蟻の歩みにも似た不屈な労働(抵抗)に目を引きつけられてしまったのだろう。映画が終わって三人のおっさんの口から異口同音に出た言葉は「凄かったね・・・」でありました。
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[342]居酒屋
 三大女性格闘シ−ン呑気呆亭 (Mail)2014-01-14
 
貧しく健気な洗濯女をマリア・シェルが好演している。パリの下町の雰囲気を監督のルネ・クレマンと撮影のロベ−ル・ジェイヤ−ルは克明に再現しているように思える。その健気な女・・・
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貧しく健気な洗濯女をマリア・シェルが好演している。パリの下町の雰囲気を監督のルネ・クレマンと撮影のロベ−ル・ジェイヤ−ルは克明に再現しているように思える。その健気な女が男運のなさの故に没落して行くドラマはリアルであるだけに救いがなくて余り後味の良いモノではなかった。唯一面白かったのが、冒頭の洗濯場の場面でのジェルベ−ズとヴィルジニイ(ドレ−ル)とのすさまじ格闘シ−ンであった。女の格闘シ−ンとしては「砂塵」のマレ−ネ・デイトリヒとウナ・マ−ケル、「幕末太陽傳」の南田洋子と左幸子のそれに匹敵するハチャメチャさで、ワタクシとしてはこれらを世界映画史上の三大女性格闘シ−ンと認定したいと思っている。
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[343]太平洋ひとりぼっち
 浪花ッ児呑気呆亭 (Mail)2014-01-02
 
主な舞台が狭いヨットの船内ということで、原作を脚色して1時間37分の映画に構成した脚本の和田夏十の手柄をまず上げなければならないだろう。石原裕次郎も自分の独立プロの作・・・
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主な舞台が狭いヨットの船内ということで、原作を脚色して1時間37分の映画に構成した脚本の和田夏十の手柄をまず上げなければならないだろう。石原裕次郎も自分の独立プロの作品ということで、大阪弁も堂に入っていて違和感がない。それにしてもこの壮挙ではあるが単純な物語を飽きさせずに引っぱって楽しませてくれた演出とキャメラの仕事には敬意を表さなければなるまい。ただし、余りにも原作に忠実に作ったためなのか、太平洋ヨットでをひとりぼっちで渡ることの爽快感や大海原のダイナミズムなどをこの映画から受けることが出来なかったのが惜しまれる。この壮挙はもっと恐ろしくて淋しくて楽しくて痛快な浪花ッ児の物語であったに違いないのだから。
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[344]真田風雲録
 "列組まねえか?"呑気呆亭 (Mail)2014-01-02
 
音楽劇の面白さという点では「鴛鴦〜」に劣るが、アナ−キ−なハチャメチャさと痛快さではこの作品に軍配を上げたい。いつものオ−ソドックスな作風とは異なって加藤泰の演出には・・・
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音楽劇の面白さという点では「鴛鴦〜」に劣るが、アナ−キ−なハチャメチャさと痛快さではこの作品に軍配を上げたい。いつものオ−ソドックスな作風とは異なって加藤泰の演出には危ういほどの遊びがある。“列組まねえか?”なんて今となっては恥ずかしくなるほどの台詞に象徴されるように、この映画には\'60年安保の闘いの影響が色濃く見受けられる。それだけに今見てみるとややアナクロの感を免れないのだが、多彩なキャラクタ−を愉しむだけでもこの作品は日本映画史に残されて行く価値があると思う。
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[345]関の彌太ッぺ
 上木三津子呑気呆亭 (Mail)2014-01-02
 
子供時代のお小夜を演じた上木三津子の素朴さと健気さがなかったら、これほどに名作として語り継がれる映画にはならなかっただろう。そのお小夜が父と母を偲んで街頭に佇んで唄・・・
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子供時代のお小夜を演じた上木三津子の素朴さと健気さがなかったら、これほどに名作として語り継がれる映画にはならなかっただろう。そのお小夜が父と母を偲んで街頭に佇んで唄う♪廻りの廻りの小仏は、何故せいが低いなあ、親の日にととたべて、それでせいが低いな♪の歌は涙なしに聴くことが出来ない。この歌の挿入は演出の山下と音楽の木下の手柄だったのかと思って調べてみたら、長谷川伸さんの原作にしっかり載っていた。それにしてもこれは名場面である。もう一つの名場面は彌太郎が宿場女郎の岩崎加根子から妹の消息を聞くシ−ンである。演出の山下とキャメラの古谷は暗い画面左隅に背を丸めて炬燵にもぐる彌太郎と、妹の死を告げたことで悲嘆に暮れる彌太郎を見て困惑する女郎の姿を浮かび上がらせる。キャメラはその二人の息遣いに合わせるように少しずつ少しずつ寄って行くのだが、彌太郎の悲しみと女郎の優しさがそのキャメラの移動とともに胸に迫ってきて、これまた涙なしには見ていられない名場面であります。
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[346]ジャイアンツ
 ベビ−・サ−クル呑気呆亭 (Mail)2014-01-02
 
ジェ−ムズ・ディ−ンの遺作ということで、彼に目が行きがちだが、この大河ドラマはやはりティラ−とハドソンの夫婦愛の物語なのだろう。大柄のハドスンにはテキサスの大牧場主に・・・
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ジェ−ムズ・ディ−ンの遺作ということで、彼に目が行きがちだが、この大河ドラマはやはりティラ−とハドソンの夫婦愛の物語なのだろう。大柄のハドスンにはテキサスの大牧場主にふさわしい貫禄があり、東部から嫁いできたティラ−は聡明で美しく、かつ夫の人種的な偏見をゆっくり時間をかけて取り除いて行こうとする胆知がある。その夫婦の相互の営みの結実がラストのベビ−・サ−クルに並んで笑う白人とメキシコ人の赤子のシ−ンに象徴されている。
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[347]帰らざる河
 赤いハイヒ−ル呑気呆亭 (Mail)2014-01-02
 
酒場でギタ−をかき鳴らしながら歌うモンロ−は実に妖艶である。そのモンロ−が一転してジ−ンズを穿き洗いざらしのシャツを着て筏で激流に挑まざるを得なくなる。同行のミッチャム・・・
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酒場でギタ−をかき鳴らしながら歌うモンロ−は実に妖艶である。そのモンロ−が一転してジ−ンズを穿き洗いざらしのシャツを着て筏で激流に挑まざるを得なくなる。同行のミッチャムに協力してその息子と共に筏の舵を操作して激流の飛沫を浴びている内に、酒場女としての脂粉が洗い流され素のオンナに戻ってゆき、自然の光を浴びても色あせぬ素肌の魅力を獲得するに到る。眠たげな目のミッチャムはあくまでも男らしく息子(トミ−・レティッグ)は健気で、この二人に家族として迎えられたモンロ−は、もう必要としなくなった赤いハイヒ−ルを捨て二人と肩を並べて馬車でホ−ムへ向かうのだった。
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[348]フレンチ・カンカン
 ダンス・シ−ン呑気呆亭 (Mail)2013-12-24
 
ダングラ−ル(ギャバン)とニニ(アルヌ−ル)とが出会う下町のキャバレ−でのダンス・シ−ンが素晴らしい。\'61・米の「ウエストサイド物語」のそれを先取りするかのようなダイナ・・・
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ダングラ−ル(ギャバン)とニニ(アルヌ−ル)とが出会う下町のキャバレ−でのダンス・シ−ンが素晴らしい。\'61・米の「ウエストサイド物語」のそれを先取りするかのようなダイナミックなダンス・シ−ンは、かつての「天井桟敷の人々」を思い出させてくれるような素敵なモブ・シ−ンであった。こうした庶民のエネルギ−を横溢させる映画を近年のフランス映画は失ってしまったように思えるのは何故なのだろうか。思うに我が国には「松竹ヌ−ベルバ−グ」が一方にありながらも、その対極に「東映チャンバラ映画」が有ったのに比べて、フランスのヌ−ベルバ−グにはそれに対峙する雑駁な映画群がなかったからなのではないだろうか。というのは、フランス映画界の事情を知らぬ無知なワタクシの勝手な独断であります。
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[349]ミスタア・ロバーツ
 ミスタアVsフォ−ド呑気呆亭 (Mail)2013-12-24
 
初見ではパルバ−少尉が仕掛けた爆薬が洗濯室で暴発して、石鹸の泡がまるで生き物のように溢れだして艦内を席捲するというギャグに腹を抱えて笑った。後にフォンダとフォ−ドの諍・・・
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初見ではパルバ−少尉が仕掛けた爆薬が洗濯室で暴発して、石鹸の泡がまるで生き物のように溢れだして艦内を席捲するというギャグに腹を抱えて笑った。後にフォンダとフォ−ドの諍いのことを聞き、そのことから監督がマ−ヴィン・ルロイに替った顛末などのことも知ったのだが、フォンダとフォ−ドの演出を巡っての確執がどの辺りに有ったかは分からぬが、見直してみるとフォンダよりもギャグニ−やレモンやパウエルの演技の方が好ましく感じた。フォンダはこの作品の原作となった舞台を何年も演じたと聞いているが、フォンダにとって大事だったのはミスタア・ロバ−ツという役柄だったのに、フォ−ドにはロバ−ツを含めた輸送艦の乗組員たちと艦長との対立を喜劇仕立てに描くことが主眼だったのではなかったか。甲板を独り超然としてつっぱらかって歩くミスタアには同僚への愛情も叩き上げの艦長への敬意も見られぬことに苛立って、フォ−ドはロバ−ツを殴ってしまったのではなかったろうか。そうしたアレコレからの救いはラストシ−ンのレモンとギャグニ−の絶妙の間合いでの対決ぶりであった。
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[350]続・次郎長三国志
 リメイク呑気呆亭 (Mail)2013-12-16
 
長門祐之が前シリ−ズでは森繁久彌が演じた森の石松を好演しているのだが、やはり二番煎じの辛さで、事ごとに比べて見てしまうのはいかんともし難い。その石松と三五郎(木村)・・・
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長門祐之が前シリ−ズでは森繁久彌が演じた森の石松を好演しているのだが、やはり二番煎じの辛さで、事ごとに比べて見てしまうのはいかんともし難い。その石松と三五郎(木村)と投げ節お仲(丘)のエピソ−ドがこの第二部の主題となっているのだが、いかんせん前シリ−ズの投げ節お仲(久慈あさみ)と比べては色気も愛嬌も伝法ぶりも比べものにならないので、これはこれで丘さとみの可愛らしさに免じて別物として見てやらなければならないだろう。リメイクというやつは難しいモノではある。
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[351]次郎長三国志 第一部
 鶴田浩二Vsこ呑気呆亭 (Mail)2013-12-16
 
東宝の9部作の次郎長(小堀明男)に比べると、鶴田浩二の次郎長はいかにも主役という感じで格好良すぎて、茫洋とした小堀次郎長が時折見せる凄みがに欠ける憾みがある。小堀次・・・
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東宝の9部作の次郎長(小堀明男)に比べると、鶴田浩二の次郎長はいかにも主役という感じで格好良すぎて、茫洋とした小堀次郎長が時折見せる凄みがに欠ける憾みがある。小堀次郎長には妙に人を引きつける部分があって、それが彼の周囲に多士済々の子分たちが集まってくる所以であったのだが、鶴田次郎長は顔は良し口跡の歯切れは良しで、のっけから親分らしくて、前作に濃厚に漂っていた一家形成譚とでもいう行きつ戻りつする屈折した物語にはならないのだった。まあそれでもさすがにマキノ雅弘であって、二番煎じではあるが楽しめる作品になっている。
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[352]続・忍びの者
 空回り呑気呆亭 (Mail)2013-12-16
 
前作の伊藤雄之助の二役の設定があざとくて、肝心の雷蔵の活躍が今一楽しめなかったのだが、本作の雷蔵の忍者ぶりは中々いい。山本薩夫の演出も丁寧に忍者の技法を描いていて楽・・・
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前作の伊藤雄之助の二役の設定があざとくて、肝心の雷蔵の活躍が今一楽しめなかったのだが、本作の雷蔵の忍者ぶりは中々いい。山本薩夫の演出も丁寧に忍者の技法を描いていて楽しめたが、信長(城)秀吉(東野)明智(山村)家康(永井)の描き方が類型的で、せっかくの雷蔵五右衛門の活躍が空回りしている感じが否めなかった。
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[353]雪夫人絵図
 (無題)呑気呆亭 (Mail)2013-12-15
 
初見では溝口の演出する木暮実千代の隠微なエロスに参ってしまったのだが、二度目では何度も奇妙な顔を象った帯留めをこれ見よがしに映し出す作為にうんざりしてしまったのだっ・・・
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初見では溝口の演出する木暮実千代の隠微なエロスに参ってしまったのだが、二度目では何度も奇妙な顔を象った帯留めをこれ見よがしに映し出す作為にうんざりしてしまったのだった。おまけに雪夫人が恋する琴の師匠の上原謙のしたり顔が鼻について、やたら裸になる柳永二郎の下品さとともに見るに堪えない思いがしたことだった。登場人物の誰にも感情移入出来ない珍しい作品である。
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[354]遠い国
 ダンディなマッキンタイア呑気呆亭 (Mail)2013-12-10
 
のっけにジェフが牛追いに雇ったカウボ−イ四人の内二人を射殺したことが明らかにされる。二人のカウボ−イもジェフに恨みを抱いているようだ。このことで荒野の暮らしで形成され・・・
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のっけにジェフが牛追いに雇ったカウボ−イ四人の内二人を射殺したことが明らかにされる。二人のカウボ−イもジェフに恨みを抱いているようだ。このことで荒野の暮らしで形成されてきた果断非情なジェフの性格が明らかにされる。彼が心を許している人間は相棒のベンだけのようだ。そのジェフの頑なな心が純情で真っ直ぐな心の娘ルネによって徐々に解されてゆく。このあたりのアンソニ−・マンによるジェフ=スチュワ−トの造形は「ウインチェスタ−銃\'73」のそれとは異なってやや捻ったモノになっている。そのジェフに対抗する敵役のマッキンタイアが好い。格好もダンディで皮肉に富み銃の腕も確かで、荒くれ者を取り拉いで瞬く間に町を支配してしまう魔術的な力を持っている。この一癖ある二人の対決がアラスカの雄大な景色をバックにして描かれ、まことに見応えのある娯楽映画になっている。
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[355]ララミーから来た男
 スチュワ−ト―ウエイン呑気呆亭 (Mail)2013-12-10
 
同じ西部劇のスタ−でありながらスチュワ−トとウエインの違いは実に興味深い。この二人の間にヒップ・スタ−のジェ−ムズ・ディ−ンやマ−ロン・ブランドやポ−ル・ニュ−マンを置いて・・・
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同じ西部劇のスタ−でありながらスチュワ−トとウエインの違いは実に興味深い。この二人の間にヒップ・スタ−のジェ−ムズ・ディ−ンやマ−ロン・ブランドやポ−ル・ニュ−マンを置いてみると、アメリカ映画の男優の鳥瞰図が浮かんでくるように思える。ウエインは表だけの男、スチュワ−トは表の顔の裏に屈折した思いを秘めている男、そしてこの二人ともがアメリカ映画の男性像の両極を代表しているのだ。この映画もそうしたスチュワ−トの西部劇の1本。見所はワグマンに対抗するジミ−を温かく見守る女牧場主のケイトの肝の据わった存在感と、その彼女が長年秘めてきたワグマンへの恋心。そして頑固ではあるが公正さを失わないワグマンが、一人息子のデイブと右腕としてきたヴィクを亡くし、その上失明するという苦境に陥った時に、ケイトはそっとその傍らに寄り添うのだった。
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[356]ハンナ・アーレント
 陳腐な・・・呑気呆亭 (Mail)2013-12-10
 
Oさん 映画・『ハンナ・ア−レント』、強烈な体験でした。しつこく奨めてくれて有難う。ラスト8分のア−レント教授の講義には圧倒されました。夢にうなされるほどに恐れていたナ・・・
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Oさん 映画・『ハンナ・ア−レント』、強烈な体験でした。しつこく奨めてくれて有難う。ラスト8分のア−レント教授の講義には圧倒されました。夢にうなされるほどに恐れていたナチのアイヒマンが思わず失笑するほどに凡庸な小役人でしかなかったことの認識から、根源的な「悪」などというものはない、「悪は陳腐(凡庸)」であるという認識を得た課程をタバコを片手に語りながら、根源的なのは「善」であるという結論に到る立論は見事なものでした。学生たちの拍手の中、それを聞いていた同僚の男性たちが席を蹴って退席したのは、彼らが自らの根底に潜めている「政治性」に気付かされた故のことであったのでしょう。男という奴は幼児の頃から女性に対しての根拠のない優位性を刷り込まれ続けて来たために、その「政治性」に気付かされるとあのように激昂するもののようです。それにしても監督もスタッフも主演者も女性で固めたこの映画は、陳腐な✕✕✕をぶら下げたやつらの横っ面を小気味よく張ってみせてくれた作品でした。
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[357]雁の寺
 うなじ呑気呆亭 (Mail)2013-12-06
 
着物をきた女のうなじがこれほどにエロティックなものだとは。里子(若尾文子)のうなじを斜め上の視点から写すキャメラは、その着物の下に隠された爛熟した肢体を剥き出しに暴・・・
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着物をきた女のうなじがこれほどにエロティックなものだとは。里子(若尾文子)のうなじを斜め上の視点から写すキャメラは、その着物の下に隠された爛熟した肢体を剥き出しに暴くかのようだ。その女の肩をなで回す三島雅夫という果報者、こやつ役柄とは云え許せない助平さである。こんな女が身近に居れば師匠だろうと誰だろうと殺して自分のモノにしたくなるのは当然だろう。それにしても少年僧慈念(高見)に体を与えた里子の行為は、間接的に住職の慈海(三島)を殺すことを教唆したと見られかねないが、それを感じさせぬ若尾文子という存在の生まれながらの娼婦性は、同じ川島作品の「女は二度生まれる」の小えんにもあった菩薩性と表裏をなす。
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[358]十三人の刺客
 呑気呆亭 (Mail)2013-12-03
 
この事件の時代設定は弘化元年(1845)、最後の国内戦争であった関ヶ原の戦い(1600年)から245年も経っている。映画の中でも台詞として言われているが、当時その腰に差した刀・・・
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この事件の時代設定は弘化元年(1845)、最後の国内戦争であった関ヶ原の戦い(1600年)から245年も経っている。映画の中でも台詞として言われているが、当時その腰に差した刀を使って人を殺傷した経験のあるものは、武士階級にもほとんど居なかったであろう。巧みな居合いの技を見せてくれる平山九十郎(西村晃)にしても同様であったろう。人を切ったことのない十三人の刺客と五十三人の明石藩士たちとの戦いが、この映画によって描写された無様なモノになったのは無理からぬことであったのだ。相手に切られまいとする恐怖は両手に握った刀を剣術などは忘れ去って無闇矢鱈に振り回させる結果となる。しかし、感心するのは(映画だからだが)刺客の側にも藩士の側にも敵に後を見せて逃れ去った者が一人もいなかったということである。刀を失った平山の醜態はやや誇張されているが、突然襲った無防備であるという恐怖によるものであって、軽蔑すべき行動ではなかった。侍というものの強さと潔さと胆知を見せてくれた片岡千恵蔵、内田良平、月形龍之介、嵐寛寿郎の背筋の伸びた姿がいつまでも心に残る作品であった。
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[359]若き日の次郎長 東海道のつむじ風
 不穏な映画呑気呆亭 (Mail)2013-12-03
 
これは不穏な映画である。かつてマキノ雅弘は戦時中にその娯楽性の底に秘められた革命思想によって罪を問われかねない「阿波の踊子」という忘れられた傑作を作ったが、この作品・・・
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これは不穏な映画である。かつてマキノ雅弘は戦時中にその娯楽性の底に秘められた革命思想によって罪を問われかねない「阿波の踊子」という忘れられた傑作を作ったが、この作品もまた60年アンポの翌年に作られたということから推量すると、権力者に対する民衆の戦いの戦術を描こうとしたのではないかと思われる。次郎長は甲府勤番支配に対して戦いを挑むにあたって、周到に準備を重ね甲府の町衆を味方に引き込んでおいてから行動を起こす。単なるやくざ者に過ぎない次郎長たちが、結局甲府勤番支配を屈服させて無事に清水港へ向かうことが出来たのは、彼らが民衆の支持を背景として正義を行ったからだった。マキノ雅弘は常に敗退する左翼運動を担う連中に、“この次郎長一家の戦い方を見習ったらどうだ”と言いたかったのではないだろうか。
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[360]放浪記
 悲喜劇呑気呆亭 (Mail)2013-12-03
 
原作も舞台も見ていないので、この映画が我が「放浪記」である。高峰秀子という役者さんの喜劇的な才能と並でない演技力に驚く。娘時代の芙美子はまさにブス、貧しくて極度の近・・・
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原作も舞台も見ていないので、この映画が我が「放浪記」である。高峰秀子という役者さんの喜劇的な才能と並でない演技力に驚く。娘時代の芙美子はまさにブス、貧しくて極度の近視で世の中に受け入れられない娘を、高峰は上目使いの物腰と左肩を下げて足を引きずる歩き方で完璧に表現して見せる。まさに秀逸。惚れた男に次々に失望させられて何度もカフェの女給に戻ってしまう繰り返しには、成瀬の狙った悲喜劇の効果が存分に描写されていて思わず笑わされてしまう。その役立たずの男たちを演じた俳優たちもそれぞれに秀逸で、貧乏物語でありながらどこか滑稽な人間群像を描いた秀作である。
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