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 「篭瀬山」さんのコメント一覧 登録数(719件)rss
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[061]不都合な真実
 テクニカル・ポイント篭瀬山2006-12-23
 
 ある気象予報士によると、地球温暖化問題の本質は、気候変動にある。100年かけて地球の気温が3度上がる、これ自体は善でも悪でもない。地球がそもそも氷河期・間氷期とい・・・
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 ある気象予報士によると、地球温暖化問題の本質は、気候変動にある。100年かけて地球の気温が3度上がる、これ自体は善でも悪でもない。地球がそもそも氷河期・間氷期といった気温変化を繰り返しており、その上で生きようとする物は、環境に適応しなければいけない。だが気温が徐々に上がっていくのならいいが、気候変動とは、その初期において、変動の振幅幅がべらぼうなことに特徴がある、というのだ。百年に一度の大干魃に見舞われた翌年が、同じく百年級の大洪水、というありえないような異常気象の繰り返しが、気候変動期の初期には起こる。徐々に振幅の幅は狭まって、上がりきってしまえばそれはそれで安定した自然循環になる、ということだが、要は、今のわれわれはこの気候変動初期の真っ只中にいるのではないか?ということだ。  正直、この話を聞いたときには、じゃ今のわれわれにはどうすることも出来ないのでは?と暗澹たる気持ちになったが、彼(予報士)は、いや出来ることはある、と言う。  この点は本作も同じ。温暖化の問題は、それがいかに重大で深刻であるかを説くだけでなく、だからこそ直ちに行動を起こして問題に立ち向かおう、と説く必要がある。曰く「省エネ・省電力の家電製品に買い換えましょう」「車はハイブリッド・カーに買い換えましょう」「木を植えましょう」etc...。アル・ゴア本人をロボットだと評される方がいたが、生活の事細かな局面まで「CO2排出効率」てな観点から講評され、ロボットのような生き方を指図されているようで、なんともやりきれない。画像やグラフを駆使したゴアの講演は分かりやすかったし、人の知性を信じ、そこへ向かって訴える彼の誠実さには頭の下がる思いがするが、そういう思いと、映画の出来不出来は別だ。映画としては6点。  ついでに、予告編(本編とは別撮り)で見たアル・ゴアが、そこらへんのとぼけたおっさんという感じだったことを付記しておく。口ぶりだけは確かだが、眼力がなく、視線もさまよっている。顔の作りも中心に寄ってしまった感じで、態度も、ただソファに座っているだけなのだが、なんか窮屈そうだった。変なの。(07-02-04)
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[062]ある愛の詩
 好都合な真実篭瀬山2006-12-23
 
 言葉の空中戦、というか、アクロバティックな会話の応酬の中から愛が育まれていく、という類のラブストーリーを、私はあまり買わない。もちろん映画は喋り方とかファッション・・・
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 言葉の空中戦、というか、アクロバティックな会話の応酬の中から愛が育まれていく、という類のラブストーリーを、私はあまり買わない。もちろん映画は喋り方とかファッションとか情景から、時代の息吹を感じ取れるかどうかも重要な要素な訳だが、同時代にこの作品を見たとしても、私はあんま好きになれなかったんじゃないかと感じる。ただの恋愛譚に終わらず、結婚生活まで描いていることには好感が持てるが、どうせなら子供を作るところまで描いたらもっと責任あるメッセージになりえたのに、などと思ってしまう。5  ちなみに、ハーバードの学生仲間として2シーンだけ登場するトミー・リー・ジョーンズ(若い!が、アバタだらけの顔は一緒だ)は、実際にハーバードの卒業生らしいが、彼と学生寮で同室だったのはなんとあのアル・ゴア(クリントン時代の米副大統領。本当ならブッシュ・ジュニアの代わりに大統領になっていたはずの男)だという。ゴア家もこの映画のオリバーの一族と同様、アメリカの名門家系だそうで、オリバーのモデルはアル・ゴアだという噂もあるらしいのだが、それは関係ないんだって(DVDのコメンタリーで監督が言ってた)。
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[063]ゴースト/ニューヨークの幻
 思いが残る篭瀬山2006-12-23
 
 人の思いは、物質の電子的な状態として脳の中に記憶される。したがって、われわれが日常で使う物、道具、衣服、家屋などには、使用者の個人的な思いが断片的な電子の状態とし・・・
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 人の思いは、物質の電子的な状態として脳の中に記憶される。したがって、われわれが日常で使う物、道具、衣服、家屋などには、使用者の個人的な思いが断片的な電子の状態として保存されることもありうる。これはとても非科学的な考えだが、現在の心霊科学(という疑似科学)の多くは、こうした考えを採っている。そして、洋の東西を問わずこうした発想が存在するということは、そこに何某かの真実があるからだと、考える人も多いと思う。この作品は、いわゆる心霊現象について、実によく勉強が行き届いている。いま見ると、霊に成りたてのサム(パトリック・スウェイジ)が椅子の肘掛けをつかんでいたりと、アラも目につくわけだが、お涙頂戴式のベタベタなラブストーリーが、こういうディテールの積み重ねの上に成り立っているということは、もっと注目されていいと思う。人の残した思いをかき集め、掬い上げ、一つにまとめて、解放してやるということに成功した作品だと思うからだ。  要約すると、デミ・ムーアが泣くたびごとに、私も涙した作品である、ということだ。9  ちなみに件の400万ドルは、マフィアが銀行員のカールを利用して洗浄させるつもりだったお金である。
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[064]ロッキー
 規制を解く篭瀬山2006-12-23
 
俺はこんなもん、この程度の男、これ以上のことはできないよ。と、いうような、自分で自分に設けてしまう限界や、制限。そういったものを、自分自身で解き放っていく、そういう・・・
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俺はこんなもん、この程度の男、これ以上のことはできないよ。と、いうような、自分で自分に設けてしまう限界や、制限。そういったものを、自分自身で解き放っていく、そういう男の姿を描いた作品だと思う。アポロに指名されたロッキーがトレーニングを始めるという、物語の本筋が展開し始めるまでに、小一時間はかけている。今の平均的な映画の基準からしたら考えられない展開ののろさだが、この前半部で、ロッキーの冴えない日常、パッとしないライフ・ストーリーを、丁寧に紡いでおいたのが生きているわけだ(また、これが結構退屈しない)。今の映画にこういう作品はないけれど、むしろこういう物語まで語り終えられてしまった映画界は、常に新しい何かを模索中である、ということなのかもしれない。いずれにしても、カメラが初めて世界を捉えたときのような、瑞々しさに満ちた作品だ。それとファイトシーンの迫力は今見ても色褪せない。8
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[065]硫黄島からの手紙
 処置なし篭瀬山2006-12-21
 
何が何でも生き抜きたい、と考える日本人は、もちろん一定の割合でいたと思うが、少なくとも、そういう思いを抱く自分自身に対して、恥ずかしさを感じていたはずである。一方で・・・
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何が何でも生き抜きたい、と考える日本人は、もちろん一定の割合でいたと思うが、少なくとも、そういう思いを抱く自分自身に対して、恥ずかしさを感じていたはずである。一方で、戦陣訓の悪しき効能については聞いたことがあるし、将校クラスに自死を選ぶ傾向の強かったことも事実とは思うが、この映画では、無責任、というより、死にたくて死にたくて仕方なかった人間が、死ぬのに適当な理由を見つけて自殺したように見えてしまう(それは今の日本人のことだ)。イーストウッドが根本的に勘違いしているのは、現代の社会的な混迷は、社会が全体として大きな目的意識を失ったことにあるのだとして、戦前戦中の日本はむしろ、目的意識を共有したことにその(善し悪しは別として)特徴があるということに気づいていない点だ。彼の理解した<ジャパン>を、同胞のアメリカ人に説明してみせた、というところがこの作品の本質だと思うが、どうしても、私の愛する日本を貶められたように見えてしまう。といってもこの作品を賛美する日本人がまたぞろ出てくるのだろうが・・・。4
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[066]霧の旗
 習作チック篭瀬山2006-12-19
 
白黒なんだが、映像がとても綺麗。そしてもちろんシャープだ。倍賞千恵子が(山田作品では)『下町の太陽』に続いて<自分の頭で考える>女を好演している。その姿の美しいこと・・・
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白黒なんだが、映像がとても綺麗。そしてもちろんシャープだ。倍賞千恵子が(山田作品では)『下町の太陽』に続いて<自分の頭で考える>女を好演している。その姿の美しいことはいずれも同じなのだが、本作の方には、<恐ろしいほどに>という枕詞がつけられるだろう。彼女(桐子)の選んだ選択に、人間として納得がいくわけではないが、こういう選択をする人間なら、こういう行動を取るだろうという点に関し、間違いがないと思える。人間性をリアルに描くことに徹した作品と言えるが、弱冠習作チックな感じもある。6
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[067]白昼堂々
 手堅い篭瀬山2006-12-19
 
大傑作ではないが、飄々として手堅い傑作。泥棒部落なるものがどうやって成立しているのか、思い出すだけでニヤニヤしてしまうが、これがなかなか実践的。さすが実話に基づくだ・・・
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大傑作ではないが、飄々として手堅い傑作。泥棒部落なるものがどうやって成立しているのか、思い出すだけでニヤニヤしてしまうが、これがなかなか実践的。さすが実話に基づくだけあるという事だが、よく取材してあるし、それがうまく活かされている。個人的には、ドタバタ系の演技に抑制が効いているのもよかった。野村芳太郎(『砂の器』)、渥美清(寅さん)、倍賞千恵子(桜)、藤岡琢也(『渡る・・・』)、佐藤蛾次郎(・・・)らそれぞれのイメージを、覆すとまではいかないが、意外な一面が見られること請け合い。
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[068]王の男
 底が浅い篭瀬山2006-12-19
 
 人間が薄っぺらい。座長の交渉により、土地の貴族へ一晩<提供される>ことになった女形のコンギルを、相方のチャンセンが救ってやろうと奮闘する――ところから物語は始まる。・・・
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 人間が薄っぺらい。座長の交渉により、土地の貴族へ一晩<提供される>ことになった女形のコンギルを、相方のチャンセンが救ってやろうと奮闘する――ところから物語は始まる。しかし映画の中の世界がその外側にも広がっていると考えるならば、この座長はどこの土地でもそういう交渉を繰り返してきたものと考えられる。なのに、いままでそれを見過ごしてきたチャンセンが、なぜここで突然抵抗するのか、その手掛かりはまったく描かれない。もう一つの可能性は、座長はこの土地で初めてそういう交渉をした、というものだが、なぜ急に今までと変わったのか、その手掛かりが描かることもない。つまりこの映画の登場人物は、映画が始まると同時に誕生していて、われわれの住むこの世界となんら繋がりを持たない。  別に人間が薄っぺらくても、ほかに見所のある映画もたくさんある。この手の作品で言えば、宮廷文化のきらびやかさを絵巻的に描くであるとか、芸人たちの至芸をカメラワークを駆使して刺激的に描く、といったものだ。だが、正直言って、中国の京劇を水で薄めてかき回したようなこのお芝居に、なんの魅力も感じない。韓国の伝統文化ってこんなに底の浅いものなのか。  他にどんな魅力がこの映画にあるのか知らない。これから見ようという人は、この映画を誉めている方のコメントを読むのがいいと思う。5  追記)コンギルのキャラクターには少し魅力がある。か弱き女みたいな風情には気持ち悪さしか感じないが、芸人としてのあり方に最も自覚的であると思えるからだ。
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[069]プラダを着た悪魔
 自信篭瀬山2006-12-10
 【ネタバレ注意】
 ファッション業界という、知らん人間からしたら個性のぶつかり合いと思われる世界。しかし、感性なる不確かなものが幅を利かすために、かえって厳格な感性の持ち主がカリスマ・・・
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 ファッション業界という、知らん人間からしたら個性のぶつかり合いと思われる世界。しかし、感性なる不確かなものが幅を利かすために、かえって厳格な感性の持ち主がカリスマを持ちやすく、ファシズム的服従関係が生じている。実際がどうかは知らないけど、とても納得性があった。働くこと、使われる(雇われる)ことの、つらさ苦しさ、またその喜びは、男も女もなく一緒なんだということが、明快に提示されていた。  例えばエミリー(エミリー・ブラント)がパリ行きチームの選に漏れたのは当然だ。大事な局面で健康管理ができていなかった訳だし(←風邪引いた)、(パーティ客の顔と名前を覚えるという)彼女の仕事を果たしてない。ベストの人選をするならあの時点ではアンディ(アン・ハサウェイ)を選ぶのが公平かつ最善だ。そしてもちろん経営に私情を挟む余地はない。  しかし悪魔(メリル・ストリープ)が人間の感情をわかってないかというと、そうではない。(業務命令で強引に引っ張る、みたいな)上っ面の優しさを示さず、アンディ本人の判断に委ねたところ、そしてアンディがパリ行きを決めると、決断の揺るがぬうちにエミリーに電話でそう告げさせる(という、本人の一番直面したくないこと、なるべく先延ばししたいと思うようなことを、まずさせる)という配慮。こういう配慮ができるのは、彼女自身がそういう決断を積み重ねてきたからで、経営者として自分に自信がないとなかなかできない判断であり、これ以上ない彼女の優しさだ。  話が掴みにくかったのは、ナイジェル(スタンリー・トゥッチ)が会社の社長になれると喜ぶところだ。悪魔の下で働きながら、水面下では起業の準備をしていたのかと、そうは見えないのに立派な奴だなと感心したわけだが、その割には依存心が強く、独立者の気概を欠く人物に描かれているようにも感じた。そしたら何のことはない、企業グループ内の人事異動みたいな話だったわけで、これなら約束が反古にされるのは致し方ないことだ(そもそも確約ではなかったはず)。字幕版で洋画を見ると、ときどきこういうことが起きるので困る。  確かにこういう話はなかなか伝わりづらいようだ。表面的にはファッショナブルだからであろう、この映画を、女子供の楽しむ映画だみたいにおっしゃる方がたまにいる。そういう方々が、現実の厳しさから目を背ける性質でそう言っているのでなければいいと思うが(そうじゃなくてもいいけど)、職業倫理としては珍しいくらい正しい映画である。  女によると、あれだけの高いヒールを履いて、脚をまっすぐ伸ばして歩くことって、結構たいへんなことらしい。言われてみれば、膝を曲げてガニ股みたいに街を歩くギャルの姿に思い当たる(少しずつ高いのを履けばいいんだそうだ)。女性が美しくあることの大変さもわかる、一粒で二度も三度もおいしい作品だ。7
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[070]007/カジノ・ロワイヤル
 口惜しいほどの美しさ篭瀬山2006-12-10
 【ネタバレ注意】
 下の方で、ダニエル・クレイグを「チョイ悪オヤジにしか見えない」と書いてる方がいて大受け&大賛同。不遜な態度に経験の裏づけが感じられなくて弱冠幼稚に映る。  初めの・・・
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 下の方で、ダニエル・クレイグを「チョイ悪オヤジにしか見えない」と書いてる方がいて大受け&大賛同。不遜な態度に経験の裏づけが感じられなくて弱冠幼稚に映る。  初めの方のクレーン上での格闘シーンは、展開上の必然性は無かったと思うが、緊迫感に溢れていた。自在に動き回るカメラが、危機と紙一重のスリルを見事に演出していた。これと比べると、ラストでベネチアの古い家が倒壊するシーンは、実際に危険な環境下で撮影されたのだと思うが、カメラの動きに制限があるせいか、ちっとも危険に見えなかった。つまり現実の危険と映画の中の<危険>は違うのだ。ということが、この映画を見てわかった。  エヴァ・グリーンは、あの『ドリーマーズ』で惜しげもなく裸体(それも豊満な)を晒していた女優さんかと後で知ったが、しかし、女は(女優は、か)化けるね。なぜこいつが俺の女でないのかと口惜しくって仕方がない。6
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[071]土徳 焼跡地に生かされて
 過去をたどる篭瀬山2006-12-03
 
 都会の真ん中に取り残される寺院。建造はわりと新しく80年代前半とのことだが、寺院というものには古を想起させる象徴性がある。逆に言うと、住職の息子として寺院に生まれ・・・
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 都会の真ん中に取り残される寺院。建造はわりと新しく80年代前半とのことだが、寺院というものには古を想起させる象徴性がある。逆に言うと、住職の息子として寺院に生まれた青原さとしほど、廣島のある町で育まれた精神性、文化、人となり等をたどり、それを記録するに相応しい人物はいない。必ずしも視点に一貫性はないが、父とその死を軸とし、全体で交響曲のような構成上のまとまりを作り上げていることは確かだ。強いて言えば、原爆を描いて以降も、それに匹敵するモチーフを見出せないまま現代までを長々と描くので、尻すぼみの印象を受けた。もちろんそこには、原爆を無視はできないが誇大視もしないという、地元人ならではの明確な意志もあるのだが。  映画は、このように、人それぞれの過去を統合するという役割を担うことができる。だが、映画が存在しない時代のほうがより豊かに過去を記憶し、過去と固く繋がっていたことを想えば、私はこのことにいつも矛盾を感じずにいられない。7
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[072]ソウ3
 痛ソウ篭瀬山2006-11-23
 
血糊ドバッ、内臓ドロッみたいなカットを一瞬ずついくつも重ねて見せ、それに悲鳴や呻き声を被せて<ホラー>を演出する手法にまったく進歩がない。1作目では、堂々と手掛かり・・・
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血糊ドバッ、内臓ドロッみたいなカットを一瞬ずついくつも重ねて見せ、それに悲鳴や呻き声を被せて<ホラー>を演出する手法にまったく進歩がない。1作目では、堂々と手掛かりをさらした上で、それを盲点に利用し、観る者をあざむく語りのトリックが鮮やかだったが、もはやそういう構成さえとってない。編集技法にオリジナリティがあるだけの(それも使い回しだが)普通の<驚かせ型>ホラー映画に成り下がってしまった。俺は驚かせ型のホラー映画にはあまり恐怖しない方なので、ちっとも楽しくなかった。1や2のエピソードの<そこに至る過程>が描かれるので、そういう方面に興味を持つ方にはいいかもしれないが、そんなことを望んだ人がいたんだろうか? 4
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[073]トゥモロー・ワールド
 Crying Miracle篭瀬山2006-11-23
 
市街戦シーンは『ブラックホーク・ダウン』張りに迫力があったし、出産シーンにも驚いたが、印象に残ったのはそれくらい。ラストには一定の解放感もあったし、話も反発を感じる・・・
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市街戦シーンは『ブラックホーク・ダウン』張りに迫力があったし、出産シーンにも驚いたが、印象に残ったのはそれくらい。ラストには一定の解放感もあったし、話も反発を感じるようなものではなかったけれど。少子どころか無子化社会を仮想することで、子供がいることの素晴らしさをしみじみと訴えるお話なのだが、別にそれが大事じゃないなんて思ったことないしなあ(そういう問題じゃないんだよねえ!)、という感じ。最後に掲げた字幕もタイトルじゃなしに、GO MAKE A CHILD!とかにすりゃよかったのに、などと思った。採点はもっぱら市街戦シーンに。6
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[074]太陽
 天皇陛下に起こされた篭瀬山2006-11-23
 【ネタバレ注意】
 例えば年老いた侍従が天皇の軍服のボタンをとめようとするシーン。緊張からうまくいかず、額に脂汗を浮かせて必死の老侍従。日本人にとって、天皇の身体に触れることがいかに・・・
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 例えば年老いた侍従が天皇の軍服のボタンをとめようとするシーン。緊張からうまくいかず、額に脂汗を浮かせて必死の老侍従。日本人にとって、天皇の身体に触れることがいかに畏れ多いことかをわかりやすく描いたエピソードだと思うが、一方でこの老人は昨日や一昨日侍従になったわけではあるまい。彼にとって陛下のボタンをとめるという行為は日常の出来事だったはずだが、彼はその度に脂汗を浮かせたのであろうか。つまりソクーロフは、場面としての自然さよりもわかりやすさを選んだのである。その意味において、彼を芸術家とは言えないと思う。  前半部も、彼の造形する天皇の人格に説得性を持たせるためであろう、愚にもつかぬエピソードをちんちんたらたら積み重ねるが、退屈しか産みえていない。目玉は鯰の爆撃機が帝都を焼き尽くす幻想シーンだが、こういうものは本来は余禄であって、これが目玉になっては映画は失敗だ。  しかし、天皇が人間宣言をするにあたり、自己の内面にも片を付けるべき問題があったとする発想は素晴らしい。私は、これは日本の天皇ではなく、ソクーロフの天皇なのだと思う。日本の天皇がロシア人の天皇にもなりうるということは、世界の天皇にもなりうるということだ。私は、この発想に大いに魅力を感じるので、ソクーロフの『太陽』を支持することに決めた。6
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[075]小津と語る Talking With OZU
 普遍性が試される篭瀬山2006-11-19
 
 小津というと、日本人に固有の情感を、日本人に固有の感性で、繊細に構築してみせた作家(作品群)という感じが日本人の私にはあるわけだが(語り手も日本人の友人から同様な・・・
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 小津というと、日本人に固有の情感を、日本人に固有の感性で、繊細に構築してみせた作家(作品群)という感じが日本人の私にはあるわけだが(語り手も日本人の友人から同様な質問を受けると言っていたが)、これだけ異なる文化圏に属する人々が一様に、それも私が初めて小津作品に感動を見出したときと同じような観点で、賛美しているのを聞かされると、やはり小津作品には普遍性があるのだろうと思わざるを得ない。この映画には、そういうことを確認できるという意義がある。  しかし一方で、学生時代に初めて小津作品に触れたときにはつまらないと感じた私もあるわけで、小津作品の不可解さや、小津作品につきまとう退屈さ、そういったものにまで率直に言及されていれば、より「小津」を立体的に再現できたのではないか、という思いも持つ。小津を賛美する趣旨の作品であるから、これはないものねだりになるのであろうけれど。6
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[076]風の中の牝鶏
 人の泣き声が聞こえる篭瀬山2006-11-19
 
 『父ありき』のラスト、佐野周二が水戸光子を連れて秋田へ戻る列車のシーンで、当初は「海ゆかば」がかかっていたという説がある。徴兵検査に甲種合格し、頭を丸めた佐野は、・・・
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 『父ありき』のラスト、佐野周二が水戸光子を連れて秋田へ戻る列車のシーンで、当初は「海ゆかば」がかかっていたという説がある。徴兵検査に甲種合格し、頭を丸めた佐野は、時局柄、じきに出征ということになったであろう背景を踏まえ、壮行の意を込めたということだろう。終戦後3年を経て佐野が復員する物語を描いたこの作品は、むろん細かな人物設定は異なるが、『父〜』の続編と見なすことも可能である。『父〜』では佐野の父だった笠智衆が、ここでは佐野の勤める会社の同僚となっているという、シュールな世界認識を味わえるが。  この二つの映画の間には、現実に戦争が存在した。佐野の顔つきにも、笠の顔つきにも、それなりの年輪が感じられるのは当然のこととして、『風の中の牝鶏』にはもはや、父の威厳も、息子の純真も存在しないということに、われわれは気づかざるを得ない。もちろんどちらも映画という名の虚構だが、前者が無理からにでも美しく人間関係をまとめていたのだとすると、後者は、バラバラになった人間たちが、まとめ様もなくバラバラのまま描かれている。小津としては、そんな中にも前向きな希望を見出せるような結末をつけたのだろう。前作『長屋紳士録』よりは小津らしい落ち着きを取り戻してはいるが、本来の小津らしからぬ主観的な主張が込められた作品であると言えるだろう。言うまでもなく、これが戦争の小津に落とした影なのだ。  基本的に古い時代の価値観、人間観に貫かれているものの、その大部分は理解できる。わからんのは、あのように激しく階段落ちした人間は、本人がどう言おうとまずは医者に見せる必要があると思うのだが・・・。昔の人の肉体って頑強だったのかしらん。6
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[077]氷の微笑2
 上を行く篭瀬山2006-11-18
 
基本的にこういう素直な作りの映画は好きだが、話がつまらんわな。シャロンの口説で一応謎解きの感激は得られるわけだが、だとすると大変に頭のいい人が、随分とくだらないこと・・・
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基本的にこういう素直な作りの映画は好きだが、話がつまらんわな。シャロンの口説で一応謎解きの感激は得られるわけだが、だとすると大変に頭のいい人が、随分とくだらないことのためにその知性を費やしたことになるわけで、プロットがそもそも持つ無理矢理感の方が大きい。破綻を無視して展開の意外性だけで突き進む類の作品群を援護することになりかねないから、あまり批判をしたくはないのだけれど。あと根本的なところで、シャロン・ストーンという女優にどうも魅力を感じない(これが原因で1作目もピンとこなかったのだと、あらためて認識したけれど)。魅力を感じたら面白く思えたのかと問われると疑問なのだがそれもまた。6
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[078]淑女は何を忘れたか
 どうして子供がいないのか篭瀬山2006-11-16
 
栗島すみ子の有閑マダムが、そんな悪い奥さんに見えないんだよね。女中に対する態度が酷いのと、友人たちへのベタベタした態度が気味悪いのぞ除けば、旦那を責めるのは正しいし・・・
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栗島すみ子の有閑マダムが、そんな悪い奥さんに見えないんだよね。女中に対する態度が酷いのと、友人たちへのベタベタした態度が気味悪いのぞ除けば、旦那を責めるのは正しいし、節子(桑野通子)を叱るのも正しい。だから斉藤達雄がずっとまごまごしてるならともかく、妻を殴ってしまっちゃ、俺の中では艶笑コメディとして成立しないんだよ。ラストも一難去ってまた一難という感じではなく、はりきっちゃってるのも変だし。17年ぶりくらいに見たが、覚えてたのは栗島のいけ好かない感じのみだった。淑女以外は何もかもすっかり忘れちゃってたわけだね。5
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[079]ブラック・ダリア
 内幕篭瀬山2006-11-16
 
(『チャイナタウン』+『LAコンフィデンシャル』)÷3て感じ(÷2じゃなくて。わかんねーか)。映像が物語を盛り上げる、物語が映像を引き立てる、どちらでもいんだけど、こ・・・
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(『チャイナタウン』+『LAコンフィデンシャル』)÷3て感じ(÷2じゃなくて。わかんねーか)。映像が物語を盛り上げる、物語が映像を引き立てる、どちらでもいんだけど、この作品は絵の美しさが何の役にも立っていない。っていうかこのお話からエロとグロを取り除いたら何にも残らんだろう。それに関して抑制的にすぎる。最近映画を見始めた大学生ならともかく、殺人が如何に実行されたのかとか、ハリウッドの内幕がどうなのかとか、もう少し斬新な視点で見せくれるのでないかぎり、今更どうということはないので、ミステリー仕立てにする意義がない。だいたいヒラリー・スワンクがちっともブラック・ダリアに似てねえじゃねえか。ダリアの方でスワンクに似てなけりゃいけないのに、ダリアの方がはるかに可愛いんだもの。根本が間違ってていいわけない。4 ガス器具会社じゃないんだから↓
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[080]ナチョ・リブレ 覆面の神様
 基本は大事である篭瀬山2006-11-11
 
ジャック・ブラックって、永遠の子供みたいな感性の持ち主で、王様は裸であるということを言い続ける人なんだと思うけれど、相当癖が強いので、頭を空っぽにして映画を楽しみた・・・
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ジャック・ブラックって、永遠の子供みたいな感性の持ち主で、王様は裸であるということを言い続ける人なんだと思うけれど、相当癖が強いので、頭を空っぽにして映画を楽しみたい人、かつお金をかけすぎた映画に辟易している人にのみ、お薦めできる作品だ。私が比較対象として想起したのはロバート・アルドリッチの『カリフォルニア・ドールズ』(まあ、『ロッキー』みたいな映画なんだが)で、プロレスという興行がそもそもそういうもんなんだと思うわけだが、基本だけをきっちり押えておいて、あとは何でもアリ、というところに愉快の本質がある。この作品の場合は、「なんでもアリ」部分が圧倒的に大きく、「基本」は最小限しか押さえてないと思えるが、それでもう馬鹿馬鹿しいほどおかしい。やけにくどい名前のシスターも、清楚かつお茶目で可愛いし。やっぱり基本は大切なんだ、ということを学べた作品である(違うと思うけど)。6
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[081]一人息子
 母の嘆息篭瀬山2006-11-11
 【ネタバレ注意】
親が我が子にかける期待と、親の期待に応えきれないジレンマを抱える子供。人生の局面において、誰もが直面しうる重苦しい問題を描いている。なんの解決策も示されず、重苦しい・・・
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親が我が子にかける期待と、親の期待に応えきれないジレンマを抱える子供。人生の局面において、誰もが直面しうる重苦しい問題を描いている。なんの解決策も示されず、重苦しいまま終わる救いのない作品。小津は晩年にもそういう作品を描いている(『東京物語』もそうかもしれないが、私が一番に思うのは『東京暮色』だ)が、その都度自分自身が通過してきた問題を(間接的に)描いているのだろう、晩年のものの方がより重苦しい。しかし、晩年のものには、それでも人生は続いていく、というよな、強いメッセージも読み取れる。嘆息するという(程度のものだが)形式的な結末をつけたのは、小津自身の内心を慮ると忍びない気もするが、物語を超えて生じる映画の魅力というものを、弱めてしまった。33、4でこういう問題を採り上げうる、小津の冷静な内省力って凄いなとは思うが。5
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[082]東京の宿
 言えないセリフ篭瀬山2006-11-11
 
 親子の情景を細やかにユーモラスに描き上げる。それを浮かび上がらせる背景の<貧困>は、今から見るとこれでどうやって生きていけるんだと思わせるものだが、かえってさほど・・・
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 親子の情景を細やかにユーモラスに描き上げる。それを浮かび上がらせる背景の<貧困>は、今から見るとこれでどうやって生きていけるんだと思わせるものだが、かえってさほど深刻なものに見えない。特に母娘のコンビはいかなる算段で漂ってるのかまったく見えてこないし、こういう描き方が可能だということは、実は社会の切迫した問題ではなかったんじゃないかとさえ思える。この時代はモラルの慎み深い時代だったようだから、直截的な表現は避けている(でも伝わった)ということかもと思わないではないが。  私がこの作品に見出せるのは、坂本”喜八”武のキャラクターの魅力である。意を決して覚悟を決めた後の喜八は、飯田”かあやん”蝶子の直情的な責めの言葉にも一々的確な受け答えをする。こういう状況でこういう受け答えが出来たらいいと誰もが思える<なかなか言えない台詞>のオンパレードだ。寅さんや、『悪名』シリーズの朝吉親分、あるいは仁侠映画の高倉健キャラのような、憧れ可能なキャラクター。私の想像では、すでにこの時代、こういう人物は古いタイプの生き残りだったんじゃないかと思うのだが――? 5
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[083]浮草物語
 やがて音が聞こえ出す篭瀬山2006-11-11
 
 落語なんかでもそうだが台詞というものはズンズン流れて行ってしまうもの。だがサイレント映画の字幕には、台詞を空中に定着させる効果がある。ハイライトする効果というか。・・・
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 落語なんかでもそうだが台詞というものはズンズン流れて行ってしまうもの。だがサイレント映画の字幕には、台詞を空中に定着させる効果がある。ハイライトする効果というか。文章も短くて研ぎ澄まされてる。そして、この映像とサブタイトルを繰り出すタイミングによって、映画にある種のリズムが生まれてくる。初めからはさすがに入り込めないけど、しばらく見ていると、リズムに引き込まれ、音のない映画を見ているという感覚は忘れてしまう。逆に言うと音が聞こえ出す。少なくとも雨漏りの音や手拍子みたいな単純なのは、確実に聞こえた。サイレント期の映画監督は、こうやって独特のリズム感を培っていったのね。だから小津や成瀬はトーキー化以後も、何の変哲ない物語を語って話をドラマチックに見せることが出来たのだ。そんな感慨を抱く。  晩年に大映で撮った『浮草』は、本作のほぼ忠実なセルフリメイクなんだ。ラストの15分だけやっぱり湿っぽくなって、こんなだったっけ?と思うが、喜八(坂本武)というキャラクターを使ってもう一捻り加え、カラッと仕上げるところが小津の持ち味だったのか。三井弘次(本作では秀男)の後の成長ぶりがあまりに<立派>なので、大映版から先に見た私にはただただ驚嘆。6
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[084]アメリカ万才
 鵜の目鷹の目監視の目篭瀬山2006-11-09
 
 (これ以前を私が知らんだけだが)『スミス都へ行く』以来の伝統をひく<ワシントンDCもの>。私はかねてからアメリカのポリティカル・コメディには傑作が多いと思っている・・・
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 (これ以前を私が知らんだけだが)『スミス都へ行く』以来の伝統をひく<ワシントンDCもの>。私はかねてからアメリカのポリティカル・コメディには傑作が多いと思っているのだが、この作品はとにかくシンプルで笑えるという、映画における最高クラスの善まで持つ。そしてもちろんグッとくる。政治にまったく興味の無かった少女(の如き感性を持った大人の女性)が、初めて米国憲法を読み、その中に自分のこれまでの在り方を後押ししてくれるものを感じるという話。つまり米憲法はそれだけ庶民社会の中に息づいていると描いているわけだが、正直言って、わが国では、こんな風に<感じる必要がない>。皇太子が街に来たってここまでは歓迎せん。ゆえにかえってアメリカ人の美点がストレートに評価できる。日本人はこの映画を好きだと思う。  映画内の通りとするなら、わが国で現憲法が発布された年に生まれたゴールディ・ホーン。わざとらしいまでに<天然>を演じていて、にもかかわらず・・・・・とても可愛い。7
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[085]母を恋はずや
 「悪いことは言わないよ」篭瀬山2006-11-07
 
 前作『出来ごころ』から8ヵ月あいている(この頃の小津は年に3〜4本撮ってるので珍しい)。ユーモア部分がさほど無く、話だけで綴られるのだが、無音映画でこれはつらい。・・・
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 前作『出来ごころ』から8ヵ月あいている(この頃の小津は年に3〜4本撮ってるので珍しい)。ユーモア部分がさほど無く、話だけで綴られるのだが、無音映画でこれはつらい。それと主演の大日方伝が、前作ではきりっとして精悍だったが、顔のラインがたるんで締まりに欠く。役作りとしても青々しさが欲しいところ(前作ではあった)なので、これは失策だろう。話は、実子でない大日方が、気持ちを偽って、母と弟につらくあたる、というものだが、私は初め、この長男(大日方)頭がおかしいんじゃないかと思った。嘘をついてたのだとすると、ドラマとしての筋は通るが、私にはこんな人間がいるとは思えないし、いてほしいとも思わない。こういうドラマの型が存在すること自体がかえって興味深い。  ささくれ=親不孝説は私が子供の頃も(頻繁にではないが)聞いたから、昭和50年代くらいまでは言われていたのではないか(今は寡聞して知らず)。掃除のおばちゃん(飯田蝶子)の言う「悪いことは言いませんよ」なんて切り出しも、聞かなくなったですね。というか、そういう言い方が受け入れられうる感情的な土壌が、もはや共有されなくなった気がする。4
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[086]DEATH NOTE デスノート the Last name
 ろうそくワーイ!篭瀬山2006-11-06
 【ネタバレ注意】
 この漫画漫画した世界を生身の人間が演じるとさすがに違和感ありまくりだ(紙の上だとそうでもない)が、受け入れてみる価値はある。前作を見た人なら一時間も見ていれば馴染・・・
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 この漫画漫画した世界を生身の人間が演じるとさすがに違和感ありまくりだ(紙の上だとそうでもない)が、受け入れてみる価値はある。前作を見た人なら一時間も見ていれば馴染むと思うし。要するに犯人と探偵の頭脳戦で、この2作目は互いに相手を知り、相手の目の前で相手の裏をかこうとする競り合いが楽しめる。論理的な、またルールとしての破綻もあるが、見せ方が上手くさほど気にならない。でもってこういうのは見せ方がすべてなのだ。  わからなかったのは、レム(死神#2)がワタリ老人の名前を書いた(のがミサの窮地を救うという理屈も分かりにくいが)のは、Lを殺さないためだったわけだが、この意図は月(ライト)君に伝わらなかったのだろうか(モニター見てなかったのか)? というか、Lの名前を書いていた方が(防衛策も講じられていたことだし)話がすっきり完結する。なぜ老人を殺したのだろう(つーかここでLが実際に死んでも話を妨げない。解説役が探偵じゃなくなるだけで)?  一番気に入った台詞:「この場合、死神が存在すると考えるのが論理的です」ブラボー。6
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[087]時をかける少女
 唸る篭瀬山2006-11-06
 
 うーーーーん。日本アニメってここんとこジブリしか見てなかったから気づかなかったけど、ここまでのレベルに達してたのか。顔の造作なんかはやっぱり(漫画漫画してて)嫌い・・・
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 うーーーーん。日本アニメってここんとこジブリしか見てなかったから気づかなかったけど、ここまでのレベルに達してたのか。顔の造作なんかはやっぱり(漫画漫画してて)嫌いなんだが、馴染みはあるから表情がばっちり読み取れるし。凄い。この絵柄にしてこの物語ありというような、映像の心理的効果と物語のインパクトを繰り出すタイミングがびったんこ。しかも、何度見ても発見がありそう。おみそれしやした。7
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[088]幸せのポートレート
 人生は笑える篭瀬山2006-11-05
 
 会話、出来事、それに対するリアクションなどで、登場人物の心理状態が克明に描かれる。最終的に、彼らの間の心境の変化という形で紡ぎ出されていくという、とても繊細な作品・・・
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 会話、出来事、それに対するリアクションなどで、登場人物の心理状態が克明に描かれる。最終的に、彼らの間の心境の変化という形で紡ぎ出されていくという、とても繊細な作品。それでいて、人生に対するたくましくしたたかな主張が織り込まれている。人生って、おかしくって、馬鹿みたいに笑える。そして、美しくなりうる。自分がそう望みさえすれば。久々にそう感じられる映画に出会った。  クリスマスってなにがあっても祝うのね。7
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[089]カルメン故郷に帰る
 わがんね篭瀬山2006-11-05
 
 新しい文化と古い文化の摩擦みたいのが描かれんのかと思ったわけだが、「新しい」方はすっかり馬鹿にされんのね。でもって物語が思いっきり古臭い人情物スタイル。ここが泣き・・・
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 新しい文化と古い文化の摩擦みたいのが描かれんのかと思ったわけだが、「新しい」方はすっかり馬鹿にされんのね。でもって物語が思いっきり古臭い人情物スタイル。ここが泣き所ですよ、ってのはとてもわかりやすく教えてくれるんだが、その泣く理由がもはやよく分からん。子供の頃木の下で牛に蹴られてから頭おかしくしたとか、子の恥ずかしい姿を見たくはないけど、そんな子に育てたのは親の責任で、その子が見せたいといってる以上、やらせてやりたいと言って泣くとか、笑うところなのかと思わないでもないけど。  わからないついでに言うと、「裸女乱舞」とあったが、実際裸になったわけじゃないと思うんだが、それでも村の人たちには大変な露出で十分すぎる満足だったということだと思うんだが、あまりにも喜んでいるので、もしかして本当に裸になったのかな?とか・・・ 4
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[090]父親たちの星条旗
 日本のアメリカ化とアメリカの日本化篭瀬山2006-11-04
 
 米海兵隊はそれ自体がアメリカ映画の重要なモチーフとして、いろいろな映画で採り上げられてきた。スティーブ・マックイーンやジーン・ハックマンという動作のきびきびした(・・・
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 米海兵隊はそれ自体がアメリカ映画の重要なモチーフとして、いろいろな映画で採り上げられてきた。スティーブ・マックイーンやジーン・ハックマンという動作のきびきびした(私の好きな)俳優がここ出身ということもあって、私にとっても興味深い対象であり続けた。米海兵隊が、陸軍におけるMPみたいな存在から、独立した軍として存続する大きな分岐点となった一つが太平洋戦争である、と私は認識している(その意味で、件の海軍大臣?が言ったことは正しい)。映画によると、<摺鉢山>は勝負の帰趨を決する事象とは程遠かったようだが(戦闘はその後35日間続いた)、それでも、通常の損耗率をはるかに超えて攻め落とした<硫黄島>の戦いが、戦後の海兵隊員の間で誇りとされたことに変わりはないだろうし、摺鉢山に星条旗を掲げる彫像がこの戦闘の象徴であることも間違いない(板門店にもあった)。彼らに誇りを与えた原因が、私たちの父親たち(私にとっては祖父にあたる人たちだが)であることもそうだが、通常であれば退却したり降参したりする目安となる損耗率を超えて戦い抜いたことが誇りなら、私たちの父親たちも太平洋戦争のいたるところで誇るべき戦いをしてきた。この映画の描き方は、私の日本人としての自尊心の一部を若干毀損する。したがって少し不愉快を感じた。  もう一つ感じたのは、日本が靖国という<装置>を持っているということは、なかなか優れたことだな、ということだ。第2部制作にあたり、イーストウッドがこのあたりをわきまえているのかどうか疑問だ。5
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