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 「篭瀬山」さんのコメント一覧 登録数(719件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[091]ブロードウェイ・メロディー
 無理もない篭瀬山2006-10-25
 
 映画がトーキー化したごく初期で、動きと音声がシンクロしているだけで珍しかった時代に、ブロードウェイ・スタイルのミュージカルを真正面から採り上げ、きちんとドラマの中・・・
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 映画がトーキー化したごく初期で、動きと音声がシンクロしているだけで珍しかった時代に、ブロードウェイ・スタイルのミュージカルを真正面から採り上げ、きちんとドラマの中に位置づけるだけでなく、ドラマに関してもそれなりの深度を実現した点が斬新であると高く評価されたのだ――とでも考えないかぎり、アカデミー賞のベスト・ピクチャーは解せない(他にどんな映画があったのか知らないが)。楽曲は悪くないものの、踊りはせいぜい可愛らしいくらいで凄みがないし、ドラマもただまとまっているというだけのもので、阿呆臭い(姉妹がそろって惚れるほどの男に見えない)。  アニタ・ペイジという女優さんが芽茶苦茶かわいい。特に眉根を寄せてうっとりしたり、憂いを作る表情のなまめかしさと言ったら。TVや映画の発達した現代と違い、この頃は一般の人がこんな美しいものを日常の生活で目にすることなど、ほとんどなかったのじゃないか。ムッソリーニが求婚したというが――むべなるかな。5
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[092]踊る大紐育(ニューヨーク)
 待ち合わせは8時半篭瀬山2006-10-03
 
 ミュージカル映画は楽曲に惹かれるかどうかが要で、それは好みにもよるのだけど、すべての楽曲に惹かれる作品を百点満点とすると、この作品は50点くらい。  ごみの分別み・・・
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 ミュージカル映画は楽曲に惹かれるかどうかが要で、それは好みにもよるのだけど、すべての楽曲に惹かれる作品を百点満点とすると、この作品は50点くらい。  ごみの分別みたいに人間を分別する話は嫌いで、登場人物の誰にも共感を覚えないが、相手の期待に応える役割を演じようという、ある種のアメリカ的なホスピタリティは好感する。  ニューヨークという街は好きだが(行ったことないが)、ドタバタ系の喜劇は嫌い。  と、自分の中で好き嫌いが拮抗する作品。短い作品ながらとっかかりは多いので、人によっては楽しめよう。5
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[093]フラガール
 残ってるのは情けないもんばっかりだな。3篭瀬山2006-10-03
 
 ひでえ映画だ。吐き気を催したよ。松雪泰子が「行くぞ、フラガール!」と叫ぶと一人だけつられた女の子が「フラガール!」と応えるシーン。なんでかわからんけど。少なくとも・・・
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 ひでえ映画だ。吐き気を催したよ。松雪泰子が「行くぞ、フラガール!」と叫ぶと一人だけつられた女の子が「フラガール!」と応えるシーン。なんでかわからんけど。少なくとも人の感情に作用する力は確実にもっている作品と言える。これは最大の誉め言葉だ。しかしこれは吐き気を催すべき作品だ。知識とノウハウだけで映画が作られているからだ。人間にバックボーンと言うものがない。この時代(1965年)の人間には、実際にはもう少しあったと思うが、今の人物感覚でそのまま描くから、まったくありえない話になってしまってる。バックボーンのない人間は、感動とか怒りとかいった感情だけを拠り所に行動する。今度の総理大臣が「美しい国」だなんだ言ってるが、いったい何のことを言ってるんだろう。今の俺たちにできるのは、遺灰の中から焼け残った骨を拾うことだけ。ひたすら謝る人間に甘いこと、「個」が十分に形成されておらず必ず集団で行動すること、周囲からの同調圧力や、周囲への自己同調力が強いこと。しかし、
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[094]ジーン・ケリー
 Fit As A Fiddle篭瀬山2006-09-26
 
 直訳すると「バイオリンのようにピッタリ」という意味(?)だが、辞書を引くと”in perfect health”とある。すなわち ”He’s (as) fit as ・・・
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 直訳すると「バイオリンのようにピッタリ」という意味(?)だが、辞書を引くと”in perfect health”とある。すなわち ”He’s (as) fit as a fiddle.”と言えば、He’s in perfect health.「彼は健康そのものだ」の意味である。身体も心も一点の翳りなく健康であるということだ。私がジーン・ケリーに関して抱くイメージがまさにこれ。もちろん『雨に唄えば』においてドナルド・オコナーと二人でバイオリンを奏でながら”Fit as a fiddle and ready for love,I can jump over the moon up above...”と歌い踊るシーンのことを言っているのである。in perfect healthというイメージである。そしてそれは当然のことながら、極めて表層的な事柄でもあるのだ・・・  私の知るかぎり、ジーン・ケリーは銀幕において成立した強さと明るさと朗らかさの象徴であり、それはすなわち永遠を意味する。
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[095]尾崎豊
 僕が僕であるために篭瀬山2006-09-26
 
 尾崎豊は今でもカラオケで歌うなあ(オヤジだなあ)。  大学時代の先生が護国寺(文京区音羽)に住んでいて、尾崎の葬儀に遭遇して衝撃を受けていた。曰く、「なぜ今の若者・・・
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 尾崎豊は今でもカラオケで歌うなあ(オヤジだなあ)。  大学時代の先生が護国寺(文京区音羽)に住んでいて、尾崎の葬儀に遭遇して衝撃を受けていた。曰く、「なぜ今の若者は、自分たちの若い頃のように哲学書や思想書を貪るように読まないのだろうと、ずっと疑問に思っていたが、このような熱狂をもって受止められる存在が彼らの間にいたことを、自分は露ほども知らなかった」。私自身は葬儀に行くほどのファンではなかったが、彼の言わんとするニュアンスはわかる。まったく違う分野に熱狂の対象が移ったことを彼は知り、時代の変遷を悟ったのだ。もっとも先生の時代(多分昭和20年代)は、尾崎に対するような情熱をもって哲学書や思想書を追っ駆けていたのかと思うと、そっちの方がこちらには驚きだけど。  尾崎の歌はいま聞くと、その声質も含め、説教臭いというか押し付けがましいというか自意識過剰というか(青臭いも)、一言でいうと鬱陶しい。だが同時に彼の涼しげな目元や、端正な顔立ちを思い浮かべるから、聞き入れることができるのだ。尾崎の顔を知らない人は、いったいどう受止めるのだろうと、不思議に思うことがある。おそらくは、例えば槙原敬之のような顔を思い浮かべることはないであろう(ゴメンヨ)。逆に言うと、マッキーは人生のすべてのディテールを積極的に肯定し、慰め励ます歌を歌う顔。尾崎は、人生のあらゆる嘘を否定して、残った真実を高らか謳うことが許される顔。どっちが特なのだろう。
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[096]ゲド戦記
 淡々としすぎ、かな篭瀬山2006-09-24
 
物語を丹念に紡ぐということに関しては、『ハウル』なんかよりはるかに誠実だ。だがむしろそのことで、もはや私自身が、ジブリ的な作画法や作劇法のスタイルに、何の感動も覚え・・・
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物語を丹念に紡ぐということに関しては、『ハウル』なんかよりはるかに誠実だ。だがむしろそのことで、もはや私自身が、ジブリ的な作画法や作劇法のスタイルに、何の感動も覚えない、ということが明らかになってしまった。いかにも日本アニメなのっぺりした人物画と、フランドル派の絵画みたいな描き込まれた背景との対比も見飽きたし、カマトト系のヒロインが<思いがけず>重要な役割を担っていたり、コメディ系の従者が狂言回しを演じるところも、毎度同じで辟易する。女の子の本名を呼ぶと背景で龍が立ち上がるシーンには、思わず苦笑が漏れてしまった。ジブリだなあ、と。城壁をよじ登ったりジャンプしたりするシーンがあるのだが、わざわざアニメーションでこういう光景を描く意義って、どこにあるのだろう。要するに、表現者としてのほとばしる情熱、みたいなものを感じない。4
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[097]リバティーン
 静かなのにやかましい篭瀬山2006-09-24
 
ある種の気概を描いたといえる映画で、王様の気まぐれに振り回された男(宮廷詩人)が、彼なりの抵抗を示そうとし、なんとかそれを成し遂げるものの、人生を棒に振ってしまうと・・・
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ある種の気概を描いたといえる映画で、王様の気まぐれに振り回された男(宮廷詩人)が、彼なりの抵抗を示そうとし、なんとかそれを成し遂げるものの、人生を棒に振ってしまうというお話。ラストでは家族への献身的な愛を取り戻して終わるが、時代背景(17世紀後半の英国)を考えればこれは気休めだろう。問題は、詩あるいは芝居の素晴らしさを見せるのに、役者の力量に頼りすぎていること。本来はドラマの積み重ねで醸し出すべきところだ(まさに演出の問題)。簡単に言えば梅毒の症状は(特殊メイクで)描けても、その苦痛は描けていない、ということ。一方でジョニー・デップという役者の本領は、その手の表層的なお芝居であるとも言えるので、要は、合う合わないの問題、なのかもしれない。4
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[098]西部開拓史
 アメリカ自画像の魅力篭瀬山2006-09-24
 
 基本的には(家でDVDで見たので、シネラマ劇場で観る何分の一かに減じてはいるのだろうが)映像の迫力を堪能する作品だろう。バッファローのスタン・ピード、暴走する馬車・・・
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 基本的には(家でDVDで見たので、シネラマ劇場で観る何分の一かに減じてはいるのだろうが)映像の迫力を堪能する作品だろう。バッファローのスタン・ピード、暴走する馬車馬を制御したり飛び乗ったりするシーン、列車貨物上での強盗一味との攻防シーン等の迫力は、今のCGを駆使した映像技術では及びようもない生々しさがある。  もう一つは、アメリカが、自らの口で自分について語る際の、その語り口の魅力である。この作品で言えば、・なぜ西を目指すのかについて、どこまでが法螺でどこまでが本当かわからせないままにとにかく進んでいく進取性、・自分を売り込むことで夢や幻想を確かなものにしていく積極さ、・言い寄る目的が金目当てであることを隠しきれやしない性急さ、そういったものを善も悪も含めてすべて活力として肯定する態度、といったもの。この態度は、西部を「発見した」のでも「進出した」のでもなく、「勝ち取ったのだ」(...was won)とする原題にも如実に表れている。このニュアンスは邦題『西部開拓史』(まさにそういう映画なのだが)では、分かりづらい。6
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[099]殺人に関する短いフィルム
 衝撃に欠く篭瀬山2006-09-10
 【ネタバレ注意】
一人の男の殺人に至るまでの心理的過程を描くことが、この男がいかなる種類の人物であるかについても同時に明らかにする。最小限のディテールの積み上げでこれをやるところは凄・・・
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一人の男の殺人に至るまでの心理的過程を描くことが、この男がいかなる種類の人物であるかについても同時に明らかにする。最小限のディテールの積み上げでこれをやるところは凄いが、いま見ると衝撃はさほどない。死刑の残酷さを描く後半部は、いまでも退色なく鮮烈だが、これを存分に味わうには、やはり前半部できちっと衝撃を受けておく必要があったろう。私にとって、出会いの遅かった作品、である。青年の、妹(の死)とのとってつけたようなエピソードや、刑執行直前のみっともない取り乱しは、現代の寓話と呼ぶにふさわしい効果があったと思う。観る者が共通項を見出したり、共通項のないことを見出すのに適しているからだ。7
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[100]ヨコハマメリー
 都市ヨコハマの記憶篭瀬山2006-09-10
 【ネタバレ注意】
 渚ようこの♪ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥバ〜が頭から離れない。  横浜出身の友人らに聞くと、白塗り白ずくめの高齢街娼がいて、俗に<メリーさん>と呼ばれており、・・・
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 渚ようこの♪ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥバ〜が頭から離れない。  横浜出身の友人らに聞くと、白塗り白ずくめの高齢街娼がいて、俗に<メリーさん>と呼ばれており、少なくとも1、2回は会ったことがある――という体験をほぼ共有していることが分かる。私は実物にお目にかかったことはないが、横浜に暮らし仕事していた頃、折に触れて噂は聞いたし、また件の写真集を知人から見せてもらったりして、自分なりに<ハマの白いメリーさん>の伝説を形づくっていた。  もちろんそういう私が見れば、伝説のベールが一枚一枚はがされていく、という感じで楽しめる。  しかしこの映画の真価は、街の断片的な記憶に糸を通し、メリーとメリーが生きた時代の都市ヨコハマのイメージを、昂然と立ち上げたことにあるだろう。その意味で、監督ご自身は映画の趣旨を「なるべく情報を多く盛り込むこととした」と語っていたが、むしろ5年に渡る取材の膨大な情報を削り落としたことの方に、そしてその結果立ち現れた構成の見事さの方に、この映画が魅力を負っているのはまず確実だ。  メリーさんやメリーを語る関係者に接する態度に、終始慎み深さを貫いたこの映画が、ラストで当人を訪ねる展開を取ったのには意外な驚きがあった。認知症が進行し人格の統合が失われたような、無邪気な笑顔を見せる<かつてのメリーさん>を、そのままフィルムに収めたのは、中村高寛の映画監督としてのしたたかさである、と評すべきなのだろう。だが「もういいでしょ」と彼女をかばい、カメラから遠ざけようとした永登元次郎さんの優しさが、やはり心に沁みてくる。7
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[101]スミス都へ行く
 映画は映画としてみればいい篭瀬山2006-08-08
 
木村さん永田町へ行く、では映画にならないわけだよ。簡単に言えば、このシンプルなストーリーで民主主義の正しさを純粋に信じる映画は、実に映画的に美しいってことだ。私は確・・・
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木村さん永田町へ行く、では映画にならないわけだよ。簡単に言えば、このシンプルなストーリーで民主主義の正しさを純粋に信じる映画は、実に映画的に美しいってことだ。私は確かに民主主義信奉者なんだ(その点ではブッシュ政権と同じ考えだ)けど、(だから割り引いて読んでくれて構わないが)アメリカ人が民主主義を描いた映画は実に美しい。これに匹敵するのは、全然ジャンルの違う映画なんだが、黒澤明の『一番美しく』くらいかなあ。共通するのは美しいってことだけかもしれないけど。9
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[102]リベラ・メ
 明確篭瀬山2006-08-08
 
映画作りって難しいよなと感じた。炎の<生態>を克明に捉えた映像だけで満足できたこちらとしては、それだけで最後まで引っ張ってくれても構わなかったけど、商売として考えた・・・
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映画作りって難しいよなと感じた。炎の<生態>を克明に捉えた映像だけで満足できたこちらとしては、それだけで最後まで引っ張ってくれても構わなかったけど、商売として考えたらそれはリスキーである、とする気持ちも十分わかる。個人的にトラウマ起因には食傷気味だったけど、人間をただの英雄として描かない誠実さも良かったし、エピソード削ってでもテンポ重視みたいな意志もはっきりしていたと思う。7
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[103]モンタナの風に抱かれて
 さよならをしてほしい篭瀬山2006-08-06
 
簡単に言えば、これは好いた惚れたのけだものごっこではなくて、近代的自我の最高善たる<恋愛>を描いたってことですね。恋愛なんだから、結婚してるとかしてないとか、子供が・・・
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簡単に言えば、これは好いた惚れたのけだものごっこではなくて、近代的自我の最高善たる<恋愛>を描いたってことですね。恋愛なんだから、結婚してるとかしてないとか、子供がいるとかいないとかは関係ないでしょう。ぜんぜん恋愛に見えないよって言ったら、この作品に対する批判になりえるでしょうけど。弁護してやるわけじゃありませんが、ロバート・レッドフォードはもうお爺さんだから、意識が昔のまま固定しちゃってる部分があるのかもね。現代的な美しさを持つクリスティン・スコット・トーマスを、使いたくなる気持ちはわかりますが、起用したのは作品としてはやはり失敗だったのかもしれません。でも私はクリスティン・スコット・トーマス可愛かったなあ。洗面台の上に広げていた化粧用具を、旦那の突然の訪問であわてて片付けるところとか。描写として丁寧だし、人間をよく研究してるなあって思いますよね。私はこういうところにも映画の醍醐味を感じるんですけど、人によっては違うのかな。あとはモンタナの風景と、馬の姿に威厳があったのがよかったですね。もちろんサム・ニールやスカーレット・ヨハンソンも素晴らしい演技でした。初めて劇場で観たときよりマイナス1ポイントしました。さよならをきちんとしてほしいんですよ。映画なんだから。8
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[104]解散式
 自己言及的ヤクザ映画篭瀬山2006-08-06
 
まさに解散式という映画。ヤクザ映画の解散式。すなわち、利権争いもこれだけのスケールになってくると、もはや殴り込みではカタがつかない。石油コンビナートの巨大な産業設備・・・
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まさに解散式という映画。ヤクザ映画の解散式。すなわち、利権争いもこれだけのスケールになってくると、もはや殴り込みではカタがつかない。石油コンビナートの巨大な産業設備を背景に、着流し姿のヤクザ二人がドスを手に渡り合う。この光景は見る者に明快なメッセージを与える。いま見ても十分訴える力のある映像モチーフだ。実際は、この後も仁侠映画は続々と作られるわけだが、すでにネタ枯れを起こしていたとも見える窮屈さだ。話は、手筋を拡げたわりには、あまり意味のないまとまり方をする。5
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[105]懲役十八年
 歯切れが悪い篭瀬山2006-08-06
 
 釈放後、山口組に組縁し一大勢力を築いた「ボンノ」こと菅谷政雄氏に題材を採り、それを実際に安藤組の組長だった元ヤクザ・安藤昇が主演している(ポスターには東映第一回主・・・
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 釈放後、山口組に組縁し一大勢力を築いた「ボンノ」こと菅谷政雄氏に題材を採り、それを実際に安藤組の組長だった元ヤクザ・安藤昇が主演している(ポスターには東映第一回主演作とある)。  笠原和夫脚本、加藤泰監督作品となれば、仁侠映画ファンなら無条件に食指が伸びる。だが、すべてが当たりではない訳で。基本的に仁侠映画のドラマツルギーというのはションベン臭い。それにしてもこの作品は、対立構図が観念的すぎるのか、世界に馴染めない。敗戦直後の義侠心を持ち続けた安藤昇と、彼の服役中にそれを変節させた小池朝雄の対立ではある。まず安藤昇が義侠心を持ち続けていられた理由がわからないし、それを初めは共有していた小池朝雄がなぜ変節してしまうのかもわからない。これが例えばオーソドックスな任侠物だと、自己の欲望に忠実な新興産業資本の側と、昔からの縄張りを守って利益を得ている侠客団体、という対立構図で、説明なんかなくともストンと腑に落ちるわけだが・・・。だからつまんなかったのかと言われると、そうじゃないような気もするし・・・。  安藤も表情が硬いよな。ヤクザというより性犯罪者みたいな顔つきに見えるときがある。ほかの役者陣はよかったよ。3
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[106]映画の記憶
 映画を見る人篭瀬山2006-08-05
 
 岡山に住む市井人、松田完一さんは、5歳の頃から映画を見始め、かれこれ80年にわたり映画を見続けてきた。山中貞雄が後楽園を舞台にロケした映画(残存せず)では、撮影現・・・
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 岡山に住む市井人、松田完一さんは、5歳の頃から映画を見始め、かれこれ80年にわたり映画を見続けてきた。山中貞雄が後楽園を舞台にロケした映画(残存せず)では、撮影現場を見に行き、山中から「そこの子供、下がって」と声を掛けられたという。松田さんにとって、映画の何が魅力だったのか、なぜ映画を見続けたのか、映画を見るという行為にどんな意義があったのか。インタビューと映像コラージュでそれらに迫らんと狙う構成である。  さて、何を思うかは人それぞれだろうが、私に関しては、彼のように、ただひたすら映画を見続けたい、と思ったことだった。6
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[107]スターシップ・トゥルーパーズ
 冒険、勇敢、正義、責任、勝利、etc.篭瀬山2006-08-05
 
展開が物凄く速く(特に前半)、ユーモアのセンスも抜群(今日の俺があるのは軍隊のおかげ)。25世紀になっても<第二次世界大戦みたいな戦争>をしている――ところはご愛嬌だ・・・
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展開が物凄く速く(特に前半)、ユーモアのセンスも抜群(今日の俺があるのは軍隊のおかげ)。25世紀になっても<第二次世界大戦みたいな戦争>をしている――ところはご愛嬌だが、これは好戦的な映画だ。戦争の持ちうる魅力を、ここまであらわにした映画は、ほかに知らない。正確に言えば、戦争というものはかくも魅力的なものである、と描いているのではなく、戦争とは、かくも魅力的に描くことができる、と描いている。映画という手軽で気安いメディアを通じてこれを知っておくことは、反戦平和主義者にとっても無益ではないだろう。ただし昆虫嫌いは要注意だ。卓抜したモブ(群集)シーンがあるので、卒倒するかもしれない。8
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[108]フランティック
 かっこよくないかっこいい篭瀬山2006-08-05
 
スタンダードサイズにトリミングされた版(ラストだけ上下が圧縮されてビスタに伸びた)で見た。カットを積み重ねて雰囲気を盛り上げるのが異様に巧い。次に何が映し出されるの・・・
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スタンダードサイズにトリミングされた版(ラストだけ上下が圧縮されてビスタに伸びた)で見た。カットを積み重ねて雰囲気を盛り上げるのが異様に巧い。次に何が映し出されるのかと思うと、カメラと一緒に視線を上げていくのが恐ろしい、といった恐怖を味わった。かと思うとゴテッとかいって天井に頭をぶつけてる主人公(フォード)に感情移入しまくりだった。この、かっこ悪いかっこよさ、最高だ。冒頭でさりげなく提示した夫婦像も重要だった。あとは、そんな複雑なプロットではないのに、何がどうなって、誰が誰を追っているのか、なかなか分からせない筋立ても巧いね。7
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[109]バルトの楽園(がくえん)
 考えない自分を肯定する篭瀬山2006-07-31
 
 敵の砲弾は、味方の将校が重要な話をしているときだけ止んだりしない。軍部の首脳会議の場でハーグ条約の初歩的な意義について論じ合ったりしない。芸者の棟梁みたいな女が軍・・・
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 敵の砲弾は、味方の将校が重要な話をしているときだけ止んだりしない。軍部の首脳会議の場でハーグ条約の初歩的な意義について論じ合ったりしない。芸者の棟梁みたいな女が軍人の女房だったりしない(冗)。  例えばこんなシーンがあった。ドイツ兵捕虜に音楽を教えてもらっている地元の中学生のうち、手先の器用な一人が自分でバイオリンをこしらえてこう言う。「檜材(杉だったかしら?)が手に入らなかったから楓(かえで)で作ったんだ!」 しかし、一日二日で出来た訳じゃないだろうから、彼が楓材を選んだことは仲間なら知っていたはずである。「楓のバイオリン、出来たのか?!」とでも一人に言わせておけば、説明の用は足したと思う。私にはこの演出、脚本家や演出家の頭が悪いだけのように思えてしまう。しかし、この頭の悪さは至るところで的確に繰り返されているので、実際は頭が悪いのではなく、ある種の、日本昔話的な型をなぞっているだけなのだろう。東映という会社は昔から確信的にそこを狙っているところがあった。要するに、私に言わせれば、この映画の退屈さは、(スタッフが)自分の頭で考えないことによるものだ。ラストの第九のシーンで、呆けたような表情で感動を表していた役者陣の姿は、私にとっては正確に符合する。  あと、桜並木の堤防が、『八つ墓村』で山崎努が失踪していた堤防とくりそつなのだが、何処なのだろう、と思った。3
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[110]ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女
 お見ごろ篭瀬山2006-07-25
 
現実世界とファンタジー世界との接合の仕方がいいですね。『ハリーポッター』でもダイアゴン・アレーのシーンは、読んでるだけで楽しい原作、それを見事に(あっさり)映像化し・・・
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現実世界とファンタジー世界との接合の仕方がいいですね。『ハリーポッター』でもダイアゴン・アレーのシーンは、読んでるだけで楽しい原作、それを見事に(あっさり)映像化した映画版と、どちらも素晴らしかったけど、それよりはるかに素晴らしい。やはり、あまり魔法チックな物より、手触り感があるほうがいいね。この場合は、ただ繋がっているだけ、という。原作未読のためかいまいち設定に意味不明なところがあるけど、ま、いずれ明かされる?のだろう(この手の作品の見方に慣れてきたな)。手堅い作りで、その意味では特にとんがったところも無いとは言えるが、ファンタジー物の頻出した今だから楽しめるという部分もありそう。7
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[111]明日の記憶
 希望するバカしないバカ篭瀬山2006-07-24
 
 久々に(同時代の邦画で)映画らしい映画を観た。テーマが明確で、技巧も適切。こういうのを観ると、映画は、他のすべてのメディアに君臨しているのだと感じる。各分野の一番・・・
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 久々に(同時代の邦画で)映画らしい映画を観た。テーマが明確で、技巧も適切。こういうのを観ると、映画は、他のすべてのメディアに君臨しているのだと感じる。各分野の一番おいしい上積みをすくい取って、並べて見せることができるから。渋谷ジャックのシーンなんかでも十分それが感じ取れる(余興だろうけど)。  もう一つ記しておきたいことは、映画というメディアは、アルツハイマーを患う人の陥る心象風景を表すメディアとして、なんと秀でているのだろうか、ということ。いま自分のいる周囲の環境に対するファミリアーを、突然失ってしまったときに押し寄せる、津波のような不安感。私にはこれが想像できるし、そんな自分がまた怖い。これは見る人が見たらたいへん恐怖な映画だと思う。少なくとも、ウチの両親には薦めたくない。8
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[112]DEATH NOTE デスノート 前編
 コンソメ味篭瀬山2006-07-22
 
 漫画映画です。いい意味でも悪い意味でも。色調がTVドラマ的で散漫だったほかは、キャラクター設定、台詞回し、物語の展開からすべてが漫画的で、映画の文脈に移し変える努・・・
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 漫画映画です。いい意味でも悪い意味でも。色調がTVドラマ的で散漫だったほかは、キャラクター設定、台詞回し、物語の展開からすべてが漫画的で、映画の文脈に移し変える努力がなされてないというか、映画としての魅力を感じないなー、と思ってみてました。2時間かかりましたね。この映画を面白いと思うまでに(つまり映画が終わる頃だったんだけど)。でもってそれは、すぐれて漫画的な面白さでした。ストーリーをバカ丁寧に紡いでいく誠実さも好感です。この作品をもう1回見たいとは思わない(つらいものがある)けど、後編は見ずにはいられないです。  円朝が翻案した落語、『死に神』みたいなオチだったら嫌ですね。「あっ、消えた・・・」7
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[113]M:i:III
 確かにありえない篭瀬山2006-07-21
 
 ストーリー・インポッシブル。話が破綻してる。アクションは水準以上で楽しめるが、物語の駄目さ加減がスパイ物の典型的な失敗例をなぞっていて面白い。曰く、凄腕の主人公た・・・
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 ストーリー・インポッシブル。話が破綻してる。アクションは水準以上で楽しめるが、物語の駄目さ加減がスパイ物の典型的な失敗例をなぞっていて面白い。曰く、凄腕の主人公たちがあの手この手で成功に導いた作戦が、敵方によりいとも易々とくつがえされてしまう。物語を個人の見た夢に擬して夢判断的に言うと、これは自分の能力に対する自信のなさの表明だ。だから一方で自信の回復を描く必要が生じ、とってつけたように恋愛テイストが塗り込められるので、平仄は合うわけだが・・・安っぽいよな。これだけ金かけた作品で安っぽい印象を与えて採算とれるのかな?とか思うが、世の中自信のない人たくさんいるから意外といけるのかも。  とまれアクションは凄かった。7
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[114]女の歴史
 気概篭瀬山2006-07-14
 
物語が的確に紡がれていく、このリズムに身をゆだねているのが気持ちいい。確かに高峰演じる信子のキャラクターが若干弱く、物語に埋没した。彼女の性格が外部環境(物語世界)・・・
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物語が的確に紡がれていく、このリズムに身をゆだねているのが気持ちいい。確かに高峰演じる信子のキャラクターが若干弱く、物語に埋没した。彼女の性格が外部環境(物語世界)に及ぼす影響、が見られない。だが彼女の上に現れる時代の影響を見てとるだけで十分なのだ。これは、現代(同時代)の観点から、過去を振り返り、認識しなおすという作業だ。戦前・戦中・戦後を一つの連続した時代と描く成瀬の手腕も凄いが、それ以上に同時代(昭和30年代後半)を描いている。この時代、それは、いま流行りの歴史観(=皆に希望が溢れていた等)とはもちろん違っていて、きちんと次の世代に繋いだという、責任を果たした満足感に満ちて見える。まるで戦争なんかに負けなかったかのように。7
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[115]GOAL! ゴール!
 夢を託す篭瀬山2006-07-14
 
 実現した夢の隣に転がっているのが、破れた夢、諦めた夢だとするなら、そんな適わなかった夢に配慮を見せるこの作品は、もう一つ、夢を託すという行為があることを思い起こさ・・・
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 実現した夢の隣に転がっているのが、破れた夢、諦めた夢だとするなら、そんな適わなかった夢に配慮を見せるこの作品は、もう一つ、夢を託すという行為があることを思い起こさせる。現実にはなかなかないことでも、映画の中ではまだ可能だ。シンプルなストーリーはそのために必要だったのであり、映画の可能性を信じるスタッフたちの姿勢の表れでもある。  難を言えば、FIFA全面協力とかが油断につながり裏目に出たのか、ドリブル・シーンや(肝心の)ゴール・シーンに、ニュース映像で見られる程度の醍醐味さえなかった。7
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[116]旅するパオジャンフー
 変化篭瀬山2006-06-28
 
なんとなく爽快さを感じさせるタイトルだけど、中身はそんなんじゃなかった。日本で言えば、テキ屋というより、芸を見せて物を売るガマの油売りみたいな存在か。何かを訴えたり・・・
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なんとなく爽快さを感じさせるタイトルだけど、中身はそんなんじゃなかった。日本で言えば、テキ屋というより、芸を見せて物を売るガマの油売りみたいな存在か。何かを訴えたり、明快なドラマ構成がある作品ではないので、いったい何故いま?という疑問は残る。しかし「ふーん、こんな世界があるのか」という知らないものを見る興味と、「30〜40年前の日本にもこんな光景がちらほらあったのかな」てな郷愁で、最後まで見れる。6
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[117]不連続殺人事件
 溢れる言葉篭瀬山2006-06-28
 
お人形さんみたいにじっとしてて綺麗な女優さんもいるけれど、動いて喋って変化して美しい女優さんを見るのが映画の醍醐味だよね。これは夏純子が本当に美しかった(といっても・・・
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お人形さんみたいにじっとしてて綺麗な女優さんもいるけれど、動いて喋って変化して美しい女優さんを見るのが映画の醍醐味だよね。これは夏純子が本当に美しかった(といっても前に見たのは『トラック野郎』の1作目、モナリザお京役だけだけど)。サスペンスも、もちろん謎解きとして組まれているのだけど、夏の美しさを引き立てるように構成されてもいるかのよう。また、判然としないながらも魅力を感じた点で言うと、内田裕也の台詞回しがほとんど棒読み調なのだが、これが何故かしっくりきた。全体的に会話が舞台劇調というか、現実より背伸びした白々しさがあるのだが、それでも会話中心に展開されるドラマに魅力を感じたということか。安吾の時代はこんなにも言葉が溢れていたんだなあ、と感心してしまった。さほど高い評価ができないのは、映画として未熟なところがほかに多々あったので。6
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[118]シカゴ
 失神篭瀬山2006-06-28
 
 これは、先にビデオ(DVD?)で見て、あとから劇場で観たが、やはり劇場のがよかった。と言っても、ラストの二人がマシンガン(模型)持って演るやつがより良かった、とい・・・
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 これは、先にビデオ(DVD?)で見て、あとから劇場で観たが、やはり劇場のがよかった。と言っても、ラストの二人がマシンガン(模型)持って演るやつがより良かった、というだけで、他のナンバーは所詮ミュージカルもどきなんだよな(極私的基準による)。  も一つ極個人的なことを言わせてもらうと、「ミスター・セロハン」のレビュウ部分が、異様に惨めで救いようがなくて・・・胸を打った。明らかに異質で、この映画にこのパートはまったく必要なく思われるのだが。忘れられない。7
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[119]プロデューサーズ
 いってこい篭瀬山2006-06-27
 
 05年版も見たが、こちらの方が、より馬鹿馬鹿しい。つまり、そういう意味では、オリジナル版のほうが確実にオリジナリティがある、ということだと思う(そりゃそうだ)。で・・・
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 05年版も見たが、こちらの方が、より馬鹿馬鹿しい。つまり、そういう意味では、オリジナル版のほうが確実にオリジナリティがある、ということだと思う(そりゃそうだ)。で、いってこいで同点。6  繰り返しになるが、レビュウ『スプリングタイム・フォー・ヒトラー』は(皆さんおっしゃるように)絶品。コスチューム・プレイという言葉はここから生まれたらしい(←適当)。
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[120]ブロードウェイと銃弾
 貫禄篭瀬山2006-06-27
 
10年以上前に初めて見たとき(於:劇場)はずいぶん感動した記憶がある。破天荒な芸術世界と、安定着実な生活との間で行き悩む主人公(ジョン・キューザック)の葛藤が、もは・・・
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10年以上前に初めて見たとき(於:劇場)はずいぶん感動した記憶がある。破天荒な芸術世界と、安定着実な生活との間で行き悩む主人公(ジョン・キューザック)の葛藤が、もはや自分のものではなくなってしまったか。アレン的芸術論の一種として見た記憶もあるのだが。徐々に大女優然とした雰囲気を増していくダイアン・ウィーストの貫禄だけは普遍だ。ビデオ鑑賞7
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