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 「呑気呆亭」さんのコメント一覧 登録数(728件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[181]デルス・ウザーラ
 デルスとカピタンとクロサワ呑気呆亭 (Mail)2014-11-02
 
これは黒澤明が世に残した最良の作品ではないかと思う。シベリアの景色を映したキャメラが素晴らしく、いつもの説教臭もなく坦々と物語が綴られて行くのだが、その功績はデルス・・・
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これは黒澤明が世に残した最良の作品ではないかと思う。シベリアの景色を映したキャメラが素晴らしく、いつもの説教臭もなく坦々と物語が綴られて行くのだが、その功績はデルスを演じたマキシム・ムンズ−クとカピタンのユ−リ−・ソロ−ミンの好演と、何よりもシベリアの風土がクロサワの感性にピタリと嵌まったからだったのではなかろうか。こんな素敵な映画を製作しようとした松本陽一さんとキャメラの中井朝一さんお二人の日本側スタッフの苦労と働きに敬意を表します。
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[182]赤穂城断絶
 チャンバラバンザイ!呑気呆亭 (Mail)2014-11-02
 
お馴染みの「忠臣蔵」ものだが、さすがに深作欣二、萬屋錦之介の大芝居に辟易(多分)しながらもチャンと見せ場を作った。討ち入った浅野方の不破数右衛門(千葉真一)と吉良方・・・
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お馴染みの「忠臣蔵」ものだが、さすがに深作欣二、萬屋錦之介の大芝居に辟易(多分)しながらもチャンと見せ場を作った。討ち入った浅野方の不破数右衛門(千葉真一)と吉良方の小林平八郎(渡瀬恒彦)の激闘である。せっかく打ち込んだ他の義士たちのことなどそっちのけで、延々とこの二人の闘いをキャメラは邸内から庭、庭から邸内と場所を次々に移しながら撮り続ける。さすがの千葉ちゃんも渡瀬の豪剣にはタジタジで、やっとの思いで平八郎を仕留めた時にはへたり込んでしまうのだが、それがいかにもリアルで、見応えのあるチャンバラであった。千葉真一のチャンバラはこの後急速に進歩を見せ、\'87年の「必殺4・恨みはらします」での蟹江敬三との激闘を経て、\'89年の「将軍家光の乱心 激突」での緒形拳との激闘に至ってチャンバラの一つのピ−クを形成するのだが、それはまた別の話。
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[183]男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け
 志乃呑気呆亭 (Mail)2014-11-02
 
シリ−ズ17作。マドンナは太地喜和子、宇野重吉が日本画壇の大御所池ノ内青観を演ずる。この作品の見所は青観と彼が立志のために故郷に残してきてしまった思い人の志乃(岡田嘉・・・
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シリ−ズ17作。マドンナは太地喜和子、宇野重吉が日本画壇の大御所池ノ内青観を演ずる。この作品の見所は青観と彼が立志のために故郷に残してきてしまった思い人の志乃(岡田嘉子)との静かな再会のシ−ンであった。曲折を経て来たに違いないが、今は茶道の師匠として静かに暮らしている志乃の生活に、ポトンと落ちた石の波紋は微かなさざ波を立てるが、決して再会することはないであろう人を見送って、豊にそして永久に鎮まってもう決して動くことはないだろうと思わせたのだった。
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[184]男はつらいよ 葛飾立志篇
 アンサンブル呑気呆亭 (Mail)2014-11-02
 
シリ−ズ16作ともなるとタコ社長を含めた“とらや”の人々のアンサンブルが見事に確立していて、手前で芝居している寅とおいちゃんの向こうにいるさくらやおばちゃんやひろしやタ・・・
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シリ−ズ16作ともなるとタコ社長を含めた“とらや”の人々のアンサンブルが見事に確立していて、手前で芝居している寅とおいちゃんの向こうにいるさくらやおばちゃんやひろしやタコ社長たちが思い思いに芝居をしているのが良く分かり、またその人物たちの配置が絶妙にキャメラに捉えられていて、主人公から眼を外して脇の見逃しかねない細かい芝居を見ることができるという楽しみを与えてくれる。その良い例が、考古学者を演じた小林桂樹がタバコの煙とともに団子とお茶を一緒に飲み込んで目を白黒させるという芝居を見守る樫山文枝を含めた寅たちの、それぞれに呆れた顔の色々が笑わせてくれるシ−ンであった。ワタクシ的には「男はつらいよ」は第八作で終わるべきであったというのが持論だが、こうしたアンサンブルの面白さを見るとシリ−ズ化も捨てたモンじゃないかと思ったりしてしまう。
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[185]その男ゾルバ
 黒衣の女たち呑気呆亭 (Mail)2014-10-17
 
公開当時、テレビで予告編のラストのダンス・シ−ンを見て、これは名作だと確信した。それほどにこのシ−ンは衝撃的なモノであった。今回見直してみて、当時は気が付かなかったク・・・
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公開当時、テレビで予告編のラストのダンス・シ−ンを見て、これは名作だと確信した。それほどにこのシ−ンは衝撃的なモノであった。今回見直してみて、当時は気が付かなかったクレタ島の住民たちの習俗の恐ろしさがリアルに迫って、実はカコヤニスの狙いはここに有ったのではないかと思ったのだった。イレ−ネ・パパスの未亡人が村の男たちの欲望をことごとくはね除ける強さを持ったがために村八分にされ、遂には刺殺されてしまうのだが、暴力的な男たちよりもその背後にいる黒衣に身を包んだ女たちの陰湿な嫉妬が恐ろしかった。その黒衣の女たちがフランスから来て住み着いたホテルの女主人が死ぬと、ハイエナのような邪悪さを発揮して女主人の全ての財物を剥ぎ取って行き、哀れにもベッドに横たわる屍体を葬りもせずに放置してのけるシ−ンでは、島という閉ざされた環境に生きる連中のケダモノじみた恐ろしさを思い知らされたのだった。従ってラストのダンスシ−ンも今回は複雑な思いで見たことであった。
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[186]夕陽のガンマン
 バントラインスペシャル呑気呆亭 (Mail)2014-10-17
 
バウンティハンタ−・リ−・ヴァン・クリ−フの使う銃の数々が凝っていて嬉しくなる。冒頭のお尋ね者との対決で、男の持つ拳銃の射程距離を見切って、悠々と自分のバントラインに・・・
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バウンティハンタ−・リ−・ヴァン・クリ−フの使う銃の数々が凝っていて嬉しくなる。冒頭のお尋ね者との対決で、男の持つ拳銃の射程距離を見切って、悠々と自分のバントラインに着脱式銃床を装着して打ち倒すシ−ンなどは、銃器好きにとっては堪らないオイシサでありました。この射程距離の違いはクリ−フとイ−ストウッドとの対決でも繰り返し使われて、二人の腕比べを面白く見せてくれた。ラストのクリ−フとボロンテとの対決シ−ンでは、逆にバントラインの操作上の不利が露呈されるのだが、それを救ったのはイ−ストウッドがクリ−フに貸した自分の拳銃のガンベルトであった。
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[187]トプカピ
 宝剣の行方呑気呆亭 (Mail)2014-10-17
 
ピ−タ−・ユスチノフ演ずるシンプソンを盗賊一味に加える仕掛けを設定したことがこの作品を成功させたと思う。同じダッシン監督の「男の争い」に比べれば犯罪の計画遂行もより緻・・・
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ピ−タ−・ユスチノフ演ずるシンプソンを盗賊一味に加える仕掛けを設定したことがこの作品を成功させたと思う。同じダッシン監督の「男の争い」に比べれば犯罪の計画遂行もより緻密になっていて、博物館から宝剣を奪取するシ−ンは実に緊迫感があって面白かった。ただ、今回見直してみて一つ疑問を持ったのは、実行犯の男が宝剣をレプリカとすり替えるシ−ンで、吊り下げたロ−プが揺れて思わず宝剣を取り落としそうになり、宝剣を重ねて持った手の中で入れ替わってしまったように見えたのだった。犯行は窓から飛び込んだ一羽の鳥が防犯設備に触れたことによってバレてしまった訳だが、捕まった連中が微罪(出獄を予告する会話)で済んだのは、結局館内に侵入しただけで未遂(宝剣が入れ替わっていたために)に終わったと当局が考えたからだったのではないだろうか(それでなければあのシ−ンは無駄なカットになる)。その辺りの説明がなかったのだが、機会があればもう一度DVDで見直して確認してみたいと考えている。
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[188]気狂いピエロ
 “ボン”呑気呆亭 (Mail)2014-10-12
 
若い頃に映画館で見たときはラストのピエロの爆死シ−ンしか記憶に残らなかった。以来ゴダ−ルの映画は敬遠してきたのだが、今回見直してみて前半のアンナとの破滅に向かっての道・・・
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若い頃に映画館で見たときはラストのピエロの爆死シ−ンしか記憶に残らなかった。以来ゴダ−ルの映画は敬遠してきたのだが、今回見直してみて前半のアンナとの破滅に向かっての道行きは台詞も洒落ていてナカナカだなと思えたのだった。しかしそれが、恐らくはゴダ−ルが最初に思いついたと思われる主人公の自爆シ−ンにかこつけるためのドタバタの挿入が不自然で、トリュフォ−の「ピアニストを撃て」に見られたようなユ−モラスなギャグもなく、唯一、崖の上で軽い“ボン”という音で爆死するシ−ンのあっけなさにゴダ−ルのギャグを感じたのだった。そのラスト・シ−ンに被されるランボ−の「地獄の一季節」の“また見つかった、なにが、永遠が・・・”の詩句は余計な飾りではなかったかと思った。その詩句も原文とは違っていたようだが、仏語に明るくないので断言は出来ない。
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[189]男の争い
 嬉しくなるね・・・呑気呆亭 (Mail)2014-10-12
 
「鎌倉夜学シネマ」にて、恥ずかしながら初見。有名な(と言われる)台詞なし音楽なし、現実音のみの30分の宝石強奪のシ−ン、嬉しくなるのは周到に準備された道具の数々である・・・
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「鎌倉夜学シネマ」にて、恥ずかしながら初見。有名な(と言われる)台詞なし音楽なし、現実音のみの30分の宝石強奪のシ−ン、嬉しくなるのは周到に準備された道具の数々である。金庫室の上階から床を破って侵入する手口の大胆さ。床を破るジョウのかつての職を思わせるハンマ−と鏨の使い方。力仕事を終えたジョウにご苦労さんとワインのボトルを差し出すマリオ。破った穴から侵入するために垂らされる結びこぶを作ったロ−プ。トニ−発案の警報器を黙らせるための消化器。重い金庫をうつ伏せにさせるための力仕事。裏返った金庫の鉄板に金庫破りのプロのセザ−ルが付ける四つの印。はて?と思わせるが、セザ−ルの持ち出した電動ドリルがその印に金属ドリル刃で穴を開け始める。モ−タ−の回転音を抑えるためにマリオが巻き付けるタオルとゴム輪。ドリルの刃先にマリオが注ぐ冷却のためのオイル。折れたドリル刃を素早く取り替えるセザ−ル。開けられた穴に四本の支柱がネジ込まれて、その支柱に円盤カッタ−が装着され、取り付けられたハンドルを動かして厚い鉄板を削り始める。時間は刻々と過ぎて明け方の表通りには花屋への配達車が動き出す。深夜からここまで約五時間の仕事を少しの無駄もなく描いた台詞なし30分の緊迫。完璧な準備によって成功したかに思われた仕事だったが、セザ−ルの犯した小さなル−ル破りの行動から事態が綻び始めて・・・。これ以降のギャングたちの抗争がまさにフイルム・ノワ−ルの真骨頂なのだが、それは実際に見てのお楽しみ。
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[190]ハムレット
 恐ろしい台詞呑気呆亭 (Mail)2014-10-11
 
先王の死後一ヶ月も経たぬのにその弟のクロ−ディアスの愛を受け入れてしまう母への恨みがハムレットを苦悩させるのだが、恐らく先王との結婚以前の母ガ−トル−ドとクロ−ディアス・・・
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先王の死後一ヶ月も経たぬのにその弟のクロ−ディアスの愛を受け入れてしまう母への恨みがハムレットを苦悩させるのだが、恐らく先王との結婚以前の母ガ−トル−ドとクロ−ディアスは愛し合っていたのであり、それを横取りしたのが先王であったと考えれば、この服喪期間の異常な短さは納得出来る。ここまで辛抱して王位を窺い続けて来たクロ−ディアスのしたたかさに比べればハムレットの苦悩はいかにも甘ちゃんな王子のそれとしか見えず、劇中の母への罵りや恋人オフィ−リアへの雑言もうっぷん晴らしの言葉としか思えず、ラストのクロ−ディアスの仕掛けも賢明な彼にしては杜撰なもので、舞台でもオリビエの映画でも見てきたがどうしても好きになれない物語であった。しかし、今回このコ−ジンツエフの丁寧に演出された作品を見て、クロ−ディアスの描き方に不満はあるが、恐らく原作からと思われる台詞に出会ってシェイクスピアという劇作家の恐ろしさを再発見した思いがあった。それはこんな台詞だった。“死は眠りだ、死ぬことは心や肉体の数々の悩みに終止符を打つことだ。だが、それがおれの望みか。死ぬこと、眠ること、眠る・・・、夢は見るのか、分からん。永遠の眠りにつくとどんな夢を見るのだ。分からんから恐れる。恐れるから苦しい人生を長引かせる。でなければだれが忍ぶ、権力者の無法さ、傲慢な態度を・・・” 「永遠の眠りにつくとどんな夢を見るのだ。」なんと恐ろしい台詞ではないか。
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[191]奇跡の丘
 ドキメンタリ−呑気呆亭 (Mail)2014-10-08
 
キリストを演ずるエンリケ・イラソキもその生母マリアを演ずるマルゲリ−タ・カル−ソも、実に古拙な風貌であるために、ほぼロケ−ション撮影であろうと思われる風景に溶け合って・・・
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キリストを演ずるエンリケ・イラソキもその生母マリアを演ずるマルゲリ−タ・カル−ソも、実に古拙な風貌であるために、ほぼロケ−ション撮影であろうと思われる風景に溶け合っていて、まるでその時代のドキメンタリ−を見ているような気持ちになってくる。処女懐胎と受難と復活と、弟子ペテロの三度の否定とユダの裏切り、全て予言によりあらかじめ定められた道を歩まざるを得ない宿命を負わされた、イエスの戸惑いと苦悩と被虐的な歓びとが、惻々として伝わってきて宗教的ではない人間的な感動を呼ぶ。
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[192]エルダー兄弟
 ネルソンがいない呑気呆亭 (Mail)2014-10-08
 
西部劇になぞ解きのサスペンスの味付けをした作品だが、「リオ・ブラボー」の爽快感はなく、ウエインとマ−チンに対抗する若者としての末っ子のバドが、「リオ・ブラボー」のリ・・・
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西部劇になぞ解きのサスペンスの味付けをした作品だが、「リオ・ブラボー」の爽快感はなく、ウエインとマ−チンに対抗する若者としての末っ子のバドが、「リオ・ブラボー」のリッキ−・ネルソンほどの役柄を与えられていないために、ウエインだけがやたら活躍する平板な作品になってしまった。
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[193]ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!
 平凡呑気呆亭 (Mail)2014-10-01
 
若き日のビ−トルズを見ることが出来るという意味では貴重な映画だが、映画的には見るところのない平凡な作である。ビ−トルズの映画では新宿の京王デパ−トの裏にあった映画館で・・・
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若き日のビ−トルズを見ることが出来るという意味では貴重な映画だが、映画的には見るところのない平凡な作である。ビ−トルズの映画では新宿の京王デパ−トの裏にあった映画館で「イエロ−・サブマリン」を見たときの新鮮な驚きを思い出す。
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[194]赤い砂漠
 二本の脚が・・・呑気呆亭 (Mail)2014-10-01
 
心を病んだジュリア−ナが無機質の工場地帯をあてもなく歩き回る様々なショットの構図と色彩の取り合わせが、まるで優れた絵画のような趣があって、物語とは別に見る者にたっぷ・・・
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心を病んだジュリア−ナが無機質の工場地帯をあてもなく歩き回る様々なショットの構図と色彩の取り合わせが、まるで優れた絵画のような趣があって、物語とは別に見る者にたっぷりとした映画的な充実感を味あわせて飽きさせない。アントニオ−ニの初めてのカラ−作品であるということだが、撮影のカルロ・ディ・パルマとの協同によってまさにイタリア芸術の伝統を引く映像を作りあげたように思う。モニカ・ヴィッテイという女優さんは「情事」「夜」「太陽はひとりぼっち」に続いて4作目のアントニオ−ニ作品への出演だが、この作を最後にアントニオ−ニとは仕事をしていないようだ。ジュリア−ナが夫の友人のリチャ−ド・ハリスと一度だけ寝るシ−ンでは、スカ−トからはみ出して悶えるまるで上半身の意志とは別物の生き物のような二本の脚の淫らさがたまらぬセクシュアリテイをかもしだす。裸が売り物のポルノ映画ではけっして味わうことの出来ぬリアルな淫らさであって、女優ヴィッテイと監督アントニオ−ニとの間にはカナラズ何ごとかあったに違いないとワタクシなどは想像を逞しくしたのであった。
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[195]子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる
 アメリカ版「子連れ狼」呑気呆亭 (Mail)2014-09-22
 
若山富三郎の剣捌きが素晴らしい。特に座ったままの体勢での居合いには驚いた。抜刀もだがその納刀の見事なこと。拝一刀のキャラクタ−は萬屋錦之介の方が似合いだが、剣捌きは・・・
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若山富三郎の剣捌きが素晴らしい。特に座ったままの体勢での居合いには驚いた。抜刀もだがその納刀の見事なこと。拝一刀のキャラクタ−は萬屋錦之介の方が似合いだが、剣捌きは若山が優る。大五郎はこちらの富川晶宏クンの方が合っている。我々リアルタイムで漫画の『子連れ狼』に熱狂させられた世代としては、実はどんな映画化・テレビ映画化がされようとも原作の凄さに及ぶ訳がないとあらかじめ観念しているので、これはこれとして楽しめたのであった。ところで、この作品は録画しておいたので見られたのだが、第二作以降のものを見たいと思って市場を探ってみたら、VHS化されてはいたようだがDVDは出ていないとのことだった。友人にそのことを話したところ、アメリカには「子連れ狼」の熱狂的なファン(タランティ−ノたちか?)がいて、彼らの尽力で全作がBD化され日本でも買うことが出来ると聞き、さっそく取り寄せた(一ヶ月くらいかかったが)のだった.チャンバラシ−ンに英字の字幕が出るのも面白く、何より映像が鮮明でスプラッタ−・シ−ンでは思わず身をのけ反らすほど(笑)でありました。オススメです。
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[196]喜劇 女は度胸
 男物と女物のパンツ呑気呆亭 (Mail)2014-09-21
 
倍賞美津子はこれが初主演。後年の子宮から発するかと思えるセクシ−でハスキ−なエロキュ−ションはまだ発揮されておらず、役柄から地味で清楚な処女として登場する。しかし、気・・・
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倍賞美津子はこれが初主演。後年の子宮から発するかと思えるセクシ−でハスキ−なエロキュ−ションはまだ発揮されておらず、役柄から地味で清楚な処女として登場する。しかし、気弱な河原崎健三の横っ面を張るシ−ンでは彼女のその後を想像させるようなパンチを炸裂させる。桃山家の主婦であり酔っ払いの夫を内職で支える妻でもある清川虹子が、夫を仰天させる告白をして、一家の分裂を決定的にするのだが、渥美と河原崎の兄弟はそれぞれに似合いの相手を得て家を出ることになる。さて、残されたのはカ−チャンの告白にショックを受けた飲んだくれのト−チャン花沢徳衛である。息子たちと水中での立ち回りを演じて濡れ鼠となり、ガタガタ震えるト−チャンを寝かしつけて・・・翌朝、カ−チャンは何ごともなかったかのように洗った男物と女物のパンツを物干し竿にへんぽんと翻えらせる。秀逸なラストでありました。
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[197]木枯し紋次郎
 せめてお夕だけでも・・・呑気呆亭 (Mail)2014-09-19
 
★上州無宿紋次郎は、日野宿の貸元、井筒屋仙松殺害の罪で三宅島に流された。紋次郎は日野宿にある兄弟分の左文治の家に滞在していたのだが、ある日、紋次郎が心秘かに思いを寄・・・
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★上州無宿紋次郎は、日野宿の貸元、井筒屋仙松殺害の罪で三宅島に流された。紋次郎は日野宿にある兄弟分の左文治の家に滞在していたのだが、ある日、紋次郎が心秘かに思いを寄せていたお夕が、井筒屋仙松に手ごめにされそうになり、左文治が斬殺してしまった。紋次郎は、左文治が、病床の母を思い嘆くのを聞き、死水をとるまでと、身替りに自首することにしたのである。島の生活は苦しく、悲惨であった。飢えをしのぐ道は、島民の情にすがり仕事を与えて貰うだけだった。果てしない海に突き出た断崖の上の二本の蘇鉄。流人たちは、この蘇鉄に赤い花が咲くと御赦免船が来ると信じ、赦免花と呼び最後の夢を賭けていた。(goo映画) ◎菅原文太の痩せ方は異常なほどで、遠景では電信柱が着物を着て歩いているように見える。三宅島での流人生活はかなり丁寧に描かれていて、時代考証もしっかりしているような印象を受ける。紋次郎が竹を削る細工の腕を活かして、土地の古老から預かった切り出しで竹ひごを削り、それで籠を編むシ−ンで文太は器用なところを見せる。その切り出しは作業ごとに古老に返還する定めになっていたのだが、すっかり紋次郎を信用した古老はその切り出しを預けっぱなしにすることにした。その切り出しが後の島抜け行で重要な役割を果たすことになる。もう一つ、島抜けして伊豆に流れ着いた紋次郎が、一緒に抜けて怪我をした伊吹を助けるために着物の襟を解いて小粒銀を取りだす仕掛けも中々面白かった。こうして、細部では面白い仕掛けがあって楽しめたのだが、紋次郎を囲む面々がすべて軽薄な裏切り者ばかりであることが、物語を薄っぺらなモノにしてしまったように思う。せめて、紋次郎が思いを寄せていたお夕だけでも・・・と思うのは無い物ねだりか。
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[198]サンダカン八番娼館 望郷
 無言の墓呑気呆亭 (Mail)2014-09-18
 
「神韻縹渺」という言葉がある。あえてこの難しい漢語を使いたくなるほどにこの映画での女優・田中絹代の演技は奇跡的なオ−ラを放っていた。栗原小巻という女優さんはワタクシ・・・
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「神韻縹渺」という言葉がある。あえてこの難しい漢語を使いたくなるほどにこの映画での女優・田中絹代の演技は奇跡的なオ−ラを放っていた。栗原小巻という女優さんはワタクシ的にはあまり好きなタイプではないのだが、この映画では彼女の“鼻がウソをついている”顔が、監督の熊井啓はその意図をもってキャステイングしたのかと疑うほどに、作意を持ってサキに近づこうとするインテリ女史・圭子に合っていた。その栗原が猫と得体の知れぬ虫が跋扈するサキのボロ屋にもじもじと尻を落ち着けることを一歩として、泊まり込んでサキの話を聞き出し聴き入り記録する課程で、その話の力によって人としてのリアリティを取り戻して行き、ラストで己の作意を告白し、サキに受け入れられ、その“からゆきさん”の物語を紡ぐ資格を持つ女となる。付け加えて言っておかねばならぬのは、サキの若き日を演じた高橋洋子の好演と、“からゆきさん”たちの母でありボスでもあったおキクさんを演じた水の江滝子の圧倒的な存在感があったからこそ、サキの生涯を物語る女優・田中絹代の演技にあれだけの凄みが備わったのだろうと思う。それにしてもおキクさんと“からゆきさん”たちの祖国ニッポンに背を向けて建てられた無言の墓は何度見ても衝撃的である。
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[199]潮騒
 脇役陣呑気呆亭 (Mail)2014-09-18
 
若き百恵は清楚で友和は精悍・純朴、絵に描いたようなカップルで言うことなし。特に何度か挿入される百恵の祈る姿にはこの人の持つ巫女的な力さえ感じた。それはそれとして、彼・・・
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若き百恵は清楚で友和は精悍・純朴、絵に描いたようなカップルで言うことなし。特に何度か挿入される百恵の祈る姿にはこの人の持つ巫女的な力さえ感じた。それはそれとして、彼ら二人を囲む脇役陣が実に良い。新治の母親役の初井言栄さんは夫を亡くして二人の子供を育ててきた女の強さと理知を見せてくれたし、新治の乗る漁船の船頭役の花沢徳衛さんはいつもながらの好い味で面白く、海女の頭分の丹下キヨ子さんは男たちに堂々と伍して海で稼ぐ女の豪快さと気っぷの良さを見せてくれた。新治が敬愛する灯台守の夫婦を演じた有島一郎さんと津島恵子さんの二人は、この島には異色の凜としたインテリジェンスを感じさせた。そして、初江の父親役の中村竹弥の爽やかな頑固親父ぶりが好ましく、総じて少しも陰湿なモノを感じさせずに物語を綴り終えた演出とスタッフに拍手を送りたい。
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[200]イカリエ-XB1
 イ−カロス呑気呆亭 (Mail)2014-09-17
 
★スタニワフ・レムの「マゼラン星雲」は、30世紀の社会主義ユートピアを舞台にしています。この時代、人類は太陽系のすべてを植民地化しており、ケンタウルス座アルファ星系・・・
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★スタニワフ・レムの「マゼラン星雲」は、30世紀の社会主義ユートピアを舞台にしています。この時代、人類は太陽系のすべてを植民地化しており、ケンタウルス座アルファ星系に向け、初の恒星間飛行を試みます。「ゲア」という宇宙船に227人の男女が乗り込み、8年間にわたる飛行の後、プロキシマ・ケンタウリを回る惑星のひとつで生命反応を見つけます。三重連星であるアルファ星系に属する惑星のひとつが、知的生命体によって生命が生存できる環境に変えられたのか? 物語には、アトラントスというヒューマノイドが出てきますが、これは冷戦下のアメリカと北大西洋条約機構をそれとなく描いたものだそうです。  この小説は「IKARIE XB 1(邦題:イカロスXB1号)」という題で、1963年に旧チェコスロバキアで映画化されています。63年というと日本で東宝が「妖星ゴラス」を公開した1年後ですね。もっとも話の舞台は30世紀から2163年の22世紀に変更され、物語もかなり変えられています。レムも映画化には乗り気ではなかったそうですが。日本ではNHKの衛星第2チャンネルで「イカリエ−XB1」というタイトルで放映されたことがあるそうで、御覧になった方もいるかもしれません。 (「スタニスワフ・レム氏追悼ブックレビュ−sf-fantasy.com」より) ◎上記の説明にあるように邦題がイカリエでは何のことか分からないが、イカロスということであれば、ギリシア神話の、蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり空を飛びながら、父の警告を忘れ高く飛びすぎて太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死したイ−カロスの寓話から来ているのだと分かる。この宇宙船はアルファ・ケンタウリ星系を目指して亜高速で航行するために時間の流れが地球上より緩やかなために、地球に帰還すると「浦島太郎」状態になることが分かっている。目的地はアルファ・ケンタウリ星系の惑星である。機内には夫婦者や恋人同士など男女同数のクル−が乗り込んでいる。途中、20世紀に地球から飛び立って同じ星系を目指したと思われる難破船を発見するのだが、未だ野蛮な戦闘性から脱していない思想によって組み込まれた自爆システムに巻き込まれて2名の乗員を失う。目指す惑星に向かうイカロスは暗黒星から放たれる未知の放射線に曝されて乗員すべてが意識を失う危機に陥るのだが、その暗黒星との間に立ちはだかった不思議な壁状のモノのお陰で危機から脱することができた。その直後、機内では飛び立つ前から妊娠していた夫婦者から「スタ−・チャイルド」が生まれるという喜びがはじけ、それは「壁」を作って地球からの使者を迎えようとする惑星の善意をも暗示して、墜落を免れたイカロスはアルファ・ケンタウリ星系の惑星に向かって飛行して行くのだった。 途中、旅の無聊をなぐさめるために企画された「ダンス・パ−テイ」のシ−ンで、タキシ−ドとドレスの男女が踏む一種奇妙なステップが、いかにも30世紀ですよといっているようで面白かった。 \'68年のキュ−ブリックの「2001年宇宙の旅」と比べても遜色のないSF映画がこの時点でチャコスロバキアで作られていたことに驚く。語られる思想も「2001年」よりも明確で、すでに「スタ−・チャイルド」を登場させていたことも驚きだが、その意味は本作の方が「未来」を暗示していてより肯定的で明瞭なものであった。
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[201]パサジェルカ
 強制収容所呑気呆亭 (Mail)2014-09-16
 
ポ−ランド人のムンクがナチの映画を作ろうとして、なぜこのような強制収容所に於ける親衛隊将校の女看守と女囚の倒錯した心理劇を撮ったのかが頷けない。ワイダもカワレロウイ・・・
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ポ−ランド人のムンクがナチの映画を作ろうとして、なぜこのような強制収容所に於ける親衛隊将校の女看守と女囚の倒錯した心理劇を撮ったのかが頷けない。ワイダもカワレロウイッチも題材として取り上げることのなかった強制収容所をムンクが取り上げるについては、相当の覚悟があっただろうと想像するが、真っ向からこの題材に取り組むのではなくいわば搦め手からの作劇に終わったのは、女囚マルタにユダヤの雰囲気が感じられないことも含めて、ポ−ランドという国の立ち位置の複雑さを思ったことだった。
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[202]審判
 少女たち呑気呆亭 (Mail)2014-09-16
 
弁護士ハスラーの付き添いの看護婦を演じたロミ−・シュナイダ−の淫らな存在感が素晴らしい。この女優さんがこんな強烈なオ−ラを放って演技したのは、後にも先にもなかったので・・・
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弁護士ハスラーの付き添いの看護婦を演じたロミ−・シュナイダ−の淫らな存在感が素晴らしい。この女優さんがこんな強烈なオ−ラを放って演技したのは、後にも先にもなかったのではなかろうか。物語はカフカとウエルズが取っ組んだのだから分かり辛いのは仕方がないところだが、カメラと美術が素晴らしいので、まさにボクラが寝床の中で見る「悪夢」の映像化に成功している。中でも恐ろしかったのはジョゼフ・Kが肖像画家ティトレリーの鳥かごのようなアトリエに上がって行くシ−ンで、彼の後をけたたましく追いかける少女たちの異様さであった。この「悪夢」は必ずこれからもこの映画を見た観客の夢の中に幾度も登場するに違いない。
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[203]ダンディー少佐
 妙に色っぽいセンタ・バ−ガ−呑気呆亭 (Mail)2014-09-16
 
妙に色っぽいセンタ・バ−ガ−が登場するまでは、ペキンパ−物らしい面白さがあるのだが、この女にダンディ−が事もあろうに惚れてしまって、南軍の兵士(ウォーレン・オーツ)を脱走・・・
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妙に色っぽいセンタ・バ−ガ−が登場するまでは、ペキンパ−物らしい面白さがあるのだが、この女にダンディ−が事もあろうに惚れてしまって、南軍の兵士(ウォーレン・オーツ)を脱走の廉で処刑させたことから南北兵士たちの信頼を失い、そのことの悩みを女に溺れることで紛らわせようとするという、妙な心理描写を挿入するのは、まったくペキンパ−らしからぬ俗悪な趣味であると言わざるを得ない。せっかくR・G・アームストロング以下のペキンパ−一家を揃え、そこにリチャ−ド・ハリスという格好いい俳優を配した布陣がすべてこのことによって台無しになってしまった。惜しい。
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[204]悪徳の栄え
 未犯のヒロイン呑気呆亭 (Mail)2014-09-09
 【ネタバレ注意】
少なくとも原作のマルキ・ド・サド公爵は一連の著作によって、人間性の奥底にひそむ悪と善を描こうと努めたと思うのだが、その原作の意図を活かすために物語の舞台をナチズムの・・・
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少なくとも原作のマルキ・ド・サド公爵は一連の著作によって、人間性の奥底にひそむ悪と善を描こうと努めたと思うのだが、その原作の意図を活かすために物語の舞台をナチズムの終焉間近の欧州大陸に移したと、監督ロジェ・ヴァデムは麗々しくも映画冒頭の字幕に綴る。やたらに挿入される戦争の実写フィルムと、フランスを占領したナチ高官たちのダラダラとした悪徳三昧(?)の物語がモンタ−ジュされて、戦争映画としても人間ドラマとしてもどっち付かずの半端な作品になってしまった。なにより噴飯物なのは、ヒロイン・ドヌ−ブが不能の親衛隊員の大尉(だったっけ)に守られて遂に未犯に終わるという、まったく観客の期待を裏切る結末となったことであった。サド、ヴァデム、ドヌ−ブという組合わせを見れば、観客はどうしたって彼女の美貌がどんな風に踏みにじられ、美徳の仮面がどう剥がされ、どんな変貌を見せるに至るかを期待するではないか。それがこんな中途半端な映画になってしまったのは、ヴァデムのドヌ−ブに対する過保護故だったのだろうか、それともヴァデムの作家性の欠如によるものだったのだろうか。
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[205]荒野の用心棒
 ライフルVs.コルト呑気呆亭 (Mail)2014-09-08
 
黒澤明の「用心棒」のプロロ−グは、砂ぼこりの舞う宿場をヒトの腕を咥えた犬がトコトコ歩いてくるという殺風景なものだったが、この映画ではイーストウッドの流れ者ジョ−がマリ・・・
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黒澤明の「用心棒」のプロロ−グは、砂ぼこりの舞う宿場をヒトの腕を咥えた犬がトコトコ歩いてくるという殺風景なものだったが、この映画ではイーストウッドの流れ者ジョ−がマリソル(マリアンネ・コッホ)という尋常ならざる美しさを持つ女と視線を交わすことがプロロ−グとなる。桑畑三十郎(三船)の宿場のヤクザ同士の喧嘩に関わる動機が、金のためではなくましてや社会正義のためではないのは明白で、では虐げられた司葉子の家族のために危ない橋を渡ったのかというと、照れ屋の三十郎にはそんなロマンチックな思いはなさそうだ。一方ジョ−には、あからさまに描かれてはいないがマリソルへの思いがこの「敢えて火中の栗を拾う」行為の底流に据えられていたのだろうと、余りにも冒頭のマリソルのただならぬ印象の強烈さ故に、これは監督レオ−ネがクロサワに向けた仕掛けだったのに違いないと、今回見直して思ったことだった。 決闘シ−ンについて一言いうと、ジョ−の得意とするファニングという技法は、右手で引き金を握ったまま左手で撃鉄を叩いて連射するという行為で、必然銃口が揺れるために銃撃の正確性が失われるので、あなたの決闘時にはお奨め出来ないのだが、この映画に限っては多数を敵に回す(最初は4人、ラストは5人)ということなので認めざるを得ない。それを別にすれば、ラストの1対5の決闘は見応えがあった。ジョ−の45口径には6発の銃弾。対するウインチャスタ−のラモン(ジャン・マリア・ボロンテ)は撃っても撃っても立ち上がってくる化け物じみたジョ−に怯えてライフルの銃弾を撃ち尽してしまう。それと見てゆっくり立ち上がったジョ−は、仕掛けの胸を覆った鉄板を外して、一瞬のファニングでラモンのライフルを弾き、手下の四人を斃す。残りは一発。その銃弾を酒場のオヤジを吊したロ−プを撃つことに使って、空になった弾倉から一発だけ薬莢を排出して“ライフルと拳銃の弾込め早撃ち勝負”をラモンに挑むのだった。こんな面白い決闘を考えたレオ−ネとイーストウッド(多分?)の機知に拍手を送りたい。勝負は弾倉に銃弾を装填してから、レバ−をアクションさせて薬室に送り込まねばならないラモンと、薬室に一発送り込んでシリンダ―を回転させるだけで発射の準備が出来るコルトとの差は明かで、愛するマリソルを理不尽(?)にもジョ−に奪われ自慢の銃撃戦にも敗れたラモンは、あくまでも鮮烈なメキシコの太陽の下に無念の死を遂げたのだった。
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[206]予期せぬ出来事
 VIP?呑気呆亭 (Mail)2014-09-07
 【ネタバレ注意】
説明するのも厄介な様々な事情を抱えたVIPの人々が、飛行機の遅延という「予期せぬ出来事」によって、まるで天啓のような縁によって結び合わされてハッピ−エンドに至るとい・・・
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説明するのも厄介な様々な事情を抱えたVIPの人々が、飛行機の遅延という「予期せぬ出来事」によって、まるで天啓のような縁によって結び合わされてハッピ−エンドに至るという、こんな都合の良い脚本を良くも書いたものだと感心する。それにしてもリズは美しく気品があって、自らジゴロと自称する駆け落ちの相手の青年も、その美しさと気品に気圧されてまだ肉体関係を結んでいないなんて設定は、“ウソだろ!”としか言いようがない。結局リズは亭主のバ−トンの元に戻ってしまって、不幸になったのはこのVIPでない青年一人であったという、ブルジョワにとっては痛快な物語でありました。
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[207]山猫
 ミスキャスト呑気呆亭 (Mail)2014-09-05
 
残念ながらNHK・BSで録画した英語版で観てしまったので、正直ガッカリ。バ−ト・ランカスタ−を主役に据えることで「英語版」が作られたのだとすれば、ランカスタ−の起用はミスキ・・・
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残念ながらNHK・BSで録画した英語版で観てしまったので、正直ガッカリ。バ−ト・ランカスタ−を主役に据えることで「英語版」が作られたのだとすれば、ランカスタ−の起用はミスキャストであったと言わざるを得ない。イタリア・フランスの俳優たちに囲まれて英語をしゃべる彼はやはり異質であって、 ヴィスコンテイにして何故?と思ってしまう。その彼の周りを固める公爵夫人や控えめな娘や成り上がりのブルジョワや忠実な使用人やらがまさにはまり役なだけに、そしてシチリアの風土から生え出たかのような民衆の姿も合わせて、その景色の中でアメリカの有名俳優が浮き上がって見えてしまうのは仕方のないことであった。確かにラストの舞踏会の場面は圧倒的だが、それに何の意味が有ろうかと思ってしまうのも、このミスキャスト故ではなかったろうか。
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[208]忍者と悪女
 斎藤達雄呑気呆亭 (Mail)2014-09-05
 
公開時のタイトルが「忍者と悪女」って、何のこっちゃ。ビンセント・プライスのクレ−ブン博士が小津安二郎作品の斎藤達雄のようにとぼけていて面白い。そのクレ−ブン博士に絡み・・・
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公開時のタイトルが「忍者と悪女」って、何のこっちゃ。ビンセント・プライスのクレ−ブン博士が小津安二郎作品の斎藤達雄のようにとぼけていて面白い。そのクレ−ブン博士に絡み付くペドロを演ずるピタ−・ロ−レ−の可笑しさは例えようのないモノだ。若きジャック・ニコルソンの活躍も嬉しくなる。そして何よりもボリス・カ−ロフの魔術師スカラバスと、一見頼りなげなクレ−ブン博士との魔術比べが迫力があって面白い。雰囲気的にはおどろおどろしい物語なのだが、音楽がコミカルなので少しも怖さのないアラン・ポ−であった。
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[209]あなただけ今晩は
 まるで落語呑気呆亭 (Mail)2014-09-05
 
「アパートの鍵貸します」も実際には際どいテ−マを扱った作品だったが、この映画も「娼婦とヒモ」という危ういテ−マを、巧みな台詞と軽妙な役者たちの演技によって見事なコメデ・・・
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「アパートの鍵貸します」も実際には際どいテ−マを扱った作品だったが、この映画も「娼婦とヒモ」という危ういテ−マを、巧みな台詞と軽妙な役者たちの演技によって見事なコメディにしてしまうのは、やはりワイルダ−の腕というものだろう。“かわいいイルマ”に娼婦の稼ぎをさせないためにヒモのネスタ−が苦肉の策で考え出したのが、バ−のマスタ−に500フランを借り、イギリス貴族のX卿に成りすましてイルマをその500フランで買い、その500フランをイルマがネスタ−に渡すという、まるで永劫回帰か落語の「二人酒盛」みたいな話になって、戦争で不能になったと偽ってイルマと同衾することを回避していたX卿が、イルマの「治療」によって機能を回復してしまい、イルマはそれによって妊娠してしまい、ネスタ−はX卿に嫉妬(?)して彼を殺そうとする・・・って、まさにメビウスの輪のように変テコなこんぐらがりになだれ込んで行く物語は、それこそまたしても落語の「頭山」に匹敵するシュ−ルなお話でありました。
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[210]シャイアン
 戦士はおろか女子供に至るまで呑気呆亭 (Mail)2014-09-05
 
公開当時の評判は芳しくなかったと記憶するが、今回見直してみてこれはフォ−ドの堂々たる傑作であると思った。「駅馬車」でインディアンのすさまじい戦闘性をダイナミックに描・・・
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公開当時の評判は芳しくなかったと記憶するが、今回見直してみてこれはフォ−ドの堂々たる傑作であると思った。「駅馬車」でインディアンのすさまじい戦闘性をダイナミックに描いて見せてくれたフォ−ドだが、この作品ではシャイアン族の誇り高い人間性を淡々と描き尽している。既に\'50年の作品「幌馬車」で赤人の族長に“白人で嘘を付かないのはモルモン教徒だけだ!”と言わしめたフォ−ドだが、この映画でも戦士はおろか女子供に至るまで背筋をピシッと伸ばして荒野を歩む姿に強靱なモラ−ルの高さを砂まみれの映像によって語り、それに引き比べて政府高官を始めだまし討ちを恥とも感じない牧童に至るまで、平気で約束を破り嘘を付くという陋劣な白人像を対置させる。唯一の救いはウイドマ−クの働きによって生き残ったシャイアン族が故郷に帰還することが出来たことなのだが、それもアメリカというダブルスタンダ−ドの国にあっては、いずれなし崩しに土地を奪われ誇りを失わさせられてしまうだろうと思わざるを得ないと感ずるのだが、それはまた別の話である。
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