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 「篭瀬山」さんのコメント一覧 登録数(719件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[211]乱れる
 目撃篭瀬山2005-11-30
 【ネタバレ注意】
 ラスト・シーンは衝撃的でしたね。財布を盗まれた人みたいに必死の形相で加山の骸を追いかける高峰秀子を、延々と目撃し続けるカメラ。最後に「あゝ、財布が・・・」なんてス・・・
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 ラスト・シーンは衝撃的でしたね。財布を盗まれた人みたいに必死の形相で加山の骸を追いかける高峰秀子を、延々と目撃し続けるカメラ。最後に「あゝ、財布が・・・」なんてスポークン・タイトルが挿入されてたら、これ以上ないってくらいの完璧な突き放しだったでしょう。サイレント映画ですけどね、それじゃ。  乱れるといえば乱れるのですが、現代的に言えば乱れざるを得ないという感じでしょう。義弟(加山)を受け入れかけた嫂(高峰)が、なぜ最後の最後で扉を閉ざしたのか理解できない、としてしまうと、映画そのものが成立しなくなるくらいの繊細な状況ではありました。しょうがないので私は理解することにしました。亡き夫に対する操、というのが重要な動機になってるわけですけど、結局敗戦によって失われてしまった物語を後生大事に守っているわけですね。夫が国を守り、妻が銃後を守る、というような物語です。これ以上奪われたくない、失いたくないという心理です。高峰は、物語を守るという自分の役目は終わったと考え、加山に応えようとするのですが、最終的にそれ(=守ること)が自分の重要な一部になっていることに気がついて、拒んだのです。それでも、別の大切なものを、やっぱり失ってしまった。つまり歴史は(否応なく)繰り返すということを描いた作品だと思います。8
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[212]女が階段を上る時
 職業篭瀬山2005-11-29
 
夜の銀座で働く女を「プロ」と紹介する。5作前の『流れる』で描いた芸者世界の観点からすれば、玄人と素人の境目を曖昧にした根源と言えるかもしれない女たち。だがこう紹介さ・・・
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夜の銀座で働く女を「プロ」と紹介する。5作前の『流れる』で描いた芸者世界の観点からすれば、玄人と素人の境目を曖昧にした根源と言えるかもしれない女たち。だがこう紹介されると、それなりに確立した職業集団と思えるから不思議だ。実際、働く苦労に男と女の区別はなく、ある種の「階段」を上がらなきゃいけないのは皆同じ。なかには上がりたくない階段もあるだろうが、上がれば、少し高いところからものが見えるようになるのもまた事実で・・・。銀座に通う男たちにではなく、そこで働く女たちに心情を託して見ることとなった作品。高峰秀子の一皮向けた感じがいい。7
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[213]ブラザーズ・グリム
 御意篭瀬山2005-11-29
 
遊園地のメリーゴーランドみたいにねちっこい映像で、見終えた後も網膜にこびりつく。言われてみればテリー・ギリアムってゴシック系そびえ立つ映像モチーフを駆使する映画作家・・・
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遊園地のメリーゴーランドみたいにねちっこい映像で、見終えた後も網膜にこびりつく。言われてみればテリー・ギリアムってゴシック系そびえ立つ映像モチーフを駆使する映画作家だったんだね(だったっけ?)。枝の隙間から空を見上げる映像単位が繰り返し使われている。話は幻想冒険譚のためケツの予測がついてしまい、それ以外に注意を繋ぎ留めるものがないので遊びにつき合うのが辛かった。もっと毒の強い監督じゃなかったっけ?と思いながら見たが、そう感じた人多いんだ。だよねー。3
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[214]流れる
 選択篭瀬山2005-11-28
 
 ひょうひょうと流れる時間の中に、時代の移り変わりをしっかり描き出している。芸者の置屋という、先のない世界。この廃れゆく世界を押しとどめるための有効な手立てなど、登・・・
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 ひょうひょうと流れる時間の中に、時代の移り変わりをしっかり描き出している。芸者の置屋という、先のない世界。この廃れゆく世界を押しとどめるための有効な手立てなど、登場人物の一人として取ろうとしないし、また誰にも取りえない。自然の遷移のように時代の変化を描く成瀬の狙いは、この社会を選んだのはわれわれ自身であると、言うことにある。そんな気がした。  戦後の作品で山田五十鈴を観るのはこれが3作目。他は黒澤『用心棒』と小津『東京暮色』だが、顔が間伸びして見え、女優としての華がどこにあるのか分からなかった。しかし、この作品の彼女はいい。美しさの第一線で体を張ってきた自負が表れ、役柄ともぴったりである。どこかでも書いたが、追い詰められた女の美しさ、である。7
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[215]生きる
 世界の再編成篭瀬山2005-11-25
 
 世界は、決定的に秩序を欠いている。つまり世界の本質は混沌にあるということだ。ではなぜ人は秩序を希求するのか。それは、この世の中にあるわれわれという存在が、混沌の中・・・
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 世界は、決定的に秩序を欠いている。つまり世界の本質は混沌にあるということだ。ではなぜ人は秩序を希求するのか。それは、この世の中にあるわれわれという存在が、混沌の中の秩序であることと無関係ではないだろう。  この映画に描かれる世界を、おとぎ話にすぎないと批判すること、また別の観点から批判することは可能だと思う。だが、世界を、自分をテコに再編すること。これが生きるということだと描き、その内発的動機を生きがいに求めるこの物語は、最低でも感動的であると言える。では最高は? 私の乏しい語彙では・・・言うだけ野暮か。8
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[216]ベアテの贈りもの
 積み重ね篭瀬山2005-11-25
 
 ベアテ・シロタ・ゴードンは、憲法第24条(男女平等)の草案を書いた人。当時日本側は、男女平等は日本の伝統文化に反すると激しく抵抗したそうだ。そのいきさつは朝日放送・・・
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 ベアテ・シロタ・ゴードンは、憲法第24条(男女平等)の草案を書いた人。当時日本側は、男女平等は日本の伝統文化に反すると激しく抵抗したそうだ。そのいきさつは朝日放送が15年程前にTVドキュメンタリーで詳しく描いているとのこと。この作品は、ベアテの存在を軸に、戦前戦後と女性の権利の確立に尽力した日本女性の活動を、インタビューとエピソードで通時的に綴る。  登場する女性たちを見て思ったのは、まさに彼女たちこそ自立した人格に見えた、ということ。女性の権利のために闘うという行為それ自体が、女性を覚醒させてきた、そんな思いを抱いた。難点を言えば、彼女たちが闘ってきた「敵」が見えにくい。ドキュメンタリーであるから、物語の構造をとる必要は必ずしもないかもしれないけれど、スーッと流れるように見れた(構成は上手かったのだろう)わりに、引っかかるものがさほどない。  普段、映画で見るのは女優さんばかりだから、ごく水準の女性をスクリーン上で大量に見るという体験は、単純に新鮮な感じがした。6
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[217]ALWAYS 三丁目の夕日
 違和感がない篭瀬山2005-11-23
 
 昭和30年代は日本が高度消費社会に突入していった一つの画期ではあろう。だが「三種の神器」(この時代はテレビ、冷蔵庫、洗濯機とのこと。薬師丸ひろ子がそう言ってた)は・・・
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 昭和30年代は日本が高度消費社会に突入していった一つの画期ではあろう。だが「三種の神器」(この時代はテレビ、冷蔵庫、洗濯機とのこと。薬師丸ひろ子がそう言ってた)はまだまだ値も張り、巨大で、無機質で、ピカピカして、古い日本式家屋の中では圧倒的に浮き上がっていたはずである。この違和感がないのだ。「鈴木家」では普通に馴染んで収まっていた。これら現代世界商品が日本の家庭風景の中に溶け込んでいくのは、昭和40年代、50年代だと思うのだが、いかがであろう。  中身はなくて、構成だけの物語だ。中身がないものを論評しても意味がないので省くが、他に特筆すべき点としてはCGがある。いままで観た邦画の中では一番の出来。これなら騙されてやってもいいと思えるレベルである。そんなことより人間を描いてほしいわけだが。5
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[218]ハリー・ポッターと炎のゴブレット
 毒をくらわば篭瀬山2005-11-21
 
登場人物が膨らみすぎて、初めの頃と比べるとずいぶん印象の薄くなっちゃった人もある。俺、ドラコ・マルフォイ結構好きなんだけどなあ(あとダーズリー一家)。「映画は毒があ・・・
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登場人物が膨らみすぎて、初めの頃と比べるとずいぶん印象の薄くなっちゃった人もある。俺、ドラコ・マルフォイ結構好きなんだけどなあ(あとダーズリー一家)。「映画は毒があるから面白い」と言ったのは井筒和幸という人だが、俺はこの映画に潜む毒というか悪意というか、わりに好きだ。計算ずくなのかどうかよく分からないところがまた魅力で、新作を見るたび自分の中の解釈が変わる。まだ原作も完結してないくらいだから今後どうなるか事実上予測不可能。こんな風に楽しめる映画があるって、幸せだなあ(しみじみ)。7
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[219]サンダカン八番娼館 望郷
 白雲愁色篭瀬山2005-11-21
 
 顔の作りは不細工でも魅力的な女優さんてのがいるもんだが、栗原小巻にはそのいずれもない。だから彼女の主演作というだけで私にとっては大きく減点。ただ彼女の魅力というの・・・
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 顔の作りは不細工でも魅力的な女優さんてのがいるもんだが、栗原小巻にはそのいずれもない。だから彼女の主演作というだけで私にとっては大きく減点。ただ彼女の魅力というのは学級委員的真面目さにあるのだろうか、どの作品でもそんな役をやっている。ここでもそうだが、私はこの手の話をそういう観点で語られるのが嫌いなのだ。ここも減点だが彼女のせいではない。  田中絹代が幼稚園児のお遊戯みたいにはしゃいでいて見苦しかった。実際、幼稚園児みたいに可愛らしかったが、彼女の長いキャリアを考えれば、映画をブチ壊すためにやったのだとしか思えないし事実ブチ壊していた。どういうつもりだったのだろう。今もう一度見てみたいと思うのは彼女の演技だけである。  話の中身はすっかり忘れてしまったので何も言えない。きっととてつもなく素晴らしい物語だったに違いない。2
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[220]裁かるゝジャンヌ
 ボソッ篭瀬山2005-11-16
 
(俺は自分の眼で見た「真実」しか信じない。これは他人の眼から見た真実、だなあ。クローズアップが多用されるんだけど、これは俺の視点とは違う。基本的に違和感しか残らなか・・・
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(俺は自分の眼で見た「真実」しか信じない。これは他人の眼から見た真実、だなあ。クローズアップが多用されるんだけど、これは俺の視点とは違う。基本的に違和感しか残らなかった。 ・・・ああ、ラストの騒乱とジャンヌの焼けていくカットが交互するシーンは、とてもエモーショナルだったなあ。←単純)4
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[221]イン・ハー・シューズ
 聴かせる篭瀬山2005-11-15
 
 この手の作品の欠点は、現実に存在し、それぞれ深刻な問題を抱えた特定の症状を、物語に利用しているように見えてしまうことだ。だが、役者陣がいずれもすき間なく人物を造形・・・
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 この手の作品の欠点は、現実に存在し、それぞれ深刻な問題を抱えた特定の症状を、物語に利用しているように見えてしまうことだ。だが、役者陣がいずれもすき間なく人物を造形していて、個々の奏でる音色が全体で統一のとれたハーモニーを成しているような、美しさがある。もちろん演出の功であり、ハリウッドのウェルメイドなヒューマン・ドラマに連なる。  上手いのは、トニ・コレットもキャメロン・ディアスもシャーリー・マクレーンも、映画好きなら観たことあるような過去の出演作のキャラクターを若干引きずっており、それらまでハーモニーの中に取り込んでいること。鏡台の周囲を飾る写真群のような愛らしさのある作品。7  ※トニ・コレットは『シックス・センス』でオスメント坊やの母役だった人だが、『ミュリエルの結婚』がおススメ。
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[222]野獣死すべし
 優作を見る篭瀬山2005-11-15
 
 松田優作が酷薄で独り善がりな殺人者を演じる。この監督さん、状況を積み重ねてキャラクターを描いていくことも出来そうにみえるのだが、どこかそれを放棄しているというか、・・・
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 松田優作が酷薄で独り善がりな殺人者を演じる。この監督さん、状況を積み重ねてキャラクターを描いていくことも出来そうにみえるのだが、どこかそれを放棄しているというか、あえてブチ壊しているようなところがある。なんの進展もなければ興奮さえない凡庸なシーンを延々と引っ張ってみたり、とか。  むしろ、優作がこの殺人者につけた特異な演技、ペダンチックで狂信的な人物作りを、突出して非リアルに見せない効果があった、と言えるか。つまり、邦画のスター・システムが生んだ最後のスター「松田優作」を見せるための作品か。なるほどね。でもそーいうのは、時代の熱狂がはがれると空疎に見えるものなのだ。  ついでながら、加賀丈史のあの持続力には、男なら誰しも羨望を覚えるであろう。3
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[223]眠狂四郎 女妖剣
 腕枕篭瀬山2005-11-13
 
サービスかしらんが冒頭で女性の裸が出ててきてゲンナリ。妖しくもなければ綺麗でさえない。可哀そうで見てらんなかった。その後はどうなったか知らない。心地よく眠狂四郎。2
  
 
[224]眠狂四郎 勝負
 目覚めがいい篭瀬山2005-11-13
 
魔剣・円月殺法を見ていると、吸いこまれるように眠くなる。私ゃまどろこっしいのァ駄目だ。面白かったのは加藤嘉のお侍で、屋内のシーン、他の役者が喋っててもそんなことはな・・・
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魔剣・円月殺法を見ていると、吸いこまれるように眠くなる。私ゃまどろこっしいのァ駄目だ。面白かったのは加藤嘉のお侍で、屋内のシーン、他の役者が喋っててもそんなことはないが、彼がいつものかん高い声で話し出すと、スタジオ内に音が反響して、セットで撮ってんのが丸わかりになってしまう。あと、思い詰めた表情の藤村志保が、鈴をチリンチリン鳴らしながら歩いてんのも意味不明でよかった。そして可愛かった。4
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[225]中北千枝子
 隣町小町篭瀬山2005-11-10
 
 今年、成瀬巳喜男の作品をまとまって見る機会があった。そこで地味な役柄ながら印象に残ったのが彼女だ。数えてみると13本で出会っている。これは、高峰秀子の8本、原節子・・・
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 今年、成瀬巳喜男の作品をまとまって見る機会があった。そこで地味な役柄ながら印象に残ったのが彼女だ。数えてみると13本で出会っている。これは、高峰秀子の8本、原節子の4本よりはるかに多い。むろん彼女の場合はほとんど脇役だが。しかし、もともと成瀬の映画は、目立たず大人しく控えめな世界を題材に取りながら、いかにその世界がスリリングでドラマに満ち輝いているかを描いた作品である。成瀬以外の映画であれば、脇役に回るような人物が主人公なのである。すなわち、その成瀬映画で脇役を演じながら輝きを放つ彼女こそ、もっとも成瀬的な役者であると言える。そんな思いを抱き始めた矢先、彼女の訃報に接し、たいへん悔やまれた。  成瀬の映画でお会いしてるときにはまったく思い出さなかったが、記事で彼女のフィルモグラフィを見てたら黒澤の『素晴らしき日曜日』とあった。途端に、ああ、あの庶民的な可愛らしさを放っていた女の子か、と思い出した。また天国の映画界が人材豊富になったのだなあ。
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[226]炎上
 心理学篭瀬山2005-11-10
 
 心理学だね。私はロングな着け睫毛をつけたきりりとした雷蔵より、なんの化粧っ気もない凡庸で目立たない素の雷蔵の方が好きなのだ(雷蔵ファン一般とは正逆か)が、この作品・・・
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 心理学だね。私はロングな着け睫毛をつけたきりりとした雷蔵より、なんの化粧っ気もない凡庸で目立たない素の雷蔵の方が好きなのだ(雷蔵ファン一般とは正逆か)が、この作品がまさにそれ。普通、国宝といったら日本国民すべてにとっての宝という意味だが、こいつが火ぃ着けるんなら構わないと思ったね。こいつの強い思いの前では、金閣寺(驟閣寺)なんて屁だ。なんとデンジャラスな映画だろう。  驟閣の燃えるところなんか凄かった。炎ってのは下から上へ上がるもんだが、偶然かも知らんが、黒い闇が上から下へ潜り込むように見えた。闇がこの世を圧し潰すように見えたのだ。こりゃまたなんとも映画的な瞬間だわな。8
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[227]八月のクリスマス
 つつしみ深い篭瀬山2005-11-09
 
 映画を観てると自己の内面に沈んでしまうことがあるが、映画の中でそういう人物を見ると腹が立つ。矛盾した感情だが、その点ハン・ソッキュの示した慎み深さは絶妙だった。他・・・
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 映画を観てると自己の内面に沈んでしまうことがあるが、映画の中でそういう人物を見ると腹が立つ。矛盾した感情だが、その点ハン・ソッキュの示した慎み深さは絶妙だった。他人を思い遣るという気持ちがいつも根底にあるよう見えたからだ。彼のこの包容力が映画の大半を支えている。  またシム・ウナも良かった。”自分の美しさにまだ気付いていない”という美しさが表現されていた。  感情ベタベタなラブストーリーが駄目ということでもないけれど、この作品は節度を保った感情描写が奏功した好例。7
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[228]道場破り
 仕官の道篭瀬山2005-11-09
 
 家老の娘と駆け落ちした浪人。脱藩の罪を問われどの藩にも仕官できずにいたところ、ふとした縁で知り合った天領の領主から仕官を持ちかけられる。  主演・長門勇の出身地、・・・
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 家老の娘と駆け落ちした浪人。脱藩の罪を問われどの藩にも仕官できずにいたところ、ふとした縁で知り合った天領の領主から仕官を持ちかけられる。  主演・長門勇の出身地、倉敷もそうだが、俗に天領とは将軍家の直轄地のこと。旗本を代官に任命し領地経営に当たらせていたはずだが、殿様と呼ばれることもあったのか、作品の中で小室帯刀(宮口精二)はそう呼ばれている。直轄地だけに周辺諸藩のローカルな事情は気にかけない鷹揚さがあったということだろうか。天領の持つある種の特権が肯定的に描かれる。  しかし、変なところで教条的で、賭け試合を行なったことが咎められ、話はなかったことに。お上というのは勝手なものだが、ただ従うことしか出来なかった時代より、現代の方がなんぼかマシか。駆け落ちする侍に居場所などなかった「時代」というものを描いていると言える。  長門は『三匹の侍』では槍の使い手だったそうだが、太刀裁きもどうしてなかなかのもの。スピーディかつリズミカル。共演・丹波哲郎の豪胆な剣士ぶりとも相俟って、殺陣が爽快でなお力強い。軽快な時代劇に仕上がっている。ヒットしたようで、続編が1本撮られている。7
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[229]女系家族
 役者やのう篭瀬山2005-11-09
 
 我儘勝手な出戻り長女・藤代(京マチ子)に心情を寄せて観ることとなった。”感情に決着をつけること”を何より優先する彼女のあり方が好きなのだ。と同時に、今まで見た出演作・・・
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 我儘勝手な出戻り長女・藤代(京マチ子)に心情を寄せて観ることとなった。”感情に決着をつけること”を何より優先する彼女のあり方が好きなのだ。と同時に、今まで見た出演作の中で、京マチ子が最も美しかった。古い見方だが、切羽詰った女は美しい。  でもって、自分を重ね合せて観ることなどこれっぽっちも出来なかったが、浜田文乃役の若尾文子がそれよりはるかに美しかった。  ついでに言うと、老け役でない北林谷栄を初めて見た。やけになまめかしいのが笑っちゃう(ごめんよ)。  しかし、存在の霞みがちな母をおもんぱかるのは娘たちの仕事とすれば、私は(監督と同じように)やはり父親に思いを寄せるとしよう。なかなか含蓄のある表情をしたいい遺影だった。8
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[230]ソウ2
 ヒントは一度だけ篭瀬山2005-11-04
 
 冷静に見ると、観客の心拍数を否応なく高める手法に長けているのが分かる。被害者の泣き叫ぶ表情と、血の飛び散る残虐なカットを小刻みに交互挿入するシーンに、絶叫や金切り・・・
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 冷静に見ると、観客の心拍数を否応なく高める手法に長けているのが分かる。被害者の泣き叫ぶ表情と、血の飛び散る残虐なカットを小刻みに交互挿入するシーンに、絶叫や金切り声を被せるなど。ただし、この技術に関しては前作から進歩がないし、今作だけで見ても、繰り返し用いられるので、じき慣れてしまう。前作だって初めの内は相当ハスに構えて観ていたのだが、いつのまにか話に引きずり込まれていた。今作は最後まで冷静に見てしまったので、この点だけでも、前作に及ばないと言える。  さらに言うと、前作では「一番近くで見ている」というルールは繰り返し述べられていた。にもかかわらず、われわれは騙されたわけだ(それが鍵となるルールだとは思わなかったからだが)。つまり前作は、まったく隠さずに隠し通した、と言える。ところが今作は、「ルール」は確かに一度は明らかにされるが、その後は大切に隠され仕舞い込まれてしまう。比較にならないくらい質が落ちたと言える。まあ、別の言い方をすれば、普通のサスペンスになっているということだ。6
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[231]グレアム・ヤング毒殺日記
 ニュートンのダイヤモンド篭瀬山2005-11-03
 【ネタバレ注意】
 グレアム・ヤングは14才のとき継母を毒殺。次に実父にも同じ毒を盛り始めたが、不審に思った家族の通報により逮捕。獄中で精神科医の心理治療を受け、数年後に出所したもの・・・
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 グレアム・ヤングは14才のとき継母を毒殺。次に実父にも同じ毒を盛り始めたが、不審に思った家族の通報により逮捕。獄中で精神科医の心理治療を受け、数年後に出所したものの、社会に適応できずまた毒殺事件を起こし、再逮捕。獄中で死亡した。死ぬ前に、この精神科医に宛て遺書めいたものを書き残し、そこに自己の精神の軌跡を記した。その手記に基づく。  彼は始め、アンチモンという毒を使った。これは、自室に”化学実験キット”があるほどの化学マニアだった少年が、「ニュートンのダイヤモンド(何を意味するか不明)」を実験で作ろうとして、薬局から購入してきたものだ。この実験は無惨にも失敗、残ったアンチモンを継母に盛り始めたのである。母は即体調を崩すのだが、かかり付けの町医者程度の技量では原因を突き止められなかった。少年は母の薬係となり、母に直接”薬”を手渡すのである。  その後彼は、アンチモンより強力で、痕跡も見つかりにくい「タリウム」の存在を知る。タリウムはナチスの開発した毒で、体調に変調をきたすものの、死因は人それぞれ異なる形になるので、原因究明が難しい。唯一の共通症状は、髪が抜けること、だそうだ。このあたり、息子に疑惑を抱いた母が、すでに意思表示も満足に出来ない状態だった、なんて描写があったりして、とても怖い。  服役2年後、彼の収監された少年院に、英国きっての少年心理学者、ザイグラー博士が着任する。博士から直接治療を受け、治ったと認定されれば、社会復帰が可能となる。少年は自分が患者に選ばれるよう、自己を売り込むことに努め、成功。ここからの博士と少年の間のやり取りが、この映画の白眉であり、核となる部分だろう。詳細は省くが、数年後、青年となった彼は、博士からお墨付きを得、社会に復帰。もう人を殺すことはないだろう・・・。  しかし彼は社会への対応の仕方を知らず、社会もまた彼の扱い方を知らなかった。過去を秘匿した彼が得た職場は、カメラ・メーカーの製造工場。敷地内にメーカーの研究施設があり、若いのに化学知識の深い彼(!)は、ここの研究員から可愛がられる。ある日研究所内を案内され、そこで彼が見たものは、何ら管理を受けず、瓶詰めされ、無造作に置かれた、大量の「タリウム」だった・・・!  獄中で、ザイグラー博士宛に遺書をしたためた直後、彼は死体となって発見される。死因は不明。ちょうど彼が毒殺してきた人々と同じように・・・。8 
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[232]復讐するは我にあり
 復習しないと忘れちゃう(若アルツ)篭瀬山2005-11-02
 【ネタバレ注意】
 この時期の彼女の出演作は、他に「八つ墓村」(’77)「鬼畜」(’78)と見ているが、それよりはるかに若くないか? 私は初め、小川真由美に似た誰か別の若手女優、を起用・・・
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 この時期の彼女の出演作は、他に「八つ墓村」(’77)「鬼畜」(’78)と見ているが、それよりはるかに若くないか? 私は初め、小川真由美に似た誰か別の若手女優、を起用しているのかと思った。こういうのを称して、女は怖い、というのであろう。  隠れた名作『トム・べレンジャー in 処刑岬』(この邦題・・・ )に先立つこと20余年、本邦映画界において、現代人の抱える孤独で虚ろな心の闇を浮き彫りにして見せたこのような作品が存在することに、私はちょっと感動している。佐木隆三という人は、あまり直感の働く方ではないようだが、重要なこととそうでないことを見極める眼を持っていて、自分が理解できないからといってエピソードを勝手に削ぎ落としたりしない、誠実さを持ち合わせた人物とお見受けした。私の理解では、これはキリスト教的因果と応報、罪と処罰の物語ではなく、もちろん父子の血の相克の物語などでもなく、孤独を核とした物語だ。私だったら、同じく聖書から採るにして、「手を携えよ、さもなくば滅びん(United we stand,devided we fall.)」という題名にしたと思う(他に知らないからだが)。とにかく緒形拳が素晴らしかった。7 
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[233]雲霧仁左衛門
 お絵描き御免篭瀬山2005-11-01
 
 五社英雄には構想力というものが欠落している。子供の頃、1行でも多く作文を書くとほめられて、そのまま大きくなったタイプで、マス目を埋めることしか考えていない。主張し・・・
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 五社英雄には構想力というものが欠落している。子供の頃、1行でも多く作文を書くとほめられて、そのまま大きくなったタイプで、マス目を埋めることしか考えていない。主張したいことを際立たせるため前後を削ぎ落としたり、話を展開させてメリハリをつけるといった工夫が一切ない。他にどんな作品を撮っているのか知らないが、どれもつまらないだろう。  その代わり、持ち前の執拗さが求心力となって、周囲に人が集まってくるのだろう。この作品もこれでもか級の豪華な役者陣である。  女優の扱いにヒエラルキーがあって面白い。ポルノ出身の宮下順子は胸露出。他作品では露出ありの倍賞美津子は手拭いで隠すことを許される。岩下志麻に至っては、胸を出すシーンだけ別の女優が演じている。これでいくと、出番がほとんどなく、台詞も無きに等しい松坂慶子が一番格上ということになるが――実際、クレジットの順序がそうなのだ。もっとも岩下は舌まで絡めるディープなキス・シーンを演らされて、ちょっと可哀そうだった(丹波は役得)。五社は女性差別主義者でもあるということだ。  岩下志麻のおっぱい役、そういうものに私はなりたい。3
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[234]人情紙風船
 朱に交わるとも篭瀬山2005-11-01
 
長屋の住人たちの生活描写だけでも生き生きとして楽しいし、新三(中村翫右衛門)の意地の張り方・通し方、海野さん(河原崎長十郎)の人の好さ・だらしなさ、いずれも愛さずに・・・
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長屋の住人たちの生活描写だけでも生き生きとして楽しいし、新三(中村翫右衛門)の意地の張り方・通し方、海野さん(河原崎長十郎)の人の好さ・だらしなさ、いずれも愛さずにはいられなく故に一層切ないのだが、私が一番感動したのは、物語の構成の見事さだなあ。よく「腑に落ちる」という表現を私も使うのだけれど、臓腑に突き抜けるとでもいうような激しい納得性があった。ただ、私が勝手に勘違いしている可能性がなきにしもで、先日、当の前進座公演で『髪結新三』を見てきたのだが、河竹黙阿弥の原作(に忠実だったとして)は、もっと説話的というか、より教育臭が強く、なんか修身の教科書みたいだった(知らんけどそれ)。山中貞雄は、大昔のお話を、(昭和12年当時の)同時代的な解釈で、リアリティを伴って再現してみせたのかもしれない。しばし保留。7
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[235]蒲田行進曲
 撮影所があった篭瀬山2005-10-31
 
この映画を初めて見た頃は、まだ特別に映画が好きという訳ではなかったし、この映画を見てすぐ特別な映画好きになった訳でもないが、映画が特別に大好きになった今、振り返って・・・
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この映画を初めて見た頃は、まだ特別に映画が好きという訳ではなかったし、この映画を見てすぐ特別な映画好きになった訳でもないが、映画が特別に大好きになった今、振り返ってみるに、世の中に撮影所というものが存在し、それが映画作りに大きく貢献していることだけでなく、土台となり、屋台骨となり、大きな母体になっているということを、初めて認識させてくれた作品であったことだなあ。8
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[236]私の頭の中の消しゴム
 優しく包む篭瀬山2005-10-31
 【ネタバレ注意】
 言葉で優しく包んでやるだけでなく、状況でそれを行なうという、映画に出来る最大限のことをしてあげている作品だと思う。しかし、私なんかが観ると、この二枚目俳優(チョン・・・
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 言葉で優しく包んでやるだけでなく、状況でそれを行なうという、映画に出来る最大限のことをしてあげている作品だと思う。しかし、私なんかが観ると、この二枚目俳優(チョン・ウソン)の先天的ニヤケ顔をひっぺがしてやりたいという思いに駆られてしまう。  冗談は別として、チョン・ウソンはいい男を演じていた。この手の配役は、油断すると軽薄さや助平さを醸し出してしまうと思うのだが、うまく抑えていた方だ。初めて見る役者のように思って観たが、観終えてツラツラ考えてみるに、以前別の映画で見たことに思い当たった。その映画の名前はすぐ『ユリョン』だと思い出したが、私の中の消しゴムも相当なものだろう。  話は飛ぶが、スジン(ソン・イェジン)に昔の不倫相手の名前で呼びかけられて、チョルス(チョン)が老医者に「彼女が本当に愛しているのは誰か」と相談するシーン。老医者のキャラクターを描くシーンとしても機能しているから、一概に要らないとは言えないかもだが、私だったら削る。彼女が本当に愛しているのは自分であると、他人や第三者からのサジェスチョンでなく、自分で気づくのでないと、本当の男とは言えないからだ。7
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[237]越前竹人形
 おそるおそる篭瀬山2005-10-29
 【ネタバレ注意】
女の淫らであることに対し、手厳しいと思う。遊郭のお女郎さんを妻に迎える決心をした時点で、喜助どん(山下洵一郎)の中で玉枝(若尾文子)の過去は許容されていたはずである・・・
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女の淫らであることに対し、手厳しいと思う。遊郭のお女郎さんを妻に迎える決心をした時点で、喜助どん(山下洵一郎)の中で玉枝(若尾文子)の過去は許容されていたはずである。確かにその後一度間違いを犯すが、これだって非があるのは全面的に西村晃の方だ。百歩譲って玉枝が毅然としていなかった点に問題があったのだとしても、人間誰でも間違いを犯すことはある。ましてや十五、六の小娘じゃないんだし、情欲があるのは当たり前。天は彼女に罰を与えた(=子供が出来た)が、鴈治郎船頭という天使だか悪魔だか分からない存在により、彼女は救われた。とするなら、あとは夫である喜助が彼女を受け入れるかどうかだけの問題だと思うのだが、作者は彼女を殺してしまう。この執拗な潔癖さ、なんと言うか、童貞的潔癖さは、ちょっと怖い。童貞的潔癖さを悪としていいのかどうか私には分からないが、これを突き詰めた社会は、たぶん少子化するだろう。6
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[238]新・平家物語
 すぐ怒る篭瀬山2005-10-29
 
 この手の演出様式は、今でも確実に受け継がれている。NHKの大河ドラマなんかがそうだ。やけにしゃっちょこばった硬直な演技で、やたらと大声を張り上げる・おかしくもない・・・
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 この手の演出様式は、今でも確実に受け継がれている。NHKの大河ドラマなんかがそうだ。やけにしゃっちょこばった硬直な演技で、やたらと大声を張り上げる・おかしくもないのに気違いみたいに笑う・すぐ怒る・画面を見りゃ分かることを台詞でなぞる・頻繁に言葉を翻す等々。歌舞伎かなんかの影響を受けて作られたお芝居の、そのまた影響を受けて作られているんだろうが、要は、芝居だけがあって人間がいない。眉根を寄せて怒りの表情を作ったり、唇を噛みしめたりと、クローズ・アップ用の演技も行なわれているから、いちおう映画向けにつけられた演出なのだろう。この映画を見るかぎり、溝口健二という演出家のどこが優れているのかわからないので、そういうところが彼のオリジナルなのか、などと思う。だが、当時の観客がどう受け容れたのか知らないが、今見るともはや辟易しかしない。  市川雷蔵だが、顔は確かにいい。しかし声が、もともと年寄りじみた声の持ち主なのだと思うが、がなり立てるとひしゃげちゃって何言ってっかわからない(誰でもそうだが)。日本昔話でも読み上げてる分にはいいだろう。  デジタル・リマスター版とやらで見たが、発色がさすがに綺麗だった。3
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[239]羅生門
 また嘘がつける篭瀬山2005-10-26
 【ネタバレ注意】
 一人だけまったく嘘をつかない男がいる。豪雨を突いて羅生門の下に逃れてきた、やけに事情通の中年男(上田吉二郎)である。彼は、それまで真相を黙して語らなかった木こり(・・・
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 一人だけまったく嘘をつかない男がいる。豪雨を突いて羅生門の下に逃れてきた、やけに事情通の中年男(上田吉二郎)である。彼は、それまで真相を黙して語らなかった木こり(志村喬)にすべてを語らせると、それでも木こりが隠し通そうとした嘘については自分の手で暴いてみせる。そして、すべての嘘を暴くという(映画の上での)役目を終えると、降って沸いたように突如現れた赤子のまとう高価な着物(=もはや用無しになった虚構)を剥ぎ取り、立ち去ってしまう。  だが彼は、肌着だけは残してくれた。そこで木こり=黒沢は、肌着にすがりついたのだ。これでまた安心して嘘がつける。彼が肌着を奪い取るはずはなかった。  ちなみにこの肌着、俗にヒューマニズムという名前で呼ばれている。  私がこの映画につけらるのは、7点までだなあ。
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[240]女の坂
 甘菓子篭瀬山2005-10-25
 
 登場人物にリアリティがない。あごがとがってて目がぱっちりしてて、細身でスラッとした岡田茉莉子がいくら現代的な美しさを持つからといって、ジーパンはかせてトラック運転・・・
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 登場人物にリアリティがない。あごがとがってて目がぱっちりしてて、細身でスラッとした岡田茉莉子がいくら現代的な美しさを持つからといって、ジーパンはかせてトラック運転させて車の下にもぐらすのはやりすぎ。当時はもしかしたら「こういう女性っていいな」的な願望誘導型の現実味があったのかもしれないが。この手のキャラクターから生まれる物語はというと、甘〜い甘〜いメロドラマ。「憧れる」という動機で映画を見る機会の減った私には、まったくどうでもいい話でした。映画にも役者にも観客にも優しいこの監督、実際にも優しい人だったのだろう。  いいところを言うと、色合いが鮮明でよかった。今の普通のカラー映画を見てそんなことを感じるのは滅多にないが、モノクロ映画からの端境期にあたるこの頃は、白黒時代には明暗だけで奥行きのある画を撮っていた監督さんでも、色が着くと突然ベタッとした平面的な画面になってしまうことが多々あった。その時代に色の組み合わせだけでこれほど立体的な画面を作り出したのは凄いと思う。4
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