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 「ちょいQK」さんのコメント一覧 登録数(62件)rss
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[001]太陽の下で -真実の北朝鮮-
 明らかな「やらせ」の裏を撮ったとてちょいQK (Mail)2017-02-02
 【ネタバレ注意】
ロシアの監督が北朝鮮の庶民家庭の生活をドキュメンタリーで撮ろうとし、実際には全て北朝鮮側の監督の演出に基づくものを撮らされるので、隠し撮りをしてそれを映画にしたもの・・・
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ロシアの監督が北朝鮮の庶民家庭の生活をドキュメンタリーで撮ろうとし、実際には全て北朝鮮側の監督の演出に基づくものを撮らされるので、隠し撮りをしてそれを映画にしたものだそうだ。北朝鮮の隠された真実が描かれているという宣伝につられて観たのが大失敗。  確かに、隠し撮りしたフィルムはその実態を暴いており、食事時のたわいない会話にもセリフが指示され、「アクション」という掛け声でシーンが始まるのには笑ってしまうが、そのようなシーンが続くのかと思うとそうではなく、8割がたは基になる映画を見せられるのである。主人公の幼い少女がエリートのための「少年団」に入り、その授業風景や、金日成の誕生日である「太陽節」に向けてのダンスの練習が描かれる。さらに青年たちの同儀式に向けての行進練習などを延々と見せられる。その中で物事のいちいちに「われらが敬愛する金日成大元帥様」のおかげという注釈がつけられ、街中に飾られた金父子の写真や銅像に皆が順番にお辞儀をしていくシーンが繰り返され、退屈そのものでうんざりさせられる。隠し撮りのシーンとしては、上記の食事場面の他は、工場の一つの班の成果発表の場面、少年団の一人が足を負傷したことにして皆が病院へ見舞いに行く場面、ラストで主人公の少女が思わず涙をこぼす場面、くらいのものである。  監督が2年間かけて粘り強く撮影許可の交渉をしたそうだが、そもそも監督はそれによって北朝鮮の真実が撮れると思っていたのだろうか。一般の一家族といってもそれは北朝鮮の指定した家族になるのが目に見えているではないか。不特定多数の家族を撮るのならまだしもだが。いかにもドキュメンタリー映画に見えるものが実は「やらせ」であり、その裏を撮ったフィルムなら見る価値があるが、どう考えても「やらせ」でしかないものの裏をいっしょに見せられても特に面白くはないはずだ。ついでながら、「やらせ」であるのは冒頭の食事シーンでセリフに関係なく、とても食べきれない量の豪華な食卓を見ただけで誰にでもわかるであろう。
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[002]ヒトラーの忘れもの
 強いられた地雷処理の緊迫感ちょいQK (Mail)2017-01-24
 
 1945年5月、終戦後のデンマークで捕虜のドイツ兵を使って行われた地雷除去の史実を扱った映画。150万個の地雷が海岸線に埋められており、2600人のドイツ兵によって140万個が・・・
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 1945年5月、終戦後のデンマークで捕虜のドイツ兵を使って行われた地雷除去の史実を扱った映画。150万個の地雷が海岸線に埋められており、2600人のドイツ兵によって140万個が処理されたのだが半数が死亡または重傷を負ったとのこと。そしてドイツ兵の大半は15〜18歳の少年兵であり、映画でもラスムスン軍曹(ローランド・ムーラー)が指揮する11人の少年兵を描く。  ナチスに対する憎しみに燃えるラスムスンが、それを少年兵たちにぶつけることで、少年兵の過酷な状況が際立つ。ろくな食料も与えられず過酷な労働を強いられる戦争捕虜の話は各国であったろうが、一つ間違えば即、爆死という作業の毎日であるということが、異様な緊張感を生ずる。全員がそれらの作業を強制されて行うということが、爆発物処理班を描いた「ハートロッカー」とは異なる、より緊迫した感覚を伝えてくる。さらに美しくのどかな浜辺の風景との対比でそれが一層強められる。少年兵たちは、「処理が終わったら国に帰す」という軍曹の約束のみに希望を託して、過酷な状況を受け入れるしかすべはないが、一人また一人と死者が出る。  占領軍だったナチスドイツへの憎しみが捕虜個人個人への憎しみとして継続し、どこまでも赦しに繋がらないのかどうかということが一つのテーマとなっている。この場合の捕虜がナチス幹部たちであったなら成り立たないテーマかもしれない。しかし、捕虜が全て少年兵であればかなり違ってきて、毎日の生活を共にするラスムスンの気持ちも揺れ動く。「自分たちが埋めた地雷を自分で除去させるのは当然だ」という正当な理屈だが、実際に彼ら少年兵たちが埋めたという訳でもない。映画では、少年兵たちの戦歴には触れていないし、ナチスの残虐非道は自明のこととして描かれていないので、つい少年兵たちに同情しがちであるが、被占領国の兵隊であったラスムスンたちの憎しみもよく理解できる(酔っぱらって捕虜をいじめて回るデンマーク兵たちのシーンはちょっと類型的にやりすぎとも思えるが)。当然ながら簡単に結論の出る話ではなく、ラスムスンも自分なりの折り合いをつけて行動することになる。  非人道的兵器としての地雷処理を巡って、理詰めに走ることも情緒に流されることもなく、戦争の不条理と残酷さを改めて描いた傑作である。
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[003]ドント・ブリーズ
 設定以外に新味は無いちょいQK (Mail)2016-12-27
 
荒廃したデトロイトの町に住みコソ泥を繰り返していた若者3人が、盲目の老人宅に忍び込み、思わぬ反撃に出会って恐怖を味わうという話。自堕落な親と別れて町を出るための資金・・・
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荒廃したデトロイトの町に住みコソ泥を繰り返していた若者3人が、盲目の老人宅に忍び込み、思わぬ反撃に出会って恐怖を味わうという話。自堕落な親と別れて町を出るための資金が必要な女性、ロッキー(ジェーン・レビ)は、ボーイフレンド2人と老人宅に忍び込んだが、この老人はイラク戦争で盲目になった退役軍人で頑健な体と研ぎ澄まされた聴力を持っており、逆襲されて窮地に陥る。照明を消されてしまい、暗闇の中で勝手の判らない屋内を逃げ惑うことになる。オードリー・ヘップバーンの「暗くなるまで待って」と逆の設定が優れており、興味を呼ぶ。  しかし、そのドキドキハラハラ感は始めのうちだけで、後は単純な攻撃と防御と反撃の繰り返しで、取り立てての新味はない。もうちょっと暗闇における両者の立場を反映した駆け引きが描かれる展開を期待したのだが。コソ泥から強盗になったロッキーたちより、被害者たる障碍者の老人に肩入れしたくなり、ロッキーの恐怖に感情移入することができない。いくらロッキーの事情があり、また老人が隠された犯罪を犯しているとしてもだ。闘いも、明らかに殺されたと思えるように描かれた者が、実は死んでいなくて反撃に移るなど、不自然さが見られる。一番かわいそうなのは、ロッキーたちのとばっちりを受けるもう一人の登場人物であろう。したがってラストの描き方にも大きな抵抗がある。  結局、本作も設定の面白さだけが目を引く映画となっている。
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[004]64-ロクヨン-後編
 オーバーな表現が目に付くちょいQK (Mail)2016-11-06
 【ネタバレ注意】
横山秀夫の「最高傑作」と宣伝されたミステリーの映画化。本作は未読ながら横山秀夫の諸作品はかなり評価しているので、期待して前編・後編を通して名画座で観たが、ちょっと期・・・
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横山秀夫の「最高傑作」と宣伝されたミステリーの映画化。本作は未読ながら横山秀夫の諸作品はかなり評価しているので、期待して前編・後編を通して名画座で観たが、ちょっと期待外れであった。 一週間しかなかった昭和64年に起きて迷宮入りとなった小学生少女誘拐殺人事件から、14年後へと舞台が移る。警察庁長官の視察でこの事件の被害者・雨宮(永瀬正敏)宅訪問が予定され、事件当時の担当刑事で広報官に移動した三上(佐藤浩市)がその折衝に当たる。そこに新たな誘拐事件が起こり、そのつながりで前の事件の真相も明らかになる、という話。その中で広報室と記者クラブの緊張した関係が繰り返し描かれるのだが、前半はひき逃げ事件の加害者の匿名発表問題、後半は新たな誘拐事件についての報道協定問題がテーマである。 昭和64年の事件は事件発生から身代金受け渡し・逮捕失敗・死体発見の経過をじっくりと描き、現在では上司から難問を丸投げされた三上の苦境や、雨宮の事件当時からの憔悴した状態をからめて描いてなかなか見ごたえがある。しかし、対記者クラブ問題はどう見てもお粗末すぎる。ひき逃げ加害者が妊婦であるという理由だけで実名を伏せたり、誘拐事件では余りに無内容な警察発表等、ちょっとあり得ない話で、不信感を抱いた記者たちを納得させられないのは当たり前である。新たな誘拐事件の捜査を優先させるのはわかるが、そのためにも報道協定は必要であり、通常、刑事部長か捜査一課長が担当する記者会見をほったらかしで捜査二課長にやらせる意味が不明である。また、仮にも捜査二課長ともあろう者の記者会見が、資料の棒読みのみで、何の下調べもしていないなどということはあり得ない話であろう。無理に固執する匿名発表問題同様、記者クラブと警察の対立をオーバーに表現するためとしか思えない。 また、様々な警察小説で言われている、タテ社会としての警察組織のいやらしさはよく描かれているものの、警務部長や刑事部長などが、あれほど自己保身のみを最優先しているというのは、やはり大げさすぎるのではないか。またその上でも、難題を広報官一人に丸投げして知らん顔、というのもちょっとおかしい。広報官が失敗して破綻すれば、その責任は自ら問われるはずなのに。さらに、新たな誘拐事件は64年の犯人を追い込むためのものだが、二人の娘の不在を続けて利用して誘拐に見せるというのは、ちょっと都合よすぎる話であろう。 妻子を失った雨宮の孤独と、犯人を突き止め追い詰めるための執念、また、不条理な状況に追い込まれた三上の苦悩や、その中で真摯に職務を担当しようという誠実さはうまく表されている。永瀬正敏と佐藤浩市が好演し、広報室員の綾瀬剛や榮倉奈々もなかなか良い。新聞記者の瑛太はちょっと浮いているが、いやらしいキヤリア本部長役の椎名桔平や、実働部隊を指揮する捜査一課長役の三浦友和も好演である。これらの関係を丁寧に描いていることで観られる作品となってはいる。 それにしても、テレビドラマじゃあるまいし、ミステリーを前編・後編とは観客をなめた話である。約4時間の「愛のむきだし」などの例もあるのに、始めから1本にまとめるつもりがないようである。そのため、前編のひとつの山にしようと、匿名報道問題を無理に膨らませた感じで失敗している。この辺りを整理すれば3時間くらいには絞れると思うのだが。興行的にどうしても2本にしたいというのなら、せめて前編・後編とも同時公開にすべきであろう。
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[005]ハドソン川の奇跡
 ハッピーな事件の再現が主眼かちょいQK (Mail)2016-10-18
 【ネタバレ注意】
2009年1月にニューヨーク・ラガーディア空港から離陸直後にエンジン停止となり、ハドソン川に不時着して155人全員が生還し「ハドソン川の奇跡」と称えられた実話の裏の話を描い・・・
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2009年1月にニューヨーク・ラガーディア空港から離陸直後にエンジン停止となり、ハドソン川に不時着して155人全員が生還し「ハドソン川の奇跡」と称えられた実話の裏の話を描いた映画。 鳥がぶつかるという不慮の事故から生還したベテラン機長・サリー(トム・ハンクス)は、世間からはヒーロー扱いされるが、国家運輸安全委員会から「川に墜落させるよりラガーディア空港に引き返すべきだったのではないか」として査問を受けることになる。その経過が描かれるのだが、素人の常識的感想だと、国家運輸安全委員会の言い分は単なる安っぽい言いがかりにしか聞こえない。現にその後のニューヨーク市民の反応もサリーを称える声が圧倒的なようである。このような話がドラマになるのかと思えるが、イーストウッド監督のさすがの作劇で、結構見ごたえのあるものになっている。 映画は、不時着に至るまでの機内の様子や、機長の日常や家族、機長と副機長(アーロン・エーカット)のやりとり、調査委員会の査問の内容などを交互に淡々と描いてラストの公聴会につなげていく。公聴会において、コンピューターを使ったシミュレーションでは調査委員会の言うように空港に着陸できることが証明されるのだが、サリーは方法を決断するための時間が必要だと主張し、それをくつがえす。ボイスレコーダーに残されたやりとりも再現され、結局あっさりとサリーの正当性が認められる。瞬時の不慮の出来事に対し、判断する時間が必要なのは自明の理であり、調査委員会はそのようなことも判っていなかったのか、また、公聴会の時までボイスレコーダーも聴いていなかったのかと、あきれるようなお粗末さである。したがって、法廷ものにある原告・被告のサスペンスフルな応酬など期待すべくもなく、最初に感じたように、単なるいちゃもんの話として終わりである。 ニューヨークに於いて飛行機の墜落というと、どうしても「9.11」のテロが思い出され、市民はいまだにそのトラウマから完全に自由ではないように思える。ハドソン川の不時着は、その対極にあるもので、ハリーの言うように、乗員・乗客、管制官、救助に向かった船舶・救助隊、その他それぞれの家族や市民の力が合わさった結果だと、皆の連帯感を称えてハッピーな気持ちになれるものであろう。イーストウッド監督は、調査委員会の話にことよせてその事件を再現してみせることで、その時の気分を思い起こさせ、改めて連帯感の意味を訴えているのであろうか。
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[006]ティエリー・トグルドーの憂鬱
 閉塞感は伝わるが掘り下げはないちょいQK (Mail)2016-09-22
 【ネタバレ注意】
中年のティエリー・トグルドーがリストラでエンジニアの職を失い、職業訓練を受けて1年半後にスーパーの監視員として雇われて働くまでの日常を淡々と描いた映画。フランスでも・・・
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中年のティエリー・トグルドーがリストラでエンジニアの職を失い、職業訓練を受けて1年半後にスーパーの監視員として雇われて働くまでの日常を淡々と描いた映画。フランスでも格差社会が進んでおり、一度失業すると再就職は大変で、望むような職にはつけない。 トグルドーも、職業訓練や模擬面接など不愉快なことを通り抜けて、やっと就いた仕事だが、万引きを監視するだけでなく、従業員の不正をも見つけて取り締まらなければならない。万引きを見付けても、初犯だと身分証明書を見せて金を払えばそれで済ませるシステムになっているようだが、変に開き直るチンピラや、その金さえ持たない高齢者などが相手である。また従業員が、クーポン券をごまかして集めたり、カードを持たない客のポイントを自分につけたりなどの、不正行為の現場を見つけ、その結果彼女らが辞めさせられる成り行きに立ち会わなければならない。会社としても、従業員に対して特に厳しい要求をしているようではなく、チンケだがれっきとした犯罪となる行為があれば辞めさせるのも当然だと思われる。確かに憂鬱になってしまう仕事である。 特にトグルドーを憂鬱にさせるだろうと思われるのは、捕まったものたちが皆、ちまちまとしょうもない言い訳を繰り返して助けてもらおうとする、みじめな姿を見ることであろう。彼らをそうさせてしまう現状と、そんな仕事でも生活のために続けざるを得ないトグルドーを通して、確かに社会の閉塞感というものは良く伝わってくる。しかしそれ以上問題が掘り下げられるわけでもなく、それ以外は妻と障碍者の息子と暮らすトグルドーの日常が描かれるだけで、解雇された従業員が店内で自殺するということ以外、特別な出来事もない。 不条理と感じられる現実にどう対処するのか、というトグルドーの価値基準が問われるのだが、結局、最後に仕事を放り出して辞めてしまうしかない。フランスでは大ヒットしたのことで、社会派作品の傑作のように紹介されているが、憂鬱な気分は十分に感じられるものの、それ以上に面白いとは思えなかった。むしろ退屈と感じられる場面も多々ある。例えば模擬面接で、参加者同士が批評しあう場面は、無理にトグルドーの欠点を並べようとするかのようなシーンが長々と続きちょっとうんざりした。
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[007]ロスト・バケーション
 秀逸な状況設定だが難点ありちょいQK (Mail)2016-07-31
 
女子医大生のナンシー(ブレイク・ライブリー)が、メキシコの地元民しか知らない美しいビーチで一人サーフィンを楽しんでいる時、サメと遭遇し、岸から200メートルの岩礁に・・・
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女子医大生のナンシー(ブレイク・ライブリー)が、メキシコの地元民しか知らない美しいビーチで一人サーフィンを楽しんでいる時、サメと遭遇し、岸から200メートルの岩礁に取り残されてしまう。サメはナンシーを襲おうと周回し続け、しかもナンシーの居る岩礁は満潮になると水没するもので、満潮までの時間が表示される。と、いった形で状況設定が序盤ですべて提示され、さあどうする、というタイムリミット付きのシンプルなサスペンス・スリラーである。 サメ物の傑作「ジョーズ」が、サメを追っていく過程でサメが徐々に全貌を表す不気味さを描いているのに対し、こちらはシンプルな設定で最初から主人公の恐怖心を描き、観客に感情移入させる、というところがミソである。主人公が男たちでなく、ビキニの女性というのも効いている。絶体絶命の中で、ナンシーは生き延びるための知恵を絞る。医学生の知識を活かして自らの傷へも対応し、サメの周回状況や周囲の事物への観察を続ける。また、ビーチにやってきた人間がサメに襲われるのを見る羽目にもなり、助けを呼ぶ声も届かない。この過程で観客のハラハラ感は途切れない。 ラストの成り行きは、一か八かの賭けにしても、余りに偶然の僥倖に頼り過ぎ、という感じでありもう一工夫できなかったかと、やや悔やまれる。それよりも一番の難点は、満潮までの時間である。満潮は1日2回あるので、夕刻から始まった話ならば夜中に一度満潮になっているはずである。なぜ、こんな簡単で重要な事実を無視できるのか。ついでに細かく言えば、撮影の都合があったのか、満潮までの潮の満ち方もかなり不自然である。ずっとあまり変わらなくて、満潮時間が近づいて一気に満ちてきた感じだ。せっかくの秀逸な状況設定で、よくできたサスペンスなのに、残念である。やはり「ジョーズ」の完成度の高さを再確認させられる。
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[008]追撃者
 シンプルなサスペンスアクションの佳作ちょいQK (Mail)2016-07-24
 
アメリカ南西部の砂漠でトレッキングガイドをしているベン(ジェレミー・アーヴアィン)が大富豪マデック(マイケル・ダグラス)を狩猟のために案内することになる。2人はマ・・・
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アメリカ南西部の砂漠でトレッキングガイドをしているベン(ジェレミー・アーヴアィン)が大富豪マデック(マイケル・ダグラス)を狩猟のために案内することになる。2人はマデックの車で出かけ狩りを始めるが、マデックが獲物と間違えて砂漠に住む老人を射殺してしまう。この老人はベンの親しい知人であり、ベンは早速、町へ知らせに行こうとするが、マデックは事故を隠蔽するためにベンを買収しようとし、それに失敗すると、銃で脅して裸で砂漠に追い出し衰弱死させようとすることから、砂漠を舞台にした闘いが始まる。 ベンは砂漠の知識を活かして何とか生き延びようとし、ベンの衰弱死を確認しようと望遠鏡で見張るマデックとの駆け引きが続くことになるのだが、マデックが自らが疑われないように、ベンを射殺しないで殺そうとする姿勢をできるだけ継続していくところがミソである。逃げるベンと追うマデックの緊張感が高まっていく。ベンは、殺された変わり者の老人があちこちに隠していた小物や抜け道を利用しつつ、しぶとく生き延び、次第にマデックに焦りが出てくる。全編かなりの部分が2人の駆け引きと砂漠の描写であり、シンプルな構成の中でサスペンスは途切れない。マデックは有能な実業家で金で何でも解決できると思っている厭な男だが、ベンも許可証なしの狩猟には金で目をつむるなど、単純な対比でないやりとりや、ベンが恋人を失うかもしれないという落ち込んだ気持であるという事情も背景のリアル感を増している。やたら大規模な仕掛けのアクションでなくとも、十分に観客を惹きつけハラハラ楽しませることができる、ということを実証したような佳作である。 ただ、もう一つ盛り上げようとしたのか、ラストの出来事は、それまでの流れから考えて余りに不自然であり無理矢理感が強い。
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[009]クリーピー 偽りの隣人
 竜頭蛇尾の似非ミステリーちょいQK (Mail)2016-07-12
 【ネタバレ注意】
大学で犯罪心理学を教えている高倉(西島秀俊)は、元刑事で、逮捕した連続殺人事件の被疑者の取り扱いで失態を演じ退職した過去を持つ。そのことを描いた冒頭のスピーディーな・・・
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大学で犯罪心理学を教えている高倉(西島秀俊)は、元刑事で、逮捕した連続殺人事件の被疑者の取り扱いで失態を演じ退職した過去を持つ。そのことを描いた冒頭のスピーディーなシーンから観客は画面に引き付けられる。そして、一転して妻康子(竹内結子)と2人で郊外の戸建住宅に引っ越した現在の静かな生活を送っているが、かつての部下である刑事の野上(東出昌大)が未解決である6年前の一家3人失踪事件を相談に来たことから、「個人的興味」としてその事件を調べ始める。一家のただ一人の現存者であり、当時は中学生だった長女の記憶を呼び起こそうとする聞き取りは、陰影を強調した画面で不気味な雰囲気を演出しつつ、隠された謎への興味を深めていく。 一方、引っ越し先の隣人、西野(香川照之)明らかに変人で、人懐こく近づいて来たり、奇妙なクレームをつけたりしつつ、気味悪さを漂わせている。西野は中学生の娘、澪と病気で姿を見せない妻の3人暮らしらしいが、何か隠された秘密が匂ってくる。やがて、過去の事件と西野に何らかの繋がりが有るらしく思われてきて、野上が西野を尋ねるのだが、その後、野上は隣の空き家から焼死体で見つかることとなる。 過去の事件共々、西野が犯人であろうし、やがてそれが暴露されるだろうと、当然のように推察されるのだが、それまでに康子たちの身に降りかかる危険をどう回避して、どのように謎が解かれるのかと、惹きつけられ、ミステリー的な興味は増していくのである。ところが、親しくなった西野の家を康子が訪問する前後から、一挙の馬鹿馬鹿しいネタばらしが始まり、ホラーとして、ご都合主義ともいえないほどの独りよがりのラストへ進んでしまう。3分の2以上までミステリーとして引き付けておきながら、このつじつまの全く合わない展開は余りにひどい。 まず、康子は西野宅訪問の前に公園で西野から、唐突に「僕とご主人とどっちが魅力的ですか」と迫られており、明らかに気味悪がっているとしか思われないのに、なぜに訪問したのか。そして、澪の母親の射殺体を見せられて驚愕するのだが、なぜに、進んで死体処理に協力することになるのか。どうやら、西野のマインドコントロールに次第にはまったということらしいが、そのような描写は一切なく、西野も全く魅力的な面は描かれていない。唯一、康子が家で高倉に隠れて西野に電話をかけているらしい場面があるが、これ自体が唐突で全く浮いている。結局、西野が持っている魔法の薬を打たれるとみんな西野の言いなりになるというのが全ての究極のトリックらしいのだが、そんな馬鹿ばかしい落ちがありうるのか。澪の母親にはなぜ中途半端にしか効いていないのか。それなのにそれまで何のために生かしておいたのか。澪は薬を打たれていないようなのに、どのようにマインドコントロールしているのか。澪は高倉に「本当のお父さんではない」と口走りながら、それ以上は何もせず西野に協力しつつ普通に学校へ通っている。西野はラストで康子の愛犬を処分しようとし、それを薬でぼんやりした高倉にやらせようと拳銃を渡し、高倉に射殺されてしまう。いくら薬の効能を信じていたにせよ、直前まで敵対し,自分に危害を加えようとしていた相手に拳銃を渡せるのか。現に澪の母親には十分に効かなかったのに。  ホラーだからそのような説明はどうでも良く、雰囲気さえ出ていれば事足れりとされるのか。私がホラー嫌いだから余計に目につくのかとも思えるが、良く出来たホラーはその内部においてはそれなりの整合性があるはずである。特に、ミステリーとして引っ張っておきながらこのありさまでは詐欺といってよいのではないか。 また、へたなミステリーによくあることだが、6年前から隣の空き家の押し入れに有る死体に気づかなかったり、元刑事の有力な証言に耳を貸そうとしないなど、警察は全くの無能に描かれている。 確かに、香川の、何とも言えない気持ち悪さを全身で表現する演技は特筆もので、それのみで持っている映画といってよい。
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[010]ヘイル、シーザー!
 映画への愛情のみは伝わる失敗作ちょいQK (Mail)2016-05-24
 【ネタバレ注意】
1950年代のハリウッドの内幕を描写したもの。大物俳優ウィットロック(ジヨージ・クルーニー)が撮影現場から誘拐され、映画製作に関わるあらゆるトラブルの解決を請け負う・・・
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1950年代のハリウッドの内幕を描写したもの。大物俳優ウィットロック(ジヨージ・クルーニー)が撮影現場から誘拐され、映画製作に関わるあらゆるトラブルの解決を請け負うマニックス(ジョシュ・ブローリン)が調査を請け負う。これが一応メインのストーリーとなるが、大した意味を持たず、撮影現場や裏側の様々なやり取りや、映画のシーンが断片的に積み重ねられる。  映画全盛期の情景が生活き活きと描かれそれなりに魅力的ではあるが、ユーモアをベースにした個々の話の面白さはいまいちで、余り笑えない。ちょっと面白かったのは、ハードボイルド風のいでたちと語り方のウィットロックが、妻との禁煙の約束をしたにも拘らず煙草を2,3本吸ったと教会の懺悔室で懺悔を繰り返すシーンと、西部劇俳優で売り出し中のホビー・ドイル(オールデン・エアエンライク)が正装してパーティ会場に登場する役ながら、ガンマン風のしぐさになってしまうシーンくらいだ。他は特別な奇人・変人が出てくるわけでもひねった話がある訳でもなく、登場人物のごくまっとうなやり取りのように思え、惹きつけられることは無かった。誘拐の件は、脚本家たち共産主義者グループの犯行なのだが、海岸の別荘に連れてこられたウィットロックに対し、脚本家たちが稚拙な「共産主義」を断片的に繰り返し、ウィットロックが簡単に洗脳されてしまうのもお粗末すぎる。背景にはマッカーシーの赤狩りがあるのだろうが、あまり意味をなさない。結局、そのグループの第一目的は、もう一人のスターであるバート・ガーニー(チャニング・テイタム)を、沖合に来たソ連の潜水艦で亡命させることだ分かり、それは成功するのだが、このシーンのみやけにシリアスに描かれており荒唐無稽感がぬぐえない。スター一人の亡命のためにアメリカ海岸までソ連の潜水艦が出動しなければできないのか、なぜそのために十数人がわざわざ手漕ぎボートで漕ぎ着けなければならないのか、また、海に落ちた10万ドルもの身代金入りトランクが海中に沈もうとする時に、誰も飛び込んで防がないのか、釈然としない。帰ってきたウィットロックがマニックスに資本主義の搾取を主張し、平手打ちで罵倒されて目を覚ます、というのも馬鹿馬鹿しすぎる。  監督の映画に対する愛情は十分に伝わるが、それゆえに古き良き映画の興隆期をノスタルジックに描写しただけの映画となっている。コーエン兄弟作品ということで、世の評価が甘くなっているのではないか、と思える失敗作である。
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[011]エヴェレスト 神々の山嶺
 原作での感動は呼び起さないちょいQK (Mail)2016-03-27
 【ネタバレ注意】
1990年代のエベレストに挑む男を描いた、夢枕獏原作の山岳小説を映画化したもの。山岳カメラマンの深町誠(岡田准一)は、1993年にネパールのカトマンドゥで中古カメラ・・・
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1990年代のエベレストに挑む男を描いた、夢枕獏原作の山岳小説を映画化したもの。山岳カメラマンの深町誠(岡田准一)は、1993年にネパールのカトマンドゥで中古カメラを目にするが、それが1924年にエベレスト初登頂を目指す過程で行方不明となったイギリスのマロリーのものではないかと思い、初登頂成否の謎を解く期待を持つ。それがきっかけで、かつて天才クライマーといわれながら消息を絶っている羽生丈二(阿部寛)と出会い、彼の過去と現在を追求することにとらわれる。かつての羽生の恋人・岸涼子(尾野真千子)も巻き込んで、羽生の住まいを突き止めるが、その結果、羽生の目指しているのがエベレスト南西壁の冬季単独無酸素初登頂であることを知り、それを記録しようとのめり込む。 撮影も演技もそれなりに良く出来ているのだが、見終わっても10年以上前に原作を読んだ時のような感動は起こらない。不思議に思い改めて原作に目を通してみたが、結局分かったのは、文庫本で1000ページ以上の量の原作に対する凝縮の仕方に問題があるということだ。当然のことながら、映画は大量のエピソード類を省いているのだが、それでももっと枝葉を省いて、羽生が挑む厳しく困難な登攀に焦点を当てるべきだったろう。現在においては、エベレスト登頂だけで言えば毎年何百人の人が達成しているのであり、エベレスト=最高レベルの登山、という印象は無くなっているので、当時の登山状況とルートの説明、登山のディテールをもっと説明しなければ、羽生の行為の重みは伝わらない。特に「無酸素」の過酷さの説明が足りない。原作では、羽生が登攀2日目に6900メートル地点まで行けるのにあえて2泊目を6500メートル地点にと留めたり、深町が事故の後、撮影を放棄して逃げ出すかのように下山していく理由が説得力を持っている。装備や氷の状態なども含めて、ナレーションを入れてでも掘り下げが欲しかったと思われる。エベレストの撮影も、巷で言われているように良く出来ているが、この点に関していえば、昨年の「エベレスト 3D」には遠景、近景ともにその迫力は遠く及ばない。本作は羽生の手記に現われるような心理ドラマにより重心を置いたものだから、単純な比較は無意味だが、そのためにもやはり登攀のディテールは省きすぎである。 もう一つ大きな難点は、映画のクライマックスを無理してラストに持ってきたことである。原作のクライマックスは、羽生の姿がエベレスト頂き付近に消えるまでであり、その後すぐに羽生の手記が載ってまとめられている。その後、深町がエベレスト登頂に挑むまでは長めのエピローグなのであり、長めといってもそこまでの膨大な内容と分量に対してのものなので、違和感はない。映画はその部分に時間を割きすぎである。それでありながら肝心の深町の帰国後の羽生に関するルポ発表の説明がないし、トレーニングの様子もなく、唐突なエベレスト挑戦となり、トランシーバーでの制止の声を無視して死へと突き進み、偶然羽生の遺体を発見して我に返るという、全て心の動きの問題に解消されたかのようで、ますますリアル感がなくなった。音楽であおり立てられても冗長感が増して、作品全体を傷つけてしまっている。羽生の手記の重みも伝わりにくくなったはずだ。 確かに、阿部、岡田は熱演しているし、撮影の努力も伝わるが残念な出来である。やはり原作小説をお勧めしたい。
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[012]さらば あぶない刑事
 つじつまの合わぬシーンが多すぎるちょいQK (Mail)2016-02-29
 【ネタバレ注意】
横浜港署の刑事、タカこと鷹山俊樹(舘ひろし)とユージこと大下勇二(柴田恭兵)の2人が、定年退職を目前にして外国マフィアを相手に無茶な捜査を繰り広げる話。日本のヤクザ・・・
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横浜港署の刑事、タカこと鷹山俊樹(舘ひろし)とユージこと大下勇二(柴田恭兵)の2人が、定年退職を目前にして外国マフィアを相手に無茶な捜査を繰り広げる話。日本のヤクザ幹部を追って、2人だけでブラックマーケットを襲撃し激しい銃撃戦を繰り広げる冒頭のシーンから、荒唐無稽感は付きまとうが、そういう設定の映画なので特に異を唱えることはないとしても、その後の展開でつじつまの合わないシーンが多すぎる。 中国、ロシア、中南米のマフィアが入り乱れる中でキョウイチ・ガルシア(吉川晃司)率いる中南米の犯罪組織BOBが他を圧倒するようになる。その過程でガルシアが中国マフィアと「話し合い」をするために単身で相手が集まった船に赴くが、話はあっさり決裂して、自分を殺そうとする相手に2丁拳銃で逆襲してあっという間に皆殺しにしてしまう。それは良いのだがその拳銃はどこに有ったものなのか。乗船する前に相手側のボデーチェックを受けているはずなのだが。おそらく初めの脚本には無かったボデーチェックシーンを後で挿入したのではないかと思われるが、余りにもお粗末だ。また、終盤の銃撃シーンでは、後ろから抱きかかえた人質に銃を突き付けてユージと対峙するマフィアの幹部カトウに対し、ユージは即座に発砲しカトウを下階に転落させる。そのシーン自体は鮮やかで良いのだが、その後カトウは無傷でユージに向かってくるのは、どういうつじつまなのか。カトウが銃声に驚いて転落したわけでもあるまいし。また、最大のでたらめは、当然殺されたと誰もが思っている2人が、ラストでニュージーランドにて探偵事務所を開きピンピンしていることである。どこから集まったかよく分からないが武装した大集団の敵が押し寄せる中で、追い詰められた2人が発砲しつつ飛び出して来るシーンでストップがかかり、「明日に向かって撃て」のもじりで終わりかと思っていのに。やや尻切れトンボだが、そこで終わればまあそれでも良いだろうと思うところに訳の判らない蛇足が続いて興ざめである。 「ダンディー鷹山」と「セクシー大下」と称する2人のキザで軽妙なやり取りはそれなりに楽しませてくれるし、舘と柴田が歳を感じさせずうまく役にはまっているのだが、結局これのみの映画と言えよう。それだけに、タカの恋人夏海(菜々緒)が絡むシーンは浮いており、特に終盤で夏海の死を嘆き悲しむタカは変にシリアスなシーンをとってつけたという感じがいっぱいである。昔は2人が指導しこき使った後輩の町田(仲村トオル)が、今は課長となっており、2人を持て余しつつ絡むシーンは良いとしても、もう1人のレギュラーである婦人警官の薫(浅野温子)はワーワー騒ぐばかりで、どう見ても単なる馬鹿女にしか見えない。村川監督は随分久しぶりの映画作品で、まだやっていたのかと驚いたが、全く期待外れであった。
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[013]リザとキツネと恋する死者たち
 とぼけたユーモアと日本趣味満載ちょいQK (Mail)2016-02-09
 
1970年代のブダペストが舞台。元日本大使未亡人の看護人として住み込みで働くリザ(モーニカ・ヴァルシャイ)は、30歳の誕生日を迎える孤独な日本オタクである。日本の恋・・・
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1970年代のブダペストが舞台。元日本大使未亡人の看護人として住み込みで働くリザ(モーニカ・ヴァルシャイ)は、30歳の誕生日を迎える孤独な日本オタクである。日本の恋愛小説を読みながら、恋を夢見る毎日を慰めてくれるのは、リザにしか見えない日本人歌手の幽霊であるトミー谷(デヴィッド・サクライ)だけである。トミー谷は頻繁に現われて日本語のオリジナル歌謡曲を歌い、リザもそれに合わせて2人で軽妙なダンスを繰り返す。 リザが外出している間に未亡人が殺され、その後もリザに近づく男たちが次々と殺されてしまい、リザも殺人の容疑者とされる。刑事のゾルタン(サボルチ・ベデ・ファデカシュ)が下宿人を装って捜査を始めるが、リザに怪しい点は見られず、逆にアパートの壊れた場所を次々と修理して回るはめになる。リザはどこか浮世離れした感じでパッとしない薄幸の女性だが、その様子をモーニカ・ヴァルシャイが好演しており、化粧してドレスアップすれば本当はかなり美人でセクシーなのだが、その時でもリザの自信の無さは続いており、全て受け身で事件に巻き込まれ続けるのが面白い。恋愛相手を見つけるためのデートもハンバーガー店という地味さである。ゾルダンも次第にリザに惹かれ、捜査というより見守りという感じになっていく過程が、サボルチ・ベデ・ファデカシュのとぼけた演技でうまく表現されている。リザのベッドのそばには未亡人の死体の位置を示すラインが残ったままだが、誰も気にせず、リザとダンス中にデート相手が足に絡ませるなど、登場人物が皆、一風変わった人間で何気ないやりとりにも奇妙な面白さがある。かめしい顔つきだがいつも一言ことわざを言おうとしてそれが出てこないという、ゾルタンの上司も、その一人である。映画冒頭の、リザに対する取り調べ場面のおどろおどろしい雰囲気の落ちは最後にあり、かなり笑わされた。全編さりげないユーモアがちりばめられている。 物語の背景には日本の「九尾の狐」伝説があり、随所に監督の日本趣味が持ち込まれている。日本の表現には当然のように奇妙なズレもあるが、ピント外れというようなものは無く、日本に対する愛着が強く感じられて好ましい。ストーリーは馬鹿馬鹿しいものだが特に破綻はない。
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[014]俺物語!!
 上出来の青春ラブコメちょいQK (Mail)2015-12-14
 
巨漢でスポーツ万能、いかにも硬派に見える高校一年生の剛田猛男(鈴木亮平)が女子高の大和凛子(永野芽郁)を助けたきっかけから好きになり、大和も同じ気持ちになるのだが、・・・
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巨漢でスポーツ万能、いかにも硬派に見える高校一年生の剛田猛男(鈴木亮平)が女子高の大和凛子(永野芽郁)を助けたきっかけから好きになり、大和も同じ気持ちになるのだが、互いに勘違いしたままの状態が続くラブコメである。いつも一緒にいる親友の砂川誠(坂口健太郎)が、ハンサムで女子にモテまくるため、この大和も砂川を好きなんだろうと、猛男が思いこんだまま3人で何度も会って大和手作りのお菓子を食べるという展開。 猛男がお菓子を食べて感動するシーンを始め、「好きだーっ」と言いながら柔道で相手を投げ飛ばすシーンなどオーバーに描いてひとつひとつ笑えるし、家庭での両親との会話などに挟まれるさりげないギャグも、猛男の純真ぶりと相まってよく活きている。猛男のために一生懸命お菓子を作る大和の可愛さも良く表れており、一途な思いの2人の関係がほほえましく見られる。少女コミックが原作とのことで、まさにそのような話であり、引っかかるのは「勘違い」状態を長く引っ張り過ぎだということだが、それ無くしては話が成り立たないのでやむを得ないと言えるか。砂川が猛男に一言はっきりと教えてやりさえすれば済む話であろうし、そうしかけたシーンもあるのだが成り行きで話がそれてしまう。この点に目をつむれば、オーバーな設定や表現も特に違和感は無く、全編かなり良く出来た青春ラブコメである。 役作りのため30kg増量したという30歳を過ぎた鈴木亮平が、純真な高校生をうまく熱演している。私は鈴木亮平を知らなかったのだが今後は、河合勇人監督ともども注目しておこう。永野芽郁や両親役の鈴木砂羽・寺脇康文も好演である。坂口健太郎は私などにはそれほどかっこよくないただの優男に見えてミスキャストかとも思ったが、女子には人気のモデルでもあるということで、ま、文句は言えないか。
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[015]技術者たち
 スピディーなアクション・コンゲームちょいQK (Mail)2015-12-14
 【ネタバレ注意】
詐欺・金庫破りの名人、ジヒョク(キム・ウビン)は、裏社会での人材調達を得意とするグイン(コ・チャンソク)、天才ハッカーのジョンベ(イ・ヒョヌ)と組んで、宝石店から鮮・・・
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詐欺・金庫破りの名人、ジヒョク(キム・ウビン)は、裏社会での人材調達を得意とするグイン(コ・チャンソク)、天才ハッカーのジョンベ(イ・ヒョヌ)と組んで、宝石店から鮮やかに大量の宝石を盗み出すが、それを、裏の顔も持つ財界の大物チョ社長(キム・ヨンチョル)に気づかれ、脅されて、仁川税関に隠された裏金1500億ウォンを奪うという仕事を押し付けられることになる。 宝石店の件までの序盤で、手口の鮮やかさとジヒョクの素早さが描かれているため、今回も税関から盗み出しは何とかなるように思わせるが、同時にチョ社長とその手下どもを出し抜くことができるのか、という興味が見るものを引き付ける。さらにそこにジョンベの裏切りも加わるということになるのだが。ハッキングの詳しい内容は当然ながらよく分からないままにも、その設定でジョンベから告げられた40分という制限時間も効果的にサスペンス性を高める。結局、はらはらさせながらどうにか盗み出しには成功するが、ジヒョクはパトカーに追われ派手なカーチェイスの果てに追い詰められて警官に撃たれるという絶体絶命の感じから、最後の一挙の大逆転が起こり、過程の謎ときが描かれて、見ている者は驚かされるとともにすっきりと感心させられる。 例えばジョンベは裏切ったと見えて、実はそういうふりでチョ社長を騙していたし、ジヒョクを撃った警官はグインが紛れ込ませていた偽警官たちだったり、といった仕掛け。ただ、札束と、新たに印刷したクーポン券のすり替えの仕掛けは、私には良く理解できなかったが。また、ジヒョクのカーチェイスには何の仕掛けもなく、たまたまうまく海岸まで逃げ切ったということでしかなく、散見されるご都合主義の代表的なシーンであろう。さらに、チョ社長一味を大動員で逮捕に向かった警察が、抵抗するする手下たちを相手に素手で格闘を始め、その間に一時チョ社長に楽々逃げられるというのは、余りにもお粗末な展開である。 個々の難はあっても、全体がスピーディに展開し、ジヒョクと絡む美術館のウナ(チョ・ユニ)などとの人間関係もうまく使われており、キム・ウビンのかっこ良さで十分見ごたえのあるアクション・コンゲーム映画となっている。それにしてもこの邦題はいくら何でもひどすぎる。ちなみに原題の英語は「the con artists」である。
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[016]エベレスト 3D
 3Dも活きて迫力十分の登山映画ちょいQK (Mail)2015-12-06
 
1996年5月のエベレスト大量遭難を3Dで描いた映画で、当時、エベレスト登山の主流になりつつあった商業登山での話。ニュージーランドのアドベンチャー・コンサルタント社を営む・・・
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1996年5月のエベレスト大量遭難を3Dで描いた映画で、当時、エベレスト登山の主流になりつつあった商業登山での話。ニュージーランドのアドベンチャー・コンサルタント社を営むロブ・ホール(ジェイソン・クラーク)が9人のアマチュア登山家を率いて登頂に挑む様子が淡々と描かれる序盤から、風景描写に3D効果がよく表れていて、山の好きな者は引き込まれていく。 同じ時期には、ホールの友人で同業者のスコット・フィッシャー(ジェイク・ギレンホール)が率いる隊や、南アフリカ隊、台湾隊も登頂を目指しており、狭い難所では渋滞が起こったりするし、ベースキャンプも賑やかであるが、それほど商業登山が広まっているのには少々驚いた。高所不適応などの体調不良での脱落者を出しながら、難所、ヒラリーステップで予定されていた固定ロープが張られていないなどのトラブルで遅延しつつも、ホールとホール隊の難波康子やスコット隊の何人かは登頂を果たす。しかし、そこから急激な天候悪化により、先に途中から下山していた者も含めてのサバイバルを描く様相となるが、力尽きて倒れるものが続出し、吹雪の中での緊迫した感じがよく伝わってくる。救助を求めてキャンプにたどり着いた者がいても、救援に向かう余力を持った者がいず、また天候もそれを許さず、ホールは死を覚悟するのだが、衛星電話と無線をつなげて自宅の妻と話をすることができ、別れを告げるシーンはやはり感動的である。 アルパインスタイルが中心になりつつある現在でも、大量の物資と人員をつぎ込んでのエベレスト登山である「極地法」が、このような商業登山として隆盛しているのだが、究極的には趣味に過ぎないと言える登山にそのような価値を認めない人は多いし、自分もそうである。しかし、「なぜ山に登るのか」という問いにうまく答えることはできなくても、世界一の高所に立ちたい、という各人の切なる思いは伝わってくるし、お金とガイドの力を借りてできるのであれば何とかしたいという気持ちは理解できる。この映画は必ずしも商業登山を批判しているわけではないが、結局、技量と体力の劣ったものが死亡し、一番の原因は引き返す時間と決めた14時を過ぎて登頂したことであろうし、そうなったのは商業登山であったことがかなり影響していると思われる。特にホールは下山開始直後に遅れて頂上直下に来た顧客ロブ・ハンセンを断り切れず再登頂したための死亡である。レベルと内容は全く異なるが、日本の2009年トムラウシ大量遭難を思い出した。 登山映画は好きであり、昨年公開の「ビヨンド・ザ・エッジ歴史を変えたエベレスト初登頂」や「K2−初登頂の真実-」などもそれなりに良く出来てはいたし、この映画と全く同時期に登頂を成功させたドキュメンタリー映画「エベレスト」(アメリカのIMAX隊)(1998年)も十分見られるが、やはりこの映画の迫力は群を抜いている。今までに見た実話を基にした登山映画の中では最高の出来だ。登山服姿の人物が大勢出ていてどれが誰やら十分把握しきれない状態で見たので、近い将来3Dでもう一度見たいものである。
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[017]全力スマッシュ
 何のひねりも無い失敗作ちょいQK (Mail)2015-10-14
 
香港映画であり「バトミントン版『少林サッカー』」という文句につられて面白そうに思ったのが間違いで、全くの期待外れ。 バトミントンの元世界女王だったが不祥事で転落し自・・・
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香港映画であり「バトミントン版『少林サッカー』」という文句につられて面白そうに思ったのが間違いで、全くの期待外れ。 バトミントンの元世界女王だったが不祥事で転落し自堕落な生活を送っているサウ(ジョシー・ホー)が、元強盗団のラウ・タン(イーキン・チェン)らがバトミントンをやっている屋敷に迷い込んだことからチームの一員となり、練習を積んで一緒にマカオでの大会に出場する話。チーム結成に至るまで各人物が登場するたびに、もったいつけて仰々しい音楽と名前の大映しで人物紹介があり、特に強盗団の面々はよほど凶悪な個性なのかと思わせるが、結局それぞれどうということもない人間であることが判る。「少林サッカー」ではさりげなく登場した人物が、それぞれ意表を突く行動に出たり個性的なパフォーマンスを披露して笑わせたのだが、雲泥の差である。元強盗団がバトミントンを始めたというのも、何か裏があるのか、こじ付け的にでも面白い経緯があるのかと思われたが、結局、「更生したところを認めてもらうためにバトミントンで勝って見せる」というだけの理由でしかない。 メンバーの一人に元強盗仲間が新たな悪事のために接近してきて、波乱を起こすがそちらの話もお粗末極まる。結局、アル中コーチも加わって一生懸命練習したラウ・タンチームが、マカオの大会で勝ち進んでいくのだが、その間の、何のひねりも無いと言ってよい展開にはむしろ驚かされる位であり、単なるスポ根ものの不出来ななぞりでしかない。ギャグ的にも面白いと思ったのは、アル中コーチが心機一転気の持ちを表明するとき、過去の自分が「強盗・殺人・強姦…」と無数の犯罪を並べ立てて「…を、想像したが」と落とすものくらいである。「香港で大ヒット」が信じられない失敗作である。
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[018]キングスマン
 ハチャメチャに見えて本格正統スパイ映画ちょいQK (Mail)2015-10-11
 【ネタバレ注意】
007を始めとする過去のスパイ映画へのオマージュをささげつつ、ハチャメチャに見える展開をしながら、ちゃんと立派な正統的スパイ映画として成り立っているという傑作。 正義を・・・
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007を始めとする過去のスパイ映画へのオマージュをささげつつ、ハチャメチャに見える展開をしながら、ちゃんと立派な正統的スパイ映画として成り立っているという傑作。 正義を遂行するための国際的スパイ組織「キングスマン」のエージェントであるハリー(コリン・ファース)が亡き同僚の息子エグジー(タロン・エガートン)をスカウトして、一流のスパイに育てようと過酷な訓練を始める。一方でハリーは、世界的IT富豪ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)の悪の陰謀を追求し彼らと闘っている。この2つが並行して描かれており、エグジーの訓練を通しての成長物語も新味はなくも十分見られるものではあるが、やはり前半の見どころはりゅうとした紳士ハリーの壮絶なアクションである。何と言っても協会でのスラップ・スプラッタの乱闘シーンには驚かされる。ヴァレンタインの仕掛けがあったことが後でわかるのだが、何が何だかわからない間にその場の全員がこれでもかと言うばかりに殺し合いを続けるのであり、ハリーも大勢を殺しまくって生き延びる。それを躊躇なく正面から描き切った後、ハリーがヴァレンタインにあっさり殺されるシーンのヴァレンタインの「これが映画なら…云々」のセリフも秀逸である。全編を通してこの教会の場面が最も印象的であった。 後半は訓練を終えたエグジーが、世界の滅亡ともいえる事態を招くヴァレンタインの陰謀を阻止すべく大掛かりなアクションを展開する。かなり大規模になるが、やり過ぎと思える一歩手前でうまく留まっている構成が良い。スパイアクション映画(アクション映画全般にも当てはまるが)をより面白くしようと大掛かりなものにスケールアップした結果、荒唐無稽なスーパーマン映画にしてしまう愚は過去の007でもあり、近年のミッション・インポシブルもそれに近い(余談ながらミッション・インポシブルの最新作はもう見ないことにした)。息をつかせぬ展開と共に、頭が花火のように破裂する漫画的な表現でも笑わせる。惜しむらくは、終盤の世界各地での乱闘シーンが、協会場面のような殺戮が一切ないきれいごとのような殴り合いシーンのみになっている不徹底さだ。 正に「紳士」がぴったりくるコリン・ファースがアクションを好演しており、まだ新人らしいタロン・エガートンも好印象で今後に期待が持てる。また、サミュエル・L・ジャクソンが個性的な悪役を演じているが、近年は老けて痩せたせいもあり、「パルプフィクション」のころのいかつい恐い感じからすっかり様変わりで面白い。マシュー・ボーン監督の「キックアス」は何となく面白くなさそうに思い敬遠していたが、是非とも見なければなるまい。
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[019]ビッグゲーム 大統領と少年ハンター
 なりゆき任せの「サバイバル」ちょいQK (Mail)2015-08-17
 【ネタバレ注意】
テロリストたちにより航空機をフィンランドの山中に撃墜された米国大統領(サミュエル・L・ジャクソン)が、たまたま山にいた13歳の少年ハンターと共に山からの脱出を図る話。・・・
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テロリストたちにより航空機をフィンランドの山中に撃墜された米国大統領(サミュエル・L・ジャクソン)が、たまたま山にいた13歳の少年ハンターと共に山からの脱出を図る話。強力なテロリストたちが追ってくるのを、少年が非力ながらも地の利と狩りの知識を活かして戦いつつ逃げる、サバイバルゲームと思って見たが、ちょっとお粗末すぎる話である。 まず少年が射た矢が近距離の相手に届きもしないということで、それならその後も勝負も何も話にならず、全体のリアリティが失われてしまう。次いで少年が決心して開始した行動が、ヘリから吊り下げられた冷凍ボックスに飛び移るという無茶。中に入れられた大統領を助けるためなのだが、その後いったいどうしようというのか。ここで一気に興ざめである。案の定その後は、うまい具合にテロリストがヘリを低空にしてくれて地上に戻れるというご都合主義で、以下、なりゆきとご都合主義で話は展開していく。冷凍ボックスごと急斜面を長々と転がり落ちた2人は全くケガもしないし、川を流されて湖に出てみるとうまい具合に墜落した航空機が浮かんでいる。大統領の誘拐を諦め殺すことにしたテロリストは、射殺すれば済むものをわざわざ爆弾を仕掛けて殺そうとして逆襲されることになる。上述の「地の利と狩りの知識」などどこにも出て来はしない。 大統領と少年のちょっとほのぼのするやり取りと、フィンランドの美しい山岳風景が楽しませてくれるだけの映画である。 なお、ラストのアメリカ政府内での裏切りの話は全くとってつけたと言う他ない、唐突感いっぱいの蛇足であろう。
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[020]共犯
 最低最悪の「ミステリー」ちょいQK (Mail)2015-08-13
 【ネタバレ注意】
女子生徒の飛び降り自殺現場に行き会った男子高校生3人が、自殺の真相を探ろうとする青春ミステリー。いじめられっ子のホアン、不良っぽいイエ、秀才のリンは登校中に女子生徒・・・
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女子生徒の飛び降り自殺現場に行き会った男子高校生3人が、自殺の真相を探ろうとする青春ミステリー。いじめられっ子のホアン、不良っぽいイエ、秀才のリンは登校中に女子生徒が飛び降りたばかりの現場で会い、ホアンがリードする形で真相究明を始める。この導入シーンは静かに始まり、淡々とした描き方でミステリーが始まるという期待を十分抱かせる。果たしてどのような真相が現われてくるのか、あるいは自殺に見せかけた殺人、ということも有り得るのかと。 ところが話が少し進展したかのような中盤で、3人が学校の裏山の池に入って遊んでいるうちに唐突にホアンが溺死してしまう。そのことも理由ははっきりせず大いに不自然だが、ホアンの姿が見えなくなった時、突然リンが逃げ出してしまう。その行動は全く不可解で、結局「怖くなって逃げた」ということなのだろうが、友達が目前でまさに溺れているであろうと思われる時に、そんな馬鹿な話があるか。その結果イエがホアンをいじめて死なせたかのような噂が学校やネットで広まってしまうが、そうなってもリンは事実を言おうとせず、またイエもリンのことはしゃべらず人殺し呼ばわりされたりするままである。なぜ単なる事故死がそうなるのか全く説明がつかない。これが認められるのなら何でも有りであろう。例えば実は、イエがホアンを水中に引きずり込んで殺したなどと。ここでこの「ミステリー」は御破産である。主要人物の重要な行動に合理的な説明がつかないというのは、物語一般でも良くはないだろうがミステリーでは論外である。 この後は、無意味に思えるリンの心の葛藤や、溺死の真相についての噂話の進展などがメインとなってしまうが、肝心の女子生徒自殺の真相究明のほうも、カミユの「異邦人」など持ち出して思わせぶりな話がぱらぱら続き、結局隠された意外な真実というものは特に無かったという結末のお粗末。ホアンが3人の友達関係を続けたかったためにミスリードしたというだけの話。 確かに思春期の少年少女たちのみずみずしさはよく表れたきれいな映像となっているが、そういった雰囲気だけの映画であり、青春映画としても取り立てて言うほどのものはない。
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[021]人生スイッチ
 出来不出来の混ざったオムニバスちょいQK (Mail)2015-08-11
 
色々なきっかけで怒りを発散するスイッチが入ったしまった人々を描く、6篇のオムニバス。「報復」が全篇を通してのテーマと言えようか。 第1話【おかえし】 評価─.皀妊襪僚・・・
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色々なきっかけで怒りを発散するスイッチが入ったしまった人々を描く、6篇のオムニバス。「報復」が全篇を通してのテーマと言えようか。 第1話【おかえし】 評価─.皀妊襪僚性が、仕事の依頼人から送られてきた搭乗券で乗った飛行機内で、近くの席の男と話しているうちに彼女の元カレの話となり、やがて搭乗者すべてが元カレの知人であるということが判ってくる。ブラックユーモアの効いたオチがついた秀作。この第1話はタイトルが映される前の導入部であり最も短く、この後の作品も大いに期待させられたが、結局この話が最も面白かった。短い時間の畳みかけるような展開が優れているのだが、後の話になるほど長くなる分、中身が濃くなるのではなく冗長になった感じだ。 第2話【おもてなし】 評価Α\亮分の家族にひどい仕打ちをした高利貸しを、レストランに迎えたウエイトレスの話。余りひねりはないが、ぶっ飛んだコックの女が真の主役か。 第3話【エンスト】 評価А/裕い里覆す抒阿亮動車道で、些細なきっかけから壮絶な闘いになる2台の車の運転手の話。ラストのオチが笑わせる。 第4話【ヒーローになるために】 評価ァ.咼詛破を仕事とする男が、駐車違反で車をレッカー移動されたことがきっかけで様々な不運が続き、陸運局への恨みを募らせる。ラストはハッピーエンドだがかなりご都合主義に思える。 第5話【愚息】 評価ァゞ盪ちの息子が車で妊婦をはねて死なせたことから、使用人を身代わりに立てて自首させようと画策する話。顧問弁護士や検察官に使用人までも取り分に固執して争い始めるドタバタと金持ちの開き直り。この話しでの怒りの主は被害者の父親となるか。 第6話「HAPPY WEDDING」 評価◆〃觝Ъ阿虜巴罎某系困良盖い魍凌して、暴れ始める新婦と、彼女に振り回される出席者たちを描いた話。導入の大騒ぎシーンからして冗長過ぎたが、その後もだらだらと煮え切らない見苦しい場面が続き厭になる。5話までは、良かれ悪しかれ主人公の思いきりで展開し、すっきり見られたのだが、この6話は全くダメである。 各話のタイトルは邦題のものであろうが、第3話は全くずれている。確かに車は動かなくなるが、それはエンストではなくパンクのせいだ。第1話と第6話以外はもうちょっと気の利いたタイトルが付けられるべきである。第5話など特にひどい。ちょっと考えただけでも「報酬」とか「身代わり」とか出てきそうに思えるが。各話とも、役者はそれぞれ役にはまって好演しているように思えた。
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[022]悪党に粛清を
 マカロニウエスタン調の本格西部劇ちょいQK (Mail)2015-07-31
 
デンマークから移住した主人公ジョン(マッツ・ミケルセン)と町を支配する悪党一味の対決を描いたデンマーク製西部劇。ならず者2人に祖国から呼び寄せたはかりの妻子を殺され・・・
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デンマークから移住した主人公ジョン(マッツ・ミケルセン)と町を支配する悪党一味の対決を描いたデンマーク製西部劇。ならず者2人に祖国から呼び寄せたはかりの妻子を殺されたジョンは、直後に彼らを追い復讐を遂げるが、そのならず者の兄が力で町を支配する一味の首領デラール大佐(ジェフリー・ディーン・モーガン)であり、今度はデラールたちが復讐のためにジョンを探し始める。 圧倒的暴力で町長や保安官をも支配しているデラールの理不尽な命令に町の人々が逆らえない様は、ちょっとやり過ぎにも見えるが、あるいはそういうことも有り得るかと思わせる雰囲気は出ている。ジョンが7年前に兄ピーターと共に小国デンマークから移住してきたという設定も、デラールに対して無力であるという力関係を補強しているかのようだ。モノクロ調で陰影を強調し荒涼とした西部の風景映像が素晴らしい。かつてのマカロニウエスタンを彷彿させるが、あるいは棺桶で敵に死体を届けるシーンなど「ジャンゴ」へのオマージュであろうか。当然ながらジョンとピーターはデラールたちと戦うことになるのだが、祖母を殺された町の雑貨屋の少年も絡んでくる。その経緯と銃撃戦に取り立てて新味はないが、ハードな雰囲気はよく表現されており、緊張感は途切れない。ミケルセンは妻子を殺された悲しみを抱く寡黙な男を上手く演じており、ピタリと役にはまっている。敵味方とも殺されるときはあっさりと殺され、そこに過剰な思い入れは付け足されない。マカロニウエスタンの上質な部分をうまく取り入れた本格西部劇として大いに楽しめた。 米国以外で作られる西部劇は意外に多いらしいが、良いものはもっと紹介して欲しいものである。
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[023]エイプリルフールズ
 リアリティの無い空騒ぎちょいQK (Mail)2015-04-17
 
エイプリルフールの一日に、大勢の人々の虚実入り混じった言動から起こる幾つもの事件を描いた群像劇。女たらしの自称・外科医(松阪桃季)に引っかかった女(戸田恵梨香)は妊・・・
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エイプリルフールの一日に、大勢の人々の虚実入り混じった言動から起こる幾つもの事件を描いた群像劇。女たらしの自称・外科医(松阪桃季)に引っかかった女(戸田恵梨香)は妊娠を告げに外科医がデート中のレストランに押し掛け、ヤクザの2人(寺島進・高橋努)は小学生女児を誘拐して連れまわし、自称・皇族の夫婦(里見浩太郎・富司純子)はハイヤーでお忍び市街観光をし、いじめられっ子の中学生は逆襲の後で自殺するかのように見える。それらが同時進行して各所で騒ぎを起こすのだが、ほとんどがリアリティのない空騒ぎとなってしまっている。 最も大勢が登場する舞台となっているレストランでは、押し掛けた女が怒ってどこで手に入れたのか拳銃をぶっ放すことになるのだが、制圧された客たちが右往左往する様はわざとらしく、隙だらけの女に手も足も出ない不自然さが延々と続く。また、皇族夫婦を乗せたと知ったハイヤー運転手(遠藤賢一)は緊張興奮して、わめきながらでないとセリフが言えない見苦しさ、聞き苦しさ。ハイヤーで乗り付けたハンバーガー店では、皇族と知った店長やウエイトレスが大騒ぎして、料理やコーヒーを提供するだけのことが極度の緊張でうまくできないという不自然さ。今時、皇族と聞いてこれほど慌てる人間がどれだけいるだろうか。監督のあきれるような逆差別意識のなせる業なのか。さらに、 女児を誘拐したはずのヤクザは、あちこちにて大声で騒ぎまくって目立ち、終盤の種明かしから見ると何のために女児を風俗店に連れ回したのか意味不明である。その他、各場面で不自然さ満載である。また、一部を除いて役者は全てオーバーアクションである。   一つの場面の登場人物が、別のシーンにも関係があることが次第に分かってくる脚本や、二十数人の人物の描き分けなどは、それなりに良くできていると思えるのだが、シーンごとのリアリティの無さが致命的である。実際ちょっと面白かったのは、口から出まかせで女をひっかけていた虚言癖の松阪が、今自分が喋っていることが嘘か本心か突っ込まれて自分でもよく分からなくなるシーンくらいである。実在し得ないような変な人物が多数登場することは全く問題なく、変な言動をすることもあり得るだろうし、それで話を面白くもできるのだが、それと個々の行為の不自然さ、わざとらしさとは全く別物であるということを、完全に忘れ去ってしまっている映画である。
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[024]ジヌよさらば 〜かむろば村へ〜
 芸達者で笑わせるが話に無理ちょいQK (Mail)2015-04-17
 【ネタバレ注意】
銀行員時代の悲惨な体験から「お金に触れない、使えない」という「お金恐怖症」になったタケ(松田龍平)は、金を使わず自給自足の生活をすべく過疎のかむろば村へやってくる。・・・
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銀行員時代の悲惨な体験から「お金に触れない、使えない」という「お金恐怖症」になったタケ(松田龍平)は、金を使わず自給自足の生活をすべく過疎のかむろば村へやってくる。そこでユニークな村人たちと巻き起こす出来事をコメディタッチで描いた映画。ファンタジーと現実が交錯しているのだが、ファンタジー性はあまり強くなくて、現実の話としてはお粗末なものとなっている。 未読ながらいがらしみきおの原作漫画なら面白いと思われても、実写となると別物である。「お金恐怖症」というアイデアのみにもたれかかり、その内容が全くあいまいで場当たり式の展開である。タケは、お札そのものが怖いだけなのか、「何も売らない、買わない」といっているところを見ると貨幣経済そのものを拒否しているのか、または文明の利器も忌避したいのか。貯金通帳も持っており、便利屋みたいな雑仕事で物々交換的に生活必需品を得ようとするところを見ると、やはり「お札恐怖症」言うべきところなのだろうし、それならそれで口座引き落とし等のいろいろな方策が誰でもすぐに思いつくのだが、終盤でお札を燃やしたりするところを見るとそれだけでも無いと思われるわけで、 結局、恣意的な設定に過ぎないことになる。アンチ「拝金主義」という見かけで共感を得ようとする安易な構成と言ってもよいであろう。ファンタジックに描けばそれなりにうまく収まるかもしれないが、村長選挙や殺人事件などを絡ませることでそれとも外れてしまっている。  タケは成り行きで村長選挙に立候補することになるのだが、金を使わない政治などあり得るわけもないし(現にタケの貯金が村のバス購入費になったりしている)、「自分を捨てて村人たちのために尽くす」というお題目だけでそれなりの支持を得ることなど、過疎の村や村人を馬鹿にしているのかと怒りたくなる話である。また、それまで村長をやっていた天野与三郎(阿部サダヲ)が殺人事件の容疑者だったなどは、余りに荒唐無稽であろう。  自他ともに神様と称する「なかぬっさん」(西田敏行)や村長の妻(松たか子)、半端なヤクザ(荒川良々)、謎の男・多治見(松尾スズキ)など、芸達者を揃えていて、個々のシーンではギャグをちりばめて笑わせる部分も多々あり、十分見られるものとはなっている。松田の茫洋とした様子も悪くはないが、特に阿部、西田の演技で持っている映画とも言える。
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[025]アメリカン・スナイパー
 戦場の論理と戦争の正当性ちょいQK (Mail)2015-03-16
 
イラク戦争で敵を160人も射殺したという実在の狙撃兵の話。9.11を契機に海軍特殊部隊「ネイビーシールズ」に志願したクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は4度に亘っ・・・
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イラク戦争で敵を160人も射殺したという実在の狙撃兵の話。9.11を契機に海軍特殊部隊「ネイビーシールズ」に志願したクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は4度に亘ってイラクに出征し、類まれなる射撃の腕前で敵を倒し仲間を救って、「伝説」と呼ばれるようになる。 愛国心に燃えるカイルは、国のため仲間を救うために任務を遂行し、危害を加えんとする者が女子供であっても容赦なく射殺し、そこに迷いはない。まさに彼は、国家や米軍にとってまぎれもない英雄である。それゆえに、アメリカの戦争を支持するための映画だと見做す見方もあるようだが、決してそうは思えない。過去・現在とフラッシュバックしながらも、全編を通してクリスの側から描かれているので、一見そのようにも見えるだろうが、映画はその正当性を主張してはいない。同僚の兵士の中には、クリスのように適応できず怯え苦しむ者がいるし、クリスの弟もまたそうである。さらにクリス自身も気づかぬうちに心を蝕まれ、妻に「体は帰って来ても心は帰っていない」と言われる状態になってしまう。戦場では大いに活躍しながらも、帰還中は言わば虚ろな状態となっているクリスは、自分でもそれを自覚し良き夫、良き父親であろうと努力するのであるが、戦場とのギャップは簡単には埋まらない。単純に粗暴になったり無神経になったりするわけではない、そのようなPTSDの症状をブラッドリー・クーパーが好演している。また、帰還した兵士に多数のPTSDの者がいて、退役した後のクリスは彼らの力になろうともするのだが、それが皮肉な結末につながることとなる。 そういう側面から戦争の悲惨さを、あくまでアメリカの側としてだが繰り返し描きながら、一方では戦場の非情な論理を描いた映画なのである。先述の女子供を射殺するシーンなどが、クリスが戦争機械となっているかのように捉えその是非を論じようとする向きもあるようだが、戦場では当然の行為でしかない。予測される危険のために無抵抗の市民を殺すのではなく、今まさに味方の戦車隊に向かって爆弾を投擲しようとする相手なのでる。クリスが何度も言うように、彼が敵を射殺すればするほど米兵の命が救われる、ということは、戦場におけるまぎれもない真実なのである。そうであるからこそ戦争はすべきでなく、また前述のごとき信念に基づき多大な成果を上げているクリスでさえも心を蝕まれるのが戦争だ、とクリント・イーストウッドは訴えているのではないだろうか。戦場における行為の妥当性と戦争の正当性は、もちろん無関係とは言えないが、区別して考えなければならないものであろう。 「ローン・サバイバー」のように米兵賛美するのではなく、また「ハート・ロッカー」のように極端な戦争中毒として描くのでもなく、狙撃兵の目から見ることから、戦場の非情な真実と戦争の悲惨さの一面を俯瞰して見せているのである。その客観性が、実話という制約もあり、掘り下げの物足りなさを感じる部分もあるが、間違いなく傑作といえる。クリント・イーストウッドは「ヒアアフター」や「J・エドガー」のようなテーマ選びに失敗した駄作も有りはするものの、水準以上の作品を作り続けており、「ジャージ・ボーイズ」に続いて本作でまだまだ健在であることを証明したといえる。今後にも期待できそうである。
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[026]レッド・ファミリー
 コメディタッチで描く北工作員の悲哀ちょいQK (Mail)2014-10-17
 
仲の良い4人家族を偽装して韓国に入り込んだ北朝鮮工作員たちの話。にこやかに隣の家族に挨拶して家に入るなり、妻役のリーダーが夫役のミスを厳しく責め、他の者は直立姿勢で・・・
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仲の良い4人家族を偽装して韓国に入り込んだ北朝鮮工作員たちの話。にこやかに隣の家族に挨拶して家に入るなり、妻役のリーダーが夫役のミスを厳しく責め、他の者は直立姿勢で「班長同志!」と緊張する場面への転調で、まず笑わせると同時に状況設定を提示する手法が秀逸。4人家族は夫婦に娘と夫の父親という構成だが、隣家も夫婦に息子と夫の母親というそれぞれ同年代同士の構成で付き合いが始まり、それを通して工作員たちの苦境があぶりだされていく。 彼らは協力し合いながらも相互監視という状態に置かれ、さらに外部から連絡・指導係や監視者たちの目も光っていて、任務に忠実かどうかという一点のみが常に問われている。情報収集の他に脱北者の暗殺も指令されるが、躊躇は許されない。任務を遂行しなければ北に住む彼らの家族に害が及ぶことになるという設定が繰り返し語られ、我々にその実情は定かでなくてもいかにも「さも有りなん」と思わせる。工作員たちの偽装家族と対照的に隣家はけんかばかりしているダメ家族で、特に妻が家事もできずマナーも守らぬ浪費家としてオーバーなダメぶりである。北の思想自体には忠実な工作員たちが隣家のくだらないけんかを見ては、「資本主義のダメさの現われ」と嘲笑う場面に度々笑わされる。馬鹿にしながらもにこやかに付き合っていくうちに、工作員たちそれぞれに個人的な感情も芽生えていき、本当の家族である隣人をうらやましく思ったりもする。その思いは土壇場での彼らの行為に噴出し、感動的である。妻役の班長の状況判断の誤りから起こした重大なミスが元で、隣家の四人を殺害せよという命令が来て、工作員たちはさらなる苦境に陥り、悲劇的な結末に至るまで、笑わせながらシリアスな展開がだれることなく続く。 いわば「家族を国家によって人質としてとられている家族思いの工作員」という設定で、北朝鮮の抑圧体制を端的に表すとともに、問題多いダメ家族でも好き勝手を言い合って自由にふるまえる韓国、という対照で北朝鮮を糾弾しつつ、個々人の人間性を国家とは別の尊重すべきものとして謳っているのであろう。そのためのキーワードとして「家族」を取り上げていて、それがうまく成功して傑作となり得ている。玉石混交で低迷していた時期もあった韓国映画が、ここのところ勢いづいているように感じられる。
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[027]テロ,ライブ
 斬新な手法でサスペンスを表現ちょいQK (Mail)2014-09-29
 
自らの主張をテレビによって伝えたいテロの犯人と、独占スクープで視聴率を上げたいテレビキャスターが電話でやり取りしつつ、リアルタイムで爆破テロが進行するというサスペン・・・
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自らの主張をテレビによって伝えたいテロの犯人と、独占スクープで視聴率を上げたいテレビキャスターが電話でやり取りしつつ、リアルタイムで爆破テロが進行するというサスペンス映画。かつての不祥事によりテレビからラジオに左遷されていたキャスターのヨンファ(ハ・ジョンウ)の番組に脅迫電話が入り、その直後に漢口にかかるマボ大橋が爆破される、という導入部から引き込まれる。テレビ復帰のチャンスと捉えたヨンファは、報道局長(イ・ギョンヨン)と掛け合いテレビ中継に切り替えて、断続的に犯人とのやり取りを放送する。犯人の目的は2年前の改修工事で死んだ3人の作業員に対する大統領の謝罪というものだが、当然、政府は受け入れるはずもない。ユンファはさらなる爆破による人命被害を防ごうと、犯人の要求が実現しつつあるかのように中継を続けるが、犯人逮捕優先の警察や視聴率のみが目的の局上層部は、死者が出ても犯人の動機に同情が集まらなくて好都合という考えなので、やがて取り繕いは破綻し爆破が続くことになる。 出世のみが狙いの報道局長と同様に見えたユンファが、自身の命も危ない仕掛けを知らされたこともあって、何とか大統領の謝罪を実現させようと躍起になる変化をハ・ジョンウが好演している。スタジオにあるテレビ画面での現場中継と、ハ・ジョンウのスタジオ内での演技のみで話は進むが、だれることなく徐々に緊迫感は強まり、最後まで目を引き付ける。下層労働者に対する支配層の対応を告発する犯人の目的が事件に重みを持たせており、メディアも告発対象であることが明らかになる。その社会問題に対する掘り下げはそれ以上には進まず、政府・警察の対応は余りに一麺的に描かれてはいるが、それらを踏まえてのユンファの最後の選択が説得力を持つ。 電話のやり取りで犯人と喧嘩になってしまう警察の長官や、自己利益のみ考える報道局長の描き方も類型的すぎるし、爆破現場の被害者たちの行動ももっとやりようがあろうと思われ、また、犯人はどうやってあれほどの仕掛けが可能だったのか、などなど粗もある。しかし、ほぼスタジオのみを正面から映し続けるだけでサスペンスを高める手法は斬新で、十分引き付けられるものとなって成功している。
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[028]友よ、さらばと言おう
 銃撃戦主体でサスペンス性は薄いちょいQK (Mail)2014-08-29
 
飲酒運転での交通事故により服役した後、警備員をしている元刑事のシモン(ヴァンサン・ランドン)と、現役刑事のフランク(ジル・ルルーシュ)がマフィア一味と戦う話。シモンの9・・・
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飲酒運転での交通事故により服役した後、警備員をしている元刑事のシモン(ヴァンサン・ランドン)と、現役刑事のフランク(ジル・ルルーシュ)がマフィア一味と戦う話。シモンの9歳の息子がマフィアの殺人現場を目撃したことからマフィアに追われる。シモンは出所後、心を閉ざして離婚し息子とも別居して自堕落な生活を送っていたのだが、息子を助けるために体を張って戦うことになり、一旦は危ないところでマフィアから息子を守ったものの、今後も命を狙われ続けるのは確実なので、シモンはフランクと共にマフィアに逆襲しようとし、彼らのアジトであるクラブに乗り込む。そこからは激しい銃撃戦の連続である。その後も、息子と元妻をフランクの姉のところに匿うために、超特急列車TGVでパリに向かうが、またも車内で襲われ銃撃戦である。  結局、銃撃戦と合間の格闘を大上段に描いた形であり、サスペンス性は薄い。銃撃されながら逃げ回るが、弾が当たるか当たらないかという以外のサスペンス上の工夫はほとんど見られない。最もはらはらさせるのは、息子が最初にマフィアから逃げ回るシーンだろうか。このシーンも長々と走って逃げるのをマフィアの一人が追うのだが、走る速さの差が余りにも不自然である。さらに細部の粗も目立つものとなっている。フランクは自宅に呼んだコールガールに自分が刑事であることが判る書類を不用意に見られてしまうし、列車に乗るためにフランクのアパートから出る時には何の警戒もせず護衛もつけないばかりか、捕えて椅子に縛り付けてあるマフィアの手下が聞いている中で、逃亡先の相談を行うなどはひどすぎる(またどういう訳かこの手下は解放されて、シモンらの姉の元への移動をボスに報告するのだ)。シモンらを見送った後、列車にマフィアが同乗するのを見たフランクが車で列車を追うのだが、超特急はそんなに遅いものなのか。  心を閉ざしたシモンを気遣うフランクや、シモンと妻子の交流などの情感はそれなりにうまく表現されており、全体としても見応えはあるが、カヴァイエ監督の優れた前作「この愛のために撃て」のようなサスペンス・アクションを期待していた身としてはがっかりである。原題は「後悔する」といった意味のようだが、その元になっているらしい交通事故の真相など、なんだかとってつけた感じの不自然さである。  前作共々、原題とは関係ない、もったいつけた邦題だが、アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの「さらば友よ」以来、マフィアの絡むフランス映画には特に「友よ」をつけたがるものなのか。  
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[029]超高速!参勤交代
 ご都合主義と子供だましの展開ちょいQK (Mail)2014-07-21
 【ネタバレ注意】
幕府の命で、8日かかる福島県いわきから江戸までの参勤交代を5日で行うことになった、湯長谷藩の話。1年の江戸詰めを終えて帰って来たばかりで財政も底をついている小藩が、・・・
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幕府の命で、8日かかる福島県いわきから江戸までの参勤交代を5日で行うことになった、湯長谷藩の話。1年の江戸詰めを終えて帰って来たばかりで財政も底をついている小藩が、この難題をどう乗り切るかということで興味を引き付ける。しかしその後の展開は、子供だましのアイデアとご都合主義の切り貼りでしかない。知恵者の家老・相馬兼嗣(西村雅彦)が出した「奇想天外」な策とは、宿場役人がいる2か所の宿場で人を雇って即席の行列を用意し、城主・内藤政醇(佐々木蔵之介)ら主従6人のみが近道の山中を駆けて宿場町まで急ぐ、というだけのもの。それで済むなら簡単な話であろう。 途中疲れた政醇のみが馬で街道を行くことになるのだが、それなら最初から6人が馬で行けばよいだけの話だ。また、出発前になぜか天井裏に潜んでいた抜け忍の雲隠段蔵(井原剛志)が唐突に現われて道案内してくれることになる、都合よさ。山中では老中の手先の隠密たちに襲われもするのだが、それならこの作戦は老中方にばれているということで、既に破綻しているのではないのか。さらに、一足先に宿場に着いた政醇が宿場女郎のお咲(深田恭子)に一目ぼれして同道させることとなり、隠密たちに襲われるや、優勢に戦うもお咲を人質に取られて降伏する、という荒唐無稽な展開。その場はまたも都合よく幕府の役人に変装した雲隠段蔵が現われて助かるのだが、段蔵も助けに行くのなら変装などに手間暇かけずすぐに行ったほうが簡単に助けられたであろうに。結局、相馬たちは宿場町までたどり着けるが、用意してあるべき偽行列の人数が足りないので、先の者が役人の前を通り過ぎた後、裏を回って後尾に付くというごまかしで乗り切る、ということになるが、子供だましの最たるものだ。江戸に着いてからは、とうとう老中が隠密たちを大動員して市中で大名行列を襲わせるというむちゃくちゃ。見せ場が足りないと思って集団殺陣に持ち込んだのであろうが、仮にそれで刻限までに政醇たちが到着できなければ、責任を問われるのは江戸支配の幕府方になるのは明らかすぎる。ただ、この集団殺陣は、アクションメンバーの動員でそれなりに見られるものにはなっているのだが。最後は、成り行きで籠の中で江戸城まで来てしまったお咲が籠から出るや、老中の前で虐げられし女郎の立場からの演説を始める、という唐突さ。 批評家の中には、この映画に被災地・福島への応援と、中央から疎外された地方の反権力、弱者の心意気などを読み取って評価する向きもあるようだが、映画の面白さとは全く別物のピントはずれであろう。確かに、人柄が良く家臣に慕われる殿様と素朴な地方人という設定と、彼らが意地を見せることの描き方は成功しているのであるが、話が余りにお粗末すぎる。このような脚本が何か賞をもらったという事実にあきれかえるのみである。西村雅彦・佐々木蔵之介以外は、深田恭子・寺脇康文たちまで、みなが大根に見えるのも、役と話が地に付いていないせいであろう。
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[030]ポリス・ストーリー/レジェンド
 サスペンスものとしても上出来ちょいQK (Mail)2014-07-21
 
前作「ライジングドラゴン」で、アクション引退を宣言したジャッキー・チェンが、前言を翻して出たアクション映画。従来の「ポリス・ストーリー」シリーズとは一味違ったシリア・・・
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前作「ライジングドラゴン」で、アクション引退を宣言したジャッキー・チェンが、前言を翻して出たアクション映画。従来の「ポリス・ストーリー」シリーズとは一味違ったシリアスなサスペンスものとなっている。 仕事にかまけて疎遠になっていた娘から呼び出された刑事ジョン(ジャッキー・チェン)はナイトクラブに出かけて娘と会うが、店内のもめごとから始まった騒ぎの中で、娘や他の客たち十数人と共に人質として店内に閉じ込められることになる。それはクラブのオーナーであるウー(リウ・イエ)が、5年前に妹が死んだ事件の関係者を一堂に集めるためのものであった。ジョンが脱出を試みる中で当然のように様々なアクションが展開される。以前のような大規模な仕掛けのアクションはなく、一対一の格闘技といった趣のシーンも描かれる。その範囲では還暦を迎えたジャッキーのアクションに衰えは見られず、以前のような目を見張るシーンはなくとも感心させられるアクションとなっている。ウーの要求で、5年前の事件の犯人であり服役中のウェイも現場に呼び寄せられる。ジョンも含めた各人から5年前の事件についての「真実」が語られるのだが、それによって「藪の中」から次第に真実が明らかにされていく過程は二転三転しつつ、見ごたえ十分でよくできた推理ドラマになり得ている。各配役の性格描写も練られており、アクションとは別のクライマックスとも言えるだろう。 犯罪者役のリウ・イエが好演しており魅力的で、ジャッキー・チェンとのやり取りにおける緊張感は最後まで途切れない。もしかしたらジャッキー・チェンは、自らが監督・制作・脚本をも務めた「ライジングドラゴン」が、アクションは及第点ながら大味な凡作になったことを自覚して、本作に及んだのではないか、とも思える。シュワルツネッガー、スタローンなど歳をとってもアクションをこなす俳優には感心させられるが、その点ではやはりジャッキー・チェンが第一人者と言えるであろう。もっと続けてほしいものである。
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