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 「キッド」さんのコメント一覧 登録数(7件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]レザボアドッグス
 死んでから手に入れる友情キッド2002-07-03
 【ネタバレ注意】
しかし、 ティム・ロスは、なぜ自分がケイジだと最後にばらしたんだろう? ばらさなければ、もしかしたら、助かったかもしれない。しかし、ばらした!本当に自分を信頼してく・・・
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しかし、 ティム・ロスは、なぜ自分がケイジだと最後にばらしたんだろう? ばらさなければ、もしかしたら、助かったかもしれない。しかし、ばらした!本当に自分を信頼してくれたハーベイ・カイテルにどうしても、本当の事を言わずにはいられなかったのだろうか・・・いや、そうではないんじゃないだろうか…ティム・ロスは、最後に自分の死を悟った。そのまま死んでいくのではなく本当に自分を信頼してくれたハーベイ・カイテルの手で自分を殺して欲しかったのではないだろうか?最後に、2人には本当の友情が生まれたのではないのだろうか?あの時にできたハーベイ・カイテルを裏切った事の唯一の・・・そして最大の謝罪が、自分の死であったと思う。ハーベイ・カイテルも、それをわかっていたのであろう・・・ハーベイ・カイテルの最後の唸り声は、自分を裏切った事の怒りからではなく1人の最高の友人を、殺さなくてはいけない苦しみから出たのではないのだろうか?フェイクで言うならば、「おまえだから許せる。」って感じかな。この映画だったら、それが、「うなり声」だったのかな。あの世で、2人はウィスキーでも飲みながら、語り合ってるだろう。死んでから手に入れる友情もなかなか良いのかもしれない。 同じ場所で生きていたなら良い友になっていただろうに。
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[002]ジャンヌ・ダルク
 肉体は滅びる。魂が生きるキッド2002-07-03
 【ネタバレ注意】
「 私は、罪を犯しました。 」「 多くの罪を 」「 あまりにも、多くの徴を見ました。 」「 見たいと望んだ徴を…… 」「 私は、戦いました。 」「 復習の気持ちと 」「 絶望から…・・・
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「 私は、罪を犯しました。 」「 多くの罪を 」「 あまりにも、多くの徴を見ました。 」「 見たいと望んだ徴を…… 」「 私は、戦いました。 」「 復習の気持ちと 」「 絶望から……… 」「 私は、信じていました。人が戦う時は、すべてを捨てて戦うことが、許されるのだと 」「 大儀の為に…… 」「 私は……高慢で……そして……頑固でした。利己的で……そして…無慈悲だった。 」 ジャンヌ・ダルクという人物は、フランスを救うためではなく、姉を殺された復習の為に、戦っていたわけだね。自分の絶望の気持ちから逃げるために。何かにすがりたかった。そして、自分に起きてる出来事が、全て神からのおつげであると、思い込む事によって助かる事ができたのだ。そこにしか自分を見出すことが出来なかったのだろう。100ある可能性の中から、神のおつげであるという、一つの可能性を選んでしまった。その時には一つしか見えなかったのだろう。人とはそういうものだと思う。見えない時には、何も見えなくなってしまう。そして、神の名のもとに戦った。本当は、自分の名のもとに戦っていたのにね。そう…それが、神にたいして犯した最大の罪であるともしらずに。 【まとめ】 姉を殺された時の絶望から神のおつげという正当性を見出す。自分の苦しさから逃れる為に。それほど追い込まれていたのだろう。神のおつげが、フランスを助ける事と本当に信じて戦っていた。しかし、本当は姉の復習が目的だった。復習する事を神のおつげという形に置き換えることによって自分を正当化してしまったわけなのだ。そう。神のおつげなんてなかった。心の中で創造してしまったのだ・・・そして、心と葛藤した・・・ 何度か出て来た老人(心の中で創造してしまった神)はその葛藤だったわけだ。「 救うべきは、肉体ではなく…私の魂です! 」って最後に言ってたね。そして、魂は許されたが、肉体は滅びる事になる。彼女にとって、それは幸せだったのであろう。大きな罪を犯したのだから。しかしながら、死んでいくジャンヌの顔は……
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[003]パルプ・フィクション
 神は見てる!キッド2002-07-03
 【ネタバレ注意】
「 心正しき者の歩む道は、心悪しき者の利己と暴虐で阻まれる。」 「 愛と善意で暗黒の谷で、弱きを導き者に祝福を! 」「 彼こそ兄弟を守り迷い子を救うものなり 」 「 ・・・
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「 心正しき者の歩む道は、心悪しき者の利己と暴虐で阻まれる。」 「 愛と善意で暗黒の谷で、弱きを導き者に祝福を! 」「 彼こそ兄弟を守り迷い子を救うものなり 」 「 私は、怒りに満ちた懲罰をもって兄弟を滅ぶ者に復讐をなす。」 「 彼らに、復讐をなす時、私が生である事を知るだろう 」                                            エゼキセル書 25章 17節より この映画全体を通して言いたかった事は、3回も本編で出てきたこの言葉の意味を考えればわかる。 弱き者を助ける者には、どこかで神を見る事ができるであろう! だから、日々、一生懸命に心を磨く努力しなさい。そうすれば、神が本当に困った時に手を差し伸べてくれるだろうって事だと思う。 3人の登場人物を見れば、それは明白だ。弱き者を誤って殺してしまったジョン・トラボルタは運悪く死んでしまい、逆に、弱きものを助けたサミュエル・L・ジャクソンとブルース・ウィルスは、運良く生き延びたというわけだ。その伝え方が本当に面白い。 その事を伝えるために、多くの登場人物をもちいて4つ大きなストーリーを時間を前後させながら展開していくといった風変わりな多重構成を使いながら、おもしろおかしく表現していく様は大いに笑えた。
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[004]CUBE
 裏読みキッド2002-06-13
 【ネタバレ注意】
キューブの中に閉じ込められてしまった人達の共通点はいったいなんだろうね?1つだけ、全員に当てはまる共通点があると思う。それは、閉じ込められてしまった人達の全員が、そ・・・
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キューブの中に閉じ込められてしまった人達の共通点はいったいなんだろうね?1つだけ、全員に当てはまる共通点があると思う。それは、閉じ込められてしまった人達の全員が、その前に何をしていたのか記憶がないという事です。それって、どんな時かな?現実問題として当てはまるのは1つだけ。 次の瞬間に死ぬ時。あのキューブとうのは、死と生の境目なんだと思う。 簡単に言っちゃうと天の川みたいな場所。そして、運の良かった人だけが助かるのではないだろうか?最期に1人だけ助かったよね。そして、最期の映像が真っ白になったシーンで僕が、イメージしたのは蘇生です。あいつだけは、生き返ったんだと思う。後の人達は、残念ながら地獄か天国に行ったんだろうね。 さらに、キューブは本当の姿を描き出してしまう場所でもあるかもね。 がたいのいい男は、最初はいい奴だったけど、結局は、すごく悪い奴になっちゃったよね。 多分あいつは地獄に行くのかな?逆に小さな少女 ( 頭の良い子 )は、天国へ行ったんだと思うよ。もうちょっとで、蘇生できたのにね。おしかったよね。 さらに、この映画を分析していくと面白い事に気づきます。 日本のアニメ映画(漫画)に「11人いる」というのがあるんですが…これが、まさに「CUBE」の設定に似ているんですよね。どちらも、ほぼ完全密室劇です。ちょっと、うる覚えですがストーリーを書いておきますと宇宙の惑星に住む10人が、ある免許(資格)を取得する為に一つの宇宙船に乗り込み(トラブルで乗り込む事になったかもしれません) それで宇宙船に着いてみると11人いるわけです。なぜ? その宇宙船で色々なトラブルが起こるんですけど、それを11人で対処していって最後に明かされるんですよね。「これが試験です」って。10人が一人増えたのは審査員が乗り込んでいたというわけなんですよね。 これと同じように考えると、「CUBE」の中に神の審査員が一人いても おかしくはない。考えられます。ちょっとある事を確かめる為に、もう一度「CUBE」を見たんですけど普通のサラリーマンの言動+行動は共通点みたいのがありましたね。  孱達妝贈鼎涼罎料り込まれた人のやる気を奪う言動が目立つ」 最後にも、揺さぶりをかけていますしね。 ◆孱達妝贈鼎ら脱出するヒントを与えて出口に導く言動が多い」 そこらへんに注意してみると面白いです。黒人がおかしくなっていった場所も外壁うんぬんを語った直後ですし。
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[005]トレインスポッティング
 裏読みキッド2002-06-13
 【ネタバレ注意】
この世の中、どんなに遠周りをしたとしても、行き着く場所なんて一つしかない。 そこにたどり着くのが遅いか、速いかの違いだけ。もう、物心ついたときから、ずっとそのレール・・・
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この世の中、どんなに遠周りをしたとしても、行き着く場所なんて一つしかない。 そこにたどり着くのが遅いか、速いかの違いだけ。もう、物心ついたときから、ずっとそのレールの上で走り続けてる人もいるだろう・・・そして誰しもが必ずいつかは気づいてしまうひとつの場所。たった一つしかないその場所に全ての人間はスピードは違えど辿り着いてしまう。 出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレイヤー、健康、低コレステロール、住宅ローン、マイ・ホーム、おしゃれ、スーツとベスト、日曜大工、クイズ番組、公園の散歩、会社、ゴルフ、洗車、家庭でクリスマス、年金、税金控除平穏に暮らす、寿命を勘定して・・・ トレイン・スポッティングより 多くの人が、そういったものに、縛られながら生きている。でも、実はそこが一番安心できる場所であり、一番危険のない世界なのである。何かに依存するという事が安心感をもたらし不安感を打ち消す作用があるのだろう。何かに縛られながら生きている時(人)が、面白みのないように思える(見える)かもしれないが。結果的にはある意味最高に、幸せな時間(幸せな時間を過ごしてる人)なのである。最後にお金を手に入れて笑っていた奴・・・終わりのない世界をまたいつもでも歩き続きて行くのだろうか・・・まるで円の中を歩いているようである。そして、自分自身を振り返った時、何を思い、何を考えるのだろうか・・・それが、あまりのも遅すぎた時・・・どの方向に列車は動き出すのだろう。列車には人の人生に似た所が多い。 各駅列車もあるし、快速列車もあるし、特急だって新幹線だってある。時には、人身事故で止まってしまうこともあれば、豪雪のおかげで最初から動かない事もある。そんな時、他人が必死になって動かそうとする。なかなか動かないがある時、動き出す。誰もが非現実的な事に依存してしまう可能性があるのだ。そして現在の社会状況がそれを近いものにしてしまってるのではないのだろうか。 逃避しても行き場所なんてどこにもないのに…
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[006]海の上のピアニスト
 2種類の展開キッド2002-06-13
 【ネタバレ注意】
この映画は、一回目に見た時に良かったんだけど、どうも腑に落ちなかった。 主人公の船を降りなかった行動はどうなんだろう? 最後のシーンでこんな事を言っている。 ・・・
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この映画は、一回目に見た時に良かったんだけど、どうも腑に落ちなかった。 主人公の船を降りなかった行動はどうなんだろう? 最後のシーンでこんな事を言っている。 「 問題は見えたものじゃないだ。 目に見えなかったものだ。」 陸にある広大な世界は「終わりなき鍵盤」のように何もかもがある。 そして、それを陸の人達はその一部を選んで奏でてその一部を聞いているのだが、ピアノという限られた世界を極限まで高めて芸術家にとってその一つ一つを選びとることは、自分の感性に反していると感じたのではないだろうか。 そして一度、陸に下りてしまったらその自分の感性(自我)が、文明という巨大な大きな波に飲み込まれ自我を失ってしまうのではないのだろうか? と思ってのではないだろうか? 海の上という限られた空間の中でピアノという限られた芸術を極めた主人公だからこそ現実社会の本質を見抜いたのだろう。 と感じたのだけど、あまり納得は出来ない。なぜなら、無限の鍵盤の一つ一つの鍵盤を構成しているものは一人の人間の手で作られたものであり、無限の鍵盤の一つには主人公が作り出した音楽というものが存在してると思うからだ。その芸術に跳んだ音楽を現実に伝えるべきだと思うのだが… 現実に降り立つ事で主人公の納得できる音楽は失われてしまうんだよな… という事は、終わりなき鍵盤の一つ一つを奏でている人達は、自分でも気づかないうちに偽りの音を奏でてしまっているという事なのか。 陸の世界で芸術性を高めることが自分を失っていくというある種の矛盾を主人公は気づいてしまったからこそ船の中での死を選んだのだろう。主人公の友達の姿を見ているとそれが想像できるような気がする。 それを理解したものだからこそ、主人公の死が納得できたのだろう。 現実の世界で両手で弾くピアノの奏でる音を心の中で聞きながら、極めた芸術を空へと運んでいく。 そして両手とも右手という芸術家が海という空間を越えて場所という概念をもたない空間で誕生する。 それは彼にとっては、最上の幸せなのだ。
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[007]生きる
 生きる!キッド2002-06-13
 【ネタバレ注意】
主人公は管理組織の中で生きる人間。何の不満もなく感情のないロボットのように毎日を仕事に追われながら家族の為に過ごしていた。30分で終わる仕事に忙しい…忙しい…と感じな・・・
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主人公は管理組織の中で生きる人間。何の不満もなく感情のないロボットのように毎日を仕事に追われながら家族の為に過ごしていた。30分で終わる仕事に忙しい…忙しい…と感じながら。癌という宣告・妻の死・息子の不満というきっかけによって自分のこれまでの人生を振り返り自分を否定してしまう。30年という時間を。自分の為ではなく他人の為に生きてきた他人主体の人生。残った息子は自分の財産の事しか考えてない。自分は何の為に生きてきたんだろう?このまま死ねない…ふとした事からある人物に会いその人物を慕って世の中に蔓延してる娯楽という娯楽を経験しようとするが心の充足感は得られない。他人の真似事をしても主人公にとっては満足できないし生を感じる事が出来ないのだ。そんな時に、元職場の女性にあう。自分とは違う価値観で毎日を充実して生きていると主人公は感じ、その本質を見極めようとする。そして、その女性が工場で作ってる動物のおもちゃを見た時に、主人公はある事に気づく。自分の命は後、半年しかないが一つでも良いから何かを自らの手で作り上げようと。階段をかけおりて行く時に鳴り響くハッピーバースデイのメロディーは主人公の第2の人生の始まりなのだ。そして、見事に町の人の為、自分の為に公園を作り上げ、最後に公園のブランコに揺られながら生の意味を見出し死んでゆく。その顔は笑顔で満たされていた。そして、葬式で主人公の職場の人間も「俺達も続こう!」と意気込むのだが管理社会の組織の中でそれを実行するのは言う安しだが、非常に難しいことであり奇跡に近いものがあるのである。そして、それを非難することも人間には出来ず、ぞこが人間の弱さの部分でもある。帰り際に主人公が作り上げた公園を見ながら 「これでいいのだろうか?」 と自問自答しその思いは、長い年月の中で忘れ去られてしまうのである。「人間の生きるとは、創造性を持つことであり自分らしさを持ち実現する為に努力する事である。それが人間にとって大切な事である。」 というのが黒澤監督のメッセージだったと思う。
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