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 「シネマA」さんのコメント一覧 登録数(264件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]ポール・ニューマン
 さようならポール・ニューマンシネマA2008-10-02
 
○つい先日、私はポール・ニューマンの訃報を知らされて……ええとですね……ああ、なんていったらいいんだろう……とっさに言葉が浮かんでこないよ……ぜひ書き留めておきたいことがあ・・・
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○つい先日、私はポール・ニューマンの訃報を知らされて……ええとですね……ああ、なんていったらいいんだろう……とっさに言葉が浮かんでこないよ……ぜひ書き留めておきたいことがあるという気がしてならないんだけど……。 ○私が青二才の学生だった頃に、映画雑誌でファンレターの宛先をしらべて、はじめて英語で手紙をしたためた映画スターが、じつはポール・ニューマンでした。2ヶ月後に、直筆サイン入りのブロマイドが送られてきて大感激。いよいよファンになってしまったっけ。 ○もちろん、ポール・ニューマンの出演作が映画史に残るような名作や傑作ばかりだったわけではない。でも、彼の演技に関していえば、どの作品もかならず見ごたえがあったとおもう。役づくりのための真摯な努力に裏づけられた大人の男の風格が、あの強靭な反骨精神を絶やさずに不敵な微笑みをうかべた表情とともに、しっかりと観客の心に伝わっていた。私は映画館の片隅で、くりかえしそれを目撃したことを忘れない。そういう意味では、スクリーンの稀代の名優のひとりに数えられるのではないかしら。 ○主演映画のベスト5を挙げるとしたら、とりあえず順不同で、『ハスラー(1961)』『暴力脱獄(1967)』『スティング(1973)』『評決(1982)』『ノーバディーズ・フール(1994)』だろうか。その他では、たとえば『逆転 (1963)』『動く標的(1966)』『脱走大作戦 (1968)』『スラップ・ショット (1977)』『アパッチ砦・ブロンクス (1981)』『ゲット・ア・チャンス! (2000)』などの忘れられがちな作品も、ポール・ニューマンのファンなら観ておいて損はないだろう。 ○2008年9月26日、肺癌で死去。83歳。謹んでご冥福をお祈りいたします。
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[002]ヘアスプレー
 「ここはアメリカだ。BIGで行けえっ!!!」シネマA2007-12-10
 
○2007年に本邦劇場公開されたあまたの娯楽映画で、もしかすると、これがいちばんおもしろかったかもしれない。気分がすっきりした。わたしが観た範囲に限っての話だけど。 ○悪・・・
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○2007年に本邦劇場公開されたあまたの娯楽映画で、もしかすると、これがいちばんおもしろかったかもしれない。気分がすっきりした。わたしが観た範囲に限っての話だけど。 ○悪いやつらが陰でズルしてる腐りきった世の中。脆弱で辛気臭い小粒な映画にばかりつきあわされてると、さすがに気が滅入ります。よおっ、待ってましたってな感じで、このエネルギッシュかつ脳天気で1960年代懐かしのジュークボックス風な勧善懲悪メルヘンチック痛快コメディー青春映画におもわず飛びついてしまったのは、わたしだけなのかな。元気が出たよ。 ○怒涛のダンスミュージックに押し流される至福のひととき。豪華な配役と映像の質の高さは、さすがハリウッドの大手映画会社だけのことはあります。トニー賞を受賞した同名のブロードウェイ・ミュージカルの映画化とはいえ、こんな単純明快お気楽エンターテインメントに潤沢な資金を注ぎこんでしまうなんて。ホームシアターよりも映画館のほうが愉しめる会心作だとおもう。 ○オーディションでみごとに背低肥満女子高生ヒロイン役を射止めたというニッキー・ブロンスキー嬢の天衣無縫なキャラクターと歌唱とダンスがすばらしいのは勿論のこと、脇をかためた役者さんたちがなんたって最高。 ○ヒロインの母親役のジョン・トラヴォルタ。伝説の『サタデー・ナイト・フィーバー』と『グリース』以後は封印されていた禁断のミュージカル出演。舞台でも男優が女装して演じた役柄ですが、トラヴォルタのほうが強烈。熱演にして怪演。歌って踊りだしたとたん、素の男に戻っちゃうから、ただのおかまちゃんに見えてしまう。でも、おもしろいから許す。 ○父親役のクリストファー・ウォーケン。実年齢はおじいちゃんがふさわしい気もするけれど、さすが名バイプレイヤー。出番は多くないのに、観客の笑いをかっさらってしまいます。悪女に誘惑されていてもまったく気づかずに、おとなのおもちゃを取り出して絶妙なボケをかます、変なパパ。いいなあ。おいしいキャラだなあ。 ○ちなみに、娘を後押ししてやるときの「This is America, babe, you gotta think big to be big.」という父親のセリフを「ここはアメリカだ。BIGで行け」と字幕で訳したのは戸田奈津子先生。いわゆる〈なっち節〉だけど、なんとなくハートは伝わってきました。これも許す。 ○ゴージャスな悪女役のミシェル・ファイファー。演技のおもいきった誇張が決まっていました。どんな役の設定でも、つねにクールな美貌。顔のアップのときの小皺はお歳を感じさせてちょっと残酷だけど、それが自然というもの。 ○歌唱力が圧倒的に光っていたのは、クイーン・ラティファ。要所でバラードをソウルフルに歌いあげて観客をしんみり感動させるのはミュージカルならではの醍醐味。演技は多少ヘタでも許す。なんだかモータウンサウンドのパクリみたいな楽曲が目立つけど、総じてなかなかの出来でした。 ○わたしが大好きなのは、ヒロインの親友役のアマンダ・バインズ。いまのアメリカの若手コメディエンヌでいち押しの芸達者。最初のうちは猫をかぶっていましたが、ラスト近くではなんだか主役を喰って弾けていたなあ。178センチの長身で童顔。いつも飴をなめていて、目をぱちくりさせて上手にとぼける演技の勘のよさに注目。じつは歌も踊りも器用な女の子です。 ○ボジャン・バゼリの撮影とマイケル・トロニックの編集の巧みさには随所でおどろかされた。ひとつの楽曲のなかで、頻繁にカットバックを入れても全然うるさい感じがしないところなど、驚嘆すべき技術水準というほかない。デジタル加工のさりげない使用ですばらしい効果をあげている場面がいくつかあったことも強調しておきたい。 ○アダム・シャンクマン監督はダンサー兼振付師が本業なんだけど、それなら、あのカット割りはキャメラマン任せだったんだろうか。キャメラワークがめちゃくちゃ巧かったんですけど。場面転換のテンポのよさも心地好かった。ハリウッドの映画産業は製作スタッフの層がおそろしく厚いということに、いまさらながら感心した次第。グッジョッブ!
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[003]岸久美子
 岸久美子主演の『怪猫美女屋敷』のことシネマA2007-10-22
 
 岸久美子をおぼえていますか。かつてはケンちゃんのおかあさん役として日本全国のお茶の間で知られていたはず。当時のこどもたちが憧れていた、若くてチャーミングなおかあさ・・・
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 岸久美子をおぼえていますか。かつてはケンちゃんのおかあさん役として日本全国のお茶の間で知られていたはず。当時のこどもたちが憧れていた、若くてチャーミングなおかあさんでした。  TBS系列で木曜日の19:30〜20:00に放送していた子ども向けのドラマ〈ケンちゃんシリーズ〉(1969〜82)の『ジャンケンケンちゃん』『ケーキ屋ケンちゃん』『おもちゃ屋ケンちゃん』『おそば屋ケンちゃん』などで主人公ケンイチのおかあさんを演じていた。  1946年2月2日東京都生まれ。二十代の初めの頃の公称データによれば、身長160センチ、B85、W59、H89だそうです。1968年にキングレコードから《愛の鍵》っていう歌謡曲のシングル盤も出してたみたいですね。私は聴いたことないけれど。  川頭義郎監督、倍賞千恵子主演の『海抜0米』(1964)で映画デビュー。山田達雄監督、桜木健一主演の『柔の星』(1970)、曽根義隆監督、宮脇康之主演の『おもちゃ屋ケンちゃん よそではいい子』(1973)などに出演していますが、私はTVドラマのほうが記憶に残っている。〈ケンちゃんシリーズ〉以外では、『新吾十番勝負』(1966)、『泣いてたまるか』(1967)、『ジキルとハイド』(1969)、『木枯し紋次郎』(1972)など、連続ドラマのゲスト出演が多かったんじゃないですか。  そんな岸久美子が主演している単発のTV映画のDVDが、最近なんとワンコインの廉価版で本屋の店頭にならんでいるのを見かけます。日本テレビ系列で放映した〈怪奇十三夜〉シリーズ(1971)の第九話『怪猫美女屋敷』のことです。  かつて新東宝で中川信夫の怪談映画の脚本家や助監督をしていた石川義寛が演出を担当。おなじシリーズで師匠の中川が監督した『怪談累ヶ淵』『妖怪血染めの櫛』の冴えたできばえには一歩か二歩くらい譲るものの、B級娯楽映画ファンならこれも観ておいて損はない作品でしょう。  化け猫が美女にとりついて幕府の隠密を助けながら飼主の仇を討ち、岡崎藩のお家騒動を解決するという時代劇。怪談にはめずらしい後味のさわやかさ。変な話です。私は〈怪奇十三夜〉のなかでこれがいちばん恐怖を感じさせないとおもうんだけど、退屈はまったくしなかった。とんとん拍子の展開の48分。怖いのが苦手な人にはむしろちょうど良いかもね。  とにかく私は、ヒロイン月絵に扮した岸久美子の清楚な容姿に目が釘づけになってしまいました。しぐさはすこしぎこちないかもしれないけれど、つぶらな瞳の美人女優が一所懸命に演じているすがたを見るのはなかなか心地好いものです。いま見てもきれいだなあ。どうやら、役者としては大化けしなかったようで残念。  タイトルの〈美女〉に偽りなし。『怪猫美女屋敷』こそ、岸久美子のあまり知られていない代表作だといえるでしょう。
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[004]名探偵ホームズ
 「どないかしましたか、ワトソン?」シネマA2007-10-05
 
 童心にかえって愉しめるTVアニメーションの最たるものですね。すでに名作の殿堂入りしてる作品かな。ただ単に幼児に安心して見せることができる明朗闊達な冒険物語に留まら・・・
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 童心にかえって愉しめるTVアニメーションの最たるものですね。すでに名作の殿堂入りしてる作品かな。ただ単に幼児に安心して見せることができる明朗闊達な冒険物語に留まらない。気がつくと、かたわらで漫然とおつきあいで見ていたはずのこちらのほうが、熱心に身を乗り出していたりなんかして。  コナン・ドイルはいちおう原作者としてクレジットされていますが、内容は別物です。お間違いのないように。主要な舞台は、原作とおなじく19世紀末ヴィクトリア朝時代の霧の都ロンドンで、シャーロック・ホームズをはじめ、ワトソン博士、レストレード警部、モリアーティ教授といったおなじみの面々が登場する。  まあ、それはそうなんだけど、すべてのキャラクターが犬の顔をしているのがミソです。犬が服を着て帽子をかぶって直立歩行している。でも、ちぐはぐな感じはしませんね。なかなか可愛らしくてワンダフル。人間がいなくて犬だけが暮らす社会。犬好きはもう必見でしょう。  これって、ひょっとすると、田河水泡の往年の人気漫画『のらくろ』から着想を得たのかしら。いや、あれは、猿や豚や熊なんかも登場したんじゃなかったっけ。それに、人間も時たま現われたような気がするなあ。こっちは、ほんとに犬ばっかりだよ。わんわん。  名探偵ホームズとワトソン博士のコンビが怪事件(殺しは一件もなくて盗難がほとんど)の謎を解き明かし、レストレード警部とともに活劇をくりひろげて、黒幕のモリアーティ教授を追跡する。約24分で一話完結のプロット。毎回ほぼ定型どおりなのに、なぜか飽きないのが不思議。  暗号、不可能犯罪といったミステリーの趣向が凝らされた脚本が巧みです。冒険活劇的な要素には、たとえばスティーヴン・スピルバーグ監督の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)などの娯楽映画が影響しているようでもある。英国留学中の夏目漱石(もちろん犬です)がゲスト出演したときは、黒澤明監督の『姿三四郎』(1943)の主人公みたいな柔術の遣い手になっていた。遊び心とユーモアの精神があちこちで弾けている。    日伊合作アニメということですが、実際には、東京ムービー新社が下請けに制作を委託したものらしい。宮崎駿が監督しているのは全26話のうち初期の6話だけで、あとは御厨恭輔らが担当したようですが、いわゆる宮崎アニメならではの演出のトーンで作品全体が統一されているという印象を受けた。ベンツのクラシックカー、軽飛行機、蒸気機関車、古風なお屋敷の機械仕掛けの秘密などのメカニックな描写は、いかにも〈永遠の少年〉ともいうべき宮崎駿の嗜好を反映しているようで微笑ましい。  声の出演が洋画の吹替などで定評のある声優たちで固められていたことも幸いした。なかんづく、ホームズ役の広川太一郎が絶品。劇場公開版には別の声優がアフレコをした作品が2本あって、だから駄目だとまではいわないけれど、のほほんとした軽妙な広川さんの声で私のなかのイメージが定着しちゃってる役柄だけに、どうしても余人をもって替えがたいんですよ。  私の場合、アニメ版の『名探偵ホームズ』では、広川太一郎のアドリブ混じりの口調で「モリアーティのあんにゃろめが!」とか「どないかしましたか、ワトソン?」なんていう飄逸なセリフを連発するホームズを満喫したいわけ。アニメーションって、声優の力量しだいで面白さが大きく左右されることが往々にしてある。外国映画の吹替とおんなじか。アフレコの人選を誤ると作品が台無しになることだってあるよね。  このTVアニメ版でダ・カーポが歌っている主題歌がとても味わい深くて、特にエンディングに流れる《テームズ河のDANCE》は名曲だとおもう。落ち着いた曲調と甘美な抒情性がたまらない魅力。私は好きです。
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[005]犬塚稔
 日本映画界の最長老の大往生ですっ!シネマA2007-10-02
 
 おそらく日本のみならず世界でも最高齢の映画人だったはずの犬塚稔がひっそりと逝去しました。2007年9月17日、滋賀県安曇川の自宅にて老衰のため天寿を全うした由。なんと106・・・
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 おそらく日本のみならず世界でも最高齢の映画人だったはずの犬塚稔がひっそりと逝去しました。2007年9月17日、滋賀県安曇川の自宅にて老衰のため天寿を全うした由。なんと106歳の大往生です。合掌。  1901年(明治34年)2月15日、東京は台東区花川戸の生まれだそうです。映画界入りしたのが1924年(大正13年)だとか。日本映画史上にひときわ異彩を放つ、川端康成原作、衣笠貞之助監督の実験的なサイレント映画の名作『狂った一頁』(1926)の脚本に関与したといわれても、ちょっと実感が湧かないなあ。  戦前はおもに松竹キネマの映画監督兼脚本家として、林長二郎(長谷川一夫)の出演作などを撮っていたそうですが、戦後はもっぱら大映京都撮影所のシナリオライターとして一家を成しました。自伝的エッセイ『映画は陽炎の如く』(草思社)を刊行したのが101歳のときだったけれど矍鑠たるものだったそうな。  勝新太郎の当たり役としてすっかりおなじみの〈座頭市〉シリーズの脚本がとりわけ人口に膾炙しているとおもう。私はシリーズ第一作で三隅研次監督の『座頭市物語』(1962)を偏愛していてくりかえし観ている者ですが、縄田一男編『座頭市』(中公文庫)に収録されている犬塚稔のシナリオも熟読玩味してやまない。どちらも、奇蹟のような逸品であることには舌を巻くほかない。  黒澤明や小津安二郎などの名作映画のシナリオでさえも手軽に読めないようなわが国のお寒い出版文化の現状において、犬塚稔の時代劇の代表的なシナリオが文庫本で入手可能であるという事実は、なにやら狐につままれたような気がしないでもない。いや、すこぶる悦ばしいことではあるけれど。  悪いことは云わない。時代劇ファンのみなさんには、絶版になるまえに『座頭市』の購入を是非ともお薦めしておきたい。
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[006]東京流れ者
 「頼むから俺を怒らせないでくれっ!」シネマA2007-09-08
 
 これは1966年に日活が製作した、新人の頃の渡哲也が主演する歌謡アクション映画です。やくざ稼業から足を洗った主人公の哲也(役名もおなじ)が心ならずも都内の商業ビルの利・・・
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 これは1966年に日活が製作した、新人の頃の渡哲也が主演する歌謡アクション映画です。やくざ稼業から足を洗った主人公の哲也(役名もおなじ)が心ならずも都内の商業ビルの利権をめぐる抗争に巻き込まれていくという物語の展開は、このジャンルにありがちなパターン。  おそらく、野口博志あたりが演出していれば、ありきたりの日活プログラムピクチャーが普通にできあがったことでしょう。のちにカルト作品に認定されることもなく、そのまま忘れ去られていたかもしれない。  ところが、異能監督の鈴木清順がやりたい放題の演出でおもいっきり遊んでしまったおかげで、こういうハチャメチャなとんでもない作品が誕生してしまった。鈴木清順ファンなら、もちろん必見。そうでない人は、他のもっとわかりやすい鈴木清順の娯楽作品に親しんでから観てもけっして遅くはないとおもう。  なかには〈清順歌舞伎〉と揶揄する人がいるほど、型破りで派手でナンセンスな演出の凝りかたをいたるところで炸裂させています。細部はやたらと人目を引いて痛快なのに、作品の全体像がぼやけていて娯楽映画としてはできそこないになってしまった。ストーリーの辻褄あわせなんか、もうどうでもよくなっている感じですね。文字どおりの怪作。  原作とシナリオは『月光仮面』『愛の戦士レインボーマン』でおなじみの川内康範が手がけました。試写を見て烈火のごとくに怒り狂う康範センセーのおすがたが目に浮かぶようで、お気の毒。完全にコケにされていますね。でも、どうってこともない凡庸なプロットだからなあ。いろいろアレンジしたくなった鈴木清順の気持ちはわからぬでもない。  清順組の製作スタッフはそれぞれ持ち味を発揮しています。特にすばらしいのは木村威夫の美術装置。柱とピアノくらいしかない、がらんとした撮影所のスタジオ空間そのまんまのナイトクラブ。ゴーゴーを踊っている男女の脚がみえる硝子張りの天井の事務所。庄内のだだっ広い畳敷きの日本家屋。マルクス兄弟みたいなドタバタ活劇で板がぺろんとはがれてぼろぼろに崩壊していく佐世保の酒場。安っぽさを逆手にとってみごとに活かした、といっては褒め殺しか。  それから、峰重義の撮影、熊谷秀夫の照明。めくるめく色彩の魔術に幻惑されます。銃声一発で背景のいちめんの硝子の色が一変してしまう。摩訶不思議な緑色のライティングの酒場。雪景色のなかの赤い提灯や赤い郵便ポスト。驀進して来る蒸気機関車の線路のうえでの殺し屋との対決。最後のアクロバット的な果たし合いと白い回廊。意味不明なカット割りは上手につながっていなかったりするけど、それもご愛嬌。鏑木創音楽。ハーモニカの哀感が陳腐だけど効果的。    誰もが将棋の駒みたいに薄っぺらで感情移入しにくい登場人物たち。監督はどの役柄にもたいして思い入れがなさそう。不死鳥の哲(渡哲也)、流れ星の健(二谷英明)、マムシの辰(川地民夫)など、ひょっとして別の役者に置き換えてみたところであんまり違いがなかったかもしれない。哲也の恋人でクラブ歌手の千春(松原智恵子)の存在も影が薄かったっけ。松原智恵子の口の動きが唄とまったくズレていることにも、いっこうに無頓着。こういうところはじつに大雑把。いかにも鈴木清順らしいか。  出番は短いですが、脇役の事務員の睦子を演じていた浜川智子は、私のお気に入りのお色気女優。なつかしい顔。漫画雑誌を読みふけってげらげら笑っていました。ただそれだけなんだけど、ヒロインの松原智恵子よりも妙に印象に残ってしまうのはなぜだろう。のちに改名してTVの『プレイガール』の浜かおるになりました、といえば憶えている人が案外いるんじゃないかな。
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[007]西村寿行
 《ハードロマン》の旗手、寿行逝く! シネマA2007-08-29
 
 西村寿行はかつてわが国のエンターテインメントの分野で一世を風靡した流行作家です。2007年8月23日、肝不全のため東京都内の自宅で死去。76歳。オール讀物新人賞佳作入選の・・・
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 西村寿行はかつてわが国のエンターテインメントの分野で一世を風靡した流行作家です。2007年8月23日、肝不全のため東京都内の自宅で死去。76歳。オール讀物新人賞佳作入選のほかは生涯無冠の経歴でした。合掌。瀬戸内海の男木島の出身。作家の西村望は実兄。  1979年、西村寿行はいわゆる長者番付の作家部門で堂々の第1位になっている。1970年代半ばから80年代初頭にかけての脂が乗った時期の多彩な作品群は、魔に憑かれたような気魄に充ちていて、物語の圧倒的な娯楽性とスケールの壮大さで魅了するものが多かった。いま手にとっても一気読みさせる長篇小説が少なくないのでは。  動物小説から出発して、社会派ミステリ、冒険小説、ポリティカル・フィクション、伝奇小説、時代小説など、膨大な作品の傾向は多岐にわたり、展開から目が離せない面白さにあふれていた。商品としていちばん売れたのが、週刊誌やスポーツ新聞などに連載して《ハードロマン》というレッテルを貼られたヴァイオレンスアクション物。極限状態に置かれた人間の暴力と憎悪の嵐が吹き荒れる地獄絵のような復讐譚の数々。過激な性描写のせいで当時の青少年男子にもっぱらズリネタとして読まれていたという事実は、寿行作品全体がいまだに過小評価されている一因ではないかしら。  簡潔で雄勁な独得の文体。強引で達者な筋運び。豪快な男臭さ。おもわず引き込まれてしまう。活字で読む劇画、というイメージを私は抱いていました。とにかく大風呂敷の広げかたが途轍もなく上手いストーリーテラーだった。  題材に社会小説的なひろがりもあって、たとえば『去りなんいざ狂人の国を』(1978)で描かれた毒ガスによる無差別大量殺人が、後年のオウム真理教地下鉄サリン事件を示唆しているという俗説があるくらいです。世代からいっても、教団の幹部連中は〈GORO〉連載中に実際に読んでいた可能性はたしかにある、とおもう。  寿行作品は何本も映画やTVドラマになっていますが、できばえに幻滅させられた駄作がほとんど。実写では製作費がかかりすぎて怒涛の活劇を映像化しきれなかったのか。私の観た範囲では、大映製作、松竹配給、佐藤純彌監督、高倉健主演の『君よ噴怒の河を渉れ』(1976)が、冗長だけどかなり血湧き肉躍る娯楽映画に仕上がっていた。どういうわけか、中国で公開したところ大ヒットしたそうですが。  寿行の全盛期には、新作が刊行されるたびに評論家の北上次郎や歌人の福島泰樹らが時評や書評で熱烈に称揚していたのを記憶しています。近年は筆が衰えてめったに話題にもならなくなっていたのは淋しい。高齢と闘病生活からしてやむを得ぬことだったんでしょうけど。とはいえ、今日でも作家の篠田節子のように西村寿行の動物小説やパニック・シュミレーション作品を正当に評価している見識の持ち主がいることは心に留めておきたい。  寿行先生、ご冥福をお祈りします。
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[008]揺りかごが落ちる
 「悪魔なのか天才なのか」「両方だ」シネマA2007-08-24
 【ネタバレ注意】
 わが国の民放TVで毎週放送している二時間サスペンスドラマとそっくり。昼さがりのNHK−BS2で日本語吹替版をたまたま視聴しました。わざわざ録画して観るほどの価値ある作品か・・・
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 わが国の民放TVで毎週放送している二時間サスペンスドラマとそっくり。昼さがりのNHK−BS2で日本語吹替版をたまたま視聴しました。わざわざ録画して観るほどの価値ある作品かどうかは微妙ですが、ひまつぶしにはお手頃でしょう。  米国のベストセラー作家メアリー・ビギンズ・クラークが書いた同じ題名のサスペンス小説(新潮文庫刊)を映画化したTVムービーです。95分。原作は未読ですが、わりと無難にサクッとまとめている印象。脚本にやや舌足らずな個所もあるけれど。  ヒロインに元スーパーモデルのアンジー・エヴァーハート(1969〜 )。ひと昔まえだったか、シルヴェスター・スタローンとの束の間の婚約騒ぎでも名前を知られた女優。出演作は、ちょい役の『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993)しか見たことないなあ。  主演女優としての華いだ魅力には欠けています。姿勢はスラリとして格好好いんだけど、年齢より老けて険しい顔つきに見えた。ああ、役づくりでしたか。そうですか、大きなお世話ですか。なかなか熱演していますが、役者としては二流以下。しかし、加藤忍が声の吹替で上手に感じを出していたので、最後まで見てしまった。  夜中に車の自損事故を起こして婦人科の病院に運びこまれた女性検事補の主人公ケイティと、自殺を偽装した連続殺人事件との隠された接点とはなにか。ミステリを読みなれた視聴者なら途中で真犯人の見当は簡単についてしまうものの、結末で明らかにされる犯行の動機は、いかにも女性作家ならではの着想。生理的な気持ち悪さのある異色なものでした。まあ、将来的には可能になるかもしれないですが、いまはまだSF的空想の域を出ないことだとはおもう。  配役はやたらと地味というか、私の知らない顔ぶれ。しかもキャラが立っている男優が一人しか登場しないというのでは、この手のジャンルの娯楽作品にしては貧弱。プロットにミスディレクションもいちおう用意してはあるけれど。それから、日系人(?)の登場人物の苗字がフクヒトというのは原作どおりのようですが、やはり変だよね。  制作スタッフは聞いたことがない面々ですが、可もなく不可もない穏当な絵づくり。フラッシュバックやカットバックといった常套的な技術は安定している。とはいえ、演出と構成がありきたりすぎて物足りない。もっと腕に縒りをかけて楽しませてくれないと。   原作者の娘のキャロル・ヒギンズ・クラークが主人公の秘書役で出演しています。黒目が大きくてちょっと可愛らしい。あたかも、山村美沙原作の二時間サスペンスドラマに娘の山村紅葉が顔を出してるようなものか。
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[009]桃色身体検査
 「死体をどないしはりますのん?」シネマA2007-08-22
 
 1985年劇場公開、獅子プロ製作、にっかつ配給の成人映画。63分。俗に買取り作品と呼んでいたやつ。あの頃の日活直営館の三本立て興行のうち1本はそうでした。にっかつ製作の・・・
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 1985年劇場公開、獅子プロ製作、にっかつ配給の成人映画。63分。俗に買取り作品と呼んでいたやつ。あの頃の日活直営館の三本立て興行のうち1本はそうでした。にっかつ製作の通常のロマンポルノに比べると相当にチープなつくり。それでも独立プロのピンク映画の監督にとっては名前を売りだすチャンス到来です。  監督の滝田洋二郎と脚本家の高木功の迷コンビによる艶笑喜劇。滝田の作風は山本晋也監督の後継者とでもいうべきか。いや、演出の力量ではチョクさんを超えていますよ。巧い。これは新東宝配給の〈痴漢電車〉シリーズの系譜につらなる娯楽映画ではないでしょうか。マンガみたいな奇想とお下劣で軽薄な笑いが全篇に弾けていて、ほんとにしょうもない作品です。  まあ、かなり観客を選びそう。シモネタが好きな人ならオッケーかなあ。偽ザーメンがやたら飛びまくり。私にはアクが強すぎてやや微妙な感じもしたけれど、おそらく、好みが合えば笑いどころは多いはず。  ストーリーは題名からは想像もつかないもの。いささかネタバレで恐縮ですが、売春の副業をしている病院のナースたちの逸話と、金儲けのために遺体安置室から死体を盗みだそうとする詐欺師たちの話を強引にドッキングしちゃっています。   主演の滝川真子は『痴漢保健室』(1984) でデビューして、これが2作目。その後も滝田組への出演が目立った。前後して男性誌のヌードグラビアやTVの深夜番組でも活躍。初期のAV女優でもあった。けっこう人気があったはずですが、とうとう、第二の美保純にはなれないまま裏本のモデルに落ちぶれてアンダーグラウンドの闇に消えてしまった。あっけらかんとした明朗なキャラクターを売りにしていたっけ。演技は素人に毛がはえたようなもの。  あらためてDVDで視聴してみると、男優陣のハチャメチャな演技合戦が愉快だ。いんちき牧師患者の大杉漣と阪神タイガースファン患者の螢雪次郎。このふたりのアドリブ混じりとおぼしい丁々発止のやりとりがきわだっていた。特にガリガリに痩せた大杉漣がやりたい放題。暴走が止まらない。まさに怪演。舞台で鍛えた本物の役者は一味ちがう。たっぷり笑わかしてくれた。この勝負、螢雪次郎はちょっと押され気味だったかも。残念。  外科医は池島ゆたか。元来あんまり器用ではない役者ですが、テンションが高くて快調にとばしていた。クライマックスのドタバタ活劇のシークエンスはホラーもどきで可笑しかったなあ。ナースの滝川真子の夫役は、なんと経済学者の竹中平蔵……であるはずがなくて、ちょいと似た風貌のルパン鈴木。かつて、お笑いコンビ〈蛍雪次郎一座〉で蛍雪次郎の相方をしていた人ですね。  ああ、そうか。1985年といえば、プロ野球の阪神タイガースがセ・リーグで優勝して、さらに日本シリーズで西武を下して初の日本一に輝いた記念すべき年。画面のどこかに、たえずタイガースのグッズが映っているのが奇妙です。なぜか、作品の舞台は大阪の病院。滝川真子だけが標準語、他のすべての登場人物は怪しげな関西弁を話しています。何かの暗合なのか。  あちこちに時事ネタが織り込まれています。その年に引退した近鉄バファローズのピッチャー鈴木啓示の「投げたらアカン」は、公共広告機構のCMに使われて流行語になりました。性感マッサージは、たしかメディアで盛んに話題にしていた新フーゾクだったような。「ベン・ケーシー!」というギャグは当時でも古めかしく感じられた。あとは探してください。  ヒロインの同僚ナースに扮した真堂ありさ、彰佳響子、杉本未央の脱ぎ要員トリオには、あまり流行らない大衆キャバレーチェーン店の家出娘風ホステス嬢みたいなムチムチとした垢抜けなさがまとわりついていた。  風俗ライターの某氏からの受売りで未確認のネタですが、真堂ありさと杉本未央(のちの菊島里子)はインディーズ系アダルトビデオで最初にアナルを見せたアイドル系AV女優たちとか。う―ん、しかし、そういうことで後世に名を残すのは、女優としてはどうなんでしょうかね。彰佳響子と杉本未央は、真夜中に素っ裸で消火器をかかえて走っていました。訳わかりません。  それにしても、どこかの個人病院の構内で堂々とロケしているのは驚き。どうせ舌先三寸でだまくらかして撮影の許可をもらったんだろうな、たぶん。
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[010]大冒険
 ♪今じゃ しがねェ〜 サラリーマン〜♪シネマA2007-08-14
 
 これは1960年代のわが国最強のコミックバンドだったクレージー・キャッツの結成10周年記念映画。東宝=渡辺プロ製作のプログラムピクチャーです。ジャンルはアクション・コメ・・・
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 これは1960年代のわが国最強のコミックバンドだったクレージー・キャッツの結成10周年記念映画。東宝=渡辺プロ製作のプログラムピクチャーです。ジャンルはアクション・コメディーでしょうが、例によって、歌って踊る場面も用意されていますから、ちょっぴりミュージカル風でもあるかなあ。  能天気で調子のいい新聞記者の植松唯人(植木等)が、ひょんなことから、国際ニセ札偽造団をあやつる意外な黒幕を突きとめて世界征服の野望を阻止するという、なんというか、壮大なスケールをもつ与太話です。  当時の邦画としては製作費もかけていますよ。ロードムービー風な展開もあるし、無人島の秘密基地と歴史的人物のそっくりさんまで登場。活劇の合成もなかなか上手。特技監督は円谷英二です。  ただし、当時のわが国の世相とクレージー・キャッツの圧倒的な人気をまったく知らない世代がこれを見ておもしろいかどうかは保証の限りではない。私は2回観たけれど、正直いって、3回目はもういいかなという印象をもった。このストーリーなら、もっともっと痛快な娯楽映画に仕上げることも可能だったのでは。もったいないなあ。  監督の古澤憲吾は、かつて日本のビリー・ワイルダーなんてもちあげていた連中がいたような記憶があるんだけど、最近はあんまり評価する声も聞かれないですね。役者がやたらと走りまわってばかりのドタバタ喜劇が多かった。本作もそう。戦前のサイレント映画の影響なんだろうか。私には合わなかったみたい。単調な筋運び。途中で飽きてしまう。  配役はまるで、元祖無責任男の植木等(vo,g)のワンマンショーです。発明家の相棒、谷啓(Tb)も、とぼけた好い味だしていたけど、部長刑事役のハナ肇(ds)は野暮ったくて冴えなかったなあ。犬塚弘(b)、石橋エータロー(p)、桜井センリ(p)、安田伸(ts)はいつもあんな調子か。団令子は、東宝の喜劇映画の常連女優。助演では、往年の宝塚の大スター越路吹雪の悪役がクールでした。活躍の場を増やしてあげたらよかったのに。  だけど、主題歌は好きですよ。《大冒険マーチ》ではなくて《遺憾に存じます》のほう。植木等が唄っています。萩原哲晶作曲。なぜか、演奏は寺内タケシとブルージーンズ。イントロはビートルズの《抱きしめたい》のイタダキですか。  学生時代は 優等生  万能選手で 人気者  こんな天才 今まで 見たこと無い  とかなんとか 云われたもんだが  今じゃ しがねェ サラリーマン  コラ又 どういうわけだ  世の中 まちがっとるよ  誠に 遺憾に存じます  …………  青島幸男の詞は、高度成長期にあった日本社会の空気を一筆書きのようにうまくつかまえている、とおもう。タイトルは、当時の総理大臣だった佐藤栄作(1974年にノーベル平和賞を受賞!)の「誠に遺憾に存じます」という国会答弁から思いついたとか。すごい皮肉だ。今日でも、テレビの報道番組を見ていると、政治家、役人、会社社長といった要職にあるお歴々は、事あるごとに、似たり寄ったりのコメントを平然としていますね。40年以上たっても、世の中はたいして変わってないか。  遺憾に思ってるだけでは、イカンとおもうんだけど。
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[011]片目だけの恋
 「お兄さん、どのくらい痛いの、あのとき」シネマA2007-08-12
 
 ユーロスペース企画・製作・配給の〈エロス番長〉シリーズの1本です。成人映画を200本以上撮っている渡辺護監督のひさしぶりの新作とのこと。いかにも渡辺護らしい雰囲気の・・・
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 ユーロスペース企画・製作・配給の〈エロス番長〉シリーズの1本です。成人映画を200本以上撮っている渡辺護監督のひさしぶりの新作とのこと。いかにも渡辺護らしい雰囲気の作品であると同時に意気込みも感じられたけれど、この監督に格別な思い入れがない人にわざわざ薦めるほどのできばえとまではいえませんね。残念。  無名の新人監督たちと同一の製作費と撮影機材で大ベテランが競作して勝負する企画。パナソニック製のDVキャメラを使用して鈴木史郎が撮影。手持ちのビデオ撮りのはずが、まるでフィルムで撮ったような味わいの映像に仕上がっていることには感心した。なぜだろう。  むろん、撮影と照明の基本がしっかりしているということでしょうが、機材の飛躍的な進歩にはおどろかされる。一時間ものの成人映画を製作する場合、通常フィルム代と現像費だけで100万はかかるはずだから、いくらでも撮り放題のDVキャメラは今後いっそう現場で活躍することになるだろう。  井川耕一郎の脚本は、観念的で退屈だ。渡辺護のヒット作『セーラー服色情飼育』(1982)の主題の変奏みたいな内容。あれとは立場が反対で、少女が大人の男に勝手に激しい恋をしてストーカーと化して暴走する怖い話だが、肝心のヒロインの少女ユカの人物像は、男性の妄想のなかで人工的に培養したような印象しかない。不自然すぎて、最後まで違和感が尾を引いてしまった。頭でっかちのつくりものでは駄目。意外に古臭いし。  ひょっとして、作中にマンディアルグの『海の百合』を引用して芸術的なエロス作品を気取ったつもりだとしたら、底の浅いペダントリーの気恥ずかしさに脚本家は早く気づいてほしい。そもそも、異常な行動の意味をいちいちセリフで説明するのはシナリオの禁じ手でしょう。なにやら、学生の自主制作映画を見せられているみたいな居心地の悪さ。  主演の18歳の小田切理紗はヌードも辞さずによくがんばった、といってあげたいところだけど、表情がなんとも硬くて、小悪魔ヒロインとしての魅力に欠けた。かつて『セーラー服色情飼育』の可愛かずみには、ほとんど演技をさせないで存在感だけを生かした演出を試みて成功をおさめた渡辺護だが、これが初主演という小田切理紗に対して、室内での静かで長い会話のやりとりなど、相当な演技力を終始要求してしまったことは、演出設計の誤算ではなかったか。新人には荷が重かったですね。  標的にされる若い夫婦役の田谷淳と里見瑶子の演技は、無難ではあるけれど凡庸。助演では、ユカの父親役の下元史朗の渋さと、ちょい役ながら、援助交際の女子高校生をいきいきと演じた佐々木日記(佐々木ユメカの実妹)が印象に残った。関係ないけど、佐々木日記って、作家の室井佑月にどことなく似てますね。  性的な表現が全般的に抑えてあるのは、きっと、一般映画としての公開を念頭において撮影したからでしょう。小田切理紗には単独のヌードはあっても露骨な濡れ場はない。里見瑶子と佐々木日記にはそれぞれ絡みが用意してあるけれど、描写に節度をもたせていた。だから、往年の渡辺護のピンク映画のエロさを期待した向きには不評だったかも。  わずか88分にしては、総じて映画の時間が停滞して長ったらしい。ムラがある。映像に才気を感じたのは、ヒロインが男の子のハーモニカを借りて吹く場面をサイレントにした演出と、妊婦の里見瑤子が歩道橋の階段で背後から突き落とされるシークエンスの凝ったカット割り。そこらへん、渡辺護は乏しい予算の範囲で愉しみながら演出していたのではないかな。田中修編集。助監督は佐藤吏。制作スタッフは、おおむね丁寧かつ安定した職人芸を発揮。  評価は甘め、ということで。
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[012]阿久悠
 ペンネームの由来は《悪友》の当て字っ!シネマA2007-08-05
 
 阿久悠は昭和の歌謡曲の全盛期を代表する作詞家のひとりでした。明大文学部を卒業後、広告代理店勤務、放送作家をへて1967年に作詞家としてデビュー。生涯に手がけた作詞はな・・・
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 阿久悠は昭和の歌謡曲の全盛期を代表する作詞家のひとりでした。明大文学部を卒業後、広告代理店勤務、放送作家をへて1967年に作詞家としてデビュー。生涯に手がけた作詞はなんと5,000曲以上、そのうちの511曲がオリコンチャートでランクイン、総売上枚数は6,800万枚を超えているとか。こんな途方もない記録が打ち破られる日は、果たして来るんだろうか。  演歌やアイドル歌謡曲からコミックソングやアニメの主題歌にいたるまで、活動の間口がとにかく幅広い作詞家だったから、近年のJポップとやらのヒット曲みたいに特定の世代にしか支持されていないというのではなくて、文字どおり老若男女に愛唱された国民的なヒットメーカーだった。まあ、今日にいたる文化的変遷を考慮に入れて仔細を検証する必要はあるでしょうが。  思いつくままに、個人的な名曲ベストテンを順不同で選んでみましょうか。  「また逢う日まで」(1971) 作曲・編曲 筒美京平 唄 尾崎紀世彦  「ピンポンパン体操」(1971) 作曲 小林亜星 編曲 筒井広志 唄 杉並児童合唱団・金森勢  「あの鐘を鳴らすのはあなた」(1972) 作曲・編曲 森田公一 唄 和田アキ子  「どうにもとまらない」(1972) 作曲・編曲 都倉俊一 唄 山本リンダ  「個人授業」(1973) 作曲・編曲 都倉俊一 唄 フィンガー5  「五番街のマリーへ」(1973) 作曲・編曲 都倉俊一 唄 ペドロ&カプリシャス  「津軽海峡・冬景色」(1976) 作曲・編曲 三木たかし 唄 石川さゆり  「勝手にしやがれ」(1977) 作曲 大野克夫 編曲 船山基紀 唄 沢田研二  「UFO」(1977) 作曲・編曲 都倉俊一 唄 ピンク・レディー  「熱き心に」(1985) 作曲 大瀧泳一 編曲 大瀧泳一、前田憲男 唄 小林旭   うーん、とても10曲には絞りきれません。まだまだいくらでも思い浮かぶなあ。有名なヒット曲が多すぎる。特に1970年代のわが国のアイドル歌謡曲の黄金時代は、阿久悠の功績を抜きにしては語れませんね。  クラシック映画を観るのがお好きだったそうですが、「また逢う日まで」「勝手にしやがれ」のほかにも、映画にちなんだ題名の曲がたくさんあります。「さよならをもう一度」「昨日・今日・明日」「絹の靴下」「さらば友よ」「黄色いリボン」「ヘッドライト」「東京物語」「サムライ」「透明人間」「カサブランカ・ダンディ」「真夏の夜の夢」「居酒屋」「KID」なんて、すらすら挙げることができる。  小説の著書を何冊も刊行していて、かつて横溝正史賞を受賞したり、『瀬戸内少年野球団』が直木賞の候補になった時期もあったけど、私が読んだ範囲では、阿久悠の小説の出来は流行歌の歌詞の大衆的な明快さに及ばなかった。むしろ、歌詞のなかにこそ、豊かな物語を感じさせてくれたような気がする。これは資質に拠るものでしょうか。  2007年8月1日午前5時29分、尿管ガンのため、東京慈恵会医科大学附属病院で死去。70歳。カラオケの印税収入などで悠々自適の老後を送っていると伝え聞いていましたが、病魔は克服できなかったのか。盛者必衰。言葉がないです。心からご冥福をお祈りします。
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[013]街のあかり
 「希望は失ってないのね」「あたりまえさ」シネマA (Mail)2007-08-02
 
 フィンランドが生んだ現役バリバリの映画作家で世評も高いアキ・カウリスマキ(1957〜 )が製作・脚本・監督・編集を手がける話題作。私は単館ロードショーで観ました。作者・・・
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 フィンランドが生んだ現役バリバリの映画作家で世評も高いアキ・カウリスマキ(1957〜 )が製作・脚本・監督・編集を手がける話題作。私は単館ロードショーで観ました。作者みずから『浮き雲』(1996)、『過去のない男』(2002)につづく《敗者三部作》の最終章と位置づけているみたいだけど、それぞれの登場人物や物語に特別な関わりがあるわけではなさそう。わざわざ順番に観なくても大丈夫。これは現代の不条理を描いた寓話的作品です。  主人公コイスティネンは、勤務先の警備会社の上司と同僚から嫌われて孤立している。友達も恋人も家族もいない。おまけに金もない。仕事帰りに立ち寄るソーセージスタンドの女性店員に「おれはこのまま警備員で終わるつもりはない」と見得を切るのが関の山という淋しい青年。そんなコイスティネンの目の前に美女ミルヤが突然あらわれて危険な罠へと誘い込む。  ストーリーはまるで半世紀前のフィルムノワールですが、小津安二郎やロベール・ブレッソンの映画の手法を巧みに取り入れたような簡素なタッチで突き放して描写するのがアキ・カウリスマキの真骨頂。小津やブレッソンとの大きな違いは、要所で背景に流れる歌謡曲やロックなどの大衆的な音楽。どの作品でも場面ごとの選曲があざやかな効果をあげているのがカウリスマキの特徴。  抑制のきいた演出。劇的な盛りあがりの回避。静かな会話の構図。棒読みのセリフ。はずした間の取りかた。乾いたユーモアの皮肉。相当な低予算とはいえ、画面の隅々にいたるまで計算している。たったの78分。無駄がない。費用のかかる活劇はあらかた省略。暴力や犯罪を直接的には描かないで、とことん静謐なカットを丹念に切り貼りしていく編集。これは自主制作映画をつくるうえで参考になる技法ではないかな。  常連のキャメラマン、ティモ・サルミネン。監督とおなじく小津安二郎の信奉者かと想像しますが、アキ・カウリスマキ作品の一翼をになう逸材といえる。俗にいうヘタウマか。ハリウッド黄金時代のテクニカラー風というか、コントラストの強い、こってりした色彩設計が異質。つねに画面のどこかに原色の赤を配置する色彩へのこだわりに注目。  主演のヤンネ・フーティアイネンは、よく見ると、なかなか男前の顔立ちだけど、アキ・カウリスマキの映画では、誰が主役の男女を演じても一般的な美男美女にはまずならないのがおもしろい。小津の映画ならば、たいてい美男美女が登場するのに。だけど、ミルヤ役のマリア・ヤンヴェンヘルミが、どうしても美女に見えなかったのは誤算か。フィンランドでは美の基準が微妙に違うのかな。ちゃんとお化粧すれば、ソーセージ売りのマリア・ヘイスカネンのほうが美人に変身したりなんかして。  完全なネタバレになるので詳しくは書きませんが、あのラストシーンはいわゆるハッピーエンディングとは異なるけれど、暗示的な上手い表現だと、私はおもいました。将来に希望のない敗者の諦念にみちた暗い運命を無為に受け入れるだけの主人公。実際には、身近なところに温かい救いの手がいつでも差し伸べられていたということでしょう。ソーセージ売りの女。犬と少年。これは昔からいわれる言葉ですが、幸福とはもとめるものではなくて気づくものである、ということか。  チャップリンの無声映画の名作『街の灯』(1931)へのオマージュを意図したという作者の種明かしを知ってしまうと、たしかに一本の補助線を引いた途端に解ける幾何学の問題のように、すんなり腑に落ちるわけですが、そこまで作者に解説してもらわないと理解しにくい映画だとしたら、一篇の作品としての完成度がやや弱いかな。  まあ、こういう作品は、うわっつらのストーリーだけを、ざっと追って、ああ、つまんない映画だった、とけなしてかたづけるくらいなら、最初から見ないほうが精神衛生上よろしいのでは、という気がしないでもない。映画について語ることは、語り手の理解度を映画に試されるということでもある。  私見では、これはアキ・カウリスマキの作品として最上の部類と推奨するほどの出来ではないにしろ、たとえば〈キネマ旬報〉あたりの年間ベストテン入りは確実(たぶん!)といえそうな映画です。いかにも評論家の先生方が飛びつきそうな餌が巧妙にまいてあるし。この手のアート・フィルムがお好きなひとは必見かも。
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[014]怪猫有馬御殿
 「どうやら黄泉路の支度も整ったようじゃ」シネマA2007-07-21
 
 入江たか子主演の化け猫映画の第二弾です。前作『怪談佐賀屋敷』(1953)とおなじく、大映京都製作、荒井良平監督、木下藤吉脚本のコンビ。昭和29年の正月興行でした。久松静・・・
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 入江たか子主演の化け猫映画の第二弾です。前作『怪談佐賀屋敷』(1953)とおなじく、大映京都製作、荒井良平監督、木下藤吉脚本のコンビ。昭和29年の正月興行でした。久松静児監督、若尾文子主演の『十代の誘惑』との二本立て。いちおう、当時としては新旧の美人女優の主演作をぶつけた恰好だけど、無造作な組み合わせという印象です。  入江たか子は戦前の活動写真の時代に、わが国ではグレタ・ガルボと比べられたほど端麗な容姿を誇った大スター。二十代の前半にして入江プロダクションをたちあげて邦画界で飛ぶ鳥を落とす勢いだったけれど、三十歳を過ぎてからは身辺にいろいろあって低迷していたらしい。それが四十路をむかえて、意外にも怪談の化け猫女優として返り咲いたのがこの頃でした。  戦前から入江たか子と確執のあった溝口健二のように、その姿勢をあからさまに否定した映画人もいましたが、私はむしろ、なりふりかまわぬ復活を期した大女優の執念を観て素朴な感動を禁じえないです。いまだに化け猫といえば入江たか子が反射的に思い浮かぶ、といえる不朽の名演でしょう。とにかく、変身の前と後の役づくりの絢爛たるメイクの落差が絶妙。化け猫の手つきがお茶目。  49分と短いうえに、作品としての仕上がりが濃密です。おそらく、化け猫シリーズという本邦B級怪談映画の怪しげな作品群の暗闇のなかで、ひときわ光芒をはなつ金字塔ではないでしょうか。白黒画面の合成技術は時代相応にお粗末だし、脚本に舌足らずな個所も見受けられますが、私にとっては、くりかえし視聴していっこうに飽きることがない傑作です。以下、いささかネタバレ御免。  素材は、文楽や歌舞伎の『加賀見山旧錦絵』を下敷きにしたもの。有馬侯の寵愛を受ける町家出身のおたきの方に嫉妬する側室おこよの方一派の理不尽で悪質ないじめの数々を描いた前半。無念の死を遂げた女主人の血を舐めた飼猫のお玉が化け猫に変身して、お屋敷で派手に暴れまわって仇討ちを果たすのが後半。わが国の大衆に江戸時代から支持されてきた典型的な物語。これはもう、御殿女中版〈忠臣蔵〉ですね。  なんせ短い作品なので、ほぼ全篇が見どころといえるかも。まずは邸内にそびえ立つ火の見櫓のオープンセットに瞠目する。異様な迫力。冒頭の首吊り死体のあのつかみの演出は、それこそ、以後の内外の恐怖映画で嫌になるくらい引用されておなじみのもの。女どうしの武術の御前試合、丑の刻参りの仕儀も興味をそそりますが、なんたって例の逆さ屏風の修羅場の緊迫感とおぞましさ。演出の省略が利いていた。しかも、それが復讐の伏線となって再現されることに戦慄してしまう。他にも、有名な催眠あやつりの新体操みたいな人形ぶりや、あれが宙を飛んで襲ってくる場面など、奇抜なアイディアがてんこ盛り。ほとんどギャグみたいなのまで登場。  おたきの方を演じた入江たか子のほかにも、女中のお仲役の阿井三千子、悪役おこよの方の北見礼子、呉竹の大美輝子、七浦の橘公子、といった美人女優が目白押し。唯一の例外ともいえる醜女が金剛麗子。憎まれ役の老女岩波の、あのつらがまえは強烈。見ようによっては、化け猫よりも怖かった。それにくらべると、女性が中心の映画ということもあって、有馬の殿様兄弟に扮した杉山昌三九と坂東好太郎は影が薄いか。  全体をとおして、モノクロームの映像が端正かつ軟調。伊佐山三郎撮影、上里義三美術、島崎一二照明。お金のかかったセットと衣裳の細部は、うっかりB級映画だなんて侮れない入念なつくり。わが国の映画産業の全盛期の華々しさを察するに余りあるということか。前作につづいて音楽を担当した高橋半のスコアも、邦楽とハリウッドふうの濃い味わいを折衷した趣きがおもしろかった。  蛇足。市販DVD版の映像特典なんだそうですが、大林宣彦と入江若葉(入江たか子の娘)による40分もの空疎な対談は不要だったとおもいます。本篇と直接の関連性がない話を得意そうに長々と喋っていてうんざりさせられる。発売元には、こうした無駄なおまけをつける以前に、画質をVHS版よりも向上させたり販売価格を値下げしたりするなどの実質をともなった企業努力を期待したいものです。
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[015]セーラー服色情飼育
 「俺だけの、俺一人だけのために咲くんだ」シネマA2007-07-14
 
 グラビアモデルや放送タレントとして1980年代に若者のあいだで人気があった可愛かずみ(1964〜97)の幻の映画主演デビュー作です。しかも、最初で最後のにっかつロマンポルノ・・・
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 グラビアモデルや放送タレントとして1980年代に若者のあいだで人気があった可愛かずみ(1964〜97)の幻の映画主演デビュー作です。しかも、最初で最後のにっかつロマンポルノへの出演でもある。実際には、独立プロのフィルム・ワーカーズが低予算で製作した日活配給の買取り作品、といったほうが正確ですが。  当初予定していた女優が降板したために主演に抜擢されたのが、当時18歳の可愛かずみだったとか。登録したばかりの所属事務所から、本人は写真のモデルの仕事だと聞かされていたようで、ポルノ出演はかならずしも本意でなかったともいわれる。  まあ、現在ほど、うるさいことはいわない時代だったかもしれませんが、現役の高校三年生が成人映画に出演することを許可する学校はありえない。可愛かずみは都内の某女子高を中退したのではないかな。たぶん。  私が若い頃に映画館で観たときは、性急な展開と唐突な結末が不愉快に感じられましたが、最近あらためてDVDで視聴したところ、以前の印象が一変してしまいました。新聞の三面記事や週刊誌でしばしば見かけるストーカー犯罪をいち早く素材にして、先見の明がある。実話が下敷きなのかな。おもしろい。  孤独なインテリ中年男が行きずりの女子高生に対して抱いた身勝手な性的妄想の嵐がとめどなく暴走するさまを直線的に描いた構成の緊密さ。おもわず息を呑む。捨てカットが無い。渡辺護はピンク映画のベテラン監督ですが、これは、数ある作品群でも上位を占めるできばえではないかしら。なにより、小水ガイラの脚本が非凡です。  はっきりいうと、可愛かずみの演技は素人。「ママ〜、怖いよお」という程度の短いセリフしか喋りません。でも、それで正解だったとおもう。すっぴんの童顔で細身なのに巨乳の持ち主、という容姿の意外性が当時の売りのようでした。ヌードの露出は控えめ。可愛かずみは前貼りをせずに撮影したという話ですが、そりゃあ当然でしょう。前貼りなんて不要な絡みの手ぬるさ。渡辺護はやはり気を遣っていますね。   じつは、ストーカーの大学講師に扮した下元史朗がほんとうの主役です。成人向け映画だけじゃなく、VシネマやTVドラマの脇役としても顔なじみの俳優。名前は知らなくても、きっとどこかで出会っているはず。これが下元史朗の代表作だ、と断言したくなるくらいに出色の演技を披露している。尋常ではない巧さ。  スーツを着てネクタイを締めた優男で、おとなしそうな善人ヅラをしているけど、実体は利己的で卑劣きわまる変質者。狙いをつけた母娘が住むアパートのドアの取っ手を精液で汚したり、「おまえのあそこに俺の舌を入れにいくからな。待ってろよ。今夜行くからな」なんて電話で嫌がらせするのが、なまなましい。微笑とひとりごとが板についていた。  可愛かずみの母親役の杉佳代子の熱演にも惹かれます。1970年代の初頭からピンク映画の主に脇役として活躍してきた女優。なかなかの演技派。おかっぱ頭で情感の豊かな中年女性をリアルに演じきった。わが娘を目あてに接近してきた変態男とも気づかないで、いそいそとデートの誘いに乗ってしまう。「あたし、ずっといけないことしないで待ってたのよ」羞恥のしぐさがいじらしいこと。ラブホテルの浴室とダブルベッドの濡れ場。乱れっぷりに手抜きがない。松葉くずしの体位で「多美さん、もっと腰を動かして!」なんて弄ばれてしまう。剃ってない腋毛がちらり。  女子大生役の今日珠実は単なる脱ぎ要員の端役ですが、青いアイシャドウが濃すぎて、どうしても場末の下品なピンサロ嬢にしか見えません。唯一のミスキャストでした。残念。  ところで、下元史朗が研究室で今日珠実に「だいたい、この一九分けの先生からして(論文を)盗作してるんだぞ。そのうえ、この男にはオリジナリティーがなにひとつ無いんだ」といってのける場面がありますが、〈一九分けの先生〉というのは、あの頃からメディアに盛んに登場していた政治評論家の竹村健一に対する当てこすり、でしょうか。
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[016]吸血鬼ノスフェラトゥ
 《Blood! Your precious blood!》シネマA2007-07-03
 
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ監督の歴史的名作としてあまりにも有名。吸血鬼をあつかったホラー映画の元祖です。1922年の制作というと、わが国は大正時代か。そんな・・・
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 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ監督の歴史的名作としてあまりにも有名。吸血鬼をあつかったホラー映画の元祖です。1922年の制作というと、わが国は大正時代か。そんな昔のモノクロ無声映画を観たところで、どうせ退屈するだけだろう、と決めつけるのは早計ですよ。喰わず嫌いはもったいない。  しかも、本作はパブリックドメインになっているので、Internet Archiveで無償提供されています。もっとも、私が所有しているのは、最近ワンコインで出回っているレトロ・ムービー・コレクションという怪しげなDVDですが。画質はそこそこ。字幕はドイツ語ではなくて英語。ON・OFF可能な日本語字幕つき。字幕監修:石田一、と明記してあります。自然な訳だと感じました。  音楽と日本語字幕を消して映像だけを室内モニターに流しっぱなしにしていると、けっして難解というわけでもなく、お手軽に芸術映画を鑑賞しているような摩訶不思議な気分に浸ることができます。折にふれ、くりかえしながめていても飽きない。  技術は稚拙だけれど、あの光と影の織りなす独得な魅惑には抗しがたいものがある。おそらく、当時の粗悪な標準レンズ一本で撮影したんでしょう。広角も望遠もズームも使用していません。移動撮影なんて皆無。すべての場面が固定キャメラです。でも、食虫植物は、マクロで撮ったみたいな描写だな。フィルムの感度が低いようで、昼間の場面も深夜の場面も、画面がおなじくらい明るい。だけど、観客が混同することはないように編集してあるのはさすが。  制作当時に著作権所有者の許可が得られなかったせいで、ブラム・ストーカーの原作小説『吸血鬼ドラキュラ』(創元推理文庫刊)に登場するドラキュラ伯爵はオルロック伯爵、フォン・ヘルシング教授はハルヴァー教授などと、人物名は変更されたそうですが、英語版では、たぶん無断で、元の表記に戻してしまいました。このほうが、わかりやすい。  私、ドラキュラ役者といえば、ハマー・プロの御大クリストファー・リーが真っ先に思い浮かぶ世代ですが、本作のマックス・シュレックの素朴にして奇怪な存在感には、やはり別格として認めざるを得ないものがありますね。  あの坊主頭。悪魔のような尖った耳。ぎらついた視線。鷲鼻。半開きの口から覗いた前歯。枯枝のように細い指先。伸びすぎた爪。正面から見ると、直立不動で姿勢がいい。コマ落としで、カクカクカクと、おもむろに手前に歩いてくる。腹筋をつかって(?)、棺から静かに起き上がる。横向きのシルエットでは、なぜか腰が曲がっている。怖い。昼間の寝床となる自分の棺桶を横抱きにしたまま船をおりてブレーメンの街角にあらわれる風体はいささか間抜けだけど。  あちこちに凝った映像表現がしかけられているので、これから新しいホラー映画をつくろうと志している人たちが観ても参考になるのではないかなあ。いくら技術が発達したといっても、映画の本質は古典から学ぶべきことが少なくないとおもいます。たとえば、S・スピルバーグの娯楽映画における誇張した影の踊らせかたは、この手のクラシック作品から吸収した成果といえるでしょう。ティム・バートンが怪奇映画の古典を好んで引用していることも知られていますね。  1978年にはヴェルナー・ヘルツォークの脚本・監督による忠実なリメイク版『ノスフェラトゥ』が公開されています。落ち着いた渋い発色のカラー撮影とともに、ムルナウ監督への敬愛の念が伝わってきて、これも一見の価値があるとおもいます。
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[017]秘録 怪猫伝
 「見たな。見たであろうが」シネマA2007-06-28
 
 怪猫シリーズ唯一のカラー・ワイド作品、などと世に喧伝されている娯楽作ですが、あくまでも大映が製作した化け猫映画としては唯一の総天然色、という意味なのでお間違いなき・・・
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 怪猫シリーズ唯一のカラー・ワイド作品、などと世に喧伝されている娯楽作ですが、あくまでも大映が製作した化け猫映画としては唯一の総天然色、という意味なのでお間違いなきよう。  他社まで含めると、日活製作、ダイニチ配給、石井輝男監督、梶芽衣子主演の『怪談昇り竜』(1970)だとか、東映製作、山口和彦監督、谷ナオミ主演の『怪猫トルコ風呂』(1975)だって、カラーで撮った化け猫映画じゃないか、と文句をつけられそうです。  1969年の歳末に公開されたので、翌年のお正月映画といったほうが適当でしょう。田中徳三監督、浅井昭三郎脚本のオーソドックスな怪猫ものの怪談映画。いまでも、こどもがこれを観たら、かなり怖がってくれるんじゃないかしら。たぶん。カラーフィルムだと、どうしても血しぶきがどぎつくて、私の好みではないんだけど。  例によって、舞台は佐賀鍋島藩。非業の死を遂げた飼い主兄妹の無念を猫のたまが晴らすという筋書きは、怪猫ものの定番。ほとんど捻りがなくてシンプルな構成。まあ、テレビの時代劇スペシャルドラマの元祖みたいなものか。展開が一本調子で物足りないなあ。怪談映画はわかりやすくてこれくらいなのがちょうど好い、という向きもおありでしょうが。  今井ひろし撮影、太田誠一美術、美間博照明など、大映京都の制作陣の職人芸。特に倉嶋暢の音響効果がきわだっている。雨音、風に揺れる木々のざわめき、かすかな猫の鳴き声、鈴の音、などなど。張りつめた空気の表現が上手です。渡辺宙明の音楽もしっくりきていた。田中徳三の演出は、ときに三隅研次を意識していたようだが及ばなかった。  ネタバレになって申し訳ありませんが、化け猫女優の怖さに関しては、お豊の方を演じた小林直美はあまりたいしたこともなくて、沢の井の役の毛利郁子のほうが無気味。とりわけ、行燈の油を嘗めるときのあの真っ赤な舌の異様な長さとぬめりぐあい。高度な特撮技術なんて、かならずしも必要じゃないんですね。あの場面は、おとなが観てもゾッとするかも。あとは、天井を突き破って、あれがとつぜん降りてくる演出のタイミングがよかった。  奇しくも、毛利郁子は愛人刺殺事件の醜聞で芸能界から姿を消してしまい、映画出演は本作が最後となりました。大映のお色気担当のB級女優として活躍。自宅で蛇を愛玩しているという噂が流れていたっけ。  主演の小森半左衛門を演じた本郷功次郎は、下手ではないけど地味すぎた。男優では、斬殺される竜造寺又七郎役の戸田皓久と、悪家老矢淵刑部に扮した戸浦六宏のほうが鮮烈な印象をのこした。どちらも、型どおりの演技なんだけど、適度な誇張が利いていた。  蛇足。腰元の早苗という脇役で、新人だった頃の川崎あかねが出演しています。こんな一見おとなしそうな娘が、数年後には転身を遂げて、数々の娯楽映画や雑誌のグラビアで大胆なヌードを披露して脚光を浴びることになるなんて、当時、誰にも予想できなかったとおもいます。なんだか、川崎あかねの主演作が、ひさしぶりに観たくなってきちゃったぞ。
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[018]眠狂四郎 無頼剣
 「殺(や)るべき時に、殺るべき者が殺る」シネマA2007-06-19
 
 ご存じ市川雷蔵主演の娯楽時代劇シリーズ8作目。原作者の柴田錬三郎が試写の途中で憮然として退室した、という伝説が残っている作品ですが、映画としての完成度の高さではシ・・・
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 ご存じ市川雷蔵主演の娯楽時代劇シリーズ8作目。原作者の柴田錬三郎が試写の途中で憮然として退室した、という伝説が残っている作品ですが、映画としての完成度の高さではシリーズ随一ともいうべき秀作ではないでしょうか。  柴錬の流行小説をあくまでも下敷きに借りて、監督の三隅研次と脚本の伊藤大輔の最強コンビが自分たちの思い描いた時代劇を達意の職人芸で構築してみせた観があります。私は好きな作品のひとつ。お薦めしていいかな。  三隅監督が演出した〈眠狂四郎〉は、これが三本目。池広一夫や安田公義とは異なり、エロティシズムと猟奇趣味は影をひそめ、三隅研次の映像美学とでも形容するほかない独得な構図と細心のカット割りが鏤められています。全篇にわたって、観るよろこびにあふれていて、時代劇ファンならば、きっと、至福のひとときが得られることでしょう。  戦前の巨匠、伊藤大輔の脚本には、往古の時代劇の残り香が漂っています。複雑なストーリーを79分に圧縮したこともあって、説明を大幅に省いているから、いちど観ただけではちょっとわかりにくいところがあるのは惜しいけれど。以下、ネタバレあり、です。ごめんなさい。大塩平八郎の乱の残党と越後の油精製とを結びつけた筋書きですが、細部において、観客にたいする要求水準がかなり高いみたい。  ひょっとして、日本の歴史と古典についてなにがしかの知識をもっていないと理解に苦労するかもしれない。大塩平八郎の乱のあとで焼死した養子の格之助に狂四郎が瓜二つだったため、心ならずも残党たちの陰謀の渦中に巻き込まれていくという設定です。判じ物の謎解きには、浄瑠璃の『蘆屋道満大内鑑』を引用しています。さすがに難易度が高すぎるか。ちなみに、私はこの映画ではじめて、陰暦十月の亥子祝いと大名登城の興味深い習俗を知りました。  映像のおもしろさをいちいち指摘すると、これはもう枚挙にいとまがない。まずは導入部。髪結い小鉄(工藤堅太郎)の語りにオーヴァーラップさせて事件をさかのぼって展開させるテンポのよさ。越後獅子の謎の旅芸人勝美(藤村志保)が登場するとき、ちらりと足の先だけ映すキャメラワークの流麗なこと。子役たちの使いかたのさりげない上手さに感心。照明のほどよい暗さと配色の渋い美しさも特筆すべきもの。たとえば、夜空の月の大きさとかたちと位置にもこだわりがある。江戸市中の往来の描写と丹念な時代考証のリアリティなど、いかにも大映京都撮影所制作の時代劇らしい興趣に富む。牧浦地志の撮影と下石坂成典の美術が随所で光ります。菅沼完二の編集も。  配役では、市川雷蔵と藤村志保の安定した演技が期待を裏切らない。でも、それ以上にすばらしいのは、テロリスト集団の首謀者である愛染に扮した天知茂のしたたかな存在感でしょう。狂四郎にひそかな親近感を抱いているのがポイント。場面によっては、天知が雷蔵を完全に喰っていたようにおもいました。天知茂が出演した大映作品としては、これは三隅監督の『座頭市物語』(1962)に継ぐ名演ではないかしら。  愛染が円月殺法をコピーして狂四郎にいどむクライマックス。屋根のうえで、向かいあったふたりが、同時に時計の針みたいに、刀をゆっくり回転させる場面は、見ようによっては滑稽ですね。意表を突いたのは確かだけどさ。あれじゃ、勝負にならないのでは。まあ、いいか。  このシリーズの常連ではない伊福部昭が音楽を担当していたが、チェンバロの効果的な使用など、なかなかの出来だと感じました。個人的には、いつもの齋藤一郎の仰々しくて安っぽいサウンドがお気に入りなんだけど。  蛇足。愛染に拉致された勝美が、全裸で川に飛び込んで脱出する場面がありますが、これはあきらかに藤村志保ではありませんね。スタントの女性です。念のため。
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[019]ピンクリボン
 「金払ったら最後まで観てくれるからな」シネマA2007-06-16
 
 最近、十代や二十代の映画ファンから日本のピンク映画についてあれこれ訊かれる機会がときどきありますが、たいていは似たり寄ったりの質問ばかり。  さしあたって、藤井謙・・・
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 最近、十代や二十代の映画ファンから日本のピンク映画についてあれこれ訊かれる機会がときどきありますが、たいていは似たり寄ったりの質問ばかり。  さしあたって、藤井謙二郎が監督と撮影と編集を手がけた、この記録映画のDVDをレンタル店で借りてきて目を通すなら、きっと、わが国に特有なピンク映画の歴史と現在についてひととおりの知識を得ることができるはず。業界にゆかりのある映画監督たちと配給会社スタッフへのインタビューを中心に、いまも昔も300万という超低予算の苛酷な撮影現場の実情をつたえる映像を織りまぜた構成。118分にうまく編集していて、興味はつきない。  重鎮の若松孝二や渡辺護の雄弁な語り口の圧倒的なおもしろさ。思いのたけを存分に語っています。老いても矍鑠としていて、妙に脂ぎって胡散臭いところが魅力的ですね。ヤバい裏話には、単におもしろいだけでなく、資料としての価値がある。小川欽也、足立正生、高橋伴明、井筒和幸なども登場。  記念すべきピンク映画第一号である小林悟監督の『肉体の市場』(1962)の一部が観られるのも貴重だ。フィルムは20分間だけ、京橋のフィルムセンターに現存しているとか。  ピンク映画の出資元である国映のオーナーの朝倉大介がじつは女性だというのは、一部では知られた事実ですが、なんと素顔と本名を堂々とさらしているのにおどろいた。見るからに女傑、という印象か。「あんたたち、騙そうとしてない?」なんて口調には、凄みが感じられた。  配給会社の新東宝の担当者たちの話も具体的で希少価値があった。フィルムを保管している社内倉庫の棚の状態まで知ることができる。意外にしっかりと管理されているようなので、埋もれた旧作をこれからもっとDVD化して発売してほしいものです。だけど、フィルムの配送の担当者が定年間際(?)のおじさんひとりで、後継者がまったく育っていないらしいことが不安だなあ。これで、ほんとうにだいじょうぶなんだろうか。業界に明日はあるのか。  インタビューの合間に池島組と女池組の制作風景を挿入していたが、偶然にも、活気に満ちた池島ゆたかと、なんだか頼りない女池充が対照的、というか象徴的です。池島が中堅監督の代表というのは異存がないけれど、若手監督を女池に代表させるのは無理があるんじゃないかなあ。ここは、いまおかしんじか田尻裕司を連れてきたほうがふさわしかったかも。  女性監督の代表として吉行由実に喋らせた目配りには好感がもてるが、黒沢清へのインタビューはちょっと長すぎた。藤井謙二郎の人脈の関係かとおもわれるが、黒沢に長々と語らせるくらいなら、中村幻児、周防正行や滝田洋二郎らの話を聴いてみたかった気もする。  いや、インタビュー出演者の人選については、不満を言いだしたら収拾がつかなくなりますね。でも、どうして山本晋也が登場しなかったんだろう。取材を断られたのかな。1990年代のいわゆる〈ピンク四天王〉がひとりも出演していないことも不自然。すくなくとも瀬々敬久かサトウトシキのどちらかは、顔を出していて当然だったとおもう。  などと、まあ、勝手なことを愚痴ってしまいましたが、ピンク映画について考えることは、戦後の日本映画の来し方行く末に思いをめぐらすこととも微妙に重なりあうことなので、これは、いろんな意味で注目すべき記録映画に仕上がっているとおもう。なるべく多くのかたに、ぜひ一見をおすすめしたい作品です。
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[020]眠狂四郎 炎情剣
 「明日になれば興味はない。明日は他人だ」シネマA2007-06-02
 
 市川雷蔵主演の眠狂四郎シリーズの第五作です。定評ある第二作の『眠狂四郎 勝負』(1964) につづいて、三隅研次監督が再登板。これもまた、一見の価値あり、でしょう。  ・・・
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 市川雷蔵主演の眠狂四郎シリーズの第五作です。定評ある第二作の『眠狂四郎 勝負』(1964) につづいて、三隅研次監督が再登板。これもまた、一見の価値あり、でしょう。  大胆な構図とカットの割りかたが独得で、かりに金太郎飴みたいに類型的な内容の時代劇を撮ったとしても、しばらく映像を見ただけで、おお、これは三隅研次だな、とはっきりわかるスタイルをもっていた映画作家。とりわけ、ふたりの人物を対峙させる場面での意表をついた構図は、見るたびに、発見があります。  一瞬、真上からの俯瞰のショットが挿入されたかとおもうと、シネマスコープの横長を生かして両端に人物を立たせた構図、画面の半分が影になった構図などが次々にくりだされるのが、見ていて飽きない。森田富士郎の撮影が練達であることは言うまでもないですが。  冒頭、一本道のむこうから手前にむかって、眠狂四郎がゆっくり歩いてあらわれる。これは、おそらく黒澤明監督の傑作『用心棒』(1961)を意識していたとおもいます。あの三船敏郎は、いかり肩を豪快に揺すって登場しましたが、なで肩の市川雷蔵は、水が静かに流れるような登場のしかたですね。両者の個性の対比に妙味がある。この場面がラストシーンにつながっていることにも注目。  脚本は、おなじみ星川清司。海賊の隠した財宝を悪徳商人と結託して横領しようという某藩江戸家老のたくらみに巻き込まれていく狂四郎を描いています。行く手には、またしても、隠れキリシタンと悪女がからんできます。  眠狂四郎の人物造形は、柴錬の原作小説にきわめて近づいたといえるでしょう。市川雷蔵もすっかり役になりきっていた。たとえば「女を犯すことには慣れている男だと観念されるがいい」とか「愛撫の最中に殺すつもりなら俺が先に殺す」なんていう、歯が浮くようなセリフをさらりと言ってのけて、まったくわざとらしくも嫌味にも聞こえないのはすばらしい。「またひとつ、鍛え抜かれた技が消える」とつぶやきながら、敵方の剣客を円月殺法で斬って捨てる。そうした場面での沈着かつ端正な身のこなしは、市川雷蔵の独擅場。一挙手一投足が絵になり、微塵も隙がない。さすが。  安部徹、西村晃、中村玉緒の悪役三人組も存在感があったなあ。安部は日活アクションでも悪役の常連。演技力で光っていたのは、西村晃です。まったくまばたきをしない、あのどろんとした西村の蛇のような目つきの気色悪さ。狡猾で卑屈な物腰。俳優座の仲代達矢とはまた別種の眼力の凄みを感じさせた。  中村玉緒の毒婦ぶりも強烈。魔性の女。ただ『眠狂四郎殺法帖』(1963)のほうが、はるかに美人に撮れていたとおもう。玉緒は、かつて時代劇で型どおりの娘役を演じていた小娘の頃がいちばん愛らしかったかもしれない。本作の「飽きさせませぬ!!!」と狂四郎に熱く逼る色仕掛けには、おそらく、たいていの男性は二の足を踏むのではないかしら。やはり、あの勝新太郎に匹敵するくらいの剛の者でもないかぎり、ちょっとお相手は無理かも。それから、ラストシーンの玉緒のセリフ。あのひとことに、私はおもわず失笑した、といったら、不謹慎でしょうか。でも、ブラックユーモアを感じてしまった。  女優陣では、小桜純子が脱ぎ要員として扱われていましたが、あの奇怪な刺青ヌードは代役だったとおもう、たぶん。他に、姿美千子と中原早苗も出演していました。中原が映画監督の深作欣二と再婚したのは、たしか、この当時だったはず。それがどうした、といわれても困りますが。
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[021]女唇のわななき
 「なにか、やはり、みんな変だわ……」シネマA (Mail)2007-05-24
 
 和泉聖治監督・脚本によるミリオンフィルム制作のピンク映画です。和泉聖治といえば、このところ劇場公開作品がすっかりご無沙汰なので淋しい気がしますが、テレビ朝日系列で・・・
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 和泉聖治監督・脚本によるミリオンフィルム制作のピンク映画です。和泉聖治といえば、このところ劇場公開作品がすっかりご無沙汰なので淋しい気がしますが、テレビ朝日系列で定期的に放映している、水谷豊、寺脇康文主演の『相棒』シリーズの演出でおなじみ。娯楽に徹したベテラン職人監督ですね。  高名な彫刻家だった父親の事故死をきっかけに、麻紀(珠瑠美)、冴子(南ゆき)、亜沙(路さとみ)の三姉妹が再会した途端、旧家の遺産相続をめぐって不穏な空気が漂いはじめる。まるで横溝正史の探偵小説のパロディみたいな筋立て。でも、ピンク映画版『犬神家の一族』というほどの代物じゃないですよ。ちなみに、劇場公開は、市川崑監督の大ヒット作よりも、こちらのほうが一年ちかく早い。  学生がつくった自主制作映画みたいにしょぼいできばえですが、独立プロの泣きたくなるほどの低予算をおもえば、じゅうぶん健闘していたとおもう。いちおう、鎌倉の円覚寺や稲村ヶ崎でロケまでしちゃってます。  場面転換やカットの割りかた、女優の表情のつけかた、 テンポの速い筋運び、どれをとっても和泉聖治らしいタッチ。すでに当時から演出の手法が確立していたことは、興味深い。擦りガラスをレンズの前で動かしてワイプの効果を出すくふうには、ある種の感動すらおぼえる。長女の愛人が中古のフォードを運転していたり、情事のとき、障子にヤモリの影が映っているところなど、細部にもこだわりが感じられた。  主演の珠瑠美は、和泉聖治の義母なんだよね。といっても、年齢は一歳くらいしか違わないんじゃないかなあ。いかにもベテラン女優らしい手馴れた演技。テレビの二時間サスペンスドラマみたい。でも、艶技もふくめて、なんだか新鮮味に欠けるような。1970年代末頃から、ピンク映画の女流監督としても活躍。100本も撮ってるのか。いまはもう、引退したのかな。  濡れ場なら、南ゆき。あの頃、これほど、ねちっこいディープキスをする女優は希少価値があったのでは。興奮したときの乳首の勃ちにも目をみはった。左右の目がちょっと離れていて、個性的だけど、好色そうな顔だち。70年代後半、にっかつロマンポルノよりもむしろ独立プロのピンク映画でよく見かけた女優。主演作多数。山本晋也作品に出演していたという記憶があるけれど。たしか、日劇ミュージックホールの舞台にも出ていたっけ。ある世代の男性諸氏なら、意外によくご存じなんじゃないかしら。  対照的に、路さとみは、ほとんどおぼえてる人はいないかもしれない女優。大柄で、やや猫背。セーラー服姿には、いささか無理がある。奥手で野暮ったい雰囲気。でも、腰まで伸ばした黒髪と、猫をかぶったような礼儀正しい口調には、惹かれるものがある。いま見ると、地味ながら得難いキャラクターの持ち主だったかも。どことなく、マゾヒストのオーラが感じられる娘だなあ、とおもっていたら、案の定、途中で緊縛される運命にあったのでした。  DVDで視聴しましたが、画質はおもったよりもよかった。ミリオンフィルムには、まだフィルムの現存するピンク映画がかなりあると伝え聞いているので、もっと発掘してDVD化していただけるとありがたいんだけど。  評価は甘めにしておこうっと。
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[022]眠狂四郎 女妖剣
 「化物よりもいっそう醜怪な美しい化物だ」シネマA (Mail)2007-05-16
 
 市川雷蔵主演の眠狂四郎シリーズの第四作です。封切りのときは、三隅研次監督、勝新太郎主演の『座頭市血笑旅』との2本立て興行。主演俳優が、勝と雷蔵ということで、俗にい・・・
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 市川雷蔵主演の眠狂四郎シリーズの第四作です。封切りのときは、三隅研次監督、勝新太郎主演の『座頭市血笑旅』との2本立て興行。主演俳優が、勝と雷蔵ということで、俗にいう大映名物の《カツライス》ですね。当時、大ヒットを記録しました。  監督は池広一夫。劇画調。内容は猟奇性が濃厚となり、どぎついエログロ路線に傾斜しています。なんでも、興行成績が悪かったらシリーズは打ち切りになるという、いわば背水の陣で撮影を開始したらしい。まあ、当時の邦画の制約に縛られた、やや控えめな表現ではあるけれど、なりふりかまわぬところが浅ましい気がします。私はそれほど愉しめなかったなあ。  江戸から浜松までのロードムービー仕立ての時代活劇になっていますが、奇想に富んだエピソードの断片を羅列しただけの構成が弱い。おでんの鍋で無造作に煮えている玉子や、練り物、蒟蒻、大根などをながめている気分。旨そうだけど脈絡に欠ける。隠れキリシタンと阿片の密貿易を結びつけたメインのプロットは悪くないんだけど。  この作品あたりから、女優陣を狂四郎ガールズと呼んでいたのではなかったか。まあ、007映画のボンドガールズの単なる真似ですが。藤村志保、久保菜穂子、根岸明美、毛利郁子、春川ますみ、と次々にスクリーンに現われては消えていくわけですが、びるぜん志摩役の久保菜穂子をのぞけば、たいした見せ場もなく、感情移入するほどの内面の深みも感じられない。まるで紙芝居だね。  冒頭、ヌードのうしろすがたで妖艶に登場するのは、毛利郁子の菊姫。毛利は大映専属のB級グラマー女優でしたが、のちに愛人刺殺事件で逮捕され、懲役刑に服したまま芸能界から消えた。スタイル抜群。特殊メイクのせいで顔は半分しか見えないよ。  隠れキリシタンの兄を救おうとする小鈴に扮した藤村志保。シリーズ第二作の『眠狂四郎 勝負』で好演をみせた藤村が、ああ、なんとしたことか、本作では脱ぎ要員の恥辱に甘んじています。なんでも、三日にわたって会社側から説得されたうえで、不承不承の現場入り、撮影のときは泣いた由。辛うじて、牢屋の格子で乳首の露出だけは免れています。いまでも藤村志保のまえで本作の話題は禁句だとか。  主演の雷蔵は風格を漂わせて、なかなか好かったなあ。皮肉なことに、旧作のどれよりも原作に忠実な主人公のキャラクターを演じているのが本作。神への不信には、柴錬の太平洋戦争での凄絶な体験が影を落としていると聞いたことがある。さもありなん。最後に、狂四郎の出生にまつわる秘密も明かされます。まあ、原作小説の読者ならいまさらのことではあるけど。それから、秘剣の円月殺法を披露する際に、まるでゴルフのスイングの分解写真みたいに刃先の動きの残影を段階的にとらえる撮影手法は、この作品をもって嚆矢とする。以降、眠狂四郎シリーズの専売特許として、映画ファンのあいだですっかりおなじみですね。  あやうく忘れるところでしたが、第一作の『眠狂四郎 殺法帖』に登場した若山富三郎の唐人陳孫が、まさかの再登場。孫悟空みたいに頭上で棍棒を振りまわして狂四郎に向かっていきます。今回も態度は妙に偉そうだけど、ほとんど本筋にからんでこないのが笑えます。いや、それでも存在感があるのはさすがと褒めるべきか。    それにひきかえ、悪の親玉の備前屋を演じた稲葉義男は小粒。影が薄かった。拍子抜け。
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[023]眠狂四郎 勝負
 「人の世は、所詮、殺し合いだっ!!!」シネマA2007-05-13
 
 市川雷蔵主演の眠狂四郎シリーズ第二作。第一作との違いは、監督が三隅研次、音楽が斎藤一郎に替わったことです。脚本、撮影、美術は前作とおなじスタッフが担当していますが・・・
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 市川雷蔵主演の眠狂四郎シリーズ第二作。第一作との違いは、監督が三隅研次、音楽が斎藤一郎に替わったことです。脚本、撮影、美術は前作とおなじスタッフが担当していますが、娯楽映画としての完成度は前作を上回っています。シリーズだからといって、別に発表順に観る必要があるわけでもないか。  この頃の三隅研次の大映時代劇は秀作が目白押しで、監督として油が乗っていた時期だったとおもいます。本作の狂四郎はまだ、昔からの明朗時代劇の勧善懲悪的なヒーロー像をひきずっていて、私は人物造形に違和感をおぼえるんだけど、作品そのものは一見の価値あり、でしょう。  少年や老人のためにひと肌脱いでやる狂四郎なんて、本来なら柄に合わない気がしますが、かれらが自分とおなじ天涯孤独の身の上であることに共感して、つい深入りしてしまう。そのあたりをくどくど説明せずにセリフでさらりと表現したのは、脚本の星川清司の手柄です。後年、直木賞を受賞した書き手だけのことはあります。  権力の腐敗を憂える老勘定奉行に扮した加藤嘉の演技が絶品。あの独得な声のビブラートこそ、稀代の名脇役の魅力ですね。眼力も強烈。コミカルなやりとりの応酬は、時に主役を喰ってしまうほど緩急自在でした。加藤嘉が破顔一笑したとき、上の歯がごっそり抜け落ちていたことには、びっくり。これって、まさか。やはり、加藤嘉は只者じゃないです。かつて山田五十鈴と所帯をもった豪傑だけのことはあるか。  でも、市川雷蔵の演技が劣っていたわけではないですよ。むしろ、前作よりも役がいっそう身体に馴染んで洗練された立ち居振舞いが見られた。大勢の敵を相手にするときの立ち回りは歌舞伎舞踊を連想させるような。おお、銭湯の男湯で刺客におそわれる場面ではヌードもチラッと披露しています。想像どおりの痩身。近頃の俳優みたいにジムで鍛えたての不自然な筋肉を誇示したりなんかしてません。いかにも二枚目雷蔵らしい端正さだった。  女優陣では、久保菜穂子の豚姫(!)や高田美和のそば屋のおぼこ娘よりも、藤村志保の謎の占い師にいちばん生身の女のにおいを感じました。藤村志保はいつになく色っぽく撮れていたなあ。見直した。最近は美容整形が普及したせいか、藤村志保みたいな一重瞼の美人女優がめっきり少なくなりましたね。なんだか寂しいような気もする。雷蔵と志保の視線が一瞬交差するラストシーンは、さりげない好演出。無言の余韻を噛みしめたい。名匠三隅研次、冴えまくりの巻。  その他の配役では、つねに猫背でとおした須賀不二男の白鳥主膳がよかった。悪党の陰湿ないやらしさをじっとり滲ませるのがじつに上手いよね。観終わって悪役の存在が脳裡にうかぶ娯楽映画は、当たりがほとんどです。
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[024]犬神家の一族
 「次やったら殺すっ!!!」シネマA2007-05-10
 
 角川春樹事務所制作、東宝配給。いわゆる〈角川映画〉の第一弾で、ずいぶんヒットした娯楽作品です。封切り当時の映画ファンの評判はあまり芳しくなかったのを憶えていますが・・・
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 角川春樹事務所制作、東宝配給。いわゆる〈角川映画〉の第一弾で、ずいぶんヒットした娯楽作品です。封切り当時の映画ファンの評判はあまり芳しくなかったのを憶えていますが、ひさしぶりに見直してみたら、いやあ、ちっとも悪くなんかないですよ、これ。  まあ、市川崑監督の1950〜60年代の作品群の才気煥発ぶりと比較すると、客観的な出来映えはやや見劣りするものの、全篇いたるところに凝り性の市川崑ならではのタッチが刻印されていて、邦画好きには堪えられないおもしろさがある。  横溝正史の謎解き中心の探偵小説はかならずしも映画向きの素材ではないとおもいますが、複雑なプロットを器用に脚色していることに感心。撮影、照明、美術などの制作スタッフも一丸となって入念な仕事をしているから気持ちがいい。  石坂浩二が演じた金田一耕助はおっとりした好青年でもちろん悪くなかったけれど、いちばん演技が光っていたのは、犬神松子に扮した高峰三枝子だったかなあ。押しも押されもしない大女優の貫禄を感じさせた。  つぎに印象的だったのは、野々宮珠世役の島田陽子の美しさ。その後いろいろあって、清純なイメージが劣化してしまったことが残念な女優だけど、あの頃はことばをうしなうほどの正統派美人。例の廃屋の場面で、乳首が見えてないようで一瞬だけ映ってしまうのが絶妙です。市川組の長田千鶴子の編集は、なかなか芸が細かい。  それから、坂口良子のおはるさん。忌まわしい連続殺人事件の陰鬱なムードをやわらげるコメディエンヌの役まわりを伸びやかに演じていて好感がもてた。坂口の演技が上手いとか下手とかいうまえに、これはキャスティングの勝利でしょう。  脱ぎ要員の大関優子(のちの佳那晃子)の出番は、回想場面だけだったんだなあ。しかも、セリフなし。なかなか贅沢な起用。  女優陣に比べると、次々に殺されていった男優たちは、死にざまがやたらと派手な反面、どうも演技の印象が薄い。むしろ、脇をかためたベテランのバイプレイヤーたちがいい味をかもしだしてましたね。三木のり平、大滝秀治、草笛光子、小林昭二といった名脇役たちが、毎回どこかで、ひょっこり顔を見せるのが、この石坂金田一耕助シリーズのお約束でもあります。    ただ、横溝先生のちょい役出演はお遊びとして許せるとしても、プロデューサーの角川春樹の刑事役はいただけないですね。あの「わかった?」っていうだけの無意味なセリフはなんとしても編集の段階でカットしてもらいたかった。画竜点睛を欠くとはこのことです。恥を知れ。素人さんは分をわきまえないと駄目。
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[025]眠狂四郎 殺法帖
 「この世にもう美しいものはないのか?!」シネマA2007-05-07
 
 市川雷蔵の当たり役だった眠狂四郎を主人公に据えた娯楽時代劇シリーズの第1作です。それ以前に、じつは鶴田浩二が演じた作品も存在しますが、柴田錬三郎の原作小説の、あの・・・
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 市川雷蔵の当たり役だった眠狂四郎を主人公に据えた娯楽時代劇シリーズの第1作です。それ以前に、じつは鶴田浩二が演じた作品も存在しますが、柴田錬三郎の原作小説の、あのクールで虚無的なダーク・ヒーロー像を等身大で演じきった映画スターは雷蔵を措いて他にはいませんね。  この1作目は、世評では不人気なようですが、私は極上の出来とまではいえないまでも、雷蔵ファンはもちろん、シリーズのファンなら必見の娯楽映画だと考えています。すくなくとも3回は観てるはず。  おそらく、のちの作品と比較して主人公の人物造形の線が細くて不安定なことが最大の減点理由かとおもわれますが、これは眠狂四郎のキャラクターが確立するまでの前日譚とおもえば、さほど違和感がないのではないでしょうか。ちょうど、洋画の007シリーズにおけるダニエル・クレイグ主演の『カジノ・ロワイヤル』(2006)のような位置づけである、とでも説明したら、いまの若者には理解しやすいかもしれない。  幼児期の狂四郎を育てた老師空然(荒木忍)が飄然と現われたり、狂四郎が円月殺法に開眼したときの回想場面が挿入されたりするのが貴重。主人公が加賀前田藩の屋台骨を揺るがしかねない密貿易にからむ暗闘に巻き込まれていく、という大風呂敷の広げかたも悪くない。  なんたって、中村玉緒の熱演と若山富三郎(当時は城健三朗)の怪演が見どころ。狂四郎の最愛の女性となる薄倖なヒロインの千佐に扮した玉緒は、この頃が美貌の絶頂期だったような気がします。とにかく優艶であるうえに、さすが名優中村鴈治郎の娘だけあって芝居も物怖じしない。キャメラが左右45度に傾いたアングルのクライマックスでのセリフまわしは気迫に満ちていた。  若山富三郎が演じた唐人の陳孫も個性的。少林寺拳法の達人という設定ですが、柔道の投げわざみたいな殺陣を連発。そうかとおもえば、いきなり、平安神宮かどこかの石灯籠に蹴りをいれて割ってしまいます。狂四郎との勝負の決着はなんか微妙だけど。真剣にコワモテを演じているのに、どこか笑いを誘ってしまうという奇妙な味わいが好ましい。  演出は田中徳三、撮影は牧浦地志。古いチャンバラ時代劇の型をいまだ引き摺ってはいますが、ところどころ考え抜かれたキャメラワークが見られて興味深い。星川清司の脚本は、演劇調のセリフが目立った。展開はやや拍子抜けだったかなあ。小杉太一郎の音楽にストラヴィンスキーのバレエ音楽を連想させる個所があるのはご愛嬌。伊福部昭をはじめ、わが国にはストラヴィンスキーやバルトークの影響をもろに受けてる映画音楽の作曲家って、何人かいますよね。
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[026]人妻家庭教師 濡れしぐれ
 小川欽也は大蔵映画の《生きた化石》か?シネマA2007-04-09
 
 これは小川企画プロ制作、大蔵映画配給のピンク映画です。監督の小川欽也は1960年代に大蔵映画で低予算のしょぼい恐怖映画を何本も撮っていた人。たとえるなら、日本のロジャ・・・
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 これは小川企画プロ制作、大蔵映画配給のピンク映画です。監督の小川欽也は1960年代に大蔵映画で低予算のしょぼい恐怖映画を何本も撮っていた人。たとえるなら、日本のロジャー・コーマンといったところかな。  けれど、別に褒めているわけじゃないですよ、当時の作品を。妙な期待は、はじめから持たないほうがいい。私は『生首情痴事件』(1967)くらいしか観てないけど。もし再上映の機会でもあれば、好事家はぜひどうぞ。とでもいっておけば無難か。  で、いまも現役監督としてピンク映画を定期的に撮っているのはすごい。作品数はとうに400本の大台に乗っているらしい。いったい、お歳はいくつなんだろう。すでに七十歳は越えているでしょうが。  たまたま『人妻家庭教師 濡れしぐれ』(2000)を観ることができた。主演は椎名絵里香。一頃はエロVシネマに立て続けに主演していた元レースクイーンのモデル嬢だとか。ピンク映画への出演は他にもう一本あるきり。ファンにとっては貴重。その後、いつのまにか引退したみたい。  失業中の夫が再就職の口を探してるあいだ、元高校教師の妻が内助の功とばかりに家庭教師のアルバイトに励みながら、さまざまな情事を体験するというお話。脚本の水谷一二三は小川のペンネームです。撮影現場でいきあたりばったりに撮ったような展開。セリフにも工夫がない。  椎名絵里香の濡れ場はかなり気合が入っています。Vシネよりも露出度が高いうえに激しい絡み。佐久間栄一の撮影は並み。照明が暗めな場面が多いのと、たまにピントが甘くなるのは減点。それに、男優のお尻はいちいち撮らなくてよろしい。見たい人はあまりいないとおもいますよ。編集はお粗末。意味のないくりかえしが多いぞ。舐めるな。  二人の助演女優は椎名絵里香よりだいぶ見劣りします。江本友紀は場末の飲み屋のホステス風の年増。小池結は地方都市の駅の周辺にたむろする不良女子高生をスカウトしてきたみたいな小汚さ。  ベテラン男優の久須美欽一がヒロインの同僚だった初老の教師の役で助演していたけど、この人も相当なお歳じゃないの。昔から、しつこい指責めが売り。お仕事とはいえ、久須美にぺろぺろ舐めまわされていた椎名絵里香がちょっと気の毒。でも、根性でよくがんばった。   まあ、娯楽映画として観るならば、意欲に欠けた凡作、というかほとんど駄作でしょう。でも、ポルノグラフィーとしての商品価値はちゃんとあります。しかるべき目的を持って、割り切って見るぶんにはあり、かもしれない。  とりあえず、椎名絵里香ファンなら見ておいて損はないんじゃないかしら。
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[027]どろろ
 ♪ほげたら〜 ほげたら〜♪シネマA2007-03-15
 
 塩田秋彦監督の実写版アクション時代劇映画『どろろ』(2007)が劇場公開されて興行成績もまずまずなんだそうですが、手塚治虫の原作マンガに親しんだ世代にとっては、なつか・・・
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 塩田秋彦監督の実写版アクション時代劇映画『どろろ』(2007)が劇場公開されて興行成績もまずまずなんだそうですが、手塚治虫の原作マンガに親しんだ世代にとっては、なつかしいけれどそんなにうれしくもないような、屈折した気持ちかな。まあ、あれは細部にわたって大胆に改変された別物ですけどね。だからといって否定するつもりは毛頭ないですよ。  だけど、手塚治虫の原作をろくに読んだこともない(としかおもえない)筆者による紹介記事が巷に横行している現状には呆れ果てています。特に「手塚治虫の最高傑作とも言われている怪奇漫画」なんてあちこちに書き散らしてる無知なライター(?)には反省をうながしたい。そんな評価は初耳。典拠を示してほしいものです。  現代の若者たちが誤解するといけないので、ごく簡単に訂正しておきます。『どろろ』は手塚治虫の長年の創作活動における低迷期の試行錯誤の産物といえます。不人気ゆえに少年サンデーの連載を打ち切られたという経緯がある。社会問題と化していたベトナム戦争と学生運動をもろに反映した暗鬱な内容が敬遠されたのか。当時の青少年に支持されていた水木しげるの妖怪マンガと白土三平の時代劇画にあきらかに影響されていることは興味津々。時代を映す鏡という意味で、映画とマンガは似てますね。  駄作ではなかったと私は考えています。未完成とはいうものの、ほぼ同時代に読んで興奮をおぼえましたから。原作者の構想なかばに中絶した『どろろ』の全貌を知りたい人には、ぜひ1969年にフジTV系列で放映されたアニメ版『どろろ』を通して視聴することをおすすめします。これもまた当初の予定より短縮されているとの説もあるようですが、現行のマンガ版よりは長さがあるのでおよその全体像は浮かび上がってくるはず。じつは、ギリシア悲劇の『オイディプス王』を下敷きにしているといってみたくなるほどのダイナミックな構成です。  今回の映画化に便乗するかたちで、朝日ソノラマから辻真先『小説 どろろ』(1969)の復刻版が出版されました。手塚治虫の〈原作者のことば〉が巻頭に掲げられています。 「ぼくが描きたかったのは、戦争で両親を失った孤児“どろろ”と戦争を引き起こした連中の犠牲者“百鬼丸”が、自分のためならどんな非道でもする“妖怪ども”を相手に、危険や苦しみに屈せず、希望を持って生きて行く姿です。  つまり、いつの時代にもある“不正”と戦う“若者たち”を描きたかったのです」  参考までにと考えて引用させていただきました。少年時代は散々イジメにあっていたという戦中派の手塚治虫らしい不屈の精神が伝わってきます。ただし、辻真先のノベライゼーションの結末は原作やアニメ版とは異なっているので要注意。
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[028]風に逆らう流れ者
 「ちくわが食べたかったら私に言いなさい」シネマA2007-03-06
 
 マイトガイ小林旭主演の《流れ者》シリーズ第五作にして最終作です。作品の出来はまあそこそこという感じかなあ。もちろん旭ファンならかなり愉しめる内容だといって憚らない・・・
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 マイトガイ小林旭主演の《流れ者》シリーズ第五作にして最終作です。作品の出来はまあそこそこという感じかなあ。もちろん旭ファンならかなり愉しめる内容だといって憚らないですが、アキラ映画の初心者にファーストチョイスとしてお薦めするほどではない。  もっと面白いのが他に何本もあります。そうですねえ、《流れ者》シリーズを例にとれば、まずは『南海の狼火』か『大暴れ風来坊』のどちらかを観たほうが、日活無国籍アクションの世界観をすっきり理解しやすいという気がしますよ。  旧作からの人物設定とプロットの使いまわしの継ぎはぎが目立つのは、この手のプログラムピクチャーの常套です。私は娯楽映画のマンネリズムが必ずしも悪いとは考えていない者ですが、本作では結果的にマイナス面にばかり目がいってしまうことが残念(以下、若干ネタバレあり)。  ギター弾きの野村浩次(小林旭)は旅の途中で旧友の瀬沼を訪ねる。しかし、瀬沼は勤務先の火薬工場で謎の爆死を遂げていた。瀬沼の遺児の信夫(島津雅彦)を育てる妹の杏子(浅丘ルリ子)の窮地をたまたま救ったのが縁となり、野村は旧友の汚名を返上しようとして事件の背後のからくりに迫っていく。  主人公の名前を野村浩次から滝伸次に変えれば、そのまま《渡り鳥》シリーズの1本として通用しそうなストーリー。脚本は山崎巌。やっつけ仕事。例によって地方ロケでタイアップしている。今回は愛知県の豊橋と蒲郡です。  三谷温泉の大浴場でヤマサのちくわの主人と知り合い、豊橋名産ヤマサのちくわ本店の二階に逗留することになるという、最近のテレビの二時間サスペンスドラマを先取りしたかのごとき見えみえの宣伝に脱力してしまった。定番の祭りの場面では、お囃子の櫓のうえで小林旭が《豊橋音頭》を朗唱しています。この地方のお祭りを見たのはこれが初めてです。  マイトガイ小林旭のライバル役といえば、エースのジョーこと宍戸錠を措いて他に考えられませんが、主として日活の社内事情で宍戸錠が主演クラスに昇格したために、本作では、主人公と敵対する用心棒ガンマンの拝島を神山繁が演じています。神山も味のあるバイプレイヤーですが、小ぢんまりしていて地味。ここはひとつ、豪快でふてぶてしい笑顔が似合う好漢の錠さんで観たかったところ。  浅丘ルリ子と白木マリは当時のアキラ映画のレギュラー出演者。毎回おなじような役柄で手馴れています。奇妙な日本語で喋る外国人に扮した藤村有弘も準レギュラーみたいなもの。山内明と近藤宏もおなじみの悪役の面々。楠侑子は重要な役どころだったわりに華を欠いたかな。島津雅彦は晩年の小津映画でよく見かけた子役ですね。  山崎徳次郎はB級プログラムピクチャーの職人監督。省略の利いた場面転換のしかたに特徴がある。唐突なカットのつながりが時として微妙だったりするのも芸風か。私は嫌いじゃないですよ。美術は木村威夫。瀬沼家の間取り、調布の撮影所につくられたナイトクラブの内装の手摺りの曲がりぐあい、ロケシーンの小汚い船の奇妙な手摺りのデザインなどに、木村らしい個性の片鱗がかいま見られるようで興味深い。
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[029]四畳半襖の裏張り
 「どこまで行きつくんですかあ、旦那」シネマA (Mail)2007-02-28
 
 かつては神代辰巳監督作品といえば、なにを観ても不愉快になるばかりで、なんでこんなに評価が高いんだろうと内心では怪しんでいた私でしたが、多少は人生の修羅場(?)をくぐ・・・
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 かつては神代辰巳監督作品といえば、なにを観ても不愉快になるばかりで、なんでこんなに評価が高いんだろうと内心では怪しんでいた私でしたが、多少は人生の修羅場(?)をくぐって大人になったせいでしょうか、あらためて見直してみると、透徹した人間観察の奥深さに瞠目させられます。  さしずめこの作品あたり、神代辰巳の最高傑作といえるのではないかしら。永井荷風の作と伝えられる発禁ポルノ小説『四畳半襖の下張』を下敷きにして監督みずからシナリオを練りあげた。1973年のキネ旬邦画ベストテンでは第6位にランキングされていますね。海外では《The World of Geisha》というタイトルで紹介されているらしい(以下、ネタバレあり、です)。  大正時代の米騒動の頃の東京は新橋界隈の花柳界が舞台。遊び人の信介(江角英明)と芸者の袖子(宮下順子)の交情を主軸に、半玉の花丸(芹明香)に芸を仕込む年増芸者の花枝(絵沢萠子)の日常、シベリアに出兵する幸一(粟津號)と恋人の夕子(丘奈保美)の束の間の逢瀬、酒席の座興で首を吊らされる幇間のぴん助(山谷初男)の災難、といったエピソードが配されて絶妙なカットバックで進行します。名人芸と評するほかない熟達した編集は、ご存じ鈴木晄。  いきなり、キャメラの長まわしと横の移動に引き込まれる。姫田真佐久らしい端正で鋭利な撮影といい、低予算ながら行き届いた菊川芳江の美術といい、トーキー初期に『浪華悲歌』や『祇園の姉妹』を撮った溝口健二監督の霊魂が神代辰巳に乗り移ったか、と軽口を叩きたくなるほどの出色のできばえ。そのぶん、ポルノグラフィとしての満足度は総じて低くなったけれど、私はいっこうに気にならぬ。  サイレント風の字幕をリズミカルに挿入したことも活きた。いわく「男は顔じゃない」「男の顔はお金」「ああ、××ます、××ます」「行きつく先は色地獄」なんていう類い。「女房は三度の飯なり。しかし、屋台の立喰い、わすれがたき味あり。此の理(ことわり)知らば女房たるもの、何ぞ嫉(や)くに及ばんや」という擬古文の原作からの引用もおもしろい。そのほかに当時の報道写真も活用されていた。  宮下順子は怖いくらいの名演技です。抑制のきいた、しなやかなセリフ廻しに色気をやんわり滲ませていて油断ならない。信介との初会の床入りでは、ちらちらと横目で客を品定めする一方で、甘えたり拗ねたり恥じらったりしてみせる玄人っぽいしぐさがリアル。蚊帳のなかで、いつしか燃えあがり取り乱していく姿態がこれまたリアル。障子の明るさの微妙な変化。長時間の濡れ場には必然性がありました。  絵沢萠子と芹明香のやりとりも強烈な印象を残します。お茶を挽いてる先輩から執拗にしごかれても、すっとぼけてやり過ごすオボコ娘のけなげさ。わざと深爪を切ってやって仕返しするしたたかさ。玉子や紙の笛の玩具であそこの締まりを鍛えさせられるとは大変な稼業です。すこし笑わせてしんみりさせる。人生のささやかな実相をあっさり描いて突き放す。  男優陣も負けていない。江角英明は、裕福な遊び人特有の駄目さ加減というか、じつにイヤミな無神経さと狡さをさりげなく露呈させていたのが心憎い。「俺、なまけもの」なんていって全裸の股間を扇子で隠したまま片手で鴨居にぶら下がって自嘲。山谷初男が演じた哀れな幇間も忘れられないおバカさんです。出兵前に幼馴染みの丘奈保美に会いに来る粟津號の冴えない兵卒は、あの必死な形相の涙がなんともいえなかったな。いつも時間に追われていて、三こすり半で終わってしまう。男って、肝腎なときにだらしなかったりする。誰もが滑稽でせつない。  宮下順子と丘奈保美と芹明香の三人の女優たちが一本道ですれちがったり、あちこちで交錯したかとおもうと、天井の蝿を取っている絵沢萠子を映し出して映画は唐突に幕切れとなる。あとには嘆息あるのみ。鮮やかなお手並み拝見。濃密な72分。淫らで喜劇的な色模様。  男女を問わず、大人の映画ファン限定でお薦めしておくことにします。まあ、娯楽作品にしてはいささか身につまされて辟易する物語かもしれませんが、日本映画史上の不朽の名作のひとつだと私はおもいます。
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[030]スザンヌ・プレシェット
 美人なだけでは女優は大成しませんね……シネマA2007-02-25
 
 いまでは忘れ去られた感がある美人女優。デルマー・デイヴィス監督・脚本の『恋愛専科』(1962)で共演したトロイ・ドナヒューと結婚した頃はかなり人気があったはずなんだけ・・・
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 いまでは忘れ去られた感がある美人女優。デルマー・デイヴィス監督・脚本の『恋愛専科』(1962)で共演したトロイ・ドナヒューと結婚した頃はかなり人気があったはずなんだけど。たしか、8ヶ月ちょっとで離婚したんでしたっけ。  なんとなく外見が似てるとかで、エリザベス・テイラーの再来なんて一時期もてはやされたことが不利に働いたかもしれない。かのポール・ニューマンでさえ、新人の頃は、マーロン・ブランドの亜流に過ぎないなどと陰口をたたかれて相当に苦労したそうだから。  スザンヌ・プレシェットは舞台経験も積んでいて、決して演技下手ではなかったとおもうけれど、やはり抜きんでた何かが欠けていたのか。ヒッチコックの『鳥』(1963)に助演で出ていた女優、といったところで記憶に留めている人は少数かもね。あれは情けない死にかたでした。  やがて1970年代以降はシネマからテレビへと活動の場を移していき、生彩を欠いてしまったみたい。近年のお仕事では、宮崎アニメ『千と千尋の神隠し』(2001)の英語吹替版で《湯婆婆》のアテレコをしてましたっけ。まあ、六十代なんだから年相応というべきか。
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