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 「ピヨコ」さんのコメント一覧 登録数(25件)rss
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[001]パンチドランク・ラブ
 すぐれたユーモアのセンスピヨコ2006-06-16
 
冒頭のシーンには、たまげました。 早朝の静かな道路で、走行中の車が突然に大破する。 その直後に、一台の古風な足踏みオルガン(ハーモニウム)がさり気なく捨てられる。 こ・・・
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冒頭のシーンには、たまげました。 早朝の静かな道路で、走行中の車が突然に大破する。 その直後に、一台の古風な足踏みオルガン(ハーモニウム)がさり気なく捨てられる。 この場面は、単に奇抜であるというだけではなく、ユーモラスな形で、バリーという男の内面を実に上手く示しています。 車の突然の大破に観客が度肝を抜かれるように、バリー自身も自分の内側に突然沸いてくる破壊的な衝動に面食らっているに違いありません。 さらに、古風なオルガンが観客にとって不可解であるように、バリーは、自分の中の愛情を求める優しい気持ちに当惑し、あるいは、もしかしたらそんなセンチメンタルな優しさが自分の中にもあるなどとは気づかずにさえいるのでしょう。 バリーがオルガンを拾うのが、リナとの初めての出会いの直後であるというのも、なかなか気が利いています。 リナとの出会いによって、やがてバリーの中にも音楽が鳴り始める。 古臭い足踏みオルガンによって奏でられる音楽は、決して誰にでも聞かせられるような粋なものなどではないけれども、不器用極まりないバリーにとっては、美しくかけがえのないもののはずです。 大団円で、バリーはオルガンを抱えたまま、リナの部屋まで息せき切って走る。 きっとバリーにとって、一世一代の恋は、重いオルガンを持ったまま走ることに匹敵するような、どこか滑稽で涙ぐましく、それでいながらそうせずにはいられないような力強い何ものかであったのです。 観ていて、バリーのことが、何ともいとおしくなってしまいました。 洗練されたユーモアがあり、しかも後味のとてもよい作品でした。
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[002]うちへ帰ろう
 思わず泣いてしまったピヨコ2006-04-05
 
映画の終盤、お悔やみを言いに来た父にデボラが怒りをぶつける場面、その直後に妹や弟から悪かったのは父親だけではなかったことを知らされて、デボラが父親に自分の苦しみを訴・・・
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映画の終盤、お悔やみを言いに来た父にデボラが怒りをぶつける場面、その直後に妹や弟から悪かったのは父親だけではなかったことを知らされて、デボラが父親に自分の苦しみを訴える場面、……このあたりでは思わず私まで泣いてしまいました。 男にも逃げられて未婚の母として踏ん張りを見せるデボラの心には、いつも強烈な怒りがありました。 残念ながら人間には、愛されていないというただそれだけの理由で、自分で自分が始末に負えなくなるようなところがあります。 息子にやたらと厳しいのも、本人の言葉がどうあろうと、デボラが心に怒りを抱え込んでいればこそのことでしょう。 もしかしたらデボラは、何か不幸なことがある度に父親のことを思い出して、自分の不幸の源泉が父親に捨てられたことにあるかのように感じてきたのかもしれません。 妹たちや弟の優しさがこの作品の救いです。 平成17年度に観た400本強の作品の中では、最も心が痛んだ作品でした。
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[003]神に選ばれし無敵の男
 ラストが……ピヨコ2005-11-30
 【ネタバレ注意】
あれっ、という感じで終わりますね。 ジシェは作中で、現代のサムソンと呼ばれています。 「士師記」中では、サムソンは散々大暴れをした挙句に、ペリシテ人を巻き添えにして悲惨・・・
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あれっ、という感じで終わりますね。 ジシェは作中で、現代のサムソンと呼ばれています。 「士師記」中では、サムソンは散々大暴れをした挙句に、ペリシテ人を巻き添えにして悲惨な死を迎えます。 てっきりジシェも、ドイツ兵が攻め入ってきた後にひと暴れし、銃殺でもされるのかと思っていました。 自分で足に刺した釘がもとで死ぬというのは、ちょっと拍子抜けです。 ところで、分からないのがジシェの夢の中に出てくる蟹の群れです。 野暮を承知で言えば、蟹の群れがユダヤ人を象徴しているというのは、まあ間違いないでしょう。 列車に轢かれそうになる蟹の群れを前にジシェが勇ましく立っているのは、ペリシテ人ならぬナチのファシズムからユダヤ人を守ろうとしているのでしょう。 ジシェが死の床にあって見ている夢は、「出エジプト記」あたりを連想させます。 ただ、ユダヤ人を蟹に見立てるというのは、どうも出典がよく分からない。 出典などないのかもしれませんが、もし知っている方がいらっしゃれば教えてください。 ジシェがマルタへ贈り物をする場面は、思わずキュンとしてしまいました。 少し調律の狂ったピアノで弾く協奏曲もそれらしくて良いです。 ああいう贈り物をされたら、それこそ一生忘れられません。
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[004]イザベル・アジャーニの 惑い
 なかなかですピヨコ2005-11-29
 
原作『アドルフ』は、コンスタンによる一人称小説です。 当然、作品は男の側の視点から描かれています。 本映画の見所の一つは、かなり女性側に寄った視点から2人の関係が捉え・・・
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原作『アドルフ』は、コンスタンによる一人称小説です。 当然、作品は男の側の視点から描かれています。 本映画の見所の一つは、かなり女性側に寄った視点から2人の関係が捉えなおされていることでしょう。 観ていて、いつの間にか女性の側から感情移入していました。 その昔原作を読んだときには、書かれている通り、男性側の視点から読んでいました。 イザベル・アジャーニの力量や存在感は、なかなかたいしたものです。 ただ、原作が心理小説であることを考えると、こういう映像作品の限界といったものも感じないわけにはいきません。 もっぱら主人公の行動を描くアクションものや、大スペクタクルを描くには、小説よりも映画という表現媒体の方がふさわしい。 一方、主人公らの心理の微妙な綾を描くには、映画はやはり小説に一歩譲ります。 原作では、主人公らの心理が仮借なく描かれ、その冷徹さゆえに、読後に心に深く焼き付けられるものが残る。 それが映画になってしまうと、どうしても払拭しきれない感傷が残ってしまいます。 また、本作の邦題については、いささか首をかしげざるを得ないものがあります。 例えば『ローマの休日』を『オードリー・ヘップバーンの脱走』と名付けるようなもので、どうもピントがずれている。 おそらく『アドルフ』では客が集まらぬと考えたのでしょう。 それにしても、もう少し考えようがあろうというものです。 作中に幾度となく流れるシューマンのピアノ五重奏もなかなか効果的でした。 蛇足を加えると、コンスタン自身は時代が少しずれるので、シューマンのこの曲は聴いたことがないはずです。 まあ、どうでもよいことですが……。
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[005]グリーン・デスティニー
 一種、難解ですねピヨコ2005-11-27
 
どうもこういう武侠物は退屈です。 観ている間、あまりに退屈なので、もしかしたらこの作品の真意は次のようなものではないかと忖度して、一人で笑ってしまいました。 ――――――― ・・・
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どうもこういう武侠物は退屈です。 観ている間、あまりに退屈なので、もしかしたらこの作品の真意は次のようなものではないかと忖度して、一人で笑ってしまいました。 ――――――― リー・ムーバイは修行に飽き飽きして山を降りてきた。…… 思いっきりはちきれたい。 剣は人にあげてしまおう。 死んだ旧友の女シューリンが煩く言うと困るので、瞑想している最中に思うところがあったということにする。 剣を人にくれてやったところ、早速盗まれたらしい。 価値のある剣なので、大騒ぎになってしまった。 やれやれだ。 ところが盗人を捕まえてみたところ、これがまたちょっとした別嬪であった。 俺の女、いや間違えた、俺の弟子になれ。 娘は生意気にも断った。 どうやら娘を教えたのは、碧眼孤らしい。 婆め。 一応師匠の敵であり、シューリンの許婚を殺した奴でもある。 師匠だの、ましてやオールド・ミスのシューリンの仇であることなど今更本当はどうでもいいが、ともかく婆を殺せば小娘イェンは俺のものだ。 早くピチピチ・ギャルを抱きたい。 俺の青春は修行に捧げられて真っ暗だ。 しかも生娘だと思っていたイェンにも、実は男がいたらしい。 畜生、こうなったら、力ずくで抱くまでだ。 ほれほれ、あと一歩、……というところで、また婆の邪魔が入る。 イェンを見つけると、婆に阿片を吸わされていた。 婆が襲ってくる。 殺してやる。…… しかし、婆の放った毒針に刺されて、碧眼孤とムーバイは相打ちになる。 死に際に枕元にいたのは、説教臭いオールド・ミスだった。 ああ、こんなことになるなら、こいつでもよかった。 ――――――― 私としたことが、こんな下品なことを考えてしまうとは……。 全てこの作品が退屈なのが悪いのです。 どうか気になさらないでください。
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[006]Kids Return キッズ・リターン
 青春物ピヨコ2005-11-27
 
エンターテイナとしての北野監督の面目躍如たるものがあります。 相変わらず少し大味な感じはあるものの、物語には引き込まれました。 特に、脇役のハヤシの存在がいいです。 ・・・
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エンターテイナとしての北野監督の面目躍如たるものがあります。 相変わらず少し大味な感じはあるものの、物語には引き込まれました。 特に、脇役のハヤシの存在がいいです。 ボクサーとして大成しそうなシンジに親切めかして近づいて、酒だの何だのと勧める。 かつて栄光の座にいたハヤシは、本当は嫉妬の塊のくせに、そ知らぬ振りをしてさりげなく周りの人間の足を引っ張る。 見ていてイライラさせられる、……ということは、私自身が北野監督と俳優の罠にはまってしまったというわけです。 冒頭と最後で自転車を乗り回す場面、……あの場面は本当は、校庭で自転車を乗り回すという同じ情景であるにもかかわらず、観客には全然違った印象が残る……はずなんだろうと思います。 しかし、私には正直なところ、最初と最後の場面に大きな心理的落差を感じることが今一つできませんでした。 役者の力量の問題もあるのか、あれだけ大きな経験を色々してくれば、笑い顔一つでも全然違ってきそうなものです。 笑いの底に悲哀がない。もう少し表情が二重にかぶってもよかった。 あれでは高校を卒業して、せいぜいニ・三ヵ月しか経っていないかのように見えます。
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[007]幸福の条件
 夢が醒め始める頃ピヨコ2005-11-27
 
解釈によっては、中年にさしかかろうとする夫婦の危機を、戯画化して描いたものだとも言えます。 愛し合って駆け落ちまでして結婚した夫婦の関係が、経済的な問題から破綻して・・・
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解釈によっては、中年にさしかかろうとする夫婦の危機を、戯画化して描いたものだとも言えます。 愛し合って駆け落ちまでして結婚した夫婦の関係が、経済的な問題から破綻していく。 無我夢中だったころとは違って、色々現実的な問題が見えてくる。何とかしたい。 こういう状況下に100万ドル提供の申し込みがある。 しかも、突拍子もない申し込みとは言え、やがて億万長者の真剣な気持ちも見えてくる。 こういう状況で心の揺れない人間などいないはずはない。 夫婦が今まで積み上げてきたものが何だったのか、ここで試されているわけです。 ちなみに、最後の台詞は、デミ・ムーアが監督を拝み倒して入れさせたものらしい。 Have I ever told you I love you? 台詞だけ見ると、何と言うこともないものの、あの最後の場面にはめ込まれると、なかなか効いてきます。 特に伏線が何度かきちんと張ってあって、この台詞が語られるとき、観客に今までの2人の関係が思い返されることになる。 名台詞というのは、やはりこうでなくてはいけません。 ところで、前々から思っていたのですが、上にあるような作品解説は、どうにかして欲しいものです。 私たちと違って、仕事で書いているはずです。 もう少し中立的な解説を書くべきです。 「2001年宇宙の旅」だとか、「ベニスに死す」だとか、いかにも哲学臭・文学臭のする作品になると、さも利いたようなことを書き立てる。 一方で、こういうエンターテイメント性の強い作品になると、「“愛はお金で買えるか?”というメッセージの作品にしては、話の展開もおめでたく」とくる。 私に言わせれば、解説者の方が余程おめでたい。
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[008]春の日は過ぎゆく
 こぼれたミルクは……ピヨコ2005-11-20
 
印象的な場面が結構ありました。 サンウは、ウンスが音楽評論家と飲んでへべれけになって帰ってきた夜、「つらいの? つらいんだね」と介抱する。 この後まもなく、サンウの・・・
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印象的な場面が結構ありました。 サンウは、ウンスが音楽評論家と飲んでへべれけになって帰ってきた夜、「つらいの? つらいんだね」と介抱する。 この後まもなく、サンウの荷物は出て行けよがしに玄関にまとめられている。 ウンスは、音楽評論家の方が好きになってしまったというより、幸福になりそうになるとどうしても壊さずにはいられなくなるのでしょう。 ウンスと音楽評論家のあとをつけたサンウは、黙ったまま、ウンスの車に傷をつけます。 どんな御託を並べてみても、恋にはやはり勝負事に似たところがある。 ある意味で、ウンスはこのとき自分の負けを認めてしまったわけです。 最後の方で2人は再会します。 別れ際、サンウは何か言いた気にしながらも、ただ黙って自分の中の葛藤に耐えている。 この場面は、かなり胸につまされるものがありました。 あの辛さ、悔しさ、……思いっきり分かってしまうのでした。 サンウがかつてのように無邪気に誰かを好きになることは、おそらくもう二度とないのです。
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[009]ロスト・メモリーズ
 アイデア倒れかピヨコ2005-11-18
 
日本を題材に組み込んだ作品には、あまり良いものは見当たりません。 比較的最近話題になった作品では、例えば『ラストサムライ』があります。 日本人とインディアンがほとん・・・
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日本を題材に組み込んだ作品には、あまり良いものは見当たりません。 比較的最近話題になった作品では、例えば『ラストサムライ』があります。 日本人とインディアンがほとんど同一視されているという風な作品で、おそらく『ラストインディアン』という映画を製作しても、似たり寄ったりの作品になるに違いない。 もう少し遡って、しかもさらに救い難いものであれば、例えば龍小李主演の『ドラゴン 怒りの鉄拳』があります。 日本のヤクザ映画にも見られるある種の型を踏襲しています。 主人公は本当は良い人なのだが、悪党があまりに不当に主人公をいたぶるものだから、止むを得ず暴力を振るったという型です。 悪党を日本にすれば『怒りの鉄拳』が出来上がります。 まともな映画もないわけではなく、例えば『トラ・トラ・トラ!』という作品がある。 1970年、上記『怒りの鉄拳』の2年前の作品で、真珠湾奇襲までの経緯が、珍妙なヒロイズムなしに醒めた視線で描かれている。 映画で扱われた場面以降の主人公たちの行く末を思うと、妙に悲しくなってしまう映画でした。 さて、本作がまともな部類の作品かと言えば、どうも疑問です。 何よりも、朝鮮系の主人公坂本に魅力がない。 日本に飼い殺されている。 どうせ父親同様に「裏切る」ことになるのであろうということは、観客には見え透いているにもかかわらず、坂本本人は理解していない。 のび太でもあるまいし、主人公が観客より根本的に馬鹿であっては話にならない。 はじめから、坂本が日本側に潜り込んでいたスパイであったとでもしておけば、余程リアリティもあったでしょう。 あるいは『シュリ』のように、作品の中でもっと坂本の恋をきちんと描きこむべきだったのかもしれません。 少なくとも、そこだけでもきちんと描き込んであれば、現実政治的問題に関する粗末な描写を多少とも覆い隠せたかもしれません。 結局、坂本と別世界で結婚することになるらしい女が何者なのかについては、最後までよく分からぬままです。 どうやら女の方では、坂本のことをよく知っているらしい。 これでは坂本がますます木偶の坊に見えてしまいます。 また本作品は、伊藤博文暗殺が失敗し旧体制が維持されていれば、日本にとっては良いこと尽くめであるかのように描かれています。 そんなことはない。 大日本帝国憲法が効力を持ち続けていれば、天皇主権で徴兵制度もある。 財閥や地主も大手を振るっているため、経済力もむしろ現在より弱かったかもしれない。 ただし、一応は日本が悪者になり過ぎないように気を使ってあります。 得体の知れぬオジサンが、坂本に南北統一だのアジアの手本だのという夢のような話を語る。 この場面は、作品全体にとって一種の免罪符となっています。 いま南北が統一すれば、朝鮮半島に経済的混乱が起こり、アジアの手本としての朝鮮どころの騒ぎではなくなるということぐらいは、たとえ夢遊病患者にでも分かる。 敢えてこういう夢物語を挿入したのは、好意的に取れば、この作品全体が夢物語であることを強調するためだと解釈できるかもしれません。 作品全体が夢物語なら、たとえ日本が悪く描かれているように見える部分があったとしても、所詮は夢物語の中の話として済ませられるわけです。 全体的に言って、どうもアイデア倒れの感があっていただけません。
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[010]オアシス
 一見の価値ありピヨコ2005-11-14
 
凄い作品です。 公開コピーでは、純愛がどうのという安っぽい詠われ方をしている。 どこの頓馬がこういう公開コピーを付けたのかは知りませんが、決してコピーにあるようなセン・・・
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凄い作品です。 公開コピーでは、純愛がどうのという安っぽい詠われ方をしている。 どこの頓馬がこういう公開コピーを付けたのかは知りませんが、決してコピーにあるようなセンチメンタルな作品ではありません。 二流・三流の映画は、観ているときにはそれなりに楽しくても、後で真面目に振り返るといかにも馬鹿らしい。 優れた作品であればこそ、振り返って心の内で反芻する気にもなる。 本作品は、鑑賞後に何を考えるにせよ、ともかく一見の価値があります。 前半、出所間もないジョンドゥを描いた場面は、いささかダレ気味の感があり、正直なところイライラさせられました。 ジョンドゥとコンジュが、互いに「姫」や「将軍」と呼び合うあたりから、次第に目が話せなくなります。 一歩間違えばメロドラマの結末に堕す危険もあるジョンドゥの脱走場面は、好意的な見方をすれば、前半で執拗にジョンドゥの馬鹿さ加減を見せ付けられたからこそ、説得力を持ったとも言えます。 いずれにしても、前科者と脳性麻痺の愛を、感傷を押し付けることなく描く手腕は見事です。 コンジュを演じたムン・ソリには、敬意を感じます。 本作の持つ圧倒的な力は、シナリオもさりながら、ムン・ソリの演技によるところが大きい。 生半可な女優ではありません。
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[011]復讐者に憐れみを
 こういうのが好きな人もいるのでしょうピヨコ2005-11-12
 
リュウの善意で始まった行為が、リュウが臓器の闇取引商に騙されたことで、不幸の連鎖へと変わっていきます。 悪意が悪意を呼んで、やがてあちらにもこちらにも血の海が出来る・・・
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リュウの善意で始まった行為が、リュウが臓器の闇取引商に騙されたことで、不幸の連鎖へと変わっていきます。 悪意が悪意を呼んで、やがてあちらにもこちらにも血の海が出来ることになる。 話としては、それだけです。 本作品は、様々な変奏を凝らした残虐シーン――リュウの臓器摘出・姉のリストカット・被誘拐児の溺死・電気椅子・バットによる撲殺などが次々と披露され、しかも徐々にエスカレートしていく。 鬼面驚かす残虐場面を織り成すために、筋はどちらかと言えば後から取ってつけた感じです。 少しずつより残虐な場面を見せ付けて観客を沸かせてやろうという製作者側の意図が、どうも見え透いてしまいます。 残虐場面がもともと好きであるか、残虐場面に平然としていられるということに誇りを持っている人間にならともかく、少なくとも友人・知人に勧めたくなるような映画ではありません。 これ見よがしの残虐場面を除けば、無内容です。 ペ・ドゥナの濡れ場には、正直なところがっかりしました。 他の映画、例えば『ほえる犬は噛まない』や『子猫をお願い』の印象が強かっただけに、女のコメディアンがストリップをはじめたような違和感がありました。 脱がない方がずっとよい。 誰でも脱げばいいというものではありません。
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[012]ベニスに死す
 何が面白いのやら……ピヨコ2005-11-12
 
正直なところ、そもそもどの辺りに感動すればよいのかということ自体よく理解できませんでした。 ちなみに、Thomas Mannの同原作をもとに、Brittenがオペラを作曲してもいます・・・
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正直なところ、そもそもどの辺りに感動すればよいのかということ自体よく理解できませんでした。 ちなみに、Thomas Mannの同原作をもとに、Brittenがオペラを作曲してもいます。 Brittenが同性愛者であったことは周知のことで、Sirの称号を貰い損ねたのもこのためだといいます。 自身が同性愛者であったことを考えれば、BrittenがMannの原作を基にオペラを作曲した理由は分からないわけではない。 しかしそれが分かっても、依然として作品の良さそのものは、私には謎です。 本作が名作呼ばわりされているのも、私には不可解です。 同性愛の問題は脇に置くにしても、そもそも劇中の作曲家が胡散臭すぎる。 主人公が友人と戦わせる音楽論議、――あれは私に言わせれば、文学者の想像する音楽論議であって、作曲家自身の音楽論議ではない。 美術理論や文学理論は、一種の美学哲学であり、またそれ自体一種の文学でもある。 しかし、音楽理論だけは違う。 一種の文法の世界に近い。 作曲家たるものがあんな頓珍漢な観念を振り回して喜んでいるとは、私にはちょっと信じ難い。 もっとも、Romain Rollandの作品でも、ベートーベン似の主人公が批評家の友人と文学論議だか音楽論議だか分からないようなものをまくし立てあっているので、あの当時のあっちの作曲家というのは、もしかしたら皆ああいうものだったのかもしれない。 少なくとも表向きはああいう議論をしたがった、ということはあり得る。 化粧をして浜辺で横になって死んでいく大切りも、正直なところ、私にとっては美しいよりも気持ち悪かった。 あれは、劇中に登場した道化の人物や薄汚い乞食芸人のように、他ならぬ老作曲家自身が美しい少年に見捨てられた道化であり乞食芸人であったことを象徴的に示している、……としか私には思われない。 そう言えば、Mannの原作でもBrittenのオペラでも、鑑賞後は単に少しばかりの気持ち悪さが残っただけでした。
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[013]ロリータ
 分かりやすい仕上がりピヨコ2005-11-12
 
原作は、実はなかなか分かりにくい作品です。 文体が特殊で、ボードレールがコメディアンになったような散文です。 随所に妙な具合に伏線が張られていて、しかも一度読んだだけ・・・
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原作は、実はなかなか分かりにくい作品です。 文体が特殊で、ボードレールがコメディアンになったような散文です。 随所に妙な具合に伏線が張られていて、しかも一度読んだだけではちょっと気がつかない。 映画では、この点非常に分かりやすくすっきりしたものになっていました。 本映画は、やはりいささかロリータの小悪魔的な妖しさが描きこまれていない難がありました。 もともとナボコフの『ロリータ』は、日本の作品で言えば谷崎潤一郎の『痴人の愛』に似て、中年の男が少女の魅力に魅せられて破滅していくという物語です。 諧謔的な文体は、あくまで中年男の苦悩の韜晦です。 映画では、コミカルな面ばかりが前面に押し出されていて、愛憎の苦悩や哀切がすっかり漂白されてしまっている。 ちょっと残念です。
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[014]ポワゾン
 扇情的な宣伝と滑稽な大団円は疑問ピヨコ2005-11-12
 
さしずめ、キューバを舞台にしたカルメンと言ったところでしょう。 主人公のルイス・バーガスは、何度となく女の救い難いアバズレぶりを見せ付けられながら、愛憎に引き裂かれ・・・
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さしずめ、キューバを舞台にしたカルメンと言ったところでしょう。 主人公のルイス・バーガスは、何度となく女の救い難いアバズレぶりを見せ付けられながら、愛憎に引き裂かれた自分の心をどうすることもできない。 観ていて、もちろんあんなに大げさなものではないにしても、私自身似たような気持ちを抱いたことがないわけでもないので、妙にやるせなくなってしまいました。 あそこまで愛してしまうと、それでなくても苦しい。 ヒロインを演じたAngelinaの美しさというのは、どうもピンときませんでした。 美人とは言っても、地域や時代によって様々なので、きっとキューバの基準では美人なのでしょう。 しかしさすがに映画だけあって、ある種の歌劇の配役のように、観るに耐えないと言ったほどのことはない。 例えば面白くも可笑しくもない歌劇《蝶々夫人》で、全く美しくも若くもないヒロインがロマンティックなアリアを歌うのを聴かされる、……少なくともこういう耐え難さはありません。 女優に演技力もあるせいか、映画終盤ころには、まあこういう美しさもあって良いかな位の気持ちにはなります。 死刑直前にヒロインが脱獄する結末は、正直なところ白けました。 首を折るという処刑方法は、小鳥の死で伏線が張られていたこともあり、当然ヒロインは死んでも良さそうなものです。 ソースの利いたメイン・ディッシュの後に缶ジュースでも出された気分です。
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[015]レイジング・ブル
 あの連作とは光と影ピヨコ2005-11-12
 
連作『ロッキー』といつの間にか比較しながら観ていました。 両作の間で、人間関係の構図が非常によく似ている。 両作品とも、主人公の他・マネージャを務める弟なり義弟なり・・・・
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連作『ロッキー』といつの間にか比較しながら観ていました。 両作の間で、人間関係の構図が非常によく似ている。 両作品とも、主人公の他・マネージャを務める弟なり義弟なり・さらに妻、この三者が中心になって物語が進行する。 連作『ロッキー』は、あれはあれで成功した映画ではあります もとより、アメリカの威信をかけてロシアの殺人鬼と戦うといった赤面物の作品あたりは論外としての話です。 ただ、本作と比較すると、やはりあの連作が絵空事に見えてしまう。 もう少し穏やかに言えば、両作品は光と影です。 冒頭のロールで Based on the book by JAKE LA MOTTA with JOSEPH CARTER and PETER SAVAGE と出るところを見ると、本作品はジェイク本人の語ったところが基になっているのでしょう。 妻に対する嫉妬や疑惑が膨れ上がって、弟さえ疑うようになるというあの異様さ、……よくこれだけのことを本人が語ったものです。
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[016]打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?
 瑞々しい気持ちにさせてくる映画ピヨコ2005-11-11
 
観ていて、自分の小学6年生のころを思い出してしまいました。 瑞々しい作品です。 奥菜恵の演ずるナズナが印象的でした。 あの年頃というは、ちょうどこの映画のように、女の・・・
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観ていて、自分の小学6年生のころを思い出してしまいました。 瑞々しい作品です。 奥菜恵の演ずるナズナが印象的でした。 あの年頃というは、ちょうどこの映画のように、女の子の方が圧倒的にマセている。 両親が離婚し、今の学校を二学期には離れることになっているナズナは、孤独を抱え不安な気持ちでいるにも拘らず、顔には出さぬようにしながら、必死で現状に抵抗している。 ナズナが服を着たまま、夜の「墨汁のような」プールに潜っていく様は、特に印象的でした。 水際で何かが起こるというのは、使い古された手法とは言え、やはり際立ちます。 ただ一点難を言えば、どこからどこまでがノリミチの空想の話なのかが今一つ分からないということです。 ノリミチの空想だから、ノリミチ自身の登場するシーンだけが仮想のシーンかと言えば、どうもそんなことはない。 例えば子供たちがオデンを食べるシーンは、二重にダブっているので、どちらもノリミチは登場しないにもかかかわらず、一方は当然仮想のシーンなわけです。 野暮を承知で言えば、作品は基本的に合理的であるべきです。 合理的とは言っても二通りある。 一方は作中での合理性で、要するに作品の中で辻褄があっていなければならない。 他方はメタレベルの合理性で、この場合は作中で多少の不合理があったとしても、象徴的には必要であったり、あるいはどうしても歌や踊りを披露してみたいような場合には、まあ仕方がないわけです。 しかし、本作品の場合、仮想と現実が妙に曖昧なのは、そのいずれでもないように思われます。 まあ、頑張って鑑賞すれば境界が分からないわけでもないので、よいのでしょう。
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[017]月夜の恋占い
 トトゥは魅力的ピヨコ2005-11-09
 
「アメリ」を観て以来、トトゥの魅力にはまってしまいました。 ただ、「アメリ」以外のどの映画も、今ひとつパッとしません。 この作品も、手放しで賞賛というわけにはいかない・・・
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「アメリ」を観て以来、トトゥの魅力にはまってしまいました。 ただ、「アメリ」以外のどの映画も、今ひとつパッとしません。 この作品も、手放しで賞賛というわけにはいかないかもれません。 少なくとも「アメリ」には敵わない。 トトゥ自身が個性的で魅力的なだけに、とても残念です。 本作品では、いわゆるバタフライ効果が、登場人物たちに一種の運命的な力として働き、話が展開していくことになります。 一人の登場人物の何気ない行動が、別の登場人物にとっての悲喜劇になってくる。 ディテールの一つ一つが、後でどんな意味を持ってくるのか期待しながら観ていると、それなりに楽しめます。 しかし、いかんせん、登場人物が多過ぎる。 特に最初のうちは、互いに無関係な人物として描かれているので、話についていくのに負担を感じます。 主役のはずのトトゥも、運命に弄ばれているだけで、今一つパッとしない。 ちょっと残念な作品です。
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[018]ザ・中学教師
 考えさせられましたピヨコ2005-11-09
 
NHKの「中学生日記」を映画風に仕立てたような作品です。 こういう作品に対しては、どうしてもアンビバレントな感情を持ってしまいます。 私自身、学校があまり好きではなかっ・・・
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NHKの「中学生日記」を映画風に仕立てたような作品です。 こういう作品に対しては、どうしてもアンビバレントな感情を持ってしまいます。 私自身、学校があまり好きではなかったせいでもあります。 見ていても、心の中に重いものを感じます。 しかし、よい映画ではあります。 何よりも、長塚の演じる教師が、信念の人であったという点がよい。 「一貫性を失えば教師は終わりだ」と言い、「教師は権力の手先だ」とも言い切る。 同僚に「生徒が恐いと思ったことはないか」と聞かれれば、「恐い」と言う。 また、荒れかけている生徒には、「学校に喧嘩を売るということは、世間に喧嘩を売ることだ」と説教する。 中途半端な美辞麗句で誤魔化さないところがいい。 言葉の一つ一つの中に生き様がある。 大団円のマラソン大会は、教師が自ら悪役になって生徒を挑発して成功させたものでした。 荒れかけた生徒たちに誇りを取り戻させてやっている。 なかなか、ああはできません。 熱血教師モノにありがちなセンチメンタリズムはひとかけらもないのに、ズシリと来るものがありました。
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[019]美術館の隣の動物園
 シム・ウナはやっぱり素敵ピヨコ2005-11-05
 
見も知らぬ失恋男と一週間の同棲生活する女なんていう設定は、いかにも少女漫画的です。 真面目に考えるといささか馬鹿らしい。 馬鹿らしいけれども、男女が出会って恋に落ちて・・・
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見も知らぬ失恋男と一週間の同棲生活する女なんていう設定は、いかにも少女漫画的です。 真面目に考えるといささか馬鹿らしい。 馬鹿らしいけれども、男女が出会って恋に落ちていく有様をちゃんとデフォルメして描いてある。 鑑賞後の印象がとてもよかったです。 シム・ウナの魅力も改めて感じさせられました。 本当にいい女優です。 こういういい女優を見ていると、映画を観る喜びは、単に作品を観ることにとどまらず、人を観ることにもあるのだと思わされます。
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[020]リザレクション
 失敗した『マトリックス』といったところピヨコ2005-11-05
 【ネタバレ注意】
残念ながら、全然面白くない作品です。 映画『マトリックス』同様、主人公は、現実世界とコンピュータ内の世界を股にかける。 『マトリックス』のようにコンピュータに対する・・・
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残念ながら、全然面白くない作品です。 映画『マトリックス』同様、主人公は、現実世界とコンピュータ内の世界を股にかける。 『マトリックス』のようにコンピュータに対する危機感云々というより、むしろ、もてないオタクの男が自らゲームの世界にはまり込んでいくという設定です。 一応『マトリックス』風のアクションが、見所のようです。 例えば、劇中劇に相当するゲーム内の世界で、マッチ売りの少女が突然機関銃を乱射しだしたりする。 アクション物が好きな人には、面白いのかもしれない。 正直言って、個人的には退屈でした。 話に今一つついていけません。 最悪なのは、主人公たちの行動に必然性があまり感じられないことです。 どんなアクションがあろうと、知的なトリックがあろうと、何かしら人間心理が描かれていない作品は、退屈になりがちです。
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[021]サランヘヨ あなたに逢いたくて
 最後の場面さえなければ……ピヨコ2005-10-30
 
シム・ウナがヒロインとのことで喜んで見始めた。 さすがにシム・ウナは、ヒロイン・ユリの無茶苦茶ぶりを上手く演じている。 ただ、シナリオが良くない。 第一に、ユリの家庭・・・
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シム・ウナがヒロインとのことで喜んで見始めた。 さすがにシム・ウナは、ヒロイン・ユリの無茶苦茶ぶりを上手く演じている。 ただ、シナリオが良くない。 第一に、ユリの家庭環境と不良振りとの間に落差があり過ぎる。 一応、そこそこ以上の家庭に育ちながら、あまりに悪の道に染まりすぎている。 刑事の財布を巧みに掏ったり……。 さらに、一番いただけないのが、ユリが学位を取ってアメリカから6年後に帰ってきた場面である。 いくら何でも植物状態になったカクと「一緒に生活しましょう」はない。 この場面がなければ、せめてもう少しマシな作品になったろうに……。 俳優たちの演技が悪くないだけに残念。
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[022]冷静と情熱のあいだ
 残念賞かもピヨコ2005-10-24
 
観客総動員数200万人、小説販売部数330万部。 結構うっとうしい。話の鬱陶しさと同時に、主役の竹野内豊の大根ぶりにげんなりさせられる。正直なところ、なぜこの映画がヒット・・・
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観客総動員数200万人、小説販売部数330万部。 結構うっとうしい。話の鬱陶しさと同時に、主役の竹野内豊の大根ぶりにげんなりさせられる。正直なところ、なぜこの映画がヒットしたのか理解に苦しむ。 一人を愛し続けるということは素晴らしい、というお決まりの主題がごり押しされているのも、いささかげんなりする。主役の順正が真っ直ぐな人間として描かれてはいるものの、そんな真っ直ぐな人間がなぜ芽美という全然好きでもなんでもない女と、当たり前のような面をぶら下げて付き合えるのかが、どうも私には理解できない。良い子ぶるつもりはないが、私なら初めから付き合わない。あんな態度で付き合っていれば、結局芽美がひどく傷つくことになるということが、分かりそうなものだ。 しかも一人を愛するなどとは言っても、あくまで後ろ向きの話である。これからの話ではない。 1つだけ気に入った台詞がある。ちょっとクサいけど……。 「自分の居場所は誰かの胸の中にしかない」
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[023]H [エイチ]
 催眠術を万能視し過ぎピヨコ2005-10-24
 【ネタバレ注意】
物語の登場人物たちの心理描写には、それなりに説得力がありました。女性殺しと母親殺しとが結びついているというのは、おそらくプロファイリングに関する巷の本を読んだりする・・・
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物語の登場人物たちの心理描写には、それなりに説得力がありました。女性殺しと母親殺しとが結びついているというのは、おそらくプロファイリングに関する巷の本を読んだりする限りでは、本当なのでしょう。獄中の殺人犯が人間全てを見下したように平然としているのも、母親を殺したため、つまり自分の中で本当に済ませるべきことを済ませたためと解釈すれば、それなりに納得できます。 刑事が何度か面会した殺人犯にいつの間にか催眠術をかけられていたというのも、実はそもそも刑事自身のうちに、若いころに死んでしまった娼婦の母親に対する怒りとも哀しみともつかぬものがあったからだということにでもしておけば、まあ何とか我慢できます。……最後は幸福そうな場面から、一転して殺人の場面へと切り替わる。なかなか切ないものがありました。
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[024]ラン・アウェイ −RUN AWAY−
 悪そうな奴が本当に悪いピヨコ2005-10-24
 【ネタバレ注意】
男女がひっついて、巨大な悪の組織から逃げ回り、しかも最後には悪を暴いてしまう、……という設定は、いかにもハリウッドって感じです。そんなにハリウッドの真似をしなくても良・・・
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男女がひっついて、巨大な悪の組織から逃げ回り、しかも最後には悪を暴いてしまう、……という設定は、いかにもハリウッドって感じです。そんなにハリウッドの真似をしなくても良さそうなものです。 警察にも悪の手先がいて、しかもいかにも悪そうな奴が、ラストシーンで実際に悪い奴であったと分かったりする。普通のミステリーのやり口の裏をかいているとすれば、もしかしたら凄い斬新なのかもしれない。 一緒に逃げ回るヒロインが可愛くないのが残念だった。せめて『シュリ』のキム・ユンジンだとか、『カル』のシム・ウナだとかと逃げ回るのであれば、物語にも入り込み易かったかもしれない。どうせ一緒に逃げ回るなら、やっぱり可愛い子と逃げ回りたいわけです。
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[025]マギー・チャンの ストーリー・ローズ/恋を追いかけて
 張曼玉の変化が……ピヨコ2005-10-17
 
張曼玉の演ずるローズが、天真爛漫だった子供時代から、次第に憂いを帯びた大人へと成長していく様が素敵だった。好みの男性が現れると愛情とは反対の言葉を吐き出すほど幼かっ・・・
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張曼玉の演ずるローズが、天真爛漫だった子供時代から、次第に憂いを帯びた大人へと成長していく様が素敵だった。好みの男性が現れると愛情とは反対の言葉を吐き出すほど幼かったローズが、失恋や離婚、さらに兄の死も経験する。特に、偶然ローズの前に現れた兄似の男に、すったもんだの末、好きだと言う場面は、それまでの様々な逡巡を振り捨てた決然たる態度が出ていて、なかなか良かった。
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