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 「フラーティ」さんのコメント一覧 登録数(69件)rss
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[001]007/カジノ・ロワイヤル
 新ボンドの魅力フラーティ2012-01-20
 
 良く言えば夢がある、悪く言えば荒唐無稽になってきていた007シリーズの流れを一新、現実路線にシフト。敵・陰謀のスケールも割とおとなしめで、ボンドの派手な秘密道具(スパ・・・
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 良く言えば夢がある、悪く言えば荒唐無稽になってきていた007シリーズの流れを一新、現実路線にシフト。敵・陰謀のスケールも割とおとなしめで、ボンドの派手な秘密道具(スパイグッズ)も出てきません。ボンドが走りまくり傷だらけになりと、非常に身体を張っています。リアリティのあるハードボイルド・アクションは「原点回帰」らしいのですが、軽妙洒脱なピアース・ブロスナンを見慣れていた身としては逆に新鮮でした。  「00」に昇格したての新米という設定なので、殺しの腕もイマイチだし、身のこなしにも未熟さが見られます。歴代最高のマッチョ俳優であるダニエル・クレイグが演じていることもあり、洗練されたセンスや知性よりも腕力が目立つ有様(^^;) あと新人スパイにしては年取りすぎな気がするんですが……昇格に時間がかかったんでしょうか??  ただ非情になりきれない甘さや感情の揺れなど、人間味を感じさせる演技が魅力的。メインのボンド・ガールのエヴァ・グリーンもエキゾチックで良かったです。
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[002]アウトレイジ
 裏切りと殺しの不毛な連鎖フラーティ2011-06-23
 【ネタバレ注意】
北野監督自身が「撮りたい暴力シーンを考えてから、辻褄が合うようにストーリーを作っていった」と述べているように、話の筋そのものは平凡(ヤクザの抗争劇としては良くあるパ・・・
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北野監督自身が「撮りたい暴力シーンを考えてから、辻褄が合うようにストーリーを作っていった」と述べているように、話の筋そのものは平凡(ヤクザの抗争劇としては良くあるパターン)だが、暴力シーンは非常に工夫されている。娯楽性を意識しつつ、今まで見たことのない新しいバイオレンスの形を追求しようという監督の志が感じられる(歯医者やラーメン屋、サウナなど、一見するとヤクザとは無関係な場面での暴力描写は出色の出来)。残虐さを飽和させて悪趣味な笑いを生み出すところは北野映画の真骨頂で、カッターナイフや國村隼のベーは秀逸。凄惨なシーンの合間に、良いように利用される情けない大使のエピソードなどギャグを織り交ぜる緩急自在の演出も心憎い。 身勝手な上部組織によって主人公たちが切り捨てられる理不尽な展開は『ソナチネ』を、巨大な敵が子分達を次々と始末していく(そして主人公が子分を1人だけ逃がす)絶望的な展開は『BROTHER』を思わせる。一種のセルフパロディなのだろう。「滅びの美学」的な様式美・ドラマ性を一切排除して、あっけなく、そして無為に人々が死んでいく様を淡々と描く北野監督の作家性は、エンターテイメント作品を目指した本作にも深く刻印されている。 ラストシーンも『その男、凶暴につき』のラストを踏襲。そもそも、己に課せされた任務を愚直に果たす不器用な人間が破滅し、要領よく立ち回る小利口な面従腹背人間が生き残るという構図は『その男』そのものなのよね。ある意味、原点回帰かな。椎名桔平が好演した、終始不敵な笑みを浮かべる武闘派ヤクザ水野は、清弘にキャラが近いかも。 個人的なお気に入りシーンは“自動車処刑”後の車道の画面右に海、奥に白い風車のカット。キタノブルーが美しい。 珍しく北野映画常連の俳優陣抜きの映画だが、役者さん1人1人にちゃんと見せ場を作っている。コワモテとは程遠い加瀬亮、インテリヤクザの役が妙にはまっていた。新境地を開いたね。石橋蓮司のヘタレぶりも笑わせる。表向きはいい顔したがる大親分・北村総一朗の狡猾さ、飄々とした態度でヤクザと接する汚職マル暴・小日向文世の不気味さも良い。
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[003]メメント
 「悪夢」のような「現実」フラーティ2011-06-22
 
どちらかというとコメディーに近い、他愛もない筋を、時系列を無視して組み替えることで、無気味なサスペンスへと変貌させた手腕は秀逸。記憶障害がない(はずの)私も、正確に・・・
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どちらかというとコメディーに近い、他愛もない筋を、時系列を無視して組み替えることで、無気味なサスペンスへと変貌させた手腕は秀逸。記憶障害がない(はずの)私も、正確に「現実」を把握できているのか、心許なくなってくる。スタイリッシュな映像も、主人公の心象風景を上手く表現している。 最後に登場人物が「真相」を語るという展開は、安易といえば安易。ただ、この映画の場合、その語られた「真相」が本当に「真実」なのか分からないというところがミソ。その辺りの機微をもう少し強く示唆しておいた方がより深みが出たと思う。 あと、主人公がエンディングで、あのような行動に出たのは、やっぱり辻褄が合わないような気がする……どうしてサッサと殺さなかったのか?
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[004]SPACE BATTLESHIP ヤマト
 インスパイアというレベルではないフラーティ2011-03-03
 
映像表現が完全にアメリカSF『ギャラクティカ』のパクリ↓ http://www.youtube.com/watch?v=OLBWL-8KSg4&feature=player_embedded
  
 
[005]インセプション
 アクションゲーム的なノリが、ちと残念フラーティ2011-03-02
 【ネタバレ注意】
多重夢はSFの定番で、他人の夢の中に潜入という設定もサイバーパンクの流行が終わった今となっては、もはや古臭いぐらいだが、複雑な構成のストーリーを最後まで破綻無くまと・・・
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多重夢はSFの定番で、他人の夢の中に潜入という設定もサイバーパンクの流行が終わった今となっては、もはや古臭いぐらいだが、複雑な構成のストーリーを最後まで破綻無くまとめた手腕は見事。 中盤、奥さんに関する主人公コブの説明が今ひとつ腑に落ちなかったのだが、実はそれが重大な伏線になっていて、後で見事に謎解きされた点には感心した。 ただ、この作品、絶対にディックの『ユービック』を参考にしていると思うのだが、『ユービック』世界のグロテスクさに比べると、本作の夢の中の世界は理知的で整いすぎている。現実だと思っていた世界がそうではないと自覚された瞬間、今までと全く異なる相貌を見せ始め秩序が失われ歪んでいくところに悪夢世界の最大の怖さがあるのだが、この映画では夢ならではの自由奔放な場面が少ない。 潜入の実験段階でこそ、街が破裂したり折れ曲がったりしていたが、いざ本番になると、犯罪チームのミッションの遂行をひたすら追いかける映像表現になってしまっているところが惜しまれる(夢らしかったのは無重力シーンだけ)。アクションシーンは迫力満点だが、その分、リアルすぎるのだ。タイムリミットまでにミッションコンプリートなるか!という部分を前面に押し出してサスペンスフルに描いたために、世界への違和感が増幅していく悪夢的な恐怖感覚が伝わってこない。(文字通りの)疾風怒濤の勢いだけじゃなく、それこそ「設計」が崩れてしまい何が起こるか分からない、という展開が、もう少しあっても良かったんじゃないかなあ。 まあ「夢なんだから何でもあり」ではなくルールを事細かく設定したのは1つの見識と言えるのかもしれないが、多重夢SFの核心は現実と夢が混線していく不気味さにあるのだから、そこはあと一工夫してほしかった。
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[006]ソーシャル・ネットワーク
 21世紀の青春フラーティ2011-02-08
 【ネタバレ注意】
この映画、“Facebook創業秘話”と思いきや、ハーバード大の一学生マーク・ザッカーバーグが思いつきで立ち上げたサービスが如何にして時価総額数兆円という巨大企業にまで成長し・・・
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この映画、“Facebook創業秘話”と思いきや、ハーバード大の一学生マーク・ザッカーバーグが思いつきで立ち上げたサービスが如何にして時価総額数兆円という巨大企業にまで成長したか、という部分はバッサリ省かれている。 本作が主眼を置くのは“友情と裏切り”という青春映画に普遍的なテーマである。特に面白いのは、アメリカの映画・ドラマの定番である「体育会系(Jock)vsオタク(Nerd)」という構図を意識的に踏襲している点にある。 映画冒頭で、名門社交クラブ(fraternity)でのパーティーでスポーツマンのイケメンたちが女の子たちと遊んでいるシーンと、主人公たち非モテの引きこもりオタクたちがパソコンの画面に向かって「フェイスマッシュ」で盛り上がっているシーンが対比的に描かれている。この明暗こそが、本作の核心である。 ボート部の花形選手にして名門社交クラブのメンバーであるウィンクルボス兄弟。彼等は大学という社会において頂点に位置する。一方のザッカーバーグは、ずば抜けたコンピュータ・プログラミングの才能を持つとは言え、学内においては非社交的な変わり者にすぎず、女の子たちからは蛇蝎の如く嫌われている。そんなザッカーバーグが、“facebook”で一発逆転、人気者のマッチョ兄弟を出し抜き、追い越し、時代の寵児になる。そこにある種の爽快感が発生するのであって、アメリカの学生文化に潜む極端なヒエラルキーの存在(そして、それに起因するスポーツマンに対するオタクたちの底知れない嫉妬と怨念)を理解していないと、本作の真の意味を知ることはできない。 エドゥアルド・サベリンがザッカーバーグに「俺がフェニックスに入ったことがそんなに気に入らないか!(だから俺を追い出すのか!!)」と怒る理由も、この文脈の上でこそ、正しく把握できる。ザッカーバーグの“facebook”は今でこそ世界規模のビックビジネスだが、実は開発当初の目標は、フェニックスのような名門社交クラブのメンバーを頂点とする学内ヒエラルキーを打破することにあった。 「お前はそんなにフェニックスに入りたいのか? 俺たちをバカにするあいつらに、そこまで媚を売ってまで!? 俺たちは本当はあいつらなんか目じゃないほど凄いんだぜ? そのことに何故気づかない??」 ザックバーグはサベリンにそう言いたかったのである(と、少なくともこの映画はそう解釈している)。 そんなザックバーグが、自分の才能を最大限に評価してくれるショーン・パーカーに傾倒していき、既存の価値観に縛られたままのサベリンと次第に距離を取っていくのは必然だったと言えよう。 要するに、今までフィクションの世界でしか存在しなかった「オタクが学園のスターに一泡吹かせる」を物凄くダイナミックな形で実現してみせた、という視点から、本作はマーク・ザッカーバーグを捉えているのである。その意味で、この映画は「ビジネス」を主題としたものではなく、正しく「青春」を主題とした作品である。この新世紀のヒーローは、独善的で人付き合いが下手な、およそヒーローらしからぬ人物である。しかし、人と喋っているよりモニターとにらめっこしてキーボードを叩いている方が得意な男が5億人の人々を繋げるヒーローになるという転倒こそが、現代を象徴しているのかもしれない。
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[007]菊次郎の夏
 少年と様々なおじちゃんとの交流フラーティ2010-07-27
 【ネタバレ注意】
『母をたずねて三千里』と思いきや、ビートたけし演じるヤクザ風の主人公が旅費を競輪やスナックで使ってしまったため、犯罪まがいの強引なヒッチハイクを繰り返してのハチャメ・・・
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『母をたずねて三千里』と思いきや、ビートたけし演じるヤクザ風の主人公が旅費を競輪やスナックで使ってしまったため、犯罪まがいの強引なヒッチハイクを繰り返してのハチャメチャ珍道中。旅先で出会う様々な人との心温まる交流というロードムービーの常道を意図的に逸脱していく展開には爆笑。 しかも復路にたっぷり時間を取る。北野武が撮りたかったのは、母をたずねる往路よりも、むしろ帰る途中でのキャンプだったのではないかと思える。主人公の無軌道な行動によって様々なトラブルが発生する往き道は、微笑ましくはあるが、主人公は意識的に正男を楽しませているわけではない。結果的に面白いことになっているだけだ。 だが帰り道は違う。主人公は正男に“夏休みの楽しい思い出”を作ってやろうと決意する。恐ろしく真剣に笑いを取りにいくのである。短気で荒っぽくいい加減な、そして不器用な男が必死になって少年を笑わせようとする。 キャンプでは主人公(北野武)がバイクの2人組(たけし軍団のグレート義太夫・井手らっきょ)に理不尽な要求を突きつけていじり倒す様は『スーパーJOCKEY』などビートたけしのバラエティー番組のノリをそのまま持ち込んだ趣。馬鹿馬鹿しい遊びに興じている姿は本当に笑える。 観客も笑い、正男も初めて子供らしい笑顔を見せるようになる。 道中、正男は夏休みの宿題の絵日記(?)に、旅で知り合ったおかしな「おじさんたち」を描いていく。楽しく親切な「おじさん」たちだが、彼等は結局は通りすがりの人なのであり、すぐに別れる存在でしかない。だから普通名詞の「おじさん」なのだ。この伏線がラストの名台詞を輝かせる。 主人公と少年、厄介者の2人は最後の最後に、心を通わせる。泣けます。
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[008]AKIRA
 イメージの洪水フラーティ2010-07-26
 
20年以上前の作品だが、今観ても違和感のない細密な風景描写と疾走感のあるアニメーションが凄い。ビートを刻む力強いサウンドも魅力。 長大な原作を2時間に圧縮したため、・・・
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20年以上前の作品だが、今観ても違和感のない細密な風景描写と疾走感のあるアニメーションが凄い。ビートを刻む力強いサウンドも魅力。 長大な原作を2時間に圧縮したため、舞台設定の説明は大幅に省略され、作品世界は加速度的にグロテスクな様相を示す。この(主要人物たちの愛憎関係が世界の危機に直結する)物語展開は結果的に、『新世紀エヴァンゲリオン』の先駆になったとも言えよう。ただし本作に萌え要素は一切ないが・・・
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[009]ヒトラーの贋札
 従来の「ユダヤ人迫害」ものと一線を画すフラーティ2010-07-07
 【ネタバレ注意】
第二次世界大戦の最中、ナチスドイツはイギリス経済を混乱に陥れるため精巧な贋ポンド札の製造を計画する。この史上最大の紙幣贋造作戦“ベルンハルト作戦”のため、ザクセンハウ・・・
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第二次世界大戦の最中、ナチスドイツはイギリス経済を混乱に陥れるため精巧な贋ポンド札の製造を計画する。この史上最大の紙幣贋造作戦“ベルンハルト作戦”のため、ザクセンハウゼン強制収容所には、世界的贋作師サリー、印刷技師ブルガー、美校生のコーリャなどユダヤ系の技術者たちが集められた。収容所内に設けられた秘密の工場で、ユダヤ人でありながら破格の待遇を受け、贋ポンド札作りに従事するサリーたちは、生きる喜びを感じつつも、同胞を迫害するナチスに協力することへの罪悪感を募らせていく。「生き残るために誇りを捨ててナチスに協力するか、正義のために命を捨ててナチスに刃向かうか」。日夜、究極の選択を迫られる彼等は次第に葛藤と苦悩を深めていく…… 「ユダヤ人強制収容所の悲劇」という大前提があるため、「ユダヤ人もの」は被害者であるユダヤ人を純粋無垢な善人として美化しがちだ。しかし本作はそうしたステレオタイプな描き方を排除する。主人公サリーは贋札作りを生業としていた犯罪者で、逮捕されるまでは「ナチスのユダヤ人弾圧」にも全く無関心だった。最初に送られた収容所では、絵描きの才能を活かしてドイツ軍人の絵を描き、彼等の御機嫌を取って生き延びる。ザクセンハウゼン強制収容所でも、「ナチスに協力すべきではない。共に立ち上がろう」と信念を説くブルガーに対し「今日の銃殺よりも明日のガス室の方が良い」と嘯く。この徹底したアンチヒーローぶりは、理想家肌のブルガーとの対比によって、一層印象深いものになっている。 工場を取り仕切るフリードリヒ・ヘルツォーク親衛隊少佐も、残虐無比という通俗的なナチ親衛隊像とは懸け離れている。ユダヤ人の懐柔を図るため、サリーたちに愛想良く接する。自らの保身を最優先する小市民的性格も顕著だ。 サリーたち技術者は一般収容者からは隔離され、厚遇されているため、彼等の生活は一見平穏だ。この辺りも従来の「収容所もの」とは大きく異なる。しかし、それがゆえに、時々露わになる、強制収容所の「本質」が恐ろしい。サリーたちとて贋札作りのために「生かされている」にすぎず、囚人であることには変わりない。生殺与奪は完全にナチスに握られている。どんなに快適でも牢獄は牢獄であり、塀の外にいるであろう(姿の見えない)一般収容者との違いは実は紙一重である。 その「真実」に目覚めたサリーの心が徐々に変化していき、仲間の命を守ることとナチスに抵抗することとを両立させるべく、ギリギリのところで奮闘するところが見所である。圧制に屈従して生きることだけを考えるのは簡単だ。生きることを諦めてしまうのも、ある意味で安易な選択と言える。面従腹背という一本の細いロープを渡る時にこそ、人間の知恵と勇気が試されるのではなかろうか。 終戦後、自分で作った贋札を使ってカジノで散財する虚無的な主人公の姿も忘れがたい。
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[010]あの夏、いちばん静かな海。
 サーフボードというモノサシフラーティ2010-07-07
 【ネタバレ注意】
肝心要のはずのサーフィンのシーンをかなり大胆に省き、一方で主人公たちがサーフボードを抱えて歩くシーンを執拗に反覆する。この野心的構成が最後に活きてくる。 聾唖の男女・・・
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肝心要のはずのサーフィンのシーンをかなり大胆に省き、一方で主人公たちがサーフボードを抱えて歩くシーンを執拗に反覆する。この野心的構成が最後に活きてくる。 聾唖の男女2人は当然のことながら、会話によってお互いの気持ちを伝え合うことはできない。まさに「目は口ほどにものを言う」状況なわけで、本作品は2人の関係を、台詞抜きの映像のみで徹底的に表現している。 その際に重要な小道具となるのがサーフボードである。この映画では、「サーファー」よりも「サーフボード」を撮りたかったんじゃないのかと思うほど、サーフボードの存在感が際立っている。 サーフボードを持って歩く時、茂がボードの前を持ち、貴子が後ろを持つ。この物理的距離は、そのまま2人の心理的距離でもある。そのことは、(ギャグ担当の)ボンクラ2人組の1人が「後ろを持つのは女みたいで嫌だ」とぼやくシーンや、サーフボードを持った茂がバスへの乗車を拒否されたシーンからも明瞭である。サーフボードは2人を繋ぐものであると同時に、2人を隔てるものでもあるのだ。 このように見ていくと、茂が1人でサーフボードを持ち、その遙か後方を貴子が歩く光景は、別離の予兆と言えよう。最後にサーフボードが悲劇を象徴する役目を担うことは、その意味で必然だった。 ところどころに挟み込まれる笑いが、かえって静謐さを強調している。
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[011]その男、凶暴につき
 奇妙な静謐に支配されたバイオレンス映画フラーティ2010-06-21
 【ネタバレ注意】
唐突に噴出する乾いた笑いと、突発的に生起する不条理な暴力。この2つが分かちがたく結びつけられているのは、たけし演じる暴力刑事が終始にやついていることからも明瞭だ。た・・・
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唐突に噴出する乾いた笑いと、突発的に生起する不条理な暴力。この2つが分かちがたく結びつけられているのは、たけし演じる暴力刑事が終始にやついていることからも明瞭だ。たけしの台詞回しはふざけているのかと思うほどだが、へらへら笑いながらごにょごにょと喋ることで、逆に底知れぬ凄味を生んでいると言えよう。 悪を憎む過剰な正義感を持つ刑事と、親分への過剰な忠誠心を持つ殺し屋。この2人には「際限」というものがない。殴る蹴るはもちろん、人を殺すことにさえ何の躊躇も感じない。その常軌を逸した徹底ぶりゆえに、周囲からは「きちがい」として疎外される。黒幕の仁藤や署長の吉成が「自分の立場」を強調するのとは対照的である。彼等のような保身に汲々とする俗物にとって、2人は恐るべき異邦人であり、理解不能な狂人でしかない。 結局、2人は異端者同士、仲良く(?)激突するしかないのだ。死を全く恐れぬ虚無的な突進には、爽快感が一切ない。アウトローの美学が描かれることもない。ただただ絶望的で、狂気に満ちた結末。 薬莢の床に落ちる音が冷たく響き、不気味な静けさを際立たせている。
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[012]ラストキング・オブ・スコットランド
 「白人」たちの責任フラーティ2010-06-14
 
オボテ独裁政権をクーデターにより打倒し、国民の喝采を受けてウガンダ大統領となったイディ・アミンがやがて猜疑心の虜となり国民を虐殺していく様を、ひょんなことからアミン・・・
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オボテ独裁政権をクーデターにより打倒し、国民の喝采を受けてウガンダ大統領となったイディ・アミンがやがて猜疑心の虜となり国民を虐殺していく様を、ひょんなことからアミンの側近となったスコットランド人医師(架空の人物)の視点から描いたポリティカルサスペンス。 フォレスト・ウィッテカーの怪演は、アカデミー主演男優賞を獲るだけのことはあると思った。 カリスマ性と人間味にあふれるパフォーマンス、残虐性と狂気に満ちた言動、ともかく圧倒的である。 自分でリンチを命じておきながら涙を流すような不可思議で屈折したアミンの精神構造を見るに、人間は実に複雑で矛盾に満ちた存在であると思わざるを得ない。 常軌を逸し粛清を繰り返すようになってからも時折見せる、親しみと温かみ。独裁者が先天的に持つ人心収攬術は、悪魔的な魅力を放っており、背筋が凍るほど恐ろしい。 世間知らずの青年医師、ニコラス・ギャリガンを演じたジェームズ・マカヴォイも、甘ちゃんのボンボンという雰囲気が良く出ていて秀逸。好奇心と大胆さは無鉄砲と向こう見ずにも通じ、率直さは軽率さに繋がる。楽天的なまでの陽気さは内省の欠如の裏返しでもある。純粋であるがゆえに感化されやすく、適応能力の高さが災いして批判精神を失ってしまう。 後先考えぬニコラスの行動原理の根底には一種のオリエンタリズムが潜んでおり、ウガンダへの浅薄な共感の背後に「非西欧」に対する優越意識があった。不倫騒動で見落としがちであるが、実はこの気持ちをアミンに見抜かれたことで、ニコラスは追い詰められていく。凶暴で異常な独裁者によるニコラスへの批判はある意味で真っ当なものであり、そこにこそ問題の本質がある。 ただ、ニコラスの「楽園」での享楽と退廃、「楽園」外でのウガンダの悲惨な“現実”がもっと描き込まれていたら、より迫力が出たと思う。 また、本来ニコラスの堕落は欧米先進諸国(特にアニンを支援してオボテ社会主義独裁政権を転覆させた旧宗主国のイギリス)の無責任さの隠喩でもあったはずだが、ニコラスがイングランド人の政商のところに助けを求めるシーンなどにより、その性格は弱められてしまっている。 アニンの暴政を非難するあの政商にしても、もともとはアニンに取り入って儲けようと考えていたわけであって、もとより善ではあり得ない。欧米の身勝手さがニコラス個人の愚劣と無節操へと矮小化されている点は惜しまれる。 〈白人=善・紳士、黒人=悪・怪物〉という構図に回収されないための工夫が欲しかった。
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[013]ミリオンダラー・ベイビー
  「不在の娘」と「不在の父」を求めてフラーティ2010-05-13
 【ネタバレ注意】
 頑固で不器用ゆえに世間から取り残されている孤独な師弟が「ボクシング」を唯一の武器としてのしあがっていく・・・となると、日本人なら『あしたのジョー』を想起しますね。・・・
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 頑固で不器用ゆえに世間から取り残されている孤独な師弟が「ボクシング」を唯一の武器としてのしあがっていく・・・となると、日本人なら『あしたのジョー』を想起しますね。あの漫画もラストは悲劇ですが、精一杯戦って敗れたので、まだ救いがあります。本作はあまりに残酷。  前半の高揚感に満ちたサクセスストーリーから一転して絶望へと叩き落とされましたが、物語当初から「練習生が帰った後の夜のジム」など画面を暗闇が覆うシーンが印象的でしたから、まあ明るい話で終わるわけはないですね。「自分の身を守れ」という教えを受けたボクサーが自らの命を絶とうとして、選手の身を極端に案じる過保護トレーナーが自殺幇助すべきかどうかで悩む。この悲劇的な反転が胸を衝きます。  尊厳死うんぬんで議論になったわけですが、マギーが病院に延命治療の停止を求める、というのでは、何の意味もないわけですね。マギーに「ボクシング」という充実した“生”を与えてくれたフランキー自身の手で“死”がもたらされなければ、マギーの人生は完結しません。    フランキーはマギーに娘の代替を、マギーはフランキーに父の代替を求めましたが、悲しいかな、両者の関係は所詮「ボクシング」を介してのものです。マギーはもうフランキーにトレーナーとしての喜びを与えることはできないし、ボクシングしか知らないフランキーがマギーにしてやれることは限られている。ボクシングが失われた今、両者の関係は決定的に変容してしまい、互いの愛をもってしても、どうすることもできません。「本物以上の親子」へと両者の関係を昇華させるには、あの結末しかなかった。それこそが本作の真の悲劇でしょう。  『ボーイズ・ドント・クライ』で体当たりの演技を見せたヒラリー・スワンクが今回も渾身の演技。他の女優は考えられないほどハマっていました。身体もメチャメチャ鍛えてましたね。イーストウッド監督・主演作は「イーストウッドのイーストウッドによるイーストウッドのための映画」になりがちなのですが、本作では彼女の存在感が光っています。  素直に感情を口に出せないフランキーの代弁者であるエディを演じたモーガン・フリーマンも良い味出してました。フランキーとエディの息の合ったやりとりが観ていて心地よかったです。
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[014]劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者
 今、ここが自分の「居場所」フラーティ2010-05-12
 【ネタバレ注意】
 2003年版アニメの完結編。原作から大きく逸脱したストーリー展開で原作ファンから批判も浴びた2003年版アニメだが、パラレルワールドなどのSF的設定が個人的にはツボで面白・・・
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 2003年版アニメの完結編。原作から大きく逸脱したストーリー展開で原作ファンから批判も浴びた2003年版アニメだが、パラレルワールドなどのSF的設定が個人的にはツボで面白かった。なんでアニメ最終回で1921年のミュンヘンに飛ばされたのか理解不能だったが、この映画を観て制作者の意図が分かった。要するにナチスと絡ませたかったのね。  故郷を失ったエドと同じ境遇の存在としてジプシー(ロマ)を登場させたり、「他者」を排除する象徴としてナチスをクローズアップしたりと、なかなか巧妙な設定。錬金世界のお馴染みのキャラクターと同じ姿をした人物が科学世界にもいるという遊び心も上手い。  2つの世界での出来事を同時進行的に語る構成の上、色々な要素を詰め込みすぎた結果(主要キャストを総出演させる都合もあったのだろうが)、展開が分かりづらくなってしまったが、自分たちの宿願成就よりも世界の安寧を優先する兄弟の選択は泣かせる。まさに「一は全、全は一」だね。「ここではないどこか」に理想郷を探し求めるのではなく、「今、ここ」を生きることの大切さが感動的に描かれている。
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[015]トゥルー・クライム
 哀愁のハードボイルド・ヒーローフラーティ2010-05-12
 【ネタバレ注意】
 謎解き部分は御都合主義的展開もあったが、「魔のカーブ」の伏線など、割と丁寧な作りだと思う。何より主人公が魅力的。    主人公は独特の勘で真相に迫る敏腕記者だが、独・・・
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 謎解き部分は御都合主義的展開もあったが、「魔のカーブ」の伏線など、割と丁寧な作りだと思う。何より主人公が魅力的。    主人公は独特の勘で真相に迫る敏腕記者だが、独断専行の一匹狼タイプなので職場では煙たがられている。仕事一筋で家庭を顧みない上、酒と女にだらしないので、妻からも愛想を尽かされかけている。  この種の「仕事は一流だが家庭人としては失格」という、精神の中庸を欠いたマッチョ志向のヒーローは定番ではあるが、本作における人物造形は一捻りしてある。  それは「老い」の要素である。真相を突き止める嗅覚を持つ一流記者を自負していた主人公だが、過去の手酷い失敗で、その自信も揺らいできている。「女にモテモテ」だと自惚れていたが、その神通力も最近は失われつつある。そして、今まで浮気を許してくれていた妻も・・・全てを仕事に捧げてきた男に漂う哀愁が胸を打つ。  ラスト、一抹の寂しさを抱えつつも、勝利の余韻に1人静かに浸る主人公が格好良い。  気丈に妻子を励ます死刑囚をイザイア・ワシントンが好演。饒舌で皮肉屋の編集長を演じたジェームズ・ウッズも少ない出番ながら存在感があった。『アリー my Love』のルーシー・リューがカメオ出演。
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[016]スタンド・バイ・ミー
 大人への階段フラーティ2010-05-11
 【ネタバレ注意】
 道中、無邪気にはしゃぐ4人だが、彼等の家庭環境は決して幸福なものではない。 お話作りの得意なゴーディは、フットボールの花形選手で優しかった兄の死と、亡くなった兄の・・・
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 道中、無邪気にはしゃぐ4人だが、彼等の家庭環境は決して幸福なものではない。 お話作りの得意なゴーディは、フットボールの花形選手で優しかった兄の死と、亡くなった兄のことで頭がいっぱいで自分に目を向けてくれない両親の冷淡さに悩んでいる。 ガキ大将のクリスは貧乏な家庭に生まれ、不良の兄がいるため、周囲からの偏見にさらされて傷ついている。 軍人に憧れるテディはかつてノルマンディーの勇士で今は精神病院にいる父への愛憎に苦しんでいる。 ムードメーカーのバーンの家庭も決して理想的ではない。 4人は単に「子供」であるというだけで、「大人」からの理不尽な扱いに耐えなくてはならなかったのだ。だからこそ彼等は「秘密基地」という避難所にしばしば集ったのであった。  今を楽しく生きながらも、なぜか満ち足りず、「ここではない、どこか」を探す4人。未来への憧れと恐れ。希望と絶望。みずみずしい感受性と、その裏返しとしての傷つきやすい心。 過ぎ去りし少年の日々、2度と戻らぬ輝かしい時代。大きくなりたくて、でも「大人」になりたくなかったあの頃。 私は別に大自然に囲まれたところに住んでいたわけでも、素晴らしい親友がいたわけでも、ハラハラドキドキの大冒険を経験したわけでもない。 しかし、それでも少年時代は美しい。全ての男たちの心の故郷が、ここにある。  死体を探す旅は、大人になるための一種の通過儀礼として機能している。宝探しのようなゲーム感覚で旅に出たゴーディとクリスが、互いに心の傷を打ち明け、最後には「死者の尊厳」に思いを馳せ、勇気を持って強敵と対峙する。そこにはもはや、何の責任も負わずに、他愛もない遊びやいたずらに興じていた天真爛漫な「子供」の姿はない。  主人公4人の好演も光った。女性的な顔立ちのウィル・ウィートンのどこか大人びた感じも良かったし、クリス役のリバー・フェニックスも芯の強さと心の揺れをうまく表現していた(夭折が惜しまれる)。 勇敢さを示そうと常軌を逸した行動に奔るテディに扮したコリー・フェルドマン、ノロマで間抜けなバーン役を演じたジェリー・オコンネルも、「こういうやついるよな〜」という定番的キャラにはまっていた。    そして音楽も良かった。特にタイトルにもなっているベン・E・キングの“STAND BY ME”、これ本当にいい曲だよな。映画ともマッチしているし。
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[017]APPLESEED アップルシード
 3Dライブアニメか・・・フラーティ2010-05-10
 
モーションキャプチャ技術のおかげで戦闘シーンは大迫力だが、トゥーンシェーダーはどうなんだろう・・・確かに未来都市や機械の描写にはさほど違和感がないが、3Dによる人間描・・・
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モーションキャプチャ技術のおかげで戦闘シーンは大迫力だが、トゥーンシェーダーはどうなんだろう・・・確かに未来都市や機械の描写にはさほど違和感がないが、3Dによる人間描写はまだまだぎこちない。バイオロイドのヒトミはのっぺりとした表情でもさほど問題はないが、主人公デュナンはちょっとねえ・・・フェイシャルキャプチャー技術もこれから、ということか。 凝った設定の上、複雑な陰謀劇に仕立てたため、かなり駆け足のストーリーになっている。SFに馴れた人でないと、筋を追うので精一杯になってしまうと思う。というか、製作者サイドも伏線を回収することに必死なあまり、立場を異にする登場人物たちの各々の思惑と心情を掘り下げて描くことに失敗しているような。 ただ世界観は結構好き。「ユートピアの真実」というテーマはSFの定番ではあるが、「原罪」と「差別」を絡めて上手く料理している。
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[018]スカイ・クロラ The Sky Crawlers
 「終わりなき日常」からの脱出フラーティ2010-05-10
 【ネタバレ注意】
 空はあんなに青く広いのに、彼等の世界はどうしようもなく灰色で狭い。  説明不足の世界観、平板で動きのない地上風景、能面のように無表情な登場人物、抑揚のない台詞回し・・・
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 空はあんなに青く広いのに、彼等の世界はどうしようもなく灰色で狭い。  説明不足の世界観、平板で動きのない地上風景、能面のように無表情な登場人物、抑揚のない台詞回しなど、(圧倒的な情報量で押しまくる押井流の演出とは異なる)「あえて描き込まない」禁欲的な演出が功を奏している。閉じられた日常の中で、生きる実感を得られないまま殺されるまで殺し続けるキルドレたちの空虚な毎日を描くには、これが最適だったと思う。  一般にCGは綺麗だけれど、どこか作り物めいていて、今ひとつ現実感がない(だからSFに向いているわけだが)。しかし、この映画ではむしろ逆。手書きのアニメ部分よりも、CGで作られた空中戦シーンの方が生々しいなんて、なんとも皮肉ではないか。けれども無限の輪廻を生きる運命にあるキルドレたちにとって、地上で繰り返される単調な生活よりも、空戦の方が遙かにリアルなのだ。  子供が兵士として戦う違和感を象徴する煙草の使い方も巧み。
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[019]グラン・トリノ
 アメリカ合衆国再生への希望フラーティ2010-03-16
 【ネタバレ注意】
 ダンディでタフな、かつての「戦争の英雄」。しかし他者との共存を拒み、決して己の非を認めず、揉め事は暴力で解決しようとする偏屈で粗暴で孤独な老人。本作の主人公の生き・・・
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 ダンディでタフな、かつての「戦争の英雄」。しかし他者との共存を拒み、決して己の非を認めず、揉め事は暴力で解決しようとする偏屈で粗暴で孤独な老人。本作の主人公の生き方は傲慢な老大国、アメリカ合衆国の姿そのものです。そんな主人公が隣に住むモン族の一家との交流を通じて、頑なに閉ざしていた心を開いていく・・・ここにアメリカ合衆国再生への一筋の希望が見出せます。  それゆえに「目には目を」という西部劇的な解決方法は批判されます。『許されざる者』において、それまで自分が演じてきた西部劇ヒーローのあり方をあえて否定したイーストウッドが単純な復讐劇を描くはずはないと思いましたが、ここまで見事なオチをつけるとは。私の予想を遙かに超えていました。イーストウッドは本作で俳優業を引退するとの話ですが、長くガンマンを演じてきたイーストウッドにとって、本作はまさに俳優業の集大成と言える作品ですね。これ以上ない、最高の幕切れでした。  報復は暴力の連鎖を生むだけであるというイーストウッドのメッセージは、9・11テロへの報復としての戦争を遂行中のアメリカ合衆国に重く突き刺さります。
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[020]ディア・ドクター
 明かされた「事実」の更に奥にある「真実」フラーティ2010-03-11
 【ネタバレ注意】
 無医村がどうだとか医療崩壊がどうのとかいう社会派的切り口ではなく、人と人との交情に焦点を当てたヒューマンドラマ。偽医師、僻地にやってくる研修医、警察の捜査手法など・・・
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 無医村がどうだとか医療崩壊がどうのとかいう社会派的切り口ではなく、人と人との交情に焦点を当てたヒューマンドラマ。偽医師、僻地にやってくる研修医、警察の捜査手法など、リアリティは希薄だが、現代の寓話と考えれば、さほど違和感はない。広々とした村の景色も美しい。  関係者の証言(回想シーン)を積み重ねることで医師失踪事件の謎と医師の正体に迫っていくという『市民ケーン』的な撮り方かと思いきや、証言とは無関係なところで謎が解明されてしまい、ちょっと拍子抜け。近くにいる人たちが、誰も本当の意味では主人公のことを知らなかった、という点は『市民ケーン』に通じるところがあるかもしれない。前作『ゆれる』もそうだが、西川作品は常に「あなたは本当に身近な人を理解していますか? 分かったつもりになっているだけじゃないんですか?」という、ちょっと怖い問いかけをしてくる。    刑事が関係者から話を聞くというより、台詞の応酬になっているのが西川作品らしい。ただ、刑事の台詞はやや説明的である。たとえば「(騙されたんじゃなくて)あんたたちがあいつを医者に仕立てたんじゃないか?」みたいな感じの、核心を衝く名言があったが、核心を衝きすぎだと思う。作品のテーマを狂言回しに言わせるのは、ちょっと芸がない。騙したというより村人の期待に応えるために必死で演じた(『マジェスティック』を彷彿とさせる)というメッセージは可能な限り映像で表現するべきだったのではないか。 伊野と鳥飼かづ子のシーンは良かったが。  笑福亭鶴瓶、余貴美子、笹野高史ら芸達者が揃い、安心して鑑賞できる。八千草薫はさすがの貫禄。香川照之は相変わらず存在感抜群。刑事とのやり取りは凄味たっぷり。  瑛太は善良だが小市民的狡さも持った研修医役を好演。あっという間に感化されて尊敬していたくせに、偽医師と分かった途端、「前から怪しいと思っていました」などとぬけぬけと証言する様は黒澤『羅生門』を観ているかのよう。
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[021]ラスト、コーション
 性愛の果てにフラーティ2010-03-09
 【ネタバレ注意】
 愛する男のためにスパイに身を墜とし、色仕掛けで標的に接近するも、その男に徐々に惹かれていき、女は葛藤に苦しむ・・・という筋書きはありがちだが、心理戦の描き方が素晴・・・
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 愛する男のためにスパイに身を墜とし、色仕掛けで標的に接近するも、その男に徐々に惹かれていき、女は葛藤に苦しむ・・・という筋書きはありがちだが、心理戦の描き方が素晴らしい。変態的な愛欲に溺れつつも、2人はどこか醒めている。男は女を疑い、女は男を騙す。視線と身体と台詞が絡みつく、虚々実々の駆け引きがスリリング。  女が男に抱かれるのは任務のためなのだが、だんだん「任務」の緊張感をダシにして快楽を貪っているかのようにすら見えてきて、どちらが実でどちらが虚なのか分からなくなってくる。いったいどこまでが演技で、どこからが真心なのか。男を憎む気持ちと男を愛する気持ち。たぶん、どっちも真実なのだろう。本作で描かれているのは、単なる「過激なベッドシーン」ではないのだ。  本作において、戦時中の抗日運動がどうのという政治事情は情欲を盛り上げるスパイスでしかない。本作が執拗に映し出すのは、「より多く愛した方が負け」という、男と女の間に作用する普遍的な力学である。     女はこの勝負に殆ど勝っていた。男は女に騙され、女を信じた。隙を見せた。しかし、女は勝ちかかっていたが故に負けた。思惑通りに男が自分を愛し、弱みを見せたが故に負けた。そして女は、かつて愛した男を、かつて愛していたが故に、裏切るのである。  けれども、男は勝った、と言えるのだろうか。全てを失い茫然とする男の最期は、あまりにも切ない。  上海と香港の違いが分かりにくい。もう少し映像的な工夫が出来たのではないだろうか。  トニー・レオンが凄い。冷酷非情で加虐的だが、実は深い孤独を抱えた哀れな特務機関長官を熱演。悪辣さ冷徹さを誇示するも、それは弱さの裏返しである。地位の向上に伴い猜疑心を募らせ、日本の敗勢を前に焦燥感に駆られていく。妖艶さと清楚さ、強かさと儚さを兼ね備えたタン・ウェイの繊細な演技も良かった。
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[022]インビクタス/負けざる者たち
 究極の「打算」が生んだ白人と黒人の融和フラーティ2010-02-18
 【ネタバレ注意】
 イーストウッド監督の映画は観ていて重苦しい気持ちになる作品が多いのですが、本作はストレートに感動できる、爽快な作品。もっともイーストウッドの意図は、寛容の精神を示・・・
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 イーストウッド監督の映画は観ていて重苦しい気持ちになる作品が多いのですが、本作はストレートに感動できる、爽快な作品。もっともイーストウッドの意図は、寛容の精神を示したマンデラを通じて、他者への寛容さを失い排他的になっている現代アメリカを批判する点にあるのでしょうが。  テーマがテーマだけに、もっと「全米が泣いた」的なベタベタの感動作にすることもできたはずですが、それを潔しとしなかったところにイーストウッドの意気込みを感じましたね。何よりマンデラを聖人として描いていないのが立派。マスコミを利用して「白人と黒人の和解」を国内外にアピールし、ラグビーW杯というビックイベントをチャンスと捉え、南ア代表チーム「スプリングボクス」への応援を通じて国民の心を1つにしようと考えるマンデラは根っからの政治家です。強固な意志と理性の力で感情を抑え込んでしまったところにマンデラの偉大さがあるのでしょう。  もちろんみんながみんな、憎しみやわだかまりを簡単に捨てることができるはずもなく、家族からも理解されないマンデラ。しかし27年間の牢獄生活でも希望を捨てなかったマンデラは不屈の精神で、国民を説得していきます。マンデラは決して派手なパフォーマンスはしません。人々を扇動するのではなく、人々の心に深く染み入るように、静かに語りかけます。その穏やかな佇まいに真のカリスマを見ました。そしてマンデラに感化されたボクスの主将フランソワ・ピナールは、これまた不屈の精神でチームをまとめあげ、強敵を次々に撃破していくのでした。  色々な要素を詰め込み過ぎた結果、ダメチームが強豪チームに変貌するのがあまりにも唐突になってしまいましたが、急ぎ足ながらも要所要所を押さえた演出はさすが。オープニングの「白人がラグビーしている綺麗なグラウンドの、道路を挟んだ向かい側の原っぱで、黒人の子供がサッカーしている」の画。あざといまでに上手いですね。のっけからやられてしまいました。オープニングに対応したエンディングも、ありがちながらジーンときますね。  クライマックスでは迫力のラグビーシーンの傍ら、マンデラはもちろんのこと、警備やら観客やらテレビ・ラジオで応援している人やらのドラマもきちんと用意しています。決勝戦の対戦相手であるオールブラックスが先住民マオリ族の踊りを披露する点をクローズアップしたのも「民族融和」ということですね。心憎いまでの気の配りようです。  マンデラになりきったモーガン・フリーマンが凄すぎます。マット・デイモンも完全にラガーマンになってましたね。相当身体を鍛えたんじゃないでしょうか。個人的にはあの毒舌コメンテーターがツボでした。
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[023]ドリームガールズ
 ショービジネス界の光と影。フラーティ2010-02-16
 
ジェイミー・フォックスはもちろん上手かったが、エディ・マーフィは予想以上に上手かった。本物のソウル歌手と見紛うパフォーマンスぶり。やっぱハリウッドは凄いわ。 しか・・・
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ジェイミー・フォックスはもちろん上手かったが、エディ・マーフィは予想以上に上手かった。本物のソウル歌手と見紛うパフォーマンスぶり。やっぱハリウッドは凄いわ。 しかし、アメリカの人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」でデビューした新人ジェニファー・ハドソンの歌声はすごいね。ビヨンセを喰っていた。聴いていてだんだん疲れてきたけどww  それにしても、ダイアナ・ロスがモデルとはいえ、「かわい子ちゃんだけど歌はさほど上手くない」なんて役をビヨンセは良く引き受けたな・・・一応、ビヨンセが主演だけど、ジェニファー・ハドソンが演じたエフィの方が明らかに美味しい役だと思う。 ストーリーに深みがないとか、人物造形が甘いといった批判もあるようだけど、そもそもミュージカルにそういうものを期待するのはおかしいような・・・黒人ソウル文化の商業化という背景があるので、個人的には奥行きのある映画だと思った。 ジャクソン5のパロディまで登場するのはご愛敬www
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[024]レオン
 これは「純愛映画」ではないフラーティ2010-02-10
 【ネタバレ注意】
ニューヨークを舞台に、凄腕の殺し屋レオンと家族を惨殺された12歳の少女マチルダとの(変態スレスレの)交流と極悪麻薬捜査官スタンフィールドとの戦いを描く。 ジャン・レノ・・・
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ニューヨークを舞台に、凄腕の殺し屋レオンと家族を惨殺された12歳の少女マチルダとの(変態スレスレの)交流と極悪麻薬捜査官スタンフィールドとの戦いを描く。 ジャン・レノ扮するレオンはタフでたくましいが、殺し屋にしては優しすぎで、愛することに不器用。映画中にも出てくるように「子供のまま大きくなってしまった」男。立っているだけで画になるのは流石ジャン・レノ。豪放磊落なエンゾ(『グラン・ブルー』)とはまたひと味違った魅力を出している。 マチルダ役を射止めたナタリー・ポートマン(当時13歳)は、まさにハマリ役で、この時期(歳)の彼女でしかマチルダ役を演じきることは不可能であっただろう。か細い身体と力のある鋭い目に象徴されるように、少女性と娼婦性を同居させ、子供(女の子)と大人(女性)の狭間にいる者だけが持ついわく言い難い魅力を放っている。特に映画中盤のチャップリンなどの変装、ものまねでのナタリー・ポートマンは妙に色っぽい。何とも妖しい魅力である。弟の死に涙する優しさと、レオンとの駆け引きに見えるしたたかさとたくましさ。下品な言葉もポートマンが言うと何故か可愛い。 この映画に男性はロリコン的な欲望、女性は少女漫画的な「白馬の騎士」を見るであろう。 そういうわけでかなり歪んだ映画だが、元々シチュエーションが異常なのでこれもまたありかな、という感じ。 レオンおよびスタンフィールドの人物設定、背景設定が謎だが(レオンはまだある程度分かるが、スタンフィールドはなぜあれほど麻薬の押収に気合いを入れていたのか? 横流しのためか? なぜ彼はあれだけの部隊を繰り出せるほどの権力を持っているのか? どういう口実をつけて出動させたのか?)、 そもそもが非現実的な設定なのでそれも容認すべきであろう。 ただ、ピンを抜いただけじゃ手榴弾は爆発しないと思う(笑) さてこの映画、賛否両論あるわけだが、2人の「純愛」に感動するというよりは、偽りであろうと幻であろうとその「愛」にすがらなければ生きていけない孤独な2人の哀しみに共感するのが正しい見方なのではないかな。 真実の愛なんてのは幻想だからね。でも人は、愛(のようなもの)がなければ生きていけない、独りでは生きていけない弱い生き物なわけで。 もちろんベッソンはそのことに自覚的だったと思う。だからこそ背伸びしすぎで違和感ありありのマチルダのコスプレシーンをあえて挿入したのだろうし、完全版では「マチルダの誘惑→レオンの拒絶」という生々しいシーンを入れたわけだ(この辺りが母性愛を描いた『グロリア』との決定的な違いでもある)。 2人の関係が異常であることを改めて観客に喚起させたのである。 極限状況下で芽生えた愛はやがて破局を迎える。 だからこそ、レオンの死は必然だったのである。 レオンはマチルダの美しい記憶の中に残った。 最後にあの植木鉢の植物を学校の庭に植えるところはグッとくるよね。 だから「これのどこが純愛なんだよ! すけべおやじの淫らな願望の投影だ」という批判は全くの的はずれである。もともと「純愛」でも何でもなくて、「恋に恋する」というか、純愛を信じたかった「外れ者」2人が肩を寄せ合って生きた物語なのだから。 また脇役陣ではG・オールドマンがイカれたDEA(麻薬捜査局)の悪徳捜査官という悪役を楽しそうに演じているのが印象的。 そしてもちろん、リュック・ベッソンの独特のカメラワークも良い。 ミルク、植木鉢、ぬいぐるみ、アニメなどの小道具もうまい。
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[025]Vフォー・ヴェンデッタ
 社会派?な娯楽作フラーティ2010-02-07
 
独裁者サトラーに支配された第3次世界大戦後のイギリスにおいて、「V」と名乗る謎の仮面の男が、国民を徹底的に管理する圧政に反発して、ガイ・フォークスの意思を受け継ぐと・・・
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独裁者サトラーに支配された第3次世界大戦後のイギリスにおいて、「V」と名乗る謎の仮面の男が、国民を徹底的に管理する圧政に反発して、ガイ・フォークスの意思を受け継ぐと称して革命を企てます。「V」に助けられた女性エヴィーは、否応なく「V」の革命に巻き込まれていきます…… 『マトリックス』のウェシャウスキー兄弟だけに、映像と音楽、アクションは抜群に美しいです。ストーリーもサクサク進んで、観ていて楽しい。 丸坊主のナタリー・ポートマンの熱演もさることながら、『オペラ座の怪人』と『厳窟王』を彷彿とさせる仮面の復讐鬼「V」を、魅力たっぷりに演じたヒューゴ・ウィービングが素晴らしかったです。その憎悪と狂気と悲哀を、声色と身振りだけで、仮面越しに表現していました。 ただ、いささか軽いノリで、メッセージ性は弱いですね。 原作のアメコミはどうだか知りませんが、ストーリーが単純というかご都合主義というか。何より設定が陳腐で穴だらけ。 独裁国家のはずなのに、管理体制がずいぶんと杜撰でお粗末。 サトラーをはじめとする悪役たちも、相当おバカさんです。 そのせいで、独裁国家の残酷さ、陰惨さが十分に伝わってきません。
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[026]交渉人
 (無題)フラーティ2010-02-04
 【ネタバレ注意】
 人質事件解決のプロである「交渉人」(ネゴシエーター)が無実の罪を着せられ、真犯人を炙り出すために、逆に人質を取って警察署に楯籠もるという設定は突飛だが、面白い。  ・・・
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 人質事件解決のプロである「交渉人」(ネゴシエーター)が無実の罪を着せられ、真犯人を炙り出すために、逆に人質を取って警察署に楯籠もるという設定は突飛だが、面白い。  無実の罪を晴らそうとするダニー・ローマン、犠牲者ゼロで事件を解決しようと奔走するクリス・セイビアン、突入を強行することで短期解決を図るアダム・ベック、ネイサン殺害の真相を語ろうとしない人質のテレンス・ニーバウム、突入に乗じて証拠の隠滅を画策する署内に潜む真犯人など、登場人物それぞれの思惑が複雑に交錯する様子を巧みに描いている。先の読めない展開にはハラハラさせられる。特に互いに手の内を知り尽くした交渉人同士の駆け引きは緊迫感があって良い。  真犯人探しが唐突な形で決着するのはどうかと思うが(伏線なし)、殺人事件の謎解きと人質事件が同時に進行するというユニークな発想を途中で破綻させずに結末まで導いた力量を素直に評価したい。主役2人の演技合戦も見事。
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[027]グッバイ、レーニン!
 美しき嘘フラーティ2010-02-04
 
 ベルリンの壁崩壊、ドイツ統一(東ドイツの消滅)、という時代の激変に翻弄されつつも、家族愛・隣人愛を忘れずに懸命に生きる東ベルリン市民の悲喜交々の姿を感動的に描いた、・・・
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 ベルリンの壁崩壊、ドイツ統一(東ドイツの消滅)、という時代の激変に翻弄されつつも、家族愛・隣人愛を忘れずに懸命に生きる東ベルリン市民の悲喜交々の姿を感動的に描いた、微笑ましくも切ない作品。 愛する者に残酷な真実を知られないための必死の嘘、というモチーフは、『ライフ・イズ・ビューティフル』にも通じる。  庶民、市井の人々にスポットを当てて、その生活をユーモアとペーソスを交えて描くという作品には、どうにも弱い。 O・ヘンリーの『賢者の贈り物』とか、ビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』とかね。 どこにでもいるような、とるにたらない人々への暖かい眼差しというか。  母親に嘘をつき通すのが正しいかどうかは分からない。 しかし、そこに母親への限りない愛情があることだけは確かだ。そして母親も息子の愛に応えた。 社会主義の理想は、そういう庶民の暖かい情に根差していたはずなのに、どこでどう狂ってしまったのか。  主人公と友人が創造した「幻想の東ドイツ」。 これが現実だったら、どんなに素晴らしいだろうと思った。 元宇宙飛行士の演説は、100%嘘なのだが、その奥底に真実が眠っているような気がして、そこに真実があると信じたくて、胸が詰まる思いだった。 心は物に勝つのだ、と。
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[028]シービスケット
 大恐慌時代を駆け抜けた奇跡の馬の物語フラーティ2010-02-03
 
地味ながら丁寧な作り、隠れた大傑作だと思う。 中盤以降は涙が止まらなかった。 クライマックスのレースのシーンでは完全に感情移入して、心の中で応援しまくり。 「カラー・・・
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地味ながら丁寧な作り、隠れた大傑作だと思う。 中盤以降は涙が止まらなかった。 クライマックスのレースのシーンでは完全に感情移入して、心の中で応援しまくり。 「カラー・オブ・ハート」や「サイダーハウス・ルール」など純朴な青年役が多かったトビー・マグワイアが一転、本作では、周囲に噛みつくことで己の誇りを保とうとする孤独で寂しい荒くれジョッキーのレッドを熱演。 レッドに対して慈父のごとく温かく接する馬主役のジェフ・ブリッジスはさすがの貫禄。ウィリアム・H・メイシーの軽妙な実況も魅力。ライバル役のゲイリー・スティーヴンスもいちいち言動がキマっていて格好良い。
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[029]Dr.パルナサスの鏡
 めくるめく悪夢の世界へようこそフラーティ2010-02-01
 【ネタバレ注意】
CGと想像力を駆使した幻想世界も良かったですが、移動式の見せ物小屋など美術面での凝りぶりが圧巻です。衣装デザインも秀逸。ストーリーよりも雰囲気を楽しむ作品ですね。 ・・・
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CGと想像力を駆使した幻想世界も良かったですが、移動式の見せ物小屋など美術面での凝りぶりが圧巻です。衣装デザインも秀逸。ストーリーよりも雰囲気を楽しむ作品ですね。 周知の通り、誠に残念なことにヒース・レジャーは本作の撮影中に亡くなってしまうわけですが、劇中でも首吊りシーンがあって、予見めいていて不気味です。撮影されていなかった部分に関してはジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの3人がヒースの代役を務めていますが、その切り替えは巧みで全く違和感がないです。顔が変わることで、かえって摩訶不思議さが増幅され、まさに「怪我の功名」。いけすかなさを演じる点では、ヒースよりも寧ろコリンの方が似合ってますからね(笑) ヒロインを演じたリリー・コールは、童顔とふっくら加減が魅力的ですね。「オースティン・パワーズ」シリーズで有名なヴァーン・トロイヤーも小生意気な小人を好演、グロテスクな世界の構築に一役買っています。あのどこか憎めない悪魔も良かったです。
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[030]バトルスター ギャラクティカ サイロンの攻撃
 ゼロ年代最高の宇宙叙情詩の幕開けフラーティ2010-01-20
 
 いわゆる「パイロット版」として放映されたもので、この「序章」の大好評を受けてシリーズ化が決定、2009年に本編が完結しました。  アクションもサスペンスもラブストーリ・・・
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 いわゆる「パイロット版」として放映されたもので、この「序章」の大好評を受けてシリーズ化が決定、2009年に本編が完結しました。  アクションもサスペンスもラブストーリーも最高に素晴らしい、超弩級の大作です。「序章」ではカタストロフィーに直面した人類の反応を、1人1人の心情と行動に寄り添って丁寧に叙述しているので、かなりのボリュームになっていますが(本国アメリカでもスローな物語進行が我慢できずに途中で消してしまった人が少なからずいたそうです)、ここでの様々な布石が後々に活きてきますので、一瞬たりとも見過ごせません。
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