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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3796件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]続社長漫遊記
 日章丸黒美君彦2018-06-20
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>太陽ペイント社長堂本平八郎(森繁久彌)はひょんなことから妻あや子(久慈あさみ)を連れて別府へ。そこに契約を狙っている米国企業ジュピターの極東支社長らをラ・・・
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<あらすじ>太陽ペイント社長堂本平八郎(森繁久彌)はひょんなことから妻あや子(久慈あさみ)を連れて別府へ。そこに契約を狙っている米国企業ジュピターの極東支社長らをライバル社が連れて長崎の造船所に向かったという情報を受け、急遽堂本は長崎へ。一方山中源吉営業部長(加東大介)に勝手に見合いを断られてしまった木村進秘書課長(小林桂樹)は、見合い相手の大浦タミエ(藤山陽子)への気持ちを棄てられない。結局ジュピター接待に失敗した堂本と木村は、芸者の桃竜(草笛光子)やポン太(浜美枝)と飲んで木村は泥酔。一方翌日グラバー邸で桃竜と待ち合わせた堂本だったが、桃竜は彼女にぞっこんのジュピター秘書課長ウイリー田中(フランキー堺)を引き連れていた。3人は島原・雲仙にドライブで向かい、田中を嫌う桃竜と堂本はこっそり抜けて旅館へ向かうが…。 1963年1月に公開された『社長漫遊記』の続編で3月に公開された作品(社長シリーズ第17作)。前作では北九州市の若戸大橋の開通式などが目玉の一つだったが、この作品では出光興産の子会社出光タンカーが発注した大型タンカー「日章丸」(3代目)が登場。総重量は約7万5千トンで、1962年10月に佐世保重工佐世保造船所で竣工した時点では世界最大のタンカーだったとか(1978年に解体)。 それにしてもこの作品でも堂本社長はもてもて。当時29歳の草笛光子、淡路恵子が芸者とスナックママ役でそれなりのモーションをかけてくるのだから、昔の社長はいいですねー。 グラバー邸で草笛光子扮する蝶々夫人と、森繁のピンカートンの妄想シーンもとても楽しめる。 一方39歳の小林桂樹との結婚に前向きの「ミス若戸」の大浦タミエ役の藤山陽子は当時21歳。いくら何でも釣り合わない(笑)。 この作品でも三木のり平の宴会芸は見られるし、テンポ良いコメディ映画として楽しめる。 ここでも日系米人役のフランキー堺が秀逸。「ハワイ生まれ」だという彼の日本語もどきは、どうやら広島弁っぽい。いうまでもなくハワイへの移民に広島県人が多いことはよく知られているが、そうしたことを踏まえた彼の台詞回しはただただ巧いとしかいいようがない。 英語が流暢な雪村いずみも秘書役で登場。 ちなみに最後に小林桂樹と藤山陽子が結婚式場を決めてきたのは「明治記念館」。堂本夫妻と娘夫婦、孫を連れた5人に出会うのは明治神宮だ。なかなか楽しめる作品に仕上がっている。
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[002]Missデビル 人事の悪魔・椿眞子
 中盤から失速黒美君彦2018-06-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>念願かなって共亜火災保険に入社した斉藤博史(佐藤勝利)だったが、研修を担当する人事コンサルタントの椿眞子(菜々緒)は、「50人の新入社員を10人まで減らす」・・・
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<あらすじ>念願かなって共亜火災保険に入社した斉藤博史(佐藤勝利)だったが、研修を担当する人事コンサルタントの椿眞子(菜々緒)は、「50人の新入社員を10人まで減らす」と宣言。いじめや同期社員の自殺未遂などを経て残った斉藤は、椿が室長を務める「人材活用ラボ」似配属され、椿から社内のリストラのための潜入調査を指示される。やがて椿は、喜多村完治会長(西田敏行)や大沢友晴社長(船越英一郎)との間に過去の不正をめぐり、何らかの関係にあることがわかってくる…。 何とも中途半端なドラマシリーズ。菜々緒演じる椿眞子が新入社員たちを情け容赦なく切っていくのはパロディとしては面白かったが、彼女が共亜火災保険の虚偽調査によって火災後の資金に行き詰まり、消息を絶った支配人の娘だった…あたりから、謎ともいえない中途半端なサスペンスに一変。主人公の佐藤勝利の父親役で登場する鶴見辰吾が大沢社長との関係を隠す理由もさっぱりわからないし、最終回のつじつま合わせに四苦八苦している様は苦笑を禁じ得なかった。 そもそも菜々緒を人間離れした超人として登場させる以上、相応の敵が必要だろうけど、それが船越英一郎ではね〜。 そして佐藤勝利のベタなおどおどした演技がどうにも受け付けられなかったのも致命的。 前半には面白くなる要素は少しはあったのに、自らその面白さに気づかず、凡庸なサスペンスにしてしまったところがどうにも。人事部長が会長の愛人の娘だった、なんて全く不要なエピソードだし。 そもそも椿眞子はどうしてこんなキャリアを積んできたのかもわからず仕舞い。もやもや感が残った。 菜々緒はこんなアンドロイド的な役柄しか似合わないんだろうな、きっと。
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[003]社長漫遊記
 あぶらの乗った森繁黒美君彦2018-06-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>欧米視察から帰国した太陽ペイント社長堂本平太郎(森繁久彌)はすっかり米国かぶれに。社用族の接待や酒宴は禁止と言い出し、山中源吉営業部長(加東大介)や木村・・・
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<あらすじ>欧米視察から帰国した太陽ペイント社長堂本平太郎(森繁久彌)はすっかり米国かぶれに。社用族の接待や酒宴は禁止と言い出し、山中源吉営業部長(加東大介)や木村進秘書課長(小林桂樹)はもとより、妻のあや子(久慈あさみ)も振り回される。太陽ペイントは、米大手塗料メーカー・ジュピターの顔料を独占的に輸入したいと考えていたが、極東支社の秘書課長ウイリー田中(フランキー堺)に振り回されてしまう。そこへ北九州市の若戸大橋の開通式に招待された堂本たち。見合いでその気になった木村はお相手の大浦タミエ(藤山陽子)に会えるとわくわくしていたが、お見合いはやめた方がいいと堂本に諭され、堂本は若松の芸者〆奴(池内淳子)に逃げられ、追ってきたスナックのママれん子(淡路恵子)と別府に行こうと約束するも、妻あや子が現れておじゃんに…。 社長シリーズ第16作。虚礼廃止、女子社員のお茶汲み禁止を宣言する堂本社長、いやいやその後数十年後を先取りしています。 映画の後半は工業地帯として栄えていた北九州へ。 劇中登場する若戸大橋は全長627m、1962年9月26日に開通した。当時は東洋一の吊り橋だったのだとか。 たまたま一昨年若戸大橋を訪ねたところだったので、現在のすたれた雰囲気と随分違う。当時の開通式や若戸大橋の完成を記念した「産業・観光と宇宙大博覧会」(若戸大博覧会)の様子なんて貴重かも。 このシリーズ特有のコミカルなストーリーは、当時49歳(若い!)の森繁久彌が乗りに乗っている感じ。加東大介と三木のり平の宴会芸も笑えるし、秘書役の雪村いずみの流暢な英語もいい。そしてそれはいったいどこの方言なんだ?と突っ込みたくなるフランキー堺のわけわからん日本語には爆笑。みんな芸達者だねー。 綺麗どころは池内淳子に淡路恵子、森繁は役を離れて口説いているようにしか見えん(笑) でもそのくらいの色気がこの頃の森繁にはある。社長シリーズの中でも及第点の一作。
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[004]羊と鋼の森
 芳しいが甘すぎない黒美君彦2018-06-18
 【ネタバレ注意】
とても静かな色調に彩られた作品。 最近は露悪的に汚れた映像の作品が多いが、この作品からは芳香でありながら甘すぎない、そんな爽やかな香を感じた。 それは旭川の森に根づい・・・
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とても静かな色調に彩られた作品。 最近は露悪的に汚れた映像の作品が多いが、この作品からは芳香でありながら甘すぎない、そんな爽やかな香を感じた。 それは旭川の森に根づいた心象風景が多用されているせいかも知れない。 自然に溢れる北海道の風景が美しく、ピアノの音色と奏でられる四季がとても似合っていた。 物語は将来をイメージできない少年が出逢った「調律」のエピソードから始まる。やがて調律師となった外村直樹(山崎賢人)は先輩調律師の柳伸二(鈴木亮介)、調律師になるきっかけとなった板鳥宗一郎(三浦友和)、耳が良すぎる元ピアニストの秋野匡史(光石研)らに鍛えられながら、少しずつ成長していく。そのなかでピアニストの姉妹佐倉和音(上白石萌音)と由仁(上白石萌歌)に調律を頼られるようになったことが外村の自信につながっていくのだが…。 調律師はピアニストを支える立場ではあっても、主役にはなれない。そんな新米調律師を山崎賢人がまあまあ頑張って演じている。ちょっと頼りなさすぎる感じもしないではないけれど。 ピアニストの姉妹役を演じた上白石姉妹は、幼い頃からピアノを手がけていたということで、吹き替えでない分実に自然な演奏だ。田舎のこんな美少女姉妹、っていそう。ちょっと垢抜けないけれど、真面目な姉妹。萌音ちゃんはドラマでは大学生になったのに、この作品ではまた高校生に(笑)。 どんな音を目指していますか、と外村に問われた板鳥が、原民喜の一節を示したのは驚きでもあった。 「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」と、民喜のエッセー「沙漠の花」の一節を示すのだ。 ある意味、とても文学的な薫りに充ちた作品だといえた。 最近聴覚が衰え気味で、積極的に音楽を楽しむ気になれないが、ひさしぶりに静謐な映画を観た、と思った。ちょっと甘すぎる気がしないではないけれど…。 とはいえたまにはこんな作品も悪くない。
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[005]シグナル 長期未解決事件捜査班
 23時23分黒美君彦2018-06-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>警視庁城西署の三枝健人警部補(坂口健太郎)は、8年前に無線で過去の大山剛志巡査部長(北村一輝)とつながり、時効寸前の女児殺害事件を解決した経験がある。中・・・
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<あらすじ>警視庁城西署の三枝健人警部補(坂口健太郎)は、8年前に無線で過去の大山剛志巡査部長(北村一輝)とつながり、時効寸前の女児殺害事件を解決した経験がある。中本管理官(渡部篤郎)から長期未解決事件捜査班に加わった三枝は、大山の後輩で、行方不明になった彼を探し続ける桜井美咲(吉瀬美智子)や岩田一夫(甲本雅裕)、山田勉(木村祐一)、鑑識の小島信也(池田鉄洋)とともに女性連続殺人の捜査に乗り出す。実は三枝は、子どもの頃、兄が無実の罪を着せられたまま死んでしまうという体験があり、そこにも大山が関わっていた…。 2016年に韓国で大ヒットしたドラマのリメイク。過去と通信できる無線機を駆使して凶悪事件の真犯人を捕らえ、過去を変えるという荒唐無稽な設定。オリジナルは観ていないので比較はできませんが、シリーズ前半はテンポも悪くなく、過去を変えることによって現在が変わるというこのドラマの特色も巧く表現されていたように思います。しかしながら三枝自身が、兄の無罪とその後の死を変えようと奔走し始めた辺りから、少々ありがちなドラマ展開に。 夜の11時23分の限られた時間しかやりとりできない、電池の入っていないトランシーバー。で、活躍しているのは三枝というより大山(笑)。 坂口健太郎はひたすら無線機に「大山巡査部長!大山巡査部長!」と叫ぶばかりだし、何せ過去に手を出すことは出来ないから、ただただ大山に動いてもらうしかないわけで…。 それにしても、過去との無線交信が妙に時系列なのが不思議。パラレルワールドと考えたらいいのかな。 後半、何だかもたもたしてしまったのが惜しまれる気がします。 20年前のウブな刑事役を演じる吉瀬美智子にはさすがに無理が(笑)。
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[006]レディ・バード
 “Love and Attention”黒美君彦2018-06-18
 【ネタバレ注意】
自分の名前に納得いかず、“レディ・バード”と呼ばせる自意識過剰な17歳のクリスティン・マクファーソン(シアーシャ・ローナン)。 母マリオン(ローリー・メトカーフ)とは折・・・
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自分の名前に納得いかず、“レディ・バード”と呼ばせる自意識過剰な17歳のクリスティン・マクファーソン(シアーシャ・ローナン)。 母マリオン(ローリー・メトカーフ)とは折り合いが悪く、田舎のサクラメントをどう脱出するかばかりを考えるティーンエイジャー。 美少女役をこなしてきたシアーシャ・ローナンが、どこにでもいそうな田舎の女子高生を巧演。走行中の車から道路に身を投げる冒頭のシーンが構成としてもうまい。え?と思わせ、一気に物語の世界に引き込まれる。 舞台となっている2002年なんてついこの間のことのように感じるが、もうそうじゃないんだ、とも思う。 母娘がぶつかるのは、性格がそっくりだから。母は自分を見ているようで苛立ち、そんな過干渉に娘は反発する。世の東西を問わずよくみる関係。女性は重なるところが多いかもしれない。私が観た回の8割は女性客だった。 根拠のない自信や性への好奇心。やっと出来たと思った彼氏がゲイだと判明したり、次の恋人はともに初体験かと思ったら実は経験豊富とわかったり(その割にはあっという間に終わっちゃったけど 笑)。 温かな眼差しで叱り付けるでもなく語りかける老修道女サラ・ジョーン(ロイス・スミス)がいい。 サクラメントの嫌なところを書き連ねた主人公に「愛することと注意を払うこと(“Love and Attention”)はとてもよく似ているわ」と彼女は説く。この時のクリスティンには多分その意味はわからないだろうが、愛憎表裏一体といったところか。 主人公が少しずつ大人になっていく。それは相手の立場や気持ちに思いを馳せるということでもある。 憧れのNYで、あんなに嫌だったカトリック教会に足を運び、癒されるなんて…。大切なものは失って初めてその大きさに気づくものだ。 それは故郷であり家族であり、若さであり、若さゆえの万能感であり…。 ナイーヴなこの年代の少女の気持ちを巧くすくい取った作品に仕上がっている。
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[007]コンフィデンスマンJP
 「コンフィデンスマンの世界にようこそ」黒美君彦2018-06-13
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>「コンフィデンスマン」とは「信用詐欺師」のこと。ダー子(長澤まさみ)、小心者のボクちゃん(東出昌大)、ベテランのリチャード(小日向文世)が、経済ヤクザや・・・
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<あらすじ>「コンフィデンスマン」とは「信用詐欺師」のこと。ダー子(長澤まさみ)、小心者のボクちゃん(東出昌大)、ベテランのリチャード(小日向文世)が、経済ヤクザや美術商、スポーツ企業のオーナーなどを相手に次々罠を仕掛け、時には危険な目にも…。 「#1ゴッドファーザー編」では経済ヤクザ(江口洋介)、「#2リゾート王編」では暴君リゾート女王(吉瀬美智子)、「#3美術商編」では美術商(石黒賢)、「#4映画マニア編」では食品会社社長(佐野史郎)、「#5スーパードクター編」では「神の手」外科医(永井大)と病院理事長(かたせ梨乃)、「#6古代遺跡編」では考古学好きのコンサル会社社長(内村光良)、「#7家族編」では資産家の元ヤクザ(竜雷太)、「#8美のカリスマ編」ではブランド会社の社長(りょう)、「#9スポーツ編」ではIT企業家でスポーツチームオーナー(小池徹平)、そして「#10コンフィデンスマン編」ではチャイニーズマフィア(佐藤隆太)…と、一話完結ならではの贅沢なキャストで毎回凝りに凝った作品に仕上げていったドラマシリーズ。 古沢良太の脚本はよく練られていたと思うが、最初は詐欺師物語でつい求めてしまう「爽快感」「してやられた感」がやや薄い感じがあって、物足りない印象が残った。そのせいか視聴率も一度もふた桁に乗らず(関東)。 しかしながら、長澤まさみの弾けた演技、東出昌大の頼りなげな演技、小日向文世の飄々とした演技に馴染んでくると、次第にハマってくる。 スタッフの遊び心もふんだんで、別の回で登場した小物をさりげなく使ったり、最終回が実は時系列的には第1話の前にあたり、いわば物語が循環していることがわかったり。スペシャルゲストで卓球の平野美宇が出ているのも笑えた。 とりわけ突き抜けていたのが長澤まさみか。副音声で彼女は「あてがき(俳優を想定して書いた台詞)かと思うような台詞も多くて…」と語っていたけれど、彼女のコスプレも楽しみの一つだった。 第4話以降続いた、副音声で本編を無視した小手伸也演じる「五十嵐のスイートルーム」も楽しめた。毎回2時間観なきゃいけないのは大変だったけど。 最終回では3人の本名や過去が明かされるけれど、それすらも…、というのは面白い。 ただ頭を使わなきゃいけないドラマシリーズでもあるので、シンプルで単純なものしか受けつけなくなった視聴者には敬遠されたか、視聴率が伸びなかったのが惜しまれる。
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[008]バーフバリ 王の凱旋<完全版>
 荒ぶる神 シヴァ神よ黒美君彦2018-06-12
 【ネタバレ注意】
インドの叙事詩「マハーバーラタ」をもとにしたというこの作品、映画が盛んなインドの歴代興行収入を軒並み更新し、世界的ヒットにつながったというから大したもの。とにかく勢・・・
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インドの叙事詩「マハーバーラタ」をもとにしたというこの作品、映画が盛んなインドの歴代興行収入を軒並み更新し、世界的ヒットにつながったというから大したもの。とにかく勢いはスゴい。さすがにペンライトを持って絶叫する気にはならなかったけど。 CGの完成度など何のその、早いテンポでどんどん場面転換していくので、じっくり映像を堪能する時間もないほどだった。 舞台となっているのは遠い遠い昔のマヒシュマティ王国。 国王に指名されたアマレンドラ・バーフバリ(プラバース)は、旅先でクンタラ王国の姫デーヴァセーナ(アヌシュカ・シェッティ)と出逢う。この辺のロマンスも歌あり踊りありでサービス精神旺盛。姫役のアヌシュカ・シェッティは1981年生まれというからもう30代半ばだけれど、美貌を備えつつ、武術にも優れ、国母シヴァガミ(ラムヤ・クリシュナ)にも噛みつく役なので、若くては務まらないかも。 このデーヴァセーナをめぐって従兄弟のバラーラデーヴァ(ラーナー・ダッグバーティ)が策略を練って、王位を奪い取り、バーフバリがあえなく暗殺されてしまうところが驚き。シヴァガミ、国母でありながら、実の母親として息子の育て方を失敗しているし(笑)。 そして25年が一瞬の内に過ぎて、バーフバリの息子シヴドゥ(プラバース・二役)が復讐に立ち上がるのが後半のクライマックス。 とにかく凄まじい勢いで物語は展開していく。 しかも冒頭はえんえんと提携先の企業がロゴつきで紹介される。チョコレート会社まで提携しているからびっくり。CGやミニチュアなど、あらゆる映像技術を駆使しているから、制作費も相当かかっているだろうなあ。でもインドだと安いのかななんて考えてしまった。 とにかく王を称えよ、さらに称えよ、なのでありました。 ひゃー。
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[009]それから
 どうしやうもない感じ黒美君彦2018-06-11
 【ネタバレ注意】
著名な評論家でもあるキム・ボンワン(クォン・ヘヒョ)が社長をつとめる小さな出版社“カン図書”で働き始めたソン・アルム(キム・ミニ)。そこに女性社員との浮気を疑って乗り・・・
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著名な評論家でもあるキム・ボンワン(クォン・ヘヒョ)が社長をつとめる小さな出版社“カン図書”で働き始めたソン・アルム(キム・ミニ)。そこに女性社員との浮気を疑って乗り込んできた妻(チョ・ユニ)。そこに真の浮気相手であるイ・チャンスク(キム・セビョク)が姿を現して…。 まあ何というか修羅場というか何というか、出版社社長の情事に巻き込まれたアルムの毅然とした態度が印象的。モノクロームの映像の意図するところはもひとつわからないが、男と女ののっぴきならない感じや、どうしようもない巻き込まれ感が何とも秀逸。ラストで「夏目漱石」が登場するとは思わなかった。 基本的にダイアローグで成立している映画であり、うかうかしていると時系列の変化を見落としてしまいそうなのだけど、どこか往年のフランス映画を思わせる作品。人生を描いているとかそんな深遠なテーマは感じなかったけど、人間のどうしやうもない感じ、はよく描かれているように感じた。 時間が経ってボンワンがすっかりアルムのことを忘れている、というのはどうかと思ったけれど。
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[010]MIFUNE: THE LAST SAMURAI
 三船伝説黒美君彦2018-06-11
 【ネタバレ注意】
世界的に知られる三船敏郎(1920〜97)の生涯を追ったドキュメンタリー作品。正直新しい発見はさほどなかったが、鬼籍に入った共演者、土屋嘉男(1927〜2017)、中島春雄(1929・・・
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世界的に知られる三船敏郎(1920〜97)の生涯を追ったドキュメンタリー作品。正直新しい発見はさほどなかったが、鬼籍に入った共演者、土屋嘉男(1927〜2017)、中島春雄(1929〜2017)、加藤武(1929〜2015)、夏木陽介(1936〜2018)の三船敏郎との思い出や思いが聴けるだけでも意味がある。数年の間に、三船の同時代人はどんどん減っているんだなあと痛感。 もっぱら時代劇における三船の役割が語られるが、できれば彼の現代劇までも語って欲しかった感も。もっとも海外で影響を及ぼしたのは『七人の侍』や『用心棒』だから仕方ないといえば仕方ないんだけど。 それにしても彼の存在感は稀有なものだった。その目つき、声、所作、そのどれをもっても比類ない。 まさに「映画スター」だったが、この作品では映画が斜陽産業となり、「三船プロ」社長としてTVのドラマシリーズに頼らざるを得なくなった時代の彼も語られる。子どもの頃観た『荒野の素浪人』(1972〜74)シリーズは個人的には好きだったけどなあ。 邦画の黄金期を支えた稀代の俳優と稀代の監督。それらが化学反応を起こしたとき、傑作は生まれるんだなあと改めて感じた。 観客の年齢層がかなり高めだったのは仕方ないところだな。
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[011]朗読屋
 「ボタンがひとつ」黒美君彦2018-06-11
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>妻に去られ仕事も失った西園寺マモル(吉岡秀隆)は、元妻からの突然の電話で24時間開いているスサ図書館の存在を知る。そこで出会った司書の沢田ひとみ(吉岡里帆・・・
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<あらすじ>妻に去られ仕事も失った西園寺マモル(吉岡秀隆)は、元妻からの突然の電話で24時間開いているスサ図書館の存在を知る。そこで出会った司書の沢田ひとみ(吉岡里帆)の紹介で、孤島の洋館に暮らす老婦人小笠原玲子(市原悦子)のもとで中原中也の詩を朗読することになった。玲子の世話役の早川(緒川たまき)や漁師の倉田(山下真司)から中也について学ぶ。ある日マモルは図書館に見覚えのある元妻の手帳を見つける…。 NHKの地域発ドラマとしてはなかなかの出来。映画監督としては最近もうひとつの荻上直子だが、このドラマはいい。 物語としてはファンタジーなのだけど、萩市に実在する24時間図書館「まなぼう館」から発想を飛ばし、父親への記憶だけを頼りに生きている老婦人への朗読をする男、という設定が悪くない。そしてそこで読まれる中原中也の詩の数々。 漁師(山下真司)が、そこまで中也を称揚するとは思わないけど、そこはファンタジー。 吉岡里帆から「干からびたゾンビみたい」と例えられる吉岡秀隆の情けない感じも相変わらず巧い(吉岡里帆は下手だけど)。 中也が詩に書いた「冬の長門峡」を、現地で読んでみたり、死の床にある市原悦子の枕元で「月夜の浜辺」を朗読したり。 「(前略)月夜の晩に、ボタンが一つ/波打際に、落ちていた。/それを拾って、役立てようと/僕は思ったわけでもないが/月に向ってそれは抛(ほう)れず/浪に向ってそれは抛れず/僕はそれを、袂に入れた。/月夜の晩に、拾ったボタンは/指先に沁(し)み、心に沁みた。(後略)」 中也が愛息文也の死に際して読んだ詩だというが、中也の世界と、このドラマの世界が共鳴し合い、不思議な余韻に充ちた作品になった。 ちなみに市原悦子が住んでいる設定の洋館は、小野田市にある「小野田セメント山手倶楽部」なのだとか。 東京ドラマアウォード2017 ローカル・ドラマ賞受賞。
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[012]22年目の告白-私が殺人犯です-
 無理はあるけど黒美君彦2018-06-11
 【ネタバレ注意】
迂闊にもオリジナルの韓国映画を観ずにこの作品を観たので比較は出来ないけれど、大きな期待をしていなかった分それなりに楽しめた。 途中でスジ読みが出来てしまったのが惜し・・・
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迂闊にもオリジナルの韓国映画を観ずにこの作品を観たので比較は出来ないけれど、大きな期待をしていなかった分それなりに楽しめた。 途中でスジ読みが出来てしまったのが惜しまれるところだけど。そもそも公開されている情報か、未公開の情報かは、映画を観ている者にはわからない。それが「真犯人」であることの証しになる、なんて少々ズルい。 藤原竜也は相変わらずの怪演。伊藤英明も頑張っているけど、そもそも世間の耳目を集める殺人犯のニセ告白本の黒幕でありながら、咎めだてされずにそのまま刑事でいられるわけがない。そこんところがどうにも引っかかる。しかも肩を撃たれた真犯人は、病院にも行かず、自然治癒したってこと?うーん、無理がある。 ただ、全編を通じて、メディアを悪用した劇場型犯罪の怖さがこれでもかと描かれるのがこの作品の特徴でもある。 自己顕示欲の強い殺人犯…といえば、神戸の連続児童殺傷事件を想起せざるを得ないが、米国では1977年にニューヨーク州で、加害者が自らの犯罪を出版等して利益を得ることを防ぐために「サムの息子法」が成立。他の多くの州でも導入しているという。個人的には表現の自由の立場から、手記の出版は認めていいと考えるが、その利益は被害者に還元するような仕組みが必要だと思う。もちろん被害者遺族からすると加害者が生きていること自体許せないのに、手記を出すことなんてもってのほかなのだろうけど…。 というわけでいろいろ無理は感じたけれど、被害者が一致協力して真犯人を炙り出す、というのはカタルシスがないわけではない。 仲村トオルも頑張っているけれど、後味の良い結末ではない。
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[013]君の名前で僕を呼んで
 プラクシテレス黒美君彦2018-06-05
 【ネタバレ注意】
切ないひと夏の恋。北イタリアの美しく古い街並みや自然をバックに描かれる恋情は、そこはかとなく儚いものだった。 考古学者の父パールマン教授(マイケル・スタールバーグ)・・・
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切ないひと夏の恋。北イタリアの美しく古い街並みや自然をバックに描かれる恋情は、そこはかとなく儚いものだった。 考古学者の父パールマン教授(マイケル・スタールバーグ)のもとにやってきた米国人の大学院生24歳のオリヴァー(アーミー・ハマー)と17歳の少年エリオ(ティモシー・シャラメ)の恋。これ以上近づいてはいけない、と思えば思うほど狂おしく惹き合う磁力のような感情がふたりを覆う。ふたりで自転車で走り回る至福の時間は、恋の魔力に溢れていて何とも魅力的だ。 エリオを演じたティモシー・シャラメは、『ベニスに死す』のタジオのような中性的な魅力をたたえ、ガラス細工のような脆さを感じさせる。一方のオリヴァーを演じるアーミー・ハマーは195cmの長身で、はじめのツンデレっぽい感じがエリオを尚更引きつけたか。 また抑制的な音楽が、北イタリアの光景によく似合っている。 スフィアン・スティーヴンスの「ミステリー・オブ・ラブ」の歌声はどこかサイモン&ガーファンクルを想起させるし、坂本龍一の楽曲も効果的に挿入される。 男同士だから、という抵抗感は殆ど感じなかった。好きになる、という行為は理性を狂わせてしまう。後づけで支配欲や征服欲に基づく行動だった、と思えたとしても、その真っ只中にいる時は、そんなことは思いもしない。頭の中は常に相手のことしかないし、一緒に同じ時空にいられたらどんなに幸せだろう、と空想するばかりだ。相手の体に触れることすら想像できない狂おしい感情、それが恋だ。 海から引き揚げられる彫刻は、紀元前4世紀の彫刻家プラクシテレスの流れを汲んでいる。そして作品の冒頭でも恐らくプラクシテレス作であろう彫刻群の写真が映し出される。そこに象徴されるのは「永遠性」だろう。 ひと夏の恋は、永遠性を約束される。そうした永遠性は、ピアーヴェ川の戦い(1918年6月)の記念碑のやりとりでも顕著だ。第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国と伊仏英が戦ったこの地では17万人が犠牲になった、とエリオが語る。 永遠は、いつも死と隣り合わせだ。沼で泳ぐ若者たちの姿にジョン・エヴァレット・ミレーの『オフィーリア』を想起するのは穿ちすぎだろうか。 エリオとオリヴァーの関係に気づいた両親が、諌めるどころか二人の旅行を認めるなんてどれだけ進歩的なんだ、と思わせるが、ラストの父の言葉ですべては氷解する。ひと夏の経験は、二度と繰り返されることのない貴重な時間だ。狂おしい恋に身を焦がす経験に身を委ねる稀有な体験を君はしているんだ。それは拒絶するようなことではない、と。 とても印象的な作品ではあるが、テンポがいいだけに後半少々長い印象もあった。もう少し後半をカットしても良かったか。 そしてハエの多さは確かに気になったところである。せっかくのいいシーンなのにハエが飛び回っているのは、北イタリアのあの地では欠かせないから?
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[014]ライド ライド ライド
 自転車ロードレース黒美君彦2018-06-04
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>栃木県北部の那須町に「全国初の観光地密着型・プロ自転車ロードレース・チーム」として誕生した「那須ベンガーズ」。経営再建のためにマネージャーとして送り込ま・・・
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<あらすじ>栃木県北部の那須町に「全国初の観光地密着型・プロ自転車ロードレース・チーム」として誕生した「那須ベンガーズ」。経営再建のためにマネージャーとして送り込まれた那須信用金庫の融資課職員・平井守(瀬戸康史)。経営を2か月で立て直すミッションを託され、守は恋人の佐野美弥子(臼井あさ美)との結婚、信用金庫復帰を目指し、早速リストラに着手。アシストでキャプテンの遠山一成(袴田吉彦)、エースの中村悠里(石黒英雄)らと衝突しながら、守は「那須ロードレース」の開催に動き出す…。 2014年に放送されたNHK宇都宮放送開局70周年記念の栃木発地域ドラマ。 ひと言で言ってしまうと可もなく不可もなく…という印象。2012年、実際に設立された「那須ブラーゼン」をモデルにしているのだとか。 しかもドラマ収録後、2014年の全日本自転車競技選手権大会では、那須ブラーゼンの選手が日本一になったのだとか。 自転車競技は欧米に比べると日本ではまだまだメジャーとはいえないし、プロになっても食べていけない。大変なスポーツだ。 個人的には自転車は大好きだし、毎年ツール・ド・フランスの番組はつい観てしまうんだけど…。 かつて融資で顧客を信じたばかりに大損失を出し、その後融資から逃げるようになった信用金庫の職員、というのはややリアルではあるけれど、レースチームのメンバーの個性や特色を十分生かしきれなかった気がする。まあ、一時間ドラマなんだから仕方がないけど。 那須連山の山並みは綺麗でした、けどね。 まあ、こんなもんかなあ。
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[015]万引き家族
 「棄てたんじゃなくて」黒美君彦2018-06-04
 【ネタバレ注意】
是枝裕和監督が、ぐるりとまわって原点に戻ってきた…と感じさせた。擬似家族や親子の問題をずっと問い続けている是枝監督らしい作品だ。 だから、この作品にはこれまでの彼の作・・・
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是枝裕和監督が、ぐるりとまわって原点に戻ってきた…と感じさせた。擬似家族や親子の問題をずっと問い続けている是枝監督らしい作品だ。 だから、この作品にはこれまでの彼の作品に似通ったシークエンスが随所に登場する。 親に棄てられた兄妹の話『誰も知らない』(2004)はもちろん、樹木希林と安藤サクラが台所で雑談しているのは『歩いても歩いても』での樹木希林とYOUのやりとりを髣髴とさせるし、リリー・フランキーと城桧吏の関係は『そして父になる』に。血縁関係にない姉妹は『海街diary』の姉妹を思い起こさせるし、取調べを受ける安藤サクラのひとり語りは、『三度目の殺人』での拘置所でのシーンに重なる。 けれど、それぞれしっかりと独自性を維持しているのは、安藤サクラをはじめ、俳優たちがしっかり地に足のついた演技をしているからだ。 多くの是枝作品に共通しているのは、「本当の家族とは何か」あるいは「“本当の家族”とは幻想に過ぎないのではないか」という問いだ。 俳優陣はみな達者だが、安藤サクラがとにかく素晴らしい。5歳のりん(佐々木みゆ)の火傷の痕を愛しそうに撫でる風呂のシーンや、縁側で彼女を抱きながら「好きだから叩く、なんてウソだからね」というシーンは思わず胸が詰まった。 チームワークで万引きを繰り返す男と少年、男は父になりたいと思うが、父として伝えるべき言葉を持っていないリリー・フランキーは結局父にはなれないし、安藤サクラも自分のことは「何者なんでしょうね」と涙する。 住んでいた高齢女性の遺体を敷地に埋めて、5歳の他人の娘と一緒に住んでいれば、客観的には何という犯罪的な一味だ、と非難されるだろう。けれど、もし背景にこんな日常があったとしたら。家の軒の間から、見えもしない花火の音に表情を輝かせる“擬似家族”が何と幸福そうに見えることか。 是枝ワールドの集大成ともいえるこの作品だが、ふと山田洋次監督『男はつらいよ』シリーズへの思いが重なった。どちらも擬似家族の物語である。車寅次郎はコミカルにポジティブに生きるが、擬似家族のなかに居場所を見つけきれないまま大人になる。その物語のネガが、この『万引き家族』ではないかと。 その意味で、家族をめぐる物語は、国境や時代を超えて永遠につきまとい続けるのだろう。 「棄てたんじゃなく、拾った」の意味。 棄てたのは誰か。棄てた痛みも知らず、踏みつけ続けるのは誰か。 いろいろな思いに囚われる作品だった。
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[016]名もなき野良犬の輪舞(ロンド)
 野良犬黒美君彦2018-06-04
 【ネタバレ注意】
コリアン・ノワール、とでも呼べばいいか、韓国映画のなかで存在感を放つヤクザ映画の一本。 人を信じず闇社会で上りつめるジェホ(ソン・ギョルグ)と、潜入捜査を命じられた・・・
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コリアン・ノワール、とでも呼べばいいか、韓国映画のなかで存在感を放つヤクザ映画の一本。 人を信じず闇社会で上りつめるジェホ(ソン・ギョルグ)と、潜入捜査を命じられた刑事ヒョンス(イム・シワン)。 潜入捜査モノは2002年の『インファナル・アフェア』以降数多く作られているが、この作品では比較的早くヒョンスの正体がジェホにバレてしまう。さらにはジェホを信頼していたヒョンスにとって、許されざる事実もやがてヒョンスの知るところになり…。 結局互いに信じきることができないまま、ラストへと突き進むのだが、マフィアと警察の間で弄ばれるかのようなヒョンスが何とも哀れ。 ドラマ『未生・ミセン』で、きょとんとした表情が印象的だったイム・シワンだが、この作品では男っぽさやその暴力性をいかんなく発揮し、別人のような表情を見せる。 こうした作品を観ると、ソル・ギョングのような役者の存在感によって若手がひきたつ、ということが韓国映画では多いなと思う。逆にいえば日本では中年以降の役者がどうも弱いのだが…。 イム・シワン演じるヒョンスはこのあとどこへ向かうのか。彼は警察には戻れず、恐らく闇社会で生きることになるのだと思わせて物語の幕は閉じるのだが、その先にあるのは結局悲劇でしかない。野良犬は人に懐いても、育つと育ての親に噛みつくことがあるのだ。 個人的にはしんどいけれど面白く観た。
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[017]いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち
 大丈夫かイタリア(笑)黒美君彦2018-06-04
 【ネタバレ注意】
シドニー・シビリア監督が2014年に手がけたという初監督作品『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』は未見。 この作品は、その続編として制作されているので、全く予備・・・
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シドニー・シビリア監督が2014年に手がけたという初監督作品『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』は未見。 この作品は、その続編として制作されているので、全く予備知識ゼロで観た私には、最初は設定がもうひとつよくわからなかったが、次第に事態が飲み込めてくるとそのバカバカしさに結構笑えた。 その背景にあるのは、イタリアの政情不安と欧州危機。そうでなくてもギリシャに端を発してEU圏の経済が右下がりなのに、イタリアでは2018年に入っても総選挙後、なかなか政権が成立せず、やっとできた政権も「EU離脱派」と右派の連立。大丈夫か。 そんなイタリアでは高学歴であっても職を得られず、頭脳の国外流出が止まらないのだとか。 そうした現実をバックに「研究者ギャング」を結成した神経生物学者ピエトロ・ズィンニ(エドアルド・レオ)とその同僚たちは、超絶合法ドラッグを製造した挙句、ズィンニたちは捕らえられる。ここまでが前作。 ところがパオラ・コレッティ警部(グレタ・スカラーノ)が、服役中のズィンニに、メンバーを再結集させて、スマートドラッグ蔓延を防ぐミッションを、前科の抹消を交換条件に依頼する。 ここで集まったのが古典・考古学者アルトゥーロ・フランティーニ(パオロ・カラブレージ)、化学者バルトロメオ・ボネッリ(リベロ・デ・リエンツォ)、計算化学者アルベルト・ペトレッリ(ステファノ・フレージ)、ラテン碑銘学者ジョルジョ・シローニ(ロレンツォ・ラヴィア)、文化人類学者アンドレア・デ・サンクティス(ピエトロ・セルモンティ)、理論解剖学者ジュリオ・ボッレ(マルコ・ボニーニ)、教会法学者ヴィットリオ(ロザリオ・リスマ)、メカトロニクス・エンジニアリングのルーチョ・ナポリ(ジャンパオロ・モレッリ)、工業化学者ヴァルテル・メルクリオ(ルイジ・ロ・カーショ)、記号学者マッティア・アルジェリ(ヴァレリオ・アプレア)。 みんな頭はいいけれど、どこかおかしい。 単なる変人グループにも見えるけれど、ちゃんとスマートドラッグの解析を進めていくからバカバカしい。 さてさて最後に残ったドラッグ“ソポックス”は、次回作に持ち越し(笑)。 コミカルな犯罪映画、なんだけど、合法ドラッグならどうして警察が捜査するのか?(笑) それは日本同様イタリアでも、法律上はリストに載った薬物しか摘発できないから。つまり、ズィンニたちは、ドラッグを入手して、その成分を分析することによって、蔓延するドラッグを禁止しようとしているワケ。 ファシズム時代のサイドカーで颯爽と走る教授たちはどうかとも思うけれど、楽しく観られた。
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[018]海を駆ける
 ビミョー黒美君彦2018-06-01
 【ネタバレ注意】
期待が大きすぎたせいか、観終わった印象は…ビミョー。 海辺に倒れていたから「安直」に“ラウ(海)”と名づけられた男(ディーン・フジオカ)。彼が「海」を象徴する存在である・・・
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期待が大きすぎたせいか、観終わった印象は…ビミョー。 海辺に倒れていたから「安直」に“ラウ(海)”と名づけられた男(ディーン・フジオカ)。彼が「海」を象徴する存在であることはたやすくわかるけれど、同時に彼はやはり「日本人」に見えてしまう(そのことを映画は否定しないけど)。 でも、インドネシアのスマトラ島に現れる「海」が「日本人」的であることに私はやはり違和感を覚えてしまう。 2004年にスマトラ島沖で発生し、22万人余りが犠牲になった津波の痕跡やその記憶、さらには日本軍とオランダ軍の戦闘の記憶、そうした記憶を挟み込みながら、「ラウ」は静かにそこに佇んでいる。ディーン・フジオカが若々しいのも「海」の象徴にしては「?」と思わせたのかも知れない。まあ年齢不詳にせざるを得ないというのはわかるけど。 アチェに暮らす災害支援のNPO法人の貴子(鶴田真由)と、彼女を訪ねてきた姪のサチコ(阿部純子)という存在も、邦画色が強まってうーん。サチコと現地の青年クリス(アディパティ・ドルケン)の痴話げんかも必要かと問われるとうーん。不要だった気も。 「ラウ」が奇跡を見せるというのも何だかな。 熱中症で倒れていた子どもを救う…いや、海ってそんなことはしないよね。彼らは理不尽な死も厭わないし、その死すら飲み込んでしまうのであって、特定の生き物を救ったりはしないよね、と思ってしまう。 しかも彼は超越した存在なので、彼をめぐる人々の葛藤もないし、距離感も縮まらず。 というわけで、このテイストがいい!という人もいるでしょうけど、個人的には何だか最後まで乗り切れませんでした。 場所はインドネシアだけれど、作りは邦画。ファンタジーかと思いきやそうでもないし、エピソードもさほど活きていないような気もした。 まさか忍びの術、水面走りを最後に見せてくれるとは思わなかったけれど(笑)
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[019]やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる
 意欲的黒美君彦2018-05-28
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>青葉第一中学校に「スクールロイヤー」として赴任した新人弁護士田口章太郎(神木隆之介)。担任から体罰を受けたとして執拗な抗議をして来た保護者を法律を盾に追・・・
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<あらすじ>青葉第一中学校に「スクールロイヤー」として赴任した新人弁護士田口章太郎(神木隆之介)。担任から体罰を受けたとして執拗な抗議をして来た保護者を法律を盾に追い返すが、教務主任の三浦雄二(田辺誠一)からは「学校には学校のルールがある」と反発される。騒音だとクレームを繰り返す近隣住民、教師の長時間労働、部活動中の事故の責任、理不尽な校則、そしていじめ…次々降りかかる難問に対して、スクールロイヤーとしてどう立ち向かっていくのか…。 30分ドラマということでコンパクトにまとまったドラマシリーズになったが、主役の神木隆之介がハマり役。頭でっかちな弁護士役を好演している。一方で毎回出てくる学校への理不尽な要求やクレームは実際にありそうな話。倉守賢三校長(小堺一機)が「事なかれをバカにするな!」と怒鳴り、田口が「全然刺さらないなあ」と応じる最終回を観ながら、知り合いの中学校の教師が「学校だけはいつまでも昭和のままなんです」と語っていたのを思い出した。 昭和(といっても昭和40年代〜60年代)の学校は、恐らく性善説に立っていた。共働きはまだ少数派で、先生は敬意を抱かれるべき存在だった。子どももそんな大人たちを見ていた。しかし現代の学校はそうした性善説では最早成立しないのだろう。 親は学校をサービス産業とみなし、小さな社会としてではなく、わが子中心の地動説に立っているかのようだ。であるならば、スクールロイヤーという法律の専門家が学校にいたっておかしくはない。 諸問題に全身全霊で向き合う…そんな余力が教師たちに残っていない現状が異常なのだけど、そんなことも含めてなかなか意欲的なドラマシリーズだった。ひとり死にかけたとしても「自己責任でしょ」とうそぶきそうな現代の親たち、教師、そして政治家。学校もまた現代社会の縮図だ。吐き気を覚えるけどね。
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[020]モリのいる場所
 「無一物」黒美君彦2018-05-28
 【ネタバレ注意】
1974年、94歳の熊谷守一と周りの人々、彼を包み込む小宇宙を描いたファンタスティックな作品。決して伝記映画ではない。 30年間ほとんど外出しなかったという熊谷守一だが(実・・・
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1974年、94歳の熊谷守一と周りの人々、彼を包み込む小宇宙を描いたファンタスティックな作品。決して伝記映画ではない。 30年間ほとんど外出しなかったという熊谷守一だが(実際は20年余り)、彼にとって庭は未知の空間であり、虫や植物との共生が彼にとっての生きがいだった。そんな彼(山崎努)と妻の秀子(樹木希林)、そして周囲の人たちとのやりとりが楽しい。 ところどころやり過ぎか?と思わせるミニコントも挿入されるが、これは沖田修一監督らしいサービス精神か。 それにしても守一の周辺は慌しい。画商やカメラマン、看板を書いて欲しいと訪ねてきた旅館の主人、いつの間にか誰も知らない人物まで入り込んで、それはそれで見過ごされてしまうおかしみ。 庭に穴を掘って池を作ってしまった…というのは本当なんだろうか?? マンションの工事監督(青木崇高)が幼い息子の絵(「台風」を描いたらしい)を守一に見せ、守一が「下手だな。下手は下手でいい」と答える場面は、彼の芸術観が表れているように思う。 金も名誉ももう要らない、超越した?存在の守一だが、そこはかとなく妻たちとの暮らしを愛していることもそこここで描かれている。 好きな言葉しか書かない彼は、信州から看板用の板を持ってきた旅館の主人に「無一物」と書いてみせる。いかにも彼らしいひと言ではある。 恐らく彼の作品を知っている人を対象にした映画なんだろうけど、もう少し実際の熊谷守一の作品も見たかった気がする。
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[021]ダンガル きっと、つよくなる
 元気がもらえた黒美君彦2018-05-23
 【ネタバレ注意】
ひと言でいえばインド製のスポ根映画なんだけど、ちっとも長さ(140分…インド映画にしては短いけどね)を感じさせなかった。 ダンガルとはヒンディー語でレスリング競技を意味・・・
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ひと言でいえばインド製のスポ根映画なんだけど、ちっとも長さ(140分…インド映画にしては短いけどね)を感じさせなかった。 ダンガルとはヒンディー語でレスリング競技を意味するのだとか。実在の元レスリング選手マハヴィール・シン・フォガトとその娘たちがモデルだというが、当然かなり脚色されているとか。 マハヴィール(アーミル・カーン)は、レスラーとしての夢を息子に託そうと考えていたが、生まれるのは娘ばかり。ところが長女ギータ(ファーティマー・サナー・シャイク/子役ザイラー・ワシーム)、次女バビータ(サニャー・マルホートラ/子役スハーニー・バトナーガル)の才能を見抜いたマハヴィールは、妻ダーヤ(サークシー・タンワル)の反対を押し切り、ふたりを鍛え上げる…。 主役のアーミル・カーンは「インドの国宝」とまで呼ばれるスーパースター。 1965年生まれの彼は、40代半ばにして『きっと、うまくいく』で学生の役柄をこなしていたが、本作では若い頃から中年太りの50代までを演じる。70kgの体重を97kgにまで増やした彼はお腹がでっぷり出ているが、そこから食事療法とトレーニングで筋肉隆々の若い肉体を作り上げたのだという。52歳になったアーミル・カーンの撮影に取り組む姿勢もあって、インドで多くの人に支持されているに違いない。 この作品はニテーシュ・ティワーリー監督が、友人からフォガト父娘の話を聞いたのがきっかけで生まれたという。 フォガト一家が生活していたのは、ハリヤーナ州のバラリという小さな村。姉妹の友人の台詞としても出てくるが、インドの田舎では息子は家を継ぐが、娘は14歳で見たこともない男に嫁がされるという。子どもを産み、母として家庭を支える以外に、女性には選択肢がなかったのだ。 そんな後進的な村で、マハヴィール・シンは娘を男に負けないレスリング選手に育てあげる。そこにはインドにおける女性の地位という隠しテーマがきちんとあるのだ。 インド映画にありがちな唐突な歌と踊りは意外に少なく、正統なスポ根ドラマ、父娘の愛情物語に仕上がっている。ギータ役のファーティマー・サナー・シャイクは、実際にトレーニングを積み、レスリング選手並みの肉体を作って撮影に臨んだとか。瞳の大きな姉妹や父娘の葛藤も巧く盛り込んでいる。 さらにコミカルな場面を散りばめているのもエンターテインメント性を高めている。 英連邦に属する国や地域が参加する「コモンウェルス大会」は、日本ではあまり紹介されることがないけれど、52の国や地域が参加する英国版五輪といったところか。 ナショナルチームのコーチの器が小さすぎるけれど(笑)、そこはフィクションですので。 それにしても元気をもらえる作品だった。
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[022]ダラス・バイヤーズクラブ
 自己決定黒美君彦2018-05-22
 【ネタバレ注意】
HIVに感染しながら、副作用の強い治療薬の治験を拒めと訴え、未承認の薬剤を密輸・販売したロン・ウッドルーフという実在の人物と、それを演じる為に17kgも痩せたマシュー・・・・
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HIVに感染しながら、副作用の強い治療薬の治験を拒めと訴え、未承認の薬剤を密輸・販売したロン・ウッドルーフという実在の人物と、それを演じる為に17kgも痩せたマシュー・マコノヒー…この映画はこのふたりの存在で成立している。 ロック・ハドソンの訃報が伝えられた1985年当時、エイズは同性愛者がかかる不治の病と恐れられていた。ましてや、電気技師でロデオカウボーイのロンが暮らすテキサス州にあって偏見はいかほどだっただろう。 だが、ロンは自暴自棄に陥りそうになりながら、ぎりぎりで踏ん張る。死にたくないという生存欲求の一心で、彼は病院で知り合った同性愛者のエイズ患者レイヨン(ジャレッド・レトー)の協力を得てロンは、未承認薬を求めメキシコへ向かう。 クラブを作り、400ドルを最初に払えば、薬は自己責任で無料配布する、というのルールを作るロン。当然FDAや医療界は敵にまわる。 治療薬とされるAZTはエイズ・ウィルスを殺す代わりに健康な細胞までも殺してしまい、死期を早める。ならばエイズウィルスと共生し、完治しなくとも、クォリティ・オブ・ライフ(生活の質)を高めるべきだ、そのために自己責任で未承認の薬を使用して何が悪い、というのがロンの信念だ。 この作品のなかで、彼は変容していく。 酒と女に溺れるだけだったロンは、そのままでは偏見の強い南部男として生きていただろう。同病相憐れむというわけではないが、レイヨンだけでなくゲイの患者たちとも同志として結束するのだ。そして、未承認薬の使用を求めて法廷にも立つ。 余命30日と宣告された彼は7年生き延び、42歳でこの世を去った。 それは彼の、決して諦めない生き方そのものを象徴しているかのようだ。 それにしてもガリガリに痩せたマシュー・マコノヒーは凄まじい役者根性だ(この時の無理なダイエットが影響して、その後体調不良にも悩まされているということだが)。女医イヴを演じたジェニファー・ガードナーも落ち着いていていい。ロンが画家だった母の遺作をイヴに贈るディナーのシーンは印象的だ。 医師に盲目的に従うのが美徳であるかのような国民性と、医療はサービスであり自己決定こそが最優先されるという国民性の違いは、なかなか理解されにくいかも知れないが、知ろうとすること、敵を理解しようとする姿勢には頭が下がる。
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[023]天晴れ一番手柄 青春銭形平次
 いやーお見事!黒美君彦2018-05-21
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>江戸は天保、銭形平次(大谷友右衛門・後の四代目中村雀右衛門)は飴屋の一方で、与力笹野新三郎(伊豆肇)から岡っ引きにしてもらったばかり。八五郎(伊藤雄之助・・・
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<あらすじ>江戸は天保、銭形平次(大谷友右衛門・後の四代目中村雀右衛門)は飴屋の一方で、与力笹野新三郎(伊豆肇)から岡っ引きにしてもらったばかり。八五郎(伊藤雄之助)に「親分」と呼ばせ、町娘からは人気の的。しかし豆腐屋のお静(杉葉子)からはこてんぱんにやられていた。丁度ニセ小判で江戸市中が騒ぎになっているところで、八五郎が酒問屋「虎屋」の桶に入れられた死体を発見。その懐からニセ小判が落ちる。その後平次たちは樽三つにつまったニセ小判を発見。どうやら樽は虎屋の向かいの「丁字屋」から運ばれたらしい。南町奉行大久保石見守(山形勲)も捜査に乗り出すが、勘定奉行九鬼隼人正(石黒達也)はニセ小判を駆逐するためには、小判の形を変えればよろしいと言い出す…。 市川崑監督としては初めてといっていい時代劇…なんだけど、和田夏十と一緒に作った若き銭形平次を中心にしたドラマは徹頭徹尾コミカルで、とことん楽しい。 女形として一世を風靡した四代中村雀右衛門(1920〜2012)の大谷友右衛門時代の平次は、野村胡堂の作った平次とは雲泥の差。子分八五郎を演じた伊藤雄之助のぬぼーとした風体との凸凹コンビも、観ているだけで微笑ましい。 何せ冒頭は昭和28年の強盗事件のシーンから始まるのだ。そこから江戸時代にタイムスリップしてしまうのだから、どうやねん(笑)。 そんなわけだから歴史考証も適当。火打石の代わりにライターを持ち出し、カメラににやりとしてみせる伊藤雄之助だったり、伊豆肇が「サインせい」といったり、平次が紙巻タバコを吸おうとして慌てて煙管に持ち替えたり、一文銭にゴム紐をつけて投げ銭を取り戻したり。いちいち小細工をしていておかしい。 長身の杉葉子と背の低い木匠マユリが、平次を取り合って早口で言い合うシーンとかも面白いし、とにかく随所にコミカルなシーンを散りばめているのだ。当時24歳の黛敏郎の時折ジャジーな音楽もよく合っている。 市川崑と和田夏十のコンビが、どれほど息が合っているかを楽しめる逸品に仕上がっている。 いやー、面白かった。
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[024]マルクス・エンゲルス
 繰り返された分裂黒美君彦2018-05-21
 
1848年に発表された『共産党宣言』の共著者、カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスの若き日の出会いと闘争を描いた作品。 マルクス主義はソ連の崩壊によってすっかり・・・
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1848年に発表された『共産党宣言』の共著者、カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスの若き日の出会いと闘争を描いた作品。 マルクス主義はソ連の崩壊によってすっかり廃れたかと思いきや、現実には歴然として貧富の格差が拡大し、資本主義そのものが行き詰まっているのも事実。その意味でマルクス主義や共産主義を全否定するのではなく、いま改めて見直す時期に来ているのだろう。といいつつ、私はまともに向き合ってきたことはないのだが。 1840年代、産業革命によって社会の歪みは拡大し、資本家と労働者という不均衡が明らかになる。労働の搾取によって富が膨らむ世界のシステムに異議を唱えたふたりの若者。共産主義者同盟の母体となる正義者同盟を立ち上げたヴァイトリングや無政府主義の父と呼ばれるジョゼフ・プルードンとの交流や訣別。 思想的な相違は、映像ではなかなか伝わりにくい、というのが正直なところ。 かといってマルクスの出来すぎ?の妻イェニーの存在をクローズアップするのも何か違う気がするし…。 若き思想家が生まれた背景はある程度わかったものの、今ひとつ乗り切れなかったのも事実。マルクス・エンゲルスについてもっと勉強していれば捉え方は違うんだろうけど。 ただ、ドキュメンタリー映画制作の一方で、こうしたドラマを映画化するラウル・ペック監督の問題意識は伝わってきた。
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[025]私はあなたのニグロではない
 怒り黒美君彦2018-05-17
 【ネタバレ注意】
これは公民権運動が激しかった時代を対象にしたドキュメンタリーなのか?いや、そうではない。これは現代のアメリカを、移民排斥の声が渦巻く欧州を、パレスチナを、そしてヘイ・・・
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これは公民権運動が激しかった時代を対象にしたドキュメンタリーなのか?いや、そうではない。これは現代のアメリカを、移民排斥の声が渦巻く欧州を、パレスチナを、そしてヘイトスピーチが飛び交う日本を問うドキュメンタリーだ。 ジェイムズ・ボールドウィン(1924〜87)の作品を読んだことは実はないのだが、彼の生前のインタビュー、講演の語りはわかりやすく、かつ攻撃的だ。彼は、白人学者が人種に関係なく私は人々とつきあっている、肌の色にこだわり過ぎてはいないか、との問いに「そんな場所がどこにある。そんな理想郷を私は見たことがない!」と反論する。 ここにあるのはアフリカ系アメリカ人が背負わされてきた歴史に対する無知への怒りだ。黒人がどのように売買され、搾取され、隷属を強いられてきたか。根拠のない怯えから白人は黒人を攻撃してきた。「いい黒人であれ」と強いてきた。 ボールドウィンがつきあってきた公民権運動指導者のメドガー・エバース、マルコム・X、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、みな暗殺されてしまったではないか。 自由と正義を標榜してきた米国の欺瞞を鋭く衝くボールドウィンは怒っている。 そしてそれは他人の問題ではない。 もちろん白人至上主義者や差別主義者は唾棄すべき存在だが、いわゆるリベラルと称される人々の認識にも彼は斬りこむ。 表面的な差別だけでなく、国家の権力者たちですら黒人を搾取する社会を維持しようとしているではないか、と彼は問う。 歴史を無視し、分断を進めようとする人間が増えてきた現代において、ボールドウィンの訴えはきわめて明解だ。その上で彼は言う。「向き合っても変わらないこともある。しかし向き合わずに変わることはない」と。 差別と偏見が当たり前のように繰り返される今だからこそ、彼の怒りに耳を傾けるべきなのだ。 いったい私たちはこの半世紀、何をしてきたのか?と考え込んでしまう。
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[026]続サラリーマン清水港
 平均的黒美君彦2018-05-16
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>野球で黒田駒造(東野英治郎)率いるライバル黒駒醸造に敗れた酒造会社「清水屋」の山本長五郎社長(森繁久彌)は、大柾専務(加東大介)、秘書の石井松太郎(小林・・・
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<あらすじ>野球で黒田駒造(東野英治郎)率いるライバル黒駒醸造に敗れた酒造会社「清水屋」の山本長五郎社長(森繁久彌)は、大柾専務(加東大介)、秘書の石井松太郎(小林桂樹)、小政工場長(三木のり平)らを引きつれ、名酒の品揃えで知られる「三州屋」へ。ところが、主人の吉良仁吉(河津清三郎)に清水屋の「次郎長正宗」がけなされてしまう。翌日、長五郎社長はバー・バタフライのマダム・千代子(草笛光子)に熱海の宿に呼び出されるが、そこで神戸屋の若主人・神田長吉(宝田明)と結婚すると聞かされ、その上神戸屋への融資まで頼まれがっくり。一方石井は四国物産社長令嬢の都田京子(司葉子)と交際を始め、吉良が彼女のおじで、しかも新宿にビルを幾つも持つ事業家であることを知る。長五郎社長は、神戸屋を黒駒醸造が乗っ取ろうとしていることを知り、吉良に深く頭を下げて融資を頼み込むのだった…。 前作『サラリーマン清水港』の公開が1962年1月で、この続編の公開が同年3月。いくらプログラムピクチャートとはいえ、このスピード感は半端じゃない。まあテレビドラマ並みのクオリティであれば不可能ではないんだけど。 清水次郎長の物語に乗っかっているので、新たに登場した宝田明演じる「神田長吉」は神戸の長吉(かんべのながきち)由来ですね。 冒頭の野球のシーンでは小林桂樹の後輩追分進吾を演じる夏木陽介が投手役。コーチャーズボックスで「阿波踊り」と揶揄されるブロックサインを送る加東大介がおかしい。 物語としては小林桂樹と司葉子、夏木陽介と藤山陽子という若いカップルに、草笛光子にふられて妻役の久慈あさみから叱られる森繁久彌という構図。自宅を訪ねてきた司葉子を前に格好をつける小林桂樹も笑える。 「社長シリーズ」13作目にあたるこの作品は、商売というよりも艶笑と義理人情がメイン。面白いかと問われるとややビミョーですが、当時のサラリーマン喜劇の平均的な作品ではないでしょうか。 司葉子が小林桂樹の恋人役、というのは少々無理を感じるけど…(笑)。
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[027]恋のスケッチ 〜応答せよ1988〜
 80年代ノスタルジー黒美君彦2018-05-14
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1988年のソウル道峰区双門洞。ご近所さんの五つの家族は、互いに助け合いながら暮らしていた。それぞれ息子や娘たちは高校に入り、少しずつ大人になっていく。明る・・・
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<あらすじ>1988年のソウル道峰区双門洞。ご近所さんの五つの家族は、互いに助け合いながら暮らしていた。それぞれ息子や娘たちは高校に入り、少しずつ大人になっていく。明るいが勉強はからっきしのソン・トクソン(イ・ヘリ)は、父ソン・ドンイル(同名)、母イ・イルファ(同名)とソウル大生の姉ボラ(リュ・ヘヨン)、弟の5人家族。宝くじで一躍大金持ちになったキム・ジョンファン(リュ・ジュンヨル)の家族は父ソンギュン(同名)、母ラ・ミラン(同名)、7浪中の兄ジョンボン(アン・ジェホン)、高校教諭の息子リュ・ドンニョン(イ・ドンフィ)や時計店「鳳凰堂」を構えるチェ・ムソン(同名)と息子で囲碁の天才チェ・テク(パク・ボゴム)、優等生のソンウ(コ・ギョンピョ)と母のキム・ソニョン(同名)。仲良しお隣組の群像劇。 『応答せよ1997』(2012年)、『応答せよ1994』(2013年)に続く「応答シリーズ」の第三作。 1988年は、ソウル五輪開催の前提となる民主化に向かって韓国が大きく動き出した年。ボラが大学で民主化運動のデモに参加するエピソードなども登場する。 主人公のトクソン(イ・ヘリ)が、結局誰と結婚したかというのが大きな謎となっていて、いろいろな恋のかけひきや人間模様が時にコミカルに、時に切なく描かれている。ただ全21話なのだけど、一話が短くてい1時間半余り、長い回では2時間弱、というのはいくら何でも長すぎる。『雲が描いた月明かり』(2016年)でブレイクしたパク・ボゴムが、横丁の弟のような役柄で出演。 イ・ヘリは典型的な整形美人(笑)で、ここまで綺麗になるかという見本のような女優。 ラストの結婚をめぐっては「同姓同本」(同じ名字で同じ出身地の男女の結婚禁止)や「重姻戚」(義理の兄弟姉妹との結婚禁止)といった、1990年代に法律が改正された問題が浮かび上がってくる。 韓国の民主化が急速に進んできたことを意識させられるエピソードだ。 一方で時折「魔法使いサリー」や「魔法のプリンセス ミンキーモモ」といった日本製アニメが登場するのも一興。いつの間にかこんな風に文化は国境を越えるものなのだ。 ストーリーとしては若干もたついた感があったけれど、韓国では大ヒットしたのだとか。
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[028]孤狼の血
 かばちたれなや!黒美君彦2018-05-14
 【ネタバレ注意】
久しぶりに東映らしいバイオレンス映画を堪能した。 1988年の広島・呉原市(架空)が舞台。呉原東署のマル暴担当の大上章吾巡査部長(役所広司)の相棒につけられたのが広島大・・・
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久しぶりに東映らしいバイオレンス映画を堪能した。 1988年の広島・呉原市(架空)が舞台。呉原東署のマル暴担当の大上章吾巡査部長(役所広司)の相棒につけられたのが広島大学出身の日岡秀一巡査(松坂桃李)。広島を拠点のとする広島仁正会傘下の五十子会の下部組織、加古村組と尾谷組の間での緊張関係が高まる中、尾谷組に太いパイプのある大上は抗争を防ぐ為に動く。そのひとつが五十子会フロント企業の呉原金融の経理上早稲二郎(駿河太郎)の失踪事件。加古村組を潰せば抗争は避けられると必死に組の懐に飛び込む大上。一方日岡は、実は県警本部から送り込まれた監察官のスパイだった…。 ヤクザ映画はやっぱり広島か(笑)。全編広島弁が飛び交うが、あくまでフィクションでありこんな抗争は当時はない(とはいえ1988年7月にJR広島駅で共政会と新井組の抗争で発砲事件が発生し、乗客3人が重軽傷を負ったけど)。 「かばちたれなや!」というのは「バカなことを言ってるんじゃねー!」くらいの意味か。 豚舎での拷問や遺体の捜索現場は吐き気を催すほどのリアリティ。 暴力団は生かさず殺さず、手なずけるのが重要だ、という大上の言葉は意外に重要。「暴力団組織の壊滅」というのは言うは易しだが、大上がいうように地下に潜る結果を招きかねない(実際そうなりつつある)。 異様な広島・呉の暑さがとても印象的。脇役の竹野内豊や江口洋介もいい。そのほかもピエール瀧や真木よう子、石橋蓮司といった個性豊かな面々の登場で画面が引き締まる。 役所広司は暑苦しいマル暴デカを熱演。松坂桃李も表情が少しずつ変わっていくのを巧演している。地元を代表する広島大学出身であることから「広大さん」と呼ばれながら、地方の狭い世界に取り込まれていく刑事を嫌味なく演じている。 広島県警本部とかよく協力してくれたなあと思う。 この手のバイオレンス映画は最近韓国映画に圧されっ放しだったが、久々にズシンとくる作品に仕上がっている。 いやあお見事。
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[029]地方記者・立花陽介(16) 別府国東通信局
 石仏と空襲の記憶黒美君彦2018-05-14
 【ネタバレ注意】
<あらすじ> 大分の別府国東通信局に赴任した東洋新聞記者立花陽介(水谷豊)は、半年で定年を迎える向井重良警部補(竜雷太)の取材過程で、毒物による変死事件に出くわ・・・
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<あらすじ> 大分の別府国東通信局に赴任した東洋新聞記者立花陽介(水谷豊)は、半年で定年を迎える向井重良警部補(竜雷太)の取材過程で、毒物による変死事件に出くわす。英語の遺書らしきメモを持っていたことから自殺かと考えられたが、死んだ男に詐欺容疑がかけられていたことから、共犯で大分・杵築出身の風間孝男(河原崎次郎)に疑いが。顔から首筋に火傷痕がある風間は、元同級生・加納(斎藤晴彦)によると終戦間際の空襲で大火傷を負ったという。一方陽介の妻久美(森口瑤子)の母由美(浅茅陽子)は、「I.U.E」という大企業の重役をしている栗山健(津嘉山正種)と知り合うが、彼も風間の同級生だった…。 この作品はOA当時も観た記憶が…。国東半島の両子寺や富貴寺、元宮磨崖仏(豊後高田市)といった名所も紹介されるけど、川中不動(豊後高田市)では殺人現場にまでなってしまう(笑)。 55年前の空襲で、当時7歳の栗山が風間を置いて逃げたことから、風間からずっとつきまとわれることになった栗山。詐欺のための会社設立の際の行政書士を紹介したり、金をせびられたり、ついに栗山が風間を殺害した、という結末。最初殺された男が持っていた英文遺書も、栗山が書いたものを風間が殺した男に持たせたものだった…。 狂言回しとしては義母役の浅茅陽子。しかし両子寺の石段を登りながら「ビートルズが合うわ!」というのは少々無理が。けれど、ビートルズつながりで栗山と親しくなる、というのが一応伏線か。 2000年で戦後55年。このドラマシリーズでは、過去と現在が織り成す犯罪模様が特徴だが、戦後55年を迎えた2000年、当時幼少の子どもだった人ですら社会の一線から退く年齢に達していた。 大分では1945年7月16日から17日にかけて空襲があり、死者49人を数えたという。 時代を超えてそこにある石仏と、風化していく人々の記憶がコントラストを見せた佳作。
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[030]女は二度決断する
 「…ダンケ!」黒美君彦2018-05-11
 【ネタバレ注意】
サスペンスとして観ればそれなりだが、その背景にある重い現実に十分向き合ったかというと必ずしもそうではない。興味深いテーマではあるけれど、今ひとつすっきりしない。そん・・・
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サスペンスとして観ればそれなりだが、その背景にある重い現実に十分向き合ったかというと必ずしもそうではない。興味深いテーマではあるけれど、今ひとつすっきりしない。そんな作品。 監督のファティ・アキンは、両親がトルコ人移民だが、本人はドイツ生まれのドイツ人。でもルーツはトルコだ。そんな彼の問題意識が反映しているのは間違いない。 トルコ移民が多いハンブルグで、主人公のカティヤ(ダイアン・クルーガー)は、トルコ人の夫ヌーリ(ヌーマン・アチャル)と最愛の息子である6歳のロッコ(ラファエル・サンタナ)を爆弾テロで奪われる。前科から薬物売買のトラブルを疑われ、絶望して自殺しようとしたカティヤのもとに「ネオナチ」の夫婦が容疑者として逮捕されたという一報が届く。ここまでが「家族」の章。 次の「正義」の章は法廷が舞台となる。裁判で被告夫婦は証拠不十分で無罪となるが、このパートがどうにも納得いかない。弁護士がカティヤを愚弄した挙句に最後に「ダンケ」と締めくくる腹立たしさ。法廷を指揮できない無能な裁判官。こんな裁判あるか? カティヤの証言の信頼性にしても、万が一彼女が薬物中毒であったとしても(実際は違うが)被告が逮捕される前にそっくりな目撃証言に基づく似顔絵が作成されている事実があるのだから、その信用性はあるとみるべきである。そもそも夫婦が事件当時ギリシャにいたかどうかはパスポートや出入国記録で簡単にわかることではないのか?「疑わしきは被告の利益に」というのは司法の大原則ではあるが、基本的なことが尽くされていない裁判に意味はない。 勇気を奮って息子夫婦を警察に密告した父親はいったいどうなるんだ、と思ってしまった。 そして最後の「海」の章。ネオナチ夫婦の居場所を突き止めたカティヤは、彼らが作ったのと同じ釘爆弾を作り、復讐を決意する。一度は躊躇ったものの、二度目は…。 何せ判決が納得できるものでないので、カティヤの最終的な選択もどうなんだ、と思ってしまう。しかも被害者が上告するってどういうこと?ドイツの司法制度では検察はないのか? 結局理不尽な暴力には、暴力でしか決着はできない、ということか? ファキン監督は「攻撃したがる彼らを憎み返すのは簡単だが、それでは問題解決にならない。対話こそ望ましい道だ」(朝日新聞GLOBE、2018/4/13)とインタビューで語っているが、この作品に限ってはそうはなっていない。「目には目を」が唯一の方法であるかのようだ。 ハリウッドで活躍するダイアン・クルーガーが母国に帰っての主演だが、その美貌はさすが。しかも演技派として微細な表情を巧みに見せるが、藤原帰一はそこにファキン監督の意図を感じるという。カティヤをドイツ人(白人)にすることで、ドイツに内在する問題として「ネオナチ」を意識させられるからだ。もし彼女の役をトルコ人が演じていたら、「極右なら追い出すべきトルコ人、リベラルでも受け入れるべき気の毒なトルコ人」と受け取られ、「ドイツ国民とは違うという偏見は残る」というわけだ。逆にいえば、そこにドイツが抱える、移民との共生をめぐる複雑な心情を窺い知ることができる。 実際この作品は、ハンブルクなどで2000年から07年にかけてトルコ系をはじめとする外国人が爆弾テロなどで相次いで死傷した事件が下敷きになっているという。犯人はヒトラーを信奉している「国家社会主義地下運動(Nationalsozialistischer Untergrund: NSU)」というネオナチ極右グループだったが、2011年に真相が判明するまで、事件は「トルコ系犯罪組織の抗争かトラブル」との見方で捜査が進められていたのだという。 ヨーロッパを覆う移民排斥や極右の台頭。悩める21世紀にあって、答えはなかなか見つからないが、この作品もまた答えが見つからず彷徨っているかのように思える。
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