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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3874件)rss
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[001]運命は踊る
 FOXTROT、またはラクダ黒美君彦2018-10-17
 【ネタバレ注意】
不思議な余韻の残る作品だ。冒頭、イスラエルのテルアビブに住む夫婦のもとに、息子ヨナタンの戦死の連絡がもたらされるところから物語は始まる。悲嘆に暮れる両親。ところが、・・・
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不思議な余韻の残る作品だ。冒頭、イスラエルのテルアビブに住む夫婦のもとに、息子ヨナタンの戦死の連絡がもたらされるところから物語は始まる。悲嘆に暮れる両親。ところが、戦死は誤報だったことが明らかになる。だが父親のミハエル(リオル・アフケナージ)は、安堵するより怒りを強め、直ちに息子を家に帰せと主張する。お前たちの言うことは信じられない、と。 一転して、国境近くの検問所。ヨナタン(ヨナタン・シレイ)たち若い兵士四名が、時折通りかかる車を停め、検問するのが仕事だ。時折ラクダがふらっと現れ、ヨナタンたちが検問所のバーを上げるのがユーモラスだ。そこでヨナタンは、アラブ人の若者たちが乗る車を停めた際に、美しい少女が微笑を浮かべるのを見る。次の瞬間、車から落ちた空き缶を手榴弾と見誤った同僚兵士の声で、ヨナタンは機関銃で車内の若者たちを皆殺しにしてしまう。事態を隠蔽されるために大きく穴が掘られ、車が崩れ落ちていく。そこへヨナタン帰還の命令がもたらされる。 再びテルアビブの夫婦。状況が大きく変わっていることが窺われる。夫婦は別居し、妻ダフナ(サラ・アドラー)は心を病んでいることがみてとれる。ヨナタンが赴任先で描いていたイラストが何故か部屋に飾られている…。 三幕から成るギリシャ悲劇のようにこの作品は構成されている。 全編を通して真上から人間を見下ろす俯瞰のカメラが特徴的だ。戦死を告げられた両親の悲嘆は異常なほど。だから同姓同名の戦死と間違えたと言われたミハエルは激昂したのか。 だが、この作品で最も面白いのは二幕目にあたる国境の検問所のシーンだ。女性の笑顔が大きく描かれた廃車(この女性の顔は、サミュエル・マオズ監督の娘がモデルだとか)があるほかは、地平線まで荒涼とした平地が広がるだけの場所。 そこで突然一人の兵士が踊り始める“FOXTROT”。原題にもなっているこの“FOXTROT”は、1910年代初めにアメリカで流行したダンスステップだという。前へ、右へ、後ろへ、左へ…4分の4拍子のステップは、必ず元の場所に戻ってくる。 静寂に彩られた作品の中で、このシーンだけが異彩を放っている。イスラエルのダンサーであるイタイ・エクスロード演じる兵士は、華麗にステップを踏み、銃を女性のように抱きすくめる。 兵士が生活をしているのは、毎日少しずつ沼地に沈んでいくコンテナだ。缶詰の肉を食べながら、少しずつ傾いでいくコンテナに、彼らはなす術もない。 時折検問所で停められる不機嫌なアラブ人たちの表情も印象的だ。 車の外へ出ろといわれた中年の太ったドレス姿の女性は、突然降り始めた激しい雨に打たれ、泣き出しそうな顔で途方に暮れる。 もともとこの物語は、監督自身の経験にインスパイアされたのだという。 彼の長女は朝が苦手で、タクシーで学校に行くという彼女を叱りつけ、バスで向かうよう命じた朝、そのバスがテロリストによって爆破されたのだという。長女はバスにも乗り遅れたために惨事に巻き込まれずにすんだが、監督は彼女に連絡がつかない間、「自身の戦争の時期をすべて合わせたよりもひどい」「人生で最悪の時間を過ごすことにな」ったのだという。 彼はインタビューで語っている。 「ヘブライ語で、『人間はあれこれ企むが、神はそれをせせら笑う』という言葉があります。運命の笑みとは、人が運命を変えようともがいている様を神が笑っているということです」(杉本穂高による監督インタビュー。https://www.huffingtonpost.jp/hotaka-sugimoto/destiny-movie_a_23536427/) 人間の営みは些細な偶然の積み重ねで行われており、時によってはそれは生死すら決定することがある。 危険な戦場においてはとりわけそうだろう。紙一重で生死を分けたエピソードは事欠かないのだから。 FOXTROTは、そんな皮肉な運命を象徴するステップだ。運命を逃れたとしても再び同じ場所に戻って来るしかない。そういうと、この作品がまるで「運命論」を語っているかのように思われるかも知れないが、そこで翻弄される人間の感情や現状を彼は描きたかったのではないだろうか。 ぼんやりしたラクダですら、ヨナタンの運命を握っていた。 そしてひとりの人間の死は、確実に周辺の人々の人生にも干渉するのだ。
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[002]マリオ〜AIのゆくえ〜
 不老不死黒美君彦2018-10-15
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>2023年東京。ある警察官(西島秀俊)が事故で脳に再起不能のダメージを受けてしまう。AIの研究者で、警察業務用人工知能を開発した時枝悟(田中哲司)は、彼に人・・・
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<あらすじ>2023年東京。ある警察官(西島秀俊)が事故で脳に再起不能のダメージを受けてしまう。AIの研究者で、警察業務用人工知能を開発した時枝悟(田中哲司)は、彼に人工知能を埋め込む手術を独断で行う。「マリオ」と名づけられた男は、警察に追われる立場になるが、時枝に「自由に生きろ」と命令を受け、時枝の息子神崎至(福崎那由他)のもとへ逃れる。至はいじめを受け、自殺しようとする直前だった…。 人間が機械と融合し、超人になるのはサイボーグ。では、AIが頭脳の代わりになり、人間の肉体を持ったらどうなるのか…ということをシミュレーションしてみた近未来SF。人間の非合理的な思考を学ぶAIは、子どものように矛盾する人間の思考を学んでいくが、はてさてそうした矛盾面が穏当な間はいいけれど、もし犯罪的な思考を抱く人間を真似たらどうなるんだろう。 それはともかく、ロシアで複数のメディア企業を営む富豪は、人間の記憶や知識、感覚をデータにしてAIに吹き込むことを目論んでいるのだそうで、そうなると「死」の意味すらよくわからなくなってしまう。 この作品でも、マリオの肉体は銃撃されて死んでしまうが、サイバー上でMARIOは生き続けるわけで、至は嬉しいかも知れないけれど、不気味な感じもしないわけではない。 例えば余命が宣告された患者がいるとして、患者が生き延びれば生き延びるほど経済的負担が莫大になるのだとしたら、AI的に考えれば患者は早く死んだ方が家族にとっても、医療費負担の面からもよい、ということになってしまわないか。 肉体はいつか滅びる、という前提が崩れたとき、不老不死は実現するのだろうか。 そんなこともぼんやり考えていたけれど、ドラマとしてよく出来ていたと思う。久しぶりに倉科カナを観た気がした。 製作はドリマックス…ってTBSの子会社だけど(苦笑)。
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[003]きみの鳥はうたえる
 この夏は、いつか終る黒美君彦2018-10-10
 【ネタバレ注意】
佐藤泰志作品をまた映画で観られるとは思っていなかった。それは山下敦弘監督の『オーバー・フェンス』(2016年)が“函館三部作”の最終章と位置づけられていたから。 それはと・・・
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佐藤泰志作品をまた映画で観られるとは思っていなかった。それは山下敦弘監督の『オーバー・フェンス』(2016年)が“函館三部作”の最終章と位置づけられていたから。 それはともかく、この作品もまた函館という小さな地方都市を舞台にした、小さな魂の交差を主題にしている。 函館郊外の書店で働く「僕」(柄本佑)とルームシェアをする失業中の静雄(染谷将太)。ある日「僕」は同じ書店で働く佐知子(石橋静河)とつきあうようになる。彼女は店長の島田(萩原聖人)ともつきあっていたが、「僕」と静雄と佐知子は毎晩のように遊ぶようになる。酒を飲み、ビリヤードを楽しみ、クラブに出かけ…。 この作品はこれまでも随分多くの映画で描かれてきた「夏の終わり=訣別」を主題にしている。 それぞれ気ままに好きなように遊び、好きなように酔い、互いに干渉せず、高笑いによって結びつけられている関係。 それは一見無責任で楽だが、そんな暮らしはそう長くは続けられない。 「僕」は真剣に佐知子のことを考え始めているから森口を殴りつけ、佐知子はいつまでも干渉しない「僕」に見切りをつける。 そんな青春像が、的確なカットとシークエンスで描かれる。 この作品で白眉なのは、とにかく生身の女を演じた石橋静河に尽きる。 クラブで踊る彼女の姿はとにかく美しく艶かしい。母・原田美枝子の若き日の面影をそこに重ねたとしても罰はあたるまい。そしてもうひとつ、朝の光のなかで上半身裸の彼女が下着をつけるシーンの、肉体の存在感はドキッとさせるものがあった。 撮影当時23歳?くらいなのに、度胸が据わっているというか何というか。そのふてぶてしさもまた、母親似かも知れない。 一方、染谷将太はともかく、三十歳を超えた柄本祐はさすがにやや齢がいきすぎか。 この作品であれば、やはり主人公は25歳以下でないと説得力がないような気がする。 いかにも佐藤泰志的な世界なのだが、彼の描く世界はいかにも邦画に特有の情緒の中にある。それを良しとするかどうかで評価は分かれるような気もする。ただ個人的には悪くないと思う。坂の多い函館のけだるく虚ろな空間がもう少し色濃くてもよかった気がするけれど。
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[004]教誨師(きょうかいし)
 死刑囚もまた人であり黒美君彦2018-10-10
 【ネタバレ注意】
名バイプレーヤーとして活躍していた大杉漣(1951〜2018)の、最後の主演作。彼による唯一のプロデュース作品となってしまった。 彼が演じるのは半年前に教誨師として着任した・・・
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名バイプレーヤーとして活躍していた大杉漣(1951〜2018)の、最後の主演作。彼による唯一のプロデュース作品となってしまった。 彼が演じるのは半年前に教誨師として着任したばかりの牧師佐伯保。彼は6人の死刑囚と繰り返し面会する。 死刑囚が犯した罪について具体的な説明は殆どない。会話を重ねているうちに、ぼんやりと輪郭が見えてくるだけだ。 無言を貫く鈴木貴裕(古舘寛治)。暴力団組長吉田睦夫(光石研)。年老いたホームレス、進藤正一(五頭岳夫)。関西出身の野口今日子(烏丸せつこ)。気弱な小川一(小川登)。大量殺人を犯した高宮真司(玉置玲央)。 佐伯は、死刑囚から逆に問われ、かつて自分の兄が犯した殺人を思い出す。自分の代わりであるかのように罪を犯した兄はその後、自ら命を絶ったのだった…。 牧師として、あくまで冷静に語る大杉漣だが、それでも時折眼光が鋭く、刑事か?と思わせる横顔も…。 個人的には死刑は廃止し、仮釈放のない終身刑を導入すべき(そして否応なく労働を科す)というのが持論だが、この国では死刑支持者がまだまだ多い。日本の刑罰は基本的に更正を前提にしているのに、死刑だけが報復法になっていることが私には理解できない。死刑は国家による暴力そのものだ。国家の暴力を認めることは、結果自己の暴力を肯定することにはならないか…と考えるのだ。殺したらお仕舞い、というのはこの国の「見たくないものは見ない、だから存在しない」と同義にはならないだろうか。 それはともかく、死刑囚の中では烏丸せつこが秀逸。2013年にNHKで放送された『未解決事件』で連続殺人犯の角田美代子役を演じて、若かりし日を知る者としては衝撃を覚えたが、この作品でも煮ても焼いても喰えないおばはんを巧演。いるいる、こんなおばはん。言いたいことだけ言い募るヒステリックなおばはん。 ただ全体としては、舞台のような会話劇に終始するので、もうひとひねり欲しかった、というのが正直なところ。 ネタバレになるが、ラスト近くで大杉漣が言う「メリークリスマス」のひと言は、大島渚監督の名作『戦場のメリークリスマス』(1983年)を想起せざるを得なかった。そしてラストに死刑囚が大杉漣に抱きつくシーンも、「戦メリ」でデヴィッド・ボウイが坂本龍一をハグしてキスするシーンのコピーにしか見えず、そこは大いに損をしていると思った。恐らくそこには「戦メリ」でもあった隔てるもののない実存的な問いが投げかけられているのだろうが…。 そんなわけでこの作品の評価は個人的には微妙なのだが、大杉漣の存在感は輝いている。あまりに早い別れに、私たちはただ呆然とするしかないのだ…。
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[005]推理の女王
 “アジュマ”の推理力黒美君彦2018-10-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>検事の夫(ユン・ヒソク)と姑(パク・ジュングム)、夫の妹(チョン・スジン)と暮らす主婦ユ・ソロク(チェ・ガンヒ)は、実は警察官になるのが夢だという推理マ・・・
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<あらすじ>検事の夫(ユン・ヒソク)と姑(パク・ジュングム)、夫の妹(チョン・スジン)と暮らす主婦ユ・ソロク(チェ・ガンヒ)は、実は警察官になるのが夢だという推理マニア。新米の派出所所長ホン・ジュノ(イ・ウォングン)の事件を偶然解決したことから「先生」と呼ばれ、頼りにされるようになる。そこに派出所に派遣された麻薬担当刑事ハ・ワンスン(クォン・サンウ)。仲が悪かった二人だが、事件を一緒に解決するうちに、ワンスンもソロクの推理力に脱帽する。実はソロクは自殺と断定された両親の死に疑念を抱いていたが、その父親こそがワンスンの失踪した恋人ヒョンスを乗せたタクシー運転手だったのだ…。 チェ・ガンヒとクォン・サンウというベテラン二人のかけあいが面白いドラマ。空き巣事件の裏側に隠された殺人事件を嗅ぎつけたソロクだけど、DV夫の犯行と思いきや、とどめを刺したのは孫にとっては優しい祖父だった…とか、裏の裏まで展開してソロクが落ち込む、なんてなかなか巧い展開。そして連続下着泥棒を放置していたために起こってしまった殺人事件…。毎回それなりに関係者がかかわっている事件が起きるのもなかなかのストーリーテリング。 そして最後に見つかるワンスンの恋人の遺体が、最終的に本人かどうかわからないまま終わる。 明らかに続編シリーズを意識した作りだったので、このシーズン1だけでは何ともいえないが(そもそもDNA鑑定で特定できないわけがないんだけど)。 チェ・ガンヒがキュートな“アジュマ”(おばさん)を巧演。途中まで出てきていた悪玉社長役のヤン・イクチュンがあえなく殺されたのは残念。クォン・サンウが大手弁護士法人代表の息子という役柄で、結婚相手とされた弁護士役のシン・ヒョンビンがなかなかの美人だった。 さて、ワンスンの恋人の行方は、そして、ソロクの両親の死の真相は。 シーズン2は面白いのかなあ。
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[006]バッド・ジーニアス 危険な天才たち
 エンタメ傑作黒美君彦2018-10-10
 【ネタバレ注意】
アジア各国で進む経済成長は、同時に貧富の拡大と学歴偏重を生む。 タイも例外ではないそうで、富裕層の家庭が子どもの入学のために学校に賄賂を渡すことが恒常化しているのだ・・・
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アジア各国で進む経済成長は、同時に貧富の拡大と学歴偏重を生む。 タイも例外ではないそうで、富裕層の家庭が子どもの入学のために学校に賄賂を渡すことが恒常化しているのだと、ナタウット・プーンピラヤ監督は語っている。そこから発想を飛ばしてカンニングをテーマにこれだけのエンタメ作品を作り上げてしまうのだから大したものだ。 もともとは中国の集団カンニング事件をヒントにしたらしいが、とにかく映像がスリリングにしてスタイリッシュ。 カンニングシーンが実に巧みだ。ハラハラさせてしまう。 物語は貧しい天才女子高生リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)が、出来の悪い富裕層の子弟から金を貰ってカンニングを手伝うところから始まる。この主役のチュティモン・ジャンジャルーンスックジンが何ともカッコいい。ルックスは決して魅惑的とはいえないのだけれど、モデル出身ということで、9頭身!顔が小さい! 一度はカンニングがバレてしまうのだが、親友のカップルに頼み込まれてボストンの大学への進学に必要なSTICという、各国で行われる大学統一入試での助けを求められてしまう。リンはもうひとりの苦学生でライバルでもあるバンク(チャーノン・サンティナトーンクン)を仲間に引き入れ、いよいよ試験当日…というお話。 とにかくハラハラドキドキ感の演出が巧い。 だが悪いことは続かないもの。 終盤は意外な展開もあり、胸に迫ってくる。 金は人間を変えてしまう。そのことに気づき、大切なものを見失いかけたリンは、真面目だけが取り柄の父親に救われる。 最後には思わずほろっと来てしまう。 世界16の国と地域で大ヒットを記録したというこの作品、タイ映画といえば『マッハ』シリーズで知られるアクションもののほかには2010年にカンヌ映画祭でパルム・ドールを獲った『ブンミおじさんの森』(アピチャッポン・ウィーラセタクン監督)くらいしか知らなかったが、こうして観ると新たな才能が各地で生まれつつあるのだと実感する。 エンタメの傑作です。
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[007]太陽の塔
 挑発する岡本太郎黒美君彦2018-10-10
 【ネタバレ注意】
岡本太郎が作った「太陽の塔」は何故今もそこに立っているのか…多角的にその「意味性」を問おうとした異色のドキュメンタリー。 実に29人ものインタビューを再構成し、9つの章・・・
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岡本太郎が作った「太陽の塔」は何故今もそこに立っているのか…多角的にその「意味性」を問おうとした異色のドキュメンタリー。 実に29人ものインタビューを再構成し、9つの章立てで見せるこの作品は、あたかも一冊の書物のようで、そこで賛否ありそうな気もするが、私はそれなりに興味深く観た。 9つの章は「§1 EXPO 万博」「§2 CREATION 創造」「§3 TARO 太郎」「§4 ORIGINS 起源」「§5 SYSTEM 支配」「§6 MYTH 神話」「§7 RESONANCE」「§8 MANDALA 曼荼羅」「§9 GIFT 贈与」。 「§1万博」「§2創造」では「人類の進歩と調和」というテーマに、真っ向から反対した岡本太郎を語る。夢を語る万博に異物を敢えて放り込もうとした太郎は「人類は全然進歩していないし調和なんかしていない」と主張した。半世紀近く経って、その言葉は正鵠を射ていたことは明らかだ。その結果当時の建築界の第一人者丹下健三の設計した大屋根に巨大な穴まで開けてしまった。 「§3太郎」「§4起源」では、岡本太郎の生い立ちから彼の思想の源泉に迫る。若き日にパリ留学を果たした太郎は、マルセル・モースの民族学に触れ、パリ大学で民族学科に編入する。彼は客観的に日本文化を見ようとし、帰国後に観た縄文土器やアイヌの暮らしに刺激を受ける。 岡本太郎の言葉。「芸術家ということがただの画家であることとは思わないのです。全体的な普遍的な存在として生きるのです。そのためにも世界で起こった全てを知らなければならないのです。だからマルセル・モースの民族学は私を夢中にさせました」。 「§5支配」以降は、岡本太郎と現在を結んでいく。 例えば哲学者の西谷修が語る、日本人の特性としての「自発的隷属」。農耕民族である国民に同調圧力が強いのは「お互いを支え合って、一人一人が自由に動けない構造になっているから」だと解説する。「議論を避けること、敗戦体験を踏まえ新たなアイデンティティをどう作り上げるかが大事だった時期に、高度経済成長期を迎え、経済がぐんぐん伸びたため、そのまま見つめずに済んでしまった」とは、ソーシャルデザイナー並河進の言葉だ。 「都合の悪いことはすべてなかったことにする」…それはカタストロフを招来する。 やがて、映画は「太陽の塔」から、渋谷駅で今も掲示されている壁画「明日の神話」へとフォーカスを移す。 1968年に制作された「明日の神話」は、2003年養女の岡本敏子により再発見され、渋谷駅に設置されている。2011年3月11日の東日本大震災で起きた福島第一原発の災害に「明日の神話」の予言性を見出したアーティスト集団のChim↑Pomは、「明日の神話」の端に「福島第一原発」を付加した。原発はまさに「人工の太陽」だったのだ、と赤坂憲雄は語る。 岡本太郎の作品は、今も表現者を挑発し続けていることを示すエピソードだ。 「§8曼荼羅」では、岡本太郎が書きのこした「太陽の塔はマンダラである」という言葉の意味を問う。 曼荼羅とはそもそも「宇宙を三次元的に立体化したもので、それを上から眺めて平面に落としたもの」だとチベット学者の長野泰彦が語るが、太郎は太陽の塔の内部の「生命の樹」を含め、過去と現在、未来を形にしたのだともいえる。 そして最終章の「贈与」。 太陽の塔は、「壊さなかった」のではなく、「壊せなかった」のだと、赤坂憲雄は言う。わけのわからないものは破壊できない。だから今も「太陽の塔」は聳え、世界を睥睨している。 一回観ただけでは到底理解しきれない、密度の濃いドキュメンタリー。 インタビューに登場した人々を以下に羅列するが、名前を見ただけでその幅の広さに驚く。そしてそれは、岡本太郎と「太陽の塔」の幅の広さ、大きさでもあるのだ。 ところどころで挿入されるCGが効果的。面白かった。 ▼赤坂憲雄(民族学者)安藤礼二(文芸評論家)糸井重里(コピーライター)植田昌吾(太陽の塔設計担当者)大杉浩司(川崎市岡本太郎美術館学芸員)奥山直司(密教学者)嵩英雄(太陽の塔ショットクリート担当者)唐澤太輔(仏教文化研究者)小林達雄(考古学者)コンチョク・ギャムチョ師(チベット僧侶)佐藤玲子(川崎市岡本太郎美術館学芸員)椹木野衣(多摩美大教授)シェーラプ・オーセル師(ボン教僧侶)ジャスティン・ジェスティー(ワシントン大准教授)菅原小春(ダンサー)春原史寛(美術史研究者)関野吉晴(探検家)舘鼻則孝(アーティスト)千葉一彦(テーマ館サブプロデューサー)Chim↑Pom(アーティスト集団)土屋敏男(TVプロデューサー)中沢新一(文化人類学者)長野泰彦(チベット言語学者)並河進(ソーシャルデザイナー)奈良利男(太陽の塔設計担当者)西谷修(フランス哲学者)平野暁臣(岡本太郎美術館館長)マユンキキ(マレウレウ)
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[008]散り椿
 鬼の新兵衛黒美君彦2018-10-02
 【ネタバレ注意】
名カメラマン木村大作の監督三作目は、見応えのある時代劇だった。 さすがにひとつひとつのカットの隅々にまで目配りが利いている。そして多用される沈黙、または静寂。 セット・・・
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名カメラマン木村大作の監督三作目は、見応えのある時代劇だった。 さすがにひとつひとつのカットの隅々にまで目配りが利いている。そして多用される沈黙、または静寂。 セットではなく、実際に存在する古刹などを舞台に選んだことで、撮影に制約はあっただろうが、重厚感溢れる建物の佇まいが記憶に刻まれた。 原作は葉室麟。 享保15(1730)年。不正を訴え出たために、扇野藩を駆逐された瓜生新兵衛(岡田准一)。妻の篠(麻生久美子)が言い遺した言葉に従い、藩に戻る。かつて平山道場でともに剣を学び、四天王と呼ばれた四人の内、坂下源之進(駿河太郎)は自刃し、篠原三右衛門(緒形直人)は若殿警護中に暗殺される。残ったのは榊原采女(西島秀俊)のみ。だが采女はかつて篠と恋仲だった。篠の遺した「采女様をお助けください」という言葉は、采女への棄てきれぬ思いを表したものだったのか…新兵衛の気持ちは千々に乱れる。 新兵衛の逗留先が、篠の実家であり、そこには源之進の弟藤吾(池松壮亮)、妹里美(黒木華)がいるので少々ややこしい。 だがいかにも悪役の城代家老石田玄蕃を演じた奥田瑛二が憎々しげ。 麻生久美子と黒木華が、メイクや着物を似せたせいもあるだろうが、ラストでは本当の姉妹ではないかと思わせるくらい似通って見えた。 そして岡田准一自らアイディアを出したという殺陣は見事。 武術を幾つも修めて来た岡田准一らしい迫力に満ちた殺陣に仕上がっていた。その相手をした西島秀俊も大変だったと思うけれど。 難をいえば、岡田准一の表情が終始苦虫を噛み潰したようだったこと。 役柄としてはそれも仕方ないかも知れないが、もう少し柔らかな表情があってもよかったかも知れない。その方がメリハリがついたような気もするのだけれど…難しいところ。 モントリオール映画祭で審査員特別賞を受賞したのも伊達ではない。 そうそう、スタッフ・キャスト名が自筆サインで出てくる、というのは、アイディアというか楽屋落ちとしてはいいが、字の巧拙にあまりに差があり過ぎて(笑)、エンディングなんて字の汚さが目について仕方がなかった…。
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[009]響-HIBIKI-
 天才と狂気黒美君彦2018-10-02
 【ネタバレ注意】
コミック原作とあって物語は荒唐無稽なのだが、映画として観るとこれはこれでよく出来ている(是か非かといわれれば微妙だが)。 まず主人公の鮎喰響を演じた欅坂46の平手友梨・・・
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コミック原作とあって物語は荒唐無稽なのだが、映画として観るとこれはこれでよく出来ている(是か非かといわれれば微妙だが)。 まず主人公の鮎喰響を演じた欅坂46の平手友梨奈が秀逸。いつもふてくされているような女子高生役を巧演している。そして映画は10年ぶりのアヤカ・ウィルソン。人気作家祖父江秋人(吉田栄作)の娘凜夏役だけど、美少女必ずしも美人にならず、の法則を無視して綺麗になったよね。彼女に関してはNHK地域ドラマ『あったまるユートピア』出演時に見かけてその美貌に感心したから、ここに繰り返すまでもないんだけど。 さてここで描かれる天才作家響がどのような傑作小説を書いたかが一切示されないのがいい。示されるのは『お伽の庭』というタイトルのみだ。彼女は高校入学前の春休みに書いた『お伽の庭』を、文芸誌「木蓮」の新人賞に応募してくる。 彼女は賞には関心がなく、他人が読んだ時の評価が知りたかったのだという。だが編集者の花井ふみ(北川景子)は、作品の完成度に驚き、彼女をデビューさせようと考える。一方同じ高校の文芸部にいる凜夏もまた、女子高生作家としてデビューしようとしていた。 とにかく、彼女たちが書いた作品には映画では殆ど触れない(触れられない)し、その背景や、家族関係にすらフォーカスはあてられない。 それは響の書く姿勢を描くことに力点がおかれているからだ。 彼女は女子高生だからという理由だけで凜夏をバカにする芥川賞作家を足蹴にする。苦労の末同じ新人賞を獲った小説家をパイプ椅子で殴りつける。他人に書いてもらったのではないかという週刊誌記者にマイクを投げつける。 やたら暴力的な彼女は、狂気を帯びている。 とはいうものの、天才と狂気は紙一重。そのくらいの狂気を帯びていないと傑作なんて生まれない、というのも事実。 世間は理解できないものが現れたとき、何かと自らの狭い常識の枠に閉じ込めて解釈することで安心感を得ようとする。自分とさほど違わない、あるいは逆に自分とはかけ離れた存在であるとすることで、自らを安心させようとするのだ。 だが、彼女の一貫した姿勢は他に影響を及ぼす。 つまらない作家にはつまらないとはっきり言い渡し、読まずに批判する読者は容赦なく切り捨てる。 編集者のいうがままにしたら物語がつまらなくなってしまったという凜夏には、「あんたが書いたのだからあんたの責任、他人のせいにするな」と言い渡し、芥川賞受賞を何回も逃した作家には「他人が面白いと思った小説に、作者の分際でなにケチつけてんの?」と突き放す。 思い立ったら命がけ。 校舎の屋上からは後ろ向きに落ちるし、電車にかまわず線路内から立ち退こうともしないし(よい子はマネしないように。死にます)。 彼女は、多数に対して小説は書かない。 才能にいざなわれるままに、書きたいから書く。評価されることは嬉しいが、それが目的ではない。 物書きの原初的な表現欲求に従えば、響みたいな人物像は生まれるだろう。だが、会見で「あなたの考えを訊いている」というのは、正しいようで違う。 自分の欲求に従って書くだけで満足するのであれば、受賞は辞退すべきで、自費出版なり高校の部誌に発表するなりしていればいい。だが、世に発表した時点で、自らが社会的な存在になってしまうことはある程度覚悟しなくてはならない。もちろん失礼な質問をする記者を無視するのはいい。失礼な発言で喧嘩を売ってくる輩には闘えばいい。しかし、挨拶中の作家を背後から椅子で殴るのは卑怯だろう。あとで謝って済むという問題ではないと思うのだ。 とはいえ、自分自身の言葉で語り、問う人間があまりに少ない現状に一石を投じる作品であることは明らか。 その意味では面白い作品だった。
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[010]浅草の灯 踊子物語
 “エンコ”黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1923年の関東大震災発生前の浅草ではオペラが大人気。人気スターの山七こと山上七郎(二谷英明)は、所属するオペラ劇団で「先生」と呼んでいる佐々木紅光(芦田伸・・・
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<あらすじ>1923年の関東大震災発生前の浅草ではオペラが大人気。人気スターの山七こと山上七郎(二谷英明)は、所属するオペラ劇団で「先生」と呼んでいる佐々木紅光(芦田伸介)には一目置くが、劇団を仕切る佐々木の妻マリエ(山岡久乃)や有名役者を鼻にかけた振る舞いの浪村武夫(藤村有広)とはいつもぶつかっていた。そこに新人小杉麗子(吉永小百合)がメンバーに加わる。瞬く間に人気者となった麗子だったが、マリエに後援者である半田耕平(富田仲次郎)の座敷に出るよう強要され、山上は画家志望でオペラ好きな神田長次郎ことポカ長(浜田光夫)の下宿に麗子を匿うことにする…。 「エンコ」とは「公演」を逆から読んだ隠語なのだとか。関東大震災前の浅草といえば、凌雲閣とオペラ。作家濱本浩(1891〜1959)が小説『浅草の灯』に書いたのは、そんな娯楽の中心地だった頃の浅草だ。 島津保次郎監督が上原謙、高峰三枝子で映画化したのが1937年。田坂勝彦監督が根上淳、川上康子で映画化したのが1956年。この作品は三作目となるが、この頃は辛うじて浅草オペラを記憶する人がまだいた頃か。 さすがに浅草オペラといわれてももうピンと来ないが、それでも個人的にはかつて田谷力三(1899〜1988)が浅草オペラの出身者だったことを覚えている。 さてさて、物語は山上という不良少年上がりのオペラ歌手といたいけな美少女小杉麗子を中心に回るが、当時は劇団の後援者に女優を送り込むのもごく当然だったのか、山上への思いを棄てて身を委ねる吉野紅子(朝風みどり)がかわいそう。山上は射的屋のお竜(奈良岡朋子)にも思われるし、おいしい役柄。でもやっぱり清純な麗子にいっちゃうのね。 ところが、その前にポカ長こと浜田光夫が、「いけないわ」と拒む麗子を押し倒して…。おやここでは浜田光夫がちょっと悪い役柄。 いずれにせよ大正期の浅草の風俗がどこまで再現できているかは不明だが、関東大震災でその賑わいが消え失せてしまうことを知っている観客は、多少複雑な思いで観たことだろう。 二谷英明がオペラ歌手というのは少々無理を感じるが、意外や意外、山岡久乃がなかなかの美声を聴かせてくれる。朝風みどりは宝塚出身だからそこそこ歌えるのは当然として、歌手としても活躍していた吉永小百合も頑張っている。 それにしても、当時オペラが流行したのはどうしてだったんだろう…。 興行の世界をヤクザまがいが牛耳るというのは、今も昔も変わらないということだな。
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[011]アントマン
 小さいことはいいことだ?!黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
いわゆるマーベルものには大して関心はないんだけれど、単体として観てもそれなりに楽しめるのが一連の作品群の特徴か。 マイケル・ダグラスが若返って出てくるところがバカバ・・・
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いわゆるマーベルものには大して関心はないんだけれど、単体として観てもそれなりに楽しめるのが一連の作品群の特徴か。 マイケル・ダグラスが若返って出てくるところがバカバカしくて面白かったけれど(笑) アントマンが空を飛ぶ時に使う“アントニー”が、銃撃されてあえなく弾き飛ばされるけれど、銃弾の衝撃波とかは無視するのか〜とか、まあ突っ込みどころはあれこれあるけれど、楽しめたんだからよしとしましょう、という感じ。 家を突き破る機関車トーマスや、キーホルダーを引きずる戦車がこれまた笑える。悪くないんじゃないでしょうか??
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[012]チア☆ダン
 ありきたり青春ストーリー黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>幼い頃に福井中央高校のチアダンス部「JETS」が全米優勝を果たした演技を見た藤谷わかば(土屋太鳳)だったが、福井中央高校への受験に失敗し、福井西高校に入・・・
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<あらすじ>幼い頃に福井中央高校のチアダンス部「JETS」が全米優勝を果たした演技を見た藤谷わかば(土屋太鳳)だったが、福井中央高校への受験に失敗し、福井西高校に入学することに。そんなわかばを強引に誘い、「打倒JETS!全米制覇!」とありえない夢を語る転校生桐生汐里(石井杏奈)とともに部員をかき集め「ROCKETS」を結成することに。教師の漆戸太郎(オダギリジョー)を顧問に迎え、挫折や対立、ケガなどを乗り越え、夢に向かって羽ばたこうとする青春ストーリー。 2017年に公開された映画『チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』は、2009年の実話に基づいて製作された作品で、広瀬すず、中条あやみらが生徒役で、鬼コーチ役が天海祐希という布陣だった。このドラマシリーズは、その十年後、舞台を別の高校に移した全く新しい設定。第一話では、広瀬すずが母校のコーチ役で登場。メイキャップや化粧で大人めいた広瀬すずが、それなりに教師役をしてみせる辺りはさすが、と思わせた。 一方土屋太鳳は、演技が平板で表情に起伏が乏しいのが難。女子たちも今ひとつ個性が薄く、この娘を贔屓にしたい、と思わせる役が見つからなかったのが惜しまれる。人数が多ければいいってもんじゃないよね、こうしたドラマは。 チアダンスに関する薀蓄が殆どなかったのも残念。結局なんだかありきたりの青春応援ストーリーの域を出なかった感がある。 視聴率が平均7.1%(関東)に留まったのもそこを突破できなかったせいかなあ。 土屋太鳳、「元気でスポーツ得意!」感が押しつけがましいと、実は女性に嫌われている説あり。
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[013]ワンダフルライフ
 キャスト黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
キャストに目を奪われた。 まだモデルでしかなかったARATA(井浦新)、伊勢谷友介、ベテラン勢では内藤武敏、谷啓、原ひさ子、由利徹、端役で阿部サダヲ、木村多江…。 物・・・
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キャストに目を奪われた。 まだモデルでしかなかったARATA(井浦新)、伊勢谷友介、ベテラン勢では内藤武敏、谷啓、原ひさ子、由利徹、端役で阿部サダヲ、木村多江…。 物語はアイディア優先のファンタジー。ではあるけれど、一部の素人さんが語る思い出の語りはドキュメントタッチでリアリティがある。例えば78歳で亡くなったという「夛々羅君子」の場合、兄に連れて行かれた日比谷公会堂で「赤い靴」の曲に合わせて踊ったのが「いちばん大切な思い出」だと語る。あるいは戦争中、米軍兵士から与えられた米の旨さが忘れられないという「荒木一二」。かと思えば生後5〜6か月後の記憶を語る「文堂太郎」もいる。当時七十代だった「死者」役はおそらく、今殆どが「死者」になっているだろう。そんなことを思いながら言葉に耳を傾ける。 記憶と語りは恐らく一致はしない。印象的な記憶は、出来事が鮮烈であればあるほど、少しずつ改竄され、都合のよい、より美しい記憶になっていくに違いないのだから。 物語ではその思い出を再現し、その思い出だけを抱いて永遠の時に旅立つのだという。 こうしたファンタジーは得てして思弁的にならざるを得ない。つまりここにあるのは頭の中での天国への扉であり、どこか綺麗事に収斂してしまうのだ。 戦時中に亡くなり、いちばん大切な思い出を選べなかったという望月(ARATA)は、半世紀以上にわたって死者の言葉に耳を傾けてきたことになる。だが、ファンタジーであるが故に、彼はその五十余年の体験を今に引きずらない。そうしたところが思弁的と感じる所以である。 それであっても子どもの頃の踊りを懐かしそうに語る「夛々羅君子」さんの表情は忘れられない。 そして、寺島進に桜の花弁を渡す原ひさ子の、幼子にも通じる柔らかな表情もまた。 傑作かと問われると、うーんと悩まざるを得ないのだが、ドキュメンタリストとして出発した是枝監督らしい初期作品だとは思う。
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[014]リグレッション
 集団ヒステリー黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
アレハンドロ・アメナーバル監督の作品を観るのは久しぶり…ということで期待しつつも、巷間あまり取り上げられていないので不安も抱きつつ劇場へ。 レイトショーでスリラーサス・・・
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アレハンドロ・アメナーバル監督の作品を観るのは久しぶり…ということで期待しつつも、巷間あまり取り上げられていないので不安も抱きつつ劇場へ。 レイトショーでスリラーサスペンスを観ることになってしまった後悔も覚えたけれど、そこまで悪し様にいわれるような作品かな、という印象。 この作品のベースとなっているのは、1980年代から90年代にかけて全米各地であった「悪魔崇拝の儀式」事件。 1983年にカリフォルニア州で起きた「マクマーティン保育園裁判」では、園児が悪魔崇拝者の儀式に供されて性的・肉体的に虐待されていると保護者が主張したが、結局冤罪であったことが明らかになった。ところがこの事件は親たちによる保育園関係者に対する攻撃を引き起こすなど、甚大な影響を及ぼした。こうしたモラル・パニックは信心深い地域や共同体で起こりやすいといわれる。 この映画ではさらにタイトルにもなっている“リグレッション”が大きなポイントとなっている。 “regression”とは「回帰」「後戻り」「退行」といった意味で、ここでは一時期流行った「退行催眠」を指している。 一見科学的に見える「退行催眠」だが、暗示や記憶の混乱で「虚偽記憶」が作られることが多々あるといわれ、現在ではその効果は否定されているという。人間が何でも記憶しているというのは間違いなのだ。それはそれで少し残念だけど。 この作品では、敏腕刑事のブルース・ケナー(イーサン・ホーク)が、いたいけな美少女アンジェラ・グレイ(エマ・ワトソン)の証言を追うに従い、悪魔崇拝の儀式が行われたに違いないという確信を深めていく過程を長く描いている。 それは最終的にはアンジェラの虚偽証言をきっかけにした集団ヒステリーであることが判明していく。 こうした事件は、キリスト教国であるアメリカだから起きるのだ、というのは簡単だが、同じようなことは歴史を紐解くまでもなく世の東西を問わず起きていることである。たとえば中世の魔女狩りもそうだろうし、日本で近代まで発生していた「狐憑き」もそうだろう。 集団ヒステリーという意味でいえば、関東大震災の際の朝鮮人虐殺も同じ文脈で語ることが出来る。 ウソの証言に合うように現実を変えていく、というのは意外に身近に存在しないだろうか。 それが「悪魔崇拝」といった途端、キリスト教国限定だと思うのはあまりに視野が狭い。 人間は信じたいもの、見たいものしかみないのだ。そのことを自覚しないと、集団ヒステリーの片棒を担ぐことになりかねない。 そのことをこの作品は教えてくれている。 とはいえ、悪魔崇拝の儀式が本当に行われたどうか、血液反応検査とかすれば一発でわかると思うんだけどな(笑)。
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[015]愛と法
 弁護士夫夫黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
大阪の「なんもり法律事務所」で活動する南和行弁護士と吉田昌史弁護士は、ゲイであることを公表し、自ら「弁護士夫夫」と称している。 まだ“LGBT”という言葉すら一般的ではな・・・
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大阪の「なんもり法律事務所」で活動する南和行弁護士と吉田昌史弁護士は、ゲイであることを公表し、自ら「弁護士夫夫」と称している。 まだ“LGBT”という言葉すら一般的ではなかった2011年、結婚式を挙げた。冒頭、レインボーフェスタを取材するカメラに対して、多くの人が顔出しでのインタビューを拒むなか、二人は膝枕をするなどごく自然体で仲が良い。 だが、彼らが挑むのは性的マイノリティに対する理不尽な差別だけではない。 例えば「無戸籍者裁判」。「婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」「法的離婚後300日以内に生まれた子どもは前夫の子と推定する」という明治から続く民法の規定によって、今や1万人を超えると推定される「無戸籍者」の権利を問う裁判だ。民法規定に留まらず、経済的な状況から出生届が提出されなかったケースも少なくないが、戸籍がない故にパスポートや運転免許なども取得できない理不尽な目に遭う「子ども」たち。 漫画家でアーティストの「ろくでなし子」の裁判では、彼女による女性器をモチーフにした作品が「わいせつ」と判断され2度にわたって逮捕された事例が取り上げられる。自身の女性器をスキャンした3Dプリンター用データを送信したなどとして「わいせつ物陳列」「わいせつ電磁的記録等送信頒布」「わいせつ電磁的記録記録媒体頒布」の三件で起訴されているが、彼女は「自分の体の一部をわいせつとするのはおかしい」と主張を続けている。 そして「君が代不起立裁判」。大阪府立高校の卒業式での国歌斉唱時に起立しなかったとして減給処分を受けた元教諭・辻谷博子さんの闘い。起立斉唱の強制は思想、良心の自由への侵害であり、絶対服従を前提とした大阪府の「君が代起立条例」「職員基本条例」は憲法違反だと訴えている。 その底流にあるのは、多数派の名のもとに踏みにじられる少数派・個人の思想・信念をどう守るか、という思いにほかならない。それは性的マイノリティのおかれている状況と共通するものがある。差別する側は、被差別者の痛みに対して徹底して鈍感だ、というのは昨今の社会風潮でもある。意見の異なる者、考えが違う者に罵詈雑言を浴びせ、そうすることで自らの安住を確かめようとする品性下劣な連中からの攻撃に、彼らは傷つきながら、それでも立ち上がり世の中に異議を申し立てる。その勇気にはただただ頭が下がる。 「生産性がない」などと、ナチス顔負けの優生思想を吐き出して、批判を浴びると沈黙する国会議員のレベルの低さは、そのままこの国の民度の低さと連関している。だが、だからといって黙っているわけにはいかない。個々の理不尽に黙り込む人間は、やがて巨大な理不尽にも沈黙するのだ。 そんな内容を含みながら、この作品に登場する人たちはみなそこはかとなく温かく、ユーモアに溢れている。何かと歌にしてしまう目立ちたがりの南弁護士と、頭脳派でありながら涙もろい吉田弁護士。互いを補うふたりは、まさに「夫夫(ふうふ)」。 ほっこりとした気分にも浸れる社会派ドキュメンタリーの佳作だ。
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[016]青い海の伝説
 OPが美しい黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1598年に激しい嵐で打ち上げられてしまった美しい人魚セファ(チョン・ジヒョン)は、貪欲な権力者で商人のヤン(ソン・ドンイル)に捕らえられる。そこに赴任して・・・
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<あらすじ>1598年に激しい嵐で打ち上げられてしまった美しい人魚セファ(チョン・ジヒョン)は、貪欲な権力者で商人のヤン(ソン・ドンイル)に捕らえられる。そこに赴任してきた県令キム・タムリョン(イ・ミンホ)は人魚を自由にするよう命じるが、愛し合うようになったタムリョンとセファはヤンの策略で殺されてしまう。そして現代のソウル。タムリョンはホ・ジュンジェ(イ・ミンホ)という天才詐欺師に生まれ変わり、仲間のチョ・ナムドゥ(イ・ヒジュン)とテオ(シン・ウォンホ)と世界を飛び回っていた。そんなある日、スペインでジュンジェは、初めて陸に上がって女性になった人魚(チョン・ジヒョン)と出会う。彼女の翡翠の腕輪を手に入れるため警察から彼女を救い出したジュンジェ。彼女に「シムチョン」と名づけるが、不思議な力で記憶をなくしたジュンジェはソウルに戻り、シムチョンは彼を追って現代のソウルにたどり着く…。 『星から来たあなた』(2013年)では、キム・スヒョン演じる宇宙人と恋に落ちたチョン・ジヒョンが、今度は逆に“人魚”の役。 彼女の特技は水泳だということだけれど、あのフィンをつけて水中で演技するのはさぞや大変だったろうと思う。 日本版のOPは短いが、吉俣良の幻想的な音楽に、空と海を一体化させた美しい映像がぴったりで、このOPだけで全話観てしまった(笑)。 物語は「生まれ変わり」がひとつの大きなポイント。ファンタジーなのだが、その中にホ・ジュンジェ(イ・ミンホ)の命を狙う不動産王の後妻カン・ソヒ(ファン・シネ)とその息子ホ・チヒョン(イ・ジフン)、そしてチヒョンのマ・デヨン(ソン・ドンイル)が絡んでくる中盤以降はサスペンスの味わいもある。 悲劇の運命は繰り返されるのか…という大きなテーマはともかく、人と人魚の恋という万国共通の物語を巧みに現代風にアレンジしたのはなかなか面白かった。それにしても「人魚」といえば美しい女性をイメージするけど、「半魚人」というと『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)に出てくる異様な姿を思い浮かべるのは何故だろう(笑)。 とにかく水中を泳ぐチョン・ジヒョンが美しい作品。
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[017]半分、青い。
 半分、面白い黒美君彦2018-10-01
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>岐阜県東美濃市梟町(架空)で1971年7月7日に生まれた楡野鈴愛(永野芽郁:子役矢崎由紗)と萩尾律(佐藤健:子役高村佳偉人)。鈴愛は祖父仙吉(中村雅俊)、父宇・・・
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<あらすじ>岐阜県東美濃市梟町(架空)で1971年7月7日に生まれた楡野鈴愛(永野芽郁:子役矢崎由紗)と萩尾律(佐藤健:子役高村佳偉人)。鈴愛は祖父仙吉(中村雅俊)、父宇太郎(滝藤賢一)、母晴(松雪泰子)とともに、律は父弥一(谷原章介)、和子(原田知世)とともにすくすく育つが、鈴愛はおたふく風邪で左耳の聴力を失う。高校卒業後鈴愛は漫画家になるべく東京へ、律は受験票を誤って鈴愛に渡したため京大受験を断念、東京の西北大学に進学する…。 あらすじに書いたのは、この朝ドラシリーズの前半部分のみ。この後あれやこれやあって、時間は2011年まで進められるけれど、正直いって二十代半ば(漫画家断念)以降の物語は支離滅裂、いきあたりバッタリの感が強く一気につまらなくなる。 70年代から90年代前半まではそれなりに、当時の風俗も取り込み、同世代を中心にしたコアなファン形成に貢献したと思うけれど…。 というのも後半はもうコントを重ねたとしか思えない展開に。律とより子(石橋静河)の離婚もナレーションであっさり説明(「ナレ離婚」というらしい)。漫画家修行時代の師匠秋風羽織(豊川悦司)や菱本若菜(井川遥)との関係性は面白かったけれど、漫画家を断念した後はその時代を封印してしまう鈴愛。 114話あたりだったか、母親に無心した鈴愛が「あんたはいっつも思いつきや」と晴に叱られるシーンがあったが、「そうだそうだ」と思わず母親に味方してしまった。何せ主人公の鈴愛がどうにも好きになれなかったのが、個人的には致命的。結婚、離婚、シングルマザー…というのは現代を象徴しているのかも知れないが、一方で「梟町」の家族はまるで「サザエさん」の世界。安定した故郷があるから、主人公は好きなようにやれるわけで、そうした中で律とのコラボでそよ風扇風機を発明しようが、東日本大震災で看護師をしていた漫画家時代の仲間浅葱裕子(清野菜名)が死のうが、どこかとってつけた感が強い。 というわけで、半分面白かった、という感想になるわけで。時代背景がどんどん遠ざかっていくのも観ていてしんどかった。離婚後の律が養育費を払っている様子も見えないし、勝手にしたら、という感じ。 作・脚本の北川悦吏子のSNS発信が話題になったけれど、その意味では朝ドラシリーズとしては異色だったのだろう。 とにかく惰性で後半も観てしまったけれど、残念な出来であった。 唯一、原田知世は相変わらずの透明感で、金八先生の真似なんぞさせたのは可愛らしかったけれど、死なせちゃうんだもんなあ。
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[018]探偵が早すぎる
 「トリック返し」黒美君彦2018-09-27
 
<あらすじ>十川一華(広瀬アリス)は、親代わりの橋田政子(水野美紀)とともに質素に暮らしてきた大学生。ところが大陀羅家一族の次男・瑛(玉置孝匡)が亡くなり、遺産5兆・・・
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<あらすじ>十川一華(広瀬アリス)は、親代わりの橋田政子(水野美紀)とともに質素に暮らしてきた大学生。ところが大陀羅家一族の次男・瑛(玉置孝匡)が亡くなり、遺産5兆円が一華に相続されることに。そうはさせじと長女の大陀羅朱鳥(片平なぎさ)、その娘麻百合(結城モエ)、息子の壬流古(桐山漣)、長男の亜謄蛇(神保悟志)が一華の命を狙う。そこで橋田が雇ったのが、何ごとも先回りして犯罪を未然に防ぐ探偵千曲川光(滝藤賢一)だった…。 広瀬アリスが思い切り変顔を晒し、今後はこの路線でいくのか(笑)と思わせたコミカルなドラマシリーズ。何せストーリーや登場人物、演出までもがどれもマンガチックなので、うーん、こういうのが好きな人もいるのね、という程度で。それでも何となくぼおっと観てしまったので、術中に嵌まってしまったのかも。 それにしてもアリスは広瀬すずの姉とは思えない演技。照れも時折感じられて、まだ少しだけ羞恥心が残っているのか?という気もしたけど。 そこは突き抜けたのが滝藤賢一。飄々とした一見ダメ風敏腕探偵を演じていたが、こちらは少々突き抜けすぎたか。全体的にややバランスを欠いているような気がしたのは、登場人物のテンションにばらつきがあったからか? 「神のものは神に。カエサルのものはカエサルに…トリック返し」というのが滝藤演じる千曲川の決め台詞。 この決め台詞は新約聖書「マタイによる福音書」に書かれている言葉。「神への服従と国家に対する義務とは矛盾しない」という意味のキリストの言葉だ。カエサルは、キリストを迫害したローマ帝国皇帝のことなので、カエサルの肖像が入った貨幣(税金)はローマ帝国に納めても良い、という意味合いがある。 決め台詞はだから、「正しいこと(神のもの)は正義(神)に、悪だくみ(カエサルのもの)は悪人(カエサル)に」というくらいの意味か。 うーむ、今ひとつよくわからん。 ま、あまり印象に残らないドタバタドラマ、という感じかな。
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[019]義母と娘のブルース
 笑えた黒美君彦2018-09-27
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>母を亡くし、父・宮本良一(竹野内豊) と二人で暮らしてきた娘のみゆき(横溝菜帆)の前に、新しい母親として光友金属の営業部長を務めるキャリアウーマン岩木亜希・・・
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<あらすじ>母を亡くし、父・宮本良一(竹野内豊) と二人で暮らしてきた娘のみゆき(横溝菜帆)の前に、新しい母親として光友金属の営業部長を務めるキャリアウーマン岩木亜希子(綾瀬はるか)が現れる。「変人」ともいえる亜希子に反発を覚えるみゆきだったが、少しずつ彼女を認め始める。実は彼女は、病気で余命僅かな良一に頼み込まれて母親となるべく結婚を承諾したのだったが、そうこうしているうちに宮本家は少しずつ家族らしくなっていく。良一亡き後、高校生になったみゆき(上白石萌歌)は志望大学も決まらない。働くことの大変さを伝えなくてはと、亜希子は、麦田章(佐藤健)が店長を務める潰れそうなパン屋に再就職する…。 最高視聴率19.2%(平均14.2%、関東)を叩き出した2018年秋の大ヒットドラマ。コミック原作(未読)ということだが、これはもう主要キャストと演出の勝利といっていいだろう。綾瀬はるかはシリーズ前半は笑わないキャリアウーマンを熱演。ニコリともせず腹芸を見せるなんて、いったい彼女に何をさせるんだ!という感じ。だけど、そのフレームアップした演技が笑えるのだからいうことはない。 しかも竹野内豊がとても好感度が高い役柄。仕事は出来ないけれど、誰からも好かれるいいヤツ。 シリーズ後半では、最近役の幅をぐんぐん広げている佐藤健がぐぐっと前面に出てくる。頭がワルくて根性もないパン屋の二代目という役柄。こんな役もこなしてしまうのが彼だけど、細かった眉毛がドラマ後半で太くなっていくのが笑える。 演出面では亜希子の所作にいちいち太鼓やら何やらで効果音をつけていくのがバカバカしくて面白い。大仰にやればやるほど、これまでの綾瀬はるかとのギャップが生まれる。 前半では、主人公たちと知り合いでもない佐藤健がいろいろなものを媒介にしてプラスに物語を方向づける役柄だったので、もしかして佐藤健の役は「天使」の役で、奇跡が本当に起きるのではないか、なんて深読みしてしまったけど、もっとベタだったんだね(笑)ということで。 笑いながら難しいことを考えずに観る分には十分合格点。
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[020]この世界の片隅に
 ドラマ化の難しさ黒美君彦2018-09-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>広島市江波で生まれ育った浦野すず(松本穂香/子役 新井美羽)は、父十郎(ドロンズ石本)、母キセノ(仙道敦子)、兄要一(大内田悠平)、妹のすみ(久保田紗友・・・
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<あらすじ>広島市江波で生まれ育った浦野すず(松本穂香/子役 新井美羽)は、父十郎(ドロンズ石本)、母キセノ(仙道敦子)、兄要一(大内田悠平)、妹のすみ(久保田紗友)の五人家族で絵の好きな少女として育った。1943年、18歳のすずに、呉の北条周作(松坂桃李)との縁談が持ち上がる。すずは北条家に嫁ぎ、舅の円太郎(田口トモロヲ)、姑のサン(伊藤蘭)、出戻りの嫁径子(尾野真千子)径子の娘・晴美(稲垣来泉)と暮らし始めるが、戦況は悪くなり、生活は苦しくなる一方だった…。 クラウドファンディングから全国的大ヒットにつながったアニメの実写化(実際にはドラマ化は二度目だが)。 「朝ドラ風」と評されたのはなかなか正鵠を射ている。確かにこのドラマでシリーズでは、黒木和雄が描きたいといい続けた“卓袱台の戦争”が描かれているが、映画と異なり、エピソードが分散されてしまう。その分、庶民の暮らしは細かく描かれることになるが、ドラマは主人公をめぐる人間関係に移り、大状況が見えにくくなる。映画であればクライマックスに向けて適度なボリュームで描かれるエピソードが長くなり、そこに起承転結が生まれる。結果、印象が曖昧になってしまうのだ。 そうした中で、原作やアニメで描かれた焼け跡の太極旗は消され、まがりなりにもオリジナルにあった対極の視線が喪われてしまった感が強い。 とはいえ、松本穂香は「すずさん」のイメージに近かったし、広島弁も巧くこなしていた。小姑役の尾野真千子はさすがの演技。演技陣はみながんばっていたと思う。 賛否両論の現代バージョンはあまり効果的だとは思えなかった。広島カープとのリンクも個人的には安易に感じる。 今ひとつバランスが悪く感じられたのは、戦時中の生と死のヒリヒリする緊張関係が今ひとつ描きこまれていない点にある。アニメにあった憲兵とのやりとりなどが、家族の物語に埋もれてしまったような気がする。それはこの物語の核心を外したということにはならないか。全体的にはよく出来たドラマであっただけに、そうした点が惜しまれる。 ドラマシリーズの難しいところだ。
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[021]dele(ディーリー)
 記録の削除黒美君彦2018-09-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>あらかじめ登録しておくと、依頼人の死後、パソコンやスマホのデジタル記録を削除(デリート)する業務を請け負う会社「dele.LIFE」(ディーリー・ドット・ライフ・・・
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<あらすじ>あらかじめ登録しておくと、依頼人の死後、パソコンやスマホのデジタル記録を削除(デリート)する業務を請け負う会社「dele.LIFE」(ディーリー・ドット・ライフ)。所長は弁護士事務所の代表坂上舞(麻生久美子)の弟で車椅子の坂上圭司(山田孝之)で、依頼者がある期間ディバイスなどにアクセスがなかった場合、死亡確認を行い、記録が削除される。ひょんなことから雇われた真柴祐太郎(菅田将暉)が依頼者の死亡確認をすることになる…。 一見お調子者の菅田将暉と、冷静沈着な山田孝之。作家本多孝好による小説とテレビドラマのメディアミックスプロジェクトとのことだけど、小説とドラマはエピソードが被らないのだとか。 脚本や監督がそれぞれ競作する形をとったせいか、意欲的なドラマシリーズに仕上がった。とはいえ出来不出来が回によって異なるのもそうしたシリーズの常。第三回の瀧本智行監督作品の完成度がとにかく高く唸らされた。 この第三回は理髪店の女経営者(余貴美子)と、彼女をいつも見ていた写真館の男(高橋源一郎)の物語。実は男は公安のイヌで、過激派の指名手配犯の恋人である女をずっと観察、盗聴していたのだということが次第に明らかになる。 寂れた港町の風景と、中年を過ぎた男女の機微が絡み合って、何ともいえない短編小説のような良質な物語に仕上がっていた。 それを少しずつ明らかにする菅田将暉と山田孝之の距離感もいい。 主役が狂言回しに徹した時の豊穣な物語にただただ参った。 一方この二人が全面に出てくると、今ひとつ。彼らは削除される記録の中の人生を辿る役回りに徹した方が良かったように思う。ヒーローになっちゃうとつまんない。 とはいえ、2018年秋のドラマシリーズでは最も面白く観たものであることは確か。
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[022]哀しみの街かど
 ニードル・タウン黒美君彦2018-09-18
 【ネタバレ注意】
アル・パチーノの事実上のデビュー作ともいわれるジェリー・シャッツバーグ監督の長編第二作。 このコンビは次回作の『スケアクロウ』(1973年)でカンヌ映画祭パルム・ドールに・・・
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アル・パチーノの事実上のデビュー作ともいわれるジェリー・シャッツバーグ監督の長編第二作。 このコンビは次回作の『スケアクロウ』(1973年)でカンヌ映画祭パルム・ドールに輝くわけだが、この作品でもその萌芽は十分味わえる。 ドキュメントタッチで描かれる街、ニューヨーク。原題が示すとおり“Needle Town”(注射針の街)として、麻薬患者たちが溢れている犯罪都市。 アル・パチーノ演じるボビーは、堕胎手術を受けたばかりで男に棄てられ、行き場を失ったヘレン(キティ・ウィン)と暮らし始める。 盗みの常習犯であるボビーと兄のハンク(リチャード・ブライト)。ボビーはヘレンに結婚を申し込むが、麻薬はやめられない。 やがて自ら麻薬を打ち出したヘレン。やがて彼女は薬欲しさに身を売るようになる。 ヘロインを溶かして注射を打つシーンなんかは真に迫っていてリアル。 ジャンキーの底の見えない怖さが、一切音楽を使わない演出で迫ってくる。 60年代〜70年代の無気力な青春を題材にした、いわゆるアメリカン・ニューシネマに位置づけられる作品だといえる。 ボビーたちが目の仇にする警察のハッチ(アラン・ヴィント)がヘレンにいう言葉が重い。“ヤクをやっているヤツは平気で人を売る”。 キティ・ウィンの堕ち、変貌していく姿が痛ましい。アル・パチーノもホンモノのジャンキーのように振舞う。 観て楽しい、という類の作品ではないが、アメリカのある時代を切り取った作品であることは確かだ。
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[023]人喰海女
 スケスケ黒美君彦2018-09-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>海岸に凶悪犯の遺体があがり、自殺でかたづけられるが、納得できない地元の丸山刑事(殿山泰司)が調べ始める。海女を生業にしているサダ(三原葉子)は親の異なる・・・
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<あらすじ>海岸に凶悪犯の遺体があがり、自殺でかたづけられるが、納得できない地元の丸山刑事(殿山泰司)が調べ始める。海女を生業にしているサダ(三原葉子)は親の異なる妹和枝(三ツ矢歌子)を思う優しい姉で、最近信州の紡績工場から戻ったばかりということにしていたが、実は東京の青線地帯で身を売っていた過去を隠していた。馴染みだった凶悪犯がサダを追ってきたので、チンピラの吉崎(御木本伸介)に金を渡し殺させたのだ。一方サダにぞっこんの村一番の漁師根岸五郎(宇津井健 当時26歳)の漁場を宮田(丹波哲郎 当時35歳)が狙っていた…。 エログロ路線の新東宝の面目躍如、といった作品。何せポスターのキャッチフレーズが「魔の潮流に濡れた激情の乳房!砂丘にもつれる女体群!」(笑)おいおい。 いきなり砂浜での海女同士(三ツ矢歌子と万里昌代)のくんずほぐれつの喧嘩のシーンから始まるけれど、それが「砂丘にもつれる女体群」か、なんて。当時22歳の三ツ矢歌子、デビューした頃の浅丘ルリ子にも少し似ていて可愛い。一方、実は悪い女のサダを演じる三原葉子は当時25歳。薄い白の襦袢のような布は、水に濡れると肌にぴたっと密着する上にスケスケになってしまうので、海から上がったふたりはそれぞれ上半身が露わになっているかのような風情。これは確かに少しエロい。 サダの秘密を知った宮田(丹波哲郎)が彼女を脅し、五郎の漁場を奪うことを企てるが、実は五郎の漁場は既に抵当に入っていて、そのことを知ってサダが途端に結婚を渋り始めるのが笑える。宇津井健の役って、ほんとうにヘンな役。 丸山刑事を演じる殿山泰司は当時42歳。まだ若い! 彼は遺体に残っていた睡眠薬を買ったのが女であることを突き止め、さらに東京の青線(非合法な売春街)で男と懇ろだった女の左耳の後ろに赤いあざがあることを突き止める。それを突き止めるために「ミス海女コンクール」で、ひとりひとり海女を見る刑事や記者たちの視線…。 犯人を見つけた丸山はしかし、サダを泳がせる。サダは宮田とともに船で沖の小島に行き、港では「船のエンジンがみな壊されている」と大騒ぎ。なのに次のカットでは船で小島にたどり着く人々。宮田はサダを縛り、狂乱したサダが五郎を殺したようにみせかけようとしたが、五郎は海に転落し、和枝をかばったサダが宮田と刺し違える…。 まあ、ラストはそんな感じ(笑)。 ちなみに監督の小野田嘉幹は警視庁の刑事役でちらっと出ている平田昭彦の兄で、この二年後三ツ矢歌子と結婚している。この2年後三原、三ツ矢、丹波に加えて菅原文太が出演する『女奴隷船』というドンデモ映画も監督しているが、この頃の新東宝はある意味吹っ切れている(笑)。
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[024]グッド・ドクター
 サヴァン症候群黒美君彦2018-09-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>コミュニケーション障害がありながらも、並外れた記憶力と空間認識能力を持つサヴァン症候群の医師・新堂湊(山崎賢人)が東郷記念病院の小児外科に赴任してきた。・・・
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<あらすじ>コミュニケーション障害がありながらも、並外れた記憶力と空間認識能力を持つサヴァン症候群の医師・新堂湊(山崎賢人)が東郷記念病院の小児外科に赴任してきた。昔から湊を知っている司賀明院長(柄本明)の肝いりだ。小児外科廃止を目論む副院長猪口隆之介(板尾創路)や科長の間宮啓介(戸次重幸)、それに自閉症の弟を持つ高山誠司(藤木直人)に時につらくあたられながら、先輩の瀬戸夏美(上野樹里)らに助けられながら、湊は医師としても少しずつ成長していく…。 2013年にチョウォンやムン・チェウォンが出演して大ヒットした韓国ドラマが原作。2017年には米国ABCがリメイクしている。 設定はそのままとはいえ、韓国版が20話なのに対して日本版はその半分の10話なので、物語は細かく異なる。 最終回の臓器移植をめぐる話あたりは、ドラマですから、という感じで相当無理なお話。 小腸と肝臓の移植が必要だとされた森下伊代(松岡理咲)、小腸は姉からの生体移植が可能だが、肝臓は脳死移植でなければ…となった時に、偶然搬送されてきた7歳の女の子が脳死になり、臓器移植が行われることに…となるのだけれど、当該病院では初めての難手術をするならまず倫理委員会を開かないと。しかも脳死判定の話も出て来ないし(その割にはラザロ兆候…脊髄反射で体が動くこと)、とってつけたように臓器移植ネットワークが登場するけれど、そもそも臓器移植の優先順位はそう簡単に決まらないし。 ということで、さすがにちょっと鼻白んでしまった。 ただ、山崎賢人はこれで好感度アップかな。上野樹里も久しぶりに顔を見た気がしたけど、彼女の役はもう少し野心的であって欲しかった。 まあ、医療ハートウォーミングものとしてはまずまず、でしょうか。
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[025]プーと大人になった僕
 何もしないが最高のこと黒美君彦2018-09-14
 【ネタバレ注意】
プーが周近平に似ているから中国では上映が認められない??などと物議を醸した作品(笑)。 ディズニーらしい実写作品ではあるけれど、プーやティガー、イーヨーにピグレットと・・・
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プーが周近平に似ているから中国では上映が認められない??などと物議を醸した作品(笑)。 ディズニーらしい実写作品ではあるけれど、プーやティガー、イーヨーにピグレットといったぬいぐるみ連中は、いかにもぬいぐるみっぽく登場。イーヨーのどうでもいい投げやりなところが何ともいい。 クリストファー・ロビンが大人になって仕事に追いまくられていたところで、プーに頼まれて“100エーカーの森”に戻っていく。けれどそこでも仕事の締切りが頭をもたげてきて…。 硬軟使い分けながら映画を撮るマーク・フォースター監督ではあるけれど、もうひとつ乗り切れなかったうらみが。もちろん思ったとおり最後にはハッピーエンドなんだけど、うーむ。そもそもディズニーがアニメ化したプーも好きじゃなかったしな。何だかグッズを買いませんか?プーやピグレットは可愛いでしょう?と終始いわれている気が…。考え過ぎか。 ユアン・マクレガーはしっかりおじさんを演じていて悪くないのですが、大人になったクリストファー・ロビンってあんまり意外性がない。1930〜40年代の風景も、今ではCGですぐ作れちゃうし、うーん。 あまり印象に残らないような気がする作品。
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[026]1987、ある闘いの真実
 南営洞黒美君彦2018-09-14
 【ネタバレ注意】
繰り返し近現代史を題材にした映画が製作される韓国。最近観たものだけでも、1980年の光州事件を題材にした『タクシー運転手〜約束は海を越えて』(2017年)、1981年の釜林事件・・・
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繰り返し近現代史を題材にした映画が製作される韓国。最近観たものだけでも、1980年の光州事件を題材にした『タクシー運転手〜約束は海を越えて』(2017年)、1981年の釜林事件を扱った『弁護人』(2013年…この2作品はいずれもソン・ガンホ主演!)、そしてこの『1987』。 現代の韓国しか知らないと、僅か数十年前の韓国がこんな状況であったとはにわかに信じ難いかもしれない。 しかし考えてみれば韓国は長く軍政が続き、国内の情報が殆ど入ってこない時代も長かった。かつての韓国はいまの北朝鮮と似たり寄ったりの暗黒の時代が長く続いたのだ。 この作品は1987年、ソウル五輪の前年だ。 全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は、五輪の失敗を目論む北朝鮮によるテロを恐れ、反政府運動、民主化運動への弾圧を強めていた。 キム・ユンソク演じる反共パク所長は脱北者で、子どもの頃北朝鮮で家族を目の前で殺されたことから極端な反共主義者となり、南営洞の反共分室の所長として上り詰めていく。 そうしたなかで起きたソウル大学生パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)の拷問死亡事件。 遺体をすぐに荼毘に付して真実を葬ろうとする反共分室に対し、ソウル地検公安部長のチェ検事(ハ・ジョンウ)は一歩も譲らず司法解剖を主張し、結局職を解かれる。しかし、解剖報告書を密かに東亜日報の記者に流し、事件は公になる…。 「報道ガイドライン」なるものが、オリンピック開催名目で報道機関を縛っていた時代。メディアも民衆も、「ウソをつき通す」「欺瞞だらけ」の政権にうんざりし始めていた。 この作品では、検事が、新聞記者が、医者が、刑務所の看守が、刑務所の保安係長が、少しずつ自らの出来る範囲で真実を伝えようと一歩踏み出す。保身が精一杯だった人々が、良心に従って歩みだす姿が印象的だ。 さらにこの作品で巧みなのが、政治に何の関心も持たない女子大生ヨニ(キム・テリ)の存在だ。延世大学に入学した彼女はある日デモに巻き込まれ、学生運動を主導するイ・ハニョル(カン・ドンウォン)に救われる。靴を片方失くした彼に靴を送る。大学のキャンパスで再会したヨニは、ハニョルに導かれて1980年の光州事件を記録したドキュメンタリー映像を観ることになる。『タクシー運転手』で、ドイツ人ジャーナリストが決死の覚悟で国外に持ち出した取材映像だ。光州事件は軍が民衆に発砲した事実が伏せられ、韓国内ではその真相が殆ど知られていなかった。だが、ヨニはその映像にショックを受けながらも「デモなんてしても何も変わらない」と、民主化運動する学生を批判する。 ところが民主化運動家で指名手配されているキム・ジョンナム(ソル・ギョング)と密かに連絡をとっていた看守の叔父ハン・ピョンヨン(ユ・ヘジン)が連行され、それに抗議したヨニは警察に連れ去られて雨の中、山の中に放り出される。彼女が連絡したのはイ・ハニョルだった。彼は靴を失くした彼女のために真新しいスニーカーを持ってくる。このシーンは、痛ましくも叙情的な名場面だ。 ハニョルとヨニのスニーカーは、ラストへの伏線にもなっている。 反共に異常なまでに固執する南営洞の反共分室パク室長を演じたキム・ヨンソクが実に巧い。暴力的で憎々しげな表情が見事。 身近にいたら面倒くさいだろうな(笑)と思わせるチェ検事役のハ・ジョンウもいいし、看守役のユ・ヘジンも好演。 デモ中に催涙弾の直撃を受けて亡くなった実在のイ・ハニョルを演じたカン・ドンウォン。この映画は、強権的な朴槿恵政権下で企画され、場合によっては彼に不利益がもたらされる可能性があったにもかかわらず、脚本を読むやいなや「これは作るべき映画だ。もし迷惑でなければ、李韓烈の役を務めさせていただきたい」と申し出てきたのだ、とチャン・ジュナン監督は語っている。 加えて37歳になる彼が学生を演じられる、というのは、もう奇跡としかいえない(笑)。 さらにいえば、これだけシリアスな題材でありながら、ところどころクスッと笑えるコミカルなシーンまであり、エンタメ作品としても高い完成度だ。 韓国ではいまだに右派が強い勢力を持ち、軍政を批判すると相当の逆風が吹くという。ネット上の誹謗中傷が激しいのもよく知られている。 しかし、であってもわずか30年前の韓国であったことを、彼らは繰り返し繰り返し民主主義を手にするまでの闘いを映画化し、記録に残そうとする。すべては権力のウソと欺瞞から始まる。そのことを忘れるな、とでもいうように。 実に見応えのある作品であり、こうした作品が日本で生まれないのは何故か、と考えざるを得ない。民主主義国家として成熟しているから?まさか。
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[027]ヒトラーと戦った22日間
 ソビボル黒美君彦2018-09-12
 【ネタバレ注意】
ソビボル(Sobibor)強制収容所は、ポーランド東部のソビボル村にナチス・ドイツが三大絶滅収容所のひとつ。 20〜30万人のユダヤ人が殺されたが、1943年10月14日、収容者たちが・・・
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ソビボル(Sobibor)強制収容所は、ポーランド東部のソビボル村にナチス・ドイツが三大絶滅収容所のひとつ。 20〜30万人のユダヤ人が殺されたが、1943年10月14日、収容者たちがドイツ人将校らを殺害して逃亡した事実は意外に知られていない。 よく知られているのは、2018年7月に92歳で亡くなったクロード・ランズマン監督(『SHOAH』の監督)のドキュメンタリー映画『ソビブル、1943年10月14日午後4時』(2001年)。 ランズマン作品は、彼が1979年に出会った蜂起に加わったイェフダ・レルネルの証言に基づいて構成されていたが、この作品では中心となったユダヤ人将校アレクサンドル・ペチェルスキー(愛称:サーシャ/コンスタンチン・ハベンスキー)が主人公となる。 ペチェルスキーはユダヤ人のソ連赤軍兵士で、ドイツ軍の捕虜となったものの4回にわたり収容所からの脱走を試み、いずれも失敗し、その挙句にソビボル強制収容所に移送されてきたのだという。 とはいえペチェルスキーが最初から脱走計画に乗り気だったわけではない。この作品では収容所で知り合ったルカ(フェリス・ヤンケリ)への愛情が、彼に脱走への決意を固めさせたことになっているが、この辺りは相当脚色しているのだろう。 ドイツ人将校を確実に殺害して脱走すること。 まさに究極の選択で「殺るか殺られるか」しかそこにはない。 収容したユダヤ人から財産を奪い、役に立たなければ容赦なく殺し、あるいはガス室へと送り込む。死体から金歯まで抜き取り、遺体の始末はユダヤ人にさせる。人間はどこまで残虐になれるのか。描かれる非情で残虐な行為は、筆舌に尽くしがたい。 ある若者がペチェルスキーに「相手を許してはいけないのか」と問い、ペチェルスキーは「相手が人間だったらな」と答える。 この作品では「監視者」と称して、ユダヤ人に密告をさせていた場面もある。生き延びるためには何でもやる。それもまた人間の性(さが)である。 そしてサーシャが移送されて来て22日目の1943年10月14日午後4時。脱走計画は実行に移される。 脱走できた400人のうち100人は命を落とし、150人が地元民に殺されたりナチスに引き渡されたりしたのだという(数字は他の情報と必ずしも一致しない)。この脱走劇の後、収容所は閉鎖された。 欧州ではユダヤ人たちは唯々として絶滅の運命に従ったといった言説がまだあるらしい。しかしソビボルにおける大規模な脱走は、抵抗し、生きようとしたユダヤ人たちの存在を示している。 ロシア、ポーランド、ドイツ、リトアニアの共同製作だが、アウシュヴィッツに比べるとやや知名度が低いソビボルの大脱走事件については、その背景も含めもっと知っておきたい。
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[028]寝ても覚めても
 へんなの。黒美君彦2018-09-11
 【ネタバレ注意】
『ハッピーアワー』(2015年・未見)でさまざまな国際的な映画祭で受賞した濱口竜介の新作…ということを意識せずに何となく観た。 冒頭はおっ、と思ったのだ。 主人公が行った・・・
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『ハッピーアワー』(2015年・未見)でさまざまな国際的な映画祭で受賞した濱口竜介の新作…ということを意識せずに何となく観た。 冒頭はおっ、と思ったのだ。 主人公が行った写真展が、私の大好きな牛腸茂雄(1946〜83)の個展だったから。それだけで評価が甘くなる予感。 物語はどこか所在ない鳥居麦(東出昌大)と熱烈な恋愛に嵌まった主人公の泉谷朝子(唐田えりか)が、麦が行方をくらました後、東京で麦そっくりな丸子亮平(東出昌大・二役)に出逢い、結婚目前に。そこに麦が再び現れて…というお話。 ドッペルゲンガーの客体視か、という感じだけれど、意外に広がらない。双子の写真を数多く撮った牛腸茂雄を出して来たのはその伏線かと深読みしてしまったが、そうでもなさそうで、結局大人しげな朝子の内側にある激烈な感情がモチーフというべきか。 とことん優しい亮平を棄てて、手を引かれるままに麦についていく朝子は、仙台あたりで突然「戻る」と言い出すのだけれど、そこがもうついていけない。恋愛なんて理屈じゃないし、勝手にしたらいいんだけど、共感できないことこの上ない。「二度と信じられない」と言いながら亮平は彼女を許すが、それも信じられない。惚れた者の弱みか。 私に惚れて無茶苦茶になる姿が見てみたい…なんてことをいう女性にかつて出逢ったことがあるけれど、それって自分の究極の承認欲求を充たしたいという自己満足に過ぎないじゃん、と冷静に考えてしまう自分からすると、朝子みたいな女は願い下げだ。彼女もそのことはわかっているけれど、自分を抑えられない。抑えられないなら最後まで貫けよ。どうして亮平のもとへ今さらのこのこ帰るんだ。 麦も麦だ。思うままに世界を回り、何年もの間一度も朝子に連絡を取らない男のどこがいいというのか…。 ま、そんな訳でわけがわからないままだったんだけど、その中でもうひとつわけがわからなかったのは、東日本大震災の位置づけ。 どうぞご勝手に、の恋愛劇のなかで、あの地震と朝子のボランティアはどんな意味があるのか、さっぱり必然性がわからなかった。時間経過を見せたかったのか? 東日本大震災の発生は、観る者をリアルな時間に引き戻す。しかし主人公たちが生きているのはリアルな時間ではない。 そこがどうにも融合しがたいように感じるのだ。 それにしても東出昌大はいい演技者になった。デビュー当時は目も当てられなかったが、短い時間で人間は成長するもんだ、と変なところで感心したり。けれど関西弁はとことん下手。もう少し鍛えた方がよかった。一方唐田えりかは、不思議な透明感が印象的で、そのせいか何を考えているのか最後までわからず。振り回される周囲はたまらない。恋人が失踪した後、仲の良かった友人とも縁を切るその冷酷な一面が好きになれないけれど、男はあんな一見か弱そうな少女らしさを残した女に弱かったりするからな。 ということでこの作品に関して、個人的には「へんなの。」というひと言に尽きるのであった。
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[029]未解決事件/file.07 警察庁長官狙撃事件
 「未解決」を選択した警察黒美君彦2018-09-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>地下鉄サリン事件が発生したわずか10日後の1995年3月30日朝。國松孝次警察庁長官(当時)が都内の自宅マンションで銃撃され、重傷を負った。警視庁公安部はオウム・・・
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<あらすじ>地下鉄サリン事件が発生したわずか10日後の1995年3月30日朝。國松孝次警察庁長官(当時)が都内の自宅マンションで銃撃され、重傷を負った。警視庁公安部はオウム真理教信者の犯行として捜査。しかし有力な手がかりは得られず捜査は難航していた。そんな中、警視庁刑事部の原雄一刑事(國村隼)は、名古屋の銀行襲撃事件で逮捕された中村泰という老人が長官銃撃事件の真犯人ではないかとの心証を深めていく。 この「中村泰(ひろし)」という人物のことを私が知ったのは2003年の週刊新潮だったか(この記事で新潮社は名誉毀損で訴えられ、敗訴している)。中村は2001年に大阪・都島区で銀行の現金輸送車を襲い、強盗殺人未遂容疑で逮捕された人物だった。そんな人物が警察庁長官暗殺を企てるだろうかと、訝しい気持ちも持ったが、その経歴を知って唸ってしまった。 中村泰は、1930(昭和5)年に東京で生まれ、旧制水戸中学時代には右翼団体「愛郷塾」の塾生になったという。東京大学教養学部に進学したが、青年共産同盟に参加して大学を中退。1956(昭和31)年、職務質問の巡査を射殺し、無期懲役の判決を受けて千葉刑務所で服役し、1976年に仮出所した。服役中にチェ・ゲバラに心酔したという中村は武装組織を結成し、北朝鮮の日本人拉致被害者を解放する計画を立て、刑務所で知り合った大物右翼の野村秋介にも協力を依頼していたらしい。その後中村は2002年、名古屋で銀行の現金輸送車を襲撃した際に逮捕されるが、その前年の大阪の事件でも発砲していた。 中村は天才的な頭脳の持ち主で、英語、中国語、スペイン語に堪能で、銃の扱いにも手馴れ、アジトには偽造ではない真正のパスポート(ただ架空人物の名義)などが隠されていた。 このNHKスペシャルではドキュメンタリーパートと、ドラマパートでこの事件の真相に迫ろうというものだが、実際には「オウム犯行説」に固執する公安部と、「中村真犯人説」に立つ刑事部の対立構図でしかない。 2004年、初めて長官銃撃事件で中村泰(イッセー尾形)を取り調べた原雄一刑事(國村隼)は、4年後ようやく中村の自供を引き出す。 それはオウム関係者4人が銃撃事件の容疑者として逮捕されたのがきっかけだった。 ところが原の報告に対して、公安部出身の警視総監(ドラマでは小日向文世)は、「こんなことがあってたまるか!」と資料にマーカーペンでバツ印をつけていったという。このあたりは江川紹子による原元刑事へのインタビューに詳しい(「文藝春秋」18年5月号)。 イッセー尾形が中村泰を怪演。冒頭の顔は、写真で見た中村を髣髴とさせる口の曲がり方。 國村隼も、組織に従順な刑事役を好演している。 ドラマでは、メキシコの母娘にとても優しく接したという中村。一方で拳銃の密輸のために、母娘を利用していたのだが。 頭脳明晰な中村泰の内面には、巨大な自己顕示欲と、権力側と見れば容赦なく銃撃する無情さとが同居していた。孤独な人生を選び、彼は88歳の現在も岐阜刑務所で過ごしている。 先入観で捜査を行う警察の古色蒼然とした一面を描いた秀作ドキュメンタリードラマであった。
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[030]ハゲタカ
 「では。」黒美君彦2018-09-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1997年。多額の不良債権を抱える三葉銀行は、回収困難な不良債権を譲渡するバルクセールに踏み切る。外資の投資グループ「ホライズンジャパン・パートナーズ」を率・・・
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<あらすじ>1997年。多額の不良債権を抱える三葉銀行は、回収困難な不良債権を譲渡するバルクセールに踏み切る。外資の投資グループ「ホライズンジャパン・パートナーズ」を率いる鷲津政彦(綾野剛)が三葉銀行の担当芝野健夫(渡部篤郎)の相手となるが、鷲津は不良債権を精査し、三葉銀の要求の2割程度に安く買い叩く。一方老舗「日光みやびホテル」への融資も不良債権に含まれていた。長く経営を続けていた祖母が他界した後、孫の松平貴子(沢尻エリカ)が経営に加わるが、一族経営を続けてきたホテルに打開策は生まれない。貴子は鷲津に資金援助を依頼する…。 大蔵省の玄関で割腹自殺した会社経営者の息子鷲津政彦が、外資の投資グループを率い、国内の銀行、大企業と闘う物語。 最初は三葉銀行との闘い。日光みやびホテルや太陽ベッドの正常化を行うと、あっという間に2010年。大手電機メーカーあけぼのを買収しようとするパソコンメーカーファイングループが、実はレーザー開発技術を手にしたい米軍需産業のいいなりと気づき、鷲津はあの手この手でファイングループの策略をなきものにしようとするが、逆に鷲津が外資のプラザグループから解雇されてしまう。鷲津はついてきた仲間とともに「サムライ・ファンド」を立ち上げ、ついにあけぼのを手中に収める。 そして2018年には大企業帝都重工をめぐる攻防。日本ルネッサンス機構の理事長に就いたのが鷲津の天敵、元三葉銀の常務飯島亮介(小林薫)だった…。 とまあ、三つの章から成る「鷲津物語」。 イメージは2013年に放送されたTBS系の「半沢直樹」。ただ、綾野剛にこの役はどうも似合わない。眉間に皺を寄せて難しい顔をしていてもどうも似合わないし、クライマックスで声を上げても堺雅人ほどの迫力はなく、どこかパロディっぽさがつきまとうのだ。 小林薫がいやらしい銀行上層部の役をこなしているだけに(それにしてもどうしてワルいヤツはみな何故関西弁なのだ)、綾野剛のミスキャストが目立ってしまった。 この手のドラマはいってみれば「水戸黄門」みたいなものなので、安心して観ることはできたけれど…。 ラストの空港のシーンで「では。」とひと言発して立ち去る鷲津には笑えた。 こうした金融ドラマは無理やり物語を作らなくてはならないので、なかなか大変だ。
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