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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3594件)rss
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[001]BORDER 衝動〜検視官・比嘉ミカ〜
 モンスター黒美君彦2017-10-16
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>永正大学医学部法医学教室の浅川透教授(石丸幹二)のもとで助手として10年働いてきた比嘉ミカ(波瑠)は、功績を横取りする教授に辟易し、苛立ちを覚えていた。そ・・・
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<あらすじ>永正大学医学部法医学教室の浅川透教授(石丸幹二)のもとで助手として10年働いてきた比嘉ミカ(波瑠)は、功績を横取りする教授に辟易し、苛立ちを覚えていた。そんな折、都内にある西原署の管轄内で、指を切断された女子中学生の遺体が見つかり、同級生・小椋明音(清原果耶)らはそれぞれ恐怖の表情を見せる。一方、浅川はテレビの取材で凡庸なプロファイリングをするばかり。浅川に反発する西原署の刑事・中澤史明(工藤阿須加)は比嘉とともに事件の捜査を進める…。 2014年放送の連続ドラマ「BORDER」のスピンオフドラマ。主役の刑事・石川安吾(小栗旬)ではなく、波瑠が演じる比嘉ミカが主役。連続ドラマの前日譚として、彼女が警視庁の特別検視官になる半年前、永正大学医学部医学教室の助手時代に扱った猟奇殺人事件がテーマになっている…ということだけど、本編のドラマを観ていないので、この前後編のドラマは単独で楽しんだ。 事件そのものは普通の女子中学生が殺されるので、一見性犯罪が疑われるものだけど性的被害の痕跡はない。ということは…ということで、比較的推理の面ではわかりやすい展開。 ただ、そうした事件捜査の過程で、比嘉と敵対していた教授まで殺されてしまう、というのが意外といえば意外かもしれない。 子どものサイコパス、というのは一定の確率でいる、と思う。それを事件に発展させない為には、家族や教育が大きく影響すると思うが、このドラマではそうしたところは全て棄てて、野心家でもある比嘉の周辺の人間関係に留めているところがいいのか悪いのか。 波瑠は好演。石丸幹二も憎々しげな教授役を巧く演じていた。
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[002]祝宴!シェフ
 ドタバタグルメコメディ黒美君彦2017-10-16
 【ネタバレ注意】
台湾では結婚式や節目の誕生日といったお祝いの日に、親戚や友人を招待してもてなす数百人規模の宴会「辦桌(バンドゥ)」がつきもので、この宴会専門の業・・・
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台湾では結婚式や節目の誕生日といったお祝いの日に、親戚や友人を招待してもてなす数百人規模の宴会「辦桌(バンドゥ)」がつきもので、この宴会専門の業者、料理人がいるのだとか。そしてそれを仕切るのが「総舗師(ツォンポーサイ)」と呼ばれる人物。 台南出身のシャオワン(キミ・シア)はアイドルの夢破れ故郷の嘉義(チャーイー)へ。食堂の実家で、「神」「蝿師」と呼ばれた父親は既に亡くなっていたが、シャオワンには伝統料理の秘伝のレシピ帳が託されていた。ところが、そのレシピ帳がひったくりに奪われてしまう。それでも「料理ドクター」ルーハイ(トニー・ヤン)の協力で古早(伝統)料理が好評を博し、借金を返すために台北で行われる料理コンクールに出場することに…。 正直ドタバタのグルメコメディで、少々上映時間が長い(145分)のが難。 登場人物に感情移入できるわけではなく、徹頭徹尾少々サブいギャグの連続。 継母パフィー(リン・メイシウ)や借金取りたち。 さらに「総舗師(ツォンポーサイ)」として名を馳せてきた、シャオワンの父蝿師(クー・イーチェン)以外の2人、北部の“人”道化師(ウー・ニェンチェン)、中部の“鬼”鬼頭師(キン・ジェウェン)に加え、父の師「虎鼻師」や「召喚獣」と名乗るオタク三人組も加わってワケわからん。 物語としては破綻しているものの(笑)、台湾の食文化が垣間見えるところは面白い。 中国系や先住民系、あるいは長く植民地統治していた日本系の食もあって、きわめて多様。 そうしたことを踏まえて観ると、なかなか味わい深い?コメディといえるかも。
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[003]エルネスト
 小さな石ころ黒美君彦2017-10-12
 【ネタバレ注意】
1969年の黒木和雄監督『キューバの恋人』以来、実に48年ぶりとなる日本・キューバ合作映画は、歴史に埋もれかけた日系ボリビア人の半生を浮かび上がらせていた。 冒頭、1959年・・・
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1969年の黒木和雄監督『キューバの恋人』以来、実に48年ぶりとなる日本・キューバ合作映画は、歴史に埋もれかけた日系ボリビア人の半生を浮かび上がらせていた。 冒頭、1959年のチェ・ゲバラの広島・平和記念公園訪問から物語は始まる。 碑文に主語がないのはおかしいと指摘する彼らが、米国の搾取に反旗を翻した誇りある立場にあることがそこに象徴される。 主人公のフレディ・前村・ウルタード(1941〜67)は、鹿児島県頴娃町(現南九州市)出身の前村純吉の次男としてボリビアで生まれた。キューバで医学生として学ぶ彼は、チェ・ゲバラの経歴とも重なる。 60年代初め、キューバは、共産主義政権に危機感を強める米国によって、度重なるクーデター未遂やテロが相次いだ。そんな時代に毅然と米国を批判するカストロやゲバラは確かに格好好く見える。 「行きたいところに行き、言いたいことを言う」…それこそがゲバラの信条だった。 やがて母国ボリビアで親米政権が成立したことを知ったフレディは、ゲバラとともに反政府ゲリラ「エルネスト・メディコ」として帰国するが、捕らえられ25歳の若さで処刑された。ゲバラ処刑の3か月前のことだった。 さて本作だが、殆どがキューバロケということもあって、中米の暑さ、空気の密度の濃さが伝わってくる映像の色合いが強烈だ。 スティーヴン・ソダーバーグ監督の2008年の二作、ベニチオ・デル・トロがゲバラを演じた『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳の手紙』をところどころ思い出しながら観た。 この作品では、フレディを演じたオダギリジョーがとにかくスゴい。全編スペイン語(それも出身のボリビア・ベニ州の方言)だが、彼は台詞を完全にマスターしたという。その集中力たるや恐るべし。 「小さな石ころ」と自らを呼ぶフレディの志は、道半ばにして砕かれるが、彼の遺志は今も語り継がれている。 フレディの姉、マリー・前村・ウルタードら家族が書いた『革命の侍−チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯』を、阪本順治監督が手にしたことからこの映画化の企画が始まったとのことだが、ゲバラとともに戦ったもうひとりの「エルネスト」日系ボリビア人の存在を私も初めて知った。 映画では語られていないが、フレディの死後、家族は相当迫害も受けたらしい。 中南米史のなかで埋もれかけた若者の一途な気持ちが清々しくも痛々しい。
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[004]ナラタージュ
 繰り返される「ごめん」黒美君彦2017-10-11
 【ネタバレ注意】
松本潤と有村架純、今をときめく若手(松本潤はもう若手とはいえないけど)が共演したラブストーリー。 知り合いの勧めもあって観たのだが、うーん長い、という印象。 幾つもの・・・
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松本潤と有村架純、今をときめく若手(松本潤はもう若手とはいえないけど)が共演したラブストーリー。 知り合いの勧めもあって観たのだが、うーん長い、という印象。 幾つもの回想が幾重にも重なるのだが、女性なら受けとめ方は異なるのだろうか、と思わないではない。 主人公は映画配給会社に勤める工藤泉(有村架純)。大学時代に高校演劇部の応援にOGとして参加した時を思い出しつつ、回想はさらに教師の葉山貴司(松本潤)との出逢いまで遡る。 真っ直ぐに感情をぶつけてくれる美人の女子高生に心が動かない青年教師がいないわけがない。 そういえば、女子大勤務の知り合いが、学生と一対一で話をする時は、扉を必ず開放するようにしている、という話をしていたのを思い出した。それは良からぬ噂や、セクハラ冤罪防止の意味合いもあるのだとか。それでいえば社会科準備室という密室で二人きりになる時点で、葉山は教師失格と言えるかもしれない。 葉山は徹頭徹尾何を考えているかわからない。泉に好意を抱いていることは間違いないが、かといって何の行動も起こさない。卒業の時に唇を重ねる、なんて思わせぶりなだけで、泉が苛立つのもよくわかる。 とはいえ、葉山の気持ちもよくわかるのだ。真っ直ぐな好意に心が揺れない男はいない。ましてや相手が行動を待っていることさえわかっていたら、好きだという同等の感情がなくとも欲望を抑えられないことはあり得る話だ。女性は永遠にそれを理解できない。だからあっという間に愛は憎しみに変わり、嫌悪感が生まれることもある。 小野怜二(坂口健太郎)もまたいそうなキャラだ。爽やか青年のようにみえて、実は相手を拘束することが愛情だと勘違いしているタイプ。DVに走る典型だ。突き抜けた愛情を持てない泉だけれど、別れて正解(笑)。 しっかり数えたわけではないけれど、葉山は泉に最低7回「ごめん」という。 何を謝っているかもわかっていないかのように繰り返す空疎な詫びの言葉。けれどそうとしか言えない彼の気持ちもわからないではない。好意のお返しとして優しくしたらそれを責められる。決して嫌いではないのに、好意のボリュームがそもそも違いすぎるのだ(ちなみに泉が「ごめん」と言ったのは2回、かな?)。 有村架純は、イヤな性格の女を好演。結局自分本位でしかない彼女はちっとも可愛く見えない。 松本潤はアイドルのオーラを巧く消している。こいつもある意味イヤみな男だ。 自殺した塚本柚子(神岡実希)も葉山が救おうとしたひとりだった…ということになるが、その死はあまりに唐突でストーリーから浮いている感があった。 いずれにせよ上映時間が長い。純愛の紆余曲折にしても長すぎる。ま、別にいいけど。
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[005]ど根性物語 銭(ぜに)の踊り
 ストーリーが雑黒美君彦2017-10-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>正義漢だが酒癖も悪いタクシー運転手町田八百(勝新太郎)がある日、三人組の男に拉致される。彼らは姫一枝(船越英二)、江戸仙蔵(浜村純)、堀川五六(ロイ・H・・・
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<あらすじ>正義漢だが酒癖も悪いタクシー運転手町田八百(勝新太郎)がある日、三人組の男に拉致される。彼らは姫一枝(船越英二)、江戸仙蔵(浜村純)、堀川五六(ロイ・H・ジェームス)といい、社会に害毒を流す社会悪を人知れず消しているのだという。悪徳金融業者を殺害した後の標的は麻薬王のクロード・デントン(マイク・ダニン/声:若山弦蔵)だったが、貨車を脱線させると無関係な人を巻き込んでしまうと、八百はひとりで暗殺に出かける…。 九里子亭の脚本にしては相当雑な印象。勝新太郎が元気いっぱいなのはよくわかるけれど、それを暗殺グループが拉致して誘い、勝新もほいほいついていくというのも何だかな。 撮影は名手の宮川一夫だけあって、ところどころ街の風景を巧く捉えたカットもあるのだが、何せストーリーが雑だ。結局三人はもともとデントンの手先として、邪魔な相手を殺害していただけなのだが、ずっとそんな境遇にあることに嫌気がさし、最後にデントンを標的にした、という。そこに勝新が巻き込まれたわけだが、何もそんな大事故を起こさなくても暗殺方法はいろいろあるだろうに。勝を含めた4人が所属しているのが「ラ・サンキエーム・カルテット(五番目のカルテット)事務所」、略してLCC。うーむ、何でや。 麻薬民間情報員だという十条月見(江利チエミ)の存在も何だか中途半端。 型破りな作風を目指して今ひとつ型を破れなかった…そんな感じだろうか。 音楽がハナ肇と宮川泰というのが当時としては前衛的といえる…だろうか。
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[006]陸軍中野学校 密命
 ユルい。。。黒美君彦2017-10-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>日独伊三国同盟を結んだ1940年、憲兵隊に捕らえられた椎名次郎(市川雷蔵)は、元外務大臣で新英派の高倉秀英(山形勲)と同じ牢に入れられ親しくなった。実はそれ・・・
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<あらすじ>日独伊三国同盟を結んだ1940年、憲兵隊に捕らえられた椎名次郎(市川雷蔵)は、元外務大臣で新英派の高倉秀英(山形勲)と同じ牢に入れられ親しくなった。実はそれこそが目的だったと釈放後、草薙中佐(加東大介)から知らされた次郎は、高倉周辺にいると目される英国諜報機関のトップ「キャッツ・アイ」を探るべく、高倉邸に入り込む。娘の美鈴(高田美和)は次郎に好意を抱き、出入りする浅井男爵の未亡人(野際陽子)は次郎と一夜をともにする。しかしなかなかキャッツ・アイの正体はつかめないままだった…。 陸軍中野学校シリーズも4作目となると少しはスパイ映画っぽくなるかと思いきや、うーむ。 突然拘束されてぼこぼこの拷問を受けて、実はこれは同じ牢に入れられた元外相に接近するためだったのだ、なんて、それって実際に拷問する必要あるか?(笑)傷痕のメイクくらいしてやれよ、と思うが、意外にその説明で納得する椎名次郎。苦労して近づいた割には、呆気なく高倉に怪しまれて屋敷から追い出されるのであった(笑)。 けれどその間に抜かりなく浅井男爵の未亡人としっぽり。野際陽子(当時31歳)が妖艶な役。彼女はモヒ(モルヒネ)中毒で、麻薬を入手する為に情報を売っていたらしいけれど、キャッツ・アイが誰かを伝えようとしたその刹那に殺されてしまう。 残るは清純派お嬢様の高田美和を唆すしかない。正攻法で高倉に事情を話すも、「スパイは嫌いじゃ!」と追い出されてしまった次郎は、娘に日記を盗み読みさせる。 こうした流れの中でどう考えても浮いているのが小柳(千波丈太郎)の存在。彼は次郎が行ったクラブでクラリネットを吹いているのだけれど、かつて大陸で次郎を尾行したのがこの男だと見抜いた次郎。いや、何でクラリネット吹いてるの? 後輩の狩谷(山下洵一郎)の失態で逃げられるが、高倉が陸軍過激派に襲われて死んだ帰り、偶然?!小柳の車に出くわす次郎。捕まえると、珈琲店サエグサの店主がキャッツ・アイの正体を知っているというので、小柳を連れてノコノコ珈琲店へ。ところが足でモールス信号を送り、スパイとバレバレの次郎。もうほんとにユルいんだから(笑)。 で、ドイツ大使館にこの英国暗号帳を持っていったら信用しようという店主の指示に従いドイツ大使館へ。 そこでウィンクラー大佐(フランツ・グルーベル)に「お前はスパイだな」と捕らえられるが、そこでやっと彼こそがキャッツ・アイだと気づくのであった。しかし絶体絶命の椎名次郎。 そこでお粗末なのが連行するゲシュタポの面々。「タバコが吸いたいなー」と次郎が言うと、どうぞどうぞとタバコをくわえさせてくれるので、仕掛けを使ってプシューと反撃。うーんユルい。 英国スパイの摘発に活躍する椎名次郎だが、一方で親英派の元外相を配して次郎に「尊敬していた」と言わしめることによって、親独一辺倒ではないのように見せているが、所詮椎名次郎は枢軸国のスパイ。彼に天下国家の発想があったとは考えられないけれど…。 いずれにせよユルいスパイ映画ではある。市川雷蔵のアクションシーンが僅かに見られる、というのが唯一の救いか(笑)。
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[007]ソウル・ステーション/パンデミック
 格差社会のゾンビ黒美君彦2017-10-10
 【ネタバレ注意】
ヨン・サンホ監督の実写デビュー作『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚となる長編アニメ作品。もともとアニメ作家ということだそうだが、この作品も前日譚としてなか・・・
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ヨン・サンホ監督の実写デビュー作『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚となる長編アニメ作品。もともとアニメ作家ということだそうだが、この作品も前日譚としてなかなかよく出来ている。正直アニメとしての技術はさほどではないが、登場人物は徹底して社会の底辺にいる人々。 ホームレスであり、風俗嬢であり、ニートであり…。 他のゾンビ映画同様、いかに魔の手から逃れるかが問題になるが、同時にそこで描かれるのは「人ではない」ということから裏返しで問われる人間とは何か、という命題だ。 老ホームレスから始まった感染は、あっという間に人々に感染していく。命からがら逃げた元風俗嬢のヘスンだったが、一緒に逃げていたホームレスは軍隊の銃に撃ち抜かれ絶命する。 ゾンビから逃げる市民は、最早市民とみなされず、暴徒同様に扱われる。そこには韓国で繰り返されてきた民衆のデモと、それに対する武力による制圧が象徴的に描かれている。 さらにヘスンを救うべく窮地を脱してきた恋人のキウンと、ヘスンの父親を名乗る男の行く末は。 血まみれで倒れるホームレスを誰も助けようとはせず、逃げ惑う市民は暴徒とみなされる。 ラストに至るまで救いはない。 弱者であっても何とか生き抜こうとする主人公たちの悲惨な最期は、現実の厳しさを『新感染』より遥かに強く突きつける。 ラストの舞台がマンションのショールームだというのも、守ってくれるはずの家の不在を印象づける装置として機能している。韓国社会が弱肉強食の格差社会であることはよくいわれていることではあるが、まさかゾンビ映画でそんな格差の一段面を観ることになるとは思わなかった。
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[008]地味にスゴイ!DX 校閲ガール・河野悦子
 夢は天職ではない黒美君彦2017-10-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>景凡社校閲部から河野悦子(石原さとみ)がファッション誌「Lassy」編集部に異動して一年。そこに新編集長・二階堂凜(木村佳乃)が部数が低迷する「Lassy」のテコ・・・
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<あらすじ>景凡社校閲部から河野悦子(石原さとみ)がファッション誌「Lassy」編集部に異動して一年。そこに新編集長・二階堂凜(木村佳乃)が部数が低迷する「Lassy」のテコ入れのためにやってくる。「奥多摩オトナ遠足」の内容に疑問を抱いた悦子は「ファッション誌に校閲は不要」という二階堂に逆らって、校閲部の面々と現地探査するも、新企画を評価される。一方作家の折原幸人(菅田将暉)には新人編集者橘花恋(佐野ひなこ)がついて、幸人の身の回りの世話をするように…。 一年ぶりのスペシャル。ストーリーはまあこんなものかと。厳しい現実というより、コミカルでライトな展開で、それなりに面白く観られた。ドラマシリーズの時も石原ひとみのファッションが注目されたけれど、今回はスペシャルということで少々凝り過ぎ?な印象も。いや、確かに可愛かったりキレイだったりするんだけど、どれだけ服や小物を揃えているのだ、って話。まあリアリティを求めても仕方ないのは重々承知なのだけど。 今回は校閲していて初めて気づく“誤字に隠された暗号”がキーになるのだが、これって相当無理があるよな、〜とも感じた。結局二階堂と夫の作家三枝貢(大高洋夫)がなぜ離婚したのかがわからない、というのが少々もどかしい。寡黙な夫に二階堂が愛想をつかしたのかな、とは想像できるけど。 折原幸人(菅田将暉)と橘花恋(佐野ひなこ)がもっとアヤシい関係になったらもう少し盛り上がるのだが、幸人が「いい人」に徹しているのでそんな展開もなく。 まあ軽く観る分には十分なんだけどね。 貝塚八郎(青木崇高)に「夢が天職とは限らない」というひと言は、おでん屋での発言だけれど、なかなか重い。そうなんだよね。夢と天職はイコールではない。そのことに気づくには随分時間がかかるのだけれど。
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[009]黄金を抱いて翔べ
 原作とのはざまで黒美君彦2017-10-10
 【ネタバレ注意】
原作者の高村薫はディテールに徹底的にこだわる作家である。映画化するにはそのディテールを思い切って端折るしかない。それでも原作の味わいを残さなくてはならないのだから、・・・
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原作者の高村薫はディテールに徹底的にこだわる作家である。映画化するにはそのディテールを思い切って端折るしかない。それでも原作の味わいを残さなくてはならないのだから、脚色の苦労がしのばれるというものだ。 本作品でもモモことチョウ・リョファン(チャンミン)の存在ひとつとっても北朝鮮との関係等かなり複雑な背景があるが、そこを随分簡略化して描いた結果、彼の抱える闇が今ひとつ薄まってしまった感がある。それは幸田や野田も同様だ。 時代背景が現代に設定されたせいもあって、どことなく時代錯誤的な印象も残る。最終的な目標は銀行の金庫に納められた金塊なのだが、その金庫が前近代的。そうでもしないと金塊に辿りつけないのだけれど。 ワケありの男たちが集まっての銀行強盗、というのが作りにくい時代にあって、よくここまで作ったとも言えるけれど、もうひとつ印象に残らないような予感が。 もうひとつストーリーとしてしんどいのは、メンバーが消える理由が、それぞれ銀行強盗とは無関係なチンピラとの諍いに端を発した殺し合いだったり、北との関連であったり、というところか。 小説ならばそれぞれの背景を書き込んでいるのでそれなりに納得できるが、映画だとどうしても描き方が浅くなる。その辺りが難しいところ。井筒監督は頑張っていると思うが、そもそもこの小説の映像化そのものが相当のチャレンジだなと思ってしまう。活劇だけに絞れたらいいのだけどそうもいかないジレンマが残る。 妻夫木聡やチャンミンは頑張っている。個人的に好きな中村ゆりもいいんだけどねー。
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[010]若親分あばれ飛車
 つまんない黒美君彦2017-10-05
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>大正末期、海軍鎮守府に隣接し、さらに築港拡張が決まって活況を呈する大浜市に南条武(市川雷蔵)が帰って来た。彼は、海軍士官時代の仲間井川(藤巻潤)や竹村(・・・
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<あらすじ>大正末期、海軍鎮守府に隣接し、さらに築港拡張が決まって活況を呈する大浜市に南条武(市川雷蔵)が帰って来た。彼は、海軍士官時代の仲間井川(藤巻潤)や竹村(戸田皓久)らに、海軍と新興ヤクザ北門組の癒着を暴くよう協力を求められるが「組を再興する考えはない」と断る。一方南条組先代の弟分梅村猪之助(見明凡太朗)は今は堅気だったが、不正入札の証拠を探す息子の五郎(青山良彦)らは、北門組から狙われる。北門組に啖呵を切ってしまった南条は、料亭で斬りつけられたところを、鶴代(嵯峨三智子)に助けられる。彼女は南条がかつて一対一で闘った沢木組親分の娘だった…。 若親分氏リーズ第五作。海軍出身の南条組二代目南条武が活躍、という大きな設定は変わらないものの、これまでのストーリーとは別立ての物語。全体的に緊張感に乏しく、今ひとつという印象は免れない。 悪いヤツは大物政治家と海軍の少将、そしてそこにつけこむ新興ヤクザ、というありがちな設定。 そこに南条武と因縁浅からぬ親分の娘が嵯峨三智子。彼女はこの時31歳だが、驚くほど母の山田五十鈴の往時にそっくりだ。親の仇でありながら、南条に惹かれてしまうという役どころだが、残念ながら印象は深くない。 プログラムピクチャーとしてはこんなもんなんだろうけど、物足りなさがつきまとう作品だった。 ラストは警察に身柄を渡さない為に、海軍の軍服を借りて士官たちとともに現場を去る南条。 うーん、いいのか。 どうもそのキャラももうひとつ立っていない感が強いなあ。 で、タイトルの「あばれ飛車」はどこから来たんだ??
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[011]アナザー・カントリー
 美しきBL黒美君彦2017-10-04
 【ネタバレ注意】
1983年のモスクワで、ロシアに亡命してきた老スパイをジャーナリストが訪ねる。 彼は1930年代の欺瞞に満ちた英国での経験を語る。 英国でエリートコースといえば、かつては名門・・・
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1983年のモスクワで、ロシアに亡命してきた老スパイをジャーナリストが訪ねる。 彼は1930年代の欺瞞に満ちた英国での経験を語る。 英国でエリートコースといえば、かつては名門パブリック・スクールから(その頂点がイートン校)オックスフォード大かケンブリッジ大学に進み、外交官になることだった。 主役のガイ・ベネット(ルパート・エヴェレット)はフランス大使を夢見ているが、そうしたキャリアを磐石にするには、パブリックスクールの寮の「代表」を務めることが肝要だった。しかし彼は、ジェームズ・ハーコート(ケイリー・エルウィズ)と禁じられた同性愛に陥る…。 スマートな美青年たちが多数登場することもあって?公開当時大きな話題となった作品。 共産主義者のトミー・ジャッドを、当時24歳のコリン・ファースが演じているのも見どころ。 当時のパブリック・スクールの“伝統”と、エリート同士の醜い争いが耽美的に描かれる。 下級生は上級生に絶対服従で、主要な上級生には下級生が専用の世話係(ファグ)として従う。可愛い下級生は当然毒牙にかかるので、ガイもまた幾多の上級生から慰め者にされてきたことが窺われる。 それにしても夜のボートで抱き合うガイとジェームズの姿は美しい。映像の上ではあくまでプラトニックで、それ以上の行為は描かれないから、かも知れないが。 性的なほのめかしは随所で見られる。尻への鞭打ちの場面でも、どこか加虐的なイメージが払拭できない(ちなみにこの「鞭打ち」という体罰は、1999年に完全に禁じられるまでどこかで続いていたらしい)。また、寮長候補となるファウラー(トリスタン・オリヴァー)が下級生に角の形をした容器を磨かせるシーンは、当然そうした意味が込められていると見るべきだろう。 ガイ・ベネットは、実在の二重スパイ、ガイ・バージェス(1910〜63)がモデルだというが、年代も含めて大きく史実から離れているのも事実だろう。保守的な英国エリートに嫌気が差し、コミュニストになったケースは恐らく少なくなかったのではなかろうか。そこにこうした同性愛をめぐる葛藤があったかどうかは知る由もないが…。 抑えた筆致、そして音楽がいい。若き美青年たちが活き活きと描かれた英国らしい作品である。
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[012]サーミの血
 「エレ・マリャ」体験黒美君彦2017-10-04
 【ネタバレ注意】
「ラップランド」といえばトナカイやサンタクロース伝説でもお馴染みではあるが、「ラップ」が「辺境」を意味し、「ラップ人」というのは「蔑称」であるということを全く知らな・・・
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「ラップランド」といえばトナカイやサンタクロース伝説でもお馴染みではあるが、「ラップ」が「辺境」を意味し、「ラップ人」というのは「蔑称」であるということを全く知らなかった。 サーミ人は、この映画のHPによると「ラップランド地方、いわゆるノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北部とロシアのコラ半島でトナカイを飼い暮らし、フィンランド語に近い独自の言語を持つ先住民族」なのだそうだ。 1930年代、スウェーデン北部で暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。 寄宿学校で学ぶサーミ人の子ども達はサーミ語の使用を禁じられ、進学も許されない。進学を希望する少女エレ・マリャ(レーネ=セシリア・スパルロク)に対して、教師は「あなたたちの脳は文明に適応できない」とまで告げる。 サーミ人であるが故に受ける差別的扱いの数々。 エレ・マリャは祭りで知り合ったスウェーデン人青年を頼り、ウプサラという町に脱出する。 予告編を観ただけでは、差別された民族にいながら、誇りを失わなかった少女の成長物語かと思ったが、その予想は大きく裏切られる。 エレ・マリャは民族を羞じ、偽名クリスティーナを名乗り、差別する側のスウェーデン人に同化しようとするのだ。彼女は慎重に、時に大胆にウソを重ねていく。 観る者は、彼女の視点に立ってハラハラしながら被差別体験をすることになる。 まさに「エレ・マリャ」体験をすることになるのだ。 彼女の「差別される恐怖」が抑えた筆致で見事に描かれる。殆ど笑顔を見せないエレ・マリャを演じたレーネ=セシリア・スパルロクの演技が素晴らしい(妹のニェンナ役のミーア=エリーカ・スパルロクとは実のサーミ人姉妹だという)。 差別される側から差別する側に向かおうとする人間の心理は、例えばいじめられっ子が、いじめる側に回るのと同じだ。抑圧された者が、抑圧する側に回る…それは普遍的な人間の本質というべきなのだろうか。 年老いたクリスティーナ(マイ=ドリス・リンピ)は、サーミ人として生きた妹の葬儀に参列するために棄てた故郷に帰る。 家族も民族も過去も棄てた彼女は、顔を隠すかしかない。 そんな彼女が見た、故郷の風景とはどのようなものだったのか。 いわゆる「同化」を強制することの理不尽さを描きつつ、思春期の少女には重過ぎる差別の実態をも描いたこの作品、監督のアマンダ・シェーネル自身、サーミ人の父を持っているという。 民族差別の現実、これは過去のことでもなければ、スウェーデンに限定される話でもない。 私たち自身に突きつけられる、人間の本質に関わる物語なのだ。
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[013]銀色のシーズン
 割り切ってしまえば?黒美君彦2017-10-02
 【ネタバレ注意】
物語そのものはどうでも良い、と割り切ってしまえばそれなりに楽しめる作品だという評判。観てみたらなるほど、それも納得。 雪山滑走シーンはそれなりに迫力があるけれど、人・・・
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物語そのものはどうでも良い、と割り切ってしまえばそれなりに楽しめる作品だという評判。観てみたらなるほど、それも納得。 雪山滑走シーンはそれなりに迫力があるけれど、人物が薄っぺら過ぎる。瑛太、玉山鉄二、青木崇高のうち、個性がちらりと見えたのは青木崇高くらい。それにしてもこの三人、あまりに宙ぶらりんだ。背負うものがなさ過ぎる。 そして田中麗奈が演じるスキーが出来ない女綾瀬七海は、いったい何がしたかったのか。死んだ婚約者が忘れられず、雪山での挙式寸前までいって、結局バレて雪山に登って遭難。なぜかすぐに瑛太に見つかり、ビバークしながら瑛太に「エラそうに説教しないでよ」と逆ギレする始末。 で、帰る直前になって彼女に迫る瑛太、中途半端に終わって今度は瑛太が逆ギレ、自棄になってモーグルの大会に出場…ってなんなんだ、この展開は。 勝負をつけないスキーをしたいのならそれを貫いたらいい。そのことを誰が責めようか。なのに結局よく知らないカワイイ女に唆されたら、あっという間に大会出場かい。何と薄っぺらい。 感情移入できないのは確か。それでも雪山滑走の迫力だけは認めよう(スキーをしないので、その魅力はさっぱりわからないのだけれど…)。 田中麗奈の存在がとにかく中途半端な印象だけが残った。
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[014]ドリーム
 いい作品、なんだけど…黒美君彦2017-10-02
 【ネタバレ注意】
米国の宇宙開発計画になくてはならなかった三人のアフリカ系女性を主人公にした作品。 実話に基づいてはいるが、実際には相当史実とは異なるようだ。 まず、この作品は1961年を・・・
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米国の宇宙開発計画になくてはならなかった三人のアフリカ系女性を主人公にした作品。 実話に基づいてはいるが、実際には相当史実とは異なるようだ。 まず、この作品は1961年を舞台にしているが、この頃すでにトイレの差別化はなくなっていたとか。 またドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)は1949年にはスーパーヴァイザーに昇進していたし、キャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)は1953年にはNASAの前身に配属されていたという。メアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)も1958年段階で工学の学位を得ていたとか(wikipediaによる)。 NASAのあったバージニア州は人種隔離政策が厳しかったのは事実なのだが、「白人用」「非白人用」というトイレの別はこの映画では重要な要素なので、史実に反する表現はいかがなものか。それはドロシーの昇進問題、メアリーの学位の問題でも同様である。 それって本当は違う、というには、根幹に関わる部分ではなかろうか。 数学的才能に恵まれた彼女たちが、自らの能力を発揮することで差別をはねのけ、周囲に認めさせていく過程は痛快でもあるが、ちょっと待てよ、とも思う。 彼女たちは誰にも文句を言わせない才能を持っていたからいい。だが大多数はそんな高い能力を持っているわけではない。そこはどうなるのだ、と思ってしまうのだ。もちろん彼女たちが先鞭をつけたことは素晴らしいし、惜しみない拍手を送りたいのだが…。そこに「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕る猫はいい猫だ」(小平)のような功利主義を感じるのは深読みしすぎか?「僕はユダヤ人だ!でもこうして技術者として働いている」という台詞(うろ覚え)もあったから、余計そう思ったのかもしれない。 もうひとつは、彼女たちが魅力的だった、という点だ。 非白人であることをわきまえつつ、服装はオシャレ。当時の中間層に位置する彼女たちは、やはり大部分の黒人とは異なる場所にいたと言っていいだろう。 素敵なエピソードだと思いつつ、どこか引っかかってしまうのは、この映画でのエピソードがドロシーと上司ミッチェル(キルステン・ダンスト)の会話を具現化したように思えるからだろう。ミッチェルは「偏見はないのよ、わかって」とドロシーに言うが、ドロシーは「わかってるわよ、そう思い込んでいるのは」と答える。 この作品もまた、そんな思い込みがないだろうか…。
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[015]やすらぎの郷
 手を離したのは私黒美君彦2017-10-02
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>かつてテレビで人気脚本家として活躍した菊村栄(石坂浩二)は、元女優の妻・律子(風吹ジュン)に先立たれ、勧められていた「やすらぎの郷」に入居することに。芸・・・
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<あらすじ>かつてテレビで人気脚本家として活躍した菊村栄(石坂浩二)は、元女優の妻・律子(風吹ジュン)に先立たれ、勧められていた「やすらぎの郷」に入居することに。芸能界のドン加納英吉(織本順吉)が創設した「やすらぎの郷」には、かつて一世を風靡した役者たちも入居していた。「姫」こと九条摂子(八千草薫)や白川冴子(浅丘ルリ子)、水谷マヤ(加賀まりこ)、井深凉子(野際陽子)、「マロ」こと真野六郎(ミッキー・カーチス)、「大納言」こと岩倉正臣(山本圭)らとの日々は、菊村にさまざまな感慨を呼び起こすのだった…。 80歳を超えた倉本聰が書き下ろした全129回の昼ドラ。 自らを重ねるように往年の俳優を配し、テレビ業界への不満や、老いと死といった深刻な問題までコミカルに描いて見せた。石坂浩二と実生活では元妻の浅丘ルリ子、昔つきあっていたという加賀まりこが共演しているというところでも話題に。 いくつものエピソードが重ねられるが、冨士眞奈美が演じる往年の女優犬山小春が落ちぶれて登場し、退場するエピソードや、八千草薫が若手俳優向井理にときめく話とか、それなりに面白かった。 しかしミッキー・カーチスに常盤貴子が惚れて結婚を言い出すとか、菊村がかつての不倫相手の孫榊原アザミ(清野菜名)に熱烈にモーションをかけられるとか、これは倉本聰自身の“妄想”では?と思わないではなかったけど(苦笑)。 ただ「手を離したのは私」というアザミが書いたとされるドラマ脚本のタイトルは、いろいろな意味にとれて興味深かった。 少々脚本に頼りすぎの感は否めないが、現実と一部重ねた追憶はなかなか切ないものがあった。 そのほか藤竜也、有馬稲子、佐々木すみ江といった大ベテランも登場。まさかこのなかで野際陽子がいちばん先に亡くなるとは思わなかった。 老いと死は誰も避け得ない。過去を引きずりながら、人は老いを背負うしかない。けれどジタバタしてしまう人間の悲しい性。それを倉本聰が描こうとしたのだろうか。
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[016]ポンダンポンダン 王様の恋
 良質ラブファンタジー黒美君彦2017-10-02
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>数学嫌いの女子高生チャン・ダンビ(キム・スルギ)は将来に希望を持てず、人生に絶望していた。大学受験の日、試験会場に向かわず逃げ出したダンビはいっそ消えて・・・
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<あらすじ>数学嫌いの女子高生チャン・ダンビ(キム・スルギ)は将来に希望を持てず、人生に絶望していた。大学受験の日、試験会場に向かわず逃げ出したダンビはいっそ消えてしまいたいと祈って、水溜りに飛び込むと、そこは15世紀の朝鮮。後に世宗となるイ・ド(ユン・ドゥジュン)に宦官として仕えることに。苦手な数学を駆使して計算をしてみせるうちに、イドとダンビは互いに惹かれあう…。 過去へのタイムスリップものは数多くあれど、このドラマシリーズは短い(全2話)上に映像が美しく、なかなかいい作品に仕上がっていた。基本的にはコミカルな学園ラブファンタジーなんだけど、小柄なキム・スルギがそれなりにイマドキっぽくて可愛く、それに次第に惹かれていくイ・ドも崩れすぎない程度に崩れていて悪くない。 胸キュンを演出する光の使い方や、スローの使い方が巧みで、懐かしい(笑)思いを呼び起こしてくれる。 罪を逃れる為に水時計を作り上げるダンビだけれど、つまり彼女は当時の発明家チャン・ヨンシルその人だったという設定。 てっきり彼女の着ていたジャージの「LOVE」に触発されてハングルが作られた、という流れになるかと思ったら、そういうわけではなかったのか(深読みしすぎ)。 伏線の使い方も巧く、なかなか面白いドラマでありました。 面白いのは「高三」を意味する「コサム」が、かつての「宦官」を表す言葉と似た発音であること。まだハングルが発明される前で、文章がみな漢字であること。もちろん唐辛子もまだ入っていない。そんな時代考証もちゃんとされているところに好感。 ちなみにタイトルの「ポンダン」は水に落ちる音の擬音語で、「ポチャン」みたいな意味だそうだ。
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[017]テラフォーマーズ
 とんでも黒美君彦2017-10-02
 【ネタバレ注意】
原作は未読だけれど、何だかとんでもないものを観てしまった感じが(笑) 虫の能力を備えた改造人間といえば仮面ライダーに尽きるんだけど、虫には虫、ゴキブリには…と用意され・・・
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原作は未読だけれど、何だかとんでもないものを観てしまった感じが(笑) 虫の能力を備えた改造人間といえば仮面ライダーに尽きるんだけど、虫には虫、ゴキブリには…と用意された昆虫がやたらマニアック。 伊藤英明のオオスズメバチはともかくクモイトカイコガ(武井咲)、サバクトビバッタ(山下智久)、ネムリユスリカ(山田孝之)、ミイデラゴミムシ(ケイン・コスギ)、エメラルドゴキブリバチ(菊池凛子)、パラポネラ(加藤雅也)、ハナカマキリ(小池栄子)、クロカタゾウムシ(篠田麻里子)、メダカハネカクシ(滝藤賢一)…とまあ、ひと昔前の学研の学習雑誌なら大喜びで載せそうなマニアックな虫たち。 ゴキブリの天敵って何かよくわからんけど、こんな複雑なことしなくてもゴキブリの天敵で固めたらいいような。でもそれじゃあ戦隊っぽい感じが出ないか。 無駄に豪華なキャストだ、という批判は数多いようだけど、何だろうな、このチープな感じ。 SFコミックの実写化というのは往々にしてこんな形になりがちだけれど、笑えるシーンもありながら笑いきれない中途半端感が何ともいえない。 ゴキブリが進化したらどうして人間型になってしかもマッチョになってしまうのだか。 興行収入も散々だったようだけど、それも納得の作品でした。
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[018]おクジラさま ふたつの正義の物語
 二元論を超えて黒美君彦2017-10-02
 【ネタバレ注意】
「すべての表現はプロパガンダだ」と言ったのは森達也(『おクジラさま』パンフより)だが、彼の言うようにドキュメンタリー映画とは制作者の何らかの主観が入っている。制作手・・・
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「すべての表現はプロパガンダだ」と言ったのは森達也(『おクジラさま』パンフより)だが、彼の言うようにドキュメンタリー映画とは制作者の何らかの主観が入っている。制作手法や表現方法の優劣はもちろんあるだろう。 日本国内では悪名高いアカデミー賞受賞作のルーイー・サイホイヨス監督『ザ・コーヴ』(2009年)はその意味できわめて巧みに作られた作品であり、そしてそのカウンターとして制作された八木景子監督『ビハインド・ザ・コーブ』(2015年)はきわめて稚拙な作品であった。共通しているのは、真っ向からぶつかる捕鯨反対か、賛成か、という白黒二元論に終始している点である。 さてこの作品だが、どちらの意見にも耳を傾け、そこにあるディスコミュニケーションにこそ問題の本質があると鋭く衝く。 いつの間にか捕鯨がナショナリズムの代名詞となってしまったが故に、太地町は政治的に翻弄され、そのくせこれといって政府は情報を発信しようとはしない。誰の目にも明らかな情報の不均衡。 一方で『ザ・コーヴ』のなかで重要視された肉の水銀含有量については、直ちに健康に影響を与えないとしながらも、太地町民の毛髪から平均的な日本人の4倍の水銀が検出されたのも事実なのだ。 冷静に声を聴き、数字と照らし合わせる。 残念ながらシーシェパードと太地町の漁師たちは永遠に理解し合うことはないだろう。だが、今や「鯨肉を好んでは食べない」という町民や国民がいることも確かなのだ。 そうしてみると、入り江ごと鯨類の巨大水槽に出来ないかという町長の冷静な意見こそが貴重に思えてくる。 二元論を突破し、町が生き残る方法としての可能性がそこにはあるのかも知れない。そしてそれは外圧によるものではなく、町民自らの選択肢として示されるべきものなのかも知れない。 子どもの頃、未来予測で「クジラ牧場」がよく取り上げられた。人口爆発に対抗する食肉調達の手段として、それは十分実現可能であるかのように受け止めた。 捕鯨の是非は硬直化した二元論ではもう解決できないのではないか。この作品はそんなことまで考えさせたという点で優れてドキュメンタリー作品としての地平を示している。
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[019]あげまん
 色と欲黒美君彦2017-09-27
 【ネタバレ注意】
この作品が公開された1990年といえば、バブル経済の終焉を間近にした頃。映画の中でも出てくるが「ジャパンマネー」が世界を席巻していた。 明日はきょうよりいい時代が待って・・・
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この作品が公開された1990年といえば、バブル経済の終焉を間近にした頃。映画の中でも出てくるが「ジャパンマネー」が世界を席巻していた。 明日はきょうよりいい時代が待っているはずだという信念のもと、稼げるだけ稼ぐというのが当時の世の風潮だった。この作品はまさにそういった時代を象徴している。捨て子からスタートしたナヨコ(宮本信子)が、一人前の芸者となり、銀行の出世コースをひた走る鈴木主水(津川雅彦)をさらに支えようと奮闘する。千々堂頭取(大滝秀治)の姪の瑛子(石井苗子)とよりを戻した主水と一旦は別れたナヨコだったが、最後には結局主水を助けるという、ある種の純愛物語でもある。 ナヨコが不遇な少女時代を嘆いたり、振り返ることがないというのも、ある意味「未来志向」の映画といえるかもしれない。「あげまん」とは「現在」より運を上向かせる女のことなのだから、過去を捨て去ってしまうのも当然といえる。しかしそんなナヨコが唯一後ろを向いたのが主水の存在だったのだ。その時点で彼女はもう「あげまん」ではないのではないかとさえ思った。 それにしても金や色をめぐる欲望をコミカルに戯画化してみせる映画監督は、伊丹十三の右に出る者はいない。 政財界の黒幕として君臨してきた大倉善武老人はナヨコに言う言葉が印象的。 「政治は人間を自由に扱う、人間を自由に扱うほど面白いことはない」…権力の旨みとは、他者への奉仕などではない。つまるところ、政治にしろ財産にしろ、それらで他者を操ることができるから、権力を人は求めるのだ。…しかしそれだけではこの世はやっぱり良くはならないんだろうな。 ひとりくらい信念を持った権力者が登場してもいいのかも知れないが、そこは徹底的に懐疑的な伊丹十三。 純愛を除くと、カメラはあくまでイジワルである。
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[020]エアポート2015
 エアポート出てこないし黒美君彦2017-09-25
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>ダラス発ロンドン行きのIA(International Airline)42便が異常な黒雲を抜けると、計器が故障し無線も利かない夜に。そこは1940年6月17日のフランス上空だった。ド・・・
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<あらすじ>ダラス発ロンドン行きのIA(International Airline)42便が異常な黒雲を抜けると、計器が故障し無線も利かない夜に。そこは1940年6月17日のフランス上空だった。ドイツの爆撃機を目撃したウィリアム・ストロング機長(ファラン・タヒール)とダニエル・プレンティス副操縦士(マティアス・ポンス)は、やっと無線の通じた英国軍のナイジェル・シェフィールド伍長(ロビー・ケイ)を頼りに、安全な空域を探す…。 SF映画のようなパニック映画のような、何かよくわからん映画。大型旅客機がタイムスリップして第二次世界大戦の真っ只中に、という思いつきだけで作られた感が。 とはいえ旅客機には攻撃能力はないので(当たり前だ)、逃げ惑うしかない。 しかもこれはタイムスリップだけでなく、パラレルワールドに陥ったと観る方が正しいのだろう。何せ、ドイツ空軍は旅客機の速度に追いつくジェット機を操るし、連合国軍は地対空ミサイルを実用化している。なのに、まだレーダーは開発されていないし(笑)ナイジェル伍長によると、ダンケルクの大撤退はかなわず、英仏50万の兵は独軍に虐殺されたというのだから。 ストロング機長の冷静な判断で墜落などの惨事は避けられ、燃料がなくなる寸前に黒雲に突入してベルリン国際空港に無事着陸、「今のドイツはいい」と呟く機長…って何にも謎は解決していないのですが(笑)。ま、とにかくご都合主義&設定めちゃくちゃ。 ハラハラするシーンも、機長と乗客のエンジニアのテレサ(ヴィ・フラテン)とヘクター(アルベルト・バロスJr.)が車輪に引っかかった金属片を取り除くシーンくらい。 そもそも旅客機の窓が割れたら、気圧が下がって結構客席は大変だと思うけどなあ。 それにしても、上空で吸い出されてしまった男女2人の乗客が可哀想でありました。 「エアポート2015」というタイトルだけど、原題は「Flight World War II」。何せ「エアポート」は殆ど出て来ないし(笑)。 劇場公開スルーというのも納得できる作品でありました。
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[021]ウルトラヴァイオレット
 何だかなあ黒美君彦2017-09-25
 【ネタバレ注意】
オールCGのSFアクション映画というのも、ひと時流行ったものの、結局傑作と言い切れるものは生まれていないような気がする。この作品も、彼女を想定して制作されたというだ・・・
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オールCGのSFアクション映画というのも、ひと時流行ったものの、結局傑作と言い切れるものは生まれていないような気がする。この作品も、彼女を想定して制作されたというだけあってミラ・ジョヴォヴィッチがすべて。彼女のファンなら楽しいんだろうなと思いながら、溢れんばかりのアニメ・テイストにただただ圧倒?された。 面白いのはその殺陣。『リベリオン』(未見)で考案された“ガン=カタ”と呼ばれるオリジナルの格闘技は、刀剣を振り回す様がまさに時代劇のよう。ちゃんと見栄を切るところもあって、クエンティン・タランティーノ以降の“ジャポニスム”的な面白みも感じられる。 それにしてもミラねえさんは強い。負ける気がしない。 少年シックス(キャメロン・ブライント)は、ダクサス(ニック・チンランド)のクローンということで、せっかく守ってあげても育ったらあんな風になるんだと思うと一気に興ざめしてしまう。だいたい、シックスは「知能がない」と言われていたけど、そうは見えないよなあ。 いずれにせよ、個人的には何だかなあ、という作品でした。
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[022]オン・ザ・ミルキー・ロード
 愛の物語黒美君彦2017-09-22
 【ネタバレ注意】
9年ぶりの新作となったエミール・クストリッツァ監督の世界は奇想天外、ファンタスティックでありながらサスペンスフルでコミカル、そして深い愛を描いた傑作だった。 何年も・・・
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9年ぶりの新作となったエミール・クストリッツァ監督の世界は奇想天外、ファンタスティックでありながらサスペンスフルでコミカル、そして深い愛を描いた傑作だった。 何年も隣国と戦争が続いているある国の山村が舞台。コスタ(エミール・クストリッツァ)は、元音楽教師でツィンバロムという打楽器の奏者だが、目の前で父親が斬首され、少しおかしくなってしまった。今は戦場にミルクを運ぶ彼のことを愛するミレナ(スロボダ・ミチャロビッチ)。ところがミレナの兄で英雄として知られるジャガ(プレドラグ・マノイロヴィッチ)の花嫁として難民キャンプから連れられてきた美女(モニカ・ベルッチ)に、コスタはひと目惚れ。そこに彼女に惚れた英国の将軍が「多国籍軍」の特殊部隊を送り込み、村は皆殺しに…。 「3つの実話と寓話を散りばめた」と冒頭字幕で紹介されるように、この作品で描かれる世界はありそうでなさそうな架空の国。だがそこに旧ユーゴスラビアの内戦や世界中の紛争が象徴されているのは間違いない。 「戦争を楽しむ」ように、束の間の休戦を経て再び銃を交える最前線。そこに、コスタはロバに跨ってミルクを届ける。 主人公と同じように存在感をみせるのが、コスタの“相棒”であるハヤブサであり、豚の血の桶で水浴びをするガチョウであり、鏡に映った自分に何度も飛びかかろうとするニワトリであり、ミルクを飲んで巨大になったヘビ、果物を取ろうと果樹にとびつくイヌといった動物たち。さらにはミレナの家にある巨大な時計は、隙あらば「咬みついてくる」。 ありとあらゆるものが生命感に満ち溢れ、スクリーンのなかを駆け回る。 戦場の悲壮感はそこには描かれない。徹底的に戯画化され、村人たちは音楽に身を委ね、踊り狂う。 停戦となり、ジャガと花嫁、コスタとミレナのダブル結婚式直前になって、ヘリコプターから降りて来た黒づくめの「特殊部隊」の襲来で事態は一変する。 村の兵士たちは次々銃で撃たれ、火炎放射器で焼き尽くされる。 ジャガは義眼だけを残して、新体操のトップ選手だったミレナはポーズをとった姿勢のまま黒焦げになってしまう。コスタのロバも、哀しげな断末魔をあげて倒れ込む…。 コスタと花嫁を追うのが「多国籍軍」であるというのも象徴的だ。 どこの国、というわけではない。どこかの国の集合体である多国籍軍が、微妙なバランスを保っていた村を蹂躙し、大量殺戮の先頭に立つのだ。 コスタと花嫁の逃避行はハラハラさせる。そして何とか逃げ込んだのが羊の群れ。そしてそこには地雷原があり…。 ハヤブサの視点というべきか、浮遊した映像が多用されているのも印象的。 美しい草原や山岳地帯が広がる大地。地雷で爆死した羊たちの中心にいるコスタは、15年後、石で地雷原を覆い尽くす。花嫁への深い愛をずっと抱えたまま。 音楽はエミール・クストリッツァの息子ストリボール・クストリッツァが担当。 バルカン半島の伝統的な音楽が、狂騒に満ちた前半、そして神話的でさえある後半の映像に見事にマッチしている。 観終わったとき、これほど深い愛に満ちた映画があっただろうかと思う。 それほどの傑作だと私は確信している。
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[023]僕たちがやりました
 「俺、まじクズ…」黒美君彦2017-09-21
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>凡下高校2年の増渕トビオ(窪田正孝)は、OBの資産家パイセンこと小坂秀郎(今野浩喜)や同級生の伊佐美翔(間宮祥太郎)、マルこと丸山友貴(葉山奨之)とつる・・・
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<あらすじ>凡下高校2年の増渕トビオ(窪田正孝)は、OBの資産家パイセンこと小坂秀郎(今野浩喜)や同級生の伊佐美翔(間宮祥太郎)、マルこと丸山友貴(葉山奨之)とつるんで遊び呆けていたが、ある時マルが隣の矢波高生市橋哲人(新田真剣佑)らに暴行されたのをきっかけに仕返ししようと矢波高校に爆弾を仕掛ける。ところがそれは大爆発となり、10人が死亡、多数の負傷者が出る惨事に。トビオたちは心配する蒼川蓮子(永野芽郁)らをよそに逃亡しようとするが…。 原作コミックは未読だけれど、ドラマは予想外に面白かった。 楽しく生きていければいい、とばかりに何も考えず遊んでいた高校生が、思いがけなく「大量殺人者」となってしまった恐怖。それでも「なかったことにすればいい」と割り切ろうとするが、じわじわと迫ってくる追跡者たち。 無実の罪を着せられて逃亡する、というパターンはありがちだが、このドラマシリーズは実行犯が逃げるという逆転の発想が面白い。しかもハイティーンらしく遊ぶ範囲が狭く、しかもセックスは欠くべからざる最大関心事のひとつ。 主人公たちも被害者の高校生たちにもまったく共感を覚えないまま…でも次第にトビオが罪の意識を実感し始めるのは、窪田正孝の巧演があってこそか。さらに爆発で負傷してテッペンから堕ちた市橋を演じた新田真剣佑が存在感があって良かった。真実を知らないままトビオとすっかり意気投合し、その上で自ら幕を閉じた市橋の存在が、トビオに決定的な打撃になったのは間違いない。 そしてそんなトビオを一途に思う永野芽郁も、今風にサバサバしていて好感が持てた。 最終回の校舎屋上でのトビオの独白、そして10年後を描いたラストで「生きなきゃ」と、とぼとぼと歩き始める窪田正孝が秀逸。現代版「罪と罰」を観た思いだった。 「…俺、まじクズ…」 失うものは多すぎる。それでも向き合おうとするトビオは、現代失われつつある「真面目に生きる」とは何かという問いそのものとさえ思えてくる。。 視聴率は今ひとつだったが、2017年秋のドラマの収穫といっていいと思う。
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[024]三度目の殺人
 観念的黒美君彦2017-09-20
 【ネタバレ注意】
是枝監督が挑んだ法廷サスペンスだが、個人的にはやや肩透かしを喰らった印象。 言うことが二転三転する強盗殺人の被告三隅高司に役所広司。淡々と殺人を認める三隅に、逆に何・・・
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是枝監督が挑んだ法廷サスペンスだが、個人的にはやや肩透かしを喰らった印象。 言うことが二転三転する強盗殺人の被告三隅高司に役所広司。淡々と殺人を認める三隅に、逆に何か引っかかる国選弁護人の重盛朋章(福山雅治)。量刑を減じることだけを考える合理的な彼が、三隅の仕掛けた罠に次第に手足を奪われていく。 殺された男の娘山中咲江(広瀬すず)が登場して間もなく、ある程度展開が読めてしまったのは難。 彼女が証言しようとした内容は恐らくウソではないだろう(母親役の斉藤由貴が彼女にかけた言葉からも明らか)。そして娘と重なる咲江の殺意を代行した、というのが恐らく三隅の殺害動機だ。 だが何故火を放つ必要があったのか。その説明はない。そして「空っぽの器」であったはずの三隅こそが「裁く」側に立った張本人だったという仕掛けも成功しているとは言い難い。 七度にわたる接見室の両者のやりとりがこの映画のクライマックスと言っていい。面会のやりとりは当初カット割りだが、やがてガラスを隔てて向き合った2ショットに変わり、最後にはガラスに映った表情が重なり同一化してしまう。そうした演出に、正直にいうとやり過ぎ感を覚えた。 とにかく役所広司、福山雅治の表情にこだわり過ぎたように思う。 その表情にこそ演劇性がある、と監督はいいたいのだろうが、そこに頼りすぎると映画は果てしなく内省的になり、閉じた印象になってしまう。 さらにいえばあちこちに散りばめられた「十字」も過剰に思えた。 そこに「裁き」「贖罪」の意が込められているのだとは思うが、説明的に過ぎると感じた。 「裁くのは誰?」という広瀬すずの問いかけも、あまりに哲学的な印象が拭えない。 形式を重んじる司法のありようと、そこで見落とされる「真実」のギャップを描こうとした作品なのだとは思うが、思弁的に過ぎたのではないか、というのが率直な感想だ。 一方で三隅をめぐって、かつて彼を裁いた元裁判長の父親(橋爪功)と、福山雅治のやりとりは面白かった。 殺意を抱く者と実際に殺す者との間には深い溝がある、という父の言葉はその通りだ。人間はそう簡単には変わらない。このやりとりは恐らく是枝監督自身の内なる問いそのものだろう。 結局結論を導かないまま、「三番目の殺人」が決まってしまう結末は何とも宙ぶらりんな印象だった。それが是枝監督の狙いだったとすれば、まんまと嵌まったことになるのだが…。 ただどういえばいいか、全体的に観念的になってしまったのが惜しいところ。 もう少し退いたサイズで描く手法の方が個人的には好みだ。
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[025]女王ヴィクトリア 愛に生きる
 近代英国の礎黒美君彦2017-09-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>大英帝国が栄華を極めていた1837年、ヴィクトリア(ジェナ・コールマン)はわずか18歳で即位した。突然の即位に戸惑いながらも、女王らしく振る舞おうとメルバーン・・・
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<あらすじ>大英帝国が栄華を極めていた1837年、ヴィクトリア(ジェナ・コールマン)はわずか18歳で即位した。突然の即位に戸惑いながらも、女王らしく振る舞おうとメルバーン首相(ルーファス・シーウェル)たちに支えられながら公務に励む彼女は、従弟にあたる運命の男性、アルバート(トム・ヒューズ)と出会う…。 英国のITVが制作したドラマ・シリーズのシーズン1。 ヴィクトリア女王(1819〜1901)については、大英帝国の象徴的存在だったということくらいしか知らなかったが、当時の宮廷を再現したセットや衣装はお見事。しかもヴィクトリアを演じたジェナ・コールマンは美しく、可憐な少女といった風情(30歳間近で演じたとは思えない)。 当初彼女が寵愛した首相メルバーンを演じたルーファス・シーウェルも大人の男の色気と知性で、ヴィクトリアがつい惹かれるのもわかる。さすがに大人のメルバーンは超えてはならない一線を心得ていたけどね。あっさりアルバートに惚れてしまわれて、メルバーンの心境やいかに。 シーズン1ではアルバートとの結婚、そして長女ヴィクトリアの出産(1840年)までが描かれているが、侍女スケレット(ネル・ハドソン)のエピソードなども織り込み、重層的な物語に仕上げている。 自由主義貿易を掲げる一方、英国の帝国主義を推進したヴィクトリア女王。この後どのように描かれていくのだろうか。
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[026]マルサの女2
 「マルサこわいよ」黒美君彦2017-09-19
 【ネタバレ注意】
その時代の風俗を描きながら、普遍性と予見性に満ちた作品を生んだ伊丹十三は、やはり才人というしかない。 前作『マルサの女』をさらに社会の深部に迫って描いたこの作品では・・・
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その時代の風俗を描きながら、普遍性と予見性に満ちた作品を生んだ伊丹十三は、やはり才人というしかない。 前作『マルサの女』をさらに社会の深部に迫って描いたこの作品では、バブル経済の頂点というべき1988年に制作されている。さらにこの作品では政治家=建設業界=商社=銀行が、宗教法人という隠れ蓑を使って地上げし、利益を山分けする仕組みが描かれている。 「天の道教団」なる新興宗教の管長を名乗る鬼沢鉄平。演じる三國連太郎が途轍もなく巧い。暴力を秘めた男は、何をするかわからない怖さを孕んでいる。実際次々関係者が消される。 信教の自由の観点から宗教法人は納税については優遇されているが、そこを利用してバブルの時代も相次いで眠っていた宗教法人が悪用された。信者を集めるこの教団はまだマトモといえるかも知れない。 教祖を演じる加藤治子は当時66歳とは思えぬセミヌードも披露。三國も当時65歳。まだみな元気だった。 前作で宮本信子演じる板倉亮子をはじめとするマルサの面々についてはほぼ説明が終わっているので、この作品では新人査察官として三島(益岡徹)を配し、マルサの常識への驚きを象徴させている。 トカゲの尻尾きりよろしく実行犯たちを切り捨ててきた鬼沢自身もまた、尻尾に過ぎなかったというのが皮肉なところ。しかしそんな彼に、年端もいかない少女奈々(洞口依子)は全てを託し、子まで孕んでしまう。この辺はオウム真理教の麻倉彰晃を髣髴とされる(地下鉄サリン事件はこの映画公開の7年後のことだ)。 その鬼沢語録にはドキッとする言葉もある。 「いや…あんた達には金のことは何にもわかっちゃいねえんだ。金は生き物だ。金は時間とともに育つんだ。金は私の子供だ。金は未来。金は未来の命だ。金とともにある時…私は、不老不死になるんだ」 「オレは国のために地上げをやってるんだよ。東京が国際的な情報都市として世界の金融センターになるためにはな、世界中の企業を東京に集めなきゃならねんだよ。そのためには、オフィス面積が絶対的に不足してるんだ。その不足を埋めるために高層ビルを建てるしかねえだろ! じゃ、高層ビルをどこに建てるんだ? そんな土地どこにある?(中略)政府や大企業のお偉いさんたちがな、自分の手を汚すか? 汚すわけきゃあねえ だろう! 日本の改革のためにはな、誰かが汚ねえ仕事を引き受けなきゃならねえんだよ! オレ達がやらなかったら東京なんて、すぐに香港にその地位を奪われちまうんだよ。お前らそれでいいのかあ1?」 こんな言葉の後には、倉庫の暗証番号の語呂合わせなんて、飛んでいってしまう…。 迫力のある作品だと思う。
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[027]ごめん、愛してる
 どうなんだか黒美君彦2017-09-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>幼いころ母親に捨てられ、ソウルで裏社会に生きてきた岡崎律(長瀬智也)。兄貴分のペクラン(イ・スヒョク)を庇って頭に銃弾を受けた律は、余命僅かと診断される。・・・
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<あらすじ>幼いころ母親に捨てられ、ソウルで裏社会に生きてきた岡崎律(長瀬智也)。兄貴分のペクラン(イ・スヒョク)を庇って頭に銃弾を受けた律は、余命僅かと診断される。帰国した律は、最後に会いたいと願っていた母親が日向麗子(大竹しのぶ)であることを突き止めた律だったが、彼女が息子のサトル(坂口健太郎)に愛情を注ぐ姿に事実を言い出せない。たまたまソウルで出会った三田凜華(吉岡里帆)と再会した律は、幼なじみの河合若菜(池脇千鶴)魚(大智)母子の部屋に転げ込み、日向家の運転手になるが…。 2004年にソ・ジソプ、イム・スジョンの共演で大ヒットした韓国ドラマのリメイク版。何故今、という気もしないではなかったが。というのもオリジナルの背景には、年間2,000人ともいわれる、韓国における海外養子の現実があったから。 とはいえ、長瀬智也は年齢を経るにつれていい男になってきたなあという印象。エキセントリックな役がこれまでは多かったが、これからますますいい役者になっていくのではないだろうか。 一方、ヒロインの吉岡里帆は見ていられない。台詞が上滑りで、どうにもこうにも感情移入できないのだ。これはこうした悲恋ものでは致命的。あなたのことが好きなの、なんて台詞の何と軽いことか。 大竹しのぶ演じる母親のコロコロ変わる心情にもついていけず。うーん、どうなん。 韓国版は、ヒロインが最後に命絶えるシーンで終わったが、リメイク版では明るい未来?が暗示されて終わり。 どうなんでしょうねー。結局設定をなぞって終わってしまった感が。 ひとりであったら間違いなく途中で脱落していただろうなあと思うドラマシリーズでありました。
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[028]ハロー張りネズミ
 個人的には楽しかった黒美君彦2017-09-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>東京・板橋区の下赤塚に事務所を構える「あかつか探偵事務所」は「お節介と人情」をモットーとする探偵事務所。七瀬五郎(瑛太)や「グレ」こと木暮久作(森田剛)・・・
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<あらすじ>東京・板橋区の下赤塚に事務所を構える「あかつか探偵事務所」は「お節介と人情」をモットーとする探偵事務所。七瀬五郎(瑛太)や「グレ」こと木暮久作(森田剛)、風かほる所長(山口智子)に四俵蘭子(深田恭子)が加わって、難事件に挑む…。 弘兼憲史の原作は1983年連載開始なので、何を今さらといえば何を今さら(といいつつ原作は未読)で、しかも視聴率も今ひとつ伸びず。個人的にはそれなりに面白く観たんだけどなあ。 演出は大根仁で、パロディ要素も満載。 所長が蘭子に「うっかりエロスちゃん」と呼びかけるのなんて秀逸だと思ったけどな。 心霊ものを入れたのは、放送が夏だというのを意識してのことだろうけど、ちょっと引っ張り過ぎの印象も。 ただ全体的な印象では、放送する時間帯が違うんじゃないかということ。深夜ドラマならそれなりに話題を呼んだ気もするのだが、視聴率が要求される金曜22時からの放送はつらかったかなあ。 虚実織り交ぜた物語が、どうも甘い方向にシフトしてしまったのが個人的には惜しい気がした。 瑛太は巧いし、深田恭子も艶っぽいのだけど、久しぶりに見た山口智子がなかなか良かった。 ソウルフルな音楽が秀逸。
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[029]ベイビー・ドライバー
 ゲッタウェイ・ドライバー黒美君彦2017-09-19
 【ネタバレ注意】
犯行現場から逃げるための専門ドライバーを「ゲッタウェイ・ドライバー」と呼ぶのだそうで、近いところではライアン・ゴズリング主演、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の・・・
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犯行現場から逃げるための専門ドライバーを「ゲッタウェイ・ドライバー」と呼ぶのだそうで、近いところではライアン・ゴズリング主演、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の名作『ドライヴ』(2011年)が想起されるが、この作品は同じゲッタウェイ・ドライバーを扱っていながら突き抜けたご機嫌な作品に仕上がっている。 何せ全編音楽に合わせて展開し、カーチェイスまで音楽と見事にシンクロしているのだから。 英国出身のエドガー・ライト監督は約20年構想を温めていたというが、そのかいあってぶっ飛んでいる。 もちろん犯罪映画なのだけれど、耳の不自由な育ての親ジョセフ(CJ・ジョーンズ)を大切にし、デボラ(リリー・ジェームズ)に恋をする主演のベイビー(アンセル・エルゴート)がナイスガイで。 裏社会を仕切るドク(ケヴィン・スペイシー)が郵便局強盗を言い出さなければこんな目に遭わずにすんだのに(…って、それじゃお話は終わっちゃうけど)。 すぐにブチ切れる凶暴なバッツを演じたジェイミー・フォックスが何とも巧い。ところが彼は意外に早く退場し、理性的に見えたバディ(ジョン・ハム)こそが最大の敵になってしまうという皮肉。 デボラとの逃避行の後日談をきちんと入れているというのは、監督ならではのこだわりなのだとか。 「これはミュージカル映画だ!」という評も頷ける。 とにかくご機嫌なクライム・ムービーなのだ。
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[030]きっと、いい日が待っている
 名作黒美君彦2017-09-19
 【ネタバレ注意】
舞台は1967年から69年にかけての、デンマーク・コペンハーゲンの児童養護施設。 母親が病気で貧困に苦しむ家庭で育った13歳のエリック(アルバト・ルズベク・リンハート)と10歳・・・
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舞台は1967年から69年にかけての、デンマーク・コペンハーゲンの児童養護施設。 母親が病気で貧困に苦しむ家庭で育った13歳のエリック(アルバト・ルズベク・リンハート)と10歳のエルマー(ハーラル・カイサー・ヘアマン)は、独裁的なヘック校長(ラース・ミケルセン)が君臨する施設でさまざまな体験をする。宇宙飛行士になるのを夢見るエルマーだが、その夢を口にした途端殴りつけられる理不尽さ。 児童養護施設で夢を抱くなんて分不相応だとでもいうように。 さらにエルマーは教師から性的虐待まで受けてしまう。 数少ない理解者だったハマーショイ先生(ソフィー・グローベル)も学校を去り、兄弟は「幽霊」になる。 エリックは15歳になったら施設を出られる「永久許可証」を得るために。しかしその約束すら反故にされ、爆発したエリックは、逆に校長らに暴力を振るわれ、昏睡状態に陥る…。 実際にコペンハーゲンのゴズハウン少年養育施設などであった虐待事件に基づいて描かれた作品。今世紀に入ってようやくその全貌が明らかになったという。観ている間、ちくちくと心が痛んだが、兄弟の人並みはずれた演技力や的確な演出ですっかり作品に入り込んだ。 こうした児童虐待は、どの時代、どの地域でも起こっていた(起こっている)ことだ。 困ったことに大人たちは、それが必ずしも誤っているとは考えていない。ある程度の体罰容認、厳しい規律は子どもに必要だと考える大人は決して少なくないのだ。 ヘック校長もまたそうしたひとり。校長として権力を振るう憎々しげな彼だが、恐らく彼には体罰に対する確信があるのだろう。軍隊的な規律を強いることによって、子どもたちはやがて感謝してくれるようになると。 こうした虐待は、密室で行われがちなので、ひとつひとつ摘発し監視していくしかない。それができるかどうかがその国の民度を反映しているようにも思う。弱い者をどう守るのか。守るシステムを構築しているか。 ゴズハウン児童施設で育ったかつての子どもたちのなかには、今もPTSDに苦しむ人が少なくないという。 ヘック校長を演じたラース・ミケルセンは盟友マッツ・ミケルセンの実兄なんだとか。あまり似ていないようなきがするけど、存在感は相当のもの。 ラース・フォン・トリアー監督の映画製作会社ツェントローパの新鋭だという、イェスパ・W・ネルスン監督の子どもの視線で描く演出もいい。 宇宙飛行士の夢を抱くエルマーが月に飛ぶシーンは思わず目頭が熱くなった。 なかなかの名作に仕上がっていると思う。
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