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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3754件)rss
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[001]大病人
 安らかなエンディング黒美君彦2018-04-17
 【ネタバレ注意】
『ミンボーの女』(1992年)公開直後に組員に襲われ、瀕死の重傷を負った、ということもこの作品には反映されているかも知れない。80年代後半から90年代にかけては、バブルで浮・・・
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『ミンボーの女』(1992年)公開直後に組員に襲われ、瀕死の重傷を負った、ということもこの作品には反映されているかも知れない。80年代後半から90年代にかけては、バブルで浮かれる一方で「死」、とりわけ病院での望まざる延命治療に端を発して、「どう死ぬべきか」を考える機運が高まった。この作品もその流れのなかにあると考えるべきなのだろう。 三國連太郎演じる大物俳優であり映画監督でもある向井武平には伊丹十三自身も投影されているのかも知れない。 女好きで女優の愛人(高瀬春奈)をもつ主人公に、妻万里子(宮本信子)は愛想も尽いて離婚寸前。そこで見つかる向井の末期の胃がん。 万里子の学生時代の友人である外科医緒方洪一郎(津川雅彦)は、当時の医師の考え方を示しているかもしれない。告知に消極的で、治療できない状態を「敗北」と受け取る医師。生物的な生にこだわるあまり、患者の「死に方」(=生き方)まで考えられない医療現場。 この頃から「尊厳死」や「ターミナルケア」の重要性が説かれるようになり、ホスピスやペイン・クリニックといった緩和医療についてはかなり浸透してきたといえるだろう。 そんな意識のギャップを、時にシリアスに、時にコミカルに描いているが、作品として観た時の評価はなかなか微妙だ。 それは主人公の持つ傲慢さや弱さへの共感が生まれにくいせいかも知れない(三國はそんな主人公を熱演しているけれど)。 後半の臨死体験を当時最先端だったデジタル技術を駆使して描いているが、今から観ると少々ビミョー。死後の世界はどうしても宗教的なイメージを持たざるを得ない。それをどう受けとめるべきか。 向井がラストカットとして撮りたかったオーケストラの演奏は、黛敏郎の「交声曲<般若心経>」。300文字足らずの文字に世界の一切が語られているといわれる般若心経を合唱とオーケストラで表現した作品だ。それなりに重厚な作品であり、あまりにこの映画そのものと響き合うので、なかなか観る者としては重い。 全体としてのバランスがやや居心地の悪さを招いている気がして、そこがこの作品の弱点か。 それにしても息を引き取る直前の下顎呼吸まで三國に再現させたのは、さすがというべきかうーむというべきか。 津川雅彦やベテラン看護婦を演じた木内みどりが巧演。 三國はもちろん、伊丹十三もこの世を去った今となっては、この作品そのものの意味合いも変わりつつあるように思う。
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[002]ピュア 純潔
 レクイエム黒美君彦2018-04-15
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>アルコール依存症の母と折合いが悪い、20歳になるカタリナ(アリシア・ヴィカンダー)は長らく体を売りながら生活してきた。彼女も突発的に暴力的になるメンタルに・・・
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<あらすじ>アルコール依存症の母と折合いが悪い、20歳になるカタリナ(アリシア・ヴィカンダー)は長らく体を売りながら生活してきた。彼女も突発的に暴力的になるメンタルに問題を抱えてきたが、モーツァルトの音楽に出会い、生活を変えようと決意する。コンサートホールに潜り込んだ彼女は、面接に来たと勘違いされて思わぬ受付の仕事にありつく。真面目な仕事ぶりが評価されるようになった頃、ホールの指揮者であるアダム・ラーゲルヴァル(サミュエル・フレイル)と知り合い、やがて互いに惹かれあう…。 今や世界的に知られるようになったアリシア・ヴィカンダー(スウェーデン語ではアリシア・ヴィキャンダル)の長編デビュー作品。 社会の底辺にいた彼女演じるカタリナがクラシックに目覚め、芸術の価値を見出していくシーンは、観る者もわくわくさせる。 そしてそこで知り合う大人の男アダム・ラーゲルヴァルは、ホールの首席指揮者。彼は詩集をカタリナに貸し、キルケゴールの言葉として「勇気は人生を開く」を教えられ、力づけられる(この言葉、英語では“Courage is life’s only measure.”ということらしいけれど、出典はわからず)。 年齢差のある恋は、時として尊敬の念から生まれることがある。自分の知らない世界を見せてくれ、しかも才能に溢れている指揮者。カタリナはそんな男性とつきあうことによって、自分までその高みに立てたかのような錯覚を抱いてしまう、というのはよくあることだ。 その人物に憧れるあまり、自分も同一化したいと熱望する。その究極の関係が肉体関係である。 だから、商売道具としてではなく、自らを変えるためのセックスは彼女にとって初めてだったに違いない。だからこの映画のタイトルのように、カタリナはそのときピュアで純潔だったのだ。 物語はある程度先が読めるが、アリシア・ヴィカンダーの存在感や演技は大したもの。 「君はイカれている」のひと言でキレてしまう彼女の不安定さも納得できる。 ただ、カタリナを逃がしてしまうスウェーデン警察はあまりにふがいない。「洗濯」で忙しかったか?(笑) モーツァルトの「レクイエム」や「交響曲第25番」「クラリネット協奏曲K622」、ベートーヴェンの「交響曲第7番」などが印象的に使われる。 日本では劇場未公開だということだけど、勿体ないなと思ってしまった。 なかなかの佳作である。 ちなみに舞台になっているのはスウェーデンのヨーテボリ・コンサートホール。イェーテボリ交響楽団の本拠地として知られている。
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[003]ミンボーの女
 表舞台からは消えたけど黒美君彦2018-04-11
 【ネタバレ注意】
久々に再見。バブル期の地上げをはじめ、民事介入暴力が社会問題化していた頃に、こうしたある種のハウトゥーものをコミカルにしかもリアルに描いたのはさすが、と唸るしかない・・・
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久々に再見。バブル期の地上げをはじめ、民事介入暴力が社会問題化していた頃に、こうしたある種のハウトゥーものをコミカルにしかもリアルに描いたのはさすが、と唸るしかない。 「ミンボーの女」井上まひる弁護士(宮本信子)は、やくざに殺された医者の父親のことを語ったあとこう言う。 「やくざの前ではみんな誇りを踏みにじられ、屈辱に耐えねばならない。私がやくざを許せないのはそこなの。人々を恐怖で支配し、人々に屈辱の人生を強いることなの」。 公開1週間後に、伊丹十三監督本人が刃物を持った5人組の暴力団組員に襲撃され、顔や腕などに全治3か月の大ケガを負うが(犯人は全員検挙)、それだけ暴力団がこの映画で追い込まれる内容を含んでいた。この2か月前の92年3月には暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)が施行され、行き場のない焦りが伊丹監督襲撃につながったということだろうか。 映画の中で担架に乗せられ救急車に運ばれる宮本信子の姿が、当時の搬送される伊丹監督の姿と重なった。 その後、さまざまな議論はあるものの暴力団構成員は減少した。その代わり組に属さず、手段を選ばない反社会的な「半グレ」集団が生まれ、さらに金銭目的ではないものの、人の尊厳を踏みにじるヘイトスピーチが跋扈している。 ネットや日常空間でのヘイトスピーチはその意味で、どれほど暴力団に似通っていることか。すなわち、暴力で優位に立つやくざと、言葉の暴力で優位に立つネトウヨたちは基本的にその心性は共通しているといえる。 だからやくざ側の入内島(伊東四朗)や伊場木(中尾彬)が「市民」を標榜するのも、レイシストたちが「市民」を名乗るのも同じ論理だ。 弱き者の立場を借りて、相手を蔑み、踏みにじる。 被害者側は「みんな誇りを踏みにじられ、屈辱に耐えねばならない」し、レイシストたちは「人々を恐怖で支配し、人々に屈辱の人生を強いる」。ネトウヨたちレイシストたちは“精神的な暴力団”なのだ。 映画としては『マルサの女』の方が上だろうが、社会に大きな影響を与えたという意味では本作品の方が上回っているかも知れない。 当時はまだ無名に近かった柳葉敏郎がやくざの鉄砲玉を演じていたり、六平直政が端役で出演したり、といったところでも楽しめる。
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[004]ラッキー
 smile黒美君彦2018-04-10
 【ネタバレ注意】
2017年9月に91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントン最後の出演作。 俳優としての彼の代表作『パリ、テキサス』(1984)を想起させる、アメリカ南西部の乾いた土地。飄々・・・
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2017年9月に91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントン最後の出演作。 俳優としての彼の代表作『パリ、テキサス』(1984)を想起させる、アメリカ南西部の乾いた土地。飄々と日々を過ごす彼は、突然倒れたのがきっかけで「死」を意識する。だからといって何か生活が変わるわけではない。ひとりで「死」を考え、少し怯える。 神を信じない「現実主義者」のラッキーと、彼の周辺の人々とのやりとりが、時に哲学的にさえ聞こえる。 偶然カフェで知り合った元海兵隊の男は、沖縄で出会った7歳くらいの少女の話をする。第二次大戦中、肉片が飛び散り焦土と化したなかで、初めて米兵を見ただろう彼女は、上辺ではない心からの笑顔を見せたのだという。その輝きが彼は今も忘れられないのだと。 バーでリクガメのルーズヴェルトが逃げ出した、という男ハワード(デヴィッド・リンチ)は、最後にはもうリクガメを探すのはやめにした、という。よく考えたら彼はずっと考えていたはずだ、どうやってここを脱出するか。そして彼にはすべきことがあったのだから、と。 「現実主義者」のラッキーは、こんなことを言う。 誰も彼も無に帰る。そこには何もない。それを知った時どうするのかと問われ、彼は答える、「You smile(笑うのさ)」。 ハリー・ディーン・スタントンのための、ハリー・ディーン・スタントンによる映画。 雑貨屋の息子の誕生日パーティーで歌う彼が素晴らしい。過去と向き合い、後悔をかみ締め、現実をやり過ごす。 90年生き、何も残さず消えていくというのは切ないものだ。 だが、それでも生きている限りは生きるしかない。 微笑を浮かべて。 そんな短い人生の人間の苦悩を知ってか知らずか、スクリーンの中をゆっくり横切るリクガメがおかしみを生み出す。 ちなみに監督のジョン・キャロル・リンチは脇役で知られる俳優で、これが初監督作品(デヴィッド・リンチと名字は同じだが血縁関係はないそうだ)。ハリーの最後に相応しい作品に仕上げている。
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[005]がん消滅の罠 〜完全寛解の謎〜
 remission(寛解)黒美君彦2018-04-09
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>日本がんセンターの呼吸器内科医 夏目典明(唐沢寿明)は、担当したシングルマザー小暮麻里(柴本幸)がステージ4の肺腺がんから、がんが全て消える完全寛解に至るの・・・
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<あらすじ>日本がんセンターの呼吸器内科医 夏目典明(唐沢寿明)は、担当したシングルマザー小暮麻里(柴本幸)がステージ4の肺腺がんから、がんが全て消える完全寛解に至るのを目の当たりにする。夏目と研究医の羽島悠馬(渡部篤郎)の高校の同級生で、生命保険会社の調査部に勤める森川雄一(及川光博)は、部下の水島瑠璃子(渡辺麻友)から彼女が生前給付を受けていたことから詐欺の可能性を指摘する。完全寛解の原因がわからないまま、麻里と同じ末期の肺腺がんだった横山宗彦(みのすけ)も、生前給付金を受け取ってからがんが消える。小暮も横山も湾岸医療センターからの患者であることに気づいた夏目は、そこに外科医の宇垣玲奈(りょう)とその背後にかつての恩師である西條征士郎(北大路欣也)の影を見つける。湾岸医療センターは、妻でフリーライターの紗季(麻生久美子)が出入りしていた…。 医療ドラマは難しい。ましてやサスペンスを絡めようとすると、それなりの説得力がないと。 このドラマは、前半はそれなりなのだが、後半の謎解きになるとご都合主義の羅列に陥り、一気に瓦解してしまった。 まず完全寛解の謎は、アレルギー治療で免疫抑制剤を投与している時に、他人のがん細胞を肺に入れて一気に進行させるというもの。免疫抑制剤投与をやめれば、本来の免疫機能が働き、他人のがん細胞は異物として認識されて排除(攻撃)されてしまう。だからがん細胞が消える、というものだ。 後半、妻の紗季がかかった肺がんはちょっと違う。もともと肺がんを発症していた彼女のがん細胞を取り去り、そこに自殺遺伝子を組み込み、元に戻す。何らかの化学物質を投与するとその自殺遺伝子が働き、がん細胞は死滅する、というのだ。なるほど、といいたいが、紗季のがん細胞はどうやって全部取り除けたのだろう。何せがん細胞全てに自殺遺伝子を組み込まないと、彼女のがんはなくならない。おや?? さらにあんな豪華ホテルのような湾岸医療センターの資金はいったいどうやって?というのも大きな謎。 がんを使ってあれこれ脅迫し始めたのは、この病院が出来てからではないのか。そうでなくては、ラボのひとつも手に出来ないわけで、どこへ消えたかわからない医師に、それほど大それたことができたとは思えない。 後半は登場人物たちが勝手に「そうか!こうだったんだ」「ああだったんだ」と謎解きを始めて、しかもそれがみな当たっているからご都合主義的に思えてしまうのだ。 警察に追われる『逃亡者』みたいなシーンもとってつけた感があるし。 何だか安っぽいサスペンスドラマだなあ、という印象でした。
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[006]ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男
 “Never!”黒美君彦2018-04-06
 【ネタバレ注意】
ウィンストン・チャーチルの評判は必ずしもいいわけではない。名文家として知られ、ノーベル文学賞を受賞したことでも知られるチャーチルだが、1940年に英国首相に就いた彼は、・・・
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ウィンストン・チャーチルの評判は必ずしもいいわけではない。名文家として知られ、ノーベル文学賞を受賞したことでも知られるチャーチルだが、1940年に英国首相に就いた彼は、ナチス・ドイツとどう対峙するのかという大問題に直面した。 2017年に公開されたクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』の背景にあった英政界を描いたこの作品でも、必ずしもチャーチルは好ましい人物として描かれているわけではない。実際彼は、戦場での兵士の犠牲は国家のためにはやむを得ないと考えるいけ好かない為政者でもあったのだ。 この作品ではゲイリー・オールドマンのメイクアップを担当した辻一弘がアカデミー賞を受賞したことでも話題を呼んだが、決して外では見せなかったチャーチルの人間味を描いた点で十分ドラマティックな作品に仕上がっている。 憎まれ役を敢えて選択したかのようにさえみえるチャーチル。賢明で美しい妻クレメンティーン(クリスティン・スコット・トーマス)に支えられていたことが伝わる。さらに時の国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)との距離感もよく描かれている。さらにそうした日々を秘書として見つめ続けたエリザベス・レイトン(リリー・ジェームズ)もいい。 ダンケルクに追いつめられた英軍の兵士33万人が救出された影には、仏・カレーの友軍を見捨てなくてはならない現実もあった。 これを英断と考えるかべきかどうか。 チャーチルが国民を捨石にし、独への徹底抗戦を貫いた結果、第二次世界大戦は連合軍側勝利につながった、というのは確かにひとつの要因としては間違いではあるまい。しかしそれとても結果論であり、評価はなかなか難しい。 政治家の評価は結局歴史に委ねるしかないのだ。
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[007]ミッドナイト・ジャーナル 消えた誘拐犯を追え!七年目の真実
 ひと昔前の記者黒美君彦2018-04-04
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>中央新聞の記者関口豪太郎(竹野内豊)は藤瀬祐里(上戸彩)と連続女児誘拐事件を追いアジトを突き止めるが、「不明女児、遺体で発見か」と整理部が先走った見出し・・・
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<あらすじ>中央新聞の記者関口豪太郎(竹野内豊)は藤瀬祐里(上戸彩)と連続女児誘拐事件を追いアジトを突き止めるが、「不明女児、遺体で発見か」と整理部が先走った見出しをつけたために一転「大誤報」扱いされ、さらに妻を産褥死で失う。7年後、さいたま支局の県警キャップとなった関口(竹野内豊)は、新たな女児連続誘拐事件と7年前の事件との類似性に気づく。当時から犯人は2人組と睨んでいた関口は、応援の藤瀬(上戸彩)と新人記者の岡田昇太(寛一郎)とともに粘り強い取材で真相に迫る…。 元新聞記者が書いたサスペンスということもあり、ひと昔前の記者の生態は比較的良く描かれているし、監督の佐々部清もそつがない。 「ひと昔の」と敢えて書くのは、現在の記者のレベルが劣化の一途を辿っているからだ。 マスゴミと揶揄され、ネットではフェイクニュースが瞬時に拡散される。そのなかで購読者も激減している新聞社の記者が、自分の信念だけで取材を進められた時代は既に過去のこと。以前の紙面の締め切りだけではなく、新聞社発のネットニュースに常に出稿しなくてはならず、しかもそれは会社の利益には直接つながらない。そんな中で信念を持ってジャーナリストたらんとすれば、会社組織とは当然きしみが生じる。 このドラマではそこまでの「現代」は描かれていないので、敢えて「ひと昔前」としたのだ。 関口は父親がタブロイド紙の記者だったという設定で、「真実を早く正しく伝えること、それがジャーナル」というのが信条。 彼のような記者魂は最早少ないかもしれない。働き方改革などというお上の発想が、報道機関にまで下りて来れば、これ幸いと手を抜く記者ばかりになるのは目に見えている。実際、取材にも行かずにネット情報だけで原稿を書いたという事案は決して少なくない。 会社は会社で、経費節減を第一にするから、取材はますますやせ細っていく。 結局そうした社会を招来しているのはこの国とその国民なのだけど…。 さてドラマとしては最も盛り上がるはずの主犯の逮捕があまりにあっさりしていて若干肩透かし感。もっとも取材記者が逮捕現場にいるなんてあり得ないのだから仕方ないのだけれど、じりじり犯人を追いつめる警察…くらいのシーンがあってもよかったかも。 けれど竹野内豊の記者役はなかなか似合っていた。久しぶりにドラマで見た上戸彩がとても痩せていたのが若干気になったかな。 地方警察の喰えない刑事課長とかいかにもいそうだ。
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[008]港町
 神話的黒美君彦2018-04-03
 【ネタバレ注意】
音楽やナレーションを一切排し、観る者にすべてを委ねる「観察映画」を撮り続ける想田和弘監督のドキュメンタリー第七弾。 個人的には決して想田監督の熱心な観客とはいえない・・・
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音楽やナレーションを一切排し、観る者にすべてを委ねる「観察映画」を撮り続ける想田和弘監督のドキュメンタリー第七弾。 個人的には決して想田監督の熱心な観客とはいえないのだが、この作品にはすっかり惹きこまれた。 瀬戸内の穏やかな海辺の町で、老人たちは昨日と同じようにきょうも、明日も判を押したように時間を過ごす。 ワイちゃん(本名は村田和一郎というらしいが、映画の中ではついに本名は明かされない)は、耳の遠い80代半ばの漁師。ひとり乗りの船で漁を始めると途端に背筋が伸び、きびきびと作業を始める。手際よく魚を桶に放り込むその姿は、陸とは別人のようだ。 獲ってきた魚は市場に運ばれ、高祖鮮魚店が買っていく。鮮魚店で魚をさばいた後残ったアラを、猫の餌に貰い受ける住人…。 モノクロの映像が、まるで全てが夢のような不思議な感覚を投げかける。 この町は岡山県瀬戸内市牛窓。前作『牡蠣工場』の取材のときに、雑感として町の風景を撮り始めたのが、この映画のそもそもの始まりらしい。だが、そこに描かれているのはまるで神話的な光景だ。 漁師がいて、魚を売る人がいて、猫がいて、海があり、墓があり、噂話と悪口ばかり繰り返す老婆がいて…。 狂言回しのように随所に登場する80代半ばの女性クミさんが印象的だ。ひと通り“わいちゃん”の話をしたかと思うと、「ほんまはあの人好かん」と言い捨てる。どこまでが本音なのかもわからない。カメラに向かって「向こうの島に行ってみない?」と誘ったかと思うと、「コーヒー屋に一緒に行けたのに」と残念がったりもする。文句が多い割りに、住民ひとりひとりについて詳しく語る。 別れが近づいて、彼女がひとり語りのように語る悲劇的な半生は、唐突感すらある。けれどそこで単に好奇心旺盛なだけに見えた彼女に、怒りと悲しみと寂しさが影のようにとり憑いていたことが明らかになる。 そのすべてが神話的である。反復され、永遠に続くかのようにみえる港町の風景。 いつそこに行っても、わいちゃんは漁をし、ばあちゃんが人の悪口を言い、猫は魚を狙っている。そんな錯覚すら生まれてしまう。 登場する人々がみな、永遠性を身に纏った神のような存在に見えてくるのだ。きっとそんな神様もいたに違いない。永遠の時の中で…。 そんなことを思わせる不思議な魅力に溢れたドキュメンタリー「観察映画」だ。
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[009]ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
 フェイクニュース黒美君彦2018-04-03
 【ネタバレ注意】
現政権が、批判する報道機関を名指しで「フェイクニュースだ」とこき下ろす米国だからこそ、スピルバーグはこの作品を手がけたのだろう。1971年、ニューヨーク・タイムズがスク・・・
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現政権が、批判する報道機関を名指しで「フェイクニュースだ」とこき下ろす米国だからこそ、スピルバーグはこの作品を手がけたのだろう。1971年、ニューヨーク・タイムズがスクープした“ペンタゴン・ペーパーズ”。それは1967年に国防長官ロバート・マクナマラの指示で作成された7000ページにも上る文書だった。そこにはトルーマン以降、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンといった政権にまたがるベトナム戦争に関して隠蔽された膨大な事実が記されていた。 そもそも戦争に一度も負けたことのないアメリカが負けるわけにはいかない…そんな理由で若き米兵たちは泥濘のようなベトナム戦線へと送り込まれていた、ということが露わになる。 当時のニクソン政権は国家の安全保障を脅かすとして、ニューヨーク・タイムズの記事差止め命令を連邦裁判所に求める。 そうしたなか、資料を入手しようと駆け回るライバル紙のワシントン・ポストがこの作品の舞台だ。 掲載すれば間違いなく政権がポスト紙を潰しに来る。 だが、報道機関として掲載せず目をつぶれば、その役割を放棄したことになる。 物語は編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)と、ポスト紙の社主キャサリン・グラハム(通称ケイ:メリル・ストリープ)を軸に、元シンクタンク研究員だったベン・バグディキアン(ボブ・オデンカーク)ら記者たちの奮闘も描かれる。 幾つか「?」というシーンもあった。突然編集局に姿を現し、靴箱に入れた資料の一部を持ってきたのはいったい誰なのか。 最終的にバグディキアンが内部告発したダニエル・エルズバーグ(マシュー・リス)から直接資料を入手したから良かったが、最初の資料だけでは記事になりようがない。あれはどういうこと?? 政権に都合の悪い事実を「国家機密」にしてしまうのは簡単だ。都合の悪いことが世に知れ渡れば、国家の安定基盤が崩れる。その結果国力が弱まり、安全保障に重大な危険が生じる…為政者は必ずそう自己正当化する。困ったことにこれに同調する国民も少なくない。知らなければ主権者たる自らの責任を問われることはない。国のことは国に任せるべきだ、多少の犠牲はやむを得ない…自分にさえ不利益がなければ。 民主主義は、市民が自らの責任をも負う、ということである。つまり不都合な事実を隠す政権を否定することもまた、市民の義務であり責任でもあるのだ。 さて、では報道機関はどのように振舞うべきなのか。 そもそも報道機関は誰のために働くべきなのか。 目の前に伝えるべき事実がある。だが報じると間違いなく大混乱が起きる。その責任を負えるのか、と自問自答する。だが、それは報道機関が負うべき責任ではない。メディアは「伝える」ことしか役割は与えられていないのだ。もちろんそれに伴う論評はあるだろう、しかし、最終的に判断するのは「市民」「国民」であるはずだ。彼らは材料がなくては考えることも出来ない。それを自ら放棄することは、民主主義への裏切りではないのか。 たまたま新聞社の経営者であるキャサリン・グラハムは、歴代の政権といい関係を築いてきた。しかしそのことと報じることは違う、と彼女は悩んだ挙句決断する。 この決断がその後のベトナムからの撤兵や、ウォーターゲート事件のスクープにつながったのは間違いない。 政府の広報新聞と化した某紙とは異なる、メディアの矜持が感じ取れる作品に仕上がっている。 ただ、社会派ドラマを描くとき、スピルバーグ監督は登場人物に饒舌に語らせすぎる感がある。全てを台詞で説明しようとするかのようだ。だから名優をキャスティングしている割に、映画的な歓びはやや薄い。首尾一貫してテレビドラマ的なスピード感なので、個人的にはそこがもの足りない気がした。 しかしながら政権が「フェイクニュース」と連発し、報道機関を批判する異常な時代、この作品が持つ意義は決して小さくはないと思う。
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[010]真夜中のスーパーカー
 子ども向けファンタジー黒美君彦2018-04-02
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>愛知県豊田市の自動車メーカー「ナゴヤ自動車」のカーデザイナー白雪(山本美月)は、「伝説の名車」と呼ばれる「ナゴヤ2000GT」に憧れていたが、会社が求めるデザ・・・
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<あらすじ>愛知県豊田市の自動車メーカー「ナゴヤ自動車」のカーデザイナー白雪(山本美月)は、「伝説の名車」と呼ばれる「ナゴヤ2000GT」に憧れていたが、会社が求めるデザインとは合わない。白雪は、いつものようにナゴヤ自動車博物館に展示されたナゴヤ2000GTのデッサンを描いていたが、警備員・福谷(大森博史)に早く帰るよう促される。そこに、ナゴヤ2000GTを盗もうと博物館に潜んでいた日系ブラジル人のリカルド(上遠野太洸)が現れる。さらにナゴヤ2000GTの運転席に白のレーシングスーツを着た男(唐沢寿明)が。彼は白雪にレースを挑んでくる…。 愛知発の地域ドラマ。車を擬人化するあたり、子ども向きのファンタジードラマと捉えるべきか。戦闘機を作っていたデザイナーが戦後、自動車業界を牽引した、というのもさほど目新しい話ではないし。 トヨタとヤマハの共同開発、1966年のスピードトライアル、そんな話もカーマニアなら面白いのかも知れないけれど…。 トヨタがドラマの主人公というのはわからないではないけれど、NHKがドラマにするのだから一企業の成功話を取り上げるわけには行かない、ならばいっそファンタジーで、ということなんだろうけど。 カーレースの映像はそれなりに勢いが感じられたけれど、公道を走るわけにもいかないし。 山本美月は、右頬の吹出物?が気になってしまった(笑)。
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[011]ライトシップ
 灯台船黒美君彦2018-04-02
 【ネタバレ注意】
補導された息子のアレックス(マイケル・リンドン)を、自分が船長を務める沿岸警備隊の“灯台船”ハッタラス号に乗せるミラー(クラウス・マリア・ブランダウアー)。そこにエン・・・
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補導された息子のアレックス(マイケル・リンドン)を、自分が船長を務める沿岸警備隊の“灯台船”ハッタラス号に乗せるミラー(クラウス・マリア・ブランダウアー)。そこにエンジン故障で漂流しているところを救出された3人の男が加わる。キャスパリ(ロバート・デュヴァル)が連れてきた兄弟のユージーン(ウィリアム・フォーサイス)とエディ(アリス・ハワード)。 彼らは銀行強盗犯で、やがて船を制圧する。 舞台は1955年。ミラー船長は左遷されてこの灯台船の船長になったと息子のアレックスは感じとっている。彼はドイツ生まれで、戦時中米軍駆遂艦の艦長だったが、多数の人命を見捨てたとみられていた。「軍の命令で仕方なかった」とアレックスに語るミラー。ただ彼は悪者たちに立ち向かう気はさらさらない。さっさと船を離れて立ち去って欲しいと考えている。 アメリカのアクション映画だとすれば船という密室を活かした殺し合いに展開しそうなものだが、そうはならないのは、ポーランド生まれの流浪の監督イエジー・スコリモフスキを招いた成果だろうか。 キャスパリは、ミラーに共感を抱くようになり、灯台船そのものを動かすよう求め始める。 だが、灯台船は通常駆動装置を持たず、しかも下手に動けば海難事故を誘発しかねないので、ミラーはきっぱり拒絶する。 その間にキャスパリを襲った船員のスタンプ(ロバート・コスタンゾ)がエディに射殺され、ペットのカラスを殺された料理人ネイト(バジャ・ジョラー)がユージーンを殺害し…。殺し合いの連鎖が始まり、船の錨を上げようとするキャスパリにミラーは撃ち殺される。ミラーを撃とうとしたエディは、アレックスが殺したのだが…。 ひとつの場所に縛られた船と「自由」の意味。キャスパリは自由こそがあらゆる価値を注ぐ意味のあるものであり、それゆえ縛られた船を解放することを熱望する。だが、その自由は同時に、他の無辜の船を脅かし、時に死へと導くことすらある。 息子であるアレックスは、最後に「船は人が操るのではなく、船によって人が操られるのだ、と父は語った」と述べる。 船は運命を示している、とも考えられるだろうか。 妙に紳士的なキャスパリを演じたロバート・デュヴァルが巧演。 アレックス役として監督の実子であるマイケル・リンドンを抜擢した理由はどこにあったのだろう。 息詰まるサスペンス感もなかなかの作品だ。
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[012]グレイテスト・ショーマン
 "Celebration of humanity"黒美君彦2018-03-29
 【ネタバレ注意】
予告編以上ではなかった…という映画通の知人が語っていたので、観に行こうかどうしようか迷った挙句劇場へ。 結論からいえば思ったほど酷くは感じなかったし、十分楽しめた。 ・・・
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予告編以上ではなかった…という映画通の知人が語っていたので、観に行こうかどうしようか迷った挙句劇場へ。 結論からいえば思ったほど酷くは感じなかったし、十分楽しめた。 フィニアス・テイラー・バーナム(1810〜91)をモデルにはしているが、ヒュー・ジャックマンがバーナムを演じるのだから、根っからの悪人にはならないのは予想通り。 音楽やアクション(ダンス)は見事で、心を鷲掴みにされる。さらにテンポを重視した編集は、あたかもそれがマジックのようにめくるめく展開を見せ、個人的には高く評価(編集が全くダメ、という向きもあるようで、そこは好みだと思うが)。 この映画の評価を二分した背景には「フリークスを見世物にしたバーナムは所詮彼らを金儲けの手段としてしか捉えていなかったのではないか」という見方がある。だから歌姫ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)に出会った彼は、“ホンモノ”である彼女に熱を上げ、全米公演まで成し遂げた、というわけだ。それを語るエピソードとして、上流階級を招いたパーティーに嬉々として参加しようとしたフリークスたちをバーナムは締め出してしまうシーンがある。 確かにこのあたり難しいと感じるのは、「見世物の興行師」に過ぎないバーナムがフリークスに対して抱いていた感情は、おそらくサーカスの動物に対するもの以上ではなかっただろう、ということだ。時代背景(19世紀)から考えても、サーカスの存在意義はあくまで「見世物」にあるわけで、フリークスの福祉を前提としたものではないのは自明の理だ。 そこでこの作品では、「ひとつの舞台に多様な人間が立つ」点に意義を見出し、評論家に"Celebration of humanity"(人類の祝祭)と敢えて評価させることで、現代的な価値観との整合性をつけようとしている。 エンターテインメントとしての完成度は高いが、一方で物足りなさを感じるのはその浅い整合性のせいであることは間違いない。その部分で評価が二分した、というのも理解できる。 とはいえ、いきいきとしたミュージカルシーンはとてもよく出来ていると思う。エンタメ映画としてのレベルは十分保っていて、その点は率直に評価したい。 もっとも「サーカス」(=見世物)そのものが否定される現代にあって、そもそも見世物の存在基盤は「差別・偏見」にあった、と短絡的に結びつけるのも違うように思う。「通常とは異なる者の存在」を認識することによって、彼らは異界との窓口にもなり得た存在であり、畏敬の念すら持たれることすらあった事実もある。それらを平板な「差別」意識に取り込んでしまうのには、違和感を覚えるのだ。 この作品がどこまで深く検討したかはわからないが、フリークスの扱いが現代の考え方に合っていないという指摘も理解しつつも、私は「エンタメ映画」として十分楽しむことができた。
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[013]スニッファー 嗅覚捜査官スペシャル
 「俺の鼻は間違えない」黒美君彦2018-03-28
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>嗅覚捜査官・華岡信一郎(阿部寛)に異動を伝えてきた警視庁特別捜査支援室(TSS)の小向達郎(香川照之)。代わりに赴任したのが七条香奈(波瑠)。早速バラの・・・
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<あらすじ>嗅覚捜査官・華岡信一郎(阿部寛)に異動を伝えてきた警視庁特別捜査支援室(TSS)の小向達郎(香川照之)。代わりに赴任したのが七条香奈(波瑠)。早速バラの花弁を散りばめられた連続刺殺事件の捜査に乗り出す華岡だったが、そこで嗅いだことのない匂いを感じる。さらにそれぞれの遺体発見現場で匂いを嗅ぐと、4人の犠牲者は、殺害した者が別の者に殺され、その別の者が新たな犯人に殺され…とまるでドミノ倒しのような連続殺人と判明。しかもその4人は、小向の捜査でみなゼネラル薬品に関係していたことを隠していた人物だったことから、小向は薬害被害を訴えていた男佐伯(丸山智己)が怪しいと睨む。ところが小向は監禁されてしまい、AXという殺人菌を投与されてしまう…。 2013年制作されたウクライナ製のドラマ「The Sniffer」。2017年にドラマシリーズ化されたが、この作品はそのスペシャル版。 華岡はいけすかない捜査官で、元嫁(板谷由夏)に紹介された微生物学の研究者岩渕幸雄(松尾スズキ)が淹れてくれたモカにもいちゃもんをつけっぱなし。 ところが途中で展開は読めたものの、それらが全て伏線になっている。 ドラマそのものが無国籍風で、演出も悪くない。岩崎太整のジャズ風の音楽もいい。波瑠はどうしてこんな捜査官役が似合うんだろ。 阿部寛は安定感のある役柄。彼はコメディも出来てしまうから何でもござれ、ですね。 テンポも早いし、面白く観た。映像の輝度がどこか違うと思ったら、何と8Kカメラのダウンコンバート版だったのか。うん。やはり映像の密度が少し違う。 リメイク版ドラマシリーズももう一度観てみるか。
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[014]北の桜守
 芝居がかった芝居黒美君彦2018-03-28
 【ネタバレ注意】
吉永小百合120本目の出演映画、という惹句が、「北の三部作最終章」(いつの間に「北の三部作」なんて出来たんだ?)というキャッチフレーズを忘れさせてしまうことからもわか・・・
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吉永小百合120本目の出演映画、という惹句が、「北の三部作最終章」(いつの間に「北の三部作」なんて出来たんだ?)というキャッチフレーズを忘れさせてしまうことからもわかるように、吉永小百合のための映画に徹しているように感じた。 終戦直前のソ連参戦で家族が離散、時代は1971年の北海道まで一気に飛ぶ。 途中、舞台で語るシーン(演出はケラリーノ・サンドロヴィッチ)が挿入されるが、実は映画そのものがまるで舞台を観ているかのような現実感が欠如している。そしてそれは狙いでもあるのだ…たとえば修二郎(堺雅人)が「ミネソタ24」の日本第一号店を出す狸小路は、まるで芝居の書き割りだ。ラストで、記憶を失った江蓮てつ(吉永)の背後で咲き誇る桜は、どう観てもCGとの合成だし、それらは敢えて狙ったのだとしか思えない。 おそらくそれはてつの目に映るものの現実感を象徴しているのだと私は解釈した。 つまり、最も現実感があったのは家族4人で暮した樺太での生活であり、それ以降網走での生活、そして修二郎との札幌での生活と、時代が下がるにつれて、てつはこの世界の現実感を失っていったのだと。 そう考えれば、長男清太郎が死んだ時点で、てつの時間は止まり、だからこそ修二郎を遠くに突き放したのか、とも思える。…少々深読みしすぎかも知れない。 同時にスクリーンは残酷でもある。いくら若作りしたとしても、吉永と阿部寛が夫婦というのには無理がある。だが、それとて「芝居」だと考えれば、ちっとも不自然だとは思えないのである(森光子は80代になっても舞台で十代の娘を演じた)。 ではそうした芝居じみた部分と、堺雅人や篠原涼子が出てくる場面と整合性がとれているかというと、これが微妙なのだ。篠原涼子の演技には何故かイライラしてしまうし、来日した父親役の中村雅俊に至っては勘弁して欲しいと思ってしまう有様。 例えば吉永小百合主演の前作『母と暮せば』(山田洋次監督、2015年)は、好き嫌いは分かれたが、ラストの大合唱の場面が圧倒的なパワーを持っていた。芝居がかった演出をするのなら徹底した方が、寧ろ吉永小百合も活きたように思う。
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[015]ザ・キング
 罪を熟成黒美君彦2018-03-28
 【ネタバレ注意】
全斗煥(逮捕)、盧泰愚(逮捕)、金泳三、金大中、盧武鉉(自殺)、李明博(逮捕)、朴槿恵(逮捕)、文在寅(現在)…。 1980年以降2018年までの韓国の大統領8人のうち、逮捕・・・
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全斗煥(逮捕)、盧泰愚(逮捕)、金泳三、金大中、盧武鉉(自殺)、李明博(逮捕)、朴槿恵(逮捕)、文在寅(現在)…。 1980年以降2018年までの韓国の大統領8人のうち、逮捕されたのは4人、自殺がひとりと、とんでもない結果となっている韓国。 そのことは逆にいえば検察が政権を操ることが出来る権力をも手中に収めている、ということでもある(韓国で政治家の汚職が後を絶たないのは、独特な出身氏族を優遇するのが当然といった風潮や、大統領への権力集中が際立っていること、財閥が便利な政治家を支持することなどが要因として挙げられるが、ここではこれ以上踏み込まない)。 木浦で生まれ育ったパク・テス(チョ・インソン)が検事としてのし上がっていくのは、チンピラの父親が検事にひれ伏す姿を見てから。 検事となって資産家の娘でTVキャスターのサンヒ(キム・アジュン)とまんまと結婚したテスが紹介されたのは、ソウル中央地検の部長検事ハン・ガンシク(チョン・ウソン)。検察の戦略部には、著名な人々の犯罪をつぶさに調べ上げた資料があり、ガンシクは「熟成させている」と語る。最も効果的な時機を狙って捜査に乗り出し、立件すれば、検察もまた高く評価されるからだ。 ガンシクは木浦の暴力団「野犬派」のボスであるキム・ウンス(キム・ウィソン)とつながり、その配下だった幼なじみのチェ・ドゥイル(リュ・ジュンヨル)がテスの汚れ仕事を引き受けるようになる。 コメディタッチかつハイテンションで展開する冒頭のテスの生い立ちは、偶然だろうけどダグ・リーマン監督『バリー・シール/アメリカをはめた男』(2017年)を思い起こさせた。 狂騒のなかでチョ・インソンやチョン・ウソンがスーツ姿でバブリーなダンスを披露するシーンは、バカバカしいほどの能天気さ。 いずれ権力は腐敗するのだ。 イケメン俳優として知られるチョン・ウソンの悪役もなかなか見事。やはりいい俳優は正義の味方も悪役も自由自在だ。 結局やがては国会議員、大統領と夢を抱いていたガンシクは、チョ・インソンの策略で失脚する。 「検察ノワール」が映画のジャンルとして定着している韓国で530万人を動員したといわれるこの作品、サスペンスとして観るも良し、政治諷刺劇として観るも良し。 男くささもある、なかなか面白い作品だった。
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[016]99.9-刑事専門弁護士- SEASON II
 司法ドラマ黒美君彦2018-03-28
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>斑目法律事務所の深山大翔(松本潤)は、0.1%の事実をとことん追及する刑事専門弁護士。民事担当に移っていた弁護士・佐田篤弘(香川照之)は、事務所長の斑目春・・・
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<あらすじ>斑目法律事務所の深山大翔(松本潤)は、0.1%の事実をとことん追及する刑事専門弁護士。民事担当に移っていた弁護士・佐田篤弘(香川照之)は、事務所長の斑目春彦(岸部一徳)に深山とともに刑事を担当するよう命じられる。そこに元裁判官の弁護士尾崎舞子(木村文乃)が加わり、難事件に挑むことになる。パラリーガルの明石達也(片桐仁)、藤野宏樹(マギー)、中塚美麗(馬場園梓)らとともに深山の父親の冤罪事件の真相も…。 高い視聴率を記録したシーズン2。深山に何かと対抗していた佐田が、いつの間にか深山の実力を認め、すっかり仲良くなってしまったのがいいのか悪いのか。 各回ともにそれなりのトリックが示されるが、もう一方の軸となっているのが、司法のあり方。 有罪率99.9%というのは、起訴した検察の見方を全面的に受容する現在の裁判官のあり方そのものを問うているといって過言ではない。 その象徴が尾崎舞子の元上司である川上憲一郎(笑福亭鶴瓶)だ。 いわゆる形式犯(提出文書が不足していたとか)であっても、検察は長期拘留を求め、裁判所は証拠隠滅や逃亡のおそれを吟味することなく、検察の言うがままに拘束を認める、といったケースが実際少なくない。特に犯行を認めない場合は、そうした拘留が長期化することが多い。 人手が少ないのに案件が多すぎるとか、いろいろなことが言われているが、司法までが民度の低い社会の単なる反映であっては困る。何のために独立が保障されているのか、裁判所改革がすなわち手っ取り早い司法改革であることは論を俟たないが、そうした声も法曹界の一部で燻るのがせいぜいだ。 そんなことへの批判が描かれている点は評価。 毎回意外な出演者がさらっと登場するのも面白い。お馴染みのプロレスラーはともかく、漫画家の桂正和や松本零士、いっこく堂やひょっこりはんといったユニークな芸人の姿も。緒方かな子(元アイドル中条かな子)やベイスターズの元エース三浦大輔あたりも、何の注釈もなく演じているところがムダに豪華で面白かった。そこまで視聴率をとるようなドラマか?という気もしないではないけれどそれなりの面白さのレベルには達していたと思う。
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[017]去年の冬、きみと別れ
 佳作サスペンス黒美君彦2018-03-27
 【ネタバレ注意】
意外な展開…とまでは思わなかったが、テンポがよく、最後まで一気に観た、という感じ。 岩田剛典についてはさほど詳しくないけど、なかなか巧演。斎藤工に負けない存在感を発揮・・・
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意外な展開…とまでは思わなかったが、テンポがよく、最後まで一気に観た、という感じ。 岩田剛典についてはさほど詳しくないけど、なかなか巧演。斎藤工に負けない存在感を発揮していて大したものだと思った。 化け物に対抗するには、さらなる化け物にならなくては、と、恋人への追慕の情を捨てたのが去年の冬。そこがベースにあり、ラストに「第一章」が来るあたりはなかなかシャレている。 とはいえ、岩田演じる耶雲恭介こと中園恭介が、吉岡亜希子(土村芳)にストーカー行為を働かなければ、亜希子がそんな惨劇に巻き込まれることはなかったのに…といってしまうと身もふたもないけど。 実はこの物語は、恋人役を演じる松田百合子(山本美月)が、超芝居が巧く、尚且つ超口が堅くないと成立しない話でもある。そんなに思い通りに展開できるわけないじゃん、というのも思わないではない。焼死体の身元確認をする警察も、あまりに迂闊だろ、あれでは。 時系列をわざと前後させていたことをラストでバラすのもズルいなあと思わないではないが、ま、それも許容範囲。 邪悪な姉弟が、邪悪な大人に成長し、猟奇的な犯罪を繰り返すという救いのない話で、それ以上でもそれ以下でもないが、サスペンスものとしては及第点だと思う。原作からは随分アレンジしているらしいけれど。
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[018]リメンバー・ミー
 2度目の死黒美君彦2018-03-22
 【ネタバレ注意】
ライカによる『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(トラヴィス・ナイト監督)では日本、この作品ではメキシコと、最近のハリウッド・アニメは妙にグローバル。メキシコで10月末日か・・・
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ライカによる『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(トラヴィス・ナイト監督)では日本、この作品ではメキシコと、最近のハリウッド・アニメは妙にグローバル。メキシコで10月末日から11月2日まで行われる伝統行事「死者の日」をモチーフに、死者と生者のアドベンチャーを描いたピクサー・アニメは、メッセージが単純なのできわめてわかりやすい。 人間は、生きている人に忘れられた瞬間に2度目の死を迎える…というのはよく言われていることだけれど、祭壇に写真を飾っておけば永久に忘れられることはなく、それは子や孫、さらにその子孫たちによって引き継がれる、というお話。 日本のお盆の行事に近いなあと思う。 家族ものはやはり鉄板だよね〜、と、引き継ぐべき家族のいない私などは少し斜に構えてしまうけれど、それはともかくとしてピクサー・アニメの技術はもう見事というしかない。 メキシコを舞台にしただけあって、ラテン的な明るさ、音楽が溢れていて楽しいのだけれど、個人的にはなぜか平板な印象を持ってしまった。画や音のリズムが単調な気がする。 物語も意外性がないし、うーむ。好きな人は好きなんだろうな、と思うけれど、何だろうなあ、この後に残らない感じは。
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[019]ナチュラルウーマン
 「私は乗り越える」黒美君彦2018-03-22
 【ネタバレ注意】
アカデミー賞外国語映画賞にさほど権威があるとは思わないけれど、なかなかいい作品。トランスジェンダーの彼女(彼)が主役のこの映画は、チリにおける性的マイノリティに対す・・・
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アカデミー賞外国語映画賞にさほど権威があるとは思わないけれど、なかなかいい作品。トランスジェンダーの彼女(彼)が主役のこの映画は、チリにおける性的マイノリティに対する偏見や差別をあからさまに描いている。 愛する恋人オルランド(フランシスコ・レジェス)を突然病死で喪ったマリーナ(ダニエラ・ヴェガ)は、その喪失を嘆く余裕もなく、遺族から排斥され、追い立てられる。そんな生きづらさに直面しながら、マリーナはそれでも「私は乗り越える」と言い切る。恐らく先進国以上に激しい差別に晒されるなか、マリーナは自らの選択を毅然と守るのだ。 葬儀への参列も拒まれた彼女は何を言われても耐え続けるが、最後の最後に怒りを爆発させる。 しかしその怒りも、恋人に導かれて荼毘に付す瞬間を見届けることで落ち着きを取り戻す。 面白いのは最後に手許に残ったサウナのコインロッカーのキーの存在だ。 てっきりこのキーによって開けられたロッカーの中に、映画の冒頭に登場し、恋人が連れて行くと約束したイグアスの滝に行くチケットが入っているに違いないと思う。ところが、ドキドキしながらロッカーを開けるとそこには…。 何も残されないマリーナに、彼が飼っていた犬ディアブラだけが与えられる。 この作品では、ダニエラ・ヴェガのクローズアップが多用される。 時に戸惑い、時に憤り、時に悲しみ、そんな彼女の表情が雄弁に物語る少数者の虐げられた生きづらさ。 通りを歩いているうちに前からの風がどんどん強くなり、ついには前進できなくなるシーンは、人生の荒波に抗する姿を象徴しているが少々わかりやす過ぎる。少しコミカルではあるけれど。 決して好きな顔立ちとはいえないのだが、ダニエラ・ヴェガの表情が印象的。そしてマシュー・ハーバートの音楽が良かった。ふたつの声が重なるかのような音楽は、トランスジェンダーである主人公の内なる声を象徴しているかのようで、映像によく合っていたと思う。
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[020]もみ消して冬 〜わが家の問題なかったことに〜
 軽〜いコメディ黒美君彦2018-03-22
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>キャリア官僚として警視庁で働く北沢秀作(山田涼介)は、学校法人理事長の父泰蔵(中村梅雀)、エリート外科医の兄博文(小澤征悦)、エリート弁護士の知晶(波瑠・・・
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<あらすじ>キャリア官僚として警視庁で働く北沢秀作(山田涼介)は、学校法人理事長の父泰蔵(中村梅雀)、エリート外科医の兄博文(小澤征悦)、エリート弁護士の知晶(波瑠)とともに何不自由ない暮らしを送っていたが、秀作はどこか疎外されているように感じていた。そんな折、泰蔵は生徒の母親と不適切な関係を結んで脅迫されたり、副院長の座を狙う博文が、病院長の愛犬を逃がして窮地に陥ったり、そのたび度を越えた尻拭いを押しつけられるのが秀作だった。やがて彼は、実は赤ん坊の時に吉田邦夫(加藤諒)と取り違えられていた事実を知らされる…。 徹頭徹尾バカバカしいコメディドラマ。ただ登場人物がみなフレームアップされた演技をしてくれるので、バカバカしくも面白く観ることができた。山田涼介が情けない役柄に徹して巧演。波瑠がヒドい姉役というのはどこか無理がある。 警察官でありながら住居不法侵入といった悪事を働くなんて…という感想も多かったようだけど、これは単なる娯楽ドラマであって警官の教材用ビデオじゃないんだから、と思ってしまう。ま、最終回で捕まっちゃうんだから辻褄は合わせているんだけどね。 いまどき、こんな家があるのかどうかは知らないけれど、変に家門を気にするような出自でなくて本当に良かったと思うわけで。 それにしても火曜サスペンスドラマのテーマとか使いまくっていたなあ。 軽いコメディとしてはそこそこではないでしょうか。
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[021]anone
 惜しいような黒美君彦2018-03-22
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>児童擁護施設出身の辻沢ハリカ(広瀬すず)はネットカフェで寝泊まりしていたが、仲間の一人が、海岸で大金の入ったバッグが捨てられているのを見たと打ち明けたこ・・・
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<あらすじ>児童擁護施設出身の辻沢ハリカ(広瀬すず)はネットカフェで寝泊まりしていたが、仲間の一人が、海岸で大金の入ったバッグが捨てられているのを見たと打ち明けたことから、ハリカが幼少期を過ごした神奈川県柘市へ。そこへ大金を捨てた林田亜乃音(田中裕子)、死に場所を探すカレーショップ店主持本舵(阿部サダヲ)と青羽るい子(小林聡美)も加わり大混乱に。 実はこの金は、亜乃音の死んだ夫が密かに作ったニセ札だった。持本と青羽は亜乃音の娘と思い込んでハリカを誘拐したりするうちに、ニセ札作りを手伝った印刷所の元従業員中世古理市(瑛太)が現れ、いつしか5人でニセ札作りを始めることになった…。 坂元裕二のオリジナル脚本で広瀬すず主演ということで話題になったものの、平均5.4%(関東)という散々な視聴率に終わったドラマ。空気は嫌いではないけれど、TVドラマというよりは映画的なテイストが強過ぎたように思う。 個人的には亜乃音の過去が明らかになり、その後持本と青羽がハリカを誘拐、さらにそこに発砲事件を起こして逃げ込んできた持本の幼なじみで彼を陥れた西海隼人(川瀬陽太)が加わり、「どうしようもない過去」と「生きづらさ」が絡まり合いつつ、奇妙な連帯感が生まれる。コミカルな台詞が飛び交いながらもシリアスな背景が見え隠れするというのは、坂元ワールドの特徴。テンポもよく、第4話以降に期待を持たせたのだが…。 これは憶測に過ぎないのだが、当初このドラマの柱の部分には「記憶の嘘」「ホンモノとニセモノ」といったものが色濃くイメージされていたように思う。ハリカの幼少期の記憶が美しく塗り替えられていたというのを、シリーズ早々に明らかにした、という点でもそういった意識が働いていたと思う。 ただ、ハリカが主役から次第に登場人物の一人に過ぎなくなった頃から、物語は散漫になり、中途半端な犯罪ものになってしまった。例えば持本や青羽の過去もドラマ前半の台詞で語られてそれでお仕舞い、ということになり深みに欠ける。 ニセ札作りは、登場人物のつながりをもたらす仕掛けに過ぎなかったはずなのに、いつしかそれがメインになってしまい、瑛太の演じた中世古に至っては共感を抱ける部分が持てないまま終わってしまった。 ニセモノ家族がホンモノ家族になるまで…というには、小道具を複雑にし過ぎたように思う。 カメラも良かったし、演出も悪くない。三宅一徳の音楽は秀逸だっただけに、物語の破綻が惜しまれる作品だった。
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[022]ちはやふる -結び-
 しのぶれど黒美君彦2018-03-19
 【ネタバレ注意】
2016年にヒットした『ちはやふる 上の句』『ちはやふる 下の句』に続く完結篇。スポ根青春ものなのだけど、前二作に比べると密度が少々薄い印象が。 広瀬すずの絶対的な美し・・・
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2016年にヒットした『ちはやふる 上の句』『ちはやふる 下の句』に続く完結篇。スポ根青春ものなのだけど、前二作に比べると密度が少々薄い印象が。 広瀬すずの絶対的な美しさが際立つ場面が前二作ではあったけれど、見慣れてしまったということだろうか?いや、KYな綾瀬千早像が影をひそめた分、ギャップが生まれなかったような気がするのだ。さらにストーリーの展開に汲々としている感じがつきまとう。多分それはちょっとしたことなのだと思うけれど、小泉徳宏監督が得意とするノイズを活かした映像構成もこれといってなかったような気がする。 とはいえ面白くなかったかといえば決してそうではない。 全国大会決勝に至る試合は、しっかりスポ根ものになっていたし、広瀬すずの真っ直ぐな視線はやはり強烈な印象を残す。アニメを使った歌の薀蓄も悪くない。 ただ、その他の登場人物である野村周平(雰囲気がかなり変わった?)や新田真剣佑の存在感が薄いのは何故だろう。寧ろ若宮詩暢役の松岡茉優がヘンな役で印象的だ。 第三作ということで細かい設定について説明する必要は確かにないけれど、『上の句』を観た時のインパクトに比べるとやや予定調和的だったか。 「運命戦」がとても大きな意味を持っているこの物語、そこももう少し味つけして欲しかったような気がする。 でも広瀬すずはやっぱりオーラを持っていたんだけどね〜。
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[023]アンナチュラル
 傑作ドラマ黒美君彦2018-03-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>三澄ミコト(石原さとみ)はUDI(不自然死究明研究所=unnatural death Investigation laboratory)で解剖を担当する法医学者。ミコトは臨床検査技師の東海林夕子(市・・・
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<あらすじ>三澄ミコト(石原さとみ)はUDI(不自然死究明研究所=unnatural death Investigation laboratory)で解剖を担当する法医学者。ミコトは臨床検査技師の東海林夕子(市川実日子)、記録員の久部六郎(窪田正孝)とチームを組んでいる。他のチームは「クソ××」が口癖の中堂系(井浦新)が率い、所長の神倉保夫(松重豊)が全体を統括していた。実はミコトは一家心中で家族を失った過去があり、また中堂は8年前、他殺体となって運ばれてきた恋人を解剖した経験があった…。 ここ数年ではダントツに優れたドラマシリーズだった。法医学者が少ない日本では、司法解剖は極端に少なく、いわゆる異状遺体であっても解剖率は1割程度に過ぎない(ちなみに英国やオーストラリアでは50%前後)という。しかも地域によっては限りなくゼロに近いところもある。 そうしたなかで「自殺」「事件」として片づけられる“理不尽な死”の真実を、チームの力で明らかにするという展開なのだが、テンポは早く、しかもどんでん返しがお見事。 例えば初回ではサウジアラビア渡航者のマーズ・コロナウイルスが連続死の原因と思わせながら、実は著名な大学病院でのウイルス漏れによる院内感染だったことを明らかにする。あるいは第二話では練炭自殺とみせかけてそこに凍死体を加えるという猟奇的な事件であったことを突き止める。 そうした中で最も心を鷲掴みにされたのが第五話。恋人の女性を自殺に見せかけて殺した女性を、残された男が刃物で刺す。「どうして止めなかったんですか」と詰問するミコトに、中堂は「殺す奴は殺される覚悟をするべきだ」と吐き捨てるが、ミコトは「そんな話をしているんじゃない!」と反論する。「鈴木さん(加害者)の人生の話をしているんです!」 中堂は、恋人を殺した犯人に報復しようと心を決めている。彼がこの事件の加害者に自らを投影している心象風景が、見事に描かれていた。得田真裕の音楽もいいし、カメラも編集も実に良かった。 ドラマシリーズ後半、中堂の事件は、26人の女性を殺した猟奇的連続殺人の一部だったことが明らかになる。 殆どの死体が火葬され、死体損壊と死体遺棄しか立証できない事件を、UDIラボ総出で解決する。そのラストでミコトが「個人的に中堂さんが人殺しになるとこは見たくない」と中堂に語る。「不条理な死で残された者が不条理を与えるのは負け、その先にあるのは絶望だけ」…この言葉を、心中事件のサバイバーであるミコトに語らせるのが巧い。 TVではヤサ男の役が多かった井浦新に無頼な役をさせたのもいいし、何より石原さとみがここまで巧くなったのかと驚いた。 脚本家・野木亜希子のオリジナルだということだが、これは相当レベルが高いドラマシリーズだ。
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[024]BG 〜身辺警護人〜
 誤差「あり」黒美君彦2018-03-16
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>ある事件をきっかけにボディガードを辞め、離婚した島崎章(木村拓哉)は、日ノ出警備保障社長の今関重信(永島敏行)から身辺警護課への異動を命じられる。村田五・・・
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<あらすじ>ある事件をきっかけにボディガードを辞め、離婚した島崎章(木村拓哉)は、日ノ出警備保障社長の今関重信(永島敏行)から身辺警護課への異動を命じられる。村田五郎課長(上川隆也)、高梨雅也(斎藤工)、菅沼まゆ(菜々緒)、沢口正太郎(間宮祥太郎)とともに身辺警護業務に励む島崎を、立原愛子厚労大臣(石田ゆり子)につく警視庁のSP落合義明(江口洋介)は何かと辛くあたるのだった…。 関東で平均15.2%の視聴率を叩き出したドラマシリーズ。 「大人になりきれてないけれど天才キャラ」で「視線を外して『〜なんじゃないの』とボソボソ話し」たりする、典型的な「キムタク」のためのドラマ。彼がまだこんなに注目されるとは…意外。 ストーリー的にも何だかなあ。後半は民事党幹事長五十嵐映一(堀内正美)が銃を持って暴れる元秘書植野雄吾(萩原聖人)を挑発したら村田課長が足を撃たれ、あえなく殉職。ところが植野を挑発したのは村田だ、と警察と五十嵐によって嘘が流されて報道されてしまう。そこで、村田の名誉を守るために立原愛子が離党してまで真実を明らかにしようと考える…って、書いていても中味がない(笑)村田の息子庸一(堀家一希)は、いい歳して中学生みたいな立ち居振る舞いだし。 なるほど、中高生が書きそうな筋書きなんだよな、これって。 突っ込みどころ満載、こんなドラマが受けるのか。それって世間と自分に「誤差」がありまくっているってことか。ま、仕方ないけど。
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[025]聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア
 不穏な「均衡」黒美君彦2018-03-16
 【ネタバレ注意】
ギリシャの俊英ヨルゴス・ランティモス監督の作品はこれが初体験。 コリン・ファレル演じるスティーブン・マーフィーは、米国中西部の病院で働く心臓外科医。彼には美しい眼科・・・
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ギリシャの俊英ヨルゴス・ランティモス監督の作品はこれが初体験。 コリン・ファレル演じるスティーブン・マーフィーは、米国中西部の病院で働く心臓外科医。彼には美しい眼科医の妻アナ(ニコール・キッドマン)と二人の子どもと暮らしていた。そんな彼は、マーティン(バリー・コーガン)という16歳の少年と時々会っている。彼はかつて手術を執刀し、死なせてしまった男の息子だった…。 とにかく不穏な空気がずっと流れている。どこかスタンリー・キューブリックを想起させる映像空間は、まるであの名作『シャイニング』のようだ。そしてこれもまた不穏な音楽が映像に重なる。 物語はある意味単純だ。マーティンは、父を死なせたスティーブンに心を寄せ、スティーブンはそのことでうしろめたさを軽減している。だが父の代わりになることをスティーブンが拒絶した途端、マーティンは恐ろしいことを口にする。「家族が足が動かなくなって食べられなくなる。そして目から血が流れたら間もなく死ぬ。誰かを殺さない限り、みんなそうやって死んでいく」…。 奪われたら奪い返す。そうすることによって均衡は保たれる。 マーティンに何故そんな力があるのかは語られないが、息子も娘も自らの運命に素直に従う。 シンメトリカルな空間構成が繰り返され、この映画は「均衡」が求められるパラレルワールドなのかと思う。 例えば父親を死なせたスティーブンに父親の代理を求めるマーティン。喪失を埋める代替の存在を求めるのだ。 これは「復讐」なのか。 酒を飲んで手術に臨み、患者を死なせてしまったスティーブンは確かに糾弾されるべきなのかもしれない。 しかし、彼ではなく(それは死んだ者が復讐できないのと同様に)息子のボブ(サニー・スリッジ)やキム(ラフィー・キャシディ)が足の自由を失い、次第に死に近づくのだ。不条理な死とはそういうものだといわんばかりの悲劇。 誰かを殺さないと家族全員を喪う。 スティーブンは銃を持って目隠し状態で撃つ。撃たれて死ぬのも偶然に頼るしかない。不条理な死には不条理な死で応えるしかない。 この作品は古代ギリシャのエウリピデスの悲劇『アウリスのイピゲネイア』がモチーフだという。女神アルテミスの怒りに触れ、トロイア戦争での船が使えなくなった総大将アガメムノーンが、長女イーピゲネイアを生贄に捧げる話だ。だが、そうした神話的要素を纏いつつ、不条理な現代劇として成立しているのがこの作品の凄いところ。 息子を射殺し、三人家族になったマーフィー家。スティーブンがそこにいるのが不思議だ。息子の殺害は罪に問われない…飽くまでそんなパラレルワールドが舞台なのだと思えば、それはそれで怖さが残る。見応えのある不思議な作品だった。
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[026]FINAL CUT
 「これがあなたのFINAL CUTです」黒美君彦2018-03-16
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>報道被害者救済サイトを運営する中村慶介(亀梨和也)は、実は警察官だった。彼は12年前、母の早川恭子(裕木奈江)が経営する保育園での女児殺害事件で、メディア・・・
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<あらすじ>報道被害者救済サイトを運営する中村慶介(亀梨和也)は、実は警察官だった。彼は12年前、母の早川恭子(裕木奈江)が経営する保育園での女児殺害事件で、メディアによって容疑者として母親が追いつめられ、自殺した、という経歴を持っていた。慶介は保育園の上の階で法律事務所を営む弁護士小河原達夫(升毅)の息子祥太(山崎育三郎)が犯人と目星をつけ、警察で調べる一方、母親を追い込んだ東都テレビの人気番組「ザ・プレミアワイド」のプロデューサー井出正弥(杉本哲太)、ディレクターの真崎久美子(水野美紀)、小池悠人(林遣都)、カメラマンの皆川義和(やついいちろう)、そしてキャスターの百々瀬塁(藤木直人)のスキャンダルを追う。さらに祥太の妹雪子(栗山千明)と若葉(橋本環奈)に近づく…。 予想通りのトンデモドラマ(笑)。しかしTVがTVの悪辣さをネタにドラマを作るって、あまりに自虐的。しかもあんなキャスター、あんなディレクター、あんな少人数の番組スタッフ、どこもかしこもリアリティがないし。 姉妹と狙い通りつきあう慶介も人としてどうなんだか。橋本環奈ってこのドラマでは可愛くないし…。 TVメディアに向けられる視線って、今やこれがステレオタイプな見方なのだろうか。だとしたら、とんでもないヤツらの集団だな。そんな自虐的なネタでドラマシリーズを作ってしまうのもとんでもないけれど。 怪しい男として浮上してきたヤツがやっぱり怪しくて犯人だったという身も蓋もないお話。最後にのこのこスタジオで亀梨と対決して、予定調和で墓穴を掘って、そのひと言で警察が逮捕。あり得ん。「外にハンカチが落ちていた」ことが「秘密の暴露」にあたるとは思えん。何せ12年も前のことなのに、その他の物証がなさすぎる。そして「面白ければいいんだ」「謝るべきことはない」と言い切っていたキャスター百々瀬。その自信はどこから来るのかさっぱりわからない。しかもあっさり番組で謝罪して降板するし。藤木直人が演じたパワハラキャスターも底が浅すぎて、話にならない。 もう少しマトモな設定は出来なかったのかなあ。 それまで「お前は俺の母親を追いつめたんだよ!!」と怒鳴っていた亀梨が突然、「これがあなたのFINAL CUTです」と丁寧語で語り音楽盛り上がる…みたいなシーンはギャグっぽくて笑えた。 それにしても亀梨和也って目元が時々阿部サダヲと重なって見えるのは自分だけ? ということは亀梨と阿部サダヲは似てるってこと?(笑)
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[027]第50回全国高校野球選手権大会 青春
 そして少年は老いる黒美君彦2018-03-14
 【ネタバレ注意】
『東京オリンピック』監督として高く評価された市川崑を招き、第50回を迎えた全国高校野球選手権大会を記念して製作されたドキュメンタリー映画。 1968年の空気がフィルムに定・・・
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『東京オリンピック』監督として高く評価された市川崑を招き、第50回を迎えた全国高校野球選手権大会を記念して製作されたドキュメンタリー映画。 1968年の空気がフィルムに定着していた。微かに肌で記憶しているその時間。昭和43年は、今から考えれば敗戦からまだ23年しか経っていない。木造校舎が当たり前の時代に、ちっとも垢抜けない高校生たちが、青春を野球に賭ける姿。山本直純の音楽が時に重く、時に軽く、芥川比呂志のナレーションが心地よい。 例えば、右手を失った隻腕の野球部監督が出てくる。名前は紹介されないが平安高校監督だった西村進一(1919〜2006)だ。平安中時代に8季連続で内野手として甲子園の土を踏んだ彼は、戦前プロ野球名古屋軍に入団。しかし徴兵でラバウルの戦地に向かい、右手首を失ったのだった。 そんな彼が器用にノックする姿に象徴されるように、1968年はまだ戦争の記憶がそこここに生きていた。 そして予選を勝ち抜いた48校が出揃った開会式。今も常連校として名前を聞く高校もあれば、その後姿を消した高校もある。 映画では特定の選手に着目しているわけではないが、それでも何人かの選手が目を引く。 この年の選抜高校野球大会で優勝投手となった大宮工(埼玉)の吉沢敏雄。津久見(大分)に敗れ、連覇は果たせなかった彼は、その後ノンプロで活躍したのち、2014年に64歳で亡くなっている。 あるいは広陵(広島)で「小さな大投手」として今も伝説が残る左腕宇根洋介。身長168cmと小柄な彼もその後ノンプロでも活躍した。 そして準優勝投手となった静岡商のエース新浦壽夫。彼は定時制から普通科に編入し、当時まだ1年だった。眼鏡をかけ、如何にも線が細い印象だが、彼は在日だったことからドラフト会議の対象外で、結局中退して巨人軍に入団。その後エース級の活躍をして各球団を渡り歩き、韓国球界でも大活躍したのはよく知られている。 二十数台のカメラと120人のスタッフが甲子園で試合を追ったというが、真上から撮影した映像が秀逸。打球の行方や勢いもよくわかる。 主催の朝日新聞が制作した、ということもあるが、かつて球児だった広岡知男社長や灘尾広吉文相らの挨拶が挿入されているのも貴重かも。 当たり前のことだが1968年に第50回を迎えた全国高校野球大会は、50年後の2018年、第100回を迎える。 往時の少年たちは老いたが、それにしても1918年(始まったのは1915年だが)と1968年、1968年と2018年、それぞれの50年を比べると、激動の前者、停滞の後者…と思ってしまうのは自分の人生とも重なるから? いずれにせよ、高校野球が全盛期を迎えていた往時の熱気が感じられるドキュメンタリー作品だ。
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[028]ぼくの名前はズッキーニ
 “courgette”(クルゲット)黒美君彦2018-03-12
 【ネタバレ注意】
観たいと思いながら、なかなかスケジュールが合わなかったフランス・スイスの合作ストップ・アニメ。 時間と手間がとんでもなくかかるクレイアニメだが、そんなことも忘れさせ・・・
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観たいと思いながら、なかなかスケジュールが合わなかったフランス・スイスの合作ストップ・アニメ。 時間と手間がとんでもなくかかるクレイアニメだが、そんなことも忘れさせてしまうストーリーやリアルなタッチが見事だった。 主人公の少年イカールは、父親が家を出てからビールばかり飲んでいる母親から虐待の毎日。でもその母親が事故で死んでから、警官のレイモンに児童養護施設「フォンテーヌ園」に連れて行かれる(「孤児院」と紹介されることが多いが、入所している子どもたちは「孤児」とは限らないのだから「児童養護施設」と呼ぶべきだろう)。 そこでは薬物中毒の両親をもつ問題児のシモンや親が精神疾患で大食いのジュジュブ、父親から虐待されていたアリス、親が強盗をして刑務所にいるアメッド、移民が認められず親が強制送還されてしまったベアトリス…、さまざまな理由で入所している子どもたちがいた。 そんな子どもたちがいつしか共同生活の中で癒され、心を開いていくのが、妙にドラマティックではなく淡々と描かれていくのがいい。 そして、そこにやってくるカミーユ。虐待する叔母に連れてこられたが、補助金を狙って再び連れ帰ろうとする彼女を、みんなで阻止する。そんな小さな冒険もいい。 ちなみにズッキーニは、母親がイカールを呼ぶ時のあだ名。フランスやイタリア料理では欠かせないけど、「ズッキーニ」は英語で、フランス語では“courgette”(クルゲット)と呼ばれているので、原語で観ると語感がどうもピンと来ないところもあったが…。 実写で描くとあまりに生々しくなってしまうところを、クレイアニメのファンタスティックな筆致が救ってくれる。 最後にイカールとカミーユを引き取る警官のレイモンが、息子について問われて、「子どもを捨てる親もいるが、親を捨てる子どもだっているのさ」と語るところはとても心が痛い。 アヌシー国際アニメーション映画祭で最優秀賞受賞も納得の逸品だった。
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[029]眠狂四郎 円月斬り
 「いよいよ末世だ」黒美君彦2018-03-07
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>十一代将軍徳川家斉の庶子片桐三郎高之(成田純一郎)は、母松女(月宮於登女)に唆され、将軍の座を狙っていたが、一方で農民を辻斬りにする残虐さを持ち合わせて・・・
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<あらすじ>十一代将軍徳川家斉の庶子片桐三郎高之(成田純一郎)は、母松女(月宮於登女)に唆され、将軍の座を狙っていたが、一方で農民を辻斬りにする残虐さを持ち合わせていた。たまたまその場に通りかかった眠狂四郎(市河雷蔵)は、名刀無想正宗を求める高之の依頼を断り、恨みを買う。一方父親が殺された太十(丸井一郎)は、高之の許婚である山崎屋伝右衛門(水原浩一)の娘小波(東京子)を誘拐しようとして失敗。代わりに下の妹鶴を連れて来てしまい、狂四郎の手で返される。その直後小波の体を奪う狂四郎。恨みを抱いた小波は、剣客寄居勘兵衛(植村謙二郎)を送り、勘兵衛が斬られると、今度は佐渡送りされる予定だったむささびの伴蔵(伊達三郎)を差し向ける。伴蔵は、狂四郎の愛人おきた(浜田ゆう子)の夫だった…。 シリーズ第三作。 十一代将軍家斉(1773〜1841)といえば、大奥にこもりっ放しで実に50人を超える子供を作ったとんでも将軍として知られていますが、本作品ではその庶子のひとりが敵役。次代将軍の座を狙いながら、辻斬りが趣味というとんでもないヤツです。 ただ、そうした敵方の背景に深入りしたせいか、この作品では眠狂四郎の、どこにもいられない孤独感といったものが薄く、単なる勧善懲悪ものになっているのが惜しまれるところ。 女優陣もおきたを演じた浜田ゆう子はいい感じですが、小波を演じた東京子(何という単純な芸名だ)は新人俳優として登場するものの狂四郎に犯される役回り。大映永田社長に抜擢されたのは何故でしょう。 一方市川雷蔵は当時32歳。すっとした立ち姿でさすがです。 狂四郎が立ち会う相手も寄居勘兵衛は勿体つけたわりには一太刀で斬ってしまうし、おきたの夫むささびの伴蔵は、床下にいるまま突き殺されてしまうし、高之は相手にもならないし。 最後に公儀が現れ、「もし高之が勝っていれば、われわれが高之を斬るつもりであった」と去っていきます。これで将軍の子息を斬った狂四郎も無事でいられます。よかったよかった。 何となくこじんまりとしたプログラムピクチャーです。おとぼけ役の丸井太郎(1967年に31歳で自死)が脇役では少し目を惹くくらいでしょうか。彼らを助けるがために獄中につながれた狂四郎、松女に将軍を目指す高之の話を聞いて「いよいよ末世だ。粗暴なだけで能無しの将軍が続くとは」と辛らつなひと言。印象的な台詞も少なく、少々寂しさも感じる作品です。
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[030]シェイプ・オブ・ウォーター
 言葉なきラブファンタジー黒美君彦2018-03-07
 【ネタバレ注意】
日本の特撮・アニメ大好きなギレルモ・デル・トロ監督のダーク・ラブ・ファンタジー。 彼は過去(1962年)を舞台にしながら、現代を描こうとしている。彼自身インタビューで「・・・
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日本の特撮・アニメ大好きなギレルモ・デル・トロ監督のダーク・ラブ・ファンタジー。 彼は過去(1962年)を舞台にしながら、現代を描こうとしている。彼自身インタビューで「今と1962年は似ている」と語っている。ケネディがアポロ計画をぶち上げ、偉大なるアメリカが世界に君臨していた時代。しかし米ソ冷戦や人種差別などもあり、社会は複雑に入り組んでいた。「現代と1962年を似た時代のように捉えています。この時代をおとぎ話として語れば人は耳を傾けてくれるんじゃないか…と思いました」というのだ。 この作品で登場するのは半魚人をはじめ、抑圧された者たちばかりだ。主人公のイライザ・エスポジート(サリー・ホーキンス)は子どもの頃の首の傷で声が出ないボルチモアの研究所の清掃係。いちばん仲の良いゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)はアフリカ系。自宅の隣の部屋に住むイラストレーターのジャイルズ(リチャード・ジェンキンズ)はゲイだ。 敵役のリチャード・ストリックランド(マイケル・シャノン)は、勝つことこそが全てと考えるサディスティックな男だが、彼の家族の肖像は、あたかも米国で理想とされた中流家庭の家族(=ジャイルズが描いたイラスト)そのままなのだ。 だけれどイライザは例えばTVのなかの華やかなショーに憧れる。手が届かないからこそ憧れが募る世界なのか。 言葉のない恋愛。異形との恋愛はこれまでも数多く描かれてきたから、さほど驚きはないし、ギレルモ・デル・トロ監督の世界の熱心なファンというわけでもないので、とても感動したというところまではいかなかった。が、監督が6歳のときにTVで観た『大アマゾンの半魚人』(1954年)にインスパイアされてこの作品を製作したと聞くと、その事実に心が動かされる。 サリー・ホーキンスは熱演。 コミカルなシーンやエロティックなシーンもあり、悪くは決してないが、一方でこの作品がアカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞、と聞くと、うーむと唸ってしまう。ことほど左様にハリウッドはお子様映画に偏りすぎた結果、不作続きなのだ。どうにもこうにもここのところ感じていたことが賞の分野でも明らかになったということか。 ちなみに『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』で、アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘氏が、半魚人の目の部分を担当しているのだそうだ。
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