allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

投稿されたユーザーコメント
 
 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3387件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]人生フルーツ
 こつこつ、ゆっくり黒美君彦2017-02-21
 【ネタバレ注意】
「風が吹けば枯葉が落ちる/枯葉が落ちれば土が肥える/土が肥えれば果実が実る/こつこつ/ゆっくり」 何度となく繰り返される樹木希林のナレーションが心地よい。 1925年生ま・・・
続きを読む
「風が吹けば枯葉が落ちる/枯葉が落ちれば土が肥える/土が肥えれば果実が実る/こつこつ/ゆっくり」 何度となく繰り返される樹木希林のナレーションが心地よい。 1925年生まれの建築家津端修一さんと3歳年下の妻英子さん。津端さんが、師であるアントニン・レーモンド邸に倣って建てたのは、自ら手がけた高蔵寺ニュータウンの一角だった。ニュータウンは計画通りには進められなかったが、自宅は思い通りに設計。庭には70種の野菜と50種の果実。その恩恵を食卓へ。津端さんも英子さんも、畑仕事はもちろん、家のひとつひとつ何でもこなす。 映画では、90歳近い津端さんと英子さんの、文字通り“地に足のついた”生活が丹念に描かれる。 何も遺せないけれど豊かな土を残すことはできる、と畑に腐葉土を足し、丁寧に土を作っていく津端さんの姿はまるで仙人のようだ。 そして津端さんは2015年6月2日、草むしりをした後、昼寝をしたまま亡くなる。 亡骸は今にも起き上がりそう。90歳の大往生。その表情は、死さえも淡々と受け容れているかのようだ。 こんな人がいた。こんな夫婦がいた。 真似はできないけれど、人間らしい生き方を突きつめて実践した人がいた。そんな爽やかな作品。 それにしても東海テレビ制作のドキュメンタリー、この作品はもうテレビの枠を超えている。ドキュメンタリー映画プロダクションとして成立しているのではなかろうか。 カメラもいいし、一切姿を見せないディレクターの潔さも心地よい。 なかなかの作品でした。
隠す
  
 
[002]琥珀色のキラキラ
 火葬場黒美君彦2017-02-20
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>母を亡くし父省三(小市慢太郎)と暮らす藍沢涼子(松原菜野花)が、代わりに提出した父の尿検査が再検査になったことから、死ぬ病気ではないかと不安に陥る。週に・・・
続きを読む
<あらすじ>母を亡くし父省三(小市慢太郎)と暮らす藍沢涼子(松原菜野花)が、代わりに提出した父の尿検査が再検査になったことから、死ぬ病気ではないかと不安に陥る。週に二度訪ねてくる父親の恋人道子(尾野真千子)への複雑な思いもあるなか、涼子は不安のあまり分厚い医学書を万引きして見つかってしまう…。 2016年『湯を沸かすほどの熱い愛』で商業デビューし、数々の賞を受けた中野量太監督が、2008年文化庁の「若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)」の一環として制作した短編映画。 片親の家庭で育ったが故に、残された肉親を喪いたくない、という強い気持ち。血はつながっていなくとも愛情を注いでくれる人。 そうしたところは『湯を沸かす…』とも共通している。 中野監督自身6歳で父親を亡くしたが、母親と兄、そして従姉たちに支えられながら寂しさを覚えることなく育ったのだそうで、なるほどそうした経験が作品に反映しているのか、と素直に納得した。 何せこの作品にせよ『湯を沸かす…』にせよ、火葬場のシーンが登場するが、中野監督曰く自主映画を含め『湯を沸かす…』までの実に五つの作品で火葬場のシーンが登場するのだ。火葬場で荼毘に付されたあと、骨上げで骨壷に入りきらなかった骨をみな持ち帰りたい、と泣いた涼子。「すぐ帰ってくるからね」といって二度と帰ってこなかった母への愛惜の念が、父親を失くしたくないという強い感情につながる。 ところどころクスッと笑えるシーンもあり、30分にしては密度の濃い作品だ。
隠す
  
 
[003]曲がれ!スプーン
 芝居は面白いと思わせるが黒美君彦2017-02-16
 【ネタバレ注意】
ヨーロッパ企画の舞台『冬のユリゲラー』をもとにした作品。『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)と同じ本広克行監督とのコラボでの映画化。 台詞の応酬はいかにも演劇・・・
続きを読む
ヨーロッパ企画の舞台『冬のユリゲラー』をもとにした作品。『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)と同じ本広克行監督とのコラボでの映画化。 台詞の応酬はいかにも演劇っぽいし、多分芝居として観れば結構面白いのだと思う、多分。 ただ映画にするとなると、根本から設定やシーンを構築しないと、「芝居もどき」になってしまう恐れがある。『サマータイムマシン・ブルース』は映画としても面白かったけれど、残念ながらこの作品は「芝居」の面白さを超えられないまま終わってしまった感がある。 微妙な超能力を持つ男たち(なぜ男ばかりなんだろう)と単なる超能力好きな男たちと長澤まさみ。 共通するのは超能力への憧れなんだけど、超能力者たちは一方でその能力は隠しておきたいようだ。それは何故なんだろう?大衆の玩具にされてぽいっと棄てられてしまうから? 香川県善通寺市を舞台に(相変わらず郷土愛の強い本広監督)、何かもうひとつ乗り切れないまま最後まで観てしまった、という感じ。 それは多分「映画」だったから。芝居の面白さと映画の醍醐味は必ずしも一致しない。そこなんだよな、難しいのは。
隠す
  
 
[004]エゴン・シーレ 死と乙女
 「死」と乙女黒美君彦2017-02-16
 【ネタバレ注意】
エゴン・シーレ(1890〜1918)というとウィーン分離派の画家で若くして夭逝した、というくらいの知識を持ち合わせていなかったが、この作品は彼の半生を女性との関係である意味・・・
続きを読む
エゴン・シーレ(1890〜1918)というとウィーン分離派の画家で若くして夭逝した、というくらいの知識を持ち合わせていなかったが、この作品は彼の半生を女性との関係である意味ロマンティックに描き出している。 主役のエゴンを演じるのはノア・サーベトラという白皙の美青年。実際モデルとしても活躍している彼に、監督のディーター・ベルナーはシーレに似た、人を惹きつけるエネルギーを感じ、抜擢を決めたという。俳優を志していたものの、文章を2つ以上覚えることもできないノアを辛抱強く一年にもわたって指導し、その結果彼はカリスマ的な魅力が漂う役者に成長した。 エゴン・シーレはスキャンダルにまみれた天才でもあった。彼は15歳で駅長まで務めた父親を梅毒で喪う。 4歳下の妹ゲルトルート(=ゲルティ)(マレジ・リークナー)の裸体画を数多く描き、早くからクリムトからも認められていた彼は、保守的なアカデミーを離れ、新たな芸術家集団を興す。そこで出会ったのが褐色の肌のモデル、モア(ラリッサ・アイミー・ブライトバッフ)。 モアに嫉妬を覚えるゲルティは、画家仲間のアントン・ペシュカ(トーマス・シューベルト)だった。自分のことをさておいて、十代で妊娠した妹を罵倒するエゴンは、何ともエゴイスティックに見える。こうしたことがきっかけで新芸術家集団は解散。 そんな時にクリムトに紹介されたのが17歳のモデル、ヴァリ・ノイツェル(ヴァレリー・パフナー)だった。 エゴンにとっては、このヴァリこそが本来の“ミューズ”であったことが示される。 彼女はエゴンが他の女と親しくしようが問題ではなかった。それは芸術を通して彼女とエゴンが深く結ばれていることを確信していたからだ。 恐らくエゴンとヴァリにとってノイレングバッハで暮らしたこの時期が、二人にとって最も充実した美しい時代だったに違いない。 しかし芸術家は時代からは理解されない。 13歳の少女タチアナとの醜聞(エゴンが彼女を誘拐したとされた)も、ヴァリが彼を守り通す。そこにあったのは同志的なつながりといってもいい。しかしそこで彼の少女ヌードを描いたスケッチは数多く焼却処分されてしまう。 ウィーンに戻った二人は、アデーレ(エリザベト・ウムラウフト)とエディット(マリー・ユンク)というハルムス姉妹と知り合う。イケメンのエゴンに姉妹は夢中になり、1915年エゴンは妹エディットと結婚した。 ヴァリはこの時、女になる。誰のものでもないエゴンとはつながっていると確信を持てたが、ヴァリとの別離を条件とした「結婚」という制度を選ぶことに対しては納得がいかなかったに違いない。 ヴァリが従軍看護婦の道を選んだのは、エゴンが兵役を務めることにしたからだろうか。しかしヴァリは猩紅熱に倒れ、23歳で命を落とす。 そして1918年、流行していたスペイン風邪で妊娠中の妻エディットが死に、そのあとを追うように28歳でエゴンは亡くなる。 ウィーンの世紀末芸術の終わりを告げるエゴンの死だった。 女性たちに彩られたエゴンは、実力とその容貌に恵まれた類まれな芸術家だった。 ノア・サーベトラの美しさが印象的。ヴァリを演じたヴァレリー・パフナーは十代には見えないけれど(実際は1987年生まれ)、大人の女性としての眼差しが美しい。 ともすればエピソードの羅列になりがちな評伝映画だが、この作品は、エゴンの天才とミューズたちの出逢いに焦点を絞っている。 女を抱きながら、一方で常にポーズをいろいろ試す彼は、根っからの芸術家だ。 20世紀初頭のウィーンの風俗も垣間見ることが出来、なかなか見応えのある作品に仕上がっていた。
隠す
  
 
[005]たかが世界の終わり
 目障りな弟の登場黒美君彦2017-02-15
 【ネタバレ注意】
天才と称される1989年生まれのグザヴィエ・ドラン作品は実は初めて。 クローズアップを多用した光と影を活かした演出と個性的な音楽の融合は確かにセンスを感じる。 「もうすぐ・・・
続きを読む
天才と称される1989年生まれのグザヴィエ・ドラン作品は実は初めて。 クローズアップを多用した光と影を活かした演出と個性的な音楽の融合は確かにセンスを感じる。 「もうすぐ死ぬ」ことを家族に伝えるため、12年ぶりに帰郷する人気劇作家のルイ(ギャスパー・ウリエル)。母のマルティーヌ(ナタリー・バイ)ははしゃぎ、別れた時はまだ幼く兄を覚えていない妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)は嬉しそう。だが兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)は素っ気無く、彼の妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)はルイとは初めて顔を合わせる。 物語は死期の迫った息子と家族の和解を描くのかと勝手に思っていたが、そんな生易しいものではなかった。 とりわけ兄にとってゲイで他の家族に歓迎されるルイの存在は目障りで仕方がない。 恐らくルイが故郷を去った背景には、この兄との葛藤もあったのだろう。それを静かに受け容れようとするルイ。その大人びた対応にまたキレて怒鳴り散らすアントワーヌ。名前を呼ばれただけで苛立つ兄にとっては、告白を受けたわけではないが弟の死など「たかが世界の終わり」じゃないか、ということになる。 お前はここに12年いなかった。お前のいた世界が終わったとしても、「ここ」は何も変わりはしない。アントワーヌはそう言いたげだ。 ギャスパー・ウリエルは繊細な主役を巧演。ただあまりに死から遠く見えるのがどうだったか。 ヴァンサン・カッセルの憎々しげな演技はもう見事としかいいようがない。全てをぶち壊す彼の存在は、観ていて憎しみを抱いてしまいそうなほどだ。弟の帰郷をなぜ受容できないのか、僅かな日々をどうしてやり過ごすことが出来ないのか。母や妹の歓びをどうして踏みにじるのか。そこまであんたはエラいのか。そんな風にアントワーヌへの怒りが増幅される。 そこまで弟を憎む理由が今ひとつわからないからだ。 そこで冷静に様子を見つめているマリオン・コティヤールがまた素晴らしい。女優は化粧ひとつでここまで佇まいが変わるものなのか。 どちらかというと目の力を感じる彼女だが、この作品では化粧気のない田舎の女として風景に溶け込む。 素直な視線をルイに向けるのは彼女だけだ。それはそうだ、彼女にとって義弟は初対面なのだから。 カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品とは知らずに観たのだが、評価は賛否両論あるようだ。 だが、初めて観たグザヴィエ・ドラン作品は、確実に楔のようなものを私の記憶に打ち込んだ。さて、彼はこれからどんな映像を見せてくれるだろうか。
隠す
  
 
[006]Black & White/ブラック & ホワイト
 それなりではあるが黒美君彦2017-02-15
 【ネタバレ注意】
くだらないといえばくだらないけれど、それなりに頭を空っぽにして楽しめるアクションコメディ。 パートナーとして最高だ!と互いを信頼しまくるCIAエージェントの二人、F・・・
続きを読む
くだらないといえばくだらないけれど、それなりに頭を空っぽにして楽しめるアクションコメディ。 パートナーとして最高だ!と互いを信頼しまくるCIAエージェントの二人、FDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)・フォスター(クリス・パイン)とタック・ヘンソン(トム・ハーディ)。 暴れすぎて内勤を命じられた二人は突然婚活に目覚め、タックは婚活サイトで知り合ったローレンス・スコット(リース・ウィザースプーン)といい感じに。そしてFDRもレンタルDVD屋でローレンスに声をかけたのがきっかけで彼女に惚れてしまう。 このローレンスというのが、商品品質検査のエキスパートだけれど何故か恋人もいないという設定。 そんなローレンスがいきなりイケメンのエージェント二人に惚れられちゃう。 親友エージェントはどちらが彼女を落とすかで競い合い、やがて職権濫用しまくって盗聴はするわ、GPSで追跡はするわ、こんなCIAエージェントが実際にいたらクビだぞクビ。 タックは旅行代理店で働いていると妻にまで嘘をつき、離婚されたバツイチ、という役柄だけれど、それも何だかなあ。 ま、あれやこれやがありまして、結局落ち着くところに落ち着くわけですが、リース・ウィザースプーンの役柄がさほど魅力的に見えないので、勝手にやってちょうだい、という気にもなる。 FDRとタックの「手が小さい」とか「イギリス人だから」といった下ネタにつながるやりとりが面白いのは面白いけれど、それ以上でもそれ以下でもない。何も考えずに楽しむだけなら満足できる、そんなコメディかな。 ふたりの競争に巻き込まれる部下たちが何ともかわいそうでした…そこが面白いところでもあるんだけど。
隠す
  
 
[007]マリアンヌ
 ALLIED黒美君彦2017-02-15
 【ネタバレ注意】
ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールというベテランを軸に、アクションとロマンスを共存させた今どき珍しい古風な作品だ。 舞台がカサブランカだから、というのもあるだ・・・
続きを読む
ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールというベテランを軸に、アクションとロマンスを共存させた今どき珍しい古風な作品だ。 舞台がカサブランカだから、というのもあるだろうけど、エキゾチックな空気がふたりの出会いに相応しい。 50歳を超えたブラッド・ピットだが、30代後半程度に、40代のマリオン・コティヤールも三十代半ばくらいにしか見えないので、ふたりのロマンスにさほど無理は感じない。 原題の"Allied"とは、「第二次世界大戦における"連合国"」と「似た者同士 同類」というふたつの意味がある。 腕利きのスパイであるマックス(B・ピット)とマリアンヌ(M・コティヤール)は対独スパイとして要人の暗殺に身を投じる。 カナダのケベック出身のマックスは英語もフランス語も使いこなし、時にはポーカーのカードを見事に扱ってみせる。スパイは何でも出来ないといけないんだなあ。初対面の女スパイと熱愛夫婦のふりをするというのも、彼女が美人だったからいいけどそうでなかったら…(笑)。 似たもの同士としてやがて恋に落ちるふたり。 空襲の中での出産シーンで「これが嘘偽りのない私なの!」と叫ぶマリアンヌを観れば、逆に彼女が嘘偽りに満ちていることは明らかだ。 で、彼女は二重スパイだったということが明らかになるわけだけど。 前半のアクションシーンは痛快で、全く毛色は異なるけれど同じブラピがアンジーと敵味方に分かれた殺し屋同士として共演したコメディアクション『Mr.&Mrs.スミス』(ダグ・リーマン監督、2005年)を思い出してしまった。 この作品では、背景に色濃くある戦争とふたりの悲恋が後半クローズアップされるのだが、どうもその後半がいただけない。 妻が二重スパイであることに、マックスが全く気づかないという迂闊さ(恋は盲目?)。 そもそもドイツ側から追われてスパイを強要されたのであれば、さっさと夫に打ち明けてしまえば独エージェントを片っ端から消してくれたのに(ラストでは実際敵を次々殺していくのだから)。 突然スパイとしての能力が半減してしまったマックスは、妻の潔白を証明するために走り回るけれど、空振りに終わってしまい、最後に“ラ・マルセイエーズ”をピアノで弾けるかどうかだけが真偽をきわめる鍵となる。独軍兵士を前に“ラ・マルセイエーズ”を弾いたという本物のマリアンヌのことを知っていたというなら、ピアノの練習くらいしようよ。彼女の能力からすればそのくらい朝飯前だろ、とか思ってしまうのだ。 とはいえ、主役ふたりに花があるので最後まで観ることはできる。特にM・コティヤールの美しさは特筆すべき。たとえCGが得意なR・ゼメキスの手によって多少修正が加えられていたとしても(笑)。まああんまり肩に力を入れずに観るロマンスものとしてはそれなりに完成しているのではないでしょうか。
隠す
  
 
[008]暁の追跡
 國家地方警察本部後援黒美君彦2017-02-14
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>戦争から復員した石川巡査(池部良)は東京・新橋の交番勤務。人情派の石川に、規律を重んじる同僚の山口巡査(水島道太郎)はたしなめる。石川は薬の売人舟木(長・・・
続きを読む
<あらすじ>戦争から復員した石川巡査(池部良)は東京・新橋の交番勤務。人情派の石川に、規律を重んじる同僚の山口巡査(水島道太郎)はたしなめる。石川は薬の売人舟木(長浜藤夫)に逃げられ、追いつめた線路上で舟木は電車に轢かれて死ぬ。石川が舟木の家に行くと、妻ふじ(北林谷栄)が出迎えるが、舟木の病弱な妹雪江(野上千鶴子)になじられる。恋人の友子(杉葉子)に誘われて海に行くが、気分は晴れず警察を辞めようかと悩む石川。だが雪江の遺体が見つかり、その背景に大がかりな麻薬密売組織があることを捜査主任の人見(菅井一郎)らが突き止め、石川は捜査に加えてほしいと申し出る…。 何せ「企案」は「國家地方警察本部警務部長の中川淳警視長」で、「國家地方警察本部」が後援、「東京警視庁」と「日本電報通信社(後の電通)」が「援助」というものものしい劇映画。とはいえ、新藤兼人の脚本、市川崑の演出は悪くない。 主人公の池部良は、真っ直ぐなヒューマニストだ。戦場から帰ってきて就職難のなかで何とか巡査になった彼は、経験した苦労ゆえ、戦後の混乱のなかで小さな犯罪は見逃してもいいのではないか、という気もして厳格に振舞うことに躊躇いがある。しかも売人の男を追いつめて死なせてしまったのだ。聞けば売人の男もシベリア帰りで仕事がなかったという。 それに対して道場で鍛錬を欠かさない山口巡査(水島)は、どんな小さな犯罪も許してはならないという堅物で、石川とはしょっちゅう言い争いをしている。そんな山口も、財布を失くしたという寸借詐欺っぽい男に決して戻らない電車代を貸すのだが…。 「民主警察」の確立が叫ばれていた時代だ。戦前の特高に代表される公安警察ではなく、町の治安を守る存在として求められていた警察像に対する戸惑いがそこから透けて見えてくる。 とはいえ現場の警察の実務はつらい。酔っ払いの相手をしたり、喧嘩をいさめたり、労働争議に駆り出され泥だらけになってしまったり。友人の檜巡査(伊藤雄之助)は、銃の扱いで事故を起こして免職となり、キャバレーでトランペッターとして働いている。石川も警察がイヤになって転職活動を始めるが、ツテを頼ってもどこも不況で人員削減中だったりする。戦後5年、まだまだ厳しい労働環境だった。 そうしたなか、池部良と杉葉子が海水浴に出かけるシーンなどを見るとほのぼのしてしまう。 舟木の死について石川をなじった妹の雪江は、石川に謝りに新橋署を訪れるが、会えないまま殺されてしまう。 やがて捜査線上に浮かぶ八郎(江見渉)と呼ばれる男。 ついにアジトを突き止め、警察は夜明け前、数十人の悪党が揃ったところを急襲することになる。 石川もその警察隊の一員としてアジトへ向かう。 この静寂の中で移動する警察隊がなかなかカッコいい。 八郎のバックにいた黒幕、阿久根倫三(富田仲次郎)は、マシンガンでいきなり警察官を撃ちまくって逃げ出す。運悪く山口巡査も撃たれて殉職。阿久根は夜明けの廃墟によじ登って逃げるが、煉瓦が崩れて下敷きになってジ・エンド。 空襲痕と思しき廃墟が、まだそこここに残っていた時代の風景も感じられる。 戦後間もない作品だが、一応起承転結があり、主人公は警察のありようをめぐって悩む。 警察はこんなに人間くさい組織なのですよ、民主警察ってこんなんですよ、とそう伝えたかったのだろう。 町の風景が何ともいい。そして伸びやかな杉葉子と池部良のカップルも。 なかなかいい作品に思えてきた(笑)。
隠す
  
 
[009]グランド・ジョー
 擬似父親黒美君彦2017-02-13
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>ジョー(ニコラス・ケイジ)は、米南部の森林で黒人労働者に木を枯らせる仕事を監督している。そんなジョーの仕事場にゲリー(タイ・シュリダン)という15歳の少年・・・
続きを読む
<あらすじ>ジョー(ニコラス・ケイジ)は、米南部の森林で黒人労働者に木を枯らせる仕事を監督している。そんなジョーの仕事場にゲリー(タイ・シュリダン)という15歳の少年が働かせて欲しいと訪ねて来る。彼の父親ウェイド(ゲイリー・プールター)は仕事もろくにしない飲んだくれで、家族に暴力を振るっている。母親と引きこもりの妹のために働くゲリーだが、稼いだ金は父親が奪っていく。ジョーは以前揉めたウィリー(ロニー・ジーン・ブレヴィンズ)に銃で肩を撃たれる。その後ウィリーは出会ったゲリーに殴りかかり、逆に殴り返される。一方ジョーのもとへはコニー(エイドリアン・ミシュラー)が助けを求めてやってくる。コニーは母親の愛人から逃げるため、ジョーの家に逃げてきたのだ。酒が欲しくて人も殺すウェイドとウィリーが手を組み、ジョーを待ち受ける…。 米国の一断面を抉る作品。この映画を手がかりに米国南部を読み解く論考があって(小野寺系「ニコラス・ケイジが『グランド・ジョー』で演じる、アメリカ南部の狂気」http://realsound.jp/movie/2016/03/post-1186.html)、大変参考になった。 いわゆる「レッドネック」と呼ばれる南部の肉体労働者たちの生活。違法な仕事。犯罪。アル中。暴力。 ニコラス・ケイジが演じるジョーもまた、その暴力の渦中にあるが、彼は自制心を働かせることで辛うじてここまで生きてきた。腕には覚えがあるが、それを用いた瞬間、彼はとめどもない暴力に曝され、自由を奪われてしまう。 だが一方で彼は、ゲリーやコニーといった若者には優しい視線を向ける。 欲望剥きだしの大人の中でもがきながら懸命に生きようとする魂を、彼は守ろうとする。それは多分、彼が少年の頃は誰も守ってくれなかったからだ。純粋な魂を誰かが守らなくてはならない。それは、俺だ、というように。 ゲリーの父親役を演じたゲイリー・プールターは、デヴィッド・ゴードン・グリーン監督の短編などに時々出演していた本物のホームレスだということで、この最低ぶりが半端じゃない。彼は実際映画の撮影2か月後に死んでいるのが見つかったのだそうだが…。彼のどうしようもない最低ぶりが米南部のジメジメした深い泥のような空気を象徴している、といったら言いすぎだろうか。 そんな中で、ジョーが「擬似父親」として人間としての尊厳を貫こうとした姿は、ある程度予想はつくとはいえ胸に迫る。ゲリーがジョーという“大人のモデル”を胸に真っ直ぐ生きることをただ祈るのみだ。
隠す
  
 
[010]ヒーラー 〜最高の恋人〜
 最後が惜しい黒美君彦2017-02-13
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>闇の便利屋「ヒーラー」ことソ・ジョンフ(チ・チャンウク)は、ハッカーの「おばさん」ことチョ・ミンジャ(キム・ミジョン)と組んで、人殺しでなければどんな依・・・
続きを読む
<あらすじ>闇の便利屋「ヒーラー」ことソ・ジョンフ(チ・チャンウク)は、ハッカーの「おばさん」ことチョ・ミンジャ(キム・ミジョン)と組んで、人殺しでなければどんな依頼も完璧にこなしていた。そんな彼のもとに放送局ABSのスター記者キム・ムンホ(ユ・ジテ)から、ネットニュース「サムデー」の女性記者チェ・ヨンシン(パク・ミニョン)を調べて欲しいと依頼される。調べるうちに興味を覚えたジョンフは、彼女の過去を知り、新人記者パク・ボンスとして「サムデー」に入社する。ヨンシンは、実はジョンフの過去とも結びつきがあった…。 終盤までなかなか面白いけれど人物の相関関係がややこしいったらありゃしない。 1980年代、軍政に反発する海賊放送をしていたソ・ジュンソク(チ・イルジェ)、キ・ヨンジェ(オ・グァンロク)、オ・ギルハン(オ・ジョンヒョク)、チェ・ミョンヒ(ト・ジウォン)、キム・ムンシク(パク・サンウォン)の五人組。キム・ムンホはムンシクの弟で、ジョンフはジュンソクの息子、そしてヨンシンはオ・ギルハンとチェ・ミョンヒの娘。 ソ・ジュンソクは、オ・ギルハンを仲間割れから殺害し、その後自殺したとされ、ムンシクはその前からずっと惚れていたチェ・ミョンヒ(ギルハンの妻)と結婚する。実はムンシクは仲間を裏切っていたのだ。ヨンシンは死んだことにして、自らはメディアの社主となり、ソウル市長選出馬を目指している…とこんな感じ。 1980年代の青春とは、多かれ少なかれ民主主義運動と関わっていた、という背景がそこにある。 チ・チャンウクは運動神経も良さそうでアクションも巧い。ユ・ジテが損な役回りかな。パク・ミニョンはまだまだ可愛く魅力的。 ただ、脇役が魅力的なせいもあってサスペンスとしてもそこそこ面白かったのだが、韓国ドラマにありがちな最終回でのとっ散らかしたまま終わる、という締め方がどうもね。 その辺が惜しいんだよなあ。
隠す
  
 
[011]レイトオータム
 囚人番号2537番黒美君彦2017-02-13
 【ネタバレ注意】
全く予備知識なく観始め、途中でふとある映画を思い出す。母親の葬儀のための仮釈放、見知らぬ男との出逢い、孤独…。 思い出したのは斎藤耕一監督の『約束』(1972年)。 岸恵・・・
続きを読む
全く予備知識なく観始め、途中でふとある映画を思い出す。母親の葬儀のための仮釈放、見知らぬ男との出逢い、孤独…。 思い出したのは斎藤耕一監督の『約束』(1972年)。 岸恵子と萩原健一(当時22歳だった彼の実質的なデビュー作)の悲恋が、深い詩情を湛えた映像で描かれた傑作だ。 何故『約束』を思い出したのか、といえばそれは当然だ。『約束』は、斎藤監督が旅先の韓国で観たイ・マニ監督の『晩秋』(1966年)に感動し、リメイクした作品だったからだ。 そしてこの『レイトオータム』もその『晩秋』をリメイクしたものだった。 オリジナルの『晩秋』は今も韓国映画の名作として必ず挙げられる一本だということだが、残念ながら韓国内にはフィルムが残っていないのだとか(辛うじて脚本は残っていたが)。このキム・テヨン監督版の作品は、斎藤監督版も含めると実に4回目のリメイクとなる。 さてこの作品は、殆どを米国で撮影している。 愛する人との逃避行計画がばれて夫に殴られ、思わず殺害してしまった中国系のアンナ・チェン(タン・ウェイ)。模範囚として服役後7年経って、母親の葬儀に参列するために3日間だけの仮出所を許される。 シアトルに向かう中、バス代を貸して欲しいと声をかけてきたのが、韓国人のフン(ヒョンビン)だった。 久しぶりに会う兄弟とその家族とも、そして殺害の原因となった男とも心が通わないアンナ。そんな彼女と偶然再会したフン(ヒョンビン)は、初めは軽い気持ちで声をかけるが…。 中国人のアンナと韓国人のフンは、それぞれ母国語ではない英語で会話する。しかしあまりディスコミュニケーションは感じないのは、主役ふたりの英語が流暢だからか。 遊園地でふたりが声を吹き替える男女ふたりの芝居が、妙にミスマッチでいい。男女のすれ違う思いを英語で吹き替えながら、それまで頑ななだけだった主役のふたりの心が溶けていく。 そしてその後、アンナは中国語で自分の犯した罪と後悔を語り、その意味が読み取れないフンは唯一知る中国語「ハオ(良い)」「ファイ(悪い」で合いの手を入れる。言葉が通じないからこそ語れる真実。 オリジナルでは模範囚の女はソウルに戻る列車の中で偽札製造犯として追われる男と知り合い、翌日会う約束をするが、追われる男は約束を守れない。男は刑務所前で下着ひと揃いを持って彼女を待ち、彼女に想いを告げたあと逮捕される…というあらすじだとか(未見だけど)。 ただ、この作品ではヒョンビンがあまりに軽すぎる気がする。携帯電話のやりとりで、彼が何かマズいことをしでかして追われていることは示唆されるが、まさか富豪の妻を殺害して金を持って逃げたようには見えない。…というかそれは本当なのか?ならばその金はどこへいった?なぜ彼は夫からそのことを告げられた後「彼女は今どこだ」と問い、“オクチェ”(恐らく死んだ妻)に電話する? そして、殺していないならどうしてそう反論しない?? サービスエリアで突然姿を消したヒョンビンを探すタン・ウェイがいい。 ついさっき長い長いくちづけ(2分半近い!)を交わし、「君が自由になった日、ここでまた会おう」と囁いた男は警察に逮捕された、ということを知らない彼女のこわばった表情が印象的。 ラストが少々よくわからないまま終わってしまったのが惜しいが、タン・ウェイは巧演。笑わない寂しそうな表情がいい。一方のヒョンビンは残念ながら深みというか、追われている必死感がないのが残念。彼の孤独感がもっと描けていれば、より出逢いと別れがドラマティックになり得たのに、惜しい。 とはいえ、米国を舞台に余韻の残る演出で、なかなか見応えのある作品だった。
隠す
  
 
[012]スノーデン
 ルービック・キューブ黒美君彦2017-02-10
 【ネタバレ注意】
現代を鋭く重く切り取った、オリヴァー・ストーン監督ならではの作品。もちろん社会派ではあるが、スノーデン(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)と彼のパートナー、リンゼイ・ミ・・・
続きを読む
現代を鋭く重く切り取った、オリヴァー・ストーン監督ならではの作品。もちろん社会派ではあるが、スノーデン(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)と彼のパートナー、リンゼイ・ミルズ(シェイリーン・ウッドリー)との揺るぎない信頼関係も描きこまれ、ラブストーリーの側面もちゃんとある。 「スノーデン事件」はいうまでもなく、エドワード・スノーデンによるNSA(国家安全保障局)による違法な情報収集行為の暴露を指す。 この作品も、当時まだ30歳にも満たない若者が、2013年6月香港でジャーナリストにデータを渡し、実名で内部告発するところから始まる。 彼は、かつてCIAで訓練を受け、横田基地のNSA関連施設でも働いたサイバー・セキュリティのエキスパートだった。筋金入りの愛国者で、リベラル派を嘲笑していた彼はやがて、政府が憲法に反して一般市民の電話の内容やメールなどの膨大な通信データを収集・分析しているという事実に直面する。現実にはテロリスト対策の域をはるかに超え、有利に交渉を運ぶための粗探しやいわゆる覗き見にも使われていることを知り、真面目な彼は悩む。 職場の仲間とバーベキューをしている最中に、突然誰かが操作していたドローンがテーブルの上に落下してくるシーンがあるが、これこそまさにこの映画のテーマを象徴しているように感じた。 気づかれないよう、じっと監察している「目」。それは突然凶器として牙を剥きかねない。だが、静かに上空から見つめている分には、誰にも気づかれないのだ。 内部告発後、スノーデンはモスクワに逃れるが、連邦捜査局(FBI)は情報漏洩罪など数十の容疑で彼を手配した。政府は窮地に追い込まれ、オバマ大統領は事実を概ね認めることになる。米国内でのスノーデンに対するバッシングも激烈だったようだ。映画のラスト近くで「死刑という手もある」というトランプのコメントを紹介していることからしても、米国内で彼の置かれている立場が透けて見える。 しかし、愛国者であるが故に独裁を憎む真っ直ぐな彼は、全てを捨てても内部告発する道しかなかった。その決意を自分は持ち得るか…と自問自答しても容易に答えは出ない。 オリヴァー・ストーンは、この作品を製作するにあたって相当苦労したらしい。脚本や予算、配役がほぼ決まっても、大手で引き受けてくれるところがなかったのだとか。 政権批判に及び腰になるのは、米国とて同様だ。ましてや国民が分断され、行き過ぎた愛国心やリベラルへのバッシングが激しくなればなるほどそうだろう。 だが、彼はその批判を共和党にだけ向けているわけではない。民主党オバマ政権に対しても「連中が何を言おうと、オバマは多数の一般市民や多数の無辜の人々を殺害した。彼はブッシュより多くの無人機を飛ばせて、殺人者となったのだ」と語っている。 「反戦の声は存在しない。民主党も共和党も、戦争を支持している」と。 スノーデンの最後のスカイプを使った講演で彼は、政権次第で独裁の道具にもなり得る危険性を訴える。 そしてそれは現実のものになりつつある…。 さらにいえば「属国」と呼ばれて久しい同盟国においても、同様のテクノロジーが導入されている可能性が高い、と考えるのはごく自然なことだ。 スノーデンが実際に連絡を取った映画監督ローラ・ポイトラスが製作したドキュメンタリー『シチズンフォー〜スノーデンの暴露』(2014)は迂闊にも見逃してしまった。 是非観てみたい。
隠す
  
 
[013]ボルサリーノ2
 重苦しい黒美君彦2017-02-08
 【ネタバレ注意】
前作で相棒カペラ(ジャン=ポール・ベルモンド)を殺されたロック・ジフレディ(アラン・ドロン)は、復讐としてイタリアン・マフィアのヴォルポーネ兄弟の弟を殺す。しかしヴ・・・
続きを読む
前作で相棒カペラ(ジャン=ポール・ベルモンド)を殺されたロック・ジフレディ(アラン・ドロン)は、復讐としてイタリアン・マフィアのヴォルポーネ兄弟の弟を殺す。しかしヴォルポーネ兄(リカルド・クッチョーラ)はさらにジフレディの一味を追い込んでいく。廃人寸前にまで陥ったジフレディだが、やがて復讐の牙を剥く…。 4年前に製作された『ボルサリーノ』が、若いチンピラふたりがのし上がっていく、ある種の青春物語だったとすれば、この作品は暗く陰湿な復讐譚に留まり、前作のような軽さは最早望むべくもない。 ま、徹頭徹尾笑顔を見せず、冷ややかに仇を殺していくアラン・ドロンがシブいっちゃあシブいのだが。 とはいえ、マフィアの殺し合いに終始した作品としては、『ゴッドファーザー供戮曚匹僚展さはない。そもそもジフレディをさっさと消せばこんな目に遭わなかったのにね、ヴォルポーネさん、と思わず突っ込んでしまう。 とはいえ、復讐を終えて宛てもなく米国に渡る船の上で、女性が彼にダンスを申し込み、アラン・ドロンが「女性から誘うのか?」と言うと「だって1937年よ」と女性がやり返すシーンはなかなかいい。ここでジフレディは笑みを初めて浮かべるのだ。 ミシェル・バックの歌う主題歌“Prends-Moi Matelot”(水夫よ私をつかまえて、くらいの意か?)は印象に残るシャンソンではある。 マルセイユを舞台にしたギャング物語はこうして幕を閉じるのでした。
隠す
  
 
[014]探偵少女アリサの事件簿
 何という代物黒美君彦2017-02-07
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>世界的探偵・綾羅木孝三郎(岩城滉一)のひとり娘有紗(本田望結)は11歳。両親不在の間、叔母の綾羅木瑤子(大河内奈々子)に連れられ、鬼雷島の須崎家の屋敷に向・・・
続きを読む
<あらすじ>世界的探偵・綾羅木孝三郎(岩城滉一)のひとり娘有紗(本田望結)は11歳。両親不在の間、叔母の綾羅木瑤子(大河内奈々子)に連れられ、鬼雷島の須崎家の屋敷に向かう。屋敷にはお手伝いの奥野智美(名取裕子)、弁護士の安東喜一郎(寺田農)、経営アドバイザーの岩中聡(高杉瑞穂)、元料理人の栗田達夫(神保悟志)、市議会議員の神木章介(田中圭)がいた。嵐で船が出ず、電話も通じない中、叔母の瑤子が殺害される。続いて安東が、そして岩中が次々殺される。その頃連続無差別殺人犯の相良恭司(宮川一朗太)が脱獄してこの島に渡っていた…。 こ、これは何なんだ、という代物。何せ叔母に連れられて島に渡る有紗なんだけど、そもそも何故島に向かうかの説明も全くない。招かれたのか?何ゆえ?叔母は招かれたらそこに預かっている姪を連れていくのか?親しくもないのに?学校も行かさないで? ま、リアリティは求めていないのだろうから別に構わないけれど、本田望結の演じる有紗の衣装があまりに幼くて、ぬいぐるみをいつも抱いているというのも違和感。望結ちゃんはそれなりに頑張っているんだけどね〜、首尾一貫しない役柄でどうもねー。 背景には20年前のある出来事が…と言っていたけど、当時11歳の女の子をめぐる復讐劇にしては、父親の相良は現在49歳。ということは20年前彼は29歳。娘ができた時、彼は18歳。おお。エラく若い父親だったんだねーと。大河内奈々子だって画商だったっていう20年前は19歳だよ(本人の実年齢をもとにすれば)。名取裕子は実年齢59歳だから、そう28歳の頃に、18歳の少年との間に出来た娘がポイントだった…って無理ありありでしょう(笑)。 別にいいんだけど。キャスティングありきの物語はどうもね。
隠す
  
 
[015]WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜
 面白かった黒美君彦2017-02-07
 【ネタバレ注意】
手練れの矢口史靖監督らしい佳作。三浦しをんの原作を巧みにコメディタッチの映画に仕立てていて満足度は高い。 緑の研修生に何となく応募した平野勇気(染谷将太)が、山のな・・・
続きを読む
手練れの矢口史靖監督らしい佳作。三浦しをんの原作を巧みにコメディタッチの映画に仕立てていて満足度は高い。 緑の研修生に何となく応募した平野勇気(染谷将太)が、山のなかで出会う杣人たちや女たちがみな気持ちいい。伊藤英明やマキタスポーツ、光石研といったひと癖ある配役も気が利いている。長澤まさみもサバサバ系を厭味なく演じていて(というか素の彼女はサバサバ系らしいけど)好感度高し。 物語そのものは予定調和的ではあるが、林業について何も知らない都会の若者だった染谷将太が、次第に山の仕事を覚えるにつれ、目つきが変わっていくところが演出の見どころ。 携帯電話の電波さえ届かない山奥、というのは、実は日本列島の大部分を占めている。森林率は実に67%、2,500万haが森林だ。 ただ、都会に住む人たちが森へ行く機会が激減しているだけなのだ。山は手入れをしなくてはあっという間に荒れてしまう。 放っておいたら樹木が勝手に育つ、というものでは決してない。しかも一方で消費される木材の八割が安い輸入材に占められている中、林業に夢を抱きにくい、という厳しい状況がある。 ただ、この作品ではそんな小難しい話は出てこない。丁寧に育てた中村林業の木材は高値で取引されるし、子供たちは活き活きと遊んでいる。若い家族がいるだけで、村の未来は明るく見えるから不思議だ。 後半の神社の48年ぶりの大祭で登場する大木は、何と本物そっくりの美術だというから驚きだ。さらに染谷将太が跨って崖を降りて(落ちて?)いくシーンはミニチュアによる特撮なのだとか。なかなかの迫力だった。 公開時、たまたま『アナと雪の女王』や『相棒』とぶつかってしまったために、興行的には全く伸びなかったのだけど(自分も公開時見逃したけど)、全く気の毒としかいいようがない。海外でその後高評価を得た、というのも頷ける。なかなか楽しい作品だった。林業の現状はそんなに甘くはないだろうけど…。
隠す
  
 
[016]近藤晋
 名プロデューサー黒美君彦2017-02-03
 
1976年に数々の賞を受けたつげ義春原作の『紅い花』や、 山田太一の名作『男たちの旅路』シリーズ(1976〜77)など、 数々のドラマや映画を制作した名プロデューサー。 近年ま・・・
続きを読む
1976年に数々の賞を受けたつげ義春原作の『紅い花』や、 山田太一の名作『男たちの旅路』シリーズ(1976〜77)など、 数々のドラマや映画を制作した名プロデューサー。 近年まで第一線で活躍を続けていたが、エンタメとしての心配りを忘れず、 それでいて骨太な作品を生み続けた。 2017年2月2日死去、87歳。ありがとうございました。
隠す
  
 
[017]柳生武芸帳 片目の忍者
 「柳生一門に手向けの言葉はない」黒美君彦2017-02-01
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>徳川三代将軍家光の治世、幕府は豊臣方残党を牽制するため海外から2500挺もの銃を購入するが、何者かに奪われる。謀反の恐れありとした伊豆守(北竜二)は、柳生十・・・
続きを読む
<あらすじ>徳川三代将軍家光の治世、幕府は豊臣方残党を牽制するため海外から2500挺もの銃を購入するが、何者かに奪われる。謀反の恐れありとした伊豆守(北竜二)は、柳生十兵衛(近衛十四郎)に銃探索を命じ、十兵衛は各地に散る柳生家一門64名を呼び寄せる。そのリストこそが柳生武芸帳忍の巻だった。ところが新宮の小五郎(松方弘樹)が後宮十太夫になりすまし、十兵衛に会う。偽者と見破られた十太夫は、実は豊臣方の九鬼嘉隆(高松錦之助)の家臣であることを白状し、嘉隆の弟左近将監(二本柳寛)と城代家老の岩倉刑部(東千代之介)が幕府を転覆させようと図っていることを伝える…。 1961年から始まった東映版「柳生武芸帳」シリーズは、近衛十四郎を主役柳生十兵衛に全9作を数えるが、実は殆ど未見。 近衛十四郎の実子松方弘樹が2017年1月に74歳で亡くなったので、追悼する思いもあって父子が共演した本作を観た。 近衛と松方の父子共演による「柳生武芸帳」は、前年9月に公開された『柳生武芸帳 独眼一刀流』をはじめ5本に及ぶ。毎回違う役柄で(「独眼一刀流」と「片目の十兵衛」はどちらも「霞の千四郎」役だが)松方が出演しているのが面白い。 さて、シリーズを観ていればさほどでもないのかも知れないが、柳生武芸帳について詳しくない私はなかなか物語についていくのが大変だった。登場人物が多い割に、ちゃんとそれぞれを紹介してくれないのだから不親切きわまりない。 徳川を守る柳生一族が実に64人も集結するというのは、ヒーローものの大集結にも似てわくわくするが、十四郎が迂闊にも岩倉刑部の罠にかかったために待ち伏せの鉄砲隊に撃たれ、あっという間に23名が落命。おいおい。 岬に築かれた海神砦には九鬼嘉隆と、紀州候の奥方(藤純子)が捕らえられている。そこに待ち構える新式銃の鉄砲隊。攻める方法も思いつかず、最終的には正面突破。次々撃たれて倒れる柳生勢。おいおい。 結果自爆テロよろしく、爆弾を抱えた忍びが特攻を繰り返して砦を突破。生き残るは十四郎(なぜか銃弾はみな避けていく(笑))と、これが緒戦の若い忍者。「柳生一門に手向けの言葉はない」って、それどーなんだ。リーダーの無為無策がほぼ全滅を招いたのではないかと。 せっかくの柳生のプロの技が全く見られなかったのが残念。 一方砦では松方弘樹が断崖絶壁を登って九鬼左近を倒し、火薬に発砲してどっかーんと自爆。 岩倉刑部は、もはやここまでと崖を飛び降りるのであった。 当時18歳の藤純子が紀州候の奥方として出演しているが「ど」がつくほど下手くそ、というか演技していない(笑)。 今は亡き近衛十四郎と息子松方弘樹の立ち合いが、貴重な映像になってしまった。
隠す
  
 
[018]アオサギとツル
 意地の張り合い黒美君彦2017-01-30
 【ネタバレ注意】
アオサギとツルが、互いに惹かれ合っているにもかかわらず、結婚の申し込みをしては意地を張り合ってすれ違う…そんな物語をユーモラスに、叙情的に描いたユーリー・ノルシュテ・・・
続きを読む
アオサギとツルが、互いに惹かれ合っているにもかかわらず、結婚の申し込みをしては意地を張り合ってすれ違う…そんな物語をユーモラスに、叙情的に描いたユーリー・ノルシュテインの作品。 作家ウラディミール・ダーリ(1801〜72)が集めたロシア民話が原作で、背景には浮世絵や水墨画の技法が取り入れられる。撮影監督アレクサンドル・ジュコフスキーとともに、互いに好きな北斎や広重の版画や水墨画をイメージしたのだとか。 打ち上げられる花火を遠く離れた場所からそれぞれ眺めるシーンが切ない。 タイミングって大事だよねー、と誰にいうともなく呟いてしまう、そんな短編アニメ。
隠す
  
 
[019]青空どろぼう
 ないことにされる黒美君彦2017-01-27
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>戦後旧海軍の燃料基地跡を払い下げ、一大石油コンビナートを建設された三重県四日市市。日本の四大公害のひとつ(他は水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病)とされ・・・
続きを読む
<あらすじ>戦後旧海軍の燃料基地跡を払い下げ、一大石油コンビナートを建設された三重県四日市市。日本の四大公害のひとつ(他は水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病)とされた四日市ぜん息で苦しむ磯津の住民が1960年頃から相次いだ。立ち上がった住民たちは国や企業を訴え、1972年勝訴する。しかし1987年には「公害健康被害補償法」が改正され、新規の公害病患者認定は廃止された。四日市に青空は戻ったのか。患者を長年支え、記録を残してきた1928年生まれの澤井余志郎と患者の元漁師野田之一を軸に、四日市の過去と現在をみつめる…。 東海テレビの2011年のドキュメンタリー番組をもとに翌12年に公開した作品。 四日市ぜん息に翻弄された地元磯津の歴史を追う。澤井余志郎は、戦後まもなく東亜紡績泊工場に就職するも、様々なサークル活動などを展開したことから解雇され、四日市の地区労事務所の事務局員として勤務するようになる。そこで出会ったのが公害病に苦しむ人々で、澤井は丹念に記録を残すことに全力を傾け始めたという。 磯津からはどこからでもコンビナートの高い煙突を見ることができる。 公害裁判の勝訴、そして様々な法的救済などで、四日市ぜん息は過去の出来事かと思っていた。 1987年には経団連の強い働きかけで「公害健康被害補償法」が改正され、新たな公害病患者認定まで廃止してしまう。 が、東海テレビのスタッフは、粘り強く取材を重ね、今もぜん息や肺気胸などで苦しむ住民がいることを突き止める。だが、磯津の住民は少なからずコンビナートで働き、声を上げることができない。 四日市市長のインタビューで「なぜ調査しないのか」と問うと、市長は「これまで磯津からそのような声は上がっていなかった」と答えるが、まさに声を上げない限り「ないことにされる」のが、現在の日本だ。 経済原理が前面に押し出され、その犠牲となってきた四日市ぜん息の患者たち。 公害対策がとられた後も、富栄養化した海に、かつて栄えた魚介類は戻って来ていない。 決して声高に叫ばない澤井や野田は、善悪の闘いとされるのは違う、と考えている。善意であっても何らかの悪影響を及ぼすことがある。その時に耳を傾け、改善を図ることこそ重要なのだと。 この作品公開後、2015年12月に澤井余志郎は87歳で亡くなったという。 最後まで公害と向き合った彼の真摯な姿勢をどう継承するか、ということも重要な課題だと感じた。 宮本信子のナレーション、本多俊之の音楽が印象的な労作だ。
隠す
  
 
[020]アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場
 究極のジレンマ黒美君彦2017-01-27
 【ネタバレ注意】
自爆テロの準備をしているテロリストと、何も知らない一人の少女。テロリストを攻撃すれば数十人数百人の命が救われるが、同時に少女の命も奪われる。さあどうする。 観る者は・・・
続きを読む
自爆テロの準備をしているテロリストと、何も知らない一人の少女。テロリストを攻撃すれば数十人数百人の命が救われるが、同時に少女の命も奪われる。さあどうする。 観る者はそんな究極の選択を迫られる。倫理学でいう「トロッコ問題」を映画化したといえばいいだろうか。絶対的な正解がないなかでの選択をめぐる、どちらかといえば心理サスペンスの部類に入る作品だろう。 英米合同でテロリスト掃蕩作戦を展開中、6年にわたって追ってきたテロ組織アル・シャバブの凶悪なテロリストたちがケニア・ナイロビのアジトに潜んでいることをつきとめる。生け捕りが優先されたが、虫型の小型カメラが送ってきた映像は、大規模な自爆テロの準備だった。 英軍諜報機関のキャサリン・パウエル大佐(ヘレン・ミレン)は、国防相のフランク・ベンソン中将(アラン・リックマン)とともにアジト攻撃によるテロリスト殲滅を決断する。 ミサイル攻撃をするのはドローン偵察機からのヘルファイアミサイル。それを操縦するのはアメリカ、ネバダ州の米軍基地にいるパイロットのスティーブ・ワッツ(アーロン・ポール)だ。遠くアメリカで攻撃スイッチを押せば、ナイロビのテロリストは死ぬ。 ところがアジトのすぐ横で少女がパンを売り始めたことから、パウエル大佐も立会いの政治家たちも逡巡し始め、誰もその場で決断を下さない。国務長官へ、大統領へと最終決断は委ねられる…。 ドローン戦争は当然この域に達していて不思議ではない。 戦争においては損害を最小限に抑えつつ、最大の効果を追求するのは当然だ。 であるならドローンやロボットを遠隔操作するか、あるいは核兵器に代表される大量破壊兵器を使うか、ということになる。 この作品ではまだ上空6,000メートルのリーパー無人偵察機から、少女も含め地上の人々が見えるだけ「マシ」なのかも知れない。見えるから悩む。ならば見なければ問題は起きない。地上でミサイルが炸裂した結果を知らなければ、罪悪感にさいなまれる必要もないからだ。 現代戦はすでにこうしたレベルに達しているのかも知れない。 相手がわからないまま攻撃を受け、巻き添えで死ぬ。死ぬ側からすれば、相手がテロリストであろうが英米であろうが関係ない。 そこに憎しみが生まれ、またテロが起きる…。 スパイラルに陥ってしまった数限りないジレンマが、いまこの瞬間にも生まれているのかも知れない。 冷徹な指揮官を演じたヘレン・ミレンが素晴らしいが、この作品が実写としては遺作になったアラン・リックマンの軍人ぶりも忘れ難い。 軍人の立場からすると、人道的な立場に立つ官僚はいつもイライラさせられる存在なのだろうなあと思う。 少女を救え、という正論が通じなくなるのが戦場なのだ。 狂気が正常になり、最小被害の最大効果のためなら、犠牲はやむを得ないという功利主義が戦場では全てである。だから戦争は避けるべきなのだ。 緊張が途切れない異色の軍事サスペンス作品だった。
隠す
  
 
[021]ケルジェネツの戦い
 イコン黒美君彦2017-01-26
 【ネタバレ注意】
19世紀のニコライ・リムスキー=コルサコフの間奏曲「ケルジェネツの戦い」を使い、ロシアのフレスコで描かれた聖像画(イコン)の切り絵をコラージュしたアニメ。内容は988年・・・
続きを読む
19世紀のニコライ・リムスキー=コルサコフの間奏曲「ケルジェネツの戦い」を使い、ロシアのフレスコで描かれた聖像画(イコン)の切り絵をコラージュしたアニメ。内容は988年のキエフ公国のウラジーミル聖公とタタールの戦いで、この戦争を経てなされた東スラブの国家統一が、ロシア誕生につながったとされる。ケルジェネツは河の名前だが、戦闘に巻き込まれた村の情景や、兵士の生死を寓意的に示していて、単なる英雄譚に留まってはいない。 イワン・イワノフ=ワノーとの共同監督だが、ユーリー・ノルシュテインの切り絵アニメの手法が駆使されていて、イコンの聖性と戦闘のギャップが印象に残る。ノルシュテイン30歳の時の作品。
隠す
  
 
[022]ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮
 啓蒙主義黒美君彦2017-01-25
 【ネタバレ注意】
予備知識なしで観始めたが、なかなか見応えがあった。 デンマークであれば、誰もが知る王室の大スキャンダル。舞台は18世紀後半。 英王室から15歳でデンマーク=ノルウェーの王・・・
続きを読む
予備知識なしで観始めたが、なかなか見応えがあった。 デンマークであれば、誰もが知る王室の大スキャンダル。舞台は18世紀後半。 英王室から15歳でデンマーク=ノルウェーの王クリスチャン7世の王妃となったカロリーネ・マティルデ・ア・ストアブリタニエン(英名キャロライン・マティルダ/アリシア・ヴィカンダー)。クリスチャン7世(ミケル・ボー・フォルスゴー)は心を病んでいて、カロリーネの気持ちはすぐに離れる。 そうした中、王の侍医となったヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセ(マッツ・ミケルセン)とカロリーネ王妃が不倫関係に陥る…。 マッツ・ミケルセンは撮影当時46歳なので、王妃と知り合った時30代前半だったストルーエンセの実際の年齢よりはかなり上。最初は無理があるのではないかと思えたが、次第に彼が魅力的に見えてくるから不思議。主役の王妃を演じたアリシア・ヴィカンダーの美貌の冴えもさすが。 愚鈍と考えられたクリスチャン7世を演じたミケル・ボー・フォルスゴーが光っていた。 王に取り入った啓蒙主義者のストルーエンセは、王妃と密会を重ねながら次第に王を操るようになり、権力を思いのままに振るうようになる。 暴政を改める政策を相次いで出していた彼だが、やがて王妃との関係が明るみに出ると、王室をめぐるスキャンダルは煮え湯を飲まされてきた貴族たちに利用され、ストルーエンセはついには処刑される…。 権力はさほどに蜜の味で、人間を堕落させるものなのか、と思わざるを得ない。 実際のストルーエンセはデンマーク語を解さなかったというが、それまでの圧政に対して彼は進歩的な施策を相次いで打ち出したという。しかし一方で傲岸な態度をとることも増え、数多くの敵を作った挙句転落してしまったのだ。 欲望に絡めとられ、権力の罠に陥ったストルーエンセは、王妃の妊娠を知っても保身のために王との行為をカロリーネ王妃に求める。 農民のため、国民のための政策が、次第に保身のための専制に変わっていく。 物語は彼を中心にした王と王妃という三角関係を描くが、下手すると猥雑になりそうな話をニコライ・アーセル監督は格調高い作品に仕上げている、と感じた。 アーセル監督はこの作品を39歳で手がけたというから、その才能は推して知るべし。 いわゆる西欧の時代劇はあまり好みではないのだが、この作品は魅力に溢れていた。傑作といっていい。
隠す
  
 
[023]25日・最初の日
 ロシア革命黒美君彦2017-01-24
 【ネタバレ注意】
ユーリー・ノルシュテインの監督デビュー作(美術のアルカージィ・トーリン(チューリンとも)と共同監督)。 「25日」とは、ロシア旧暦で1917年10月のロシア革命最初の日で、・・・
続きを読む
ユーリー・ノルシュテインの監督デビュー作(美術のアルカージィ・トーリン(チューリンとも)と共同監督)。 「25日」とは、ロシア旧暦で1917年10月のロシア革命最初の日で、ウラジミール・マヤコフスキー(1893-1930)の詩に由来する。 1910年代〜20年代に流行したロシア・アヴァンギャルドをモチーフに、資本家や貴族、聖職者といった支配者階級に対する民衆の怒り、行動、そして革命が描かれる。赤旗に浮かび上がるのは「すべての権力をソビエトへ!」という文字だ。 ショスタコーヴィッチの壮麗な交響曲に合わせ、ロシアの十月革命を失踪する赤で表現している。 ラストにはレーニンの演説が流れるが、これは監督たちの意図ではなく、ソ連(当時)の芸術官僚に指示されたのだとか。 劇場で公開するためには、当局のいいなりになるしかなかったのだと、後年ユーリー・ノルシュテインは語っている。
隠す
  
 
[024]沈黙 -サイレンス-
 “Sun of God”黒美君彦2017-01-24
 【ネタバレ注意】
いうまでもなく遠藤周作の『沈黙』の映画化。ふと思ったのだが「沈黙」=“Silence”なのだろうか。 日本語における「沈黙」には状態としての「静寂」だけでなく、能動的な「敢え・・・
続きを読む
いうまでもなく遠藤周作の『沈黙』の映画化。ふと思ったのだが「沈黙」=“Silence”なのだろうか。 日本語における「沈黙」には状態としての「静寂」だけでなく、能動的な「敢えて沈黙を守る」というような意味も含まれているような気がする。 原作があまりに高みにあるが故に、映像化は難しい。かつて篠田正浩監督が映画化に挑んだが、映像的リアリティの前に神の声は聞こえず、遠藤文学の深さが際立ったのを思い出した。 翻ってこのマーティン・スコセッシの作品である。 暴力に彩られた数々の作品を発表してきたスコセッシだが、この作品は音楽を極端までに排し、実に静かだ。もちろん暴力表現は健在だが、それとてどこか寓話めいていて、すべてはロドリゴの棄教に向けての装置に過ぎないように見える。 パードレ・ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)が「転ぶ」(「棄教」)までの葛藤を描いているが、原作にあった棄教という形式を超えた神の存在、内なる信仰の意味を、後半台詞に頼った感があるのが残念。 キチジロー(窪塚洋介)が体現する“弱き者”にこそ神が寄り添う、という、まるで親鸞の教えのような神の声が、もっと強く前面に出ても良かったように思うのだが。 この国では、と井上筑後守(イッセー尾形)はロドリゴに語る。 「神の子(Son of God)は『大日』と訳される。つまり神の太陽(Sun of God)だ」(うろ覚え) 自然信仰に慣れてきた日本人に一神教は馴染まない、と井上筑後守は言いたいのだ。 しかし、戦国時代に日本でキリスト教が一気に拡がった背景には、そこにある「神の下での平等」や苦難を担うキリストへの共感があったからではないか。身分制度を維持したい権力者たちは、宣教師とともに輸入される数々の最新鋭の武器を恐れたのはもちろんだが、そうした神の下での平等に対して恐れを抱き、それがキリスト教弾圧へつながったのではないか。 ロドリゴとキチジローの対置は必ずしも成功しているとは言い難い。ロドリゴは内なる神の声を本当に耳にしたのだろうか。 A・ガーフィールドは悪くない。日本側キャストでいうと、イッセー尾形の怪演はやはり印象に残る。波打ち際で拷問され殺されるモキチを演じた塚本晋也も見事。 ロケはもっぱら台湾で行われたようだが、やや色味が暗すぎたようにも思う。もっと明るくてもいい。徹底的に明るいのに神が沈黙を続ける、というのもありだったか。 台詞のひとつひとつに深い洞察が要求される作品。 見方によっては退屈かもしれない。だが、神の不在が現代を象徴する論点だとすると、この作品の意味するところはまた違ってくる。 原作とともにやはり問題作といわざるを得ないと、私は思う。
隠す
  
 
[025]オーガストウォーズ
 コスモボーイ黒美君彦2017-01-23
 【ネタバレ注意】
2008年の南オセチア紛争を「8月戦争」(=オーガスト・ウォー)と呼ぶことを迂闊にも知らなかった。 この作品の背景にあるのは、グルジア国内の非政府支配地域である南オセチ・・・
続きを読む
2008年の南オセチア紛争を「8月戦争」(=オーガスト・ウォー)と呼ぶことを迂闊にも知らなかった。 この作品の背景にあるのは、グルジア国内の非政府支配地域である南オセチアをロシアに帰属させるかどうかをめぐる紛争。2008年8月衝突が起きる(グルジア軍、ロシア軍いずれもが、先制攻撃をして来たのは敵側であると主張している)。 この作品は徹底的にロシア側に立っている。 新たな男との再婚を考え、息子チョーマ(アルチョム・ファディエフ)を、軍人で、南オセチアで平和維持活動にあたっている元夫のもとへ送り込む母クセーニア(スヴェトラーナ・イワノーワ)。ところがそこにグルジア軍が攻め込んできて、父や祖父母は殺され、チョーマはひとり取り残される。いても立ってもいられなくなったクセーニアは、息子のことを一顧だにしない新しい恋人を振り切って、単身息子を救いに行く…というお話。 「母は強し」なんだけど、リゾート地に出かけようとしていた彼女はミススカートの何とも戦場には似つかわしくない格好。でも銃弾は当たらない(笑)。 とにかくロシア人兵士はみないい人だし(グルジア人兵士も一度見逃してくれた)、ご都合主義的ではあるのだけれど、市街戦はなかなか迫力がある。 乗り合わせたバスが攻撃されて、今まで一緒に歌を歌っていた市民がみな死んだところから始まって、彼女を救ってくれた兵士もみな死んでしまう。それでもリョーハ(マクシム・マトヴェーエフ)というイケメン兵士の協力もあり、ついには息子と再会できる。 リアルな市街戦とファンタジーの融合とでもいえばいいのか、チョーマは「コスモボーイ」(アトムみたいなもの?)の主人公に同化して世界を見ている。だが、現実から逃避する彼は果たしてまともに成長できるのか心配になってしまう。 子を救おうとする母の無謀な行為はともかく、ところどころプーチンが出てきて(もちろん役者だが)、ロシア軍が攻める理屈を語る。グルジア軍の背後にはワシントンがいるのだ。ハリウッド映画で「背後にモスクワが…」というのと同じなので思わず苦笑してしまう。 戦闘を避けて話し合うべきだ、と主張する高官が、どこかゴルバチョフに似た役者であるところもまた笑える(彼は途中で「あなたは古い」と追放されてしまう)。 ロシア軍が全面協力したとのことで、迫力は十分。 エンタメ・プロパガンダ映画と理解した上で観ればそれなりに楽しめるが、グルジア側の視点が全く語られることがないので、そこを母子モノのファンタジーとして誤魔化すあざとさはさすがに鼻につく。
隠す
  
 
[026]ミッシング ID
 ティーン版黒美君彦2017-01-20
 【ネタバレ注意】
邦題の『ミッシングID』がまず意味不明。原題の“Abduction”(誘拐)も芸がないけど。 基本的にテイラー・ロートナーが、マット・デイモンのジェイソン・ボーンをやろうとして・・・
続きを読む
邦題の『ミッシングID』がまず意味不明。原題の“Abduction”(誘拐)も芸がないけど。 基本的にテイラー・ロートナーが、マット・デイモンのジェイソン・ボーンをやろうとしている、というアクション映画ですね。 CIAの工作員を親父に持ってしまったがゆえに不幸な生い立ちのネイサン。ついに自分が「ミッシング・チルドレン」のひとりと気づいたけれど、そのサイトは悪者のトラップだったので、その晩あっという間に育ての親が殺され、幼馴染のカレン(リリー・コリンズ)を連れて逃避行、だと。CIAも悪者も信じられない中で、ついにピッツバーグ・パイレーツの本拠地PNCパークで最終決戦へ…。 まあつまらないことはないんだけれど、悪者がどうしてテイラー・ロートナーを殺そうとするのか(殺してしまって必要としているリストが手に入らなければ意味ないじゃん)、一方でカレンをなぜ生かしたのか、などなど突っ込みどころは満載。 ティーン版ジェイソン・ボーン、というのは本当にその通り。 フィル・コリンズの娘リリー・コリンズはブルック・シールズを髣髴とさせるほど眉がコユい。還暦を越えたシガニー・ウィーヴァーがすっかり貫禄のあるおば様になっていたのにも感慨がひとしお。 ということで、つまらなくはないものの主役ふたりに今ひとつ魅力を感じなかったんだよなあ。 そこそこ、という感じでしょうかね。
隠す
  
 
[027]マッハ!無限大
 まあそれなりに黒美君彦2017-01-19
 【ネタバレ注意】
前作『トム・ヤム・クン!』(2005)は未見。2003年の『マッハ!』の続編かと思いきやそうではないとか。 カームを演じたトニー・ジャーは相変わらずキレのいいアクションを見せ・・・
続きを読む
前作『トム・ヤム・クン!』(2005)は未見。2003年の『マッハ!』の続編かと思いきやそうではないとか。 カームを演じたトニー・ジャーは相変わらずキレのいいアクションを見せてくれるが、今回はCGやワイヤーアクションもふんだんに使ったようなので、生身の凄さはやや影を潜めた感じ。 あの手この手でアクションを見せてはくれるけれど、それぞれがやや冗長で途中で飽きてくるところも。 スタントでのけが人は相当いたのではないかと心配してしまうほどだけど…。 面白かったかと訊かれれば、まあそれなりに、と答えるレベルではあります。
隠す
  
 
[028]宇宙からの脱出
 IRONMAN1黒美君彦2017-01-18
 
<あらすじ>ヒューストンから打ち上げられたアイアンマン1号は、宇宙ステーション設置に向けて7か月にわたって宇宙に滞在するはずだったが、3人の飛行士ジム・プルエット(・・・
続きを読む
<あらすじ>ヒューストンから打ち上げられたアイアンマン1号は、宇宙ステーション設置に向けて7か月にわたって宇宙に滞在するはずだったが、3人の飛行士ジム・プルエット(リチャード・クレンナ)、バズ・ロイド(ジーン・ハックマン)、クレイトン・ストーン(ジェームズ・フランシスカス)の疲労が蓄積したので5か月で帰還させることに。ところがエンジンが故障してしまい、地上の責任者チャールズ・キース博士(グレゴリー・ペック)は一旦救出を諦めるが、大統領の指示でテッド・ドゥハティ(デヴィッド・ジャンセン)操縦の救援艇を打ち上げることになる。しかし酸素の限界が近づき、しかもロケット基地には巨大なハリケーンが近づいていた…。 翌70年のアポロ13号の事故を予見したかのような作品とよくいわれる。 西部劇で知られるジョン・スタージェス監督が手がけたSF作品だが、実に生真面目でセミ・ドキュメンタリーといってもいいほど。 宇宙空間の特撮はさすがに古色蒼然としているが、NASAの地上基地の描写はなかなかよく出来ていて、飛行士との無線のやりとりも本物っぽい。実際部分的に実写映像を挿入していて、当時のロケット基地の迫力そのままの部分もある。 とはいえ「地味だ」「つまらん」という声が上がるのもわからないではない。アクションもないし、ドラマ部分も盛り上がりには欠けるからだ。飛行士たちは死の恐怖を感じながらもジーン・ハックマン演じるバズ以外のふたりは冷静だし、最後になるかもしれない妻との交信もきわめて冷静だ。 一方地上基地の責任者を演じたグレゴリー・ペックは、役柄が少々可哀想。救援艇を送り出すには時間も準備も足りなさ過ぎると一旦は救援を断念。大統領が「理屈じゃない、やれ」と指示しなかったら誰も助かっていない。 さらに酸素残存量で2人分しか酸素が残っていないとなると、彼はジムと交信し、「君が考えていることは僕が考えていることと同じか」と問う。つまりジムが犠牲になることを暗に求めるのだ。しかもそのことを本人の決断であるとするために、自分からは何も言い出さない。何と狡猾な。 しかし、そもそも滞在期間が2か月短くなったのだからラボ?に戻れば酸素や食事は豊富にあったはず…姿勢制御エンジンとか駆使すれば戻れたんじゃないかな。そうすればそんなに焦らずに救援を待てたのに(笑)。 ギリギリのところでソ連の宇宙船が助けに来てくれるが、さほど役に立っていない(笑)。 とはいうものの、1975年のアポロとソユーズのドッキングにつながる米ソ協力関係を予見していたといえなくはない。救援艇がスペースシャトルっぽいところも見どころだ。 ドラマとしては今いちではあるものの、1960年代末の宇宙開発の空気感は伝わってくる。
隠す
  
 
[029]その街のこども 劇場版
 震災15年、そして…黒美君彦2017-01-17
 【ネタバレ注意】
確かドラマも観たはずなのに、ところどころ記憶が欠落している。それは多分モニターで観ると画面に集中できなかったからだ。この作品のなかの「間」は明らかに映画的であり、そ・・・
続きを読む
確かドラマも観たはずなのに、ところどころ記憶が欠落している。それは多分モニターで観ると画面に集中できなかったからだ。この作品のなかの「間」は明らかに映画的であり、それはTV的とはいえなかったのかもしれない。 このドラマが制作されたのは阪神・淡路大震災発生15年の2010年。 森山未來と佐藤江梨子が偶然知り合い、1・17の地震発生時刻午前5時46分に向けて、夜の神戸を歩く物語。 渡辺あやの脚本が秀逸で、無理なく男女が知り合い、時に反発しながら、時に相手を思いやりながら、15年前の震災を、そして15年後の現在を語る。 子どもだったふたりが、大人になった時に気づく震災の傷の深さ。そんな深い心の揺れを静かに表現している。 森山未來が演じる勇治という役だけ回想が入る。彼はゼネコンで設計に関わる仕事をしている。先輩社員(津田寛治)は耐震性について「大地震なんて百年に一回しか来ないっつーの。次に起きた時は生きてねえし」と言い放つ。 …ところが。 このドラマが制作された翌年2011年3月に、東日本大震災が発生する。 津田寛治の台詞は、そのまま原発事故にもあてはまる。目先の利益を優先させる無責任な現代人を象徴として、彼の存在は別の意味を纏ってしまった。では、何かが変わったのかというと、むしろ状況は悪化している。 このドラマが制作された時、過去に埋没しかねない震災の記憶を呼び起こす意味を問おうとしていた。それは当時それなりの意味を持っていた。 ところが災害が相次ぎ、さらに世界が分断し分裂しているその後の状況を見ると、「記憶を呼び起こす」のではなく、「記憶を生きる」のではなくては意味がないのではないか、とも思う。 そして現代は記憶を生きていなければ呼び起こしてもいない。 これはどうしたことか。この作品を観ながら、そんな焦燥感さえ覚えてしまった。
隠す
  
 
[030]映画作家 黒木和雄 非戦と自由への想い
 向き合う黒美君彦2017-01-16
 【ネタバレ注意】
黒木和雄(1930〜2006)が亡くなって10年経ち、改めてこうしたドキュメンタリー映画が作られるのは、彼の存在がいかに大きかったかを示す好例だろう。 終戦間際、逃げ惑う途中・・・
続きを読む
黒木和雄(1930〜2006)が亡くなって10年経ち、改めてこうしたドキュメンタリー映画が作られるのは、彼の存在がいかに大きかったかを示す好例だろう。 終戦間際、逃げ惑う途中で親友が機銃掃射で頭を撃たれ、あまりの恐怖で逃げ出してしまったうしろめたさ。 敗戦と同時に掌を返したような大人たちの振る舞いを目の当たりにして、黒木は故郷を捨てる。 その後数々の斬新な映画を撮るが、劇映画デビュー作『とべない沈黙』から、彼の映画の背景には「戦争」があった。 しかし1985年に、アウシュヴィッツと長崎をつなぐTVドキュメンタリーを監督したのがきっかけで、あの戦争ともう一度向き合おうと決意し、1988年傑作『TOMORROW 明日』を生み出す。 しかしその後10年余りにわたって彼は大腸がんと格闘し続け、メガホンをとることは出来なかった。 再び映画監督に復帰した彼は、残された限りある時間を使ってあの戦争と向き合う。それは自伝的な『美しい夏キリシマ』(2002)であり、『父と暮せば』(2004)であり、遺作『紙屋悦子の青春』(2006)だった…。 このドキュメンタリーでは生前の黒木和雄、そして親交のあった人々、スタッフがインタビューに答える。 命を賭して映画で描き続けた庶民にとっての戦争に、黒木和雄はどのような思いを込めたのか。 彼の願いとは逆行している現代において、彼の作品と向き合うことは決してムダなことでない。
隠す
  
 
 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11次へ
 
 



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION