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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3362件)rss
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[001]ミッシング ID
 ティーン版黒美君彦2017-01-20
 【ネタバレ注意】
邦題の『ミッシングID』がまず意味不明。原題の“Abduction”(誘拐)も芸がないけど。 基本的にテイラー・ロートナーが、マット・デイモンのジェイソン・ボーンをやろうとして・・・
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邦題の『ミッシングID』がまず意味不明。原題の“Abduction”(誘拐)も芸がないけど。 基本的にテイラー・ロートナーが、マット・デイモンのジェイソン・ボーンをやろうとしている、というアクション映画ですね。 CIAの工作員を親父に持ってしまったがゆえに不幸な生い立ちのネイサン。ついに自分が「ミッシング・チルドレン」のひとりと気づいたけれど、そのサイトは悪者のトラップだったので、その晩あっという間に育ての親が殺され、幼馴染のカレン(リリー・コリンズ)を連れて逃避行、だと。CIAも悪者も信じられない中で、ついにピッツバーグ・パイレーツの本拠地PNCパークで最終決戦へ…。 まあつまらないことはないんだけれど、悪者がどうしてテイラー・ロートナーを殺そうとするのか(殺してしまって必要としているリストが手に入らなければ意味ないじゃん)、一方でカレンをなぜ生かしたのか、などなど突っ込みどころは満載。 ティーン版ジェイソン・ボーン、というのは本当にその通り。 フィル・コリンズの娘リリー・コリンズはブルック・シールズを髣髴とさせるほど眉がコユい。還暦を越えたシガニー・ウィーヴァーがすっかり貫禄のあるおば様になっていたのにも感慨がひとしお。 ということで、つまらなくはないものの主役ふたりに今ひとつ魅力を感じなかったんだよなあ。 そこそこ、という感じでしょうかね。
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[002]マッハ!無限大
 まあそれなりに黒美君彦2017-01-19
 【ネタバレ注意】
前作『トム・ヤム・クン!』(2005)は未見。2003年の『マッハ!』の続編かと思いきやそうではないとか。 カームを演じたトニー・ジャーは相変わらずキレのいいアクションを見せ・・・
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前作『トム・ヤム・クン!』(2005)は未見。2003年の『マッハ!』の続編かと思いきやそうではないとか。 カームを演じたトニー・ジャーは相変わらずキレのいいアクションを見せてくれるが、今回はCGやワイヤーアクションもふんだんに使ったようなので、生身の凄さはやや影を潜めた感じ。 あの手この手でアクションを見せてはくれるけれど、それぞれがやや冗長で途中で飽きてくるところも。 スタントでのけが人は相当いたのではないかと心配してしまうほどだけど…。 面白かったかと訊かれれば、まあそれなりに、と答えるレベルではあります。
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[003]宇宙からの脱出
 IRONMAN1黒美君彦2017-01-18
 
<あらすじ>ヒューストンから打ち上げられたアイアンマン1号は、宇宙ステーション設置に向けて7か月にわたって宇宙に滞在するはずだったが、3人の飛行士ジム・プルエット(・・・
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<あらすじ>ヒューストンから打ち上げられたアイアンマン1号は、宇宙ステーション設置に向けて7か月にわたって宇宙に滞在するはずだったが、3人の飛行士ジム・プルエット(リチャード・クレンナ)、バズ・ロイド(ジーン・ハックマン)、クレイトン・ストーン(ジェームズ・フランシスカス)の疲労が蓄積したので5か月で帰還させることに。ところがエンジンが故障してしまい、地上の責任者チャールズ・キース博士(グレゴリー・ペック)は一旦救出を諦めるが、大統領の指示でテッド・ドゥハティ(デヴィッド・ジャンセン)操縦の救援艇を打ち上げることになる。しかし酸素の限界が近づき、しかもロケット基地には巨大なハリケーンが近づいていた…。 翌70年のアポロ13号の事故を予見したかのような作品とよくいわれる。 西部劇で知られるジョン・スタージェス監督が手がけたSF作品だが、実に生真面目でセミ・ドキュメンタリーといってもいいほど。 宇宙空間の特撮はさすがに古色蒼然としているが、NASAの地上基地の描写はなかなかよく出来ていて、飛行士との無線のやりとりも本物っぽい。実際部分的に実写映像を挿入していて、当時のロケット基地の迫力そのままの部分もある。 とはいえ「地味だ」「つまらん」という声が上がるのもわからないではない。アクションもないし、ドラマ部分も盛り上がりには欠けるからだ。飛行士たちは死の恐怖を感じながらもジーン・ハックマン演じるバズ以外のふたりは冷静だし、最後になるかもしれない妻との交信もきわめて冷静だ。 一方地上基地の責任者を演じたグレゴリー・ペックは、役柄が少々可哀想。救援艇を送り出すには時間も準備も足りなさ過ぎると一旦は救援を断念。大統領が「理屈じゃない、やれ」と指示しなかったら誰も助かっていない。 さらに酸素残存量で2人分しか酸素が残っていないとなると、彼はジムと交信し、「君が考えていることは僕が考えていることと同じか」と問う。つまりジムが犠牲になることを暗に求めるのだ。しかもそのことを本人の決断であるとするために、自分からは何も言い出さない。何と狡猾な。 しかし、そもそも滞在期間が2か月短くなったのだからラボ?に戻れば酸素や食事は豊富にあったはず…姿勢制御エンジンとか駆使すれば戻れたんじゃないかな。そうすればそんなに焦らずに救援を待てたのに(笑)。 ギリギリのところでソ連の宇宙船が助けに来てくれるが、さほど役に立っていない(笑)。 とはいうものの、1975年のアポロとソユーズのドッキングにつながる米ソ協力関係を予見していたといえなくはない。救援艇がスペースシャトルっぽいところも見どころだ。 ドラマとしては今いちではあるものの、1960年代末の宇宙開発の空気感は伝わってくる。
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[004]その街のこども 劇場版
 震災15年、そして…黒美君彦2017-01-17
 【ネタバレ注意】
確かドラマも観たはずなのに、ところどころ記憶が欠落している。それは多分モニターで観ると画面に集中できなかったからだ。この作品のなかの「間」は明らかに映画的であり、そ・・・
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確かドラマも観たはずなのに、ところどころ記憶が欠落している。それは多分モニターで観ると画面に集中できなかったからだ。この作品のなかの「間」は明らかに映画的であり、それはTV的とはいえなかったのかもしれない。 このドラマが制作されたのは阪神・淡路大震災発生15年の2010年。 森山未來と佐藤江梨子が偶然知り合い、1・17の地震発生時刻午前5時46分に向けて、夜の神戸を歩く物語。 渡辺あやの脚本が秀逸で、無理なく男女が知り合い、時に反発しながら、時に相手を思いやりながら、15年前の震災を、そして15年後の現在を語る。 子どもだったふたりが、大人になった時に気づく震災の傷の深さ。そんな深い心の揺れを静かに表現している。 森山未來が演じる勇治という役だけ回想が入る。彼はゼネコンで設計に関わる仕事をしている。先輩社員(津田寛治)は耐震性について「大地震なんて百年に一回しか来ないっつーの。次に起きた時は生きてねえし」と言い放つ。 …ところが。 このドラマが制作された翌年2011年3月に、東日本大震災が発生する。 津田寛治の台詞は、そのまま原発事故にもあてはまる。目先の利益を優先させる無責任な現代人を象徴として、彼の存在は別の意味を纏ってしまった。では、何かが変わったのかというと、むしろ状況は悪化している。 このドラマが制作された時、過去に埋没しかねない震災の記憶を呼び起こす意味を問おうとしていた。それは当時それなりの意味を持っていた。 ところが災害が相次ぎ、さらに世界が分断し分裂しているその後の状況を見ると、「記憶を呼び起こす」のではなく、「記憶を生きる」のではなくては意味がないのではないか、とも思う。 そして現代は記憶を生きていなければ呼び起こしてもいない。 これはどうしたことか。この作品を観ながら、そんな焦燥感さえ覚えてしまった。
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[005]映画作家 黒木和雄 非戦と自由への想い
 向き合う黒美君彦2017-01-16
 【ネタバレ注意】
黒木和雄(1930〜2006)が亡くなって10年経ち、改めてこうしたドキュメンタリー映画が作られるのは、彼の存在がいかに大きかったかを示す好例だろう。 終戦間際、逃げ惑う途中・・・
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黒木和雄(1930〜2006)が亡くなって10年経ち、改めてこうしたドキュメンタリー映画が作られるのは、彼の存在がいかに大きかったかを示す好例だろう。 終戦間際、逃げ惑う途中で親友が機銃掃射で頭を撃たれ、あまりの恐怖で逃げ出してしまったうしろめたさ。 敗戦と同時に掌を返したような大人たちの振る舞いを目の当たりにして、黒木は故郷を捨てる。 その後数々の斬新な映画を撮るが、劇映画デビュー作『とべない沈黙』から、彼の映画の背景には「戦争」があった。 しかし1985年に、アウシュヴィッツと長崎をつなぐTVドキュメンタリーを監督したのがきっかけで、あの戦争ともう一度向き合おうと決意し、1988年傑作『TOMORROW 明日』を生み出す。 しかしその後10年余りにわたって彼は大腸がんと格闘し続け、メガホンをとることは出来なかった。 再び映画監督に復帰した彼は、残された限りある時間を使ってあの戦争と向き合う。それは自伝的な『美しい夏キリシマ』(2002)であり、『父と暮せば』(2004)であり、遺作『紙屋悦子の青春』(2006)だった…。 このドキュメンタリーでは生前の黒木和雄、そして親交のあった人々、スタッフがインタビューに答える。 命を賭して映画で描き続けた庶民にとっての戦争に、黒木和雄はどのような思いを込めたのか。 彼の願いとは逆行している現代において、彼の作品と向き合うことは決してムダなことでない。
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[006]スリ
 「これで最後」黒美君彦2017-01-16
 【ネタバレ注意】
アル中になった老スリ海藤正彦(原田芳雄)とその周囲の人々をめぐる物語。 手が震えてスリが出来なくなった海藤には、1989年に進行したガンが見つかり入院、手術を繰り返して1・・・
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アル中になった老スリ海藤正彦(原田芳雄)とその周囲の人々をめぐる物語。 手が震えてスリが出来なくなった海藤には、1989年に進行したガンが見つかり入院、手術を繰り返して10年以上映画界から離れた黒木監督自身も投影されているのだろうか。 スリが出来なくなった彼を、スリ担当刑事のベテラン矢尾板徹(石橋蓮司)はまるで惜しむように発破をかける。お前がいないとつまらない、というように。 「これで最後」といいながら酒を断てない海藤だが、娘のように彼を慕う里村レイ(真野きりな)はなだめたりすかしたりしながら、決して彼を見棄てない。動物保護施設で、飼ってくれる人をじっと待つ犬たちの世話をする彼女は、捨てられた犬と重なる。彼女もまた親に捨てられ、海藤に引き取られた、という思いが強いのだ。 そして海藤に押しかけ的に弟子入りする布部一樹(柏原収史)は、その擬似父子の関係に楔を打つ役割を担う。 一方海藤が通う断酒会の世話役を務める松浦鈴子(風吹ジュン)は会のメンバーに厳しく接するが、海藤にはどこか男として惹かれている。そのことに気づいているのはレイだけ。 そしてきれいごとで断酒はできないといわんばかりに暴れる鴨井(香川照之)。さらに酒に呑まれた状態で海藤を訪ねてくる鈴子…。 海藤を中心にぐるぐるまわる人々はみなひとくせもふたくせもあるが、それぞれどこかコミカルであったり、意固地であったりと愛おしい存在だ。 何事かがあって海藤にたいして恨みを持ち続けているレイの兄アキラが、非情なワルになって海藤に襲いかかり、手を使い物にならないほどに痛めつける。それでももう一度スリを試み、失敗する海藤。それをじっと見ている矢尾板。 懲りない人間の可笑しみが滲み出てくる。 製作費5,000万円という低予算の作品だが、原田芳雄の存在感、真野きりなの初々しさがとても魅力的な作品だ。 風吹ジュンも何とも可愛らしく巧演。とにかくこの作品では登場人物がみないいのだ。 どうしようもない自分と対峙し、どうしようもない他人と関わる。そんな人間の悲喜劇が印象的な佳作だ。
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[007]禁断
 メロドラマの王道黒美君彦2017-01-16
 【ネタバレ注意】
井上芳夫監督作品はまだ、田宮二郎の「犬」シリーズの数本程度しか観ていないが、いずれにせよ大映のプログラムピクチャーの職人的監督、といった印象が強い。 けれど、この作・・・
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井上芳夫監督作品はまだ、田宮二郎の「犬」シリーズの数本程度しか観ていないが、いずれにせよ大映のプログラムピクチャーの職人的監督、といった印象が強い。 けれど、この作品はよくいわれるように、フランス映画のようなカット割りで男女の心理を描いていて、一線を画している。 物語は石原慎太郎原作らしい通俗的なベタベタなラブストーリー。 売れっ子作曲家の酒井明(宇津井健)と美しき女医柴由紀子(叶順子)の道ならぬ恋。当時31歳の宇津井健にこんな内省的な役が似合うかどうかはともかく、彼はスポーツカーを乗り回し、ヨットも持っているイヤなヤツ(笑)。しかも美しい妻(仁木多鶴子)と幼い娘もいる。 親友の新進作曲家瀬川(高松英郎)が恋愛が原因で自殺した時に、「恋愛なんかで」と言った酒井に「恋愛は理由になりませんの?」と問うたのが由紀子だった…といった出逢い。 叶順子は当時26歳だが、とても大人びて見える。昔はみなちゃんと大人になっていたよな、と思ってしまう。 それはともかく、この作品ではずっと背景で流れている平岡精二(1931〜90)のテーマ曲がいい。哀愁に満ちたギターの調べはどこか洋画っぽい。ふたりが入ったバーでフィリピンの歌手ビンボー・ダナオ(1915〜67・淡路恵子の元夫)が英語の歌詞で歌い上げる(作詞も平岡精二)のもメロドラマっぽくて悪くない。 愛欲の果てに、宇津井健の乗った旅客機が墜落してジ・エンド。叶順子も思い出を胸に、初めて夜を過ごしたヨットの中であとを追う。 どーでもいいっちゃどーでもいいストーリーなのだが、それでいてどこか不思議な余韻の残る作品ではある。
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[008]提報者 〜ES細胞捏造事件〜
 真実か国益か黒美君彦2017-01-13
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>世界で初めてヒト体細胞由来のES細胞作製に成功したという韓国大学のイ・ジャンファン教授(イ・ギョンヨン)は、一躍時の人となり、国を挙げて沸き立つ。しかしN・・・
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<あらすじ>世界で初めてヒト体細胞由来のES細胞作製に成功したという韓国大学のイ・ジャンファン教授(イ・ギョンヨン)は、一躍時の人となり、国を挙げて沸き立つ。しかしNBSの報道番組「PD追跡」のプロデューサーであるユン・ミンチョル(パク・ヘイル)のもとに、教授の下で働いていたシム・ミンホ(ユ・ヨンソク)から通報がある。研究成果はすべて捏造されたものだというのだ。ところが教授サイドからさまざまな手段で取材を妨害され、ユン記者や相棒の女性記者キム・イスル(ソン・ハユン)は不正な取材をしていると世論から叩かれる…。 想像以上にテンポ良く面白い作品だった。 ES細胞は別名万能細胞と呼ばれるように、様々な臓器や組織に分化するこができる唯一の幹細胞である。 体細胞由来のES細胞を培養し、クローンを作ることは1996年にスコットランドで羊のドリーで成功していた。一方ヒトでは98年に米国で胚性幹細胞の分離(ES細胞)に成功したものの、これは受精卵から分離したもので倫理的な問題がつきまとう。そこで体細胞由来のES細胞ができないかという研究が競争が全世界で進められ、その結果2006年に京大の山中伸弥教授がiPS細胞作製を果たしたのだ。 さて、この作品では韓国の科学者がヒトの体細胞由来のES細胞分離に成功したという発表から全てが始まる。 韓国では大ニュースとなり、国家を挙げての一大プロジェクトにまで話は広がる。そこに捏造に協力を求められた研究者の告発があったのだ。 情報提供を受けたTV局では扱いをどうするか迷うが、ユンプロデューサーの「真実と国益、どちらを選びますか」という問いで、誰もが取材にGOを出す。「真実を明らかにすることが国益である」という強い信念が共有されているからだ。 しかし、教授はマスコミの上層部を巻き込み、TV局が孤立するよう追い込む。 やっとのことで取材できた捏造協力者までも、「TV局に脅されてウソを話した」と言いだす始末。大統領府までが番組の放送中止を要請するに至って、真実はうやむやにされそうになるが、インターネット上で論文で使われた画像の使い回しなどが検証されるに及んで、社長はついに放送を決断する。 取材手法に問題なしとはしないが、とはいえ、世論を敵に回してまで真実を伝えようとしたこのTV局の覚悟はなかなかスゴい。 もちろん勝算はあったわけだが、直前まで抗議のデモが押しかけてくる(この辺りは韓国らしい)のを見て、ユン・ミンチョルは「初めて大衆が怖くなった」と本音を漏らす。「真実を伝えればわかってもらえると思っていたのだが」と。 実は大衆は「見たいものだけを見る」といった方がいいかも知れない。 真実かどうかについては究極的には関心はない。信じたいもの、見たいものを信じて見る。それ以外の情報は排除し、場合によっては攻撃する、といった方が正しいかもしれない。 しかし、であってもメディアは都合の悪い情報に色をつけず、そのまま伝えるのが使命だ。それが結局国益につながるのだ、という考え方は、民主国家になって間がない韓国だからこそ言い切れるのかも知れない。 韓国のTV局でいうプロデューサーは、日本とは異なりディレクター(記者)との境界がない。真実をあの手この手で追求するPDをパク・ヘイルが巧演。「エース」と呼ばれる若手女性記者(カメラも扱う!)を演じたソン・ハユンも、さばさばしていて好感度が高い。 もととなった出来事は2005年に起きたソウル大学のファン・ウソク教授の捏造事件。MBCの『PD手帳』という番組が疑惑を報道したが、このときまさにMBCバッシングの嵐が吹き荒れ、スポンサー不買運動まで起きたのだとか。そうした圧力に毅然と対抗できるかどうか、というのは民主主義国家の新たな試金石のような気がしてきた。 ファン・ウソク教授は懲戒免職になったものの、じわじわとまた医学界で存在感を示しているのだとか。 日本でもSTAP細胞をめぐる捏造が大きなニュースになったが、科学者は常にこうした捏造の誘惑にさらされている、ということも事実。 科学者の自浄作用も求められるところではある。 それにしても邦題の「提報者」(韓国語の直訳)はあり得ないだろうと思う。 科学とメディア、真実と国益、いろいろな要素があってとても刺激的な作品だと思う。
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[009]ふたりの死刑囚
 劣化を続ける裁判所黒美君彦2017-01-12
 【ネタバレ注意】
静岡県清水市の味噌会社で4人の焼死体が見つかった、1966年のいわゆる「袴田事件」。1961年、三重県名張市の小さな村で女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」。 ふたつの事・・・
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静岡県清水市の味噌会社で4人の焼死体が見つかった、1966年のいわゆる「袴田事件」。1961年、三重県名張市の小さな村で女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」。 ふたつの事件で死刑が確定した袴田巌(1936〜)と奥西勝(1926〜2015)。袴田は再審請求が認められ、2014年春、48年ぶりに釈放されたが、奥西に関しては43年にわたって拘留された挙句、獄死した。 袴田の場合も、再審開始は決まったものの、2017年1月現在再審そのものは始まっていない。再審をめぐる司法の頑なな姿勢はまったく変わらず、誰も責任を負おうとしない日本の司法制度のレベルの低さが示される。 釈放直後、拘禁反応によって表情がなかった袴田だが、献身的な姉の支えもあって、少しずつ人間的な表情を取り戻し、会話もできるようになってきた。一方奥西については再審開始決定が裁判所で出ても、高裁が取り消し、最高裁が差し戻し、また高裁が取り消し…と、どうしても再審に裁判所は応じようとせず、結局獄死させて頬被りしている。 この退廃は組織的な問題か、裁判官の資質の問題か、あるいは両方か。 再審開始がただちに無罪を意味する、というのはいびつな状況ではないのか。 新たな重大な証拠が出た場合、裁判をやり直す、というのが「再審」の意味なら、少なくとも審理をすればいいではないか。 裁判所は何を恐れるのか。判決を出し直したくない、という単なる面子か。 そもそも再審開始をめぐる審理にも時間をかけ過ぎだ。拘留されている側からすれば一日一日がどれだけの価値があるかわかっているのか。 いや、わかっているはずはない。裁判官、検察官は日本においてはほぼ一体であり、彼らは「最良証拠主義」に基づいて「自白重視」の姿勢を改めようとしない。誤判があったとしても、それは自分には無関係なこと。獄死してくれれば、頭を悩ませる必要もない、くらいの感覚か。 この国では、司法による自浄作用は期待できないのだろうか。 つくづくそんなことを考えさせるドキュメンタリーだった。 仲代達矢のナレーションは重厚でさすが。
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[010]ボルサリーノ
 「とめどない」黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
軽妙なクロード・ボリンの印象的な音楽とアラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンドの2大スターの共演。 「駄作」と斬って捨てる向きもあるようだが、私自身は大変面白く観た・・・
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軽妙なクロード・ボリンの印象的な音楽とアラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンドの2大スターの共演。 「駄作」と斬って捨てる向きもあるようだが、私自身は大変面白く観た。 舞台は1930年代のマルセイユ。その名を知られるようになったロッコ・シフレディ(アラン・ドロン)とフランソワ・カペラ(J=P・ベルモンド)。ひょんなことから意気投合したふたりは、少しずつ勢力を拡大してのし上がっていく。 はじめはせいぜい小賢しいチンピラに過ぎなかった二人が、やがて殺人に手を染め、さらに上を目指していく。 そうなれば当然敵は増えていく。殺られる前に殺れ。 前半の軽妙さは影を潜め、『ゴッドファーザー』のように敵をひとり、またひとりと殺していく後半。 「争いはとめどない」と語るフランソワ。 相棒でさえ信じられなくなる。そう悟ったフランソワは町を出ることを決意するが、その直後に悲劇が襲う。 クランク・アップの頃にはすっかり仲が悪くなったといわれるA・ドロンとJ=P・ベルモンド。その関係もまさにシフレディとカペラの存在そのままだったのかも知れない。両雄並び立たず、ということだろうか。 しかし男の友情を描いたクライムストーリーといえば、今でもこの『ボルサリーノ』と『スティング』が頭に浮かぶ。 個人的には懐かしさも滲む思い出深い作品だ。
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[011]殺人狂時代
 傑作黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>精神病院を経営する溝呂木省吾(天本英世)のもとに、かつてのナチスで同志ブルッケンマイヤー(ブルーノ・ルスケ)が訪れる。秘密結社の一員である彼は、溝呂木の・・・
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<あらすじ>精神病院を経営する溝呂木省吾(天本英世)のもとに、かつてのナチスで同志ブルッケンマイヤー(ブルーノ・ルスケ)が訪れる。秘密結社の一員である彼は、溝呂木の「大日本人口調節審議会」に殺人を依頼する。「審議会」は無駄な人間を殺すことが目的で、溝呂木は精神病患者たちを殺し屋に仕立て上げていた。殺人のテストとして選ばれたひとりが犯罪心理学の大学講師 桔梗信治(仲代達矢)だった。彼はミステリー雑誌記者の鶴巻啓子(団令子)、車泥棒の大友ビル(砂塚秀夫)とともに、「審議会」と対決するが、実は桔梗が狙われる理由はダイヤモンド「クレオパトラの涙」にあった…。 奇才岡本喜八の面目躍如ともいえる傑作。実験的な前衛作でもあり、意欲的な社会諷刺劇でもあり、アクション活劇でもあり。 オープニングのアニメからして凄いのだが、いきなり舞台として登場する精神病院がこれまたスゴい。格子の上部は装飾され、密談を交わす部屋には人間を象ったような等身大の像が壁に嵌め込められている。 天本英世とブルーノ・ルスケがドイツ語で丁々発止やりあうのも、天本のインテリジェンス(彼は東大法学部卒)を感じさせる。 そして水虫ばかりを気にする桔梗信治を演じた仲代達矢。分厚い眼鏡をかけ、頭が悪そうなふりをすると、これがまた巧い。当然後半になると実は頭のキレる男であることがわかってくるのだけど。 殺し屋たちも実に多彩。義眼の女(富永美沙子)に松葉杖の流しの男(久野征四郎)、仕込み傘の老人(沢村いき雄)、催眠術を駆使する霊媒師(川口敦子)、自衛隊の男たち…。 だだっ広い酒場で溝呂木が桔梗に語る警句が印象的だ。 「聞いてごらんなさい桔梗君。みな殺人の話ばかりだ。みな戦争のニュースを見るとテレビに飛びつく。それは面白いからだ。人々はみな殺意を持っている。それは人間の、動物の本能だ」「気違い結構。しかし英雄と呼ばれるヒトラーやナポレオンはみな殺人を繰り返した気違いだよ」 東宝史上最低の興行成績だったというこの作品だが、ブラックコメディとしても群を抜いている。カメラの工夫も面白い。 もっともっと評価されていい作品だ。
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[012]ふたりのイーダ
 松谷みよ子原作黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>小4の相沢直樹(上屋建一)は妹で三歳のゆう子(原口祐子)と、雑誌記者の母相沢美智(倍賞千恵子)に連れられ、広島の祖父母須川利一郎(森繁久彌)菊枝(高峰秀・・・
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<あらすじ>小4の相沢直樹(上屋建一)は妹で三歳のゆう子(原口祐子)と、雑誌記者の母相沢美智(倍賞千恵子)に連れられ、広島の祖父母須川利一郎(森繁久彌)菊枝(高峰秀子)夫婦に預けられた。夏の昼下がり、直樹は「イナイ、イナイ」と呟き歩く椅子(声:宇野重吉)と出会う。そして椅子が入っていった古い洋館に、いつの間にかゆう子が通っていた。ゆう子は挨拶代わりに「イーダ」というのが癖だったが、椅子はそれこそこの家に住んでいた「イーダ」だといって譲らない。実はこの洋館に住んでいたイーダという女の子は、昭和20年8月6日、広島に出かけたきり、帰ってこなかったのだ…。 1969年に松谷みよ子(1926〜2015)が発表した児童文学。原作ではお祖母さんの知り合いの近所の娘りつ子が重要な役回りなのだが、この映画では登場しない。それはこの映画が原爆投下後31年経った1976年に製作されたからかも知れない。被爆時3歳だとすると、1969年では27歳、1976年では34歳で、もはや「お姉さん」ではいられないからだ。 原作は子供の頃に読んだ記憶があるが、「イナイイナイ…ドコニモイナイ」と歩き回る椅子の印象が強烈だった。宇野重吉の声はぴったりだが、擬人化し過ぎて少々子ども騙しっぽい印象は否めない。 物語では、原作になかった母親の再婚をめぐる葛藤が描かれる。彼女も被爆していて、カメラマンの広岡研二(山口崇)から求婚されても結婚に前向きになれないのだ(すでに二人も子どもがいるのに?)。 直樹は、祖父から広島の写真集を借りて自分で学び、8月6日の広島に向かう。31年前の悲劇を直樹から聞いた椅子も、広島へと向かう。 この作品では「イーダ」は原爆死したことになっているのだ。 原作ではりつ子こそが「イーダ」であり、原爆による白血病に苦しんでいるが「ぜったい、死んだりしませんよ。そして、あの家へ住もうと思うのです」と直樹への手紙に書いてくる場面で終わる。 映画でこの「りつ子」にあたる人物が登場しないのはやはり致命的な気がするが、短い上映時間で説明しきれないという作り手の思いもあったのだろう(てっきり倍賞千恵子が「イーダ」かと思ったのだけど)。 ただ、雑誌記者である倍賞が、被爆時の話を取材しようとして拒まれるシーンは、当時の状況を映し出しているといえなくはない。 戦後31年経って、今さらあの惨状について思い出したくもない、という意識は、当時の被爆者に共通していたように思うからだ。 倍賞千恵子が演じる母親もまた被爆者なのだと告白するシーンも、被爆者に対する差別が厳然として存在していた裏返しでもある。 学校や公民館などの自主上映に任された分、観る機会は限られていたこの作品だが、森繁久弥や高峰秀子、倍賞千恵子という配役は豪華だし、しかもそれぞれなかなかいい。 木下忠司の音楽が少々耳障りに感じたのは正直なところではあるし、全体としてはやや作りに雑なところもあって傑作とはいえないが、映画離れが激しかった時代の松山善三の足跡を辿る上では十分価値のある作品だと思う。
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[013]時代劇は死なず ちゃんばら美学考
 日本刀の精神性黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
時代劇離れがいわれて久しいけれど、東映京都で長年メガホンを手にしてきた中島貞夫監督が自ら創ったのがこのドキュメンタリー映画。 日本映画誕生のその瞬間から時代劇は邦画・・・
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時代劇離れがいわれて久しいけれど、東映京都で長年メガホンを手にしてきた中島貞夫監督が自ら創ったのがこのドキュメンタリー映画。 日本映画誕生のその瞬間から時代劇は邦画には欠くべからざるもので、日本映画の父牧野省三らによって無声映画時代から尾上松之助をはじめ、阪東妻三郎や市川歌右衛門、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎といった大スターを生んできた。 この作品では数々の名画の殺陣のシーンを紹介するほか、長年斬られ役を演じてきた東映「剣会」の面々や山根貞夫といった映画評論家、松方弘樹といった時代劇スターの、中島監督自らのインタビューを交え、時代劇の歴史を俯瞰で見る。 敗戦後、GHQは仇討ちや日本刀による斬り合いを禁止したが、中島監督はそこに「日本刀が持つ精神性への恐れ」があったのではないかと推察する。つまり日本刀での斬り合いは、接近戦であり、ある意味究極のコミュニケーションである、というのが中島監督の考えなのだ。そこには日本独特の精神性が宿っていて、それをGHQが恐れたのではないかというわけだ。 この作品ではまた「ちゃんばらの美」についても語る。市川歌右衛門のような様式美、中村錦之助の全身を使った殺陣、所作が美しかった市川雷蔵や大川橋蔵…。面白いのは黒澤明による時代劇が殆ど評価されていないこと。『用心棒』の三船敏郎と仲代達矢の決闘も、血飛沫を上げさせる驚きはあるものの、あれはちゃんばらではない、という意識がある。 面白いのは斬られ役の面々の話。「主役は踊っているだけ」と思わず口走ってしまうほど、斬られ役が呼吸を合わせて迫らないと、美しい殺陣は見せられない。そんな矜持が垣間見えた。 時代劇の衰退に伴って、斬られ役も高齢化が進むが、最近若い女性から「殺陣を学びたい」という動きもあるとか。 ラストには中島監督が念願としたちゃんばら映画のワンシーンをこの映画のために製作。とにかく全編中島貞夫監督のちゃんばら愛に貫かれた作品で、映画好きにはたまらない。
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[014]君に泳げ!
 ノーブレス黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
日本でもファンが多いイ・ジョンソクとソ・イングクが共演した青春モノ。 韓国水泳界の期待の星、チョン・ウサン(イ・ジョンソク)が進学した高校に編入してきたかつてのライ・・・
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日本でもファンが多いイ・ジョンソクとソ・イングクが共演した青春モノ。 韓国水泳界の期待の星、チョン・ウサン(イ・ジョンソク)が進学した高校に編入してきたかつてのライバル、チョ・ウォニル(ソ・イングク)と再会。ふたりは幼馴染のジョンウン(クォン・ユリ)とも再会。水泳と恋のバトルの行方は!…みたいなお話。 ま、アイドル映画みたいなものなので、物語は今ひとつ。致命的なのはヒロイン役の少女時代・ユリが可愛く見えないこと。そもそもこの3人が高校生って相当無理があるような気が。 ポイントは、ウォニルがなぜ水泳を辞めたか、というところにあって、それは競泳選手だった父親が試合中に事故で死んだから、という理由があるのだけれど、その割りにあっさり水泳部に復帰するあたり、葛藤はあまり感じられない。 結局父親同様の「ノーブレス」(息継ぎなし=原題)を習得して、スイマーとして第一線に立つんだけど、正直泳いでいるシーンが多くないので、中だるみしまくった感が。 アイドル映画だから許せる人はいいけれど、個人的には映画としての魅力には欠ける作品でした。
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[015]しあわせの記憶
 散らばっていくホームドラマ黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>弁当屋が倒産して姿を消した三浦太郎(渡辺謙)が突然5年ぶりに帰ってきた。最近母の津島純子(麻生祐未)がつきあっている尾方(菅原大吉)のことを調べさせよう・・・
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<あらすじ>弁当屋が倒産して姿を消した三浦太郎(渡辺謙)が突然5年ぶりに帰ってきた。最近母の津島純子(麻生祐未)がつきあっている尾方(菅原大吉)のことを調べさせようと長女の夏波(北川景子)が連れ帰ったのだ。会社経営が巧くいかない夏波、就職できずコンビニのバイトにも力の入らない冬花(二階堂ふみ)、太郎はそうした家族の悩みにどんどん介入していくのだが…。 もうこれはキャスティングの勝利だろう。とにかく渡辺謙が巧い。経営していた弁当屋が倒産して自棄になってパチンコ三昧、挙句の果てに女を作ってそこに長女に踏み込まれ…。離婚せざるを得なかったダメ男を巧演。家族間だからあり得る台詞の掛け合いも、脚本の大石静ならではの出来に仕上がっている。 結局ダメ男のはずなのに、元妻もふたりの娘も結局父親を憎むどころか、愛しているんだなと思う。つまり、離婚して不在になった彼は、現在も「家族」の一員のままでいられるのだ。 だから渡辺謙演じる父親の振る舞い、言葉が意味を持つ。 惜しむらくは次女冬花が突然姿を消すエピソードか。コンビニの先輩店員について、冬場の山梨県の農村に農業研修のため滞在していた、という説明だったが、行き先を隠す理由(しかも携帯メールで突然知らせてくる)がどうも納得できない。 冬場の富士山の麓、西湖でロケをしたかった、というのはわかるけれど、もう少し納得させて欲しかったところ。 渡辺謙のほか、少し色気づいた母を演じた麻生祐未、さらに今どきっぽい二階堂ふみがそれぞれ良かった。北川景子もキツい長女役を好演していたと思う。 従来なら、元妻とよりを戻してハッピーエンド、という展開になりそうなところ、このドラマでは敢えてその道は選ばない。けれど「家族は記憶で成り立っている」というメッセージは十分効いている。 巣立ちの前後の子ども達を持つ親にとっては、自分と重ねてジーンと来るのではなかろうか。
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[016]海にかかる霧
 陰惨黒美君彦2017-01-11
 【ネタバレ注意】
2001年に実際にあった「テチャン号事件」をもとにした作品だというが、何とも陰惨なストーリー。不漁が続き、廃船やむなしの状況まで追い込まれた漁船の船長が、中国からの密航・・・
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2001年に実際にあった「テチャン号事件」をもとにした作品だというが、何とも陰惨なストーリー。不漁が続き、廃船やむなしの状況まで追い込まれた漁船の船長が、中国からの密航に手を貸す。ところが魚艙に閉じ込めていた密航者が事故で皆死んでしまう。 一旦かけ違えたボタンは、二度と元へは戻らない。死体を切り刻み、海に放り込む作業を船長が指示する辺りから船員たちの精神のバランスは崩壊していく。 船員たちの暮らしを守らなくてはならない、という強い信念から密航に手を貸すチョルジュ船長を演じるキム・ユンソクが鬼気迫る演技。 唯一まともだったワノ機関長(ムン・ソングン)が、死んだ密航者の身元を警察に届けると言い出すと、思わず彼を手にかけてしまう船長。 善悪の境がなくなり、海上という密室がじわじわと迫ってくる。 密航者のなかでただ一人機関室にいて生き残ったホンメ(ハン・イェリ)と、彼女を守ろうと決意した新人船員ドンシク(パク・ユチョン)。 若い彼女を襲うことしか考えない先輩船員のギョング(ユ・スンモク)とリャンウク(イ・ヒジュン)も極限状態の中で殺し合い、そしてついにドンシクも彼女を守るために暴力に訴える。 もともとは事件をもとにした戯曲があって、そこから映画化した、という流れ。テチャン号事件そのものは密航者60人のうち25人が死に、遺体を海に投げこんだ、というものだが、こちらはほぼ全員死亡、という設定。 高校を出ているからという理由でいじめられるドンシク。逆にいうと韓国における漁師のおかれている状況も透けて見えてくる。 社会的な底辺にいる者が、密航者というさらなる底辺の者を食い物にし、挙句の果てに人間性をも喪ってしまう恐怖。 アイドル的な人気のあるユチョンが、体を張った熱演を見せている。 ポン・ジュノの初プロデュースということで、期待に違わぬ陰惨さ(笑)。なかなか見応えのある作品だった。
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[017]インタープラネット
 わけわからん黒美君彦2017-01-11
 
<あらすじ>対立する2人の将軍率いる勢力による戦争に決着がつき、カイ(ダン・モール)も収容所で強制労働させられていたが、反乱グループのリーダーハッチ将軍(マーク・レ・・・
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<あらすじ>対立する2人の将軍率いる勢力による戦争に決着がつき、カイ(ダン・モール)も収容所で強制労働させられていたが、反乱グループのリーダーハッチ将軍(マーク・レッドパス)の手引きで、宇宙船「アローヘッド」号に侵入する。ところが磁気嵐によってアローヘッド号は近くの惑星に不時着。避難用小型宇宙艇で脱出したカイは、近くに不時着していた脱出ポッドから女性生物学者のタレン・ホリス(アリーシャ・ローッズ)を救出する。しかし惑星調査中にカイは、洞窟に潜んでいた謎の生物に捕えられる。三日後カイは何故か義足が元の足に戻った状態で目覚める。どうやらエイリアンがカイの肉体に共生し始めたようだった…。 これって何か原作の一部を切り取った作品なのだろうか。エイリアンと人間が合体したスーパーヒーローがいて、そのスーパーヒーローが誕生するまでを描いた作品だ、というならまだ納得も出来る。だが、そうでないならあまりに説明不足で、何がなんだかわけがわからない。 雰囲気はあるし、主役の男女2人も存在感があるだけに惜しい感じ。 結局カイが何をどうしようとしているのかよくわからないし、死んだと思った人物がなぜ復活するのか、コンピューター「リース」はどういう役割なのかさっぱりわからに。 エイリアンもどういう存在かわからないし、乗っ取られたらカイはどうなるんだ?とも思うし。 雰囲気はあっても、物語が成立していないのは相当ツラい。日本で劇場未公開も納得のオージーSF映画でした。
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[018]聖杯たちの騎士
 神の恩寵黒美君彦2017-01-10
 
これは何なんだ、と思いながらスクリーンを凝視する。予備知識なしで、エマニュエル・ルべツキの流麗なカメラワークに酔い、囁きのようなモノローグに身を委ねる。 観終わって・・・
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これは何なんだ、と思いながらスクリーンを凝視する。予備知識なしで、エマニュエル・ルべツキの流麗なカメラワークに酔い、囁きのようなモノローグに身を委ねる。 観終わって公式サイトを読み、初めてそういう話だったのか、と思う。いや、本当にそういう話なのか。 「永遠なんてない」。栄華も享楽も一時の点に過ぎない。主人公はただ自分が生きたかも知れないいろいろな人生を夢見ているのだ、と思った。美しい女性たちとの邂逅…しかしそこにも永遠の安寧はない。 スクリーンでは人工的な建造物やけばけばしい女たちが次から次へと現れる一方で、数億年前から変わらずそこにあるような山脈、じっと動かないサボテンが対峙するように配される。或いはそれは浜辺に打ち寄せる波だ。 私はそんな神の恩寵である原初的な人間の佇まいと、それを破壊し尽くした人間の有り様、そのせめぎあいの中で彷徨う現代人を描こうとしているように思えた。 数限りない選択肢のなかから選んだ現在が、欲望によってのみもたらされたのだとしたら。「なりたい自分が何なのかもうわからない」と呟く主人公は、向かう場所がわからない。ただ他人なのか家族なのかも定かでない人々と近づき、そしてまた離れていく。 登場人物たちの背後には、ヘリが、飛行機が、鳥がいつも飛んでいる。 或いは道路を疾走する主観移動。 風景は目まぐるしく変わる。 大自然から都会の高層建築へ、山脈のシルエットから都会のネオンへ。 それらはまさに彷徨する現代の象徴のように忍び込まされている。 『ツリー・オブ・ライフ』で文字通り生命樹と現代に生きる人間を対比させるとんでもない作品を作ったテレンス・マリック監督だが、この作品ではさほど表に出ているわけではないが、観ている間私の頭のなかでは「神の恩寵」という言葉が浮かんでいた。 それは恐らく誤読なのだろう。しかしストーリーと無関係に、この作品はそんなことまで意識させる作品である。
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[019]2度目の二十歳
 現代の価値観黒美君彦2017-01-06
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>十代で“できちゃった婚”したハ・ノラ(チェ・ジウ)は大学教授の夫キム・ウチョル(チェ・ウォニョン)とことごとくうまくいかず、愛人が出来たウチョルから離婚を・・・
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<あらすじ>十代で“できちゃった婚”したハ・ノラ(チェ・ジウ)は大学教授の夫キム・ウチョル(チェ・ウォニョン)とことごとくうまくいかず、愛人が出来たウチョルから離婚を切り出される。教養のレベルを合わせれば離婚を考え直してもらえるかもしれないと考えたノラは、猛勉強をして息子のキム・ミンス(キム・ミンジェ)が通う大学に合格。しかしミンスに反発され、大学でもおばさん扱い。そこで出会った演出家の教授は、高校時代の同級生チャ・ヒョンソク(イ・サンユン)だった… 『冬のソナタ』(2002年)で一世を風靡したチェ・ジウも四十代に突入。このドラマでは早婚でずっと家にこもっていた女性が大学に入り、本来なりたかった自分を取り戻すというドラマ。設定では38歳で、ひとり息子も同じ大学に通う。子供の頃、若い母親って憧れていたから少しうらやましい気もするけれど、一方で若い母親は女性の円熟期でもあり、女性の社会進出が目覚しい現代を反映したドラマといえなくもない。 大学でおばさん扱いされるチェ・ジウが楽しそうに演じているのが印象的。 役名の「ノラ」はイプセンの『人形の家』の主人公を意識したのだろうか。 家庭のことだけを考えて過ごしているうちに、大学教授の夫からは教養がないとバカにされるようになり、挙句の果てに離婚までもちだされる。ならばと大学で教養を身につけようと思うけれど、そこで見出したのは新たな人間関係と昔の同級生への恋心。 逆にいえば、若すぎる結婚の落とし穴を見せているドラマでもあるわけで、これだけ選択肢が増えている中、晩婚化と少子化はもう歯止めが利かない。実際家庭を築き守ることの価値より、大学や社会で学んで成長する方が人間として豊かである、という考え方は主流のように思える。 このドラマもそうした発想の上に成り立っているので、その意味では物語も凡庸。予定調和といえるだろう。 日本以上に少子化が進む韓国の現代を反映した作品といえなくもない。少子高齢化の行き先は果たして幸福なのだろうか。
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[020]ハイヒールの男
 刑事の密かな願望黒美君彦2017-01-05
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>ヤクザからも恐れられる刑事ユン・ジウク(チャ・スンウォン)は、屈強な肉体を武器に、いつもひとりで事件を解決してしまう。 しかし彼には密かな望みがあった。性・・・
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<あらすじ>ヤクザからも恐れられる刑事ユン・ジウク(チャ・スンウォン)は、屈強な肉体を武器に、いつもひとりで事件を解決してしまう。 しかし彼には密かな望みがあった。性同一性障害で「女になりたい」という強い願望があったのだ。彼は警察を辞めて、海外で性転換手術を受ける決意を固めていたが…。 LGBTという言葉はかなり人口に膾炙したが、この作品で描かれるのはそのうちのトランスジェンダーだ。 チャ・スンウォンは身長188cmと上背があり、これまでも数多くの映画やドラマで刑事役を演じている。だが、この作品では「女らしさ」を隠すために鍛錬を積み、ヤクザに恐れられる刑事となった二面性が逆に奇妙なペーソスを生む。 コミカルな役も得意とするチャ・スンウォンだが、この作品では敢えて生真面目に演じてみせる。それは常に「本来の自分ではない」という感情を抱えているが故の空虚感を表現するためだろうか。 ゴツゴツしたイメージのチャ・スンウォン(日本でいえば阿部寛っぽいといえばいいだろうか)が女装したらどうなるのかと少々心配もしたが、意外にキレイ(笑)だったので少し安心(本人も満足したらしい)。 アクションは相変わらずキレがいいが、少々上映時間が長い気も。 もう少し刈り込めばさらに上質な作品に仕上がったように思う。そこがやや残念。しかし大スターになってもこうした役柄に挑むチャ・スンウォンという男優は、なかなか大したものだと思う。
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[021]ヒトラーの忘れもの
 地雷の国(Land of Mine)黒美君彦2017-01-05
 【ネタバレ注意】
自国が仕掛けた数え切れない地雷を除去する…こんな史実を私は知らなかった。 邦題「ヒトラーの忘れもの」だけを聞くと、牧歌的とまではいわないまでもナチスをめぐる心理ドラマ・・・
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自国が仕掛けた数え切れない地雷を除去する…こんな史実を私は知らなかった。 邦題「ヒトラーの忘れもの」だけを聞くと、牧歌的とまではいわないまでもナチスをめぐる心理ドラマかと思ってしまいそうだが、この作品に描かれているのは「憎い敵をどこまで憎むことが許されるのか」という、きわめて重い命題である。 ノルウェーの地下資源に目をつけたドイツは、中継地としてデンマーク占領を目論み、1940年4月に侵攻。当初「保護国」扱いだったが、1943年には軍事的支配下に置いたため、デンマーク国内では抵抗運動が続いたという。 1942年、ユトランド半島の西海岸では英米の侵攻に備え、ドイツによって「大西洋の壁」と呼ばれる防御線が築かれ始めた。約2600キロに及ぶ海岸線に砲台などが築かれ、このうち400キロを占めるデンマークの西海岸には150万にのぼる地雷が埋設されたという。 1945年5月のドイツ降伏を受け、イギリス軍の監督を受けた地雷除去作業が始まることになる。ドイツ兵のうち約1万人あまりが「故国に捨てられた敵国人」としてデンマークに残されていたが、彼らを使って地雷除去が強制されたのだ。 指揮監督するのはデンマーク人。作業に従事したなかには、少なからず少年兵が含まれていたのだという。 この作品では、ドイツへの敵愾心をむき出しにするデンマーク人ラスムス軍曹(ローラン・ムラ)と少年兵たちが描かれる。 作品は美しい浜辺で、沈黙の中で続けられる緊張した時間をずっと映し出す。 正直観る側としてはたまらない。当然地雷が爆発し、少年が吹き飛ぶシーンが予想されてしまうからだ。 少年兵たちを演じた若き役者たちが、劣悪な環境を体現する。そして…吹き飛ばされる少年。手足が無惨に引きちぎられ、母親の名を呼ぶ少年の姿は目を背けたくなる。エルンストとヴェルナーという双子(エーミール&オスカー・ベルトン)を配することによって、かたわれを喪った少年の自爆が胸に迫る。 軍曹とセバスチャン少年との心の交感も、軍曹の愛犬の爆死を受けてまた関係は振り出しに戻る…。 自国の武器によって殺される少年の気持ちはどうだろう。一瞬の隙を突いて爆発する地雷の恐怖。 一方、ナチスに虐げられてきたデンマーク国民の憎悪も深い。自分たちで仕掛けた地雷を、自ら処理させて何が悪い。それは道理だ。 14人いた少年兵は、誤爆によって4人にまで減る。軍曹はこの4人を帰国させたいと願うが、別の地雷原で除去作業を強制したいと軍部は考える。 なぜこんなことが起きてしまうのか。 今もなお、世界中に眠っている対人地雷の除去作業は続いている(エジプトやイラン、モザンビーク、アフガニスタン、カンボジアがよく知られる)。 デンマークでは21世紀になってもなお、一部で地雷が発見されたという。 理不尽な戦後処理を担うのは結局生き残った人間であり、その意味では戦後瀬戸内海などで掃海活動にあたった船員たちもそうした理不尽な犠牲者だといえるだろう。 悲惨な現場を目撃した少年兵たちの戦後はどのようなものだったのか…そんなことまで考えさせられる作品だった。
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[022]マダム・フローレンス! 夢見るふたり
 歌を愛する“才能”黒美君彦2017-01-05
 【ネタバレ注意】
マダム・フローレンスことフローレンス・フォスター・ジェンキンス(1868〜1944)は実在の大富豪で、ニューヨークの社交界に話題を提供し続けた人物なのだとか。 彼女は夫シン・・・
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マダム・フローレンスことフローレンス・フォスター・ジェンキンス(1868〜1944)は実在の大富豪で、ニューヨークの社交界に話題を提供し続けた人物なのだとか。 彼女は夫シンクレア(ヒュー・グラント)に支えられ、音楽界に絶大な協力を惜しまなかったが、一方で音痴でありながら歌手になる夢を捨てなかった人物として描かれる。 実はこの作品はきわめて難しいバランスの上に成立している。 彼女を支える夫も音楽界の重鎮も、マダム・フローレンス(メリル・ストリープ)を割れ物を扱うように丁寧に持ち上げる。ピアニストとして雇われたコズメ・マクムーン(サイモン・ヘルバーグ)のみが、その欺瞞に気づいているが、彼もまた笑いを押し殺すしかないのだ。下手すると厭味な感じがつきまとう物語ではある。 シンクレアには美しい愛人がいるし、真剣に音楽と向き合う記者は「音楽への冒涜だ」と怒りを隠さない。 だが、76歳にして彼女の開いたカーネギーホールでの舞台に、誰もが喝采を送る。 この作品の素晴らしいところは、マダム・フローレンスの歌(音楽)を愛する姿そのものを「才能」として描いている点だ。 彼女が自らが音痴だということに気づいていなかった、というのは恐らく本当なのだろう。しかし、それでも彼女の姿や歌声を通じて、音楽への愛を感じることはできる。逆にいえば愛のない音楽に魅力はない。 マダム・フローレンスを演じたメリル・ストリープはさすが。若い頃、最初の夫に梅毒を移され、その後遺症に苦しんだ過去も、さらりと語られる分その重みが伝わってくる。 シンクレアを演じたヒュー・グラントは50代も半ばを過ぎ、初老の役を演じられるようになったというのは別な意味で感慨が…(笑)。 監督のスティーブン・フリアーズも淡々とした、しかし押さえるところは押さえた演出で、さすがと思わせる。 実話といいつつ、事実とはもちろん大きく異なるのだが、爽やかな余韻が残る作品。
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[023]女子ーズ
 黒美君彦2017-01-05
 【ネタバレ注意】
旬の若手女優を揃えて、やる気のない戦隊を作って怪人と戦わせたら…という、福田雄一監督らしいゆるゆるなパロディ。とはいえこれだけメンバーを揃えただけでもスゴいといえる・・・
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旬の若手女優を揃えて、やる気のない戦隊を作って怪人と戦わせたら…という、福田雄一監督らしいゆるゆるなパロディ。とはいえこれだけメンバーを揃えただけでもスゴいといえるかも。桐谷美玲、藤井美菜、山本美月、高畑充希、有村架純が、それぞれ正業を抱えながら(といってもバイト2名、劇団員1名、OL1名、令嬢1名だけど)地球の平和を守るために時々欠席しつつ、怪人と対峙。 残念ながらそれぞれの持つ演技力や色気とは無縁なので、台詞回しも敢えて棒読み。 まあ愛でるのが目的なので、内容はどうでもいいんですけどね。言われた通りじっと戦隊を待つ怪人たちが健気でありました(笑)。
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[024]友よ、さらばと言おう
 MEA CULPA黒美君彦2017-01-05
 【ネタバレ注意】
リュック・ベッソンの登場後、仏映画はハリウッドを目指したアクション主体の作品が明らかに増えたし、恐らくニーズも高いのだろう。 その意味ではこの作品もその範疇に含まれ・・・
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リュック・ベッソンの登場後、仏映画はハリウッドを目指したアクション主体の作品が明らかに増えたし、恐らくニーズも高いのだろう。 その意味ではこの作品もその範疇に含まれる。 とはいえ、カメラは時折フランス映画特有の叙情性に溢れたカットを捉えるし、雰囲気は決して嫌いではない。 飲酒運転による死亡事故を起こし、警察を辞めた元刑事シモン(ヴァンサン・ランドン)と、かつての相棒フランク(ジル・ルルーシュ)が、マフィアの殺人を目撃したシモンの息子テオ(マックス・ベセット・ド・マルグレーヴ)を守るために闘う、という物語。 まともに警備しようとしない警察を無視して自分たちで闘うのだが、シモンを演じたヴァンサン・ランドンの見かけがやや高齢すぎるか(撮影時55歳なんだけど)。 見どころは超高速列車TGVでのアクション。列車内で撃ちまくるわ列車は停めてしまうわ、鉄道会社がどこまで協力したのかわからないが、接近してくる列車に線路に組み敷かれた組織のボスがビビるシーンが笑えた。 邦題通り、友フランクはこの銃撃戦のなかで息絶えるのだが、そこでシモンがクビになった死亡事故の隠された真実が告白される。道理でシモンはフランクに冒頭冷たかったわけだ、ということ。こういう人間ドラマをちゃんと配置してくるところは評価。 原題の“MEA CULPA”は、ラテン語で「私の過ち」とでもいった意味らしい。教会での告白で用いられる言葉なのだそうだ。 上映時間もコンパクトで観やすいアクション映画。ただ、意外にすぐ忘れてしまいそうな予感もする。インパクトがやや弱いのが難かもしれない。
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[025]エクスペンダブルズ3 ワールドミッション
 オールスターキャスト黒美君彦2017-01-05
 【ネタバレ注意】
お約束っちゃお約束だけれど、いつもの面々にウェズリー・スナイプス、アントニオ・バンデラス、さらにはハリソン・フォードにシュワちゃん、さらには敵役にメル・ギブソンと、・・・
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お約束っちゃお約束だけれど、いつもの面々にウェズリー・スナイプス、アントニオ・バンデラス、さらにはハリソン・フォードにシュワちゃん、さらには敵役にメル・ギブソンと、もうこれでもかというほどのオールスターキャスト。ストーリーもきわめて明快で、若い世代と古い世代の融合もなかなかいい。敵役がメル・ギブソン以外個性を持っていないというのもすっきり。 とにかく一国の軍隊を10人やそこらで撃滅してしまうのだから(笑)。味方は決して弾が当らないのだから安心して観ていられるアクション大作。 今回は若手格闘家を揃えたのが特徴だけど、そりゃメンバーが高齢化の一途では観客層も限られるからね。意外に若手が邪魔になっていないところはベテラン陣の面子を立てたんだろうな。 ウェズリー・スナイプスは服役後の出演ということで、のっけから刑務所脱出シーンへ。服役理由が「脱税」と本人に言わせるあたり、思わずにやりとしてしまう。 バカバカしさを超えて、ここまで徹底されると次回作が楽しみになってしまう。もういくところまでいってほしい。
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[026]闇金ウシジマくん Part2
 「たかが5円で命拾い」黒美君彦2017-01-04
 
闇金映画の主要な登場人物はやっぱり…といった面々。一度はカウカウファイナンスで働き始める加賀マサル(菅田将暉)、上を夢見るホスト神咲麗(窪田正孝)、神咲と夢を分け合・・・
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闇金映画の主要な登場人物はやっぱり…といった面々。一度はカウカウファイナンスで働き始める加賀マサル(菅田将暉)、上を夢見るホスト神咲麗(窪田正孝)、神咲と夢を分け合ったはずの藤枝彩香(門脇麦)、そして不良少年グループをまとめる愛沢浩司(中尾明慶)。 どいつもこいつも不相応な金の力を頼って、逆に金の亡者となって堕ちていく。 無理が無理を呼んで借金は雪だるま式に増えていく。それでもいいと思って金を借りるから、多重債務者や自己破産が後を絶たないんだろうけど。 第一作同様頭のイカれた男が登場(第一作では新井浩文)、今回門脇麦のストーカーとして登場するのは柳楽優弥。ま、丑嶋社長の敵じゃないんだけど(笑)。危ない仕事であることを表現するにはさすがに少々安直な気もするけど。助けられた麦ちゃんから「あんたらは人間のクズ」と言われると、さすがに可哀想ではあるよな。 何も考えず銃をぶっ放すマサルの愚かさもさもありなん。「たかが5円で命拾い」するシーンもなるほどな、と思わせる。 ま、あんまり深く考えずに楽しめる作品。
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[027]闇金ウシジマくん
 「ケチャップが足りねーな」黒美君彦2017-01-04
 【ネタバレ注意】
原作コミックは未読だし、ドラマも観ていない。 闇金“カウカウファイナンス”の社長丑嶋馨(山田孝之)。困った債務者たちを追いながら、丑嶋があくまでクールに取り立てるシー・・・
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原作コミックは未読だし、ドラマも観ていない。 闇金“カウカウファイナンス”の社長丑嶋馨(山田孝之)。困った債務者たちを追いながら、丑嶋があくまでクールに取り立てるシーンは、時に腹が立ち、時にスッキリする。今回の困った債務者はギャル汚こと小川純(林遣都)と彼に上昇志向を教わった鈴木未來(大島優子)。 実際こんな世界があるのだろうし、欲望に人生を翻弄される人間はいつの世も絶えることはないのだろう。ただ、少なくともこんな世界には関わりたくない、と思うのもまた自然なことなのだが。需要が供給を生む。誰からも金を貸してもらえない人間は、闇金を頼る。 にこりともせず、ひたすら強い山田孝之が好演。好きなオムライスにかかっているケチャップの量に文句を言うとき、かすかに人間らしい横顔を見せる。 テレビドラマ版では主役級だったらしいけど、片瀬那奈が何しに出てきたのかよくわからず。顔見せだったんだろうけど。 小川は樹海で縛られ、悲惨な最期を迎えるのだろうなあ。ラストに対しては「殺しちゃダメだろ」と思うけれども。 かつてのVシネマのような感じではあるけれど、それなりに面白く見た。
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[028]欲動
 図式的過ぎるか黒美君彦2017-01-04
 【ネタバレ注意】
大きくいえばバリを舞台にした日本人の夫婦のお話。 哲学的な響きで知られるガムランと、何かしら焚きつけてくるようなケチャが響く中で展開される物語なのだが、今ひとつ盛り・・・
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大きくいえばバリを舞台にした日本人の夫婦のお話。 哲学的な響きで知られるガムランと、何かしら焚きつけてくるようなケチャが響く中で展開される物語なのだが、今ひとつ盛り上がりに欠けたのは何故だろう。 登場人物は重い心臓病でいつ死ぬともわからない千紘(斎藤工)とその妻で看護師のユリ(三津谷葉子)。彼らは千紘の妹でオランダ人ルークと結婚した臨月の九美(杉野希妃)を訪ねてバリにやって来た、という設定だ。 死に直面している千紘と、出産を間近に控えている九美が、それぞれ死と生を象徴しているのは明らかだ。 ではユリは、というと、宙ぶらりんな存在。そこで夫に充たしてもらえない性欲を、地元の男に充たしてもらうということになる。 と、こうして書いていてもわかる通り、全体的に図式的な印象は否めない。 たとえばこれがバリではなく、日本だったらユリはここまで大胆になれただろうか。死ぬことばかりを見て、一向に自分を振り向いてくれない夫への反発もあったのだろうが、そんな彼女をバリの開放的な空気が大胆にする、ということなのだろう。だが、その欲望は彼らの関係を変えただろうか。いや、心臓を悪くしている夫に馬乗りになって行為を求めることにしか変化はないのではなかろうか。 千紘は看護師であるユリに対して「死に慣れているところが嫌だ」という。ところが、バリに来た彼女からそうした看護師の匂いを感じとることはできない。あるいはそのように感じさせる台詞があるわけでもない。 結局性愛のもつ意味までも問おうとした意欲作のはずなのだが、残念ながらその域には達していないように思う。 監督の杉野希妃は俳優でありプロデューサーであり、という才人なのだが、この作品については雰囲気は買うものの、描こうとした対象が大きすぎたのではないか、という印象がある。まだ少し早かったのではないだろうか…。
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[029]ゴースト・オブ・マーズ
 あはは黒美君彦2017-01-04
 【ネタバレ注意】
『要塞警察』(1976年)の旨みはやはり忘れられないんですね。 周囲からじわじわ近づいてくる敵をどうやっつけるか、という基本理念は忘れず、何かと制約の多い地球を脱出して・・・
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『要塞警察』(1976年)の旨みはやはり忘れられないんですね。 周囲からじわじわ近づいてくる敵をどうやっつけるか、という基本理念は忘れず、何かと制約の多い地球を脱出してついに火星到達! SFホラーってやつでしょうけど、火星の生物?に憑依された連中はもうほとんどゾンビ状態。首をやたら刈りたがるのが特徴でしょうか。 で、ひとりまたひとりと、悲壮感なく殺されてしまう、これぞカーペンター節というべきでしょうか。 薬物に弱いらしいことに早く気づけばいいのに、と思いつつ、結局大戦争になだれ込む気配でエンディングという、ここまで来ればそれはそれでいいのかと(いいのか)。 ナターシャ・ヘンストリッジは本当に頑丈そうだし(笑)、アイス・キューブはあまり強そうにないけどそれなりに頑張っているし、まあこれはこれでいいのではないでしょうか。二度観たいとは思いませんが(笑)。
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[030]フィッシュマンの涙
 寓話黒美君彦2017-01-04
 【ネタバレ注意】
治験の薬の副作用で魚へと変貌してしまいつつある青年パク・グ(イ・グァンス)と、スクープを狙う見習い記者サンウォン(イ・チョニ)、それに女友達ジン(パク・ボヨン)は、・・・
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治験の薬の副作用で魚へと変貌してしまいつつある青年パク・グ(イ・グァンス)と、スクープを狙う見習い記者サンウォン(イ・チョニ)、それに女友達ジン(パク・ボヨン)は、真実を知らせるべく製薬会社の厚い壁に挑む、という物語。 いってみれば寓話であり、現在の韓国の格差や若者の抱える閉塞感を表現したかった、というのはわかるのだが、コメディにもなり切れず、かといってシリアスな展開にもなり切れず、少々中途半端感が漂う。 イ・グァンスは主役でありながら一度も素顔は出て来ない(写真は出てくるが)。 毎回、最大6時間をかけて魚顔メイクをしていたそうだが、このメイクが可愛くない…というか寧ろグロテスクなのがうーん。 ところが魚に突然変異を始めた青年は、ちっとも怒りをぶつけようとしないのだ。 周囲はみなそれなりに憤っているのだが、本人はどこか他人事。生きる目的も持たない(持てない)現代の若者を象徴していると捉えるべきか。 果たして青年は魚になったから生きづらいのか、いや魚になって注目されたことを考えれば、そのまま人間として生きる方がもっとつらかったのかもしれない。 自ら死ぬこともままならず、ラストは思った通りの展開…ではあるのだが、何ともいえない現代の醜い一面をえぐる作品であることは確か。
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