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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3417件)rss
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[001]ビギナーズ
 埋もれた名作かも黒美君彦2017-03-23
 【ネタバレ注意】
1986年当時の空気を封じこめたかのような作品。ミュージック・クリップの佳作が次々世に出て、音楽と映像の融合が進んだ時期。監督のジュリアン・テンプルもセックス・ピストルズ・・・
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1986年当時の空気を封じこめたかのような作品。ミュージック・クリップの佳作が次々世に出て、音楽と映像の融合が進んだ時期。監督のジュリアン・テンプルもセックス・ピストルズのドキュメンタリーやMTVで活躍していたという。だから全編がミュージック・クリップのようなテイストに彩られている。 そしてここで舞台となっているのは1958年ロンドンのノッティング・ヒル周辺。“ティーンエイジャー”という存在が注目されたのは1950年代半ば以降だといわれるが、そのティーンエイジャーたちの夢と挫折、そして背景の黒人排斥運動などがこの作品のテーマとして描かれる。 全体としてはミュージカル・ファンタジーの様相だが、主役のコリンを演じたエディ・オコネルとヒロインのスゼット役のパッツィ・ケンジットはそれぞれなかなかいい。特にパッツィ・ケンジットはとてもキュート(どうしてもっとブレイクしなかったのだろう)。 そしてデヴィッド・ボウイ。主題歌と挿入曲も彼の手によるものだが、彼の立ち位置はやや曖昧。かつて夢を売り、今や不動産を売っているフィクサーといったところで、後半の黒人への暴行地上げ騒動の黒幕、という役回りなのだけど…。 1986年といえば、世界的にバブル経済が膨らみつつある頃だった。世界中で不動産の値が上がり、ジャパンマネーが相次いで超高値でばんばん購入していた。そこで邪魔になるのはそこで暮らす貧しい住民だ。 作品後半では人種差別のファシスト集団が登場し、「英国を白人の取り戻せ!」と気勢を上げるが、これは21世紀初めの現在と重なる光景だ。 経済第一になると、必ず弱者にそのしわ寄せがいき排他的になる。そんな光景は1986年当時の映画でありながら、予見的ですらある。 個人的には昔から好きなシャーデーが歌うシーンが挿入されているのが嬉しい。 監督のジュリアン・テンプルは今はドキュメンタリー映画を中心に活動を続けているとか。 今は亡きデヴィッド・ボウイを偲んだ。
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[002]カルテット
 面白かった黒美君彦2017-03-22
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>ある日練習していたカラオケボックスで出会ったバイオリニストの巻真紀(松たか子)、別府司(松田龍平)、チェリストの世吹すずめ(満島ひかり)、ヴィオラ奏者の・・・
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<あらすじ>ある日練習していたカラオケボックスで出会ったバイオリニストの巻真紀(松たか子)、別府司(松田龍平)、チェリストの世吹すずめ(満島ひかり)、ヴィオラ奏者の家森諭高(高橋一生)の4人は、弦楽四重奏のカルテット「ドーナツホール」を結成。別府の祖父のものだという軽井沢の別荘で共同生活を送る。レストラン「ノクターン」で演奏活動をするうち、それぞれの過去が明らかになっていく。真紀は夫の幹生(宮藤官九郎)が失踪したと話すが、実は真紀が殺したのではないかと義母鏡子(もたいまさこ)に疑われ、すずめは依頼されて真紀の動向を探っていたのだった…。 なかなかミステリアスでコミカルな面白いドラマ。脚本家坂元裕二と、メインの演出を務めた土井裕泰の力によるところが大きい。 登場人物4人がそれぞれ過去に謎を秘めていて、共同生活を送るに従って薄皮を剥がすようにその謎が明らかになっていく。 その謎の中核を松たか子演じる巻真紀が握っている。失踪した夫を彼女は本当に殺したのか。彼女は何者なのか。誰を愛しているのか。 コントのようにところどころ散りばめられている他愛ないやりとりもまた、実は伏線になっていたりする。 ただリアリティがあるようでないので、やりとりが演劇的に過ぎるか、という気もしていた。 ところが、殺されたかも知れない、と観る者も思っていた真紀の夫幹生(宮藤官九郎)が登場する全十話の第六話からドラマは俄然面白くなる。とりわけこの第六話はきわめて秀逸だった。夫と妻が、同じエピソードを別の相手に語るとき、同じコメントを別の感慨を込めて語るのだ。 「(これから)40年か」と家族をずっと求めていた真紀が笑顔で語れば、「40年かぁ!」と結婚生活にうんざりした幹生がため息混じりに吐き出す。一緒にいながら通わない男と女の言葉の違いがサスペンスフルに描かれていた。 第八話の後半も満島ひかりの魅力が溢れていて好きな回。 展開がところどころ無茶だろ、と思わせるほど早いのも特徴的だった。 高橋一生や吉岡里帆のつかみどころのなさも面白かった。ふたりとも笑わない瞳が印象的だが、息子と会っている時の高橋一生は父親ぶりが堂に入っていて巧かった。 そして椎名林檎作詞作曲のテーマ曲「おとなの掟」を4人で歌うラストのビデオクリップがまたオシャレ。 何かを伝えるとか、何かをもたらす、とかいうのではなく、漠然と、でも懸命に生きる三十代のカルテットが妙に心に残る作品だった。
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[003]汚れたミルク/あるセールスマンの告発
 複合的な加害黒美君彦2017-03-22
 【ネタバレ注意】
パキスタンで粉ミルクを販売する多国籍企業の営業マンとして働くアヤン(イムラン・ハシュミ)は、医師への接待や買収で着々と業績を上げる。ところが彼は、その粉ミルクが原因・・・
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パキスタンで粉ミルクを販売する多国籍企業の営業マンとして働くアヤン(イムラン・ハシュミ)は、医師への接待や買収で着々と業績を上げる。ところが彼は、その粉ミルクが原因で大勢の子どもたちの命が奪われていることを知る。粉ミルクを不衛生な水で薄めて飲ませた結果、乳幼児が病気になったり栄養失調になってしまったのだ。告発をさせまいとする企業と、信念を貫こうとするアヤン。NPOを通じてこの事実を知ったドイツの放送局がスクープとして取り上げようとするが…。 2014年に製作されながら、映画祭出品はあったものの一般公開が殆どされて来なかったというこの作品。 アヤンの告発を聞きながら、映画監督やNPO関係者、そして弁護士が法的リスクについて討議するという展開だ。そう、この作品は実話に基づいていて、映画化に伴うリスク管理そのものを映画の中に取り込むという、入れ子の形をとっているのだ。 告発をするセールスマン、そしてそれを支える支援者や家族、という設定はわかりやすい。とりわけ、告発を迷うシーンでの妻ザイナブ(ギータンジャリ)の「私や子どもを言い訳にして信念を曲げるの?そんな人を尊敬できない」と背中を押す台詞は感動的ですらある(しかもこのギータンジャリが美しい!)。 独学で法律を学んだという父親も頼もしく、迷う息子を叱咤する。 ところが告発を決意したアヤンが放送直前に突きつけられたのは、彼が企業に対して金を要求した音声データだった。 放送局側からすれば、企業に金を要求した人物の告発をそのまま放送するわけにはいかない。買収や賄賂が日常的に行われているパキスタンであろうともだ。 同様の問題を前に、映画スタッフも逡巡する。 この粉ミルクの問題は大変難しい問題を孕んでいる。ミルクそのものに問題はないからだ。 問題はインフラの遅れだ、と企業側は主張する。水道が整備されていないのは粉ミルクのせいではない、と。 そして母親たちの識字率も大きな問題だとする声もある。イスラム原理主義に立つ体制では女子教育は行われず、その結果いくら容器に注意書きを施しても読めない、という現実がある。 企業はどこまで責任を負うべきか、というのは大変難しい問題だ。一方で売る相手に対する想像力を働かせることがきわめて重要なはずだが、利益の確保が最優先されるのもまた事実だ。とりわけ発展途上国においては、贈収賄が日常化し、医師が率先して粉ミルクを推奨していた。企業だけを悪者にするのはどうなのか、という意見も十分説得力がある。 ただ、同時にこのような複合的な加害は、世の中至るところで見受けられる。 原発にしても公害にしても、当事者が増えれば増えるほど責任は分散され、責任者が見えなくなるからだ。 ちなみに本作で取り上げられた多国籍企業とは「ネスレ」のことであることが冒頭で明かされる。 ネスレは公式HP上で、NPOが1999年に発行した内容が疑わしい報告書に基づいた映画だと非難した上で、告発した社員についても97年に自己都合で退職した者であり、給料をめぐって会社と争った挙句こうした告発を行ったと主張している。 恐らく多少の誇張はあるにせよ、アヤンの告発は大きくは外していないのだろう。パキスタンがこの映画の製作に協力していない点をみても、「不都合な真実」がこの作品にはあるに違いない。 だが、問題は乳幼児の死亡率をどう下げるかだ。 アヤンの家族は今、カナダに移住しているという。 そして日本の企業もまた、粉ミルクの売り込み攻勢をパキスタンで行っているという。
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[004]江南ブルース
 ヤクザの青春ストーリー黒美君彦2017-03-21
 【ネタバレ注意】
1970年代の韓国を舞台に、今や高級な街区というイメージの強い江南地区の地上げをめぐる思惑やヤクザたちの抗争を描いた作品。 主人公の二人の孤児キム・ジョンデ(イ・ミンホ・・・
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1970年代の韓国を舞台に、今や高級な街区というイメージの強い江南地区の地上げをめぐる思惑やヤクザたちの抗争を描いた作品。 主人公の二人の孤児キム・ジョンデ(イ・ミンホ)とペク・ヨンギ(キム・レウォン)が、対立する組織に身をおき、這い上がろうと必死に闘う…というのは、わりとありがちなヤクザものの定番ストーリー。 裏切りや罠があちこちに仕掛けられていて、最後に笑うのは地上げに成功した政治家たちというのも多分そうなのだろう。 1970年代前半は朴正煕による軍事独裁の時代であり、一方で温存された財閥と国民の格差は極端なまでに広がっていた。 上へ上へと上りつめることを夢みる若者は、戦後間もない時期の日本にも大勢いたに違いない。 ユ・ハ監督が10年にわたって製作してきた「街三部作」の完結編だというが、前二作を観ていないので比較は難しい。 ただいずれも街の裏側にはびこる暴力と裏切りがテーマになっている点が共通しているとか。 足を洗ってクリーニング店を経営するカン・ギルスを演じるチョン・ジニョンがいい役どころ。せっかく堅気になったのに、イ・ミンホに巻き込まれてヤクザ稼業に戻ってしまうのが可哀想。 ただ、全体としては韓国ヤクザ映画らしい、としかいいようがない。混沌とした時代の背景には恐らくこんな血みどろの時代があったんだろうな、とは思わせるけど。イ・ミンホ、キム・レウォンは減量して頑張っていると思う。
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[005]A LIFE〜愛しき人〜
 主役は実は。。。黒美君彦2017-03-21
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>アメリカ・シアトルから東京の壇上記念病院へ10年ぶりに戻ってきた外科医・沖田一光(木村拓哉)。心臓疾患で倒れた院長の壇上虎之介(柄本明)の手術を任されたの・・・
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<あらすじ>アメリカ・シアトルから東京の壇上記念病院へ10年ぶりに戻ってきた外科医・沖田一光(木村拓哉)。心臓疾患で倒れた院長の壇上虎之介(柄本明)の手術を任されたのだ。壇上記念病院ではかつて一光とつきあっていた院長の娘で小児科医の深冬(竹内結子)と結婚した幼馴染の壮大(浅野忠信)が副院長になっていた。一光は、壮大によってかつて病院を追われたのだ。複雑な思い抱く壮大。そんな中、深冬の脳に異常が見つかる…。 SMAP解散後、初めてとなるキムタク主演ということで注目されたドラマ。 キムタク、浅野忠信、竹内結子という三角関係が物語の核になるかと思わせつつ、そうならないのが良かったのかどうなのか…。 病院乗っ取りを画策し、顧問女性弁護士と愛人関係にある浅野演じる壮大が主役じゃないのか、という声も多数あったようで。最初はとんでもない役だったのに、後半は実はいいヤツで、最終回ですっかり人間性を取り戻すという美味しい役柄。その分存在感がなくなったのがキムタク。キムタクが壮大役だったら良かったのに。 手術シーンを含め、病院の場面はリアリティがあっていいんだけど、いくら小児の脳外科手術の経験があるからといって、心臓外科医が脳外科手術やるかね。そりゃ確かに心臓も脳も循環器系であることは確かだけどムリがあるのでは? 深刻な顔しか出来ない顧問弁護士榊原実梨(菜々緒)が、病院の全体会議?でいきなり深冬の脳腫瘍について暴露するのも有り得ない話。弁護士だろ?病気は最も扱いを慎重にすべき機微情報であり、そんなことを暴露しようものならプライバシー権の侵害、弁護士会除名になりかねない話。 有名病院の跡取り息子で修業中の医師井川颯太を演じた松山ケンイチがなかなかいい味を出していた。 ま、キムタクにはスーパードクターでもさせておくか、という感じだけど、そろそろ悪役もさせないと演技に拡がりが出ないのでは?
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[006]利休
 一分の隙もない黒美君彦2017-03-21
 【ネタバレ注意】
28年ぶりに再見した。改めて観てもワンカットワンカットに全く隙がない。 天下をとり、さらに大陸へ食指を伸ばそうとする俗人の極致である豊臣秀吉(山崎努)と茶頭の千利休(・・・
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28年ぶりに再見した。改めて観てもワンカットワンカットに全く隙がない。 天下をとり、さらに大陸へ食指を伸ばそうとする俗人の極致である豊臣秀吉(山崎努)と茶頭の千利休(三國連太郎)の蜜月と確執の日々。 秀吉は才能溢れる利休の最大の理解者であるが故に、彼への激しい嫉妬を抱えている。 一方利休は利休で、秀吉の命に逆らうことはなく巧みに世事をこなしていく。それは彼の処世術であり、全てを超越し、芸術にこそ仕える彼の矜持でもあっただろうか。 大地に果てはない、と呵呵大笑する信長を引き継ぎ、唐御陣を目論む秀吉。ワンマンであるが故に諌めるものもなく、次第に狂気の色に染まっていく秀吉を山崎努が熱演。対して常に達観したかのような利休の三國連太郎が印象的だ。 この作品の特徴は、巧みな音の構成と緊張感に溢れる空間だろう。 どのカットもかっちりとした画角で、見事というしかない。それぞれが一幅の絵画のような趣きさえある。そして決して邪魔にならない柔らかな照明が、それぞれの人、物を立体的に浮かび上がらせる。 そのなかでワダ・エミのデザインによる着物が前衛的で異彩を放っているが、決してそれも邪魔にはなっていない。考えてみれば利休もまた前衛の人であったし、監督の勅使河原宏も前衛を生きた人であった。 さらに本物志向は茶道具や花器にまで徹底していて、国宝クラスの器や屏風などがふんだんに使われているというのも注目に値する。 人も物も比類なき緊張感に包まれているのだ。武満徹の抑制的な音楽もまた素晴らしい。 ムダを省いているが故に、秀吉と利休の関係をある程度知らないと恐らくついていけない。 茶室での天下人と茶聖のもてなしは、真剣勝負であり、あたかも斬り合いのようですらある(だから武家が好んだのかも知れない)。 虚飾を捨てて斬り合う場であるからこそ、秀吉は利休を敬い、そして恐れたのではなかったか。 そして弟子の山上宗二(井川比佐志)が惨殺されたとき、利休は声を上げることを決意する。声を出さなければ自らを殺すことになる。その道を選ばず、自刃申しつけを覚悟の上で秀吉に意見する利休。 ラストの竹林の前衛的なシーンは、あたかも勅使河原宏による前衛生け花のようでさえある。 無駄を排した赤瀬川原平の脚本も見事。 ポルトガル人から信長に献上された地球儀は、信長から利休へ、そして秀吉へと渡される。 鶴松と地球儀で遊ぶ秀吉は、チャップリンの『独裁者』のようである。実際唐御陣と呼ばれた朝鮮出兵で、多くの人々が殺された。 原作である野上彌生子の小説『秀吉と利休』も傑作の名に相応しい力作だが、この作品もまたそれに羞じない名作だ。二十世紀の邦画を代表する作品のひとつとしてもっと高く評価されてもいいのではないかと思う。
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[007]巨神兵東京に現わる 劇場版
 「シン・ゴジラ」の先駆け黒美君彦2017-03-21
 【ネタバレ注意】
3DCGを一切使わずにミニチュアのみで制作したものに、劇場公開用に若干CGを加えたもの、だそうで。 庵野秀明と樋口真嗣のコラボで大ヒットした『シン・ゴジラ』が、この作品の・・・
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3DCGを一切使わずにミニチュアのみで制作したものに、劇場公開用に若干CGを加えたもの、だそうで。 庵野秀明と樋口真嗣のコラボで大ヒットした『シン・ゴジラ』が、この作品の下敷きとまではいわないものの、東京を破壊するシーンは近いわけで、なるほど、と思う。 ナウシカの巨神兵が、破壊神として闊歩する姿は、ナウシカの前史的なカタストロフとしてよく出来ている。災厄から逃げろ、生き延びろ、というテーマが東日本大震災やそれに伴う原発災害を意識しているのは間違いない。 災厄は突然襲うものである、というのはその通りであり、日常には非日常に対する備えが必要だ、という、ある意味当たり前のことをこの短い特撮で描くとはさすが。 そんな当たり前のことを忘れてしまうのが現代人の愚かな性ではあるけれど。
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[008]アオゾラカット
 西成発異色ドラマ黒美君彦2017-03-17
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>24歳の川村翔太(林遣都)は母すみれ(床嶋佳子)の葬儀のため、パリから大阪市西成区へ帰って来た。地元で美容院を営む父・吾郎(吉田鋼太郎)は母が家を出るきっ・・・
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<あらすじ>24歳の川村翔太(林遣都)は母すみれ(床嶋佳子)の葬儀のため、パリから大阪市西成区へ帰って来た。地元で美容院を営む父・吾郎(吉田鋼太郎)は母が家を出るきっかけを作ったことから、翔太は喧嘩別れしてパリで美容師をしていたのだ。アシスタントの仲井遥(川栄李奈)を雇いながらまともに仕事をしない吾郎は、大きな借金も抱えていた…。 どこか吉本新喜劇を思わせるようなコメディ的なドラマ。大阪弁に難があるのは仕方がないけれど、林遣都が西成出身でパリで活躍する美容師という設定は若干ムリが…。吉田鋼太郎の役柄はなかなか美味しい。女にだらしなく、金もないのにボランティアで養護老人ホームで髪を切る。店も潰れる寸前というのは無理ないように思える。 そこで偶然店復活の流れが生まれるのだけど、それがインバウンドであり、SNSであり、というのが現代的というか何というか。いつの間にか西成も労働者の町からインバウンドの町へと大きく変貌しつつあるが、そうした変化を巧く取り込んでいるのは好感が持てる。 アシスタントを演じた川栄李奈は好演。彼女は今後伸びてくるのでは? 「アオゾラ」に引っ掛けたラストシーンもなかなか美しかった。大阪であんなにキレイな青空が臨めるのは早々ないような気もするけれど。 1時間ドラマとしてはうまくまとめていたと思う。 山崎静代やカネモッチは要るかなー、という感じですが(笑)。
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[009]ボヤージュ・オブ・タイム
 眠ってしまうのも黒美君彦2017-03-17
 【ネタバレ注意】
ハーバード大学で哲学を修めたテレンス・マリック監督らしい、宇宙と生物と時間と芸術を融合させたネイチャー・ドキュメンタリー。こうした彼の思考の方向性は、『ツリー・オブ・・・
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ハーバード大学で哲学を修めたテレンス・マリック監督らしい、宇宙と生物と時間と芸術を融合させたネイチャー・ドキュメンタリー。こうした彼の思考の方向性は、『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)の一部などにも反映されていたが、残念ながら人間ドラマとの相性は良くなく、成功したとは言えなかった。だから、本作のようなドキュメンタリーに特化した映画を製作したのかも知れない。 ビッグバンから始まる宇宙の進化、その中の砂粒のような惑星で生物が誕生し、やがて海から陸へ、爬虫類から哺乳類へと進化していく。 “永遠の誕生”…とナレーションは語る。生物に限らず万物は生まれては死に、生まれては食べ合い、そしてまた生まれる。 そこにある「意思」は何か。 劇中、「母よ…」と幾度となく呼びかけられる。 母は、すなわち神と言い換えることもできる。創造主を仮定すると、この作品は途端に宗教的になっていく。 と同時に、長い長い時間の果てに現在に現れた人間同士の争いが、無意味なものにも見えてくるが、一方で互いを貪り食って来た生命の歴史を顧みれば、生き物同士のいさかいは避けようがない、ともとれる。 その辺りの真意はどこにあるのだろうか。 ただ、生物としては弱かった人間という種が繁栄してきたのは、互いに助け合う社会性があったから、というのは間違いなく、後半はそれを描いているようにも思うけれど。 映像は特殊効果も含めきわめて美しい。恐竜には親子の情なんてあったのだろうか。けれど、同時に睡魔が時折襲って来るのも確か。 音楽と映像に身を委ね、眠ってしまうのも「ボヤージュ・オブ・タイム」、いいんじゃないだろか。
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[010]破門 ふたりのヤクビョーガミ
 OVのような黒美君彦2017-03-15
 【ネタバレ注意】
原作は未読。大阪を舞台にしたドラマって、ヤクザと金とドタバタしかないのか…というのが率直な感想。 佐々木蔵之介は目を剥いて頑張っているし、横山裕もヘタレな男を熱演して・・・
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原作は未読。大阪を舞台にしたドラマって、ヤクザと金とドタバタしかないのか…というのが率直な感想。 佐々木蔵之介は目を剥いて頑張っているし、横山裕もヘタレな男を熱演しているけれど。 ヤクザ同士がいがみあい、これという見せ場もないまま時々アクションが挿入される、というヤクザもののオリジナルビデオのような印象。 原作の『破門』は、「疫病神」シリーズの第五作で、黒川博行の直木賞受賞作品ということで、佐々木演じる二蝶会の桑原保彦と横山演じる二宮啓之が知り合ったきっかけなどはすべて割愛。原作読んでいないから二人の関係性が初めはわからんが、そこは織り込み済みだからいいのだろう。 エンタメものとして割り切ればいいんだろうけれど…。
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[011]ハルチカ
 中途で大転回黒美君彦2017-03-15
 【ネタバレ注意】
原作は初野晴の青春推理小説シリーズ(未読)なのだそうだが、上条春太(佐藤勝利)と穂村千夏(橋本環奈)というキャラクターは生かしつつも、原作とは相当違う設定らしい。推・・・
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原作は初野晴の青春推理小説シリーズ(未読)なのだそうだが、上条春太(佐藤勝利)と穂村千夏(橋本環奈)というキャラクターは生かしつつも、原作とは相当違う設定らしい。推理要素はほとんどないし。定石通りの青春ストーリーに焼き直した、ということか。その真意はどこに??原作ファンのなかには、相当怒っている人もいる。 ただ本作を一部で評価する声もあって、予備知識皆無で観たけれどさほど期待していたわけではない。。 前半一時間は、廃部寸前の吹奏楽部を救うため、新入生の千夏(橋本環奈)が走り回って部員をかき集める話。偶然幼馴染の春太(佐藤勝利)に再会し、ふたりで元部員や中学校で活躍した経験者に声をかけまくる。 いつも笑顔、超ポジティブ思考の千夏が、細いけれどイケメンの春太をドツキながら走り回る様子は微笑ましくも青春ものの定番の域を超えるものではなく、予定調和的に吹奏楽部は復活。ここまでは正直「劇場で観るほどのことはないか」と思わせた。 ところが、後半、吹奏楽部がコンクールに向けて動き始めると、がらっと雰囲気が変わる。 無意味に笑顔ばかりだった千夏が、担当のフルートを巧く吹けず(初めてだから仕方ないだろ、と思うけど)、笑顔が消えていく。 ここからラストまでは、無駄な台詞や説明を一切省き、畳みかけるように焦りや自己嫌悪といった千夏の心象を映像化している。 監督が途中で交代したのかと思わせるほど、演出が変わるのだ。 ラストは、あたかも「祝祭」。リアリティを敢えて無視し、吹奏楽に仮託して千夏を仲間たちが深みから引き上げるシーンを描いていて、このシーンの橋本環奈、佐藤勝利の表情が実に良かった。 アイドル青春ものでありながら、不思議な後味が残る作品になっていたのだ。 後半のテイストで全編貫いていたらどんな作品になったのだろう。 大転回が印象的な作品だ。
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[012]ホクサイと飯さえあれば
 ゆるさが魅力黒美君彦2017-03-14
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>大学進学で上京し、北千住で一人暮らしを始めた大学生のブンこと山田文子(上白石萌音)。人見知りで、ぬいぐるみ「ホクサイ」(声:梶裕貴)だけが話し相手という・・・
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<あらすじ>大学進学で上京し、北千住で一人暮らしを始めた大学生のブンこと山田文子(上白石萌音)。人見知りで、ぬいぐるみ「ホクサイ」(声:梶裕貴)だけが話し相手というブンの喜びは、美味しいご飯を作ること。ひょんなことから同じ大学に通うコミュ力抜群なジュンちゃんこと有川絢子(池田エライザ)と知り合う。そこに謎の少年凪(桜田ひより)も現れ、ブンの周辺は次第に賑やかに…。 何ともゆるゆるしたドラマシリーズ。可愛いというには垢抜けない、でもそこが魅力の上白石萌音が主演の少し変わったグルメドラマ。 何せ食べるシーンは一切出てこないのだから。原作は鈴木小波のコミック(未読)。 「私の頭の中ではすでにメニューは決まっているのです!」と宣言して、さくさく料理を作り始めるブンだが、そこにぬいぐるみのホクサイが絡んでボケとツッコミを見せてくれる。いってみればここは上白石萌音のひとり芝居なのだけれど、不自然さはなく、彼女の演技力が光る。 一方今どきっぽい池田エライザを配置することで、その対比が面白い。 得意の料理を通じてブンが少しずつコミュニケーション力を得て、交友関係が広がっていくわけだけど、こんなゆるやかなドラマもたまにはいい。
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[013]哭声/コクソン
 得体の知れない面白さ黒美君彦2017-03-13
 【ネタバレ注意】
國村隼が韓国の青龍映画祭で助演男優賞を受賞したことでも話題になった作品。 山間の村によそ者の日本人(國村隼)が棲みついたことから始まる不気味な連続猟奇殺人。警察官ジ・・・
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國村隼が韓国の青龍映画祭で助演男優賞を受賞したことでも話題になった作品。 山間の村によそ者の日本人(國村隼)が棲みついたことから始まる不気味な連続猟奇殺人。警察官ジョング(クァク・ドウォン)は、このよそ者が怪しいと睨むが、娘ヒョジン(キム・ファニ)が次第におかしくなっていくのを見て、高名な祈祷師イルグァン(ファン・ジョンミン)に悪霊退治を依頼する。 次第に村は狂気に染まっていく…。 なにせ何が真実なのかがわからない。 よそ者が怪しいのはわかるけれど、実は彼もまた祈祷師で、本当の悪霊は事件を目撃したという若い女ムミョン(チョン・ウヒ)だという話が出てきたかと思うと、実はよそ者こそがやっぱり元凶だったのかと思わせたり、祈祷師イルグァンも不審な行動をしていたり…。 途中でゾンビっぽいのが出てきたり、スプラッターホラーの様相も。黒沢清監督の『Cure キュア』(97年)を想起させる場面も。 ナ・ホンジン監督は「エルサレムに向かうイエスを、ユダヤ人がどのように受け止めたのか」というところからイメージを拡げていったのだという。超越した力を持つが故に、イエスもまた最初は混乱と疑惑を惹き起こした。そんな意味合いがこの作品にはあるのか。 ラスト近くでジョングにムミョンがいう言葉も意味深だ。キリストがペドロに言う「鶏が鳴く前に私を三回知らないと言うだろう」という言葉。ペドロは自分の弱さに気づかず「自分は必ず知っていると言う」と言うが、結局イエスを裏切って「知らない」と言ってしまう。 ま、シチュエーションはまったく違うので映画の中から宗教的な意味合いはとれないのだけど(笑)。 とはいいつつ、得体の知れない面白さはありました。 國村隼さんは、滝にも打たれてなかなか体を張った演技。お疲れ様でした。
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[014]海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜
 分断の現在黒美君彦2017-03-13
 【ネタバレ注意】
強い風にさらされ、捻じ曲がった木々。その木の枝からパチンコを作る少年サムエレ。仲の良い友達とパチンコに興じるサムエレは屈託ない。 年老いた女性、漁師、島の人々は単調・・・
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強い風にさらされ、捻じ曲がった木々。その木の枝からパチンコを作る少年サムエレ。仲の良い友達とパチンコに興じるサムエレは屈託ない。 年老いた女性、漁師、島の人々は単調とも思える日常を過ごしている。 島の名はランペドゥーサ。イタリア領最南端の島だ。シチリア島から南西に220km、むしろアフリカ大陸のチュニジア海岸の方が距離113kmと近い。面積は鹿児島県与論島よりやや狭い20.2平方キロ。住民は約5500人。 ランペドゥーサ島が持つもうひとつの顔がある。それは難民が押し寄せてくる島だということだ。アフリカや中東から絶えることなく移民・難民が逃れて来て、これまで40万人が上陸したといわれる。 島の巨大な無線施設は異様な佇まいを見せる。 難民船から救助要請が入り、ヘリコプターや船で難民船を捜索する様子も淡々とスクリーンに映し出される。 “What is your position?”(位置を知らせよ)と繰り返される呼びかけ。数百人が乗った船には、病人や女性、子どもが数多く乗っている。そして力尽き、あるいは圧死した遺体も…。難民たちを治療する医師は、死体検分もしなくてはならず「決して慣れることはない」と苦渋に満ちた表情を見せる。 島の暮らしとそうした難民たちは決して交わらない。たったひとり医師を除いて。彼はサムエレ少年の治療にもあたる。 症状を訴えるサムエレ少年を問診しながら、しかし医師はどこかすがすがしく見える。 ひとつの島の中で、脈々と継がれる人々の暮らしと、暮らしを破壊され命からがら逃れてきた難民とが、あたかも別の世界に生きているように分断されている現実。 そこから何を読みとってもいい。 何かを声高に訴える、というわけではなく、ただ現実をカメラは切り取っていく。 『海は燃えている』というタイトルは、地元に伝わる曲だそうだ。第二次大戦中にイタリア軍のマッダレーナ号が連合軍に爆撃され、深夜なのに海が真っ赤に燃え上がって、漁師は夜に漁へ出ることを恐れたという。この話はサムエレの祖母が彼にする場面がある。 難民問題の最前線を描いた、印象的なドキュメンタリー作品である。
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[015]宇宙大怪獣ギララ
 FAFC黒美君彦2017-03-13
 
松竹の唯一無二(将来はわからないけれど)の怪獣映画。 幹部が焦ったのかなあ。東宝・大映が怪獣映画で大ヒットを飛ばしたのを観て、日活が『大巨獣ガッパ』で、そして松竹が・・・
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松竹の唯一無二(将来はわからないけれど)の怪獣映画。 幹部が焦ったのかなあ。東宝・大映が怪獣映画で大ヒットを飛ばしたのを観て、日活が『大巨獣ガッパ』で、そして松竹がこの『宇宙大怪獣ギララ』で巻き返そうとしたのは有名な話。 宇宙船に産みつけられた?発光する卵を地上に持ち帰ると、それがギララになった、という展開なんだけど、床を溶かして地中深くに溶け落ちていった、なんてメルトダウンを起こした核燃料のようでなかなか先見性がある(そんなことはないか)。しかし素手で溶けた床とか触ったら危ないぞ。 ギララの造形は結構ファンが多いようで、確かに頭は空飛ぶ円盤のような形で特徴的。 実は空飛ぶ円盤はギララだった!なんて展開を期待したのだけど。そうすればアストロボート「AABガンマ」号の周辺を飛ぶ未確認飛行物体がギララの親、ということでわかりやすかったのに。 特撮そのものはあまり特筆すべきものはないような。 主役の和崎俊哉は当時28歳になろうかというところだけど、どうしてそんなにオッサンぽいんだ。女優陣はペギー・ニールと原田糸子という、その後姿を消した人々。原田糸子は当時18歳だが、意外に大人びている。 岡田英次(当時47歳)が老いて見えるのは、この時代なら仕方ないか。 いかにも昭和40年代初め、という特撮は、微笑ましいところだけれど、もう少し怪獣をどう倒すべきか、緻密なプロットが欲しかった気がするなあ。ただ暴れているだけだものなあ。 幾度となく繰り返される「FAFC」は決してフットボール協会とは関係なく(笑)「富士宇宙センター」の略称なんだそうだ。何で「富士」やねん。
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[016]ラ・ラ・ランド
 期待値が高すぎた?黒美君彦2017-03-10
 【ネタバレ注意】
うーむ、悪くないですし、それなりに楽しめましたが、期待値が高過ぎたか?というのが率直な感想。 予告編が良くできていたので、実はそれを上回るものではない!?…ような気が。・・・
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うーむ、悪くないですし、それなりに楽しめましたが、期待値が高過ぎたか?というのが率直な感想。 予告編が良くできていたので、実はそれを上回るものではない!?…ような気が。結局OPとラストを作りたかったのではないかな、と思います。逆にいえばそれを除くと、さほど目新しさがあるわけでないし、物語もフツー。 主役二人はそれぞれ頑張っていたと思いますし(ライアン・ゴズリングが3か月であそこまでピアノが弾けるようになったと聞くと、自分もやってみようかという気になります)、デイミアン・チャゼル監督はダンスシーンなどテイクワンにこだわったといいますから、マジカルでファンタスティックな画面構成にはなっていたと思います。 音楽も良かったけれど、あれはセブ(R・ゴズリング)が目指していたはずのジャズとは別ものですよね〜。 古き良きハリウッドへの郷愁に充ちたけれん味たっぷりの映像や、色彩を意識したコスチュームなど、見どころがないわけではありませんが、主役の葛藤や恋、悩みがどうもスクリーンからは伝わってこない。その結果、予告編がすべて、みたいな印象になってしまうのでしょう。 とはいえ、若きデイミアン・チャゼル監督の才能はやはり大したものです。 激賞!とまではいかないものの、何も考えずに楽しむ分には十分です。個人的に「猫目娘」と呼んでいるエマ・ストーンも頑張っていましたし、『セッション』のJ・K・シモンズも美味しい脇役ですし、うん、やはり期待値が高すぎたんでしょうね。
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[017]農業女子“はらぺ娘”
 厳しさが足りない黒美君彦2017-03-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>旭川で開かれた婚活パーティーに、道内各地から農業後継者の女子たちが集まった。パーティーを企画したのは女性農業後継者たちの団体“はらぺ娘(こ)”。リーダーで・・・
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<あらすじ>旭川で開かれた婚活パーティーに、道内各地から農業後継者の女子たちが集まった。パーティーを企画したのは女性農業後継者たちの団体“はらぺ娘(こ)”。リーダーで上富良野町の農家の一人娘、29歳の広瀬菜摘(前田亜季)は、父・幸雄(苅谷俊介)に農家を継ぐことを反対されていた。一方、菜摘の親友でサブリーダーの沢木由佳(芹那)も農業を取るか、恋人の今井翔太(小久保寿人)を取るか迷っていた。本当に農業が好きなのか、自問自答する彼女たちの選択は…。 「農業女子ネットワーク・はらぺ娘」は北海道農業公社が2008年から開いている「全道女性農業担い手研修会」の参加者が、年に1度の研修会を通して、自分たちのネットワークを作って活動したいという思いから2013年に設立された実在の組織なのだそうで、30〜40人が参加しているという。上富良野や釧路、幕別など道内全域から集まった女性たちが、農業後継者として自立するために、農業技術や経営の習得、農産物の料理・加工の研究、婚活などをテーマに活動している。 北海道の農業は大変だ。まず耕地面積が全国平均のおよそ15倍と広く、しかも兼業もまず出来ない。機械のメンテナンスに追われ、体力も要求される北海道の農業は女性にとっては厳しく、後継者のうち女性が占める割合は5%程度だという。 そうした厳しい環境の中で、結婚や農業経営などに悩む若い女性にスポットを当てたのがこのドラマなのだが、残念ながら「地域発ドラマ」の典型に終わってしまった感がある。ストーリーが予定調和的で「はらぺ娘」の活動紹介に留まってしまった印象があるのだ。 前田亜季や芹那も都会的なイメージが強すぎて、土の匂いも汗の臭いもしない。 ドローンで撮影した北海道の豊かな自然は美しいのだが、そうじゃないだろう、と思ってしまう。 その大自然に翻弄され、思い通りにいかない現実があまりに薄い。イメージが悪くなることを恐れたのかとは思うが、そうした厳しさの中で彼女たちが農業を継ごうとする姿勢にこそ、ドラマがあったのではないかと思ってしまった。 北海道を舞台にしながら、結局都会から見た北海道像に留まってしまったのが惜しまれる。
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[018]ブラインド・マッサージ
 どう見られるか、ではなく黒美君彦2017-03-06
 【ネタバレ注意】
視覚に頼れない障害者にとって「どう見られるか」ということは、意味を持たない。だから欲望の表現の仕方も自ずから健常者とは異なる。 南京の視覚障害者によるマッサージ診療・・・
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視覚に頼れない障害者にとって「どう見られるか」ということは、意味を持たない。だから欲望の表現の仕方も自ずから健常者とは異なる。 南京の視覚障害者によるマッサージ診療所が舞台のこの作品では、想像を大きく裏切り人間の根源に迫るものだった。 障害者が主人公だと、福祉であったり、社会参加への高い壁、といった問題がテーマになりがちだがこの作品はそうではない。 見ること、見えないことの意味を投げかける、きわめて挑戦的な作品だ。 先天的に視力のない者、怪我で光を失った者、病気で少しずつ視力を失いつつある者、それぞれ少しずつ異なる立ち位置にあって、微妙に思いはすれ違う。 他者の存在は視力以外の触覚や聴覚、あるいは匂いに頼るしかない。 だからいわゆる「美人」にも何の意味もない。 主人公のひとりシャオマー(小馬=ホアン・シュエン)は、幼い頃に交通事故で失明し、「いつか回復する」という医師の言葉を信じていた。絶望的と告知され、自殺を図ったことすらある。診療所で働く彼は、内面で蠢く性欲を抑えきれず、院長の同期であるワン(グオ・シャオトン)の恋人コン(チャン・レイ)に欲望を抱いている。 美人だと評判のドゥ・ホン(メイ・ティン)は、シャー院長(チン・ハオ)に口説かれる。院長は「美しい」という意味がわからないが故に、そこに憧れに似た恋情を抱くのだ。しかしドゥ・ホン自身は、シャオマーに惹かれている。 恋愛感情は狭い診療所の中で多角形を描く。 爆発寸前まで欲望を溜め込んだシャオマーに敏感に気づいた同僚は、彼を風俗店に連れて行き、シャオマーはそこで風俗嬢のマン(ホアン・ルー)と出会い、やがてふたりはオフにデートを重ねるようになる。 作品では、見えざる者の欲望のありようや恋愛、健常者に対する考え方などがきわめて生々しく描かれる。 主たる人物は俳優だが、その他は実際の視覚障害者が出演している。 「視覚障害者は光にさらされるが健常者は闇に隠れる」… 見えないことにどこか劣等感を抱く彼らだが、必死で現実と格闘し、生きようとする。 シャオマーは、マンをめぐる諍いで殴られ、その衝撃でかすかに光を取り戻す。 血まみれになりながら、見える喜びを隠せない彼は笑みを見せる。 一方ドゥ・ホンに去られたシャー院長は、従業員をご馳走すると店に連れ出すが、そこで大量の血を吐いてしまう。 彼の診療所はこうして幕を閉じる…。 ロウ・イエ監督について詳細は知らなかったが、彼は無許可で海外の映画祭に出品したり、反政府的な作品を制作したとして、これまで二度にわたって5年間の制作禁止の憂き目にあってきたという。現代中国でこんな刺激的な作品を作っている監督がいるということ。まだまだ知らないことが多い、と痛感する。 傑作である。
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[019]お嬢さん
 耽美的黒美君彦2017-03-06
 【ネタバレ注意】
パク・チャヌク監督らしく相変わらず野心的な作品。 激しい暴力表現が特徴のひとつであるパク・チャヌク監督だが、この作品ではサスペンスの要素を残しつつ、耽美的な世界を追・・・
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パク・チャヌク監督らしく相変わらず野心的な作品。 激しい暴力表現が特徴のひとつであるパク・チャヌク監督だが、この作品ではサスペンスの要素を残しつつ、耽美的な世界を追求している。 どこか鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)を意識しているのではないか、と思わせる甘い闇が広がる世界。 頑張っている演者たちの日本語がたどたどしかったり、日本髪がヘンだったり、突っ込みどころは満載なのだが、次第にそれもさほど気にならなくなってくる。 どこか松たか子風のキム・ミニと童顔の新人キム・テリが絡むシーンは、かなり煽情的。 上月邸が和英折衷というのは、原作のサラ・ウォーターズへのリスペクトを形にしたのか。 原作は19世紀ヴィクトリア朝英国を舞台にしたサスペンス。それを日本統治下の朝鮮での官能サスペンスに仕上げたパク・チャヌク監督の手腕はさすがと思わせる。 官能的な映像美が何かと注目されるが、物語は詐欺師たちの騙し騙されるその舞台裏を章立てでタネ明かししていくという凝った作り。 ただその騙しの裏側で、まんまと日本人の華族になりすました朝鮮人詐欺師(チョ・ジヌン)の変態ぶりがあるわけで。 耽美的な味わいもあり、評価はそれを受け入れられるかどうかで大きく分かれそう。 想像以上に女性の支持が高いということで、成人指定映画ながらも世界各地でヒットしているというのもその辺りの描写の美しさを認められるかどうか、なのだろう。 この作品では日本の春画も数多く使われているし、水槽に飼われている巨大なタコも登場する。 それらも含めてエロ要素満載のサスペンスとしてはよく出来ていると思う。 今更いうまでもないけど、女性の怖さはよく伝わりました(笑)
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[020]サバイバルファミリー
 文明批評的?黒美君彦2017-03-02
 【ネタバレ注意】
突然世界中?の電気という電気が使えなくなったらどうすればいいのか。 コミカルな語り口の矢口史靖監督にしては、きわめて文明批評的な色彩の強い作品ともいえそう。 とにかく・・・
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突然世界中?の電気という電気が使えなくなったらどうすればいいのか。 コミカルな語り口の矢口史靖監督にしては、きわめて文明批評的な色彩の強い作品ともいえそう。 とにかく電気が使えなくなるのだ(人間の神経伝達も電気信号なんだけど…笑)。その途端文明社会は崩壊する。 小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかなが演じる鈴木一家は、「大阪まで行けば電気が使えるらしい」という噂話にすがるように自転車で西へ西へと向かう。 それにしてもほんの百数十年前までは電気や水道のない社会だったのだ、なんて信じられないほど今や人類はそれらに頼りきっている。それらはあって当然だと思っている。だからそれらのない世界に放り出されると、多分急激にみな滅んでいってしまう。今さら時代を逆戻りなんか出来ないからだ。あれほどの災害をひきおこしたにもかかわらず、いまだに原発必要論をぶちあげる政治家や国民も「電気依存症」というか「電気がなくなる恐怖症」に罹っているのだ、ともいえる。 とはいえ物語のリアリティが乏しいのがいいのか悪いのか。まず、一般のママチャリは、メンテナンスもなくあんなに長距離走れるようには出来ていないし、よしんば壊れなかったとしても漕ぎ手は股ズレやら膝痛やら腰痛やらでダウンしてしまう。 しかも髭剃りやら何やらできなければ、もっともっと汚くなるだろうし、ま、そこはファンタジーだからね。 河で小日向が流され、父親を捜す息子が見つけてきたのが…というのも予想がついてしまったし(周囲の席からは笑い声が上がってはいたけど)。意外な面白み、というものがこの作品では少々薄かったような気がする。 サバイバルをするためにはボーイスカウトで学ぶようなさまざまな「智恵」が求められるけれど、わが身を振り返ってもそんな「智恵」は身についていない。すっかり文明に毒されているわが身の何と薄っぺらいことよ。 矢口監督はたまたまかもしれないけど、前作『WOOD JOB』といい本作といい、人間の原点回帰を追求しているようにみえる。 電気が使えなくなる、というのはあんまり想定できないけれど、異常な太陽風によってデジタルデータがすべてムダになる、というようなことは有り得るのではないか、と密かに考えている。所詮電磁データなんて、巨大な電磁波を浴びれば壊れてしまうからだ。 それはそれで、デジタルに支配された兵器が狂って、人類絶滅につながりそうな気もするけれど。 演出かも知れないけれど、それにしても可愛げのない息子と娘だったなあ。
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[021]The NET 網に囚われた男
 行けど戻れど黒美君彦2017-03-02
 【ネタバレ注意】
難渋な作品が多く、決して個人的には相性がいいとはいえないキム・ギドク監督だが、この作品はきわめてわかりやすい、南北に引き裂かれた朝鮮半島の現状を寓話化したストーリー・・・
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難渋な作品が多く、決して個人的には相性がいいとはいえないキム・ギドク監督だが、この作品はきわめてわかりやすい、南北に引き裂かれた朝鮮半島の現状を寓話化したストーリー。 朝鮮戦争から半世紀以上が過ぎ、世代も変わって南北対立は固定化してしまった感さえある現状。 北朝鮮から船の故障で韓国警察に拘束された漁師ナム・チョル(リュ・スンボム)。 スパイの疑いで拷問される韓国で、祖父が北朝鮮出身だという警護官オ・ジヌ(イ・ウォングン)だけがチョルの潔白を信じ、北に返したいと考えるが、組織上部は泳がせて動きを監視することにする。 スパイ行為をしなくても、韓国の現状を見れば亡命を考えるだろう、という目論見からだったが、チョルはそこで家族のために身を売る若い女性に出会う。豊かなはずの国で何故こんな女性がいるのか、とチョルは訝しむ。 街で目を閉じ、何も見ないようにするチョルの姿はコミカルですらある。見てしまえば記憶される。北朝鮮では記憶することすら咎になるとでもいうように。 一方で何が何でもスパイに仕立て上げたい取調官も登場する。 南北の放送合戦もバカバカしさを超え、切なく感じる。それぞれが国家を代表させられる嘘くささ。 全体主義国家と、成熟した資本主義国家は、実は相似形ではないのか、というのがキム・ギドクが示す命題でもある。 家族と別れて亡命したとしても監視はつきまとい、家族は処刑される。 家族のもとに何とか帰ったとしても、すでに妻は苛酷な取調べを受け、監視下におかれる。 北朝鮮に帰る前、着ていた服をすべて脱ぎ捨てるのは何故か、ということも、保衛部での調べのやりとりで判明する。とにかく南から何も持ち込んではいけないのだ。 行けど戻れど自由はもうない。 そんな国家に翻弄される漁師の姿が何とも切ない。そして、いわゆる自由陣営で進む全体主義化もまた浮き彫りになってくる。
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[022]浅草四人姉妹
 佳作黒美君彦2017-03-02
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>浅草の小料理店「お獅子」の藤吉(三島雅夫)と梅子(沢村貞子)夫婦には四人の娘があった。「ねえちゃん先生」こと長女の美佐子(相馬千恵子)は内科医、次女の幸・・・
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<あらすじ>浅草の小料理店「お獅子」の藤吉(三島雅夫)と梅子(沢村貞子)夫婦には四人の娘があった。「ねえちゃん先生」こと長女の美佐子(相馬千恵子)は内科医、次女の幸子(関千恵子)は踊りが好きで芸妓に、三女千枝子(杉葉子)は一流デザイナーを目指し、四女恵美子(岩崎加根子)は国会議員を夢みる高校生。美佐子は外科医の田中(山内明)が気にはなるが、いつも喧嘩ばかり。幸子は妻子ある裕福な村川(二本柳寛)に恋をしてしまう。千枝子は盲腸で入院した折に田中医師に惹かれ、田中も満更ではない。村川は入院し、幸子は恋しさが募って寝込んでしまう。一方美佐子は田中医師との結婚を一瞬考えるが、田中医師が結婚相手に選んだのは妹の千枝子だった…。 敗戦から五年。若い世代は必死で新しい時代を築こうとしていた時代。 この作品は、そんな伸びやかな空気が伝わってくる。当時29歳の相馬千恵子、22歳の関千恵子、23歳の杉葉子、19歳の岩崎加根子がそれぞれ美しく、懸命に生きている様子が愛らしい。両親役の三島雅夫が46歳、沢村貞子が43歳と、いささか若過ぎるようには思えるが、老け役も得意なふたりなので違和感はさほどない。当時新東宝ニュースターだった21歳の高島忠夫や同じくニューフェイスだった19歳の久保菜穂子も看護婦役で登場する。 隣家の少年井上大助(当時17歳)や氷屋のおばさん飯田蝶子(当時55歳)、医師役の山内明(当時30歳)といった脇役もいい。 四姉妹はそれぞれ違う道を歩み、時に挫折し、時に夢をかなえる。 両親はああしろこうしろとうるさく言わず、そっと見守っている感じがいい。 男性に伍するねえちゃん先生こと美佐子だが、時折ふっと女性の表情に戻るところが何ともいじらしいし、かなわぬ恋に寝込んでしまう幸子もどこか儚げで美しい。 田中医師(山内明)と千枝子(杉葉子)がテアトル銀座に映画を観に行くシーンがあり、そこには『二人でお茶を』(1950年米 デヴィッド・バトラー監督 1952/6/7公開)、『姿なき軍隊』(1945年デンマーク ヨハン・ヤコブセン監督、1952/7/24公開)といった作品名を見ることができる。とすると、撮影は1952年6月半ば頃か。 佐伯清監督(1914〜2002)といえば60年代から70年代にかけて時代劇から仁侠映画を数多く演出した監督だが、この作品でメガホンをとったのはまだ30代後半。瑞々しさに溢れた端正な作品に仕上がっている。 昭和20年代の空気感に溢れる好編だ。
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[023]龍の歯医者
 ファンタジーだけど黒美君彦2017-02-28
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>“龍の国”では、古より巨大な龍が空を飛んでいた。巨大な口に並ぶ三列の歯が力の源で、遠い昔、人と契約を交わし、龍の国が危険にさらされた時にはその力を発揮する・・・
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<あらすじ>“龍の国”では、古より巨大な龍が空を飛んでいた。巨大な口に並ぶ三列の歯が力の源で、遠い昔、人と契約を交わし、龍の国が危険にさらされた時にはその力を発揮するという。そんな守護神の歯を虫歯菌から守るために、選ばれた者だけが「龍の歯医者」になれる。野ノ子(声:清水富美加)もそのひとり。隣国との戦争が激化する中、彼女は、龍の歯の上で倒れている敵国の少年兵ベル(を見つける。 少年の名はベル(岡本信彦)。大きな災いの前に龍が起こすとされる不思議な現象で、巨大な歯の中から生き返ったものだった。野ノ子はベルを龍の歯医者に育てようと決心するが…。 庵野秀明が代表を務める制作会社カラーが、ドワンゴと組んでネット配信してきた連作短編アニメーション企画『日本アニメ(ーター)見本市』から初めて長編アニメ化された作品。 正直前後編2回でその世界観が十分理解できたかというと少々疑問だけれど、それなりに面白く観た。 とはいえ、戦争と巨大な力をもつ異形のもの、という組み合わせはこれまで散々あったわけで、物語的にはさほど新味は感じなかったけれど。 声優初挑戦の清水富美加は思いの外巧い(芸能界引退のニュースと重なってどうだか、という気もしたが)。 ただ前提となる「世界観」が何となくわかるまで時間がかかるので、そこにおける死と生の関係も今ひとつ理解し切れなかった。 テクニックは見応えがあるけれど、物語はやはりストーリー展開の巧さだよな、と改めて思った次第。
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[024]ラジカセ
 昭和の家電黒美君彦2017-02-27
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>三重県伊賀市。古い家電製品ばかり集めている45歳の有山正人(滝藤賢一)は、時折テレビなどをドラマの現場に貸し出すなどして暮らしていた。そんな有山は、9歳の・・・
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<あらすじ>三重県伊賀市。古い家電製品ばかり集めている45歳の有山正人(滝藤賢一)は、時折テレビなどをドラマの現場に貸し出すなどして暮らしていた。そんな有山は、9歳の高石将太(向鈴鳥)とひょんなことから知り合う。将太はスナック勤めの母まき(安藤玉恵)と暮らしていたが、まきは新しい恋人とともに大阪への転居を考えている。将太は自宅で見つけた両親が子供の頃に声を吹き込んだカセットテープを、有山が持つラジカセで聞いてみたいと考えていた…。 NHKの地域発ドラマはピンからキリまであるが、この作品は巧くまとまっている。 滝藤賢一が目を見て話ができない怪しい中年男を好演。子役の向鈴鳥もなかなか芸達者だけど、設定の9歳にしては少々大人びている。11歳くらいだったら丁度いい感じか。 スナック「くのいち」のママ、キムラ緑子の役がやや蛇足っぽい(ちょっと「伊賀」強調しすぎか)けれど、母役の安藤玉恵も場末の水商売感があって良かった。 古い家電はどこかノスタルジックで、その時代の空気を持ち合わせている。それはかつて時代の象徴として家電製品が存在していたからなのだろう。とはいえ、残しておくと邪魔になって仕方がないのだけれど。 地味ではあるが、悪くない小品。
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[025]舞妓はレディ
 一生懸命の若さ黒美君彦2017-02-27
 【ネタバレ注意】
なかなか楽しい作品だ。いうまでもなく名作『マイ・フェア・レディ』(1964年)を舞妓に置き換えたミュージカル仕立ての作品。 とにかく京都の花街は奥が深い。芸妓、舞妓に留・・・
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なかなか楽しい作品だ。いうまでもなく名作『マイ・フェア・レディ』(1964年)を舞妓に置き換えたミュージカル仕立ての作品。 とにかく京都の花街は奥が深い。芸妓、舞妓に留まらず、男衆(「おとこし」と読むことが多い)をはじめとする独特の働き手、着物の着付け方ひとつをとっても年長者と年少者でも違うその繊細な気遣い、とにかく奥が深くて、到底一見さんである自分など遊べる場所ではない(というかそんなお金はない)。 ヒギンズ教授ならぬ京野法嗣(長谷川博己)が、鹿児島弁と津軽弁に染まった西郷春子(上白石萌音)に京ことばを教え込み、一人前の舞妓に仕立てようとするが、『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘップバーンが練習用に繰り返した「スペインの雨は主に広野に降る(The rain in Spain stays mainly in the plain)」が、この作品では「京都の雨はたいがい盆地に降る」に。京ことばには関係ないけど(笑)。 あとはどこまで真剣に遊ぶか。 上白石萌音は数百人のオーディションから選ばれただけあって、微妙な垢抜けなさが印象的。そんな彼女が日本髪を結い、化粧をして着物に身を包むと何とも艶やかになるのだから、舞妓とは不思議なコスチュームだ。 竹中直人と渡辺えりの『Shall we ダンス?』セルフ・パロディとか、とにかく隅々まで行き届いたサービス精神が気持ちいいのだ。 敢えて難をいえば、上映時間が長いのに対してややメリハリに欠けるところか。エピソードそれぞれは悪くないのだが、ドラマとして全体を俯瞰すると、若干盛り上がりには欠ける。主人公もさしたる挫折なく(声は出なくなって、舞踊のお師匠さんに叱られるが)、すくすく育った感がある。 とはいえ北野社長(岸部一徳)が言うとおり、舞妓に求めているのは「一生懸命の若さ」なのだ。 少なくともそんな健気な懸命さは、スクリーンから伝わってきた。 そして富司純子や田畑智子、草刈民代、岩本多代ら特に女性の脇役がみななかなかいい味を出している。 いってみれば置屋の芸妓・舞妓は擬似母娘、擬似姉妹の場でもある。独り立ちできるまで、姉や母として優しく見守る場でもあるのだ(少なくともこの映画では)。 興行的にはふるわなかったようだけれど、個人的には楽しめる作品だった。
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[026]3000キロの罠
 ギャランGTO黒美君彦2017-02-27
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>鹿児島の実業家加瀬啓介(田宮二郎)は、義父の長谷部正造(永井智雄)から、稚内までギャランGTOを届けて欲しいと頼まれ、日本海側の開発を構想していた啓介は依・・・
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<あらすじ>鹿児島の実業家加瀬啓介(田宮二郎)は、義父の長谷部正造(永井智雄)から、稚内までギャランGTOを届けて欲しいと頼まれ、日本海側の開発を構想していた啓介は依頼を受ける。出発直後車の前に飛び出してきた里村雪絵(戸部夕子)。そして彼の車を追う高級車デボネアには、料亭の女将曽根崎朝子(浜美枝)が乗っていた。雪絵は実は黒川(高森玄)という男に頼まれ、啓介の動きを伝えるスパイだったが、やがて二人は愛し合うようになる。だが亀岡でさらわれた雪絵は遺体で見つかる。その後啓介は能登半島で自殺しようとした楠本奈美子(加賀まりこ)を救うが、彼女は黒川こと君塚の恋人だった。君塚とともに去った彼女は自殺体で発見された。啓介は北海道を目指す…。 いやー、1971年らしいトンデモアクション映画なのだけど、これが思いの外楽しい(笑)。冒頭「田宮企画第一作」と大々的に出るけれど、どうやらこの作品は第一作にして最終作らしい。劇中田宮二郎はホテルの社長らしいけれど「城山観光ホテル」って実在するけどいいのか?(笑) そんな田宮に、義父の永井智雄が、ギャランGTOを稚内の友人に届けて欲しいと依頼する。快諾する田宮二郎…ってどうなん?ちなみに田宮によると「ギャランGTOは若者に一番人気のある車だ」とか。 深夜、出発を辞めるよう警告する怪電話。後から考えればこんな電話不要なわけで。警戒して出発を見合わせたらせっかくの計画もおじゃんではないか。 そして出発直後「追われてるの!」と車に飛び乗る戸部夕子。当時23歳くらいだろうか、濡れ場でセミヌードまで披露する彼女はなかなか美しく、好感度が高いのだけど、呆気なく殺されてしまう。ここまで鹿児島〜ホテル角萬阿蘇(健在)〜三瓶観光ホテル(健在)〜松江城〜城崎温泉〜亀岡。 能登半島に入って石川県富来町(今は合併して志賀町)の海岸で自殺しようとしている加賀まりこ(当時27歳)を間一髪助ける田宮二郎。彼女は偶然、啓介の動向を探る黒川こと君塚の恋人だったのだ!…なんて偶然だ(笑)。 かまくらで暖をとる二人…って奇妙なシーンも用意されている。そこで加賀まりこも恋人の君塚も、義父の永井智雄もみな能登出身であることが明らかにされる。貧しい土地で何百年も暮らしてきた能登出身者はひときわ成功にしがみつくらしい。 君塚に偶然?再会した加賀まりこは、自殺しようとしたくせに「もうあんたと離れない」と男にしがみつき、田宮二郎はフラれた挙句に殴られてしまう。そしてその後ラジオニュースで知る加賀まりこの死。 山形県遊佐町に入ると今度は謎の車両に追われる。間一髪で逃げ切るけれど、なぜか汗がだらだら流れて倒れてしまう。ん?風邪か?唐突だぞ。 目が覚めるとそこは十和田湖畔の「和井内ホテル」(かつては老舗だったが廃業して今や廃墟と化しているとか)。実は田宮の後を追ってきた女将浜美枝(当時27歳)が看病してくれたのだ。二人はフェリーで室蘭へ渡り、登別の秋吉ホテル(健在)へ。浜美枝は実は「交通事故を装って啓介を殺せ」と指示している永井智雄の電話を盗み聞きし、心配で後をつけていたのだという。結ばれるふたり。次の日雪原でピクニックよろしくサンドイッチにかぶりついていると「水筒を忘れたわ」とデボネアに戻る浜美枝。そのまま彼女は車ごと連れ去られる。捜しに向かう途中で捨てられている浜美枝発見。無事で何より。 そこで君塚(高森玄)を見つけた田宮は雪原で大格闘。 突然高笑いしながら永井智雄と妻・谷口香登場。実は永井智雄は、田宮の財産を狙っていたのだ。しかも谷口香は「仕事と女ばかりだったじゃない」と至極真っ当なことをおっしゃる。そして田宮を殺したら高森玄と結婚するんだそうだ。ところが永井智雄が「人殺しに娘はやれん」といって高森玄に銃口を向けるからあら大変。揉み合っている内に永井智雄が撃たれて死亡。お父さん!と駆け寄った谷口香も後を追って猟銃自殺(なぜか田宮二郎の最期を思い出してしまった)。 で、実はそのバックにいたのは謎の三國連太郎率いるV字に並ぶ猟銃を持つ集団。三國連太郎は、日本海側で事業を拡大したところで全部もらうよ、ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべて、事件をきれいに片付けましたとさ。 三菱自動車の全面タイアップでなし得た不思議な作品。あらすじだけでも突っ込み満載のバカバカしさなんだけど、永井智雄が最後に語る「能登出身だから」のくだりは、今では許されないだろうなあ。能登出身者は虐げられ、苦労に苦労を重ねて成り上がってきたんだ!みたいな。 1971年当時の観光地やホテルなどが楽しめるのがいい。今は姿を消した和井内ホテルとか貴重な映像ではなかろうか。田宮二郎、当時35歳。このエンディングを観ると、続編も考えていたのかなと思うけれど、映画が凋落する70年代。活躍の場はテレビへと変わっていくのであった。
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[027]ショコラ 〜君がいて、僕がいる〜
 白人に尻を蹴られる黒美君彦2017-02-24
 【ネタバレ注意】
19世紀末のフランスが舞台。 サーカス団員のラファエル・パディーヤ(オマール・シー)は、落ち目の芸人ジョルジュ・フティット(ジェームズ・ティエレ)に誘われ、「ショコラ&・・・
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19世紀末のフランスが舞台。 サーカス団員のラファエル・パディーヤ(オマール・シー)は、落ち目の芸人ジョルジュ・フティット(ジェームズ・ティエレ)に誘われ、「ショコラ&フティット」としてサーカスに出て人気を博す。 二人は着実にステップアップを重ね、パリの劇場に進出。だがショコラは不法滞在容疑で拘束され、虐待を受ける…。 浅学にしてショコラのことは知らなかった。リュミエール兄弟によって、世界で初めて撮影された芸人らしいけど(その映像はラストに登場する)。 『最強のふたり』で圧倒的な存在感を見せたオマール・シーがショコラを演じる。 植民地政策をとっていた当時のフランスで、黒人がどのような立場にあり、どのような視線に晒されたかは到底想像しきれない。 経済的にも困窮していたショコラにとってコンビの大ヒットは、経済的には困窮した過去との訣別を意味しただろうし、社会的には差別される立場からの脱却を実感させただろう。欲望のままにギャンブルや女に耽溺するのも、そうしたムダな散財こそが彼の成功を裏付ける唯一の手段だったのかも知れない。 さらに投獄されている間に知り合った黒人政治犯に諭されて、ショコラは新たな自分を表現したいと考え始める。 しかし、そんなショコラを少し距離をおいて見るフティットは「お前は白人に尻を蹴られるから皆喜ぶんだ」と言う。人気が出たからといって、それは社会がショコラの属性である黒人全てを認めた訳ではないのだ、と。 だがその言葉は届かず、二人は訣別する…。 端正に作られた佳作ではあるし、オマール・シーとチャップリンの実の孫ジェームズ・ティエレはそれぞれ巧い。ただフランス人であれば恐らく自明の理である黒人差別の過酷さを十分知らない日本人にとっては、ショコラの自滅は私の大嫌いな「自己責任」という言葉に帰せられるかも知れない。その点、もう少し具体的に彼らのおかれた大状況を説明して欲しい気もした。
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[028]月光の囁き
 欲望の目覚め黒美君彦2017-02-22
 【ネタバレ注意】
この作品は賛否分かれるだろうな、と思いながら観た。 高校生の性行為やサディズムなどの性嗜好が受け容れられない人にとっては苦痛でしかない、というのは容易に想像できる。・・・
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この作品は賛否分かれるだろうな、と思いながら観た。 高校生の性行為やサディズムなどの性嗜好が受け容れられない人にとっては苦痛でしかない、というのは容易に想像できる。しかしそれを踏まえた上で尚この作品に挑んだところはある意味チャレンジングといえる。 しかも下手なアダルトビデオよりよほど猥褻感が漂う。それは小柄で清純そうな北原紗月(つぐみ)が、少しずつ眠っていた加虐的な性癖を目覚めさせていく過程が微妙に官能的だからか。そして、それを目覚めさせた日高拓也を演じた水橋研二も巧い。 日高は被虐的性嗜好を持ち、しかも窃視趣味もある。一見好青年に見えるのに、その内側ではそんな抑え切れない欲望がじくじくと蠢いている。それは紗月のことをすべて知りたい、という欲望から来るのだという。誰かと愛し合う紗月も知りたい、というとんでもない支配欲。 いじめられることで逆説的に曝け出される自分の欲望…そこに忠実になれるが故に紗月を愛していることになる、という歪曲した愛欲。 さてさて、こうした性嗜好を変態性欲と呼んでしまえばそこまで。 けれどこの作品では一度も「SM」といった言葉は出てこない(「変態!」とは何度も出て来るけど)。 それはまだそうした欲望の呼称すら知らない高校生だからか。逆にそうした性嗜好は、ある日突然現れるのではないだろうと思う。恐らく物心ついた頃から、じくじく内面で蠢き、ある瞬間にほとばしるようなものではないのか。 この作品はそうした隠された欲望の現出が巧く描かれていると思った。青春なんてキレイごとでは終わらないのだから。 しかしそれでいて、監督の演出は品格を失っていないように思える。 暴走する欲望に戸惑い、翻弄されるハイティーンの姿が、どこか眩しい。つぐみはいい女優なのに、その後のキャリアは少々残念。
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[029]鈴木清順
 異次元への誘い黒美君彦2017-02-22
 
『ツィゴイネルワイゼン』(1980)公開時の衝撃は凄まじかった。いや衝撃、というのとは違う、戦慄、とでも言った方が的確か。 沈黙こそが主役とでもいうべきか、作風はまった・・・
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『ツィゴイネルワイゼン』(1980)公開時の衝撃は凄まじかった。いや衝撃、というのとは違う、戦慄、とでも言った方が的確か。 沈黙こそが主役とでもいうべきか、作風はまったく違うけれど同時期に公開されたスタンリー・キューブリック監督『シャイニング』とも共通する沈黙の奥深さを知った。サラサーテの奏でる曲と、男女の密度の濃い関係と、死と生と。異次元へたやすく抜ける切り通しを、鈴木清順は何度も往き来したのではなかったか。 1983年に加藤治子と老夫婦の役を演じたNHKドラマ『みちしるべ』も忘れ難い。演者としても魅力のある人物だった。2017年2月13日死去。93歳。ありがとうございました。
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[030]ショウほど素敵な商売はない
 当時としては豪華黒美君彦2017-02-22
 【ネタバレ注意】
ヴォードビリアンのドナヒュー一家を描いたミュージカル。父テレンス(ダン・デイリー)、母モリー(エセル・マーマン)、長男スティーヴ(ジョニー・レイ)、長女ケイティ(ミ・・・
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ヴォードビリアンのドナヒュー一家を描いたミュージカル。父テレンス(ダン・デイリー)、母モリー(エセル・マーマン)、長男スティーヴ(ジョニー・レイ)、長女ケイティ(ミッツィ・ゲイナー)、次男ティム(ドナルド・オコナー)の五人の紆余曲折。そこにティムの恋人役としてヴィッキー(マリリン・モンロー)が登場。 当時としては破格の豪華キャストだったそうで、ブロードウェイの女王と呼ばれたエセル・マーマン、アカデミー賞主演男優賞ノミネート経験もあるダン・デイリー、人気歌手だったジョニー・レイに『雨に唄えば』で知られるドナルド・オコナー、売り出し中のミッツィ・ゲイナー、そこにモンローが加わるのだけれど、これが興行的には大コケだったのだとか。 確かに楽しいパフォーマンスもあるけれど、全体的にメリハリがない印象。ストーリーが凡庸過ぎた感じがします。 しかもこの映画の背後ではさまざまな思惑だのスキャンダルだのが蠢いていたようで。 モンローが演じたヴィッキーという役は、彼女のために作られたそうで、いわゆる「客招せ」のためだけに出演したのだそうでやる気もさしてなかったとか。翌年公開される『七年目の浮気』の主役になる交換条件での出演だったようです。 とはいえ、彼女が劇中歌って踊る"After You Get What You Want You Don\'t Want It"や"Heat Wave""Lazy"は、それぞれ貴重な映像かも知れません。 途中で神学校に行ってしまう長男スティーヴを演じたジョニー・レイ(1927〜90)は、50年代にアイドル的な人気のあった歌手。派手なパフォーマンスが持ち味で、ロックのスタイルを作ったとも言われますが、60年代には人気が凋落し忘れられていった人物です。 『雨に唄えば』に出演しているドナルド・オコナーは、モンローを自宅に送り届けた後で踊るシーンが印象的。女神像が動き出して一緒に踊るシーンは奇妙な演出ではありますが(笑) 複雑なのはこの作品の撮影中、オコナーは実生活で妻と別居中だったそうで、撮影後正式に離婚。その妻が交際していた相手が、父テレンス役のダン・デイリーで、離婚後ふたりは結婚したそうです。知らんがな。 どーんと構えているエセル・マーマンは当時46歳ですが、迫力十分。映画的にはどうかなあという感じですが。 アーヴィン・バーリンの曲も、この作品のために作曲されたのは数曲で、あとは既存の曲だというし、どこか手抜き感がある作品であることは確かですが、脇役のM・モンロー(当時28歳)の妖しさはそれなりに感じられます。 映画そのものというより、出演者のそれぞれのその後の人生などを思いながら観る、というのにはいいかも知れません。
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