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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3492件)rss
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[001]残像
 遺作の残像黒美君彦2017-06-28
 【ネタバレ注意】
2016年10月、90歳でこの世を去ったアンジェイ・ワイダ監督。 彼の遺作は、いかにも彼らしい苦渋に満ちたものだった。 主人公の画家ヴワディスワフ・カトゥシェミンスキ(1893〜・・・
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2016年10月、90歳でこの世を去ったアンジェイ・ワイダ監督。 彼の遺作は、いかにも彼らしい苦渋に満ちたものだった。 主人公の画家ヴワディスワフ・カトゥシェミンスキ(1893〜1952)は、1930年代からポーランド構成主義の前衛画家として内外で高く評価され、ウッチに世界で2番目となる近代美術館を設立。カンディンスキーやシャガールとも交流がある彼は教育者としても優れ、多くの学生に慕われたという。 冒頭、丘の草原でストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)がゴロゴロと転がり下りてくるシーンは、この映画の唯一の明るいシーンだ。笑顔が溢れる学生たち。第二次世界大戦後、ポーランドは束の間の自由を満喫していた。このシーンはまさにその象徴だ。 ようやくナチスドイツによる占領支配から解放されたポーランドは、やがてソ連のもとで共産主義体制に編入されていく。 1948年、絵の具をキャンバスに塗ろうとした瞬間、アトリエが真っ赤になる。彼の住むアパートの壁面にスターリンを描いた巨大な赤い布が掲げられたのだ。怒ったストゥシェミンスキは、室内からその布を切り裂く。裂け目から空がちらりと見える。 このシーンは、赤(=共産主義)に染められたアトリエというきわめて象徴的な場面だ。当局に連行されたストゥシェミンスキはその後様々な迫害を受けることになる。 そもそもストゥシェミンスキは第一次世界大戦でロシア軍工兵として出征し、1916年の重傷で左手と右足を失った。革命にも積極的に関わった人物である。1948年の時点では既に高名な画家であり、ウッチ工芸大学で教鞭をとる知識人だ。 しかし全体主義は容赦なく社会全体を覆っていく。 共産党(統一労働者党)への政治的忠誠を誓わず、党が推進する社会主義リアリズムに合致しない芸術表現をする芸術家は容赦なく弾圧されていく。 文化大臣に「芸術とは何だと思うか」と問うたストゥシェミンスキは大学を追われ、美術館の特別展示室にあった彼の作品は撤去されてしまう。芸術家団体の会員資格も剥奪され、その結果絵の具も売ってもらえない。配給のチケットも入手できず、カフェの壁画は剥ぎ取られてしまう…。 映画では、芸術家で妻のカタジナ・コブロと不仲であることや、娘のニカともうまくいっていないことが描かれるが、その理由は具体的には語られない(ロシア正教とカトリックといった宗教観の違いが示唆される場面はあるが)。だが、妻の死後、彼女が好きだったという青い花を墓前に供えるために、わざわざ白い花を青い絵の具を溶かした水に浸して染めるシーンが印象的でもある。彼は彼女を愛し続けていたのか。 ワイダ監督は『世代』(1954)『地下水道』(1956)『灰とダイヤモンド』(1957)のいわゆるポーランド三部作で共産党による全体主義を告発し、一躍世界にその名を知られた。 ポーランドも1989〜90年にようやく民主化への道を歩み始めたわけだが、ワイダの遺作が改めて全体主義への痛烈な批判に戻ってきたのは、21世紀に入って世界が変容し始めたことに危機感を抱いたからではなかったか。 全体主義は、個よりも国家を優先させる考え方ではあるが、その前提が社会主義である必要はない。民主主義的全体主義こそがいま、世界を席巻しつつあることは見ての通りだ。独裁的権力者を国民が支持し、自らその自由を放棄する。それどころか、他者に対してまでも自由を棄てるよう強制し始める。そんな国はいま普通にあちこちにある。 名声を博した画家があっという間に社会から抹殺されてしまう怖さは、まさに現代に通じる。 アンジェイ・ワイダ…彼の遺作の意味をしっかり考えたい。
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[002]貴族探偵
 「出すぎた真似を」黒美君彦2017-06-27
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>高徳愛香(武井咲)は、名探偵喜多見切子(井川遥)の弟子として事件捜査をするが、現場で必ず現れる貴族探偵(相葉雅紀)と使用人の山本(松重豊)、田中(中山美・・・
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<あらすじ>高徳愛香(武井咲)は、名探偵喜多見切子(井川遥)の弟子として事件捜査をするが、現場で必ず現れる貴族探偵(相葉雅紀)と使用人の山本(松重豊)、田中(中山美穂)、佐藤(滝藤賢一)に推理をひっくり返される。やがて愛香は、名前も素性もわからない貴族探偵こそが一年前に死んだ師匠・切子の死に関わっていたのではないかと考えるが…。 面白くないことはないけれど、何だか中途半端感が。観る者に真犯人やトリックを考えさせるにはディテールが描き足りないし、「貴族」といえば平安貴族くらいしか思いつかないこの国では、やはりこの設定には無理を感じるし、まあそこを呑みこんで楽しむべし、なんだろうけど。 中山美穂や仲間由紀恵が脇役に徹するというのもなかなか思い切ったキャスティングだが(最終回での仲間由紀恵の現状に少々絶句してしまったが)、そのなかでの嵐・相葉雅紀があまりにつらかった、というのは正直なところ。まあ、彼に演技を求めても仕方ないし、台詞が棒読みなのも演出の一環なのかも知れないけれど、正直勘弁して欲しいレベル。武井咲は頑張っていただけに、ギャップが大きすぎる。 最終回に向けて最大の謎、喜多見切子を殺したのは誰か、みたいな話があったはずなのに、おいおいそういうオチかよ、というがっくり展開。 遺体はどこから持ってきたんだ、愛香は遺体を確認しなかったのか、などなど様々な疑問はスルー。 ま、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど。 中山美穂演じるメイドの田中の「出すぎた真似を」という台詞、流行語にならないかなあ、みたいな思惑が透けて見えて気持ち悪かった。視聴率が関東地区で平均8%というのも頷けてしまう。…あ、出すぎた真似を。
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[003]マジック・イン・ムーンライト
 まだまだ枯れぬ黒美君彦2017-06-27
 【ネタバレ注意】
またまたご機嫌なウディ・アレン作品。南仏を舞台に有名マジシャンのウェイ・リン・スーことスタンリー・クロフォード(コリン・ファース)と美人霊媒師ソフィ・ベイカー(エマ・・・
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またまたご機嫌なウディ・アレン作品。南仏を舞台に有名マジシャンのウェイ・リン・スーことスタンリー・クロフォード(コリン・ファース)と美人霊媒師ソフィ・ベイカー(エマ・ストーン)が対決する物語。 この話は、脱出劇などのマジックで一世を風靡したハリー・フーディーニ(1874〜1926)と、マージェリー・クランドンという霊媒師との対決をもとにしているとかで、サイキック・ハンターの異名でイカサマ霊媒師のトリックを次々見抜いたフーディーニも、一度は彼女の降霊術を本物だと認定したそうだ(その後トリックを暴いたそうだけど)。 それをウディ・アレンが味つけすると、サスペンスタッチのラブコメディに仕上がるのだから大したもの。 古くはダイアン・キートン、ミア・ファロー、そして近年はスカーレット・ヨハンソンといった美神(ミューズ)を必ず配する彼らしく、この作品ではエマ・ストーンを起用。南仏の光に映える彼女の美しさもまた見所のひとつ。 やたら理屈っぽいスタンリーに何故か惹かれてしまったソフィ。年齢差があり過ぎだろう、と思うのは、ウディ・アレンがコリン・ファースに自己を投影しているからに違いない。 さすがに80歳近くなって20代のエマ・ストーンとのロマンスはあり得ないわけで、代理恋愛をしてみたかったのかも。いずれにせよ、恋はマジック、ましてや月影の恋においておや、という軽妙なラブコメだった。 意外に厳しい感想も多いけれど、こんな軽妙な作品を相次いで作ってしまうウディ・アレン、まだまだ枯れていないな、と感心しきりでありました。
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[004]怪獣倶楽部 〜空想特撮青春記〜
 そんな青春もあった?!黒美君彦2017-06-26
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1970年代初め、『ウルトラシリーズ』に代表される特撮テレビ番組に熱中する若者たち、キャップ(塚地武雄)を中心にジョー(柄本時生)、ユウスケ(加藤諒)、シン・・・
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<あらすじ>1970年代初め、『ウルトラシリーズ』に代表される特撮テレビ番組に熱中する若者たち、キャップ(塚地武雄)を中心にジョー(柄本時生)、ユウスケ(加藤諒)、シンゴ(矢野聖人)、ニシ(山口翔悟)、カツオ(横浜流星)、そしてリョウタ(本郷奏多)が喫茶店「ツネ」に集い、特撮ファンジン「怪獣倶楽部」を編集発行していた。しかしリョウタは最近ユリコ(馬場ふみか)というガールフレンドが出来、怪獣か恋愛かでいつも悩んでいた…。 実在の竹内博(1955〜2011)が主宰した「怪獣倶楽部」をモデルにした70年代のオタク青春記。それぞれモデルはいるものの、かなりデフォルメして描いている…のかな? まだビデオなどがなかった時代に、限られた資料をもとに「ウルトラセブン」「ウルトラマン」についてさまざまな考察を加えた若者たち。特撮に対して「子供向け」と冷ややかな目を向けられた時代に、批評性を持ってこうした作品を観ていた人々がいたのは頷ける話ではある。 そんなひとりリョウタは、彼に好意を寄せるユリコの存在を仲間に打ち明けられずにいる。毎回、そのジレンマに悩むリョウタの物語といった方がいいかも。 メトロン星人とかガッツ星人、ゼットン、ゴース星人といった懐かしい怪獣キャラも登場してどこか微笑ましい。 70年代を舞台にしようとすると、遠くに聳えるマンションが邪魔だったりするんだけどね。 最終回のひし美ゆり子(1947年生まれ)には少々びっくり。
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[005]花はんめ
 老いの青春黒美君彦2017-06-26
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1999年夏から数年にわたって神奈川県川崎市桜本で暮らす在日韓国朝鮮人一世の女性たちを取材したドキュメンタリー。「清水の姉さん」こと孫分玉さんの部屋は、毎日・・・
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<あらすじ>1999年夏から数年にわたって神奈川県川崎市桜本で暮らす在日韓国朝鮮人一世の女性たちを取材したドキュメンタリー。「清水の姉さん」こと孫分玉さんの部屋は、毎日おばあちゃん達が集まり世間話に花を咲かせる。トラヂの会で歌ったり踊ったり、プールではしゃいだり。大正から昭和、平成を生きてきた在日一世たちの青春を追う。 在日二世の金聖雄監督は、大阪・鶴橋の生まれ。1999年夏に母親を77歳で亡くしたのをきっかけに、母親に聞けなかった親世代の話を記録しようと取材を始め、撮影は4年にわたった。 歴史に翻弄されてきた彼女たちの個人史や家族の話は敢えて削ぎ落とし、70代80代になって初めて穏やかに暮らすハンメ(おばあちゃんの意味)たちの素顔を撮り続ける。 主役の一人「清水の姉さん」こと孫分玉(ソン・プンオク)さんは、17歳の頃、九州の炭鉱で働いていた父を頼って日本に来て以来、苦労を重ねながら78歳まで働き、8人の子どもを育て上げた。集まる仲間たちにあれこれ食べ物を出してもてなすのが最大の喜びだ。 道端で咲いている花を摘んで髪に挿す「はんめ」は、屈託なく今を楽しんでいる。しかしその屈託のなさの背景にどれだけの悲しみや辛苦があったのかを想像すると、こうして笑顔に溢れる彼女たちの姿に救われる思いすらする。 2000年8月に開催された、南北統一を願う「川崎同胞ハナ・フェスティバル」では、車椅子で参加した金順女(キム・スンニョ)さんがロックのリズムで踊る。そう、この年は、当時の韓国大統領金大中と北朝鮮金正日書記長が歴史的な南北会談を行った年だった。 金順女さんは間もなく他界し、孫分玉さんも肺を患う。少しずつ姿を消す在日一世のはんめたち。 このあとの韓流ブームも、醜いヘイトスピーチも知らずに逝ったのは幸せだったのかも知れない。 ただここに描かれているのは、在日の歴史そのものではない。人間の普遍的な老いの喜びのなかから滲み出てくる美しさ、苦難こそがそんな美しさを生み出したのだ、と言おうとしているようだ。 優しいドキュメンタリー映画である。
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[006]瞼の母
 これも悪くない黒美君彦2017-06-22
 【ネタバレ注意】
ご存知(若い人はそうでもないか)長谷川伸の代表作として知られる『瞼の母』。 個人的には1931年に稲垣浩監督が撮ったサイレントの『番場の忠太郎 瞼の母』(主演:片岡千恵・・・
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ご存知(若い人はそうでもないか)長谷川伸の代表作として知られる『瞼の母』。 個人的には1931年に稲垣浩監督が撮ったサイレントの『番場の忠太郎 瞼の母』(主演:片岡千恵蔵、山田五十鈴、常盤操子)の印象がいまだ強いが、この加藤泰版も決して悪くはない。 当時29歳の中村錦之助を軸に、売り出し中だった松方弘樹(当時19歳)、母親役に挑んだ木暮実千代(当時43歳)、その他夜鷹役に沢村貞子(当時53歳)らが配され、加藤泰の演出もところどころで冴えを見せている。 冒頭いきなり親分の仇、飯岡一家と渡り合う錦之助と松方弘樹の殺陣から入り、松方と中原ひとみの兄妹愛、家族愛を見せることで錦之助の孤独を引き立たせる。だから忠太郎が江戸に上ってからは松方弘樹たちの出番はなくなってしまうんだけど。 季節は冬。盲いた老女(浪花千栄子)に声をかける忠太郎。「婆さん、いくつだい?」「へい、五十になります」…うーん、五十歳で「老婆」とされるのも時代背景からすると当然か。 そして江戸の料亭「水熊」の女主人におさまっているおはま(木暮実千代)につれなくされた昔馴染みの夜鷹のおとら。沢村貞子と中村錦之助のやりとりから、おはまこそが忠太郎の生き別れの母ではないかと確信していくシーンは長回し。店の中での二人の演技は表情のアップがない分、全身を使った演技となる。 同様に忠太郎がおはまに初めて会うシーンもいい。母と確信し、歓びを全身で表す忠太郎と、疑いの目で見るおはま。このふたつのシーンのやりとりは、錦之助と大女優ふたりのまさに真剣勝負となっている。 実は長谷川伸の戯曲では「異本」があり、「おっかさーん」と母妹の後を追うバージョンと、母妹としっかり再会する2バージョンがある。1931年版では、片岡千恵蔵と常盤操子が再会するシーンで終わったが、加藤泰版では母と忠太郎は別れたまま。個人的にはいま一度再会させる方が好きかなあ。 いずれにせよ「思いと異なる言葉を吐く」という、演技者の力量を試される作品であり、錦之助、木暮実千代、それぞれ巧い(娘役の大川恵子はやや現代風で残念だったけれど)。 1931年版の方が個人的には好きだけど、名作だと思うな、これも。
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[007]小さな巨人
 顔芸黒美君彦2017-06-20
 
<あらすじ>警視庁捜査一課の警部補香坂真一郎(長谷川博己)は捜査一課長になることを目指し、捜査に臨んでいたが、ささいなことがきっかけで芝警察署への異動を命じられる。・・・
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<あらすじ>警視庁捜査一課の警部補香坂真一郎(長谷川博己)は捜査一課長になることを目指し、捜査に臨んでいたが、ささいなことがきっかけで芝警察署への異動を命じられる。そこでゴーンバンク社社長・中田和正(桂文枝)誘拐事件の背後にあった風見京子(富永沙織)殺人事件を解決した香坂は、捜査一課の後輩山田春彦(岡田将生)とともに豊洲署に異動。そこで学校法人早明学園の経理課長横沢裕一(井上芳雄)失踪事件から17年前にもみ消された事件の背後に元捜査一課長富永拓三(梅沢富美男)や小野田の関与を確信する…。 『半沢直樹』(2013年)を思わせる長広舌と顔芸を徹底させたパロディのような刑事ドラマ。そもそも捜査一課長なんて警察組織の中では中間管理職に過ぎないので、あんなに広々した個室なんて持てないんだけどね(刑事部長ならわからんでもないが)。 毎度毎度事件への関与が疑われる香川照之の徹底した顔芸が笑える。それに対して長谷川博己はやや起伏に乏しい顔立ちなので損しているような。もうディテールなんてどうでもいいし、覚えてもいない。怒鳴り散らす長谷川博己と香川照之がほぼすべてといっていい。最終回に香川照之が涙を見せる対決シーンはそれなりに面白かった。それにしても何度も詰め寄る長谷川が、呆気なく香川に反論されてしょぼんとなるシーンが多過ぎだろう(笑)。 偶然とはいえ学校法人の許認可をめぐる疑惑は、まさに現実の森友・加計学園問題をなぞっているようでグッドタイミング。 「小さな巨人」とは何のことかと思ったら、組織の中で権力に立ち向かう香坂のことを意味していたのか。最終回までまったくわからなかったぞ。ドラマとしては粗さが否めないが、こうした勧善懲悪調の白黒二元ドラマは相変わらずわかりやすさから人気があるなあ。 そうした中、香坂の妻を演じた市川実日子が実に巧かった。彼女、最近ぐいぐい演技者として成長しているなあと思う。
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[008]リバース
 後出しじゃんけん黒美君彦2017-06-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>地味な男深瀬和久(藤原竜也)は、10年前大学のゼミ仲間とのスノボ旅行中、親友の広沢由樹(小池徹平)を事故で失ったことを引きずっていた。今は高校教師の浅見康・・・
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<あらすじ>地味な男深瀬和久(藤原竜也)は、10年前大学のゼミ仲間とのスノボ旅行中、親友の広沢由樹(小池徹平)を事故で失ったことを引きずっていた。今は高校教師の浅見康介(玉森裕太)、県議秘書の村井隆明(三浦貴大)、商社勤務の谷原康生(市原隼人)と当時約束したのは、広沢が飲酒後運転していたこと。就職が取り消されないよう口裏合わせをしたのだ。そんなある日深瀬は行きつけの喫茶店で越智美穂子(戸田恵梨香)という女性と出会う。同じ時期、深瀬の部屋のドアに「人殺し」という貼紙が…。 湊かなえのサスペンスが原作。うーん、あれやこれや行きつ戻りつしながらこの結末か、と思わないではなかったなあ。そもそも最大年齢幅8歳(藤原達也35歳、玉森裕太27歳)が同級生というのに無理を感じないではなかった。 で、事件の真相は飲酒運転を隠したことではなくて…というのは第9話と第10話で明らかになるわけだけど、それって後出しじゃんけんみたいなもの。いろいろ曰くありげに伏線張って、結局それかい!みたいな感じ。 それにしてもあまりに恨みの原因が薄っぺらい印象は拭えなかった。 原作とラストは違うらしいけれど、とってつけた感があった。 それぞれが抱える個人的な現在の悩みの方が現実的だったりして。
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[009]東京の女
 時代の空気黒美君彦2017-06-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>女手一つで弟の良一(江川宇礼雄)を養っていた姉ちか子(岡田嘉子)。良一には春江(田中絹代)という恋人がいたが、その夜、春江の兄で巡査の木下(奈良真養)は・・・
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<あらすじ>女手一つで弟の良一(江川宇礼雄)を養っていた姉ちか子(岡田嘉子)。良一には春江(田中絹代)という恋人がいたが、その夜、春江の兄で巡査の木下(奈良真養)は、ちか子が夜の仕事をしていて、警察の要注意人物に上がっていることを知らせる。春江は思わずその話を良一にしてしまう。混乱する良一は春江を追い出し、帰宅した姉を詰問して飛び出してしまう。そして良一は自殺してしまうのだった…。 何とも救いのない。なんでも上映作品に穴が開いて急遽製作された作品で、僅か9日で撮影した作品なのだとか。 50分足らずの作品だがここにも著しい近代化とそこについていけない貧困とが浮き彫りになっている。 オランダ系の血が混じる岡田嘉子とドイツ人とのハーフである江川宇礼雄というだけで十分バタ臭いが、そこに純和風の少女田中絹代が混じるというのは興味深くもある。 前半は姉と弟のほのぼのした日常が描かれる。職業婦人としてタイプを打つ姉。どうやら弟はその姉の稼ぎで大学に通っているようだ。 途中デートで観ている映画はエルンスト・ルビッチらパラマウントの監督、俳優、脚本家らを総動員して製作した1932年のオムニバス作品『百萬圓貰ったら』。 しかしちか子の勤め先に警察が現れ、不穏な空気が流れ始める。 やがてその理由が、春江の兄によって語られる。ちか子は夜、大学教授の手伝いと称して実は夜な夜な盛り場に行き、いかがわしい商売をしているというのだ…。 それは弟の学費稼ぎのためだと作品内では語られるが、実は彼女は共産党員で、資金稼ぎをしていたのだというシナリオだったらしい。だが検閲のためにそれが削除されて現在の形になったのだとか。佐藤忠男は「この映画の作られた昭和8年は、地下の日本共産党が弾圧で総崩れになっ」た年であると指摘している(『日本映画作品全集』1973年)。 岡田嘉子が1937年にロシアに恋の逃避行を遂げたことを思うと、何とも暗示的ではある。 前半は近親相姦的ともいえる姉弟愛が描かれる。姉の頬を打つ弟の怒りは、純愛を裏切られた憤りであり、自死を選ぶのもその延長線上にあると考えれば納得できる。 怒りをストーブの上で蒸気を吐き出すヤカンに重ねたり、不穏な空気を柱時計の細かいカットでで表現したり、小津にしては細かなモンタージュで情況を描き出そうとしている。 一方幼い少女にみえる田中絹代は当時24歳。7歳年上の岡田嘉子に比べると儚くみえるが、それなりに可愛らしい。 いずれにせよ、小津のサイレント映画の異色作として大変興味深く観た。時代の空気が活写された作品だと思う。
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[010]噂の娘
 没落黒美君彦2017-06-19
 【ネタバレ注意】
1935年、成瀬巳喜男はP.C.L.に移籍して精力的にトーキー映画に取り組む。 この作品は上映時間1時間にも満たない短編だが、凄まじい勢いで時代を呑み込んでいく「近代」が描か・・・
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1935年、成瀬巳喜男はP.C.L.に移籍して精力的にトーキー映画に取り組む。 この作品は上映時間1時間にも満たない短編だが、凄まじい勢いで時代を呑み込んでいく「近代」が描かれていて興味深かった。 舞台は経営が最近思わしくない酒屋。酒屋の主人健吉(御橋公)は婿養子で、妻とは死別、娘の邦江(千葉早智子)と紀美子(梅園龍子)、そして義父の隠居老人啓作(汐見洋)と暮らしている。 邦江は真面目で働き者、それに対して紀美子は自由気ままに放蕩三昧だ。 父は結婚に失敗したと考えている。その証拠にお葉(伊藤智子)を妾に持ち、小料理屋まで出させている。 面白いのが、お葉に家に入ってもらおうと提案するのが邦江で、それに反発するのが紀美子だという点だ。邦江は不仲の原因は母親にもあったというが、紀美子はだからといって妾を作る父親に共感できないという。 女は男に従属すべきと考える保守的な「家」の考え方に、紀美子は馴染めないのだ。そして家のことなど考えなくていい、と父親が邦江に語る、というのも逆説的で面白い。 そんな邦江のもとに縁談が舞い込む。叔父(藤原釜足)が大店・相模屋の息子・佐藤新太郎(大川平八郎)はどうかというのだ。この縁談がまとまれば店は経済的な苦境を脱し、自分のあとにお葉を招き入れることができる。そう考えて邦江は乗り気になるが、新太郎は付き添った紀美子を気に入り、紀美子もいつしか新太郎と密かにふたりで逢うようになる。 大正モダニズムの流れはこの頃まだ生きていたと考えるべきか。 洋装に身をまとい、ジャズだ、ダンスホールだと遊び歩く紀美子は「モガ」そのものだ。 一方で隠居している啓作は三味線を弾いて小唄を吟ずる、江戸以来の「粋」を楽しむ存在。 そして健吉と邦江はその間でどちらにも行けないでいる。 結局家族と店のことを考え続けた邦江は、妹(=近代の象徴か)に見合い相手を奪われる。 ところが紀美子は、忌み嫌っていた妾の実娘と初めて知らされ、その場で引き裂かれる存在となる。近代的な生き方を選んできたはずなのに、自分自身が陋習の落とし子と知らされたからだ。 さらにそこに警察が登場する。健吉は思わしくない経営が続き、商品の日本酒に細工をして安く上げていたのだ…。 そんな厳しい現実を突きつけられた酒店の向かいの散髪屋では、「酒店が潰れたら何が来るか賭けましょうか」との会話。他人事であれば不幸は蜜の味、というのは今も昔もさして変わらない。 「明日は明日の風が吹くさ」と語る隠居老人健吉の無責任さも印象的だ。 さてここでタイトルの「噂の娘」とは誰のことだったのか、と思う。 見合いをした邦江か、それともモガの紀美子か。 酒店の没落を通じて見えてくるのは、日本的な伝統とそれを凌駕しようとする洋風の近代だが、姉妹を演じた千葉早智子(1911〜93)と梅園龍子(1915〜93)がそれぞれ好演している(千葉はのちに成瀬巳喜男と一時結婚していた)。 短編作品だが、なかなかよく出来た作品だと感心した。
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[011]サイレント・ウォー
 701部隊と「200」黒美君彦2017-06-16
 【ネタバレ注意】
舞台は1950年代初頭。中国では蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党による内戦の結果、国民党は台湾に逃れたが、残党がまだ暗躍していた。 中国共産党の地下組織「701部隊」・・・
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舞台は1950年代初頭。中国では蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党による内戦の結果、国民党は台湾に逃れたが、残党がまだ暗躍していた。 中国共産党の地下組織「701部隊」が国民党の無線信号を傍受していたが、周波数がしょっちゅう変わり傍受も困難が伴う。そこで諜報員・張学寧(ジョウ・シュン)がスカウトしたのが、超人的な聴力の持ち主で盲目の何兵(トニー・レオン)だった。彼は次々国民党の新たな通信チャンネルを突き止めることに成功していく。 さらにコードネーム“重慶”と呼ばれる国民党の大物スパイを誘い出そうと張学寧は敵方に潜入するが…。 『インファナル・アフェア』シリーズのアラン・マック監督らによるスパイ・サスペンス。軸になっているトニー・レオン、ジョウ・シュンのふたりが素晴らしい。ジョウ・シュンは本当に知的かつ美しい。 スパイたちに与えられるのは個としての名前ではなく、「701」や「200」(張学寧のコードネーム)といった数字であり、「重慶」という象徴的な地名だ。 トニー・レオンを傍受者として仕上げたジョウ・シュンは、彼と深い信頼関係で結ばれ、そこには男女の関係も一瞬生まれかけるが、決して一線は越えない。その関係もまたサスペンスの一端を担っている。 何兵の視力が戻ると傍受する聴力が落ち、その結果親友でもある張学寧が殺されてしまう。自ら目を潰す何兵の嘆きもまた、夜の雨の中痛々しい。 アクションこそ影を潜めるが、ドラマは全編緊張感に溢れ、なかなか見応えがあった。それもこれもトニー・レオンとジョウ・シュンの巧演があればこそだと思う。
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[012]CRISIS 公安機動捜査隊特捜班
 長回しアクション黒美君彦2017-06-15
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>国家を揺るがす公安事件を捜査する警視庁公安部機動捜査隊特捜班には、班長の吉永三成(田中哲司)のもと、特捜班班長優秀な自衛官だった稲見朗(小栗旬)、生真面・・・
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<あらすじ>国家を揺るがす公安事件を捜査する警視庁公安部機動捜査隊特捜班には、班長の吉永三成(田中哲司)のもと、特捜班班長優秀な自衛官だった稲見朗(小栗旬)、生真面目だが格闘技の達人田丸三郎(西島秀俊)、爆発物のプロ樫井勇輔(野間口徹)、元ハッカーの大山玲(新木優子)といった面々が揃っていた。彼らは警察庁警備局長の鍛冶大輝(長塚京三)の構想で組織されていた。テロや新興宗教、軍事スパイといった犯罪に時に悩みながら立ち向かう…。 同じ金城一紀による『SP』の系譜に連なる公安アクションもの。 何といっても第8回の宗教テロ組織に突入した際の長回しのアクションシーンが絶品だった。実に7分30秒もの間、カット割りなし、1カメで休むことなくアクションが続く。綿密な計画とリハを繰り返さないと成立しない長丁場に挑んだのは圧巻だった。 で、それ以外は比較的凡庸な展開。国家の都合にしたがって、命を賭して危険な任務に挑む者たち…というのはいつものパターンだし、やがていいように操ろうとする国家に疑念を抱く、というのもありがちな展開。なぜか特捜班は怪我をしない、というのも『24』以来のこの手のアクションドラマではお約束。ただフィクションだから、のひと言で済ませるには、あまりに現実のきな臭さと近いものが感じられてしまうのだけど。 ラストでは続編への布石もおかれていたがどうなることか。 とはいうものの、やはり第8回の長回しアクションの迫力は捨てがたい。その一点だけでもこのドラマシリーズの評価はぐっと高くなる。
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[013]東北の神武たち
 シリアスにしてユーモラス黒美君彦2017-06-13
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>かつての東北は貧しく、次男、三男達は「やっこ」と呼ばれて土地も嫁ももらえず、ボロを着せられヒゲも伸び放題、その姿が神武天皇に似ていると「神武(ズンム)」・・・
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<あらすじ>かつての東北は貧しく、次男、三男達は「やっこ」と呼ばれて土地も嫁ももらえず、ボロを着せられヒゲも伸び放題、その姿が神武天皇に似ていると「神武(ズンム)」と呼ばれていた。そのひとり利助(芥川比呂志)は生まれつき口が臭く、周りから「腐れ」と呼ばれ嫌われていた。兄(千秋実)や兄嫁(東郷晴子)からも嫌われていた利助だが、三角屋敷の父っつぁん(藤原鎌足)が、長患いは父親が昔やっこを殺してしまった祟りで、やっこをひと晩だけ花婿にしろと言い残して死ぬ。女房おえい(浪花千栄子)はやっこたちをひと晩だけ花婿にしたが、利助だけは勘弁してくれとやり過ごす…。 東北の農村の貧しさを民話的な…というよりコミカルな口調で描いた短編映画。髪や髭が伸び放題のやっこたちはどれも似ていて判別がつきにくい。 ただひとり、おえいが迎えに来てくれなかった利助は絶望するが、そんな彼におかね婆さん(三好栄子)が、山の向うにあるという娘っ子だけの村について話してくれる。そこから利助が山向こうに向かうまでは、スタジオのセットを使い、非現実的なシチュエーションになっている。 貧しい農家から売られていく娘たちの姿や、双子でありながら生まれてきた順番で長男次男が決められ、着る物から差別される赤ん坊も登場し、おかしみだけではない東北の貧困農家の現実も描かれる。 現実を超えるためにかつて民話はファンタジーとして存在した。 山向こうの娘っ子だけの村は、利助にとっては桃源郷だ。 辿りつけるかどうかも定かではないが、厳しい現実を乗り越えるためにはそんな装置が必要だった…ということだろうか。原作深沢七郎らしいユーモラスでシリアスな物語だと感じた。 「おかね婆さんは救世観音である」とする論考もあったが、なるほど、そうかもしれない。
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[014]ミスター・ジャイアンツ 勝利の旗
 文化財的価値黒美君彦2017-06-12
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1962年のシーズンで打率.288、25本塁打、打点80に終わった入団6年目の長嶋茂雄は、三冠王を目指して箱根で極秘の自主トレを続けていた。1963年のペナント・レース・・・
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<あらすじ>1962年のシーズンで打率.288、25本塁打、打点80に終わった入団6年目の長嶋茂雄は、三冠王を目指して箱根で極秘の自主トレを続けていた。1963年のペナント・レースも開幕。タクシー運転手戸部伸吉(伴淳三郎)の家では妻たつ(沢村貞子)や娘の道子(大空真弓)や息子の正男が巨人を応援していた。そんな中、長嶋のサインをもらおうとした子どもが交通事故で亡くなった。長嶋はデッドボールで指を負傷するが、三冠王は一方で現実味を帯びてきた…。 文化財的価値(笑)とでもいうか、当時の娯楽におけるプロ野球…とりわけ読売巨人軍の位置づけが興味深い、というか。長嶋27歳、王23歳、柴田勲19歳、広岡達郎31歳、藤田元司32歳、監督の川上哲治ですら43歳という若き日のスターたちが活き活きと練習している姿が観られるだけでも貴重かも。西鉄のプレイングマネージャーだった中西太は33歳とは思えない落ち着きぶり(笑)。 そこにフランキー堺や淡島千景、伴淳三郎といった役者が絡むという何とも不思議な味わいの作品だ。 どことなく隠し芸大会のような感じも漂わせつつ、意外に映画としての起承転結も整っている。 古葉との首位打者争いには勝ったものの、本塁打王は王に譲り、長嶋はついに三冠王を獲得することはなかったが、ファンを夢中にさせるオーラのようなものがあったのだろう。 ちなみに1963年の成績は打率.341(首位打者)、本塁打37本(王が40本)、打点112(打点王)でMVPを獲得している。この辺りが「記録より記憶に残る選手」の面目躍如か。 時代背景も透けて見える、そんなプロ野球実録映画。 深いものはもちろんありませんけど(笑)。
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[015]バスキア
 バスキアに届かず黒美君彦2017-06-12
 【ネタバレ注意】
バスキアにスポットライトが当てられ、一躍時の人となった時代を、当時仕事三昧だった私はあまり覚えていない。だから彼の現代アートにおける位置づけはよく知らない。 ここに・・・
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バスキアにスポットライトが当てられ、一躍時の人となった時代を、当時仕事三昧だった私はあまり覚えていない。だから彼の現代アートにおける位置づけはよく知らない。 ここに描かれているのは、有名になることを夢見て、運良く名が知られるようになり、友人たちと疎遠になり、アンディ・ウォーホルと作品を共同制作するまでになった若き芸術家の姿だ。 ただ、結局彼が何を描こうとしているのか、何にインスピレーションを得ているのかは最後までわからなかった。わかるのは彼の思惑とは関係なく、作品がもてはやされたという時代の光景だけ。 恋人や友人も離れていき、作品さえも離れていく。 彼の手によるストリートアートを剥いで盗もうとする連中に「サインしてやろう」と申し出ても、彼だとわからない輩からはぼこぼこにされてしまう。そこには作者本人と無関係な「美術ビジネス」が厳然と存在していることが象徴される。 盟友アンディ・ウォーホルが死に、ぼろぼろになった彼を助けたのは無名時代の親友ベニー・ダルモー(ベニチオ・デル・トロ)だった…。 ただ、バスキアの世界は今ひとつ薄いままに終わってしまった。 アンディ・ウォーホルを演じたデヴィッド・ボウイが秀逸。デニス・ホッパーやコートニー・ラブといった豪華なキャストも印象に残る。
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[016]ハプニング
 新興感染症のようなものか黒美君彦2017-06-12
 【ネタバレ注意】
オチがないっちゃオチがないけど、それなりに最後まで見せるシャマラン節は健在。 突然大量自殺し始める人類って、その昔ディズニー映画で人口に膾炙した「レミングの集団自殺・・・
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オチがないっちゃオチがないけど、それなりに最後まで見せるシャマラン節は健在。 突然大量自殺し始める人類って、その昔ディズニー映画で人口に膾炙した「レミングの集団自殺」(現在では捏造であったことが定説となっているけど)を思い出した。 どうもこの作品の中では、植物が人類の神経に作用する化学物質を作り、それが風に乗って人類がヘンになって自殺を始める、ということらしいけど、いずれにせよストーリーはショートショートの趣き。その状況からどう逃げるか、というのがエリオット・ムーア(マーク・ウォールバーグ)とアルマ(ゾーイ・デシャネル)夫妻に課せられた役割なのだけど、何せ敵は目に見えないのでどこへ逃げたら良いのだか。 自殺の仕方が衝撃的だからついつい引っ張られてしまうけれど、ここで描かれる自己破壊衝動ってあんまり好きにはなれない。 時間が経って自然に収まりました、といわれてもなあ。 ただこれを新型インフルエンザのパンデミックだと思えば、共通点が意外に多いことに気づく。 そうか、ここに描かれているのは感染症に対するパニックの亜種だと思えばいいのか。
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[017]私の青おに
 なかなかよく出来た作品黒美君彦2017-06-12
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>東京の出版社で編集者として働く辻村莉子(村川絵梨)は久しぶりに故郷の山形県高畠町に帰ってきた。まちおこしの一環として地元出身の浜田広介作「泣いた赤おに」・・・
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<あらすじ>東京の出版社で編集者として働く辻村莉子(村川絵梨)は久しぶりに故郷の山形県高畠町に帰ってきた。まちおこしの一環として地元出身の浜田広介作「泣いた赤おに」のその後の物語を公募、絵本の出版を依頼したためだ。実は莉子には故郷に苦い記憶があった。高校でいじめの対象となったとき、同級生の夏目文香(木南晴香/上白石萌歌)を裏切ってしまったのだ。文香に再会した莉子は、葡萄作りに精を出す文香の前で過去に囚われていたのはむしろ自分だったと気づく…。 なかなかよく出来たドラマ。故郷で笑顔を見せない村川絵梨が憎々しげで巧い。 もともとは浜田広介(1893〜1973)の『泣いた赤鬼』に着想を得たものだけど、そもそも山形県高畠町が浜田広介の出身地で、そこに浜田広介記念館があることも知らなかった。 田園の緑が美しく、道端の「やすみ石」も効いている。 『泣いた赤鬼』は、人間と仲良くなりたいと願っていた赤鬼のために、友達の青鬼が犠牲になって赤鬼のもとを離れていくという物語。 いじめを受けていた莉子を助けた文香。だのにその文香を遠ざけてしまった莉子…という図式に『泣いた赤鬼』の物語を重ね、単なる「故郷はいいもんだ物語」とは一線を画している。 印象的だったのは高畠石の採石場跡となっている「瓜割石庭公園」。切通しを抜けるとそこで文香がワイン作りをしている、という設定だが、もちろん普段は公開された場でワイン倉庫はない。 とにかく緑の深い高畠町が印象に残る。 素敵な小品ドラマだった。
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[018]クレオパトラ
 超大作黒美君彦2017-06-08
 【ネタバレ注意】
製作費にとてつもない費用(4,400万ドル…一説には現在の貨幣価値で300億円超とか)がかかり、20世紀フォックスを経営危機に追い込んだとされるスペクタクル超大作。 さすがに4・・・
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製作費にとてつもない費用(4,400万ドル…一説には現在の貨幣価値で300億円超とか)がかかり、20世紀フォックスを経営危機に追い込んだとされるスペクタクル超大作。 さすがに4時間を超えると集中力を欠いてしまうけれども、CGがなかった時代にあれだけの装置を作り上げたのは驚異というしかない。エキストラも20万人を超えたとか。金と時間をかけただけあって、芝居よりもその背景の装飾や彫像、建物に目を奪われてしまった。 エジプトを統治するエリザベス・テイラー演じるクレオパトラがカエサル(レックス・ハリソン)、そしてアントニウス(リチャード・バートン)といった稀代の英雄と愛し合った経緯を史実に基づいて描いている。少々生真面目に作り過ぎた印象もあるが、さまざまなエピソードも忠実に挿入しているのでそれなりに面白い。 個人的にはエリザベス・テイラーにさほど魅力を感じないので、今ひとつ入り込めないままだったのだが…。 それにしてもリズがリチャード・バートンとデキちゃったとか、リズがジフテリアで気管切開したために後半は喉に傷痕が見てとれるとか、エピソードの方がすっかり有名になってしまったこの作品。ちゃんと一作品として評価されないのは、大作ゆえの悲運か。実際には興行時大ヒットだったらしいけど(それでも製作費が賄えなかった)。 壁画から実際の風景にゆっくり変わる(あるいは逆)シーンなどはなかなか。ただ長時間の歴史絵巻であるがゆえに、見せどころが散漫になってしまったのは惜しまれる。 「ブルータス、お前もか!」のカエサル暗殺や、アントニウスがローマ軍に独り突っ込むシーンなど決して悪くない。ラストの蛇に噛ませてクレオパトラが自死する場面も。およそエジプト人とは思えぬ風采の登場人物も少なくないが、そこはハリウッド作品なので目をつぶるとして。 巨大な船が行き交うアクティウムの海戦(B.C.31)のシーンは迫力もある。この戦いでアントニウスが死んだと思い込んだクレオパトラが戦線から離脱したために、それをアントニウスが追いかけ、結果アントニウス軍は総崩れしたわけだが、戦闘に私情をまじえるとろくなことになりませんね。 とにかく大迫力のスクリーンだけでも、これは評価していい、と思える超大作だ。
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[019]ドライヴ
 非凡黒美君彦2017-06-06
 【ネタバレ注意】
今さらの鑑賞だったけれど、個人的には面白く拝見。 とはいえストーリーは決して目新しくはない。闇を抱えた男が、ピュアな母子と出逢い、彼女たちを守る為に抑圧していた暴力・・・
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今さらの鑑賞だったけれど、個人的には面白く拝見。 とはいえストーリーは決して目新しくはない。闇を抱えた男が、ピュアな母子と出逢い、彼女たちを守る為に抑圧していた暴力性を爆発させる…というのは、これまで何度もいろいろなバリエーションで描かれてきた。 けれどこの作品では徹底して無駄な説明を排除しつつ、ところどころにスロー映像を配置し、光と影を意識した映像を重ねることで、劇的な効果を生み出すことに成功している。 主人公のドライバー(ライアン・ゴズリング)の過去は描かれない。ふらりとこの町を訪れ、自動車修理工場に潜り込む。かつて映画のスタントをしていたシャノン(ブライアン・クランストン)に運転の腕を買われ、映画のカースタントの仕事をする一方で、夜は車で強盗を逃がす闇の仕事をしている。 その彼がアパートで知り合ったアイリーン(キャリー・マリガン)とその息子。互いに惹かれあうものを感じながら、服役中の夫がいるので一線は越えない。擬似家族としてピクニックに出かけ、幸せな時間を満喫するドライバー。 そこに出所してきたアイリーンの夫スタンダード(オスカー・アイザック)が現れる。一瞬二人の間で火花が散るが、意外にも何も起きることはなく、やがてこの夫をも交えた交流が始まる。 ところが堅気として生きたいと考えるスタンダードには、刑務所で作った借金があった。それをチャラにするためにバーニー(アルバート・ブルックス)から持ちかけられた質屋強盗。ところが質屋にあった金が、実はマフィアの金だったことからスタンダードは射殺され、ドライバーも狙われる…。 後半、夫の死を告げて、一緒に逃げないかと提案するドライバーに、アイリーンは思いっきりビンタする。 けれどその後乗り込んだエレベーター内で、ドライバーは初めてアイリーンにくちづけをする。このシーンはたまりにたまったドライバーの最初で最後の愛情の発露といえるかも知れない。その直後、エレベーター内で一緒になった殺し屋の頭を、ドライバーは踏み砕くほどの暴力性をあらわにするのだから。 無垢なる者を守る為に自分を犠牲にする強き男。 西部劇『シェーン』のアラン・ラッドの例を挙げるまでもなく、繰り返し描かれて来たストーリー展開だが、それでも最後まで目を離せないのは演出の巧みさか。ニコラス・ウィンディング・レフン監督は完璧主義者らしいけど、その映像やライアン・ゴズリングの佇まい、キャリー・マリガンとの視線の交錯は非凡なものを感じた。
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[020]あの日、兄貴が灯した光
 ありがちな展開黒美君彦2017-06-06
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>柔道の韓国代表として活躍していたコ・ドゥヨン(D.O.)はある試合で視神経を傷つけ失明してしまう。一方、詐欺を繰り返していたドゥヨンの異母兄コ・ドゥシク・・・
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<あらすじ>柔道の韓国代表として活躍していたコ・ドゥヨン(D.O.)はある試合で視神経を傷つけ失明してしまう。一方、詐欺を繰り返していたドゥヨンの異母兄コ・ドゥシク(チョ・ジョンソク)は、弟の失明を利用して仮釈放してもらう。家出したきりだったドゥシクは、ドゥヨンとは15年ぶりの再会だった。既に両親は他界していて、ドゥヨンは心を閉ざしたまま。そんなドゥヨンをパラリンピックに出そうと考える元コーチのスヒョン(パク・シネ)の目にも、兄ドゥシクは自己中心に見えた。だが、家を出た理由を打ち明けたドゥシクは、弟を差別した男に食ってかかったり、少しずつドゥヨンを支えるようになる。そんなある日、ドゥシクは思いがけない事態に直面する…。 『7番房の奇跡』(2013年)や『ハナ〜奇跡の46日間〜』(2012)に関わったユ・ヨンアが脚本。 べたべたな、といってしまえば終わってしまうような物語。視力を失った元柔道選手の弟を演じたアイドル・グループEXOのD.O.(ディオ=ト・ギョンス)が印象的な瞳の強さで好演。チンピラ詐欺師の兄貴役チョ・ジョンソクも時にコミカルに、時にシリアスに演じてみせる。 クライマックスでは、客席のあちこちから鼻をすする音が…。個人的にはあまりにベタな展開に涙することはなかったけれど。 パク・シネが柔道のコーチというのは無理あるよなあ。というか、彼女、まだ20代半ばなのに妙に老けてきたような気が…。嫌いじゃないのになあ。 ただ個人的には『7番房の奇跡』や『ハナ』といった作品に比べると今ひとつ乗り切らなかったのも事実。兄弟愛というのを描こうとするのはわかるけれど、その為に障害や難病を持ってくるのはどうもズルいという印象を拭えない。もちろんその上でそれなりに面白くないことはないんだけどね。
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[021]皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ
 ヒロシ・シバ黒美君彦2017-06-05
 【ネタバレ注意】
『鋼鉄ジーグ』という永井豪原作のロボット・アニメ、1975年〜76年にかけて放送されたそうだけれど、日本では大ヒットというほどではない。どちらかというと忘れられかけたアニ・・・
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『鋼鉄ジーグ』という永井豪原作のロボット・アニメ、1975年〜76年にかけて放送されたそうだけれど、日本では大ヒットというほどではない。どちらかというと忘れられかけたアニメ・シリーズといっていいかも知れない。もともとは玩具メーカーが、磁石を使った合体ロボット企画を持ち込み、永井豪らがロボットをデザインしたのだとか。ちなみに主人公は司馬宙(しば・ひろし)といい、古代日本を支配した邪馬台国ならぬ「邪魔大王国(じゃまだいおうこく)」と女王卑弥呼ならぬ「女王ヒミカ」が敵という、古代とロボットが融合したハイブリッドアニメ(笑)。 ところが1979年にイタリアで放送したところ大ヒットしたというからわからないものだ。今もファンを獲得し続けている『鋼鉄ジーグ』。 さて、物語はその『鋼鉄ジーグ』の実写化などでは決してない。 ダークな暴力に満ちた現実が舞台だ。ローマは相次ぐ爆弾テロの脅威に晒され、暗い空気に覆われている。 チンピラのエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)が偶然川底の放射性廃棄物に覆われたのがきっかけで、鉄をも跳ね返す不滅の体と、怪力を手にしてしまう。 ある日エンツォは、知り合いのセルジョ(ステファノ・アンブロジ)の麻薬取引を手伝うが、運搬役が死んだために取引は失敗し、セルジョは射殺されてしまう。しかし虐待がきっかけで「鋼鉄ジーグ」の世界に留まるセルジョの娘アレッシア(イレニア・パストレッリ)は帰らぬ父親を待ち、マフィアのボスであるジンガロ(ルカ・マリネッリ)に狙われる…。 暴力描写は相当キツいし、いってみればアメコミの世界のイタリア版とでもいうべきか。 しかし、エンツォは純粋なままのアレッシアによって、正義のために闘おうと思い始める。 アレッシアに「鋼鉄ジーグ」の毛糸のマスクをプレゼントされた彼は、最後には名を問われ、「ヒロシ・シバだ」と答える。 ここに描かれているのはダークな現実に立ち向かう、正義の象徴としての「鋼鉄ジーグ」だ。実際には主人公はジーグに似ても似つかないのだが、「ジーグ的な存在」に憧れて悪と闘うことを決意する。 ことほど左様に、子どもの頃に接したアニメや特撮は、その後の人生に大きな影響を与えることがある。 何とも不思議なダーク・ファンタジーだった。 ちなみに日本語になりきっていない(笑)タイトル「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」は、ガブリエーレ・マイネッティ監督が自らつけたイタリア語のタイトルを日本語に訳したのだとか。日本語であれば「人呼んで鋼鉄ジーグ」となるところかな。
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[022]おじいちゃんはデブゴン
 サモ・ハン復活!黒美君彦2017-06-05
 【ネタバレ注意】
90年代、デブゴンの名で人気を集めたサモ・ハンが監督とアクション監督を兼ねた作品。ありがちといえばありがちな物語だが、そのアクションは健在。なかなか良く出来た作品だ。・・・
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90年代、デブゴンの名で人気を集めたサモ・ハンが監督とアクション監督を兼ねた作品。ありがちといえばありがちな物語だが、そのアクションは健在。なかなか良く出来た作品だ。 サモ・ハンが演じるのは、元人民解放軍中央警衛局で要人警護にあたっていた拳法の達人ディン。 彼が退役後住んでいるのは、ロシア国境に近い中国最北東部の綏鎮市。彼は孫娘の行方を見失い、娘と絶縁状態で独居生活をしている。そんな彼は初期の認知症と診断されてしまう。 彼を慕う隣家の少女チュンファ(ジャクリーン・チャン)。彼女の父レイ・ジンガウ(アンディ・ラウ)はギャンブルに溺れ、マフィアに多額の借金がある。ジンガウは、マフィアから、ウラジオストックでロシアン・マフィアの宝石を奪うよう仕向けられるが…というストーリー。 少女のために闘うサモ・ハンのアクションは相変わらずキレがあり、観ているだけで楽しい。 アンディ・ラウは主役級なので別格として、その他にもウィリアム・フォンが認知症と診断する医師役で出てきたり、香港のアクション映画界を牽引してきた俳優ユン・ピョウやユン・ワー、女優ユン・チウ、世界的な映画監督ツイ・ハーク、映画プロデューサーでもあるディーン・セキ、俳優のカール・マッカ、中国の俳優フー・ジュン、台湾の俳優エディ・ポンといった豪華なゲストがあちこちに登場するのも一興。 サモ・ハンの久しぶりの監督作品ということで、みな出演してくれたのだとか(詳細は覚えていない役者さんもいるけど)。 サモ・ハンも60代半ばという年齢に逆らうことなく、老いた元拳法の達人という役回りで、ところどころくすっと笑わせるシーンもある。 少女のために命を懸ける…というパターンはありがちではあるけれど、サモ・ハン健在なり!を強く意識させる作品でありました。
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[023]八重子のハミング
 身につまされる黒美君彦2017-06-05
 【ネタバレ注意】
きわめてオーソドックスに、丹念に制作された作品。 妻が若年性認知症を発症してしまったとき、夫には何が出来るのか。 陽(みなみ)信孝氏の原作をもとにしたこの物語は、実話・・・
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きわめてオーソドックスに、丹念に制作された作品。 妻が若年性認知症を発症してしまったとき、夫には何が出来るのか。 陽(みなみ)信孝氏の原作をもとにしたこの物語は、実話に基づいているだけに何とも切ない。さらにいえば、そうした家族に認知症患者がいた経験を持つ者と、そうではない者とでは受け止め方も随分異なるだろう。 かくいう私も前者であり、映画を観ていて当時のことがオーバーラップして正直つらいところもあった。 主人公の石崎誠吾(升毅)と妻八重子(高橋洋子)。 子どもたちが巣立った後、夫婦を襲う認知症とその介護。いわゆる老々介護に追い込まれる石崎。 家族はもちろん、教師をしていたおかげでかつての教え子らが支えてくれる。それはある意味恵まれているといえるかも知れない。子どもがいなかったら、あるいは独居で認知症を発症したら…。 さまざまなシチュエーションが考えられるが、つらいのは認知症が不可逆性を帯びており、決して快復しない、ということだろう。 さらに異性による介護はなかなか難しい面もある。夫婦といえどもすべてを曝け出しているわけではない。しかし介護度が上がれば上がるほど、排泄などにどう対応するかが課題となる。 石崎が12年に及ぶ介護体験を語る講演のなかで「“怒り”に限界はあるけれど“優しさ”には限界はない」と話す。 決して思い通りにならないどころか、日々悪化していく家人にどれだけ優しくできるか。 介護に端を発した虐待や心中のニュースを聞くたび、心は揺れる。 山口・萩の風景はどことなく優しい。低予算の作品だけに、ボランティアエキストラが大勢映り込むのは仕方がない(だからやたら講演の聴衆のルーズショットが挿入される)。 身につまされた人が多いのだろう、観客席からは涙をすする音が多く聞かれた。
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[024]沖縄 うりずんの雨
 蹂躙された島で黒美君彦2017-05-29
 【ネタバレ注意】
<あらすじ> 1945年4月1日、米軍は沖縄本島に上陸、12週間に及んだ地上戦では両軍合わせて20万人が死亡、住民も4人に1人が犠牲になった。沖縄戦、そして敗戦後の占領時代・・・
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<あらすじ> 1945年4月1日、米軍は沖縄本島に上陸、12週間に及んだ地上戦では両軍合わせて20万人が死亡、住民も4人に1人が犠牲になった。沖縄戦、そして敗戦後の占領時代、さらに自決を強要された記憶や戦後の米兵による性暴力を証言で振り返るとともに、辺野古への基地移設問題に繋がる、現在の沖縄を浮き彫りにする。 タイトルにある「うりずん」とは、「潤い初め(うるおいぞめ)」が語源といわれる。大地が潤い、草木が芽吹く3月頃から沖縄が梅雨に入る5月くらいまでの時期を指すが、沖縄の地上戦がこの季節に重なることから、単なる季節を意味しない。 「うりずんの雨は 血の雨 涙雨 礎(いしじ)の魂 呼び起こす雨」とは、ミニFM番組で歌人の玉城洋子が紹介した短歌だ。 ジャン・ユンカーマン監督は第一部「沖縄戦」で元日本兵、元米兵をインタビューし、当時の悲惨な地上戦を浮き彫りにする。「火炎放射器で死にたくないなあ」とは近藤一さん(94)の証言だ。さらに第二部「占領」で戦後沖縄がおかれた差別的状況を、第三部「陵辱」では米軍兵士や軍属による性犯罪の実態を炙り出す。 その第三部で、1995年の米兵少女暴行事件の犯人の一人が証言する。逮捕され、服役した彼は、いまだに被害者に対して罪の意識を抱き、教会に通っているという。主犯格の男は帰国後、強姦殺人事件を起こし、その後自殺したという。 軍隊とは構造的に差別と不可分な組織である。何しろ敵は人間ではないのだから。占領すればその場所や女たちは「戦利品」であり、当然の権利として欲望の対象にしてしまう。上官の命令が絶対である以上、人権意識など邪魔で仕方がない。そんな状況に沖縄は現在もおかれているのだ。 戦争で蹂躙され、占領政策によって蹂躙され、本土復帰後も蹂躙され続ける沖縄。 丹念な証言取材と史実によって描かれた沖縄の過去と現在。 その先の未来は決して明るいとは思えないが、まず知るところから始めなくては、と思う。
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[025]メッセージ
 “表義”文字黒美君彦2017-05-26
 【ネタバレ注意】
哲学的なSFは嫌いではないし、この映画がそれをどう映像表現にするか相当苦労しただろうな、というのもよくわかる。ファーストコンタクトを言語という側面から解こうとするの・・・
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哲学的なSFは嫌いではないし、この映画がそれをどう映像表現にするか相当苦労しただろうな、というのもよくわかる。ファーストコンタクトを言語という側面から解こうとするのも意欲的。さらにそこに「時間」を織り込もうというのだから…。 ただ言語学の権威ルイーズ・バンクス役にエイミー・アダムスというのは正直今ひとつ乗らなかった。内省的な演技ができるタイプではないように思えるから、という個人的な感想に留まるのだが。 冒頭をはじめ、ところどころ挿入される娘とのシーンも「これは『未来の思い出』なんだな」と、比較的早い段階で整理できてしまったので謎にならなかった、というところもある。ヘプタポッド言語に触れる前から彼女が未来を思い出せたのは何故?と思わないではなかったけれど。 結局時間の概念がなく、未来の自分に導かれるならばタイムスリップと同じことになり、ニワトリが先か卵が先かのタイムパラドックスに嵌まってしまいそうなものなのだが…。 一方で言語をめぐる考え方は面白い。いわゆる「表意文字」「表音文字」ではない「表義文字」という概念を持ち込み、言語が脳の働きに大きな影響を与えるという発想は面白い。この作品では「時制のない表義文字」がすなわち「時間の概念のない世界に生きる」エイリアンにつながる。それが「未来の思い出」に生きるルイーズにだけ理解できる、ということになるのだけれど…。たださすがにこの辺りは説明不足の感が否めない。ヘプタポッドも「3000年後」とか言っているから、時間の感覚が全くないわけではないようだけれど…。 ただ、言語こそが武器である、という考えは嫌いではない。 言語しかコミュニケーション手段はない。なぜその武器を有効に使わないのか。人類はそう問われているようにも思える。 それにしても宇宙と家族、という組み合わせは、壮大な対象と最も卑近な存在、ということで描きやすいのかも知れないけれど、若干陳腐な気もした。 そんなこんなで少々物足りない印象は拭えないのだが、ハリウッドでこうした思弁的な映画を作り上げたというのはそれだけで評価すべきかもしれない。 それにしても妻の死に際の言葉を囁かれて直前で攻撃をやめた中国のシャン上将、いったいその言葉はどのようなものだったのだろう?
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[026]トンネル 闇に鎖(とざ)された男
 「ご飯食べた?」黒美君彦2017-05-25
 【ネタバレ注意】
突然崩壊するトンネル。瓦礫に埋もれつつも生き残った自動車のディーラーの男。妻と娘が男の救出を待つ。孤独に耐える男イ・ジョンスをハ・ジョンウが巧演。崩落直後、土やら砂・・・
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突然崩壊するトンネル。瓦礫に埋もれつつも生き残った自動車のディーラーの男。妻と娘が男の救出を待つ。孤独に耐える男イ・ジョンスをハ・ジョンウが巧演。崩落直後、土やら砂やらでどろどろになっているが、こうした埃はみな食べられる素材で作られているのだとか。とはいえ、食べるわけじゃないから辛いだろうなあ。 そして地上で待つ妻セヒョン役にぺ・ドゥナ。撮影中は化粧を全くせず、ぼろぼろな姿を敢えて晒したというからさすが。個人的にとても好きな女優さん。 国際救助隊サンダーバードよろしく国を挙げた救出作戦が展開されるが、設計図と工事がそれぞれ杜撰であったことから、17日かけて掘った穴は目標を大きく外してしまう。 携帯電話のバッテリーもなくなり、急速にジョンスのことは忘れられる。連絡がつかず死んでしまったに違いないから、隣接するトンネルの工事を再開、なんて、原発災害をなかったことにしているどこかの国と変わらないじゃないか。 生死不明の国民より経済優先。 事故で救助隊のひとりが殉職した場面も、崩壊するトンネルを作った不特定多数ではなく、顔が見えるセヒョンに怒りが向けられる。そんな理不尽な世間の「空気」の行方まで描いているところがこの映画の面白いところ。 電話のやりとりは、実際に会話をしながら収録したのだとか。 そこまでの徹底ぶりが、この作品を緊迫感に満ちたものにしている。 韓国では「元気?」という代わりに「ご飯ちゃんと食べてる?」というのが挨拶代わりに使われる。 この作品ではその挨拶の言葉が意味を持つ。 実際にはこれだけ長い間生き続けるのはまず難しいとは思うけれど(バッテリーもそこまで持たないと思うし)。それにしても別の車に乗っていて崩落に巻き込まれたミナ(ナム・ジヒョン)が可哀想。 エンディングで少しだけでも彼女に言及して欲しかった気もする。
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[027]3月のライオン 後編
 二部作の功罪黒美君彦2017-05-22
 【ネタバレ注意】
前編はまさに頭の格闘技とでもいうべき将棋盤の上での闘いが巧く表現されていて、それなりに面白かった。神木隆之介も少年棋士っぽいひ弱さと強さが同居している桐山零を熱演し・・・
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前編はまさに頭の格闘技とでもいうべき将棋盤の上での闘いが巧く表現されていて、それなりに面白かった。神木隆之介も少年棋士っぽいひ弱さと強さが同居している桐山零を熱演していて良かったし。 けれど人間的成長に主軸をおいた後編は少々物足りなさが残った。原作は未読だけれど、やはりエピソードを詰め込みすぎたか。 将棋をめぐる物語よりも川本家の美姉妹とのエピソードが中心に来たせいかも知れない。ひなた(清原果耶)のいじめをめぐる話、三姉妹の実父(伊勢谷友介)が突然現れ、同居を提案する話、それぞれ主人公の成長には必要なエピソードなんだとは思うけれど、その分将棋の世界が遠ざかってしまう。 そもそも実父が現れたときなんて、あかり(倉科カナ)が零を頼ったから、彼が張り切って実父に立ち向かったわけで、梯子を外すなよあかり、と思わず突っ込んでしまった(笑)。 後藤正宗(伊藤英明)、宗谷冬司(加瀬亮)あたりの描き方は決して嫌いではないけれど、もひとつどっちつかずだったような。 これなら連続ドラマ化した方が観やすかったように思う。前編後編という上映方法を否定するわけではないけれど、群像劇を描くにはさらに思い切った改変と削除が必要だろう。もっともやればやるほど原作ファンは離れてしまうのだろうけど。 ちなみに興行的には本作はさほど伸びなかったようで、うーむ、前後編上映というパターン、もう少し考えた方がいいかも。どうせ長大な原作どおりには制作できないのだから、ワンエピソードにこだわるとかした方が良いような。 獅子王戦の存在が全体のなかで薄くなってしまったのが惜しまれる。もう少しプロ将棋の薀蓄を知りたかったなあ。 それにしても高校生の頃、あんな美姉妹に囲まれるような生活をしてみたかったなあ(笑)。あり得ないけど。
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[028]マンチェスター・バイ・ザ・シー
 喪ったもの黒美君彦2017-05-22
 【ネタバレ注意】
イングランドのマンチェスターではない米国のマンチェスターが舞台…かと思いきや、この映画のタイトルとなっている「マンチェスター・バイ・ザ・シー」そのものが町の正式名な・・・
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イングランドのマンチェスターではない米国のマンチェスターが舞台…かと思いきや、この映画のタイトルとなっている「マンチェスター・バイ・ザ・シー」そのものが町の正式名なのだとか。ニューハンプシャー州にあるマンチェスターとの混同を防ぐ為に町名を変えたのだとか。人口5,000人余りの小さな港町だ。 小さな共同体だから、誰からも愛された兄ジョー(カイル・チャンドラー)の死を誰もが悼む。だが、過去の惨事を引きずって一度はこの町を離れた弟リー(ケイシー・アフレック)に対しては、どこか冷ややかだ。 そんなリーと、父を亡くした甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)。ところどころで過去の回想が唐突に挿入される。幼いパトリックと兄とで船を操り、釣りに出かけた記憶。少々気性の激しい妻(ミシェル・ウィリアムズ)や三人の子どもに囲まれ幸福だった日々。落差が激しければ激しいほど、現在の重苦しい感覚が生々しく伝わってくる。 今のリーは笑わない。 そんなリーに息子の後見人になるよう託した兄。男を作って家を出て行った母親はいない。頼るのは叔父のリーしかいない。 このパトリック、何人ものガールフレンドと二股をかけ、バンドに精を出し、クラブ活動にも熱中しているなかなかやり手?の16歳。父の死を受け容れたと見えた彼が、冷凍庫の肉から突然父親を思い号泣するシーンは印象的だ。 そして、中盤まで謎として描かれるリーの過去。名曲「アルビノーニのアダージョ」が過去の悲劇を雄弁に語る。 半狂乱になったであろう妻との修羅場を敢えて描かないところがいい。 取り返しようのない、償いようのない過去によって、リーは壊れてしまった。 しかし大切な家族を喪った男と甥は、その喪失感ゆえに深く結ばれてゆく。喪ったものを取り戻すことはできない。だが、それを抱えたもの同士、支えあうことはできる。 パトリックがこだわった船を修理して海に出たとき、リーは初めて笑顔を見せる。 決して順風満帆とはいかないだろうと思わせるが、それでも一歩を歩みだしたリーにどこか癒される。 数々のスキャンダルで、アカデミー賞主演男優賞を受賞しても非難が続いたケイシー・アフレック。 真偽はわからないので彼の人間性についてコメントはできないが、少なくともこの作品の静かに沁みてくる彼の演技は素晴らしい。 クラシック音楽を多用し、過去と現在、喪ったものの重さを背負う人間を描いたこの作品。 寂れた港町の風景と共鳴し合い、胸に迫ってきた。
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[029]追憶
 ゆきわりそう黒美君彦2017-05-19
 【ネタバレ注意】
小栗旬、岡田准一という旬の俳優ふたりが主役だが、イマ風のアクションはゼロ。寧ろ、野村芳太郎を思わせる日本映画の伝統にこだわった作りは観ていて潔いとさえ思った。そこは・・・
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小栗旬、岡田准一という旬の俳優ふたりが主役だが、イマ風のアクションはゼロ。寧ろ、野村芳太郎を思わせる日本映画の伝統にこだわった作りは観ていて潔いとさえ思った。そこは降旗康男監督(撮影当時81歳)、撮影木村大作(75歳)という超ベテランふたりの手によるものだから当然といえば当然かも知れないが。 親から見捨てられた子ども3人が直面したある殺人事件が、25年後その一人が殺されたことによって炙り出されていく、というのが大まかな構図で、刑事になった四方篤(岡田准一)が一応主役。彼は妻(長澤まさみ)ともうまくいっていない。流産?がきっかけのようだけど、もうひとつ決定的な理由はわからない。そこに子どもの頃散々篤をないがしろにした母(りりィ)が無心したり、自殺を図ったりする…。 田所啓太(小栗旬)は建設業を営み、妻(木村文乃)は臨月に近い。 東京のガラス店に婿入りした川端悟(柄本佑)は、事業に行き詰まり金策に走り回り、富山で刺殺体で発見される。 舞台となった富山は海と日本アルプスを望むことができ美しい。 最後まで笑わない岡田准一も悪くないが、ストーリーそのものにはところどころ綻びが。 ずっと罪の意識を隠して生きてきた四方なのに、それならなぜ田所や川端らと接触を絶ってきたのか。「もっと早く会うべきだったんだ!」と怒鳴ったところで、会おうとしなかったのは彼だけではないか。突然罪障感に囚われるようになったのは何故なのかがよくわからない。 さらにいえば、事件発覚直後、前夜に被害者と呑んだことを四方が隠すのも納得いかない。 いったいなぜ隠そうと考えたのだ。25年前の事件からひたすら逃げてきたのは四方自身ではないのか。 結局25年前彼らを助けてくれた喫茶「ゆきわりそう」の仁科涼子(安藤サクラ)を支えていたのは田所だし、四方篤が最も何もしていなかったことが明らかになるのだけど(笑)。 とはいえ、コンパクトな作品で展開が早いので観やすい。 子どもの頃可愛がってくれたお姉さん…数十年後の事件…過去と現在が絡んでいく…という展開は、やはり小栗旬が出演したドラマ『ウロボロス』(2015年TBS系)と重複感が強かったけど(特に予告編)、実際の中味は相当違うんだけどね。 ただ木村大作のカメラは相変わらず望遠レンズの使い方が巧いし、“風景の中の人間”という描き方に秀でている。 この作品の撮影後64歳で亡くなったりりィが、だらしないまま老いた篤の母親を好演。 25年の歳月が実感として受け止められる年齢に達してしまったせいか、いろいろ感じるところがあった。 さほど期待していなかった分、思いの外最後まで飽きずに観られた不思議な味わいのある作品だった。
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[030]アナザー プラネット
 forgiveness黒美君彦2017-05-18
 【ネタバレ注意】
予備知識なしで観始めたけれど、あっという間に惹きこまれた。 『アナザープラネット』(原題は“Another Earth”)という邦題から想像されるとおり、SFテイストではあるけれど・・・
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予備知識なしで観始めたけれど、あっという間に惹きこまれた。 『アナザープラネット』(原題は“Another Earth”)という邦題から想像されるとおり、SFテイストではあるけれど、テーマは「赦し」だろうか。ただ、ところどころ挿入される空に浮かぶ「もうひとつの地球」が不思議な存在感を示す。少しずつ大きくなるパラレルワールド。 そういえば中学生の頃、フォトモンタージュで空に地球を浮かべたことがあったな、なんてことまで思い出した。 取り返しのつかない罪を犯してしまったローダを演じたブリット・マーリングが巧い。彼女は監督とともに共同脚本までこなす才女らしいけど、演技者としても存在感がある。 被害者の生き残りであるジョン・バローズ元教授(ウィリアム・メイポーザー)に真相を明かせないまま、清掃の仕事から次第に心を通わせるふたり。この辺りは心理劇として面白いけれど、男女の関係になってしまうのはどうよ、と思ってしまう。ローダはやはり躊躇するのではないか?愛する妻の命を奪った女と寝たことを知ったとき、ジョンはさらに深く傷つくのではないか? 清掃員仲間で漂白剤で自ら目を潰し、耳を破壊したインド系?の老人に、掌にアルファベットを書くローダ。何が背景にあるのかはわからないが、彼に「自分を許して」と語りかける彼女。それは自らへの言葉でもあったのか。 パラレルワールドは、互いを認識した瞬間から干渉し合い、別の時間軸を歩み始める。そんな理屈が本当に成立するかどうかはわからないが、事故に遭わなかったジョンの家族が「もうひとつの地球」にあったとして、ジョンはふたり存在することになるんだけど、それってどうなんだろう…と野暮なことも考えてしまった。 そしていろいろな解釈が飛び交うラスト。 清掃作業を続けるローダの前にもうひとりのローダが現れるのをどう解釈するか。中にはすべてがローダの妄想、なんて解釈もあるようだけど(それはそれでいい)、さすがに夢オチにはしにくいだろう。 「もうひとつの地球」ではやはり事故はなく、天文少女だったローダは順調にMITで学び、宇宙飛行士として「こちらの地球」にやってきた、と考えるのが自然かな。だからといって「こちらの地球」で事故を起こしたローダの過去が消えるわけではないけれど。 監督のマイケル・ケイヒルも1979年「ニューヘヴン」(!)生まれ。ナショナルジオグラフィックで撮影などの仕事をして来たらしく、手持ちカメラのズームなどに才気を感じた。 サンダンス映画祭特別審査員賞受賞やインディペンデント・スピリット賞新人作品賞・新人脚本賞受賞した作品だけど、日本では未公開。 もったいない話です。
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