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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3963件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]半世界
 自らも振り返りたくなる黒美君彦2019-02-21
 【ネタバレ注意】
40歳を前にした中学時代のかつての悪ガキ三人組。2人は家業の炭焼きや中古車販売店を地元で継ぎ、1人は自衛隊員として町を出て海外派遣されていた。 そのうちのひとり自衛隊・・・
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40歳を前にした中学時代のかつての悪ガキ三人組。2人は家業の炭焼きや中古車販売店を地元で継ぎ、1人は自衛隊員として町を出て海外派遣されていた。 そのうちのひとり自衛隊を辞めた沖山瑛介(長谷川博己)が故郷の町に帰ってきたことから、備長炭を製炭する高村紘(稲垣吾郎)、岩井光彦(渋川清彦)とで久しぶりに呑む…。 阪本順治によるオリジナルの脚本を自ら監督した作品。 三重県南伊勢町周辺でのオールロケだというが、地方の土地が持つ豊かさと閉鎖性が浮かび上がってきていい。 その中でも稲垣吾郎の演技は出色。彼はひとりで炭を焼いているが、いじめに遭っているらしい一人息子明(杉田雷鱗)のことは、妻の初乃(池脇千鶴)に任せっきりのダメ父であり、ダメ夫でもある。 長谷川博己演じる瑛介は当初引きこもっているが、紘が引っ張り出し、炭焼きの仕事を手伝わせる。森から木を切り出し、運び出し、トラックで運搬してきて時間をかけて炭を焼く。「こんなこと、ひとりでやってきたのか」と思わず驚きの声を上げる瑛介。 長い歳月を経て、男たちの友情が緩やかに動き出す。 狂気を帯びた役を演じるにしては長谷川博己はやや理知的に見えるが、突然暴力的になるシーンは迫力がある。 渋川清彦はぼんやりとした役を巧演。父親役の石橋蓮司との関係がいい。 さらに疲れた主婦を演じる池脇千鶴がお見事。憎々しげな表情の彼女がキュートに見える場面もあり、彼女の存在がこの作品を引き締めている。 全体的に奇を衒わず淡々とした筆致で描かれる。 時折挿入される炭焼きのシーンがいい。赤々と焼けた木を窯から引っ張り出し、砂をかけてゆっくり冷やす。 長谷川が稲垣に対して「お前たちは世界を知らない」と言い放つシーンがある。世間はあっても世界はここにない。稲垣は「ここも色々大変なんだ」と反発する。海外派遣先で瑛介が見てきたもの。紘がこの町で見てきたもの。それはそれぞれ違っていて、何が正しいというものではない。 阪本順治監督は、「半世界」というタイトルを、従軍写真家として知られる小石清(1908〜57)の写真展のタイトルからとったのだという。彼は勇ましい日本兵ではなく、赴任先の高齢者や子どもたち、象や鳩などを撮っていて、阪本監督は衝撃を受けたそうで、「半世界」は“ハーフ・ワールド”ではなく、“アナザー・ワールド”であると解釈したそうだ。世界を俯瞰的に見るだけでなく、名もなき小さな営みから世界を見る、とでもいうような。 いろいろなひきだしのある映画。自分の半生も振り返りながら、自分の立ち位置を確かめたくなる…そんないい作品だ。
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[002]ほんとうのうた〜朗読劇「銀河鉄道の夜」を追って〜
 震災と芸術黒美君彦2019-02-20
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>小説家の古川日出夫、詩人の管啓次郎、音楽家の小島ケイタニーラブが、東日本大震災発生後の2011年末に生んだ朗読劇「銀河鉄道の夜」。翻訳家の柴田元幸がさらに加・・・
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<あらすじ>小説家の古川日出夫、詩人の管啓次郎、音楽家の小島ケイタニーラブが、東日本大震災発生後の2011年末に生んだ朗読劇「銀河鉄道の夜」。翻訳家の柴田元幸がさらに加わり、4人は東北・福島をはじめ全国各地で公演を行った。二年にわたって彼らの公演の旅を追ったドキュメンタリー。 その土地、その会場それぞれで脚本を改変し、舞台を作り直す。特別な大道具を用意するわけではない。巧みな話術、美しい朗読というわけではない。しかしそれでも各地で再演が繰り返される舞台劇「銀河鉄道の夜」。 それはもちろん宮澤賢治の原作に基づいている。銀河鉄道で旅をするジョバンニとカムパネルラ。 彼らの儚い存在は、津波に呑まれた大勢の人々と共鳴し、今を生きている人々と共鳴する。 生き残ることは残酷なことではなかったか。そんな持っていきようのない当時の意識が蘇る。 この映画が公開された後の2017年末にも脚本は新たに書き下ろされたという。日々変わる脚本。古川日出夫は「惰性でこういうのを上演したくない」と語る。 ところで宮澤賢治(1896〜1933)は、生まれた年に「明治三陸大津波」を、亡くなった年に「昭和三陸大津波」を経験している。生まれた年の災害について記憶していないのは仕方ないとしても、地質学に通じた彼が、東北を襲った津波についてさほど語っていないのはなぜだろう。…私はそんなことを思いながら、芸術が災害に何ができるのかを考えていた。記憶の喚起、忘却の罪悪感、さまざまなものを呼び起こしてまた東日本大震災の日がめぐってくる。
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[003]伝七捕物帖 幽霊飛脚
 面白みに欠ける黒美君彦2019-02-19
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>若き娘が次々と殺される事件、「幽霊飛脚」と名乗る殺人鬼に江戸は震え上がった。小普請組若狭勘解由(藤間林太郎)の娘お市(松山容子)を奪うという予告状が来た・・・
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<あらすじ>若き娘が次々と殺される事件、「幽霊飛脚」と名乗る殺人鬼に江戸は震え上がった。小普請組若狭勘解由(藤間林太郎)の娘お市(松山容子)を奪うという予告状が来たため、黒門町の伝七(高田浩吉)や道場主大場接心斎(石黒達也)らが警戒していたが隙をつかれてお市は殺されてしまう。さらに材木問屋羽黒屋の娘お絹(北条喜久)も殺されてしまうが、お絹は大奥へ上がる直前であったことを羽黒屋吉兵衛(乃木年雄)とき(高山裕子)から聞く。報告を受けた牧野内膳亮(中山昭二)は、大奥のお万紀の方が黒幕ではないかと伝七に語る。次なる標的は米問屋立花屋徳右衛門(大邦一公)の娘くめ(千之赫子)。だがくめは能宗家の久良山新三郎(松本錦四郎)と恋仲だった。新三郎と伝七の妻お俊(嵯峨三智子)は捕らえられるが、それは大場の仕業だった…。 松竹で11本、東映で2本作られた「伝七捕物帖」は、高田浩吉(1911〜98)主演のヒットシリーズ。で、この作品は松竹で製作された最後の作品。テレビの代わりに映画を楽しんでいた時代の、いわゆるプログラムピクチャーですね。 原作は捕物作家クラブ(野村胡堂・城昌幸・土師清二・佐々木壮太郎・陣出達朗)の連作小説でした。 この作品の時、高田浩吉は47歳、子分の獅子ッ鼻の竹演じる伴淳三郎は51歳。立ち回りもそろそろしんどい頃。 物語は単純で、米問屋立花屋と昵懇の牧野内膳亮が、大奥に立花屋の娘を送り込んでますます権勢を増そうと考え、側室候補を次々殺していたという話。それならそれでこっそり殺せばいいのに、わざわざ予告状まで送りつけて、派手派手しく般若の面をつけて登場する意味がわからん。 最初に殺されるお市を演じたのは松山容子(当時21歳)。ボンカレーのキャラクターに起用されるはるか昔のことです。 敵役の牧野内膳亮の中山昭二は、新東宝を離れた時期でしょうか。かつては期待の星でしたが、この作品では端役もいいところ。 伝七の上司、遠山左衛門尉は近衛十四郎ですが、どうせなら彼が立ち回りをすれば良かったのに、とはよく言われるところ。 十手で刀に対抗するのはやはり相当無理があります。 まあ、これといった見どころも感じられず、量産時代劇の一作、といった印象でしょうか。
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[004]秘密の扉
 思悼世子黒美君彦2019-02-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>18世紀の朝鮮王朝時代、第21代国王英祖(ヨンジョ:ハン・ソッキュ)の時代。王位継承者である息子の世子イ・ソン(イ・ジェフン)は親友の画員シン・フンボク(ソ・・・
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<あらすじ>18世紀の朝鮮王朝時代、第21代国王英祖(ヨンジョ:ハン・ソッキュ)の時代。王位継承者である息子の世子イ・ソン(イ・ジェフン)は親友の画員シン・フンボク(ソ・ジュニョン)の死の真相を追う。貸本屋の娘ソ・ジダム(キム・ユジョン/ユン・ソヒ)の力も借りて真相に近づくが、そこには英祖即位の際の「連判状」が影を落としていた…。 1762年の壬午士禍−いわゆる思悼世子(サドセジャ)の米櫃事件に至るまでを描いたドラマシリーズ。 『根の深い木』では世宗(セジョン)を演じたハン・ソッキュが、ここでは暴君にも優しい父にもなる英祖を巧演。 生真面目な世子イ・ソンをイ・ジェフンが“生真面目”に演じている。 将来を嘱望されたイ・ソンが何故米櫃に閉じ込められ、餓死しなくてはならなかったのか。英祖が即位の際に兄景宗(キョンジョン)暗殺に加担したことを裏づける連判状から物語は始まる。父親はそうした過去を息子だけには知られたくないと願い、息子は不正を正さなければ政(まつりごと)は出来ない、と考える。この落差が後の廃位と米櫃事件につながっていくのだ。 その背景には少論(ソロン)派と老論(ノロン)派の勢力争いがあったわけで、国王はその狭間で常に翻弄される存在だったわけだ。 ドラマとしては正直徹頭徹尾暗いので、今ひとつ盛り上がりには欠けるが、狂気を帯びた英祖のハン・ソッキュはさすがの存在感。イ・ジェフンも頑なな世子を熱演している。 前半では貸本屋の娘であり、快活で頭脳明晰なソ・ジダム役を演じたキム・ユジョンが明るく可愛らしい存在として目を惹いたが、中盤からユン・ソヒにバトンタッチして女官として宮廷に入ってしまうと一転して存在感が薄くなってしまう。ユジョンちゃん、可愛かったのになあ。 英祖の孫イ・サンが賢君正宗(チョンジョ)として活躍することになるのだが、その父は無念の死を遂げる。その背景はよくわかったが、実際には老論派からの度重なる叱責等で精神に変調を来たしていたという説もあるようだ。 いずれにせよ国王も楽ではない。 英祖は世子に自決させたことを悔い、「思悼世子」(サドセジャ)と追号したのだという。 愛息を自ら死なせなくてはならなかった父。その背景には、朝鮮王朝時代における身分制度の矛盾や格差に対する民衆の不満があった。
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[005]シグナル
 午後11時23分黒美君彦2019-02-18
 
<あらすじ>専門のプロファイラーである警部補パク・へヨン(イ・ジェフン)は、ある日捨てられていた無線機から音が聴こえているのに気づく。声の主は刑事イ・ジェハン(チョ・・・・
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<あらすじ>専門のプロファイラーである警部補パク・へヨン(イ・ジェフン)は、ある日捨てられていた無線機から音が聴こえているのに気づく。声の主は刑事イ・ジェハン(チョ・ジヌン)だった。ジェハンは15年前の2000年に、ヘヨンの同級生が殺された未解決事件の手がかりを伝えて来た。その結果ヘヨンは事件の重要な証拠を見つける。相棒となった刑事チャ・スヒョン(キム・ヘス)は、かつてジェハンに憧れと恋心を抱いていたが、ジェハンは15年前から行方不明になっていた。バッテリーがついていない無線機は毎晩11時23分に15年前のジェハンと交信できる…。 韓国のケーブルテレビ史上3位の最高視聴率13%を記録し、主なドラマアワードで9もの賞を獲得した大ヒットドラマ。その後日本でも坂口健太郎、吉瀬美智子、北村一輝主演で『シグナル〜長期未解決事件捜査班』(2018年)としてリメイクされた。 リメイク版よりも「過去を変える」ことに重きが置かれたこのドラマは基本的に荒唐無稽なのだが、イ・ジェフンの深刻そうな表情が、クールビューティーなキム・ヘスの演技と巧くはまっていた。 とはいえ結局ジェハンの殺害という過去を変えてからは、あまりに大きな過去の改変なので少々無理が。ラストは明らかにシーズン2への布石になっているが、その後パート2製作の噂も聞かず、あれで終わっちゃうんだろうか。 面白くないことはなかったが、ところどころダレてしまった感がある。 過去が変わると少しずつ記憶も変わっていく、なんて苦しまぎれだなあと思いつつ。 てっきりジェハンが生き延びた途端、チャ・スヒョンの薬指に結婚指輪がふわっと浮かび上がってくるんだと思ったのに(笑)。
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[006]金子文子と朴烈(パクヨル)
 犬ころ黒美君彦2019-02-18
 【ネタバレ注意】
大正期、資本家と労働階級の格差は拡大の一途をたどり、1920年代さまざまな社会運動が広がる。 労働者、農業者、社会主義、無政府主義…そうしたマグマが噴出していた1923年の東・・・
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大正期、資本家と労働階級の格差は拡大の一途をたどり、1920年代さまざまな社会運動が広がる。 労働者、農業者、社会主義、無政府主義…そうしたマグマが噴出していた1923年の東京がこの作品の舞台だ。 有楽町の「社会主義おでん屋」で働く金子文子(チェ・ヒソ)は、「犬ころ」という詩を書いた朴烈(イ・ジェフン)と一緒に暮らすことを決め「不逞社」が結成された。 そこへ関東大震災が東京を襲う…。 瀬々敬久監督『菊とギロチン』(2018年)で描かれたのとほぼ同じ時代。関東大震災による人心の不安を抑えるため、内務大臣・水野錬太郎(キム・インウ)らは、朝鮮人や社会主義者らを無差別に捕らえ、朴烈もまた治安警察法の予防検束を口実に文子とともに逮捕される。逮捕容疑はいい加減であったが、朴烈自らが皇太子暗殺計画について供述したため、大逆罪で告発され、1926年3月には死刑判決が言い渡された(翌月、恩赦で無期懲役に減刑)。自らの死によって民衆の結束が図られることを期待していた朴烈は恩赦に怒る。 帝国主義に対する民衆の連帯がポジティブに描かれたこの作品は、文子を演じたチェ・ヒソの明るい演技もあって、どこか突き抜けた明るさを持ち合わせている。その背景には映画には登場しないが、1919年3月1日の独立運動「三・一運動」と、それに対する日本側の弾圧にあった(朝鮮側資料では7,500人以上が死亡し、4万6千人が逮捕されたという)。 踏みにじられた朴烈が、自らを「犬ころ」と自嘲的に詩にしたのも、そうした時代背景に基づいており、子どもの頃から不遇をかこった文子がそこに共鳴したのも必然であった。 チェ・ヒソや取調官立花懐清を演じたキム・ジュンハンの日本語はほぼ完璧。わずか100年足らず前の状況は、第二次大戦の敗戦で改善されたはずだったが、今また権力はあらゆる手を使って民衆の自由を奪おうとしている。それは恐らくどの国でも同じだ。権力側は「犬ころ」が「犬ころ」であると自覚しないよう、巧みに敵を作り、そこに責任を転嫁する。 どの国に属しているかは関係ない。自らの判断で決定することが無政府主義者の根本であるとするなら、朴烈や金子文子が理想とした社会のありようも荒唐無稽とばかりはいえないだろう。 こうした時代をもう一度見直すこともまた、現在を見つめるヒントになる。
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[007]女王陛下のお気に入り
 いろんな意味で怖い黒美君彦2019-02-18
 【ネタバレ注意】
舞台は18世紀初め、スペイン継承戦争でフランスと交戦中のイングランドを率いていたアン女王(オリヴィア・コールマン)。彼女は政治に疎く、幼馴染のサラ・モールバラ(レイチ・・・
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舞台は18世紀初め、スペイン継承戦争でフランスと交戦中のイングランドを率いていたアン女王(オリヴィア・コールマン)。彼女は政治に疎く、幼馴染のサラ・モールバラ(レイチェル・ワイズ)を頼り切っていた。そこへ上流階級から没落したというサラの従妹アビゲイル(エマ・ストーン)が現れる…。 英国版「大奥」と呼ばれるだけあって、宮廷の女性三人のドロドロは見もの。 コミカルでもあり、サスペンスフルでもあり、エロティックでもあり、といろいろな見方が出来る。 ギリシャの俊英ヨルゴス・ランティモス監督にしてはわかりやすい作品といえるかも知れない。18世紀のドレスは美しいが、暗い宮廷内部はどんよりしている。引きこもりがちなアン女王が、17人もの子を流産や死産で喪い、同じ数だけウサギを飼っているというのが象徴的。彼らをウサギとしてでなく、女王の子の代わりとして慈しむことが出来るかが肝心。だから後半、ウサギを足で踏みつぶすエマ・ストーンの恐ろしさが際立つ。 政治に疎い女王を主戦派、和平派それぞれが味方につけようと必死。これもまた時代や国を超えてどの世界でも見られること。 賢いアビゲイルが、女中としていじめられる立場から着々と地位を上昇していく野心的な姿をエマ・ストーンが見事に演じている。そしてその姿を冷ややかに見るレイチェル・ワイズの目の怖いこと。 そして一日中馬に引きずられて傷だらけになった彼女が恐ろしい(回復するのも怖い)。 ある意味単純な?アン女王を演じたオリヴィア・コールマンが最も巧かったかも(笑)
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[008]ちいさな独裁者
 「大尉殿!」黒美君彦2019-02-18
 【ネタバレ注意】
ナチスの蛮行を描いた作品は数多くあるが、この作品はナチスの威を借りた人間の狂気を描いていて、ひと味異なる。しかもそれが実話に基づいているとなると、ただただ言葉を失う・・・
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ナチスの蛮行を描いた作品は数多くあるが、この作品はナチスの威を借りた人間の狂気を描いていて、ひと味異なる。しかもそれが実話に基づいているとなると、ただただ言葉を失うばかりだ。 主人公のヴィリー・ヘロルト(マックス・フーバッヒャー)は19歳の上等兵だった1945年3月に部隊を脱走。途中で打ち棄てられた軍用車を見つけ、荷物の中にあった空軍大尉の軍服を着用。敗残兵フライターク(ミラン・ペシェル)に「大尉殿!」と声をかけられ、そこから敗残兵を加えながら行進を進める。あまりに堂々とした態度で検問所もやり過ごし、一行はドイツ国防軍の脱走兵や政治犯が収容されたアシェンドルフ湿原収容所に辿り着く。ヘロルトは「総統から全権を与えられている」として、収容所を支配。勝手に即決裁判を行い、囚人たちを相次いで虐殺。収容所が連合軍による爆撃で破壊された後も、4月25日まで小さな町を占拠し、農民やオランダ人兵士らを処刑、殺害された人数は定かではないがあわせて200人を超えるとみられる。 「エムスラントの処刑人」と恐れられたヘロルトは結局戦犯として捕らえられ、1946年11月に処刑される。 軍服という「権威」を手に入れた名もなき上等兵に騙され盲従する士官たち。もちろんそれはヒトラー率いるナチスの恐怖政治が背景にあるからだ。命令に従っていれば、責任を負う必要はないという無責任体制は、組織の運命でもある。 一方、ヘロルトが何故このような残虐なことができたのかといえば、彼のなかにある加虐的な性質が環境に目覚めさせられたのだといえるだろう。保身のために嘘を重ねた彼は、嘘が大きければ大きいほど誰もがそれに従う、ということを直感的に理解したに違いない。 処刑、虐殺は、戦場であれば当たり前のことである。 躊躇なく引き金を引くことこそが評価されるのが戦場なのだ。 だからヘロルトは決して異常者と決めつけることはできないのだ。それがこの作品の怖さでもある。 監督のロベルト・シュヴェンケは、ラストで現代にヘロルトらを蘇らせ、町の人たちを襲わせる。暴力で恐怖を植えつけ、支配する。ヤツらはいつでもその隙を狙っている、とでもいうように。 傍観する者もまた同罪である。
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[009]眠る村
 自白偏重黒美君彦2019-02-13
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1961年3月、三重県名張市と奈良県山添村にまたがる葛尾。名張市側の公民館で催された懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した。世にいう「名張毒ぶどう酒事・・・
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<あらすじ>1961年3月、三重県名張市と奈良県山添村にまたがる葛尾。名張市側の公民館で催された懇親会で、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した。世にいう「名張毒ぶどう酒事件」である。発生6日後、35歳の奥西勝が自白する。「妻と愛人との三角関係を清算するためだった」という自白内容に符合するように、村人たちは次々証言を変えていく。初公判以降、奥西は一転無罪を主張し、自白は「強要されたものだ」と訴え、一審は無罪。しかし二審では一転して死刑が言い渡された。そして最高裁は上告を棄却し、1977年、奥西は確定死刑囚となった。奥西は再審を求め続け、2005年ついに再審開始決定を勝ち取る。しかし翌年決定は取り消され、2015年、奥西被告は89歳で獄死した…。 東海テレビではこの事件について1978年から取材を始め、1987年以降7本のドキュメンタリー番組を製作、映画化はこれが三本目になる。この事件をめぐっては、物証に乏しく、捜査段階での自白の信用性が常に争われてきた。 男女関係についてはおおらかだった事件当時「三角関係の清算」という動機そのものが疑わしいものだったが、自白偏重主義の裁判所は、一審でこそ無罪を言い渡したものの、それ以降は冤罪を認めようとはしない。 映画では事件の原点である葛尾村を取材し直す。 無罪を信じ続けた奥西被告の亡くなった母親タツノ。兄の死後、再審請求を続ける妹の岡美代子。 村ではしかし、「奥西じゃないなら誰が犯人ね。奥西しかおらん」と多くの人が語る。 会長だった奥村楢雄、ぶどう酒を飲んで生死の境をさ迷った神谷すゞ子。姉を亡くした神谷武。証言を変えた石原利一。 彼らはみな、事件後人生が大きく変わった。それもこれも奥西勝が無罪を訴えたからだ。 村の論理では、誰でもいいから犯人となり、死んでくれたらそれで事件は解決だ。残された家族は村八分にされ、やがて忘れ去られてくれたらそれでいいと考えている。 一方、一度は名古屋高裁で再審決定をしながら、新証拠には目もくれず、ただひたすら当初の自白にしがみつく裁判所は、どうしようもなく劣化している。彼らは基本的に「冤罪はない」「裁判は完璧」という無謬性に基づいて日々の判決を言い渡している。それを覆すような新証拠の存在を認めるわけにはいかないのだ。 「裁判所は眠ったままだ」と仲代達也のナレーションは言い棄てる。 そして、葛尾もまた同じく「眠る村」だ。被告が死んだのに、いつまで事件を引きずるのか、とでもいうように、平穏な日々を追い求める村人たち。彼らは「御上」の言うままに証言したに過ぎない。奥西は妻と愛人とでいい思いをしていたのだ、そのくらいのバチは当然だ、とまで思っているかどうかはわからないが、被告への同情は感じられない。「わからない」「忘れた」と異口同音に彼らは語り、事件を知る人もひとりまたひとりと亡くなっていく。 長期の取材はそうした人々の姿を映し出していく。2017年12月、名古屋高裁は新証拠を見ようともせず「自白は信用できる」のひと言で第10次再審請求を棄却した。妹で米寿を過ぎた岡美代子は、「裁判所も私が死ぬのを待っている」と言う。他に縁者はいないからだ。長男は既に62歳で亡くなっているし、長女の行方は詳細は分からない。 村もまたその狭い共同体の中で「眠って」いる。 奥西家の墓は村の墓地からも追い出された…。 長期取材、口の堅い村落での証言、スタッフの長期間にわたる労苦には頭が下がる。 自白偏重を正そうともしない裁判所のありようも含めて、何とも救いのない現実が、そこにはある。
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[010]ともしび
 横顔黒美君彦2019-02-13
 【ネタバレ注意】
ベルギーの地方都市でアンナ(シャーロット・ランプリング)と夫(アンドレ・ウィルム)は静かな生活を送っていたが、ある日夫は警察に出頭し、そのまま収監される…。 主人公ア・・・
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ベルギーの地方都市でアンナ(シャーロット・ランプリング)と夫(アンドレ・ウィルム)は静かな生活を送っていたが、ある日夫は警察に出頭し、そのまま収監される…。 主人公アンナの状況説明がないまま(例えば夫の嫌疑は結局語られない)、カメラはひたすら孤独なシャーロット・ランプリングの表情を追う。 1946年生まれだから、撮影時は70歳か。大女優といっていい彼女の老い、孤独、焦燥…やることなすこと全てが彼女を標的にしているように裏目に出る。彼女はその過酷な現実に悄然と立ちすくむばかりだ。 親子関係も冷たい。家族とて何の救いにもならない(そこまで嫌われるのはなぜかは語られない)。 しかし収監されている夫に面会に行き、そんな現実は語らず、笑みを浮かべて嘘をつく。 棚の背後から出てきた写真とは何か。これも語られない。 夫も信じられず、彼女は打ち上げられた巨大なクジラの死体に自らの姿を投影する。 ほぼシャーロット・ランプリングの表情がすべてだ。 そこには40代で鬱病となり、精神疾患で姉を亡くし、再婚相手の夫は不倫が原因で離婚と、彼女自身のプライベートとも重なるからこそ、彼女の苦悩が表情に刻まれているのは間違いない。 面白いかというとうーむ、なのだけど、彼女の横顔はついつい見入ってしまう。 「生き直しの物語」というけれど、必ずしもそれほど強い意思が描かれているわけではない。 悄然と、淡々と、老いを生きる女の横顔。そこから何を受け取るかは、観る者に委ねられている。
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[011]ファースト・マン
 宇宙酔い黒美君彦2019-02-12
 【ネタバレ注意】
どう考えても人類で初めて月面に降り立った男、アポロ11号のニール・アームストロング船長は歴史的存在である。 しかしこの作品で描かれる彼は、きわめて緻密、冷静沈着であり・・・
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どう考えても人類で初めて月面に降り立った男、アポロ11号のニール・アームストロング船長は歴史的存在である。 しかしこの作品で描かれる彼は、きわめて緻密、冷静沈着であり、勇敢でありながら性格的に不器用な男の8年間だ。 そして、この作品は宇宙への挑戦を描きつつ、実は彼の内面と家族(特に妻)を描いたものとなっている。 物語はある意味淡々と進む。 ソ連との宇宙開発競争の頂点に位置するアポロ月着陸計画。 コンピューターもまだ大型の時代に、今から思えば正直無謀としかいえない当時の加速度的な宇宙計画は、国家の威信を賭けたものだった。そこには過酷な訓練と、宇宙飛行士の犠牲が伴っていた。 ソ連に先を越された時のあの焦燥感はいったい何だろう。 一体誰のために、狭いコクピットにとじ込められ、逃げ場の宇宙に飛び出さなくてはならないのか。 恐らくニール(ライアン・ゴズリング)自身もその答えは持ち合わせていなかったのではないか。ミッションだからこなす。こなせるから自分が行くしかない。彼はそんな風に考えていたのではないか。 1967年1月のアポロ1号火災事故で、ニールは仲の良かったエドワード・ホワイト(ジェイソン・クラーク)を失う。 普通なら計画が頓挫してもおかしくない大事故だが、国家プロジェクトは止まらない。アポロ11号が打ち上げられるのはこの惨事のわずか2年半後のことだ。 このプロジェクトのスピードは異常だ。それでもプロジェクト遂行することのみを考え続けたニールが、家族に対して冷淡なのは仕方ないかもしれない。妻ジャネット(クレア・フォイ)は「安定した人と結婚したかったのに」と戸惑いを隠せない。 コクピット内での映像は主観が多く、それ故「VR宇宙酔い」を起こしてしまいそうだった。 注目度と反比例するかのような徹底的に孤独なミッション。 死んだ愛娘の名を刻んだチェーンを月面に残したのかどうかは知らないが、そんな方法でしか彼は家族への愛を表現できなかったのかも知れない。 地球帰還後、ニールはNASAを2年で辞め、マスコミを嫌い、表舞台には出て来なかった。 妻とも90年代に離婚し、別の女性と再婚している。 「ファースト・マン」(人類最初の男)として彼は歴史に名が残る。しかし、彼の求めていたものはそこには恐らくなかったのだろう。そんな気がした。個人的には興味深く観た。
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[012]かんざらしに恋して
 「意外にいけっとさ!」黒美君彦2019-02-08
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>東京の証券会社をやめて長崎・島原に移り住んできた桐畑瑞樹(貫地谷しほり)は、地域おこし協力隊の一員として島原の名物菓子「かんざらし」のかつての名店「銀流・・・
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<あらすじ>東京の証券会社をやめて長崎・島原に移り住んできた桐畑瑞樹(貫地谷しほり)は、地域おこし協力隊の一員として島原の名物菓子「かんざらし」のかつての名店「銀流」復活を託された。市役所のおもてなし課職員の係長八田健一(遠藤憲一)は「意外といけっとさ!」が口癖でのんびりしている。何とかリニューアルオープンにこぎつけたものの、「銀流」を知る地元の住民からは「『銀流』のかんざらしとは違う!」と言われ、逆風が吹き始める…。 NHKの地域発ドラマ長崎編。ありがちな地域おこしに材をとったものだけれど、荒井修子の脚本が秀逸。 主演の貫地谷しほり、遠藤憲一は長崎とは無縁なれど、バイトの店員を演じた長濱ねるは長崎出身で欅坂46のメンバー。 舞台の島原市は、長崎空港から島原半島の東に位置しバスで2時間近くかかる人口4万5千人の都市。雲仙普賢岳の裾野で、昔から火山に特有の湧水に恵まれた地だ。「かんざらし」というのはその湧水で冷やした白玉を、蜂蜜や砂糖等で作った特製のシロップにつけたスイーツ。原料のモチ米を大寒の日に冷水にさらすことから「かん(寒)ざらし」と呼ばれるのだとか。その昔は特別なお客様だけに出すスイーツだったらしい。 貫地谷しほりはいつの間にか三十代。落ち着きが加速度的についている?(笑) 彼女の私生活を隠し味に、後半で人が好いだけに見えた八田係長と衝突させるシーンはなかなかいい。単にいい人ではない主役に好感をもった。そして八田に隠された親友のエピソード…何度か挿入される雲仙普賢岳の火砕流が物語に関わっているのではないかと思ったが、案の定…それにしてもあの惨事からもう27年も経つのか、と感慨深いものもあった。 親友の母親役で樫山文枝(77歳!)を久しぶりに拝見。お元気そうでよかった。
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[013]赤い雪 Red Snow
 陰陰滅滅黒美君彦2019-02-07
 【ネタバレ注意】
短編映画で非凡な才能を発揮しているという(未見)甲斐さやかが、自ら書き下ろした原作・脚本に加え、監督までこなした作品。 何せ永瀬正敏、井浦新、佐藤浩市、菜葉菜といっ・・・
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短編映画で非凡な才能を発揮しているという(未見)甲斐さやかが、自ら書き下ろした原作・脚本に加え、監督までこなした作品。 何せ永瀬正敏、井浦新、佐藤浩市、菜葉菜といった豪華かつひと癖あるキャストが揃っているのだ。 結論からいえば陰陰滅滅というか、日本映画らしいというか何というか。 雪深い地方の都市で起きた幼児の不明事件。未解決のまま30年が経つが、最後に弟を目撃した兄・白川一希(永瀬正敏)は深い心の傷を負いながらも真相を知りたいと念願していた。そこにフリーライター木立省吾(井浦新)と名乗る男が、話を聞きたいと現れる。彼は容疑者と目され、さらに周辺で次々男性の行方がわからなくなっている女の娘・江藤早百合(菜葉菜)を見つけ出したという。彼女は母・早奈江(夏川結衣)の愛人宅間隆(佐藤浩市)と同棲していた…。 ストーリーとしてはサスペンスのジャンルに入るだろう。 テーマは「記憶」だというから、そこは西川美和監督の『ゆれる』(2006年)と共通するところもある。 記憶が途絶えた目撃者の兄。事件後、母親まで死なせてしまった罪障感からか。30年経っても悪夢に襲われる兄。 井浦新の役はやや生煮え。しかもあっけなく最後には佐藤浩市に殺されるし(しかもはっきりそうとは示されない)。彼が犠牲となった男の息子であることが最後に明らかにされる。 そして虐待の限りを尽くされ、今は万引きや清掃係として勤める宿で客の金をくすねとっている不機嫌な女早百合。この役を演じた菜葉菜の演技が凄まじい。雪の中で永瀬正敏に追われ、中身が全部落ちても最後までレジ袋を握りしめている、という場面に、この女の執念のようなものが込められている。 そして元大学病院の医師だという佐藤浩市。彼にこんな汚れた老人の役をさせるとは。往年の父、三國連太郎を思い起こさせたというと本人が気を悪くさせるだろうか。ただ挑発する井浦新に表に飛び出してくる鬼気迫る演技はさすがだ。 事件の結末は、都合よく削除された記憶を思い出し、弟への嫉妬や現実からの逃避で、自分自身にも嘘をついてきたことを自覚する永瀬正敏が、同様に子どもの時の虐待体験から逃れられないままの菜葉菜とともに小舟で海原に乗り出す、現実とも夢ともとれる場面で終わる。 絶対的な悪意、みたいなものが巧みに表現されていると思った。後味はかなり苦いけれど…。 闇から覗くシーン、窓から覗くシーン、郵便受けから覗くシーン、そういった「視線」をめぐる作品でもある。 事件の結末は少し図式的に過ぎる気はするが、冒頭のシーンも含め、時折観る者の胸にグサリと突き刺してくるような新鮮なカットが挿入され、監督のセンスは十分感じとることが出来たと思う。雪の中のシーンは氷点下30度にもなろうという北海道でのロケだったらしいけど、俳優たちも熱演。 陰陰滅滅としているけれど、見応えはあった。
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[014]マチルド、翼を広げ
 明日も、これからもずっと黒美君彦2019-02-06
 【ネタバレ注意】
フランス映画らしいエスプリの効いたファンタジー。だのに子ども向けでは全くない作品。 主人公は学校生活に馴染めない9歳のマチルド(リュス・ロドリゲス)。離婚して母ひと・・・
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フランス映画らしいエスプリの効いたファンタジー。だのに子ども向けでは全くない作品。 主人公は学校生活に馴染めない9歳のマチルド(リュス・ロドリゲス)。離婚して母ひとり子ひとりの家庭だが、母親(ノエミ・ルヴォウスキー)は精神に問題を抱えている。そんな母から贈られたフクロウ。何とこのフクロウは、マチルドとだけ会話ができる。それも声ではなく少し離れたところからでも話しかけられるのだ…。 母はいろいろな問題行動を起こしてしまう。 せっかくマチルドがクリスマスの準備をひとりで仕上げたのに、母は電車でどこか遠くまで出かけてしまった。連絡を受けたマチルドは怒りで暴れまくった挙句にカーテンに火を点け、危うく火事直前に…。このシーンはCGとかではないので、必死で消火しようとするリュス・ロドリゲスが火傷するんじゃないかと心配してしまった。 そんな風に母の行動に振り回されるマチルドなのだが、それでも彼女は母が大好きで仕方ない。まるで一緒に暮らして、母親を導くのは自分しかいない、とでもいうように。 ところどころでマチルドの悪夢として水面に沈む娘の画が挿入されるが、それは19世紀半ばの画家ジョン・エヴァレット・ミレーの『オフィーリア』をモチーフにしているのは間違いない。いうまでもなくシェイクスピアの『ハムレット』に登場する女性で、発狂して川に落ち、そのまま死んでしまった女性だ。その姿は、母親の行動に縛られているマチルドを象徴するカットに連なる。そして同様の台詞をフクロウはマチルドに語るのだ。「君は母親の囚人だ」と。 だからラストで体を水面から起こしシーンが意味を持つ。マチルドは囚われの身から解き放たれたのだから。 この作品は母親を演じ、監督でもあるノエミ・ルヴォウスキー(ALLCINEMAでは「ルボフスキー」となっているが、発音に近い「ルヴォウスキー」と表記する方がいいだろう)の実体験に基づいているという。エンドクレジットの献辞が母ジュヌヴィエーヴ・ルヴォウスキーに捧げられているが、ノエミが母親役を演じるということの意味を考えざるを得ない。彼女は映画の中で母親と同一化するのだ。理解できないけれど、誰よりも母を愛した娘として。 別れた夫、マチルドの父親を演じるマチュー・アマルリックも巧演。彼は恐らく精神に変調を来たした妻との結婚生活に疲れ果てて離婚に踏み切ったのだろう。マチルドはその時母親を選んだ。 だが、元妻を放置するわけにはいかないと、彼は苦渋の決断をする。 こうした精神の病は、個人的にも肉親の初期の認知症の際も経験しているので、少々辛かった。本人にとっては筋の通った行動なのに、周辺からは理解不能に見えてしまう。両者にとってとても不幸な関係だ。 この作品には結論はない。 原題の通り、“Demain et tous les autres jours(明日も、これからもずっと)”…それはどんな境遇であろうと永遠に母と娘、という意味でもある。
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[015]バーニング 劇場版
 凄まじい作品黒美君彦2019-02-05
 【ネタバレ注意】
村上春樹については詳しく知らないのだが、彼の初期作品はどこか無機的な人間関係やそのくせおめおめとした男性主人公が多い、といったところが特徴的といえるだろうか。 さて・・・
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村上春樹については詳しく知らないのだが、彼の初期作品はどこか無機的な人間関係やそのくせおめおめとした男性主人公が多い、といったところが特徴的といえるだろうか。 さて、そこで短編『納屋を焼く』の映画化である。イ・チャンドン監督は原作を大きく脚色し、村上春樹とはまた異なる謎を観る者に投げかけている。 映画では主人公イ・ジョンス(ユ・アイン)が街角で幼なじみのシン・ヘミ(チョン・ジョンソ)と再会する。小説家を目指しながらバイト生活を送るジョンスと整形してすっかり美しくなったヘミはあっという間にベッドイン。ある日ジョンスはヘミに、アフリカ旅行の間、彼女のネコの世話を頼まれる。そして半月後、ヘミは現地で知り合ったというベン(スティーブン・ユァン)とともに帰国してきた。そこから奇妙な三人の関係が始まる…というストーリー。ただ、イ・チャンドン監督は一筋縄ではいかない作品に仕上げている。 ヘミは冒頭いきなりジョンスに謎を投げかける。 原作にも出てくるパントマイム。…ミカンがあると思ったらダメ。ミカンが「ない」ことを「忘れる」の。「ある(存在する)」と「ない(存在しない)」の境界が、このひと言で用意周到に破壊される。 そして「リトルハンガー」(空腹の者)と「グレートハンガー」(人生に渇望する者)の話。ジョンスは幻惑されるばかりだ。 ヘミの部屋で彼女がジョンスに言う。「ジョンスは昔『お前本当にブスだな』と言った。たったひと言私にかけた言葉がそれ」。 しかしジョンスは覚えていない…。 このヘミを演じたチョン・ジョンソはこの作品のオーディションで選ばれた新人だというが、そのはすっぱな感じや大胆な演技が新人離れしている。 ジョンスとヘミの故郷であるパジュ(坡州)は、ソウルから車で1時間くらいの場所で、北朝鮮との軍事境界線に近い。ジョンスの実家からは、北朝鮮から韓国内に向けたスピーカーから流れるプロパガンダ放送が聞こえる。のどかな農村のごく目の前に休戦ラインがある「境界」に近い村。しかも過疎化が進み、ジョンスの実家も半ば崩れ落ちているかのようだ。 そして、ジョンスの前に現れた男ベン。ポルシェを乗り回している彼とともに帰国してから、ヘミはジョンスに興味を失ったかのように見える。彼の存在については様々な解釈があるようだけれど、それはおいといて。 突然ジョンスの実家にやってきて、縁側で大麻をやりながら過ごす三人のシーンがとにかくそこはかとなく美しい。 このシーンの存在だけでこの映画は私の中では高い評価につながる。テレンス・マリック監督作品でも多用される、薄明の光が黄昏の時を満たす“マジック・アワー”。そこでヘミは近所の井戸に落ち、助けてくれたのがジョンスだったと話す。 ベンは、ジョンスに向かって「僕はビニールハウスを焼くのが好きなんだ」と話す。「二か月おきぐらいに理由もなくビニールハウスを焼く」のだと。 唐突にマイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』が流れる。ヘミは立ち上がり、夕暮れの空に向けて踊り、上半身裸になってパントマイムを始める。手で作られた鳥が、夕焼けのなかを羽ばたく…。何と美しい一瞬か。 実はこのマイルス・デイヴィスは原作でも登場する。原作ではLPで彼の「エアジン」をかけることになっているが。 後半はヘミの「不在」がテーマになる。ジョンスは一切連絡が取れなくなったヘミを捜し続け、やがてベンが彼女の行方を知っているに違いないという妄想に近い思いを抱いて、彼のポルシェを追うようになる。 その思いは、彼女の飼っていた「不在」のネコと思しき“ボイル”がベンの部屋にいること、冒頭でヘミとジョンスが出逢うきっかけになった景品の安っぽいデジタル腕時計がベンの部屋にあったことから確信に変わる。 原作では男がいう「納屋を焼く」趣味が「女を殺す」ことを示すという解釈が広くあるが、ここでもそれらしき示唆がある。 そしてすべてはラストへとつながる…。 イ・チャンドン監督は「(現代の若者は)一見すると洗練されているように見えるのに、未来は見えず、不安である。どこかに問題はあるのに、それが何の問題かわからず、何と戦っていいのか分からない。だから若者は無気力になってしまい、怒りを感じているけれど、それを内面に秘めてしまう。そんな一面があるのではないでしょうか」(西森路代によるインタビュー「HUFFPOST」より)と語っている。ジョンスは何も持っていない自分と、資産家で恋人さえ奪っていくベンとのギャップに少しずつ壊れていく。ヘミは少なくとも自分の側にいるべき人間のはずなのにそれさえ奪っていく者への怒りと破壊的な暴力。 炎を上げて燃えるポルシェは、ジョンスにとっての「ビニールハウス」だ。 イ・チャンドン監督は、また大きな謎を観る者に投げかけている。凄まじい作品だ。
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[016]アルティメット・エージェント
 わけわからん黒美君彦2019-02-04
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>白昼の廃車置き場で目覚めたブライアン・バーンズ(ジョニー・メスナー)。保安官オルソン(マイケル・パレ)は目の前の現金とコカインに目がくらみ、副保安官を射・・・
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<あらすじ>白昼の廃車置き場で目覚めたブライアン・バーンズ(ジョニー・メスナー)。保安官オルソン(マイケル・パレ)は目の前の現金とコカインに目がくらみ、副保安官を射殺するが、バーンズに撃たれてしまう。記憶を失ったバーンズは麻薬取引中の銃撃に違いないと思い、とりあえず車で逃げる。麻薬王マテオ・ペレズ(ダニー・トレホ)は、実は副保安官の父親でもあった。マテオと一命をとりとめた保安官、そしてDEA(麻薬取締局)の捜査官ルーカ―(ドルフ・ラングレン)に追われることになったバーンズは、マテオの弁護士を務めるハワード(ジョン・ローリン)の家に辿り着く…。 タランティーノ風ではあるけれど、何だかメリハリのないバイオレンス。登場人物をいちいち字幕で説明するが、バーンズは「The Outlaw」(流れ者)と紹介されるから、何だかズルいなあ。しかも記憶がない、というのはハワードの家に辿り着くまでわからないし(笑)。そもそも彼の家になぜ記憶のないバーンズが向かったのかもよくわからない。ご都合主義か。撃たれて大怪我しているのにハワードの妻とはいろいろ出来ちゃうし。イタいぞ、それ。 で、ネタばらししちゃうと、実は流れ者と思わせたバーンズは麻薬取締局の潜入捜査官で、相棒のルーカ―が裏切って彼を殺そうとしたために撃たれた、ということに。しかもルーカ―は、事情が分からないバーンズに撃ち殺されるし。 まあ、何が何だか、ということで最後の銃撃戦も突然マトリックス的超スローモーション。わけわからん。 B級というか何というか、よくわからんバイオレンスムービーでした(笑)。
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[017]バハールの涙
 最後の銃弾黒美君彦2019-02-04
 【ネタバレ注意】
フランス留学経験がある弁護士のバハール(ゴルシフテ・ファラハニ)はヤズディ教徒。夫と息子とクルド人自治区の故郷の町で暮らしていたが、IS(シウラミック・ステート)の・・・
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フランス留学経験がある弁護士のバハール(ゴルシフテ・ファラハニ)はヤズディ教徒。夫と息子とクルド人自治区の故郷の町で暮らしていたが、IS(シウラミック・ステート)の襲撃を受ける。夫は殺され、女たちは性的奴隷として売買を繰り返され、子どもたちは戦闘員として育成される…。何とか脱出したバハールは、息子を取り戻すため、女性武装部隊“太陽の女たち”のリーダーとしてISと戦い続けている…。 この作品は、イラクのクルド人自治区で2014年夏から2015年秋にかけて起きた実話に基づいているという。イラク北西部のシンジャル山岳地帯の村々にISが侵攻し、ヤズディ教徒が大量虐殺された。何とか50万人の市民が脱出したが、残った人々は殺害されるか、拉致されたという。ヤズディ教徒、クルド人武装勢力、クルド自治区政府軍は、抵抗の闘いを始めたが、そのなかに女性の戦闘員だけで構成された武装部隊もあった。 ISによる蛮行は繰り返すまでもないが、そこにあった性暴力、人身売買、拷問は目を覆いたくなるほどだ。子どもを戦闘員、自爆テロの実行者として育成し、人間性のかけらも感じられない。 そこで武装部隊を結成する虐げられた女たち。彼女たちは生命に執着する。生命を産むのも女なのだ。 「女性に殺されたら天国へ行けない」と信じるISの戦闘員は、彼女たちを恐れているという。「女は最後の銃弾」と自ら歌う理由だ。 ゴルシフテ・ファラハニは美しすぎる気もするが、筆舌に尽くしがたい経験をしたバハールを体当たりで熱演。 国際世論がいかにこの事態に冷ややかかも描かれる。確かに複雑な民族・宗教が入り乱れる中東の現状は簡単に理解できないが、しかし反人道的な所業を無視することは許されるのか。狂言回し役で女性ジャーナリストが登場するが、戦地で取材することをも非難するような低い民度の国では、他人事として放置できるのかもしれない。それでいいのか。いいわけがない。
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[018]鯉のはなシアター 〜広島カープの珠玉秘話を映像化したシネドラマ〜
 「こんなコイの話があります」黒美君彦2019-02-04
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>俳優になる夢が破れ、故郷の広島に帰ってきた24歳の奥崎愛実(矢作穂香)。祖父(高尾六平)は65年続いた映画館「ピジョン座」を閉めるという。そこに現れた徳澤(・・・
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<あらすじ>俳優になる夢が破れ、故郷の広島に帰ってきた24歳の奥崎愛実(矢作穂香)。祖父(高尾六平)は65年続いた映画館「ピジョン座」を閉めるという。そこに現れた徳澤(徳井義実)という謎めいた男。彼は広島カープがいかに逆境を乗り越えて市民球団として愛されてきたかを語り、そこに映画館復活のヒントがあると語る…。 広島ホームテレビのローカル番組「鯉のはなシアター」から生まれた映画なのだとか。カープはエピソードにはことかかない。そこが親会社を持つ多くの球団とは違うところ。 監督の時川英之をはじめ、大勢の地元の俳優やローカルタレント(緒方監督の妻かな子 旧名中条かな子までも)が出演しているのがいかにもご当地の低予算映画なんだけれど、カープ愛に満ちた語りはところどころ胸に迫る。しかも北別府学や渡辺弘基、木下富雄といったカープのOB(ただし広島ホームテレビの解説者に限られるけど)も端役で登場。 1950年に誕生したカープは予算が乏しく、幾度となく球団解散の危機にあったことは有名な話。「樽募金」や「球団グッズ」等々、あらゆる手を駆使して強い球団にしていったわけだが、とりわけ1975年の初優勝は実に劇的だった。終戦時20歳だった人が50歳になった頃のカープは、丁度戦後広島の復興に重なったからだ。当時は誰もが自らの半生とカープを重ね合わせたものだった。 実際には広島の映画館はシネコンが中心になって、ミニシアター系は相当経営が苦しいし、意外に?現実的な広島市民があんな風に映画館をサポートするとは思えないけれど。 まあ予定調和ではあるけど、楽しく観ることができた。すべて広島でロケもしているし、カープファンは必見?の映画です。
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[019]ナチス第三の男
 雑な印象黒美君彦2019-01-30
 【ネタバレ注意】
ひとつの作品としては少々雑な印象がぬぐえなかった。 前半では「金髪の野獣」「死刑執行人」と呼ばれるようになるラインハルト・ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)が、妻に・・・
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ひとつの作品としては少々雑な印象がぬぐえなかった。 前半では「金髪の野獣」「死刑執行人」と呼ばれるようになるラインハルト・ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)が、妻になる貴族階級出身のリナ・フォン・オステン(ロザムンド・パイク)に影響を受け、女性問題で海軍を不名誉除隊になった恨みも重なってナチス党内で権力をもって国家保安本部長官、保護領(チェコ)の副総督になるまでを描く。 彼は600万人にのぼるユダヤ人虐殺をめぐり「ユダヤ人問題の最終的解決」を提唱した人物でもあるが、この作品では少々頭の悪い冷酷な男として描かれるばかりで、彼の内側の挫折感や激しい嫉妬、ヒトラーとの共通点等はさほど浮き彫りになっていない。 そして後半、突然カメラはハイドリヒ暗殺を企てるチェコの地下組織に切り替わる。 英国政府とチェコスロバキア亡命政府は、英国に亡命したチェコスロバキア軍人ヤン・クビシュ(ジャック・オコンネル)、ヨゼフ・ガブチーク(ジャック・レイナー)を送り込む。ヤンは協力者の女性アンナ・ノヴァーク(ミア・ワシコウスカ)と恋に落ちるが、暗殺計画実行の日1942年5月27日が近づいてくる…。 この後半だけを切り取った作品が、キリアン・マーフィらが出演した2016年のショーン・エリス監督『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(チェコ、英、仏)だ。しかしながらS・エリス監督作品が、7人の若者がハイドリヒ暗殺に挑んだ史実に基づき、教会で700人を相手に6時間篭城したという実話を中心にしているのに対して、この作品ではその辺が弱いといわざるを得ない。ナチスはハイドリヒ暗殺の報復として、市民5000人を虐殺したということも伝わらない(暗殺者の出身の村が殲滅されたエピソードは出てくるが)。 この映画の原作、ローラン・ビネの小説『HHhH プラハ、1942年』の出版が2010年だから、S・エリス監督も恐らく参考にしたと考えられるのだけど。、 ハイドリヒと、レジスタンスの若者たちが対比されながら描かれるならともかく、前半と後半が完全に分断されているので、余計雑な印象が残るのだ。 30代でナチス党幹部に昇りつめたラインハルト・ハイドリヒ(1904〜42)とは何者だったのか。単に軽薄で冷酷な出世欲の塊だったのか。それ以上はこの作品からは何も伝わってこなかったが、異常な男として描くばかりではナチスの本質に迫れないのではないだろうか。 (ちなみに原作の「HHhH」は「Himmlers Hirn heiβt Heydrich (ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)」の頭文字だそうだ)
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[020]ジュリアン
 "C'est fini"黒美君彦2019-01-30
 【ネタバレ注意】
ヴェネチア国際映画祭で最優秀監督賞にあたる銀獅子賞も受賞したということで期待したのだが、これがフランス映画の現在なのか、という印象。 父親アントワーヌ・ベッソン(ド・・・
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ヴェネチア国際映画祭で最優秀監督賞にあたる銀獅子賞も受賞したということで期待したのだが、これがフランス映画の現在なのか、という印象。 父親アントワーヌ・ベッソン(ドゥニ・メノーシェ)の家庭内暴力が原因で離婚したものの、裁判所が共同親権の判断を下したため、週末、母親のミリアム(レア・ドリュッケール)と姉ジョセフィーヌ(マチルド・オヌヴー)のもとから父親のもとへ行かなくてはならない11歳の少年ジュリアン(トマ・ジオリア)。会うたびアントワーヌは母親の住まいを聞き出そうとするが、ジュリアンは必死で嘘をつくが…という物語。 世の東西を問わず、こうした暴力的な男は必ずいる。DVが問題になって久しいが、大柄ですぐに激昂する父親役を演じたドゥニ・メノーシェが巧い。少年役のトマ・ジオリアの涙は演技じゃないんじゃないかと思ってしまうほど。 だけど、サスペンス映画としてはそこそこだとしても、それ以上の深みのある作品であるとは思えない。 確かにエレベーターの微かな移動音などを巧みに使い、アントワーヌが近づいてくる恐怖を描いているのは巧いが、無駄なカットや長回しが退屈。 クライマックスは監督が参考にしたという通り、あたかもS・キューブリック監督の『シャイニング』(1980年)。これはあまりに露骨な演出。 向かいの女性の通報で警察がアントワーヌを逮捕し、めでたしめでたし、となりそうなところだが、ミリアムは女性警官の“C'est fini”(終わりました)という言葉を自分に言い聞かすように繰り返すしかない。 DVは終わらない。アントワーヌはさほど長い間収監されるとは思えない。自分が(自分だけが)正しい、と妄信しているアントワーヌは、釈放されればストーカーとなって執拗にミリアムを狙うのは火を見るより明らかだ。DVの怖さはそこにある。彼の暴力は相手を殺すまで続く可能性があるのだ。その意味ではアントワーヌの矯正こそが重要なカギとなるのだが…。 その辺がぼんやり宙づり感だ。
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[021]アリー/ スター誕生
 アップショットの多用黒美君彦2019-01-29
 【ネタバレ注意】
実に三回目のリメイクとなるこの作品は、ストーリーの大筋こそ従来作品を踏襲しつつ、レディー・ガガの存在感とブラッドリー・クーパーの功演で最後まで飽きることなく観ること・・・
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実に三回目のリメイクとなるこの作品は、ストーリーの大筋こそ従来作品を踏襲しつつ、レディー・ガガの存在感とブラッドリー・クーパーの功演で最後まで飽きることなく観ることができた。 製作・監督・脚本そして主演を務めたブラッドリー・クーパーは、この作品のために4年をかけて準備と役作りに挑んだということで、クーパーはボーカルレッスンや楽器演奏の特訓も受けたのだとか。それにしても巧いなあ。 有名シンガーのジャクソン・メイン(B・クーパー)の兄ボビーを演じたトム・エリオットがまたいい。 余計なエピソードを削いで、基本的には主役ふたりの物語で押していこうとしたのだろう、目立つのはアップショットの多用だ。 これでもかこれでもかと、ふたりの表情でぐいぐい攻めてくるので、途中で息苦しくなるくらい。 現代においてはSNSやらイエロージャーナリズムによるスキャンダルが入り込んできそうなものだが、敢えてそうしたノイズやツールはなきものとして(Youtubeらしき動画サイトをアリーの家族たちがのぞくシーンはあるが)ふたりのロマンスとその行方に絞ったところが成功の秘訣か。 とはいえ、破滅へと突き進むジャクソンは何とも救いようがないとしかいいようがない。 自らの選択が遺された者たちにどれだけの苦悩を与えることになるのか、何もかも失った時にこそ、人間はその本来の強さ(弱さ)を露呈するのかもしれない。 レディー・ガガは想像以上の熱演。何でも彼女はニューヨークのアクターズスタジオで勉強していたとのこと。単なる歌手ではないのだ。 彼女は鼻が大きいことを気にしているが(実際にレディー・ガガは「その鼻を手術して低くしたらデビューさせてやるよ」といわれて、整形手術を受けようか悩んだらしい)、鼻が大きいといえば1976年版『スター誕生』のバーブラ・ストライザンド。実は彼女も同じことを言われたのだそうだ。時代は繰り返すということか…。 まあそもそもこの『スター誕生』のオリジナルである1937年版は、女優バーバラ・スタンウィックとコメディアンのフランク・フェイという夫婦の実話に基づいているそうだから、いつまで経っても普遍的な物語は生き続けるということなのだろう。 もともとはクリント・イーストウッドが監督をする予定だったそうだけど、ブラッドリー・クーパーが監督して正解だったかも。
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[022]続社長千一夜
 ガラナエキス黒美君彦2019-01-28
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>庄司観光の庄司啓太郎社長(森繁久彌)は最近妻邦子(久慈あさみ)から夜の生活が足りないとぼやかれる。そんな折、金井鉄之介常務(加東大介)や木村信吉開発部長・・・
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<あらすじ>庄司観光の庄司啓太郎社長(森繁久彌)は最近妻邦子(久慈あさみ)から夜の生活が足りないとぼやかれる。そんな折、金井鉄之介常務(加東大介)や木村信吉開発部長(小林桂樹)、飛田弁造営業部長(三木のり平)らと冬季の海外からの集客を検討。そこにブラジルの資産家で日系3世のペケロ・ドス・荒木(フランキー堺)が、富士山を臨む場所にもホテルを建てたいと、妻はる美(藤あきみ)とやって来て、強壮剤の「ガラナ」を2本土産に貰う。早速芸者の和歌代(草笛光子)に試そうとするが、秘書の小川次郎(黒沢年男)からはる美失踪の一報で急遽帰社。はる美が身を寄せたのは大阪のクラブのママ鈴子(新珠三千代)で、鈴子ははる美が元芸者だったことからペケロの親類にいじめられたのだと語る。はる美は今は東京の和歌代のもとにいるとわかるが、はる美は庄司の説得に耳を貸そうとしない…。 森繁の夫人役の久慈あさみと、小林桂樹の夫人役の司葉子が赤裸々に性生活について情報交換するなど、少々艶っぽいこの作品は社長シリーズ第27作(数え方によっては第32作)。今回の小道具はブラジルのガラナエキス。強壮剤として知られているが、当時はまだ珍しかったのか、ガラナで元気もりもり浮気しようとする森繁がことごとく思惑が外れ、結果妻にサービスすることになる…というのはいかにもこのシリーズらしい。 はる美の説得に乗り出した三木のり平は、どうやら野球拳?で彼女と賭けをして勝ったらしい。あわせてペケロが計画する新ホテルに全国の一流の芸者を集め、芸者に戻りたいというはる美を指導役にする、ということで和解。 この作品で社長シリーズから退く三木のり平、最後の活躍といった風情。 前作から秘書役になった黒沢年男(現・年雄)は、この作品では森繁に振り回される役を巧演している。 劇中、森繁が孫の運動会で小林桂樹らと騎馬戦に参加するシーンがあるが、昭和40年代の運動会って確かにあんな感じだったなあと微笑ましく観た。 ラストでは突然ホテルに砲撃音が鳴り響く、という少々シュールな展開。 「戦争嫌い!」とホテル建設を反故にするペケロだが、これはこれで当時の社会の空気を映しているのだろうか。 毎回ヘンな日系人役で活躍してきたフランキー堺もこの作品をもってレギュラーから外れるが、彼の才能をこうしたプログラムピクチャーで浪費してしまったような気もしないではない。
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[023]黒い福音 〜国際線スチュワーデス殺人事件〜
 見応えあり黒美君彦2019-01-25
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>1959年4月4日、定年間近の警視庁刑事の藤沢六郎(ビートたけし)は、武蔵野・杉並区で犬の散歩中、玄伯寺川の河川敷に倒れていた若い女性の遺体を見つける。身元は・・・
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<あらすじ>1959年4月4日、定年間近の警視庁刑事の藤沢六郎(ビートたけし)は、武蔵野・杉並区で犬の散歩中、玄伯寺川の河川敷に倒れていた若い女性の遺体を見つける。身元は生田世津子(木村文乃)。「EAAL」の国際線スチュワーデスで、バッグにグリエルモ教会発の速達の封筒が入っていた。藤沢は高久良署の捜査本部参加を望み、若手キャリアの市村由孝(瑛太)と組んで捜査する。藤沢と市村はグリエルモ教会の若い神父シャルル・トルベック(スティーブ・ワイリー)が怪しいと睨む。だが、米人への捜査は困難を極める。そんななか藤沢は教会の主任司祭ルネ・ビリエ(ニコラス・ぺタス)と話す江原ヤス子(竹内結子)の姿を見かける。遺体発見現場でもみかけたヤス子に何かあると藤沢は直感する…。 これはビートたけしがほぼ全てと言っていいドラマだろう。 松本清張作品の時代性にアウトロー的な刑事が良く似合う。 何を考えているかわからない暴力性を秘めた男、というのが彼の真骨頂だから、それがうまくハマった感じ。 物語は何とも切ない展開で(密輸を拒んだから殺すというのは少々強引ではあるが)、戦後の余韻を感じさせる。 石橋冠の演出も重厚で、なかなか良かったと思う。瑛太も後半頑張っている。 なお、この事件は1959(昭和34)年3月10日に、善福川で27歳の日本人スチュワーデスが遺体で発見された事件が題材になっている。 容疑者の神父が三か月後に突然帰国したこの事件は、当時世間の耳目を集め、多くの作家が題材に用いている。流行作家として知られる梶山季之(1930〜75)も『せどり男爵数奇譚』の「五月晴九連宝燈」のモチーフにしている。 時代の先端を行くスチュワーデスの遺体から二種類の精液が検出され、そこに米国人が関与している疑いが浮上する…戦後の日本のおかれていた状況が重なるかのような事件に注目が集まったのもうなずける。
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[024]喜望峰の風に乗せて
 馬の緯度黒美君彦2019-01-23
 【ネタバレ注意】
予備知識ゼロで観た。舞台は1968年ということで、当時の総天然色映画の色調を使い、不思議な味わいを持たせている。 ヨットでの単独無寄港世界一周レース“ゴールデン・グローブ・・・
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予備知識ゼロで観た。舞台は1968年ということで、当時の総天然色映画の色調を使い、不思議な味わいを持たせている。 ヨットでの単独無寄港世界一周レース“ゴールデン・グローブ・レース”や、主人公のドナルド・クロウハースト(コリン・ファース)のことは知らなかった。だから、専門のヨットマンではなかったドナルドが、てっきり誰もなし得なかった快挙を成功させる物語かと思っていたのだが…。 D・クロウハーストの物語は、すでに何度も映画化され、小説や舞台などで幅広く知られている(らしい)。 個人的には登山やこうしたヨットの無寄港世界一周レースには全く関心がない。それは地球上に「未踏の地」など最早ないからだ。大きなリスクを承知の上で、上へ上へ、または遠くへと行くことにいまだ全く興味を持てずにいる。 しかし、冒険をしたい、という人の熱意は否定しない。最大限のリスク管理を行ったうえで、人がどこまで出来るかを問う営みであることは間違いない。 しかし、ドナルドは見切り発車でレースに乗り出す。計画を立ててからの彼は、見方によっては躁状態で、根拠なき自信に満ち溢れている。レースに勝てば事業も発展させられる、レースに勝てば家族をもっと楽にできる、レースに勝てばレースに勝てば…。 結果ばかりを夢見て、足元の現実と向き合おうとしなかった結果、彼は不帰の旅に出てしまうのだ。 海上で彼は何度も棄権を考える。天候に翻弄され、絶対的な孤独は次第に彼の神経細胞を貪る。 結局彼は、家族のために虚偽の報告を繰り返し、その結果最終的にレースに勝つことさえも放棄する。このまま帰るわけにはいかない。嘘がバレたら自分も家族も破滅だ。であるならここで終わりにするしかない…。 彼は最大の罪である「隠蔽」を行い、劇中字幕では「救い」と訳される“The Mercy”にすがるのだ。 コリン・ファースが熱演。もう還暦近いというのに、洋上の40代のドナルドを巧演している。そして妻クレア役のレイチェル・ワイズも美しい。妻と三人の可愛い子どもたちのために、ドナルドは帰還すべきだったのに…。 当然多くの想像を交えた洋上のドナルドは、人間の心理の脆さ、愚かさを見事に体現している。回想だか妄想だかで現実感が遠のく感じはよく出ている。 なお、「馬の緯度」とは、風が微弱で航海に適さない30〜35度の緯度帯を指すとのこと。ドナルドの説明では昔スペインから馬を輸送する際に、この緯度帯で停滞し、飲料水が枯渇したため馬を捨てたのだという。 この作品が遺作となったヨハン・ヨハンソン(2018年2月に48歳で急逝)の音楽が切なかった。
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[025]夜明け
 しっくりこない黒美君彦2019-01-23
 【ネタバレ注意】
信頼できる知り合いの映画好きがこぞって絶賛していたので、期待が大きかったのだけれど…。 千葉県の片田舎で木工所を営む涌井哲郎(小林薫)は、水際で倒れている若い男(柳楽・・・
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信頼できる知り合いの映画好きがこぞって絶賛していたので、期待が大きかったのだけれど…。 千葉県の片田舎で木工所を営む涌井哲郎(小林薫)は、水際で倒れている若い男(柳楽優弥)を見つけ、自宅で介抱する。「ヨシダシンイチ」と名乗る男を、哲郎は理由もさほど聞かず家におき、木工所で働かせ始める。哲郎は八年前息子「真一」と妻を交通事故で喪っていた。その息子の部屋を男に与えた哲郎。従業員の庄司大介(YOUNG DAIS)、米山源太(鈴木常吉)、哲郎の恋人成田宏美(堀内敬子)とも少しずつ打ち解けていく男だったが…という話。 青年が本当は「芦沢光」という名で、過去に何か後ろ暗いものを抱えている、というのは冒頭から示されている。だとすれば、彼が何をしたのか、それがどうやってバレていくのか、そしてそのことが関係にどう影響していくのか、というのがこの映画でいうと期待されるポイントだろう。 しかし、この映画でそこはポイントではないのだ。 息子に勝手に木工所の跡継ぎの希望を託した父親は、偶然現れた男に勝手に息子の姿を見出し、勝手にまた跡継ぎの希望を託そうとする。男はかつて働いていたレストランで、パワハラ店主の事故を予測しながら何もせず、その結果店主を死なせた過去を持つ。男の親は息子の心配より先に説教が出てしまうタイプ。 この作品で暗示されるのは、哲郎(小林薫)が息子にしたのと同じように男をじわじわとがんじがらめにしていこうとする点、そして負の感情をため込みやすい男(柳楽優弥)が、やはり家族と同じように疑似家族に違和感を抱く点。 つまり父子ごっこをしたところで、結局二人は同じ轍を踏んでしまうのだ。それが二時間かけた映画の到達点なのか…。 哲郎と男が「疑似父子」になるのは、湯たんぽや肩もみ、そして男が息子の写真を見て茶髪にするシーンなどでわかりやすく表現される。しかし、哲郎を裏切る男の内面がもうひとつ描き切れていない、と私は感じた。さっさと出ていけばいいのに、気を持たせるだけ持たせて、哲郎の晴れの場でブチ切れる男に共感は抱けない。そしてそこで哲郎に本名である「光!」と呼ばせるシーンも私には理解できない。いや、哲郎にとって男は「真一」でしかないだろう。どうしてそこで本名を呼べるのだ? そんなわけでどんでん返しを期待して最後まで観たけれど、どんでん返しがないのがどんでん返し?みたいな印象だった。 小林薫の役も、柳楽優弥の役も、何の成長も感じられない。海まで走って夜明けを迎えて、男はいったい何を思ったのだろう。 柳楽優弥は頑張っているが、先に観たNHKドラマ『母、帰る〜AIの遺言』(2019年1月5日OA)と役柄がダブってしまった。このドラマも疑似父子の話だったし。小林薫は安定した演技。鈴木常吉も飄々としていい。 雰囲気は嫌いではないが、個人的にはしっくり来なかった。せっかくのデビュー作なのだから、個人的には是枝監督や西川監督とは毛色の異なる作品にチャレンジしてほしかったなというのが正直な感想。低予算の日本映画でありがちな“内向き”映画はよほど力量がないと逆に成功は難しい、と個人的には思うのだが。
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[026]社長千一夜
 「うちあんなん飽きたわ」黒美君彦2019-01-22
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>業界大手の庄司観光は、庄司啓太郎社長(森繁久彌)を中心に、三年後の万博に向け、海外の観光客向けに、木村信吉開発部長(小林桂樹)が提案した九州観光ルートの・・・
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<あらすじ>業界大手の庄司観光は、庄司啓太郎社長(森繁久彌)を中心に、三年後の万博に向け、海外の観光客向けに、木村信吉開発部長(小林桂樹)が提案した九州観光ルートの開拓に乗り出す。新しい社長秘書に小川次郎(黒沢年男)が加わり賑やかに。そこに大阪支社の飛田弁造(三木のり平)が、ブラジルの資産家で日系三世のペケロ・ドス・荒木(フランキー)が、熊本に大型ホテルを建設したいらしいと知らせてきた。庄司と小川はペケロが滞在する大阪へ飛び、馴染みのクラブ「あかぷるこ」でマダム鈴子(新珠三千代)と飲んでいたところでペケロと遭遇。翌日からペケロを連れて九州へ向かった。ペケロは別府温泉で芸者のはる美(藤あきみ)に一目惚れ。鈴子は庄司を別府まで追いかけてきて、視察のはずが怪しい雰囲気に…。 社長シリーズ第26作(数え方によっては第31作)。 観光業社長という設定は、実際に観光地を回っても違和感がないからお得?かも(笑)。 九州観光ルートのひとつ天草五橋は、1966年9月に開通した九州本土と天草諸島をつなぐ連絡橋。そのほか別府杉乃井ホテル、1964年に供用が開始されたやまなみハイウェイを通って、天草国際ホテル(現・ホテルアレグリアガーデンズ天草)、島原観光ホテル(2011年6月廃業)へとまわる。 いわゆるレジャーブームの到来を感じさせる九州横断ルートだ。 それはさておき、この作品では秘書役として第4期東宝ニューフェイスの黒沢年男(現・年雄)が初登場。小林桂樹(当時43歳)もさすがにいつまでもヒラのままにしておけないし、ということで。 何せ森繁の妻役の久慈あさみ(当時44歳)がもうおばあちゃん役だもんな。司葉子(当時32歳)と「女性の欲望」について語り合う生々しいシーンもある。 このなかで何とも魅力を感じたのが、クラブ「あかぷるこ」のママ鈴子を演じた新珠三千代(当時36歳)。何故か森繁が大好きな彼女は積極的に彼を誘うのだが、なかなか成就しないことを「どっかの社長もんの映画そっくりや。うちあんなん飽きたわ」と言い、これに森繁も「わしも飽きたよ」と絶妙に返す楽屋落ち(笑)。マンネリが言われて久しい社長シリーズならではのやりとりなのだが、この席での新珠三千代がとても愛らしく見える。 このほか、宴会芸として森繁の「落城の賦」の演舞が見られるし、毎度怪しげな日系外国人を演じるフランキー堺も笑えるが、藤あきみとのキスシーンは、長い社長シリーズ唯一のキスシーンじゃないのかな(笑) 
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[027]来る
 エンタメホラー黒美君彦2019-01-21
 【ネタバレ注意】
うーん何だかな。ホラー映画は基本観ないことにしているのだけど、中島哲也監督作品だし、一部では評価されているし、ということで週末のレイトショーへ。ところが何とその上映・・・
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うーん何だかな。ホラー映画は基本観ないことにしているのだけど、中島哲也監督作品だし、一部では評価されているし、ということで週末のレイトショーへ。ところが何とその上映回の観客は自分だけ。客席にぽつーん。これで怖い映画だったらどうしよう、とドキドキしながら観たけれど、結論、全然怖くなくてそれなりに面白かった。 この作品では途中で語り手が替わり、主観がズレていく。 妻夫木聡演じる田原秀樹から、黒木華演じる妻香奈へ。夫と妻の視線が全く異なるのは予想の範囲内で、前半はある種「藪の中」的展開。そして主役とみられた夫婦が相次いで不審死を遂げて退場していく。 さて、そうなっていくと誰がこの物語を導いていくのか。 そこで登場するのが松たか子が演じる比嘉琴子。神も仏も総動員で「来る」のに備えるバカバカしさ。殆どお祭り騒ぎ。 民俗学者として登場する青木崇高は、『リング』(1998年)の真田広之みたいな役回りかと思いきや、中途半端な立場だなあ。死んじゃうし。 岡田准一のフリーライターも何だかな。比嘉琴子の妹真琴(小松菜奈)を巻き込むきっかけを作る役目だけ?と思ったら、赤ん坊がどんぶらこと流れる三途の川?みたいなところでビビっているばかりだし。この賽の河原のイメージは、中川信夫監督の『地獄』(1960年)を思わせたけれどどうなんだろ。 怪獣映画のような対決シーンでも、結局「来た」ものの姿は見えず、結果(破壊された儀式の場、死体等)で見せるだけなので、消化不良感が。 で、結論としては「はこまる」さんのコメントに全面的に賛同します(イマドキ高校生男子のくだりは大いに笑いました)。 もう「中島哲也っぽい」というだけでは辛い。彼らしいケレン味たっぷりな演出は、こうしたホラーには合わない気がする。ホラーはそもそも派手派手しい要素が入っていて、彼の目指すポップなものと必ずしも相性が良くないのではないだろうか。 といいつつ、最後まで面白く観たのも確かなんだけど。
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[028]下町ロケット (第2シリーズ)
 勧善懲悪黒美君彦2019-01-18
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>元JAXA研究員で、今は「佃製作所」社長の佃航平(阿部寛)。バルブシステムの開発で、念願の帝国重工の純国産ロケット開発の「スターダスト計画」に参加したが、帝・・・
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<あらすじ>元JAXA研究員で、今は「佃製作所」社長の佃航平(阿部寛)。バルブシステムの開発で、念願の帝国重工の純国産ロケット開発の「スターダスト計画」に参加したが、帝国重工の社長交代で「スターダスト計画」が危機だと帝国重工宇宙航空開発部部長の 財前道生(吉川晃司) から告げられる。さらに大口取引先の農機具メーカーから小型エンジンの取引削減を宣告され危機に陥った佃製作所。さらに佃製作所の番頭格の経理部長殿村直弘(立川談春)の父正弘(山本學)が倒れた。稲作作業を手伝う殿村をみて、佃は手間のかかるトラクターを無人化できないかと思いついた…。 開発をめぐる物語というより企業買収や訴訟といった話が多くなって、町工場らしい手作り感が失われてきた感が…。 今回は前半がトランスミッション開発をめぐる「ゴースト編」、後半が無人農業ロボット開発をめぐる「ヤタガラス編」。 毎回毎回裏切りとどんでん返しの連続。前半では元帝国重工の技術者伊丹大(尾上菊之助)と天才エンジニア島津裕(イモトアヤコ)が創業したベンチャー企業「ギアゴースト」を取り込んで何とかうまくいった佃製作所も、無人農業ロボットでは伊丹の裏切りで一転劣勢に。 期間を区切られても何とか間に合わせてしまう佃製作所の力強い仲間たち。でも残業残業で、今の世間ではブラック企業扱いされちゃいますから(笑)。 相変わらず勧善懲悪、熱い阿部寛と仲間たち、一方悪役はいつもニヤリと口元で笑う。相変わらず決め台詞のときには、みな大人しくなって耳を傾けるのがお約束。嫌味なキャラの登場は『渡る世間は鬼ばかり』に匹敵し、開発がうまくいった時には中島みゆき(こりゃ『プロジェクトX』だな)。このわかりやすさが人気なんだろうなあ…と、何となく観てはしまいましたが。 トラクターをはじめ農業がロボット中心になったら、それはそれで第一次産業の担い手は増えるかもしれない。稲作は本当に大変だから。
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[029]それだけが、僕の世界
 失われた者たちの物語黒美君彦2019-01-18
 【ネタバレ注意】
一見ありがちな家族のストーリーだが、見方を変えるとこの物語に登場する人物はみな「何か」を失った者たちだ。 イ・ビョンホン演じる元ボクサーの40歳の無職キム・ジョハは「・・・
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一見ありがちな家族のストーリーだが、見方を変えるとこの物語に登場する人物はみな「何か」を失った者たちだ。 イ・ビョンホン演じる元ボクサーの40歳の無職キム・ジョハは「家族」を失っている。DV夫から母親が逃げ出し、中学生の頃から一人で生きてきたからだ。 母ジュ・インスク(ユン・ヨジョン)は逆の形で「家族」を失っている。 その存在を知らなかった年の離れた弟オ・ジンテ(パク・ジョンミン)は自閉症で、平均的な知力を失っている。ただサヴァン症候群とである彼は、ことピアノの演奏に関しては超人的な能力を有しているのだが。 そしてジンテの才能に導かれる元ピアニストのハン・ガユル(ハン・ジミン)は、飲酒運転の車に轢かれ右脚を失っている。 これら「失われた何か」を取り戻すのがこの物語の核心となる。 そのきっかけを作るのが弟ジンテのピアノだろうということは読めるのだが、それでも演奏シーンの描写が素晴らしく、ぐっと胸に込み上げてくるものがある。 …といった予備知識はゼロで、駆け込みで観たのは上映最終日。 このところどちらかというと貫禄のある役が多かったイ・ビョンホンは、その役柄の振り幅が大きいことから“カメレオン俳優”の異名をとるが、まるでこの役が彼の持ち味であるかのような自然体の演技。 若手の有望株パク・ジョンミンは、「ネー(はい)」ばかり繰り返す自閉症の若者を巧く演じる。三か月にわたってピアノの特訓を受けたそうだけど、その演奏シーンは迫力たっぷり。 韓国では障がい者が、ごく普通に登場してくる。この映画でも、オ・ジンテによるコミカルなやりとりが面白くて何度も笑わされた。 このところ韓国映画では、骨太な近現代を舞台にした傑作を観ることの多かったが、こうした心温まる作品も見事に作り上げるのが韓国映画の奥深いところだ。脚本もまったくムダな説明がなく、脚本だけでなく初めてメガホンをとったチェ・ソンヒョンの監督としての手腕も素晴らしい。 ピアニストを演じたハン・ジミン、こんな役がやっぱり似合うなあ。
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[030]未来を乗り換えた男
 「捨てられた者と捨てた者」黒美君彦2019-01-16
 【ネタバレ注意】
ドイツで吹き荒れるファシズムを逃れ、マルセイユに辿り着いた元レジスタンスの青年ゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)。自殺した亡命作家ヴァイデルになりすました彼は、夫を捜・・・
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ドイツで吹き荒れるファシズムを逃れ、マルセイユに辿り着いた元レジスタンスの青年ゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)。自殺した亡命作家ヴァイデルになりすました彼は、夫を捜し続けるヴァイデルの妻マリー(バウラ・ベーア)に心を奪われ、船でメキシコに脱出しようとするが…。 ドイツ人作家アンナ・ゼーガース(1900〜83)が1942年亡命先のマルセイユで執筆した小説『TRNSIT(トランジット)』をパラレルワールドとしての現代に舞台を移した作品。ナチスの迫害を逃れようとするユダヤ人の問題と、現代の難民を重ね合わせたクリスティアン・ペッツォルト監督の野心作ということだが、状況が実はわかりにくい。まずドイツ人のゲオルクが何故パリにいるかがよくわからない。ナチスによるフランス掃討作戦が近づいているというが、予備知識として「ナチスがフランスに攻めている状況」「舞台は現代」といったものが頭に入っていないと恐らくストーリーについていけないだろう。しかも舞台は現代といいながら、登場人物たちは携帯電話もパソコンも持ち合わせていない。時代設定が恣意的なのだが、それならそれでもう少し背景を説明してもらわないと。 物語としてはシンプルだ。亡命作家と間違えられた男が、自殺した作家の妻と恋に落ちる。だが、妻はかつて捨てたはずの夫を捜し続けていて、ついに男は真実を伝えられない。妻をメキシコ行きの船に乗せることはできるが男はマルセイユに残るが、その船に悲劇が…というストーリー。 マリーを演じたバウラ・ベーアは1995年生まれとは思えない円熟味を感じさせる演技。夫を捜し続けながら、ゲオルクと恋に落ちる女というのは理解しがたいキャラクターだが、何度も夫と間違えるくらいだ、ゲオルクには夫の面影が重なるのだろう。彼女が演じると無理を感じさせないから不思議だ。 舞台を現代風にしたのはわかるが、さりとて難民問題が前面に出てくるわけではない。そういう意味で、ペッツォルト監督の意欲は認めるものの、やや中途半端な仕上がりになってしまった気がする。 とはいえ、ゲオルクとは何者か、という哲学的な問いは印象的だ。 彼はドイツ人であり、時に作家ヴァイデルであり、ヴァイデルの妻の恋人である。そして彼は何者か。 「捨てられた者と捨てた者、どちらが先に忘れる?」と繰り返し尋ねるマリーの台詞も印象深い。 捨てた夫を忘れられない自分、自分に捨てられて忘れてしまったのか姿を現さない夫。 ただ、その男女の関係と、背景の時代性が必ずしも重ならなかったところが惜しい。
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