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 「黒美君彦」さんのコメント一覧 登録数(3710件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]キングスマン:ゴールデン・サークル
 相変わらず黒美君彦2018-02-16
 【ネタバレ注意】
相変わらずの悪趣味。 悪趣味でありながら面白かった記憶のある前作。ディテールはすっかり忘れてしまったけれど(笑)、惜しげもなく消えていく名優たちが印象的だった。 もう・・・
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相変わらずの悪趣味。 悪趣味でありながら面白かった記憶のある前作。ディテールはすっかり忘れてしまったけれど(笑)、惜しげもなく消えていく名優たちが印象的だった。 もうひとつは英国紳士然としたコリン・ファースがスパイ・アクション映画の主演という強引な配役こそが、前作の最大の魅力といっても差し支えない。同時に前作では不良のエグジー(タロン・エガートン)が“キングスマン”にスカウトされて、一人前のスパイになっていく成長物語でもあった。 こうした作品の続編は難しい。何せコリン・ファースは前作で頭を撃たれて死んだはず。 それでも無理やり続編を作ってしまう腕力は大したもの。 しかも前作よりも強大な敵を設定しないと突破力は生まれない。そこでこの作品では、クレージーなようでポップでオシャレ?なジュリアン・ムーアを敵役に持ってくるという荒業をやってのけ、「キングスマン」のアメリカ版「ステイツマン」を作って英米協力(笑)。コリン・ファースも復活させてしまうし。 そして他にもジェフ・ブリッジスやハル・ベリーといったスターたちを脇役で消費(笑)。 さらにさらに吹っ飛ぶのが本人役のエルトン・ジョン。「サー」の称号がある彼に何をさせるのだ!? え、アクションまで? ある意味目は離せないけれど、英国紳士たちの裏の顔、という前作の面白みは薄れてしまったのは紛れもない事実。まああんまり深く考えずに楽しむ分には十分。サービス精神は旺盛だ。 それにしてもVFXを駆使したさまざまなアクションを観ると、もう現代におけるファンタスティックなスパイ映画は成立しない、ということをつくづく痛感する。 逆に制約をつけまくって、VFX禁止で肉体のみでアクションを、とでもしないとなあ。でもそれでは迫力出ないしなあ。
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[002]遠き落日
 立身出世黒美君彦2018-02-15
 【ネタバレ注意】
立身出世の象徴的存在ですらあった野口英世(1876〜1928)の評伝映画。 大火傷を負ったけどそれを乗り越えて医学者になり、黄熱病の研究中に自ら罹患して死んだとか、千円札に・・・
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立身出世の象徴的存在ですらあった野口英世(1876〜1928)の評伝映画。 大火傷を負ったけどそれを乗り越えて医学者になり、黄熱病の研究中に自ら罹患して死んだとか、千円札に肖像が使われた…くらいの印象しかないけど(笑)。 神山征二郎監督らしい、邦画の王道をいくような作品。三上博史は熱演。 実際の野口は放蕩好きで、口八丁手八丁だったらしいが、そうした側面もうまく描かれている。その辺は新藤兼人らしい脚本。 評伝映画ではエピソードがぶつ切りになるのは致し方のないところ。 ノーベル賞候補に数回なるほどの実績をあげたのだから、列強に追いつけ追い越せの明治〜昭和の日本にあってはヒーローだったのだろう。その残照が私たちの子供の頃にもまだ残っていたということなのだろうが…。 本作では「黄熱病のウィルスは当時の顕微鏡では特定不能だった」という悲しい?結末もちゃんと教えてくれる。梅毒スピロヘータの純粋培養も現在では否定されているし、その他の疾病原因解明のいくつかも今では否定されているというが、障害を超えて図々しくも研究を成し遂げた彼の根性は大したもの、なのだろう。 現代だったらメディアやネットで私生活を暴露され、あっという間に袋叩きにされて消えていく運命だったとしてもね。その意味では現代では彼のようなヒーローは最早望むべくもない。
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[003]ロング,ロングバケーション
 老人と海黒美君彦2018-02-15
 【ネタバレ注意】
ドナルド・サザーランド(撮影時81歳)とヘレン・ミレン(撮影時71歳)を主役に、イタリアの映画監督パオロ・ヴィルズィが撮ったロード・ムービー。 夫ジョンはヘミングウェイ・・・
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ドナルド・サザーランド(撮影時81歳)とヘレン・ミレン(撮影時71歳)を主役に、イタリアの映画監督パオロ・ヴィルズィが撮ったロード・ムービー。 夫ジョンはヘミングウェイをこよなく愛する元教師。認知症を患い、記憶もまだらだ。妻エラは末期がん。ふたりは思い出の詰まったキャンピングカー“Leisure Seeker”(原題)で旅に出る。 ジョンは何かの拍子で過去に戻り、子どもたちのことや過去の情事や、エラの初恋の人について語る。エラはそんな夫の姿を愛しそうに、時に憎らしく見つめる。 エピソードはそれぞれ緻密に計算されていて、スライドで映し出されるふたりの過去と重なっていく。 長い長い夫婦生活の終わりが近づき、刻々と過ぎていくふたりの時間が何とも愛しく感じられる。 ヘミングウェイの家を目指して旅をするのは、夫ジョンの念願でもあったのだろう。 ほのぼのとした筆致で描きつつ、失禁してしまう夫の現実や、エラのことを忘れ去っている初恋相手など、老いに伴う現実も描かれている。 老いて病んで死んでいく。避けられない現実だが、それも人それぞれ受け容れ方は異なるだろう。 ただこの映画で救いなのは、夫婦が深く結ばれていることを窺わせるシーンが数多くあることだ。その意味でこの作品のふたりは幸せだ。人に誇れる生涯を生き、息子はともかく娘は大学教授にまでなっていて、どちらも親思いだ。ところが夫の認知症、自らの末期がんがすべてを壊す…ということか。 個人的にはラストはない方が良かった。 緩やかな死を生きるくらいなら、自らさっぱりと区切りをつける方がいい。そういう考え方は功利的な欧米で受け容れられやすいというのはよくわかるし、観る人の多くが「あの選択に納得した」というのもわからないではない。 だが、末期がんはともかく、認知症になったら死ぬしかないのか。日々記憶が失われ、やがて自分ひとりでは生きていけなくなるのも確かだが、それは「役に立たない」と同義にならないか。 その意味で、私はラストシーンに全く納得できなかった。生者の驕りのようなものを感じてしまうのだ。 海を前に抱擁するふたりのシーンなど、印象的な場面が多かっただけに、ラストはその寸前で終わらせて、その後は観る者に委ねて欲しかった、というのが個人的な感想。そこが惜しまれる。…ヘミングウェイの『老人と海』は、老いてなお闘う老人が主役だったのに。
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[004]マンハント
 あーすっきり黒美君彦2018-02-14
 【ネタバレ注意】
あのジョン・ウー監督が大阪を中心にロケした『マンハント』。のっけからどこかおかしい居酒屋のハ・ジウォンにアンジェルス・ウー。ちなみにドーンことアンジェルス・ウーはジ・・・
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あのジョン・ウー監督が大阪を中心にロケした『マンハント』。のっけからどこかおかしい居酒屋のハ・ジウォンにアンジェルス・ウー。ちなみにドーンことアンジェルス・ウーはジョン・ウー監督の実娘。 シブいチャン・ハンユーに、大阪府警捜査一課の刑事に福山雅治。 日本語がやや怪しい中国人とのハーフの役にチー・ウェイ。 日韓香港の共同作業は不思議なテイストのアクション映画に。さすが『男たちの挽歌』のジョン・ウー監督、撃つわ撃つわ、場面は跳ぶわ飛ぶわ(笑) 弁護士ドゥ・チウ(チャン・ハンユー)がどうしてあんなにアクションが出来るのかはよくわからんが、福山雅治ともどもアクションは頑張っている(スタントも相当多いけど)。 ロケは大阪だけれど、そこに描かれているのは大阪っぽくない大阪。 山の上には牧場があるし、そこにはジョン・ウー作品では欠かせない白い鳩ばかりを飼っている鳩小屋が(笑)。 大阪城から大阪駅も歩いてすぐだし(笑) まあリアリティを求めても仕方ないので、ストーリーもそこそこに、撃ち合いやらアクションを楽しめたらそれでいいと。 桜庭ななみが何だかよくわからん立ち位置でしたな。國村隼はいかにもの役だし、そうそう、冒頭のパーティーのダンスは何だったんだ(笑) 何も考えず、あースッキリした!系ですね(笑)
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[005]羊の木
 のろろ祭り黒美君彦2018-02-14
 【ネタバレ注意】
過疎の港町、富山県魚深市。市役所勤務の月末一(錦戸亮)は、新たに魚深市に越してくる6名を迎える。異様な雰囲気を漂わせる6人は、いずれも殺人で服役した男女。過疎地で更・・・
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過疎の港町、富山県魚深市。市役所勤務の月末一(錦戸亮)は、新たに魚深市に越してくる6名を迎える。異様な雰囲気を漂わせる6人は、いずれも殺人で服役した男女。過疎地で更正を図る国家プロジェクトを、市は受け入れたのだ。 釣り船に乗る杉山勝志(北村一輝)、介護士として働く太田理江子(優香)、清掃員になった栗本清美(市川実日子)、理髪店に雇われた福元宏喜(水澤紳吾)、ヤクザから堅気になった大野克美(田中泯)はクリーニング屋で働き、運送屋では宮腰一郎(松田龍平)が真面目に働く。一方月末は、帰郷した石田文(木村文乃)に惹かれつつ、久しぶりに一緒にバンド練習を始める…。 最初はコメディかと思わせるような展開。異様な雰囲気を漂わせる6人に気後れする月末がメインだからだ。 だが所詮殺人犯は殺人者に過ぎない、とでもいいたげなストーリーが展開し、何だかなあ、というのが正直な感想。 サイコパスはこいつだろう、と思ったら本当にそうだったし…。 物語の違和感のひとつは、この町に伝わるという「のろろ祭り」。のろろ様は海から来た悪霊のようなもので、今は町の守護神なのだそうな。崖には巨大なのろろ像まで設けてあるし。 それっぽい祭りの行列は不気味。一方でこんな祭りはありえないだろう、とも思ってしまう。 結局元受刑者たちは「悪霊」なのだ、この作品においては。 彼らは住民と交わることで悪行をなす。できるだけ距離をとる方がいい、とでもいいたげだ。 もちろん、6人中3人は更正しようと真面目に働くのだ。だが、彼らの闇がちらちら描かれると、それすら信用していいのかと思ってしまう。 ラストはギャグ以外のなにものでもない。突然原作者の山上たつひこが姿を現したようだ。 錦戸亮は公務員役がよく似合う。しかしコミカルな冒頭からの転調がどうにもついていけない。後味の悪さが拭えない作品だった。
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[006]ジョバンニの島
 ジョバンニとカムパネルラ黒美君彦2018-02-13
 【ネタバレ注意】
国後、色丹、歯舞、択捉…いわゆる北方領土には、かつて約1万7,000人の日本人が暮らしていたが、終戦後ソ連が上陸・占領し、返還されないまま現在に至っている。戦前の北方領土・・・
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国後、色丹、歯舞、択捉…いわゆる北方領土には、かつて約1万7,000人の日本人が暮らしていたが、終戦後ソ連が上陸・占領し、返還されないまま現在に至っている。戦前の北方領土のことを覚えている人も年々減っている。 この作品は色丹に住んでいた瀬能純平(声:横山幸汰、仲代達矢)、寛太(声:谷合純矢)兄弟を軸にした物語。宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』とどう絡めるのか不思議でもあったが、宮澤賢治は26歳の頃、北海道から樺太に渡り、『銀河鉄道の夜』の構想を温めたというから、あながち関わりがないわけではない。 敗戦後、日本は多かれ少なかれ混乱の極みに陥ったが、米軍に占領された沖縄・奄美諸島とは異なり、ロシアに支配された北方四島では厳しい現実があった。そうしたなか人々の家や財産は没収されてしまう。ソ連軍の非道ぶりは、満州への侵攻やその後のシベリア抑留をみても十分窺えるが、一方でこの物語に登場するソ連将校の娘ターニャ(声:ポリーナ・イリュシェンコ)たちとの交流のように、「人と人」のつながりも間違いなくあったことだろう。 そして「いい加減」を体現する叔父の英夫(声:ユースケ・サンタマリア)の融通無碍な役どころがいい。 子どもたちの交流を見るにつけ、どうして大人たちは戦火を交え、憎み合ってばかりなのか、と今さらながらため息が出る。 連行された父親の辰雄(声:市村正親)に会いたいと、無謀にも収容所を訪ねようとする兄弟と佐和子先生(声:仲間由紀恵、八千草薫)。その途中で助けてもらう朝鮮人が「あんたたちは帰る場所があってまだいい」というシーンは、戦後の北方領土における残留朝鮮人問題をも示唆している。 弟寛太は、ついに生きて本土の土を踏めなかったが、そのシーンはまさにもうひとつの“ホタルの墓”だ。こんな風に命を落としていった子どもたちがどれほどいたのか。なぜ死ななくてはならなかったのか。そう思うと胸に迫るものがあった。 この物語は主人公純平のモデルである得能宏氏(1934〜)の実体験をもとに、杉田成道が原作・脚本を書いたという。寛太のモデルは幼くして亡くなった修さん。 証言者がいなくなった時、北方四島を故郷として語る人はいなくなってしまう。ソ連が侵攻したが故に、いまだ故郷が戻らないという事実。イデオロギー的な問題は別として、正論が通じない国際関係は歪んでいると思うが、領土返還にはまだ歳月を要することだろう。戦争に負けるとはそういうことでもあるのだ。 ファンタスティックな味わいも残したいい作品だと思う。
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[007]スリー・ビルボード
 共感を拒む黒美君彦2018-02-13
 【ネタバレ注意】
娘をレイプ殺人で喪った母親ミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーナンド)が、一向に進まない捜査に業を煮やして3枚の野外広告看板(スリー・ビルボード)に警察署長を・・・
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娘をレイプ殺人で喪った母親ミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーナンド)が、一向に進まない捜査に業を煮やして3枚の野外広告看板(スリー・ビルボード)に警察署長を挑発するような文言を掲げる。 ここから容疑者探しに展開するのかと思ったら大間違い。 南部の田舎町での人間模様が展開する。人望のある警察署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)は膵臓がんで余命わずかと宣告されているし、ディクソン巡査(サム・ロックウェル)は差別主義的で暴力的、そして何と言われようと突き進む母親ミルドレッド…彼らは文字通り容赦なく傷つけ合う。 原題は「Three Billboards Outside Ebbing, Missouri」。住所表記のような「ミズーリ州エビングの3つの野外広告看板」。エビングは架空の地名。けれどいかにもありそうなリアリティのある物語で、だからこそ怖くもある。 しかし物語が進むにつれ、結局傷つけた相手によって彼らは救われていく。そこにはかすかな希望を感じさせる。 南部のとんでもない暴力に彩られながら、どこか素朴な味わいもある不思議な作品なのだが、共感を一切拒む母親役のF・マクドーマンドがとにかく巧い。憎々しげな巡査を演じたサム・ロックウェルもさすがの存在感だった。 それにしても登場人物はみなとんでもない連中ばかり。あんな母親を持った息子はこれからどう育っていくのか知らん。 監督のマーティン・マクドナーは、北野武作品の大ファンだそうで、異常な登場人物を扱うのが大好きらしいけれど、それを聞いて何となく納得の一作だった。
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[008]バトル・オブ・ライジング コールハースの戦い
 ミヒャエル・コールハース黒美君彦2018-02-13
 【ネタバレ注意】
予備知識なく観始めて、タイトルが出たところで「ああそうか」と思う。原題は『ミヒャエル・コールハース』。ドイツの作家ハインリヒ・フォン・クライスト(1777〜1811)が書い・・・
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予備知識なく観始めて、タイトルが出たところで「ああそうか」と思う。原題は『ミヒャエル・コールハース』。ドイツの作家ハインリヒ・フォン・クライスト(1777〜1811)が書いた中編小説の映画化だ。 時代は16世紀。当時のザクセンで、領主の不正に憤り、立ち上がった実在の博労(馬商人)ミヒャエル・コールハースをデンマークの名優マッツ・ミケルセンが演じる。 物語はわかりやすい面とわかりにくい面とが同居する。 新たなザクセン領主ウェンツェル公子にありもしない通行証を要求されたコールハースは、担保に見事な二頭の黒馬を従者とともに預けるが、市場から戻ってくると二頭は無惨に傷つき痩せ衰え、従者も重傷を負っていた。かくなる上は訴えを起こすしかないと法廷に提訴するが、ウェンツェルと通じていたザクセンの法廷は訴えを却下。こうなったら選帝候に直訴するしかないと考え、直訴状を持って宮廷に向かった愛妻は、息も絶え絶えに帰還し亡くなる。 ついにウェンツェルは忠実な7人の下僕を連れて立ち上がる。やがてコールハース率いる軍勢は膨れ上がる。ザクセンの選帝候に不満をもつ農民たちが同調したのだ。 途中、聖職者から「教えに従い汝の敵を赦せ」と説かれるコールハースだったが、「私はすべてを赦しましょう。ただし、法律による公子の処罰と、私の黒馬二頭を元通りにして返すことは譲れない」と答える。 ついにベルリン高等法院で裁かれることになり、ウェンツェルに懲役2年が言い渡されるが、社会紊乱の罪でコールハースには死罪が言い渡される…。 このコールハースの物語は、クライストの手によって広く知られるようになり(といっても今や読者はかなり少ないようだけど)、小説や映画にも多大な影響を与えている。日本でも1948年に『黒馬の團七』(稲垣浩監督 主演:大河内傳次郎)に翻案、最近ではロシアのアンドレイ・ズビャキンツェフ監督が『裁かれるは善人のみ』(2014年)もこの作品を意識したという。 法律を無視する権力者に泣き寝入りせず、公正な裁きを求めるコールハースの姿は悲劇的ではあるが、彼はしかし毅然として領主に立ち向かう。最終的には彼は法の名の下で処刑されるのだが、ここで私たちはひとつの疑問にも突き当たる。彼がそこまで公正を求めた為に、流さずにすんだ血を流し、大勢の人が犠牲になったのではないかと。 正義を貫くことは、そうした犠牲を伴うことが少なくない。 真っ当な裁きが得られないと考えた時、そこまで犠牲を求めるべきかどうか…それは「革命」を体験しているかどうかでも恐らく違う答えが導かれるだろう。クライストが生きた18世紀末から19世紀初頭は、政治体制がめまぐるしく変わった時代でもあった。 闘うことしか術を持たない農民たちの姿が、「革命」と重なって見えたとしても不思議ではない。 日本では劇場未公開だったようだが、勿体無い話だ。 タイトルもわけのわからぬものにわざわざ変えずに「ミヒャエル・コールハース」で良かったじゃないかと思うけれど、知られていない人名をタイトルにすると観てもらえないと思ったんだろう。かつては良く知られた名だったんだけどな。
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[009]ニッポン国VS泉南石綿村
 100年の被害黒美君彦2018-02-08
 【ネタバレ注意】
原一男の8年ぶりの新作ドキュメンタリーは、3時間35分に及ぶ長編だった。 舞台は大阪・泉南地域。ここでは明治の終わりから石綿産業が発展し、最盛期は200以上の工場が密集した・・・
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原一男の8年ぶりの新作ドキュメンタリーは、3時間35分に及ぶ長編だった。 舞台は大阪・泉南地域。ここでは明治の終わりから石綿産業が発展し、最盛期は200以上の工場が密集したという。 耐熱性や絶縁性、保温性に優れた石綿(アスベスト)は、「奇跡の鉱物」として古くから使われてきた。 しかし、吸引したアスベストは、20年〜40年の潜伏期を経て、中皮腫や肺がんを発症させる。「静かな時限爆弾」と呼ばれるようになった所以だ。 国は70年前から調査を行い、健康被害を把握していたが、規制や対策を怠っていた。 2006年、石綿工場の元労働者と家族が、損害賠償を求める裁判を起こした。このドキュメンタリー作品は、彼らが最高裁で勝利を収めるまでの8年間に密着したものだ。 前半は正統的な社会派ドキュメンタリーとして、年老いた原告たちの証言をひとつひとつ拾い集めていく。提訴前、提訴後、次々亡くなっていく被害者の姿が痛々しい。 一方で紡績業の中でも一段低く見られていたという石綿産業の実態も浮かび上がってくる。被害者は在日や、離島からやってきた人が少なくないのだ。だから、そうした労働に従事してきたことを隠そうとする家族もいる。 ところが後半のトーンは一変し、原一男監督らしさが一気に前面に出てくる。 自らもかつて石綿工場を経営し、その反省から第1陣訴訟の提訴時から原告を支援してきた「泉南地域の石綿被害と 市民の会」代表の柚岡一禎さんの怒りをカメラが追い始めるのだ。 厚労省をいきなり訪ねて警備員と揉み合う柚岡氏。弁護士や原告たちから諌められても、彼は理不尽さに対する怒りを収めようとはしない。 しかしその怒りはやがて原告たちの感情にも共鳴していく。どうして国や厚労省は声を聴こうとしないのか。 そもそも二審の大阪高裁判決(2011年8月)で三浦潤裁判長は、現地調査までしながら、一審判決を覆し、住民逆転敗訴を言い渡した。「弊害が懸念されるからといって、工業製品の製造、加工等を直ちに禁止したり、あるいは、厳格な許可制の下でなければ操業を認めないというのでは、工業技術の発達及び産業社会の発展を著しく阻害する」という驚くべき理屈を導き出したのだ。 社会のためなら犠牲は受任せよ、という判決内容だ。 さすがにこの理屈は他の裁判では一切とられなかったから良かったが、裁判官の著しい劣化を示すものとして記憶しておいた方がよい。 そうした理不尽な扱いに、怒りを露わにするのは当然だ、という気になってくる。 第2陣訴訟二審判決で敗訴した国は、原告の思いとは裏腹に上告する。そして一審二審で勝訴した原告とは会おうともしない。 結局最高裁でも国は負け、そこで初めて厚労大臣が詫びるのだ。 後半はしかし、原告一人ひとりの人間性そのものが主題だと言ってもいいだろう。『ゆきゆきて神軍』(1987)で過激な主人公を追った原監督にとって、描くべき対象は人間の感情だ。100年にわたる被害を放置してきた国への怒りだ。 裁判に勝ったからといって健康が回復するわけではない。しかし長い裁判、紆余曲折を経て、苦しみながら亡くなっていった原告たち、闘い抜いた原告たちの人間性に迫る取材は、社会派ドキュメンタリーとしてだけではなく、ヒューマンドラマとしてもとても面白く、上映時間も長さを感じさせなかった。 忘れてはならないことが、この世界にはたくさんある。
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[010]デトロイト
 アルジェ・モーテル黒美君彦2018-02-01
 【ネタバレ注意】
1967年7月、米国史上最悪ともいわれるデトロイト暴動3日目の夜。「アルジェ・モーテル」からの玩具の銃の音に反応して、警官隊や州兵がモーテルに押しかけ、デトロイト市警の・・・
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1967年7月、米国史上最悪ともいわれるデトロイト暴動3日目の夜。「アルジェ・モーテル」からの玩具の銃の音に反応して、警官隊や州兵がモーテルに押しかけ、デトロイト市警の若い警官が偶然居合わせた黒人男性6人、白人女性2人を暴力的に尋問、黒人の若者三人が殺害された。 この作品は、その惨劇をベースにしている。 とりわけ白人警官たちによる尋問の場面は40分以上に及び、緊張感が途切れない。 今、50年前の事件に材をとった作品が制作されるのは、いうまでもなく差別主義的な政策が現在進行形で進むアメリカだからこそだ。まだ黒人差別があからさまだった1960年代後半に重なる素地が現代にあるからだ。 黒人たちの暴動や略奪によって、命の危険さえ感じる若い警官たちは、圧倒的に強い立場にあるとき、どう振舞うのか。 彼らの心の底にある差別感情と憎悪はどんどん増大していく。彼らは恐らく戦場で出会う敵に対する時と同じような感覚に陥るのだ。殺らなければ殺られる。目の前にいるのは人間じゃない。殺されて当然なのだ…。 しかし一方で、法の下でそれは捜査ではなく単なる暴行や殺戮であることはわかっている。だから小賢しい細工をしたり、口止めをしたりするのだ。 さらに、そうした差別感情が底辺にある社会においては、正義は実現しない。 警察も司法も差別する側に立つからだ。 そうした歴史事実に、今こそ目を向け、考えることが必要だ。 暴力警官の中心に立つ白人警官クラウス役のウィル・ポールターが憎々しげに巧演。 彼らが無罪を勝ちとるというひどい判決もさることながら、裁判長が「人権」を盾に警官たちの不法行為を許すという逆説的な言辞も興味深かった。 普通なら受賞ラッシュになってもおかしくない作品だと思うが、ゴールデン・グローブ賞、アカデミー賞からも一切声がかからず。審査委員会がトランプ大統領に忖度したか?(笑) 怖くてぐったりしてしまった作品ではあるが、見応えは十分あった。
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[011]ライオンは今夜死ぬ
 溢れる映画愛黒美君彦2018-02-01
 【ネタバレ注意】
フランスで高い評価を得ている諏訪敦彦監督の8年ぶりの新作。 舞台は南仏ラ・シオタ。映画撮影中の老俳優ジャンは、「死を演じられない」と頭を抱えている。赤いグラジオラス・・・
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フランスで高い評価を得ている諏訪敦彦監督の8年ぶりの新作。 舞台は南仏ラ・シオタ。映画撮影中の老俳優ジャンは、「死を演じられない」と頭を抱えている。赤いグラジオラスを手に訪ねたのは、かつて愛したジュリエットが住んでいた屋敷。23歳で亡くなったジュリエットは昔のままの美しい姿でジャンの前に現れる。そこにホラー映画を自分たちで作ろうという子どもたちがなだれ込んできて…というストーリー。 いろいろな要素がこの作品には詰まっている。 生と死の曖昧な境。たとえば映画のフィルムに焼きつけられた姿は昔のまま、老いも死も知らない。それを体現しているのが、トリュフォーやゴダールの作品に数多く出演し、ヌーヴェルヴァーグの俳優として位置づけられる主役のジャン=ピエール・レオーだろう。 少年時代に銀幕デビューを飾った彼も70歳を遥かに超え、老境を迎えている。 そんな彼が若くしてこの世を去ったジュリエット(ポーリーヌ・エチエンヌ)の幻影(もしくは幽霊)と再会するが、だからといって彼はそれを驚くほど自然に受容するのだ。 そうしたジャンの前に登場する子どもたちが、“未来”を暗示していることはいうまでもない。 彼らはただ映像を記録するのが楽しくて、秘密基地で互いにああしようこうしようと意見を交わす。 諏訪監督お得意のアドリブが活きていて、演技ではない子どもたちの表情が実に輝いている。 タイトルの「ライオンは今夜死ぬ」は、ジャン=ピエール・レオーが好きな曲のタイトル。 米国でヒットした『ライオンは寝ている』が原曲で、アンリ・サルバドールがフランスでヒットさせた曲なのだとか。この曲名からこの作品は始まったのだという。 名優として知られるジャン=ピエール・レオーと、そんなことは知らない子どもたちの無邪気な映画製作のシーンはコミカルでもある。作中ジャン=ピエールが「しかめっ面して、深刻そうに映画を作る人もいるが、楽しみながら作る映画があってもいいんだ」と子どもたちにいうシーンがあるが、まさにこの映画もそんな一本に仕上がっている。 ライオンや幽霊も必然性があるわけではない。でもそれもまた「映画」なのだ。 実に映画愛に満ち溢れた作品だと思った。
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[012]残雪
 親不孝黒美君彦2018-01-30
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>建築家を目指す新城高彦(舟木一夫)は、八木教授(松下達夫)に信州のロッジにいる先輩に書類を届けに向かう。雪崩のため歩いて向かう途中、すれ違った娘に高彦は・・・
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<あらすじ>建築家を目指す新城高彦(舟木一夫)は、八木教授(松下達夫)に信州のロッジにいる先輩に書類を届けに向かう。雪崩のため歩いて向かう途中、すれ違った娘に高彦は心惹かれる。彼女はロッジで働く今村たみ(千石規子)の娘秋子(松原智恵子)だった。ふたりは親密になり、結婚を意識するようになる。高彦の継母光代(丹阿弥谷津子)は秋子を気に入るが、出版社を経営する父親憲一郎(山形勲)は、秋子が高彦の死んだ母親に瓜二つではっとする…。 舟木一夫・松原智恵子コンビの悲恋三部作(『絶唱』『夕笛』)の最終作。アイドル映画を数多く撮った西河克己監督作品だが、1968年当時の風俗や若者たちの姿が浮かび上がっていて興味深い。 挿入曲にモップスが用いられているのは、あたかも舟木一夫の得意としたいわゆる「青春歌謡」の終焉を示唆しているかのよう。 その一方で主人公の友人が「戦争が起きたら最初に死ぬんだ」とか「水爆がいつ落ちてくるかわからない」といった台詞を吐くのは、当時のベトナム戦争や東西冷戦の影響か。 しかも高彦に内緒で両親は秋子の身辺を興信所に調べさせる。結婚差別は今も厳として存在しているが、それが公然と行われたのが当時の社会だった。とはいえ、出版社を経営するという山形勲演じる父親は実に寛容でリベラルな姿勢だ。内緒で進めた身辺調査も、秋子が憲一郎の元妻に似ていたからだ。 調べた結果はやはり、という内容。秋子の母たみは、終戦間際の空襲のさなか、生まれて間もない女児を助け、わが娘として育てようと決意する。その女児は憲一郎の娘で、妻は空襲で亡くなったのだ。娘露子は死んだとばかり思っていた憲一郎だったが、たみによって立派に育ったのが秋子だった。 そして兄妹と知らず出会ってしまったふたり…というのが悲恋の悲恋たる所以。 山形勲は、高彦にアメリカ留学を勧め、「秋子さんだって私の娘だ。お前にもあの娘にも幸せになってほしいんだ」と説得する。ごもっとも。 でも高彦は秋子に会いに行き、雪山に死出の旅に出るのだ。突然轟音とともに舞い上がる雪煙。雪崩に巻き込まれ、ふたりは固く手をつないだまま最期を遂げましたとさ。 ありゃりゃ。お父さん憲一郎があれだけ説得したのに、何と親不孝な。 戦中戦後の混乱期、こうした孤児(では厳密にはないが)をめぐる物語は幾つも生まれたのだろうか。 この作品が制作された1968年といえば、戦後23年。まだどこかで戦後を引きずっているようなそんな社会だった。 傷痍軍人にお金を恵む秋子の姿が印象的だ。 松原智恵子は、『夕笛』ほどの輝きはこの作品では感じられなかったが、レジャーとしてのスキー客と、橇で荷物運びにいそしむ田舎娘の対比が今ひとつ際立っていないのは、彼女があまりに都会的な美人だから。あんな生活していながら、上京するときは綺麗な洋服。ま、それはお約束のようなものか。 舟木一夫の人物造形が浅いので、いずれにせよ深い作品ではない。
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[013]麒麟の翼 〜劇場版・新参者〜
 強引な筋立てではあるが黒美君彦2018-01-30
 【ネタバレ注意】
どうしてもTVドラマの劇場版(続編)、という見方をしてしまうので、最初はなかなか入っていきにくかったが、中盤以降はどうしてなかなか見応えがあった。 建築部品メーカー・・・
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どうしてもTVドラマの劇場版(続編)、という見方をしてしまうので、最初はなかなか入っていきにくかったが、中盤以降はどうしてなかなか見応えがあった。 建築部品メーカー「カネセキ金属」の製造本部長青柳武明(中井貴一)が、日本橋の麒麟像の下で胸を刺されて死亡した事件。 青柳の所持品を持っていた八島冬樹(三浦貴大)が追われてトラックにはねられ絶命。その後八島が青柳の工場で派遣労働者として働いていたものの、労災に遭って派遣ギリされたことが判明し、八島と青柳の話し合いがこじれたのが事件の発端かと思われる。 八島の同棲相手である中原香織(新垣結衣)の思い、青柳の息子悠人(松坂桃李)の父親への怒り、いろいろな感情が入り混じる中、加賀恭一郎(阿部寛)と松宮脩平(溝端淳平)は、どうして青柳が人形町界隈にしばしば立ち寄っていたかに疑問を抱き、聞き込みを続けていく…。 どうして悠人は水泳をやめたのか。3年前のプールの事故とは何か。事件は思わぬ展開を辿る。 そして日本橋の麒麟像にも幾つもの意味が込められていた。 事故に遭った吉永友之(菅田将暉)の母が始めたブログのタイトルが「キリンノツバサ」。福島から出てきた八島と香織が東京で降り立った場所が日本橋。少々強引な偶然だけど、何となく納得してしまうから不思議。 ちなみに日本橋の麒麟像は1911(明治44)年に現在の橋が作られた際に渡辺長男(1874〜1952)が原型を作ったといわれる。 日本の道路網の始点として、ここから日本中に飛び立てるように、と翼がつけられたのだと、劇中加賀が説明する。 浅学にしてそうした麒麟像の存在そのものを知らなかったが、人形町周辺の所轄刑事だからこその雑学だともいえる。 それにしても溺れてしまう中学生の端役を菅田将暉が演じていたんだなあ。ガッキーも垢抜けないし。そんなに前の映画だと思っていなかったけれど、若手に絞って観ると、確実に歳月は経っていると感じる。阿部寛は安定した演技。溝端淳平がなかなかいい役柄だった。
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[014]消された女
 やや消化不良黒美君彦2018-01-29
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>日中、都会の真ん中で突然拉致されたカン・スア(カン・イェウォン)。精神病院に監禁された彼女が、病棟での出来事を書き留めた手帳が、TVプロデューサーのナ・ナ・・・
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<あらすじ>日中、都会の真ん中で突然拉致されたカン・スア(カン・イェウォン)。精神病院に監禁された彼女が、病棟での出来事を書き留めた手帳が、TVプロデューサーのナ・ナムス(イ・サンユン)に届く。スアがいた精神病院は一年前火災に遭っていたが、スアの名は入院患者リストの中にはなかった。スアは火災直後に、父親の警察署長を射殺したとして拘留されていた…。 実際にあった事件をモチーフに制作されたサイコサスペンス。 韓国では「精神保健法」第24条として「保護者2人の同意と精神科専門医1人の診断があれば、患者本人の同意なしに『保護入院』の名のもと、強制入院させることができる」ことになっていた。韓国では、この法律を悪用して、財産目当てで親族を誘拐し、精神病院に強制入院させる事件が頻繁に起こっていたのだという。 物語では後半、事件を振り返る形で展開する。 マッド・サイエンティストのジャン院長(チェ・ジノ)はスアの臓器を売買し、彼女の存在を消すつもり。そこに看護士ハン・ドンシクと、イ・ウジンという若者が助けに来る。炎に包まれたジャン院長に連れて行かれるイ・ウジン。 何とか脱出したスアの目の前で、薬物依存の状態になった継父の警察署長は拳銃で自らの頭を撃ち抜く。 こうしてスアの無罪も確定するが、そこで終わらないのがこの作品のイジワルなところ。 彼女は「病院では先の尖ったボールペンも持てないのよ」とナムスに語る(なぜ敢えて教えるのかは謎)。 だとすれば、彼女が書いた手帳は病院で書かれたものではないことになる。そこで登場するのが彼女の母親。つまり精神病院に拉致されていたのは、スアではなくスアの母親。イ・ウジンという男性は存在せず、彼はスアの死んだ父親だったことが示される。 であるとすると、スアこそが実はサイコパスであり、精神保健法を悪用して母親を閉じ込めた継父を殺害したのも、実はスアだった、ということになる。 とにかくどこからどこまでが事実で、どこからどこまでがスアの妄想かわからない…(そこは『殺人者の記憶法』と似通っている)。 さすがに謎が多く残されすぎて、少々消化不良の感が。 なお、本作品公開後の2016年9月、韓国の憲法裁判所で精神疾患の患者の強制入院は、本人の同意がなければ憲法違反だとする判決が下ったのだそうだ。
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[015]殺人者の記憶法
 殺人鬼vs.殺人鬼黒美君彦2018-01-29
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>人知れず殺人を続けてきたキム・ビョンス(ソル・ギョング)は、アルツハイマーと診断され、正業の獣医もやめるが、ある日接触事故でミン・テジュ(キム・ナムギル・・・
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<あらすじ>人知れず殺人を続けてきたキム・ビョンス(ソル・ギョング)は、アルツハイマーと診断され、正業の獣医もやめるが、ある日接触事故でミン・テジュ(キム・ナムギル)という男に出会う。彼が連続殺人犯だと直感したビョンスは、仲の良いアン・ビョンマン警察署長(オ・ダルス)にも相談するが、警察官であるテジュが偽装し正体がバレない。テジュはビョンスの娘ウンヒ(キム・ソリョン)とつきあい始め、ビョンスは最後の「殺し」を完遂しようと決意する…。 サイコサスペンスでありながら、そこはかとなくコミカルな薫りもする作品。 何せ殺人鬼と殺人鬼が対決するのだ。ジェイソンvs.プレデター、ゴジラvs.キングギドラ…無敵な悪役が、さらなる悪役と闘う、というモチーフはこれまでもいろいろあったが、一本の映画の中で完結しているところが面白い。 役柄に合わせて肉体改造することからカメレオン俳優の異名をとるソル・ギョングと、爽やかなキム・ナムギル。 ソル・ギョングの弱みは「認知症」であるところ、というのがユニークな設定。それでもからだに染みついた殺しのテクニックでキム・ナムギルと闘うのだけれど、彼が頭部を負傷する自損事故のシーンはCGを使わず、360度回転するカメラをわざわざ開発して一回のテイクで撮影したというからこのウォン・シニョンという監督も相当異常だ。 ただこの作品、サイコサスペンスだけあって、若い頃自死した姉が修道女として登場するなど、どこからどこまでが現実で、どこからがビョンスの妄想なのかがわからなくなってくる。 最終的には偶然録音されていたビョンスとテジュの会話が残っていて、それこそが真実なのだとわかるのだが…。 そんな中、娘ウンヒを演じたキム・ソリョンが爽やかな役柄で、観る側はひたすら彼女を守りたいというビョンスに肩入れすることになる。彼の「正当化される殺人」という理屈にはついてゆけないのだけど。さらにいえば、父親と恋人がどちらも殺人鬼だと知った彼女の人生はどうなるのかと心配にもなるのだが(余計なお世話)。 観ている側も脳細胞をフル回転させないといけないので、なかなか疲れる映画だけれど、面白かった。
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[016]ブロードチャーチ 〜殺意の町〜
 秀作ドラマ黒美君彦2018-01-29
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>英国の海沿いの小さな街ブロードチャーチの海辺で、ダニー・ラティマーという11歳の少年の絞殺体が発見される。地元警察の刑事であるエリー・ミラー(オリヴィア・・・・
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<あらすじ>英国の海沿いの小さな街ブロードチャーチの海辺で、ダニー・ラティマーという11歳の少年の絞殺体が発見される。地元警察の刑事であるエリー・ミラー(オリヴィア・コールマン)は、息子を通じてラティマー家とも親密だったが、彼女は都会からこの街に来た警部補アレック・ハーディ(デヴィッド・テナント)とともに捜査にあたる。その過程で浮かび上がってきたのは、人々が抱える“闇”だった…。 英国ITVの制作で、放映時最大視聴率が34%を超えたというドラマシリーズ。 少年の遺体が見つかった海岸は、英国南西部のドーセット州で撮影されたということだが、切り立った崖がとても効果的。 事件が発生したブロードチャーチは、8割が地元周辺で一生を終える典型的な田舎町で、誰もが互いのことを見知っている。そんな町で11歳の少年の他殺体が見つかる異常。疑心暗鬼に陥り、隠れていたさまざまな負の部分が露わになる。 ダニーは、父が17歳、母が15歳の時に妊娠したというし、父は実は浮気をしていて、アリバイを隠そうとする。 エリーの息子でダニーのクラスメイトだったトムは、ダニーとのメールのやりとりを隠そうとするし、トレーラーハウスで生活するスーザンはダニーのスケートボートを隠し持っている。 夜眠れぬまま歩く若い牧師、ダニーの父で配管工のマークの部下ナイジェは粗暴な気配を漂わせるし、ダニーがバイトしていた新聞配達店の老店主は、かつて淫行で逮捕されたことがある…。 ハーディ刑事は優秀だが、サンドブロックの殺人事件で下手を打って左遷されたらしいし、不整脈まで抱えている。 登場人物はみなうしろ暗い過去と現在を抱えている。 そして、子どもを亡くした喪失感や、持って行きようのない憤りが画面から横溢してくる。 新聞配達店の老店主は、過去を捨てて移り住んだブロードチャーチで住民から攻撃され、自ら死を選ぶ。 濃密であるが故に逃れようのない田舎の怖さが滲み出てくるなかなかの秀作ドラマだった。 それにしても真犯人の意外性は(考えないではなかったけれど)、やはり衝撃的だ。 良き父、良き夫であったはずなのに、その奥底に隠れていた性的嗜好。こんなことってあるんだろうか…。
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[017]小川の辺
 やや残念な出来黒美君彦2018-01-26
 【ネタバレ注意】
上意を果たすために、昔なじみで妹の夫でもある脱藩武士を斬りに向かう海坂藩士戌井朔之助(東山紀之)。 この映画の大半は、討つ相手である佐久間森衛(片岡愛之助)と、その・・・
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上意を果たすために、昔なじみで妹の夫でもある脱藩武士を斬りに向かう海坂藩士戌井朔之助(東山紀之)。 この映画の大半は、討つ相手である佐久間森衛(片岡愛之助)と、その妻で妹の田津(菊地凜子)の潜伏先に向かう朔之助と奉公人の新蔵(勝地涼)の道中であり、その意味でいえばある種のロードムービーと言える。 朔之助はそこで、幼い日々の田津と新蔵の姿を思い浮かべたり、佐久間の脱藩に至る顛末を語ったりする。 回想シーンは叙情的に描かれ、これはこれでありなのだが、原作が短編小説であるせいか冗長な感じもする。1時間ドラマなら丁度良かったかも知れないが、100分余りに引き伸ばすのは少々無理があるように思った。 藩命を受けて、親友を討たねばならない武士の運命。殺らなければ、戌井家もまた断絶の憂き目に遭わないとも限らない。上意には逆らえない現実を、朔之助は受け入れているように思える。彼が気がかりなのは妹の田津のことなのだ。 そして後半になってようやく姿を現す田津。正直いって菊地凜子がどうしようもなくミスキャスト。この配役はないだろう。 まだ朔之助の妻を演じた尾野真千子の方が適役だったかも知れない。 観終わって改めて感じたのは、小説であればすんなり入ってくるであろう思いの機微が、映像化されたことによって断絶される難しさだった。 それにしても道中、すれ違う人が多すぎる。ここは繁華街か。当時の交通状況を考えれば、簡単に藩境を越えて行き来する人がそれほど多いとは思えない。エキストラとして起用せざるを得なかった、ということかも知れないけれど。 武部聡志の音楽はどこか冨田勲を思い起こさせたが、それにしてはやや陳腐。東山は悪くないだけに、全体としてやや残念な出来だった。
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[018]タイタンズを忘れない
 現代的な意味黒美君彦2018-01-26
 【ネタバレ注意】
この映画が公開された2000年。公民権運動後も続いた根強い人種差別は、表面的には影を潜めていた。だからこそこうした実話ベースの映画が「当時を振り返る物語」として成立した・・・
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この映画が公開された2000年。公民権運動後も続いた根強い人種差別は、表面的には影を潜めていた。だからこそこうした実話ベースの映画が「当時を振り返る物語」として成立したのだといえる。現代から観れば愚かしい人種差別。それをどう克服したのか。忘れてはならないエピソードを感動的に描いたのだ。 舞台は1971年のヴァージニア州アレクサンドリアという保守的な町。白人の学校と黒人の学校が統合され「T・C・ウィリアムズ高校」が開校する。「タイタンズ」というアメフトチームのコーチとして迎えられたのが、デンゼル・ワシントン演じるハーマン・ブーン(デンゼル・ワシントン)。最初は白人のビル・ヨースト(ウィル・パットン)がヘッド・コーチになるはずが、全人種を平等に扱わねばならないというアファーマティブ・アクションによって、ブーンがヘッドコーチに。 いがみ合う白人と黒人のプレーヤーたちだったが、人種に関係なく公平に指導するブーンによって、次第に打ち解け、チームとしての一体感が生まれていく…。 ところが、トランプ大統領誕生後のアメリカは経済格差が一段と激しくなり、移民排斥や人種問題の火が再び燃え上がりつつあるかのようだ。 見た目も価値観も違う。衝突することもあるだろう。しかし、相手の存在を認めなくては対話は成立しない。 先日報道番組でアメリカの白人至上主義の極右団体代表のインタビューを見たが、彼は白人だけの国を作りたい、と語っていた。彼は白人のなかにも悪人がいること、白人だけであったとしても必ずそこに価値観の相違が生まれ、差別が生まれることを何ら想像できない。どうしようもなく愚かなのだ。 違う部分にばかりフォーカスすることは、永遠に交われない。共通項を見出し、共存することを多民族国家アメリカは選んだはずなのに、どうしてそんな国になってしまったのか。 それはアメリカだけの問題ではない。 肌の色を超えることは決して楽ではなかった歴史を、もう一度いちから学ぶべき時代になっているのかも知れない。それは国籍についても同様だ。さもなければゲティスバーグの戦いを繰り返すことになる。 この作品は、そうした反動的な動きに、今も有効である。
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[019]あったまるユートピア
 要素が盛りだくさんで黒美君彦2018-01-25
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>阪神・淡路大震災で両親を喪った鷹宮伊織(倉科カナ)は鞄職人の学校で勉強するために豊岡で生活する。ペットのウサギ耳助とも仲が悪い。そんな彼女が高校時代にブ・・・
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<あらすじ>阪神・淡路大震災で両親を喪った鷹宮伊織(倉科カナ)は鞄職人の学校で勉強するために豊岡で生活する。ペットのウサギ耳助とも仲が悪い。そんな彼女が高校時代にブログに書いた小説『楽園にゆこう』を演劇を夢見る地元の高校生城殿蓮(堀春菜)が見つけ、無断で高校演劇部の芝居の台本にしてしまう。シリアからベルギーに移り住んだララ(アヤカ・ウィルソン)は、公演で城崎国際アートセンターに訪れた夫を追って城崎にやってくる。三者三様のユートピア探し。 NHKの地域発ドラマ。1時間ドラマにしては要素がやや多すぎたか。 阪神・淡路大震災(1995)、北但馬地震(1925年)、志賀直哉『城の崎にて』の一節「生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。 それ程に差はないような気がした」、シリアの内戦、高校生の夢…。 城崎といえば温泉だから、倉科カナは冒頭から温泉につかって独白を始めるし。 そんなわけで人物造形がやや浅くなってしまったのが気になる。倉科カナが主人公なのだろうが、彼女のなかにある「わかりあえないまま終わってしまうことは、どうしようもない悲しみになる」という諦念が、このドラマの通奏低音となっている。 ただ、本番当日になって逃げ出す女子高校生には当然共感は抱けず。 ララの存在もやや浮いた感がある。国際的なアートセンターを強調したいのはわかるけど。 クライマックスは、死の世界の舞踏を表現する後半のダンスシーンなのだろう。 ドラマはここで一気にファンタジーに変貌するが、リアリティとの兼ね合いが難しいところ。 演出に関してはところどころセンスを感じたが、描く要素が多すぎたが故に、そのカットが埋もれてしまった感があり惜しい。 それにしても『パコと魔法の絵本』(2008年)以来久しぶりに見たアヤカ・ウィルソン。超美少女の面影はしっかり残し、美しさが際立つ。人妻役かよ、とは思ったけれど(笑) それにしてもタイトルありきはわかるけれど、「あったまるユートピア」はないんじゃない??
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[020]HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス
 ストイックな変態黒美君彦2018-01-24
 【ネタバレ注意】
さすがに第一作ほどのインパクトはないので、普通に楽しめた。前作で福田雄一監督は全三作を構想したというが、その後鈴木亮介、清水富美加がブレイク。鈴木は2018年には大河ド・・・
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さすがに第一作ほどのインパクトはないので、普通に楽しめた。前作で福田雄一監督は全三作を構想したというが、その後鈴木亮介、清水富美加がブレイク。鈴木は2018年には大河ドラマの主役に抜擢されるほどに。一方清水富美加は突然出家と、それぞれ異なる方向に進んでいるようで、第三作はしんどいかなあ。 筋はというと…大学生になった色丞狂介(鈴木亮介)と姫野愛子(清水富美加)。前作で大金玉男(ムロツヨシ)を倒したのだから、もう変態仮面はやめて、と愛子に懇願された狂介。しかも彩田椎名教授(水崎綾女)に迫られる。そこに町中のパンティ消失する事件が発生する。実は大金玉男は頭部だけになって生きていたのだ。同級生の真琴正(柳楽優弥)を怪獣ダイナソンに改造され、力不足を痛感した狂介は、父のお告げ?で変態仙人(安田顕)のもとで修行することに…。 前回強敵役だった安田顕が、本作品では変態仙人(実は狂介の祖父)として一見志村けんと見紛う?老人役。 まあ徹頭徹尾アホらしいのだが、変態的衝撃度はやはり第一作の方が強かったな。人間、何でも慣れてしまうんですな。 「甘い変態」から「ストイックな変態」へ。 変態仙人のもとでさらに強くなった変態仮面は、ダイナソンも、巨大大金玉男も倒し、めでたしめでたし。 監督の福田雄一曰く、鈴木亮介について「朝ドラに出ても!ゴールデンに出ても!映画で主役やっても!変態仮面をやりたい!という馬鹿な役者たちは存在しました!そう!鈴木亮平はこれっぽっちも続編を諦めていなかったのです!」とのこと。 驚くべき肉体改造を繰り返す鈴木亮介のスゴさは折紙つきだが、この作品でも伸び伸びと楽しそうに演じている。ある意味、素の彼も変態そのものなのかも(笑) まあ、俳優なんて多かれ少なかれそうした要素がないと大成しないからな。 いやーほんとにアホらしい、愛すべき映画です。
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[021]THE FORGER 天才贋作画家 最後のミッション
 ディテールが浅い黒美君彦2018-01-24
 【ネタバレ注意】
サスペンスとヒューマンドラマ、どっちつかずの物語。 やたら長ったらしいタイトルは、そこはかとないB級作品を予想させるに十分だが、主役のジョン・トラボルタが天才的贋作・・・
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サスペンスとヒューマンドラマ、どっちつかずの物語。 やたら長ったらしいタイトルは、そこはかとないB級作品を予想させるに十分だが、主役のジョン・トラボルタが天才的贋作画家、という設定がもう無理ありあり。 祖父のジョセフを演じたクリストファー・プラマーは元詐欺師、父レイ・J・カッター役のトラボルタが贋作画家、そして息子のウィル(タイ・シェリダン)は脳腫瘍で余命10か月。 息子がやりたいことを父がひとつひとつ叶えていく、というのと、モネの代表作のひとつ『散歩、日傘をさす女』を贋作とすりかえる犯罪計画が同時並行で描かれる。 贋作画家をタイトルにしているけれど、油絵の贋作を3週間で描くなんて無理。しかも画集を観ながら制作したら、どう考えても微妙な色合いや筆致、絵の具の盛り上がりとか齟齬が生まれてしまう。そうした贋作作りのディテールがあまりにいい加減なので、説得力が生まれない。 一方父子の物語は悪くない。実の母に会わせ、初体験を経験させようとし、そして犯罪計画に参加させる。そうした積み重ねで少しずつ父と子の距離が縮まっていく。 ラストでは首尾よく盗み出したモネの傑作を鑑定家に見せたところ、「出来のかなり悪いニセモノじゃ」と言われてしまう(そういう鑑定家はジョセフなんだけど)。それを聞いた黒幕のカルロスなる男がキレて、本物をズタズタに引き裂くんじゃないかとハラハラしたけど、当然そんなことにはならず(笑)。 結局サスペンスとしても、ヒューマンドラマとしても中途半端な印象が拭えない。トラボルタとしては熱演しているとは思うのだけど、贋作画家はやはり似合わない。 そうした中、本当は麻薬中毒である実の母キムに息子を会わせるシーンが良かった。キムを演じたジェニファー・イーリーが巧かったせいかも知れない。
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[022]アイアン・スカイ
 笑えないけど笑える黒美君彦2018-01-18
 【ネタバレ注意】
インディーズ映画としては一部で高い評価を得た作品。いや、確かに勢いは凄い。 月の裏側にナチスドイツが秘密基地を作っていて、地球を攻めてくるという奇想天外なお話。いわ・・・
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インディーズ映画としては一部で高い評価を得た作品。いや、確かに勢いは凄い。 月の裏側にナチスドイツが秘密基地を作っていて、地球を攻めてくるという奇想天外なお話。いわゆるB級のSFコメディなんだけど、VFXはハリウッドも真っ青な出来。クラウド・ファンディングやスタッフ公募という奇手で、ここまで作り上げるのだから大したものだ。 さらに後半はブラック・コメディの度が一気に進む。 米大統領を演じたステファニー・ポールは、2008年に副大統領候補となった共和党のサラ・ペイリン(無知や資質の点からかなりのおバカぶりが明らかになっている)そっくり。 「大統領再選のために戦争をしたいと思っていたところ」という彼女は、「女性や子どももいるのでは」とナチ基地への核弾頭の使用を躊躇する宇宙戦艦「USS ジョージ・W・ブッシュ」に対して、「テロリストとは交渉しない!」という理屈で、ミサイル発射を命令。 何のことはない、この作品ではナチスを敵にしながら、アメリカや国際社会への鋭い批判が散りばめられているのだ。 危機に瀕した「ブッシュ」からの援軍要請を受けて、英国、ロシア、日本等各国の武装宇宙船が登場したシーンでは、米国が感謝を言うかと思いきや「あんたたち、宇宙平和条約を無視してたわけ?」とキレる。「宇宙船で武装しなかった国は?」というと、決まり悪そうにフィンランド代表だけが手を挙げる。ちなみにこの映画の製作はフィンランド(笑)。「あっそう、全く上等ね。みんなして条約を無視して」と米国が言うと、「そっちこそだろう?」と声が飛ぶ。それに対して米大統領は「米国はいつもそうだからいいの!」…。 ナチスの最終兵器「神々の黄昏」号も、白人にされた黒人の元宇宙飛行士ジェームズ・ワシントン(クリストファー・カービイ)やレナーテ・リヒター(ユリア・ディーツェ)の活躍でエンジンを停め、総統になりあがったクラウス・アドラー(ゲッツ・オットー)も、レナーテのハイヒールが頭に突き刺さりハッピーエンド、と思いきや、実際に月に豊富にあり、核燃料の原料となるといわれる「ヘリウム3」をめぐって、各国代表が大喧嘩。 ここで流れるナレーションが効果的。美しく破壊されていく各国の戦艦の姿を描きながら、「復讐の物語の終わりはいつも悲劇的だ/うまくいったためしがないのだ/寂しいものね…」という語り。 やがて地球の表面に、幾つもの光跡が走り、各地での核爆発が見てとれる。 S・キューブリックの『博士の異常な愛情』(1964年)を想起させるような、突き放したエンディングとなるのだ。 ハリウッドではこうした作品は望むべくもない。低予算(といっても10億円はかかっているが)の作品でありながら、ここまでのクオリティを示せたのだからやはり大したものだ。そして欺瞞に満ちた米国をはじめとする国際社会を鋭く衝いている、という点で参りましたという感じ。笑えるけど笑えない、そんなブラックな側面が上出来だ。 今だから意味がある。
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[023]ヒトラーに屈しなかった国王
 「すべては祖国のために」黒美君彦2018-01-17
 【ネタバレ注意】
立憲君主制のノルウェー国王ホーコン7世(1872〜1957 イェスパー・クリステンセン)が直面した、ナチスドイツのノルウェー侵攻からの三日間を描いた作品。彼は内閣の決めたこ・・・
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立憲君主制のノルウェー国王ホーコン7世(1872〜1957 イェスパー・クリステンセン)が直面した、ナチスドイツのノルウェー侵攻からの三日間を描いた作品。彼は内閣の決めたことを支持し、自らは統治しない立憲君主制を重視していた。それゆえ対独交渉も政府に任せたわけだが、この政府がどうにも頼りないので、より態度を強く示すべきだと主張する皇太子オラフ5世(アンドレス・バースモ・クリスティアンセン)とも対立する。 このにっちもさっちもいかなくなった国王がもちろん主人公であるが、この作品では同時に幾つかの視点で物語が描かれる。ひとりはノルウェー人を妻にするドイツ公使ブロイアー(カール・マルコヴィクス)。彼は戦争拡大を避けたいと、ドイツに対する無条件での譲歩を交渉で勝ち取りたいと動くが、ヒトラーからは国王の言質をとれと厳命が下る。 そうした政治劇のなかで、少年兵フレドリク・セーベル(アルトゥル・ハカラフティ)の視点も展開される。初めての交戦。そして負傷。 戦場を描いた作品では今や珍しくないが、手持ちカメラを多用することによって臨場感がより強調され、あたかも同じ時空を共通体験しているような感覚に襲われる。 ノルウェーを救いたいと願うブロイアーは、何とか国王に謁見し、ドイツの傀儡政権を認めるよう進言する。そうすれば戦線拡大は避けられ、犠牲者も増やさずにすむのだと。 しかしそれに対して国王は悩んだ挙句、「君はヒトラーと同じだ」と提案を拒絶する。国民の総意で国王にある自分が、信を得ていない首相を認めることは出来ない、と言い放つのだ。 ノルウェーでは、国王の選択は民主主義を守った象徴的な行為として今も高く評価されているという。 だが、徹底抗戦を選んだ結果、300万人の人口のうち、およそ1万人が犠牲になった。ナチスへの抵抗が殲滅につながったとまではいえないのでまだ良かったといえるのかもしれないが、ナチスの軍門に下っていたら犠牲者はもっと少なくすんだかもしれない。そのことを考えると、国王の選択はきわめて難しいものだったことは想像に難くない。 ある意味この作品はノルウェーのナショナリズムを高揚させる効果もある。相手がナチスだから評価される、という気もしないではない。ことほど左様に為政者の責務は深いものなのだ。 この映画のプロデューサーも務めたイェスパー・クリステンセンが実に巧演。 人間ドラマとしても見応えのある作品に仕上がっていた。 ノルウェーで7人に1人が観た、というのもわからないではない。
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[024]希望のかなた
 「ゴールデン・パイント」黒美君彦2018-01-15
 【ネタバレ注意】
人生の滋味をいつも感じさせる映像作家アキ・カウリスマキ。彼が、難民問題を「人間の問題」として描いた作品は、いみじくも欧州の縮図を描く形となった。 首都ヘルシンキに、・・・
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人生の滋味をいつも感じさせる映像作家アキ・カウリスマキ。彼が、難民問題を「人間の問題」として描いた作品は、いみじくも欧州の縮図を描く形となった。 首都ヘルシンキに、主人公のシリア人青年カーリド(シェルワン・ハジ)が故郷アレッポから戦火を逃れてこの街にたどり着く。彼は正直に警察に出頭し、難民申請をするが、施設を転々とさせられるばかりで難民認定は難しそうだとわかり、施設から脱走する。彼は空爆で自宅を失い、両親と弟も亡くしている。ただ一人生き残った妹とも、ハンガリーの国境での混乱ではぐれてしまう。 同時並行で描かれるのは、中年のフィンランド人男性ヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)。彼は酒浸りの妻と別れ、商売を替えてレストラン経営に乗り出す。元手はポーカーで稼いだ金。念願のレストラン「ゴールデン・パイント」を手に入れるが、それぞれひとくせありそうな個性的な従業員も店についてくる。 そんなヴィクストロムが、ゴミ捨て場に隠れているカーリドを見つけ、「出て行け」「いやだ」と言い合って殴り合いに。 ところがその次のカットでは、レストランで食事を与えられるカーリドと、鼻血を拭うヴィクストロム。なぜか「ここで働きたいか?」と尋ね、「是非(Very much)」とカーリドが答えて、レストランの一員になるのだ。 ひと目で彼を難民と見抜いたヴィクストロムは、敢えて面倒を承知で彼を引き受けるのだ。 同じ境遇、というわけではないが、従業員が拾ってきた犬コイスティネン(ヴァルプ=監督の愛犬!)を飼うのと同じように、困って行き場のない彼を、ヴィクストロムたちは引き受けるのだ。 警察が来れば匿い、住まいまで提供する。 得することがあるわけではない。特別扱いするわけでもない。つかず離れず、ただそこにいることを認めるのだ。 一方で、難民に攻撃的なネオナチ風の男たちも登場する。 暴力に訴える排外的な連中は、世界中に共通している。 やがて、収容所仲間から妹が元気だと知ったカリード。ここでもヴィクストロムがひと肌脱いで、妹の密入国を手伝う。 国際運送のトラック運転手が報酬を断り、「こんな素晴らしい荷物を運べたんだ、金は要らない」なんていうシーンは素敵過ぎる。 コミカルなシーンもちゃんと用意されている。カウリスマキ監督が日本贔屓であることは良く知られているが、この映画でも経営が不振なレストランを盛り上げようと「寿司店」に衣替えするシーンがある。「いらっしゃいませ」という日本語はともかく、ワサビの使い方があれでは…(笑)。 難民というよそ者がこの地に溶け込むためのアドバイスとして「楽しそうに笑いながら、決して笑いすぎないこと」と教えられる場面がある。確かにこの映画の登場人物は決して中途半端な笑いは浮かべない。 カウリスマキ監督は言う。 「私がこの映画で目指したのは、難民のことを哀れな犠牲者か、さもなければ社会に侵入しては仕事や妻や車をかすめ取る、ずうずうしい経済移民だと決めつけるヨーロッパの風潮を打ち砕くことだ」。 ラストは痛ましい。これもまた現実なのだ。だが、映画のあちこちに登場する何気ない優しさもまた現実であると信じたい。問題は何気ない優しさは、少数の暴力や悪意によってかき消されてしまうことだ。 アキ・カウリスマキ監督は、従来の彼の文体を活かしたまま、難民問題について鋭く衝いている。
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[025]謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス
 「快楽の園」をめぐる考察いろいろ黒美君彦2018-01-15
 【ネタバレ注意】
ヒエロニムス・ボス(1450頃〜1516)は現在のオランダ南部、初期フランドル派の画家として知られる。 2017年は、彼の没後500年を記念してさまざまなイベントや展示会が開かれた・・・
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ヒエロニムス・ボス(1450頃〜1516)は現在のオランダ南部、初期フランドル派の画家として知られる。 2017年は、彼の没後500年を記念してさまざまなイベントや展示会が開かれたが、この作品もそのひとつといっていいだろう。ボスの代表作「快楽の園」について、スペインのプラド美術館の全面協力を得て撮影されたのがこの作品。 数年前、私自身もプラド美術館でこの作品を直接観たことがあるが、緻密にして異形であるこの作品は異彩を放ち、とんでもない魅力を感じさせた。 三連祭壇画「快楽の園」は1490年頃1510年ごろに描かれたとされる。 普段閉ざされている祭壇画が開かれると、中央のパネルには多種多様な果物や動物とともに、一糸まとわぬ男女が狂乱の宴を繰り広げている。左側にはアダムとイヴが、右側のパネルには地獄のようなおぞましい画像が描かれている。 作品では美術史家による科学分析や解釈のみならず、現在の多種多様なクリエイターがそれぞれの見方を語るのが刺激的だ。 歴史家や哲学者、小説家や歌手、音楽家、マンガ家、演出家、写真家、中国人芸術家…果ては脳科学者まで。 ボスの生涯をもう少し深めて欲しかった感もあるが、「快楽の園」が同時代のどの絵画とも異なるオーラを放っていることだけはみな認める。詳細に見れば見るほど、そこに描かれた世界が想像の枠を超えている。 なかにはこれはボスが見た「夢」の光景だ、とする考察もあり、それはそれで納得させられる。 サルマン・ラシュディの姿を久しぶりに見たのも新鮮だった。 芸術作品の醸し出す謎は、結局解かれることはない。 だが、きっとそれはそれでいいのだ。「快楽の園」に溺れてしまうことこそが、最も正しいこの作品の鑑賞方法だということを、改めて確認させられたドキュメンタリー映画だった。
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[026]コンテンダー
 面白くできたはずなのに黒美君彦2018-01-12
 【ネタバレ注意】
このところ今ひとつ精彩を欠くニコラス・ケイジ。彼が下院議員を演じる政治サスペンス、さらにピーター・フォンダも出演というので少しは期待したのだが…。 それにしても実話ベー・・・
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このところ今ひとつ精彩を欠くニコラス・ケイジ。彼が下院議員を演じる政治サスペンス、さらにピーター・フォンダも出演というので少しは期待したのだが…。 それにしても実話ベースの物語だというけど本当かな。ちっともいい話じゃないんだけど。 舞台は2010年のルイジアナ州。実際にあったメキシコ湾原油流出事故で漁業などに多大な被害が生じる。米南東部に位置するルイジアナ州は2005年のハリケーン・カトリーナに代表される自然災害が多い州だが、そこに英国の多国籍企業BP社の海底油田の事故で大量の原油がメキシコ湾に流出してしまう。 そうした沿岸住民を救うべく立ち上がった下院議員コリン・プライス(N・ケイジ)が主人公だ。彼は感動的な演説をして人気が急上昇、かつて市長として活躍した父レイン(ピーター・フォンダ)がなし得なかった上院議員立候補を妻デボラ(コニー・ニールセン)からも期待される。 ところが、そんな中、彼の不倫スキャンダルが発覚。議員を辞職、妻から離婚を切り出され、政治家生命の危機を迎える。それでも父のアドバイスを受けて、再起しようとする…というのが大まかなストーリー。 ニコラス・ケイジ演じる下院議員のキャラクターが今ひとつよくわからないところが弱点。 ルイジアナ州選出議員として地元住民のために獅子奮迅活躍する彼は、信念を持った政治家に見える。TVのインタビューで、黒人の多い選挙区でどうして勝利できるのかと問われ、「みなリーダーを求めているからだ」と言い切るコリン。ところが下半身は滅法だらしなく、不倫スキャンダルで失脚。断っていたアルコールを再び飲み始め、家を追い出されて売春婦を安宿に呼ぶ。 ピーター・フォンダは「女好きは俺に似たな」とうそぶく。気にすることはない、昔の英雄は900人の子をなしたと言うし、チンギス・ハーンに至ってはわれわれの20人に1人は血を引いていると言われているくらいだからな。 そうか、そうなんだ、と俄然元気になるコリン。ということで事務所のコンサルタント、ケイト・ハーバー(サラ・ポールソン)とも関係しちゃう。 でも、父は死んでしまうし、ケイトは別居中だった夫とよりを戻してしまうし、今さら行く宛てもなくなったコリンは、閉め出された家に車で突っ込み、妻と和解(笑)。 心を入れ替えて、油田排除から石油産業推進に宗旨替え、贈賄事件で失脚した上院議員の後釜を狙って再び走り出す。 「コンテンダー」とはボクシング用語でチャンピオンに挑む挑戦者を指すそうだが、原題は“The Runner”。タイトルはどっちもどっちかなあと思うけど。 とにかく首尾一貫して笑わず、常に難しい顔をしているニコラス・ケイジが今いち弾けず盛り上がらないまま終わってしまった。 それと音楽がとにかく過剰。余程演出に自信がなかったのか?と思わせるほど。 面白くなる要素はあっただけに、中途半端感が拭えない作品だった。
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[027]風雲児たち 〜蘭学革命(れぼりゅうし)篇〜
 解体新書黒美君彦2018-01-10
 【ネタバレ注意】
<あらすじ>蘭方医の前野良沢(片岡愛之助)と杉田玄白(新納慎也)は、オランダ語で書かれた解剖学書「ターヘル・アナトミア」に衝撃を受け、蘭方医の中川淳庵(村上新悟)と・・・
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<あらすじ>蘭方医の前野良沢(片岡愛之助)と杉田玄白(新納慎也)は、オランダ語で書かれた解剖学書「ターヘル・アナトミア」に衝撃を受け、蘭方医の中川淳庵(村上新悟)とともに翻訳にとりかかるが、辞書もない手探りでの翻訳は困難をきわめた。しかし早く訳書を世に出したいという玄白と良沢は衝突。良沢は自らの名を掲げないことを条件に出版を認める。玄白還暦、良沢の古希を祝う宴で、久しぶりに再会した二人は…。 三谷幸喜脚本らしい軽やかな時代劇。辞書編纂を描いた「舟を編む」の江戸時代版というところか。みなもと太郎の原作は未読。 玄白による『蘭学事始』の逸話として、「鼻とは顔の中でフルヘッヘンドするものなり」の「フルヘッヘンド」について、庭を掃くと「フルヘッヘンド」する、などの用例から「うずたかい」の意であると突き止めた、というものがあるが、その後原典にその単語がないことが明らかになった、というのは知らなかった。 しかし1771年に原典と出会い、1774年に翻訳版を刊行するまで、その苦難は相当なものだったろうことは容易に想像できる。しかしそれは江戸中期、天下泰平の時代だから成し得たことである、というのも事実だ。 平賀源内(山本耕史)や田沼意次(草刈政雄)らが脇役に配しているのも面白い。 良沢、玄白、いずれも自らの信念に従った、という点では共通する。 地味ではあるが、元気づけられる正月らしい時代劇だった。
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[028]コウノドリ (第2シリーズ)
 高い完成度黒美君彦2018-01-10
 
<あらすじ>天才ピアニストBABYであり、ペルソナ総合医療センターの産科医でもある鴻鳥サクラ(綾野剛)は、同期の四宮春樹(星野源)らと日々診療に追われていた。新生児・・・
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<あらすじ>天才ピアニストBABYであり、ペルソナ総合医療センターの産科医でもある鴻鳥サクラ(綾野剛)は、同期の四宮春樹(星野源)らと日々診療に追われていた。新生児科のリーダー・今橋貴之(大森南朋)のもとで、若手の白川領(坂口健太郎)、新人研修医の赤西吾郎(宮沢氷魚)、ベテラン助産師の小松留美子(吉田羊)らといろいろな妊婦と向き合う…。 好評だった第1シーズンの続編。安全な出産が当たり前であるかのような社会にあって、産科医は常に訴訟のリスクを抱え、しかも出産がいつになるかわからないためなり手が減っているのが現実だ。 そうしたなか、耳の不自由な妊婦や産後うつ、子宮内で胎児が死亡したケース、不育症等々、妊婦が直面するさまざまな疾患が紹介される。そうした中、救急処置を学びたいと、敢えて救急に移る下屋加江(松岡茉優)、子宮腺筋症と卵巣チョコレート嚢胞で子宮全摘手術を受けざるを得なくなった助産師の小松、父親が倒れ能登の実家の病院に戻るべきか迷う四宮と、産科チームの面々もそれぞれの道を歩み始める。 羊水検査によってダウン症候群であることがわかった夫婦の話もリアルだ。 ここでは実際にダウン症児の母である奥山佳恵も出演し、実感のこもった役を演じていたのでますますリアリティが増す。 新生児をめぐる医療ドラマとして、シーズン1にも劣らぬ高い完成度に目を瞠った。
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[029]エンドレス・ポエトリー
 燃え盛る蝶黒美君彦2018-01-10
 
チリの巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーの作品に触れる機会がこれまでなく、これが初体験…なんじゃこれは!の連続でとにかく圧倒された。画面全体に横溢する色彩、異形を何ら・・・
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チリの巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーの作品に触れる機会がこれまでなく、これが初体験…なんじゃこれは!の連続でとにかく圧倒された。画面全体に横溢する色彩、異形を何ら隠すことなく露わにする登場人物、あちこちに散りばめられた寓意、理解が追いついていかない展開、もう目を見開いてスクリーンを凝視するしかない。 エミール・クストリッツアの描く祝祭ともどこか似ているが、この作品はより芸術的であり、より作家主義的な印象が強い。 物語はホドロフスキーの自伝のようなもの。故郷のトコピージャから首都のサンティアゴに家族で移り住んだものの、医者になるよう強制する父親を嫌って詩人宣言。一族の大事な樹を切り倒して家出。そして放浪の旅…。 主人公のアレハンドロ(アダン・ホドロフスキー)の家族がみな強烈。オペラ風に語り、嘆き、泣く母サラ。ケーキのイチゴを喉に詰まらせて死んだ息子を嘆いてケーキに顔を突っ込む祖母、万引き犯を徹底的に辱める父ハイメ…。 そして家出した後も「カフェ・イリス」で有名な詩人ステラ(パメラ・フローレス/サラ役と二役)と出会い、衝撃を受ける…。 とまあ、ストーリーらしきものは確かにあって、この後アレハンドロは尊敬する詩人ニカノール・パラに出会ったり、親友エンリケ・リン(レアンドロ・ターブ)と知り合ったり。 息をつく間もなく次々場面は変わり、登場人物が変わるのだけれど、その度に寓意に充ちたスクリーンが現れるので、すっかり酔ってしまった気分になった。 1929年生まれのホドロフスキーだが、映像に現れる実際の彼は若々しい。そして父ハイメを演じたブロンティス・ホドロフスキーは彼の5人の息子の長男、主人公アレハンドロを演じたアダンは末息子。さらに衣装やデザインを手がけているのはホドロフスキーの現在の妻パスカル=モンタンドン・ホドロフスキー(歳の差43歳!)。 一家が協力して築き上げたこの作品は、あたかも詩人の頭の中のイマージュを映像化したかのような強力な魅力に満ちていた。 一回観ただけでは勿体ない…そう思わせる作品だ。 「燃え盛る蝶」「完全なる光」…詩人が探し求める言葉が映像と響き合い、私はすっかり酔いつぶれた気分だった。
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[030]ルージュの手紙
 ふたりのカトリーヌ黒美君彦2018-01-10
 【ネタバレ注意】
いかにも現代フランスの映画だなと思わせる作品。 ヌーヴェルバーグでは、ほとばしるような瑞々しい若さが数々の作品で描かれたが、最近のフランス映画ではそうした作品で活躍・・・
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いかにも現代フランスの映画だなと思わせる作品。 ヌーヴェルバーグでは、ほとばしるような瑞々しい若さが数々の作品で描かれたが、最近のフランス映画ではそうした作品で活躍した俳優の老いを表現したものが少なくない。 それは成熟した人間とは何か、老いからは決して自由にはなれない人間と社会の軋轢を直視すればこそ、なのかも知れない。 この作品ではカトリーヌ・ドヌーヴ演じるベアトリスとカトリーヌ・フロ演じるクレールの関係性にスポットがあてられる。 撮影時、C・ドヌーヴが73歳、C・フロが60歳。血がつながらない母と娘。 ベアトリスは酒とギャンブルと男が大好きだが、ある日クレールに突然連絡してくる。真面目なクレールと自由奔放なベアトリス。ベアトリスが姿を消して間もなく父親が自死してしまったことから、クレールはベアトリスにいい感情は持っていない。しかし性格が真反対であるが故に、何故か少しずつ近づくふたり。 クレールにとっては新たな母が、そしてベアトリスにとっては新たな娘が出来たような高揚感すら時折浮かび上がる。とはいえ母娘では決してない。寧ろそこにあるのは友情に近い感情か。ただ、ベアトリスにとってのかつての夫であり、クレールにとっては父にあたる元水泳選手の男のスライドをふたりで眺めるシーンはとてもいい。 徹底した個人主義は、家族という最小単位の枠すら邪魔にしてしまう。でも、生命が誕生するためには、家族(男と女)が必要で、そこに助産婦が求められる。そんな個人主義の行き詰まりすらどことなく感じさせる。結局折り合いをつけるしかないのだろうけど、この作品はそんな難しいところに入っていくわけではなく、軽やかに描いてみせているところがいい。 ふたりのカトリーヌはそれぞれ互いを邪魔せず、魅力がひきだされている。
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