allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

投稿されたユーザーコメント
 
 「篭瀬山」さんのコメント一覧 登録数(709件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密
 やや嫌味篭瀬山2015-02-21
 
 面白いことに、高慢貴族夫婦のみをアメリカ人俳優に演じさせている。二人とも女王英語風英語をそれなりに操って聞こえたが、周りの純イギリス人俳優陣の英語とはやはり違う。・・・
続きを読む
 面白いことに、高慢貴族夫婦のみをアメリカ人俳優に演じさせている。二人とも女王英語風英語をそれなりに操って聞こえたが、周りの純イギリス人俳優陣の英語とはやはり違う。この役までイギリス人が演ると、リアルになりすぎ嫌味だらけになるのか、かえって中途半端なリアルさになってしまうのか。いずれにしても、イギリス貴族人の鼻持ちならない尊大さをやわらげたか。本来はアメリカ人であるジョニー・デップに、アメリカ文化を下品だ野蛮だとくささせる二重にひねくれた構造も楽しい。  ただ、このキャラクターだと、イカモデルが破産でもして落ちぶれてくれた方が個人的には痛快。5
隠す
  
 
[002]サンブンノイチ
 軽いけど薄くない篭瀬山2015-02-01
 
 見た方に薦められて見たが、実に面白かった。うかつに語るとネタばれしそう系作品なので、観る前の方に面白さを伝えるのは難しいのだが、もっと話題になっていていい作品と思・・・
続きを読む
 見た方に薦められて見たが、実に面白かった。うかつに語るとネタばれしそう系作品なので、観る前の方に面白さを伝えるのは難しいのだが、もっと話題になっていていい作品と思う。  まず、映画として初体験的な面白さがあり、これが凄い訳だが、これは詳しく言えない。次に吉本のお笑いコントみたいな、テンポよく繰り出される言葉によって物語の進む、停滞しない面白さがある。  さらには、小出しにされる情報によって、キャラクターやその世界が立ち上がってくる。これは映画の面白さとしては基本的なものかと思うが、そういう基本がきちんとしている。  役者陣も皆好演。ぜひ観てみてみて。7
隠す
  
 
[003]ザ・コール [緊急通報指令室]
 ドジ篭瀬山2015-01-25
 
 主人公の緊急通報オペレーターは、高い職業意識を持つが、超人的なヒーローではなく、ある意味われわれと同じ、普通の社会人。対する犯人も、変な言い方だが、ある意味普通の・・・
続きを読む
 主人公の緊急通報オペレーターは、高い職業意識を持つが、超人的なヒーローではなく、ある意味われわれと同じ、普通の社会人。対する犯人も、変な言い方だが、ある意味普通の変質者で、行き当たりばったりに人を殺したりはするものの、警察に頭脳戦を挑み、神経戦を繰り広げるタイプではない。  したがって、映画に親しむ者にとって、物語は若干もどかしく進展する。  最終的には、そういう常人の知性、倫理、勇気に意義があるという作りになっており、小気味よい。とは言え、映画的に「なっている」なので、意見は分かれるかもしれない。7
隠す
  
 
[004]ジャッジ!
 いいはずない篭瀬山2014-01-13
 
 相談:「コンコン、コシコシ」言うCMの音楽が頭から離れず困っています。どうにかしてください。  仕事をバリバリこなすスーパーサラリーマンなんて存在が主人公だったら嫌・・・
続きを読む
 相談:「コンコン、コシコシ」言うCMの音楽が頭から離れず困っています。どうにかしてください。  仕事をバリバリこなすスーパーサラリーマンなんて存在が主人公だったら嫌だ。その点、本作は、肩の力を抜いてリラックスして楽しめる。笑いのキレも悪くない。  だがボンクラ主人公の仕事の上での無能さに対する映画の優しさが痛い。気を遣わせてしまってすみません、と感じる。こんな映画にしんみりと癒されていたら、人間として駄目だよなと、感じる。  癒すなら、気持ちよく癒して!(←違うと思う)5
隠す
  
 
[005]私の奴隷になりなさい
 奴隷介抱篭瀬山2013-12-30
 
 いみじくも「“ご主人さま”の週末は奴隷たちへの奉仕で忙しいのだ」てな科白があった。“奴隷”たちは“命令”により非常識な恥ずかしい思いをさせられるのだが、それによる快楽は・・・
続きを読む
 いみじくも「“ご主人さま”の週末は奴隷たちへの奉仕で忙しいのだ」てな科白があった。“奴隷”たちは“命令”により非常識な恥ずかしい思いをさせられるのだが、それによる快楽は一方的に奴隷たち自身が享受するという逆説。ご主人さまの性的快楽のために奴隷的に奉仕させられるというわけではない。ここまでの描写があって初めて壇蜜のラストの台詞、「~題名~」がまったく誤解なく受け入れられるのである。  だが、現代日本社会に生きる私たちは、タイトルを聞いた瞬間にほぼ誤解なく“そういう意味だろう”と受け止めてしまった。これは、奴隷という言葉の本来の意味を考えれば驚くべきことだ。でもそれが動かしがたい現代日本の現実である。  言葉づかいが特にそうだが、SMの人たちはやってることとは裏腹にきわめて礼儀正しいことに特徴がある。そこに日本でSM 文化の花咲く(?)秘訣があるのだろう。6
隠す
  
 
[006]恋と愛の測り方
 じらしっこ篭瀬山2012-07-09
 
登場人物の内面を、独白などは一切用いず表現。役者の表情、仕草、行動、そしてそれらを丹念にフォローするカメラワーク。これらで人間ドラマが構成されているところが、これぞ・・・
続きを読む
登場人物の内面を、独白などは一切用いず表現。役者の表情、仕草、行動、そしてそれらを丹念にフォローするカメラワーク。これらで人間ドラマが構成されているところが、これぞまさに映画という感じだ。だが夫婦の倦怠・すれ違いを描くのに、二人が同夜に同時進行で別の異性と「浮気」シチュエーションに直面という、ちょっとあり得ない設定なのは・・・。まあ、それによって描ける事柄、というものもあるのだ。一つはまず、ハラハラドキドキする。これは一体どこまで行くのだろう?という。また焦らし方が上手い。もう一つは、うーん、夫婦の関係というものは、歩みよって労りあって、一つ一つ積み重ねていくほかないのだな、とわかるところ。ラストの「これで終わるわけないよな」てな終わり方も、見てて違和感あったのだが、そう考えると納得がいく。7
隠す
  
 
[007]岸壁の母
 未帰還兵の消息篭瀬山2012-06-17
 
 母にとって、子は自分のものであり、同時に自分のものでない。本来こうした相克こそがドラマを形作る。本作は一方に偏りすぎなので、正直白けてしまう。ただ、こういうのが好・・・
続きを読む
 母にとって、子は自分のものであり、同時に自分のものでない。本来こうした相克こそがドラマを形作る。本作は一方に偏りすぎなので、正直白けてしまう。ただ、こういうのが好きな人に向けて作られているのは間違いなく、その点でどのレベルに達しているか、という話であろう。そこは私には分からない。冒頭の二葉百合子の絶唱には心を掻きむしられるものを感じた。主演の中村玉緒に関しては、ただ一生懸命なだけで、さほど情感を醸し出しているようには思えなかったが・・・。まあ、わかりません。4  映画とは離れるが、こういう物語を語り続けていくことは重要と思う。
隠す
  
 
[008]新宿マッド
 親父の台詞篭瀬山2008-03-16
 
 新宿を根城に革命ごっこに興ずる若者たちの自分勝手で頭でっちかちな台詞に、田舎(どこかは不明)で25年間(この作品は1970年制作だから、終戦後と重なる25年だ)郵・・・
続きを読む
 新宿を根城に革命ごっこに興ずる若者たちの自分勝手で頭でっちかちな台詞に、田舎(どこかは不明)で25年間(この作品は1970年制作だから、終戦後と重なる25年だ)郵便配達夫をしてきたという親父さんがその全人格から言葉を絞り出して応じる。この応酬の噛み合いそうで噛み合わない微妙な隙間がなんとも楽しい。別要素として登場する刑事たちとの遣り取りでもこの楽しさは味わえるが、後になると親父さんの方がむしろ刑事たちをあしらっていて小気味いい。なにより、こういうある種の茶番劇を真面目に演出する仕事振りがありがたい。邦画では、茶番に耐えきれずに自らおチャラケてしまう演出が圧倒的に多く、迫力ある笑劇には滅多にお目にかかれないからだ。  運動というものに固有なうさん臭さ、そして若者に特有な短絡さをあからさまに描くことが、当時の空気だったのか、先鋭的なものだったのか、パロディ的なものだったのか不明ながら(いま見るとパロディにしか見えないが)、この「革命」世代より10は年上で、まったく同調してたわけではない(と思われる)若松の、根っ子が垣間見えるようで面白い。6
隠す
  
 
[009]?
 (無題)篭瀬山2007-12-09
 【ネタバレ注意】
 1.死んだ姉の代わりに旅芸人の助手となる、という名目で1万リラで売り渡されたジェルソミーナ。身内と別れる辛さを湛えつつも、村の人に会うと「私、仕事するの。ローザ(・・・
続きを読む
 1.死んだ姉の代わりに旅芸人の助手となる、という名目で1万リラで売り渡されたジェルソミーナ。身内と別れる辛さを湛えつつも、村の人に会うと「私、仕事するの。ローザ(死んだ姉)みたいに歌と踊りをしながら全国を巡るの」と言い触れるジェルソミーナ。人の前では気丈に振る舞う、といことを知っていたのか、揺れ動く本心があったのか。  2.最初の晩、幌(荷台)の中に入れと言うザンパノに、「明日の晩から」と答えるが、強引に押し込まれてしまうジェルソミーナ。翌朝、まだ眠っているザンパノの横顔を眺めるジェルソミーナの表情は、画面が暗くてよくわからなかったものの、恥らいつつも幸福そうだった。  3.町の食堂で、知人に声をかけられたザンパノは、ジェルソミーナを「俺の女房だ」と紹介する。「嘘をつけ。新しい女だろ」と知人。すぐ別の女に声を掛けるザンパノの横で、彼女なりに<貞淑で控え目な妻>を演じているように見えるジェルソミーナ。  4.「ここで待っていろ」と言い置いて、バイクで女と出掛けてしまうザンパノ。翌朝になってもそこで待っていたジェルソミーナは、町外れの畑で男が寝ているという話を聞くと、町の人が親切でくれたスープにも手をつけずに、町外れへ走り出す。  5.バイクを運転するザンパノに、荷台から話しかけるジェルソミーナ。「あなた女遊びするのね。ローザのときもしたの? あなた悪い人ね」。「俺と一緒にいたければ、俺のすることに口出しするな」とザンパノから言われ、黙り込んでしまう。  人は、一人でいるから孤独を感じるのではない。ラストシーンで渚にうずくまり、嗚咽を漏らすザンパノの姿は、孤独という感情を持て余す男のそれだ。けもののような生き方をしてきた男は、自分のことしか考えてこなかった。彼は初めて他人という存在を知り、同時にそれを失ったことを知ったのだ。
隠す
  
 
[010]ボッスン・ナップ
 ヒモ篭瀬山2007-10-21
 
ピンプ(ヒモ)という商売の誇りと気概を謳った作品。ヒモにそんなもんあんのか?と思った人向け。主演の俳優が意図的かどうか分らないがくすんでさえない表情に沈むときがあっ・・・
続きを読む
ピンプ(ヒモ)という商売の誇りと気概を謳った作品。ヒモにそんなもんあんのか?と思った人向け。主演の俳優が意図的かどうか分らないがくすんでさえない表情に沈むときがあって、私なんかはそういう瞬間にこそ「わあ、まさにヒモの顔だあ」などと思ってしまうわけだが。6
隠す
  
 
[011]相棒 シティ・オブ・バイオレンス
 単純暴力篭瀬山2007-06-17
 
カンフー系(香港?)と刃物系(日本?)の融合した、殴り込み型バイオレンス映画。(血が)ドロドロ(セットが)グチャグチャを見せるのが主たる要素で、ストーリーは、ところ・・・
続きを読む
カンフー系(香港?)と刃物系(日本?)の融合した、殴り込み型バイオレンス映画。(血が)ドロドロ(セットが)グチャグチャを見せるのが主たる要素で、ストーリーは、ところどころに懐古を挿入する程度で、疑問を挟む余地なくまっしぐらに突き進む。ときどきこういう映画が見たくなります。
隠す
  
 
[012]高倉健
 バットを構えたボクサー篭瀬山2007-04-14
 
 私に映画ファンとしての<ものごころ>がついた頃、すでに高倉健は日本映画界の大物スターとして君臨していてた。実際にいぶし銀のような渋みを湛えて見せてくれたが、おじさ・・・
続きを読む
 私に映画ファンとしての<ものごころ>がついた頃、すでに高倉健は日本映画界の大物スターとして君臨していてた。実際にいぶし銀のような渋みを湛えて見せてくれたが、おじさんであることは隠しようもなかった。遡って彼の作品を見る機会があり、何本か見たが、そこでも変わらず重い貫禄を醸してみせてくれたものの、おじさんであることに変わりなかった。いつか、彼がもっと若くてブイブイ言わせてた頃の作品を見てみたいと思っていたのだが、それがいわゆる東映仁侠ヤクザ路線であると知ったのは、わりと最近、4、5年前のことである。  そこでの彼は、同路線を代表する脚本家・笠原和夫に言わせると「ボクサーが浴衣を着て、バットを提げてバッターボックスに立ったよう」であり、着流し姿が様にならない。笠原は、高倉の目つきの悪さ(三白眼)がかえって功を奏し、役柄に生まれた迫力が、彼をスターダムに押し上げたのだとも言う。笠原はむしろ、ヤクザ映画時代を彩った役者陣の中では鶴田浩二の狷介さに、自身の願望を投影していた。これはこれで時代の証言として無視しえないとは思う。だがしかし、現代人のわれわれには、その高倉の姿が格好良く思えてしまうのだからしょうがない。今に通じる時代の粋は、着流しの似合うなで肩日本男児・鶴田浩二にではなく、<バットを構えた三白眼ボクサー>高倉健に宿っている。  最近は歳のせいか激しい立ち回りを演じることはないが、高倉健という役者は、どんなに激しい動きの中でもその一挙手一投足が見事にキマッテいる。なにしろ一挙手一投足であるから、とても計算で出来るものとは思えない。言わば、天賦の才。「スター・高倉健」という表現はそういう感情の集大成である。キマッテいるのは殺陣のときばかりでなく、例えば膝詰めで談判するとき、畳の上をにじり寄っていく、そのステテコ越しに浮かぶ膝っ小僧の形までもがイイ。そう思わせる何かがこの人にはある。彼は「スターへの憧憬」という感情を投影したくなる空虚さを演出できるのだ。他にこんな人はいない。  今は、日本映画界が誇る大スター・高倉健に心からこう言える。カッコイイ。
隠す
  
 
[013]バブルへGO!! タイムマシンはドラム式
 懲りない篭瀬山2007-03-11
 
地方都市に住んでいると、東京で起きたようなバブルはココでは起きなかったんじゃないか、と思える。しょせん、国中の富を吸い上げて集中して投下するという、中央集権の効率的・・・
続きを読む
地方都市に住んでいると、東京で起きたようなバブルはココでは起きなかったんじゃないか、と思える。しょせん、国中の富を吸い上げて集中して投下するという、中央集権の効率的なシステムが咲かせた徒花なんじゃないか、と。だからラスト・シーンなどで架想の<もっと発展しえていた東京>の図なんか見せられると、正直言って「まだ懲りないのか」という感じになる。が、そこまで深く考える必要のない映画だろう。この種の無責任さ、あるいは広い視野で深く考えることの放棄、もしくは目先の課題を追求するだけで良しとする、不安の正体に立ち向かおうとしない惰弱さ、こういったものがこの映画の真髄だと思う。だがそれでも、皆その時代はそれなりに懸命に生きていたのだ、ということだけは否定できない。7
隠す
  
 
[014]ドリームガールズ
 食傷篭瀬山2007-03-10
 
全編おんなじような楽曲ばかりが休みなく続くので、途中で耳が疲れてきてなあ。特にエフィ(ジェニファー・ハドソン)の絶叫なあ・・・。上手いことは上手いんだろうが、変化が・・・
続きを読む
全編おんなじような楽曲ばかりが休みなく続くので、途中で耳が疲れてきてなあ。特にエフィ(ジェニファー・ハドソン)の絶叫なあ・・・。上手いことは上手いんだろうが、変化がない・・・。どなたかもおっしゃってたが、劇場で静かに座って観る映画ではないような・・・5
隠す
  
 
[015]チャップリンの殺人狂時代
 死刑!篭瀬山2007-03-06
 
ギャグはビシバシ決まるし、サスペンスがある。ところどころ旧型のチャップリン式コメディも見受けられるが、むしろ愛嬌として使うところが巧い。初めてチャップリンがトーキー・・・
続きを読む
ギャグはビシバシ決まるし、サスペンスがある。ところどころ旧型のチャップリン式コメディも見受けられるが、むしろ愛嬌として使うところが巧い。初めてチャップリンがトーキーという技法を自家薬籠中の物とした、と言えるのではないか。裁判以降が最も話題に上るが、全体からみればあっさり描かれており、ほとんど物語の余韻として流れていく。私の肉体は裁きえても、精神までは裁きえない。フランスの死刑廃止は1981年だから直接因果関係があったとは言えないが、人が人を殺めることの愚かしさをこの作品が訴えたのだとすれば、影響を与えたとは言えるか。8
隠す
  
 
[016]チャップリンの独裁者
 あの地球儀が欲しい篭瀬山2007-03-06
 
20年ぶりに見て笑えなくなっていたのは、口述とタイプの不自然なギャップのシーン、赤絨毯を敷くためにホームを右往左往するシーン、ヒンケルとナポロニが床屋式の椅子の高さ・・・
続きを読む
20年ぶりに見て笑えなくなっていたのは、口述とタイプの不自然なギャップのシーン、赤絨毯を敷くためにホームを右往左往するシーン、ヒンケルとナポロニが床屋式の椅子の高さを競うシーン、など。相変わらず可笑しかったのは、ハナモゲラ・ドイツ語の演説シーン。風船の地球儀と戯れるシーンは、幻想的で、かつ不気味でもあり、あらためて映画史に残る名場面と感動した。だがこの作品の素晴らしさは、やはり映画の外側にあるのではないか。すなわち、「独裁者」の危険性をいちはやく嗅ぎ当て、自由と民主主義の敵と警鐘を発した、その感性と勇気に。歴史に刻まれるかもしれない映画なんて、ちょっとないよね、ほかに。7
隠す
  
 
[017]モダン・タイムス
 まだトーキーに慣れてない?篭瀬山2007-03-06
 
チャップリン初のトーキー。今回、順を追って見てきたせいか、チャーリーが初めて喋ることへの期待感・緊張感は共有できた。またそれがいわゆるハナモゲラ語であることも大いに・・・
続きを読む
チャップリン初のトーキー。今回、順を追って見てきたせいか、チャーリーが初めて喋ることへの期待感・緊張感は共有できた。またそれがいわゆるハナモゲラ語であることも大いに納得した且つ芸として楽しんだ。だが、どうもギャグの切れが悪い(ように思う)。メッセージははっきりしているのだが、それが前面に出すぎてギャグとしての味わいを妨げているのかもしれない。しかし、(有名な)巨大な歯車に巻き込まれるシーンなんか、意図はわかるが全然おもしろくない。面白くなければ風刺にはならないわけで、これなら文章で「現代人の生活様式は工場の巨大な歯車に巻き込まれているかのようだ」と読むほうがマシだ。『街の灯』でからくり人形に扮して警官の目を欺くシーンなんかの方がはるかに面白いし、少なくとも動きにキレがある。もちろん、なんの憂いもなく笑えるシーンもたくさんあった(ぺっちゃんこになった懐中時計とか)から、まだトーキーに馴染んでないのだ、としておこう。6
隠す
  
 
[018]街の灯
 映画篭瀬山2007-03-04
 
 サイレント映画の最高峰(実際にはサウンド映画だったそうだが)。基本的にシーンとシーンでエピソードが綴られ、それによって物語の全体が構成されていく。台詞(字幕)もあ・・・
続きを読む
 サイレント映画の最高峰(実際にはサウンド映画だったそうだが)。基本的にシーンとシーンでエピソードが綴られ、それによって物語の全体が構成されていく。台詞(字幕)もあるが、ほとんど添え物というか、むしろ映画のリズムを調整し、場面の展開を図るために使われている。ギャグの切れも一つ一つが絶好調だが、これですらストーリー的な構成を持たせているところが凄い。一筋縄を許さないラスト・シーンの解釈も、きちんと伏線が張ってあればこそだ。構成、というのは例えばこのラストシーンだが、字幕3枚の挿入が物語の時間的進行をその都度止め、余韻を産んでいる。そこには、普通にトーキーで語られたとしたら産まれ得ないような効果が表れているだろう。  その後映画には音声がつき、色彩を獲得し、画面が横に広がり、さまざまな撮影技術を持つに至るが、それらが一定の効果を保証したとしても、その特性を遺憾なく発揮させた映画というものは、滅多に出ていない。という意味で、この作品はジャンルを越え、すべての映画の中でも最高峰の一つだろう。  チャーリーの姿を久々に見て喜ぶ、新聞売り少年たちの表情一つとっても素晴らしい。10
隠す
  
 
[019]巴里の女性
 字幕がうるさい篭瀬山2007-03-04
 
 チャップリン映画サイレント初期の名花、エドナ・パーヴィアンスの単独主演作。チャップリンとしてはこの作品で彼女をスターにするつもりだったという。残念ながらエドナにと・・・
続きを読む
 チャップリン映画サイレント初期の名花、エドナ・パーヴィアンスの単独主演作。チャップリンとしてはこの作品で彼女をスターにするつもりだったという。残念ながらエドナにとって、これがほぼ最後の出演作となった。もっともこの作品が評判をとっていたら、チャップリンは喜劇に復帰しなかったもしれないわけで、そうなると映画史は変わっていただろうから複雑だ。  『オーケストラの少女』でディアナ・ダービンの父親役を演っていたアドルフ・マンジューが若く、ニヒルな優男を好演しているなど、見所もたくさんあるが、いかんせん話がくだらない。パリの金満階級(?)のドンチャン騒ぎ的享楽生活に、少しは憧れるみたいな気持ちを持ち得ないと話が成立しないのだが、絵空事にしか見えない。マリー(エドナ)には、自己に対する嫌悪感か、他者に対するしたたかさの、どちらかもう少しあってほしい。またこの当時はトーキーという選択肢はなかったのだからいたしかたないことでもあるが、台詞が多く字幕の割り込みが頻繁なのもサイレント映画としてはやりすぎ。4
隠す
  
 
[020]犬の生活
 立派な犯罪篭瀬山2007-03-04
 
悲惨な境遇にユーモアの要素を見出し、笑いに溢れた環境に変えてしまうという、チャップリンの面目躍如の秀作。とはいえこのあたりまでだと殴ったり殴られたりのどぎついパント・・・
続きを読む
悲惨な境遇にユーモアの要素を見出し、笑いに溢れた環境に変えてしまうという、チャップリンの面目躍如の秀作。とはいえこのあたりまでだと殴ったり殴られたりのどぎついパントマイムも結構見受けられる。特に屋台で黙ってソーセージを食べてしまう(食べきってしまう)シーンなんか、立派な犯罪じゃないかー!という気持ちになるが、チャップリンの作品では無銭飲食は犯罪のうちに入らないみたいだ。個人的に、寂しげな表情で歌を歌ったり、(なぜか)チャーリーの気を引こうとして全身でウィンクしてたりする、この作品でのエドナ・パーヴィアンスが一番可愛いと思っている。7
隠す
  
 
[021]サーカス
 弱者の品格篭瀬山2007-03-04
 
チャーリーがサーカスの女の子を好きになってしまい、気を引こうと奮闘するが、その子が別の男に恋をしていると知ると(切ない)、今度はその恋の成就のために奔走するという、・・・
続きを読む
チャーリーがサーカスの女の子を好きになってしまい、気を引こうと奮闘するが、その子が別の男に恋をしていると知ると(切ない)、今度はその恋の成就のために奔走するという、日本で言えば寅さんみたいな話。もちろん笑いもたっぷりとある。私が好きなのは、命綱なしで綱渡りをしているチャーリーに絡みつく猿とか、檻の中で突如チャーリーを威嚇するライオンとか、チャーリーを見ると走って追いかけてくるロバ(?)とか。だがそういったシーンの中から、彼の懸命さや、やるせなさ、そしてモラルの高潔さ(というかやせ我慢)を引き出してくるのがとても上手な作品で、そこに感動した。7 ※ちなみにレックスが途中で姿を消すのは、パンフによると、団長に少女との結婚を反対され、飛び出したのだそうです。なるほど、と納得は出来ますが、私も見ててちっとも分かりませんでした・・・
隠す
  
 
[022]チャップリンの黄金狂時代
 結構残酷篭瀬山2007-03-03
 
 スラップスティック的な面白さは相変わらずふんだん。<靴のディナー>や<フォーク・ダンス>等、映画史に残る印象的シーンも豊富。だがチャップリン史的にいうと、普遍的主・・・
続きを読む
 スラップスティック的な面白さは相変わらずふんだん。<靴のディナー>や<フォーク・ダンス>等、映画史に残る印象的シーンも豊富。だがチャップリン史的にいうと、普遍的主人公であるtrampつまり放浪者の、その内面なかんずく彼の抱える孤独感に、初めて踏み込んだ作品であると言えるか(結構残酷)。一応(とってつけたような)ハッピー・エンディングを向かえ、やっぱ映画はこうでなくちゃね、と思わされるわけだが、必ずしもそうでない次作『サーカス』と比べても意味深い。  1920年代的な女性美の基準を体現したような(勝手なイメージだが)ヴァージニア・ヘイルがいい。8
隠す
  
 
[023]チャップリンのゴルフ狂時代
 震える肩篭瀬山2007-03-03
 
 原題”Idle Class”は言わば有閑階級という意味か。働いてないという点ではチャップリンの放浪者も一緒だ、ということで、上流社会のスポーツであった(?)ゴルフを放浪者にや・・・
続きを読む
 原題”Idle Class”は言わば有閑階級という意味か。働いてないという点ではチャップリンの放浪者も一緒だ、ということで、上流社会のスポーツであった(?)ゴルフを放浪者にやらせてみたら・・・、というアイデアがすべてな作品。汽車の到着という映画史的なモチーフから始まるが、いきなり思いもよらぬところから放浪者が出てきて爆笑(前にも見てるけど)。話の統合力には欠けるが、個々のシーンはすこぶる楽しめる。後の『サーカス』なんかではあらゆるアクションをスタントなしでチャップリン自身がこなしている。この作品の甲冑の中の人も実際に本人だったんだろうか(仕草は楽しい)。ラストで上流紳士のケツを蹴っ飛ばす放浪者の姿に、当時のチャップリン(とチャップリン映画)の立ち位置がうかがえて面白い。  チャップリンの一人二役は後に名作『独裁者』へ発展する(?)が、二役が同時に一画面に収まるのはこちらだけなので、技術的にはこちらの方が上と言えるかもしれない(わけないか)。7
隠す
  
 
[024]キッド
 お巡りさんご苦労様篭瀬山2007-03-03
 
 無銭飲食をしたり、仕事の詐欺が成功しそうになったりすると、必ず警ら中の警官に見咎められ、それを誤魔化したり、逃げ出したりする、という行為がチャップリン作品では必須・・・
続きを読む
 無銭飲食をしたり、仕事の詐欺が成功しそうになったりすると、必ず警ら中の警官に見咎められ、それを誤魔化したり、逃げ出したりする、という行為がチャップリン作品では必須のギャグになっている。つまりチャップリン作品における警官は場面を展開させる重要な脇役であって、街中いたるところを徘徊している。これはチャップリンが映画を撮ったアメリカというよりは、故郷ロンドンの日常的な情景(の誇張)なのだと思うが、通りに面した2階の窓からゴミが投げ捨てられるこの作品(赤ん坊も?という感じで上を見上げる行為がおかしい)は、まさに話に聞く昔のロンドン下町という感じか。このささやかな愛情が育まれる物語の舞台として、なんとも適切な街並みなのだ。  ジャッキー・クーガンがとにかく愛らしい。姿かたちもそうだが、チャップリン的スラップスティックな動作をすっかり体得しているところが凄い。これらを見ると、チャップリンの作品には仕草のおかしさ、それらを絵としてみたときの形のおかしさがまずある、ということに気づく。9  ラストの展開に何か不自然なところがあったろうか。わからない。
隠す
  
 
[025]担え銃
 チャップリンは最高篭瀬山2007-03-03
 【ネタバレ注意】
 TV放映を撮ったビデオで繰り返し見たが、劇場では初めて。やっぱいい。塹壕内の兵隊生活という悲惨な環境も、彼の手にかかると笑いの要素に満ち溢れて見える。というか、満・・・
続きを読む
 TV放映を撮ったビデオで繰り返し見たが、劇場では初めて。やっぱいい。塹壕内の兵隊生活という悲惨な環境も、彼の手にかかると笑いの要素に満ち溢れて見える。というか、満ち溢れてしか見えない。これを彼の反戦思想の現れとか、戦争風刺と見ることも不可能ではないと思うが、そんな回りくどい見方をする必要はなかろう。純粋に、戦争という素材から笑いを引き出すことを、彼自身が楽しんでいるだけ。ギャップがあればあるほど笑いは生まれるのだ。物語りも、一番駄目な奴が結局一番の英雄になるという、社会のごく初歩的な欲望を反映しているにすぎない。  ところで、夢落ちだった記憶がなく意外に思ったのだが、よくよく考えたら、昔撮ったビデオはラストの数十秒を誤って消してしまってたことを思い出した・・・8
隠す
  
 
[026]ライムライト
 チャップリンの弟子たち篭瀬山2007-03-02
 【ネタバレ注意】
『モダンタイムス』で資本主義制度に潜む非人間性を批判したチャップリンだが、ここでは欲望を肯定し意志を否定する。人生に意味を求め自殺を試みたテリー(クレア・ブルーム)・・・
続きを読む
『モダンタイムス』で資本主義制度に潜む非人間性を批判したチャップリンだが、ここでは欲望を肯定し意志を否定する。人生に意味を求め自殺を試みたテリー(クレア・ブルーム)を慰めるため、人生に意味などない、あるのは欲望だけだと断言するカルヴェロ(チャプリン)。薔薇は薔薇であろうとする故に、石は石であろうとする故に、そう存在する。そのメッセージ性とは別に、彼がそこで見せるパフォーマンスは(瞬間的なものだが)最高におかしいし、その直後に見せる「盆栽」(Japanese Tree)の仕草は至高でもあるのだが、要するに。人間は欲望のためのみに生くるにあらず、無意識のうちにも意味を求める存在だからこそ苦悩する、ということが彼の認識からはこぼれ落ちている。したがって、何が正しく何が間違っているかを彼(チャプリン)に教えてやれる友人がいなかった、という指摘はその意味で的確だと思うが。彼自身の無意識下では、道化師の死という結末からも、それを理解する心性があったことはうかがえる。問題は、それ(間違った認識)を引き受ける存在がいたことだと思う。この映画で言えばテリーがそれ。7
隠す
  
 
[027]幸福な食卓
 切磋琢磨篭瀬山2007-02-07
 
素晴らしい。今世紀に見た同時代の邦画で最高だ。突然こんな映画が出てくるわけない。私は、これまで如何に多くの邦画を見逃してきたのかと、今、恥じている。とりあえずそれだ・・・
続きを読む
素晴らしい。今世紀に見た同時代の邦画で最高だ。突然こんな映画が出てくるわけない。私は、これまで如何に多くの邦画を見逃してきたのかと、今、恥じている。とりあえずそれだけ言っておく。
隠す
  
 
[028]めぐみ-引き裂かれた家族の30年
 涙する時間篭瀬山2007-02-04
 
 確かに、日本で報道に接していれば、まったく新しい情報みたいなものは、ここにはない。肉親を奪われた家族の心情に寄り添って描かれるので、拉致問題を全体的に振り返る意図・・・
続きを読む
 確かに、日本で報道に接していれば、まったく新しい情報みたいなものは、ここにはない。肉親を奪われた家族の心情に寄り添って描かれるので、拉致問題を全体的に振り返る意図にも、そぐわない。金政権に対する怒りはあらためてこみ上げるが、これは、拉致や核の報道に接する度に起きる。またそれは、それまでの人生を理不尽に奪われた被害者や、肉親を奪われた悲しみに沈む家族の思いはいかばかりかという、まさにこの映画で描かれる問題を思えばこそである。だが、ここまで考えて、私が実際に彼ら彼女らの境遇に思いを致し、涙を流したのは、劇場の椅子に座ってスクリーン上の明滅を眺めていたこの時間が初めてである、と気づいた。  それで家族らの心情が理解できたとか言うつもりはない。この問題にずっと無関心でいた自分、今でもときにしか思いを馳せない自分の咎が減免されるとも思わない。だが、一人でも多くの人がこの犯罪を知り、その被害を思ってくれれば、その思いの集積は必ず現実の世界で事態を動かす力となるだろう、と思ったことだ。6
隠す
  
 
[029]現代好色伝 テロルの季節
 裏山C篭瀬山2007-02-02
 
 正直言って、劇的なことはほとんど起きないのだが、<何かが起こりそう>という緊張感で場面を紡いでいくのが芽茶苦茶上手い。刑事という人種の、独特な下司な臭みと、ある種・・・
続きを読む
 正直言って、劇的なことはほとんど起きないのだが、<何かが起こりそう>という緊張感で場面を紡いでいくのが芽茶苦茶上手い。刑事という人種の、独特な下司な臭みと、ある種の真面目さ、そして月給取り的な<やる気>と<やる気のなさ>を描きながら、彼らの感じている徒労感が確実に伝わってくる。  かつ、エロい。男一人に女二人という、いわゆる3P状態を描くわけだが、女性二人が決して飛び抜けた美人というわけではないものの、街にいれば目を引かずにはいられないといった可愛さで、そのギャップというか、いやその自然に湛えたエロスというか、男と絡んだときの、いや二人が絡んだときの男の邪魔さというか(何を言っているのだ俺は)、とにかくエロい。しっかりエロい。  ちなみに(誤魔)この「男」(吉沢健)、たけしの『その男、凶暴につき』で悪徳組織のナンバー2だった人だね(岸部一徳の下にいた人)、だいぶ若いけど。6
隠す
  
 
[030]胎児が密猟するとき
 松明篭瀬山2007-02-02
 
 松明を照らしてずんずん突き進む探検隊長・若松孝二の後ろから、人間の内面という洞窟の深奥を垣間見せてもらうような楽しみがある。この男(若松)の度胸のよさというか、自・・・
続きを読む
 松明を照らしてずんずん突き進む探検隊長・若松孝二の後ろから、人間の内面という洞窟の深奥を垣間見せてもらうような楽しみがある。この男(若松)の度胸のよさというか、自分に対するタブーのなさに、ほとほと感心した。女性に対する自分勝手な妄想と復讐心が渦巻く男の幼児性を、見事に照らし出しているのだ。そして、それを部分的に容認してしまう社会の放漫をも。なぜなら、社会は表面を取り繕うことに精一杯で、誰も中を覗こうとしないから。また、騙されやすい<馬鹿な女>として登場する被害女性が、いまどきの自分探し的ひ弱さを持たないところも頼もしかった。  若松は映像技巧が下手だとか言われるらしいが、そんなことはない。才気走っているのはもちろん、試行錯誤的な不安定さがなく、とても安定しているところに特徴があると思う。もっとも、自転車が走る理屈と同じで、安定して見えるのは勢いがあるからか、とは思わないでもない。6
隠す
  
 
 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11次へ
 
 



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION