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 「4531731」さんのコメント一覧 登録数(979件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]映画と恋とウディ・アレン
 芸術45317312017-07-11
 
ウディの映画はやはり初期が最高だ。しかし、途中で「芸術」にこだわりはじめてからあまり見なくなった。このドキュでもウディは芸術にこだわり、初期の笑いを否定しているよう・・・
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ウディの映画はやはり初期が最高だ。しかし、途中で「芸術」にこだわりはじめてからあまり見なくなった。このドキュでもウディは芸術にこだわり、初期の笑いを否定しているようだった。だが、彼のお笑いは十分芸術的だった。単なるジョーク、ギャグでも、その道を極めて、達人になれば、それはもう芸術だろ。それが初期のウディだった。 チャップリンと同様に、笑いが伴うだけで、ウディの優れた観察眼は十分芸術家のそれだった。あまりにベルイマンに心酔しているのか、芸術の型にこだわらなくてもいいのに、と思った。逆に、ウディほどの完璧な才人でも隣の芝生が青く見えるもんなんだな、と。まあ、そういう点は人間臭くて逆に良いのかもしれない。
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[002]バロウズの妻
 まあまあ45317312017-06-24
 
コートニー・ラブの芝居に興味あったし、「ディックの奇妙な日々」のゲイリー・ワルコウの監督作と言うことで借りた。すると、ゲイ映画だった。きもい。しかし、アレン・ギンズ・・・
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コートニー・ラブの芝居に興味あったし、「ディックの奇妙な日々」のゲイリー・ワルコウの監督作と言うことで借りた。すると、ゲイ映画だった。きもい。しかし、アレン・ギンズバーグはいいやつだ。正しい人なんだな。
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[003]私の10年の秘密
 良い45317312017-05-18
 
美しいソン・ユリ、イ・ジンが競演し、話も展開も最高におもしろい。利発な子役が肝となっていて、主演俳優は一本気な主人公を好演し、脇役の人たちも個性的で楽しめた。イ・ジ・・・
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美しいソン・ユリ、イ・ジンが競演し、話も展開も最高におもしろい。利発な子役が肝となっていて、主演俳優は一本気な主人公を好演し、脇役の人たちも個性的で楽しめた。イ・ジンは傑作ドラマ「輝くロマンス」を見たばかりだったが、ここでも良かったし、ソン・ユリはこれまた傑作ドラマ「千年の愛」以来だったが、やはりよかった。 ところで、韓国ドラマでは、悪役はだいたい「ああいう風」に終わりますw でも、ああいう末路が丸く収まって一番無難なんだろうな。頻繁にああいう末路を用意しても観客が飽きないように、悪役は、もっと悪辣に更に悪辣にという演出に終始するんだろうな。
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[004]ル・ディヴォース/パリに恋して
 おはつ45317312017-05-18
 
ジェイムズ・アイヴォリーの映画はお初である。地味で取っ掛かりがないので今まで敬遠してきたのだ。だが、おしゃれな中に陰と陽の話法が導入された人間ドラマで、伝統的な映画・・・
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ジェイムズ・アイヴォリーの映画はお初である。地味で取っ掛かりがないので今まで敬遠してきたのだ。だが、おしゃれな中に陰と陽の話法が導入された人間ドラマで、伝統的な映画言語が堪能できた。
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[005]天使とデート
 う〜ん45317312017-05-18
 
フィービー姉さんの扱いがひどいので印象が悪い。エマニュエル・ベアールは美しかったが、話が軽すぎる。
  
 
[006]ポゼッション
 おはつ45317312017-05-18
 
今まで数千本の映画を見てきたにも拘らず、今回、初めてズラウスキの映画を見た。高校生のころからズラウスキの名は知っていたが、雑誌で紹介を見るとエロが売りなだけの軽い映・・・
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今まで数千本の映画を見てきたにも拘らず、今回、初めてズラウスキの映画を見た。高校生のころからズラウスキの名は知っていたが、雑誌で紹介を見るとエロが売りなだけの軽い映画だと思って敬遠していた。しかし、何かの本で結構異常な作風だということを知り、遅ればせながら拝見した(そういえばポーランド出身だし)。 美と醜の両極を往来するイザベル・アジャーニの役者根性、勢いで見せる前衛的な展開に熱意を感じたし、陰と陽の語りも導入されていて深みがあった。昔の映画は良かったなあ、意外性、独創性、映画に対する愛情があったな、としみじみ(CGとマーケットリサーチに汚染された映画と比べて)。
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[007]マップ・トゥ・ザ・スターズ
 滅ぶ為に生まれた45317312017-05-18
 
滅ぶ為に生まれた主人公たち。最近のゴミのようなアメリカ映画群の中にあって詩的。クローネンバーグというよりは脚本家の映画。完成度は高くないが、語られない物語を語ろうと・・・
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滅ぶ為に生まれた主人公たち。最近のゴミのようなアメリカ映画群の中にあって詩的。クローネンバーグというよりは脚本家の映画。完成度は高くないが、語られない物語を語ろうとしている点に好感がもてる。ただ、2ヶ所のCGが全てをご破算にした。もったいない。
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[008]ダリオ・アルジェントのドラキュラ
 ハイテク至上主義に終焉を45317312016-12-29
 
最近の巨匠の映画はひどい。老齢か?それとも映画を活かすべきハイテクの進歩が巨匠、スタッフの想像力を殺してるのか?アルジェントだけでなく、トビー・フーパーの巨大ワニの・・・
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最近の巨匠の映画はひどい。老齢か?それとも映画を活かすべきハイテクの進歩が巨匠、スタッフの想像力を殺してるのか?アルジェントだけでなく、トビー・フーパーの巨大ワニのやつもひどかった。なぜ彼らのような巨匠がこんなチャチな映画を作るのか?考えてみたが、往年の名作をモノにした作家らはCG、デジタルを嫌っているのじゃないか? だが、映画の作り手だけで巨大企業が築いたデジタル賛美という、巨大な世の中の潮流に立ちむかうのは困難だ。大勢の味方が欲しい。そのために、ワザとチャチな映画を撮って映画ファンに訴えているのだ。「こんな薄っぺらなCGなんかいいと思うか?なあ、みんな?」と。巨匠たちは映画を愛するファンたちが立ち上がるのを待っているのだ。俺は無理だが。
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[009]輝くロマンス
 すごい45317312016-10-23
 
キムジプサが怖い。シャイニングのジャック・ニコルソンや時計仕掛けのオレンジのマルコム・マクドウェル、ミザリーのキャシー・ベイツを超える怖さ。あの女優の迫真の演技のお・・・
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キムジプサが怖い。シャイニングのジャック・ニコルソンや時計仕掛けのオレンジのマルコム・マクドウェル、ミザリーのキャシー・ベイツを超える怖さ。あの女優の迫真の演技のおかげで他の俳優もみな演じやすかっただろう。カレーは飲み物といった人がいたが、このドラマこそ飲み物みたいだ。視聴するのではなく、ごくごく飲み干す感じ。長いドラマだが、あっちゅうまに終了した。名作の特徴で冒頭は複線張りに費やしている。基本的に複数のヒロインたちの出生の秘密をひっぱりにひっぱり、そこにヒロインの周囲の男たちや家族が全員で絡んでいく。途中からすごい複雑になり、こっちが心配になるほどだったが、キムジプサが「何かややこしくなってきたわね」と言っていた。これは脚本家、監督の本音の吐露だろうw
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[010]忘れられた人々
 古典45317312015-11-15
 
重く横たわる、魂を失った身体のような廃墟。その廃墟から分裂した浮浪児たちは血や肉から解放された反乱・混乱・無秩序である。かつて人間の一部を構成していたが、機能するこ・・・
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重く横たわる、魂を失った身体のような廃墟。その廃墟から分裂した浮浪児たちは血や肉から解放された反乱・混乱・無秩序である。かつて人間の一部を構成していたが、機能することを忘れていた臓器だ。ブニュエルの外科手術は、文明という肉の深部に沈められた反乱という形のない臓器を抉り出す。友人を殺したり友人の母親と寝る人でなしのハイポだが、彼もじつは、ぼくらと同じ夢を見ていただけだということを、ぼくらは知るのだ。 本場メキシコのDVDの特典がおもしろかった。ラストでペドロとハイボがもみあいハイボが高い所から落ちて死んでしまうのだ。そしてペドロがハイボに盗られた金を取り返して少年院に帰るとこで終わる。これがラストじゃなくてよかった。
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[011]自由の幻想
 ひとつだけの答えを信じることの危険45317312015-11-15
 
ひとつだけの答えを信じるということ。それは想像力を阻害し、それを目的としている人々を守る城壁となる。見ていないから存在しないのか?知らないから存在しないのか?誰も見・・・
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ひとつだけの答えを信じるということ。それは想像力を阻害し、それを目的としている人々を守る城壁となる。見ていないから存在しないのか?知らないから存在しないのか?誰も見ていないからその答えは不正解なのだろうか?権威はウソを真実に変える力を持つ。つまり、信じていたひとつの答えが不正解だった場合、その答えを信じていた者は全員で共倒れすることになる。ブニュエルは詩人の職務として、その危険から人々を救おうとしているわけだ。 ひとつの答えだけを求める庶民の愚かさ。娘が目の前にいても「あなたの娘がいない」と警察にいわれればそれを信じる両親。だが、警察を信じなければ娘がいなくなることもないのだ。目の前にいるのだから。たとえ、目の前に正解があってもそれを正解と認めることができない。そんな愚かな人々をあざける挑戦的な笑いがここにはある。警視総監が2人いてもいいのならクーデターも起きない。権力争いも起きないという皮肉。人々が倒れるのは狙撃者がいるからだろうか?それとも、狙撃者がいないのであれば、銃声は声にならない人々の心の叫びだろうか?
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[012]和解せず
 本物の俳優はいないが本物の人間はいる45317312015-11-15
 
出演者はプロの俳優ではない。しかし、ホンモノの人間である。ユイレとストローブにとってはそれで充分なのだろう。素人の俳優には顔と身体はあるが、名前は無い。つまり、誰で・・・
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出演者はプロの俳優ではない。しかし、ホンモノの人間である。ユイレとストローブにとってはそれで充分なのだろう。素人の俳優には顔と身体はあるが、名前は無い。つまり、誰でもない彼らはぼくら自身でもあるのだ。商業映画が求める製作姿勢を完全に放棄しているため、ユイレとストローブの画面は、現実が持つテクスチャーに肉迫している。ストーリーテリングや過去の再現に留まらない、現実を記録するだけのドキュメンタリーでもない。映画制作でしか生まれない瞬間を捉えることが2人の目的だろう。
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[013]アルタード・ステーツ/未知への挑戦
 まあまあ45317312015-11-15
 
けっこう荒唐無稽なアドベンチャー。高校のころ見たときは感動したが。サルの解釈や造型に問題ありw 演出や見せ方、音楽のこだわりはラッセルらしい。幻覚のシーンもゴシック・・・
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けっこう荒唐無稽なアドベンチャー。高校のころ見たときは感動したが。サルの解釈や造型に問題ありw 演出や見せ方、音楽のこだわりはラッセルらしい。幻覚のシーンもゴシックや白蛇伝説につながっている。
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[014]恐怖分子
 台湾の空気45317312015-11-15
 
人は、憧れの人物に自分のファンタジーを勝手に重ね合わせる。人は「自分が尊敬しているのだから、彼/彼女は自分とは違って人にはない力がある」「これだけたくさんの人に慕わ・・・
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人は、憧れの人物に自分のファンタジーを勝手に重ね合わせる。人は「自分が尊敬しているのだから、彼/彼女は自分とは違って人にはない力がある」「これだけたくさんの人に慕われているのだから、彼/彼女は喜んでいるはずだ」と信じて疑わない。だが、その無敵と信じていた憧れの対象が、じつは自分と同じで「ただの苦悩する人間でしかない」という事実を知ったときの苦悩。エドワード・ヤンはこの人々の苦悩に、貧民街に響く乾いた銃声を重ね合わせている。人が羨む賛美。だが、それも時にはあざけりと同じく、差別・無理解でしかないことがある。ブンブンうなる扇風機、風になびくカーテンが端正な画面を通して南国台湾の熱を伝えている。
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[015]ファウスト
 楽屋で演じる劇45317312015-11-15
 
人生が演じられることがない廃墟で人形に生命を与えるシュバンクマイエル。予め虚構であることを隠さない点が浄瑠璃に通じる。人物も人形も書き割りも小道具も、みな同等に扱わ・・・
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人生が演じられることがない廃墟で人形に生命を与えるシュバンクマイエル。予め虚構であることを隠さない点が浄瑠璃に通じる。人物も人形も書き割りも小道具も、みな同等に扱われている。シュバンクマイエルの人物や人形は、舞台だけでなく、楽屋や客席、公道でも演じる。彼は現実の構築を試みているのだ。公道で俳優に演出を加え、人形を動かすシュバンクマイエル。彼にとっては全てが虚構だが、公道の道行く人々にっては、それはまぎれもない現実なのだ。彼らは悪魔を目撃しているのだ。そして、舞台の上で鳴らしたトタンの雷が森の中で轟く。これこそ、シュルレアリズムの醍醐味である。無愛想な人形、単調な間と展開、すべてが魔術的である。
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[016]秋日和
 小津は2つ以上の目を持つ45317312015-11-15
 
近い人ほど遠く、遠い人ほど近い。これが小津が終生追求した研究テーマである。当時にも結婚に前向きでない人々がいたが、小津はそういう人々の内面に肉薄している。しかして、・・・
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近い人ほど遠く、遠い人ほど近い。これが小津が終生追求した研究テーマである。当時にも結婚に前向きでない人々がいたが、小津はそういう人々の内面に肉薄している。しかして、それらの分析は当時の日本社会や市民の日常生活に対する批判となっている。ヒロインあやは国家から与えられた「幸せな家族」というファンタジーを必死で演じようとしている。その「完全なファンタジー」を汚されると怒りをぶちまける。この一件で小津は、あやの亡き父親の人となり、そして父親と家族の関係が希薄であったことを静かに指摘する。世界中の芸術家に影響を与えた卓越した映画言語のひとつである。「秋日和」というタイトルは、和やかで穏やかなイメージを想起させる。だが、この作品の核には、当時の日本社会(民主主義、資本主義)が内包していた問題の暴露がある。と、日本の行く末を案じている小津だが、一方では、怒るあやをたしなめる友人のゆりこに希望を見ている。
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[017]シャイニング
 いい45317312015-11-15
 
家族が崩壊する映画ではなく、家族が崩壊していたことに気付く映画である。これが一番怖い、キューブリックは崩壊している家族のお互いの隔たり、彼らが隠そうとしている見えな・・・
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家族が崩壊する映画ではなく、家族が崩壊していたことに気付く映画である。これが一番怖い、キューブリックは崩壊している家族のお互いの隔たり、彼らが隠そうとしている見えない距離を可視化するために、巨大なホテルのセットを用意した。このホテルに住むことで、家族が離れ離れになっているということが一目見ればわかる仕掛けになっている。真冬のホテルの寒々しさ。いやでもお互いが分断されていることがわかる。家族を断絶させる館ではなく、断絶した家族を呼び寄せる館といえる。その方が、よっぽど悪魔的だ。
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[018]黒い罠
 いい45317312015-11-15
 
アメリカ社会の分断。ウェルズはこれを分かり易く表現するためにメキシコ国境に舞台を据えた。アメリカ人とメキシコ人は、容貌、言葉で容易に区別がつく。この仕掛けでアメリカ・・・
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アメリカ社会の分断。ウェルズはこれを分かり易く表現するためにメキシコ国境に舞台を据えた。アメリカ人とメキシコ人は、容貌、言葉で容易に区別がつく。この仕掛けでアメリカ社会の分断を可視化しようというのだ。当時、しかもハリウッドに於いては、大いなる実験だっただろう。アメリカ人の妻とヘストン演じるメキシコ人の夫の設定。これは、アメリカに蔓延する夫婦間の隔たり、無理解を考察するための設定である。暴れまくるメキシコ人の不良たちは、当時のアメリカ人青少年に対する社会の無理解を表現している。そして、ウェルズ演じるアメリカ人とディートリッヒ演じるメキシコ人女性の設定。これは、どんなに接近しても縮まることがない2人を分かつ大きな隔たりを示している。人種が違うから、言葉が分からないから2人の距離が縮まらないのではない。同じアメリカ人のはずなのに外人に見えるし、言っていることが外国語に聞こえる奇妙な世界。そして、正義漢が異国人の如く扱われている。ここにアメリカの将来を憂いているウェルズの苦悩が反映されている。ポランスキーの「チャイナタウン」、クレール・ドニの「パリ18区、夜。」にも影響を与えた、卓越した映画言語のひとつである。気に入ったセリフ、「Why Don’t You Go Home?」。
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[019]めまい
 3回死んだ女45317312015-11-15
 
3回死んだ女、或いは美しい幽霊のための物語。カメラがないから演じていないとは限らない。だが、カメラがないのに演じている場合、その演じられた真実は、真実との区別が困難・・・
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3回死んだ女、或いは美しい幽霊のための物語。カメラがないから演じていないとは限らない。だが、カメラがないのに演じている場合、その演じられた真実は、真実との区別が困難になる。つまり、例え真実が演じられていたとしても、目撃者にとってそれは真実以外の何ものでもない。類まれなストーリーテラー、ヒッチコックは、いくつもの真実を幾重にも交錯させ、複雑怪奇な物語を端的にロマンチックにまとめ上げている。時代を超えて知性に訴えかける名作。
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[020]アギーレ/神の怒り
 演じていない45317312015-11-15
 
本当に怖いから怖い芝居は必要ない。本当にしんどいからしんどい芝居は必要ない。険しい絶壁、荒れ狂う川、深いジャングル。そんな人跡未踏の地を、歩きにくそうな中世の衣装、・・・
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本当に怖いから怖い芝居は必要ない。本当にしんどいからしんどい芝居は必要ない。険しい絶壁、荒れ狂う川、深いジャングル。そんな人跡未踏の地を、歩きにくそうな中世の衣装、重い鎧を着せられて行軍することを俳優陣に強いるヘルツォーク。彼は役者に演じてほしくない、演じさせたくない。プロの俳優の演技ではなく、本物の人間の感情が欲しいのだ。ということで、ここに記録された映像は、当時の忠実な再現ということができる。心もとないイカダで不気味に澱んだ川を下る俳優たち。落ちたら本当に死ぬだろう。そこには、自然の驚異に芯からビビる人間の姿がある。撮影スケジュールに耐えられずに脱落していった役者から順々に死んでいる印象がある(笑)。俳優達を和ませるためにインディオが奏でる笛の音が、思いがけない笑いを呼びます。
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[021]スリ(掏摸)
 いい45317312015-10-01
 
地味な画面とは異なり、ブレッソンは非常に攻撃的な詩人である。劇中のセリフ「泥棒が優秀なら許される」。これは国家を皮肉った言葉だ。ブレッソンはスリの日常を描写すること・・・
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地味な画面とは異なり、ブレッソンは非常に攻撃的な詩人である。劇中のセリフ「泥棒が優秀なら許される」。これは国家を皮肉った言葉だ。ブレッソンはスリの日常を描写することで、スリを賛美するのではない。国家と、国家を認めている民衆の批判をささやかに行うのだ。ブレッソンが素人を多用するのは、彼らには名前がないからである。俳優は、顔と身体さえあればいいのだ。顔と身体はあるが、名前が無い人物。それは、ぼくら自身たりうるのだ。つまり、観客は映画を見てスリを批判する。だが、それは同時に観客自身の否定でもあるのだ。
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[022]ミツバチのささやき
 幼年期の研究45317312015-10-01
 
少女は、身体的な成長と共に幼年期を忘れていく。しかし、精神的な面に於いては、この幼年期はなかなか去ることが無い。この作品は、エリセの「成長とは何か」「思春期の訪れは・・・
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少女は、身体的な成長と共に幼年期を忘れていく。しかし、精神的な面に於いては、この幼年期はなかなか去ることが無い。この作品は、エリセの「成長とは何か」「思春期の訪れは人々の内面に何をもたらすのか」という、精神的な面にスポットを当てた研究であり、集大成といえる。イザベルは「フランケンシュタイン」の映画を見た。それは、彼女の家庭の深部に隠された「真実の目撃」でもあったし、幼年期の死というイザベルにとっての「真実の目撃」でもあった。それまで、幼年期は常にイザベルに寄り添っていたが、やがて両者の間に距離が生じることになる。その、少々の懐かしさを帯びた心細さに、観客は心を奪われるのだろう。魂を失った頭のような廃墟に転がり込む逃亡兵のシーンは興味深い。息も絶え絶えの逃亡兵には、少女の、家族に対する不信感が厚く重ねられている。つまり、少女は逃亡兵をどうしても助けたかった。当時、アナ役のアナ・トレントが非常に人気があったが、人々は幼年期を忘れられないのだろう。幼年期が勝った瞬間、イザベルは消えてしまった。
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[023]書を捨てよ町へ出よう
 フレームの中と外45317312015-10-01
 
カメラがあるからといって演じているとは限らないし、カメラがないからといって演じていないとは限らない。ここにはその全てが記録されている。俳優だから演じるとは限らない・・・
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カメラがあるからといって演じているとは限らないし、カメラがないからといって演じていないとは限らない。ここにはその全てが記録されている。俳優だから演じるとは限らないし、俳優じゃないから演じないとは限らない。演じた演じないに拘らず、俳優や俳優でない人々がカメラの前で生きた現実が記録されている。路上パフォーマンスを演じている俳優の前を素通りする一般人の方が俳優以上に演じているのかもしれない。演じているから虚構なのか、演じていなければ虚構ではないのか。編集しているから虚構なのか、編集していなければ虚構ではないのか。スクリーンに映っているから虚構なのか、スクリーンに映っていなければ虚構ではないのか。フレームの中は全てが操作されている、だが、フレームの磯とは操作されていないのか?フレームの中にしか答えはないのか、そして、フレームの外に答えはないのか?つまり、演出、脚本がないからといって佐藤栄作が演じていないとは限らないし、演出家や脚本家がフレームの中にいない、つまり、ぼくらが彼らを見ていないから佐藤栄作の背後に彼らは存在しないということではない。
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[024]猟奇殺人の夜
 いい45317312015-09-30
 
心に傷を負うことは、現代では罪である。その罪に苦しむ人々が題材となっている。人々が「平和で自由な国家」で心に傷を負うということは、国家がウソをついているということの・・・
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心に傷を負うことは、現代では罪である。その罪に苦しむ人々が題材となっている。人々が「平和で自由な国家」で心に傷を負うということは、国家がウソをついているということの証明である。悲嘆を覚え、苦悩することは犯罪なのだ。国家に逮捕されないために人々はウソをつく必要がある。だが、生まれてから死ぬまでウソをつき続けるということは、自分の存在さえがウソなのではないかと不安になることである。それが、ヒロインたちの記憶喪失の原因だ。普段はエロと殺人を作風とするローランは、ここでは本格的なアート系に挑戦している。無人のオフィス街を吹き抜ける一陣の風が印象的だが、資本主義・経済的繁栄の象徴である巨大なビル郡も、詩人ローランの目を通すと、人々を隔てる象徴でしかないようだ。
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[025]風立ちぬ
 なかなか45317312014-12-25
 
宮崎は、東映の新人時代に手塚と「西遊記」で仕事をしたときに、人を殺して観客を感動させる手法に異を唱えた。だが、その宮崎も老齢に至り、ついに人を殺して涙を誘う映画を作・・・
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宮崎は、東映の新人時代に手塚と「西遊記」で仕事をしたときに、人を殺して観客を感動させる手法に異を唱えた。だが、その宮崎も老齢に至り、ついに人を殺して涙を誘う映画を作るようになったか。と、思ったら違ってた。 これは人が死ぬ映画ではなく、人が生きる映画だった。とても70代の男が作ったとは思えない、新鮮でみずみずしい映画。
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[026]R100
 無題45317312014-02-14
 
まっちゃんはどうも映画が嫌いなのではないかと窺われる。過去、映画批評をまとめた自作本でまっちゃんは そんなことをほのめかしていたような記憶もあるが… どうだったかな。・・・
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まっちゃんはどうも映画が嫌いなのではないかと窺われる。過去、映画批評をまとめた自作本でまっちゃんは そんなことをほのめかしていたような記憶もあるが… どうだったかな。 もう撮りたくないからワザとおもしろくない映画を撮る。ということかもしれない。想像だが。 それは、もう2作目の「しんぼる」辺りから顕著だったが。 ただ、富永愛が登場した冒頭は凄みがあり、70年代フランスのカルト映画に似たシーンがあったかな、と思わせるくらい ハードボイルドな出来だった。女ゴルゴ13とかやればいいのに。 でも、まっちゃんも小規模な予算、かつ身内だけで映画を撮れば優れた作品が期待できるかもしれない。 まっちゃんがTVやビデオでおもしろかった時期はいつも低予算(セットとか)だったからな。 才能がある人は金がない方がいい作品撮ると思う。サム・ライミ、トビー・フーパー、テリー・ギリアムもそうだったし。 というか、今回のR100は後半が完全に70年代TVヒーローものの影響下にあったわけで、 ギャグ抜きのガチでまっちゃんが好きな「イナズマン」「バロム1」「ゴレンジャー」のリメイク版創ってもいいんじゃないかと 鑑賞中にずっと考えてた。笑 どんなのが出来るかな、と。
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[027]人間は鳥ではない
 老化は不治の病45317312013-07-21
 
人は死んでも夢を見るのか。人は死ぬと自分の顔を忘れるのか。 新しい部屋を探しているというよりは、自分の部屋に戻ってきたみたいな、何人も死人が出た部屋に住むことを決め・・・
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人は死んでも夢を見るのか。人は死ぬと自分の顔を忘れるのか。 新しい部屋を探しているというよりは、自分の部屋に戻ってきたみたいな、何人も死人が出た部屋に住むことを決める男。 心ある詩人はみな決まった型を用いる。その型を確認できれば、ホンモノかニセモノか鑑定の基準となるが、 この作品はどうも検閲されて切り刻まれた印象がある。本当はもっと長かったのだろう。 基本的に、2人の労働者のシークエンスが交互に展開されているが、その根幹が中途半端に放置されていて、 そのため、ラストも曖昧になっている。実際はちゃんとしたラストが用意されていたに違いない。 アントニオーニの影響下にあるシークエンスや小道具もあって期待させるだけに残念だ。ただ画面の強度は高い。 名誉を得ても老いからは開放されないという初老の男の悲哀が描写されている。老化は不治の病ですから。笑 当然、できることといえば鏡を割ることくらいなのだ。
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[028]ロリータ
 人間観察の集大成45317312013-07-21
 
「2001年宇宙の旅」以降に見られるキューブリック映画の独特の間(ま)は、風呂場のシーンで形成されたに違いない。 ロリータは、ハンバートにとっては希望であり、シャー・・・
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「2001年宇宙の旅」以降に見られるキューブリック映画の独特の間(ま)は、風呂場のシーンで形成されたに違いない。 ロリータは、ハンバートにとっては希望であり、シャーロットにとっては脅威である。 同様に、クィルティはロリータにとって希望であるが、ハンバートにとっては脅威である。 登場人物はみな、希望の対象に自分の夢を重ね合わせる。つまり、見たいものだけ見て、見たくないモノは見ない。 人物全員が、等身大の自分を忘れて夢を見ている。「ロリータ」は少女愛の物語として悪名高いが、それは表面に過ぎない。 キューブリックはナボコフの真意を汲み、批判と嘲笑といくばくかの同情を込めて夢見がちな現代人の悲哀を描いている。 ロリータはとんでもない悪女に見えるが、観客は、実際にはハンバートの目線でロリータを見るため、 つまり、ハンバートと同じく自分の夢をロリータに重ねてしまうため、そういう印象を得てしまう。 だが、懸命な観客なら、つまり自分を夢見がちと自覚している人々は、ロリータがハンバートやクィルティ、 そしてシャーロットと何ら変わらないことに気付く。頻繁に映りこむ、亡くなったヘイズ氏の写真がおもしろい。 丸で、無責任に夢を見る怖さは死人だけが知っているとでも言いたげだ。人間観察の集大成。
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[029]悲情城市
 大河ロマン45317312013-07-21
 
台湾の過去の栄光のようなおじいさんが印象的。この、おじいさんの4人の息子が日本敗戦後の台湾の一面を 象徴していて、これを意識しながら鑑賞すると画面の厚みが増すだろう・・・
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台湾の過去の栄光のようなおじいさんが印象的。この、おじいさんの4人の息子が日本敗戦後の台湾の一面を 象徴していて、これを意識しながら鑑賞すると画面の厚みが増すだろう。 長男はおじいさんの栄光を引き継ぐが、次男は戦争に行って消息不明であり、 3男は気がふれ、4男は耳が聞こえない。この耳が聞こえないと言う設定は「何も聞きたくない」という 当時の台湾人の心情が反映されていると考えられる。群像劇大河ロマン。
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[030]悪い種子(たね)
 有害45317312013-07-21
 
権力の悪意に満ちている有害な作品。権力には敵がいるが、彼らは自分の敵を、共通の敵として観客(アメリカ国民) に刷り込み、認識させる装置として、この映画を製作したと考・・・
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権力の悪意に満ちている有害な作品。権力には敵がいるが、彼らは自分の敵を、共通の敵として観客(アメリカ国民) に刷り込み、認識させる装置として、この映画を製作したと考えられる。 情報操作の特徴として、意見がひとつしか用意されていないということがある。これはまさにそれだが、権力の敵とは 誰だろう?それは国民だ。中でも生まれながらの知性を有し、大勢の他人の注目を集める人々だ。 権力は敵(知性)を根絶やしにするために、この映画の悪役にかわいらしい少女を据えた。ヒロインである少女の姿は じつは、権力が考える敵の姿だ。快活で利発、親は中流以上で発言力もあり、邸宅も大きく、使用人もいる。 一般的に地域を支え、社会に貢献する人材であるこれらの人々は、この映画の登場によりアメリカ国内では、 一瞬で敵に変わったことだろう。一般大衆は知性を見たとき、そこに敵を見るのだ。 そして大多数は操作されていることを認識せずに操作され、自分たちにとって有用な人材を自分たちの手で排除する。 国民の団結は防止された。陰謀の本質とは、「結果はじつは目的である」ということだ。 表向きはいい子だが、裏では言葉遣いも悪く、私利私欲のために殺人まで行う少女。ハリウッドの伝統として 敵は徹底的に悪く描かれる。笑 それが、知性であっても共産主義であってもイスラム教であってもだ。 「あなたの子もこうかもしれませんよ。どうか監視して干渉してください」という軍事的な意志が映画の核にあるが、 つまり、この作品が発表されたあと、アメリカでは家庭不和が頻発したに違いない。 この作品は家庭を壊す力、人間の絆、信頼を断つ力を持つ。 操作されている自覚が無い両親は、自分の子供に疑念を抱き、常に干渉し、子供は子供でそんな親に反発する。 この系統の作品が、のちのアメリカに連続殺人や幼児性的虐待の土壌を形成することになったといっても過言ではない。 もちろん、この映画ひとつではない。似たような装置がいくつも製作されたとは思う。 子供が弾くピアノ曲がおもしろい。これはフリッツ・ラングの「M」の口笛を踏襲している。 また、この単純なピアノの旋律がよほどの効果があったらしく、かのマルグリット・デュラスが影響を受けている。 デュラスは自身の作品「モデラート・カンタービレ」や、監督作である「ナタリー・グランジェ」でこの曲を流用している。 デュラスの場合、ピアノの旋律は親子の断絶を意味していた。
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