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 「Katsumi_Egi」さんのコメント一覧 登録数(1364件)rss
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[001]この世界の片隅に
 白鷺Katsumi_Egi (Mail)2017-01-11
 
 映画的な話ではないので恐縮なのですが、御多分に漏れず、私も映画を見た後、気になって原作を読んだクチです。何を一番確認したかったのかというと、実は冒頭の扱いでした。・・・
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 映画的な話ではないので恐縮なのですが、御多分に漏れず、私も映画を見た後、気になって原作を読んだクチです。何を一番確認したかったのかというと、実は冒頭の扱いでした。この映画を見た際に最も驚いたのは、冒頭、アバンタイトルで、幼いすずが船に乗って一人広島市内へお遣いに出ますが、その際にBGMとして讃美歌「神の御子は今宵しも」が流れ、広島市では、クリスマスの装いが描かれるのです。ちょっとこれには驚きました。タイトルバックの「悲しくてやりきれない」以上に、このクリスマスソングに驚いたのですが、原作ではこのシーンは昭和9年1月の出来事として、描かれており、明かな片渕須直による改変なのです。原作と映画との相違では、この部分は大して重要じゃないかも知れません。こゝよりも、夫・周作の過去の扱い、遊郭の女・白木リンの扱いの方が大きいかも知れません。ただ、私にとっては、本作がクリスマスの映画として始まる、というのは決定的に重要な細部です。  さて、もう一つ、大雑把な云い方ですが、映画を見た際に誰もが感じるであろう、隠喩の豊かさについても、原作で既に描かれているか検証したい、と強く思いました。例えば、タンポポや白鷺の表すもの。金床雲とキノコ雲。ばけ物と鬼(ワニを嫁にもらうお兄さん)。或いは、ネーミングによる多重性、すずとりん、すずの妹の「すみ」(片隅のすみではないか)、「ふたば」という料理屋。遊郭「二葉館」。これらは殆ど、原作通りですが、映画における白鷺のメタファーは原作をかなり超えるものです。  さてさて、映画の話をしましょう。本作の原作漫画を、或いは、実写の表現を遥かに凌駕する映画的演出で特記すべきは、まずは、呉の嫁ぎ先のロケーションです。山のふもと。斜面の畑。石垣。晴美と呉港を見渡して会話するシーン。タンポポの綿毛を飛ばすシーンで、周作と並んで石垣の上に座る場面など、高低と奥行きの描き方が圧倒的。そして呉で初めての大規模な空襲のシーン。「こんな時に絵具があれば」というモノローグ。青空に連続して描かれる破裂する爆弾。なんて美しい表現でしょう。また、時限爆弾の後の、黒地に線香花火のような落書き風の処理。こういうの、実写でやってもいいよなぁ、と思いながら見ました。 #もう少し、象徴について追記。やっぱり、本作において最も重要な色彩は白色なんだろうな、とつらつら思いました。思いつくまま白い色をあげてみます。上にも記しましたが、白いタンポポ。タンポポの綿毛。白鷺。白鷺の羽。波間の白うさぎ。白粉、白粉をふった、すずの顔。雲。アイスクリーム。包帯。砂糖。白米。
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[002]ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー
 海岸線Katsumi_Egi (Mail)2016-12-31
 
 これはシリーズ中でも、かなり良く出来ていて、私の感覚では『帝国の逆襲』(エピソード5)の次に置きます。何といっても、ドニー・イェンとチアン・ウェンの扱いが一番うれ・・・
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 これはシリーズ中でも、かなり良く出来ていて、私の感覚では『帝国の逆襲』(エピソード5)の次に置きます。何といっても、ドニー・イェンとチアン・ウェンの扱いが一番うれしい。ドニー・イェンの無双ぶりをもっと描いてほしかった、というのは無いものねだりなのだが、これぐらいが簡潔でいいのだとも思う。また、主人公ジンが父親のマッツ・ミケルセンに再会する、惑星イードゥのシーケンスの複雑さがいい。夜で荒天、という場面の選択もいいし、反乱軍の爆撃が始まることで、観客は帝国側の反撃へも肩入れしたくなる、という複雑さがある。そういう意味では、ダース・ベイダーの決定的な見せ場を落とし所として持ってくるのだが、こゝも複雑な(しかし圧倒的な)昂奮を覚える場面だ。  尚、後半は、かなり戦争映画。このような決死のミッションとして描かれるとは全く予想していなかったので(本シリーズとしては勿論、戦争映画一般として考えても、こゝまでの顛末は予想し難い)、とても驚かされたのだが、顛末に比べて余り悲壮感はないし、繋ぎは混乱しているところがあるし、悪役のクレニック長官・ベン・メンデルソーンがイマイチ怖くないのは少々弱い。海岸線という戦争映画としては色々と過去作品を想起させる魅力的な舞台も、もっと巧く使えないかと思ってしまった。とは云え、ラスト数分の昂奮でポイントを稼いでしまうのだ。
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[003]誰のせいでもない
 響きと怒りKatsumi_Egi (Mail)2016-11-23
 
 もう、私はジェームズ・フランコに参ってしまった。ファーストシーン。オーケストラの音合わせの音。机とその上の小さなノート。そして目を瞑ったジェームズ・フランコ。そし・・・
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 もう、私はジェームズ・フランコに参ってしまった。ファーストシーン。オーケストラの音合わせの音。机とその上の小さなノート。そして目を瞑ったジェームズ・フランコ。そしてラストカットも、とびっきり上等のフランコのアップカットだ。これは何よりもジェームズ・フランコの「顔」の映画である。その顔の独創性は、いつも眠そう、ということころにある。。事故の後も、しきりに眠いという。睡眠薬で自殺未遂をする。ラスト近く、クリストファーとの会話シーンでも、目を瞑る。  そして、形式的には、間違いなくヒッチコックの末裔であると云える。それは端的には、シャブロルにも似た「Vertigo」(ドリーズーム)の活用だ。最もヒッチを思わせるのは、事故後、ゲンズブールの家が初めて映る場面だろう。ラストのフランコと庭の木を切り返して共に「Vertigo」であるという演出もかなり奇異なのだが、それは、これぞヴェンダース!という奇異さなのである。  中盤で、レイチェル・マクアダムスが消え、マリ=ジョゼ・クローズに取って代る、そしてマクアダムスが再登場し、その見せ場がある、というプロット構成もたまらない。 #本(ペーパーバック)を破いたゲンズブールが、その本をストーブに焚べながら、フォークナーは好き?と聞く。事故の際、彼女が夢中で読んでいたのは、フォークナーだったということだ。問われたフランコは「好きでも嫌いでもない」と応えるのだが、フランコは「響きと怒り」(2013・日本未公開)を監督・主演しているのである。ぜひ見てみたい。
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[004]君の名は。
 活劇的要素Katsumi_Egi (Mail)2016-10-16
 【ネタバレ注意】
 強引な力技で押し切っている感も多々あるが、それにしても、よく出来た面白い映画だと思う。やっぱり、三葉たちの住む山間部の造型が傑出していて、導入シーンに近い高校への・・・
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 強引な力技で押し切っている感も多々あるが、それにしても、よく出来た面白い映画だと思う。やっぱり、三葉たちの住む山間部の造型が傑出していて、導入シーンに近い高校への登校場面で、既に高低のよく定着した画面に没入してしまった。  中でも中盤の紅葉の山を、御神体の場所まで行く場面の美しさ。美しさで云えば、組紐のカットの写真的美しさも筆舌に尽くしがたい。  技巧的に感心したのは宮水家の玄関扉や電車のドア、といった引き戸の開閉を、真横からローアングルで撮ったカットの多用だ。最初に見た時点でかなり驚いたのだが、反復することで、良いリズムが生まれている。ドアの内外を異なる世界、異空間として描こうというような意図は希薄だろう。純粋に技巧的であるところがいいのだ。もう一つ、タイムリープのややこしい辻褄合わせと、うそ寒いベタな青春ドラマの狭間で、変電所の爆破、防災無線ジャックという、超高校生的な現実離れした活劇的要素の片鱗が見えるところも好きな部分だ。  尚、私もラストは物足りない。『天国から来たチャンピオン』のような、少しためらうぐらいの感覚の方が、余韻があっていいと思う。
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[005]ハドソン川の奇跡
 職務中Katsumi_Egi (Mail)2016-10-06
 【ネタバレ注意】
 携帯電話の映画。携帯電話という道具立ての映画性を再認識させてくれる。タブレット端末の画面の文字ではこうはいかないのだ。いや実は、何度も出てくる、主人公サリーとその・・・
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 携帯電話の映画。携帯電話という道具立ての映画性を再認識させてくれる。タブレット端末の画面の文字ではこうはいかないのだ。いや実は、何度も出てくる、主人公サリーとその妻との携帯電話での会話シーンが最も象徴的ではあると思うのだが、それだけでなく、管制塔との通信、ホテル内の内線電話、コックピット内で聞こえる客室のキャビン・アテンダント達の掛け声、そしてラストのボイスレコーダーなど、空間を超えた肉声(正確には肉声じゃないかも知れませんが)のコミュニケーションを丹念に描いた映画なのだ。その丹念さが胸を打つ。  主人公サリー(トム・ハンクス)と妻(ローラ・リニー)との携帯電話での会話シーンで、まず特筆すべきは、事故後(救出後)、妻に最初に電話する場面だろう。こゝは、ハンクスとしては、職務中の感覚のはずで(実際、この後、乗客の安否確認をしきにり気にするのだ)、私はてっきり、会社幹部にでも電話で報告するのかと思った。いやそうではなく、彼はまず、家族のことを思いやる。  次に、ラストの公聴会前のシーンを思い起こしてみよう。レストルームから出てきたトム・ハンクスが妻ローラ・リニーと携帯電話で会話をする。この場面のリニーとの会話に思わず目を潤ませてしまったが、実はこのシーンを見て、本作のラストシーンは、家族との再会、抱擁なんだろうな、と予想を立てた。ま普通ならそうでしょう。それがどうだろう。ラストでも妻子の元へ帰るシーンを出さないのだ。イーストウッドは、あの電話のシーンで、ローラ・リニーの出番としては必要十分だと考えているのである。副機長アーロン・エッカートによる、まあまあのアメリカン・ジョーク(?)で十分だと。  ただし、これは映画としての魅力か、と云われると、映画とあんまり関係ないところの話ではあると思いますが、本作の本当のラストシーンはサリーの妻のスピーチだ。ローラ・リニーの扱いは、このスピーチを含めた全体構成の中での判断ということでもあるのだろう。そのあたりも含めて、最近のイーストウッド映画らしい。なんだか優等生的過ぎる。誰かのアイデアなんだろうな、と思ってしまう。とは云え、とにかく完成度は高い。
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[006]ゴーストバスターズ
 昂進Katsumi_Egi (Mail)2016-09-11
 
 相変わらずゆるゆるのコメディだし、敵役が貧相だし、欠点はいろいろあげつらうこともできますが、でも、このエンドクレジット迄続くサービス精神は欠点を補って余りある。(・・・
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 相変わらずゆるゆるのコメディだし、敵役が貧相だし、欠点はいろいろあげつらうこともできますが、でも、このエンドクレジット迄続くサービス精神は欠点を補って余りある。(正直このエンドクレジットが一番感激した!)それに、ホルツマン役のケイト・マッキノンのボケぶりが最高。主要登場人物は皆可愛くって良いのだが、やっぱりマッキノンとクリス・ヘムズワースに目が行ってしまいます。人物の関係性の描き方も、ゆるゆる感が横溢しているけれど、ヘムズワースの受容のされようや、市当局との関係など、オトナの事情を納得できる要素も多々あり、つまりは懐の深い描き方なのだ。そのあたりを含めて良く出来ているのだ。  本当は最初に書くべきだったかもしれないが、映画としてのアクション場面も見所が多い。まずはしょっぱなのオルドリッジ邸のゴーストが、劇中台詞にある通り、実に美しくスペクタキュラーな造型で驚かされます。そしてクライマックスの、タイムズスクエアにおけるゴースト軍団との戦いのアクションは圧巻で、これは前作になかった本作のストロングポイントだ!こゝでも、マッキノンの見せ場が突出したアクションシーンとなり、その後冗長な展開を挟んで、マッキノンのスピーチ、さらにやゝあって、カメオ出演の感激、そしてエンドクレジットのヘムズワースの過剰なサービス、というポイントを押さえた流れで観客の満足感を昂進させてくれるのです。
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[007]イレブン・ミニッツ
 Katsumi_Egi (Mail)2016-09-05
 
 スコリモフスキの最新作は11分間という限定された時間を81分で描いた、10人を超える登場人物の群像劇。そうなると当然ながら、時空の錯綜が頻繁に表れる。さて、映画はこのよ・・・
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 スコリモフスキの最新作は11分間という限定された時間を81分で描いた、10人を超える登場人物の群像劇。そうなると当然ながら、時空の錯綜が頻繁に表れる。さて、映画はこのような知的な構成だけでスリリング足り得るだろうか。確かに先ほど起こった事象(例えば人の行き来だとか、ちょっとした会話だとか)が違った角度から反復される見せ方は最初の内は面白い。しかし、同じ場面を何度も見せられると、演出に工夫がないと飽きてくる。例えばホテルの廊下で嫉妬に狂う男の部分なんかは、ちょっと辟易、という感もある。とは云え全体に音の使い方で驚かされる場面も多く(飛行機の騒音に続けて鳩が鏡へ激突する!)、それに何と云っても、女優役パウリナ・ハプコの圧倒的な魅力で興味を引っ張られた。或いは、あっと驚く「偶然」を描いた映画でありながら、撮影現場はエキストラを含めて偶然を廃した完全な世界の創造を目指していたはずで、その成果をトレースする、というのはある意味スリルに機能する。  ラストで全員が収斂する展開については誰もが驚愕し、人によっては作り物過ぎて嫌悪し、人によってはその人を食った図太さに快哉をあげるだろうが、このような事件も日常の一コマである、という提示なのだろう。警備室の液晶ディスプレイに付いた「蠅のクソのような」キズや、画用紙に意図せず落とした絵の具の染みと同じようなものなのだ。これらと同じ、ということをラストのラストで映画の画面として提示されるのだから。
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[008]X-MEN:アポカリプス
 Sweet DreamsKatsumi_Egi (Mail)2016-08-24
 
 のっけから怒涛のような展開。力の入ったシーンが延々と続く。言い換えれば緩急の乏しい演出だ。コンピュータ処理の画面にも、冒頭の古代エジプトの儀式のシーンで既に飽きが・・・
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 のっけから怒涛のような展開。力の入ったシーンが延々と続く。言い換えれば緩急の乏しい演出だ。コンピュータ処理の画面にも、冒頭の古代エジプトの儀式のシーンで既に飽きが来る。とは云え、実は結構楽しく見た。私はこのシリーズ(『ファースト・ジェネレーション』から続くジェームズ・マカヴォイとマイケル・ファスベンダーのシリーズ)をまともに見るのは初めてなのだが、シリーズ過去作との連携なんてことを度外視しても、各キャラクターを上手く見せている、と感じた。まずは、敵のボス(こいつの名前がアポカリプス)をオスカー・アイザックがやっていて、かなり出ずっぱりなのだが、これが、重々しく貫録十分でいい。敵役が強いと嬉しくなる。実はエンドクレジットを見る迄アイザックとは分からなかったのです。もう少し素顔の分かるメイクでも良かったかもしれない。それと、何と云っても、ユーリズミックス「Sweet Dreams」をバックにした、クイックシルバーの見せ場のシーンが大きい。このシーンがあるのとないのでは、映画全体の満足度が大違いだろう。 #『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』を見終わって映画館の外を歩きながらジュビリー、スコット、ジーンが会話をする。  「帝国(の逆襲)がベストと思う」「でも一作目がないと、後がないんだから」「三作目がワーストなのは確かね」みたいな。 #テレビのブラウン管にホークスの『ピラミッド』が一瞬映ったと思う。(IMDb の Connections には、今現在記載なし)
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[009]シン・ゴジラ
 暗黒Katsumi_Egi (Mail)2016-08-20
 
 人物の描写は、キメまくったフルショットやロングショットもあるにはあるが、ほぼ細かいカット割りが中心。だが、殆どアクション繋ぎの記憶もなく、どうもそれぞれの人物の顔・・・
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 人物の描写は、キメまくったフルショットやロングショットもあるにはあるが、ほぼ細かいカット割りが中心。だが、殆どアクション繋ぎの記憶もなく、どうもそれぞれの人物の顔面を見せようというカットが専らだ。カメラ目線モノローグの連打なども印象に残る。これはこれで、プロットをコギミよく運ぶことには大変効果を上げているのだが、映画としての画面の快感という点ではどうだろうか。  ゴジラにまつわるスペクタクルについては、まずは、最初に上陸した際の形態が、ぶっ飛んでいて、見た者は生涯忘れられないような秀逸な造型で特筆に値する。また、全編を通じて一番の見どころは、矢張り、ゴジラ再登場後の、多摩川から武蔵小杉周辺での自衛隊の迎撃作戦シーンと、続く東京都心においての米軍爆撃機による攻撃、さらにゴジラからの火炎放射、光線放射による東京の大破壊へと続く、一連のド派手な戦闘シークエンスだ。そしてこの後、若干尻すぼみの展開となる、というのも衆目の一致するところだと思う。なんか、すぐにひと休みする奴だなぁと思いながら見てしまったが、結局、この形態のゴジラ自体には殆ど魅力はなく、ゴジラがもたらした圧倒的な破壊のスペクタクル(画面造形)と、さらに、それが実際に起こったとした際に想定される影響の大きさ(それはホラ話としての大きさ)に戦慄を、興奮を覚えたということになる。実を云うと、この東京大破壊の画面を見ながら、こゝまでやってくれるのなら、もっと凄いレベル、例えば、『ナウシカ』公開時に、巨神兵を初めて見たときの興奮や、『地獄の黙示録』のキルゴアのシークエンスのような、体が震えるレベルの興奮を期待してしまったのだ。最終的に期待が大き過ぎた、ということになるが、しかし確かに、これらを期待させるだけのものが、本作にはあったということが云える。  ちなみに、ラストカットには、黒澤の『乱』のラストカットに近しいものを感じた。絶対的な暗黒。 #さて、『乱』のラストカットは誰だったか?
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[010]街のをんな
 マルチ撮影Katsumi_Egi (Mail)2016-08-20
 
 まずはタイトルバックの処理に瞠目。摩天楼の夜景にダンスする女達を二重露光したカットなのだ。つまり、ビルの向こうの夜空に、大きな(ゴジラのような)女達が回りながら横・・・
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 まずはタイトルバックの処理に瞠目。摩天楼の夜景にダンスする女達を二重露光したカットなのだ。つまり、ビルの向こうの夜空に、大きな(ゴジラのような)女達が回りながら横切っていく。プロットはケイ・フランシスとリリアン・タッシュマンが親爺たちを手玉に取るところから始まり、フランシスとジョエル・マクリーの恋の行方が軸になっていく。さらにタッシュマンと、ユージン・パレット(ジョエル・マクリーのパートナー)がコメディパートを形成するという塩梅だ。構成上はあくまでもケイ・フランシスがヒロインだが、行動的なタッシュマンがプロットを引っ張っている印象を与える。また、この二人の女優が多くのシーンで下着姿か水着姿であり、二人とも肉感的ではないとはいうものの、この露出度は、当時かなり話題になっただろうと思う。  キューカーの演出について云えば、最初期の監督作にもかかわらず、2台カメラによるマルチ撮影、カッティング・イン・アクションという彼らしさが、既に完成の域にあることが確認できる。IMDbを見ると、キューカーの監督デビューは1930年で、この年に3本の監督作があるが、いずれも共同監督作であり、1931年は実質的な監督独り立ちの年のように見える。尚、彼は1899年生まれなので、公開当時32歳。先に挙げたタイトルバックの処理や、効果的なエクストリームクローズアップの挿入といった才気走った演出も見られるが、マルチ撮影の完成度には驚いてしまう。 #蓮實重彦著、新潮社 (2016/6/22)「伯爵夫人」19頁に記載されている映画の断片が本作のものである、という筒井康隆評も手伝っての流布されている認識は、これは蓮實重彦氏の一流のトリックのように思う。勝手に解釈すると、今や我が国では、ほぼ忘れ去られている『街のをんな』という映画に光を当て、さらに光を当てるだけではなく、見ることを促す作戦じゃなかろうか。 #「伯爵夫人」の描写と違い、本作のケイ・フランシスは「未亡人」ではなく、ジョエル・マクリーは「大学生」でもない。そしてもちろん、遺産横領を企む悪漢−ジョージ・バンクロフトは出てこない。
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[011]ロスト・バケーション
 クラゲKatsumi_Egi (Mail)2016-07-27
 
 まずは、90分を切る尺への志が嬉しい。前半のサーフィンシーンの撮影も目を瞠るが、サーフボードが既にサメの暗喩として機能する演出も見事だと思う。そして、浜辺から200メ・・・
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 まずは、90分を切る尺への志が嬉しい。前半のサーフィンシーンの撮影も目を瞠るが、サーフボードが既にサメの暗喩として機能する演出も見事だと思う。そして、浜辺から200メートルという浅瀬を舞台にした、サメとの死闘はもう「現実らしさ」を遥かに凌駕する演出の連続で、ジェットコースターのような怒涛の展開だ。傷ついたカモメがずっと側にいる、というアイデアもいい。カモメの感情の描き方も絶妙。さらにブイに渡る際のクラゲがいい。スタジオのプールでの撮影みえみえとしても、このクラゲのライティング(照明)のスペクタクル(見世物としての外連味)には感動する。これがなかったら、1ポイント下がる、というべき演出だ。このような、プリプロダクションでのアイデアだけでは創造できない、撮影現場の造型、撮影現場の創造性の伝わる演出が横溢している。それが、これだけの面白さの所以であると思う。
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[012]クリーピー 偽りの隣人
 見降ろすKatsumi_Egi (Mail)2016-06-26
 
 本作も、窓やドアの扱い、風に膨らむ白いカーテン、斜面や坂道、高低を意識させる視線とそのミタメ、ノイズ−チョコレートの袋をゴミ箱に捨てる音。落花生をミキサーにかける・・・
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 本作も、窓やドアの扱い、風に膨らむ白いカーテン、斜面や坂道、高低を意識させる視線とそのミタメ、ノイズ−チョコレートの袋をゴミ箱に捨てる音。落花生をミキサーにかける音!、そしてワンシーン内、ワンカット内の光の扱いの変化−例えば大学での川口春奈へのインタビューシーン。香川照之とその娘・藤野涼子が西島秀俊の家で夕食を食べる場面。画面はとても見応えある。高低を意識させるシーンでは、川口が祖母との住居(文化住宅のような建物)の二階の手摺から、階下の西島を見下ろす場面が顕著だ。こゝは西島も極悪人であり、犯人との同化(かつて川口は犯人を見おろした)を示唆するキーとなるシーンだろう。さらに、唐突にも西島が2階の窓から隣人を見降ろすカットが挿入される。  しかし、冒頭近くの科白(例えば「合ってるかも。大学の先生」なんて説明的な科白)を聞いた途端に、プリプロダクションの設計が上手くいっていないことがうかがい知れる。(見切り発車だったのだろうか)。エンディングも現実離れした高速道路のドライブシーンで閉じ、見るものを暗黒に突き落したほうが良かったのではないか。私の好みでは、エピローグは不要。 #ドローンはステディカム同様、映画を堕落させるのではないか、と思う。
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[013]海よりもまだ深く
 バスタブKatsumi_Egi (Mail)2016-06-18
 
 確かにプリプロダクションにおける設計もよく出来ていたのだろうと思わせるが、それ以上に画面でよく見せる。例えば、閉所に図体の大きい男を投入するというアイデアなんかも・・・
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 確かにプリプロダクションにおける設計もよく出来ていたのだろうと思わせるが、それ以上に画面でよく見せる。例えば、閉所に図体の大きい男を投入するというアイデアなんかも、ま云ってみれば、ありきたりだと思うのだが、小さなバスタブや公園の遊具のトンネルまで繰り出して見せられると、その徹底性に愉快になってしまうのだ。全体に、団地の部屋での人物の切り返しと、望遠レンズを織り交ぜた(のであろう)画角の繰り出しはとても見応えがある。  本作も、まずトップシーンの小林聡美は絶品。それは云うなれば、顔の表情がスペクタクルなのだ。この樹木希林との会話シーンでまず引き込まれる。また、タイトルを担うテレサ・テンの「別れの予感」のシーンが白眉だろう。とてもしっとりとした良いシーンだ。樹木希林にも惚れ惚れする。  ひとつ、無粋かも知れないですが、繋ぎの甘さを指摘する。瓶に凍らせたカルピス。スプーンで氷を削る二人はとても可笑しい、こゝも良いシーンだが、カルピスであることをセリフで分からせなくても良いではないか。後のシーンで樹木希林が仕込みをする場面があるのだから。
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[014]エクス・マキナ
 SingularityKatsumi_Egi (Mail)2016-06-13
 
 冷たい映像が心地よい。特に、ヒロインのAI=エヴァ、アリシア・ヴィカンダーに施した特殊効果がたまらない冷たい映像表現だ。殆ど4人−エヴァの他には主人公ケイレブ、社長・・・
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 冷たい映像が心地よい。特に、ヒロインのAI=エヴァ、アリシア・ヴィカンダーに施した特殊効果がたまらない冷たい映像表現だ。殆ど4人−エヴァの他には主人公ケイレブ、社長ネイサン、そして日本人メイドのキョウコだけのミニマルな舞台設定。決して冷気が表現されているわけではないのだが、遥かキューブリックにも繋がる映像の清潔さ、美しさが画面を冷え冷えとさせる。  AI、チューリングテスト、シンギュラリティといった、いかにもイマドキのキーワードを背景にするが、その実、無垢な恋愛譚、あるいは、恋愛感情の虚々実々のスリルとして、これら背景を利用しているだけだ。帰結も、多分殆どの観客が見ながらいくつか予想するパターンの一つに収まるだろう。しかし、AI相手だからこそのイノセンスとスリルの増幅が図られている。帰結が予想に収まることも快感だ。そのあたりが上手いし、たまらない。
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[015]家族会議
 六甲山Katsumi_Egi (Mail)2016-06-11
 
 佐分利信がモテモテの映画。佐分利、及川道子、桑野通子の三角関係と、佐分利、及川道子、高田浩吉の三角関係が描かれる。佐分利は及川と桑野から熱烈に慕われており、高田は・・・
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 佐分利信がモテモテの映画。佐分利、及川道子、桑野通子の三角関係と、佐分利、及川道子、高田浩吉の三角関係が描かれる。佐分利は及川と桑野から熱烈に慕われており、高田は及川に横恋慕する。こゝに、及川の親友で、当然、及川に味方をする高杉早苗がからむのだが、結末は置いておくとして、結局、高杉が一番美味しいところをさらっていく。この高杉、『隣の八重ちゃん』の高校生役から2年後とは到底思えない、成熟した魅力を放っている。  また、少々ヤヤコシイが、佐分利と桑野は東京に住んでおり、及川と高杉と高田は大阪在住で、登場人物が東京−大阪間を何度も行き来する。また、箱根なのか?休暇で富士山に近いホテルに集まったりする。このホテルのシーン。ロビー、階段、2つの部屋、廊下を使った人物の流麗な出入りの演出は、前半の見せ場だ。  後半で桑野が佐分利の宿を訪ねて来、サイダーを飲むシーン。このシーンのカメラの動きも見もの。部屋の中での唐突な俯瞰もある。桑野の演技・演出は大袈裟で笑ってしまう面もあるが、島津保次郎のカメラポジションはこゝでも自由闊達だ。 #関西のシーンのロケーションについて備忘。 ・道頓堀かと思っていると、心斎橋の看板が映る。橋からの風景も見える。 ・高杉がゴルフの練習をするのは六甲山。有馬が車で近い、という科白がある。 ・ラストシーンも六甲山の風景。車を運転する高杉がラストカットなのだ。
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[016]上陸第一歩
 発砲Katsumi_Egi (Mail)2016-06-11
 
 『隣の八重ちゃん』(1934)の2年前、最初期の土橋式トーキーだが、上映されたプリントの音の明瞭さは『隣の八重ちゃん』より本作の方が上に感じた。スタンバーグの大傑作サイ・・・
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 『隣の八重ちゃん』(1934)の2年前、最初期の土橋式トーキーだが、上映されたプリントの音の明瞭さは『隣の八重ちゃん』より本作の方が上に感じた。スタンバーグの大傑作サイレント映画『紐育の波止場』の翻案という無謀な企画。波止場のモンタージュ、酒場女達のいる建物、そのバルコニーの横移動という凝った出だしを持つ。続いて船内の火夫のシーンとなり、『紐育の波止場』でジョージ・バンクロフトがやった役を岡譲二が演じる。正直、こゝで彼我の画面の密度の差に愕然とはなるが、それでも島津保次郎も岡譲二も頑張っている。ヒロイン・水谷八重子の登場シーンなんて、これはこれで、あっと驚くカッティングだ。埠頭に向かって画面奥へ歩く水谷の姿を後退移動で見せるカットがあり、このカメラの動きの唐突さ自体に驚いていると、さらに次のカットで列車を走らせてしまうのだ。  その後、水谷八重子の芝居をイヤというほど堪能することのできるシーンが満載なのだが、特に飯田蝶子の旅館のシーンからは、水谷の一人舞台の様相を呈する場面も多く、映画としてどうか、という感覚になる。  あと、音の使い方だと、ラスト近くの港の倉庫裏での乱闘シーンがかなり自覚的な音の扱いだ。港湾建設が進行中で、かなりの騒音。鉄を叩く音、ビス留めの音。そして拳銃の発砲。 #備忘で配役などを記す。 ・悪役、ブルジョアの政は奈良真養。その情婦に沢蘭子。この人、雰囲気ある。 ・政の子分で江川宇礼雄。プロペラのしげという役名。いい味を出す。 ・岡譲二と同じ船の司厨長という上役に河村黎吉。これも政とつるむ悪役。 ・酒場のマダムは吉川満子。いくぶんニュートラルな立ち位置か。貫禄がある。
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[017]ヘイル、シーザー!
 ビンタKatsumi_Egi (Mail)2016-05-25
 
 コーエン+ロジャー・ディーキンスとしては、中程度の出来、というか、いかにも肩の力を抜いてリラックスして作ったという感じがするが、しかし、映画ファンとしてはとても嬉・・・
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 コーエン+ロジャー・ディーキンスとしては、中程度の出来、というか、いかにも肩の力を抜いてリラックスして作ったという感じがするが、しかし、映画ファンとしてはとても嬉しい映画への愛と侠気溢れる作品だ。それは、なんと云ってもジョシュ・ブローリンの私利を超えた映画愛の造型だし、そしてオールデン・エアエンライクの、なんにも考えていないのだが、存在自体が映画に愛されているとしか思えない映画スターの造型だ。  挿入される映画撮影風景、映画の画面の各パートはどれも想像以上の出来だ。西部劇シーンのエアエンライクの見事な曲乗り。ヨハンソンのパートの水中シーンから鯨の大俯瞰へと繋ぐイメージにも目を瞠る。チャニング・テイタムら水兵による酒場のダンスもよく出来ている。一番笑ったのは、ベテラン編集者を演じるマクドーマンドのシーンだが。  ジョージ・クルーニーのキャラクターの一貫性(或いは納得性)に難ありと思いながら見たのだが、ラスト近くのブローリンとのからみのシーンで、この人も根っからの映画スターであり、何も考えていないアホな人だった、という帰結を理解する。ただ、そうは云っても、クルーニーの扱いは落ち着きが悪い。  本作は、ブローリンの懺悔ではじまり懺悔で終わる。また、ブローリンのビンタではじまりビンタで終わる、とも云えるだろう。
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[018]ルーム
 フラッシュバックKatsumi_Egi (Mail)2016-05-25
 
 冒頭タイトルインまでで、部屋の細部の接写カットが数カット出る。おゝブレッソンの『抵抗』か?と思うが肩透かし。比較するのは酷というものだが、カメラの視点にあのような・・・
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 冒頭タイトルインまでで、部屋の細部の接写カットが数カット出る。おゝブレッソンの『抵抗』か?と思うが肩透かし。比較するのは酷というものだが、カメラの視点にあのような厳格なスペクタクルはない。それに、警官の登場シーンとテレビ局の取材撮影シーンで素早い小さなズームを使う。どうしてこういう無節操なことをするのか意味が分からない。脱出シーンももっとスリリングに作れそうに思う。母親の救出を省略するのは、あくまでも子どもの視点という制約事項なのだろうが、数カットでいいからスリルを増すカットを入れてほしいところだ。また、助かったあと、母親が気丈過ぎる、不自然に「今」に適応し過ぎる、と思って見ていたが、次第に子どもの適応力と逆転する。このあたりを見事と取るか。私は作劇臭いと思った。  子どものモノローグで随分とポイントを上げている。あと、殆ど回想シーンがない、というのはとてもいい。(拉致や出産の状況が回想シーンで画面として提示される、というような無粋な措置はなし、という点)。ただし、後半、部屋の天窓のカットと、床に座り、天窓を見上げるブリー・ラーソンのカット、という効果的なフラッシュバックはある。
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[019]山河ノスタルジア
 記憶Katsumi_Egi (Mail)2016-05-15
 
 これは、映画史に残る長いアバンタイトルではなかろうか。それがこれ見よがしではなく、素直に驚かされ、好感が持てる。しかも、アバンタイトル迄はスタンダードサイズで、タ・・・
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 これは、映画史に残る長いアバンタイトルではなかろうか。それがこれ見よがしではなく、素直に驚かされ、好感が持てる。しかも、アバンタイトル迄はスタンダードサイズで、タイトル後からワイドサイズになるという凝りようなのだ。3つの時代をまたがる構成だが、その時空またぎも見どころだ。仔細は記載しないでおくが、時代を繋ぐシーン転換にも素直に驚かされる。さらに年月をまたがる記憶(登場人物のみならず観客にとっての記憶)の扱い方がとても周到なのだ。レトリバー犬、槍(長剣)を持って歩く少年、フォルクスワーゲンの車、タオの虹色のセーター、オーストラリアの海岸の写真、GO WEST、家の鍵。  画面造型という部分では、まず原色の色遣いが目を引く。特に赤。タオのコート、タオのセーター。そして、花火やダイナマイトといった道具立てでも驚かされるのだが、極めつけは、小型飛行機のシーンだろう。この意味不明さが驚愕だし、映画として好ましい。モンテ・ヘルマン『果てなき路』のようだ。
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[020]蜜のあわれ
 ダンスKatsumi_Egi (Mail)2016-05-01
 
 全編ニヤケながら見た。笑える。特に二階堂ふみの科白がいちいち可笑しい。画面造型もかなり頑張っており、永瀬正敏の露店の回りを何周もする360度移動など目を引くカットも・・・
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 全編ニヤケながら見た。笑える。特に二階堂ふみの科白がいちいち可笑しい。画面造型もかなり頑張っており、永瀬正敏の露店の回りを何周もする360度移動など目を引くカットも多い。韓英恵の自転車のシーンは小津だ。また高良健吾の芥川が怖くていい。  大杉漣の家の二階を異界として描く演出もかなりいいところまでいっており、大杉が障子を開けると滝のような屋外に繋がる、なんて、あゝ清順だなと思うのだが、鏡が割れて沢山の女の顔が見える画面の反復だけでは驚きに欠け、もっとゾクゾクさせて欲しいとも思ってしまう。また、エンディングもそうだし、真木よう子の退場もそうなのだが、こういう訣別の場面でもっと心を突き動かされるような興奮を味わいたいとも思うのだが、ただそれも無いものねだりというものだろう。あと、最初の二階堂ふみのダンスシーンは「割り過ぎ、寄り過ぎ、大杉のリアクションカット要らない」って思いながら見たが、エンディングのダンスシーンは、それに比べてとても楽しく見ることができた。やはり、こういう場面はフルショットで、できるだけ割らないのがいい。  全体的に清順と較べてしまうと理屈抜きの運動という意味での弱さが露呈するが、清順のパロディを志向している訳でもないだろう。幾分甘いが、オフビートなファンタジーとして、かなり良く出来た映画だと私は思う。
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[021]ボディ・ガード
 スライサーKatsumi_Egi (Mail)2016-04-30
 
 ビルの外観でクレジット。途中、ロバート・B・アルトマンという名前がある。まさか、アルトマンじゃないよなと思ったが、あとで調べるとアルトマンなのだ。そう彼はキャリア・・・
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 ビルの外観でクレジット。途中、ロバート・B・アルトマンという名前がある。まさか、アルトマンじゃないよなと思ったが、あとで調べるとアルトマンなのだ。そう彼はキャリア最初期にフライシャーと出会っていたのだ。  60分強の小品。それもあってタイトに引き締まったフィルムノワールだ。主人公のローレンス・ティアニーはめったに笑顔を見せないハードボイルドな造型で渋い。対してヒロインのプリシラ・レインはどのシーンでも朗らかで、この人が絡むシーンは悉く楽しい。犯罪の舞台となる精肉会社の社長の邸宅や精肉工場の内部の見せ方もきめ細か。空間描写が的確だ。女社長役はエリザベス・リスドンという人だが、この人も貫禄があっていい。眼科のシーンや夜の精肉工場のサスペンスもなかなかよく見せるのだが、クライマックス、せっかくスライサー(精肉をスライスする機械)の電源が入ったのだから、音によるスリルだけでなく、画で見せてほしかったと思う。
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[022]最後の切り札
 電話Katsumi_Egi (Mail)2016-04-30
 
 ジャック・ベッケルの処女作は、まるでホークス映画のような集団描写の楽しい犯罪モノなのだ。それは警察側もギャング側も含めてだ。  冒頭、南米の架空の国の話だという字・・・
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 ジャック・ベッケルの処女作は、まるでホークス映画のような集団描写の楽しい犯罪モノなのだ。それは警察側もギャング側も含めてだ。  冒頭、南米の架空の国の話だという字幕が出る。しかし、風景は南フランスそのもので、美術・装置はホテルも警察内部もフランス映画らしい華やかさ。ピエール・ルノワールが貫録のある悪役。シカゴから来たギャングの親分はガストン・モドーだ。ルノワールの妹がヒロインのミレーユ・バラン。このバランが、刑事候補生(?)−レイモン・ルーローと恋に落ちる、というこのあたりのプロット展開もフランス映画らしい。  ベッケルの演出は処女作とは思えないクレバーなもので、例えば、終盤、電話線が切られている状況だけで、それ以上何を語らなくても、ミレーユ・バラン等はレイモン・ルーローの危機を了解する、というような簡潔な、しかし考え抜かれた演出が素晴らしい。  実は、本作でもビンタのシーンを期待していたが、無し。でも女が路上で撃たれるシーンはやはりかなり非情。
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[023]無伴奏
 あの頃っぽさKatsumi_Egi (Mail)2016-03-31
 
 これも暗い画面が心地よい。そしてそれは、二つの異空間−名曲喫茶「無伴奏」と竹藪を抜けた茶室−の見せ方が良いということだ。どちらもローキーに徹している。特にこの茶室。・・・
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 これも暗い画面が心地よい。そしてそれは、二つの異空間−名曲喫茶「無伴奏」と竹藪を抜けた茶室−の見せ方が良いということだ。どちらもローキーに徹している。特にこの茶室。増村保造の『千羽鶴』を想起する。あれも、茶室のある家へは小さなトンネルを抜けるのだった(と記憶する)。また本作は、竹藪の入り口を見せない、見せる必要を感じさせない、という「映画的な省略」というか、逆に「必要十分であるという確信」というか、がいいのだ。  そしてメインキャストの4人は皆怪演だ。特に成海璃子の科白と科白回し。そして太い声。絶妙に「あの頃っぽさ」を体現する。 #やはり、成海と池松の濡れ場はなかなかのものです。
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[024]独裁者と小さな孫
 ダンスKatsumi_Egi (Mail)2016-03-11
 
 冷徹な画面が怖い怖い映画だが、同時に、例えば、手を繋ぐ、手を放す、手で目を隠す、耳を塞ぐ、耳に手をあてるといった手の描写、或いは灯りや火といった光の道具立てを使っ・・・
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 冷徹な画面が怖い怖い映画だが、同時に、例えば、手を繋ぐ、手を放す、手で目を隠す、耳を塞ぐ、耳に手をあてるといった手の描写、或いは灯りや火といった光の道具立てを使ったシーンなど、繊細な演出の連続で、目が離せなくなる画面の映画だ。ファーストカットの、道路にかけられたシャンデリアの光にまずは瞠目する。電話の指示だけで街の灯りを消したり点けたりするシーン。牛小屋の焚火。床屋のストーブ。火あぶり。手を意識させる所作の演出では、腕相撲、敬礼、散髪のシーンだとか。或いは小道具としてのギターも手の演出に与するだろう。あと、ダンスシーンも意識的に多用される。宮殿でのダンスレッスン。ウェディングドレス姿の新婦が兵士と踊る。牛小屋でのダンス。エンディングもダンスで締められる。  ただ、怨恨の連鎖を説く政治犯の扱いは、分かるし、共感するのだが、いかにも直截的過ぎて映画としては普通過ぎる(というか短絡的過ぎる)帰結だろう。もっと理屈のない混沌で終わる方が私の好みだ。また、宮殿のシーン、家庭教師とマリアが絡む場面は少々薄っぺらい。
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[025]キシュ島の物語
 ドアKatsumi_Egi (Mail)2016-03-11
 
 3話構成のオムニバス映画だが、矢張りマフマルバフの3話目「ドア」が圧倒的な素晴らしさだ。もう嫌味なぐらい出来過ぎのプロット構成と画面。私が云うまでも無く、古今「映・・・
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 3話構成のオムニバス映画だが、矢張りマフマルバフの3話目「ドア」が圧倒的な素晴らしさだ。もう嫌味なぐらい出来過ぎのプロット構成と画面。私が云うまでも無く、古今「映画の演出」とは「ドアの演出」と云っても過言で無いくらいだが、それを逆手にとってこのドアの扱い。短編だからの良さもあるが、この題材で長編を仕立て上げていれば大傑作になったろうにと惜しまれる。  また、1話目も2話目も悪くない。1話目のダンボールの海、2話目の海の向こうのタンカーのカットが綺麗。
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[026]サイレンス
 運命Katsumi_Egi (Mail)2016-03-11
 
 これは本当に美しい映画だ。冒頭からラストに至るまで全く弛緩することなく力強いイメージの連鎖が続く。川の側でパンを売る女達、川の側でざくろを売る女達、赤いバス、詩を・・・
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 これは本当に美しい映画だ。冒頭からラストに至るまで全く弛緩することなく力強いイメージの連鎖が続く。川の側でパンを売る女達、川の側でざくろを売る女達、赤いバス、詩を詠む二人の女の子、市場、ラジカセを持つ男、親方、楽器屋、黒電話、算盤、ミツバチと糞バチ、そして池の側のナデレー。彼女がサクランボを耳にかけるカットのフィルムの触感。何という官能性。また唐突に馬車の馬と人力車をひく少年のクロスカッティングを持ってくるこの呼吸。このように忘れがたい画面を上げていくとキリがない。  勿論、画面の素晴らしさだけでなく盲人を主人公とした映画らしく音の豊かさにおいてもちょっと比類ない。指で耳を塞ぐと水の音が聞こえるシーン、楽器をひく子供達、大きな鍋を打つ少年、そしてベートーベンの「運命」の変奏。ドアをたたく、ババババーン。
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[027]ヘイトフル・エイト
 駅馬車Katsumi_Egi (Mail)2016-03-02
 
 圧倒的な雪の西部劇。雪の質量はコルブッチの『殺しが静かにやって来る』を目指したものだろう。それは冒頭の、超遠景から始まる馬車の"待ちポジション"でも明らか・・・
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 圧倒的な雪の西部劇。雪の質量はコルブッチの『殺しが静かにやって来る』を目指したものだろう。それは冒頭の、超遠景から始まる馬車の"待ちポジション"でも明らかだ。本作も、走る駅馬車の撮り方は俯瞰ショットも並走ショットもちょっと今まで他で見たことのない画面だし、或いは馬の扱い、馬車を御する技術への言及が心憎い。遠景で云えば、ウォルトン・ゴギンズ登場シーンもいい。こういう突出した良いカットを与えられたキャラクターがその後重要に扱われるという演出の一貫性がいい。タランティーノも巨匠らしくなってきたと思わせられる。開巻から主人公は圧倒的にサミュエル・L・ジャクソン、と思わせながら始まるが、店(Minnie\'s Haberdashery)に着いた時点あたりでカート・ラッセルの良さが全面に出る。しかし最終的にはウォルトン・ゴギンズが他を食ってしまうのだ。(しかし、全編を通じてもっとも印象にのこるのは、やはりジェニファー・ジェイソン・リーなのだが。)  前半のネタ振り(伏線はり)のための説明的シーンや、ブルース・ダーンの息子に関する回想を画で見せる取り扱いなど、少々よろしくない部分もあるのだが、それでも後半から帰結へ至る過剰な画面構築にはぶったまげた。やはり、タランティーノは面白い。エンディング(ラストカット)のバランス感覚についてだけ云うと、タランティーノ作品の中でも一番好き。なので大満足。
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[028]キャロル
 Easy LivingKatsumi_Egi (Mail)2016-02-25
 
 えんえんと視線の演出の続く映画であり、一方、窓越し、ガラス越しのカットが半分ぐらい占める窓の映画でもあるのだが、何よりも、切り返し(カットバック、リバースショット・・・
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 えんえんと視線の演出の続く映画であり、一方、窓越し、ガラス越しのカットが半分ぐらい占める窓の映画でもあるのだが、何よりも、切り返し(カットバック、リバースショット)の映画だ。映画演出の王道を見たという気がする。  最初に誘われて行くランチのシーンの、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの各ショットはかなり不安定で、どうしたものかと思っていたのだが、ラスト近くに再登場するリッツのラウンジのテーブルを挟んだ各ショットはもう殆ど完璧。画角を変えたリバースショットのなんとスリリングなこと。このシーンで最後にブランシェットに寄っていくのがまた凄い。そのカットが闖入者により破棄される厳しさに鳥肌が立つ。 #キャロルからのXマスプレゼントは、Canonのカメラ。テレーズからは、ビリー・ホリディ+テディ・ウィルソンの「Easy Living」のレコード。
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[029]オデッセイ
 I Will SurviveKatsumi_Egi (Mail)2016-02-25
 
 これはリドリー・スコットとしてはまとまり過ぎじゃないか。私とて、とても面白く見たが、感動もしたのだが、しかし、破綻のないスコット作品なんて、本当に彼が監督していた・・・
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 これはリドリー・スコットとしてはまとまり過ぎじゃないか。私とて、とても面白く見たが、感動もしたのだが、しかし、破綻のないスコット作品なんて、本当に彼が監督していたのだろうか、といぶかってしまうじゃないか。考えれば、『エイリアン』も『ブレード・ランナー』も、最近の作品だって、破綻こそが魅力と云っても過言じゃないのだから。  冒頭の嵐のシーンは有無を云わさぬ展開で、さらに簡潔な見せ方がいい。ただし、中盤から、地球のシーンが多過ぎだ。ショーン・ビーンやジェフ・ダニエルズのつまらなそうな顔が出てくると、嫌な気分になる。もっと火星の場面が見たかった。さらに云うと、もっとマット・デイモンの苦難を描くのがリドリー・スコットらしさではなかろうか。  画面でも、たびたび挿入される、火星の地表を走るローバーの大俯瞰カットが圧倒的にいい。モニュメント・バレーのような火星の景観にも感動する。
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[030]アンジェリカの微笑み
 Katsumi_Egi (Mail)2016-01-23
 
 本作もノイズの映画。信じがたいような、誇張されたラジオのノイズと共に、主人公イザクは登場する。彼はノイズを纏う人なのだ。道路を走る大型車の音。葡萄畑を耕す鍬、或い・・・
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 本作もノイズの映画。信じがたいような、誇張されたラジオのノイズと共に、主人公イザクは登場する。彼はノイズを纏う人なのだ。道路を走る大型車の音。葡萄畑を耕す鍬、或いは耕運機の音。農夫たちの歌声。特に、オフスクリーンから聞こえる自動車の騒音の使い方は尋常ではない。ファンタスティックな画面の処理は勿論見所ではあるが、それ以上に、この音響には新規性、或いは特異性を感じる。  そして、本作も開けられた窓とドアの映画であり、イザクの部屋の窓はラストまで常に開いている。常にというのは誇張なく一日中ということであり、このこと自体、当然ながら多くの観客は異常な感覚を持つ。(それを見越したように、真夜中、窓から部屋の中へ蛾を入りこませ、バタバタ飛ばしたりするという稚気溢れる演出がある)。また、ドアも一度開けられると、閉められることがない。それはイザクの部屋だけでなく、教会でも、アンジェリカの館でもそうだ。特にアンジェリカの館で、屋内に置かれたカメラがドアの向こうの屋外を切り取る様は、まるでジョン・フォードの画面が紛れ込んだような興趣がある。窓とドアは異世界との境界の表象としてこゝでも見事に働いている。  尚、レオノール・シルヴェイラの見せ場をもう少し作って欲しかったと思う。その代わりに、館の怖いメイドがいい味を出している。彼女の存在も異世界との接点(使者というか)を思わせる。
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