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投稿されたユーザーコメント
 
 「brightside」さんのコメント一覧 登録数(20件)rss
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[001]グレン・ミラー物語
 今見るとどうもだめbrightside2016-12-26
 
ハッキリ言ってひたすらなぞるだけ。ヤマもあるようでいて、全然ない。 結婚して、次のシーンでは早くも妻が「不満なの。あなたは書けるわ」って。早ぇっつーの。終始こんなか・・・
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ハッキリ言ってひたすらなぞるだけ。ヤマもあるようでいて、全然ない。 結婚して、次のシーンでは早くも妻が「不満なの。あなたは書けるわ」って。早ぇっつーの。終始こんなかんじ。ドラマがない。話を転がしてるだけ。 平坦なストーリーと人物をせめて撮影か美術がカバーしてほしいが、演出も撮影も二流。とくに演奏シーンの画角の甘さはだめすぎる。(そのくせアーミー慰問のシーンはやたら気合いが入っている。そこは注目かな) 以前感動した方はもう一度注意して見てみるといい。 なんか全体的にだめだから。 画に描いたようなアメリカンワイフをハスキーボイス・笑顔が魅力的なジューン・アリスンが演じているが、これも彼女はとてもいいが、映画のロジックやセンスがいいわけではない。今この映画を見る人も少ないと思うが見てしまったので書いてみた
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[002]カサンドラ・クロス
 リチャードハリスがソークールbrightside2011-06-10
 
ずっと怖い映画だと思っていました。 しかしそれは「カサンドラ」だ。 本日、午後のロードショーで見てしまった。 いやー。この頃のオールスターパニック映画はいいねぇ! ・・・
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ずっと怖い映画だと思っていました。 しかしそれは「カサンドラ」だ。 本日、午後のロードショーで見てしまった。 いやー。この頃のオールスターパニック映画はいいねぇ! しかもアメリカものではなく、味わいがヨーロピアンテイスト。 タワーリングインフェルノのフェイダナウェイに対応するのがソフィアローレンってとこも心憎い。 この映画のラスト。初見でビックリしたのだが、同時に味わい深く思う。 おそらく列車は階層的に、一等車両が前に作られているはず。 つまり、落ちるのは常識に縛られた金持ちなのだ。 さて。 どこまで制作時にそう意識したのか知らないけれど、そんな見方もできると思うよ。 敵味方入り乱れて列車から降りるさまは、あまりにも現代的で痛切。
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[003]イントゥ・ザ・ワイルド
 ハル・ホルブルック、ワイルドスイートピーbrightside2010-04-23
 
あなたはヒッチハイクをしたことがあるだろうか。 どんなボリュームでも構わないけど、そんな経験のありなしでこの映画への態度は変わってくるだろう。 また、そういうことへ・・・
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あなたはヒッチハイクをしたことがあるだろうか。 どんなボリュームでも構わないけど、そんな経験のありなしでこの映画への態度は変わってくるだろう。 また、そういうことへの「憧れ」のありなしでも、態度は大きく変わるだろう。 したから偉いってことを言いたいんじゃない、一応言うと。 たとえば実際、無賃乗車がバレてしこたま殴られるシーンがこの映画にはちゃんとある。 しかしあのシーンを描けるかどうかとか、まさにそういう経験がモノを言うとぼくは思う。 (ちなみに僕は、「ある」。) 先の感想でなるほど、西洋的だというのは共感できる。 ぼくも「弾多くね?かなり買い込んでる?」という感想は映画を観ながら思っていた。 それに結局バスで安住していることや自然を採集することの遅さなど、なるほどその通りだ。 お米だっておそらく、バーガーキングで稼いだ日銭で買ったのかもしれない、コストコあたりで。 結局人の温もりがほしいんじゃねぇか、逃避野郎!っていう見方も当然あると思う。 しかしそれをひっくるめて僕は肯定する。 時を忘れてしばし映画に入っていった。サバイバルの仕方はそれこそ「自由」だ。いいじゃないか。超楽しそうだよ。 これは「解放と絆」の物語であり、カミングエイジものだとも言える。 それに、このロードムービーは脇役が冴え渡っていて、なんとも沁みるのだ。 ロン・フランツを演じたハル・ホルブルックはあの横顔で、アカデミーにノミネートされた。当然の評価だと思う。 あの涙のカットだけでこの映画は成立するとさえ思う。ショーン・ペンは望遠ズームをうまく使い俳優たちの呼吸を見事に切り取っている。 ラストショットもどうやって撮ったの?って思いつつ、そんなことをさらっとする演出が粋だ。 残念なのは、親子が「赦し」のフィールドに現実として立てなかったこと。 この映画がその思想領域まで行けない構造であることが残念だ。 実話だから仕方ないとも言えるが、うーん。 ここまで成熟したショーン・ペンの演出が父ウィリアム・ハートと実際どう対決するのか、どんな表情を要求するのか観たかったのは僕だけではないと思う。
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[004]チャイナタウン
 ただただチャイナタウンbrightside2010-04-22
 
傑作であればあるほど、あまり長々と書いてはいけないぜ? この映画でまず一番はじめに凄いのは、脚本なんである。 なぜなら、100%オリジナル脚本で、アレなのだから。 原・・・
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傑作であればあるほど、あまり長々と書いてはいけないぜ? この映画でまず一番はじめに凄いのは、脚本なんである。 なぜなら、100%オリジナル脚本で、アレなのだから。 原作はない。 そこからはじまって、全ての仕事が競い合うようにフィルム上に超高度に結晶している。 「70年代最高のアメリカ映画の一つだ。」 ――そう誰もが口を揃えるが、オレも本当にそう思う。
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[005]NINE
 落下するマストロヤンニが観たくなるbrightside2010-03-31
 
公開中なのにコメント伸びてないかぁ…。さて、感想。 「シカゴ」ほどの神通力はなかったかな。「81/2」を下敷きにすること自体、かなり冒険なんだけど、今の時代的にはマニア・・・
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公開中なのにコメント伸びてないかぁ…。さて、感想。 「シカゴ」ほどの神通力はなかったかな。「81/2」を下敷きにすること自体、かなり冒険なんだけど、今の時代的にはマニアックだったようだ。 個人的にはマニアック上等!だけど、60年代ルックの粗ーい粒子感とミュージカル要素に折り合いがついていない印象にも思う。 つまりみんなは、もっとパッキパキの映像による、パッキパキのシャープなダンスとストーリーを観たかったのかもしれない。シカゴのアップデートのようなね。 でも本作はそうではない。だって基が「81/2」だもん。そりゃそうだよねってことに観てて気付くはめにあう。 撮影がなんとなーく上手だとも思えず、肝心なダンスシークエンスだが、瞠目したのはケイト・ハドソン編のみ。あの押し出しの良さは観てて気持ちいい。 ジュディ・デンチとマリオン・コティヤールの役柄がおいしく、キッドマンは登場時間が少ないながらリッチ。ペネロペはシェイプしきれずだ。 うーん。なんだろね。 ある程度「踊る」ための「前提」が必要なはずだが、それが今作では薄いのだ。 それは登場人物の多さが一因だろう。もっとタイトなメンバーで構成して少し物語ってから踊れば意味も増すのだが、今作はまるで余興のようなダンスシークエンスだ。 かといってこのストーリーはサクセス物でもないから、じっくり描くわけにもいかず(くどいようだが基が「81/2」)、オリジナルの幻想的・呪術的ギミックをミュージカルに置き換えるにも筋が悪いのだ。 デイ・ルイスは無難にもキマっているが、マストロヤンニほどのユーモアはないわけで、物語はややシリアスに傾いてゆく。オリジナル屈指の「落下するマストロヤンニ」ほどの映像美が用意されているわけでもない。 空騒ぎが終わった後の、最後の「2年後」は観てて気持ちがようやく整理されて落ち着くモノがある。あのラストはそんなわけで重要だ。 「81/2」が久しぶりに観たくなった。あの「落下」をもう一度・・・。 そしてもうひとつ。「オールザットジャズ」のラストだけが無性に観たくなるぜ。
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[006]パララックス・ビュー
 ザ・ハードボイルドbrightside2009-12-25
 
W・ベイティー主演の超極シブ映画。 政治的に「ネットワーク」より渋く、描写は「フレンチ・コネクション」よりもゴロッとロックしている。 シャープすぎて、気付かないほど、・・・
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W・ベイティー主演の超極シブ映画。 政治的に「ネットワーク」より渋く、描写は「フレンチ・コネクション」よりもゴロッとロックしている。 シャープすぎて、気付かないほど、この映画の描写はシャープだ。(?) 演出の語り口も、「現象」→Because→「原因」 で徹底している。 キモチ悪いくらいに。演繹法の骨頂かってくらい。 で、そのへんの理論もテーマ性に備わっている。パララックステストの気持ち悪さったら、ない。 説明であふれた昨今の映画と比べると、この鮮度は素晴らしく、分からないヒトはピントが合わずただ眠くなるだけだろう。 ゴードン・ウィリスの撮影もソークール。 クールすぎて冬眠してしまうかもしれない。 74年のこの映画は、多くのアメリカのポリティカルサスペンスの礎になっていると思う。 「クライシス・オブ・アメリカ」(「羊たちの沈黙」)のジョナサン・デミもきっと好きだろうね。 このような映画を単に「陰謀系」と片付けるのはとても単純でもったいない思考だと思う。 マスコミ界を描いた「ネットワーク」もそうだが、これも「企業を描いた映画」だということがなによりのメッセージだ。 国ではなく、企業だということ。そして映画をつくっているのもまた、企業だということ。あー、キモチ悪い。
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[007]ジョー・カーナハン
 監督たちのレースbrightside2009-12-16
 
この監督の映画は全作品を観ている。なんたって3作しかないからね。 そのきっかけは、やっぱり「NARC」(2002)だ。 賛否&フレーバーの好みとあるだろうが、僕は肯定する。好・・・
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この監督の映画は全作品を観ている。なんたって3作しかないからね。 そのきっかけは、やっぱり「NARC」(2002)だ。 賛否&フレーバーの好みとあるだろうが、僕は肯定する。好きである。 たまに観たくなるような磁力がこの作品にはある。 J・パトリックとレイ・リオッタの才能を再認識させた功績も相当デカい。とてもシャープな映画だ。 この頃、つまり90年代末期〜2000年冒頭に現れた映画作家の中で、 アメリカハリウッドで苦労しているのは彼と、 D・アレノフスキーと、リチャード・ケリーではなかろうか。(H・コリンとかは置いといて。) 正直「スモーキン・エース」(2008)はどうでもいい、どうしようもない作品だったが、 これだけの顔を揃え仕切れる監督も、若手では数少ない。彼と、C・ノーランとPTAぐらいだ。決してひ弱でもないわけだ。 もっとも、それだけ前作「NARC」にパンチ力があったということもできる。 また、違う側面で言えば、彼に代わって「M:I3」を撮ったJ・J・エイブラムスはとんだ爆発力を見せた。 とまあそんな意味で、 熾烈な「ハリウッドレース」で微妙なポジショニングを漂い続けるJ・カーナハンなのである。 一言で言えば、「これからも頑張って欲しい」。 次回作に期待しているのです。
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[008]アリスの恋
 都会のアリス、ではない(昔混同してた)brightside2009-07-31
 
年齢の割には、ずいぶん甘えん坊なフィーリングだったので 子役の設定を12才ではなく、9才くらいにしたらもっとすんなりだったかもしれないが、 でもそーすっと、こんどはロ・・・
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年齢の割には、ずいぶん甘えん坊なフィーリングだったので 子役の設定を12才ではなく、9才くらいにしたらもっとすんなりだったかもしれないが、 でもそーすっと、こんどはロック好きとカントリーの対比がでないんだよなぁー・・・ 当初の脚本がどうだったかはわからないけど、 ロック好きにしたのはスコセッシのアイディアかもしれない、というのもある。それと あの夫と、エレン・バースティンの間からあの子の性格が育つのはやや難がある、とも言える。 的な、気になる部分は正直どうでもよく! これは本当によくできたクラシック。 逆にある意味、「現実と娯楽」の狭間を考えるに、これ以上足すことも引くこともできない。 時代を超えて普遍的なテーマではなかろうか。 身近な、とてもスモールで、ビッグな題材を、楽しめる作品に昇華しているこの仕事はすごい。 スコセッシ作品を「タクシードライバー」から入る人も多いでしょうが、その一つ前のこの映画も とても素晴らしい。当時のスコセッシの、脂が乗り切っている勢いを感じると同時に、 「男」を撮らすとものすごくシャープな監督の、貴重な「女性映画」でもありますね。 最後のクライマックスの舞台が、しょげたダイナーってのもまた、いいんだよなー・・・。
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[009]レスラー
 復活って響きは本当にいい。brightside2009-06-29
 
これは寡作な監督からの、ミッキー・ロークとマリサ・トメイへのラブレターだ。 ラストの回答は一つの人生のあり方を、確実に伝えている。 はー・・・(ため息) 気を取り直・・・
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これは寡作な監督からの、ミッキー・ロークとマリサ・トメイへのラブレターだ。 ラストの回答は一つの人生のあり方を、確実に伝えている。 はー・・・(ため息) 気を取り直して。 W・ヴェンダースがこの作品を激賞したのも頷ける。あの人もそれはそれは残酷な「パリ、テキサス」を作ってるからね。 好きか嫌いかは別として、「過去と生きる」とはどういうことかをストレートに突きつけている。 「バーフライ」ではないけれど、今のミッキー・ロークはC・ブコウスキーにそっくりだとも思った。 「レジェンド・オブ・メキシコ」や「シン・シティ」でも異彩を放ったが、 とにかく素直に彼の代表作となった本作に敬意を表したい。 彼を知らない若い人はピンとこないだろうけれど、しかしこの演技の迫力はなにかを伝えるに充分すぎる。 マリサ・トメイもとても素敵だ。 「スラムドッグ$ミリオネア」もそうだけど、最近の英語圏映画は「拾われた」作品に何かがある。
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[010]劔岳 点の記
 木村大作というシェルパbrightside2009-06-25
 
木村大作監督が、自分を誰に投影しているか。すぐに分かった。 それは香川照之演じる、宇治長次郎だ。 長次郎は今で言う、シェルパ。シェルパとは、高名な登山家を山頂までアレ・・・
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木村大作監督が、自分を誰に投影しているか。すぐに分かった。 それは香川照之演じる、宇治長次郎だ。 長次郎は今で言う、シェルパ。シェルパとは、高名な登山家を山頂までアレンジする案内のエキスパート。 シェルパが切り開いた道を登山家は歩き、そして登頂の終局で、シェルパは登山家に先頭を譲る。 これって映画組織で言うところの、そのまま、撮影監督ってポジションじゃないかと思うのだ。 おそらく、というか確実に、その線として自分を投影したに違いないのだ。(だから、最後の譲り合いは観ててキモチ悪かったよ。) 鬼の「八甲田山」で見せた、勝手に命名するけど「大作ショット」も健在だ。 クレパスからのショット。雲の絨毯を見渡す演者のカット。超望遠の登山ショットなどなど。 それらを「これらはデジタルではなくフィルムなのだ」と贅沢に、そして厳しく切り取ってゆく。 「フレームを支えるのは、腕力ではなく魂だ。」このことを、木村大作と黒澤明に強く、感じる。 そして魂で露光したフレームの先にはそれに堪える被写体がなければならない。 浅野忠信はこの映画で、高倉健の再来となった。と言うと言い過ぎだろうか。夏八木勲扮する行者を背負った猛吹雪のシーンが印象的だ。 あの得も言えぬ狂気の中の浅野忠信の表情はとにかくシビれる。「ああ。これ健さんだよ」と普通に思った。 ちなみにパンフレットに「これは山をひたすら眺める映画ですか?」と浅野が監督に聞いたというエピソードが載っているんだけど、俳優のメカニズムを知る上でも面白い。たしかに。 この映画はある意味「踏み絵」のようなもので、シネフィルはけっして否定できない作りになっている。 しかしケチを付けるようだけど、物語の「うねり」が、残念ながらほとんどない。 芝居の迫力を切り取るのもスゴイ。映像もスゴイ。しかし「うねり」がない。 それは撮影監督としてのキャリアであった木村大作のドラマツルギーの稚拙さだ。 しかし。そうであろうと、この到達点は近年まれに見るのである。そんな意味での踏み絵。ふやけた映画が多い中、否定出来るわけがない。 と同時に、やはり「八甲田山」の監督・森谷司郎や、ドイツ映画の金字塔「Uボート」の監督W・ピーターゼンは偉大なのだと改めて痛感してしまう。 撮影監督としてのシェルパと、監督たる登山家。 この二つの関係はやはり、切り離せない蜜月の中にこそあるべきだ。 と映画を超えて欲深くも考えてしまった。
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[011]トニー滝谷
 どうせならステーキが食べたかったbrightside2009-04-04
 
うーん。どうかな。 率直な実況中継をすれば、エンドクレジットが出てきたとき、僕は舌打ちした。 「これ、終わってねーじゃん、話が」と。なんだ、その幕引きは、と。 60分・・・
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うーん。どうかな。 率直な実況中継をすれば、エンドクレジットが出てきたとき、僕は舌打ちした。 「これ、終わってねーじゃん、話が」と。なんだ、その幕引きは、と。 60分位からせっかく話がうねってイッセー尾形もようやくよくなってきたというのに、もったいない。 いや、むしろ、ビビってねーで、物語すすめようぜ市川準監督さんよ! と思った。 この映画は少なくとも、あと30分は足りない。 話がオチてない。単純にオチろとは言わない。とにかく、そこは終わりじゃない。このあと2時間あってもいいよ。 しかしこれ以上の展開を意識的にも無意識にも用意しない/できないのがこの作り手の限界でもあるのではないかとも思うのだ。 (お亡くなりになられましたが。) そう思わせたのは宮沢りえがとにかく美しいからだ。そして喪失感をキープする後半部はポテンシャルが高いから。 二人の俳優が作り上げたキャラクターの呼吸を強制終了してしまうんだから参るよ。 言うなれば、産地直送の出来のいいものすごく高い食材でサラダを作ったようなもんだ。 しかもそのサラダは店主の自慢の鼻息とは裏腹で、ドレッシングが手間の割に、安いぜ。 そのドレッシングとは、全編ナレーションのこと。映画中、心象風景すらまるごとナレーションしてる! これはある意味、映画の禁じ手に挑戦したとも言えるが、であるならば、いよいよもってあの尻切れトンボな終わり方が腹立たしく思えても来る。 「やるならとことんやってくれよ。あなたの中ではエンドかもしれないが、それじゃ伝わらないよ」 そう思えてならない。映像という伴奏の着いた、上がりきらない映小説だ。もったいない。 そしてもったいないものって、酷評ができないだけに、筆も伸びるじゃないかコノヤロウ! 未読だけどおそらく、あれが原作の最後でもあったのだろう。 でも、映画って小説の「再現」でいいのかい? 俳優の息吹や映画の可能性を殺してもそれでも再現でいいのかい? 原作者村上春樹のレトリックの罠に落ち、そこを解脱するのでもなく安住してる。それであのラスト。 うーん。どうかな。僕は舌打ちする。
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[012]ノーカントリー
 Keep it!brightside2009-02-10
 
去年のこの時期、初めてNYへ旅行したときこの映画を見た。 チェルシー地区目抜き通りのかどの映画館。もちろん字幕なんかない。ひたすら、英語だ。 しかしそれは、ぼくのリミテ・・・
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去年のこの時期、初めてNYへ旅行したときこの映画を見た。 チェルシー地区目抜き通りのかどの映画館。もちろん字幕なんかない。ひたすら、英語だ。 しかしそれは、ぼくのリミテッドすぎる英語でも十分だった。 なぜなら画だけで充分、内容が伝わる極上のサイコ・ノワールだったからだ。 (きっとヒッチコックの「サイコ」を字幕なしで観ても充分楽しめるでしょう? そんな意味でのサイコ) 旅行者として見たのもとても良かった。つまり「ストレンジャー(見知らぬ者)」として触れ得たからだ。 人種のルツボであり、となりがナニジンで何をしている人かわからず、かつ、広大なアメリカ大陸の真っ只中でこの映画に触れたことは、 おそらく日本でこの映画に触れるよりかなり感想を異質なものにしたはずだ。 少なくとも、のっけからのめり込んだ。 「あり得る、この国だとあり得る」という妙な説得力を、わずか数日滞在の旅行者をもってしても、たまらなく感じさせるのである。 それっくらい、自分のセキュリティーというモノに対してアメリカという国にいると過敏になるわけだ。 そこをグリっとついた邁進力溢れる映画である。 また顔の対決がたまらない。 「グラインドハウス」でこんな俳優居たんだ!と世の中を感心させたジョシュ・ブローリン。 その彼をまるで、カート・ラッセルをマッドにアップデートしたようなマイトガイに配置し、サイコ野郎と対峙させる演出の心憎さ。 さらに事件を担当するのはトミー・リー・ジョーンズ。 この配置関係でわくわくしない方がおかしい。 ファーゴを引き合いに出すまでもなく、ライトと車の演出もコーエン兄弟の真骨頂で、とにかくシビれる。 うしろの席のカップルなんかは、シビれすぎて、たまにオレの席を蹴り上げたりするものだから、臨場感と迷惑感も映画同様、満載だ。 ぼくは最終的に暗闇にポップコーンをぶちまけることになるのだが、それはいいとして、この映画のラストを見終えるとぼくは、 「病んでんなー・・・」という単純な感想をフィクションと現実の狭間で感じるのだった。
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[013]ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
 I've finished!brightside2009-02-10
 
去年のこの時期、バブルが崩壊する前に行かなきゃ、と初めてNYへ旅行したときこの映画を見た。 60丁目あたりのアッパーイーストサイドの映画館。 お! やってる! と入っ・・・
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去年のこの時期、バブルが崩壊する前に行かなきゃ、と初めてNYへ旅行したときこの映画を見た。 60丁目あたりのアッパーイーストサイドの映画館。 お! やってる! と入った。 もちろん字幕なんかない。ひたすら、英語だ。 しかしそれは、ぼくの超リミテッドな英語ヒアリング力でも十分だった。 なぜなら冒頭の11分間は、科白がないのだから。 画と音の迫力で強烈に見せきるオープニングシークエンスはとにかく圧巻。 あとはまるでブルースリーのように「Don't Think,Feel!」の境地でこの映画を感じればよかった。 新作に出るたびに、英語圏の人々にモノマネされるダニエル・デイ・ルイスの演技。 しかし今回も影響度・衝撃度ともに満点の演技を披露する。あらかじめ汗をかくほどの体温、そしてあの声音。 それらはすべてそのキャラクターを的確に表現している。「I Own You!」 きっとデイルイス本人は低体温でか細い声だろうから、やんなっちゃうんだよ。メソッドもいいかげんにしてくれよ。(←誉めてる) 見た方はわかるはずだが、あのクライマックス。 その劇場内では女性の方が、ふつうに、たまらず席を立っていた。ぼくは、無理もないと思った。 アメリカという国を、権力というものを、豪腕のストレートで描いた作品だった。それはたまらなく暗くなくてなんだというだろう。 またそこがNYってのがキタ。鑑賞後ぼくも「病んでんなー・・・」そうため息をついた。 何がどう病んでるのか、自分なのか世界なのか、だれが、どうなのかはその喧噪にすぐかき消されたのだけれど。
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[014]チェ 39歳 別れの手紙
 ビート系積み重ねムービーbrightside2009-02-08
 
映画監督を音楽の作曲家でたとえると、大きく分けて、 メロディ重視で物語る人とビート重視で物語る人にわかれると思う。 ソダーバーグ監督は後者に分類されると思っていたが、・・・
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映画監督を音楽の作曲家でたとえると、大きく分けて、 メロディ重視で物語る人とビート重視で物語る人にわかれると思う。 ソダーバーグ監督は後者に分類されると思っていたが、今回は輪をかけてビート系だった。 いかにもこれから盛り上げるぞ、といったケレンがないばかりか、抑揚というヨクすらなかった。 しかし、そのことでこの映画は成功している。 「映像カット」というカットを、坦々と、それでいて終わってみると夥しいほど 丹念に重ねていったことで、この映画への賞味期限を密封することに成功している。 チェ・ゲバラという20世紀屈指のアイコンを相手にするとき、 作り手の鼻息荒い自意識などトゥーマッチである。とこの映画は宣言し、 メロディではなくビートだけで見せきる挑戦をモノにしたわけだ。それも2部作ともずっと。 公開中の現在はパートワンを見た人が、それもかなりお尻たたいて見届けにいく感じなわけだが、 パートツーこそが作り手の本題でもあったように、見応えはこちらにある。 というより、もちろん映画は興行と切っても切れないが、1と2をあわせた4時間超サイズで、 一気にインターミッションこみ&映画館で見るべき映画のはずである。 そうしないとこのビートの積み重ねによる只ならぬドープ感は伝わりにくい。(パートワンも相当積み重ねてるからね) それに、それこそが革命になっただろうに。 そういう挑戦にたいしては入場料3千円でも平気で出す「革命待ち」の人間は確実にいるのだから。
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[015]ランボー 最後の戦場
 まじでランボー論出すよbrightside2009-01-20
 
「プライベート・ライアン」をエポックとして、戦闘描写はこの10年で大きく変わった。 「ランボー」シリーズの最後を締めくくるこの作品もバトルラインのアップデートは必至・・・
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「プライベート・ライアン」をエポックとして、戦闘描写はこの10年で大きく変わった。 「ランボー」シリーズの最後を締めくくるこの作品もバトルラインのアップデートは必至だった。 ケレンを排したリアリティ、ドキュメントタッチ、コマ落とし・・・平易にいえば、陰惨に物理としての殺しを描く。 しかしこの手法はかえってランボーという存在を浮き彫りにする。それがまざまざとわかる今作。 つまり、 ランボー、そしてランボー周辺をリアルタッチで書くとこうなりまっせ。 どうでっかみなさん、悲惨でしょう、そうなんです、もうとっくに答えなんてないんですよ、 ハリウッドにも、ランボーにも、よくわかんないんすよ、もうバトルマニアにしか見えんでしょうよ? そうですよ、アメリカって国家はバトルマニアなんですよ、えぇ、もう、それはそうなんです・・・ この虚ろなまでの悲痛な叫びはランボーシリーズの底流に流れていたテーマだ。 それが、この10年来「流行の」バトル描写で鮮明に浮き彫りとなる。 そして当のスタローンも、その効果を知っていたとぼくは理解している。 なぜなら、ランボーシリーズそのものが、バトルラインの流行とともにあったことを思い出せばすぐわかる。 そのなかで「アメリカの悲惨」に常にフォーカスをあてていた。実は、まったくブレてない。 スタローンという人はああ見えて映画の仕組みと限界をちゃんと理解している映画作家である、とぼくは確信している。 この映画の最後、第一作ファーストブラッドの服装で故郷へと帰ってくるジョン・ランボー。 しかし、このラストは心憎いだけではない。 それまでの鬱蒼としたミャンマー密林との違いを思うと、普通にすごいのだ。 その大画面に映し出された大草原の小さな家に、僕は単純なまでの地理的感嘆をおぼえる。 世界って本当に広いのだ、と。
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[016]ブレードランナー
 こう言うと自慢に聞こえちゃうけどbrightside2009-01-20
 
大きな声で言うのは恥ずかしいけど、言っちゃうと ぼくはこの映画を封切り当時、リアルタイムで劇場で観てる。 「どうだ、うらやましいだろ!」(ずいぶん大きな声だ) ち・・・
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大きな声で言うのは恥ずかしいけど、言っちゃうと ぼくはこの映画を封切り当時、リアルタイムで劇場で観てる。 「どうだ、うらやましいだろ!」(ずいぶん大きな声だ) ちっともうらやましくないかもしれないが、少なくとも 小学生時分の頭の柔らかい頃体験したその大画面の思い出と、 この映画のその後の隆盛とを同時にリファレンスできるわけだ。 もうこれ以上はプライベートな情報量なので差し控えるけれど、その後も、 そしてこれからも、折りにつけ何度かこの作品を観てはリファレンスするのだろう。
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[017]エル・トポ
 4コマ漫画で「5コマ目を目指した映画」brightside2009-01-19
 
へぇ。菊池寛の原作だったんですか? まさにネタバレというか、参考になります。 わりと映画抗体ができて久しい時期に手に取ったので、大きな麻疹にはならなかったけど、 そ・・・
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へぇ。菊池寛の原作だったんですか? まさにネタバレというか、参考になります。 わりと映画抗体ができて久しい時期に手に取ったので、大きな麻疹にはならなかったけど、 それでも体内にすげーきたのが、いい映画のなによりな証拠。 色んな評判や情報が先行しちゃって、逆に敬遠しちゃう映画ってないだろうか。 これもとにかく当時VHSパッケージのイメージが鮮烈で、 おまけにカテゴライズされた一定の評判は一応耳にしていたので知らん顔してた。 が、いつの日かなぜか観た。 すごいパワーに満ちあふれた映画。「これはどこまでいくんだ?」と。 カルトだなんだと言う前に実際映画に触れるとよくわかる。 これはまともな映画である。常識的とは言えないがきわめて真面目な映画だ。イメージや思想に対しとても真摯。 いや。この邁進力は真摯すぎるだろう。アクは強いけど。とにかくまじめだ。 この感覚はドイツのヘルツォークの口径に似ている気がする。「フィツカラルド」とね。 それか手塚治虫の「火の鳥」・・・って言ったら褒め過ぎだろうか。 西部劇の対決の「個」から(これもまた単純にしてキッチュでいい)、没個の輪廻にいく二部構成を取るあたり並大抵じゃない。 それにこのダイナミックなうねりを出せる映画はほとんどない。 いわば4コマ漫画が、5コマめに突入する緊張感と開放感といえばいいだろうか。 大手メジャーは決して踏み込まない、個人映画だからこそ到達せんとする野心がそこにある気がする。
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[018]クリフ・カーティス
 笑わないスマイリーbrightside2009-01-19
 
ぼくが「トレーニング・デイ」という映画が好きな理由は、きっと スマイリーという役の存在にあると思う。もっと他にもあるとおもうけど。 クリフ・カーティス。その人がやった・・・
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ぼくが「トレーニング・デイ」という映画が好きな理由は、きっと スマイリーという役の存在にあると思う。もっと他にもあるとおもうけど。 クリフ・カーティス。その人がやった役の名前だ。 「トレーニング・デイ」は路上クライムものだから、 競うようにして不穏な顔が大挙出てくるのだが、このスマイリーにはとうてい勝てない。 その存在感。「あ。この人あぶない」とひしひしと伝わってくるその迫力。 映画ってそんな脇役がポッと出てくるからワクワクする。 スマイリーに会うだけでも「トレーニング・デイ」を観る価値があるとすら思う。 おそらくこの演技が評価されて「ダイ・ハード4.0」で大役をつかんだのだ(と思いたい)。
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[019]イグアナの夜
 贈り物のような詩が待っているbrightside2009-01-19
 
これは隠れた傑作? なのだろうか?(コメント少ないけれど) 急に思い立ったように監督にして怪優ジョン・ヒューストンが気になったとき、ぼくはこれを観た。 そして改めてジ・・・
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これは隠れた傑作? なのだろうか?(コメント少ないけれど) 急に思い立ったように監督にして怪優ジョン・ヒューストンが気になったとき、ぼくはこれを観た。 そして改めてジョン・ヒューストンには気をつけろ!(いい意味で)と思った。 この映画は、2部構成になっている。 前半のドタバタと、それが立ち去った後の妙な静けさの。 それはある意味、人間の表面の欲望と、深層の魂とのコントラストになっている。と言うと大げさだろうか。 しかしだからこそ「イグアナの夜」というタイトルが味わい深いと思う。 ともかく、老人が最後読み上げる詩は、透き通るように美しい。
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[020]華麗なるギャツビー
 原作目線だけどbrightside2009-01-19
 
強烈で明快な設定を有する傑作原作を、映画としてできる限り忠実に映像化していると思った。 なかでもレッドフォードはハマっている上、当てる演技もものすごく原作に忠実で逆・・・
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強烈で明快な設定を有する傑作原作を、映画としてできる限り忠実に映像化していると思った。 なかでもレッドフォードはハマっている上、当てる演技もものすごく原作に忠実で逆に驚いた。 出る主要人物はどれも、はちゃめちゃ彫りが難しいはずだが、 みんなよく解釈していたのではないか。(ジョーダンはあんなだよ。トムはちょっと違ったけど) もちろん、ミア・ファローのデイジーには意見が分かれるとこだけど、誰がやったって 20世紀が生んだ屈指のビッチ(失礼。)の役どころにはどうしても好みがでるし、難しい。 構成では、映画になるとやはり、書き手の一人称スタイルは諦めざるを得なかったはずだが、 だからこそコッポラの脚本は原作への愛情も感じた。 原作はもちろんだけど、映画でもギャツビー去りし後の終局の余韻は極上。 逆に父親のシークエンスは邦訳の原作より感動した。つまりこの終局こそが最大に映画的なのだ。 だから間延びしたってどうしてってこの終局がキモ。デイジーの退場カットはその最たる贈り物。 最後につけ加えると、 この作品イッパツで世界を穫ったラルフローレンのメンズワードローブはやはり、目を見張るものがある。才能ってすごい。
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