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投稿されたユーザーコメント
 
 「eddie」さんのコメント一覧 登録数(202件)rss
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[001]下町ロケット
 「ガウディ編」は「?」eddie2016-02-22
 
なかなか見応えがあって、毎回引き込まれた。 だが、後半の「ガウディ編」は、小泉孝太郎にあそこまで華を持たせる必要があったか?「初の悪役」ということだったが、あれでは・・・
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なかなか見応えがあって、毎回引き込まれた。 だが、後半の「ガウディ編」は、小泉孝太郎にあそこまで華を持たせる必要があったか?「初の悪役」ということだったが、あれでは中途半端で、小泉のためにもならんだろうと思うが。 今田耕司は、まあ、限りなくミスキャストに近いが、リアルと言えばリアル。こういうドラマの「優秀なドクター」と言えば、もっとピシッとしたスクエアな役者が出てくるもんだが、現実にはああいうキャラの人もいるからね。 ということで、9点。
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[002]貞子3D
 エイリアン???eddie2013-08-31
 
これって、貞子じゃないだろう。
  
 
[003]007 スカイフォール
 ボンドもダニエル・クレイグの次は黒人か?eddie2013-01-01
 
ダニエル・クレイグになってからの作品は、どうも、ジェームズ・ボンドの生い立ちや人間形成の背景に重きを置き過ぎているような気がする。今回タイトルとなった「スカイフォー・・・
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ダニエル・クレイグになってからの作品は、どうも、ジェームズ・ボンドの生い立ちや人間形成の背景に重きを置き過ぎているような気がする。今回タイトルとなった「スカイフォール」とは、ボンドの生家のあるイギリスの地名のようで、ボンドがエージェントになるまでの出来事が明かされていくのだが、我々長年のファンは、そんなことは別に知りたくないのであって、早いとこそういうのは切り上げてもらって、昔のような颯爽としたボンドを見せてほしい。 それにしても、ミス・マニーペニーが元エージェントだったというのは、時代の移り変わりもあるとはいえ、相当大胆(というか、強引)な再解釈で、びっくりした。しかも、CIAエージェントのフェリックス・ライターに続いて、こちらも黒人に。この分じゃ、ダニエル・クレイグの次には、ボンドも黒人になってしまうのではないか、と心配になる。
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[004]ALWAYS 三丁目の夕日
 若い人たちはどう感じるのだろうかeddie2012-12-09
 
私は東京オリンピックを小学校の教室のテレビでみんなで観た世代だ。だから、この映画に出てくるような人物も、出来事も、メンタリティーも、すべてよくわかる。「明日は今日よ・・・
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私は東京オリンピックを小学校の教室のテレビでみんなで観た世代だ。だから、この映画に出てくるような人物も、出来事も、メンタリティーも、すべてよくわかる。「明日は今日よりもっと良くなる」「正義は必ず勝つ」、そう信じられた時代だった。人間がまっすぐ生きるために必要なのは必ずしも「豊かさ」ではなく、「希望」なのだ、ということを痛感する。 今の若い人たちは、この映画を観て、どう感じるのだろうか。「こんなやつ、いねぇよ」・・・そう思うのだろうか。確かに、こんな日本人はいなくなったな。あの頃は、日本人の多くがこんなだったんだがな。
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[005]ボーン・レガシー
 もうひとつよくわからん作品eddie2012-10-09
 
ジェイソン・ボーンの事件により国際的謀略が表ざたになったため、CIAが組織防衛のために、同時進行中だった作戦を闇に葬ろうする、というストーリーなのだが、ボーン・シリ・・・
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ジェイソン・ボーンの事件により国際的謀略が表ざたになったため、CIAが組織防衛のために、同時進行中だった作戦を闇に葬ろうする、というストーリーなのだが、ボーン・シリーズでは、その作戦の概略が描かれていたのに比べ、この作品では「アウトカム」なる作戦の何たるかも明らかにされず、今起きていることが何故起きているのか(この作戦のどこがどうマズイのか)、もうひとつよくわからない。そのため、かなり長い上映時間の大部分を占めるアクション場面も、アクションのためのアクション、という印象になってしまっており、何よりストーリー的に面白かった「ジェイソン・ボーン」三部作とは比べるべくもない。 また、「トレッドストーン」「ブラックブライア」両作戦の要員を上回ると称して登場した「アウトカム」の要員が、銃の腕前が凄いわけでもなく、ただ「ターミネーター」みたいなしつこさで追ってくるのみで、しかも最後はバイク・チェイス中に後席のレイチェル・ワイズに蹴られてバランスを崩して激突死というあっけなさ。 ジェレミー・レナーもレイチェル・ワイズも魅力的なだけに残念。
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[006]プロメテウス
 詐欺のレベルeddie2012-08-13
 
「人類はどこから来たのか」「人類最大の謎、それは≪人類の起源≫」 このキャッチコピーに惹かれて、先行上映を観に行った。 世界各地の古代遺跡・壁画などから共通するサイン・・・
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「人類はどこから来たのか」「人類最大の謎、それは≪人類の起源≫」 このキャッチコピーに惹かれて、先行上映を観に行った。 世界各地の古代遺跡・壁画などから共通するサインを見出した科学者をリーダーとする調査チームが、そのサインが示唆するはるか宇宙の果ての惑星に「人類の起源」を探るための調査に赴く。 ・・・・という触れ込みなのだが、これが歌舞伎町のぼったくりバー並みの大ウソ。惑星に着くや、出てくるのは、いつか見た地面に立ち並ぶ不正円筒形の物体とウナギみたいな生物。 「まさか」と思ったが、その後の展開は、はるか昔、79年に観た「エイリアン」そのもの。何じゃ、これ?乗員にまぎれているアンドロイド。そいつの裏切りで危機に瀕するクルー。異星人に引きちぎられて首だけになったアンドロイドが白い液体を口から流しながら、最後の生き残りのエリザベスに助言する。念の入ったことに、最後のセリフは「私はエリザベス・ショウ、プロメテウス号最後の乗員・・・」。 79年の「エイリアン」を知ってる方は、もうおわかりだろう。「私はリプリー、ノストロモ号最後の乗員」って、あれである。 これを「人類の起源」がどうの、と謳うのは、正直、「詐欺」のレベルだ。いい加減にしてもらいたい。 追記 ウィキペディアによると、冒頭の「宇宙人が黒い液体を飲んでボロボロになってDNAがほどける」場面が「自らのDNAを太古の地球の生態系に拡散させる」場面だというのだが。そんなの、完全に「見せガネ」だよね。メインに掲げたテーマを、あの冒頭の数分のよくわからんカットで「責任は果たした」みたいな顔をしてもらっちゃ困る。 それに、「エイリアン」の前日譚だというが、それじゃ、エイリアンは件の宇宙人とあのタコみたいなのの混血で、しかも、人類と起源が同じってことかい。なんか、今までの「エイリアン」シリーズにも興味がなくなる設定だな。 まあ、「3」「4」の時点で既に「エイリアン」シリーズは破綻してたけど、「エイリアン5」とか「エイリアン・ビギニング」とかにせずに、タイトルも予告編のアプローチも変えて、「3」「4」で愛想を尽かした客を、もう一度騙した、というところか。 ここにコメントを寄せている人たちは、これが「エイリアン」の前日譚だとご存じだったようだが、テレビで頻繁にやってるあの予告編を見て、「そのつもり」で観に来た人がどれほどいますかね?ほとんどいないんじゃないですか?最後の場面で宇宙人の腹を破ってエイリアンが出てきた瞬間、席を立つ人が多かったのが、その証拠。私だって、あの「タコ」や「ウナギ」みたいなのがちょっとでも予告編に出てきたら、絶対観に行かなかったわい。 真珠湾攻撃の裏面史ものかと思って観に行ったら、単なる陳腐なラブストーリーだった「パールハーバー」(2001)よりも、ある意味、悪質。
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[007]家政婦のミタ
 視聴率40%ってほんと?eddie2012-01-01
 
視聴率40%超を記録した大ヒットドラマ。 なのだが、ドラマとして特に優れた点があるとは思えない。要は、「次は何をやらかすか」という視聴者の下世話な興味を刺激して視聴・・・
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視聴率40%超を記録した大ヒットドラマ。 なのだが、ドラマとして特に優れた点があるとは思えない。要は、「次は何をやらかすか」という視聴者の下世話な興味を刺激して視聴率を稼いだだけのことで、それは「全部脱いで!・・・承知しました」と副題がついた回から視聴率が上昇し始めたという現象からも推察できる。ドラマとしてのクオリティーは、よくある昼メロと同等、あるいはそれ以下だ。視聴率が40%超なんて、ほんとなのか? 題名といい、設定といい、随所に現れる中途半端なコメディータッチといい、当初は全編ドタバタコメディーにするつもりだったのではないのかな。それが、視聴率をめぐる大騒ぎに逆に翻弄されて、途中からあらぬ方向に行ってしまったような印象を受けた。 「続編も映画化もない」という制作陣の発言に反して、最近「実は映画化が決定している」と報じられたが、ネタが割れてしまった今、同じような設定・展開ではコケるだろう。ミタの壮絶な過去、それに起因する自己破滅的なまでの行動に焦点を当て直して、完全なミステリーサスペンス仕立てで出直せるか。それとも、その「過去」を解き明かす「家政婦のミタ・ビギニング」的なものをやるのか。ここまで来れば、そこに興味がなくもない。
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[008]阪急電車 片道15分の奇跡
 阪急も阪急eddie2011-10-29
 
どこかの違う路線と間違ってる気がする。どこの何線とは言いませんが。 脚本家も監督も、きっと阪急電車も今津線もロクに知らずに、関西のお笑い芸人どもがネタにしている「大・・・
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どこかの違う路線と間違ってる気がする。どこの何線とは言いませんが。 脚本家も監督も、きっと阪急電車も今津線もロクに知らずに、関西のお笑い芸人どもがネタにしている「大阪のおばはん」像を適当にはめ込んだだけなんでしょうな。 こんなのを嬉しそうに宣伝する阪急も阪急。「イメージが悪くなる」と抗議していいレベルだ。もっと自尊心を持たんかい。
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[009]JIN -仁-(第2期)
 観れば観るほどeddie2011-07-16
 
録画してあった全話を繰り返し観ているが、観れば観るほど、観るたびに発見がある。 たとえば最終回の、仁が戻った現代で入院中の病院。よく見ると、実際には存在しない「東洋・・・
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録画してあった全話を繰り返し観ているが、観れば観るほど、観るたびに発見がある。 たとえば最終回の、仁が戻った現代で入院中の病院。よく見ると、実際には存在しない「東洋内科」という診療科があり(後の場面で医学史書に仁友堂の福田玄孝医師が「創始者」との記述が出てくる)、電子カルテでは「62歳」の患者が「負担0」になっている。 歴史が(微妙に)変わっているのだ。「日本の国民医療費負担が世界で最も低いのは・・・」っていうセリフに「???」と、最初は思ってたが、その場面に気づいてからは「!!!」になった。 一番感動したのは、現代の橘医院で、仁が見せられた後年の橘家の写真。その写真には仁に覚えのない女の子が。「この子は?」「咲の娘です。あ、でも、養女ですよ。」「確か裏に名前が・・・」。仁が写真を裏返すと、そこには「安寿」という名前が・・・。鳥肌が立った。そう。あの時、野風が産んだ子だ。どうして橘家の子孫が綾瀬はるかではなく中谷美紀なのか。あの場面、綾瀬はるか演じる「橘家の子孫」が登場することを予想(あるいは期待)した人も多かったと思う(私もその一人だ。写真が消えたあと、仁は咲に求婚までしたし、生死の境をさまよいながらも自分を心配してくれる咲の心に感極まって抱きしめたりもしているのだから、「流れ」は完全にそっちだと思っていたのに、中谷美紀が出てきたから、「なんで?」と思ったのだ)が、その謎がここで解けるのだ。 仁が現代に戻ったとたんに人々の仁に関する記憶が消えているという設定もいい。それなのに咲の記憶の中にはかすかに仁のことが残っている、というのも「深い」。このことは、咲と同様、野風にも「安寿」を媒介として、「かすかな記憶」を残したのではないか、と思わせるからだ。後に「両親(野風とルロン氏)の意向」で咲が安寿を引き取ることも含め、実に多くのことを滲ませた設定だ。 「深い」と言えば、もうひとつ。橘医院の前で帰ってきた中谷美紀に「こちらのご先祖に橘咲さんって方がいたと思うんですけど」と仁が声をかけた時点で、この「橘未来」さんは「この人が『○○先生』では?」と気付く。それを中谷美紀は目の演技で表現しているのだ。その「緊張と狼狽の色」、実に深い演技だ。そこから、仁の反応により、それを確信していくさまが、これも仁を見つめる眼差しで表現されている。初対面の相手にわざわざ言う必要もないはずの「咲はずっと独身(ひとり)だったようですよ・・・」という言葉はその発露であり、別れ際の「揚げだし豆腐はお好きですか?」という問いにつながっていく。この「橘医院」におけるシーンはまさに圧巻というしかない。 ただ、それだけに、最後の「橘未来」さんが搬送されてきて、脳腫瘍が・・・という設定は、約半年後という設定(カルテの日付は平成22年6月25日)とはいえ、余計だったと思う。「君の腫瘍を治せる未来」っていうのにこだわったのはわかるけど、その「君」っていうのは、あくまで「友永未来」さんのはず。「橘未来」さんまで脳腫瘍にすることはなかろう。そこまでこだわった割には、いざ脳腫瘍の手術って時に、ドレープ掛けられてるのに髪の毛そのままだし。 その分、1点減点(せめて剃毛してたら、9.5点だったが)。 追加:訂正をしたついでに、ひとつだけ苦言を。 第1話、京の公家屋敷で久坂玄瑞が切腹しようとするのを龍馬が止めている最中、屋敷に火の手が及んでくる。それを知らせる声が障子の外から聞こえるのだが。 「火や!火が回ってくるで!」 このセリフのイントネーションが完全に「標準語」。いわゆる「東京弁」。惜しいなぁ。こういう細かいとこ、ちゃんと締めてたら、それこそ「凄い」んだがなぁ。第1期の緒方洪庵(武田鉄矢)の変な大阪弁もそうだけど、ちょっと「方言」をおろそかにしすぎ。 繰り返し観ているうちに、そこがいやに耳に障ってきたので、もう1点減点。
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[010]ランナウェイズ
 チェリー&ジョーンのファンにはおすすめeddie2011-02-28
 
英語版を見ただけなので、細かいニュアンスはわからないが、当時はチェリー(「シュリー」って発音してるね)ばっかりがチヤホヤされるのをねたんだ他メンバー全員からいびり出・・・
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英語版を見ただけなので、細かいニュアンスはわからないが、当時はチェリー(「シュリー」って発音してるね)ばっかりがチヤホヤされるのをねたんだ他メンバー全員からいびり出されたみたいな伝わり方をしていたチェリー・カリー脱退劇が、実はそうではなかったらしく、チェリーのファンだった自分としては、なんだかホッとした。 チェリーを苛めたのは、主にリタ・フォードだったって言うんだが、チェリーが書いた自伝を基にジョーンが制作した映画だから鵜呑みにするわけにはいかないにしても、逆に、そのこと自体、チェリーとジョーンは不仲ではなかったことを示しているし、サンディーとジャッキーは無関心というか、呆然と見てただけみたいに描かれているので、実際、「原因」はリタだったのかもしれない。まあ、サンディー(数年前、癌で亡くなったそうだ)とジャッキーがやめてしまったのに対して、リタはのちにソロとして一定の成功を収めているので、上昇志向というか根性はかなりなもんだったんだろう。劇中にリタの「私らはチェリー・カリー・バンドのバックアップメンバーかよ」っていうセリフがあるのだが、実際そういう気持ちだっただろうことは想像に難くない。彼女らが来日した当時の雑誌などを今も持ってるが、扱いは完全に「チェリー・カリー + バンド」だもんな。 それにしても、ジョーン役のクリスティン・ステュアートは、ほんとにジョーンそっくり。ダコタ・ファニングはチェリー・カリーというよりは安達祐実みたいだけど。それと、サンディー役はもうちょっとかわいい娘にやらせてほしかった。
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[011]最後の忠臣蔵
 残念eddie2011-01-01
 
他の作品のコメントでも述べている通り、私は必ずしも映画と原作が同じであるべきとは思わない。 しかし、「孫左らしき人物を見た」という段から一足飛びに「可音→可留→大石さ・・・
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他の作品のコメントでも述べている通り、私は必ずしも映画と原作が同じであるべきとは思わない。 しかし、「孫左らしき人物を見た」という段から一足飛びに「可音→可留→大石さまに隠し子?」という連想になるのは飛躍が過ぎるのではないのか。そういう展開は、少なくとも件の人物が孫左衛門と判明してからでないとおかしいし、そもそも、かの時代においては、「隠し子」などという概念は存在しないはず(どうしてもここでその手のことを言わせたいなら、原作にあるように「大石さまにいま一人お子が?」だろう)。その点では、確かに原作の周到な展開には遠く及ばず、白けてしまった。 そうなると、当然、「夕霧」なる女性の存在も邪魔にしかならないわけで。かつて茶屋四郎二郎に身請けされた太夫が、実は可音の育ての親だった、ということでは、あまりにもわざとらしいではないか。 可音が自分のことを町娘のように「うち」と自称していることにも抵抗があった。最初は設定が違うのか、と思ったが、「武家の娘として育てられた」という。いくら京でも、それはおかしい。 その武家の娘を大店の商家の息子が「ナンパ」するなどという珍妙な展開を持って来ざるを得なかったのも、原作の設定と違えて、茶屋四郎二郎と孫左衛門の間に「お夕(夕霧)」などというよけいなキャラクターを介在させたためであろう。 原作通り、「村はずれの尼寺の老庵主が一通りの嗜みを、可音に仕込んでくれた」「生活は孫左衛門が目利きを活かして集めた古物・骨董を京の分限に売って支えた」「その一人が茶屋四郎二郎で、孫左衛門は利を貪らぬ商売の潔さから目をかけられ、息子の縁談を頼まれるほどの信用を得ていた」としておけば、こんな展開にせずに済んだはずだ。 私は「四十七人の刺客」に始まる池宮彰一郎氏の一連の「忠臣蔵」作品を、刊行されるたびに貪るように読んだ。何度も何度も読み返した。「これは限りなく史実に近いのではないか」と思ってしまうほどの迫真性に圧倒されて「読まされてしまった」と言うのが正しいかもしれない。「小説と映画では表現様式が違う」のは重々承知している。私も他の作品のコメントで、そう述べた。しかし、娯楽性を優先するあまり、この原作の持つ水も漏らさぬ整合性を崩してしまったのは、いかにも惜しい。この作品に関しては、原作に忠実に描いた方がよかったと思わざるを得ない。 キャストは概ね妥当と思う。可音に桜庭ななみというのは、現時点においては、これ以上ない適役と思うし、寺坂吉右衛門に佐藤浩市、妹尾孫左衛門に役所広司というのも、この2人が主役ということならベストの選択だろう(足軽と家士にしては華がありすぎる気がするけど、主役ということなら、あんまり地味地味な人選もできまい、という意味で。ちなみに、この作品の本編というべき「四十七人の刺客」で妹尾孫左衛門を演じたのは石倉三郎、寺坂吉右衛門は配役すらない。)。ただ、進藤長保は「四十七人の刺客」で同役(進藤源四郎)を演じた小林稔侍くらい茫洋としたキャラクターの方がよかっただろう。実際の進藤長保がどのような人物であったかは知る由もないが、原作の設定からすれば、才に長けてはいるが、どこか浮世離れしてつかみどころのないイメージが強い。それがまた物語全体にえも言われぬ温かさを醸していたものだ。その点、伊武雅刀では濃すぎる。なんせ、テレビドラマの「忠臣蔵」では柳沢吉保を演じた人だ。どうしてもというなら、公家侍ではなく、武家侍の役の方がよかったのではないか。
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[012]ミッドナイト イーグル
 (無題)eddie2009-02-17
 
日本とアメリカが悪だくみをして、北朝鮮は被害者。 そういうスタンスの作品ですね。 小泉訪朝前の作品なら、まだわかる。こういう(ジャーナリズムや映画や小説の)世界の人ら・・・
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日本とアメリカが悪だくみをして、北朝鮮は被害者。 そういうスタンスの作品ですね。 小泉訪朝前の作品なら、まだわかる。こういう(ジャーナリズムや映画や小説の)世界の人らの北朝鮮へのシンパシーが根強かったのは知ってるから。でも、2007年にもなって、まだこういうスタンスの映画を作って公開するってのは、神経疑いますな。企画通した映画会社も「北朝鮮シンパ」の疑いを免れんでしょう。 映画としての細部より(皆さん書いておられる通り、それもかなりひどいが)、それが一番問題。 「のだめカンタービレ」以降(と言うか、「以前」はほとんど無名だが)、どんな役をやっても「千秋先輩」な玉木宏にも困惑。
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[013]パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド
 1回ではわからないねeddie2007-06-17
 
5部作くらいにするはずだったのを3部作にしてしまったのでは、と疑いたくなるほど「あれも、これも」の込み入りすぎた展開。これは1回見ただけではわからないな。 まあ、こ・・・
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5部作くらいにするはずだったのを3部作にしてしまったのでは、と疑いたくなるほど「あれも、これも」の込み入りすぎた展開。これは1回見ただけではわからないな。 まあ、この映画は「Pirates Of The Caribbean」であって、「Jack Sparrow」ではないんだから仕方ないが、話がデイヴィー・ジョーンズとカリプソの方へ行ったり、エリザベスとウィルの方へ行ったり、ブーツストラップ・ビル(William Turner Sr.ですね)へ行ったり、はたまたスワン総督、ベケット卿、ノリントン提督の方へ行ったり、とめまぐるしく、前作までは完全に主役を張っていたジャック・スパロウの存在感が薄いのが残念だ。 タイトルの「Pirates Of The Caribbean」とは、実はエリザベスとウィルのことだったのだな、というのはわかったが、詳細については、DVDが発売されてからでも、繰り返し観て理解するしかないようだ。 評価はそれからにしたい。
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[014]椿山課長の七日間
 (無題)eddie2007-06-15
 
浅田次郎の書くファンタジーは、ところどころ「?」と思うところがありながらも、嫌いになれない。「鉄道員(ぽっぽや)」しかり、「地下鉄(メトロ)に乗って」しかりである。・・・
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浅田次郎の書くファンタジーは、ところどころ「?」と思うところがありながらも、嫌いになれない。「鉄道員(ぽっぽや)」しかり、「地下鉄(メトロ)に乗って」しかりである。それは、おそらく、彼の作品が「人を恨むこと」でなく、「人を許し、その人の幸せを願う」ことを描いているからだろう。ただ、それが幻想と現実とを綯い交ぜに描かれることが多いため、誤解が生ずる。 「2時間ドラマとどこが違うか?」「2時間ドラマで充分」と、何人もの方が書かれているが、2時間ドラマだと、途中で何回もCMが入る。この手の話は、それではダメだ。これをテレビでやったら、それこそ何がなにやらわからなくなる人が、もっと出る。 成宮演じる武田組長の息子・竹内が組長本人だと、卓人になぜわかったか。志田未来ちゃん演じる蓮子が実は9年前に手放した息子だと、静子になぜわかったか。また、施設の先生が雄一の両親の名前を蓮子に(規則を破ってでも)教えずにおれなかったのはなぜなのか。伊東美咲演じる椿が実は椿山課長の仮の姿だと、なぜ知子にはピンと来たのか。それを理解できるかどうかの分岐点は、これまでにどれだけ多くの映画を観てきたか、などということではなく、人間の哀しさ、人間のやさしさ、そして、そのやさしさに対して感謝する「心」というものがあることを知っているかどうかだろう。 私は、この映画は、その点を過不足なく描き切れていたと思う。それと、これは目立たないことではあるが、子役に「いかにも大人が書いた」風な説教臭い長ゼリフを言わせてない点にも好感を持った。 よって、評価は高くなる。 マイナス分は、3人の消え去り方に統一性がないこと。最後の椿の時に椿山の姿をダブらせるなら、他の2人の時にもそうしてほしかった。その方が、竹内が組長の、蓮子が市川夫妻の息子の化身だったということの重要性が感じられたと思うからだ。
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[015]武士の一分(いちぶん)
 (無題)eddie2007-06-05
 
驚くほどシンプルな映画。あんまり込み入りすぎた映画は観ていて疲れるものだが、それにしてもシンプルすぎる。 失明した主人公が、それを補うべく猛訓練を積む過程を描くわけ・・・
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驚くほどシンプルな映画。あんまり込み入りすぎた映画は観ていて疲れるものだが、それにしてもシンプルすぎる。 失明した主人公が、それを補うべく猛訓練を積む過程を描くわけでもなく、果し合いの相手との息詰まる鍔迫り合いがあるわけでもない。「そんな、ちょっと教えてもらっただけでできるのか」と思うくらいあっさりと「極意」を習得し、果し合いでもあっさりと勝ってしまう。 これは要するに、「キムタクを見せる」ためだけの映画なのだな。ま、映画の1ジャンルとして、それも「あり」だとは思うが。 檀れいはよかった。宝塚出身の女優さんというのは、やはり「映画育ち」の女優さんとは違う雰囲気を持っている。食べ飽きたおでんでも、いつもの「和からし」の代わりに「ゆず胡椒」を添えれば新鮮にいただける、ということか。 正直、細君役が松たか子だったら、絶対に観なかったと思う(笑)。
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[016]ロッキー・ザ・ファイナル
 複雑eddie2007-05-15
 
ロッキー・シリーズは大好きで、欠かさず観てきた。「国威発揚映画」みたいになって悪評ふんぷんだった「4」も楽しんだ。でも、人には「こういう表現を使われたくない」という・・・
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ロッキー・シリーズは大好きで、欠かさず観てきた。「国威発揚映画」みたいになって悪評ふんぷんだった「4」も楽しんだ。でも、人には「こういう表現を使われたくない」という表現がある。私にとっては、亡き妻の名をつけたレストランを経営しているロッキーが、妻の命日に墓に参り、思い出の場所を巡る冒頭のシーンがそれに当たる。それは、後半、心の拠り所を見つけ、最後の試合で壮絶なファイトを展開するロッキーの勇壮な姿をもってしてもリカバーできなかった。7点という評価から、そこのところの複雑な気持ちをご理解願いたい。 それと、どうでもいいことだが、ロッキーの息子の名前は「ロッキー(Jr.)」じゃなかったっけ?「ロバートって誰だ?」と思ってしまった。
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[017]ドリームガールズ
 劇場で観たかったeddie2007-05-14
 
劇場公開中は見逃して、友達のアメリカ土産のDVDで観た。これは劇場の大画面・大音響で観たかった。 ビヨンセの歌唱力は周知の通りだし、アカデミー助演女優賞受賞の新人ジェ・・・
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劇場公開中は見逃して、友達のアメリカ土産のDVDで観た。これは劇場の大画面・大音響で観たかった。 ビヨンセの歌唱力は周知の通りだし、アカデミー助演女優賞受賞の新人ジェニファー・ハドソンの歌もなかなかよかった。 これを機会に、ビヨンセにはこの路線(60's R&B)のアルバムを、是非作ってもらいたい。 ストーリーは、まあ、安直っちゃ安直なアメリカ芸能界の内幕ものだが、こういう映画はストーリーで観るもんじゃなかろう。スターを夢見て都会へ出てきた女の子たちの希望と成功と挫折。二転三転した末のハッピーエンド。定番ですよ。別にモータウンの内幕を暴露するために作ったわけじゃなかろうし、いいんじゃないの。 ミュージカル仕立てでなくても充分楽しめたと思う。セリフ部分まで歌というのが、多少くどく感じられたので、9点。 蛇足だが、「ハウンド・ドッグ」を最初に歌ったのはビッグ・ママ・ソーントンだってこと、ソングライターを志す黒人でも知らんのでしょーか?
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[018]プロポーズ大作戦
 身内ウケだけでいいのかeddie2007-05-08
 
毎回結婚披露宴会場から過去にタイムトリップして運命をリカバーしようとする、という設定は斬新だが、脚本がまるっきりダメだ。これじゃ、マンガが原作のドラマに太刀打ちでき・・・
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毎回結婚披露宴会場から過去にタイムトリップして運命をリカバーしようとする、という設定は斬新だが、脚本がまるっきりダメだ。これじゃ、マンガが原作のドラマに太刀打ちできない。 漫画家って、ひとつの作品書くのに膨大な取材をし、勉強もするんだろ。脚本家も、オリジナルを書くなら、もっと勉強すべし。こんな身内ウケだけでいいのかよ。
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[019]ブレイブ ストーリー
 評価低いようだがeddie2007-05-06
 
テレビ放映で初めて観たが、なかなかよかった。 声の出演に専門の声優を使わず、松たか子らを起用したことを批判している意見をどこかで見たが、それはちょっと違うと思う。過・・・
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テレビ放映で初めて観たが、なかなかよかった。 声の出演に専門の声優を使わず、松たか子らを起用したことを批判している意見をどこかで見たが、それはちょっと違うと思う。過去には、主役級にぽっと出の人気アイドルを充てたような作品もあったが、今回の主役級はみな演技のプロだ。当然、声も演技の内だ。少なくとも「なんじゃ、これは?」と思うような不自然さは全く感じなかった。 ストーリーも、私は原作は未読だが、おそらく原作とは違うのだろうと思う。しかし、小説と映画は表現形式が違うし、訴える部分も違う。2時間程度の映画にするには、視点を絞る必要があろうし、どの部分に余韻を残すかも考える必要があろう。また、原作小説を読んだ人だけが観るわけでもない。むしろ読んだ人の方が少ないのではないか。だから、読んだ人からすれば、「ここが違う」「あそこが違う」というものであっても、未読の人が「よかった」と思う作品がベストなのだと思う。 たとえば、原作ではカッツが死ぬそうだが、もしそうしていたら、ストーリーにもっと暗い影が差しただろうし、それをリカバーするには、そのためだけにあと1時間ほどは長くせざるを得なかったはず。その意味でも、視点の置き場は妥当だったと判断できよう。 あと、「そんなに仲良くもなかったのに、涙の別れはおかしい」という意見は、ちょっとアメリカンな感覚(少々人が死のうが、平気で進んでいく「ダイ・ハード」や「アルマゲドン」みたいな)が過ぎるのではないかな。付き合いが浅くたって、親近感を持った同級生が目の前で死んだら涙も流すだろうと思うが。 テレビドラマでは1時間X10回くらいで、微に入り細を穿って登場人物の境遇や性格から人間関係・舞台背景までが描かれるわけだが、映画でもそうしてもらわないとストーリーや場面展開が理解できない、という人が増えているのかな。だとしたら、映画作りもこれからは大変だ。
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[020]フラガール
 (無題)eddie2007-04-26
 
常磐ハワイアン・センターの「生い立ち」は知っていたので、親しみを持って見ることができた。中盤で突然まどか(松雪泰子)が東北弁になるなど、相変わらずのわざとらしさはあ・・・
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常磐ハワイアン・センターの「生い立ち」は知っていたので、親しみを持って見ることができた。中盤で突然まどか(松雪泰子)が東北弁になるなど、相変わらずのわざとらしさはあるものの、石炭採掘に執着する炭鉱の人たちとの軋轢の中、オープンに向けてさまざまな困難を克服していくフラダンサーたちとセンター・スタッフの姿をうまく描き出したと思う。 既存の秩序の中で新しい試みがなされる時にはどこにもある類の話だから、「あれに似てる」「これに似てる」はしょうがない。問題はそういう展開の背景だ。会社から解雇を言い渡された父親がダンスの衣装を幼い妹弟に着て見せる娘をぶん殴ったり、炭鉱一筋の青年たちがセンターに転職した元同僚を裏切り者扱いしたり、なんて話は、表には出なくても、実際、あったんだろうな。 それにしても、昭和40年と言えば、今みたいに誰もが気軽にハワイに行ける時代じゃなかったはずだが、そんな時代に「東北にハワイを」という発想には、今さらながら、感服する。「炭鉱の娘がやるところに意味があるのです」・・・「プロのダンサーを入れればいいじゃないの」と、娘たちの「ど素人」ぶりに嫌気が差したまどかに言われた社長が、そう反論する。今の企業経営者なら、プロを入れるどころか、本場からダンサーを呼ぶかもしれない。しかし、「炭鉱の、炭鉱による、炭鉱のための事業」と、彼は言い切るのだ(岸部一徳氏、こんな善良な役は初めてじゃないか?)。このセリフ自体は脚色かもしれないが、現に当時のメンバーが現在も養成部門の責任者などとして残っているのだ、そういう理念だったことはウソではあるまい。 蒼井優ちゃんや松雪泰子さんのダンス・シーンもいいけど、一番感動したのは、そこだった。
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[021]LIMIT OF LOVE 海猿
 思ってたよりよかったeddie2007-04-22
 
ケイタイでのプロポーズの場面がアメリカで失笑を買った、という記事を見ていたので、どうしてそういう場面が出来たのか、と思ってたが、思っていたよりは「強引にそこに持って・・・
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ケイタイでのプロポーズの場面がアメリカで失笑を買った、という記事を見ていたので、どうしてそういう場面が出来たのか、と思ってたが、思っていたよりは「強引にそこに持って行った」という感じは薄く、よかった。確かに、現実にはあり得んような「ベタ」な場面だが、失笑まですることはあるまいに。あの場面で失笑するなら、「アルマゲドン」なんて失笑の連続のはずだがな。 まあ、アメリカ人なんてのは、日本なんか下に見てるから、どんなことでも文句をつけるんだろうがね。 結末は出来すぎの感じもするが、ハッピー・エンドなので◎です。
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[022]地下鉄(メトロ)に乗って
 なぜ「地下鉄(メトロ)」なのかeddie2007-04-12
 
時代考証とかストーリーの整合性とかを言い出すと難はいくつもある。でも、この浅田次郎の描く世界って、好きなんだなぁ。 要するに、「夢の世界」なのだ。自分の見た夢を思い・・・
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時代考証とかストーリーの整合性とかを言い出すと難はいくつもある。でも、この浅田次郎の描く世界って、好きなんだなぁ。 要するに、「夢の世界」なのだ。自分の見た夢を思い出してほしい。前後の脈絡も何もなく、考えられない場面に考えられない人が出てきたりしたはずだ。その「夢の世界」と「現実」を綯い交ぜに語られるファンタジー。そんな不思議な気分を味わえるのも映画の魅力とすれば、これはまさに映画らしい映画と言えるだろう。 ただ、「なぜ地下鉄(メトロ)なのか」という部分は、もう少し説明が必要だったように思う。主人公が最初に不思議なタイムトリップを経験するその日は亡兄の命日であるのだが、原作では、その兄は昭和39年の同日に地下鉄の線路に跳びこんで自殺している。それが映画では、トラックにはねられて亡くなる展開になっている。これが「なぜ地下鉄(メトロ)なのか」ということをわかりにくくしているのだ。確かに、かつて父親が地下鉄に乗って出征したことや、39年に主人公が生まれ育った町に初めて地下鉄の駅ができたことなど、地下鉄にまつわる「縁」のいくつかは描かれているが、肝心のところが変えられているため、終盤、主人公が母親に「(久しく行っていない生家へ)地下鉄に乗って行こう」と語りかけ、母親が意を決したように「そうだね・・・」とうなずく場面の意味が薄くなってしまっているように感じられるのだ。 それと、映像的には、みちこが(自分を)妊娠中の母親と石段を転げ落ちて存在が消滅する場面。これだけ撮影技法が発達した時代、彼女を抱き起こそうとした主人公の腕から徐々に消えていくような画面にはできなかったか。 その点が残念だった。 ちなみに、地下鉄のことをアメリカでは「サブウェイ」、イギリスでは「アンダーグラウンド」、フランスで「メトロ」というそうだ。
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[023]幸福のスイッチ
 メリハリ足りず、残念eddie2007-04-04
 
兵庫県加古川市出身の上野樹里、大阪出身の本上まなみ、京都出身の中村静香、それに京都からタイガースのヴォーカリストとしてデビューして一世を風靡した沢田研二(出身は鳥取・・・
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兵庫県加古川市出身の上野樹里、大阪出身の本上まなみ、京都出身の中村静香、それに京都からタイガースのヴォーカリストとしてデビューして一世を風靡した沢田研二(出身は鳥取らしいが)を擁した和歌山を舞台とする映画ということで、関西在住の者としては大いに期待したのであるが、意外と淡々とした、メリハリというか、ハッタリの足りない展開で、残念だった。 話自体は、仕事一筋で家庭生活をも顧みない父親に反発して故郷を飛び出した娘が、父親の入院をきっかけに家に戻り、家業の電気店を不承不承手伝ううちに、父親と故郷の人たちとの絆や自分たち家族への深い思い、さらには仕事というものの本質を知る、という、ありがちだが展開次第で「感動のストーリー」になり得る内容だ。 ところが、その展開にメリハリがない。父親と母親が積み重ねてきた顧客台帳の件にしても、難聴の老婆のエピソードにしても、はたまた父親の浮気を疑うエピソードにしても、あまりにサラリとしていて、タメがない。 実際の生活上なら、まあ、こんなもんだろう。しかし、これは「映画」である。あんまりクサイのもどうかとは思うが、これでは盛り上がらない。 結果、「スウィング・ガールズ」や「のだめカンタービレ」で見せた上野樹里の「天然」キャラも見れず、沢田研二の魅力の一面であるコメディアンぶりも見れず、修羅場も愁嘆場もなく流れていって、収穫は三女を演じた中村静香のかわいらしさだけ、という、それこそおでこに吹き出物「幸福のスイッチ号」(!)が出そうな、ストレスの溜まる作品になってしまっている。
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[024]バルトの楽園(がくえん)
 残念eddie2006-12-29
 
題材も出演者もいいのにコケてしまったのは、やっぱり演出のせいか? 他の人も述べられている楓で自作されたバイオリンの件もそうだし、終戦によってドイツに帰ることになった・・・
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題材も出演者もいいのにコケてしまったのは、やっぱり演出のせいか? 他の人も述べられている楓で自作されたバイオリンの件もそうだし、終戦によってドイツに帰ることになったバイオリン教師の前で生徒が「仰げば尊し」を歌うシーンなど、「出たぁーー!」とのけぞってしまったほどの古典的な「クサいシーン」。「鉄道員(ぽっぽや)」でも、健さんの娘の納骨の時に墓の前で同僚たちが肩組んで歌うシーンがあったりしたが、東映って、よっぽどこういうシーンが好きなんだな。 それに、序盤はヘルマン青年の目を通したが如き進行だったのに、彼とマツ(中山忍)の関係も描き方がなおざりで、ラストの演奏会のシーンには忍ちゃんの影も形もない。大正時代の話ゆえ、現代と同じような積極的な女性には描けないのは承知だが、それにしても、である。 マツケン所長の「捕虜の人格尊重」に反対していた阿部寛も何やら途中でいなくなるし、高島礼子に諭された平田満も結局そっぽ向いたままだし、マツケンは演奏が終わらぬうちに席立ってヒゲ切りに(!)行っちゃうし、ブルーノ・ガンツも途中で墓参りに行っちゃうし。ストーリー全体を見る視点が定まらないので、どうにも落ち着かなかった。 いい題材なのに、もうちょっと丁寧に作れなかったか、非常に残念だ。
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[025]僕たちの戦争
 見事eddie2006-10-07
 
まさに見事としか言いようがない。ドラマの2時間弱の枠に、原作の内容がほぼ忠実に過不足なく描かれていて、変な飛躍や違和感もない。こういうことが、ドラマに出来て映画では・・・
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まさに見事としか言いようがない。ドラマの2時間弱の枠に、原作の内容がほぼ忠実に過不足なく描かれていて、変な飛躍や違和感もない。こういうことが、ドラマに出来て映画ではできないのは何故だろう。 他の方も書いておられるが、現代にタイムスリップした吾一の「英霊たちの犠牲は、こんな世の中を作るためだったのか!」という叫びは、まさに今の大人たちが「言いたくても言えない」、一種のタブーであり、溜飲が下がる思いがした。総理が靖国神社に参拝した程度のことを蜂の巣をつついたような大騒ぎに誘導する「左翼系」マスコミの人間は、特に心して聞くべきだろう。確かに軍隊における極端な精神論(特攻もその延長だ)などは、戦前・戦中の思想・教育の「負」の部分だろうが、世の中の規律やモラルは、その頃の方が格段に上であった。「『自由と繁栄の代償』と言うには、あまりにも大きなものを失ったのでは」との思いが、改めて湧いてきた。 ラストで海から上がってきたのは、健太だったのか、吾一なのか。ミナミにとっては、「帰ってきたケンタが健太」なのだな。この締めも見事だ。
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[026]パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト
 こなれた感じがいいeddie2006-08-17
 
劇場で観てから、「1」のDVDも観なおしたけど、私はこっちの方が好きだな。 どこがいいかというと、「ジャック・スパロウ」というキャラクターがこなれてきてるところだろう。・・・
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劇場で観てから、「1」のDVDも観なおしたけど、私はこっちの方が好きだな。 どこがいいかというと、「ジャック・スパロウ」というキャラクターがこなれてきてるところだろう。 同じように「2」と「3」を同時進行で制作した「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも、「1」の最初の方では結構キャラが固かった「ドク」が「2」や「3」では完全に一人歩きしてたよね。まあ、あの作品の場合は「2」と「3」が「1」からの続きという形だったから、ちょっと無理やりな部分も感じたけど。 「3」が楽しみだね。
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[027]男たちの大和/YAMATO
 この手の邦画としてはまずまずだが、薄味eddie2006-08-05
 
最近の日本映画の中ではまずまずの出来だったが、思っていたより薄味だった。どこがどう、と言葉で表わすのは難しいが、良くも悪くも、60年間、戦争などとは無縁であったばか・・・
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最近の日本映画の中ではまずまずの出来だったが、思っていたより薄味だった。どこがどう、と言葉で表わすのは難しいが、良くも悪くも、60年間、戦争などとは無縁であったばかりか、国防というものを否定さえしてきた国の「戦争映画」ということに尽きるのであろう。 そんな中で、敦少年が神尾の戦時体験に真剣に聞き入るというプロットはよかった。ただ、オフィシャル・ウェブのキャスト紹介にある「神尾の壮絶な戦時下の青春を聞かされ、平和への想いに目覚める」っていうのは何のことやら意味不明で、いかにも冒頭に書いた「国防を否定さえしてきた国の映画」的に過ぎる。だって、今の平和な日本で「平和への想いに目覚める」とはどういうことだ?ただただ盲目的に「戦争は悪いことだ」と思うだけのことじゃないのか。それではあの戦争で命を落とした者たちは浮かばれまい。 いつの時代だって、戦争か平和か、と聞かれれば、平和がいいに決まってる。にもかかわらず、なぜ60年前の青少年たちは命を賭して「国」を守ろうとしたのか。その点を掘り下げず、ただ「天皇陛下が『海軍にはもう軍艦はないのか』とお尋ねになった」とか、「負けて目覚めるしか日本が救われる道はない」とか、いかにも現代的な安易な片付け方をしている点が、件の「薄味」の原因だろう。 「薄味」、つまり何を伝えたいのかが重く響いて来ないのだ。「戦争は悪いことだから、やめましょう」。その程度にしか感じない。 「右にも左にも偏らない作り」という評があるが、それは表面上のことで、底に沈殿しているものはかなり左寄りと見た。
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[028]チャーリーとチョコレート工場
 結構ブラックeddie2006-04-21
 
正直、もっとファンタジーな映画かと思ってたんだが、結構ブラック&ビターで驚いた。やっていいことと悪いことがわかってない今時のガキには、こういうの、見せといた方がいい・・・
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正直、もっとファンタジーな映画かと思ってたんだが、結構ブラック&ビターで驚いた。やっていいことと悪いことがわかってない今時のガキには、こういうの、見せといた方がいいかもしれない。
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[029]妖怪大戦争
 また余計なことをする!eddie2006-04-08
 
タイトルのままに解釈して期待すると肩透かしだが、神木隆之介くんはじめ、キャストはみながんばっていて、なかなかのデキだ。 ただ、ラストの加藤保憲(風の人物か)が再び出・・・
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タイトルのままに解釈して期待すると肩透かしだが、神木隆之介くんはじめ、キャストはみながんばっていて、なかなかのデキだ。 ただ、ラストの加藤保憲(風の人物か)が再び出てくる場面は、理解に苦しむ。あれじゃ、せっかく大活躍した「タダシ」君を貶めてるだけじゃないか。大人になったら、子供の頃の純粋さを失って「かつての大人たち」と同じことをする、ってか。そんなことをわざわざ言い足す必要がどこにある。後味が悪くなるだけだ。邦画って、どうしてこういう余計なことしないと終われないんだろう。こういう、「この話はまだ終わってないんだぞ」的な不穏さを漂わせたエンディングっていうのは、70年代後半くらいから出てきたものだったと思うが、そんなのが、もはや陳腐で古臭いものになっていることに気づかぬとは、情けない。 まあ、「真っ白なウソ」ってフレーズが最初に頭に浮かんで、無理やりそこへ持って行こうとした結果だろうが、エンターテイメントならエンターテイメントらしく、説教くさいこと企まずにスッキリ終われよ。
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[030]女王の教室 エピソード1〜堕天使〜
 ビギニングeddie2006-03-31
 
昨今はやりの"ビギニング"ってやつですか。 それにしても、これほど悲惨な背景を想定していたとは。これを本編制作時から想定していたのだとしたら大変な労作だが、・・・
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昨今はやりの"ビギニング"ってやつですか。 それにしても、これほど悲惨な背景を想定していたとは。これを本編制作時から想定していたのだとしたら大変な労作だが、本編中にもそれを示唆する設定やセリフが多々出てきたから、全部とは言わずとも、おおよそは想定していたんだろう。 今の教育に関するあれこれは、本編の方で散々書いたから、ここでは書かんよ。しかし、この一連の経緯を「堕天使」〜「悪魔降臨」とはひどい。生徒に無条件にやさしい(=甘い)のが「天使」、厳しいのは「悪魔」、という発想なのだとしたら、あまりに短絡的かつ貧困。あるいは、非常識かつ無責任。 今の教育にシンパシーを持つ「左寄り」の人間が、このドラマの制作陣の重要なポジションにいるということか。そうでなければ、このドラマの方向性と、このサブタイトルやオープニングで流される「この物語は・・・」との生徒の語りの中で阿久津女史を「悪魔」呼ばわりすることとの矛盾は理解できない。 私には、むしろ、ここで地獄を味わったことによって、阿久津女史は「神」に生まれ変わった、というように見えた。
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