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 「sundance」さんのコメント一覧 登録数(43件)rss
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[001]美しい夜、残酷な朝
 贅沢なコラボレートsundance2005-11-09
 
「復讐三部作」で名を揚げたパク・チャヌク監督は個人的に、いま最も注目している監督のひとり。『美しい夜、残酷な朝』を手に取ったのは彼の短編が目当てだったのだけれど、ほ・・・
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「復讐三部作」で名を揚げたパク・チャヌク監督は個人的に、いま最も注目している監督のひとり。『美しい夜、残酷な朝』を手に取ったのは彼の短編が目当てだったのだけれど、ほかにも日本から三池崇史、香港からフルーツ・チャンが参加しており、アジア映画ファンならこのコラボレートはちょっと見逃せないだろう。 パク・チャヌク監督の「cut」は十八番とも言える復讐譚。ただし、「復讐三部作」のような真摯な復讐ではなく、発作的な逆恨みに過ぎず、これは「復讐三部作」のセルフパロディだろう。主人公の監督が脅迫者の正体になかなか思い当たらないあたり大いに笑わせ、コメディ要素も旺盛だ。パク・チャヌクは暴力の監督と思われがちだけれど、『オールド・ボーイ』で実証済みのとおり、ユーモアセンスも秀逸。 続く三池崇史の「box」は江戸川乱歩を彷彿とさせる耽美系ホラー。どんなジャンルを演出させても及第点以上に仕上げる職人監督である三池の芸風の広さにはもはや驚かないけれど、この幻想的な世界観を現出させる手腕は憎たらしいまでに達者と言える。香りたつエロティズムと雪原の清潔な風景描写とのコントラストが出色。 香港篇のフルーツ・チャンもいい。若返りの餃子の正体が実は…、という一種の都市伝説なのだけれど、香港という都市のいかがわしさが巧く表現されている。ソウルでも東京でもこのいかがわしさを醸し出すことはできないだろう。3篇のなかでもっともグロテスクな話といえるけれど、バイ・リンのチャーミングさが作品の毒を軽やかに中和させている。
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[002]クローサー
 恋愛はすべからく醜い。sundance2005-10-22
 
手ごわい映画だ。歯ごたえがあって、鑑賞中も、観終わった後もいろいろと考えさせられる。豪華スター競演のラブストーリーと思って、軽い気持ちで見ると火傷する。 一言で言え・・・
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手ごわい映画だ。歯ごたえがあって、鑑賞中も、観終わった後もいろいろと考えさせられる。豪華スター競演のラブストーリーと思って、軽い気持ちで見ると火傷する。 一言で言えば、愛の終焉を描いた作品と言える。恋愛末期の、痛み、苦しみ、後悔、懇願、罪悪感、そして醜さ。これらが観念的なセリフの洪水に乗ってスクリーンにぶちまけられる。 例えば、ウォン・カーウァイ監督は恋愛の破局をモチーフに映画を撮り続けているけれど、ここにはカーウァイが描く甘やかさは微塵もない。恋愛の破局に直面した人々があがく姿を、リアリスティクに妥協なく描ききることで、観客に過去の恋愛、あるいは現在進行形の恋愛を想起させる。見る側の恋愛観/恋愛経験によって評価が大きく変わる、野心的な映画と言えるだろう。 老境と言える年齢に達したマイク・ニコルズ監督が、この野心的な映画を瑞々しく撮り上げたことに嬉しい驚きを憶える。
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[003]ナショナル・トレジャー
 ブラッカイマーの限界?sundance2005-10-15
 
『ザ・ロック』『コン・エアー』『60セカンズ』に続き、製作ジェリー・ブラッカイマー×主演ニック・ケイジのコラボも早くも4作目。もはやこのコンビにはも何の期待もしてない・・・
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『ザ・ロック』『コン・エアー』『60セカンズ』に続き、製作ジェリー・ブラッカイマー×主演ニック・ケイジのコラボも早くも4作目。もはやこのコンビにはも何の期待もしてないのだけど、アドベンチャー映画でありながらこの危機感の希薄さはやはり致命的だろう。 有り体に言えば主人公が「死」と対峙してないのだ。「危機一髪っ!」という窮地には決して陥ることなくするり、するりと危険を回避していく。この弛緩しまくったゆるーい雰囲気は今回、初めてアクション演出を手がける監督、ジョン・タートルトーブに起因するものだろう。近年、不遇を囲っているタートルトーブを監督に起用するあたり、さすがのブラッカイマーも嗅覚がにぶったようだ。 ジョン・ボイト、ハーベイ・カイテルといった味のある俳優も参加しているけど、類型的な役柄で個性を発揮できる見せ場もなく、いかにもギャラのための雇われ仕事といった雰囲気が濃厚。結局、マンネリ化した二枚目半の役柄を軽々とこなすニック・ケイジの「軽妙さ」だけが印象に残る空虚な作品だった。
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[004]ザ・インタープリター
 シドニー・ポラックの復活sundance2005-10-09
 
近年『サブリナ』、『ランダムハーツ』と空虚な作品を連発し、名声を地に落としてしまった感のあるシドニー・ポラック監督だけれど、6年ぶりの新作『ザ・インタープリター』で・・・
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近年『サブリナ』、『ランダムハーツ』と空虚な作品を連発し、名声を地に落としてしまった感のあるシドニー・ポラック監督だけれど、6年ぶりの新作『ザ・インタープリター』では久々に気を吐いている。国連を舞台にしたスケールの大きな謀略サスペンスを、ハナっからケツまで緊張感を持続したまま取り上げた力量は、さすがはオスカー監督の面目躍如。なにしろ上映開始10分後には、すでに二コールが何者かに追われているのだから、観客を一気に作品世界に引きずり込む手腕には心憎いものがある。暗殺計画を聞いたニコールに迫る身の危険。彼女の証言の信憑性を疑うシークレットサービスの疑惑の目。二重の危機がサスペンスを醸造し、ニコールを追い詰めていく設定が出色。 それにしても二コールの浮世離れした美貌はどうだ。凛とした、成熟した大人の魅力はもちろんのこと、抜けるような白い肌と、色素の薄いブロンドの髪との組み合わせは、汚れなき少女の聖性すら感じさせる。「完璧」という言葉は軽はずみに使えるものではないけれど、二コールの美貌は「完璧」と評するほかない。 そのニコールの、文字どおり盾になるのがショーン・ペンだけれど、なぜこの俳優はこれほど他者の悲しみを共有できるのだろうか。ニコールが抱える喪失感や痛みを、あたかも自分の感情のように同化させてしまう。S・ペンの悲劇は演技が巧すぎて、本作の演技ぐらいではもはや観客に感銘を与えられない点にある。
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[005]コンスタンティン
 喫煙はあなたの健康を害しますsundance2005-09-26
 
最近『恋愛適齢期』を見て遅ればせながらキアヌの美形ぶりに気づき、あわてて『コンスタンティン』に飛びついたのだけれど、やはり激しく失望してしまった。 『コンスタンティ・・・
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最近『恋愛適齢期』を見て遅ればせながらキアヌの美形ぶりに気づき、あわてて『コンスタンティン』に飛びついたのだけれど、やはり激しく失望してしまった。 『コンスタンティン』は神と悪魔の対立という単純な二元論に終始した日本の少年漫画レベルの茶番(原作もアメコミなんだけど)で、どこにも興趣をそそられるような斬新な驚きがない。手垢にまみれたストーリーをCGで上塗りしただけの空虚な作品と言える。 なぜ、キアヌ・リーブスという俳優はこんなにも作品選びが下手なのだろうか。フィルモグラフィを見れば一目瞭然なのだけど、『スピード』と『マトリックス』のヒットがなければ今頃、確実にB級映画落ちしている(それにしてもキアヌの地味なスーツ姿はなんなのか。『マトリックス』のエージェント・スミスのパロディか)。 そんな本作に見所を探すとすれば、レイチェル・ワイズが久々に精彩を放っている点に着目するしかないだろう。近作『コンフィデンス』や『ニューオーリンズ・トライアル』でもヒロインを演じているけれど、両作とも群像劇で彼女は、どちらかと言えば地味な扱いだった。けれども本作では、ベビーフェイスの愛くるしさと、その少女っぽさを故意に抑圧したことで生まれる人口的な大人の魅力が混在した魅力的な演技を見せ、この取り柄のない作品の唯一の救いになっている。
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[006]アビエイター
 レオとスコセッシの温度差sundance2005-09-23
 
『アビエイター』はもともとレオが長年温めてきた企画だという。スコセッシにとって『ギャング・オブ・ニューヨーク』が悲願の企画であったように、レオにも宿願があったわけだ・・・
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『アビエイター』はもともとレオが長年温めてきた企画だという。スコセッシにとって『ギャング・オブ・ニューヨーク』が悲願の企画であったように、レオにも宿願があったわけだ。スコセッシもレオに対して多少の負い目はあったのだろう。『ギャング〜』の撮影が思いのほか長引いて、彼を当初の予定よりも長く拘束してしまったからだ。「わしの道楽である『ギャング〜』の撮影にレオを長く付き合わせてしまったから、次はレオの道楽に手を貸してやろうかのぉ」とスコセッシが言ったかどうかは知らないけれど、『アビエイター』がスコセッシからレオへの恩返しの側面があることは否定できないだろう。 ただし、このスタンスがスコセッシに「雇われ監督」としての意識を強くさせ、『アビエイター』という作品から距離感を取らせている気がしてならない。歯に衣を着せぬ言い方をすれば、やる気が希薄なのだ。演出に覇気が感じられない。さすがにスコセッシであるからテクニックだけで充分に魅せるけれど、技巧以上のものは披露していない。レオが演技に(過剰なほどの)熱を込めれば込めるほど、スコセッシの演出は醒めていき、二人の温度差はいかんともしがたい。 『インファナル・アフェア』のリメイクで三たび手を組むレオ×スコセッシだけれど、『アビエイター』を見る限りこの二人の相性は決して良好とは思えないのだけれど。
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[007]スーパーサイズ・ミー
 自虐的ドキュメンタリーという新たな方法論sundance2005-07-28
 【ネタバレ注意】
マイケル・ムーアは『ボウリング・フォー・コロンバイン』でアメリカの銃社会に警鐘を鳴らしたけれど、二番煎じであるモーガン・スパーロックは肥満大国アメリカのもっとも大き・・・
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マイケル・ムーアは『ボウリング・フォー・コロンバイン』でアメリカの銃社会に警鐘を鳴らしたけれど、二番煎じであるモーガン・スパーロックは肥満大国アメリカのもっとも大きな原因であるファストフード業界、なかんずくマクドナルドにケンカを売る。 監督自らが30日間、毎食マックのメニューで過ごすという究極の人体実験。そのコンセプトからイロモノ企画と思われがちだけど、実は食が人体に与える影響について様々なアプローチを試みた野心的で、秀逸なルポルタージュだ。たとえば、問題児童を集めた学校でジャンクフードの給食から栄養のバランスを考えた野菜中心の食事に変えると、生徒の問題行動が目に見えて改善されたという。この事例からいわゆる「キレる若者」の原因が食生活と無縁ではないことを監督は教えてくれる。あるいは、マックは子供を誘惑しているという指摘。マックは店内で誕生パーティを開いたり、フィギュアをオマケにつけたりして子供の購買欲を煽っている。また店内に遊戯施設があるので親もマックで子供を遊ばせるようになる。こうして幼いころからマックに洗脳された子供は成人しても足繁くマックに通うようになる。食に対する、こうした真摯な取材姿勢が本作のドキュメンタリーとしての精度を高めている。 さて、実験結果はどうだったのか。なんと、体重は10キロ増量し(繰り返すけど、わずか30日で)、肝臓は炎症を起こし、医者から「君は病気だ。このまま続ければ死ぬよ」と死の宣告。この結果には誰もが驚くだろう。30日間マックの食事で過ごせば体調を崩すのは当たり前と言える。しかし、肝臓に脂肪がたまる脂肪肝の状態になるとは実験開始から関与した医者にも想像できなかった。この肥大した肝臓の状態は長年、飲酒を続けた重篤のアルコール依存症患者のそれと変わらない(医者からも『リービング・ラスベガス』のニコラス・ケイジと同じと指摘されている)。 相当に偏った実験ではある。しかし、体を張ってマックの有害性を実証した独自の方法論は、「アポなし」のムーアとは異なる手法でドキュメンタリーの可能性を広げている。このまま自虐性を看板に掲げ続けるのか、スパーロック監督の次作が楽しみだ。
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[008]オーシャンズ12
 肩の力を抜いたソダーバーグsundance2005-07-02
 
ブラッドとキャサゼタの短くて洒落たやり取りの後にすばやくタイトルが挿入されるオープニングに、ソダーバーグのメジャー復帰作「アウト・オブ・サイト」を想起して思わずニヤ・・・
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ブラッドとキャサゼタの短くて洒落たやり取りの後にすばやくタイトルが挿入されるオープニングに、ソダーバーグのメジャー復帰作「アウト・オブ・サイト」を想起して思わずニヤけてしまう。 再び集結した11人。けれども、軽口やへらず口をたたくだけで、緊張感はまるでなく、弛緩しまくってる空気がなんんだか気持ちいい。前作は犯罪のエキスパートである11人にそれぞれ見せ場があったけれど、今回は主人公のジョジクルにすら大した出番はなく、お荷物になってるメンバーもちらほら(今回の主役はほとんどブラッドで、ある意味「ラスティーズ12」か)。このだらけきった雰囲気はケイパーもの(強奪映画)としてははっきり言って失格だけれど、リラックスした空気がなんとも心地よくて、異論はあろうが僕は前作よりも本作を評価する。 途中参加のジュリア・ロバーツは体調不良なのかと疑ってしまうほど精気がなく(スターとしてオーラが皆無)、これ見よがしに愛くるしいキャサゼタが「ターミナル」に引き続き株を上げている。 杜撰な脚本が最大の欠点だけど、「トラフィック」のような硬質な作品を易々と撮りあげてしまうソダーバーグが、肩の力を抜いて撮った余裕ぶりを笑って楽しみたい一本だ。
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[009]2046
 ハッピーエンドの方法が分からないsundance2005-06-29
 
『2046』が『欲望の翼』と『花様年華』とトライアングルをなす1960年代を舞台にしたトリロジーであることは、まず、書いておいた方がいいだろう。また、『花様年華』の正統な続・・・
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『2046』が『欲望の翼』と『花様年華』とトライアングルをなす1960年代を舞台にしたトリロジーであることは、まず、書いておいた方がいいだろう。また、『花様年華』の正統な続編であるという知識も必要だ。 しかし、次々に女性と関係をもつトニー・レオンには『花様年華』のストイックな面影はまったくない。別人とさえ言える。大胆な解釈が許されれば、これは『欲望の翼』でレスリー・チャンが演じたキャラクターへのオマージュだろう。つまり『2046』は自殺したレスリーに捧げられたフィルムでもあるのだ。 上記したように、トニーは肉体関係を別にしても数多くの女性と関係をもつ。コン・リー(『花様年華』のマギー・チャンの投影)、カリーナ・ラウ(『欲望の翼』でのレスリーの恋人)、フェイ・ウォン(トニー×フェイの関係は『恋する惑星』を想起させる)、そしてチャン・ツィイー。トニーと彼女たちの恋愛が成就することはない。ウォン・カーウァイにとって恋愛とは完遂しないから美しいのだろう。本作は「かなわぬ愛」を描き続けたカーウァイの、その集大成とも言える。しかし、作家性になんら進捗が見られない点から大いなるマンネリと感じる観客も少なくはないだろう。集大成か、マンネリか。評価の二分する作品だ。
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[010]ふたりにクギづけ
 牙を抜かれたファレリー兄弟sundance2005-06-28
 
下ネタ、身障者差別、動物虐待。こうしたブラックな笑いに果敢に挑み続けるファレリー兄弟だけれど、結合性双生児(シャム双生児)という「取り扱い注意」のキャラクターを主人・・・
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下ネタ、身障者差別、動物虐待。こうしたブラックな笑いに果敢に挑み続けるファレリー兄弟だけれど、結合性双生児(シャム双生児)という「取り扱い注意」のキャラクターを主人公にした本作でもその黒い笑いは健在なのか。 結論から先に書けば、本作に結合性双生児を晒し者にした笑いは登場しない。代わりに、彼らを隠蔽するマスメディアや彼らを誹謗する無知蒙昧な一般大衆がファレリー兄弟の標的にあげられ、徹底的にこき下ろされる。 その意味で非常に健全な作品に仕上がっているけれど、ファレリー兄弟独自の「毒」が薄まってしまっている嫌いはいなめない。描かれるのは二人の結びつきの深さであり、コメディの要素はどこかに置き去りにされてしまっている。 前作「愛しのローズマリー」の時点で障害者に好意的な描写が増え、こうした変化の予兆は予測できたのだけれど、正直、ファレリー兄弟にはまだ丸くなっては欲しくない。オスカー女優に張形を持たせる暴挙(「ふたりの男とひとりの女」参照)は、この監督にしかできないのだから。
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[011]LOVERS
 剣戟アクションの最高峰sundance2005-02-12
 
黒澤明の『羅生門』を髣髴とさせる『HERO』の 重層的で多面的な構成に比べれば、本作の展開はいささか直線的にすぎる、と指摘できるだろう。しかし、森林、平原、竹林、そ・・・
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黒澤明の『羅生門』を髣髴とさせる『HERO』の 重層的で多面的な構成に比べれば、本作の展開はいささか直線的にすぎる、と指摘できるだろう。しかし、森林、平原、竹林、そして雪原と 次々に舞台を変えて繰り広げられるアクションシーンの数々には 圧倒される。息を飲む。 本作の剣戟アクションは様々なカメラアングルやワイヤーアクション、 さらにCGIを駆使し、西洋と東洋の最先端の技術を融合してみせる。 舞踊のごとく優雅な華麗さと、刃と刃が火花を散らす 金物(かなもの)の焦げ臭い匂いがスクリーンを越えて 漂ってくるような重厚さが見事に合致し、 『LOVERS』の剣戟アクションは、日本を含めた全アジア映画圏 の中で最高峰を極めた、そう断言していいだろう。 香港映画界は伝統ある武侠映画というジャンルを、 秀逸なスタッフもろともチャン・イーモウに剽窃されたわけで、 いい面の皮と言ったところか。 『HERO』ではマギー・チャンの前に完全に霞んでいた チャン・ツィイーだけれど、その成長が著しい。 いまだあどけなさが残る少女のような容姿の中に 娼婦の妖艶さを隠し持つ、と表現したらいいのだろうか。 金城武とアンディ・ラウの運命を狂わせるファム・ファタルを 清純とエロスの絶妙なバランスで演じきる。 『LOVERS』でツィイーは完全に一皮むけた。
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[012]ビッグ・フィッシュ
 なぜバートンは無冠なのだろうsundance2005-01-25
 
「マーズ・アタック!」以降のバートンにはあまり興味がなかった。 とはいえ、「スリーピー・ホロウ」のダークな世界観は明らかに 「バットマン」の延長線上だし、「猿の惑星」・・・
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「マーズ・アタック!」以降のバートンにはあまり興味がなかった。 とはいえ、「スリーピー・ホロウ」のダークな世界観は明らかに 「バットマン」の延長線上だし、「猿の惑星」のリメイクもビジュアル的 にはバートン色で、本家に「挑戦」したラストも大いに健闘したと 誉めるべきだろう。 でも、本音を言えば「バートンも無難な作品を撮るようになったな」 という諦観が胸の奥にくすぶっていた。 という訳で「ビッグ・フィッシュ」だけれど、これはいいね。 ファンタジィとリアリティの境界線上を綱渡りする芸当はバートン ならでは。父と子の断絶が作品のテーマだけど、 「人を傷つけるよりも、むしろ楽しませるための嘘ならば、 真実よりもよほど価値がある」という父親の考えに感化されていく 息子の心のゆれを丁寧に描き、ドラマとしての質も高い。 主役を演じたユアン・マクレガー/アルバート・フィニーも むろんいいけど、スティーブ・ブシェミやダニー・デビートといった 実力派バイプレーヤーが脇をしっかりと固め バートンのフィルモグラフィのなかでも一二を争う傑作に仕上がっている。
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[013]世界の中心で、愛をさけぶ
 長澤まさみhasundance2005-01-10
 
これは長澤まさみの映画だ。 長澤まさみを語るにはまず『ロボコン』から始めよう。 『ロボコン』はロボットコンテスト、通称「ロボコン」に 情熱をかける男女高専生たちを描い・・・
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これは長澤まさみの映画だ。 長澤まさみを語るにはまず『ロボコン』から始めよう。 『ロボコン』はロボットコンテスト、通称「ロボコン」に 情熱をかける男女高専生たちを描いた「理系スポ根」映画。 「ボクたちに足りない部品はなんだろう」というキャッチコピーが 秀逸で、互いに欠けた部分をチームワークで補い合い、 その結果自分自身も成長していくというテーマ把握が 普遍的な感動を呼ぶ。なにより、長澤まさみの初々しい魅力と 気後れしない演技が作品全体をぐいぐいと牽引し、 「異性愛」ではなく「同士愛」で結ばれた「部活動」という ノスタルジックな空間を再現することに成功している。 つまり『ロボコン』は『GO』や『ピンポン』と 肩を並べる近年の青春映画の傑作であり、もっと評価されていい。 というわけで『世界の中心で、愛を叫ぶ』だ。 前述したように、この作品は長澤まさみの映画である。 頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗という 嫌みになりかねない役どころを、 夏の一陣の涼風のようなさわやかな存在感で演じ切り、 その魅力が作品を支えている。なにしろ、大沢たかおの無気力な演技、 柴咲コウの棒読み、目新しさのまるでない手垢のついたストーリー、 そして、定勲の覇気のない演出(とても『GO』と 同じ監督とは思えない)と、短所を挙げればきりがない。 長澤まさみがたった一人でこの作品を救っていると書いても、 決して過言ではない。 この取り柄のない作品に唯一の価値があるとすれば、 それは長澤まさみの知名度アップに貢献した点だけだろう。 もう一度『ロボコン』の話題に戻るけれど、 『ロボコン』で初めて長澤まさみを見たとき、 僕は『がんばっていきまっしょい』の田中麗奈を想起した。 田中は優れた俳優というわけではないけれど、 映画にしか出演しないスタンスには好感が持てる。 長澤まさみも最近、テレビドラマの露出が増えているけれど、 できれば「映画女優」に専念して欲しい、稀有な逸材だと思う。
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[014]ブラザーフッド
 戦争映画でありながら感傷的。sundance2004-12-10
 
社会主義と民主主義という対立するイデオロギーによって、 強引に北と南に引き裂かれてしまった朝鮮半島。 突如、勃発した朝鮮戦争によって悲劇的な運命を たどることになる一・・・
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社会主義と民主主義という対立するイデオロギーによって、 強引に北と南に引き裂かれてしまった朝鮮半島。 突如、勃発した朝鮮戦争によって悲劇的な運命を たどることになる一組の兄弟。 監督は分断されてしまった朝鮮半島の痛々しい現実を、 この兄弟のあまりに悲しいすれ違いと、 残酷なまでの邂逅に託して描ききる。 「一緒に帰ろう…」。弟が兄に向けた命がけの懇願。 この懇願は兄にだけ向けられたものではない、 いまだに「一緒」になることができない朝鮮半島統一への 切なる願いがこめられているのだ。 かつての香港映画、なかんずくジョン・ウー監督に代表される 香港ノワールの世界には「友のためなら死ねる」男たちがゴロゴロいた。 『ブラザーフッド』は、そんな男たちを久しぶりに彷彿とさせ、 ジョン・ウーすら嫉妬するような強靭な兄弟の絆を描き、血涙を誘う。
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[015]21グラム
 21グラム、それは耐えられない重さsundance2004-11-17
 
交通事故によって人を殺めてしまった加害者。 そしてとり残された被害者の遺族。 彼らはともに深い心の闇をいだき、その闇は決して払拭されることはない。全篇を絶望が支配し、・・・
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交通事故によって人を殺めてしまった加害者。 そしてとり残された被害者の遺族。 彼らはともに深い心の闇をいだき、その闇は決して払拭されることはない。全篇を絶望が支配し、救いなどどこにもありはしない。 しかし、ひとつの「21グラム」が失われ、 そして新たな「21グラム」の誕生を示唆することで、 監督は絶望の中にかすかな希望を描いてみせる。いい映画だ。 改めて書くこともないが、S・ペン、デル・トロ、N・ワッツの 演技がすばらしい。俳優としてのオーラを封印し、 僕らの隣にいてもおかしくない、 ごくありふれた一般人をリアルに演じきっている。 今年のアカデミー賞だが、ペンは「ミスティック〜」と 本作のWノミネートでもよかったのではないか。
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[016]ガープの世界
 生と死は常に隣りあわせsundance2004-11-12
 
「ホテルニューハンプシャー」しかり、「サイダーハウスルール」しかり、 ジョン・アービングの原作は常に「死が生と隣り合わせ」 になっている。 この「ガープの世界」でも常に・・・
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「ホテルニューハンプシャー」しかり、「サイダーハウスルール」しかり、 ジョン・アービングの原作は常に「死が生と隣り合わせ」 になっている。 この「ガープの世界」でも常に「死」が物語の背景にちらつき、 観客を落ち着かなくさせるが、 それが逆説的な人生賛歌へと転化している点が面白い。 アメリカンニューシネマ的な西部劇「明日に向かって撃て!」や アカデミー賞を受賞した「スティング」など、 どんなスタイルの作品でも及第点以上に仕上げる ジョージ・ロイ・ヒル監督は、まさに真の職人監督だった。 遅まきながら深くご冥福をお祈りする。
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[017]コールド マウンテン
 おめでとう、レニー。sundance2004-11-08
 
個人的なことをいえば、ここ10年ほどのアカデミー賞のなかで もっとも完成度の高い作品はアンソニー・ミンゲラ監督の 『イングリッシュ・ペイシェント』だと思う (一番好きな・・・
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個人的なことをいえば、ここ10年ほどのアカデミー賞のなかで もっとも完成度の高い作品はアンソニー・ミンゲラ監督の 『イングリッシュ・ペイシェント』だと思う (一番好きなのは『アメリカン・ビューティー』だけど)。 恋愛映画とミステリー、そして反戦思想を重層的に描きながらも、 決してそうした技巧に溺れることなく、 壮大なスケール感をかもし出すことに成功した ミンゲラ監督の演出力に本物の才能を感じた。 しかし、脱走兵が艱難辛苦を耐え愛する女性の許を目指す 『コールドマウンテン』は『イングリッシュ〜』に 比べれば多分に直線的すぎるストーリーだと指摘できるだろう。 すでに多くの評者が指摘しているとおり、 本作の唯一の見所は大地に根ざした強い女、 レニー・ゼルウィガーが生きる術を知らないお嬢様のニコールを ぐいぐいと引っ張り一人前の女へと成長させていく その過程のおもしろさにしかない。 周知のとおり、南北戦争は北軍が勝利し、 次第に戦況が悪化していく南軍は民衆から略奪を繰り返す ならず者の集団へと転落していく。 本作でも北軍兵士、脱走兵を追跡する南軍兵士、そして義勇軍と 登場する兵士はすべて、徹底的に残酷な悪役として描かれている。 戦争が人間を変えるのか。それとも人間は本来、邪悪な存在なのか。 とにかくジュード・ロウ以外の兵士は人間性を喪失した 残虐な存在としてしか描かれていないので、 未見の方は気が滅入ることを覚悟して見た方がいいだろう。
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[018]踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!
 深津絵里ってソバカス目立つよね。sundance2004-11-01
 【ネタバレ注意】
「踊る〜」の面白さは、同じ警察機構であっても所轄と本庁の間には歴然と した上下関係が存在し、所轄は本庁の隷属機関でしかないことを 物語の基本軸に据えた、その構図の新し・・・
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「踊る〜」の面白さは、同じ警察機構であっても所轄と本庁の間には歴然と した上下関係が存在し、所轄は本庁の隷属機関でしかないことを 物語の基本軸に据えた、その構図の新しさにあった。 けれど、テレビシリーズおよび前作で所轄(織田)と本庁(柳葉)の間に 強固な信頼関係が成立したために、 所轄vs本庁という構図は今回は使えない。 そこで本作では女性キャリアを登場させ、 柳葉から指揮権を剥奪することで、 再び所轄vs本庁という対立関係を復活させる。 つまりは二番せんじ以外の何者でもない。 もう一点、指摘しておきたいのは、モジュラー型犯罪としての杜撰さだ。 モジュラー型犯罪とは複数の事件が同時進行で発生し、 一見、無関係に見えた個々の事件が見えない一本の糸で結ばれていて、 それらがラストで氷解する、という凝った仕掛けを指す。 海外の警察小説で多様される手法だが (たとえばエド・マクベインの87分署シリーズなど)、 警察を舞台にした小説および映画の定石と言っていい。 しかし、本作では個々の事件の関係性が極めて希薄なのだ。 メインの殺人事件は解決しても、スリや噛み付き魔は たんなるオマケにすぎなかったというのでは、 脚本の整合性を疑ってしまう。 とは言え、女性キャリアが退場し、 柳葉が指揮権を掌握するラスト30分には正直、胸が躍った。 いろいろと苦言を呈してしまったが、 好きなシリーズであるがゆえの愛情の裏返しなのだと解釈してほしい。
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[019]キル・ビル Vol.2
 タランティーノよどこへ行くsundance2004-10-23
 
無意味だけどユーモアにみちた会話の羅列。 一貫せず統合性を欠いたストーリー。 従来の映画文法を解体したこれらの手法を用いた 「パルプ・フィクション」で タランティーノは・・・
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無意味だけどユーモアにみちた会話の羅列。 一貫せず統合性を欠いたストーリー。 従来の映画文法を解体したこれらの手法を用いた 「パルプ・フィクション」で タランティーノは一躍、映画界の寵児となった。 しかし、「キル・ビル」はヤクザ映画、カンフー映画、 そしてマカロニウェスタンへの偏ったオマージュによってのみ 構成された作品で、 上記したようなタランティーノの独自性は見受けられない。 忌憚なく申せば「キル・ビル」の価値はB級を超えたZ級の荒唐無稽さ にしかない。 しかもタランティーノがパクった本家香港映画界には「キル・ビル」を はるかに凌駕するデタラメでオフビートな作品があふれている。 「キル・ビル」を賞賛される方々は、せめてタランティーノが オマージュを捧げている香港映画へ一言、言及が欲しいものだ。
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[020]25時
 E・ノートン×S・リー=悪くない。sundance2004-10-10
 
エドワード・ノートンが犬を連れて歩いている。 それだけで、もう「何か」の情景だ。 孤独という事象、あるいは、悲しみや切なさといった感情が、 その情景から無言で立ち上がっ・・・
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エドワード・ノートンが犬を連れて歩いている。 それだけで、もう「何か」の情景だ。 孤独という事象、あるいは、悲しみや切なさといった感情が、 その情景から無言で立ち上がってくる。 9・11以降を視野に入れた初のアメリカ映画として喧伝されたが、 同時多発テロの影響はほとんど描かれず、 むしろNYへの「愛」を描いてきたスパイク・リーが NYへの「憎」まで踏み込んだ描写が見られる点が興味深い。 「若きダスティン・ホフマン」ことE・ノートンは相変わらず 巧いが、親友役のバリー・ペッパーが思いのほか魅せる。 無責任で冷酷、だが、情にほだされころっと態度を変えてしまうあたり、 人情家の側面を見せ、憎めないキャラクターを巧みに演じている。 現時点での彼の最高の演技といえるのではないか。
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[021]N.Y.式ハッピー・セラピー
 サンドラーの現時点でのベスト!sundance2004-09-26
 
「アメリカでは大人気だけど、日本ではいまいちパッとしない…」 が枕詞として定着しているA・サンドラー。 その理由として、ご都合主義のストーリー、大味のギャグ、 無責任な・・・
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「アメリカでは大人気だけど、日本ではいまいちパッとしない…」 が枕詞として定着しているA・サンドラー。 その理由として、ご都合主義のストーリー、大味のギャグ、 無責任なハッピー・エンドなどがあげられるけど、 最大の欠点はサンドラーがコメディアンにしては珍しい 「受けの芝居」を得意とする役者だからだろう(ちょうど、 ライバルであるジム・キャリーとは真逆のキャラクターといえる)。 つまり、彼の魅力を引き出すには「受けの芝居」に対抗できる 強烈な個性の持ち主が必要なのだ。 その点、今回は怪優(名優ではなくあえて、こう呼ぼう) ジャック・ニコルソンと組むことでサンドラーの「受けの芝居」が 十二分に発揮され、彼の主演作の中でベストと いえる作品に仕上がっている。 また、ニコルソン以外の共演者も見逃せない。 マリサ・トメイ(相変わらずかわいい)、 ジョン・タトゥーロ(相変わらずのカメレオン俳優ぶり。 この人はどんな役を演じさせても巧い)、 そして、ウディ・ハレルソン(『ラリー・フリント』以降、 作品に恵まれてないのが寂しい。頭髪も寂しい)といった豪華な顔ぶれだ。 さらに、ヘザー・グラハムとジョン・C・ライリーが ノンクレジットで出演。しかもノンクレジットといえ、 カメオ出演ではなく出番も長い。 共演者の充実ぶりは間違いなくサンドラー主演作中、 随一でその点でもお得な一本といえる。
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[022]殺人の追憶
 『セブン』に匹敵する傑作sundance2004-09-04
 
僕は一度だけサスペンス映画を観て泣いたことがある。 作品の冒頭から結末まで一時たりとも緊張感が途切れることなく、 その緊張の持続に感情が耐えられなかったのだろう、 知・・・
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僕は一度だけサスペンス映画を観て泣いたことがある。 作品の冒頭から結末まで一時たりとも緊張感が途切れることなく、 その緊張の持続に感情が耐えられなかったのだろう、 知らず頬を涙が流れていた。 その作品とはカーティス・ハンソン監督の傑作『LAコンフィデンシャル』。僕は『殺人の追憶』を観ながら、 その背後に『LA〜』を観ていたのかもしれない。 あたかもデジャブのようにこの二作はよく似ている。 たとえば事件(犯人ではなく、事件そのもの)に翻弄され、 追い詰められていく刑事たちの焦燥感や、 あるいはエリート刑事と叩き上げのデカとの反目 (『LA〜』ではエリートのガイ・ピアースと 暴力刑事のラッセル・クロウが対立する)など、 相似点として指摘できるだろう。 また、「雨」というキーワードからデビッド・フィンチャー監督の 『セブン』を想起するのは容易だし、猟奇的殺人には 『羊たちの沈黙』の影響が見え隠れする。 『LA〜』『セブン』『羊たちの沈黙』。 個人的にはこの三作が90年代を代表するサスペンス映画 だと思っているのだけど、『殺人の追憶』はこれらに匹敵する傑作、 と書いても決して過言ではないと思う。 1980年代後半の韓国のかた田舎を舞台に、 しっかりと「土の臭い」を描きつつも、 どこかスタイリッシュな演出は「ほえる犬は噛まない」の ポン・ジュノ監督の都会的なセンスゆえか。 前半はソン・ガンホのユーモラスな言動で観客を魅了させ、 一転、後半では唯一の手がかりを喪失する刑事たちの無力感を、 雨をメタファーに描出してみせる。このコントラストが見事だ。 また、未解決事件であること (と、「おまえはいまどこにいる」というキャッチコピー)を ふまえたラストシーンは出色。 『シュリ』以降、韓国映画は日本映画をあっという間に追い抜き、 いまでは、もはや手の届かない存在になりつつある。 その事実を実感させる傑作だ。
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[023]シービスケット
 W・H・メイシーは相変わらず芸達者sundance2004-08-29
 
株の大暴落によって財産と息子を失った自動車王。 人間よりも馬と心が通じ合う調教師。 そして天才的な騎手の才能がありながら、家族と離散してしまった青年。 失意の底から抜・・・
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株の大暴落によって財産と息子を失った自動車王。 人間よりも馬と心が通じ合う調教師。 そして天才的な騎手の才能がありながら、家族と離散してしまった青年。 失意の底から抜け出せない、そんな彼ら三人を結びつけるのが、 骨折から再起したサラブレット、シービスケットだ。 この作品の面白さは、彼らがシービスケットを調教し、 成長させていくだけでなく、シービスケットが勝利を重ねていくことで、 未来を見失っていた彼らが自信を取り戻していく点にある。 人が馬を助け、そして馬が人を勇気づけていく。 お互いが向上しあっていく理想の関係が、ここには確かに存在している。 シービスケットの快進撃は、やがて、 疲弊したアメリカ全土に希望と勇気を与えていく…。 ここでちょっと寄り道をさせてほしい。 トム・マクナブ『遥かなるセントラル・パーク』(文春文庫) という小説がある。舞台は『シービスケット』と同じ大恐慌時代の アメリカ。そんな失業と生活の不安が蔓延する不景気な時代に、 風穴を開けるべく「アメリカ縦断マラソン」という一大イベントを 開催した陽気な興行師がいた。この興行師と『シービスケット』の 常に前向きで未来に目を向けている、J・ブリッジス演じる自動車王 (初めて予告編を見た時は、かなり老けて見えたので ウォーレン・ベイティかと思った。最近、この二人似てませんか?) の姿が僕にはダブって見えたのだ。「アメリカ縦断マラソン」に集うのは、バカで、それでいて愛しいとびっきりなやつらばかり。 『遥かなるセントラル・パーク』は、そんな彼らの勝負と友情を 描いた傑作マラソン小説で、僕のもっとも愛する小説のひとつでもある。『シービスケット』を堪能された向きには、ぜひおすすめしたい一冊だ。
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[024]レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード
 ロドリゲスはJ・ウーを超えられないのか?sundance2004-07-31
 
前作『デスペラード』をサム・ペキンパーへのオマージュと書いたけど、 続篇である本作『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』 を見ると、やはり、ジョン・ウー監督の影・・・
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前作『デスペラード』をサム・ペキンパーへのオマージュと書いたけど、 続篇である本作『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』 を見ると、やはり、ジョン・ウー監督の影響がかなり露骨に散見 しているのが分かる。 2丁拳銃やスローモーションは言うにおよばず、 後方に飛び退きながらの発砲や、床を滑りながらの銃撃、 あるいはバレエを思わせる身体を回転させながらの射撃など (J・ウーが映画監督以前にバレエの振付師をしていたのは有名な話)、 香港ノワールを想起させる銃撃スタイルが横溢している。 お約束である教会での銃撃戦まであり(さすがに鳩は飛ばないけれど)、 ロバート・ロドリゲスはJ・ウーへの偏愛を隠さない。 J・ウーは『フェイス/オフ』で銃撃戦の頂点を極めて以降、 『M:i2』『ウィンド・トーカーズ』そして 『ペイ・チェック/消された記憶』(なぜJ・ウーが フィリップ・K・ディック原作のSFを監督しなければいけないのか) と完全に個性を封印されガン・アクションから足を洗っているので、 いまやガン・アクションのジャンルはR・ロドリゲスの 独壇場といえるだろう。 ただし、手放しで誉められないのは102分という短い上映時間に ストーリーを詰め込みすぎているからだ。 メキシコ大統領暗殺の顛末を反乱分子、軍隊、元FBI、 CIAのエージェント(ジョニー・デップが演じるこのエージェントは 単なるトラブルメーカーで、彼が暗躍するたびにストーリーが 支離滅裂になっていく)、そしてアントニオ・バンデラス扮する 伝説のガンマン「エル・マリアッチ」と、 複数の視点で描いたためにカットバックが多用され、 前作で顕著だった疾走感が損なわれてしまっている。 また、前作では無類の強さを発揮したマリアッチが 本作では大統領暗殺にまつわるコマの一人としてしか扱われず、 その存在感がかすんでしまっている点も減点の対象だろう。
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[025]ラスト サムライ
 ズウィック監督の『ダンスウィズウルブス』sundance2004-07-19
 
すでに多くの評者から指摘があるように、『ラストサムライ』の構造はケビン・コスナーの『ダンス・ウィズ・ウルブス』に酷似している。志願してネイティブアメリカンの居住区近・・・
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すでに多くの評者から指摘があるように、『ラストサムライ』の構造はケビン・コスナーの『ダンス・ウィズ・ウルブス』に酷似している。志願してネイティブアメリカンの居住区近くの砦に赴任したコスナーは、自然を畏敬し、物質文明に頼らない彼らに西洋文化にはない高い精神性を見出し、次第に彼らと調和していく。一方、『ラストサムライ』は南北戦争で心に深い傷を負い日本に赴いたT・クルーズが、死よりも誇りを重んじる「ブシドー」の精神に自己の価値観を揺さぶられ、感化されていくという構造だ。つまり、明治維新直後の日本人像をネイティブと同じ位相で描いているのだ。 異なるのはラストの処理で『ダンス〜』では戦闘を回避しようとするネイティブの厭戦主義を描いたけれど、『ラスト〜』のズウィック監督は戦争マニアぶりをいかんなく発揮し惜しげもなく合戦シーンに製作費を投じる。 エドワード・ズウィックは『グローリー』で南北戦争を、『レジェンド・オブ・フォール』で第一次大戦前夜を、そして『戦火の勇気』でハリウッドで初めて湾岸戦争を描いた。また『マーシャル・ロー』はニューヨークでテロが続発し、ついには軍隊が出動するという、軍隊好きの監督らしい映画だった。戦争映画をこよなく愛するズウィック監督の次回作は、よもや、イラク戦争を舞台にした戦争映画ではないだろうね。
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[026]死ぬまでにしたい10のこと
 善人による善意の映画sundance2004-05-04
 
「ここではないどこか」を求めている女性の「自分探し」の物語 (「ここではないどこか」を求めているのは常に女性である)。 ただし、「自分探し」のタイムリミットが「死」に・・・
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「ここではないどこか」を求めている女性の「自分探し」の物語 (「ここではないどこか」を求めているのは常に女性である)。 ただし、「自分探し」のタイムリミットが「死」に設定されているために、 生き急ぐ切迫感と、「死」によって消滅してしまう透明感が同居する 独自の叙情をたたえた作品に仕上がっている。 また、基本的に悪人の登場しない善意のみに支えられた作品なので、 その口当たりのよさも魅力の一因だろう。 本作の製作総指揮にはスペインの鬼才ペドロ・アルモドバルが 名を連ねているけれど、もし、彼がメガホンを取っていたら どんな仕上がりになっていただろうか。 「死」を目前に控えた人間の壮絶なあがきを描いて、 まったく異なる仕上がりになっていただろう、と夢想するのは イザベル・コヘット監督に失礼なのだろうな。
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[027]HERO
 進化するチャン・イーモウsundance2004-01-26
 
それにしてもチャン・イーモウが武侠映画を撮ると 初めて聞いた時は驚いた。『あの子を探して』を見た時も 「これがあのチャン・イーモウかよ、 実はホウ・シャオシェンが撮っ・・・
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それにしてもチャン・イーモウが武侠映画を撮ると 初めて聞いた時は驚いた。『あの子を探して』を見た時も 「これがあのチャン・イーモウかよ、 実はホウ・シャオシェンが撮ったんじゃないの」と驚いたものだけど、 今回の方が衝撃は上だ。『紅いコーリャン』を見て、 この監督が15年後に武侠映画を撮るなんて一体誰が予想できただろうか。 金庸に代表される武侠小説(平たく言えば中国製のチャンバラ小説だ) は中国が誇る一大エンターテインメント。 中でも、香港映画界では60年代のキン・フーの時代から 積極的に武侠小説の映像化に取り組んできたけれど、 世界的な注目を集めたのはやはり、アン・リー監督の 『グリーン・デスティニー』の成功によってだろう。 個人的には今回の『HERO』のヒットによって、 過去に作られた香港映画の武侠映画の秀作 (例えば娯楽作の要素を「これでもかっ!」と詰め込んだ 『スウォーズマン』シリーズなど)が再評価されると嬉しいのだけど。 それにしても、マギー・チャンの妖艶と呼ぶに相応しい色気には圧倒される。 マギーに比べるとチャン・ツィイーなどいかにも 「小娘」といった風情で格の違いを思い知らされる。 チャン・イーモウはコン・リーを世界的な女優に育て上げた実績があるだけに、 さすがに女優を描くのが巧い。『ラヴソング』や『花様年華』など近年、 代表作を連発しているマギーだけど、 その中でも『HERO』の演技はベストと呼べるのではないだろうか。 始皇帝暗殺を題材にした映画といえばそのものズバリ 『始皇帝暗殺』(チェン・カイコー監督)があるけれど、 『HERO』を堪能された向きにはぜひこちらにも触手をのばしていただきたい。『始皇帝暗殺』は暗殺の対象としてだけではなく、 絶対権力者でありながら「弱さ」を抱えた「人間」始皇帝が じっくりと描かれ見ごたえがある。二作を見比べるのも一興かと。
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[028]パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち
 お茶目でやんちゃなJ・デップsundance2004-01-04
 
こんなにお茶目でやんちゃなJ・デップって初めてではないだろうか。 『シザーハンズ』で注目され、当時は「目で演技する」と 騒がれたジョニデだけど、実際はバスター・キート・・・
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こんなにお茶目でやんちゃなJ・デップって初めてではないだろうか。 『シザーハンズ』で注目され、当時は「目で演技する」と 騒がれたジョニデだけど、実際はバスター・キートン直系の ポーカー・フェイスで表情に乏しい。 しかも最近は『ノイズ』『ナインスゲート』『フロム・ヘル』と クールで虚無的な役がすっかり定着したタイプ・キャストに かなり食傷気味だったのだけど、 『パイレーツ・オブ・カリビアン』はいいね。 路線的には女装癖のZ級監督を演じた『エド・ウッド』や、 酒とドラッグに溺れるジャーナリストに扮した 『ラスベガスをやっつけろ』に連なるイロモノ系だけれど、 それらに人を食った軽妙さが加わり ジョニデの最高の演技と断言してしまおう。 ゴールデングローブ賞のコメディ部門のノミネートもうなずける。 監督のゴア・バービンスキーにもふれておこうか。 実写版『トム&ジェリー』と呼べる『マウス・ハント』、 ブラッド・ピットとジュリア・ロバーツの豪華共演が 話題を呼んだ『ザ・メキシカン』、 そして日本版の露骨なコピーと物議をかもしだした『ザ・リング』。 バービンスキーの作品は常に話題が先行するけど、 その話題の大きさに作品の質が釣り合っていない、 というのが世間の評価ではなかっただろうか。 しかし、製作J・ブラッカイマーの「お気楽、ノーテンキ」 テイストが露骨に反映された本作でバービンスキーは完全に一皮むけた。 彼がブラッカイマー御用達の第二のマイケル・ベイと呼ばれる日も近い!?
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[029]GO
 金城一紀の原作はとてもしなやかだ。sundance2003-12-06
 
金城一紀の原作は「在日」という切実な問題に深く悩み苦しみながらも、 それをしなやかに飛び越えていく柔軟さが何よりも魅力で、 青春小説の新たなスタンダードを予感させる秀・・・
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金城一紀の原作は「在日」という切実な問題に深く悩み苦しみながらも、 それをしなやかに飛び越えていく柔軟さが何よりも魅力で、 青春小説の新たなスタンダードを予感させる秀作だった。 クドカンの脚本は原作のエピソードを自在にシャッフルして順序を入れ替え、 また相似点のあるエピソードを一つにまとめたりするなど 原作の疾走感を損なわない工夫が随所に見受けられるけど、 原作を手堅くまとめたダイジェスト版との印象は否めない。 唯一、感心したのは(すでに多くの評者が指摘してると思うけど)、 杉原がクラブに現れた桜井に釘付けになるシークエンス。 ここに落語の「高尾太夫」を流すセンスはまぎれもなく「才能」で、 誰にも真似できない。
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[030]チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル
 成龍の後継者!?sundance2003-11-26
 
いやはや、前作同様、いやそれ以上にマックGの映像センスは絶好調。 その傑出した映像センスはモトクロスのシーンを見れば一目瞭然だろう。 空中で交錯するバイクをあらゆるア・・・
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いやはや、前作同様、いやそれ以上にマックGの映像センスは絶好調。 その傑出した映像センスはモトクロスのシーンを見れば一目瞭然だろう。 空中で交錯するバイクをあらゆるアングルで魅せまくる。 その構図、カット割りの斬新さに映像の新しい地平を見た、 と過言を承知で書いてしまおう。 この突出した映像センスがストーリーとかみ合わず、 結果的に映像だけが映画本篇から上滑りしている点を 咎める向きも多いと思うけれど、こうしたMTV感覚の映像が 今後のアクション映画の本流になることは、もはや時代の趨勢だと思う。 全篇に横溢するアクションと過剰なユーモア。 これらの要素から僕が想起したのは香港時代の ジャッキー・チェン(成龍)だ。 香港時代の成龍は基本的にワイヤーアクションを使わなかったけれど、 アクションシーンの合間をお約束のギャグでつなぐ 軽妙なテンポは成龍の遺伝子を受け継いでいる証拠。 また、エンドクレジットにNGシーンを流す手法も成龍からの 「拝借」だと言える。
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