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 「verkhovensky」さんのコメント一覧 登録数(58件)rss
 コメント題投稿者投稿日
[001]15時17分、パリ行き
 テロリストだけ浮いてゐるverkhovensky2018-07-08
 
随分俳優らしくない人たちだなあと思つて見てゐたら、本当に素人で…しかも当事者だつたとは!CATV放送で、最後についてゐたメイキングまでつきあつたら、撃たれた人まで!・・・
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随分俳優らしくない人たちだなあと思つて見てゐたら、本当に素人で…しかも当事者だつたとは!CATV放送で、最後についてゐたメイキングまでつきあつたら、撃たれた人まで! 自然な感じが出て、大変うまくいつてゐると思ひます。ただ途中は観光映画かと思ひました。アムステルダムが実に楽しさうでうらやましかつたけど。
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[002]FARGO/ファーゴ3
 描写を抑へすぎverkhovensky2017-12-27
 
細かい無理は大目に見るとして、大まかな筋と登場人物は「2」より絞られてゐて、途中は期待してゐたのですが、それでも兄弟、恋人、警官と焦点が定まらず、特に兄弟は段々劇的・・・
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細かい無理は大目に見るとして、大まかな筋と登場人物は「2」より絞られてゐて、途中は期待してゐたのですが、それでも兄弟、恋人、警官と焦点が定まらず、特に兄弟は段々劇的な意味を失つてしまひました。さらによくないのは、最終回にカタルシスが欠けてゐることです。撃ち合ひも見せませんし、女の死に方があつけなく、またラストのぼかし方も、私は気に入りませんでした。 夥しい無駄な馬鹿げた殺し合ひの末に、生き残つた者が覚える虚しさとやるせなさ、それがこのシリーズの味はひだと思ひますが、この「3」はそれが薄まり、余韻がなくなつてしまつたやうに思ひます。ヴァーガの気味の悪さが傑出してゐるだけに、ちよつと惜しい作品です。
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[003]フュード/確執 ベティ vs ジョーン
 すさまじい争ひverkhovensky2017-11-11
 
ロバート・アルドリッチ監督、ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード共演のヒット作品「何がジェーンに起こったか」及び、続けて、よせばいいのに、同じ3人で取り組んだ・・・
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ロバート・アルドリッチ監督、ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード共演のヒット作品「何がジェーンに起こったか」及び、続けて、よせばいいのに、同じ3人で取り組んだものの、ベティとの「確執」に耐へられなくなつたジョーンが途中降板し、オリヴィア・デ・ハビランドが後を継いだ「ふるえて眠れ」の制作過程を描く、8話のテレビ・シリーズ。 アルドリッチの映画は割合ひいきにしてゐますが、ただでさへ老女2人の残酷物語といふので「ジェーン」はこれまで敬遠。そしてこのテレビドラマによりおぞましい舞台裏を初めて知り、ますます見るのが怖くなりました。頭を本当に蹴つ飛ばすとはねえ。 制作兼主演のスーザン・サランドンとジェシカ・ラングも、身につまされるところがあつたのでせう。立派な出来です。 まだデ・ハビランドさんがご存命で(101歳!)、描写に文句をつけてゐるといふのもびつくり。 第5話は62年のアカデミー賞授賞式で占められてゐますが、作品賞のノミネートは事実と違へたのでせうか。劇中では「アラビアのロレンス」「奇跡の人」「イタリア式離婚狂想曲」「リサの瞳の中に」「アラバマ物語」となつてゐますが、「ロレンス」(受賞)と「アラバマ物語」のほかは「史上最大の作戦」「戦艦バウンティ」あと1本だつたやうです(キネ旬「アカデミー賞記録事典」による)。確かに「史上最大の作戦」は作品賞レベルではありませんな(好きですけど)。
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[004]シン・ゴジラ
 特撮の出来は最高verkhovensky2016-08-06
 
特撮は文句なしです。3回見せ場がありますがいづれもよく撮れてをり、特に自衛隊のヘリ・戦車・ロケット砲・戦闘機による多摩川の攻撃場面は、無類の迫力です。最高の出来とい・・・
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特撮は文句なしです。3回見せ場がありますがいづれもよく撮れてをり、特に自衛隊のヘリ・戦車・ロケット砲・戦闘機による多摩川の攻撃場面は、無類の迫力です。最高の出来といつていいでせう。新しい怪獣映画を見た、といふ感じがあります。 道路から砲撃してゐたこれまでの作品と違ひ、広い河川敷に戦車を並べて一斉射撃してゐたのがなるほどと思ひました。かうすりや多くの弾が同時にあたりますもんね。 ヘリや戦闘機の交信の締めくくりに「オクレ(送れ?)」と言つてゐるのも、私には意味がわかりませんでしたが、臨場感があつて大変結構でした。自衛隊の全面的協力のたまものでせう。これだけ自衛隊のイメージアップを目指した映画を見ると、時の流れを感じますな。共産党どのは苦虫を噛み潰してゐらつしやるのでは。 ドラマの方は…いろいろ工夫し、スピーディーなたたみかけるやうな展開を狙つて編集したのは結構ですが…、どうしてかう判で捺したやうにわかりきつた新味のない風刺や当てつけを入れたがるんでせう。お金の問題でこれ以上特撮は増やせないからでせうか。
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[005]FARGO/ファーゴ
 余韻が冷めたらまた見ませうverkhovensky2014-12-27
 【ネタバレ注意】
観終はるのが大変勿体なく感じた十話。血も凍るといふ形容がぴつたりの傑作です。 主人公の殺し屋の造形がしつかりしてをり、凄味を感じます。映画版の「ファーゴ」にも、「ノ・・・
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観終はるのが大変勿体なく感じた十話。血も凍るといふ形容がぴつたりの傑作です。 主人公の殺し屋の造形がしつかりしてをり、凄味を感じます。映画版の「ファーゴ」にも、「ノー・カントリー」にも、とんでもない怪物が出てきますが、あの二人はたいして意味のある台詞を喋らないので、私には、いつてしまへば冷酷無慚な殺人を重ねるだけの木偶人形にしか見えませんでした。が、このテレビシリーズのローン・マルヴォは、豊富な台詞を振られて悪魔のやうな心がよく浮き出てをり、また無関係な人間に底意地の悪いいたづらを仕掛けたり、あざとい嫌味をいつたりする描写の積み重ねが利いてゐます。 そしてもう一方のアンチ・ヒーローである保険屋も、映画版の自動車販売セールスマンと同様の風采・性格から出発しながら、やがて悪徳の齎した成功に味をしめてゆく有様が小気味いい。彼もまた一種の怪物へと変貌してゆく過程が、この物語の芯となつてゐるのです。 このバケモノ同士が一戦交える最終話のクライマックスは見ものです。巧みな小道具の使ひ方に感嘆しました。 いくらなんでも一人の男が長年にわたつてあんなに殺せるわけはないでせうが、そこは大目に見るといたしませう。 映画同様妊婦となる警官と、彼女を支へ、最後に大役を務める郵便配達人も、両俳優がよくやつてゐます。コリン・ハンクスがトムさんの息子であることは迂闊にも知りませんでしたが、ひよつとして親よりうまいのではとすら思ひました。
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[006]隠し砦の三悪人
 会社が気の毒verkhovensky2012-12-29
 
陥落した城で捕虜に金を探させる場面の凄いセットと、石段を駆け下りる大勢のエキストラ。隠し砦の岩場の撮影もさぞかし危険だつたことだらう。火祭りも随分な手間のかかりやう・・・
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陥落した城で捕虜に金を探させる場面の凄いセットと、石段を駆け下りる大勢のエキストラ。隠し砦の岩場の撮影もさぞかし危険だつたことだらう。火祭りも随分な手間のかかりやうである....。 アナログ時代にこんな映画を作らされては、音を上げるのも無理はない。いくらなんでも度が過ぎてゐる。とくに冒頭の捕虜の叛乱は、もつと簡単に描いたつて劇的には問題ないはずである。私は当時の東宝に同情する。この頃から黒澤は病膏肓に入つてきたのである。その行き着いた先が、調度品や衣装といつたディテールばかり凝つて中身は無意味な「影武者」と「乱」である。
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[007]おとし穴
 かういふ野心的・冒険的映画をもつと観たいverkhovensky2012-07-01
 
撮影も音楽もよく、アイディアも抜群。大変魅力のある作品。 瑕を挙げれば、,擦弔くの幽霊(全く、この映画の一番面白いところなのだが)が、劇的には怨みつらみを述べるほ・・・
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撮影も音楽もよく、アイディアも抜群。大変魅力のある作品。 瑕を挙げれば、,擦弔くの幽霊(全く、この映画の一番面白いところなのだが)が、劇的には怨みつらみを述べるほか、たいした意味を持つてゐないこと∋匐,梁減澆、これも劇的には何の役割も果たしてゐないこと巡査が逃げ出す必然性が感じられないこと(どうして犯人を捕まへない)。 でも前衛の時代・60年代の郷愁をいやが上にも高める貴重な映画。
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[008]霧の旗
 これほどの女優を…verkhovensky2012-01-18
 
倍賞千恵子は御覧の通り、発声もセリフ回しも表現も、抜群の才能を持つ女優でした。それが結句、代表作といへば「さくら」を始めとする、山田洋次のセンチメンタル映画の数本だ・・・
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倍賞千恵子は御覧の通り、発声もセリフ回しも表現も、抜群の才能を持つ女優でした。それが結句、代表作といへば「さくら」を始めとする、山田洋次のセンチメンタル映画の数本だけに終はるとは....。単純素朴なありきたりの善人役なんかほどほどにして、もつともつと、かういふ悪女はもちろん、陰影のある役に挑戦するべきだつたのです。残念でなりません。
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[009]どん底
 黒澤の本質verkhovensky2011-03-21
 
「どん底」を読む人はあまりゐないだらうと思ひますが、ジャン・ルノワールの映画は原作と全然違ひます。黒澤はほぼ忠実です。香川京子の行動はゴーリキーの書いた通りです。黒・・・
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「どん底」を読む人はあまりゐないだらうと思ひますが、ジャン・ルノワールの映画は原作と全然違ひます。黒澤はほぼ忠実です。香川京子の行動はゴーリキーの書いた通りです。黒澤がひねつたのではありません。 ただし黒澤はディテールは全部原作に従ひながら、たつたひとつ、重大な変更を行つてをります。巡礼ルカ(左卜全)の嘘の慰めは、結局泥棒(三船敏郎)も恋人(香川)も役者(藤原釜足)も救へない。そして第四幕でサーチン(三井弘次)は、真実こそが大切なんだと高らかに宣言する。それがこの劇の眼目なのですが、御覧の通り、黒澤はサーチンの演説をまるごと省略してしまひました。つまり彼は外見と構造をそのままにしながら、主題を、哲学を抜いてしまつたのです。 黒澤は抜群の画面を作る名監督ですが、思想は常にゼロに等しい。「どん底」を江戸時代の長屋に移して、自由と真実の主題はうつちやらかし(喜三郎がそんな台詞を言ひ出したら滑稽もいいところです)、たいして面白くもない筋を元に、見てくれだけは重厚な映画を作るなんて芸当をやつてのけるのは、天真爛漫、無邪気極まり、天晴れとしか言ひやうがありませぬ。
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[010]サンダーボルト
 西部の空が美しいverkhovensky2010-06-13
 
初公開以来36年ぶりに再見しました。銀行強盗の主筋と20ミリ機関砲、俳優として脂ののつたころのクリント・イーストウッドが表向きの売りでせうが、アメリカの労働者階級の下品・・・
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初公開以来36年ぶりに再見しました。銀行強盗の主筋と20ミリ機関砲、俳優として脂ののつたころのクリント・イーストウッドが表向きの売りでせうが、アメリカの労働者階級の下品な会話・生態、それにディア・ハンターに通じる風景描写の詩情が隠れた見所で、同工異曲の凡百の映画と一線を画してをり、評価の高いのがうなづけます。 中でも、ヒッチハイクした車の主が変人で、乱暴な運転の挙句に車をひつくり返し、トランクを開けるとウサギの群が詰め込んであつて、それをショットガンで威かす一連の件りは、突拍子がなく全くの脱線でありながら、作品の雰囲気に調和して秀逸であり、脚本・監督の意図を感じさせます。
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[011]遠すぎた橋
 もう一時間長く描いてもいい大作戦verkhovensky2010-06-04
 
5箇所の橋に同時に降下した作戦を描いてをりますから、予備知識のなかつた初公開時はどこがどこだかわからなくなり、消化できなかつた覚えがあります。いつたん把握してしまへ・・・
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5箇所の橋に同時に降下した作戦を描いてをりますから、予備知識のなかつた初公開時はどこがどこだかわからなくなり、消化できなかつた覚えがあります。いつたん把握してしまへば、その悲壮感を「楽しめ」ます。 とはいへやはり「プライベート・ライアン」「バンド・オブ・ブラザーズ」を見た今は、一時代前の描写、の観をまぬかれません。スピルバーグ以前の第二次大戦ものは、この作や「史上最大の作戦」「バルジ大作戦」など、題材はことごとく面白いのだから、片端からリメイクすればいいのではないでせうか。
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[012]ウディ・アレンの 夢と犯罪
 とても楽しい悲劇verkhovensky2010-03-29
 
新聞で毎日報道される刑事事件のディテールを、詳しく語つたやうなものです。そして犯罪者の失敗談に、この程度の裏話はありふれてゐるといふべく、現代的問題の提起らしきもの・・・
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新聞で毎日報道される刑事事件のディテールを、詳しく語つたやうなものです。そして犯罪者の失敗談に、この程度の裏話はありふれてゐるといふべく、現代的問題の提起らしきものも皆無です。悲劇といはれれば一応さうでせうが、まさか作り手は感動してもらはうとも泣いてもらはうとも思つてゐないでせう。最後に兄がテーマらしきことを弟に言ひ、そこにロシア文学だの何だのの影響を見出さうとする傾きもあるやうですが、それは上辺だけのことで、実のところアレンには、ドストやらの深刻な憂鬱・暗さはないのであります。きいた風な皮肉や理屈はさておいて、私は、次はどうなるのかな、最後はどうするつもりかな、とそんなことばかり考へ見終はりました。それがとても面白い。作り手は中身より、いかに展開しいかにうまく語るかといふ点に腐心してゐるやうに思はれ、私はそれに乗せられました。 昨今のウディ・アレンの映画は、一生懸命面白い筋を考へ、あとは設計図どほりにベルトコンベヤー上で組みあげたやうなものになつてをります。かつての「アニー・ホール」のやうな、斬新な画期的な作品が現れたインパクトは、全くなくなりました。アメリカでは過去の人といふ評価をされてゐると、新聞に出てをりました。 それでも私は新作を必ず見ます。「マッチポイント」にせよ、この「カサンドラの夢」(何で「夢と犯罪」にしたのでせう?)にせよ、かういふストーリーテリングの技を持つてゐるのは、彼だけであるからです。近ごろは役者としての芸は衰へてしまひましたが、もう少し長生きして、入念な筋書きで客を釣つてほしいものです。 兄弟、両親、伯父、女性たちも皆結構です。出演者の演技も、彼の映画の魅力です。女優の父親役はジョーン・ヒクソンの「ミス・マープル」で刑事をやつてゐた人ですな。
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[013]
 仏作つて魂入れずverkhovensky2010-03-23
 
この衣裳、この美術、この撮影、そして武満徹の音楽…さすが黒澤(武満は喧嘩して、二度と黒澤とは一緒にやらないと決めたさうですが)。加へて、脚本のアイディアと構成は、毎・・・
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この衣裳、この美術、この撮影、そして武満徹の音楽…さすが黒澤(武満は喧嘩して、二度と黒澤とは一緒にやらないと決めたさうですが)。加へて、脚本のアイディアと構成は、毎度のことながら立派なもので、リア王をうまく翻案したと思ひます。しかしこの役者が......。 1985年の映画です。それにしてはたいへん大時代な台詞と演出です。それはいい。様式を重んじるなら、それも手です。ならばさういふ(古臭い)台詞を堂々と喋れる、技巧のある俳優を揃へなければなりません。 及第点に達してゐるのは、黒鉄の井川比佐志と、楓の方の原田美枝子の二人だけ。仲代達矢は相変はらず大袈裟。この人は若いうちはよかつたのに、年をとるにつれ変な癖が増幅していつてしまひ、今や見るに堪へません。一郎、二郎、三郎の三兄弟、平山、そして肝心かなめの道化、これらはいづれも力不足。寺尾、根津、隆、油井は全くだめ。道化は....この役作りは狂言師を想定してゐるのださうですが、それにしては真面目すぎ、感傷的に過ぎます。どうしてもつと皮肉を利かせないのでせう。耄碌し、まつたうな判断力を失つたリア王の愚かさを嘲笑するのが道化の役目です。悲劇とは、立派で聡明で崇高な人間が苦境に陥るから威厳と気品を獲得するのであり、父思ひの三女(三郎)を勘当し、腹黒の姉たち(一郎・二郎)の口先に騙される迂闊な老人が追ひ出されるのは、可哀さうとはいへ身から出た錆だ。さういふ観客の反応を見越し、先手を打つて批判を代弁してしまはうと、シェイクスピアは道化を導入してゐるのであり、深刻がり同情する忠臣は、ケント伯(平山)一人でたくさんなのです。本職の狂言師、たとへば萬斎の父君にでも頼んでおけば…。 シェイクスピアばりに天から人間界を俯瞰するやうな映画を目指しておきながら、かうも台詞回しが二流では(外国人に「乱」が受けるのは、日本語がわからないからです)、いくら調度品が豪華でも、戦闘場面がよく撮れてゐても、虚しい限りです。これは黒澤の責任なのでせうか。それとも俳優の限界なのでせうか。 とはいへリア王の名台詞「神は天上の退屈凌ぎに夏の虫よろしく人を殺してみるだけのことだ」が、「神や仏を罵るな。神や仏も泣いてをるのだ」と続くとは......。私は初公開時、この蛇足を耳にして、無性にがつくりし、白けきつてしまひました。エリザベス朝のシェイクスピアより、20世紀の黒澤の方がずつと迷信深いやうで……この程度の世界観を以てすれば、すべての努力は水の泡・徒労に帰するのもむべなるかな、といふところでせう。
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[014]カーテンコール/ただいま舞台は戦闘状態
 海の向かうでは有名な劇verkhovensky2010-03-04
 
原題はnoises off。「舞台裏から発する効果音」のことださうです。今後日本の舞台にかかることがあれば(過去にはすでに上演されたやうです)、「カーテンコール」にはならない・・・
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原題はnoises off。「舞台裏から発する効果音」のことださうです。今後日本の舞台にかかることがあれば(過去にはすでに上演されたやうです)、「カーテンコール」にはならないでせう。 ビデオで発売されたことがあるのですね。私は原作の戯曲(マイケル・フレイン作。「コペンハーゲン」「デモクラシー」など、現代イギリスの高名な劇作家です)をまづ読み、あまりにも面白いので、ためしにイギリスのアマゾンを検索したら、映画のDVDが見つかつたので購入しました。監督は「ペーパー・ムーン」のピーター・ボグダノヴィッチ。マイケル・ケインやクリストファー・リーブが出てゐます。 劇中劇nothing on上演の滅茶苦茶なトラブルを、猛烈なスピードで描いたコメディです。第1幕がリハーサルを客席側から、第2幕が本番を舞台裏から、第3幕が本番を客席側から、といふ構成で、同じ場面を3回見せられますが、ちつとも退屈しません。そもそも入れ子のnothing onが、多数のドアの開け閉めを活用し、人物がひつきりなしに出入りし、頭のこんがらがる大騒動を繰り広げる凝つた喜劇で、そこへ舞台裏のドタバタを重ねるのです。第3幕では、劇中劇が破裂し、リハーサルとは別物になつてしまひます。白の下着姿で走り回る女性が素敵です。 映画ですから分割して撮影すれば何のことはないでせうが、実演は、難しいタイミングの連続ですので、相当の練習が必要でせう。それこそ劇中劇同様のトラブルを惹き起こしかねません。 作者フレインの覚書によると、原作はまづ77年、exitsといふ題名の一幕ものとして発表されました。次に82年、もつと長い版が上演され、その後も作者は改作を続けました。2000年にも新版が上演され、それは映画化の後のことです。この間、プラハでは第3幕が欠落したまま上演され、作者が訪問するまで10年ほど誰も気づかなかつたとのことです。プロットとギャグの複雑さが、常人の理解を超えてゐるのでせう。
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[015]ユージン・オニール
 なぜこれが盗作でないのかverkhovensky2010-02-25
 
ユージン・オニールはノーベル賞を受賞した大劇作家で、iceman comethが代表作のひとつと目されてゐるやうです。ここのリストには挙がつてゐませんが、2度映像化され、一度目・・・
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ユージン・オニールはノーベル賞を受賞した大劇作家で、iceman comethが代表作のひとつと目されてゐるやうです。ここのリストには挙がつてゐませんが、2度映像化され、一度目はシドニー・ルメット監督、ジェースン・ロバーズの主演(ウィキペディアによれば彼は、このHickeyを当たり役とし、他のオニール作品にも熱心に取り組んださうです)で、若きロバート・レッドフォードがParritt役で出演してゐます。そしてジョン・フランケンハイマー監督作品には、リー・マーヴィン、ロバート・ライアン、フレドリック・マーチといつた名優が名を連ねてゐます。両方とも米英のアマゾンでDVDが手に入ります。そして私が読んだペーパーバックの表紙は、ケヴィン・スペイシーの舞台写真が飾つてゐます。この顔ぶれによつても、いかに重要な作品と考えられてゐるかがわかります。とりわけケヴィン・スペイシーなら、セールスマンHickeyの口上にうつてつけだらうと想像します。 しかしながら私は、この脚本を読みながら(実は映像は、参考までにフランケンハイマー版を購入したものの、通して見てはゐません)、どうにも疑念を禁じえませんでした。読了後、あまりにも不審なので、ウィキペディア(英語版)に言及がないか見てみました。あるにはありました。「『どん底』との比較」。小見出しを含めたつた2行。「しばしば比較されるのがマクシム・ゴーリキーの『どん底』で、暗に、かの書に想を得たことを示唆してゐる」。私にはそれだけの論評で済むやうな相似とは到底思へませんでした。 [1]うらぶれた酒びたりの住人たち。娼婦まで揃つてゐる[2]みんな非現実的な夢、pipe dreamに縋つてゐる[3]連中に正道に立ち戻るよう説くHickeyの役回りは、「どん底」の巡礼ルカと全く同じ。ルカは嘘を、Hickeyは真実を手段にするところが正反対ですが、それは単なる変更、もつと踏み込んでいへば韜晦とみなせる。また「どん底」には真実を高らかに称賛し、ルカに対峙するサーチンがをり、それをHickeyの造型に逆用したとも考へられる[4]あまりにもをかしいのがラスト。幕切れにParrittが自殺するのは、絶望した役者が「首を吊つた」のとそつくりで、宴会のさなかといふところまで一緒。ここまで似てゐれば剽窃と断じざるをえません。 この戯曲を読まうと思つたきつかけは、尊敬する福田恒存が、イプセン「ヘッダ・ガーブラー」の解説の末尾に、初心者向け戯曲読本として「どん底」「聖女ジャンヌ・ダルク」「氷屋来たる」「ヴァイオリンを持てる裸婦」「海は深く青く」「愚かな女」の6作品を挙げてゐたからなのです(文芸春秋「福田恒存翻訳全集」第8巻所収)。「どん底」は黒澤の映画もありますし、かつて神西清の名訳で読んでよく知つてをります。バーナード・ショーの「ジャンヌ・ダルク」には感服いたしました。残りは「愚かな女」を除いて本を手に入れ、読むのを楽しみにしてゐるのですが...........福田がわざわざ「どん底」と並べてこの本を薦めたのは、どういふ訳からだつたのだらうと、考へこんでしまつたのであります。 で、検索したところ、やはり「どん底」the lower depthsとiceman comethとの上に挙げた状況設定、ルカとヒッキーの役割、プロットの類似を指摘する英語文献はいくつも見つかりました。しかし誰もこれを盗作とは呼んでをりません。私には非常に不可解であります。
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[016]ボブ・ディラン
 70年代の正式映像が欲しいverkhovensky2010-02-24
 
ディランの場合、ライブになると、同じ曲とは到底言へないほどアレンジが変つてしまふのは、[1]一度やつてしまつたことを繰り返すのは退屈でしかない、といふ感性が、他人より・・・
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ディランの場合、ライブになると、同じ曲とは到底言へないほどアレンジが変つてしまふのは、[1]一度やつてしまつたことを繰り返すのは退屈でしかない、といふ感性が、他人よりよほど強い。[2]楽譜に残し、他人による解釈と再現を期待した音楽ではない。あくまで自分が歌つた瞬間に感情なり思想なりの表現が完成し、そして自分が歌ふたびに、生まれ変はる音楽である。[3]逆にいへば、いつたん録音したものは、過去の音楽でしかなく、スコアに書き留める必要はない。歌が作者を離れて成長し、後々別の意味を帯びてくるならば、おのづと新しい歌ひ方が現れるーーといふところに帰着するのでせう。 ベートーヴェンの音楽を、音符を一つでも変へたらもはやベートーヴェンではありません。ビートルズのyesterdayについて、別のメロディーのyesterdayを考へることはできません。しかし、like a rolling stoneは、once upon a time...と歌ひ始めたら、メロディーやリズムやアレンジがどうなつてゐようと、like a rolling stoneです。それがディランの特質です。 ビートルズのやうな一度聞いたら忘れられないメロディーは皆無でありながら、mr. tambourine man, memphis blues again, jokerman, desolation row, Hurricaneのやうに、長大・厖大な歌詞をたいした起伏もなしに歌つていく曲が、実に独創的な感じを与へるのも、彼の才能でせう。 「フリーホイーリン」「時代は変る」「アナザーサイド」「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」「ハイウェイ61」「ブロンド・オン・ブロンド」「ジョン・ウェズリー・ハーディング」「血と轍」「欲望」(これは「望み」あるいは「願ひ」と訳すのが至当です)「激しい雨」。これらの有名なアルバムは皆、それぞれに優れてをります。新しい奏者を次から次へと起用(しかもうまい人ばかり!)するので、初期のフォークソングを除けば、調子がすべて異なります。これもディランらしさを如実に表してをります。 78年の武道館公演を3回見ました。「激しい雨」風の演奏を期待してゐたら、全く違ふことになつてゐました。それは仕方ないとしても、あまりいいアレンジ・演奏とは思へず、ライブ・アルバムは現在も持つてをりません。 この頃から、残念ながら声が衰へ始め、高音が出なくなりました。30代半ばといふのに........。苦しさうな「ストリート・リーガル」を経て、侃侃諤諤の議論を呼んだ「伝道」三部作が始まります。歌唱法は新しいスタイルをどうにか確立してをり、私は宗教臭くても一向に平気ですから、露骨なイスラエル讃歌を含むinfidelsともども今も愛聴してをりますが、声はしやがれる一方で、empire burlesqueまで来ると、もう尋常の意味の歌手としては、駄目になつてしまひました。と同時に、創作意欲も薄らいだかに思はれました。その後oh, mercyで蘇り、time out of mindでグラミーを取りましたが、私はこのアルバムを最後に購入をやめてをります。全盛期より今の新作の方が売れてゐるのではないかと思ふくらゐ、その後も評判はいよいよ高まり、確かに自然な音楽ですけれども、くちやくちやと老人が呟いてゐるやうな歌で、私は敬して遠ざけ、深くは聞いてをりません。来日公演も行きません。 スコセッシの撮つたno direction homeはドキュメンタリーの傑作です。フォークからロックへの転身が惹き起こした騒動が、見事に再現されてをります。ただし私はホークス(ザ・バンド)をバックにしたイギリス公演の演奏は好きではありません。 「激しい雨」は、映像が当時テレビで放映されました。Joan Baezとの素晴らしいデュエットdeporteesを始め、現在某有名動画サイトで見られます。また「レナルド&クララ」といふ、ローリング・サンダー・レビュー・ツアーの模様とフィクションを取り混ぜた映画を製作し、興行は大失敗したはずですが、その演奏をやはり見ることが出来ます。ディランの全盛期です。 「ショット・オブ・ラブ」のツアーも大変いいメンバーをバックに従へ、わづかに正式に発表されてゐるdead manやheart of mineを聞くだけでも、食指が動くのですが。例のブートレッグ・シリーズは終はつたのでせうか。
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[017]赤い航路
 病院の場面...痛いでせうねverkhovensky2010-02-24
 
「戦場のピアニスト」の大成功の前、ポランスキーが低迷してゐたといふ評価は誤りです。少なくともこの「赤い航路」bitter moonは、実によく出来た、傑作であります。ただし、あ・・・
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「戦場のピアニスト」の大成功の前、ポランスキーが低迷してゐたといふ評価は誤りです。少なくともこの「赤い航路」bitter moonは、実によく出来た、傑作であります。ただし、あまり人の喜んで見たがるやうなものではないのであります。 ロマンチックな純愛ものや、ハッピーエンドのコメディをポランスキーが作るわけがありませんが、かといつてこれは悲劇ですらありません。男女の地獄の戯画であります。主人公の二人は、愛にロマンチックな情感を感じることを放棄し、とことんいたぶりあふことに熱中し、しかも自分たちの悪夢のやうな軌跡を、別の若夫婦に共有させ、影響を与へ、惑はして喜んだ挙句、一切カタルシスのないまま破滅する。原作がありますから、基本的なアイディアはそちらに負つてゐるのかもしれませんが、やはりこれだけ刻薄・皮肉・非情な描写は、ポランスキーならではです。恋愛を扱つてここまでいつたものは、文学ならドストエフスキーといふ先達がありますが、映画ではないでありませう。そしてドストより現代的であり、あのロシア風のくどさ(もいいものですが)がありません。 ヒロインを演じるポランスキーの奥さん、エマニュエル・セニエの台詞まはしは、芸達者なピーター・コヨーテ、ヒュー・グラント、クリスティン・スコット・トーマスに比べ、実にたどたどしい英語でありますが、それがかへつてあはれさと不気味さをただよはせてをります。 洋画一般の例に漏れず、日本語字幕は、台詞のダイジェストになつてしまつてをります。深みを味はひたければ、英語をぢかに聞き取るしかないでありませう。
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[018]裸の町
 埋もれるのは惜しいverkhovensky2010-01-22
 
粋なナレーションが、クライマックスのサスペンスを盛り上げます。導入部のニューヨークの市井の描写に、本筋の事件を紛れこませるあたり、才気に溢れてゐます。映画の最も主要・・・
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粋なナレーションが、クライマックスのサスペンスを盛り上げます。導入部のニューヨークの市井の描写に、本筋の事件を紛れこませるあたり、才気に溢れてゐます。映画の最も主要なジャンルである「刑事もの」の名作は、これを以て嚆矢とします。今の目で見ても十分面白く、また同じく終戦直後の、東京を舞台とした黒澤の「野良犬」と対照するのも一興です。 ジュールス・ダッシンは優れた監督ですが、DVD化が進みません。先般NHK衛星で放映された「宿命」には感心しました。子供のころ、深夜のテレビで「夜明けの約束」といふ日本未公開作品の放映を見たことがあり、全く内容を忘れてしまひましたが、妙に印象が強いのです。再見したいものです。
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[019]空軍大戦略
 オールスターでなければ駄目ですverkhovensky2010-01-21
 
たつたの1ヶ月でフランスを蹂躙しパリを陥れたドイツ軍は、次にイギリス侵略を企てました。1940年8月、イギリス上空に飛来したドイツ空軍ルフトワッフェを、イギリス空軍RA・・・
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たつたの1ヶ月でフランスを蹂躙しパリを陥れたドイツ軍は、次にイギリス侵略を企てました。1940年8月、イギリス上空に飛来したドイツ空軍ルフトワッフェを、イギリス空軍RAFは敢然と迎へ撃ち、1ヶ月以上に亙る空中戦の末撃退し、ヒトラーは上陸作戦を断念しました。アメリカはいまだ参戦してをらず、もしここでイギリスが負けてゐたら世界はどうなつてゐたことか。イギリス人の誇り、Battle of Britainを映画化したのがこの作品であり、だからローレンス・オリヴィエ以下、当時の有名英国人俳優がずらりと顔を並べてゐるのです。今になつてみると「空軍大戦略」といふ邦題は、一見してこの作品の内容を伝へられない憾みがあるといへませう。 監督は007のガイ・ハミルトンで、ちと格落ちですが、かういふ映画は類型的だつたり一方的だつたり単純だつたり、多少出来に難はあつても、史実に思ひを馳せるよすがとなります。蜿蜒と続く空中戦の描写は、いくら本物のスピットファイアやハインケルが飛んでゐるとはいへ、軍機マニアでない私には退屈ですが、出撃する戦闘機乗りたちの悲愴さと勇敢さには打たれます。イギリスの開発したレーダーの威力、ロンドン空爆の戦略的誤りなど、この戦ひの帰趨を決した要素もきちんと盛り込まれ、全貌が把握できるやうになつてをります。イギリスの勝利をたたへる勇ましい音楽も、60年代戦争映画ならではです。
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[020]バルジ大作戦
 再映画化してもいいverkhovensky2010-01-20
 
1944年12月のドイツ軍の一か八かの大反撃、アルデンヌの戦ひを巨費を投じて描いた作品です。子供のころは一番好きな戦争映画でしたが、今ではさすがに描写が古めかしく感じられ・・・
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1944年12月のドイツ軍の一か八かの大反撃、アルデンヌの戦ひを巨費を投じて描いた作品です。子供のころは一番好きな戦争映画でしたが、今ではさすがに描写が古めかしく感じられるやうになつてしまひました。しかしヘンリー・フォンダを食つてしまつたロバート・ショーの名演、ベンジャミン・フランケルの主題曲、進撃する戦車群の迫力など、なほ捨て難い魅力があります。 すべて架空の人物ですが、歴としたモデルが存在します。クリスマス気分で不意を突かれた米英軍が総崩れになり、夥しい戦死者を出したこと、ドイツ軍が天候が回復する前にアントワープへ抜けようとして果たせなかつたこと、バストーニュに包囲された米軍がドイツ軍の降伏勧告に対して返した一言(これは「パットン」や「バンド・オブ・ブラザース」でも取り上げられた、アメリカ人の大好きなエピソードです)などは「ストーリー」ではなく、史実に基づいてゐます。ラストの展開はもちろん作り事でせうが。
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[021]大脱走
 ユーモアverkhovensky2010-01-18
 
アメリカ独立記念日を祝ふ場面が私は大好きです。捕虜はほとんどがイギリス兵であり、アメリカ兵はジェームズ・ガーナー、スティーブ・マックィーンなど3人しかをりません。そ・・・
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アメリカ独立記念日を祝ふ場面が私は大好きです。捕虜はほとんどがイギリス兵であり、アメリカ兵はジェームズ・ガーナー、スティーブ・マックィーンなど3人しかをりません。その3人がイギリスからの独立を祝ひ、'Down the British'と挨拶しながら芋で作つた酒を振舞ふといふわけです。 'No taxation without representation'といふ台詞もあります。これを「税金抜きの密造酒だ」としてゐる日本語字幕はいただけません。これは「代表なくして課税なし」といふ、イギリス本国に対するアメリカ植民地人の反抗を示す、高校の世界史教科書にゴシック文字で強調して掲載されてゐる、有名なスローガンであり、その通りに訳したはうが、をかしみが伝はりやすいはずであります。
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[022]?
 自分の資質を見誤つてゐるverkhovensky2009-12-27
 
小林信彦氏の「黒澤明という時代」といふ本に、三島由紀夫が黒澤について、テクニックは抜群だが、思想的には中学生、と評したとあります。小林氏はその意味をよく考へてみなけ・・・
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小林信彦氏の「黒澤明という時代」といふ本に、三島由紀夫が黒澤について、テクニックは抜群だが、思想的には中学生、と評したとあります。小林氏はその意味をよく考へてみなければと思つてゐると書いてをられますが、特段検討するまでもなく、この映画などによつて一目瞭然です。脂の乗つたころの作品では、その幼稚な面がダイナミックな迫力に隠れてゐるだけのことです。 私は黒澤の全盛期の映画を人並みに愉しむ者ですが、この映画やら次の「八月の狂詩曲」やら、晩年の学芸会のやうな映像は、三島の批評の正しさを証明してあまりあると思ひます。
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[023]宮本武蔵 一乗寺の決斗
 細部verkhovensky2009-12-02
 【ネタバレ注意】
内田監督は、第二部で武蔵が借りる宿の女主人の謡やら、この第四部の光悦村の風景を始め、「和」を精細に描写するのが特徴です。「飢餓海峡」でも藤田進の刑事課長だつたかが、・・・
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内田監督は、第二部で武蔵が借りる宿の女主人の謡やら、この第四部の光悦村の風景を始め、「和」を精細に描写するのが特徴です。「飢餓海峡」でも藤田進の刑事課長だつたかが、捜査会議で茶を点てたり、娼婦が亀戸天神から持ち帰つた鷽替への鷽に恩人との再会を祈つたりなど、伝統文化から隔たつた私なんぞの、好奇心をくすぐるやうな場面が多いのであります。 この第四部のクライマックスである1対72の無茶な決闘の武蔵の勝利が、いかに合理的な戦術によるものであつたかを、映画は苦心して描いてをります。雑魚相手に力を消耗した後で決戦を挑むのを避け、背後から本陣をただちに衝き、総大将である少年を真つ先に刺殺し、周りを警護する腕自慢の八剣士も斬り伏せ、あとはひたすら逃げていきます。そして逃げ道が畦道だつたおかげで、囲まれずにすんだといふわけでせう。なるほどと思ふのですが、これは原作がさうなつてゐるのでせうか。 カラーがここだけモノクロに変はるのも趣向ですが、決闘が始まるまでの気の持たせ方、即席の地図を挟んで鉢巻を締め(道筋と相手の配置を忘れまいといふおまじなひでせう。これなども粋な「和」の描写です)たすきをかける決然たる所作、いよいよ斜面を駆け下りるショットなどがたいへん優れてをります。もう少し斬り合ひが生々しく見えると、と思ふのですが、この時代だから仕方ありますまい。 ただ、段々武蔵が剣に疑念を抱くやうになつてくるところは、いかにも不調和です。この映画の魅力は、まさに人殺しとしての武蔵に多くを負つてゐるのではありませんか。、 よく出来てゐるのは一部、二部、四部です。 ユーチューブにNHKとおぼしき、一乗寺の決闘のテレビ映像が投稿されてゐたのを見ました。84年で、役所広司が武蔵を演じてゐます。ああ......武蔵は足を止めてはいけないんですよ。囲まれたら一巻の終はりなんだから。
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[024]第三の男
 誤解verkhovensky2009-11-30
 
「西部劇のヒーローよろしく正義感をふりかざし、他人事に首を突つ込み、ひつかきまはし、すべてを台無し・滅茶苦茶にしてしまふアメリカ」に対し、皮肉と嫌味をいつてゐるのが・・・
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「西部劇のヒーローよろしく正義感をふりかざし、他人事に首を突つ込み、ひつかきまはし、すべてを台無し・滅茶苦茶にしてしまふアメリカ」に対し、皮肉と嫌味をいつてゐるのが、この「第三の男」であります。私はかういふ見解に賛同するものではありませんが、有名なラストシーンに至るまで、主題を理知的に、首尾一貫して表現してゐる脚本は巧いものだと思ひます。 これは、誰もが褒め称へるが、正確に理解してゐる人は皆無に近い、「名画」の典型であります。
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[025]初恋・地獄篇
 見る目のなさにあきれ返るverkhovensky2009-11-30
 
キネマ旬報社が映画遺産200・日本映画編といふ本を出版しました。「七人の侍」が1位であらうと2位であらうと構ひませんが(そもそも十年一日どころか三十年一日くらゐの順・・・
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キネマ旬報社が映画遺産200・日本映画編といふ本を出版しました。「七人の侍」が1位であらうと2位であらうと構ひませんが(そもそも十年一日どころか三十年一日くらゐの順位で、何の新鮮味もありません。つまり新しい傑作が現れないところが日本映画の実力なのでせう。似たやうなベストテンにレコード芸術誌の名盤選びがありますが、あれは批評家が古いものを有難がりすぎる結果が反映されてをり、事実は新しい録音ほどいいものが多いと私は思つてゐます)、「初恋・地獄篇」が、200にすら漏れてゐるのは話になりません。少なくとも7位に入つてゐる、名のみことごとしい「太陽を盗んだ男」より(本当にみなさんこの映画が傑作に見えるのですか。後半のアクションは明らかに失速してをります。ヘリコプターの場面のいい加減さ。池上季実子のジャーナリストの希薄な存在意義)、遥かに上等の出来栄えです。また、私は「仁義なき戦い」を面白がつて時々見返しますが、それにしても数ある欠点には目をつぶつて、といふ留保つきです。あの程度で「遺産」5位では、ため息が出ます。 この映画は何といつても寺山修司に多くを負つてゐます。「サード」といひ、かういふ斬新な脚本が書けるのは彼をおいてゐません。 ひとつには幼女いたづらの場面があるので、今の世には受け入れられないのかもしれません。しかしそれならタブーは何も描けないことになつてしまひます。 「ダイ・ハード」を1位に選んだころから(1989年)、キネ旬のベストテンは眉唾ものと思つてゐましたが、これを捨てて顧みないやうでは、素人の投票と選ぶところがありません。センスも識見もない投票が権威をふりかざすことによつて、この映画が埋もれてしまふのは大いなる損失であります。
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[026]ヘンリー6世・第一部〜第三部
 20代のシェイクスピアverkhovensky2009-11-11
 【ネタバレ注意】
1970年代後半から80年代前半にかけ、英BBCテレビがシェイクスピア37作品の映像化を行ひ、日本でもNHKが放送しました。名だたる役者がぞろぞろ出てくる(例へばデ・・・
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1970年代後半から80年代前半にかけ、英BBCテレビがシェイクスピア37作品の映像化を行ひ、日本でもNHKが放送しました。名だたる役者がぞろぞろ出てくる(例へばデレク・ジャコビ、アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、ジョン・ギールガッド)大変素晴らしい企画・出来栄えで、現在DVDで見ることができます。 このヘンリー6世3部作はそのひとつです。劇作家として駆け出しのころの作品で、後の悲劇の陰に隠れた存在でありますが、14世紀〜15世紀の百年戦争と薔薇戦争のころ、英国宮廷に渦巻いた陰謀・裏切り・骨肉の争ひの史実を、縦横に描いたスペクタクルとなつてをり、今時の20代がこれを書いたら、必ずや天才と称せられるでありませう。突飛な譬へですが、スピルバーグにおける「ジョーズ」のやうな位置を占めるものであります。 第一部では、英軍のフランス侵略に際し立ち上がつた、かのジャンヌ・ダルクと、英軍の勇士ジョン・タルボットが活躍します。シェイクスピアはイギリス人ですので、ジャンヌを正真正銘の魔女に仕立て、フランス軍を揶揄し愚弄してをります。ジャンヌはご存知のとほり火あぶりになりますが、彼女の呪ひによつて、イギリスに大いなる禍が齎されることになります。 第二部は未熟で威厳に欠ける英国王ヘンリー6世をないがしろにし、夫人マーガレットや臣下の面々が権力争ひを繰り広げ、さらにジャック・ケイドの農民叛乱が混迷に拍車をかけ、つひにはヨーク公リチャード・プランタジネットが堂々王位を要求するに至ります。 そして第三部の戦闘に継ぐ戦闘の結果、ほとんどすべての者が滅び、ヘンリー王もあへなく殺されてしまひます。僅かに生き残つたヨーク家の3兄弟の末のせむしのリチャードが、野心を剥きだしにし、オリヴィエの映画でも有名な、次の「リチャード三世」に続く仕掛けとなつてをります。 かつて坪内逍遥の訳で読み、複雑な筋ながら実に面白い話だと思ひ、このたび鵜山仁演出の新国立劇場の舞台で初めて実演を見て、たいへん満足いたしました。といつても演出・演技はおしなべて激情型・感情過多。イギリス風の皮肉や嘲笑の面白みがなく、そもそも小田島氏の訳がヤクザの罵りあひのやうでまるで品がありません。BBC版は断然違ひます。貴顕であらせられる紳士淑女の面々が、知性と教養の衣の陰から、けだものの本性を露はにする深い芝居になつてをります。マーガレットのジュリア・フォスター、タルボットとジャック・ケイドのトレヴァー・ピーコック、グロスターのデヴィッド・バークとみんな素晴らしい。そしてヘンリー6世は、鵜山版では敬虔な慈悲深い若者として、観客の同情を誘ふ、いかにも日本的な甘い造型でしたが、BBC版はもつと冷徹に、神に祈つてゐるばかりの、浮世離れした滑稽さ、無力さを強調してをります。そしてヘンリーを演じるピーター・ベンソンといふ、ヒーローらしくない貧相な顔の役者がまたいいのです。 読売新聞に、「空の高みから眺めるかのやう」との劇評が載つてをりましたが、私はさうは思ひません。むしろシェイクスピアは、地べたの客席から他の見物とともに、このとんでもない見世物を固唾を呑んで見守つてをります。現代の映画監督が、悲劇の宝庫である第二次大戦に飛びつくやうに、シェイクスピアはこの題材の面白さに魅せられ、かつ客もきつと大喜びすると思つて料理したのでせう。そして彼の才能は、それを見事にやつてのけ、名を轟かせたに違ひありません。 「リチャード三世」で、マーガレットが蜿蜒と呪ひの言葉を吐く場面があります。あれは明らかに、「ヘンリー六世」の烈女、最後に息子を殺され怨念の塊と化した鬼女像の続きであり、客の「こはいもの見たさ」を満たすための再登場です。「リチャード三世」を独立した作品としてご覧になつた方は多いでせうが、この10時間に及ぶ「ヘンリー六世」をたつぷり腹に詰め込んでから見直せば、無残極まりない一大歴史劇の決着としての、新たな面貌を現すことになるでせう。 追記。2009年の演劇界を回顧して、各新聞がこのヘンリー6世と、コースト・オブ・ユートピアを取り上げてをります。私は両方とも見ましたが、どちらかといへば、台詞の訓練といふ点でヘンリー6世の方が上でした。はつきり聞えた、といふ程度のことではありますが。 コーストの方は、面白い劇ではありましたが、あれで役者を誉めてゐたら日本の演劇の進歩はありません。ゲルツェンを演じた阿部寛といふ俳優は、もつと立ち居振る舞ひを勉強するべきです。飛んだり跳ねたり廻つたり、体の動かしすぎで、まるで踊つてゐるやうでした。あれでは軽薄な知識人に見えてしまひます。そして台詞は、どなるしか能がなく、何度も耳をふさぎたくなりました。
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[027]故郷
 寅さんは出すべきでなかつたがverkhovensky2009-09-22
 
主人公夫婦は瀬戸内海で、小船の甲板一杯に積んだ石を、港の埋め立て現場に運び、船体を傾けて海中に落とす仕事をしてゐます。この「石船」の労多くして功少ない作業が見どころ・・・
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主人公夫婦は瀬戸内海で、小船の甲板一杯に積んだ石を、港の埋め立て現場に運び、船体を傾けて海中に落とす仕事をしてゐます。この「石船」の労多くして功少ない作業が見どころです。詩的です。冒頭と結末のこの描写だけで、「故郷」は価値があります。 小船はガタがきてをり、大型船に仕事を奪はれます。夫は尾道の造船所で働くことになり、妻と子を連れて故郷の島を出ます。たつたそれだけの話で、ほかに何のドラマもありません。しかしその感傷を、絵葉書のやうに素直に撮つた瀬戸の風景と共に、心地よく描いてをります。 山田洋次の映画の中で、一番作為の少ない佳品です。佐藤勝の音楽も、静かで控へめな曲は情緒があります。加藤登紀子の主題歌もなかなか。 井川比佐志はせつかくの労働者らしい風貌ですが、素人にまじると、やはり「俳優の演技」に見えます。倍賞千恵子も笠智衆も同様。とはいへ3人とも上等。しかし渥美清は...気の毒ながらどうしても寅さんにしか見えない。辛い役者です。 「大きなものとは何ぢやらうのう」。かういふ中学生向きの幼稚で解りきつた台詞が、山田を名匠たらしめぬ理由です。
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[028]獄門島
 かへすがへすも残念verkhovensky2009-08-27
 
市川監督による「犬神家の一族」はまづまづの出来、といふくらゐのものですが、次の「悪魔の手毬唄」はうそ寒い風景描写と抜群の物語に魅力があり、今も時々見返します。特に犯・・・
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市川監督による「犬神家の一族」はまづまづの出来、といふくらゐのものですが、次の「悪魔の手毬唄」はうそ寒い風景描写と抜群の物語に魅力があり、今も時々見返します。特に犯人の最期が哀れです。 この「獄門島」も、公開当時、大いに期待してをりました。悪くはなかつたのですが、のちに古谷一行のテレビ版を見るに及んで、「真犯人」を知り(原作はひとつも読んでをりません。この手のものは私は映画やテレビで十分です)、その方がいいに決まつてゐるぢやないか、と遅ればせながらがつかりしたものです。市川監督の意図は知りませんが、犯人を替へたことによつて、明らかに面白さが半減してをります。テレビ版とは段違ひのテクニックがありながら勿体無い...日本映画は傑作をひとつ作り損ねたといふべきでせう。
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[029]バーダー・マインホフ 理想の果てに
 革命ものは新しい感想が湧かないverkhovensky2009-08-13
 
小熊英二氏の分厚い「1968」上下二冊が本屋に並んでをりますが、買ふべきか否か迷ひます。学生運動といふやつは、見かけは華々しく勇ましいけれども、とにかく中身が空疎である・・・
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小熊英二氏の分厚い「1968」上下二冊が本屋に並んでをりますが、買ふべきか否か迷ひます。学生運動といふやつは、見かけは華々しく勇ましいけれども、とにかく中身が空疎であることおびただしく、結局はエネルギーを持て余した若者の捌け口であり、当時だつて彼らの外はニュースを見ながら「おお、やつてるやつてる」と囃し立ててゐただけなのであります。大日本帝国の敗戦のやうなドラマも悲壮感もなく、連合赤軍事件を以て無様に幕引きとなり、東南アジアからの米軍追ひ出しの輪の、さらに外側から声援を送つたといふくらゐのもので、その結果がカンボジア大虐殺であると思へば、意義は全くなかつたといつて差し支へありますまい。そして後世に与へた影響もゼロであります。いや、68年に20歳だつた連中は、ろくろく勉強もせずあはてて就職し、88年に40歳になり、その後中間管理職として、失はれた10年を主導し、日本をますます迷走させたのでありませう。 小熊氏は、丹念に証言を集め事実を検証し、何がしかの教訓を探さうとしてゐるのでせうけれども、読後に何が残るか、私は甚だ心許ありません。従つて私は、もつと簡単に当時をしのぶことができる手段ー映画を見て済ませたいのです。 若松監督の「連合赤軍」、ソダーバーグ監督のゲバラ二部作、そしてこの「バーダー・マインホフ・コンプレックス」と、このところ革命話を立て続けに見ましたが、このドイツ映画には、テロリストの強烈な執念、ほとんど「憎悪」を感じました。その根底には、ナチスに協力し、史上最悪の虐殺に手を貸したとはいはないまでも傍観し、戦後60年以上たつてもぬぐひさられぬ汚名を祖国に着せるに至つた、親の世代に対する軽蔑と反逆があり、踏み込んでいへば、その心理的弱みにつけこんだものと、私は解釈します。「ナチスに比べれば、俺たちの犯罪などちよろいものぢやないか」といふわけです。彼らの悪意のエネルギー・決然たる暴力の行使の描写は、「連合赤軍」を遥かに抜いてをります。あつといふまに反省して死んでしまつた森などと違ひ、最後の最後まで憎悪の火を絶やさなかつたバーダーたちの姿は、まことに恐ろしいものがあります。渋谷の映画館で女性一人の方もいらつしやいましたが、さぞや胸が悪くなつたことでせう。 感想はそれだけです。あとは全部たはごとの集積です。だから革命話は二時間半の映画で十分と思つてしまふのです。米軍に対するテロなど、ドイツをナチスから救ひ、ソ連から守つたのは誰だと思ってゐるんだと、いひたくなります。もちろん彼奴らは、東ドイツに統合されてしまへば大喜びだつたのでせうが。 映画にケチをつけてゐるのではありません。大変優れてをります。プログラムに掲載されてゐる製作兼脚本のアイヒンガー氏のインタビューにかうあります。「私は、人間の本質は”何を言ったか”でなく、”何をしたか”によつて明らかになると信じてゐる」。福田恒存が同じことを書いてをります。かういふ透徹した人間観を持つ人が作つてゐるのだから、レベルが高いのは当然です。バーダーとグドルンを演じる役者も熱演です。
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[030]山猫
 誰が左翼の映画と思ふverkhovensky2009-08-06
 
ルートヴィヒのやうな破滅型でもなく、アッシェンバッハのやうな敗北者でもなく、老教授のやうな世捨て人でもなく、ましてやエッセンベック一族のやうな権力欲の虜でもない。山・・・
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ルートヴィヒのやうな破滅型でもなく、アッシェンバッハのやうな敗北者でもなく、老教授のやうな世捨て人でもなく、ましてやエッセンベック一族のやうな権力欲の虜でもない。山猫公爵は、あまりにも後ろ向きなヴィスコンティ諸作品のうちでただ一人、観客が積極的に感情移入できる、主人公らしい主人公です。 成り上がり者を徹底的に侮蔑し、家族を意の儘に従はせ、教会の戒めなど毛頭耳を貸さず、神をこれつぽちも信じず、己の生き方に自信満々な、傲岸不遜のエゴイストではありますけれども、「イノセント」のトゥリオのやうに良心を欠いてはをらず、品格があります。 支配階級が貧しい農民から搾取する構造を保持したまま、シシリアは進歩に取り残され眠つてゐればいいのだ、どうせ獅子や山猫の後を継ぐのはジャッカルやハイエナに過ぎないのだから、かういふ考へ方は、むろん退嬰的で、「赤い公爵」ヴィスコンティは、一家が権勢にものをいはせ通行止めを無理やり通り抜ける場面や、無残な貧民街、大舞踏会の直前の農耕の風景などのスケッチを挟むことにより、山猫公爵に批を点じてゐますが、それが額面どほりには到底受け取れないほど、彼の人物は魅力的に造型されてをります。 ガリバルディの革命の結果、イタリアは統一されたが、その体制に本質的な変化があつたか。それまでの支配階級に中産階級が取り入り、搾取する者が代替はりしたに過ぎない。この皮肉な認識をもとに、二つの階級の融合、そのまやかし・虚飾・腐敗を、諷刺に堕せず堂々と描いてゐるのが、大舞踏会の場面です。これは全く見事なフィナーレです。旧来の貴族のひ弱い部分を代表するコンスタンツェは、新興ブルジョワのアンジェリカに恋人を奪はれ、革命軍は正規軍にとどめを刺され、手柄話の引き立て役になり、延命した貴族たちはダンスにうつつを抜かす。そしてカトリックは、その支配構造に寄生虫のやうに巣食ひ肥え太り、農民は置き去りにされたままなのです。 これほど政治的・歴史的・階級的な含意の深い映画は、他に類を見ません。ヴィスコンティがもつとも脂の乗つたころの傑作です。 個々の目覚しい場面を挙げるならば、ドラクロワの絵のやうなパレルモの市街戦。滑稽なほど砂埃にまみれたミサ。アンジェリカの劇的な公爵家登場。晩餐での彼女の野卑で無作法な笑ひ(クラウディア・カルディナーレは何と嵌り役であることか)。政府の使者と公爵との対話。舞踏会の「猿のやうな」娘たち。死の床の絵(劇中の台詞のとほり、公爵の感傷は、死とは無縁な若い人にはわかりますまい)。 戦争と舞踏会と、これだけの群衆を統御する演出は、恐るべきエネルギーです。 しかしニーノ・ロータの主題曲だけは、何としても通俗的です。マーラーやブルックナーに比べ格段に聞き劣りがします。ただ、舞踏会のワルツやマズルカは哀愁があつていいでせう。
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