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カポーティ」に対してのコメント
  冷血と言うより怪物 幸村和 2010-05-12
  【ネタバレ注意】
「ティファニーで朝食を」原作未読です。映画も未見です。 「冷血」未読です。カポーティ、写真でも見たことありません。 なのに、なぜこの映画を観たのかと言うと、フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が素晴らしいと目にし、更に映画の評判もいいようだったからです。 それに触れたことのない作家について知ることが自分にとって素晴らしい出会いになるかもしれない。そんな期待も抱きつつ観ましたが、カポーティの作品を読もうという気は起きませんでした。残念。 ペリー(クリフトン・コリンズ・Jr)には同情と共感を示し、甘い言葉を囁き、更には刑罰の軽減のために尽力することで自分の望む話を引き出させ、それを作品としようとする一方、実際に出来上がっていく作品はペリーにかけていた甘い言葉とはうらはらな、そのタイトルも「冷血」というノンフィクション。しかしそうして二枚舌を使って出来上がった作品って面白いんだろうか。私はあまり読む気は起きません。そもそもカポーティの「冷血」朗読シーンを聞いて、「もっとその先を聞きたい」「『冷血』を読みたい」と思ったかと言うとやっぱり否でした。引き込まれる小説は数行で引き込まれるものですけど。 ただその作品をカポーティが仕上げていく過程は、ペリーを利用して作品にしようとする野心と狡猾さ、ペリーへの情や良心という二律背反の心理のはざまでカポーティが揺れるのが見てとれて、それがいかにも危うく、そんなカポーティという人間を不快にも感じながらも心に引っかかるものがありました。さすがに評判になっただけの演技をフィリップ・シーモア・ホフマンがしていたと思います。 しかし実は私がもっとゾクッとして心に残ったのはペリーの方でした。哀愁を帯びた陰を放ち、不幸な生い立ちが彼を犯罪者にしたのかと思わず同情を誘うような表情を見せたと思うと、もしかして根っから残虐なのかもしれないとも思わせる。人間の深奥の闇が見えるような見えないような底知れない恐ろしさをクリフトン・コリンズ・Jrの演技に私は感じました。 だからこそ、怪物なのはペリーか、カポーティか、そもそも怪物は人間の深奥にいつも息をひそめて現れる日を待っていて、カポーティは怪物ペリーを追ったつもりが自分のそれをその奥に見つけてしまった、そのことに震え壊れたのかもしれませんね。 ところでフィリップ・シーモア・ホフマン演じるカポーティですが、確かに危うい心理を表現していたとは思うのですが、あのフニャフニャした甘ったるいしゃべり方が、ウッチャンナンチャンのウッチャンがコントでしてたキャラに見えて仕方がなかった。でも本人にクリソツ(←死語)なんですよね。そう言われても本人知らないしなぁ。 これだから教養のないバカは困るって思われそうですがね。見えちゃうんだから仕方ないです。
  
 

 
 



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