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パッション(1982)

PASSION

パッション <無修正版>(リバイバル)

メディア映画
上映時間88分
製作国スイス/フランス
公開情報劇場公開(フランス映画社)
初公開年月1983/11/
リバイバル→ザジフィルムズ-2002.7.27
ジャンルドラマ/アート
ジャン=リュック・ゴダール Blu-ray BOX Vol.4/新たな旅立ち
参考価格:¥ 12,960
価格:¥ 9,778
USED価格:¥ 14,309
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パッションパッション

【解説】
 「勝手に逃げろ/人生」で、70年代を通じてのビデオの実験から久々に劇場用映画に帰ってきたゴダールの復帰第二弾。ますます先鋭的になったその音と映像センスにまずは驚かされる。ドルビー・ステレオとは彼のために発明されたものだ--という評も目にしたが、効果音が衝撃的に画面をつんざいて、役者の台詞の言い淀みや咳払いまでドラマチックに作品に取り込んでしまう冒険心を讃えたい。内容はと言えば、スイス小村でビデオ映画の撮影隊が、絵画作品の再現--つまり、俳優たちは様々な扮装をし、あるいは裸でカメラの前で静止することを要求される--の映像製作に取り組む様子を追うだけ。監督は“光が見つからぬ”とNGを出し続け、現場は混乱を極め、結局、作品は完成しない。そこに盛り込まれる様々な引用、絵画のオリジナルを捉えるショットや様々なアフォリズムの字幕の挿入と構成は自在だが(少々混乱もしている)、興味を引かれるのは、その絵画の模倣が本当に完璧を期して作品自体の中でも映像化されようとしていること、R・クタールの驚異的な撮影である。前作に続いてユペールとドイツからH・シグラを画材として迎えている。もちろん、彼女らが奔放(のように見せかけて)に喋っていることも大変重要であるわけだが…。
 2002年、“無修正版”としてリバイバル上映された。
<allcinema>
評価
【関連作品】
勝手に逃げろ/人生(1979)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
641 6.83
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【ユーザーコメント】
投稿者:きらきら投稿日:2011-06-05 22:31:07
20年ぶりの再会です。
冒頭の飛行機雲、そして自動車の横に並んでハーモニカを吹く女(イザベル・ユペール)。
それだけでガツンと来ます。

絵画という動かないものを再現しようという試みは、一般的に映画的と言われる行為から背を向けたものですが、これがまたすばらしい。さらにはゴダールの考えを具現したラウール・クタールが、じつに見事な仕事をしています。

ゴダールの映画を見ていると、動かないものと動くものとの関係性が転倒していたり、まるきりちがう方向にあることがあって、画面そのものから妙な雰囲気を出しています。
けれど決して奇を衒った演出を狙っているわけではありません。むしろハワード・ホークスのような素っ気なさを持ったものです。

だからこそ、ゴダールは掴みどころがなく、嫌われてしまうのです。

物語がないわけじゃありません。
劇映画的な語りをしていないだけの映画です。
というよりも、映画において「物語る」ということの新たな形として提示したものです。

淫売宿から生まれたジャズは、当時「こんなもの音楽ではない」と言われたそうです。それがいまでは伝統芸能のように学校で高い授業料を払って教わるものになっています。
いいんだかわるいんだかわかりませんが、ジャズはすでに野蛮な音楽ではなくなっているのはたしかです。

「パッション」が見るひとを苛立たせるのは、この作品もまた野蛮なものだからです。
ひとは野蛮なものに異物の臭いを嗅ぎつけます。
年齢を重ねても、誤解されることを畏れずに進みつづけるゴダール爺さんに敬意を表すべきなのか……いずれにせよ、孤独は日々深まるはずです。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2010-12-03 06:19:10
映画製作につまづく男と仕事欲しさで工場主とモメる女のエピソードを等価値として描いてる映画なのかなと思ったてたら、途中からそれすらも解らなくなって来る。劇中で語られるインディアンと白人の言葉の悲劇?の小話(「分からない」でなく「分かった、ダメ」と答えたから殺された)が印象的。最後まで観たのは半ば意地。物語は要るよ。
投稿者:TNO投稿日:2009-12-07 00:43:25
ジャン・リュック・ゴダールが、70年代にビデオによる実験的試みを模索していた時代を経て商業映画に復活した第一作とのこと。パッションというゴヤやレンブラントの名画を映像で再現するという実験的な映画の制作と、労働争議中の工場の様子が並行して進む。映画のクルーは、この工場のオーナー夫妻(ミシェル・ピッコリ、ハンナ・シグラ)の自宅兼工場社宅に寄宿している。エキストラが足りなくなると工場の女工を物色する。予算オーバーのうえ、頓挫した映画制作は、結局ポーランド人監督(イエジー・ラジヴィオヴィッチ)を解任し、MGMにプロジェクトごと売却することで決着する。闘争の末、工場を解雇された女工(イザベル・ユベール)や夫と破局した工場長の妻が、ポーランドを目指す。ゴダールの過去の監督作品"軽蔑"でもあったように、ゴダールが大嫌いであろうハリウッド商業主義に飲み込まれる欧州映画の現実もしっかり登場している。しかし、この映画監督が、あっちこっちの女に手を出して、最後は、映画も女も放り出してポーランドへ帰ってしまうので、結末が尻切れトンボ、というか観る側にとって消化不良の感は否めない。国には妻子がいて、何人もの女を(自分の意志があるなしに関わらず)引き連れて帰ってくるので、悲惨なことになりそうだが、この映画に登場する女性達は、男女関係については何故か皆物分かりが良すぎて、一時的に怒りを爆発させても、すぐに現実を受け入れてしまうので、おそらく悲惨なことにはならないのだろう。主役が誰なのかもはっきりしなければ、物語の核もはっきりしない。結末も尻切れトンボ。ゴダールらしいと言えば、そのとおりなのだが。キャストは、国際色豊かで、豪華。劇中でも、それぞれの国籍が活かされている。ハンナ・シグラは、若い頃に比べて、落ち着いた様相を醸し出していて人相にも現れていて良い。ユペールは、飾りのない演技で引き付ける。片手で木にぶら下がってゆらゆらの場面が良い。ラジヴィオヴィッチは、公私ともに悩みが深いはずだが、達観しているような抑えた演技が良い。ピッコリは、少し老けたなという印象。
投稿者:uptail投稿日:2009-09-04 10:09:08
ミシェル・ピッコリ
投稿者:8397MT投稿日:2007-09-09 18:30:05
工場の現場での仕事と、映画の現場での仕事が対比させられているよう思われた。

映画の現場は工場に比べて実にグダグダという感じ。工場での仕事は反復運動で、サボっている者はいない。サボるどころか、拒まれても働きたがる女の子までいる。ホントのところはどうか解らない。映画は同じことの反復であってはならないのは理解できる。しかし、繰り返し、反復があって上達する部分は必ずあるし、工場の仕事を見習うべきところはあるかなというふうに思った。

映画監督も、プロデューサーもかなりダメ人間に描かれているように思えた。
しかし監督のほうはそれほど悪い人間に見られないだろうと思う。
それでも多少の批判が込められているように思われる。

最後ポーランドに向かうのはどういう意味なのだろう?
投稿者:マジャール投稿日:2007-02-18 21:25:18
だいぶ前にリバイバル上映で観た『気狂いピエロ』よりも、個人的には面白かったし、よかったです。(今はなき六本木WAVEの地下の映画館で観ました)
わたしは、ゴダールの信奉者でもないし、ヌーベルバーグ作家の映画史的評価にもまるで関心ありませんが、これは素直に楽しく美しく、独特の映画文法も斬新で面白いと思いました。
なんといっても、泰西名画を、生身の役者を使って映像化するというアイデアが素晴らしい。撮影現場の混乱や、監督の苦悩(例によって)、また工場で働く女性従業員の労働争議(例によって!)なんかも絡んで、作品世界そのものも混迷を極める。さらにもまして、音楽の使い方や、セリフなのかモノローグなのか、聞こえる声と出演者の口が合ってなかったり(またしても!!)と、訳わからん事甚だしいけど、なんかワクワク、最後まで目が離せなかった。映像も、本当に美しい!
まあ、他のはあんまり観てないし、他のゴダール作品までは、正直関心ないけど、この映画は、一言、オモシロかったです!

(じつは当時、某洋画雑誌で、淀川さんが、これと『ディーバ』を誉めていて、二つとも観に行ったら、ふたつとも良かったのです)



↑8397MTさんへ
当時、ポーランドでは、ワレサ議長率いる労働者会議“連帯”が、国内の民主化を求めて政府と対立、その動向に世界中が注目していました。
投稿者:さち投稿日:2004-12-09 12:03:21
今回の色は赤か? 理解不能と理解の間を行ったり来たり。けどやっぱり好きです。
投稿者:パリデレモン投稿日:2003-07-18 08:49:38
この映画の温度とテンポ。美しいものはたぶん幸せでないとゴダールが教えてくれる。人生に答えが無いかのように映画を撮り続ける彼。結末はいつも死であるとどっかのインタビューでも言っていたっけ。
投稿者:N゜1投稿日:2001-05-15 04:29:25
俺にはどうして、このフィルムの制作過程を一年間かけて30分番組として
放送しないのか理解できないな。シャロン・ストーンがこのフィルムを
お気に入りに挙げている?ゴダールが喜びそうな話しではあるが・・・
それは本質とは何の関係もない。当然、次回作は植木職人の話になるはず
だ、と皆に思わせてそうはならないところが80年代というものなのかも
知れぬ。そういうものだ。それぞれの感想があって良い。好みもそれぞれだ。
なまずは当然美味しいものだが、それはお造りにしたものが良いと云う事
ではないのと同じことである。なまずは揚げたものを食する方が道理である、
もちろんいまだ試されていない手法を模索すること、その意義を認めない
ものではない、だがその挑戦がときとして徒労に終わることもあろう、それを
恐れずに突き抜けてみせた男の紡ぐ物語が語られているのだ。
投稿者:kn2投稿日:2000-09-13 00:01:00
 この映画に溢れているのは、「音」と「光」。「音」はその過剰さによって、
「光」はその不在によって存在を主張する。我々はまず遠くを飛ぶ飛行機のノ
イズに耳を澄ませ、主人公である少女の吃音に耳を尖らせ、彼女の吹くハーモ
ニカに違和感を覚え、突然けたたましくなるクラクションに驚かされる。
 主人公であるジョルジは光の不在に頭を悩ませ、我々は多用される逆行の画
面にいらだつ。美しいはずの音楽は中途で寸断され、聞きたい言葉はの登場人
物たちの心の中のモノローグによってかき消される。
 この世の中は、過剰なノイズによって肝心の音は聞こえず、光が存在しなく
なってしまったために物が見えなくなってしまっている。劇中で作られている
『パッション』という映画が完成しないのは、光が見つからないからではなく、
光が存在しないからなのだ。
 ゴダールのすごいところは我々をいらだたせることによって、自分の側にひ
き込んでしまうこと。我々の欠落した部分につけ込んで我々に期待を抱かされ
ること。しかしその期待がかなうことはなく、我々は痛みを抱えて映画館を後
にする(またはビデオデッキのイジェクトボタンを押す)。そして、ためらい
ながらも違うゴダールに期待をしてしまう。
 なぜそうなのかを分析することは難しい。我々はただ驚くだけ。ゴダールの
映画はなぜショッキングなのか? ゴダールの映画に登場する女性たちはどう
してあんなに美しいのか?
 やはりゴダールは天才なのか?http://cinema-today.hoops.n.ejp/
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ パルム・ドールジャン=リュック・ゴダール 
 ■ フランス映画高等技術委員会賞ラウール・クタール 
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