プライベート・ライアン(1998)SAVING PRIVATE RYAN
【クレジット】
【解説】 第二次世界大戦のターニング・ポイントとなったノルマンディ上陸作戦の中、たったひとりの兵士を救うために展開された作戦があった……。実話にインスパイアされたR・ロダットのオリジナル脚本をスピルバーグが映画化した戦争秘話で、その圧倒的な戦闘描写が話題を呼んだ。 1944年6月。連合軍によるフランス・ノルマンディ上陸作戦は成功に終わったものの、激戦に次ぐ激戦は多くの死傷者を出していた。そんな中、オマハビーチでの熾烈な攻防を生き延びたジョン・ミラー大尉に新たな命令が下された。ひとりの落下傘兵を戦場から救出せよ。その兵士、ジェームズ・ライアン二等兵には3人の兄がいるが、この一週間の間に全員が死亡。兄弟全てを戦死させる訳には行かないという軍上層部はひとり残されたライアンをなんとしてでも故国へ帰還させようと考えたのだ。ミラーは中隊から7人の兵士を選び出し、生死も定かでないライアン二等兵を探すために戦場へと出発するのであった……。 スピルバーグとしては「太陽の帝国」「シンドラーのリスト」に続く第二次大戦モノだが、それまでの作品が戦争を背景としたドラマであったのに比べ、今回は正面から戦争を描く事がテーマとなっている。しかもそれは国対国というマクロな図式のものではなく、人間対人間というミクロなものだ。戦争という名の巨大なイベントの中で一兵士が遭遇する現実とはどんなものだったのか。そこにこの作品の真意がある。映画が始まってすぐに観客はオマハビーチへと誘われ、そこで繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図を目撃する。上陸艇のゲートが開かれた途端、機銃の掃射によって崩れる体。海に没した者には海中までにも銃弾が襲いかかる。内蔵をぶちまけて母親の名を呼ぶ若者、吹き飛んだ自分の片腕を求めて幽鬼のごとくさまよう兵士。雨霰と降り注ぐ銃弾の中、生死を分けるものがほんのわずかの運命でしかない事が判る。ここには、例えば同じくノルマンディ上陸に材を取った「史上最大の作戦」や、その他往年の戦争映画によくあるスポーツ感覚の戦闘は存在しない。戦死とは銃で撃たれたら倒れる事、という映画特有の約束事を完全否定し、戦場で死ぬ事がどれほど唐突で日常的かという事なのか、人間の肉体がいかに簡単に破壊されるものなのか、スピルバーグのリアルな演出はその再現に腐心する。そして従軍カメラマンの視点以外の何物でもないJ・カミンスキーのハンディカメラによる撮影と、銃声に包まれる音響効果によっていや増される臨場感……。この戦闘シーンだけでもこの作品の存在意義はあるのだが、ライアン二等兵を探し求めるいうとメインストーリーももちろん用意周到だ。前線に送り込んでおきながら、兄弟の死を知るや一方的に帰還を命じる軍部。そのために多くの人命が危険にさらされるという事は無視されるという矛盾と皮肉。“戦場で死ぬ事”を執拗に活写した結果、そこから浮き彫りにされる“戦場で死なない事”の重みはプロローグとエピローグの描写を得て観る者の心に迫る。 <allcinema> ![]() 【関連作品】
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170分と言う時間を戦闘シーンと軍事シーンばかりで飽きさせないというのは、さすがの演出。
良いと言う評価は大勢の人が書いているので少々不満を書く。
アメリカの戦争は、基本が物量作戦だ。
生産力がアメリカの強みであり技術的優位になった現在でもこれが変わっているとは思えない。
第二次世界大戦でもこれは変わらない。
主力戦車のシャーマンは、ドイツの戦車ティーガーやパンターなどと比べると性能は低く鉄の棺桶といったあだ名で呼ばれることもある。
それでも作り続けられたのは、生産力を生かす為だ。
そういった背景でこの作品を見ると物量で劣っているように感じる部分が多い。
実際の勝ちを得る為には物量作戦は、アメリカには必須だがやはり格好が良いとは思っていないようだ。
ラストの戦闘でも明らかに米軍の方が、武力が劣っていてそれが大きな演出となっている。
実際かっこよく感じるのだが、やはり特殊な場面である事を意識した方が良いと思う。
それでも面白い作品だ。
ところで、この映画の邦題はSavingが略され、簡単に『プライベート・ライアン』となっている。そのせいか、「プライベート」という英語の意味に注意が向いてしまった。
プライベートとは、名詞としては「一等兵または二等兵」を意味する(Wikipediaでは、正確にはライアン「一等兵」だとしている)が、形容詞としては(パブリック「公的な」に対する)「私的な」という意味がある。軍隊ほど人間のプライベート面が軽視されるところはなく、正規の軍人はパブリックな人間なのだろうが、軍務を解かれればその時間はプライベートな存在になる――つまり、ライアンが軍務を解かれ、そして帰国するということは、空挺師団の上官にとってのプライベート・ライアンすなわち「ライアン二等兵」ではなくなり、ライアン夫人の子どもという「プライベートなライアン」になってしまうということである。
映画の最初と最後で、ライアンが軍人墓地でのミラー大尉の墓を訪れる重要なシーンがある。それがパブリックな軍人としてのミラー大尉ということであれば、このシーンはライアンが究極的には軍に感謝の意をささげる構図になり、この映画は軍隊のPR的なものになるだろう(そもそもPRという言葉は、パブリック・リレーションズの略である)が、実際はどうなのだろう。
ライアン二等兵がアメリカ軍参謀総長からミラー大尉を介して受けた命令に従わず、なおラメルの地に居残り続けようとしたのは、自分の上官の命令に従ってではなく、二人の仲間を激戦の地に残して自分だけ帰国するなんてことができなかったからで、それはプライベートな感情によるものだ。このライアンの決意に接し、ミラー大尉は「予想外の事態になった」と困りはするが、軍のトップからの命令だからと権柄づくでライアンを連れて帰ろうとはせず、やがて、レーダー基地を攻撃した時と同様に連合軍の任務を果たすという動機も半分あっただろうが、ライアンの安全を護りながら従軍を許し、ドイツ軍との圧倒的に不利な戦闘に全力を尽くした。彼は、ライアン二等兵を連れ帰れという軍命を措いて「プライベートなライアン」を尊重し、彼は彼で故郷の妻のところへ胸を張って帰れるようになりたいという個人的な思いを貫いたわけで、結局は彼も100%パブリックな人間ではなく、「プライベートなミラー」大尉でもあったといえる。ライアンが生き残ったため、この映画にはたしかに軍の、とりわけ徴兵に関するPR効果があるだろう。しかし、ライアンが軍人墓地で「プライベートなミラー」大尉に感謝していたのだとすれば、この映画の軍隊PR的な側面はそれほど大きくないのではないだろうか。
あんな子どもみたいな顔してもう還暦超えなわけですから
まさしく現代映画の神ですね。制作総指揮など含め功績が偉大すぎる。
でもその音響に見合う作品をなかなか掛けられなかったですね。最近は邦画メジャーのセカンドランか、インディーズ系の封切かという感じで、私も数えるほどしか通ってません。
それが閉館することとなり、最後の一日を『プライベート・ライアン』で飾るというんで、駆けつけました。スタッフによると「機械故障を覚悟で鳴らす」という大音響宣言もあり、もう観る前から心臓バクバクですよ。
本編前にTHXのオリジナル・トレーラー集の上映があり、シュレックとかホートンとか、アニメキャラとのコラボ・バージョンがあるのを初めて知りました。
そしてオマハ・ビーチ上陸。封切りの時に2度観てるし、次のカットがわかってるのに、銃声と金属音と爆音の凄まじさに硬直するのみ。
今回楽しみだったのは、オマハより、終盤の戦車を迎え撃つくだり。ドイツのタイガー戦車が、地鳴りを上げて、迫ってくる。映画館の床もシートもこんなに振動して大丈夫かってくらい、ビリビリきてます。
私にとって、この映画のベスト・ショットは、遠景で画面左から姿を現す戦車が、町の通りを素通りするかと思わせて、踵を返すように、向きを正面に変える所。その車体の鉄の軋む音が、離れてるだけに、余計にゾッとさせるんです。
しかしこれほどまでに音を増幅しても、画が負けることがない。この映画以降の戦争映画の戦闘場面が、どれもエピゴーネンの域を出ていないと感じるのは、スピルバーグの演出力との差なんですね。たっぷりビビらせてもらえたシアターTSUTAYAに感謝いたします。
戦争の悲惨さも伝わってくるが、本作から一番感じたのは軍の身勝手さだ…ってそういう映画だから当たり前か(>_<)
「ブラックホーク・ダウン」も凄いけど、やはりリアルで迫力のあるこっちの方が上。3時間近いけど、全く退屈せずに緊張感が続く。
最初の上陸はマジで大迫力で、その場に居るような感覚がする。
凄惨な光景があたり一面に広がるまさに地獄絵巻。
戦車も大活躍するし、スナイパーも出てくるし、ラストも迫力満点。
とにかく戦争という怖さを知る上ではいろいろな人に見てほしい。
戦争映画として完璧なんで、戦争が好きな人にはお勧め。
今さら言うまでも無く、序盤と終盤の激闘は大迫力だ。
カメラアングルに色味を抑えた色調、血に染まった波打ち際・・・さすがスピルバーグです。
さらに、アメリカの兵士には家族がいる事をプンプン匂わせているが、ドイツ兵には一切感じさせていないのもスピルバーグらしい(爆)
何より評価したいのは、この作品・・・戦争モノにも関わらず登場人物の把握が容易にできること!
私は、戦争モノの何が苦手って誰がダレなのか分かりづらい映像と似たようなコスチュームでの錯乱なのです(笑)
でも、この作品は臨場感を出すカメラワークながら人物をしっかり捉えているし、キャラ設定もハッキリしているので人物像を掴みやすいです。
トム・ハンクスよりも軍服が似合っているトム・サイズモアに、同じく軍服が似合うバリー・ペッパー、ヴィン・ディーゼルなど軍服俳優(勝手に認定 笑)が多数出演しているのもリアルな感じがして宜しい。
何度か鑑賞している作品だが、終盤のドイツ兵とユダヤ系アメリカ人の命をかけた闘いの結末は、必ず背筋がゾワ〜と胃がズ〜ンと重くなる。
この後、パクリ感動戦争映画を有象無象生み出してしまった点は頂けないが。
最初のあのシーン横にいた友人は目をつぶり、老夫婦の中には退館する人やあとで従業員に聞くとロビーでずっと泣いていたおじいさんを横でずっと慰めていた男性もいたとか。
僕のおじいさんは大戦の時、軍艦の艦長だったらしいのですが、戦争の話を聞いても「そんな話は聞かなくていい」と一切語らずに逝ってしまった。
あのオープニングでその意味が分かるような気がした。
じいちゃんが逝った頃日本はまだ湾岸戦争ぐらいの時だった。
平和きわまりない世界でのんびり余生を生きていたじいちゃんは思い出したくなかったんだろうと思う。
「お金目当てにこの映画を作った」という評価も聞きますが、そんな事は問題じゃないとおもいます。
戦争映画といえどもいろいろありますが、コンバットとか(他省略)娯楽性を売りにした映画ではない事は確かだと思います。
全体的にBGMも少なく小さめで世界観に対して制作者たちの、もの凄い情熱を感じる。
なぜそこまでリアルにするのか考えると、観客をその世界になるべく入り込ませて兵士達と一緒に感じて考えれるようにする為にリアルにしてるんだと感じました。
「リアルな戦争映画が売り」というんではなく、移入感を高めようとすればするほど室然的にリアルになるんじゃないかと思いました。
良い映画、悪い映画と言えば僕は良い映画と思います。
ただ面白い映画、面白くない映画と聞かれれば答えられない。
でも僕は年に一度はビデオをまわしてしまいます。
だけど,スピルバーグはそんなタイトルだけの意味では終わらせくれやしない.
最初のオマハビーチで,弾丸がかすめる音が響く,残虐な殺戮シーンには釘付けになる.本来なら美しいはずの赤いビーチ.臓物が飛び出しママと叫ぶ兵士たち.ミラー大尉が運ぶ両足の無い兵士.聴覚がマヒして無音の中で,次々に爆発の炎に包まれる兵士たち.どれもリアリティに富みすぎて,はっきり言って言葉を失った.
だけど,この映画のテーマはセービングライアンだけが本当のテーマじゃないと思う.アメリカのおべっかを使って同情を買おうとするドイツ人捕虜を,通訳アパムは必死に救おうとする.だけど逃がされた後に,戦意を取り戻し反撃に出るドイツ人捕虜が同じ戦地にいた.数的不利な状況の場で,ただ狼狽するだけの通訳アパム.しかし,味方の援護もあって強気に出る.降参のシーンで「アパムじゃないか?」と答える彼に反応する素振りすら見せずに,ついに彼を射殺してしまう.
戦争というのは弱者強者は関係ない.みんな同じ人間なのに.戦場という舞台に立てば,祖国で学生だろうが,教師だろうが,清掃員だろうが,誰がどんな職業やってたなんて関係なくなってしまう.
でも,スピルバーグはそれを強調したかったんじゃない.「勇敢な一人の命が失われた」じゃなくて,「勇敢なミラー大尉の命が消えたんだ」そういいたかったんじゃないかと思う.だからライアンの命を守る為に戦った.そう思う.絶対に見て損はしない映画だと思う.
たい人はかなり期待を裏切られたのかも知れない。また、そのような気持ちを
つよく持っている人は、凄まじい戦闘シーンが反戦とは裏腹の戦意高揚につな
がったり、ストーリーがある兵卒を救うヒロイズムの映画に終わってガッカリ
してしまう、ということらしい。
この映画は反戦メッセージの入る余地などないと思う。映画を見ながらウンウ
ンと反戦メッセージに納得するようなストーリー展開でもない。どちらかとい
えば、いつまた戦闘が始まるか、次の戦闘はオマハ・ビーチの殺戮を超えられ
るか、と期待しつつ見守る自分がそこにあるのではないだろうか。つまり、見
る者の自己残虐性の所在を幾分肯定しながら見ているような映画でさえある。
そこには美談があるという人もいるが、そんな美談などくだらないと反撃する
人もいる。私にしてみれば、美談とは無関係な映画だとみた。喜ぶアメリカ兵
がひとりもいない、ということは、ヒロイズムでもないのであろう。
ではいったいこの映画の存在価値はなになのか。やはり本人が曰く、戦争の
エッセンスのようなものを出したかったのだと思われる。
当然私見だが、スピルバーグは、小林正樹の「人間の条件」でみせた、人間
と自分に潜む野獣との戦いを見せつけ、その野獣性が集団になって動き出し
た修羅の道を思わず否定したくなる、という伝統的な反戦映画アプローチを
一切すて、はじめからあえて感情移入をどの役柄にも入れない、それこそゲ
ーム感覚に近いタッチで演出したのではないか、と思う。泣けるシーンはど
こにもないし、人が次々と死んで行くシーンはあまりにも淡々としている。
もし、これらの残虐シーンに幾ばくかの「日常的な情」が入ると、とてもじ
ゃないが、戦争映画が偽者っぽくなるとふんだのではないか、と考えている。
もともとがスクリーンの世界。そこで見るものはドキュメンタリ-ではなく
演出画像である。もともとが「偽」なのだが、映画製作であればこの宿命
的な境界線を越えて、みな四苦八苦しながら「本質」を求めようとする。
スピルバーグは見事「戦争」を提示したと思う。戦争を描きたければカメ
ラを実際の戦闘に向けろと言ったシナリオ作家がいたが、とんでもない話
だ。そんなことをすれば、もはや映画じゃない。映画は俳優が演技をして
いる以上すべてメタフォの集積だという基本をお忘れか。
最後にすばらしいシーンを。国防省がライアン一家の息子の死を告げに母
親のところへ車を飛ばすシーン。大きな風見鶏は画家のエドワード・ホッ
パーの色と構図だし、母親が衝撃のあまり地に崩れる望遠のポーズは画家
アンドリュー・ワイエスだ。美しい。
でも冒頭20分と音響は凄い。
それだけでも十分見た価値があった。
映画館で見れた事を幸運に思う。
一緒に見に行った彼女は、そうとう気分が悪そうにしてたが。
この映画を映画館で観れたことにまず感謝。
あの上陸シーンで感情移入とか考える余裕のあった方、尊敬します。
僕も下の方と同様、開いた口がふさがらず、耳元をかすめる銃弾の音に首をすくめました。
反戦なんて、わざわざ「戦争っていやなものですねー」って言わなくても、ああやって現実の戦争がどんなものかをそのまま見せるだけで充分なんだよな。
しかし・・・
自分のために死んでくれた人から、最期に「これを無駄にするなよ」と言われる。
その重みを考えるとゾッとします。一生かけてその恩に報いなければならない。
ダメ人間の私は耐えられずに酒に溺れたりしそうです。
口が開きっぱなしでした。いい音響で見たい作品ですねhttp://blog.livedoor.jp/rmdqt352/
「プライベート・ライアン」は僕DVD買いましたし、結構見返すことも多いんですが、やっぱり劇場で見たときは腹が立ちました。最初の上陸シーンはいかにも「反戦」的な演出が多いし、それが上手く機能していないと思いました。上陸艇のドアが開いたときに、ばたばたと兵士が倒れますが、全く感情移入ができない作りになっていて、ちょっと・・・。なんだか映画の登場人物に無礼な印象さえ受けました。人を殺せばいいってもんじゃないだろう、と。
戦場の恐怖というのは、結局のところ再現不可能なはずで、行ったことのない人には永久に理解できないはずです。ですが、優れた戦争映画はこのハードルをいろんな方法で乗り越えているのも確かで、例えば「Uボート」(ペーターゼンのやつですね)は駆逐艦が接近するという恐怖、アズテックの音が忍び寄るという「サスペンス」を応用することで(犯人がヒロインに刃物を持って近づくのと同じわけですから)、いわば「間接的」に(逆を言えば映画の文法を駆使して)再現したのだと思います。そして、こうした方法でしか、僕らは戦争の恐怖を味わえないのではないでしょうか。
この映画のファーストシーンは、ただひたすら「リアル」な音と、人間の体が飛び散る「リアル」な画像で押し切ろうとしますが、急に音が消えたり、スローモーションになったりして、映画が流れない。見ていてイライラしてきて、せっかくの「リアル」な映像が胸をうつものにはならない。やはり、上陸艇が陸地に接近する様子は描く必要があったと思うし、砂地に集まるまでの演出はだるい。
ところが、主人公たちが突破口を開いてから、突然映画は呼吸を始めます。皮肉なことに、そこから始まるのはただの戦闘シーンで、「反戦的」なメッセージは全くないんですね。
だから最も象徴的なのは、ラストの戦いは、手に汗握らされるし、単純にワクワクする。戦車に馬で突っ込むインディアナ・ジョーンズ博士と変わるところはない。むしろ「好戦的」なシークエンスと言ってもいいほどです。それでも、この長い映画で移動を共にしてきた主人公たちが一人、また一人と倒れるところで、僕らは痛切に戦争の愚かさ、を感じるのではないでしょうか。
上手いなあと思うところもたくさんあります。「ブラック・ホーク・ダウン」がどこで、誰が行動しているのか全く分からない(それを狙ったとしてもやりすぎ)のに対して、この映画では誰がどこで何をしているのか、常に分かります。そうとう複雑な動きをしているはずですが、俳優の選び方、特徴の出し方など、非常に芸が細かい。
だからこそ、残念だとも思います。いろんな意味で観客を信用して「大人の」演出をしてほしかった。「反戦メッセージ」などをわざわざ画面に出さなくとも、観客は充分に感じることができるはずです。
戦争の恐怖が伝わればそれでいいではないですか?
今までの英雄的戦争映画と比べればピカイチだと思うのですがどうでしょう。
戦争を体験してもいない偽善者に批判する権利はありません。
あなたに何がわかると言うのですか?
平和ボケで善人ぶるのは辞めましょうね。
戦争という状況のなかで、選択の余地がない状況が積み重ねられてく、あるいは軍隊という組織の中で不条理が強要されていく(たとえば『シン・レッド・ライン』や『キャッチ22』のように)、その結果としての悲劇を描く、というのではなく、スピルバーグは戦争の対極にあるもとして、個人主義に基づいたヒロイズムを称揚してしまう。その結果、ミラーやライアンの判断が不可避のものではなく恣意的なものに見えてしまう。
「手持ちカメラで戦場のリアリティを表現した」などという宣伝用資料の引き写しのような褒め方は、スナイパー同士の一騎撃ち(これも安直なヒロイズム表現だ)の場面の安易なショットによって裏切られてしまう。そもそも「手持ちカメラがリアリティを生む」という幻想は、ゴダールがとっくに打ち砕いていたのではなかったか。
とにかくスピルバーグの映画を見るたびに、その鈍感さにあきれることが多かったが、この映画は見終わった後不愉快さが残ってしまった。
戦闘シーンはとてもリアル、と言っても実際の戦争を体験した事は無いのでここでリアルと言うのは少し語弊があるのかもしれませんが、少なくとも恐ろしいと感じざるを得ない衝撃的なものでした。戦争と言う物が本当に自国を脅威から守るために行わざるを得ない物であるなら、戦争をしなければ自分の家族や周りの大切な人々を守れないと言うのなら、それはたたかうしかないだろう。それは国と国と言う大きな問題を考える以前に自分の個人的なレベルで考えるとしっくり来る。襲ってくる脅威が皆自分の言葉が通じるとは限らないし、言葉が通じても話し合いなんて意味をもたない場合がほとんどだろうから。
しかし、現代においてもはや戦争と言うのはそんな純粋で直感的な理由ばかりから起きているわけではなく、また、そんな戦争を続けていくためには、自国の兵士を無駄死にとも思える作戦に狩り出していく。様々な戦争の恐ろしさと状況を表現した作品だと思いました。
でもラストでトムハンクスがおじいちゃんに変身するとこがウケた。
途中でドイツ兵を、
ミラー大尉が助けようとし、
ライベン二等兵が殺そうとしたが、
果たしてどっちが正しいのか?
と迷ってしまいました。
結局、ミラー大尉はその助けたドイツ兵に殺されてしまって
なんてやつだ!!!
と思いました。でもそのあとアパム伍長が殺してくれてスカッとした。
でもアパムはメリッシュを助けなかった。
なにやってんだよと思ったけどアパムを仲間にすることじたい
間違っていると思った。
話は長くなってしまったけど結構感動する作品だった。
またこの映画は、どんなに不合理で理不尽な状況でも“命令”として受け入れ、自らの“責務”として遂行しようとする兵士の現実が描かれているのが面白い。だからこそ主人公たちはたったひとりの兵士の救出に命を賭け、またライアンは折角の救援を断って、それまで戦ってきた仲間と共に戦場に留まることを選んだのだと思える。
T・ハンクス扮するリーダーの台詞が印象的だ。「自分は戦争前は教師をしていた。初対面の人に職業を告げると、ああまさに教師らしく見えますねとよく言われた。だが、今では妻でさえ私の顔が判らなくなっているだろう」
戦争によって自分は変えられてしまった、そう知っていてもやめられない、どういう訳か戦争が終わってしまうまでは、それが戦争というものなのかもしれない。
『フルメタルジャケット』を観てしまうと『プライベートライアン』は単なる美談だったんだなと思ってしまったし、戦闘シーンの迫力もゲーム感覚に近いような気がしてしまった。
戦争の「リアル」とはなんなのかということですね。
映画としては良くできてると思います。
「バトルロ○○○ル」なんてゲーム的な作品は
命の尊さをわからないお子さまには・・・
と言いつつ、私は女のくせに
戦争に狩り出されたときの参考にしてるかもだが
スピルバーグは、はなからアカデミー賞受賞を念頭に置いて作ったような気がします。
リアルな戦争描写が残酷だから、とか、そもそも話自体に無理があるから、とか、そういうことではなく、このスピルバーグの思惑があからさまに各シーンに表れていて、いやらしかったです。
しかも、まんまと各賞を受賞し、観客からも絶賛されているし。
賞を欲しても、全く構わないのですが、この題材を利用して、賞狙い。
なんかいやらしい。
個人的な一意見に過ぎませんが。
劇場を後にするとき、泣いている人がいるのには、ビックリ!
数年のち、
二度目で理解を深めた。
もう三度と観たいとは思わなくなった。
素直に「戦争反対」と言える。
どんどん人殺してくれるしワクワクします。
なかでもこの映画はすっごくリアルで興奮します。
戦争モノでも変な理屈こねるの大嫌いです。
こういうの見ると,戦争起ってほしいなって思います。
おかしな部分を覆してしまう程の衝撃的な戦闘、テンポ良く、知らず知らず
のうちに引き込まれていく良質の脚本、ヤヌス・カミンスキーによるカメラワーク
の効いたドキュメンタリータッチではあるが、娯楽として見るべきかもしれない。
スピルバーグは自身が言ってるように、映画を娯楽ととらえる監督。
非商業主義の映画なんて彼らしくも無い。彼にはいつまでも娯楽映画を撮り続けて
もらいたい。
ストーリー的には多少無理がありますが、それは映画やテレビの特権であって、
肯定的にとらえたほうが楽しみが広がります。
表現に無理があったり、話の繋がりが無かったりしたら論外ですが。
あと、戦争映画見て戦争論は考えないことにしてます。朝まで討論しても
結論でないし、後味が悪くなりますから。
原作者や、監督の思想に染まりたくも無いですし。
この映画に関していえば、最初と最後の戦闘シーンを堪能して、ストーリーはは
そのつなぎといった感じですね。ストーリーを否定している訳ではなく、
見終わった後に戦闘シーンより記憶に残るストーリーを作るのは難しいと思うからです。
何度も繰り返してすいませんが、それだけ戦闘シーンは迫力があります。
映画と言ったところでしょうか。
登場人物が、矛盾を抱く以上に見ている側は矛盾を感じているのではないでしょうか?少なくとも自分は、上陸後の展開に笑いさえこみ上げてくる。大統領命令だって嘘でしょ?一人の小僧の為に小隊が、犠牲になる。嘘でしょ?戦争って始まると実に現実的で冷酷で損得(勝敗)だけに固執するものと思っていました。脚色されてる事を引いても兵隊を美化しすぎです。冒頭の現実的な非情なシーンは、何だったのであろうか?
下のほうにも書いた人いるけど、一人っ子は一族が絶滅してもいいのか?高級官僚の息子だったら現実的だけども反面ドラマとしてつまらないストーリーになるのと兵隊の私物化として反発を恐れたのでしょう。
それから、捕まえたドイツ兵を逃がすシーンあったけど、戦争を美化しすぎ米兵を美化しすぎです。反面ドイツ兵とユダヤ人を汚く描きすぎ。実に滑稽でした。
最終の橋のシーンでもしも映画でなかったらば、橋を爆破してさっさとライアンをつれて帰るでしょう。勝手な事ばかりやってたら軍隊として成り立たないでしょうに。気力・体力の衰えた兵隊と「トリモチ爆弾」で戦車隊と戦うと言う事も笑いがこみ上げてくる。作戦として無駄死に以外の何でも無い。戦争に勝ってフランスの解放、ライアンの帰還という映画の作戦からかけ離れた美談として、「仲間を見捨てる事が出来ないから自己犠牲をしてまでも戦う」と言う最高の兵隊美化になった。
この映画の最高に美化された大儀によって戦う兵隊をみてアメリカ人は、優越感と満足感をえられ映画を評価するのでしょう。 中には、アメリカ人以外の人でも「この映画、実に素晴らしい」と言うのを聞く事があるが、どうも解せない。しかし、所詮マスタOベーOOン(自己満足)であるので英雄に憧れてる人がみて楽しめれば良い事です。
けれども、冒頭の30分だけでリアルな映画とか戦争の教科書と言いきって過大評価してしまうのは、どうなんでしょうか?そこだけで見るのであれば、当時の記録の実写を見せとけば良いのでは?
名画座て良いよ。一方のM・Tて・・・・?
でもちょっとだけ。
僕は性格的にタカ派です。
最近きな臭い日本近郊の半島北側の国とも昔からいつでもドンパチやったろやないかいっ!って思ってました。
でもこの映画で戦争の痛さを知りました。
冒頭のシーン以外の箇所でも、です。
多分戦場体験者の人はこんなもの観ないでしょう、きっと。
思い出したくもないでしょうから。
で、戦場を詳しくは知らない僕のような人間にはちょうどよい教科書になる映画だと思います。
ストーリーはあまり重視せずってことですけど。
ただ、戦争映画好きには見て損は無い造りだと思う。
逆に戦争映画が好きでもない人には冒頭の長々と続く戦闘シーンなど
造り込まれたは映像は単なる苦痛になるので見ないほうがいい
ここにコメントが集中しているっていうご指摘もありますが、無理も無い!
ここまで臨場感ある戦闘シーンは見たことなかったです!
ただエグかったり迫力あったりするだけじゃなくて、戦争の悲惨さみたいなものが
伝わってくるです!
トム・ハンクスはどんな役をやらせてもうまいと思ったです!
途中、ドイツ人がユダヤ軍人をナイフで刺すシーンがあるけど、アバムをぶん殴ってやりたかったな〜。ユダヤ系のスピルバーグ監督ならではの描写におもった。ドイツの迫害を見てみぬ振りのアメリカ人というような意味に思えて仕方が無い。「パールハーバー」「ブラックホークダウン」「ワンスアンドフォーエバー」同様アメリカ\(^o^)/的臭いドラマが鼻につく。「ブラックホークダウン」よりはまだましかもね!(爆)
思考不要の戦争アクション大作に慣れてしまった俺の頭には、ちと荷が重いようです。
3点。スピルバーグに宿題出されたみたいで寝覚めが悪い。
でも下でも他の方が言ってるように、老人になったライアンの自己満足的な墓参りシーンと独り言は全く不必要だと思いました。
あれでアメリカ人のアメリカ万歳的ないやらしさを感じてしまった。
しかし最後のシーン,もちろん必要なシーンでありますが,マット・デイモン(はっきりいってガキみたいで好きじゃない)の顔がお手軽に「ハイッこうなりました」っていうのが興醒めも甚だしい。こういうところが,どうしてもスピルバーグが好きになれない理由なのだ。
めでたし、めでたし。
身近にも存在するよな〜と思いました。
おいらはてっきり「兄弟の中でたったひとりになってしまった」みたいな意味なのかと思ってた。
映像はとにかくもんんんんのすごーーーーっかったけど、ストーリー的にはいまいちつまらんかったな。
戦争映画って人がたくさん死ぬから嫌い(だったら観るなよ!って感じですね)。
倒れるものは皆醜く
撃つ側にかっこよさなど微塵も感じない
士気が高揚するはずもなく、ただひとつのミッションを淡々とこなす。
ドグマ95みたく手ブレカメラで撮っているのが面白い、これで実際の戦場へ行けばスピルバーグもドグマ作品を作れた?
「ブラックホークダウン」も素晴らしい作品だが、少なくともこれを見てから語ってほしい。
ラスト30分の銃撃戦も、ものすごいリアルに思える音響で作られている。
銃弾が近くをかすめ通る感じがよく出ていたと思う。
そのへんの臨場感は凄いと思ったけど
個人的にいささかドラマ部分が長すぎたです。
まぁ、最初と最後のバトルシーンに挟まれていたので
よかったんですけど。
しかし、時に戦場を美化する風潮がある今、「リアル」にこだわったこの作品には意味がある。逆にいえば、そこにしか意味はない。人間性を否定し、ゆるやかにナイフが胸に刺さっていく感覚、スナイパーになす術もなく撃たれ、血飛沫をあげて世界が暗くなる感覚・・・、そうした体が硬直するような想像力こそが、この映画の魅力だ。
『シンドラーズリスト』で、キニーリーの原作を換骨奪胎し、偶像を作り上げたスピルバーグを少し見直した、というのが正直なところだ。
なるほど。これかなり良い作品だと思う。ただ
この成功は圧倒的な「物量作戦」によるものかも。。。
心理描写とか人間ドラマの部分では、残念ながらオリジナリティを感じない。というか、苦手なのだと思う。でも、パールハーバーのような日本を攻撃するような映画をつくらないから好きである。
実にリアルで迫力があった。アカデミー撮影賞もうなずける。
ただカメラのレンズに血がついている所は気になったが…。
ライアン二等兵救助というのは確かに無情な命令だが、
戦争そのものの不条理さをこの任務に表現したかったのでしょう。
兵士が「この任務は気が進みません」と言った事に、
トム・ハンクスが「気の進む任務があるのか」と問い返した所にも現れています。
おそらくこの映画を観て「絶対に戦争に行きたくない」と多くの人が思ったでしょう。
そこにこの映画の意義があると思う。
ただトム・ハンクスは戦場向きの顔ではないなと思ってしまった。
戦争体験者の父はどういう反応をするのかと思って
黙って一緒に見ていましたが
すると最初の戦闘シーンを見ただけで
隣の部屋へ行き「サラリーマン金太郎」を見ていました
あらら
私は映画館で見て音響の迫力と戦闘のリアリティに圧倒され
「この映画は凄い」と感動したんですけどね
もう一言で済ませます
うちの家族も全員絶賛してました
像がまるで戦場ドキュメンタリー映画を観ているかのようで、神経に障る。
中盤は部分的に美しい背景もあって、撮影担当のJ・カミンスキーの見事な手腕
を発揮している。オスカー受賞も納得です。
主演のトム・ハンクスも重厚な演技を披露して、芸達者ぶりを確認。他のキャスト
たちも皆素晴らしい。90年代を代表する傑作の1本です。
あのマシンガンのカチンカチンという音(薬莢かな?)、トラウマです。
シンドラーのリストでスピルバーグにはかなり失望したので、コレも
見る前は不安でしたが、「激突!」「ジョーズ」などで証明された彼の
「人にショックを与える才能」が凄く純粋な形で爆発した大傑作だと思ってます。
他の方々が書いておられるように、甘い部分も若干ありますがリアリズムの意義
いたいなものをもう一度考え直させてくれた点で、僕の記憶からは一生消えない
映画になると思います。
人間の悲しみの最たるものは愛する人の死です。
そして、それが理不尽に、しかも同時に大量に行われる戦争は、
絶対になくさなければ。
愛する人が殺され、そして殺人者になる。
自分が殺され、自分が誰かの愛する人の命を奪う。
ことばで書くと、変にある美しさすら伴ってしまいますが、
美しいものなんかでは絶対にない!!!!!
本作ほど戦争というものが人類の歴史上最大のテーマ(問題)
であると痛烈に感じた映画は後にも先にも初めてです。
「映画」を超越してしまった感すら。
公開当時、それまで戦争を語りたがらなかった戦争経験者が
本作によって次々と重い口を開いたという事実、何よりも雄弁に
物語っております。
及ばずながら、
映画の善し悪し、好き嫌いを簡単に活字では表現できません。
これは、もう、戦争非経験者の手の届くテーマ(作品)ではないようです。
仮に、自分がもしあの場にいたら...と考えたくもありません。
...何なのでしょう...単なる映画じゃないか!何てどうかおっしゃらないように...。
狙撃者同士が撃ちあい、ドイツ軍の狙撃者のスコープ越しに
ドイツ軍狙撃者の眼球を吹き飛ばすシーン・・・
1966年公開の「マカロニ・ウエスタン」の
「さすらいの一匹狼」のラストシーンと瓜二つです!
余計なことでSORRY・・・・
残酷さからは、人間の愚かさ、極限状態における緊張感・人間の弱さ。
考えさせられる事多々、緊張感あふれる画面の連続のため数時間を
あっという間に過ごし、見た後もあんなにグロテスクな画面の連続のわりには、
何故か良い映画を見たなって気分です。メッセージを持った映画は
いつまでも人の心に残りますね。
大勢の人が見て戦争の愚かさを知って欲しいです。
戦争はなんで起きるのか?色々な要因があると思うけど、民族性の違い、宗教の違い、経済的な問題、等等・・・そんだけの違いから起きる戦争に対して同じ見解を持とうというのがまず違う。ましてやアメリカと日本なんて全然違うんだ。日本が戦時中に映画のようなことを上層部が考えられたとしたら日本は戦争で負けてないかもしれないよ。もしかしたら戦争なんて起こってないかもしれないよ。そこは国民性の違いだからどうししようもないけど、まあ〜そんな考え方も思想も大きなアメリカに当時の日本が勝てる訳ないよね。アメリカは本土での戦争は経験がないからね、心に余裕もあったんだろうし、色々な事が考えられたと思うよ。少なくとも日本よりは・・・。
スピルバーグはこの映画を戦争に参加した統べての人に観てもらいたいと言ってるように、凄いリアルに戦争シーンを再現することを第一に考えたらしい。じゃー例えばドキュメンタリー的に映画を終わらせたらこの映画はどうだったんだろうか?トム・ハンクスの最後の言葉はそこでヒューマン映画という意味を感じて欲しかったんだと思う。だからこそ国語の教師だったということをあれだけ引っ張って効果的に使って、主人公が死ぬ最後に重く使ったんだと思うよ。だから僕はこの映画が好きなんだ。
もっと単純に考えようよ。この映画はノルマンディー上陸という第二次世界大戦では重要な作戦で、これが成功してなかったらフランスはどうなっていたか分からないし、戦死者も多数出したということでも有名で、今でもD-DAYを記念日としてるくらいの作戦だった。そんな中で起きた出来事だからこそ映画になったという物語を単純に鑑賞しようよ。そういう命令を出すのがアメリカという国なんだなってことを感じることが大事だと思う。「惜しい」と言ってたトム・ハンクスの死ぬ間際の言葉だって、美しい砲火のシーンだって、それが『プライベートライアン』という映画なんだって事を!そういう命令を出せるのがアメリカって国なんだ!って事を。
砲火のシーンの映像美について書いてたけど、物語的には関係ないシーンでも不必要ではないと思うよ。あの映像を入れることによっての映画的効果とかを考えないで、「創作力の衰え」とか分かり切ったようなことで処理しないで欲しい。しかも「若いのだから」って、スピルバーグを何だと思ってるのかな?
トムの最後の言葉を「感動的な死」と表現していたけど、一生記憶に残る台詞を最後に言ったのではなく、相手にその言葉が一生記憶に残ったという解釈のほうが正しい。どんな言葉であっても人の死際に接して最後に言った言葉は記憶に残るもので、それがどんな言葉であっても、受け取る側の次第でどのようにも変わってくるもんで、もしかしたら違う表現かもしれないし、もしかしたら最後の言葉ではないかもしれない。だからこの映画はライアン二等兵の回想的に作られているのかな・・・とも思う。
もっと単純に映画を観ると見方も感じ方も変わってくると思うよ。変に難しく考えたり、語ったりすることが詳しいとか、映画を良く知ってるとかいう感じに思われてるけど、否定することは簡単だけど、もっと素直に観て「だからこうなんだあ〜」「そうだったんだあ〜」って所を感じて欲しい。ノルマンディー上陸を知らなければこの映画の良さは半減されるし、あの任務がその中で出されて、その為に人が死んだという意味合いの重さが半減されてしまう。そこを感じないで、考えないで監督や演出、脚本をどうのこうのと語らないで欲しいということを僕は言いたい!
最後に僕のコメントを発端に数人の方々がそれについてのコメントを載せてますが、みなさんも映画が好きでこのHPをクリックしたのでしょうから分かってくれると思いますが、現代は映画が娯楽の色が強くなり過ぎている中で、こういった映画がヒットして語られるということはいいことだと思うけど、いかにも評論家気取りの、製作者気取りの視点ではなくて、もっと身近かな、もっと等身大の視点で映画を楽しもうよ。
具体的にはアメリカの兄弟全員は死なせないというやり方と日本を比べてどう思ったのか。アメリカのやり方を好意的に思っていると考えて良いんでしょうか。アメリカに比べて日本はいただけないのだと、日本でもこうできれば良かったのに、そういう主旨の話なんですかね。それともただ漠然と思ったことを書いただけで、日本とはずいぶん違うんだな、と驚いただけなんでしょうか。
2度目のコメントを見てもたくさんの犠牲を払って兄弟のいない一人を助けに行くことについて、結局どういう考えを持っているのかわからなかったので、もし良ければ教えてください。
もちろん、必ずしも自分の立場、支持するものをここで明確のしろということじゃありません。↓のコメントを見て気になったのだけなので、無視してもらっても構いません。
ちなみに僕の場合はアメリカのやり方にはピンときませんでした。なんで?としか思いませんでした。ただ、正しいか正しくないかじゃなくアメリカの国民性ってやつなのかなあ、とそれこそ漠然と感じただけです。戦争中のことですから、正しい行いかどうかなんて今考えてもどうにもならないと思いますから。そのやり方がアメリカ国民を納得させるベストな方法なんだろうな、と推測して済ましました。そのおかげでこの映画にはいまいち入り込めなかったです。
まったく自分の意見も出さないのに、人を見下すような
コメントを出すのは卑怯ですよ。
僕個人が読んだ限りでは、名画座さんが書かれた
この作品のコメントは、まったく的を得たご意見だと思うけど。
大体M・Tさんは戦時中を体験した人なのですか?
もしそうだとしたら、失礼しましたって感じですが
万が一20代ソコソコの年齢だとしたら、
↓のコメントは、随分大きく出たなー!
だって戦争なんだもの。人殺しなわけですよ。だから悲惨だし、残酷なんだよね。確かに見ていると息が詰まる。でも、やっぱりこれが戦争なんだ。
実際に戦争に言った親戚の叔父さんがよく話してくれた戦争って、これなんだと改めてわかった。
子供たちがもう少し大きくなったら、歴史を教える意味で見てもらいたいと思った。
偽善者っぽい気もする。アメリカって戦争してるときも紳士っぽいでしょ。。?
なんて感じがしました。
ひねくれてる??
仕方なくノルマンディに上陸し、仕方なく任務を遂行し、仕方ないからラ
イアンと一緒に戦ってやろう。という感じをうけた。
兵士の個性が良く出ているし、感情などもとても良く表現されていました。
映像に関しては、兵士の視点からのカメラワークが多く、
臨場感あふれるシーンは圧巻。
スピルバーグ監督のすごさを再認識した作品です。
でも、マットデイモンはかっこよかったし、トムハンクスもよかった。
しかし、ぐろかった。
戦争映画というのは、飽きられたりしつつ、定期的に作られ続けるべきものなんでしょうね。http://homepage2.nifty.com/mickah/